ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

28 / 340
誤字脱字報告、ありがとうございます。
ペロロ様靴下の在庫が切れ始めたので、手袋あげます。


幸せの黒い鳥

 

「な、なにこれ!? 一体どういう事なのっ!?」

 

 アビドスの部室にて、セリカの絶叫が木霊する。

 ブラックマーケットでの強盗後、学校へと帰還した生徒達は少しの休憩を挟んだ後、満を持して盗み出した電子証明紙を覗き込んだ。デスクの上に広げられた証明紙には金銭の流れと担当責任者――そしてアビドスの望む、決定的な情報が記されていた。

 証明紙を覗き込む皆の表情は険しい。紙面を指先でなぞるシロコが、淡々とした口調で告げる。

 

「現金輸送車の集金記録にはアビドスで七百八十八万円集金したと記されている、私達の学校に来たあの輸送車で間違いない……でも、その後すぐにカタカタヘルメット団に対して『任務補助金五百万提供』って記録がある」

「それって、つまり……」

「私達のお金を受け取った後に、ヘルメット団のアジトに直行して任務補助金を渡したって事だよね!?」

 

 セリカがデスクを叩き、アヤネは口元を押さえながら言葉を漏らした。

 

「任務補助金って……つまり、ヘルメット団の背後にいるのは、カイザーローン?」

「―――それは」

「カイザーローンがヘルメット団を雇って、アビドスを攻撃させているって事かな」

「り、理解出来ません、学校が破産したら、貸し付けたお金も回収出来ないでしょうに、どうしてそのような事を……!」

「ふーん……」

 

 ノノミが愕然とした表情で首を振り、ホシノが腕を組んだまま唸りを上げる。証拠は出た、決定的だ。カイザーローンは闇金を通じて犯罪行為に加担しており、これまで執拗に攻撃を繰り返して来たカタカタヘルメット団を操っていた黒幕もまた――カイザーローン。

 アビドスから得た金銭をカタカタヘルメット団に提供し、その金銭で武装、弾薬を揃えさせていたのだ。金銭の供与も、一度や二度ではないだろう。そう考えればカタカタヘルメット団の充実した装備も納得がいく。バックにカイザーローンという、ブラックマーケットで一大勢力を築いた企業が付いているのなら、戦車の一台や二台持っていても不思議はない。企業が持っていた戦車を払い下げても良いし、弾薬や整備もお手の物。企業お抱えのメカニックなど、掃いて捨てる程いる筈だ。カタカタヘルメット団単独でも困難な事柄が、カイザーローンが噛んでいると分かった途端面白いように解けていく。

 

「この件、どう考えても銀行単独の仕業じゃなさそうだね、カイザーコーポレーション本社の息が掛かっているとしか思えない、この紙だけだと五百万の提供しか分からないけれど、絶対にそれ以上の金額が動いていると見て良いと思う」

「……はい、そう見るのが妥当ですね」

「私達の稼いだ金銭をカタカタヘルメット団に回して、一体何の得があるのよ!? 襲撃に手を割かれて返済が滞るだけじゃない! 期間を引き延ばして、どうにか利息を引き上げてやろうとか、そういう魂胆な訳!?」

「――いえ」

 

 ヒフミが何とも言い難い、思案に沈んだ表情のまま首を横に振った。

 

「それならもっと別なやり方がある筈です、態々こんな回りくどい方法を使う必要なんてありません、話を聞く限り向こうはアビドスさんから回収した金額以上をつぎ込んでいる訳ですから――全体から見れば赤字、根回しや兵装供与の点から見ても労力が見合っていませんよ」

「そうだね、おじさんも同感かな」

「なら、カイザーローンの狙いは――」

 

 アヤネが言葉を切り、不安げにヒフミを見た。

 回収した金額以上の労力と手間暇をかけ、アビドス襲撃を支援するカイザーローン。これが今以上に金銭をアビドスから回収する為だとは思えない。やり方も迂遠すぎるし、天秤が釣り合わない。そうなると、カイザーローンが求めているのは――。

 

「……お金ではない、アビドスの持つ『何か』という事になります」

 

 ■

 

「みなさん、色々とありがとうございました」

 

 アビドス校、校門前。

 取り敢えず、日が暮れる前にトリニティ総合学園へと帰る事となったヒフミを、アビドスは総出で見送っていた。深くお辞儀をしたヒフミに対し、ノノミは申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「変な事に巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」

「あ、あはは……」

「今度遊びに行くから、その時はよろしくー」

「あ、はいっ、勿論です」

 

 ホシノの言葉に、ヒフミは笑顔で答える。トリニティとアビドスはそれなりに離れた位置にあるものの、地理さえ分かっていれば遊びに行けない距離ではない。商店やアミューズメント施設などが少ないアビドスでは買えない様なものも、トリニティ自治区であれば入手出来るだろう。出向く価値は十分にあった。

 

「まだ詳しい事は明らかになっていませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と何かしら関連があるという事実上の証拠に成り得ます、戻ったらこの事実をティーパーティーに報告しますので! それと、アビドスさんの現在の状況についても……――」

「あー……まぁ、ティーパーティーはもう知っていると思うけれどね」

「は、はいっ!?」

 

 ヒフミが鼻息荒く、カイザーコーポレーションの悪事を暴いてやると意気込めば、どこか水を差す様で悪いけれどと云った風にホシノが頬を掻き、呟いた。

 

「あれ程の規模を持つ学園の首脳部なら、それ位はもうとっくに把握していると思うよ、皆、遊んでばかりじゃないだろうしさ」

「そ、そんな、知っているなら何故、皆さんの事を――」

「――うん、ヒフミちゃんは純真で良い子だねー、でも世の中、そんなに甘くないからさ」

「………」

 

 どこか、棘を含んだホシノの言動に、ヒフミは目を瞬かせる。良い子、というのは本心からだろう。だからこそ、その想いを裏切る様で心苦しいものの――アビドスとしては、その提案は受け入れられない。

 

「ヒフミちゃんの気持ちは有難いけれど、そっちに知らせた所でこれといった打開策が出る訳でもないし、かえって私達がパニクる事になりそうな気がするんだ」

「そ、そうでしょうか……?」

「ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん? トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールする力がないんだよ――云っている意味、わかるよね?」

 

 ホシノはそう云って、意味ありげな目線をヒフミに投げかける。その視線を受けたヒフミは数秒、考え込むように顔を俯かせると、どこか悲しそうな声色で答えた。

 

「――サポートするという名目で悪さをされても、それを阻止する力がない……って事ですよね」

「いえーす、その通り、百点満点」

「……そう、ですよね、その可能性もなくはありません――政治って、難しいですね」

「で、でも、ホシノ先輩、悲観的に考え過ぎなのではないでしょうか? 本当に助けてくれるかもしれませんし……」

「うへ~、私は他人の好意を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー」

 

 アヤネがフォローするようにそう言葉を挟めば、ホシノは後頭部に手を当てたまま呑気な口調でそう告げた。

 

「――万が一、って事をスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃったんだよ」

「………」

 

 その言葉に、アビドスは沈黙を返す。

 アビドスがこうなる前の事を、ホシノ以外の生徒は知らない。ただ現在までアビドスに残り続け、一人戦い続けていたホシノの言葉には説得力があった。彼女がアビドスを保ち続けていた戦いの中には――他校による裏切りがあったのかもしれない。そう想像するしかないが、反対の声は出なかった。

 

「それに、協力を要請した所でアビドスには差し出せるものが無いし、お金は勿論、技術力も人員も、土地もね、タダほど高いものはないよ……でしょ、先生?」

「……仮に善意で他校が助けてくれても、その関係は後々響いて来ると思う、助けて貰ったアビドスが下で、向こうが上って具合に――そうなったら良いように使われるかもしれないし、学校の規模からしても逆らうのは難しい、仮に借金が無くなったとしても、カイザーローンがその学校に挿げ変わっただけ……なんて可能性もある」

 

 先生の言葉に、ヒフミの表情は益々暗くなった。単純に、他者に助けて貰って解決万々歳――とはならないのが現実だった。悪者というのは、得てして狡猾だ。弱っている時、人は藁にも縋る。その藁が、浮輪にもボートにも見えてしまうから。そう見えるようにするのが悪者なのだ。

 

「……では、その、アビドスさんの事は抜きに、カイザーローンの事だけでも話すのは」

「まぁ、危険性を周知させるくらいなら良いと思うよ」

「……分かりました」

 

 ヒフミの最低限の提案に、ホシノは小さく頷いた。

 カイザーコーポレーションの問題はアビドスだけの問題ではない。その危険性を周知させるだけでも、アビドスと同じ轍を踏むことは避けられる。

 

「……本当に、一日で色々な体験をしましたね」

「そうだね、凄く楽しかった」

「……楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」

「あ、あはは、結構危ない事もしましたけれど、私も楽しかったです、トリニティじゃ出来ない事ばかりでしたから」

「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」

「そ、その呼び方はやめて下さい!」

「よっ、覆面水着団のリーダーさん!」

「皆さん……ヒフミさんが困っていますよ」

 

 すっかり主犯に仕立て上げられてしまったヒフミは、首が取れんばかりの速度で左右に振った。流石に、強盗団のリーダーなんて洒落にならない。

 

「と、兎に角、これからも大変だとは思いますが、頑張って下さいね、応援していますから! それでは、またお会いしましょう!」

 

 そう云って駆け出したヒフミは、時折背後を振り向きながら手を振る。そんな彼女を最後まで見送ったアビドス。色々な事が起こった一日ではあったが――確かに、一歩前進した日でもあった。

 

「さて、皆さんお疲れ様でした、今日はゆっくり休んで、明日改めて集まりましょう」

「うへ、それじゃ解散~!」

 

 ■

 

「おはよー」

「……おはよう」

「うわ、アルちゃん顔やばっ、徹夜でもした?」

「ううん、少しは寝たわ……」

「少しって……」

 

 覆面水着団強盗事件から明けて翌日、便利屋の事務所、オフィスへとやって来たムツキは開幕デスクに座るアルの顔色を見て驚愕の声を上げた。後からやって来たカヨコとハルカも、アルの顔を見るや否や驚きの声を上げる。

 

「おは――社長、徹夜した?」

「カヨコまで……そんなに顔色悪いかしら」

「あわわわ、あ、アル様、具合が悪いのですか? い、今すぐ病院に……! ご、ごめんなさい、こんな時に役立たずでごめんなさい!」

「落ち着きなさいハルカ、私は別に、ちょっと色々考える事があっただけだから」

 

 そう云ってひらひらと手を振るアル。眉間を解しながら肩を竦める彼女に、ムツキはソファに腰掛け問いかける。

 

「なぁに、どうしたのさアルちゃん、お金も沢山入って万々歳、一ヶ月どころか何年って活動出来る資金が手に入ったのに、そんな悩む事ある~?」

「あるわ、それはもう、大量に……」

「ふぅん、具体的には?」

 

 ムツキの言葉に、アルはデスクの上で手を組みふっとニヒルな笑みを零すと、どこか遠くを見る様な眼差しで語り始めた。

 

「あのお金はね、あの覆面水着団が私の為に置いて行ってくれたお金なのよ、私の夢を、アウトローの目標を示してくれた彼女達の、無言の応援なの」

「……多分、違うと思うけれど、単に忘れただけじゃ――」

「分かっていないのねカヨコ、アウトローというのは、そういう『粋』な事をする人たちなのよ」

「………」

 

 訳知り顔で告げるアルに、カヨコはそれ以上何をいう訳でもなく、小さく肩を竦める事で答えとした。横目でムツキを見れば、未だにニヤニヤとした笑みを崩さない。カヨコはアルに聞こえない程度の小声で彼女に問う。

 

「……ムツキ、もしかしてまだアビドスの事教えていないの?」

「うん、だってこのままの方が絶対面白いじゃん?」

「……………そう」

 

 長い葛藤の後、カヨコはそれだけ口にしてソファに腰掛けた。多分また、その事実を知った時にアルは白目を剥くのだろうと、確信に近い思いを抱きながら。

 

「だからほら、ここまでのお金を貰ってしまったのならもう、アレじゃない? 何か、『でっかい事』をしたいじゃない? ブラックマーケットの闇銀行を襲いながら、その戦利品である一億円をポンと渡しちゃうような、派手で、粋で、アウトローで、格好良い事をやりたいのよ」

「ふぅん……まぁアルちゃんの考えは分かったけれどさ、それと体調不良がどう繋がるの?」

 

 ムツキが不思議そうにそう問えば、アルはどこか気まずそうに、目線を横に逸らしながら云った。

 

「……何をしようかなって計画を練っていたら、楽しくなっちゃって、気付いたら朝だったのよ」

「遠足前の小学生じゃん、ウケる」

「しょ、小学生じゃないわよッ!?」

「………はぁ」

 

 ムツキの反応に食って掛かるアル、そんなリーダーの姿を見つめながら溜息を零すカヨコ。いつもの便利屋の姿がそこにはあった。前ポケットに両手を突っ込みながら、カヨコは気怠そうにアルへと水を向ける。

 

「まぁ、理由は分かったよ、それで? 社長は何がやりたい訳?」

「ん、ごほん! そうね、私が纏めた案はこの紙に――」

「あっ、それならゲヘナの風紀委員会に喧嘩でも売ってみる~?」

「は、はぁ!?」

 

 唐突な提案。

 ムツキはけらけらと笑いながら、何でもない事の様に云っているが、喧嘩を売る相手が悪すぎる。何ならブラックマーケットの連中に喧嘩を売るより悪い。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って、何でそこで風紀委員会が出て来るのかしら?」

「え、だってアルちゃん派手で、格好良くて、アウトローな事したいんでしょう? キヴォトス最強とも噂されているゲヘナの風紀委員会を襲撃なんて、それはもう注目の的だよ?」

「そ、それはそうかもしれないけれど……!」

 

 言葉に詰まりながら、アルは一定の理解は示した。

 何せ風紀委員会、それもゲヘナ――法律、ルール、規範を知った事ではないと暴れまわる事がデフォルトのゲヘナに於いて、それを取り締まる事が出来る風紀委員会は力の象徴なのである。あらゆる暴虐、知力をそれ以上の力でねじ伏せ、規律を正す、ゲヘナという学校が仮にも崩壊を起こしていないのは件の風紀委員会が存在しているからだった。

 そんな風紀委員会に喧嘩を売る? とても正気ではない。そんな思考を回しているとは露知らず、話を聞いていたハルカが恐る恐る問いかける。

 

「お、お望みなら私が爆破して来ましょうか? 何なら、私の体に爆弾を巻き付けて諸共――」

「やめときなハルカ、それに、風紀委員長のヒナはその位じゃやれない」

「――えっ、ヒナが居る時に襲撃する気?」

「……戦力の大半を担っている彼女が居ない時に襲撃したって、そんなの鬼の居ぬ間に――って奴でしょう、格好よく、アウトローにいくなら正面から、堂々と、社長の理屈ならそうなる」

「あわ、あわわわわ……」

 

 まさか社訓をそんな風に取られるとは思っておらず、アルは右往左往する。ややあって、彼女はデスクを叩くと勢い良く宣言した。

 

「だ、駄目よ! 風紀委員会襲撃は却下!」

「えー、なんでー?」

「何でって、ただでさえ目を付けられているのに、これ以上襲撃なんかして注目されたらとんでもない事になるでしょう!?」

「……さっきと云っている事が真逆だよ、社長」

 

 カヨコの零した言葉はアルに届く事なく、彼女の悲鳴とも怒声とも取れるそれに掻き消された。

 

「と、兎に角! 計画自体はもうあるのだから、そっちの方に――」

「わかったわかった、面倒な話はこれくらいにして、アルちゃん、朝ご飯食べに行こ~? 私、お腹すいちゃった!」

「め、面倒!?」

「ど、どこに行きましょうか? ら、ラーメンなら、柴関とかですか?」

「またあそこ?」

「安いし、美味いし、朝ならそんなに人も居ないだろうし、良いんじゃない? 私、結構あそこのラーメン好きだよ~?」

「まぁ、美味しいのは同意するよ……そうだね、なら柴関に行こうか」

「良し、決まり~!」

「ちょ、ちょっと? 皆? 私、私の話は!?」

 

 アルの声も空しく、皆はオフィスから退出し柴関へと朝ご飯を食べに向かう。最後に扉を潜ったムツキが未だデスクから動かないアルに首を傾げ、指先で外を指しながら移動を促した。

 

「ほら何しているのアルちゃん? 早く行こ~!」

「うぅ……わ、私の徹夜で考えた完璧な計画……い、いえ、ご飯を食べながらでも話せはするし、何なら食事をしながらプランを練ると云うのも、ある意味ではアウトローっぽい? ふ、ふふっ、大丈夫、これも想定内よ……!」

「ラーメン啜りながら悪巧みって、何だか間抜けだね」

「う、うるさいっ!」

 

 今日も便利屋は平常運転である。

 

 ■

 

「おはよう、ホシノ、ノノミ」

「おはよー、先生」

「先生、おはようございます、今日は早いですね?」

 

 午前、先生がアビドス対策委員会へと顔を出すと、其処には床にマットレスとクッションを置き、リラックスしているホシノとノノミの姿があった。特にホシノはノノミに膝枕をされ、普段溶けている体が二倍以上ふにゃふにゃになっている。先生はそんな彼女の姿に苦笑を零しながら、彼女達の傍に歩み寄る。

 

「随分リラックスしているね、ホシノ」

「うへ~、ノノミちゃんの膝枕は柔らかくてサイコーなんだよー、私だけの特等席だもんねー」

 

 そう云ってノノミの膝に顔を埋めるホシノ。ずるい。

 

「先生も如何ですか? はい、どうぞ~☆」

「駄目だよ、ここは私の場所なんだから、先生はあっちの座り心地悪そうな椅子にでも座ってねー」

「私の膝は先輩専用じゃないですよう……」

 

 意地でも離すものかとノノミの膝に縋りつくホシノ、そんな彼女の髪を撫でながら、ノノミは先生にだけ分かる形で囁いた。

 

「今度、誰も居ない時にしましょうね、先生?」

 

 それは悪魔の囁きだった。どこか蠱惑的な笑みを浮かべながらそう宣うノノミに、危うく先生のペロロ様がペロロジラでデカグラマトンになるところだった。それを鋼の精神と、生徒達への愛で辛うじて防いだ先生は、穏やかな顔のまま云った。

 

「――いいや、私は今ノノミに膝枕して欲しいッ!」

「えっ♡」

 

 そこからの動きは、正に一瞬だった。神業と云っても良い。

 宛ら雷の如く、サンデヴィスタンを使ったのかと思う程の高速移動でホシノを抱きかかえ、彼女の代わりにノノミの膝に潜り込む。それでいてホシノには衝撃が全くなく、羽毛を抱くかの様に柔らかな抱擁がホシノを襲った。

 

「せ、先生?」

「ふんッ!」

「あわーっ!?」

 

 先生に抱きかかえられたのだと理解したホシノが頬を赤くし、慌てて抜け出そうとするも、先生渾身のだいしゅきホールド――尚、背後からホシノを抱きかかえて横になっているだけである――を受けたホシノは、それ以上の動きを封殺されてしまう。

 ホシノの後頭部を存分に吸いながら、ノノミの膝枕も堪能する――これぞ先生の選んだ最善手。

 

「私がホシノを抱き、ノノミが私を膝枕する――完璧だぁ」

「わぁー☆」

「ちょ、せんせっ!?」

 

 先生が自身の頭部の匂いを嗅いでいると気付いたホシノが身を捩り、しかし先生はそれを抱きしめる事で阻止。全力で動けば何とでもなるが、それで先生を万が一でも怪我させてしまうと思うと動けない。結局ホシノは顔を真っ赤にしながら、歯を食い縛って羞恥に耐える事しか出来なかった。

 

「ふふっ、こういうのも新鮮で悪くありませんね♡」

「あぁ、素晴らしい、これほど素晴らしい朝は中々ないよ、ホシノの抱き心地も完璧だ、誇ってくれて良い」

「……うへ、それって誇れる事じゃなくなーい?」

 

 そう云って身じろぎするホシノは、せめてもの抵抗として、後頭部でごんごんと先生の胸元を軽く打った。しかし存外鍛えているのか、或いは大人故の体格差か、大して効いている様には思えなかった。その事に不満なのか、唇を尖らせるホシノ。

 

「先生、朝早くから元気すぎ」

「なぁに、ホシノが私の前で取り繕わなくなったのが嬉しくてね」

「………―――」

 

 不意に、直球のストレートがホシノ目掛けて飛んできた。

 そんな言葉を予想もしていなかったホシノは、数秒言葉に詰まる。彼女の様子を見下ろしながら、先生は喉奥で笑いながら続けた。

 

「『おじさん』と【私】、無意識かい? それとも意図的? 最初はノノミの前だけだったんだろう? どちらにせよ、私にとっては嬉しい事なのさ」

「……せんせーって、その内性質(タチ)の悪い女とか引っ掛けそうだよね」

 

 絞り出した声から発せられたものは、それだけだった。先生の腕の中で縮んだホシノは、小さくコン、と先生の胸板を叩く。

 

「それって誉め言葉?」

「……んー、ある意味?」

「多分違うと思いますよ、先輩」

 

 ノノミの突っ込みに、ホシノは小さく笑うだけに留めた。

 

「そう云えば今日は二人だけかい? 他の皆は?」

「んー、シロコちゃんはきっとトレーニングでしょうし、アヤネちゃんは多分勉強しに図書館でしょうか」

「ノノミちゃんは学校の掃除と教室の整頓をしてくれたよね、うへ~、皆真面目だなぁ」

「そういうホシノは何をしていたんだい?」

「ん? 私? 私は当然ここでダラダラしていただけだよ~」

「贅沢な事じゃないか」

「先輩も何かはじめてみてはどうでしょう? アルバイトとか、筋トレとか」

「無理無理ー、おじさんは年齢的に無理が利かない体になっちゃったもんでねー、ほら、何だっけ、諺か何かにあったじゃん、老犬に新しい芸は教えられないって」

「歳は私とほぼ変わらないですよ?」

「気構えの問題さー」

 

 そう云ってホシノは先生の腕の中からするりと抜け出すと、そのまま立ち上がってぐっと伸びをした。そしてそのまま、部室の扉へと足を進める。先生もつられて身を起こすと、彼女はひらひらと手を振った。

 

「……さて、先生も来たし、みんなもぼちぼち帰って来るでしょう、そんじゃ、私はこの辺でドロン」

「あら、先輩どちらへ?」

「今日のおじさんはオフなんでね、てきとーにサボっているから、何かあったら連絡ちょーだい、ノノミちゃん、それじゃ先生も、またあとでね~」

 

 そう云って、扉の向こう側へと消えていくホシノ。そんな彼女を二人は静かに見送った。

 

「ホシノ先輩、またお昼寝でしょうか」

「――どうかな」

 

 妙に硬い表情を浮かべた先生が、そう口にする。時折、先生がこういう空気を纏う事をノノミは知っていた。寒々しく、どこか淀みがあって、何かを考えている顔。この時だけは、光とか、希望だとか、そういう象徴である筈の先生が何か――もっと別なものに見えて仕方なかった。

 思わず、先生の頬に手を伸ばす。ノノミの手が頬に触れると、先生が僅かに驚いた顔で彼女を見た。

 

「まぁ、会議はアヤネちゃんがきちんと進めてくれますし、偶には休息も大事ですね、でしょう? 先生」

「……そうだね、なら皆が来るまで少し待とうか」

 

 柔らかく微笑むノノミに、毒気を抜かれたかのように――先生もまた、緩く微笑む。そこには先程まであった硬さが抜け落ちていた。ノノミはほっと胸を撫で下ろす、先生が何かを抱え込んでいる事を、以前のホシノとのやり取りで皆が知っている。けれどそれを聞き出す気もなければ、自分から知ろうとも思わない。

 せめて自分の前でくらいは笑っていて欲しいから。

 静かに足を畳みなおし、ノノミはそっと先生に向けて太腿を叩いた。

 

「はい、先生、どーぞ☆」

「わぁい」

 

 迷わずノノミの太腿に飛び込んでくる先生。そんな彼の緩んだ顔を見つめながら、ノノミは思った。

 

 こんな風に笑える日々が、ずっと続けば良いのに。

 

 ■

 

「お待ちしておりましたよ、暁のホルス――いえ、今はホシノさんでしたか」

「……その名前は捨てたよ、黒服の人」

 


 

 先生を幸せにして、その幸せを奪って幸せになって何が悪いのだ。

 誰にだって、幸せになる権利はあるんだよ!

 諦めちゃ駄目だ、どんなに辛い目に遭っても、どんなに苦しくても、幸せを求めて歩み続ける事を止めちゃ駄目なんだ!

 幸せを目指して歩く事に意味があるんだ!!

 だからみんなで幸せになろう!!! 幸せの御裾分けって奴さ!!

 

 ところでミチルってさぁ、最初配布って知らなかったんですよねぇ。何かカフェに、すっごいこう、ふにゃふにゃな声で喋る生徒いるなぁ、って思っていたらミチルだったんですよ。あの独特過ぎる声めちゃ好き、あとミチルも好きだけれど「みちぅ」の方も好き。

 

「ドーモ、せんせどにょ、ミチルです……さぁー↑ ごぉよ↑めぇ↓お~!↑」

「んぁ↑ 先生↑どのぉ↓、もー遅かったじゅぁん↑、と↑り↓あえず→、今日私が作った自作ニンジュツ~、み↓て↑み↓な↑い→~」

 

 あの絶妙な感じを言葉にするのは難しい。すげぇよミチルは……。というか忍術研究部の部長だし、イズナレベルじゃなくても何か忍術修行とかしているのかな? とか思ってようつべで絆ストーリー見てたら、ただの忍者オタクじゃないかッ! 忍者(オタク)と忍者(ガチ勢)が合わさって最強に見える。

 

 シャーレに漫画持ち込んで避難所にしていたし、ミチルを日直にしたら徐々にシャーレに住み込み始めそうな感じある。先生のカップ麺を見て、健康に悪いと気遣うのかと思いきや、自分もカップ麺食べながらレスバしていた話とかするし、結構生活レベルは先生と近しいのでは……? 二つのカップ麺を並べて、それを待つ間一緒に漫画を読みながらゴロゴロする先生とミチルの姿が見える見える。

 その内ミチルが、「忍法、こしょこしょの術」とか言って先生にちょっかいを掛け始めて、漫画を読みながら片手であしらっていると、頬を膨らませたミチルが先生に引っ付いて来るんだ。暑い、暑いよミチルとか云いながら頭を撫でれば、「ふふふ、この忍術は既に効力を発揮している……先生が私を構った時点でね!」とかどや顔で宣言するんだ。ほんまあざとい子やでミチルは。

 

 その内夜に、「先生殿~! 今日は一緒に新しい忍術考えよ~!」って先生の私室に突撃してきそう。そのままベッドの上であーでもない、こーでもないと、科学なのか忍術なのか分からないものを考案している内に、ミチルは寝落ちするんだ。そんな彼女に布団を被せながら、先生は仕方なさそうな顔をした後、自分は別室のソファとかで寝そう。その翌日に先生の私室で目覚めたミチルが、周囲に漂う先生の香りに真っ赤になって欲しい。そして先生が同じ部屋にいない事を確かめて、そっと先生の枕に顔を埋めていたらグッド。

 

 ミチルは色仕掛けの術と聞いて、「カメラに向かって投げキッス」と答える位にピュアだし、何なら投げキッスを「そんな破廉恥なの絶対むりぃ~!」という位なので、ハナコの「ハ」の字も知らないぞ! コハルと合わせたら化学反応で爆発しそう。そんなコハルも素敵だよ。

 ミチルと先生は友達の様な距離感が結構続いていそうな感じがする。友愛が異性愛に発展するのはミチルがもっと歳を重ねてからじゃないかなぁ。もしくは先生が亡くなった時だと思う、失って初めてミチルは先生が友達とか、そういう括りとかに収まらない存在だったんだって気付いて欲しい。

 

 キヴォトス動乱で先生が離反したら、ミチルはどうするんだろうなぁ。味方につくのか、それとも敵になるのか。イズナがもう、顔面真っ青にしてシャーレ離反の報告をミチルにしたら、多分混乱して、「え、え?」って右往左往して何も決められないと思う。普段緩く活動している忍術研究部が戦力として役に立つとは思えないし、かと云ってそのまま見捨てる訳にもいかない。ただ、イズナもツクヨも、どこか信頼と覚悟を決めた瞳でミチルを見据えると、彼女は自分の一声で、この二人を死なせるかもしれないという責任を自覚するんだ。

 あのミチルが、大事な部員二人を死地に送る様な命令をするかと云われれば、とても微妙なラインだと思う。先生が味方ならどんな困難も乗り越える自信がある。けれど、その先生がキヴォトスの敵に回った――つまり、先生の味方をするという事は、学園すべてを敵に回すという事。

 ミチルは頭を抱え込んで、一日中考え込むと思う。普段忍術何だと口にしていないで、もっと真面目に射撃訓練をしていればとか、イズナ位体を鍛えていればとか、後悔と絶望と焦燥に呑まれて、吐き気を覚える位に悩むんだ。

 

 恐らくミチルは、部員二人を危険に晒す事が出来ない。かと云って先生を見捨てる選択肢も取れない。だから折衝案を取る。

 忍術研究部はシャーレと敵対はしない、けれど味方もしない。そう口にすればイズナあたりが猛烈に反対するだろうけれど、勿論それは表向きの姿勢。

 忍者は忍者らしく、裏から動くものだと彼女は云う。シャーレが戦う為に必要な物資やアレコレを、秘密裏に流すんだ。そして、いざ先生が危なくなったらその脱出を支援し、匿う。つまり、最悪に備えるのが自分達の役割。

 そう決めて、イズナやツクヨを説得すると思う。先生に死んでほしくないというのは本当、けれど同時に二人を危ない場所に立たせたくないという想いも本物。その二つを同時にこなせる案を、彼女は必死に考えたのだ。イズナは渋々、ツクヨはそれが部長の決めた事ならと従ってくれると思う。

 そうしてミチルは内心で罪悪感を覚えながらも、裏からシャーレを支援する為に動き出すんだ。

 

 その後、もうどうしようもない位にシャーレが追い込まれて、「これ以上は危険」と判断したミチルが、イズナを断腸の思いで前線のかく乱に、ツクヨには退路の確保を任せ、自身は先生を脱出させる為に単身彼の元に向かい、脱出を促して欲しい。ただ、先生は小さく首を横に振って、ミチルに小さなメモリを手渡すんだ。「これを、この場所に届けて欲しい」と云って、地図情報も一緒に。それがあれば、或いは戦況を覆す事も出来るかも知れないと。ミチルは迷って、でも先生が云うのならば何かあるのかもしれないと考えて、「先生はどうするの!?」と叫ぶんだ。すると先生は、どこか茶化したような、或いはお道化た様に笑って、「大丈夫、私にはとっておきの忍術があるからね」って笑って欲しい。

 それを見たミチルが、生死の掛かった場所で、ついカッとなって、「忍術なんて、そんなのある訳ないじゃんッ!」って叫んで欲しい。自分が今まで大好きだったものが、いざ大切なこの時に何の役にも立たない事をまざまざと見せつけられて、それを先生が当てつけの様に口にするから、大好きなそれを自分自身で否定して欲しい。でも先生はそんなミチルを抱きしめて、「そんな事ない」と否定するんだ。

「前線で動いているイズナと一緒に脱出するから、私は大丈夫、そのメモリにはね、私の考えたとっておきの忍術が入っているんだ、いや、ある意味科学かな? それをそこに届けてくれたら、私の計画は完璧になる、大丈夫――私を信じて」

 

 目を見て真っ直ぐ、先生はそう口にする。微笑みすら浮かべた彼に、ミチルは迷うと思う。けれど最終的に先生の言葉を信じて、「絶対に、絶対だからね!? 信じているからッ!」とミチルは戦線を離脱するんだ。イズナに先生をお願いと、万感の想いを込めて託し、先生から預かったメモリーを手に駆け出すんだ。

 これがあれば、先生が助かる。先生が云ったんだ、大丈夫だって。これを届ければ、計画は完璧になるんだって。

 そう思いながら辿り着いた先には、誰も、何もなくて。もしかして地図が間違っていたんじゃとか、何か見落としたのかとか、自分が何か失敗したのかと、真っ青になりながら慌てて、地面を這ってまで先生の云う何かを見つけようとして。

 其処に、ボロボロに泣いたツクヨと、血に塗れ、能面の様な表情で涙を流すイズナが合流するんだ。

 

 最終的に生徒に犠牲者を出さないという意味で、先生の計画は完璧だよ。イズナやミチル、ツクヨがシャーレに残った最後の生徒だったんだ。だから彼女達が生き残れば、先生の勝ち。渡した地図の位置は、追撃部隊に捕捉されない安全圏の端、アロナが即興で割り出してくれたよ、良かったね。

 持たせたメモリには先生がミチルと一緒に考えた忍術と、ミレニアムのマイスター達と考えた、科学で再現できそうな忍術が沢山入っているぞ。良かったね、これで上忍への道が一歩近づいた! ミチルの自作忍術は役に立ちましたか? 今度はこんな事にならない様に、実用的で殺傷能力のある忍術考えようね。先生と一緒に考えた思い出の忍術で生徒のヘイローを壊すと思うと、何か胸がポカポカしてくるな、ミチル!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。