ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝しますわ~!
昨夜所用で更新出来なかったので、朝に更新ですの~!


陽光と月光(照らされる道の先で)

 

「っ、何だ、視界が――」

 

 不意に、オートマタ達の動きが硬直し、ぎこちないものへと変化した。

 視界にノイズが走り、先程まで繋がっていたあらゆるネットワークが遮断、システムが機能不全を起こす。その異変が発生したのは殆ど同時だった、全く同じタイミングでD.U.に存在するカイザーコーポレーションのオートマタ達が異変に気付き、同時に戦闘の手を止める、止めざるを得ない。

 用いていた統合戦闘システムの停止、GPSや無線ネットワークによる互いの位置情報、センサー連携による敵味方の識別、受けていた情報支援の一切が応答を無くし、まるで飛んでいた鳥が唐突に翼を失ったかのように、彼等は困惑と動揺を隠せずその場へと立ち尽くす。

 

「まさか、統合戦闘システムが落ちたのか?」

「馬鹿な、そんな事、起きる筈が――」

「だがシステムは実際動いていないだろう! 一体、どうなって……!?」

 

 こんな事、今まで一度だって無かった。

 そしてこの場には残っていなかった為、彼等には知る由も無かったが、特務として活動していたオートマタは全て、基幹システムに侵入を許し機能を停止していた。その場で唐突に身を震わせ、崩れ落ち、硬直する素体が複数――D.U.防衛を担っていた彼らは既に瓦解し、各自治区の本隊が侵入を果たしている。

 動揺は広がり、慌てて遮蔽に身を隠す者、ただ呆然と夜空を見上げ放心する者、一も二も無く後退する者、味方に詰め寄る者、様々であった。

 

「……リーダー、相手の動きがおかしい」

「あぁ」

 

 先生の直ぐ隣、土嚢の裏に隠れ護身用のリボルバーを構えていたミサキは相手の異変にいち早く気付き、インカム越しにサオリへと報告する。

 それにはサオリ自身も気付いていた。前線にてRABBIT小隊とFOX小隊に合わせ戦闘を行っていた彼女は、直ぐ傍のオートマタ達が銃口を受ける事さえ無く、立ち尽くす状況に怪訝な色を滲ませる。

 

「何だ、連中急に動きがバラバラになったぞ……?」

「もしかしてEMPでも喰らった? 流石にその程度、対策していないとも思えないけれど」

「いえ、あの慌てよう、そういった感じでは……」

「FOX1、これは」

「――可能性は高い」

 

 困惑し、戸惑いの色が大きいRABBIT小隊を他所に、FOX小隊は凡その状況を把握していた。或いは、自分達が想定していた展開とは少しばかり異なるかもしれないが、結果は同じだと。

 遮蔽に身を隠しながらユキノは愛銃の弾倉を素早く切り替え、確かな装填音に耳を澄ませながら告げる。

 

「足並みが揃わないなら好都合、このまま一気に押し込む、RABBIT1(ミヤコ小隊長)!」

「っ、了解!」

 

 具体的な指示は必要なかった、ただユキノが彼女の名前を呼び、遮蔽から飛び出すと同時、RABBIT小隊、FOX小隊は阿吽の呼吸で行動を開始する。

 こういった状況、相手が晒した隙は決して逃さない、訓練にて積み重ねた嗅覚は決して嘘を吐かない。相手が動かないのであれば、此方から攻め込む。手心を加える理由など無い。飛び出したユキノ、ニコ、クルミは一斉に射撃を開始し、同時にミヤコ、サキも続き、後方からモエ、ミユ、オトギが支援攻撃を開始する。

 纏まった銃声が虚空に轟き、足を止めた前衛のオートマタが一斉に弾ける。頭部が後方へと押し出され、胸部の外装が凹み、拉げ、地面へと転がった。

 ほんの一瞬、攻撃の手を緩めた瞬間に差し込まれる猛攻、街灯の朧げな光とは異なる、強烈なマズルフラッシュが彼女達の姿を暗闇の中でも浮かび上がらせ、ぬかるんだ地面に次々と空薬莢が沈んだ。

 

「ミサキ、やれ!」

「……了解」

 

 サオリもまた、彼女達の攻勢に合わせながらヒヨリと共に火力を押し付け、ミサキに指示を出す。それを聞いたミサキは小さく頷きを返し、土嚢裏に立て掛けていたセイントプレデターを手に取った。

 

アツコ()、少しだけ離れていて」

「うん」

 

 隣り合ったアツコに一言添え、彼女は手早く準備を始める。

 BCU(バッテリー冷却ユニット)を発射筒後部に挿入し、作動した事を確認。BCUの作動時間は凡そ四十五秒、操作ハンドルを握り締めIFFアンテナを展開、トリガーの安全装置を弾く。

 右肩にセイントプレデターを担ぎ、サイトを覗き込むと複数の対象が目視出来た。優先すべきは遮蔽に身を隠すオートマタ、及び後方に停車した敵装甲車両。暫く対象をじっと狙い続ければ、赤外線誘導センサー(シーカー)が目標を補足し、ロックオンを知らせる電子音が耳に届いた。

 ゆっくりとトリガーに指先を伸ばし、告げる。

 

「撃てるよ、リーダー」

「砲撃する、注意しろ!」

 

 サオリが左右に展開したRABBIT小隊とFOX小隊にそう叫ぶと同時、彼女達の視界に頭上から迫る赤い線、爆発予測エリアが発生した。

 それに気付いた面々は素早く近場の遮蔽に身を隠し、顔を身を縮こまらせる。

 

「――塵は塵にかえるもの」

 

 呟き、ミサキはトリガーを引き絞る。

 瞬間、空気が抜ける様な軽い音と共にカタパルト射出が作動、低速で誘導弾が飛び出す。誘導弾は数メートル程飛翔し、僅かな滞空の後ロケットモーターに点火、凄まじい加速を見せ夜空の向こう側へと飛翔していった。

 風圧でミサキの髪と衣服が靡き、微かにその目を細める。白煙が尾を引き、ある程度上空へと突き進んだ誘導弾は――空中で炸裂、無数の子弾を放出し地上に爆撃を敢行。

 炸裂した強烈な光は、夜空に緋色の軌跡を描き、次々と地上に降り注ぐ。

 

 着弾、そして爆破。

 地面が爆ぜ、装甲車の外装が弾け飛び、複数のオートマタが宙を舞う。近場の土嚢や樹々に衝突し、燃え盛る火が彼らの混乱をより分かり易く訴える。敵の後衛は唐突な砲撃に統制が乱れ、戦意を挫かれた者が地面に蹲る姿も見えた。

 

「ちゃ、着弾を確認しました……!」

 

 ヒヨリはアイデンティティのスコープ越しに敵方を覗き、喜色を滲ませ告げる。今の一撃はかなりの痛手となった様だった。寧ろ貴重な大火力のカードを切ったのだ、そうでなければ困ると云うもの。「みたいだね」と素っ気なく応じたミサキは、軽くなったセイントプレデターを再び背嚢に立て掛け、ブーツ横のホルスターに仕舞い込んでいたサイドアーム、リボルバーを再び抜き放つ。

 

「へぇ、良いねアレ、中々派手な火力じゃん!」

「感心していないで、お前も撃って支援しろRABBIT3!」

「はいはい、って云ってもこっちは派手なモノ全部使い切っちゃったし、使えるのはもうコレくらいなんだけれどねぇ」

 

 インカム越しに聞こえるサキの怒声に、間延びした声で愛銃を構えるモエ。握り締めたRABBIT-224式拳銃は凄まじい連射力で以て弾丸をばら撒き、一瞬で弾倉を空にする。携帯可能な拳銃としては圧倒的な瞬間火力を誇るが、如何せん彼女としては物足りない。こんな事なら、もっと色々と引っ張り出して来るべきだったかと内心で吐露するも、無い物ねだりは出来なかった。

 

「駄目だ、プレジデントとも繋がらない……!」

「これ以上は無理だ、撤退するべきじゃないのか!?」

「っ……クソ! 退却だッ、D.U.を脱出し他の部隊と合流する!」

 

 前方から飛来する弾丸、砲撃、その圧力に屈したカイザーコーポレーションは身を屈めながら倒れた仲間を引き摺り、必死に後方へと撤退を始めた。散発的な反撃は其処らの土嚢や樹々を穿つが、FOX小隊やRABBIT小隊、そしてサオリを捉える事は無い。身を乗り出し、射撃を継続していたユキノは下がっていくオートマタ達を一瞥し、目を細める。

 

「っとFOX1、敵が撤退して行くよ、追撃は?」

「分かり切った事を聞く」

 

 後方から狙撃に徹していたオトギの問い掛けに、ユキノはヘッドセットに向け淡々と答えた。

 

「先生の安全確保が最優先だ、追撃の必要は無い、周囲を固めろ」

「了解」

 

 後退するカイザーコーポレーションを追撃する真似はしない。どうせD.U.内部に進軍した他自治区の部隊とかち合う事になる筈だ。今は兎に角、先生の安全確保に重点を置くべきだと判断した。

 

 そのまま後退していくオートマタ達に攻撃を浴びせ続け、徐々に、徐々に響く銃声、マズルフラッシュが減っていく。樹々や茂みの裏、暗闇の向こう側へと消えていくカイザーコーポレーションの兵士達。

 最後の数発が虚空に消え、軈て銃声も、誰かの声すらも聞こえない、完全な静寂が訪れる。墜落したヘリの残骸、爆散した装甲車、そこから流れ燃え盛る炎が地面を舐め、パチパチと何かの弾ける音が耳に届く。

 愛銃を構えながら慎重に炎の向こう側を伺うFOX小隊、その後に続きRABBIT小隊も遮蔽から身を乗り出した。

 

「……視界内に敵性反応なし」

「此方もクリア、敵影なし」

「FOX3、FOX4、警戒を続けろ、FOX2及びRABBIT小隊は先生の周辺に集まれ」

「了解」

 

 先生からの支援は未だ継続しており、暗がりの向こう側に消えていったカイザーコーポレーションの背中が完全に見えなくなった時、支援による敵影は認められず。

 それでも暫し念入りに辺りを探っていたユキノは、クルミとオトギの両名を警戒に残し、他の面々と共に後方に居る先生の元へと小走りで駆け寄っていった。

 

「っ、ぅ――……」

「先生、お疲れ様」

 

 退却を確認し、戦闘指揮を終えた先生は大きく息を吐き出し、タブレットを膝の上に置いたまま土嚢に深く凭れ掛かる。

 草臥れた様子で空を仰ぐ先生を見つめるアツコは、持っていたハンカチで先生の頬と口元を拭った。何度も行われたその動作は、白いハンカチがすっかり赤く染まる程度には繰り返されており、冷たく冷え切った先生の肌をアツコは掌で摩る。

 

「もう大丈夫、敵は皆、追い払ったから」

「……あぁ」

 

 アツコの言葉に、先生は安堵とも、感嘆とも取れる声を返す。小刻みに震える指先がタブレットを億劫そうになぞり、RABBIT小隊及びFOX小隊との接続が解除された。途端、タブレットの放っていた青白い光が消え失せ、周囲に薄らとした暗闇が戻る。

 辺りを照らす光源は、点滅する街灯と燃え盛る炎の淡い緋色のみ。

 

「………」

 

 アツコはタブレットの上に放られた先生の黒ずみ、罅割れた指先に目を向けた。アツコの表情はマスクに覆われ伺う事は出来なかったが、それでも何らかの感情を燻らせているのは確かであった。

 暫し沈黙を守った後、アツコは自身の身に着けていた右手袋を脱ぎ、それを先生の手に嵌めようと動く。抜き放った彼女の白く、細い指が先生の黒く、罅割れた指先を掴み、そのまま手袋を広げる。

 しかし、アツコの小さな手に合わせて作られたそれはサイズが全く合わず、先生の掌を中程までしか覆う事が出来なかった。

 

「ミサキ」

「……何?」

 

 アツコに名前を呼ばれたミサキは、握り締めていたサイドアームのリボルバーを自身のブーツホルスターに差し込んでいる所であった。

 アツコは無言で先生の掌を指差し、それから掌をぐるぐると回す。その動作に一瞬怪訝な顔を見せた彼女であったが、数秒して意図を察し、溜息交じりに背負っていた背嚢を抱え、中に手を突っ込む。

 

「先生、手を出して」

「……?」

「良いから」

 

 ミサキは背嚢を抱えたまま先生の傍に屈み込み、呆然と、疲労と倦怠感から掠れた視線で此方を見上げる先生に、掌を差し出す。

 先生は何を求められているのかを理解出来なかったが、殆ど反射的に彼女へと手を伸ばした。するとミサキは先生の掌を握り締め、握っていた包帯で先生の指と掌を覆い始めた。その黒と、罅割れを隠すように、彼女は無言で白を巻き付ける。

 先生はそれをただ、じっと見つめていた。

 

「……多分、聞いても教えてはくれないんだろうけど」

「―――」

「知られたくないんでしょ、これ」

 

 それは殆ど、確信に近い。

 何を聞いても、どのように問うても、先生が何かを吐露する事は無いのだろう、と。

 彼女も同じように、傷を隠す為にその身に包帯を巻きつけている。こういった隠し事は、実に手慣れたものだった。

 先生は投げかけられた言葉に一瞬息を詰まらせ、それから無言で目を瞑った。

 巻き付けた包帯は先生の手首までを完全に覆い隠し、黒はもう何処にも見えない。最後に結び目を作り、ミサキの掌が先生の甲を軽く撫で、離れる。其処には確かに、彼女なりの不器用な優しさと不安が滲んでいた。

 

「先生」

「……サオリ」

 

 そうこうしていると急ぎ駆けていた来たのか、僅かに息を切らせたサオリが顔を覗かせた。彼女はミサキと同じように口元をマスクで覆ったまま、額の汗を乱雑に拭う。身に纏う白い外套は所々泥が跳ね、着弾痕も見られたが、大きな負傷自体は見られなかった。

 

「リーダー、怪我は?」

「問題ない、かすり傷程度だ、それより先生の方は――」

「さっきよりは、大分マシになったよ」

 

 サオリの問い掛けに答えたのは、アツコだった。彼女が顔を上げれば、先生の頭上に浮かび上がるドローンが定期的に光を放ち、その身体を包み込む。数分前と比べれば、血色も随分良くなった様に思える。

 先生の傍に屈み込み、その顔色を伺ったサオリは一言、「そうか」とだけ呟き、大きく息を吐き出すと胸を撫でおろした。傷は深く、見た目は余りにも痛々しい、それでも命がある事に安堵したのだ。

 

「本当なら、もっとちゃんと治してあげたいのだけれど……ごめん、私の力が足りなくて」

「……いや」

 

 アツコの言葉に、先生は小さく声を漏らした。二度、三度、息を吸い込み、呼吸を整える。その度に肺が軋み、脇腹と肩に熱を感じたが、ひとり雪の中を歩き続けた時と比べれば雲泥の差だ。乾いた唇を動かし、薄らと笑みを浮かべた先生は呟く。

 

「……十分さ、ありがとう、皆」

 

 声にはただ、深い感謝の念だけが籠っている。それは強がりでも何でもない、まだ動けるだけの余力が肉体に齎されたのだ。先生からすればそれは、本当に有難い事だった。

 ミサキそんな先生の態度に肩を竦め、溜息交じりに自身の外套を脱ぎ始める。そして血と泥の滲んだシャツ一枚で冷え切った先生に羽織らせると、曲がったまま投げ出された右足を一瞥し呟く。

 

「傷は肩と脇腹、それと一番酷いのがこの右足、元々最低限の止血処置はされていたみたいだけれど、動き回ったせいで傷口が開いている――先生、二度目は無いから、もう勝手に動こうとしないで」

 

 元々、処置が施されている事は分かっていた。しかし、安静にしていた状況から自力で此処まで歩いて来たのだろう、巻き付けられた包帯やガーゼにはすっかり血が滲み、踏み荒らされた雪が泥と混じってそこら中に跳ねている。

 こんな状態で動かす訳にはいかない、不安から来る微かな苛立ちをミサキから感じ取ったヒヨリは、慌てて手を挙げ声を張り上げた。

 

「だ、大丈夫です! 何かあったら、わ、私が先生を背負って走りますから!」

 

 元よりその性格から、様々な雑誌やら何やらを勿体ないと拾って来ては保管し、かなりの重量を誇るアイデンティティをガンケースごと運搬しているヒヨリである。重い荷物を運んでの行軍など、耐久力に関してはスクワッドの中でも負けない自信があった。何より彼女には実績がある、何せ先生を担いだまま彼のマダムの猛攻を避け続けたのだから。

 

「そうだね、万が一の時はヒヨリが先生を担いで――……」

 

 ミサキが彼女の提案に頷き、思案する様に指先で唇に触れると、ぬかるんだ地面を叩く足音が耳に届いた。

 スクワッドが振り返れば、淡く炎に照らされるRABBIT小隊とFOX小隊が此方に向かって歩いて来る姿を視界が捉える。

 

「アツコ、ヒヨリ」

「うん」

「……は、はい」

 

 ミサキは屈んだ姿勢を保ちつつ、先生の傍で視線を飛ばし、それを受けたアツコとヒヨリはゆっくりと立ち上がる。微かに、その身体は強張り、緊張を孕んでいた。

 

「皆は、先生の傍にいてくれ」

「さ、サオリさん」

 

 そして彼女達を守る様に、サオリが一歩前へと踏み出す。

 RABBIT小隊とFOX小隊、両隊がスクワッドの前で足を止め、視線を交差させる。

 アリウス・スクワッド、RABBIT小隊、FOX小隊。

 数秒程、沈黙が三者の間に流れた。

 

「……えっと」

 

 口火を切ったのは、後方で身を縮こまらせるミユだった。

 傷と泥に塗れ、それでも微かな安堵を覗かせる彼女は恐る恐ると云った風にスクワッドと先生を交互に見つめ、問いかける。

 

「一応、一緒に戦った訳ですし、味方って事で、良いんですよ……ね?」

「……少なくとも敵意は感じませんが」

「ま、こっちとしては全然見覚えはないんだけれど、トリニティとかゲヘナとか、ミレニアムって訳でもなさそうだし?」

「そうだな、校章や部隊章も無い、制服でもないから何処の学園かも分からないし、単なる傭兵か?」

 

 RABBIT小隊が抱いた感想は凡そ同様のもの。先生への対応を含め、敵と呼ぶには聊か協力的過ぎる上に、当の先生が黙認しているのだ。少なくとも友好的な援軍と呼べる立場である事は確かであった。

 しかし、同時に奇妙な違和感もある。

 それは彼女達が微かにだが、此方を警戒している様に感じられた事だった。

 身構えている、と云い換えても良いかもしれない。勘違いかもしれないが節々から発せられる気配や空気、此方を見つめる瞳からそれらがひっそりと伝わって来る。

 敵ではない、しかし完全な味方とも云い切れない。そんな曖昧で、グレーな存在の介入。RABBIT小隊としては何とも、対応を決めかねる手合いである。

 そんな風に考えていると、徐にユキノが一歩前へと踏み出す。それを見たミヤコが、咄嗟に声を上げた。

 

「ユキノ先輩」

「――あの時は、世話になった」

 

 スクワッドに語り掛ける口調は柔らかく、友好的であった。

 あの時? と、ミヤコは先輩の不意に放った一言に疑問符を浮かべ、そう云えばこの面々が合流して来た時、交わした言葉のやり取りを思い返す。

 

「SRT特殊学園、FOX小隊の七度ユキノだ」

 

 出会った時は自己紹介も出来なくて、悪かった。

 そう云って肩を揺らしたユキノに、サオリは沈黙を返す。それは警戒しているというより、戸惑いや困惑に近い感情を抱いている様に見えた。

 サオリは目の前に佇むユキノとRABBIT小隊、その背後で油断なく此方を見据えるニコ、周囲を警戒するオトギとクルミをそれぞれ一瞥し、口を開く。

 

「……SRT特殊学園、か」

「そうだ、敢えて黙っていたという訳でもないんだが、あの時は兎に角、タイミングが悪かった」

 

 一瞬言葉を濁し、目を瞑るユキノ。それから此方を見つめるミヤコに気付くと、手短に彼女達との関係を伝える。

 

「この生徒には、一度助けられた事がある」

「助けられた、とは――?」

「防衛室に情報操作されたヴァルキューレに追跡され、行き場を失っていたFOX小隊にシャーレという選択肢を提示してくれたのが、他ならぬ彼女だ」

 

 そう、あれは正に瀬戸際だった。防衛室との交渉を終え、長期間の逃避行により疲労困憊の小隊。あらゆる物資が枯渇寸前で、その日口にするものさえ窮する状況で差し伸べられた一本の糸――肉体的にも、精神的にも追い詰められていた。当時の事を思い返すユキノに、対峙したサオリは肩の力を抜きながら首を振った。

 

「気にする必要は無い、私も昔、同じように助けて貰ったんだ」

「それは、先生に……だろうか?」

「そうだ、だから私達は此処に居る、先程も伝えたが私達は先生の味方だ、お前達がこの人と敵対しない限り、銃口を向けるつもりは無い」

 

 そう宣う彼女達の態度は自然体で、けれど真剣で、腹の底から本気なのだと分かった。もしこの場で戦闘が再び起きようものなら、彼女達は心身を賭して彼を守るだろう。文字通り、是を非としても。

 余程先生の存在を重視しているのか、その熱と意思の強さは自分達にも負けず劣らず。

 

「ま、まぁ、私達の方が銃口を向けられるかもしれませんが……へへ」

「ヒヨリ、余計な事は云わなくて良いから」

 

 ぼそりと、サオリの背後で呟かれた言葉。ヒヨリが口元を引き攣らせながら不安げな表情を浮かべ、卑屈に身を縮こまらせる。ミサキはそんなヒヨリを睨み付け、淡々とした口調で咎めた。

 別段、糾弾される事を恐れた訳でも無ければ、疎んだ訳でもない。ただこの状況で態々いがみ合う状況になる事を避けたかったのだ。

 カイザーコーポレーションは何とか撃退したが、まだこの場所が完全に安全という訳ではない。やるべき事は残っている、その為にも、今自分達の素性を知られる訳にはいかなかった。

 

「……相手から手を出されるまでは、静かにしておいて」

「うん、そうだね」

「は、はい……」

 

 ミサキの言葉に、ゆっくりとアツコとヒヨリが頷きを返す。

 糾弾されるのは良い、石を投げつけられるのも当然だ、殴りつけられても、撃たれても、リンチされても構わない、その覚悟を持ってスクワッドはこの戦闘に介入した。

 三大校が介入し、トリニティとゲヘナが既にD.U.に侵入している事をスクワッドは理解していた。もし自分達の存在が露見すれば、タダでは済まないだろう。そのリスクを承知の上で、彼女達は動く事を決めたのだ。

 ただ報いを受けるとしても、それを受け入れるのは――この人(先生)を然るべき場所へと送り届けてからだ。

 

「えっと、そのドローンは?」

「……ん、この子の事?」

 

 ユキノの背後から、不意にニコが腕を伸ばし、先生の頭上で滞空する奇妙なドローンを指差す。定期的に光を放ち、先生を照らすそれは傍から見れば確かに奇妙な光景だろう。問い掛けにアツコが反応し、華が開く様に舞うそれを見上げる。

 

「傷を癒す機能があるの、あまり強い力ではないけれど、少しでも先生の苦痛が和らぐならと思って」

「……治癒機能?」

 

 その言葉に、モエが興味深そうに目を見開いた。それは好奇心を刺激された様な、少しばかり上擦った声だった。

 

「そんなタイプのドローン、ブラックマーケットとか、ミレニアムでも聞いた事が無いけれど……もしかして、治療用のナノマシンを散布しているとか?」

「えっと、原理は分からない、ただ私にしか使えないから、多分【彼女】の用意した――特別な贈り物(万が一の保険)、かな」

「――随分と不思議な力ですね」

 

 ミヤコはドローンを眺めながら、スクワッドの四名を慎重に観察する。

 見た限り装備の質は決して悪くない、ただ正規の部隊という感じでは無かった。装備や携行品を見る限り其処らの不良生徒よりも余程充実しているものの、各々にやや癖がある。少しだけ、SRTの部隊に近いものを感じた。

 何より、戦闘時に見せたあの動きと射撃精度、及び連携。

 彼女達の練度は相応に高い、少なくともきちんとした訓練を受けた面々である事だけは確かである。

 本来であれば学園の風紀委員会、それもかなり上位に相当する練度――しかし、彼女達の衣服や装備に、学園の校章らしきものは見受けられなかった。

 或いは、意図的に隠しているのか。

 四名の内、三名は顔をマスクで覆い隠し、残った狙撃手らしき人物も口元をマフラーの様な布で覆っている。そもそも逃避行中のFOX小隊と関わりがあったと云う時点で、後ろ暗いものを感じた。

 

「不躾で申し訳ないが」

「……何だろうか」

「君達の所属する学園は、一体どこだ?」

 

 ミヤコの抱いていた疑問を、ユキノは躊躇う事無く真正面から問うた。

 思わず、といった風にミヤコが視線を向ければ、ユキノは真っ直ぐサオリ達を注視したまま微動だにしない。

 サオリはその問い掛けに一瞬視線を細め、先生を囲う残った三名の間に緊張が走るのが分かった。マスクで顔を覆っていても、体の強張りや気配の変化は分かる。背後で周囲を警戒するクルミとオトギが、静かに視線を寄越すのを感じた。

 

「……悪いが」

 

 サオリは自身の口元を覆うマスクを指先で覆うと、努めて冷静な声色で言葉を紡ぐ。

 

「その質問には、答えられない」

「……答えられない?」

「あぁ」

 

 返って来た答えは、ユキノの予想を外れたものだった。答えたくないではなく、答えられない。サオリは銃口を提げたまま一瞬背後の仲間達に視線を送り、それから淡々とした口調で言葉を続ける。

 

「私達は其処らのスラムやブラックマーケットで屯している、不良生徒程度に思って貰えると有難い」

「……それは、学籍情報が無いという事だろうか?」

「そうだな、学園自体が存在しないという訳じゃないんだ……ただ」

 

 呟き、サオリは言葉を濁す。

 そう、存在しないと云う訳ではない。名前だけの権利も何も持たない、廃墟同然のあの場所を学園と称して良いのであれば、ではあるが。

 それにあの世界を学園と呼べたとしても、既に自分達はそこを出奔している。今更戻った所で、どのような目で見られるか等分かり切っている事だ。マスクの内側でふっと皮肉気に唇を歪ませたサオリは、首を振りながら云った。

 

「――帰る場所が無いという意味では、同じだ」

 

 母校と云う意味であるのならば、そうなる。

 けれど錠前サオリにとって、帰るべき場所、自分の居る場所はスクワッド(家族)の傍に他ならない。根無し草の如き生活ではあるが、大切な家族、大事な仲間と共に在れるのならば、其処に不満など何もなかった。

 私達(スクワッド)はまだ、陽の当たる場所を歩き始めたばかりだ。

 だから言葉に諦観の念や、弱々しさは無かった。帰るべき場所を持たずとも、佇むサオリには芯がある。確かな力強さ、己の足で地面に立つ彼女からは相応の気迫が感じられた。

 

「ミサキ」

「………」

 

 サオリは振り返ることなく、背後で屈んだままじっとRABBIT小隊とFOX小隊を見つめるミサキの名を呼ぶ。

 屈んだ姿勢のまま、ミサキはブーツの愛銃に手を掛けていた。丁度自身の身体で影を作り、万が一に備えて。敵対するつもりはない、攻撃する意思も――しかし、常に最悪に備える必要はあった。先生や仲間を逃がす隙を作る準備、それは今まで逃避行を続けて来た彼女の無意識の所作だった。

 

「っ、お前――」

 

 それを見たサキが一瞬、その顔を驚愕に染め、トリガーに指を伸ばそうとする。

 だが、誰かが行動を起こすよりも早く、皆の耳に声が届いた。

 

「大丈夫だよ」

 

 それは低く、温厚な声――先生の声だった。

 背嚢に寄り掛り、沈黙を守っていた先生が真新しい包帯を巻きつけた右手を挙げ、皆の視線を集める。

 

「……先生」

「警戒する必要は、全くない」

 

 全員の視線を一身に受けながら、先生は穏やかな口調で続けた。片側の塞がった瞳が、その場に集った生徒ひとりひとりを捉える。

 RABBIT小隊、FOX小隊、アリウス・スクワッド――計十二名の生徒達。

 自身を助ける為に駆け付け、全力を尽くし、文字通り命懸けで戦った彼女達に対して、先生は深い感謝の念と共に告げる。

 

「此処に居る全員、皆そうだ」

「………」

「全員が、私にとって大切な生徒で、信頼出来る子達だから」

 

 だから、大丈夫。

 どうか、信じて欲しい。

 先生は繰り返し告げ、タブレットを自身の懐に差し込むと、背嚢に右腕を掛け立ち上がろうとした。

 

「――っぅ、ぐッ」

「っ、ちょっと、先生!」

「わわっ!」

 

 踏ん張った右足が小刻みに震え、口から苦悶の息が漏れる。隣り合ったミサキとヒヨリが慌ててその身体を支え、サオリやアツコもまた、一体何をするつもりだと驚愕の表情で先生を見た。

 RABBIT小隊の面々が先生の傍へと駆け出そうとするも、当の本人は右手を翳し制止する。両脇をヒヨリとミサキに支えられながら、先生は罅割れ、乾いた唇を震わせ云った。

 

「……ミサキ、この外套、ありがとう」

「そんな事はどうでも良い、動かないでって、さっきそう云ったよね?」

「先生、無理をしちゃ駄目、まだ身体は――」

「いいや」

 

 言葉を重ねるミサキとアツコに、しかし先生はゆっくりと首を横に振る。真新しい白に包まれた掌を握り締め、先生はぬかるんだ地面に一歩を踏み出した。その背後をアツコのドローンが追従し、淡く照らしている。ごめんと、先生は小さく彼女達に向けて謝罪を口にした。

 先生の視線は、夜空の向こう側。

 公園の先、D.U.中央区画――サンクトゥムタワーへと向けられていた。

 

「……まだ」

 

 この身体が動く内に。

 彼女達(この子達)に授けられた猶予がある内に。

 

「――助けなくちゃいけない、生徒が居るんだ」

 

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