サンクトゥムタワー、
危機管理室としての側面も持ち合わせるその場所は、壁に取り付けられた複数の大型モニタ、同時にコンソール上部に取り付けられた大型ワイドモニタが青白い光を放っている。忙しなく動き回る行政官の殆どは、外部モニタから得られる情報の収集に勤しんでおり、サンクトゥムタワー周辺に取り付けられたカメラより街の様子を頻りに確認していた。
「だ、駄目です、やはり通信が繋がりません……!」
その片隅で各自治区、及び連邦生徒会事務局との連絡を試みていたアユムは力ない様子で首を振った。
背後からワイドモニタを睨みつける首席行政官、及び連邦生徒会長代行であるリンは強張った表情のまま口を開く。
「やはり、繋がりませんか……」
「幸いサンクトゥムタワーそのものに倒壊の危険はないと報告が出ています、しかし詳細不明の建造物による影響か、サンクトゥムタワーの一部機能が停止していて……」
「うーん、やっぱり停止した機能の中に行政関連の権限も含まれているみたい」
アユムと同様に、隣り合ってサンクトゥムタワーの現状を分析していたモモカは表示される情報を即座に切り替えながら唇を尖らせる。愛用の菓子を持ち込んでいる訳でもなく、普段よりも心なしか真剣な面持ちでモニタと向き合う彼女は素早くコンソールを叩きながら視線を上下させていた。
「D.U.内外に通じる全ての通信が遮断されちゃっているって感じ? 制御塔にもつながらないし、そもそもの部分で主幹システムが動いていないっぽい、
「モモカ、その場合復旧にはどの程度時間が掛かりますか?」
リンがその様に問いかけると、モモカはこれ見よがしに肩を竦めると首を横に振って見せた。両手を肩程まで挙げる所作は、正にお手上げという事だろう。
「少なくとも
「独力での復旧は難しい、と」
「まぁそういう事、そもそもリン先輩も承知の上だろうけれど、サンクトゥムタワーって良くわかっていない部分が多いじゃん? タワーそのものがシャットダウンされる状況とか今まで一度も無かった筈でしょ? それこそ先生が来るまではちゃんと動いていたんだし」
「えぇ、少なくとも私が在任中にその様な事態は一度も」
答え、リンはそっと眼鏡を押し上げ眉間を揉み解す。曲がりなりにもサンクトゥムタワーは連邦生徒会長が失踪するまで、その機能を十全に果たしていた様に思う。
しかし残念ながら、七神リンは彼女の権限を部分的に受け継いだ代行に過ぎない。所詮は行政官なのだ、持ち得る知識には限界があった。
「で、ですが、幸い電力回りやサンクトゥムタワーを運用する上で副次的に取り付けられた設備等は稼働していますから」
「まぁ、じゃないと照明も点かないし、この部屋も真っ暗になっちゃう訳で――設備が使えるって云っても、この状況じゃ気休め程度だけれどねぇ」
「リン先輩、災害時の地下備蓄保管庫も無事ですし、ネットワーク回りは使えませんが、最低限避難所として市民の受け入れは可能かと……」
「――ですが、それでは指揮所としての機能は望めません」
アユムの言葉に、ゆっくりと目を見開いたリンは首を緩く振る。
今自分達に必要なのは、この混乱を収拾する為の拠点となる場所だ。殆どの機能を喪失したサンクトゥムタワーでは、その条件が満たせない。避難所としての機能は存在しても、元を断たねば被害は大きくなるばかりなのだから。
口に出さずとも、アユムとて理解している筈だった。故に彼女はコンソールに触れた指先を見下ろしながら力なく同意を示す。
「それは、そうなんですが……」
「サンクトゥムタワーの復旧が困難である以上、現状を把握し情報を分析するには、運用可能な代替拠点が必要です」
「って云っても、そんなモノ何処にあるのさ?」
放たれた言葉に、モモカは懐疑的な視線をリンに向けた。彼女の言葉がどれだけ困難で都合の良いものなのか理解しているからだ。
「このサンクトゥムタワーに近いレベルの拠点なんて、キヴォトスが如何に広いって云っても、早々見つかる訳――……」
「モモカ、先程この状況は生徒会長失踪直後と酷似していると云いましたね?」
しかし、リンは違う。
モモカの視線に対し、彼女はハッキリとした口調で以て答えて見せた。そこには何か、確信を持って話している様な気配があった。
「ならば外郭地区に一つ、心当たりがあります」
「が、外郭地区? 中央でもないそんな場所に一体……」
連邦生徒会の主要施設は全て中央に集中している。そこではない外郭地区に一体どんな設備があるというのか。
そこまで口にして、「あっ」と不意にモモカは呟きを漏らした。
自分は先程、これが連邦生徒会長の失踪した直後の状況と酷似していると云った。同時に思い出すのは、それを解決した人物と場所。
即ち。
「――連邦捜査部シャーレ?」
「その通りです」
あの場所なら、多少規模はスケールダウンするとは云えサンクトゥムタワーと同様の働きが期待出来る。
それは確かに、現状執り得る手立てとしては十分に実現可能な範囲に思えた。
何より直近のカイザーグループがそうしたように、シャーレに存在するクラフトチェンバーを経由すれば、サンクトゥムタワーに直接アクセスする事も可能となる。通信の復旧も、不可能ではない。
しかし――。
「で、でも、それなら尚更、先生の権限がないと……」
「分かっています」
アユムの言葉に、リンは力強く頷いて見せた。
何をするにしてもシャーレの先生、及び彼の持つシッテムの箱が必要になる。その事はリンとて十分に理解している。
問題は、その先生が未だ目覚めず、総合病院との連絡も取れない事だが――。
「総合病院には人を走らせています、取り敢えず今は生き残った機能を使って可能な限り情報収集を続けて下さい、サンクトゥムタワーに残っている各室長を招集し、非常対策本部の設置を行政委員会の会議に掛けます、二人は後ほどそれぞれの部門代表として出席を」
「は、はい!」
「マジかぁ、情報収集って云っても、通信も出来ない状況じゃあ精々権限が必要ないレベルの観測機器を使って調べるか、後はリアルタイムじゃない定期報告のデータを確認する位で――」
リンの言葉に何処か辟易とした様子を隠さず、コンソールを手慣れた様子で叩くモモカ。元々それ程勤勉な性格ではないが、それでも自身が楽をする為にあらゆる業務を自動化する事に余念がない人物である。その技術力は偽りでも何でもなく、サンクトゥムタワーに存在する観測装置のデータを片っ端から引っ張りだし、モニタに表示させる。
「……えっ、なにこれ」
そして、漸く気付いた。
つい数日前――どころか半日前まで一切変化の無かった観測結果、その数値が大幅に変動している。それは然程データを目にする事が無いモモカでさえ、ひと目で異常であると理解出来る程度には異常な上昇値であった。
「キヴォトス全域に超高濃度エネルギー体反応? この時間は確か上層で自治区の代表と会談中……いや確かに空とか真っ赤だし、意味分からない塔も出て来たけれど、こんな数値、今まで見た事も――」
「モモカ?」
椅子から半ば腰を浮かせ、モニタを注視する彼女の異変に気付き、リンもまたモニタを見上げる。一面に広がるワイドモニタに表示されらそれらのデータを視界に映し、目を見開いた。
「これは……」
「な、なんか分からないけれど、あっちこっちに同じような反応が出ていたみたい、干渉計と検出器、測定装置が全部反応しているし……もしかして、あの赤い空って空間中に滞留しているエネルギーが可視化された結果だったり? でも熱異常は確認出来ないから――」
最終送信された各自治区の観測情報を片っ端から開き、一つ一つ確認しながらモモカは呟きを漏らす。災害時のデータや気象情報、はたまたあらゆる状況に備え連邦生徒会は各地に観測所を設けている。それらは定期的に観測結果をサンクトゥムタワーへと送り、最低一ヶ月は保存されるものだ。
通信が繋がらない今、直前に送信されたデータを並べながらモモカは額に汗を滲ませる。
「モモカ、そのデータから発生源の特定は出来ますか?」
「は、発生源って云っても、全体的に数値が高くて――」
まるで世界全てが強大なエネルギー膜にでも包まれている様な状態だ、どこもかしこも高濃度状態を示す赤に染まっている。これで発生源を探れと云われても、「何処にでもあって、何処にもない」と表現出来た。
全体的な高エネルギー濃度が記録される状況下に置いて、局所的なピークの特定は困難となる。
そこでモモカは全観測データよりエネルギー濃度に対する統計的基準値を算出し、これを基準とした局所的偏差を用いる相対評価手法を取った。
モモカはしかめっ面を浮かべたまま、キヴォトス内に於いて一定の閾値を上回る領域を異常高濃度区域と判定し、全体の高エネルギー濃度環境に埋もれた発生源候補地点を抽出、計七ヶ所をピックアップしモニタへと映し出す。
「えっと、強いて云うなら、D.U.内部だと外郭地区とシラトリ区、それにD.U.内部じゃないけれど近郊の封鎖区画が高いみたい、後はミレニアムに二ヶ所、アビドスに一ヶ所、トリニティに一ヶ所、合計で七ヶ所、全域で見ても結構高い数値が出ているみたい……! いや、まぁ正直何処も異常な数字なんだけれど」
「D.U.内部、及び近郊に計三ヶ所……」
「云っておくけれど、これは約一時間前に観測装置から送信された情報だからリアルタイムの数字じゃないよ、この反応が強い地点もあくまで一時間前の時点で、って話だからね!」
モモカの補足にリンは深く頷き返す。暫くの間リン、モモカ、アユムの三名は無言でモニタを見つめ続けていた。周囲の行政官たちの喧騒、忙しなく動き回る音が耳に入る。モモカはモニタと自身のコンソールに伸びた手を交互に見つめながら、ぽつりと声を零した。
「……これ、拙くない?」
「えぇ、非常に」
絞り出したようなモモカの声は、とても心細く感じた。
「各自治区の方々は今、何方に?」
「か、各会議室を貸し出して護衛の方々と待機している筈です、通信もそうですが、交通網も混乱していて、此処を離れたという話はまだ聞いていません」
「分かりました、それならば好都合です」
「えっと、リン先輩……?」
アユムから返って来た答えに、リンは大きく息を吐き出す。彼女は何かを堪える様に、或いは祈る様に自身の腕章に触れると、そのまま目を見開き、力強く宣言した。
「連邦生徒会長代行権限により、緊急プロトコルを発動――これにより行政委員会各室長の承認を待たず、現時点でキヴォトス非常対策委員会を発足します」
■
「――以上が、サンクトゥムタワー及び各地の観測施設による現在の状況です」
サンクトゥムタワー、第四大会議室。
その場に再び招集された各自治区の代表者達。室内には用意された椅子に座る代表者と、壁一枚、扉一枚隔てた向こう側に各学園の選抜護衛がズラリと並んでいた。
ゲヘナ側は主に万魔殿の親衛隊、トリニティ側はティーパーティー率いる
彼女達は決して声を発する事無く、まるで置物の様に沈黙を守る。先の事を考え室内にて待機させる事も考えたが、無用な混乱は避けたいという理由、並びに現在の先生に関する情報開示には慎重な姿勢を見せた統括室の要望により、万が一の場合は即座に突入できる位置での待機という形となった。
「察するに、その塔とやらが超高濃度エネルギー反応の源だろう」
モモカ、アユム、リン、彼女達から齎された一連の報告を耳にした上で、セイアはその様に断じて見せた。全員の視線が集中する中、ふとユウカが挙手し問いかける。
「そう断言できる根拠は?」
「曖昧な物云いですまないが――第六感、というものだよ」
「要するに、勘という事ですか」
「そうだね、しかし強ち的外れという事も無い筈だ」
「……えぇ、この状況から考えればエネルギー反応の出現位置と、唐突に現れた件の塔が何ら関係ないという事はあり得ない」
セイアの言葉に肯定を示しながらリオもまた、エネルギーの源が塔である事を確信しているような口振りであった。
寧ろセイアの「勘」とやらが指し示した回答に対し、それを判断材料の一つに加えている様な素振りもある。
リオは先程の巨大な揺れが来る直前、彼女だけが周囲に注意を促し、衝撃に備えていた事を思い出していた。
もし【第六感】と呼ばれる現象を合理的に解釈するのであれば、超常的な能力というよりも、人間の脳が五感から得られた情報を無意識のうちに処理し、直感として意識に浮かび上がるプロセスと捉えることができる。
たとえば、視覚や聴覚などから受け取った微細な変化やパターンを本人が意識せずとも脳が分析・判断し、それが「何となく嫌な予感がする」や「危機を感じる」といった感覚となって表出するような。
元々、このような無意識的情報処理は、心理学では「サブリミナル知覚」や「直観的判断」としてミレニアムでも研究されており、意思決定や危機回避に重要な役割を果たしているという報告もある。
何より、リオの身近に同様の【第六感】を持つ存在がいた。
C&Cのアスナだ、彼女の選択もまた時折合理性とはかけ離れた動きを見せるが、最終的にそれが最適解に結び付く事もあるのだから――直感的な判断というのも存外、侮れない。
「そうなると、先程報告のあった自律兵器も?」
「出現時期と位置から考えて、その塔から現れたと考えるのが妥当でしょう」
「D.U.全体が安全とは云えない状態ね、勿論他の自治区もだけれど――」
ノアの疑問にリオは答え、ユウカは現在のD.U.に対し不安を募らせる。リオは暫くの間、部屋の中に募った面々を改めて見渡すと、そのまま「代行」と声を発しリンへと水を向けた。
こうして改めて各自治区代表が招集された理由、リオはそれを探った。
「塔が落下した自治区は、防衛の為に戦力を招集する必要がある――この場は、その協力を求める為のものかしら?」
「えぇ、その通りです」
「………」
連邦生徒会にD.U.の塔をどうにかする、延いては自律兵器を撃退するだけの戦力は存在しない。
言葉にせずとも、誰もがその事について理解していた。マコトは腕を組んだまま無言を通し、暫くの間思案に耽る。
そして徐に顔を上げると、隣り合うイロハに視線を向ける事無く声を発した。
「イロハ」
「……はい?」
「アコ行政官を連れてゲヘナへと帰還しろ、超無敵鉄甲虎丸ならば多少の悪路は問題あるまい、何なら放置されている乗用車は轢き潰しても構わん」
「その場合、先輩はどうするんですか」
「キキッ、私は少し遅れて総合病院に向かうとするさ」
声は軽々しく、いつも通りの笑みすら浮かべる余裕がある。「病院って」とイロハが目を丸くしていると、マコトは片手を挙げ会議室に座す生徒達の注意を惹いた。
「折角の場だ、此処で一つ意思表示をしておくとしよう」
全員の視線を一身に受けながら、マコトは腕を組んだまま尊大に告げる。そこには何ら一切、気圧された様子も、躊躇も存在しなかった。イロハはこうなったマコトが止まらない事を良く知っている、故に小さく肩を竦めると面倒な事にならない様心の中で祈りながら、そっと目を伏せた。
「シャーレの先生、その身柄はゲヘナ、万魔殿が保護する」
「ッ!?」
その一言は、端的でありながら会議室内全員の注意を惹いた。ミレニアム、トリニティ、連邦生徒会、出席する全員が驚きと疑念、そして強い警戒心を以て彼女を見つめる。ガタリと音が鳴り、半ば腰を浮かせたユウカがマコトを指差し問い詰める。
「ちょっと、どういう事!?」
「どうも何も、知れた事」
この場に居る全員、今の報告を聞いていただろう?
マコトは努めて普段通りの姿勢を崩さず、各生徒を値踏みする様な視線を寄越し言葉を続けた。
「キヴォトス全域に正体不明のエネルギー反応が確認され、それらは各地に出現した搭が中心となっていると分析された、D.U.内部に二つ、近郊に一つ、ミレニアムに二つ、アビドスに一つ、トリニティに一つ、合計で七つ――その中に、我らがゲヘナは含まれていない」
その一言に、会議室内の空気が否が応でも引き締まる。
マコトの云わんとしている所を皆が察したからだ。
ゲヘナからすれば他自治区から溢れた自律兵器、或いはそれ以外の要因で発生した敵性勢力にのみ注力すれば自治区の防衛は事たりる。また塔が発生した事による被害も無く、自治区防衛の為の戦力招集までの猶予は他と比べて十分に存在している上、ゲヘナの生徒は誰もかれも自衛に優れた能力を持つ。
銃弾と爆弾の飛び交う街で生活を送る彼女達にとって、ちょっとやそっとの襲撃など珍しくもない。自然、万魔殿が防衛部隊を配置する場所は限られた。
自治区そのものの治安を考慮しなければ、此処に揃った三大校の中で、ゲヘナのみが安全上の優位性を保っているのである。
「現状、この場に出た情報を基に考えれば塔が存在しないゲヘナが最も安全である事は明らかだ――敵の総戦力も不明、塔の詳細も不明、自律兵器が出現するメカニズム、武装、戦闘目的、全て不明! 何もかも情報が足りていない状況で、自分達の自治区ならば兎も角、相互防衛条約を交わしている訳でもない他所の自治区に手を貸してやる理由が何処にある?」
無い、何処にも存在しない、マコトは云い切る。
外交上でもトリニティとゲヘナは犬猿の仲、ミレニアムとはそもそも関係が希薄であり、連邦生徒会に至っては失踪した連邦生徒会長ならば兎も角、その後はエデン条約の際でさえ不干渉を徹底している始末。
マコトは情報をこそ重視する。
たった僅かな情報が戦局、或いは自身や他者の運命を簡単に左右する事を身をもって知っているからだ。
今回に関しては相手の
そんな状況で自ら自治区外へ戦力を放出するなど、とても容認出来るものではなかった。
ましてやゲヘナは、曲がりなりにも自治区最強と名高い空崎ヒナを失ったばかり、普段は憎たらしい存在ではあるが有事の際は役に立つ。その足取りを追おうにもこの様な状況では限界があった。
ならば早々に現状を打破出来る可能性を秘めた鍵、加えて個人的な感情も踏まえ先生を保護し、速やかに風紀委員会の建て直しを図った後、ゲヘナ自治区と他自治区との境界線に防衛線を張る。
それがマコトの考えた、この場で他自治区に恩を売るよりも優先すべき選択であった。
「故にこそ、先生の身柄は塔の存在する現D.U.からゲヘナ自治区へと移送する、今この場に存在しない他所の自治区に伺いを立てるより迅速で確実、実に合理的な判断ではないか?」
両の腕を広げ、もっともらしい言葉を並べ立てたマコトは視界に映る各学園の代表者をぐるりと見渡す。反駁があれば耳を貸す位はしようと、あくまで余裕を崩さない彼女は沈黙する会議室の中で鼻を鳴らし、そっと視線を横へとズラした。
「セナ、車両の準備は?」
「……救急車両はいつ、如何なる状況でも万全です」
「ならば先に総合病院へと走らせろ、私は親衛隊と共に後から合流する、先に向こうで移送準備を済ませておけ」
「分かりました」
マコトの言葉に無言を貫いていたセナは椅子を引き、一切の色を排したまま会議室を後にする。その背中に向けて、ユウカがテーブルに手を叩きつけながら焦ったように声を荒げた。
「ちょっと、そんな勝手な事……ッ!」
「――悪いが」
だが、ユウカの言葉を遮りながらマコトもまた席を立つ。隣り合ったイロハも立ち上がり、帽子で目元を隠したまま医務室に預けられたアコを回収するべく背を向けた。
マコトは帽子のつばを無造作に指先で押し上げると、テーブルから身を乗り出すユウカを見下ろしながら告げる。
「これは既に決定事項だ、以後我々万魔殿は先生の身の安全確保と、自治区の防衛に専念させて貰う」
自治区の存続、及び先生の生存は何に於いても優先される。
以前交わしたシャーレの先生に関する議論、その内容を十分に理解した上で、マコトはこの判断を下した。
「急ぐぞイロハ、先生もそうだが、有権者の保護も万魔殿にとって重要事項だ、ついでに風紀委員会の尻も叩いて来い」
「連れ去られたヒナ委員長に関しては、どうするんですか?」
「キキッ! あの空崎ヒナがそう簡単に倒れる存在なら、このマコト様の学園生活は、もっと煌びやかで素晴らしいものになっていただろう」
「……そうですか、分かりました」
他の生徒達に背を向けたまま互いに小声で言葉を交わし、認識を擦り合わせる。イロハが誘拐されたヒナ委員長に関して問いかければ、その様な言葉が返って来た。
歪だが、それもまた信頼関係というものだろう。思う所が無い訳ではないが、その指示自体に否やはない。イロハは一足先に大会議室を後にし、出迎えた親衛隊を引き連れながら廊下を往く。マコトもまた、彼女に続いて扉を潜ろうとして。
「待って下さい、この状況でその様な――!」
「セイアさん」
リンはマコトの退室を引き留めようと腰を浮かすも、それよりも早く決然とした声が通った。思わず視線を向ければ、予備のティーカップに注がれた紅茶を見下ろしながら声を発したナギサの姿がある。
彼女は常の優雅かつ嫋やかな気配、その一切を排し、寧ろ冷ややかな雰囲気を纏いながら言葉を続けた。
「近衛の皆さんと共にトリニティへと帰還を、サクラコさん、ミネ団長も同様に、救護騎士団とシスターフッドを取り纏めトリニティの防衛に当たって頂く様、この場にて正式に要請致します――私は総合病院でミカさんと合流を」
「ナギサ……?」
その口調と纏う気配に、セイアは思わず驚愕と共に彼女の名を呼んだ。手元に乗せていたシマエナガが飛び立ち、セイアの髪の中へと潜り込む。それは自身に向けられた訳でもない、直ぐ隣から発せられる異様な気配を恐れたが故の行動だった。
「お待ちください、総合病院へ向かうのでしたら私かセリナが――」
「ミカさんを説得できる人物でなければなりません、そしてそれが叶うのは、私か、セイアさんだけです」
ミネがその様に発言すれば、ナギサは即座に切って捨てる。彼女の意図するところを察したミネは微かに顔を強張らせ、しかしそれ以上言葉を発する事は無く、そっと呑み込んだ。
「マコト議長」
自身の名を呼ぶ声に、開かれた両開き扉、それを潜る直前でマコトの足が止まる。
出迎えた親衛隊を他所にマコトが緩慢な動作で振り向けば、ナギサは敢えて音を立てソーサーにカップを置き、告げた。
「大変申し訳ありませんが、先生の身柄をゲヘナにお渡しする訳には参りません」
「……ほう?」
マコトの瞳が鋭さを帯び、胡乱な色が発言者であるナギサを射貫く。
この状況、自治区の統制を保ち防衛するのにも手一杯だろうに。
胸中に湧き上がった言葉を、マコトは敢えて舌にのせる事をしなかった。
代わりに体ごと向き直ると、一瞬考えを巡らせ、扉の向こう側に待機する親衛隊の生徒に指先で指示を出す。
「議長」
「どうやら話は終わっていないらしい、半数はイロハとセナに付け、残りはこのまま私が退室するまで待機」
「はっ……!」
親衛隊にイロハとセナの後を追わせ、マコトは再びテーブルの方へと足を進める。背後で恭しく扉が閉められる音がした。それを背にマコトは羽織った外套を靡かせると、敢えて挑発的な口調でナギサに問う。
「あの正体不明の塔を懐に抱えて、随分と強気な態度じゃないか
「トリニティにはその格式に相応しい戦力が常駐しております、以前であれば各々が独断で動き、協議の場すら設ける事は叶わなかったでしょうが……」
一度言葉を切ると、ナギサは横合いへと視線を飛ばす。其処には神妙な顔つきで自身を注視する、サクラコとミネの姿があった。隣り合うセイアは何処か探る様な視線を、セリナは不安げな表情を隠す事無く、ナギサとマコトのやり取りを見守っている。
腹に抱えたものはあっても、互いに言葉を交わし協力し事に当たったという下地がある。それは嘗てのトリニティではあり得ない事であった。
しかし、今はそうではない。互いに歩み寄るだけの余地が、過去の経験がある。
ナギサは両手の指先を合わせながら、断固たる口調で云った。
「幸い、我がトリニティはエデン条約を経て変化しました、それが私は善い変化であると信じております――現在のトリニティであれば自治区の防衛は勿論、先生の身の安全を保障する事も可能です」
迂遠な物云いだ思った。
しかし、意図は十全に伝わった筈だ。
自身の為に用意された席、その脇へと立ったマコトは正面に座す桐藤ナギサを見下ろしながら瞳を細める。
ゆっくりと顔を上げたナギサの瞳とマコトの瞳が重なり、視線が交わった。
「此方の意志は、既に伝えた通りだ」
「……もう一度、繰り返しましょう」
今度はもっと明瞭に。
ナギサは息を吸い込む。
二人の間に、個人的な確執がある訳ではない。しかし両校の間には、積み重ねて来た歴史、過去が存在する。失踪した連邦生徒会長が取りなさなければ、両陣営の間では未だに散発的な戦闘が発生していてもおかしくはなかった。
加えて肝心のエデン条約も破談し、両校の関係は完全に冷え切っている。
ゲヘナ、トリニティ、両校より厚い信頼を得ている人物が橋渡しをすれば別の結末もあっただろう。
互いが直接顔を合わせる訳ではなく、その信頼する人物に託し、その者の信念と願いを慮れば。
しかし、そうでないのならば――。
「シャーレの先生の身柄は、我々トリニティ総合学園が預かります」
土壇場での結束など、望めはしない。
【一分で分かる、各自治区・派閥の
・連邦生徒会
「何か変な塔が出現してェ、自律兵器も一杯出て来てぇ…」
「D.U.に二ヶ所、封鎖区画入れて塔が三ヶ所も存在するんだけれど、そもそもヴァルキューレだけで対応とか無理でェ……」
「というか防衛室が最近の騒動で全然機能してないし、タイミングが最悪過ぎでぇ、ちょっと力を貸してほしくて、もう疲れちゃって、全然動けなくてェ……」
・ゲヘナ
「断る!」
「ウチの自治区は塔無いし、風紀委員長居なくなったし! そもそも敵の情報全然ないじゃん!」
「動けるだけの情報を十分に得られて、反攻作戦の目途が立つまでは有権者と先生抱えて自治区防衛に専念するわ! あとヨロシク!」
・トリニティ
「は? ゲヘナが先生を擁するとか許せる訳ないでしょう?
「別にゲヘナが気に入らないとか、そういう理由じゃないですから、そもそも各分派と派閥が団結すれば、戦力的にトリニティの方が上ですし? 今は救護騎士団、シスターフッド、ティーパーティーの三大勢力がズッ友ですし? 自律兵器とか拳でワンパンですし?」
「野蛮なゲヘナなんかに先生を預けられません、わたくし達が面倒を見ます!」
・ミレニアム
「……何かトリニティとゲヘナでバチバチにやり合っている、怖い、野蛮、非合理的」
「うーん、でも先生の状態を一番良く理解しているのは
「敵の情報に関しても分析力・解析は此方の領分、以前の騒動も踏まえた上で
・連邦生徒会
「うわぁ……これ協力とか無理じゃない?」
・ヴァルキューレ
「くっ、良くもヴァルキューレをコケにしてくれたな……!」
「ちょっと統括である防衛室長が民間企業と癒着していて、一部違法行為を敢えて見逃したり、表に出せない資金提供を受けたり、証拠を捏造したり、武装どころか弾薬でさえ不足しているだけで……ちゃんと正義感に溢れた生徒達だって沢山いるというのに!」
「許せない、殺してやる……!」
「殺してやるぞ、無名の司祭!」
・無名の司祭
「えっ」
大体こんな感じですわよ。