ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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ちょっと遅れましたが十分程度は誤差ですわ~!


入り乱れる命の形(それぞれの形)

 

「っ、皆、無事!?」

「は、はい、何とか……!」

 

 D.U.総合病院。

 その日、病院内に居合わせていた生徒達は、突然の揺れと衝撃にパニックに陥っていた。数秒間に渡る強烈な振動、周囲から鳴り響く破砕音に悲鳴。凡そ体験した事の無い程に強いそれは、ロビー内の照明や観葉植物、案内板や窓硝子を悉く破壊、薙ぎ倒し、頭上から天井パネルが落下し床へと跳ねていた。

 それが漸く収まった時、ミカは自分と同じように身を屈め、床に伏せていたパテルの傍付きに対し声をけながら一人一人肉眼で無事を確認する。

 院内を見渡せば周辺の硝子は全損、スタンドや一部照明等も破損し、床に破片や残骸が散らばっている。加えて停電が発生しているのか、内部は薄暗く、ややあって数秒後に非常灯が点灯した。

 それらを見上げていると、入り口付近のロータリーで待機していたパテルの生徒達が粉砕された自動ドアを潜り、慌てて駆けて来るのが見えた。

 ミカは自身のスカートを軽く払いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 

「ミカ様、御無事で……!?」

「あはは、私は頑丈だからこの位は全然平気だよ――寧ろ、そっちに怪我人とかは出てない?」

「はい、幸い危険のある場所に立っていた者は居ませんでした、多少埃を被った生徒がいる程度で……!」

「そっか、良かった」

 

 胸を撫でおろし、ミカは一転し真剣な面持ちで周囲を伺う。一般の市民も多く利用する総合病院内部は、混乱と恐怖、そして災害時訓練を受けている者と、そうでない者の間に存在する温度差が混乱に拍車をかけていた。

 

「何、今の、もしかして地震……?」

「いや、それにしては大きすぎるでしょ、まるで隕石か何か墜ちて来たみたいな――」

「安全確認点呼急げ、設備点検もだ!」

「クソ、酷い有様じゃないか……! そこの看板退かして、通路確保!」

「怪我をした方は此方へ!」

「担架と車椅子、それとキットを……!」

 

 流石に院内というだけあって緊急時の対応が早い。市民が浮足立っている間に危険な硝子片を脇に避け、転倒等で怪我をした者の誘導も開始している。病棟への導線は崩れていないか、水道管や消火設備は破損していないか、少なくともロビーの床に水が広がっている事は無いし、ガスの匂いもしない。

 

「……ミカ様」

「ん、何?」

「その、空が――」

「空?」

 

 その様な事を声の飛び交うロビーの只中で考え込むミカは、ふとパテルの生徒に促され外へと視線を向ける。先程より随分薄暗く感じる世界、しかしそれは単なる陽の陰りであるとか、院内の照明が落ちた事によるものだと考えていた。

 しかし、現実は異なる。

 罅割れ、崩れ落ちた窓硝子から顔を覗かせ空を見上げた途端、彼女の瞳は丸く見開かれる。

 

「――赤い」

 

 赤い、赤い空だ。

 まるで世界全てを染め上げる様な赤は悍ましくすら感じる。同時に空へと立ち昇る複数の光、それはキヴォトスの彼方此方から立ち昇り、巨大なリングを形成するに至る。この光景、余りにも見覚えのある破壊の象徴、それは彼女にとって重要な意味を持つ。

 不意に、ロータリー側から乾いた銃声が数発轟いた。それに気付いた複数の生徒や市民が顔を上げ、不安に引き攣った表情で声を漏らす。

 

「……何今の、銃声?」

「誰だよ、こんな状況で――」

 

 こんな災害時にまさか喧嘩でも起きたのか、それとも火事場泥棒かと視線を向ければ、どうも様子が異なる。幾人かの生徒が後方へと銃声を響かせながら、必死の形相で病院のロビーへと駆け込んで来る所であった。彼女達は床へと転がり、空になった弾倉を投げ捨てながら叫ぶ。

 

「お、おい! 何か変な機械が襲って来る!」

「直ぐそこまで迫っていますよ!?」

「はっ?」

「変な機械って、何だよそれ――」

 

 唐突な報告に全員が疑問符を浮かべ、半信半疑といった様子で顔を顰める。だが、彼女達の言葉が全くの嘘ではない事は即座に証明された。

 ロータリーに放置されていた車両の一台が、急に金切り音を上げ始めたのだ。それに釣られて顔を向ければ、奇妙な触手の如き機械手がボンネットを貫き、その向こう側から球体の自律兵器が顔を覗かせた。

 中央に不気味な光を灯らせ、黒々としたケーブルを球体に巻き込み、その上に装甲を纏わせたようなデザイン。奇妙としか表現できない外観に、幾つもの主腕と副腕に分かれた駆動手、それらが蠢き地面や障害物を貫きながら機体を移動させる。

 前部中央に設置された四つのカメラが病院内に詰めかけた生徒達を捉え、その砲口が熱と光を収束させ辺りを照らし――即座に甲高い砲撃音が病院の敷地内に轟いた。

 

「うわっ!?」

 

 紫がかったエネルギー弾はロビーと外界を隔てる自動ドアの枠に着弾し、金属の拉げる音と硝子の飛び散る破砕音が響き渡る。

 ロビーに木霊する悲鳴、市民が床に這い蹲り頭を抱える姿。呆然と一部始終を見ていた生徒達が浮足立ち、件の自律兵器を指差し叫んだ。

 

「こ、攻撃してくるぞッ!?」

「何なの、アイツ……!」

「み、ミカ様、アレは!」

 

 ――守護者だ。

 

 ひと目で分かった、ミカはロータリーの奥から続々と現れる自律兵器を凝視しながら胸中で叫ぶ。

 赤く染まった空に、守護者の出現。

 遂に聖園ミカが恐れていた事態が起きた。

 全身が粟立ち、彼女の白く艶やかな翼がブワリと広がった。同時にその瞳が剣呑な色を放ち、強烈な敵意と憎悪を滾らせる。握り締めた拳が、ミシリと音を立てた。

 

「パテルの皆、集合ッ!」

「――っ!」

 

 手を掲げ、院内に響き渡る声量で以て叫ぶミカ。

 腹の底から放たれたそれは周辺に立っていたパテルの生徒全員に届き、彼女達は一切の動揺、焦燥、恐怖を彼女の叫びによって洗い流される。何よりも忠実に、素早く、聖園ミカの元へと駆け寄る生徒達。そして彼女の背後へ整然と並び立つと、振り返り、常より数倍重苦しい気配を纏うミカは、いっそ荘厳な気配さえ纏い告げた。

 

「あの自律兵器を叩く、敷地内に侵入した奴が居たら即刻破壊! 絶対に本館に入れちゃ駄目ッ! 何としても此処を死守する、分かった!?」

「りょ、了解!」

「ミカ様の指示に従います!」

「私達の全ては、ミカ様の為に!」

 

 彼女の指示を聞き届けたパテル分派は即座に動き出す。提げていた愛銃を手に取り、安全装置を弾く。

 

「私の銃!」

「はっ、此方に――!」

 

 同時にミカが無遠慮に腕を突き出せば、傍付きの生徒が丁寧に持ち運んでいた彼女の愛銃――Quis ut Deusを恭しく差し出した。その愛銃はいつ如何なる時も、どんな時であっても、ミカの為に活躍を約束する。それを手に取ったミカは、纏う気配がより一層力強く、途轍もない重圧を放ち始めた。

 一連のやり取りを眺めていた他の生徒達は困惑を隠せない。しかし、迫り来る自律兵器が友好的な存在ではない事は誰の目から見ても明らかだった。

 異変に次ぐ異変、しかしただ呆然と立ち竦むだけでは何も変わらない。

 

「な、何なんだよ突然!?」

「分からないけれど、撃って来るなら敵って事でしょ……!?」

「それなら、バリケードを作って正面入り口を封鎖しましょう!」

「椅子とテーブルを、早く!」

「わ、分かった……!」

 

 突然の攻撃、それに浮足立ち困惑する人々。しかし戦う事は出来なくとも身を守る為に動く事は出来る。生徒達に混じって一般市民、オートマタ、猫、姿形を問わず負傷者を除いた全員が動き出す。

 徐々に構築されて行く即席の防御陣地、自動ドアの前にテーブルやら椅子やら、落下した大型モニターやらを積み上げ即席の壁とする。その隙間から銃火器を持ち込んでいた者達が銃口を突き出し、反撃とばかりに引き金を絞った。

 鳴り響く銃声、空薬莢の弾む音。先程まで悲鳴と呻き声、怒号と指示の飛び交っていたロビーに忽ち戦場の音が混じる。

 そして、聖園ミカにとって最も重要な事――。

 

「先生――!」

 

 そう、先生だ。

 赤い空、自律兵器の出現、これらが重なった瞬間先生の身柄は一気に危ぶまれる。

 死守せよと号令したの自分だ、しかし当のミカは総合病院の防備で守護者の軍勢を押しとどめるのは難しい判断していた。

 恐らく撃退出来たとしても二度か、三度か、遅くとも数時間以内に突破されると予測出来る。そもそも院内には医療品が充実していたとしても弾丸や兵器の備蓄など存在しない、個人が持ち込んでいる武器弾薬等たかが知れているのだ。

 それらが尽きる前に、先生は必ず逃がさなければならない。

 

「ねぇ、ちょっと!」

「えっ、は、はい……!?」

 

 負傷者救護の為、忙しなく廊下を駆けていた一人のオートマタ職員を呼びとめる。ミカはオートマタの肩を強く握り締めると、剣呑な気配を身に纏ったまま詰め寄った。

 

「この病院の外に危険な自律兵器が大量に出現しているみたい、もう安全な場所じゃない、だから一刻も早くシャーレの先生を別の病院に移送出来るよう準備を進めて!」

「そ、それは……ですが私の一存で、その様な勝手――」

「良いから早く準備をしてッ!」

 

 堪らず、苛立ちと共に放たれた拳が直ぐ傍の壁を叩いた。瞬間鳴り響く轟音、表面を粉砕し、半ばまで埋まり込んだ拳はパラパラと破片を撒き散らし、蜘蛛の巣状の罅を刻む。拳の先が貫通し、直ぐ隣の部屋までぶち抜いている事は明らかであった。

 常識外の怪力、その気になればオートマタの顔面など容易く粉砕出来る。その光景を直視したオートマタは、顔面のディスプレイに泣き顔を投影しながら身震いする。恐怖で発声機能が上手く作動していなかった。故にもう一歩詰め寄り、ミカは額をディスプレイに擦り付ける勢いで怒鳴りつける。

 

「シャーレの先生はトリニティ自治区に移送する、これはティーパーティーとしての決定! 反対する奴が居たら、パテルの聖園ミカが相手をするって伝えてよ! どんな奴が来ても正面からぶっ飛ばしてあげるからッ! 分かったッ!?」

「は、はいっ!?」

 

 一方的に要求を叩き付け、そのままオートマタを突き飛ばす。すると床に転がった職員は慌てて立ち上がると、そのまま病棟内目掛けて駆けて行った。その背中を見送りながら、ミカは無言で愛銃の安全装置を弾き、直ぐ傍の割れた硝子越しに見えるタワーを睨みつける。

 

 あの遠目に見えるタワー、あれは確かにサンクトゥム(虚妄)――って事は、多分もう先生は連中に捕捉されている。

 

 胸中でミカは臍を嚙んだ。連中も、先生の居場所には気付いている。だからこの病院に戦力を集中させているのだろう。

 それを証明するように敵は攻め手を緩めず、守護者はまるで雪崩の如く病院内へ侵入しようと蠢いていた。

 

 ロビーの正面入り口は勿論、廊下側の窓や非常口も、慌てて封鎖に走っているが手も材料も弾薬も足りない。椅子を運んでいた生徒の一人が窓から侵入しようと主腕を伸ばす守護者に気付き、慌てて持っていた椅子を叩き付け、外へと押し込んだ。

 ロビーの彼方此方で、その様な光景が幾つも見られる。

 

「今は兎に角、先生を安全な場所へ移す時間を稼がないと……!」

 

 緊急時、トリニティに避難させる手筈は既に整っていた。ティーパーティーが万が一に備え、秘密裏に進めていたのだ。何らかの災害、戦闘、異変が起きた際、トリニティ自治区より総合病院へ直ぐヘリが飛んで来る筈だ。それまでの時間を、自分達で稼ぐ必要がある。

 

「っ!」

 

 ミカは近くの未だ補強されていない窓枠を飛び越え、近くに居た守護者を全力で蹴飛ばした。

 大気が震え、衝撃が轟音を打ち鳴らす。

 地面の砂利が僅かに浮き上がり、ミカの蹴撃を受けた守護者はそのまま背後にあった車両に衝突、車両諸共守護者は横転。二度、三度地面をけたたましい音と共に転がり、金属片を撒き散らしたまま一切の機能を停止した。

 ミカに蹴られた守護者は車両と衝突した衝撃で拉げ、半ば組み合わさる様に変形、外装はクッキリと靴跡が刻まれていた。

 ミカはその姿を一瞥して鼻を鳴らすと、目前に迫り来る何十もの守護者を睨みつけた。

 一体一体は大した脅威ではない、銃弾を撃ち込まずとも、素手で粉砕出来る。放たれる砲撃も、自分であれば直撃を許しても多少服が焦げる程度――百発撃ち込まれようと大した手傷も負うまい。

 そうと決まれば、ミカは前方へと緩慢な動作で歩き出す。

 

「み、ミカ様、何処へ!?」

「私は外で敵を惹きつけるから、皆は院内で籠城戦を続けて――大丈夫、知っていると思うけれど」

 

 窓枠の向こうから、パテル分派の生徒が心配げに声を投げかける。

 故にミカは振り返り、愛銃を肩に担ぎながら破顔し、ピースサインを送った。

 

「私、すっごく強いから」

 

 ■

 

「こ、これは一体……?」

 

 百鬼夜行連合学院、自治区郊外。

 その日もまた、人気のない街の外れで動画撮影という名の部活動に励んでいた忍術研究部は唐突に発生した大きな揺れ、そして赤く染まった空に呆然と立ち尽くす。「今の地震、すっごく大きくなかった?」と口ずさみながら顔を上げれば、世界が一瞬の内に一変してしまっていたのだから、その衝撃は察して余りある。

 一体何が起こったのだと立ち竦む忍術研究部、ツクヨの背後に伸びる影が一つ。

 

「ツクヨ、後ろ!」

「っ!?」

 

 影にいち早く気付いたミチルが声を上げ、ツクヨが慌てて振り向いた時、そこには主腕を振り被る見慣れぬ自律兵器(守護者)の姿があった。咄嗟に愛銃へと手を伸ばすツクヨだが、虚を突かれ初動が遅れた。目前に迫る鋭い主腕、その先端は不気味な紫がかった光を放ち、既に振り被られている。

 間に合わないと悟ったツクヨは両腕を突き出し、身を竦めながら目を瞑る。

 しかし、予想した衝撃が来る事は無かった。

 

「させませんッ!」

 

 裂帛の気合を感じさせる声と風切り音。それがツクヨの直ぐ背後から放たれ、今まさにツクヨへと伸びていた自律兵器、その手腕へと影が命中した。

 投擲されたのは手裏剣、それは伸ばされた主腕を斬り飛ばし、その奥の外装へと突き刺さる。切断された主腕部が地面に跳ね、ツクヨは驚愕と安堵の色を滲ませながらイズナへと視線を向けた。

 

「い、イズナちゃん……!」

「ツクヨ殿、御無事で!?」

「捌け、地獄忍魔刀!」

 

 透かさずミチルが腰裏に差していた忍者刀を抜き放ち、もう一方の主腕を斬りつけ、間髪入れず愛銃を至近距離で連射。乾いた銃声と金属音、装甲の存在しない黒々としたコード部分に弾丸を何発も撃ち込み、主腕を失った自律兵器は堪える事も出来ず吹き飛び地面へと転がった。

 そのまま火花を散らし、幾つもある副腕を蠢かせながら沈黙――各所に点灯していた光が失われる。

 

「び、吃驚したなぁもう!?」

「こ、これは、機械、でしょうか……?」

「良く分かりませんが、一体何処から……」

 

 突然の襲撃に肝を冷やした三名であったが、地面に転がった自律兵器を取り囲みながら観察する。球体のフォルムに、まるでコードが絡まった様な内部機構。そこに外装を取り付け、印象としてはその多腕から蛸にも見える。こんな自律兵器は診た事もない、放つ光からも不気味な印象を受ける。

 それに、何故こんな機械が百鬼夜行に――。

 

「っ、部長! ツクヨ殿!」

 

 突然イズナが飛び退き、注意を促した。

 二人が慌てて顔を上げれば、周囲に自律兵器が次々と現れていた。

 ちょっとした茂みの中から、並んでいた街路樹の上より、建物の屋根の上から、路地裏から、はたまた側溝の中から――まるで害虫の如く湧き出るそれらを前に、全員が後退りながら武器を構え、ミチルは堪らず街の中心部を見ながら叫ぶ。

 

「な、なに、何なの!? 映画の撮影か何か!?」

「ち、違います! そういう雰囲気では、ありません……!」

「な、なら! これは流石に、数も多いし人の居る方へ逃げるべきじゃない!? 街の中なら助けてくれる人がいるかも……!」

「で、でも部長、街の方でも、既に戦闘が起きているみたいです……! 遠目でしたが、ひ、避難している方々の姿も――!」

「なら時間を稼ぎましょう! イズナ達が此処で迎え撃って敵を惹きつければ……!」

「うぇっ!? いやいや、本気なのイズナ!?」

「ぶ、部長! 街の皆さんが逃げる時間は、必要です……!」

 

 振り向き、愛銃を構えながら力強い瞳で以て此方を見つめて来る両名。其処に僅かな逡巡も、躊躇いも存在しない。人気のない郊外での戦闘である、派手な爆発を起こした所で誰も気にしない(忍術動画撮影に最適の)環境というのが仇となった。正しく無辜の市民にとっては幸運であり、ミチルにとっては不運であった。

 確かに二人の云っている事は正しい、戦えない人々が街に存在する以上、幾分かの時間を稼ぐ事は人々の助けとなるだろう。

 しかし、その為に二人を危険に晒すなどと――。

 

「部長……!」

「部長っ!」

「く、くぅ! 私達、ただ今週の動画を撮ろうとしていただけなのにぃ……!」

 

 何でこんなタイミングで、こんな訳の分からない事が起こるのかと身を縮こまらせるミチルの耳に、イズナとツクヨの勇気と力強さに満ちた声が届いた。

 二人の意志は固まっている、ならば後は自分の意向ひとつ。

 そしてこうなった時点で、ミチルが口に出来る事など限られているのだ。

 それをミチルは、良く理解していた。

 故に彼女は片手に愛銃――ミチル流オーバーフローショットガンを握り締め、もう片手に幾つもの弾薬(シェル)を摘まみながら、半ばヤケクソ気味に叫んだ。

 

「だぁあ! やってやるぅッ! 忍術研究部出動ぉ~ッ!」

「おーッ!」

 

 ミチルの合図と共に三名の忍者が一斉に駆け出し、本来静寂に包まれていた百鬼夜行の郊外は、忽ち爆発音と銃声が轟き始めた。

 

 ■

 

「通信状況はどうだ?」

 

 ヴァルキューレ警察学校、公安局事務所。

 普段は整理整頓されている事務局内部、しかし今や床には書類やらパソコンのモニタやらファイルが散乱し、それを他所に慌ただしく彼方此方を駆け巡る公安の生徒達が目立つ。散らばった蛍光灯の硝子片を足先で払うカンナは、努めて冷静な口調で問いかけた。

 デスクで携帯端末とデスクトップPC、両方を使って通信を試みていた数名の生徒は緩く首を振る。

 

「駄目です、各支部との連絡が付きません、KCIC(Kivotos Crime Information Center)も同様に接続できず……!」

「被害情報、交通障害、ライフラインの損壊状況、実際に情報を聞き取ろうにも混乱した住民が窓口に殺到してパンク状態、肝心の連邦生徒会との連絡も取れず、このままでは――」

「分かった、一先ず避難誘導を優先しろ、平行して被害確認、道路の状況を確認、周辺の要救助者の捜索、生活安全局、警備局と連携して事に当たるぞ、動ける者全員だ、それと総合病院に使いを出せ」

「は、はい!」

連邦生徒会(サンクトゥムタワー)には私が直接出向く、副局長が戻ってきたら伝えろ」

「分かりました、お気をつけて!」

「お前達もな」

 

 告げ、カンナは椅子に掛けていた外套を羽織ると公安局事務所を後にする。

 この状況、市民対応を行いながら同時に上の指示も仰がなければならない。この場合上というのは連邦生徒会だ。統括室の代行、或いは行政委員会の防衛室代理室長と直接顔を合わせる必要がある。

 通信が繋がらないのなら、自分の足を使う他ない。

 

「―――」

 

 外へと繰り出したカンナは、硝子片の飛び散った扉を押し開け思わず足を止めた。

 事務所周辺も中々酷いもので、公道は倒壊した建物や街灯が横たわり、乗り捨てられた車両が遠目にも見える。近くにヴァルキューレの支部がある区域は良いだろう、避難先が明確なのだから。しかし、そうでない場所の混乱は察して余りある。

 

「この様子だと、車両は使えないな」

 

 事務所脇の道路状況を一瞥しながら、カンナはそっと溜息を吐く。路面の隆起、陥没、橋やトンネルの通行封鎖、同時に信号機の停止と市民の混乱、これでは碌に車を走らせる隙間もない。

 文字通り自分の足で連邦生徒会に走るしかないだろう、そのように考えた所で。

 

「か、カンナ局長!」

「……!」

 

 自分の名を呼び、丁度歩道橋より駆けて来る影が二つ。その見慣れたシルエットに、カンナはそっと吐息を零しながら駆け出そうとした足を緩めた。

 

「キリノとフブキか」

「はいっ! 偶然近くを通りかかって――あ、あの、先程の揺れと、この空は一体……?」

「不明だ」

 

 ハッキリと、カンナは自分達が一切の情報を持ち得ていない事を明かした。二人の表情からも不安の色が伺える、道中で惨憺たる街の様子を見て来たのだろう。避難誘導で此方に市民を誘導して来たのか、或いは救助活動を行って来たばかりなのか、キリノとフブキの指先は土埃に塗れていた。

 

「公安局としても状況が把握出来ていない、自然災害なのか、それとも人為的なテロなのか、それすらも判断できない状態だ」

「いやいや、あんな大きな地震を起こした上で、こんな空を真っ赤にする大規模テロって、ちょっと想像つかないんだけれど……?」

「フッ、あぁそうだな、その通りだ」

 

 自分で口にしておきながら、カンナはフブキの言葉に一も二もなく同意した。キヴォトス全域を揺るがす様な揺れもそうだが、空を赤く染め上げる等と。

 しかし、万が一これがテロの類だとすれば、この騒動を引き起こした人物、或いは何かが碌な事を企んでいない事は確かだと思った。現時点でも少なくない被害が出ている、加えて広範囲に自律兵器による無差別攻撃まで起こっているという報告まで上がっていた。ヴァルキューレへと避難して来た市民の大多数が、その様な証言を行ったのだ。

 情報は足りず、分析も碌に出来ていない、しかし今は兎に角動かなければならない。カンナはその様に考え、フブキとキリノを見つめながら口を開く。

 

「兎に角、通信障害が起きている上、道路はこの惨状だ、私は自分の足で連邦生徒会に出向く、お前達も生活安全局として住民の保護と通行確保、避難誘導を進めろ、既に遭遇したかもしれんが未確認の自律兵器が暴れ回っているという情報もある――十分に注意しろ」

「りょ、了解!」

「……まぁ、流石にこんな状況じゃサボっていられないよねぇ」

 

 ■

 

「現在、キヴォトス全域にて大規模な通信障害が発生しております! 各学園から避難指示が出てもおかしくない状況ですが……!」

「あの宙より飛来した正体不明の黒いタワーに関しては、現在何の情報も入っておらず、D.U.に落下したタワーに接近した複数の生徒からの証言によると、吐き気や倦怠感等の症状が――」

「また、各所には正体不明の自律兵器が現れたとの事です! この自律兵器は無差別に攻撃を繰り返しており……!」

 

 D.U.中心部、未だ人の逃げ惑うスクランブル交差点にて。

 倒れた街灯、罅割れノイズの走る大型ビジョン、垂れ下がり火花を散らすデジタルサイネージ、折れ曲がった標識に破損した信号。人々の悲鳴と怒号、助けを呼ぶ声に爆発音、銃声、それらの只中でクロノススクールの報道部であるシノン、マイ、そして少数のクルー達は方々にカメラを向け報道を続けていた。

 彼女達の背後には迫り来る脅威から逃れようと、次々と走り去る市民たちの姿が映っている。

 そんな報道部の下に、同じクロノススクールの制服を着込んだ生徒が息も絶え絶えになりながら駆け寄り、一枚の用紙を差し出す。それを受け取ったマイは即座に中身を検め、それからそっとマイクを握るシノンへと手渡した。

 

「あっ、は、はい!? 今しがた連邦生徒会に向かっていた部員より情報が、声明が発表された様です! えぇっと、今読み上げます! 各自治区の生徒は黒い塔の近辺に決して近寄らず、直ぐに避難して下さい!」

「繰り返します、生徒の皆さんは黒い塔に決して近寄らず、直ぐに避難を――!」

 

 そこまで口にして、シノンの背後にあった巨大ビジョン、そのモニタが落下し轟音を立てながら硝子片を飛び散らせた。シノンが思わず身を竦め、マイクを抱きかかえながらポニーテールを揺らし悪態を吐く。

 

「って、ネットも繋がってないのに、これ撮る必要あります!?」

「いつ回線が復活するかも分からないから、重要でしょ、シノンちゃん!?」

「いや、それはそうかもしれませんが――ッ!?」

「うわっ、例の自律兵器がこっちに来た!?」

「退避、退避~っ!」

 

 ■

 

【第■サンクトゥム D.U.旧雲掛け通り】

 

「――この感じ、私が一番乗りかな」

 

 突き立てられたサンクトゥムの麓、出来上がった巨大なクレーターより這いあがった小さな影は赤い空の元を悠々と歩き、微かな疲労感に吐息を零す。

 自身の呼び出された場所はサンクトゥムの目と鼻の先で、生まれたクレーターから街の方へと這い上がるのに随分と時間を要した。一歩一歩地面を踏み締め、漸くクレーターの縁へと立った彼女は感嘆とも取れる声を漏らし、胸を張る。肩に下げた愛銃は彼女の呼吸と同じリズムで弾み、その両目が不気味な赤に照らされた街並みを捉えた。

 

「此処ってD.U.? うわ、懐かしい~!」

 

 結構あちこち吹き飛んじゃったみたいだけれど、あの頃よりはずっと綺麗だし、建物も残っているじゃん! 

 

 その様に叫びながら、彼女は二色の混じった長髪を靡かせ暫くの間D.U.の街並みを堪能していた。彼女の瞳はらしくもなく爛々と輝き、風で帽子を飛ばされないようにしながら、ただじっとその場で佇み続ける。

 投下されたサンクトゥムの質量は膨大である、その落下によって生まれたクレーターはちょっとした街を丸々吹き飛ばし、消滅させ、周辺の建築物や地形にも甚大な損害を齎していた。

 しかし、それでも彼女の知るD.U.と比べれば随分マシに見えた。今は多少散らかっていても、きちんと生活の名残は見えるし廃墟と呼べる程退廃もしていない。ちゃんと人が住んでいると分かる街が、建物が、痕跡がある――それだけで彼女にとっては素晴らしい事の様に思えて仕方なかった。

 すると自然、彼女の目元は緩み、何か熱いものが込み上げて来る。

 この街で人々が生活しているのだと、自分の知る人々が生きているのだと思うと、どうしようもなく。

 

「あ~、はは、ホント懐かしい、この辺、歩き回ったよね……先生とかと、一緒に、あはは、は」

 

 

 ――ずるいなぁ。

 

 

 鳴り響く轟音、各地から聞こえる悲鳴、爆発音、銃声。

 それらを感じながら彼女は呟き、項垂れながら徐に目元を拭う。

 嘗て少しだけ丈の余っていた制服も、今や少し短いと思える程に成長した。

 別に悲しくて泣いているのではないと、彼女は胸中で自身に云い聞かせた。勿論、嬉しくて泣いている訳でも――これはただ、ちょっと、悔しかっただけだ。

 

 ――守護者達が向こうに殺到しているという事は、あちら側に【先生】が居るのだろうか?

 

 少し滲んだ視界で街を注視すれば、クレーターの中から次々と這い出る守護者たちが公道を這って進んでいくのが分かる。このサンクトゥムもまた、守護者を世界に送り込むための入り口、その一つなのだろう。

 そのルートを視線で辿れば、この近辺の守護者はある一定の方向へと集中している事が分かった。

 此方の狙いは明白、つまりこの道の先に彼が居るという事になる。

 

「――先生」

 

 小さく、先生の名を呼んだ。

 サンクトゥムの放つ駆動音と、周囲に吹きすさぶ風によって、それは簡単に掻き消えた。

 脳裏に嘗ての先生、その笑顔が浮かぶ。

 彼女はクレーターの縁に立ったまま、何かに導かれるように一歩を踏み出そうとして――唐突にその足を止めた。

 

「……うん、分かっているよ、大丈夫、勝手に此処から動いたりしないって」

 

 誰に云う訳でもない、彼女は赤く染まった虚空を見上げながら苦笑を浮かべ、悲しそうに口を開いた。そのまま肩に提げた愛銃を抱きかかえ、地面の上に腰掛ける。盛り上がったクレーターの縁に座り込み、両足を投げ出した彼女は荒れ果て、現在進行形で崩壊していく世界()を見守りながら呟いた。

 

「この辺りだと、管轄は古巣かな……まぁ、何でも良いけれど」

 

 自分に出来る事は限られている。その役割も、すべき事も、全部、全部理解していた。

 だから彼女は待ち続ける、この世界の自分が、或いは他の生徒達が、世界の危機に立ち向かい、自身という困難(守護者)と対峙する瞬間を。

 

「早く来なよ」

 

 その罅割れたヘイローを煌めかせ、一分一秒を噛み締める様に。

 薄らと、悲し気な微笑みを湛えたまま。

 

「――局長」

 

 私は、此処だよ。

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