ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですわ~!
漸く先生が出せましたの…! 


悪辣なる包囲網(ただ屠る為に)

 

「降車急げ! 車両を盾にして防衛しろ!」

「クソ、何で病院周辺にだけ自律兵器の数が多いんだ!?」

「──親衛隊の皆さん、搬送準備が整うまで周辺の防衛をお願いします」

 

 滑り込む様にして停車した緊急車両に続き、ゲヘナ親衛隊の乗る黒塗りの車両が続々とロータリーへと入り込んで来る。彼女達は車両を横付けにすると勢い良く降車し、各々愛銃を取り出すと車両を盾にして迫り来る自律兵器との応戦を開始した。

 セナは展開した親衛隊に対し防衛を依頼すると、背後に響く銃声、砲音、金属の拉げる音、それら一切を気に留める事無く足を進める。

 

「失礼、バリケードを退かします、後ろの方はご注意を」

「え、あ……」

 

 セナは無造作に積み上げられたバリケードへと近付くと、一番上に重ねられていた長椅子を奥側へと押し込み、ロビー側へと落下させる。そのまま一息に飛び越えると騒々しい音と共に落下した椅子とは異なり、ストンと音もなく着地した。

 愛銃の収められたホルスターに指先を添えながら、内部の様子を一瞥したセナは、それから自身に向けられる視線を自覚し重ねて問う。

 

「もう一度お尋ねします、シャーレの先生は何方に?」

「た、確か、奥で他所に移す準備をしているとか何とか、小耳に挟んだような──」

「ありがとうございます、では其方に向かうとしましょう」

「あっ、ちょっと……!」

 

 背後から投げかけられる声を振り切り、彼女は院内の奥へと歩き出す。その背後から、同じようにバリケードを乗り越えた部員たちが続々と続き、困惑する生徒を他所にセナの元へと駆け寄った。

 

「部長、私達はどうすれば?」

「周囲の方々で負傷している方に手当──は間に合っている様ですね、ならば先生を搬入する準備と、親衛隊の皆さんの援護をお願いします」

「分かりました!」

 

 流石に総合病院内だけあって、負傷した生徒や市民に対しては迅速な処置が施されている様だ。セナは周辺の市民や生徒を観察しながら小さく頷きを零す、この場所で救急医学部がその腕を振るう必要はないだろう。

 

 しかし、この一帯だけ妙に自律兵器の数が多い。

 サンクトゥムタワーよりこのD.U.総合病院の道のりは多少自律兵器が散見される程度であった為、固まった生徒達やヴァルキューレによって鎮圧されていたが、この総合病院周辺は明らかに異常だ。

 そして恐らく、この現状を連邦生徒会も、他の自治区も把握していない。

 通信網が麻痺している事が、戦力の分散を招いていた。連邦生徒会から総合病院に向かった行政官も、既に逃げ帰ったか──或いは既に戦闘不能に陥っているか。

 

「……どちらにせよ、急がなければなりませんね」

 

 ■

 

「非常用電源の稼働は?」

「今の所、何とか」

「なら、エレベーターは使えるな、それで上まで運ぶぞ」

 

 院内、病棟通路・バックヤード。

 一般患者の通行制限が設けられたその場所を、駆動音を鳴らしながら滑るストレッチャーが一つ。進むストレッチャーの左右にはオートマタの医師と看護師が付いており、その直ぐ傍には様々な医療機器が付随して持ち運ばれていた。

 ヘリポートへと続く専用エレベーターへと向かう両名は、非常電源で照らされた白い廊下を焦燥感に駆られながら進む。周囲には薄らと銃声、外壁に何かがぶつかる硬質的な音、そしてストレッチャーの車輪(キャスター)が鳴らす無機質な音だけが響いていた。

 ストレッチャーを押すオートマタの片割れが、医師の方へと視線を向けながら電子音声を発した。

 

「襲撃の勢いは激しく、上の判断でICU全体を段階的に閉鎖(フェーズダウン)するそうです、シャーレの先生は搬送優先患者リストに含まれている上、トリニティ側の要請で近くヘリポートに搬送チームが到着する筈ですが……その、他の患者に関してはまだ目途が立っておらず」

「そうか、閉鎖となると外来とERに『ICU FULL』の対応は?」

「管理ボードに満床と掲示する程度が精一杯ですよ、そもそも通信が繋がらない状態なんです、院内連絡どころか救急指令センター(EMS)にさえ通達も出来ません」

「……厳しいな」

 

 呟き、オートマタの医師は表情を投影しているディスプレイ表情を悲し気に変化させる。漏れ出た言葉は本心からのものだった。

 全員を安全な場所にという気持ちはあるが、他の病院も似たような状況に陥っている可能性が高い。段階的にICUを閉鎖するというが、新規受け入れは兎も角転院目途が立っていないのだ。患者と共に運命を共にするか──最悪の場合、見捨てる事になるだろう。その未来を想うと、何とも遣り切れない感情が湧いて来る。

 

「まだ、目は覚ましそうないか」

「えぇ」

 

 呟き、二人が目線を向けた先。

 ストレッチャーの上には、瞼を降ろしたまま二週間眠り続ける先生の姿があった。

 気管挿管チューブに人工呼吸器、カテーテルにサブラインと幾つものケーブルに繋がれた先生は、微かに生命の名残を感じさせる死に体そのものだ。保護膜で覆われる事も無く、ゆったりとした患者衣に包まれた肌は無数の傷痕が刻まれており、四肢は黒く変色、取り外された義手分の袖は余ってしまっている。

 顔は血の気を失い、唇は微かに青紫。気管チューブから漏れ出る規則的な機械音が、その生命を辛うじて担保していた。

 

「……妙な揺れと、空が赤く染まってからずっとだ、先生の身に一体何が起きたというんだ?」

 

 オートマタの医師は先生を見下ろしながら呟きを漏らす。

 その頬に触れると皮膚は冷たく、僅かに湿っている。オートマタのセンサーは正常に機能しており、誰の目から見ても先生は重篤な状態であった。

 

 ──容態が急変したのは、ほんの数時間前だった。

 

 それまでは、自発呼吸もあった筈なのだ。

 元々意識障害だけが確認されていた先生であるが、全てがひっくり返る様な大きな揺れ、加えて空が赤く染まった瞬間、まるで変質した世界に呼応するように呼吸不全・循環不全に陥った。

 生命維持に不可欠な機能が破綻しかけている──或いは、既に破綻していると。

 揺れでベッドから転がり落ちただとか、機器が機能不全を起こしただとか、そんな話は一切聞いていない。多くの患者の中で、先生だけが急激に容態を悪化させていた。

 何故そうなったのか、この異変に何か関係があるのか? 疑問や検査の必要性は多分存在したものの、状況がそれを許さない。ただ最低限命を繋ぐ為の準備と、この場から逃れる術を模索するのが精一杯であった。

 

「兎に角、搬送を急ごう」

 

 告げ、オートマタ達は更に足を速める。最早先生は、自力で十分な酸素を体内に取り入れる事も出来ず、肉体の重要臓器に十分な血流を届ける事さえ出来ない。先生の肉体に被害が及んだ場合もそうだが、繋がれた機器が破損した場合でも同様の結末を辿るだろう。

 銃弾も、砲弾も、瓦礫片も飛び交わない場所。一刻も早い安全確保、それが急務であった。

 

「呼吸・循環の安定性確保、それと頭部の保護と圧管理は徹底してくれ」

「分かっています、挿管状態は維持、気管チューブのカフ圧は今20cmH₂O──PEEP(呼気終末陽圧)5で、SpO₂は98パーセント、血圧はノルアドレナリン1μg/kg/minでMAP維持中」

「ノルアはこのまま継続で、念のためサブの静脈ラインも確保を、CVラインは?」

「右内頸にダブルルーメンが入ってます、動脈ラインは左橈骨」

「良し、ヘリを使った搬送だと振動でICP(頭蓋内圧)上昇が懸念される、マニトールはバッグに、必要があれば即座にボーラス投与」

「了解、輸送用ポータブル人工呼吸器はチェック済みです、FiO₂は50パーセント、圧設定はSIMV、VTは450mlで調整します」

 

 長い廊下の角を曲がり、漸くヘリポートへと続く専用エレベーターを目視出来る場所まで足を進めた両名は、中継ステーションにて状態のチェックを二重、三重に行いながら不備が無いかを確かめる。一度発ってしまえば、もう戻っては来られない。たった一つのミスが命を奪う可能性を秘めている、ましてや各自治区に絶大な影響力を持つ人物ともなれば尚の事慎重にもなろう。

 無論、理由はそれだけではないが。

 

「今更だが、トリニティ側に患者情報の引継ぎは?」

「搬送先の救護騎士団本部には電子カルテの要約、直近の検査データ、薬剤リスト全て揃っている筈です、12誘導心電図と頭部CT画像も……ん?」

 

 忙しなく言葉を交わす両名はふと、背後から響く足音に気付いた。この通路はそもそも一般患者の出入りは制限されており、ICUからヘリポートへと直通させる都合上人通りは滅多にない。スタッフの合流ポイントはヘリポート階下である、そんな事を考えていると視界に見慣れぬ色が躍った。院内の白い廊下は、非常灯とは云えどのような色でも良く目立つ。ふわりと靡く青は角より唐突に現れると、搬送される先生と医師達を目視し、此方へと足を向けた。

 

「おい、止まれ、此処は関係者以外──」

「救急医学部のセナです、そちらはシャーレの先生ですね?」

 

 バックヤードを何の躊躇いもなく、寧ろ堂々とした足取りで進む影──セナは自身の身に着けた腕章を指先で軽く引っ張りながら、その双眸をオートマタ、そして先生へと向けた。

 

「救急医学部? それって確かゲヘナの……」

「はい、先生の身柄保護の為、此方に出向きました、万魔殿の要請により先生の身柄は救急医学部が預かります」

 

 ストレッチャーの上で昏々と眠り続ける先生を目視した彼女は、僅かに表情を硬く変化させる。セナはオートマタの前で足を止めると、繋がれた医療機器を目視で把握し、凡その状態を推察した。

 そして徐に手を伸ばし、ストレッチャーへと触れようとした瞬間──それを遮る様に、オートマタの医師がセナの手首を掴む。

 

「ちょっと、待ってくれ」

「……何か」

「受け入れ先は、トリニティの救護騎士団だった筈だ」

「今は緊急事態です、現在この病院は自律兵器に包囲されており突破されるのは時間の問題、この様子だとヘリで搬送する予定だったのでしょうが──到着は何分後ですか?」

 

 セナは冷静に、非常灯に照らされた専用エレベーターを一瞥しながら問いかける。投げかけられたそれに対し、オートマタの両名は顔を見合わせ、沈黙する。纏う気配は心なしか、苦々しいものに思えた。

 

「……不明だ、私達は院内に偶然居合わせたトリニティの生徒から搬送用のヘリが飛んで来るという事しか知らされていない、それが具体的にいつ頃になるのか、通信が繋がらない現状では確かめる術もないんだ」

「ならば尚の事、先生の安全を考えるのならば、いつ到着するかも分からない搬送手段よりも、確実な手段を取るべきです、防衛線が突破された後では遅いのですから」

「そ、そうは云っても……」

「これは万魔殿、延いてはゲヘナの総意です、トリニティへの対応は私達にお任せを」

「ちょ、待っ──!」

 

 セナは淡々とした口調で言葉を続け、再びストレッチャーへと腕を伸ばす。オートマタは咄嗟に阻止しようと指先に力を籠めるが、それを留め置くだけの出力は存在せず。

 

「──!」

 

 しかしセナの手が先生に触れた瞬間、オートマタ達の駆けて来た廊下の奥側──その角を曲がった先より爆発音が鳴り響いた。

 建物が軽く揺れ、轟音と共に瓦礫が床を滑っていく。突然の事に身を竦め、爆音の鳴り響いた方向を凝視する三名。セナはそれとなくストレッチャーの前に立ちながら、先生を背に庇った。

 

「ば、爆発……?」

 

 一体何が起きたのか、それを理解するより早く悲鳴と共に金属音が木霊する。固い何かが床や壁に擦れる音、独特な砲音、非常灯に照らされた白い廊下に、紫色のライトが差し込み影を作った。

 それを見た瞬間、セナ達は一斉に踵を返しストレッチャーを押し込みながら駆け出す。

 

「拙い、まさか突破されたのか……ッ!」

「あ、あの自律兵器が院内にまで!?」

「あぁ、多分な! 今は患者の退避を優先させるぞ!」

「エレベーターは!?」

「無理だ、待っている暇はない! 一般病棟に出るしか──」

 

 医師が叫び、兎に角自律兵器の侵入した箇所より離れようと足を動かす。しかし隣り合ったもう一体のオートマタはその場で足を止めると、念の為と胸元に取り付けていたチェストホルスターより拳銃を取り出し、安全装置を弾いた。

 突然の行動に思わず足を緩め、医師は振り向きながら叫ぶ。

 

「おい!?」

「先に行ってください! 此処は自分が!」

「なっ……!」

「き、来ましたっ!? 早く!」

 

 オートマタの叫びと共に、特異な主腕が床を掻き、金切り声を上げ始める。

 廊下の曲がり角より勢い良く飛び出した自律兵器は、半ば滑る様にして転がると不気味な紫色を灯したカメラを蠢かせ、オートマタ達とセナ、そして先生を視界に捉えた。

 

『──―!』

 

 キュイ、キュイ、と音を立て回転するレンズ、躍動するケーブル群。小刻みに震えた腕部がまるで喜びを表現するかのように波打ち、床に幾つもの穴を穿つ。

 その姿は悍ましく、まるで異形の生命体の如き不気味さを放っていた。

 そして主腕と副腕を器用に操り、床に身を固定すると──そのまま先生目掛けて加速、道中の全てを蹴散らしながら突貫を敢行。けたたましい音が鳴り響き、途中にあったモニタや中継ポイントを粉砕し、肉薄する自律兵器。

 

「視界内に患者の姿は無し、周囲の安全確保、緊急手段でやむを得ず──は、発砲します!」

 

 その迫り来る自律兵器を見つめながら、オートマタは冷静に拳銃を構え前傾姿勢を取ると、ゆっくりと引き金を絞った。

 

「っ!」

 

 瞬間、銃口から凄まじいマズルフラッシュが瞬き、乾いた銃声が連続して廊下に木霊する。振動で突き出した腕のフレームが揺れ、装填された十七発の弾丸が僅か一秒未満で空になった。

 空薬莢が床の上に跳ね、同時に弾丸が目標に着弾する。迫り来る自律兵器は正面装甲に連続した被弾を許し、突撃の勢いは削がれ、寧ろ勢い良く後方へと押し込まれた。

 まるでタップダンスの如く、蠢いていた触手の様な腕部が床を突き、勢いを殺しにかかる。潰れた弾頭が装甲に弾かれ、虚空に散らばった。

 

「っ、貫通はしないか……!」

 

 目前で蹈鞴を踏む自律兵器、結果を見届けながら、オートマタは素早く弾倉を切り離し再装填を試みる。当然の事ではあるが、9mm弾では装甲の貫通が難しい。露出したケーブル部分を狙い撃てば本体にダメージが通るかもしれないが、ある程度近付かなければ難しいだろう。

 そもそもが医療従事者である、射撃プログラムに関しては最低限の代物しか搭載しておらず、精密射撃など以ての外。

 倒す所か、押し留めるだけで精一杯。しかし、逆に云えば弾が続く限り時間は稼げる。新しい弾倉を嵌め込んだ拳銃を突き出しながら、オートマタは再び引き金に指を掛けた。

 

「先生を安全な場所に移す──おいアンタ、搬送手段は!?」

「正面搬送口に緊急車両を待機させてあります……!」

「分かった、アンタの云う通りヘリを待っている暇はない、それで先生を逃がすぞ!」

 

 仲間が足を止めている内に、先生を車両で院外へと逃がす。最早悠長にヘリの到着を待っているだけの時間はないと判断した。「急げ急げ急げ!」と、オートマタの電子音声が廊下に響く。専用通路から一般病棟へと飛び出し、散乱した瓦礫片と硝子を踏み越えながら器用に駆け続ける。

 あちこちから銃声と砲音、悲鳴、怒号が聞こえていた。専用通路に自律兵器が入り込んだように、院内全体で防衛線の崩壊が始まっている。フロア全域が戦場になるのは、そう遠くない話である様に思えた。

 

「部長!」

「先生の身柄を保護しました、車両の元へ、早く!」

「はっ、はい……!」

 

 ストレッチャーを押しながら廊下を疾走し、ロビーにて外の自律兵器と戦闘を繰り広げていた救急医学部の生徒達と合流を果たすセナ。彼女達は部長であるセナの帰還に表情を明るく変化させ、次いで先生へと目を向ける。

 だが互いの無事を喜ぶよりも早く、背後から再び砲音が響いた。次いで紫色が周囲を淡く照らし、直ぐ傍で爆発が巻き起こる。壁が抉れ、衝撃が周囲に伝搬した。

 

「ぐおッ!?」

 

 爆発は直ぐ傍に立っていたオートマタの医師を吹き飛ばし、そのまま反対側壁に勢い良く衝突したオートマタは表情ディスプレイが割れ、ズルズルと座り込んでしまう。

 セナは咄嗟に先生の上に覆い被さると、その背中にパラパラと飛び散った破片が降って来た。それを軽く払う事もせず、思わず強張った声を漏らす。

 

「っ、もう別の個体が……?」

 

 先生を庇ったまま背後を見れば、先程自分達を襲っていた自律兵器とは異なる個体が廊下の奥より猛進して来る姿が見えた。矢鱈と腕部を振り回し、壁や床に穴を穿ちながら接近して来る自律兵器は、まるで周囲の存在には目を向けず一直線に此方──セナの居る方角を凝視している。

 周囲の住民や生徒が気付き、横合いから射撃を加えるも一向に構わず、ただセナに向かって主腕を伸ばし、その紫色の光を煌めかせていた。

 

「──―」

 

 実に不可解な行動に思えた。

 総合病院にこの数が集っているからには、何かしらの理由がある筈だとは考えていた。しかし、それが何であるのかをセナは予測する事さえ出来なかった。

 当然だ、マコト議長が口にしたように情報が無さ過ぎるのだから。

 だがたった今、セナはその欠片を掴んだ気がした。

 セナの双眸が、ゆっくりと自身の下に向けられる。

 未だ目覚めぬ先生、その姿を凝視しながら、セナは胸中で言葉を零した。

 

 ──まさか自律兵器は、先生を狙っているのか?

 

 先程の不可解な行動により、セナは漸くその可能性に思い至った。

 この総合病院周辺に集った異様な数の自律兵器、もしその狙いが先生だとすれば。

 あらゆる可能性と結末が脳裏を過る。

 額にじわりと冷汗が滲み出し、それから彼女は周囲を見渡し息を呑んだ。

 

「ちょっ、中に入られたの!?」

「まだ通路から溢れてはいない、バリケードで抑えろ!」

「テーブル、長椅子でも良いから持って来て! はやくッ!」

 

 内部に侵入された、その事実はロビーで防衛線を構築した全ての人員に衝撃を齎した。幾人かの生徒がバリケードを構築する為の長椅子やら観葉植物やら、自動再来受付機やら、兎に角障害物となるものを搔き集めセナの横を通り過ぎていく。

 同時に各所より侵入を試みていた自律兵器、そのカメラが蠢く群衆の中で先生を捉えた。

 瞬間、一斉に周囲の自律兵器、その内部ケーブルがぐにゃりと波打ち、外壁やバリケードを叩く主腕が激しさを増した。まるで自分の機体が破損しても構わないと、鞭の如く主腕を撓らせ叩きつける個体もいれば、槍の様に先端を尖らせ何度も突き込む個体も。

 遠方より降り注ぐ砲撃も一層激しさを増し、ロビー内部は正に混乱の極みにあった。

 

「こ、こいつら急に、動きが激しく──ッ!?」

「なっ、何なの!?」

「っ、正面バリケードも破られそうだよッ!」

「砲撃、来るぞ!」

「駄目だ、中に下がれ、車両が持たない!」

「わぁッ!?」

「四方八方から、敵が……!」

 

 攻勢に気圧され、正面に高く積み上げられたバリケードが遂に吹き飛ばされる。

 ロータリーで粘っていた親衛隊も、少しずつ後退し院内ロビーへと押し込まれていた。撓る腕部に突き飛ばされ、砲撃に巻き込まれ、次々と床を転がる生徒達。粉砕されたバリケードを踏み越え、ロビー内へと自律兵器が侵入を果たした。

 

「こ、このッ!」

「これ以上中に入れるな! 撃て、撃てっ!」

 

 集中砲火を受け、一体、二体と外装諸共蜂の巣にされる自律兵器。しかし二体、三体撃破しようとも、その残骸を乗り越えて四体、五体と姿を現す。穴だらけの外装を主腕で踏み潰し、続々と現れる自律兵器の姿はロビー内の生徒達に抗えない絶望を予感させた。

 

「くっ……!」

 

 ロビーの防衛線が突破された。

 その事実にセナは唇を噛み締め、険しい表情と共に愛銃へと手を伸ばす。このまま戦線が崩れてしまえば、先生を緊急車両に乗せる事さえ出来なくなるだろう。

 しかし、セナは同時にこうも考えていた。

 緊急車両に先生を乗せた所で、果たして逃げ切れるのだろうかと。

 もし連中の狙いが先生ならば、あの数の自律兵器を捌きゲヘナ自治区まで逃亡する事になるだろう。こんな状況だ、援護なぞ望める筈もなく、救急医学部と僅かな親衛隊のみでゲヘナ自治区まで先生を守り切れるのかという疑念があった。

 可能だと、そう断言する事がセナには出来なかったのだ。

 しかし、かと云ってこの場に留まり続けても助かる保証はない。

 加えて被害は広がるばかり、寧ろ先生が此処に留まり続ければ続ける程、この総合病院は致命的な打撃を受ける事になるだろう。

 

「──―……」

 

 あらゆる可能性、選択肢を考慮し、セナは苦悶の表情と共に思考を巡らせる。救急医学部としての信念、矜持、先生個人に対する私情、周囲の被害、様々なものを秤に掛け──再び先生を見下ろす。

 先生ならば、きっと。

 そう考えた瞬間、決断は僅か一瞬の内に済まされた。

 

「全員、聞いて下さいッ!」

 

 愛銃より手を離し、ストレッチャーに覆い被さったままセナは腹の底より声を絞り出す。ロビー内の喧騒に負けない程、遥か遠くまで届けと云わんばかりに叫ぶ彼女は、迫り来る自律兵器を睨みつけながら己の持つ最大の手札を切った。

 

「この方はシャーレの先生です! どうか、どうかご協力をッ!」 

 

 ──この人だけは、絶対に逃がさなければなりませんッ!

 

 その一言に、一瞬ロビー内の中に静寂が訪れた。

 蠢く自律兵器の駆動音、瓦礫の転がる音、空薬莢同士がぶつかる音。その静謐はほんの一秒足らず、体感にすればほんの瞬き程。

 だが一拍後、周囲の生徒達が一斉に驚愕と共にセナへと顔を向け、ストレッチャーに固定された先生の姿を視界に捉えた。

 

「せ、先生!?」

「先生が居るの!?」

「ど、どこっ!?」

「あそこだ、あの奥に……!」

 

 生徒達が一斉に浮足立ち、その瞳に様々な色が宿る。驚愕、不安、歓喜、希望、焦燥──その色は生徒の数だけ存在し、同時に大きな動揺と衝撃が突き抜ける。

 先生だ、人間の先生が直ぐそこに居る。

 全員の意識が、急激に明瞭となった。何やら運ばれている先生にはケーブルが沢山繋がっている、沢山の機器も一緒だ。もしかしてこの自律兵器にやられたのか? それとも前の傷が治っていない? 

 分からない、分からないが──先生はこんな危険な場所に居て良い人じゃない。

 それだけは、共通の認識であった。

 

 自分達なら弾丸程度、或いはあの砲撃を受けても痛いだけで済む。多少血が出るかもしれいない、気絶するかもしれない、だが云ってしまえばそれだけだ。命が奪われる事は無いし、体の一部が失われる事もないだろう。

 

 しかし、彼は違う──今尚目覚めず痛々しいその姿が、否が応でも最悪の結末を予感させた。

 

「か、壁になって! 通路を作って!」

「連中を絶対に通すなッ! 先生を此処から逃がすんだッ!」

「た、戦えなくても、壁になるくらいなら……っ!」

「と、トリニティに出来たんだ、私だって銃を使わなくても──ッ!」

 

 先生を中心に円陣を組み、自然と集い始める生徒達の影。弾丸の尽きた者は近くに落下した大きめの瓦礫や、バリケードの残骸を握り締め自律兵器に殴りかかる。身が竦み何も出来ない者、或いは負傷していた生徒でさえ自身の身体を壁に見立て、先生の通る道を作ろうと立ち上がった。

 結果出来上がるのは、緊急車両へと続くほんの僅かな(活路)

 シャーレの先生をこの場から逃がす。

 その一念が絶望的な状況を一時的に跳ね退け、一瞬、ほんの一瞬であっても生徒達の再起を促した。

 

「部長!」

「先生を中に、急いで下さい!」

 

 生徒達が必死に作り上げた僅かな活路、そこにストレッチャーを押し込み駆けながら緊急車両へと向かうセナ。緊急車両は後部を向けたまま待機しており、傍には必死の形相で周囲の自律兵器に発砲する部員達の姿が見えた。

 セナが到着すると、既に搬入準備は整っていた様で後部扉が開け放たれていた。セナは部員達の援護を受けながら手早く内部へとストレッチャーを押し込み、そのまま内部に固定。ケーブルや機器に破損が無い事を素早く確かめ、車両の外に向かって叫んだ。

 

「固定完了、出発出来ます! 乗車を!」

「分かりました、私達も──わぁっ!?」

 

 セナに続き、そのまま緊急車両へと乗り込もうとした部員達。しかし彼女達が乗り込むより早く、周囲の自律兵器が一斉に緊急車両へと群がり始めた。

 それは車両に乗り込もうとする部員達も対象としている様で、緊急車両に足を向けようとした生徒達は次々と自律兵器に絡み取られる。辛うじて緊急車両に取りつかれる事はゲヘナ親衛隊が防いでいるものの、現状乗車出来たのはセナ一人。

 

「っ、今救助に……!」

「だ、大丈夫です! 部長、行ってください!」

 

 自律兵器に纏わりつかれた部員達を見たセナは驚愕に息を呑み、咄嗟に下車し助けに向かおうと身を乗り出した。

 しかし、彼女が飛び出す直前、部員達は首を勢い良く横に振り出発を促した。自分達を置いて発進しろと、全員がセナに向かって叫んだのだ。

 

「ですがッ!」

「私達なら平気です!」

「し、親衛隊の皆さんと一緒に後続を引き留めます……!」

「だから、部長は、早く!」

「っ……!」

 

 僅かな時間、セナは判断に迷った。

 しかしロビー内で未だ自律兵器を抑え込む生徒達、文字通りの肉壁として奮闘する親衛隊、救急医学部の部員達を一瞥し、最早悩むだけの時間もないとセナは直感する。そのたった数秒を稼ぐ為だけに、文字通り必死の抵抗を続けているのだから。

 背後には何を置いても優先すべき存在、あらゆる感情を飲み下し、セナは決断した。

 

「──皆さん、すみませんッ!」

「せ、セナ部長、先生! どうかご無事で……ッ!」

 

 歯を食い縛り、沈痛な面持ちと共に勢い良く後部扉を閉めるセナ。それに対し、救急医学部の生徒達は引き攣った笑みと共に二人の無事を祈った。

 セナは先生の脇を駆け抜け運転席へと滑り込むと、そのままシフトレバーをドライブに動かし、サイドブレーキを解除。アクセルを勢い良く踏み込み、駆動音と共に急発進した。

 飛び出した車両は前方の自律兵器を撥ね飛ばし、ロータリーを突っ切って公道へと躍り出る。撥ね飛ばされた自律兵器が地面に叩きつけられ、何体もの自律兵器が鉄屑へと成り果てるも──その背後に、夥しい数の自律兵器が、走り出した車両の後を追い始めていた。

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