ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!
少し遅れて申し訳ありませんの、今回約一万四千五百字ですわ~!


一定の秤(SRTとして)

 

「………」

 

 ゆっくりと、呼吸を繰り返す。

 暗がりの中、窓から差し込む月光が自身と足元を照らし、所在ない指先が自身の膝を撫でつけた。見上げれば、夜空に浮かぶ月が此方を見下ろしている。眼下にはD.U.の街並み、其処らから白煙が立ち昇り、時折起こる爆発が遠目からも分かった。

 それを見つめながら彼女――七神リンは息を呑む。

 

「……戦火が、激しくなっていますね」

 

 硝子に掌を押し付け、軽く力を籠める――当然だがD.U.中心、連邦生徒会の中心拠点となるサンクトゥムタワーの硝子は頑強な造りとなっており、多少力を込めたり、殴りつけたり所で破損はしない。

 それどころか外部からの爆撃などにも耐えられる様、PVBやポリカーボネート、ラミネート硝子を用いた多層構造を持ち、その厚さは百ミリ以上に及ぶ。

 取り上げられた拳銃の弾倉を全て撃ち込んだとしても、この硝子を破壊する事は叶わないだろう。外部からの侵入は勿論、内部から逃げ出す事も困難となる。

 

 とは云っても、仮にこの硝子を爆破出来た所で、こんな高所から一体どうやって逃げ出すのかという問題もあった。サンクトゥムタワーはD.U.に於いて最も高い建築物である、最上階付近ともなれば飛行船の航行高度にすら届く、そこまではいかないまでも数百メートルの高度から身を投げ出して、無事に地上へ着地出来る可能性など一体どれ程か。

 他所の自治区にはビル外壁を駆けたり、腕やら足を突き入れ強引に減速する等して無事に着地する様な人物も居る様だが――残念ながら自身にそれ程の身体能力、頑強さ、及び技量は存在しない。

 

 既にその様な事は何度も考えた。この部屋に押し込まれて以降、何とか脱出可能な道は無いかと探り続けている。しかし数時間に及ぶ試行錯誤は全て失敗に終わり、途方に暮れながら時折こうしてD.U.の街並みを憂いと共に眺める事しか出来なかった。

 

「………」

 

 リンは壁に肩を預けながら思案する。サンクトゥムタワーは制圧された、どの様にしてカイザーコーポレーションが内部に侵入したのかは分からないが、敵の狙いは恐らくサンクトゥムタワーの制御権。

 どの様に、いつの時代に建造されたのかも分からない『シッテムの箱』と同等のオーパーツ、『サンクトゥムタワー』はキヴォトスの運営管理に欠かせない存在だ。此処を抑えられてしまえば、各自治区にも多大な影響が及ぶ。

 そして彼らの目的がキヴォトスの支配であるのならば、次に狙われるのは――。

 

「――先生」

 

 呟きは強い不安と共に口から滑り出た。

 D.U.外郭に存在するシャーレ本棟が今どうなっているのか、先生は無事なのか――この場所からでは知り得ない、あらゆる懸念が首を擡げる。

 同時に過る最悪の展開と、制御できない恐怖が胸中に渦巻いた。

 

「っ!」

 

 不意に、廊下の向こう側から音がした。木霊するそれは壁越しにも確かに届き、馴染みのある代物だ。

 銃声――リンは咄嗟に扉へと視線を向け、反射的に身構える。

 誰かが発砲したのか、しかし誰が? もしかして、囚われていた役員の誰かが脱出に成功したのだろうか。それともD.U.の異常を察した何処かの自治区が応援を、それともヴァルキューレ警察学校が動いて。

 様々な憶測が過る、リンの押し込められた場所は小さな会議室であり、出入口は前後に一つずつ。リンは念の為と近くにあったテーブルの一つに近付き、扉を注視する。

 

「外で、何が……?」

『セット完了』

 

 扉の前から、微かに声がした。同時に扉が軽くノックされ、向こう側から言葉が投げかけられる。

 

『リン主席行政官、ドアの近くにいらっしゃるのであれば、退避をお願いします、それとテーブルか何かで即席の盾を』

「……!」

 

 その言葉を認識すると同時、リンは素早く扉から退避し、近場のテーブルを倒し即席の遮蔽を作る。会議室のテーブルはそれなりに厚く、多少の破片ならば防いでくれる事だろう。

 自身の身を隠せるだけのテーブルの裏に屈むと同時、強い爆発音が鳴り響きロックされていた会議室の扉が吹き飛んだ。

 熱風が頬を撫で、すぐ脇を吹き飛ばされた扉だったものが飛び出して行く。破片が窓硝子を強かに叩き、表面を僅かに傷付けた。

 周囲に響く破壊音の残滓、転がる破片、金属片を目視しながらテーブルの裏側より恐る恐る顔を覗かせれば、立ち昇る白煙を裂き現れる影があった。

 彼女達は銃口を滑らかにスライドさせ、部屋の中にある人影を探る。テーブル裏から自分達を覗くリンに気付き、一瞬銃口を突きつけられるものの、その制服と顔立ちを認識し、即座に逸らされた。

 リンはテーブルの縁を掴みながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……貴女達は」

「救出目標を発見――御無事で何よりです、リン首席行政官」

 

 泥と血に塗れ、それでも尚凛然とした姿を保つ四人の影。それぞれが室内と廊下側を警戒し、安全確保を終えた彼女達――RABBIT小隊はリンの前に立ち、安堵する様に吐息を零す。

 そんな彼女達に対し、リンは驚愕半分、困惑半分と云った様子で言葉を紡いだ。

 

「まさか、SRTの?」

「はい、RABBIT小隊です」

 

 存在自体は知っていた、先生から時折報告も受けていた、しかし実際にこうして顔を合わせるのは初めての事だろう。何分、ヴァルキューレ警察学校に拘束された時でさえ、その処遇は先生の預かる所となったが故に。

 

 正面に立つRABBIT小隊の隊長――少なくない傷を晒すミヤコは、しかしそれを感じさせない態度で「これを」と一言呟き、何かを差し出した。それはカイザーコーポレーションに奪われた筈の愛銃だった。

 一瞬面食らい、しかし逡巡している暇は無いと、深い青に染まったグリップに手を伸ばし受け取れば、確かな感触が返って来た。握り慣れた感覚、何度もそれを確かめながら弾倉を検め、チャンバーチェックも欠かさない。

 

「現在私達はD.U.に集った各自治区代表の協力を得て、サンクトゥムタワーに囚われた要人救出、及び駐留するカイザーコーポレーション防衛部隊の制圧を試みています、作戦は現在も進行中です」

「各自治区代表――」

「はい、現在D.U.に確認されているのはトリニティ、ゲヘナ、ミレニアムの三校」

「三大校が全てD.U.に……指揮は誰が?」

 

 まさか、連邦生徒会の危機に三大校が駆け付けて来るとは思わなかった。或いは、何かしらの算段があった上での事なのだろうが、純粋な驚きが勝る。しかし、続けて尋ねたそれに対する回答で、納得がいった。

 

「――シャーレの先生です」

 

 ミヤコの声が、リンの鼓膜を揺さぶる。つい先程まで抱いていた懸念、不安を彼女は思い出した。握り締めた愛銃を下げ、リンは真剣な面持ちで問いかける。

 

「先生は、御無事なのですか?」

「……はい」

 

 返答には、一瞬間があったように思う。

 一瞬、ミヤコの背後で周囲を警戒する隊員達の表情、気配、体幹が揺らいだ気がした。それは明確な動揺だった。それらを一瞥し、リンは重々しい気配を纏いながら問いを重ねる。

 

「先生は今、どちらに?」

「先生は――」

 

 ■

 

「う、っ――ぁ……?」

 

 目を覚ました時、自身の身体は床の上に転がっていた。

 最初に覚えたのは痛み、全身、特に腹部に走る鈍痛。

 乾いた喉が罅割れた声を発し、彼女――不知火カヤは思わず腹部を抑えながら蹲り、呻き声を噛み殺しながら顔を顰める。

 ほんの数分前、直前の記憶が飛んでいた。

 何故自分がこんな場所に居るのか、カヤは本気で分からなかった。

 頬を地面に擦り付ける様にして周囲に視線を飛ばせば、辺りは薄暗く、窓らしい窓は何処にもない。左右にはスチール製のラックが等間隔で並んでおり、倉庫代わりに使われている部屋か何かだと分かった。

 直ぐ傍には、倒れ伏す自身に全く注意を払わず、言葉を交わすオートマタの影が二つ。

 

「プレジデントから追加の指示は?」

「今の所何もない、コマンダーも今後の行動を決めかねている様だ、本隊も外周部に於ける戦闘に注力しているのか、或いは――」

「支援システムが停止して、シャーレの防衛部隊とも連絡が付かない、流石におかしいと分かっている筈だろう?」

「しかし、サンクトゥムタワーを死守しろと事前に命令が出ている分、どうしてもな……」

 

 彼らは銃火器を携えたまま、唯一の扉、その両脇に立ち壁に背を預けている。纏う気配はどこか刺々しく、険悪な空気が感じられた。しかしそれは、目の前の相手に対するものでは無く、この状況に対する苛立ちや、失望感といったものだと分かった。

 

「此処は重要防衛拠点の一つだ、勝手に戦力を割く事も、持ち場を離れる事もコマンダーは嫌っている、せめて味方から何かしら報告があれば良いのだが」

「……明確な異常があったにも関わらず、現状維持か」

「そう云うな、プレジデントも、ジェネラルも不在なんだ、指揮系統が再度纏まるまでは此処を死守するしかない、制圧した特務の代わりにな――これも重要な任務だ」

「クソッ」

 

 か細く、息を殺しながらカヤは彼らを観察する。目の前の二体は当初自分達を襲撃し、サンクトゥムタワーを制圧した部隊とは異なる。一般的なカイザーPMCのオートマタだ、まず外装の形状からして違った。装備も、プレジデント率いる特務より幾分かチープに見えた。尤も、だからと云って品質が悪いという訳ではなく、特務が聊か特殊過ぎるだけだ。

 

「ん? 何だ、目が覚めたのか」

「っ……」

 

 ただじっと、沈黙を貫きながら彼らを見つめていると、不意に片方のオートマタがフェイスモニタのランプを点滅させ、此方を見た。びくりと、カヤの全身が震える。自身を見下ろす彼らの灯す光は無機質で、億劫だと云わんばかりに肩の外装を竦め言葉を続ける。

 

「もう一時間近く経ったのか、気付かなかった」

「頑丈な事だな、弾倉一つ分撃ち込んでも一時間そこら失神するだけとは、羨ましい限りだよ、こっちは外装がボロボロになる上、フレームに損傷が出たら換装しなきゃならないってのに」

「全くだ」

「―――」

 

 そこまで口にされて、カヤは漸く思い出した。

 そうだ、自分は彼らに銃弾を撃ち込まれて――カヤはジクジクと痛みを発する腹部を抑えたまま、額に脂汗を滲ませた。

 記憶が戻って来るにつれ、恐怖心が湧き上がる。弾丸だけではない、切れた口の端は何度も殴打された証であり、連邦生徒会の白い制服は既に何発の弾丸を撃ち込まれ、黒ずみ、解れていた。綺麗にセットしていた髪も既に解かれ、真っ直ぐに伸びた髪は床に散らばり、埃を纏わせている。

 暴力の残り香、拘束こそされていないものの、カヤの手元に銃器の類は存在しない。咄嗟にホルスターへと伸ばした指先が、自身の愛銃に当たる事は無い。当然だが没収されている、近接格闘など出来る筈も無く、現在の己に抗う術はなかった。

 

「またプレジデントやジェネラルに会わせろと喚かれても面倒だが、どうする?」

「どうするも何も、弾丸を撃ち込んでまた一時間、静かにさせれば良い――コイツの甲高い声は癪に障る、こんな部屋だと特にな」

「っ、ぃ……!」

 

 呟き、オートマタの一体は無造作に一歩を踏み出した。

 カチャリと、オートマタの手元から音が鳴る。それが銃火器の安全装置を弾いた音だと、カヤには分かった。腹部の鈍痛が急激に強くなった、殴りつけられ痣となった頬が引き攣り、緊張に体が強張る。

 それは恐怖心だ、肉体が覚えている、何度も重なった痛みと苦しみ。カヤは地面に蹲ったまま何とか喉を震わせ、咄嗟に腕を突き出し叫んだ。

 

「や、やめ……っ」

「ん?」

 

 渇き切り、恐怖に引き攣る喉が、必死に声を絞り出した。

 突き出した血の滲む指先が、震えながら視界を遮る。カヤは全身から発せられる鈍痛に顔を歪めながら、必死に懇願した。

 オートマタを直視する事は出来なかった、目前に迫る暴力の香りに耐え切れなかったのだ。

 

「もう、叫んだり、しません……騒がしく、しない、からっ……!」

 

 そうだ、自分は――この小部屋に押し込まれるまで、或いは押し込まれた後でも、どうかプレジデントに、ジェネラルに取り次いで欲しいと声を上げ続けた。

 扉の向こう側に立つオートマタ達に、何度も、何度も、何度も訴えて。

 例え静かにしろと、ジェネラルとプレジデントは決して取り合わないと、冷たくあしらわれ、顔面を銃床で殴りつけら、踏み躙られようが止まらなかった。

 自分なら話を付けられると、誤解を解けると、そう信じていたからだ。

 

 あの二人と話しさえ――交渉の機会さえ、与えられたのなら。

 

 しかし、無駄だった。

 幾ら声を張り、訴えようが彼らは決して頷かなかった。結局何をどうしても諦めないカヤに対し、彼等が取ったのは物理的な手段。口を布で覆い、腕を縛ろうが何度も扉を体で叩き主張する彼女に苛立ち、暴力で以て意識を飛ばす方向へとシフトしたのだ。

 目が覚める度に口を開けば、返って来るのは弾丸、拳、足裏。

 何度目かも分からないそれに、カヤの意識は軈て苦痛を避ける様になり、激しい暴力は彼女に一時的な記憶の混濁を齎した。

 そして全てを理解した彼女は、自身の身体に散りばめられる暴力の残滓に怯み、意志を曲げた。

 放たれた声は余りにもか細く、弱々しく、小さかった。

 

「………」

 

 這い蹲ったまま震え懇願するカヤに対し、オートマタは沈黙を返す。突き出そうとしていた銃口は微かに揺れ、その行き場を無くしていた。

 そうこうしていると、もう一人が壁に背を預けたまま、面倒そうに首を振った。

 

「一応防衛室のトップ、流石に一ヘイローが壊れでもしたら事だ、連帯責任で処罰を食らうのは御免だぞ」

「……それもそうだな」

 

 吐き捨て、カヤがそれ以上口を開かないと見るや否や、目の前に佇んでいたオートマタは踵を返す。銃口を提げ、再び安全装置を弾いた彼は、ノイズ混じりの電子音声で云った。

 

「どうせもう、何も出来はしない」

 

 放たれた言葉は、蹲るカヤの胸を圧迫し、根底から揺さぶった。

 

「っ、ぅう……ッ!」

 

 両腕で腹部を抱き、彼女は頬を床に擦り付けながら歯を食い縛る。強く、強く、血が滲む程に――そうしなければ今にも涙が零れ落ちてしまいそうだったから。

 口元から、苦悶とも唸りとも取れる声が微かに漏れた。冷たく、汚れた地面に顔を埋めながら思う。

 

 情けない。

 情けない。

 何と、情けない――ッ!

 

 あらゆる罵詈雑言が浮かんだ、それは目の前のオートマタに対するものであったり、カイザーコーポレーションに対するものであったり、こんな状況に陥った己自身に対するものであったり、自身の周囲に対するものであったり、実に様々であった。

 ただ一つ、分かった事がある。

 自分には力、力が足りない。

 そう、力だ。何かを成し遂げる様な圧倒的な力――或いは、『恐怖』が。

 この全身に響き渡る鈍痛、痛み、苦しみ、辛さ、そういったものから逃れようとするとき、人は何かに縋りたくなる。縋る様にすれ仕向ければ良いのだ、今こうやって自身が意志を曲げ、希った様に。

 

 力が――恐怖が在れば、己も、あの人の様に。

 

「ん?」

 

 カヤが呻き声を噛み殺し、床に蹲る間、ふと扉に手を掛けていたオートマタがドアノブに掛けようとしていた手を止めた。今の今まで耳障りだったカヤの行動が収まった以上、こうして同じ空間に屯している必要は無い。外に出て本来の見張りに戻る――そのつもりだった。

 しかし、オートマタは扉の前で不自然に硬直する。その様子を、隣り合ったもう一体のオートマタが訝し気に見ていた。

 

「どうした」

「いや、今何か廊下から物音が――」

 

 聞こえた気がする。

 

 そう口にしようとした瞬間、目の前が強烈な閃光に包まれた。

 それは爆発だった。扉が凄まじい勢いで吹き飛び、目前に立っていたオートマタ諸共吹き飛ばす。唐突な爆音にカヤは身を竦ませ、反射的に頭部を抱えながら身を縮こまらせた。そのすぐ横にオートマタの素体が転がり、半壊した扉が音を立てて後方へと流れ、壁に叩きつけられる。甲高い金属音、鉄の擦れる音、立ち昇る粉塵が肺に入り、思わず咳き込む。

 

「げほっ、ごほッ……!?」

 

 頭部を庇ったままカヤは半分塞がり掛けた瞼を押し上げ、恐る恐る辺りを伺う。

 

「い、一体、何が――」

 

 起きたと云うのか。

 それが声になる事はなかった、即座に粉塵を裂き現れる影が、四方に散ったからだ。

 

「ぐッ、クソ……敵襲――」

 

 扉の直ぐ脇に立っていたオートマタは、爆発の直撃を受けずに済んだ。尤も爆発の余波で素体は傍にあったスチールラックに衝突し、幾つものラックが倒れ放置されていた段ボールの雪崩に巻き込まれた彼は、自身の上に被さるそれらを何とか払い除けながら立ち上がろうと足掻く。

 

「なッ……!?」

 

 そして、オートマタは確かに見た。

 吹き飛ばされた扉の向こう側、廊下に立つ人影を。

 出入り口から粉塵越しに、確かに認めた立ち姿。

 雪と泥に塗れたシャツの上に比較的小奇麗な外套、その隙間から覗く血の滲む包帯とガーゼ。青痣が散見される顔面に深く刻まれた隈、最早幽鬼の如き出で立ちでありながら――まるで衰える事を知らない、強烈な眼光を携え此方を睨みつける大人の姿を。

 

「シャ、シャーレの、先生……ッ!?」

 

 齎された驚愕の感情は、一時的にであってもオートマタの演算回路を焼いた。何故、こんな場所に彼が存在するのか、まるで理解出来なかった。

 何故ならシャーレの先生は、プレジデントと本隊が確保を行っている筈で――その先生が、この場所に居ると云う事は、つまり。

 

「ごッ!?」

 

 思考が許されたのは、そこまでだった。

 自身に影が覆い被さったと思ったと同時、銃床が彼のフェイスモニタを強かに打った。衝撃で表面が罅割れ、同時に素体が一層深く段ボールの山へと埋まる。そのまま首元、両腕の関節部位(ジョイント)に一発ずつ、外装が弾け断裂したコードが火花を散らす。乾いた銃声と、空薬莢が床を跳ねる音が響き、完全にオートマタが沈黙した事を確認したニコ――FOX2はもう一体、扉ごと吹き飛んだオートマタの様子を伺うFOX3(クルミ)を一瞥しながら頷く。

 

「制圧完了、残敵なし」

「トラップも確認出来ず、クリア」

救助目標(不知火カヤ)は……無事みたいだね」

「――あぁ、ありがとう」

 

 それぞれの発言を耳にしながら、部屋の前で待機していた先生はゆっくりと部屋の中へと踏み込む。

 

「カヤ」

「……?」

 

 頭を抱えたまま、目を細めるカヤ。彼女の前まで、ぎこちなく、しかし自らの足で進み出た先生はゆっくりと背を曲げる。自身を見下ろし、覆い被さる様に伸びる影を前にして、カヤは恐怖心半分、敵愾心半分と云った様子で顔を上げた。

 

「せっ……」

 

 そして、自身の視界に映った人物を前に息を呑む。

 痣の刻まれた口元が、痛みと共に引き攣るのを自覚した。

 

「せん、せい?」

「うん」

 

 呆然とした自身の問い掛けに、先生は微笑みと共に答えた。

 青痣だらけの、酷い顔色で。

 けれど確かな柔らかさと、力強さを秘めながら。

 

「――助けに来たよ、カヤ」

 

 先生は何て事のない様子で、カヤへと手を差し伸べる。

 

「………」

 

 カヤはその場で硬直し、動く事が出来なかった。何事かを問う事も、言葉を紡ぐ事さえ、大変困難な状況にあった。差し伸ばされた、包帯に包まれた掌を凝視し、ただ呆然と手を伸ばしたのは――殆ど反射的な動きに過ぎない。

 

 先生の指先がカヤの掌を握り締め、ぐっと引き起こす。痛みに顔を顰めそうになったが、自身の体は思いのほか素直に立ち上がり、先生の直ぐ傍で蹈鞴を踏んだ。鼻腔を擽るのは汗と、血の匂い。見上げれば自分と同等、いやそれ以上の傷と疲労感を拵えた先生が、此方を安心させる様に笑いかけていた。

 

「貴女達は……」

 

 先生の腕を両手で掴みながら、カヤは先程部屋に突入して来た人影に視線を向ける。誰何する必要などない、彼女達は四方と扉に注意を向けながら、此方に微かな敵意と警戒の視線を向けている。

 それぞれが背中を預けながら、唇を尖らせ一人が口火を切った。

 

「まさか、こんな形で再開する事になるなんてねぇ……」

「ふん、随分とボロボロじゃない、カヤ防衛室長? ほんと、良い気味よ」

「……そんな風に云っちゃ駄目だよ、FOX3(クルミちゃん)

「ハッ、コイツのやった事を考えれば、まだ優しい方でしょ!」

 

 先生に手を引かれ、立ち上がったカヤを一瞥したオトギ、クルミ、ニコが云った。彼女達に行った仕打ちを考えれば、カヤとしては寧ろこの状況の方が理解出来ない。

 彼女達は先程、自分に向かって何と云った? 聞き間違いでなければ、救助目標と云ったか。

 今、この瞬間にも弾丸を撃ち込まれて、ヘイローを破壊してやると云われても納得出来る心当たりがあるというのに、彼女達は自分を助けに来たのだ。

 彼女達は当然の如くカヤに銃口を向ける事は無く、FOX1(ユキノ)のハンドサインを受け廊下へと素早く再展開していく。二手に分かれ、それぞれ左右を警戒する彼女達はゆっくりとした足取りで部屋を後にする先生とカヤを背に言葉を交わす。

 

「気を抜くな、まだサンクトゥムタワーにはカイザーコーポレーションの防衛部隊が残っている筈だ、このまま一度地上へと帰還するぞ」

「了解」

「――先生、他役員の救出も無事済んだようです、首席行政官の保護も完了したと」

「そうか、良かった」

 

 ユキノの号令、続いて放たれるニコからの報告に先生は胸を撫でおろす。彼の右腕にしがみ付くカヤは、ゆらゆらと動きに合わせて靡く外套の左袖に気付いた。どうやら先生の左腕――その義手は取り外されている様で、常に持ち歩いていたタブレットはスラックスとベルトの間に差し込まれている。

 

「って云うか先生、指揮するだけなら外でドローンと一緒に待機していれば良かったのに、何でそんなボロボロの体で付いて来たのよ」

「ごめんね、クルミ」

「今はFOX3!」

 

 苦笑と共に彼女の名を呼ぶ先生に対し、クルミは声を荒げて不機嫌そうに答える。それから防弾盾を突き出し、愛銃を脇に挟みながら何とも云えない、不満げな声色で言葉を続けた。

 

「……態々私達を見張らなくても、私刑に走ったりなんてしないわよ」

「――そんな事、心配していないさ」

 

 クルミは、先生がSRTを閉鎖に追い込んだカヤ室長に何らかの形で報復を行うのではないか、それを阻止する為に態々傷に塗れた体を引き摺ってまで同行を願い出たのだと考えた。

 しかし、元よりその様な意図は微塵も存在しない。FOX小隊の面々が、その様な軽挙に走る等とは、少しも。

 RABBIT小隊と同じように、先生もまた彼女達の持つ信念を、正義を信じているが故に。緩慢な動作で首を横に振った先生は、そう否定する。

 

 元々、カヤ救出を先生が願った理由は――もっと大きく制御出来ない力から、守る為である。

 

「移動します、先生」

「……大丈夫、歩けるよ」

 

 それを口にするよりも早く、ユキノの言葉が耳に届いた。先生は即座に返答し、カヤを伴って移動を開始する。先生とカヤを囲む様に、FOX小隊が前後を挟み周囲を警戒する。微かに、廊下の向こう側や踊り場の先から銃声が響いて来た。サンクトゥムタワー内部で既に銃撃戦が行われているらしい、どうも突入部隊はFOX小隊だけではない様だった。

 

「地上に戻った後は車両で病院に搬送します、これ以上の無理は流石に見過ごせません――そうでなくとも、最初に遭遇したのが件の救護騎士団なら、大変な事態になっていましたから」

「分かっているさ……ごめん、我儘を云って」

「いえ」

 

 ユキノの僅かな棘を孕んだ言葉に、先生は素直に謝罪を口にした。

 ズリ、ズリと、何かを引き摺る様な音。直ぐ横から響くそれ、微かに上下する先生の体とやや遅い歩行ペース。カヤが視線を下げれば、赤の滲んだ包帯とガーゼ、先生の右足は殆ど浮き上がっておらず、引き摺られるようにして動いているだけだと分かった。

 僅かな間自重を支え、左足が前進する為のつっかえ棒――とでも表現すれば良いのか。

 真新しく見える靴に包まれた先生の足先は、右足だけが異様に汚れ、擦れている。

 

「……先生、その足は」

「ちょっとね」

 

 問いかけるには、多少の勇気を要した。詰まりながらも絞り出したカヤの問い掛けに対し、先生は額に汗を滲ませながら何でもない事の様に笑って、曖昧に答えた。怪我をしたとも、撃たれたとも、何も具体的な事は話さず。

 

「………」

 

 FOX小隊はただ無言で、廊下を歩いて行く。その沈黙が、確かな怒りを発している事にカヤは気付いていた。肌を刺す重圧、此方を一瞥する事も無く、耳に届くのは時折遠くから鳴り響く銃声と、直ぐ傍で懸命に進む先生の息遣い。

 全身に響く鈍痛に薄らと目を開きながら、カヤは擦り切れた唇を震わせる。

 

「――先生」

「なんだい?」

「……此処に、来たと云う事は」

 

 自分からそう口火を切っておきながら、カヤは一瞬言葉に詰まった。

 けれど事この状況で言葉を飾る事に意味は無く、幾ら遠回しに伝えようと辿り着くところは同じである。故に俯き、時折思案しながらも、カヤは声を絞り出した。

 

「知っていますよね、私がやっていた事、やろうとしていた事」

 

 何せ、FOX小隊(彼女達)まで率いているのだ。

 最早、云い逃れ出来る状況ではない事は明らかであった。掴んだ先生の腕からは、まるで温度が感じられない。それは自身の心理的状況によるものか、或いは単なる錯覚か。ゆっくりと顔を上げたカヤは、塞がり掛けた瞼を精一杯押し上げ、問いかける。

 

「知っていて、助けるんですか、この私を……?」

「勿論」

「――何故ですか」

 

 即座に、問いを重ねた。

 余りにも当然のように、当たり前のように頷く先生に理解が追いつかなくて。

 先生は即答しながら、次の問い掛けには言葉を選んでいる様な気配があった。足を引き摺り、一歩一歩前へ進みながら、薄らと滲む汗をそのままに先生は顔を上げる。ガラス張りの廊下より差し込む月光が、痣と血に塗れた先生の顔を照らした。

 痛々しく、生気のない顔だと思った――きっと全身苦痛に苛まれているに違いない。自分だって、人目さえなければその場に蹲って泣き言を撒き散らしたい気分だと云うのに。

 それ以上の傷を拵えながら、先生はまるで弱音を吐かない。

 

「確かに、やり方は良くなかったかもしれない」

 

 ぽつりと、不意に先生は云った。

 カヤの選んだ方法は、手段は、正道ではない。もっと正しい形で皆に認められ、その座に就く事だって出来た筈だと。多くの人に肯定され、祝福される様なやり方で、正規の手段で――誰かを貶め、暴力に訴え、引き摺り落とす様な形ではなく。

 彼女はそのやり方を疎んだ、或いはまどろっこしいと、億劫に感じたのかもしれない。それとも、彼女自身の奥底でそれでは勝てないと判断したのかもしれないが。

 それは確かに、カヤ自身の過ちだろう。

 その一点について先生も、カヤ自身も認める所である。 

 

「でもね、カヤ」

 

 それは理解していた。

 不知火カヤには罪がある。

 それは、許されない罪なのかもしれない。

 償えないモノなのかもしれない。

 その先に広がる結末は、まだ分からない。

 それでも尚、先生は微笑み、云うのだ。

 

「やり直す機会は、必ずあるんだ」

 

 たとえ罪を犯したとしても。

 許されない罪悪を背負う事になったとしても。

 それでも、やり直す事は出来るのだと、先生は信じる。

 

「もし、やり直しの機会が存在しないと云うのなら」

 

 必要があれば何度だって己は手を伸ばそう、カヤが底だと思っても、必ず引き上げて見せる。

 そして、その機会が、チャンスが無いと云うのなら。

 

「――私が、一から作り出すよ」

 

 先生の残った一つの瞳が、カヤを真っ直ぐ見つめていた。

 それは先生の信念だった。

 何度だって頭を下げよう、骨を折る事さえ苦にはならない。何度失敗したって、決して諦める事はしない。十回でも、二十回でも、或いは百回でも、千回でも――その子が、諦めない限り、先生は手を差し伸べるとも。

 子どもに罰を与える事はあっても、その責任を問う事などあってはならない。

 いついかなる時であっても、どんな状況であっても。

 それは――子どもと共に歩む、大人が背負うべき事だと。

 

「……そんな事をしても、反省なんて、しないかもしれませんよ?」

 

 先生の言葉に唇を固く結び、沈黙を守っていたカヤは、俯きながら言葉を漏らした。

 強張り、緊張した表情とは反対に、その口元には嘲りの色が浮かんでいた。

 それは自嘲だった。

 卑屈な、それでいて未だ光を失わない、昏い色の瞳が先生を下から見上げる。其処には様々な感情が渦巻いている様に見えた。

 

「自分は悪くない、今回は偶々失敗しただけだって、折角先生が手を差し伸べて、必死に助けても、また同じような事を何度だって企んで繰り返すかもしれない」

 

 それ程までに無茶苦茶で、救いようがない生徒がいたとして。

 決して反省せず、躊躇せず、自己中心的で、他者を顧みず。

 文字通りの化物同然の、本当に、万に一つも改善の見込みがない生徒(悪そのもの)が居たとして。

 

 ――その結果、先生の命を奪う未来があったとしても。

 

 それでも。

 

「それでも先生(あなた)は、手を差し伸べるんですか?」

 

 その、化物同然の生徒()にさえ。

 微笑みを浮かべ、自分にしたように何度でも。

 

「………」

 

 緊張を孕んだ、その裏返った問い掛け。カヤは先生を見上げたまま沈黙を守る、先生は小さく息を吸い込むと、カヤの掌を掴んだまま、云った。

 

「勿論」

 

 答えは簡素で、何ら躊躇が無かった。

 それは先生にとって当たり前の事で、決して変えられない性だ。万に一つ、億に一つ、たとえどれだけ見込みのない生徒だとしても、先生は決して諦めたくない。

 何度でも言葉を交わそう、意志を、想いを伝えよう、あらゆる事を共に学ぼう。

 そう。

 

「その生徒が、自分自身を諦めないのなら(やり直したいと願ったのなら)――何度だって」

 

 生徒自身が諦めない限り。

 先生は何度だって手を伸ばし、共に歩む。

 想い、先生は破顔した。

 困ったように、けれど確かな力強さと共に。

 ぎゅっと、カヤの掌を握り締めた。

 

「私に出来るのは、ただ最善を尽くす事だけだからね」

「―――」

 

 ■

 

「私は、完璧なんかじゃないよ」

 

 単なる雑談に過ぎなかった。書類仕事の序だ、ほんの些細な日常会話の中で零れ落ちた言葉。彼女の口から紡がれたソレに、不知火カヤは驚きと、嫉妬を覚えた。単なる謙遜だと思ったのだ。能力も、人望も、何もかもが自身に勝る、あの女(あの人)に対して。

 だから、反駁せざるを得なかった。

 

「……まさか、御冗談を、貴女は連邦生徒会長という役職を立派に果たしているではありませんか? 多くの生徒から信頼され、貴女の言葉ならあらゆる人が、自治区が従い、協力する――これを完璧と云わず、何と云うのでしょう?」

「うーん、それは多分、そう見えているだけじゃないかな?」

 

 スラスラと。

 相変わらずの業務量を片手間に、執務机に座ったまま何て事のない様に答える彼女。広い執務室の中で、積み上げられた書類はしかし、彼女のその手腕によって次々と捌かれて行く。それらを当然の様に続けながら、彼女――連邦生徒会長はふと此方を見上げ、破顔し云ったのだ。

 

「私はただ、自分に今出来る最善を尽くしているだけだから」

 

 ■

 

「……本当に、馬鹿なお人好し、ですね」

 

 するりと口から零れ落ちた言葉は、本心だった。心のそこから、この大人に対してそう思う。

 底抜けのお人好し、裏切られる事さえ許容し、他者に惜しみなく与えようとする聖者。全く以て反吐が出る、余りにも自身の感性からかけ離れた存在だ。共感など出来ない、出来よう筈もない。

 自身が行った行動は、単なる自己顕示欲の発露。ただあの女に――連邦生徒会長という傑物に憧れ、身を焦がしただけの。

 罪があっても、責任は無い? それこそまさか、自身は防衛室長という立場でありながら、その権限を以てあらゆる悪事に手を伸ばした。罪も、責任もある、少なくとも不知火カヤはそう思う。

 思わねばならない。

 それは不知火カヤにとって、なけなしのプライドだった。

 

「先生」

「何だい?」

「……私は、諦めませんよ」

 

 先生の腕を掴みながら、その覚束ない足取りで、擦り切れた唇で、けれどカヤは力強く告げる。

 どれだけ時間が掛かっても。

 どれだけ困難にぶち当たっても。

 それでも。

 

「必ず、超人(あの人)と同じ領域に至って見せます」

 

 その夢を、不知火カヤが諦める事は無い。

 超人という――あの日憧れた、その姿を。

 いつか愚直にもそれを語り、絵空事と嘲笑われ、見下されようとも諦めなかった。

 どこぞの兎達の様に。

 

「……カヤがそう願うのなら、構わないさ」

「えぇ、次はもっと上手くやります、今回は少し急ぎ過ぎました、だから――」

 

 カヤの指先が、先生の肌に食い込む。

 微かに震えた指先が、彼女の緊張を伝えて来る。

 葛藤、不安、羞恥、嫌悪、あらゆる感情が渦巻き、カヤは視線を足元に落としながら――けれど上っ面ではない、間延びした色のない言葉ではなく、本心から声を絞り出した。

 

「……申し訳ありませんでした、先生」

 

 その声を聞いた先生は、一瞬だけ驚いた様に目を見開いて。

 それからふっと口元を緩めると、肩を竦め云った。

 

「私の事は良いんだ、幾らでも許すよ、けれど――」

 

 そう云って、先生は視線を前に戻す。

 

「私よりも先に、謝らなきゃいけない人達が居るよね?」

「―――……」

 

 先生の視線が、周囲を捉える。

 それは現在進行形で辺りを警戒し、同時に時折此方に視線を飛ばして来る四名――FOX小隊。彼女達に為した事、その結果の境遇、招いた困難は全て把握している。その原因は自身にあり、幾ら謝った所でどうにもならない事は確かである。

 しかし、だからと云って先程の話を聞いた上で素知らぬ顔など出来まい。先程よりも数段、カヤの身は強張り、彼女達の持つ武力を理解しているからこそ、殊更に心は悲鳴を上げ顔色は悪化した。

 表装だけの謝罪ならば幾らでも可能だった。けれど自身の掌を握り締める先生の指先が、彼女の中にあるあらゆる感情を、善性を揺さぶっていた。表情をクシャリと歪め、あらゆる葛藤を乗り越え、身を竦ませながらカヤは何とか腹の底から声を絞り出そうとする。

 

「――……ごっ」

 

 飾らない言葉。

 蒼褪め、腹の底の底、何とか引っ張り出した声は余りにも小さく、震え切っていて。

 カヤは両目を強く瞑り、先生の腕を抱きかかえるようにしながら深く、頭を下げた。

 

「ごめん、なさい」

 

 普段の防衛室長からは考えられぬ程に拙く、簡素で、弱々しい謝罪。

 しかしそれが彼女にとって、あらゆる虚飾を取っ払った精一杯の言葉である事だけは分かった。

 それを送られたFOX小隊は互いに視線を送り合い、沈黙を貫く。

 ある者は何ら感情を感じさせない表情を、ある者は何とも云えぬ苦り切った表情を、ある者はそんな事で許せるかと憤慨する表情を、ある者は仕方なさそうに緩めた表情を。

 それぞれ胸に湧き上がった感情は異なる、或いは同一だったかもしれないが、それを言葉にする事は無かった。

 

「……まずは、SRTを復活させて貰わないとな」

 

 呟かれた言葉に、カヤは下げていた頭を恐る恐る持ち上げる。既にFOX小隊は此方に注意を払っておらず、背後から肩をFOX4(オトギ)に小突かれ、カヤは慌てて歩行を再開した。

 許すとも、許さないとも、彼女達は口にしなかった。

 

「防衛室長、貴女の罪を裁くのは――私達(FOX小隊)の役割ではない」

 

 犯した罪に憤慨し、必要に痛めつける事も、私刑を加える事も、正しい行いではない。それはSRTとして、FOX小隊として行うべき行為ではないから。

 感情はある、堪え切れないと感じた事も、許せないと叫ぶ心も、当然の如く。

 しかし、彼女達はそれを呑み込み、凛とした姿勢を正しながら口を開く。

 その態度は何処までも超然としていて、強い信念を感じさせた。

 

「私達は、SRTだからな」

 

 ユキノは振り向き、薄らと笑みを浮かべながら――そう云った。

 

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