ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!


聖戦の靴音(この信仰に一切の翳り無し)

 

「……おかしい、外周部隊と連絡が取れない」

 

 夜の街道、人気のなくなったD.U.にて、巡回中のオートマタがふと声を漏らした。外郭地区との境界線付近を守る部隊の一つである彼らは、六人程度の班を組みながら時折銃声や爆発音の轟く道を淡々と歩いて行く。普段からキヴォトスに於いて発砲や爆発など気にも留める要素ではないが、今夜は特に騒がしい。

 先頭を歩くオートマタが振り返り、通信を試みる同胞に向かって問いかけた。

 

「外周って、一体どこの部隊だ?」

「サウスストリートだよ、此処から二本大通りを挟んだ先だ、Tライン近辺の部隊からも、定期連絡が来ていないらしい」

「Tライン……連邦生徒会事務局の方か」

 

 記憶領域からマップ情報を引き出しながら、凡その方角に視線を向ける。等間隔で並ぶ外灯が影を作り出し、周囲に人影は全くない。大抵は外出を控え息を潜めながら建物の中に身を潜めているか、或いは地区ごとに定められた避難所に向かったのだろう。一々市民対応をしなくて済むのは楽で良いが、人気のない夜の街は独特な不気味さがある。

 

「あっちにもかなりの大部隊が配備されていた筈だが、全く繋がらないのか?」

「あぁ、どうもそうらしい、ジャミングを受けている訳でもないし……中央と外郭地区の方も、心なしか騒がしい気がする」

「どうせ其処らの市民が反発しているんだろう、朝になればまた落ち着く」

 

 聡い市民も多いが、逆に血の気の多い者も居る。シャーレ襲撃の際、市民による大規模な抵抗を受けたという報告もあった。恐らく各地で似たような連中が騒ぎを起こしているに違いない――尤も、既にD.U.はカイザーコーポレーションの支配下にある、それらが鎮圧されるのも時間の問題だろう。この場所から逃げる事すら許されないのだ、どんな馬鹿であっても大人しく息を潜めるしかないのだと、いずれ理解する事だろう。

 

「……?」

 

 ふと、オートマタの一人が奇妙な揺れを感じた。足裏から伝わるそれは、ほんの僅かな振動であったが、センサー誤作動と云う訳ではないらしい。周囲を見渡せば、同じように足を止めた仲間達が辺りを伺っていた。

 

「何だ、地震か?」

「それにしては、随分と揺れが小さい様な――」

 

 振動は遠くから聞こえて来る、何か物音に連動している様に思えた。そして気のせいでなければ、その物音は少しずつ近付いてきている。

 全員が音のする方向へと視線を向け、怪訝な気配を滲ませた瞬間。

 

「――あはははッ!」

「ぐぉッ!?」

 

 突然、直ぐ横合いにあったビルの外壁が爆発した。

 否、爆発だと錯覚したそれは、とある生徒が真正面から衝突した結果であった。飛び出した影はオートマタらしき影の首元を掴み、勢い良く壁を破壊すると公道へと着地する。

 比較的傍に立っていたオートマタの一人が衝撃で地面に転がり、飛び散った瓦礫片がパラパラと跳ねる。一瞬砲撃でも撃ち込まれたのかと警戒するオートマタ達であったが、立ち昇る粉塵の向こう側に立つ影を認識した時、それが攻撃でも何でもなかった事を理解した。

 

『が、ギッ……ィ?』

「少しは動けるみたいだけれど、ちょっと小突いただけでコレじゃあ、全然ダメじゃない? もっと頑丈な装甲にしないとさぁ、殴り甲斐がないじゃん!」

 

 ビルの外壁をぶち破り、勢いそのままに地面へと押し付けたオートマタを見下ろす華奢な生徒――ミカは好戦的な笑みを浮かべながら軽く逆手に持った愛銃のストックで掴んだオートマタのフェイスモニタを小突く。薄汚れ、蜘蛛の巣状に罅の入ったモニタに灯るグリーンランプを点滅させるオートマタは、剥き出しとなったフレームを震わせながら、必死に身を捩ろうとしていた。

 

「この程度で終わっちゃうなんて、ちょっとがっかりだなぁ……!」

「ぷ、プレジデントの、特務……?」

「――ん?」

 

 突然の展開に地面へと転がり、呆然と現れた人影を見上げる部隊員。ミカに首元を締められ、地面に押し付けられたオートマタは、良く見れば特徴的な外装を纏った特務であった。

 一瞬、彼が特務であると気付けなかったのには理由がある。特務の素体に備えられた他と異なる黒い外装が、今や見るも無残な姿に成り果てていたからだ。所々拉げ、欠け、変形してしまっていたそれは、最早原型を留めていない。剥き出しのフレームにも裂傷が走り、中には中程から完全に折れ曲がって断線している部分もあった。

 四肢が捥げ、まるで列車と正面衝突した様な有様だ、通常では考えられない様な力で無理矢理捻じ曲げたような形だった。

 ミカは押し付けた特務の顔面を地面に擦り付けながら、瞳の中に昏い光を宿す。その口元がぐにゃりと、歪に曲がった。

 

「あぁ、まだこの辺、残っている部隊が居たんだ?」

「っ……!」

「って云っても、全然少ないみたいだけれど」

 

 ミカの視線が細まり、その瞳が立ち竦むオートマタ達の姿を捉える。突然の攻撃に虚を突かれたオートマタ達であったが、腐っても兵士として訓練を受けた者達である。即座に射撃姿勢を整え、隊列を組んだ彼らはミカへと銃口を突きつけ、叫んだ。

 

「接敵、応戦開――ッ!」

「救護ォッ!」

 

 しかし、その指先が引き金を絞るより早く、頭上より飛来した影がオートマタの一人を一瞬で粉砕した。両足で後頭部を踏みつけ、勢いそのままに盾を打ち付ける。瞬間地面へと叩き伏せられる部隊員。素体が軋み、打ち付けられた盾が胴体部分が断ち切り、内部より裂け、装甲が拉げる。

 それは紛れもないストンプであった、しかも凡そ桁違いの威力を誇る。

 着地の衝撃で周辺のオートマタ達の足が地面より浮き上がり、バランサーが警告を発する。一拍遅れてアスファルト舗装の地面に罅が入り、爆音が轟いた。まるで紫電の様な紫色の光が、遥か上空より急降下し、致命的な一撃を加えたミネの周囲に迸る。

 自身の足元で動かなくなったオートマタを一瞥した彼女は、アスファルトを粉砕し中ほどまで埋まった盾を引き抜くと、徐に口を開いた。

 

「ミカ様、単独行動はなるべく謹んで頂けると、ナギサ様も出立前、その様に仰っていた筈ですが」

「うーん、ナギちゃんの云う事も分かるけれどさ、今はそれより時間が惜しい……でしょッ!」

 

 ミネの背を一瞥しながら、ミカは最早何も語らなくなった特務の素体を片腕で持ち上げ、傍の外壁へと投げつける。四肢の拉げた特務はそのまま壁へと激突し、轟音と共に中程までめり込みながら沈黙した。

 特徴的な服装に盾、その刻まれた校章を一瞥した瞬間、カイザーコーポレーションのオートマタ達は彼女達の所属を理解する。

 

「こ、こいつらトリニティの……!? 何故こんな場所に、外周部隊は何をやって――ッ!」 

「おい」

 

 そして、素性を理解した所で、どうにもならない現実がある。

 直ぐ真後ろから声がした、視線を足元に落とせば黒く、歪な影が自身を覆っているのが分かった。

 銃口を前に構えたまま、彼等は動く事が出来なかった。ただゆらり、ゆらりと近付くその影を見下ろしながら、硬直する他ない。少しでも動けば破壊されると――オートマタに存在しない筈の本能、経験と学習データより導き出された演算結果が大音量で警告していた。

 

「――死ね」

 

 背後より放たれた言葉、それが合図だった。

 咄嗟に軸足を中心に身を翻し、速射を試みようとしたオートマタの一人が顔面に散弾を食らい、勢い良く後方へと吹き飛ぶ。地面をバウンドし、近場に駐車されていた車両に衝突、ボンネットへと突っ込んだオートマタは硝子片を一身に浴び、以降全く動かなくなった。

 直ぐ傍に立っていたもう一名は胸元をストックで強打されベコリと外装が陥没、凄まじい威力に空中で一回転し、地面に叩きつけられた後呆気なく機能を停止した。

 ほんの一秒足らずの出来事だった、まるで夜の闇に溶ける様な怖気が、周囲に伝搬する。

 

「ひはは、ハハハハァッ!」

 

 振り返った残りの三名、その視界に映るのは血の滲んだボロボロの黒い制服に、大口を開けて哄笑する怪物――ツルギの姿。彼女は両腕で愛銃のブラッド&ガンパウダーを操り、その細い翼を広げながら圧倒的な暴力性を誇示していた。

 オートマタの一人が叫びながら咄嗟に射撃を加えようとも、命中した弾丸は彼女の肌に僅かな傷しか与えず、まるで気に留める事もなく銃口を蹴飛ばされ、がら空きの胴体に散弾が撃ち込まれる。ただの散弾の筈がその鉄球は装甲を簡単に穿ち、内部の基盤と配線をズタズタに裂いて素体を後方へと吹き飛ばした。

 残りの二名はどうする事も出来ず、ただ委縮し立ち竦む間、最後に見たのは突きつけられる二つの銃口から強烈な閃光が放たれる瞬間。六名の部隊が壊滅するのは一瞬であった、ほんの瞬きの間にオートマタの素体が六つ、地面に散らばる事となった。

 

「皆さん」

「――あ?」

 

 戦闘とも云えぬ戦闘、それを終えた三名に近付く影が複数。

 ツルギ、ミカ、ミネの三名が顔を上げれば、設置された街灯の下を悠々とした足取りで進むサクラコの姿があった。彼女は風に靡くウィンプルをそのままに、背後に幾人ものシスターを引き連れ、薄らとした笑みを貼り付けたまま告げる。

 

「此方のエリアは全て確保致しました、それとあまり各々先行し過ぎないように、他の皆さんが追いつくだけで大変ですので」

 

 そう云った彼女の両脇から、正義実現委員会の生徒と救護騎士団の生徒、そしてパテル分派の傍付き達が駆け出す。彼女達は各々自分達のトップの元へと駆け寄ると、不安げな声を上げた。

 

「だ、団長、御無事ですか!?」

「えぇ、問題ありません、それと破損したオートマタの方々の回収をお願いします」

「ツルギ委員長、お怪我は?」

「……無い、あっても直ぐ治る、気にするな」

「ミカ様……!」

「あはは、ごめんね先走っちゃって、速い上に数が多いから、ついムキになっちゃった!」

「いえ、その様な事は!」

 

 サクラコはその光景を見つめながら、小さく溜息を零す。元々突出しがちな三名である、率いるべき生徒を放って先行する事は分かっていた。故に現状、この三名の圧倒的戦闘能力で集団を蹴散らし、空いた穴からサクラコ率いる本隊が追撃、殲滅するという形が採用されていた。

 尤も、此方の出番など数える程しかない。大抵は既に戦意を喪失しているか、突入部隊が到着する頃には敵主力部隊がほぼ壊滅状態になっているからだ。

 

 救護騎士団 蒼森ミネ

 シスターフッド 歌住サクラコ

 正義実現委員会 剣先ツルギ

 ティーパーティー 聖園ミカ

 

 この四名がトリニティの先陣、D.U.に攻め込む上で選抜された突入部隊である。限られた時間の中、求められたのは兎に角純粋な戦闘能力と突破力、そしてある程度柔軟性を持って行動可能な編成。

 救護騎士団は万が一負傷者が発生した場合に備えて、またミネ団長の突出した戦闘能力を買っての事。またシスターフッドは本来であれば後方部隊としての役割を担う筈であったが、突出し易い彼女達を最低限留め置く楔としての役割を期待され、突入部隊へと編制される流れとなった。

 これらは救護騎士団、シスターフッド、ティーパーティーの事前会談によって実現した事である。各組織が独自に動く訳ではなく、同じ部隊として運用される。これはある種、異例の事態とも云えた。

 

「――この先が、外郭地区ですか」

 

 サクラコはあらゆる感情を腹に呑み込み、ポツポツと続く街灯の先を見つめる。遠目に見えるビル群、光を失ったその先に彼女達の目指す外郭地区は存在する。

 ミネ団長は遥か遠くを見やるサクラコの傍に足を進めながら、散らばったオートマタを回収する後輩達を一瞥し、呟いた。

 

「此処の戦闘もそうですが、防衛網を抜けたにしては随分と巡廻が多い様な気もします」

「えぇ、D.U.と自治区の境界線に防衛網を敷いた上で、各区画にも同様の戦力を備えているのでしょう、シスターフッドの方でもかなり大掛かりな装備を用意していると報告がありましたから」

「大掛かりな装備、ですか」

「……どうでも良い、全部ぶち壊して潰す、道中の敵は皆殺しだ」

「あははっ! 珍しく意見があったじゃん!」

 

 ゆらりと、両腕を垂らしながら淡々と物騒な言葉を吐き出すツルギに対し、ミカは満面の笑みを浮かべながら賛同を示す。彼女達にとって脅威の大小は問題ではなく、相手がどのような策を弄していようとも、真正面から全て粉砕していくつもりの様だった。ミネはピクリとも表情を動かさず正面を見据えていたが、サクラコはそんな面々を横目に何とも険しい色を瞳に宿す。

 聊か以上に、目の前の彼女には攻撃的な色が強く感じられたのだ。

 

「あーあ、それにしてもホント最悪だったよね、自治区境界線の部隊、大通りから脇道まで、ぜーんぶ封鎖してさぁ、トラップまで敷き詰めて、一秒でも早く先生の所に行かないといけないのに……空気読んで欲しいよ、あの鉄屑共」

「だからと云って、民間のビルに押し入って壁を破壊しながら直進するのはどうかと思いますが……ミネ団長も、壁を壊さないのは結構ですが、代わりに外壁を駆け上って飛び越えるのも控えて頂けると助かります」

 

 ミカの辟易とした気配と共に呟かれるそれに、サクラコは努めて冷静な様子で返す。その視線の先には、向こう側の通りまで開通しているビルの大穴と、罅割れた道路がある。前者はミカが強引に突っ込んだ結果生まれた代物で、後者はミネ団長が着地した際に生じたものだった。

 戦闘の際にある程度街に被害が出てしまうのは仕方のない事ではあるが、配慮するに越したことは無い。事故処理の事も考えれば、必要以上に破壊を撒き散らすのは悪手である。

 

「大丈夫だって、どうせ誰がやったのかなんて分からないよ、何かあったら全部鉄屑共(カイザー)のせいにすれば良いんだし――……ん?」

 

 けらけらと何ら悪意なく笑うミカは、ふと耳元から響く電子音に気付く。端末と接続されているそれ(インカム)は、後方に居るナギサからの着信であった。表面を軽く撫でつけると、着信音が鳴り止み通話が開始される。

 

「もしも~し?」

『ミカさん、聞こえていますか?』

「うんうん、バッチリ聞こえるよ、ナギちゃん」

 

 インカムに指を宛がいながら、ミカは溌剌とした声を発する。先程まで嬉々としてオートマタを蹴散らしていた姿からは想像も出来ない程に、その態度は自然なものであった。

 

『作戦進捗の程は如何でしょう?』

「え? すっごく順調だけれど」

『では、皆さんの現在地は?』

「現在地? あー……えっと」

 

 ミカは電話越しにナギサから投げかけられた問い掛けに対し一瞬言葉を濁すと、自身の背後を見る。其処にはぽっかりと大穴を空けたビルの外壁があり、その向こう側にも同じような穴が続いていた。そこから見える道路を一瞥しながら、ミカは思考を回す。

 元々進んでいた大通りは確か、もう一つ、いや二つ隣――だっただろうか? 兎に角外郭地区の方角だけ憶えて、そこに真っ直ぐシャーレに向かえば良いと考えていたので現在位置など頭から抜け落ちていた。

 咄嗟に周辺の標識などから地名を拾おうと考えたミカであったが、見かねたミネとサクラコが横合いより口を開く。

 

「現在はサウスストリートから二本隣の街道に沿って移動中です、もう直ぐ外郭地区との境界線に当たるでしょう、多少想定外の戦闘も発生しましたが全て無力化済みです」

「えぇ、色々と懸念点はありますが、進行速度自体は極めて順調です、今の所大きな問題はありません――というよりも、此方の現在地はナギサさんの方で把握出来るのでは?」

『……あくまで、念の為です』

 

 座標がズレている可能性も、ゼロではありませんから。

 そう呟くナギサであったが、それが建前である事は火を見るよりも明らかであった。しかし、それを追求する気は毛頭ない。何より今は、優先すべき事がある。

 

『先程砲兵隊より移動が完了した旨の報告を受けました、予定通り此処からは支援砲撃が可能です』

「あっ、やっと終わったんだ?」

『えぇ、ですので突入部隊はこのままD.U.を包囲する敵部隊を食い破り、外郭区画へと進行して下さい、既にハスミさん率いる正義実現委員会の第二部隊、及びフィリウス分派、サンクトゥス分派、ヨハネ分派、自警団、有志の生徒達が後に続いています、退路を気にする必要はありませんので、存分に――』

「細かい事は抜きにして、つまり全力で暴れて道を創れって事でしょ?」

『……えぇ、まぁ、言葉を選ばずに云えば、そういう事です』

「おっけ~、任せて!」

 

 屈託のない笑みを浮かべ、自身の胸元を軽く叩くミカ。インカムの向こう側から微かな衣擦れの音が響き、ナギサの代わりに異なる声が響く。

 

『ミカ、念の為これから降る砲撃には注意したまえ、観測部隊より齎された報告を基に、私の勘で打ち込む場所を決めるが、君は突出する癖がある、部隊を放って自由に動き過ぎない様に』

「あー、うん、大丈夫だって、もし一発位直撃しても、ちょっと痛いだけだし!」

『……相変わらずの頑丈さだな、君は』

 

 ナギサと共に後方で待機中のセイアは、呆れたように吐息を零した。

 しかし、一拍置いて自身の言葉を胸中で否定する。

 いや、相変わらず所ではない。以前のミカと比べて、今の彼女は目に見えて頑強になった様に思う。そしてそれは身体的な特徴に依らず、精神的な面も含めてだ。

 

 エデン条約――正確に云えば、アリウス自治区に攻め入った時からか。

 

 彼女が時折、酷く大人びて見える時があった。それは彼女の本質が変わっただとか、そういう訳ではない。どこか稚気があり、感情の振れ幅が大きく、自罰的で寂しがり屋、その癖他者に対し傷付けない為に敢えて露悪的に振る舞う事もある。そういった、様々な面を含めた友人、聖園ミカをセイアは良く知っていた。

 知っているつもりだった。

 しかし最近の彼女は、その階段を一段か二段、一気に駆け上ったかのような所作を覗かせる事がある。自ら好意を打ち明ける事もそう、恥ずかし気も無く本心を語る姿もそう、本来であれば癇癪を起す様な仕事や行事に於いても前向きに捉える姿勢もそう。

 そして、先生が絡んだ際に見せる、この攻撃的な一面も――そうだ。

 

『……ミネ団長、ツルギさん、サクラコさんも、作戦に大きな変更はありません、宜しいですね?』

「異論はありません」

「同じく」

「……あぁ」

『では、くれぐれも宜しくお願い致します』

 

 そしてセイアの抱くそれと同様の危惧を、ナギサもまた抱いていた。

 よろしく頼むとは作戦の事か、先生の事か、それとも――今目の前で夜空を見上げる、ミカの事か。

 

「それじゃあ、さっさと行こう? 早く先生を助けてあげないとっ!」

 

 くるりと裾を翻し、純白の制服を靡かせる彼女は自身の背後に並ぶパテル分派の生徒達を見渡す。その星々を散りばめた様な光に、彼女達は陶酔した瞳を向ける。

 純粋な力を信奉する者の多いパテルに於いて、エデン条約を経たミカの実力の高さは素晴らしい天啓を得たに等しい。嘗ての彼女も高い実力を誇っていた、しかし単身アリウス自治区へと乗り込み、その悉くを粉砕し、生還した彼女は更に一段、二段とその神秘濃度、身体強度を増し、派閥内に於いて今やトリニティに並ぶ者なしと謳われる程に成長――否、変貌していた。

 救護騎士団のミネ団長、正義実現委員会の剣先ツルギ、彼女達もまた純粋な実力に於いてパテルの自分達が足元にも及ばない強者である、それは認めよう。

 しかし、パテルの生徒達にとってトリニティに於ける最強とは――パテル分派首長(私達の長)、聖園ミカだ。

 

「パテルの皆、準備オッケー?」

「は、はいっ、私達はミカ様と共にッ!」

「我らの敵に、先生の敵に鉄槌をっ!」

「正義の裁きをッ!」

 

 ミカの声に応じ、各々の持つ愛銃を突き上げるパテル分派の面々。血走ったそれらは戦意に塗れ、その声を一身に受けながら彼女は満足げに微笑む。

 その笑みは普段の彼女と大差がない、しかし目だけが全く笑っていない事に、サクラコやツルギ、ミネは気付いていた。

 アレはただ、溢れ出る攻撃性や苛立ちを、笑みと云う仮面で押し留めているに過ぎない。現に彼女の纏う気配は刺々しく、冷たく、あまりにも攻撃的だ。隣に立っていると肌がひりつく様な、無視できない重圧があった。

 それを感じながら、ミネは自身の盾を持ち直し、一歩前へ進む。

 

「私が前に出ます、皆さんは負傷者が出た場合の対処を」

「分かりました……!」

「団長、どうかご武運を……!」

「救護が必要な方は誰一人逃しません――当然の事です」

 

 状況を考えれば、冷静さを保てというのも難しい話である。故にミネは常に自身の出来る範囲で最善を尽くす事に注力している。自身の出来る事を全力で、救護とは特に二面性を持つものであるが故に――この怒りもまた、異なる形で示すべきだろう。

 

「……総員、私の前に出るな」

「は、はいっ!」

 

 ツルギは淡々と、しかし被害を最低限に抑えるべく正義実現委員会の生徒達を下がらせる。特に自分の隣、前に出る事は許さない。それは自身の攻撃に巻き込む事を避ける為であったが、同時に自身の背を任せられる相手は、ただ一人であると確信しているが故に。

 ミカとミネに関しては、巻き込まれた所で大した被害にもならないだろう。乱雑な思考ではあったが、それは信頼とも云い換えられる。

 

「サクラコ様」

「えぇ、では引き続き参りましょうか」

 

 一糸乱れぬ隊列を組み、粛々とサクラコの背後に続くシスターフッドは、ただ感情を押し殺し前を見据える。

 並んだ四つの組織、千を超える生徒、各々の性質、特性は異なれど秘めたる目的は同じ。

 そして内に秘めた感情(怒り)もまた――同様であった。

 

「それじゃあ、ナギちゃん、行ってくるね!」

『……えぇ、ミカさん、くれぐれもお気をつけて』

「大丈夫だって!」

 

 腹の底から滾るそれを押し留め、夜の闇に響く靴音。一斉に鳴り響くそれがアスファルトを踏み締め前進を開始し、先頭に各派閥のトップ四名の影が伸びる。

 その中でも一際強く、眩いばかりの(星々)を月光に晒すミカは、何の悪意も、葛藤も見せず、満面の笑みを浮かべながら両手を広げ、その声を夜空に響かせた。

 

「――邪魔する奴(先生の敵)は全員ちゃんと、ひとり残らず、ぶっ潰して進むからさっ!」

 


 

 プレナパテスとの邂逅以降、今のままでは力が足りないと感じたミカが思案の末に辿り着いた答えは――自身を形作ってくれた先生への感謝であった。

 そこでミカは先生への感謝を表す為に、一日一万回感謝を込めて正拳突きを行うと云う修行、即ち感謝の正拳突きを思い立った。

 

 嘗て自身を閉じ込めていた牢獄、窮屈なその場所に自ら足を運び、祈り(キリエ)と共に所作を繰り返す毎日。

 初日は終えるのに十八時間以上費やしたが、三日掛け一時間を切る。

 そして三人で(友人達と)語り合う茶会を経て、完全に羽化する。

 牢獄を脱し、常の日常へと戻ったミカの正拳突きは――最終的に、音を置き去りにした。

 

 嘘ですわ。

 多分その気になれば修行しなくても音速パンチ打てると思いますし、まぁでもあれ移行一人で強くなるために道を模索していたのは本当ですの!

 因みにエデン条約編の際にミカが独白していた、自身の全力殴打に耐えられる生徒というのは、ツルギとミネ団長の二名ですわ~! 

 まぁ色んな意味で成長した今、彼女達と正面切って殴り合う事など早々ないでしょうが……ナギサに「ミカッ!」されたらやるかもしれませんわね。

 サクラコ様? サクラコ様は、ほら……わっぴーだから。

 

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