ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ~!


壊れた砂時計(取り戻せない時間の中で)

 

「おーい!」

 

 遠くから、聞き慣れた声が響いていた。

 すっかりと雪は解け、比較的暖かな日差しに照らされる中、黙々と保管箱の整理を行っていたミヤコは耳に届いたそれに顔を上げる。振り向くと、視界の先に籠を持ったサキが駆けて来る所であった。常日頃から肌身離さず携帯している愛銃を肩に掛け、満面の笑みで駆けて来る彼女は、ひと目見ただけで上機嫌であると分かる。

 

「サキ」

「おっ、帰って来たね」

 

 ミヤコが彼女の名を呼び曲げていた背を上げると、直ぐ隣でタレットの修理を行っていたモエが声を上げる。警邏として周囲を回っていたミユも丁度良く居合わせた様で、何かあったのだろうかと小走りで駆け寄って来るのが分かった。

 意図せずRABBIT小隊全員が揃うと、サキは抱えていた籠を突き出し、その中身を喜色と共に見せつけた。

 

「ほら見ろ、今日は沢山採れたぞ!」

「わぁ……!」

 

 視界に入るのは山盛りの(セリ)、束になって絡み合うそれは籠一杯に詰め込まれており、鮮やかな緑がサキの腕の中で踊っている。微かに水気を含んだそれは、随分新鮮に見えた。

 

「これは、凄い量ですね」

「何々、そんな良いスポット見つけた訳?」

「あぁ、東の雑木林にな、普段は通らないルートだから見逃していた……!」

 

 眩い笑顔と共に告げるサキは、汚れた衣服も気にする事無く山盛りの芹を抱えたまま何度も頷いて見せる。芹は湿地や水辺によく見られる多年草であるが、この辺りに自生している事は知らなかった。ミヤコは一番上に重ねられていた芹を一つ摘み、軽く陽光に翳して眺める。

 

「これだけの(セリ)があれば、数日は食うに困らないだろう? 軽く茹でて醤油とか、胡麻で和えたり、ナムルにしても良いしな!」

「そうですね、調味料の類は幸い量がありますし……確か少量ですがお肉も残っていた筈です」

「そ、それなら、炒め物にして食べたりとかも、出来るかな……?」

「良いねソレ、ずっと単調な食事で飽きていた所だし、最高!」

 

 最近口に入れるものは専ら保存食を含め、レーションやミールばかりであった。そういった簡素かつ色味の無い食事が続くと、多少なりとも彩が変わるだけで元気が湧いて来るというもの。ちょっとした野草一つであっても、今のRABBIT小隊からすると大変貴重な物に思えた。

 

「ミヤコ小隊長」

 

 そんなこんなで盛り上がっていると、此方に向かって歩いて来る一団が見えた。皆がそちらに視線を向ければ、先頭に立つ一人が軽く手を挙げる。銃火器を抱え、自陣営でありながら整然と隊列を崩す事無く歩く彼女達に、ミヤコは声を上げる。

 

「ユキノ先輩」

「FOX小隊、キャンプへと帰還した、何か問題は?」

 

 どこまでも超然とした態度で投げかけられる問い掛けに、ミヤコはそれとなく背筋を正しながら返答した。

 

「ありません、先程サキ――RABBIT2が食料調達から帰還した所です」

「そうか、収穫はあったか」

「大量の(セリ)を確保しました、栄養面は兎も角、食事の彩は増えそうです」

「悪くない、この手の問題は士気に直結するからな、私達も最近実感したばかりだ……此方も食料を幾らか確保した、確認してくれ」

 

 そう云って差し出されたのは複数の紙袋。どうやら影になっていたオトギ(FOX4)が両腕に抱えていた様で、唐突なそれに面食らいながら反射的に受け取ったミヤコは、ズシリとした重さのソレに驚きの表情を浮かべる。横に整列し共にFOX小隊を出迎えていた他の仲間達も紙袋の中を覗き込み、同じように目を丸くした。

 

「わっ、こんなに一杯……!?」

「野菜に肉に、保存食、御菓子――缶詰まであるじゃん!」

「す、凄いな、流石先輩方だ……! でも、こんなの一体どうやって」

「ふふん! 市場の不良共を追っ払ったお礼に貰ったのよ、殆ど訓練も受けてない様な連中ばっかりだったし、正に鎧袖一触って感じだったわ!」

「それでも数が多かったから、色んな人から少しずつね」

「いやぁ、ホント助かるよ、流石に何週間も同じミールやレーションっていうのも、結構精神的に辛いしさぁ」

 

 ユキノの背後に続いていたクルミ、ニコ、オトギが笑みを浮かべながら告げる。どうやら市場で悪巧みをしていた連中を追い払い、謝礼代わりに貰ったとの事だ。紙袋の中身は市場の商店が扱っている様々な品が詰め込まれていた。現在キャンプで生活している八名全員分と考えれば、数日分の食料となるだろう。

 

「まだ事件の余波は彼方此方に色濃く残っている、あの市場も例外ではないという事だ、混乱が収まらない内に悪事を働こうとする者も多い、人目の少ない外郭地区では特にな」

「こんな状況だとヴァルキューレも中央だけで手一杯だろうし、連邦生徒会も内部のゴタゴタに対処して建て直すまで、まだ時間が必要でしょ」

「なら尚更、私達の出番って訳だな!」

「えぇ、そうですね」

 

 ユキノとクルミの発言に対し、サキは勢い良く拳を突き上げた。ミヤコも、彼女の言葉に同意を示す。こんな状況だからこそ、SRTとしての使命は果たさなければならないだろう。それだけは、どんな困難な立場に在ろうと変わらない。

 

「今日から巡廻の数を少し増やそっか、そっちの方が市場の人達も安心出来るだろうし、せめて普段通りになるまでは、ね」

「賛成するわ、物資調達チームと巡廻チーム、キャンプで待機するチームと分けましょう、この際RABBITもFOXも関係なくよ」

「とは云っても、食べられる山菜とか野草知識は、ちょっと自信ないなぁ……正直キャンプで機械を弄っている方が性に合うんだけれど?」

「その辺りは考慮して編成する、一先ずFOX小隊は武器、装備の点検及び整備、補給、戦闘検証を終えた後、休憩に入れ」

「了解」

 

 ユキノが背後のFOX小隊へと指示を出せば、各々が返答し機敏な動作でキャンプの中へと散っていく。ユキノもまた下げていた愛銃の表面を撫でつけながら、そっと吐息を零した。件の騒動を終えRABBIT小隊と合流、活動拠点をこのキャンプへと移してから――多少、この生活にも慣れた様な気もする。

 RABBIT小隊も解散したFOX小隊に釣られ、各々が自身の役割に戻って行った。「それじゃあ、私はこいつを保管してくる」とサキは手にした籠を食糧の保管されている天幕へ、モエはタレットの修理、ミユは巡廻へと。

 その場に残されたのはユキノとミヤコの二名。

 

「ユキノ先輩、これを」

 

 ユキノが感傷に浸っていると、直ぐ傍に立っていたミヤコが野外テーブルの上に用意していたメモ用紙を差し出した。両面に渡って綴られたそれは、所々ヨレてはいるが文字の識別に問題はない。ユキノが差し出されたそれを受け取ると、ミヤコは言葉を続ける。

 

「キャンプの物資状況です、前回の作戦で消費した分も含め、優先的に把握すべき物資を再度確認しました、まだ全て完了した訳ではないのですが、ニコ先輩にも後々共有するつもりです」

 

 キャンプの物資状況、確かに駐留する部隊が増えた以上、物資の問題は避けて通れない。軽く頷きながら紙面を視線でなぞるユキノ、弾薬から薬品、装備に食糧――必要なものは多いが、幸い今の所直ぐに底を突く事はなさそうだった。

 特に銃火器や装備品のパーツ、弾薬の類は八名分と考えても潤沢とさえ云える。

 

「先の作戦で弾薬や装備をかなり失ったが……思ったより、何とかなりそうだ」

「はい、カイザーコーポレーションが撤退時に破棄した装備回収――いえ、技術情報収集(TECHINT)が功を奏し、ある程度回復出来ました」

「物は云い様だな、ミヤコ小隊長」

 

 あっけらかんと告げられるそれに、ユキノは思わず薄らと口元を緩める。大きな声では云えないが、D.U.内部で発生したカイザーコーポレーションとの戦闘、その事後処理として置き去りになった集積物資や銃火器、弾薬、タレット、ドローン等を彼女達は秘密裏に回収していた。

 元々子ウサギ公園で行った戦闘により、あらゆる物資が枯渇寸前であった彼女達にとって、放置されていたままのそれらは正に宝の山。部隊として運用していたヘリも墜落してしまった為、放棄されていた装甲車を一台拝借し、現在モエが内部の通信システム、外装含め分解・改修中である。

 市民の資産を勝手に持って行く訳にはいかないが、散々此方に攻撃を仕掛けて来た上に戦闘を繰り返した相手であれば、鹵獲という形で合法的に活用できる。

 勿論全てを鹵獲した訳ではなく、戦闘証拠として大部分の車両、内部の通信記録、敵の使用していた銃火器や外装破片、タレットの記録映像等は別途提出済み。戦闘の規模が規模なだけあって、RABBIT小隊が回収した物資などカイザーコーポレーションからすれば正に雀の涙ほどだろう。

 ただ、戦闘要員の殆どがオートマタであった為、食糧の類が全く存在しなかったのは盲点であった。故に今でもこうして、何とか食糧を確保しようと方々を走り回っている訳だが――。

 

「不思議なものだ」

「え?」

 

 不意に、ユキノがその様な言葉を呟いた。ミヤコが疑問符を浮かべると、彼女は笑みを湛えたまま噛み締める様に続ける。

 

「何だかんだ、この様な生活も悪くないと思っている自分が居るのが、実に不思議だと思ってな」

 

 元はRABBIT小隊が始めた、連邦生徒会に対する抗議活動だった筈だ――そこから転じて、様々な思惑と困難に突き当たり、多くの経験を経て今に至る。そう考えると、この生活に楽しいという感情を抱く事自体、何だか憚られる様な気もした。任務や訓練にそういった感情を見出す、或いは持ち込む事自体、彼女には存在しない事だったからこそ、尚の事。

 

「まだSRT復活の目途は立っていないが、以前と比べれば随分と希望が持てる状況となった、人材資源室長や防衛室長への沙汰が決まり次第、連邦生徒会の方でも話が進むだろう、それがどれ程先の事かは分からないが――この公園に居る意味も、少し意味合いが変わって来るだろうな」

「………」

「必要があればセーフハウスを利用しても構わないと、先生から許可は下りている、それでも君達は此処でのキャンプを続けるのか?」

「はい」

 

 もう抗議を行う必要は無い、SRTの閉鎖理由が防衛室長とカイザーコーポレーションの自作自演である事は知れている。しかし、それでもRABBIT小隊はこの公園を離れる選択はしないと決めた。何故、とユキノが問う事は無かった。ただ静かに手にしたメモを畳み、「そうか」とだけ呟いた。

 

「ですがそれはRABBIT小隊の決定に過ぎません、先輩方が私達に付き合う必要は――」

「こんな事を云うのも何だが」

 

 FOX小隊だけでもセーフハウスの活用をと、そう提案するミヤコであったが、彼女が全てを口にするよりも早く、ユキノの声が響いた。

 

「後輩が苦境に立たされている中、自分達だけぬくぬくと雨風凌げる場所で過ごす先輩を、どう思う?」

「………」

「賢くはあるだろう、要領が良いとも、万全な体調を整え任務に臨むのは兵士として当然の事、合理的判断だろう――しかし、それが全てではない」

 

 非効率的でも、合理的でなくとも、秘めた信念や矜持が人を形作る事がある。ヴァルキューレ警察学校に編入するという、自身の未来を考えれば至極当たり前の道を蹴ってまで、この公園でデモを行ったRABBIT小隊の様に。

 彼女達がその道を選ばなければ、自分達もまた、異なる結末を辿っていたかもしれないのだから。

 故に彼女達(SRT)にとって重要なのは、賢い選択でも、効率的な選択でもない。

 

 堂々と胸を張って、何ら恥じる事無く自ら世界に宣言出来る様な――正しい選択だ。

 

「加えて、その様な在り方は性に合わない」

 

 云って、ユキノは破顔し無造作にミヤコの頭部に手を置いた。唐突なそれに一瞬驚きの表情を浮かべるが、くしゃりと軽く撫でつけられる掌に、思わず身を委ねる。

 

「サバイバル技術に於いても我々FOX小隊は満遍なく習得済みだ、存分に頼れ、後輩の道を助け、力になる、それもまた先輩の務めだ」

「――……はい」

 

 掛けられる言葉に、小さく頷きを返す。

 その背中は未だ眩く、大きく、遠い気がする。

 ユキノの顔を見上げながら、ミヤコは胸中でそう思った。経験も、技術も、知識も、何もかも、自分達はきっとFOX小隊の面々に敵わないだろう。

 もし比肩し得るものがあるとすれば、この心に秘めた正義を信じる心、仲間への信頼、そして諦めの悪さ位か。

 しかし劣等感は無かった、自身の胸中にはただ誇らしさがある。

 彼女達と肩を並べ、今を歩んでいける事に対する、誇らしさが。

 

「今日は比較的暖かい上、随分と走り回った、湯浴みの準備をしておくか」

「あっ、ドラム缶風呂ですね、確かにサキも随分汚れていましたし……丁度良いですから、用意しておきます」

「先程確認した目録に着火剤の記載はあったが、薪は無かったな」

「私達が作っているものはまだ乾燥中なので――確か先生から頂いた物資の中に、成型薪がまだ残っていた筈です」

 

 そう云って並べられた物資箱より成型薪を探し始めるミヤコの背を眺めながら、ふと視線を落とすと見覚えのあるマークが目に入った。子供の落書きの様な、何とも表現し難いソレを見た時、ユキノは思わず苦笑を浮かべる。それはいつか、自分達がこのキャンプに持ち込んだものだ。

 

「本当は、口止めされていたのだが……」

「……?」

 

 唐突に、背後から投げかけられた言葉にミヤコは顔を上げ、目を瞬かせる。

 

「RABBIT小隊が受け取っていた、誰が置いて行ったかも分からない物資、あれはシャーレの先生が用意したものだ」

「……えっ?」

「覚えがあるだろう」

 

 そう云って、ユキノは直ぐ傍にあった物資箱を指差した。まだキャンプ生活に慣れず、先生の差し伸べた手さえ拒んでいた頃のRABBIT小隊。彼女達に定期的に送られていた、差出人不明の救援物資。

 皆は善意の第三者、SRTを応援する市民からの贈り物だと考えていたが――答えは存外、もっと身近にあったらしい。

 

「この、奇妙な似顔絵が描かれた物資だ」

「……そう、だったんですか」

 

 ユキノが指差した、空になった保管箱。中身を使い切って尚、入れ物となる保管箱(コンテナ)はキャンプで活用され続けていた。

 SRTを応援する善意の第三者、ある意味それは正しかった。けれど当の本人はもっと分かり易く、これ以上ない形で手を差し伸べていたというのに。RABBIT小隊は終ぞ気付く事は無かった。

 ミヤコは直ぐ傍に鎮座するマークを指先でなぞり、呟きを漏らす。

 その表情は、影になって伺う事は出来ない。

 

「そんな素振り、先生は一度も……」

「そういう人だ、知られなかったのならそれが一番と云うだろう、恩を売りつけて何かを要求する事も、善行と誇る事も無い……ただRABBIT小隊が本懐を果たせるようにと、ただそれだけを願う大人だった」

 

 僅かな時間ではあったが、共に過ごした彼女達は知っている。

 先生とは、良く云ったものだな。

 ユキノの呟きは確かな実感の込められたものだった。ミヤコは暫し沈黙を守り、それからゆっくりと頭上を仰ぐ。

 集積所のシェルターハーフ、その向こう側に見える青空を見つめながら、ミヤコは眩しそうに瞳を細めた。

 吐き出した息が、僅かに白く濁る。

 

「――先生」

 

 冬の空は何処か澄み切っていて、美しく感じる。

 早朝に見える朝霧を裂く陽光は鮮烈で、ついつい足を止めてしまう。夜空もそうだ、見張りの際に仰ぐ星月夜の瞬きは、吸い込まれそうな程に輝いていて。

 この青はどこまでも広がり、曖昧なものが全くない。

 どれだけ遠く離れていても、仰げば同じ光景が広がると云うのは、当たり前でありながら不思議なものだとも思う。

 

 雪が溶ければ、春が来る。

 冬が過ぎるまであと少し、一ヶ月も無いだろう。

 けれどその少しが何故だか、今のミヤコにとっては。

 とても、遠く感じた。

 

 ■

 

「あの、すみません」

「はい?」

「……お久しぶりです」

 

 D.U.中央区総合病院、エントランスホール。

 いつもの如く受付対応を行っていたオートマタの視界に、ふらりと踏み込む人影が映った。彼女はやや大きめの外套を着込み、特徴的な獣耳を時折震わせ此方を伺っている。「お久しぶり」という言葉に一瞬疑問符を浮かべたオートマタであったが、その特徴的な口元と眼光にすぐさま記憶領域が活性化し、オートマタはその場で手を叩いた。

 

「あぁ、カンナさん!」

「えぇ、どうも」

 

 彼女とは縁あって何度か言葉を交わした記憶がある。その時は病衣であった為、一瞬誰だか分からなかった。公安局の制服に身を包んだ彼女からは、厳格な気配と威圧的な雰囲気を感じ取れる。病院内の姿とはギャップがあった、負傷で寝込んでいたので当然と云えば当然であったが。

 カンナ小さく頭を下げながら、どこか気恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「――と云っても、退院から然程経っていませんか」

「まぁ、まだ今月中の話ですからね、特にカンナさんは他の方と比べて治りが速かったですから」

 

 ハハハと、フェイスモニタに笑顔を投影しながらオートマタは肩を揺らす。キヴォトスの生徒は頑丈な上、ちょっとした怪我程度であれば数日で完治してしまう。多少大きな怪我であっても、適切な治療を受けた上で入院すれば一週間程だ。

 カンナも例に漏れず、この総合病院に運び込まれてから丁度一週間程度で完治し退院する流れとなった。リハビリなどの必要もなく、凄まじい回復力だと思う。

 

「それで今日はどうしましたか? もしかして、どこか具合でも? とは云っても、此処は面会受付(窓口)ですが……」

「はい、今日はお見舞いに」

「面会ですか? ですが、確かヴァルキューレの方々は既に――」

 

 ヴァルキューレと提携を行っているこの総合病院に運ばれた彼女の部下達は、既に全員退院済みの筈であった。どこか不思議そうにそう言葉を返せば、「いえ」とカンナは首を横に振る。

 

「部下ではなく、シャーレの先生です」

 

 その一言に一瞬、オートマタは身を硬直させた。カンナはその間周囲を見渡し、オートマタの動揺に気付いた素振りはない。

 病院内は相変わらず混雑しており、制服姿の生徒もちらほらと散見された。それらを横目に苦笑を浮かべた彼女は、眉を下げながら続ける。

 

「この様子だと、まだ暫く待たないといけませんね」

「あー……いえ、その」

「――?」

 

 正面より返って来た声は、どうも歯切れが悪く感じられた。

 一体なんだと小首を傾げれば、不意に視界に映る白色。そちらを一瞥すれば、他の学園とは異なる純白を身に纏う生徒の姿が見えた。トリニティの生徒だ、それは直ぐに分かった。しかし一般の生徒が身に纏うそれとは、聊か造形が異なる。

 

 ――あれは、確かティーパーティーの……?

 

 目を凝らして良く見れば、その顔には見覚えがある。確かトリニティ総合学園の生徒会、ティーパーティーに所属する――そうだ、聖園ミカだ。

 彼女はエントランスホールの片隅に設置された椅子に腰かけ、両手を膝上で握り締めながら俯き、沈黙している。項垂れていると云っても良い。

 その傍には数名の傍仕えらしき生徒が立っているが、特に声を掛ける様子はない。遠目ではあるが顔色が悪く、酷く憔悴している様にも見えた。

 

「えっと、大変申し上げ難いのですが……」

 

 一体どうしたというのか、どことなく不穏な気配を感じ取ったカンナに対し、受付のオートマタが電子音声を発する。視線を正面に戻すと、フェイスモニタに申し訳なさそうな表情を投影したオートマタが、小さく頭を下げながら告げた。

 

「――シャーレの先生は現在、面会謝絶となっております」

 

 ■

 

「時間ですね」

 

 不意に呟かれた声は、静謐な空間によく響いた。

 サンクトゥムタワー上層、第一大会議室。中央に鎮座する円型テーブルに用意された名札が並び、前方大型モニタには連邦生徒会のロゴが映し出されてる。

 隣接された儀礼旗は丁寧に手入れこそされているものの、主の居なくなった今となっては、その姿も何処か寂し気に感じる。

 部屋は大会議室という事もあり、かなりの規模と広さを誇っていたが、反して中に佇むのは二十名に満たない生徒のみ。

 一般の行政官は立ち入り及び、部屋に近付く事すら禁止され、現在この第一大会議室が存在する階層はフロアごと立ち入りが制限されていた。それはひとえに、この場に集う者達の安全確保、及び会談の内容を知られない為の措置である。

 それ程までに、この一件に掛かる重圧は凄まじいものがあった。

 

「……まだ到着していない方もいらっしゃいますが、仕方ありません、開始時刻となりましたので、これより開会致します」

 

 ゆっくりと席を立ち、発言した生徒――七神リンへと視線が集まる。

 連邦生徒会長代行の権限により緊急招集要請が行われ、どうにかこの場を設けた彼女であったが、この瞬間に至るまで誰一人として発言を行っていない。

 部屋の中は重苦しい空気に支配されており、室温は正常である筈なのに、微かな肌寒ささえ感じてしまう程だった。眼鏡を指先で押し上げ、手元に並べられた資料を指先で広げながら彼女は慎重に言葉を紡ぐ。

 

「まず初めに、こうしてこの場を持てた事に対し、各校代表の方々に深い感謝を、全ては皆さんのご協力があってこそ……」

「ふん、先生の絡む議事でなければ――態々こんな場所に足など運ぶまい」

 

 リンの言葉に対し、背凭れに身を任せ、尊大に吐き捨てる影があった。連邦生徒会側の視線が彼女に集中し、緊張が走る。

 ゲヘナの代表者が並ぶテーブル、その一番手前で腕を組むのは万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)のマコト。

 彼女は薄らとした嘲りとも、挑発とも取れる笑みを湛えながら自身の正面に座す影を見据え云った。

 

「なぁ、お前達とてそうだろう、トリニティ?」

「………」

 

 返答は無かった。

 ただ静かに一瞥し、手元の紅茶に手を付ける影――ナギサ。

 彼女は一口カップに唇をつけ、正面のマコトを冷ややかに眺める。その胸中にどのような感情、魂胆があるかは全くの不明。ただ、彼女達の目の前には視認出来ない何か、敵愾心が飛び交っている様な気がした。

 不意に漏れる溜息、言葉を介さないぶつかり合いに対し、辟易とした様子で肩を竦める影がひとつ。

 

「リン首席行政官、此処に集まったメンバーは、先の事件に於いて介入を行った各学園代表者――という認識で問題ないだろうか?」

「はい、その通りです」

 

 ナギサの隣に座すセイアが、手元のシマエナガを眺めながら問いかけた。リンは特に動じる事無く、首を縦に振る。

 続けてリンから見て正面、テーブルの弧に並んだグループの中より、挙手があった。

 

「代行、招集を三大校だけに限った理由を聞いても良いかしら? 事の重大さを考えれば、三大校のみならず各方面の自治区に協力を要請すべきだと思うのだけれど」

 

 発言を行ったのは、ミレニアムの代表者が一人、ユウカ。浮かべる表情は真剣で、その身体には僅かな緊張が走っていた。発言したユウカの隣には口を一文字に結び、険しい表情でタブレットを眺めるリオの姿もある。

 

「今回の緊急招集対象を三大校に限定した件につきましては、勿論理由があります」

 

 それは事前に想定されていた質問だった。事も無げに告げ、リンは目前に並ぶ各学園の代表者を見渡す。第一大会議室に集った各校の代表者、それは生徒会を含め、今回の件について見識を持つ者が座していた。

 

【トリニティ総合学園】

 フィリウス分派(ティーパーティー)代表 桐藤ナギサ

 サンクトゥス分派代表 百合園セイア

 救護騎士団代表 蒼森ミネ

 救護護騎士団補佐 鷲見セリナ

 シスターフッド代表 歌住サクラコ

 

【ゲヘナ学園】

 万魔殿代表 羽沼マコト

 同万魔殿補佐(議員) 棗イロハ

 風紀委員会代表 空崎ヒナ

 風紀委員会補佐(行政官) 天羽アコ

 救急医学部代表 氷室セナ

 

【ミレニアム・サイエンススクール】

 セミナー代表 調月リオ

 セミナー補佐(会計) 早瀬ユウカ

 セミナー補佐(書記) 生塩ノア

 特異現象捜査部代表(特別指定代表枠) 明星ヒマリ

 特異現象捜査部補佐 和泉元エイミ

 

 各学園の代表枠は五名が上限、護衛等は階下で待機し極少数の代表者でのみ行われる極秘の緊急会談。無論、何の意味も無くこの様な要請を出す筈もない。

 リンは未だ空席となる、ミレニアムの二席――姿の見えないヒマリとエイミ、その両名に懸念を抱きながら言葉を続けた。

 

「万が一先生の情報が外部に露呈し、何らかの形で拡散してしまった場合、その影響を考慮した結果、この一件は可能な限りごく少数の代表者のみで議論すべきであると統括室、及び行政委員会は判断しました――現在の連邦生徒会に、各自治区の動きを抑制、阻止するだけの体力は残っていません」

「……あぁ、親衛隊どころか、代表者含め人数制限を設けたのは、そういう理由ですか」

「もしもの時は、この三大校が合同で暴走を抑え込め、と」

 

 リンの返答に、どこか刺々しい声色で呟きを漏らすイロハ。続ける形でアコもまた、連邦生徒会の意図する所を言葉にした。これはつまり、その前段階という事になる。

 リンは彼女達の声に何ら反応を返さず、無言を貫く。しかし、この場合はそれが何よりも雄弁な返答でもあった。

 この場には本来各校の代表者が連れ歩く親衛隊、近衛、防護ドローンの類が一切見られない。つまり、どこからか情報が洩れるとすれば、現在直接先生の治療に当たっているごく少数の人物――及びこの場に存在する、各校代表者の誰かとなる。

 

「今日、各校を代表する皆さんに集まって頂いたのは、他でもありません」

 

 大きく息を吸い、口火を切る。

 時間は余り残されていない、既に件の事件が発生し、事態の収拾に奔走し始めてから三週目に当たる。

 連邦生徒会側、直ぐ傍に座るアユム、モモカの両名より不安の滲んだ視線を感じた。普段であれば我関せずと会議の場でさえ菓子を貪るモモカが、神妙な顔つきで身を竦ませ沈黙している事が、より悲壮感を強くさせる。

 リンはテーブルの上で組んだ掌に力を籠め、声を絞り出す。

 

「現在D.U.総合病院にて、治療中とされている――シャーレの先生について」

 

 シャーレの先生。

 その名前が出た途端、各学園の代表者たちが一様に視線を尖らせる。表情が強張り、より一層張り詰めた空気が肌を刺した。

 

「その情報(実態)を、共有する為です」

 

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