ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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四十分遅刻ですわ~! 申し訳ありませんの!


天空の瞳

 

「プレジデント」

「部隊指揮を預ける、頃合いを見て退け」

「はッ!」

 

 子ウサギ公園、正面入り口へと戻ったプレジデントは用意された警護車両の中に身を滑り込ませながら、残ったオートマタに指示を出す。公園内部からは未だに銃声が鳴り止まず、爆発音も同じく。既に公園を包囲する部隊にも戦闘が発生しているらしい、一刻も早くこの場を離れるべきだろう。警護車両を複数のオートマタが取り囲み、助手席へと乗り込んだ特務が液晶パネルを操作し、自動操縦機能を立ち上げるのが見えた。反対側の扉より特務が一体乗り込み、同じシートに腰掛け問いかける。

 

「プレジデント、離脱後の動きは――」

「一度D.U.外部の部隊と合流し軍を再編成する、他所の自治区に待機させていた部隊も呼び戻せ、まだ計画が失敗した訳ではない」

「了解」

「私はこのままD.U.を脱出する、公園の特務は私の護衛に付け、動ける者は何名だ?」

「子ウサギ公園に招集された特務で戦闘可能な者は十四名、内二名がフレームに被弾しましたが基幹システムに異常は無し、戦闘は可能です」

「ふん、十四か……随分と減ったな」

「対自治区戦闘用に外周配備した者を呼び戻せば、中隊規模にはなるかと」

「いや、良い、貴様らだけで十分だ」

 

 ――制御権さえ手に入れば、有象無象の存在など、どうとでもなる。

 

 両腕を組みながら、プレジデントは呟きを零す。今、此処で退く事は決して決定的な敗北ではない。

 確かに一歩、退く事にはなるだろう、自身の野望は歩みを遅らせ時間と決して少なくない金銭を失った。

 だが全てが終わった訳ではない、まだ建て直すだけの余力は残されている。アビドスに在る箱舟の本体、アレを確保し自身は姿を晦ませる。多少長い潜伏になるかもしれないが、最終的に勝つのは――己だ。

 

「出せ、プラン通りだ、D.U.を脱出しろ」

「はっ」

 

 その声と同時に車体が揺れ、前後を挟んでいた護衛装甲車両と共に警護車両が発進する。周囲を取り囲んでいたオートマタ達が後方へと流れ、ライトを点ける事もせず三台の車両は暗がりの街へと消えていく。シートに深く背を預け、窓硝子越しに街を見るプレジデントは反射する複眼の光量を落とした。

 

「……黒服の言葉、漸く理解した」

 

 ■

 

『シャーレの先生――あの者は真に、ゲマトリアの資格を持つ者です』

 

 エデン条約が結ばれる前、確かアビドスでの面倒な後処理が一段落ついた頃だった。

 兎にも角にも連邦生徒会の介入、今後の『宝探し』(箱舟探し)に関する事も含めゲマトリアの一員、黒服と会談の席を設けた際、彼は不意にその様な事を口走ったのだ。

 

『資格だと?』

 

 カイザーコーポレーションの本社、静謐な来賓室で対面のソファに座るプレジデントは、少し驚いたような素振りで手元のカップを揺らした。其処には若干、意外そうな響きが含まれていた。

 部屋には自分達以外誰も存在しない。そもそも存在そのものを秘匿する傾向にあるゲマトリアと、自ら表舞台に立つ事を好まないプレジデントの思考は似通っているが故に、第三者を交えない一対一の会談になる事は必然でもあった。

 ゆったりとした動作で、「えぇ」と頷いて見せる黒服に、プレジデントは怪訝な様子でコンパウンドアイを瞬かせる。

 

『何だね、それは、ゲマトリアでは会員証かIDでも発行しているとでも云うのか?』

『ククッ、まさか』

 

 プレジデントの軽口は半ば冗談であったが、黒服は軽く肩を揺らしながら首を横に振る。その様子から黒服が笑っているのだと分かった。尤も彼の造形では笑ったとしても認識する事は不可能だろうが、何せ彼の口元は常に弧を描いている。

 キヴォトスに生きるどのような存在とも異なる異質な気配と外見を持つ黒服は、足を組み替えながらどこか恍惚とした口調で続けた。

 それは正に、陶酔と呼ぶに相応しい態度だった。

 

『既にご存知の事かと思いますが、我々の組織名であるゲマトリアは拝借したものに過ぎません、その原点は遥か古代、神の存在証明にまで遡る』

『……主の存在を証明出来れば、新たな主を創造できるという、人工の神性を獲得する実験か』

『えぇ、その研究を支援した後援者こそがゲマトリアと呼ばれる組織、今の私達と嘗てのゲマトリアに直接的な繋がりはありません、私達は文字通り彼等、或いは彼女達の精神や研究成果の流れを何ら汲んでいない――しかし』

 

 これは探求者としての(サガ)というものでしょうか、全く異なる道を往くというのに、その本質は似通っている様に感じるのです、私自身、最近気付いた事なのですがね?

 そう云って黒服は、くつくつと喉奥で笑い声を押し殺した。

 

『ゲマトリアは探求者であり求道者、故にこそ、狂気こそが我々の打破すべき宿敵なのです』

『狂気?』

『えぇ――そして彼の者(先生)は既に、その果てに辿り着いている』

 

 両手の指先を組み、淡々と、しかしどこか熱を込めて言葉を紡ぐ黒服。思い違いでなければ、シャーレの先生について語る彼の口調は酷く楽し気でさえあった様に思う。

 

『正気にては大業成らず、とは良く云ったものですが、世の理を解き明かそうとする存在、或いはその領域に躊躇いなく足を踏み出す存在など、必ずどこか歪であって然るべきでしょう、違いますか?』

『なるほど、そう云う意味か……であれば概ね同意しよう』

 

 投げかけられた言葉にプレジデントは頷きを返す。狂気の意味を、彼は正しく理解した。自身も、そして黒服と呼ばれる目の前の存在も、その領域に生きる存在だ。真っ当な感性、或いは常識といったものとはかけ離れた精神性を持つ存在。その事自体を、プレジデントは否定する術を持たない。

 

『しかし、それを貴様の口から聞く事になろうとはな、まるで自身が気狂いである事を認めている様なモノではないかね?』

『ククッ、自覚はありますとも、尤もゲマトリア全員がそう在る訳ではありませんが』

 

 黒服を含め、現在ゲマトリアに所属する者は四名。若干一名、外様として活動する銀狼という客人も存在するが、正式に加入した訳ではない為数には勘定せず。黒服の云う通りゲマトリアと一口で云っても、その活動内容、内面、手段、思想、先生に対する態度、全てが異なっていた。

 ある者は世界に対し、観察者として。

 ある者は世界に対し、芸術家として。

 ある者は世界に対し、文筆家として。

 ある者は世界に対し、敵対者として。

 今ある世界を唯解き明かそうとするのか、或いは自己表現の場とするのか、流れる文脈を読み取ろうとするのか、それとも破壊し創り替えようとするのか。

 万物に対するスタンス、それを実現する為の方法、最終的な目的に至るまで、何もかもがバラバラ。

 しかし、それだけ異なる個人でありながらも、不思議な事に共通する事柄が存在した。

 

『狂気を乗り越え、ただ一つの願いの為に歩き続ける、私達とは道を異にする方ではありますが――彼の精神は既に、一つの【真理】に辿り着いている』

『真理、か』

『えぇ、そしてそれは私達も同じ、この世の謎を解き明かす為であればあらゆる手を尽くすでしょうし、各々が未だ【真理】に辿り着かずとも、自らの中に確固たる理想像を持っている事は確かです』

 

 真理、そして其処に至るまでの理想像。

 黒服は指先を広げ、一つ一つと折り曲げる。

 それは【美学】と呼ばれたり、【解釈】と呼ばれたり、【矜持】と呼ばれたり、或いは――【信念】とも呼ばれる。

 

『故にこそ、我々ゲマトリアは探求者であり、求道者なのです』

『………』

『傍から見れば等しく狂人でしょう、万人の価値観は統一出来ず、ある者にとっては黄金であっても、ある者にとっては我楽多に過ぎない、その価値が本人にしか意味を為さないモノであっても、死に物狂いで手にし、解き明かそうとするのですから』

 

 砂漠で水の価値が変わる様に、他者にとっては大変に価値あるものであっても、平々凡々と街で暮らす人々にとってはそうではない。

 しかし、それが万人にとって魅力的に映るものならばどうか?

 そう、それこそ黒服達が喉から手が出る程に欲した真理と秘儀、それに見向きもせずいとも簡単に手放した彼の聖者()の如く。

 他者に理解されない、共感されない唯一を求め歩き続ける者など、狂人以外の何者でもない。

 

『しかし、それで良いのです――それが良いのです』

 

 黒服は告げる、心底嬉しそうに。

 

『あの精神性、あの在り方こそ、ゲマトリアが真に欲した探求者、求道者足るもの』

 

 己の中にある歪さを自覚しながら、しかし聖者の芯は揺らがず、折れず、曲がらず、朽ちず、毀れず、常に己の進むべき道を往く。

 或いは、あの者が『先生(ラビ)』でなければ、生徒(子ども)ではない何かに価値(可能性)を見出していれば、本当の意味で同胞(ゲマトリア)に迎え入れる未来もあったのかもしれない。

 しかし、所詮はもしもの話だ。加えてその本質を損なった時、果たして彼は彼と呼べるとのかという疑問がある。その辺りの分野についてはゴルコンダとデカルコマニーの領域だろうが、思わずには居られない。自身はあくまで観察者に過ぎず、起きた事象を分析し、解析する事こそが本質であるが故に。

 想い、黒服は笑みを深くする。

 

『……シャーレの先生と接触するならば憶えておくべきでしょう、プレジデント』

 

 彼は人間で、大人だ。

 けれどその前に、【先生】で在ろうと努めている。

 

 黒服の白い、炎のように朧げな白が此方を射貫く。

 放たれた言葉の意味をプレジデントは図りかねた。

 先生である前に人間というのであれば、それは肉体の脆弱性を意図したものであろう。

 しかし、そうである前に先生で在るとは、一体どういう意味か。

 黙り込み、一向に口を開かないプレジデントを一瞥し、黒服は三日月の様な口元を更に歪な形へと変えた。

 

『この意味を、貴方は良く理解しておいた方が良い』

 

 ■

 

「……成程」

 

 声が漏れた。

 警護車両の中、プレジデントの口から零れた電子音声に対し、直ぐ隣に腰掛けていた特務が反応する。グリーンランプが点灯し、プレジデントを正面に捉えた。

 

「何か」

「いや、何、気付くのが少し遅かったと思ってな」

「……?」

 

 その輪郭の無い、あやふやな文言に特務は微かにフェイスモニタを傾ける。感情を抑制された彼等からすれば、少しばかり大袈裟な表現であったかもしれない。しかしプレジデントはそれを気に留める事無く、硝子に反射する自身の眼光を注視する。

 

 人間であり、大人である。

 しかしその前に、先生で在ろうとする。

 

 あの時の己は結局、黒服の放った言葉の意図を理解する事が出来なかった。

 しかし今、本当の意味でシャーレの先生と対峙し、敵対した事で漸くその切片に触れる。

 人間である前に先生で在る、その結果が幾ら傷付こうが、血を流そうが、苦痛を与えようが挫けず、折れず、曲がらぬあの姿なのだろう。精神は肉体を克服できない、少なくともそう創られていなければ。

 アレは人間として、例外だ。

 自身を顧みず、その他を顧みず、ただ一つの事柄(可能性)に執着し邁進する。

 或いはアレこそが、歪んだ希望に縋る叫びそのものか。

 彼の背には、自身も想像できない様な何かが圧し掛かっている様な気がした。先生は狂人と呼ぶには聊か行き過ぎている。それとも、それこそが黒服の云う、狂気を乗り越えた先、一つの真理と云うものか。

 もし、そうであるのならば。

 

「……呆れ、いや、憐憫(哀れみ)か」

 

 プレジデントは暗闇の中、等間隔ですれ違う街灯の光を見つめながら呟いた。

 その様な道を選んだ事に対する。

 (先生自身)こそが最大の可能性を持ちながら、それを擲った事に対する。

 それは紛れもない、憐れに思う感情そのものだった。

 

「――止まれ」

 

 ふと、隣り合った特務が声を上げた。

 同時に間髪入れず自動運転を行っていた警護車両が停止し、前後で走行していた護衛車両も停止、車列全体が停車する。

 グン、と素体全体に走る衝撃にプレジデントは顔を上げ、直ぐ横の特務に問い掛けた。

 

「どうした?」

「……たった今、巡廻していた部隊と連絡が途絶しました」

 

 特務は頭部に指先を添えながら、淡々とした口調で告げる。フェイスモニタは虚空を見つめ、恐らく前後の装甲車両に搭乗している特務達とネットワーク上で意思疎通を行っているのだろう。同時に助手席に座っていた特務の一体が、抱えていた銃火器の安全装置を弾くのが分かった。

 空気が引き締まり、プレジデントもまた立て掛けていた杖に手を伸ばす。

 

「この区画、進行ルートはプレジデントの逃走プランで使用する為、別動隊が常に防備を固めていました、無論撤退経路は複数用意してありますが、自治区の部隊が運悪く侵入した可能性も」

「……センサーに反応はないが、それは貴様も同様か、周辺に展開した他の部隊から報告は?」

「それが、自治区の戦力が区画深くまで食い込んでいる為、接敵報告自体は周辺から頻繁に、しかしこのルート上近辺ではまだ一度も、まるで降って湧いた様に、こうも突然現れるとは通常の方法では考えられません」

「………」

 

 空からの侵入であれば何の痕跡も無く、唐突にとあるポイントで接敵する事も考えられる。しかし、それでも何かしらの発見報告は上がる筈だった。早期警戒レーダー然り、着陸時の機影然り、誰も発見出来ず、痕跡も無く、接敵報告も無いなど。

 つまり敵は突然現れて、接敵報告する間もなく一瞬で部隊を鎮圧するした事になる――それこそ、瞬間移動(テレポート)でも無ければ不可能な程に。

 

「――?」

 

 ふと、プレジデントの視界に影が映った。

 街灯の下より、ふらりと現れた人影、それが警護車両の窓硝子越しに見えた。

 特務はプレジデントの視線を追って人影に気付くと、「此処でお待ちを」と一言告げ扉を開け放つと外へと飛び出す。助手席に座っていた特務も続き、前後を挟んでいた装甲車からも後部扉が開け放たれ、続々と特務のオートマタが降車を開始するのが分かった。彼らは警護車両を囲むように展開し、人影に銃口を向ける。

 

「警告する、其処で停止し、両手を挙げろ」

 

 整列した特務達は装甲車を盾代わりに配置し、歩み寄る人影へと警告を発する。ノイズ混じりの電子音声は夜の街に響き、確りに耳に届いている筈だった。

 十字路の只中、一本の道を往く何者か。

 しかし、人影は警告を受けて尚一向に歩みを緩めない。

 コツコツと、靴音を立てながら緩やかに、しかし確実に距離を詰めて来る。

 

「―――」

 

 プレジデントは異様な気配を感じた。フレームが震え、表面が振動する感覚。それに耐えられず自ら扉を押し開け下車した。杖が地面を叩き、硬質的な音を鳴らす。

 警護車両の方が安全である事は理解していた、しかし何か云い表す事の出来ない焦燥感のようなものを覚えたのだ。今歩み寄るあの人影から漏れ出る、重圧とでも云うのか、それを感じ取った瞬間自身を囲うこの車両の装甲が、唐突にちっぽけなものに思えた。それはまるで、鉄板一枚を抱えたまま戦車の前に飛び出す様な無謀に似る。

 警護車両を降りたプレジデントを一瞥した特務の一体が、背でプレジデントの素体を庇いながら告げる。

 

「プレジデント、車内に御戻りを――」

「……いや、このままで良い」

「しかし」

「今のお前達を抜ける者など、早々居るものか」

「……了解」

 

 それは虚勢だった、自らの怯懦を悟られないように言葉を信頼に置き換え、杖を突きながら特務の創り出した壁、その背後に立つ。無論、前に出るつもりなど毛頭無い。特務の肩越しに暗闇の中より歩み出る人影を視線で追う。

 それは、美しい漆黒のドレスを纏った何者かであった。歩く度に長いスカートの裾がふわりと靡き、まるで生きているかのように音を立てる。少しずつ露になる姿、街灯は彼女の口元までを照らし、その黒いグローブに覆われた細い指先がゆっくりと持ち上がり、特務の壁に遮られたプレジデントを指す。

 

「……本当に、このまま逃げられると思った?」

 

 凛と。

 底冷えする様な、冷徹な声が周囲に響く。吹きすさぶ風が彼女の特徴的な銀髪を揺らし、一歩、二歩、彼女が足を進める。

 進むごとに彼女の姿は光に浮かび上がり、軈てその全貌が露になる。

 

「――案外、御目出度い頭をしているんだね」

「……お前は」

 

 その顔には見覚えがあった。

 以前アビドスで起きた一件、その際に資料で目にする事があった。特徴的な獣耳、銀色の髪、瞳の色から顔立ちの特徴。プレジデントは杖の上で掌を重ねながら、複眼の光を細める。

 

「アビドスの――」

 

 そうだ、アビドスの砂狼シロコ、だったか。

 嘗て見た資料の情報と外見的特徴が一致する。プレジデントは記憶領域のデータを引っ張り出し、照合を開始する――一致する部分は多い、確かに彼女はあらゆる点で砂狼シロコと類似点を持っていた。

 だが、違う。

 類似点は多いが、砂狼シロコとは体格が大きく異なる。収集したデータはまだ一年と経過していない、たったその期間でこれ程までの成長を遂げるだろうか? プレジデントは疑問に思う。ましてや、纏う気配が余りにも昏く、重く、異質だった。

 それこそ、一介の生徒が持つには釣り合わない程に。

 

「このルートで来る事は予測出来ていました」

「……!」

 

 暗がりに響く、二つ目の声。

 それは柔らかく、どこか気品を感じさせる声色だった。しかし同時に、その中に底知れぬ悪意の様なものをプレジデントは感じ取る。

 周囲の特務が正面の銀髪の女性――銀狼を警戒しながらも、即座に散開、プレジデントを中心に円型の布陣を敷く。十字路の先、各道をそれぞれ担当し、暗闇の先を注視する。

 護送車両、両脇に停車した装甲車、そこから射線の通る場所を丁度庇う様に、彼等は満遍なくセンサーを稼働させた。

 だが、声の主を捉えられない。

 ジャミングの類は発生していない筈だった、となれば相手方が欺瞞措置を取っているのか、それとも――。

 

「シスターフッドから得た一部区画の部隊配置、そして情報提供者(ヒマリさん)から頂いたオートマタの分布と動き、各部隊の戦闘状況と対応の仕方、其処から導き出される、『各防衛線を突破された場合の逃走経路』――幾つか想定していましたが、一つ目でアタリを引けるなんて」

 

 影の中よりくつくつと響く声は、此方を嘲笑うかの様に忍び笑いを零す。それからぼうっと、暗闇の中から青白い光が浮かび上がるのが分かった。

 途端、全員の視界に反応が検知される。

 それが何であるか、演算回路が処理するよりも早く。

 

「銀狼さん」

「ん」

 

 投げかけられたそれが何かの合図であると理解すると同時、特務の視界に一斉に映る敵性反応があった。

 それらは夜空に駆動音を響かせ、周囲のビル群の屋上、または破損した屋内より飛来し、プレジデント一行を見下ろす。暗がりの中でも特務の視界は確保されており、センサーは飛来したそれらの形を正確に捉えた。

 

「っ、ドローンか……!」

 

 プレジデントの複眼が捉えたのは、月光に照らされた特徴的なドローン。プロペラが二つ、左右にロケットか何かを装填したボックスがぶら提げられており、それが車列を囲う様に浮遊しているのが見えた。それらを前にして特務のオートマタ達はしかし、慌てふためく事も無く正確にドローンの数を把握し、即座に逃走ルートを変更する。

 

『反応複数、囲まれている、数は十五、搭載されているのは誘導弾頭、警護車両の外部装甲を貫通する可能性アリ』

『ビル内部よりも熱源、これは待ち伏せだ』

『逃走ルートが読まれていた、プレジデントの退避を最優先に』

『ルートを再構築、第一班はプレジデントの護衛に、警護車両のIRジャミングを起動後、追撃を振り切り単独で自治区脱出を図る、残りはこの場で時間を稼げ』

『了解』

 

 一秒足らずの交信を終えた数名の特務は、プレジデントを背中で押しながら、護送車両へと後退を開始する。その間各々は頭上のドローン、そして銀狼に狙いをつけ微動だにしない。

 

「プレジデント、即刻退避を、此処は危険です」

「あ、あぁ――!」

『あら、この私から逃げられるとお思いですか?』

 

 しかし、態々こんな大掛かりな罠まで張ったのだ、易々と見逃す手合いではなかった。

 銀狼やドローンを警戒していた特務達の素体が、一瞬大きくぶるりと震える。それは基幹システムに何かが侵入し、誤作動を起こしたが故の所作だった。

 

『――?』

 

 全員が自身の震えた腕に気付き、異常を察知した瞬間。

 

『ッ、警告、攻勢防壁(ICE)消滅、メモリオーバーフロー、ブートローダー破損、光学センサーに異常発生、供給ライン切断、基幹システムに異常――』

 

 プレジデントを守っていた特務の素体、そのフレーム各部から火花が散り、出来の悪いダンスを踊るが如く四肢を震わせ、一斉に膝を突いて項垂れる。まるで見えない何かに電源を抜き取られたかのように、フェイスモニタに灯っていたランプは消灯。

 突き出していた銃器を取りこぼし、その場で彫像の如く機能を停止した。

 

「お、おい、お前達……!?」

 

 唐突に、何の脈絡も無く動きを止めた特務。

 それにプレジデントは狼狽し、思わず声を荒げる。周囲に視線を向け無事な者を探すも、プレジデントを護衛していた十四名の特務は、全員沈黙し、反応する事は無い。雪が降る中、ただ冷たい甲鉄を晒し硬直するばかり。

 直ぐ傍に立ち、自身を車両に戻そうとしていた者達でさえ同様に。

 その背中に手を添え、何度呼びかけようとも効果は無く。正面に立つ銀狼、そして薄ぼんやりと浮かび上がる青白い光を睨みつけるプレジデントは怒りと共に声を発した。

 

「一体何だ、何をした!?」

「……カイザーコーポレーションのオートマタ統合戦闘システムを掌握、加えて各個体のシステムに侵入し機能停止、流石ですね」

『えぇ、随分と強固なセキュリティでしたが、どれ程完璧に見える防壁であっても、必ず攻略方法は存在します――ましてや全知とビッグシスターが揃っておきながら、攻略出来ないセキュリティなど、存在してはならない』

 

 暗闇に灯る青白い光からは、二つの声が聞こえていた。

 恐らく片方はタブレット越しに会話をしているのだろう、微かに雑音の混じるそれは何て事のない口調で自身の為した事を語って見せる。

 同時に此方へと歩み寄る、靴音。

 

『多少時間は掛かってしまいましたが、これでカイザーコーポレーションの持つオートマタ、戦場情報共有機能は停止、軍としての動きは既に不可能でしょう』

 

 声には強い自尊心とプライドが感じられた。軈て青白い光を放つタブレットを持つ人物は、街灯の元へと辿り着く。

 淡い桃色の髪、純白のリボンが風に揺れ、トリニティの制服を身に纏った才媛――浦和ハナコが能面の様な顔を覗かせていた。

 彼女はタブレットを片手に、もう片手は提げた愛銃の銃身を撫でつけ、ただ何の色も伺えない瞳でプレジデントを射貫く。

 

『では、後は任せましたよ』

 

 周囲には滞空するドローンの駆動音、そして続々と集結する何者かの足音だけが響いていた。

 

「――えぇ、勿論です」

 

 不意にガコンと、金属が凹む様な音をセンサーが捉えた。

 それはプレジデントの背後から。

 咄嗟に車両より距離を取って振り返れば、停車した警護車両のルーフに着地した人影があった。

 着地した姿勢から、静かに立ち上がる特徴的な影。月光に照らされた和装が微かに火薬の香りを漂わせ、その狐面の奥から隠し切れない敵意と憎悪を覗かせる黄金色が瞬く。

 

「お前は……まさか」

「私が留守の間、随分と好き勝手してくれた御様子で……えぇ、えぇ!」

 

 愛銃を肩に担ぎ、両腕を絡める彼女は苛立ちをぶつける様に二度、三度と足元の警護車両を蹴飛ばした。その度に甲高い金属音が鳴り響き、ルーフが徐々に凹んでいく。

 銀狼、ハナコ、ワカモ――この場に集った者に三方を囲まれたプレジデントは、特務の合間をすり抜け、少しずつ距離を取っていく。

 十字路の三方は塞がれた、上空にはドローンも存在している。それでもプレジデントの足は彼女達に背を向ける事無く、一歩、一歩と残った一本の(暗がり)へと後退していった。

 それは最早本人の意志とは関係なく、その場に渦巻く戦意と悪意、そして害意から逃れようとした、殆ど無意識的な行動だった。

 

「おい」

 

 しかし、彼女達はそれを許さない。

 後退するプレジデントの背後から、此方を呼ぶ乱雑な声が聞こえた。

 直ぐ近く、ほんの数歩の距離だった。

 十字路の残った最後の道――そこに活路を見出した彼であったが、無論無人の筈もない。

 

「っ……!」

 

 手にしていた杖が音を鳴らし、地面を転がっていく。プレジデントの素体は硬直し、軈て観念したようにゆっくりと振り向いた。

 

 暗がりの中、まず視界に入ったのは小柄な体格。

 ボディアーマーで体を覆い、全身を覆える様な黒い盾を携えた彼女は、一つに縛った髪を弾ませゆっくりと此方を見上げる。

 暗闇でも分かる、左右で異なる色の瞳、蒼と黄金、その姿には見覚えがある。砂狼シロコなどよりも、余程。

 何せ彼女は――。

 

「……暁の、ホルス」

 

 あの黒服が欲した、キヴォトス最高の神秘と称される存在なのだから。

 

「此処が――」

 

 砂と汗に塗れた格好、ホシノの両足は砂に汚れ、アーマーや盾には複数の弾痕や爆発痕が散見された。だが此方を見上げる、ギラギラと煌めく瞳に疲労等は全く見受けられない。付着した砂塵は寧ろ、彼女の剥き出しとなった敵意を外見的に分かり易く表現している様にも思える。

 どこまでも深く、愚直な怒りの感情。

 それを堪える事も無く、彼女はゆっくりと盾とは逆の手に掴んだ愛銃――Eye of Horusをプレジデントへと突きつけ、云った。

 

「お前の終着点(野望の果て)だよ、プレジデント」

 


 

 やめて! ヒマリとリオの協力技で特務を全員行動不能にされたら、自己防衛出来ないプレジデントは戦う術を失っちゃう!

 お願い、死なないでプレジデント!

 アンタが今此処で倒れたら、何年にも渡って準備してきたキヴォトス企業都市化計画はとうなっちゃうの!?

 戦闘支援機能を失っても、オートマタはまだ残っているのよ!

 迫り来るミカ(パテル)ツルギ(正義実現委員会)ミネ(救護騎士団)サクラコ(シスターフッド)、そして万魔殿と風紀委員会(ヒナ)、C&Cとアバンギャルド軍団を撃退して、この四人(激重四天王)を倒した後にRABBIT小隊(覚醒)FOX小隊(臨戦)、そしてスクワッド(不屈仕様)を倒し切れば先生に勝てるんだから!

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