「――あぁ、これで良い」
薄暗く、何もかもが曖昧な空間。
赤く光るラインが暗がりのなかでぼんやりと浮かび上がり、白く発光する地面だけが確かな光源として機能している。
アトラ・ハシースの箱舟、その中枢となるナラム・シンの玉座にて、膝を突く大きな影があった。
部屋の中央に座すのは巨躯の異形――つい先程、サンクトゥムタワーの大会議室に出現し、空崎ヒナを連れ去った存在である。
彼はこの空間に戻ってより身動ぎ一つせず、沈黙を続けていた。
「漸く、漸く始まったのだ」
「我らの悲願、忘れられた神々の追放」
「世界全てを恐怖で塗りつぶし、無に帰す為のはじまりが」
「同時に、我らが
そんな彼を取り囲み、確かな高揚感を覗かせる口調で語りかけるは無名の司祭達。
ミトラの高帽、長衣であるアルバ、コープを身に纏い、ストラを首に巻き付けた彼等はこの薄暗く陰鬱として空間も合わさって、人間性を捨て去り主や教義の代理者として存在しているが如き威厳がある。
白く塗り潰され一切の個人性を排し役割や象徴を強調する無貌の面は、それぞれが中央にて膝をつく巨躯を見つめ口々に語りかける。
「あの者さえ消えれば、全ては我らが望み通りに巡るだろう」
「然り、眠りの中で全てを終えれば、奇跡を起こす暇さえ無く」
「世界に幕を下ろす者は、誰であろうと構わぬ」
その結末が破滅であるのならば、全ては些事。
手段、過程など問題ではない。
忘れられた神々に破滅を齎せるのであれば――それが全て。
その為の一切の障害は排除される。
そこには当然、
「かくして滅びは来たれり」
「さぁ箱の主よ、全てはお前の望みどおりに」
「その、【色彩の嚮導者】としての役割を」
周囲を取り囲む七つの影が一斉に異形を指差す。
司祭達の白く覆われた指先が、錆び付き薄汚れ、ただ鎮座する彼をただ一点に。
無貌の白面、その黒々とした眼孔の奥には、ただ張り付く様な憎悪だけが燻っていた。
「存分に果たせ――
それまでは死も、安息も、決して許される事はない。
背に積もる呪いの言葉、それだけを残し司祭達は虚空に溶け、掻き消えていく。
暗がりに響く声を聞き届けた巨躯――プレナパテスはただ膝元を見つめたまま沈黙を貫く。
その伽藍洞の瞳は、暗闇の中でもハッキリと輪郭を捉えていた。
彼の直ぐ傍には小さな影が一つ横たわっている。時折胸が上下し、その瞳は閉ざされたまま。司祭達から語り掛けられている最中でさえ、プレナパテスが視線を外す事は無かった。
彼の傍に横たわっているのは、空崎ヒナ。
プレナパテスからすれば随分と懐かしく、遠い記憶の向こう側から、そのまま思い出をくり抜いて来た様な姿の少女だった。様々な部分が変質してしまった様に思う、けれど変わらない部分も同様に存在する。
プレナパテスはただじっと、静かに寝息を立てるヒナを見守り続けていた。
「――報告」
何の前触れもなく、プレナパテスとヒナだけが存在する空間に声が響いた。
幼く、無機質で、抑揚のない声色だった。プレナパテスは暫くの間何ら反応を見せる事無く、ややあって小さく身動ぎし、声のした方向へとぎこちなく顔を向ける。
「襲撃対象が所持していた【秘儀】、及び【検証結果】の奪取に失敗しました」
暗がりの中、幽鬼の如く現れる人影。声の主は黒い制服に同様の外套、白い大きなリボンを身に付けた少女――A.R.O.N.A。
シッテムの箱、メインOSである彼女は愛用の銃傘を掴んだまま淡々と告げる。襲撃先とはゲマトリアの拠点の事、どうやら自身と同時期に降りた【彼女】が取り逃がしてしまったらしい。
プレナパテスはA.R.O.N.Aを一瞥した後、ゆっくりと視線を眠るヒナへと戻す。だが言葉を発せずとも意志は通じていた。
A.R.O.N.Aはじっとプレナパテスを注視したまま、小さく頷きを返す。
「指示を確認、計画を第二段階に移行、その場合守護者の補填は――」
重ねて問いかけるA.R.O.N.Aに対しプレナパテスは徐に自身の懐へと掌を差し込んだ。取り出される罅割れ、所々変色したシッテムの箱、弾痕の残るそれは時折ノイズを発するも使用に支障はなく。
A.R.O.N.Aはその動作だけで全てを察する。
「……了解」
目を閉じ、彼女は粛々と役目を果たす。
プレナパテスは左手でシッテムの箱を掴んだまま、残った右手で昏々と眠るヒナの頬を撫でつける。薄汚れ、血が滲み、最早人の指とは思えぬ程に変質した彼の指先は、白く柔らかなヒナの頬を優しくなぞった。
その所作には、確かに相手を慈しむ様な色が宿っている。
冷たく、昏く、錆び付いた鉄仮面は何も齎さず、己の役割もまた同じ。最早感覚はなく、暖かさも、柔らかさも感じる事は無い。
ややあって、プレナパテスは地面に垂れた灰銀の襤褸布を揺らし立ち上がる。
そして手にしたシッテムの箱、その表面を何度か叩いた。画面の向こう側で、幾つかの数値が変動を始める。
「承認、各サンクトゥムを起動、アトラ・ハシース次元システムとの連結、及び演算機能の加速を確認しました」
彼の傍に寄り添う様にして、A.R.O.N.Aがそっと足を進めた。同時に空間全体が波打つように湾曲し、壁全体をなぞるように走る赤いラインが煌めく。
ゆっくりとプレナパテスが右手を掲げれば、其処に集う青白い光。
希望、未来、あらゆる可能性を肯定するソレは、しかし今や色褪せ、仄暗さを孕んだ光へと変色してしまった。
だがそれでも秘めた力だけは色褪せる事無く、善悪を問わない奇跡を可能とする。
いつか誰かの口にした、絶対者へと至れる根源。
周囲に巻き起こる風と衝撃、煌々と辺りを照らす光は軈て収束し、形作られるのは罅割れ、崩れかけた
プレナパテスは煌めき、崩れかけたカードを掲げ。
その只中で、A.R.O.N.Aは一切の感情を排し告げた。
「これより、
■
「っ、ぅ――……」
一瞬、意識が飛んでいた。
最初に到来したのは後頭部と背中の痛み、体全体に走る鈍痛、巡るそれを感じながらマコトは自身が冷たい床の上に転がっている事を自覚した。
唐突な揺れ、振動、最早天変地異の前触れかと思う程に強烈なそれはマコトの身体を一瞬浮き上がらせ、そのまま姿勢を崩し床へと強く叩きつけたのだ。
何処かへと消えた帽子の存在すら忘れ、自身の頭部を撫でつける。痛みに顔を顰めながら目を開けば、直ぐ傍にイロハの顔があった。
一瞬、その近さに目を剥く、下手をすれば互いの鼻先が触れそうになる様な距離だった。一体何をしているのだと口にしようとして、その小さな体を精一杯使って圧し掛かる円型テーブルの一部を支えている事に気付いた。
自身を庇っているのだと、そう理解するのに一拍の間を要す。
「イロハ、お前」
「……無事ですか、マコト先輩?」
飽きれ半分、痛み半分、という所か――だが同時に安堵の色も感じ取れる。
視界に映るイロハのぎこちない表情の動きに、マコトは一瞬言葉を詰まらせた。
しかし、此処で動揺するのはらしくない。マコトは意図して普段のような高慢で、余裕と自信に満ちた笑みを浮かべると、歯を剥き出しにして笑った。
「――キキッ! お陰様でな、精々埃がついた程度だ」
「それは、何よりです」
軽口を叩き、イロハは一息に上体を起こす。同時に圧し掛かっていたテーブルが床に転がり、イロハは痛みを誤魔化す様に肩を軽く揉み解し息を整えた。
「アコ行政官!」
「っ?」
耳に届いた声。声の先へと視線を向ければ、アコが床に倒れている。仰向けに転がり、四肢は動く様子を見せない。そこにセナが駆け寄り、彼女の上に重なっていた幾つかの椅子と残骸を押し退け、直ぐに彼女の容態を確認し始めた。イロハもまた背中の鈍痛に顔を顰めながら、セナの元へと歩み寄る。
「何処か、怪我を?」
「分かりませんが、恐らくは……」
アコの前髪を払い、軽く頬に触れながら感触を探るセナ。アコの表情は苦悶に歪み、それが痛みによるものなのか、それともつい先程の出来事によるものなのかは分からなかった。しかし、呼吸はあった。丁寧に指を動かすセナは真剣な面持ちで言葉を紡いだ。
「気を失っています、転倒した際に頭を強く打ったのかもしれません」
「……ある意味、幸運だったのかもしれませんね」
誰にも聞こえないように、イロハはそっと呟きを漏らす。
少なくとも、目の前で大切な風紀委員長を攫われた直後の事だ。精神を大きく削られ、揺さぶられた事に変わりはない。精神的な負担が極限に達していた今、意識を失う事で一時的にでもその圧迫感から逃れられたのなら、それは正に不幸中の幸いというものだろう。少なくとも、イロハにとってはそう思えた。
周囲を見渡すと部屋全体が薄暗く、照明の光が大きく損なわれている。電力供給に支障をきたしているのか、開いた両開きの扉、廊下側からは非常灯が頼りなく差し込んでいた。
「今の揺れは、一体――」
「セイア様、お怪我は?」
「……あぁ、助かったよ」
地面に屈み込んだセイアとナギサ、二人は互いに抱き合いながら声の主に視線を向ける。座り込んだ二人を守る様に、ミネ団長が油断なく盾を構えていた。周辺には飛来した硝子片や残骸が散らばっている。
構えた盾表面に降り積もった硝子片、天井より落下してきた破片等を軽く払い退けるミネの仕草に、セイアはそっと安堵の吐息を漏らす。
会談の場に愛用の盾を持ち込む彼女の勤勉さ、そして自身の信念に対する忠実さに、今は感謝したい気分であった。
その直ぐ後ろにはサクラコとセリナも地面に座り込んでおり、何方とも怪我らしい怪我はなく。
トリニティ全員の無事を確かめたセイアの視線がふと、隣合うナギサの手元へと注がれた。
「ナギサ、指先から出血が――」
「……問題ありません、割れたティーカップの破片で少し切った程度ですから」
ナギサは自身の指先を握り締め、緩く首を振る。部屋の惨状から考えれば、余りにも些細な負傷であった。
「ユウカ、ノア、無事かしら?」
「此方は大丈夫です、ユウカちゃんの方は――」
「わ、私も平気よ!」
リオは傍に転がっていた椅子に手を掛け、周囲を伺いながら恐る恐る立ち上がる。傍に居たユウカとノアもまたテーブルを押し退け無事を示す。両者共に唐突な揺れに翻弄された様子だったが、幸い怪我をした様子は見受けられない。
「ヒマリ、エイミ」
「……少し驚きましたが、怪我はありません、転倒も免れましたし」
「うん、ちゃんと私が抑えていたから平気」
「えぇ、ありがとうございました、エイミ」
続けてリオが視線を向ければ、エイミとヒマリもまた問題なく返答を寄越す。幸い壁際であったエイミがヒマリの車椅子を掴み、そのまま扉を掴んで転倒する事無くバランスを維持していた。驚異的な体幹、高い情報処理能力を持っているが故に忘れがちだが、単独でエリドゥに潜入する事も可能な程度には身体能力の高いエイミである。
ヒマリの感謝に無言で親指を立てる彼女は、そのまま近くに散乱していた硝子片や残骸を足先で押し退け、ヒマリの移動する空間を作った。
「セリナ、救護装備一式を此処に」
「は、はい!」
「負傷した方は此方へ、手当をします!」
「それなら、私にも協力させて下さい」
セリナとミネが会議室内の負傷した生徒達に呼びかけ、其処にアコの処置を済ませたセナも加わった。救護騎士団と救急医学部、共に万が一の備えを怠らないプロフェッショナルである。ミネの場合は戦闘に発展する事が多い為、弾薬や盾等の装備を重視し医療品は小型のポーチに幾つか詰め込んである程度であるが、セナとセリナの両名は両腕で抱える大きさの
「り、リン先輩、額から血が……!」
「問題ありません、多少ぶつけた程度です」
額に滲んだ血を拭い、リンは詰めていた息を吐き出す。出血はしているが大事ない、表面を僅かに切っただけだ。痛みもそれ程ではなく、寧ろ長時間の揺れによる影響の方が大きかった。
そんなリンの下に差し出されるガーゼ、顔を上げればセリナが救護バッグを抱えたまま此方を心配そうに見つめていた。
「念の為消毒とガーゼを、少しの傷でも見逃せません、硝子で切った訳ではありませんよね?」
「えぇ、転倒した拍子にぶつけただけですので……ありがとうございます」
差し出された厚意を無碍には出来ない。簡単な消毒と、それからガーゼの貼り付け。処置自体はものの一分程度で済んだ。その間にも、ふと直ぐ傍のテーブル下から這い出て来る影がある。
「あいたたっ……」
「モモカ」
自身の腰を撫でつけながらゆっくりと立ち上がる影の正体はモモカだった。彼女は自身を見下ろすリンとアユムを見つけると、安堵した様に脱力する。
「怪我は?」
「あぁ、いや大丈夫、揺れた拍子に吃驚して転んで、お尻打っちゃってさ」
「……その程度であれば、問題ありませんね」
こんな状況でも変わらない彼女の口調に、リンは幾分か緊張が解れるのを自覚した。兎も角、部屋の中に居た全員の無事を確認出来た。その事にリンは内心で胸を撫でおろす。
「窓際には近づかないで下さい、強固な造りとはなっていますが万が一もあります、割れてしまえば強風が吹き込みますから、この高さから落下すれば流石に無事では済みません」
「……寧ろ、先程の揺れで硝子に罅が入る程度で済んでいる事に驚きますね」
リンの言葉に、壁際に立っていたサクラコは感心とも驚嘆とも取れる声を発した。大会議室のカーテンウォールは先程の揺れで罅割れ、一部は完全に白く濁ってしまっているが、それでも全損には至っていない。流石はサンクトゥムタワーと云うべきか、オーパーツは伊達ではないという事だろう。
しかし、だからと云って無傷という訳でもない。ちらりと天井を見上げたリンは、その眉間に皺を寄せ呟く。
「……防災シャッターが降りていません、硝子の破損を検知して自動降下する筈ですが」
「えっと、さっきの揺れでセンサーが故障したとか?」
「可能性は、確かにありますが」
モモカの言葉にリンは思案する素振りを見せる。危険はあったがシャッターが降下する上部を確かめる為、慎重にカーテンウォールへと足を進めるリン。天井を見上げる彼女の視界に、ふと辛うじて破損を免れた硝子の一部が見えた。
罅の入った硝子は白く濁り、向こう側を覗く事は叶わないが、破損を免れた一部からは外の様子を伺う事が出来る。リンがそれとなく首を擡げ、街の様子を確認しようと背伸びをすれば、硝子越しに見える空が赤く染まっている事に気付いた。
「っ、空が赤い……?」
夕焼け、等という美しいものではない。禍々しい赤が世界を覆い隠し、D.U.全域を覆い隠している様に見えた。否、恐らくD.U.だけではない。眼鏡を押し上げ目を凝らせば、少し遠目に巨大な塔が打ち立てられているのが分かった。
良く観察する事は出来ないが、規模で云えばサンクトゥムタワーに比肩し得るのではないだろうか? そんな代物が唐突に現れ、街の直ぐ傍に打ち立てられている。
――あれは一体?
一体あの塔は何なのか、先程の揺れはあの塔が出現した事が原因なのか、だとしても何故空が赤く染まっているのか、街はどうなっているのか、他の自治区は――不明な点は幾つもある。様々な思考を巡らせるリンの背後から、焦燥感を滲ませたアユムの声が響いた。
「り、リン先輩、私達はどうすれば――?」
「……人命救助を最優先に、先程の揺れでエレベーターは全て停止している筈ですから、非常階段を使ってアユムは防災センターに現状の確認を、私達はこの階に他の生徒が居ないか見て回ります」
リンの声色は状況に反し、非常に落ち着いていた。
濁流の如く迫り来る感情と情報の津波を押し殺し、飲み下す。自身の眉間を軽く揉み解しながら気持ちを切り替え、改めて室内の様子を伺う。散乱したテーブル、椅子、破損した蛍光灯、飛び散る硝子片、強張り、緊張した生徒達の気配。状況の深刻さを把握するには十分だ。
今は兎に角、悩むよりも動かなければならない。
「並行してタワー内部に破損が無いかも確認を、近く防災センターより放送があると思いますが、パニックになって非常階段に人が集中する状況は避けねばなりません、ましてや階下で待機していた各自治区代表の護衛団体が駆け上って来るのは時間の問題でしょう、無論必要があればサンクトゥムタワーより退避します、まずはその準備を」
「わ、分かりましたっ!」
リンから放たれた指示にアユムは背筋を正すと、緊張と決意の入り混じった表情で頷きを返す。具体的な指示があると、混乱状態でも人は動きやすい。そのまま扉を潜って廊下へと駆け出しアユムの背を見送り、リンは唇を一文字に結ぶ。
「そ、それより先生は……先生の居る病院は、大丈夫なの?」
ふと、ユウカが破損した硝子越しに外を見つめながらその様な事を口走った。その一言に会議室の空気が張り詰めるのが分かる。
全員の視線が硝子の向こう側へと向けられ、隠しきれない緊張を孕んだ。
特にリンからすれば赤く染まった空の異様さと、此処からでも分かる街の混乱は不安を湧き上がらせるには十分な光景であった。
――この状況、先生のいる総合病院はどうなっているのか。
「モモカ、総合病院の被害は分かりますか?」
「ちょ、ちょっと待って、今連絡を取るから」
投げかけられた問い掛けに、モモカは慌ててポケットから端末を取り出し表面をタップする。生徒達の視線がモモカに集中するのが嫌でも分かった。シャーレの先生、その安否はこの場に居る全員の懸念点である。そうでなければそもそも、この場に足を踏み入れる事さえしなかっただろう。
「あ、あれ……?」
数度指先を動かした後、困惑の滲んだ声がモモカの唇より漏れた。画面は点灯している、動作も正常だった、しかし彼女の表情に影が差す。
「モモカ?」
「なんか、今の衝撃で端末が壊れちゃったかも、全然通信が繋がらなくて――」
「……!」
呟かれた言葉に、リンもまた自身の端末を取り出して確認してみるものの、彼女の云う通り通信が繋がらない。
「こっちも駄目です、繋がりません」
「なにこれ、どうなっているの?」
「通信機器が、軒並み……?」
他の生徒達も同様に端末を確認してみるが、結果は変わらず。互いに視線を合わせ、緩く首を振った。ヒマリお手製の車椅子もまた、外部通信機能の一切が沈黙している。この場に居る生徒全員の端末が機能していない、あらゆる通信が絶たれている。
「まさか」
ハッとした表情でリンが周囲を見渡した。破損した硝子、降りない防災シャッター、廊下の非常灯。壁に取り付けられた大型モニターも暗転し、接続されたスピーカーはノイズ一つ流さない。
表面的なものばかりに気を取られていたが、事態はもっと深刻である可能性が高かった。
「サンクトゥムタワーの
リンの呟きは、重々しい響きを伴っていた。
D.U.内部の通信の一手を担っているサンクトゥムタワー。此処がD.U.中枢の通信を担う要である以上、その機能停止は極めて深刻な意味を持つ。そして、もしそれが通信網の遮断のみに留まらず、広範囲に至っているのであれば――状況は連邦生徒会長が失踪した直後に逆戻りするに等しい。
「っ、埒が明かないわ! こうなったら直接病院に――」
「ユウカ、落ち着きなさい」
通信が繋がらない以上、この場で先生の安否は分からない。湧き上がる不安に駆られたユウカは散乱していた椅子を跳ね退け、そのまま廊下へと駆け出そうとする。しかし、その肩を掴む手があった。前傾姿勢になっていた彼女の上体を引き戻し、その瞳が背後の人物を捉える。
「会長……っ!」
「今は兎に角、此方の状況把握に努めるべきよ――幸か不幸か、此処には三大校のトップが集まっているのだから」
ユウカを押しとどめたのはリオ。彼女は部屋の中に集う各校のトップを一瞥しながら、決して揺らがない冷静さを以て彼女を窘める。その語調には自信と裏打ちされた情報があった。
「先生のいる総合病院には護衛も医療設備も揃っている、仮に停電が起きたとしても非常用電源で七十二時間は連続運転が可能な筈よ、向こうの設備には一通り私も目を通したから、最悪の事態が起きる可能性は限りなく低い」
「……あぁ、そうだね、彼女の云う通りだ」
冷静に紡がれたリオの意見に、そっと言葉を重ねたのはセイア。彼女もまた罅割れ、濁り切った硝子越しに外を見つめながら言葉を続ける。彼女の視界には街も、空も映っていない筈だった、しかしセイアは目に見えない何かを注視する様に微動だにしない。
「付け加えると、あの病院には私達の友人も滞在している」
声の奥に、確かな信頼が滲む。ややあってリオやユウカへと視線を移したセイアは、力強く頷きながら云った。
「彼女なら、どんな状態であっても先生を守ってくれる筈だ」
「その友人というのは?」
車椅子に背を預けながら、ヒマリは少しだけ興味深そうに問いかける。
セイアは一瞬口を噤むと、その視線を隣り合うナギサへと向けた。愛用の椅子に腰掛けセリナより指先の切傷、その処置を受けていた彼女はセイアの意図を察し、努めて普段通りを装い、口を開いた。
「ティーパーティーが一翼、パテル分派首長――聖園ミカさんです」