ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、助かります。


人はパンのみにて生きるにあらず

 

「はひー、息苦しぃ! もう脱いでいいよね!?」

「のんびりしていられないよぉ、急げ急げ、追手が直ぐ来るだろうから」

「で、出来るだけ早く離れないと、間もなく道路が封鎖される筈です!」

 

 セリカが息苦しそうに被っていた目出し帽を剥ぎ取り、大きく息を吐き出す。そんな彼女を見ながら、ホシノとヒフミは進行方向を指差し告げた。銀行強盗を終えてから凡そ十分ほど、ブラックマーケットの中をやたらめったらと走り回り、追跡を撹乱した後、アビドスの面々はブラックマーケット郊外の境目まで撤退する事に成功した。ヒフミの予想では、そう遠くない内にブラックマーケットと外を繋ぐ道路が封鎖されると考えている。しかし、無論先生がその手の事を考えていない筈もなく、隣に立っていたノノミが笑みを浮かべながら先生を見た。

 

「ご心配なく、万全の準備を整えておきましたから☆ ね、先生?」

「うん、最後にEMPドローンを投げ込んでおいたから、店内の銀行員に暫く緊急通報は出来ないよ、あるとすれば一般市民による通報だろうけれど、店内にいた人達の端末は破損させたし、近場の人から端末を借りて通報出来たとしても最寄りの詰め所は通信システムをダウンさせてある、二番目に近い詰所から出発したマーケットガードによる現場確認、そこから緊急通報が入って封鎖作業――十分そこらじゃ、どう頑張っても無理だね」

「さっすが先生!」

「凄い、手慣れているね先生、次襲う時も誘って欲しい」

「……いや、これきりだからね、シロコ」

 

 心なしか輝いた瞳で自身を見るシロコに、先生は辟易とした表情を浮かべる。皆も先生の言葉で追っ手が来る確率は低いと考えたのか、息苦しい目出し帽を脱ぎ、一息吐く。

 

「追っ手は来ないかもしれないけれど、一応ブラックマーケットからは出た方が良い……こっち、急いで」

「……あの、シロコ先輩、覆面脱がないの? 邪魔じゃない?」

「天職を感じちゃったっていうか、もう魂の一部みたいなものになっちゃって、脱ぎたくないんじゃなーい?」

「シロコ先輩はアビドスに来て正解だわ、ゲヘナだったら……物凄い事やらかしていたかも」

 

 どこか戦々恐々とした目を向けて来るセリカに、シロコはマスクを脱ぐと頬を掻いた。

 

「そ、そうかな……」

「うん、多分……いや、絶対」

 

 シロコがゲヘナに通っていたら――先生はその先を想像し、即座に振り払った。碌な未来が見えない、というかどう考えても犯罪行為に走る。あの学校は良くも悪くも自由であり、法に縛られない。

 いや、そもそも借金という果たすべき目標がなければ、或いは健全なサイクリング狂いで終わる可能性も? そこまで考えて、隣で駆けていたアヤネが声を上げた。

 

「封鎖予測地点を突破、この先は安全です!」

 

 ブラックマーケットと郊外の境目。アーケード街を抜けた先にある歩道橋を渡り、大きな道路を挟む先には見慣れた清潔な街並みが広がっている。そこまで駆け込み、路地裏へと身を隠したアビドスの面々は小さくガッツポーズを取る。封鎖予測地点――これを抜ければ、マーケットガードは追跡できない。良くも悪くもブラックマーケットでのみ力を持つ部隊である、他の自治区に対して独自行動が出来ないという点は他と同じだった。云うなれば国外逃亡――此処まで来れば、安全だ。

 

「やった、大成功ッ!」

「本当にブラックマーケットの銀行を襲って、それも成功しちゃうなんて……」

「よーし、よし、シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんとゲット出来た?」

「う、うん、バッグの中にある――はい」

 

 シロコは頷き、背負っていたバッグをそのままホシノに手渡した。妙に重たいそれを受け取ったホシノは、取り敢えず中身を拝見すべく地面に落とし、チャックに手を掛ける。

 

「よーし、よし、これで完璧~、って――」

 

 チャックを開け、中身を覗き込んだホシノは――視界に映った大量の札束に、思わず絶叫した。

 

「なんじゃこりゃあ!? バッグの中に、凄い量の札束が……!?」

「うえぇぇええッ!? し、シロコ先輩、現金盗んじゃったの!?」

「ち、違う、目当ての書類はちゃんとある、このお金は銀行の人が勘違いして……」

 

 ホシノが紙帯でまとめられた札束を両手に持ってシロコを見れば、凄まじい勢いで首を横に振る彼女が奥底の方に埋まっていた電子証明紙を取り出す。一応、目的の代物は入手していた。しかし、まさか現金まで持って来るとは思っておらず、ホシノの顔は心なしか引き攣っている。

 バッグの傍に屈みこんだホシノは、大量に詰められた札束を掴みながら先生に問い掛けた。

 

「……先生、これどれくらいある?」

「ん、そうだね……この位の量だと凡そ一億か、それ以上かな」

「うへ、本当に五分で一億稼いじゃったよ……」

 

 呟いたホシノは肩を落とす。現金を盗み出した――書類だけならばまだしも、これだけの金額を強奪したと知れば、ブラックマーケットも黙ってはいないだろう。大誤算だ、ホシノは頭を悩ませた。

 

「ぃやったァ! 何ぼーっとしてるの! 運ぶわよ!?」

「え、えぇ!?」

 

 反対に、喜色満面なのがセリカだった。彼女は大量に札束の詰まったバッグを見て驚愕し、その後小さく震えながら全力のガッツポーズを見せる。その言動から、セリカはこの金をそのまま使うつもりなのだと分かる。アヤネはそんな彼女を見て、慌てて窘めた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいセリカちゃん! そのお金、使うつもりですか!?」

「アヤネちゃん? 使うつもりって、当たり前だよ、借金を返さなきゃ!」

「そんな事したら……本当に犯罪だよ、セリカちゃん!」

「は、犯罪だから何!? このお金はそもそも私達が汗水流して稼いだお金なんだよ!? それに、そのままにしておいたら、犯罪者の武器や兵器に変えられて、別の犯罪に使われるかもしれない! 悪人のお金を盗んで何が悪いの!?」

「………」

「私はセリカちゃんの意見に賛成です、使い道は兎も角、犯罪者の資金をそのままにしておくのは良くありません、私達が正しい使い方をした方が良いと思います」

 

 今まで一つの方向を向いていたアビドスが、初めて割れた。アヤネは強奪した金銭を使用する事に反対で、セリカは闇銀行にあった以上、悪人の金なのだから躊躇う必要もないと。ノノミは消極的賛成で、犯罪資金にされるくらいならばという考え。

 ノノミの同意を得たセリカは勢いづき、皆に向かって声を張り上げた。

 

「ほらね! これさえあれば、学校の借金だってかなり減らせる! そうじゃなくても、使い道は一杯あるんだから! 装備も弾薬も食料も、何なら校舎の修繕も出来るんだよ!?」

「んむ……それはそうなんだけれど――シロコちゃんはどう思う?」

 

 ホシノが頬を掻きながらシロコの方を見れば、彼女は薄く微笑んだまま首を横に振った。そこには確信に近い――信頼があった。

 

「自分の意見を述べるまでもない、ホシノ先輩が反対するだろうから」

「へっ!?」

「――うへ、流石シロコちゃん、私の事、分かっているね」

 

 驚いた表情のセリカを、ホシノは真っ直ぐと見据える。そして彼女らしからぬ真剣な表情で、ハッキリと告げた。

 

「私達に必要なのは書類だけ、お金じゃないよ」

「――で、でも」

「今回のは悪人の犯罪資金だから良いとして、次はどうするの? その次は? 一回で大量にお金を仕入れて、それで借金を減らしたとする、それで残りの借金を返す為にまた働いて――そして思う訳だ、なんでこんな苦労しているんだろうって、やろうと思えば五分でまた一億稼げるのに……って」

「………!」

 

 何かを口にしようとしていたセリカの口が、中途半端に開いたまま固まった。誰よりも労働に精を出し、率先して金銭を稼いでいたセリカだからこそ、その言葉は響いた。

 そんな彼女を正面から見つめたまま、ホシノは続ける。

 

「慣れって云うのは怖いよ、本当に、知らず知らずの内に思考が染まる、最初は自制出来ていても、ピンチになったら【仕方ないよね】とか云いながら、また強盗に手を出すよ、そしてそうなったら終わりだ、繰り返す内に、何も思わない様になる、平気でお金の為に人を傷つけるようになる――おじさんとしては、可愛い後輩がそうなっちゃうのは嫌だなぁ」

「っ……!」

「悪人のお金で学校を守って何の意味があるのさ」

 

 ホシノの言葉にセリカは言葉を詰まらせた。目の前の彼女の顔と脇に転がされたバッグの中身を視線でなぞる。確かに、と思う所はある。理解も出来る。

 けれど、それでも捨てるには余りにも金額が大きい。これだけあればという気持ちが、どうしても抜け切らない。両手を握り締め俯いたセリカは、絞り出すように呟く。

 

「でも、だからと云って……!」

「こんな方法使う位なら、最初からノノミちゃんのゴールドカードに頼っていれば良かったんだ、違う?」

「……そうですね、私が提案した時に一番反対されたのは、ホシノ先輩でした」

「うへ、だって、ねぇ?」

 

 ホシノが肩を竦めてノノミを見れば、同じように力を抜いたノノミが、ふっと笑みを浮かべて目を伏せた。

 

「いくら頑張っても、きちんとした方法で返済しない限り、アビドスはアビドスではなくなってしまう……そういう事ですか」

「そういう事――だから、このバッグは置いて行くよ、頂くのは必要な書類だけね、これは委員長としての命令だよ」

 

 命令――その言葉は、ホシノには似合わない。

 しかし、委員会の長としての発言ならば逆らう事は出来ない。セリカは両手で頭を抱えると、そのまま地団駄を踏んで叫んだ。

 

「ぐ、ぬ、う、うわああッ! もどかしぃ! 意味わかんない! こんな大金を捨てる!? 変な所で真面目なんだからッ!」

「ん、委員長としての命令なら」

「えっと、私はアビドスさんの事情は良く知りませんが、このお金を持っていると、何か他のトラブルに巻き込まれるかもしれません……災いの種、みたいなものでしょうから」

「あは……仕方ないですね、このバッグは私が適当に処分します」

「ほい、頼んだよ~」

 

 ホシノがバッグをノノミに手渡し、緩く微笑む。そんな様子を見ていたセリカは、やはり諦めが付かないのか臍を嚙んでいる。

 

「んぐ、ぎぎぎっ……!」

「セリカ」

「っ、何よ先生!?」

 

 そんな彼女に歩み寄った先生は、そっと彼女の肩を掴んだ。今にも跳ねのけ、怒鳴り散らしそうな彼女の顔を覗き込みながら、努めて穏やかな口調で先生は告げる。

 

「心配しないで、アビドスの借金は完済出来るよ」

「そ、そんな慰め要らないわよ! 三百年返済よ!? そんな大金、コツコツ集めたって、絶対――!」

「――大丈夫」

 

 声は、強くセリカの鼓膜を叩いた。

 はっと、顔を上げたセリカは先生の瞳を見る。そこには、何処までも強い信頼と、確信――そして先生らしい希望に満ちた瞳があった。

 

「私を信じて」

「ッ――」

 

 セリカはぐっと、唇を噛み締める。

 だって――だって三百年返済だ、ちまちまとアルバイトだけで返済出来る筈がない。セリカは、そう強く思う。この一億を頭金にして、何か別な、大きく稼げるようなビジネスだとか、投資だとか、そういう事を始めた方が余程可能性がある筈なのだ。所詮悪人の金、それも自分達が汗水流して働いた金も混じっている。ノノミ先輩一人に負担を掛けず、学校を救う方法が目の前に転がっているのに。それを――見す見す手放す何て。

 ――けれど、だけれど。

 先生は……完済出来ると云ってくれた。

 そんな慰めに似た言葉を、信頼出来るの? 三百年返済なのに、今までみたいなやり方で返済なんて。無理だ、無理に決まっている、十中八九不可能だ。もっと現実的な方法がある。セリカは胸の中で、そう思うのに。

 

 先生が、そう云うのなら――大丈夫だという気持ちが消えない。

 

「ぐ、ぅ、ぬ、ぁ……ッ~!」

 

 その場に屈みこみ、セリカは強く頭を掻き毟る。それから空を見上げて大きく叫んだ彼女は、二度、三度地面を蹴り飛ばしながら先生に向けて云った。

 

「分かった! 分かったわよッ! だからそんな目でこっち見んなッ!」

「あはは、セリカちゃん、やっと折れてくれましたね」

 

 隣に立っていたアヤネが、どこか胸を撫で下ろしたように口にする。

 兎にも角にも、これでアビドスの意思は纏まった。持ち帰るのは電子証明紙のみ、現金はノノミが処分する。アビドスの復興に、汚れた金は使わない。

 そう方針が固まった所で、アヤネがふと周囲に異変があった事を声高に知らせた。

 

「……っ! 上空のドローンセンサーに感あり、何者かの反応が接近中です!」

「えっ、もしかして追手のマーケットガード!? 此処までは来ないんじゃ……!」

「いえ、これは――べ、便利屋のアルさん!?」

 

 ディスプレイでドローンのカメラを見ていたアヤネは、思わぬ人物に声を荒げる。便利屋68のアル――何故、こんな所に? そう疑問を抱くより早く、アビドスとヒフミのいる路地裏にアルが駆け込んで来た。

 

「はぁ、ふぅ……い、いたぁ!」

 

 声が聞こえた途端、皆は慌ててマスクを被り直す。思わずシロコが銃の安全装置を弾けば、それを見たアルが慌てて手を挙げた。

 

「あ、落ち着いて、私は敵じゃないから……っ!」

 

 必要以上に近付く事はなく、路地裏の入り口に立ったままアルは立ち竦む。アビドスの面々は一応愛銃を握ったまま、そっと互いに近付くと静かに耳打ちをした。

 

「何であいつがこんな所に……?」

「分からない、邪魔なら撃退する?」

「んー、どうかな、戦う気が無い相手を叩くのもねぇ、それに一応向こうはアビドスに手を出さないって云ってくれていたし」

「でも今なら正体も分からない」

「あのぅ、もしかしてお知り合いですか?」

「まあね、そこそこーって感じ?」

 

 こそこそと相談を重ねるアビドスとヒフミを前に、アルは焦がれたように声を張った。その瞳はきらきらと輝き、目の前の皆を見据えている。

 

「あ、あの……た、大したことじゃないんだけれど、さっきの銀行の襲撃見せて貰ったわ、ブラックマーケットの銀行をものの五分で攻略して見事に撤収、アナタ達、稀に見るアウトローっぷりだったわ!」

「………!」

「正直、凄く衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆な事が出来るなんて、感動的と言うか……!」

「え、えぇ……」

 

 てっきり、通報してやるだとか、黙っておいてやるから分け前をとか――そういう後ろ暗いやり取りをするのだと思ってのだが、アルの言葉にアビドスの面々は互いに顔を見合わせ、困惑の空気を漂わせていた。そんな空気が流れているとは露知らず、アルは拳を握り締め、声高らかに叫ぶ。

 

「わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」

 

 そう、とても良い笑顔で宣言するアル。

 その笑顔を向けられたシロコは、そっとホシノの傍に寄ると静かに問いかけた。

 

「……一体、何の話?」

「さぁ」

 

 分かる訳がないのである。

 ホシノは肩を竦め空を仰いだ。

 

「そ、そういう事だから、な、名前……名前を教えてッ!」

「は、名前!?」

「その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょう? 正式な名称じゃなくても良いから……私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!」

「うへ……なんか盛大に勘違いしているみたいだねー……」

 

 どうやら彼女には、自分達が日常的に銀行強盗を行う様な凄腕犯罪グループに見えているらしい。何でそんな誤解を抱いたのかはしらないが、生憎と素顔を晒す訳にもいかないし、事情を話す選択肢もない。そうなると取り敢えず適当に誤魔化すしかないのだが――さて、どうしたものかとホシノが頭を悩ませれば、不意にノノミが声を上げた。

 

「……はいっ! 仰る事は、よーくわかりましたっ!」

「の、ノノミ先輩?」

 

 何やら良くない方向でテンションが高いノノミを見たアヤネが、不安げに彼女の名前を呟く。

 

「私達は、人呼んで……覆面水着団!」

「……覆面水着団!?」

「えぇ……」

 

 背後に立っていたセリカが露骨に顔を顰めていた。尤も、覆面で顔は見えないが。雰囲気が既にげんなりとしているのが先生には分かった。

 そもそも水着じゃないし、その名前はどうなんだ。シロコが恐る恐るアルを見れば――そこには変わらず、瞳を輝かせる少女が居た。

 

「や、ヤバい……! 超クール! カッコ良すぎるわッ!」

「……良いんだ、それで」

 

 どうやらアル社長の感性は、ノノミのソレに近いらしい。

 しかし、このチャンスを逃す訳にはいかない。センスは兎も角、それで納得するならばとホシノは嬉々としてノノミの狂言に乗った。

 

「うへ~、本来はスクール水着に覆面が正装なんだけれどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだぁ」

「なんか妙な設定つけ足しているし!」

「その場合、先生ってどうなるの?」

「……海パン?」

「ぶふっ!」

 

 先生がぼそっと呟けば、隣のヒフミが噴き出した。

 何と失礼な、後でペロロ様の刑に処そう。先生はそう心に誓った。

 

「そうなんです! 普段はアイドルとして活動していて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです! そして、私の名前はクリスティーナだお♧」

「だ、だお♧……!? きゃ、キャラも立っているわ……ッ!」

「うへ、目には目を、歯には歯を、無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を往く――これが私らのモットーだよ!」

「な、なんですってーッ!?」

「囁くのさ、私のゴーストが……来いよ、何処までもクレバーに抱きしめてやる!」

「あわ、あわわわっ―――!」

 

 ノノミ、ホシノ、先生の順にポーズを決め、それらしい台詞を高らかに叫ぶ。それだけでアルは感動し、白目を剥き、卒倒しそうになっていた。先生は思った、ちょっとコレ楽しいな、と。

 それを残ったセリカ、アヤネ、ヒフミは何とも云えない表情で眺めていた。シロコは少し混ざりたそうな顔をしていた。これも隠ぺいの一環なのである、是非皆にもやって欲しい。

 

「……なにしているの、あの子達、それと先生」

「わー、アルちゃんドはまりしちゃってるじゃん、特撮モノのイベントに連れて行って貰った子どもみたいな顔しているし! 超ウケる~!」

「あ、アル様……」

 

 路地裏に入ったアルを、歩道橋の上から眺めているのはカヨコとムツキ、そしてハルカの三名。闇銀行から駆け出した我らが社長を追って来たものは良いものの、アビドスの面々――アルは未だ正体に気付いていないが――を見つけるや否や、一声もなく駆け出し、宛らサインを強請るファンの如き空気感で突貫した彼女を、三名は生暖かいような、呆れる様な目線で見ていた。 

 アルの対応に苦慮していたセリカは、その後もある事ない事話すノノミの肩を叩き、後方を指差す。

 

「も、もう良いでしょ? さっさと逃げようよ!」

「そうですね――それじゃあこの辺で、アディオス~☆」

「行こう! 夕陽に向かって!」

「夕陽、まだですけれど……」

「愛に生き、愛に死ぬ――それが孤高のラビ」

「ん、馬鹿可愛い先せ……ラビも好き」

 

 告げ、アビドス&ヒフミの即興銀行強盗団は颯爽と退散して行った。

 その背中を笑顔で見送り、何なら両手を振りながら影が消えるまでその場に立ち続け――アルはぐっと両手を握り締め、云った。

 

「………よし! 我が道の如く魔境を……その言葉、魂に刻むわ! 私も頑張るっ!」

「……事実を伝えるべきなんだろうけれど……いつ云おうか」

「面白いから暫く放置で!」

 

 アルのいる路地裏へと合流したカヨコとムツキは、そっと囁き声でそんなやり取りを交わした。

 

「あ、あの……」

 

 思い出に浸るアルの思考を遮る様に、ハルカがおずおずと声を掛ける。その両手には、少しばかり大きすぎるバッグが握られていた。ムツキのバッグよりも一回り大きなそれは、元々ハルカが所持していたものではない。

 皆の視線がそのバッグに注がれる。

 

「このバッグ、どうしましょう? あの人たちが置いて行ったみたいなんですけれど」

「ん? これはまさか……覆面水着団が私の為に?」

「いや、それはないわ……ただの忘れものじゃない?」

「結構重いよ? 何が入っているんだろう――」

 

 そう呟き、ムツキがバッグの中身を覗き込めば――。

 

「………!?」

「ひょええ!?」

「っ、こ、これは……!」

「あわわ……!」

 

 ■

 

「あれ、現金のバッグ……置いてきちゃいました」

「えーっ!?」

「うへー、良いんじゃない? どうせ捨てるつもりだったし、気にしない、気にしない」

「ん、誰かに拾われるでしょ、きっと」

「ですね☆ お金に困っている人が拾ってくれると良いですね」

「あはは……良い事をしたと思いましょう、お腹を空かせた人が、あのお金でお腹いっぱいになれると思えば」

「うぅ……勿体ない、どう考えても勿体なさすぎる! みんなお人よしなんだからッ!」

「大丈夫だよ、きっと必要な人の元に届くからね」

 

 ■

 

「ええぇぇーッ!?」

「うわわわわーッ!?」

「これ……一億位入っているよ」

「……?」

 

 アルが白目を剥き、ムツキが冷汗を掻き、カヨコが顔を顰めながら札束を一つ手に取る。ハルカはそんな皆の姿を見つめながら、小さく首を傾げ問いかけた。

 

「……もしかしてこれで、もう食事抜かなくても良いんですか?」

 


 

 生徒の泣き顔を見る位ね、私は先生の泣き顔を見るのも好きなんだ。大の大人が涙を流すくらい、彼女達、生徒達を愛しているんだと云う実感が得られて、何か美しいものを見たような心地になれて、好きなんだ。

 生徒が悲しめば、先生も悲しむ。

 先生が悲しめば、生徒も悲しむ。

 片方が涙を流せば、もう片方も涙を流す。

 これが愛ですか、素敵ですね。

 

 ハスミは良いぞう、背が高かったり、体格が良い事がコンプレックスになっていて、それをダイエットで何とかしようとしながらも全く出来ていないところがグッド。本人は正義実現委員会に所属しているが、スイーツが大好きで、もし正義実現委員会に所属していなかったら放課後スイーツ部に所属していただろうと宣う程の甘味好き。

 あの体格と露出度で放課後スイーツ部は無理でしょう。

 

 先生とよく甘味デートしていたけれど、その度にダイエット云々と云いながらスイーツをパクパク食べるハスミを眺めていたいね。美味しそうにご飯を食べる少女は、それだけで魅力的に見えるんだ。

 というかもう、ダイエットなんかしなくて良いという事を一時間位懇切丁寧に説明してあげたい。絆ストーリーでも、それで納得していたし、「そのままで素敵だよ」、「ダイエットなんてとんでもない」、「ありのままのハスミが好きなんだ」と先生が力説しまくれば、ハスミは照れながらも、「せ、先生がそこまで仰るのなら」と毎日スイーツをパクパクして笑顔を見せてくれるような気がする。そのままもっと大きくおなりハスミ、それでパンティ(ゲヘナ)にまた泣かされたら先生が慰めてくれるよ。

 

 ハスミはあんなナリをしていてかなり純真というか、世間知らずな所がありそうだよね。先生と翼の事でアンジャッシュ状態になっていた時もそうだけれど、先生が「触りたい!」と云った時に、「人のいないところで」と口にした辺り、人が居ない静かな場所なら触らせてくれるくらい既に信頼と愛情を獲得しているらしい。というか大人の常識云々について、私が知らないだけかも……みたいな発言があったから、何でもない顔をして、「ハスミ、ちょっと太腿貸してくれる?」と聞いたら、なんやかんやあって最終的に貸してくれそう。

 最初は、「えっ……?」と驚きながらも、「でも先生は何でもない様に仰っていますし、もしかして大人の常識では普通の事……なのかしら」みたいに深読みして、多分大体許してくれる。ハスミは懐もバストも翼も太腿も大きい素晴らしい生徒だよ……。

 

 夏休みはツルギの代わりに忙しそうだったし、今度はハスミを連れて行ってあげたい。日々の業務でストレスの蓄積したハスミを、先生が息抜きで海まで連れて行ってくれるんだ。マシロやツルギは以前の事もあって協力してくれると思う。多分本人は、「わ、私は似合う水着がありませんし」とか、「ダイエットがまだ……」とか云って渋りそうだけれど、先生が床に転がってヤダヤダすれば折れてくれるって信じている。

 海では一緒に泳いだり、スイカ割りしたり、砂でお城を作ったり、ツルギやハスミと一緒にやった事を一通り体験するんだ。ハスミは存外泳げなかったりしそう、翼もツルギとかと比べて面積かなり大きいし、もしそうだったら先生に手を引かれながら水泳の練習をして、「は、離さないで下さいね!?」とかやって欲しいなぁ。陽が沈んだら一緒に線香花火なんかして、穏やかに過ごして欲しい。

 線香花火の小さな火花と、月明かりに照らされてはにかむハスミは、きっと綺麗だと思うんだ。

 

 ハスミを甘やかすのも悪くないけれど、彼女の場合は先生を甘やかしてくれそうな感じもある。正義実現委員会の委員長のツルギが先生とハスミ以外意思疎通不可能ウーマンだし、委員長が行うべき外部交渉とかは全部ハスミが代行していそうな感じある。だから書類仕事はお手の物だし、何なら炊事洗濯とか一通り修めていても私は驚かない。何ならシャーレの当番の時に、勝手に先生の私室を掃除してくれていても一向に構わん! 先生がメンタルやられた時とかそっと寄り添って、膝枕なんかをしてくれると思うんだ。彼女の場合、先生とは持ちつ持たれつというか、一方に頼り過ぎず、頼られ過ぎず、文字通り先生と二人三脚で走っていけると思う。先生が躓いた時はハスミがそっと支え、ハスミが躓いた時は先生が支えてくれる。簡単な様で難しい、そういう関係がハスミと先生は築けるんだ。

 

 ゲヘナに先生撃たせてぇ~!

 ハスミのゲヘナ嫌いをもっと強くしてあげてぇ~!

 

 ハスミって滅茶苦茶ゲヘナが嫌いだけれど――それこそ、ゲヘナ産の紅茶を燃やすくらいに――それに先生を殺されたって情報上乗せされたら、もう凄い事になりそう。

 ハルナとかアカリとか、美食研究会とゲヘナ風紀委員会の抗争に巻き込まれた先生が、本当に運悪く重傷を負ったという知らせを聞いて現場に急行して欲しい。

 そこに顔面真っ青になったヒナと、呆然とライフルを握ったまま立ち尽くすハルナが居て、その間に血を流して倒れる先生に必死の形相で応急措置を施すチナツが。

 ハスミは血だらけになった先生を見て悲鳴を飲み込み、それから憤怒の形相でヒナに掴み掛るんだ。「風紀委員長のあなたが居ながらッ、一体何があったというのですか!?」と。けれどヒナは心が弱いから、肝心な時に先生が居ないと何も出来なくなってしまう。まして目の前で先生が銃弾に倒れるのは――エデン条約後と考えればこれで二度目。また先生を守れなかったという失意と後悔と絶望で、ただ涙を流しながら音もなく唇を震わせる事しか出来ないと思う。

 本来他人に見せる事はない、そういう弱い側面を覗かせたヒナに、ハスミは恐らく失望とも取れる一瞥をくれてヒナを突き飛ばす。それを見たアコがぶち切れて、先生の負傷と委員長の傷心で余裕のない彼女はハスミに食って掛かるんだ。地獄かな?

 そこでチナツが予め要請していたゲヘナの救急医学部と、ハスミが手配していたトリニティ救護騎士団がブッキングして欲しい。それできっと、どちらの学園に搬送するかで揉めるんだ。ハスミ側トリニティは先生の負傷はゲヘナの責任として、そんなゲヘナにこれ以上先生を任せられるかと考えるだろうし、ゲヘナ側もゲヘナ側で先生を傷つけてしまった以上、その治療はゲヘナが請け負うのが当然と考える。

 一刻を争う状況だというのに互いに対する不信感から、一触即発の状況になるのは悲しいね先生。そして我慢の限界になったハスミがゲヘナに向けて発砲するんだ、「それ以上口を開けば、頭を消し飛ばしますよ!?」と叫んで、強引に先生の身柄を確保して欲しい。機能停止したヒナの代わりに、アコがこの場でやり合うのは最悪の展開、少なくとも先生の容態を第一に考えるのならどちらでも良いから早く搬送しなくてはならないと判断を下して、そのまま先生はトリニティに搬送する流れとなる。ここでトリニティとゲヘナの確執は決定的なものになって、エデン条約で纏まりかけていた両校が再び対立し始めるんだ。救急車の中ではずっと先生の傍に座って、その手を握り締めながら涙して欲しい感ある。可愛いね。

 

 その後先生には死んでもらっても構わないし、命が助かって貰っても構わない。個人的な最善を述べるのならば、意識はあるのに体は動かない様な状態が望ましい。自分の不注意で折角繋がりかけた両校の絆が裂かれて、全てが水の泡となった現状を、どうにもならない体で眺めて欲しい。その顔見ながらご飯炊くから。きっとハスミは嬉々として先生の世話を焼いてくれるから安心だね先生♡ ハスミは先生を喪い掛けた時に感じた後悔や恐怖、悲壮感をもう二度と味わいたくないと、きっと暇があれば先生の傍に侍る生活をしてくれると思うんだ。何なら正義実現委員会の生徒を独断で先生の病室前に配置するくらいはすると思う。

 多分、トリニティやミレニアムの生徒はお見舞いに来ても許すけれど、ゲヘナの生徒は絶対に病室に入れてくれなさそう。というかこの展開ならゲヘナ孤立するんじゃないのかな? 以前のアリウスの立場にゲヘナが置かれて大変な事になりそう。そうしない為に頑張ったのにね、惨めだね先生♡

 ついでにツルギもゲヘナ嫌いになったら嬉しいなぁ。ヒナはパンデモニウムソサエティから叱咤されて、本人も先生を守れなかった事で心折れたしゲヘナ風紀委員会は機能不全、美食研究会は多分もう二度と美味しいご飯食べられないぞ! 美味しいご飯食べさせたくて先生を連れだしたのかな? 可愛いね♡ うぅ、ゲヘナが可愛そう、こんなのあんまりだよ、ヒナちゃんが泣いちゃう、泣かないで……。その現状何とかしようとして、動かない体に鞭打ってゲヘナに向かおうとして事故に遭う先生、おぉ。哀れ哀れ。やる事為す事全部裏目に出るのは何でなん? だってそういう世界やし、此処だと絶対幸せになれないから諦めてふて寝すると良いぞ先生。

 

 

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