ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝しますわ~!


大切な人(あなた)の為に

 

「つい先程まで連邦生徒会に招集されていてね、帰り道で私の第六感が警鐘を鳴らしたんだ、所謂虫の知らせというものか――その場にいた面々を呼び止めて正解だったよ」

 

 強い安堵の色を滲ませ、セイアは語る。

 連邦生徒会での会議を切り上げ各自治区・総合病院へと向かい始めた面々であったが、帰路についた直後、不意にセイアの第六感が作動し先生の危機を感じ取ったのだ。

 慌ててセイアは今正に自治区へと帰還しようとしていた生徒を搔き集め事情を説明し、何とかこの場に急行したという流れである。

 セイアの第六感に関してはサンクトゥムタワーを巨大な揺れが襲った際、周囲に注意を呼び掛けた事から法螺の類ではないと知られている。彼女の真に迫った説得もまた、虚偽や策謀の類ではない事を強く感じさせた。

 

 しかし、それが絶対の精度を誇る訳ではないのも事実である。

 故にミレニアムはヒマリとエイミ、トリニティはサクラコ率いるシスターフッドと近衛隊を先に自治区へと帰還させた。セイアの傍付きからは反対の声が多く上がったが、ミネ団長という長期間彼女を単独で守り切った心強い存在が、セイアの提案を後押しした。

 ゲヘナ所属であるイロハはセイアの唐突な要請に暫し考え込んだ様子であったが、最終的にアコを親衛隊に預け虎丸単身での協力を呑んだ。

 その際万魔殿の親衛隊側から強い懸念と謀を不安視する声があったが、曰く(議長)の方針もありゲヘナとして手を貸す事は難しい。しかしあくまで個人として手を貸すならば構わないだろう、それが先生に関わる事ならば尚の事と説き伏せた。

 万が一これが悪意を持った謀だとしても、虎丸単体であれば逃走は容易であると。

 その様な背景を持って結成された即席の混成部隊――先生救出部隊は紆余曲折ありつつも、この場に駆け付けるに至る。

 

「……セイア」

「君には聞かなければならない事、確かめなければならない事、山の様に存在する――しかし、今は」

 

 向けられる視線、そこに含まれる色に気付き先生は思わず口を閉ざした。

 周囲から感じられる複数の視線、生徒全員がその無事を喜びつつも、同時に何か取り除く事の出来ない強い疑念と不安を覗かせていた。

 ぎゅっと、ユウカが先生の衣服を掴み唇を噛み締めていた。

 横目で捉えた彼女の表情は真剣で、沈痛であった。

 

「――!」

 

 その表情と瞳に先生は、秘められた答えを見つける。

 隠しきれなくなる事は分かっていた筈だと、それでも何か胸を刺す様な痛みがあった。それは物理的なものではない、アロナの制御によって感じられなかった筈の痛みを堪えながら、先生はそっと頷きを返す。

 

「……うん、一刻も早く此処を離れよう」

 

 もし自身の考えが正しいのであれば、彼女達に説明なければならない事、それはセイアの云う通り山の様に存在するだろう。

 

 けれどそれは、(この場)ではない。

 

「……さて、会議室ではどこの自治区が先生を保護するかで主導権を争っていたが、先生本人が目覚めた今、それを決める権利は私達にはない、そうだろう?」

「えぇ、今は兎に角、先生の仰る通りこの場を離れる事が先決でしょう」

「同意見です、此処に急行している最中にも感じましたが、周辺の敵性反応が想定よりもずっと多い――留まるのは危険です」

「そっ、それなら、此処から一番近い安全な場所を探すわ!」

「先生、セナさんを此方に、傷の手当てをします……!」

「あぁ、助かるよ」

 

 各々がこの場からの退避に同意し、ユウカは握っていた先生の衣服を手放し徐に目元を拭うと、先生に背を向け端末を操作、ホログラムマップを投影する。

 その間、セリナが負傷したセナの治療を提案し、代わりに先生へと手を伸ばした。

 受け渡しの際それとなく先生の身体に手を這わせ負傷の有無を確認するセリナは、セナを抱きかかえたままおずおずと問いかける。

 

「……先生は、その、お怪我は?」

「大丈夫、何ともないよ」

 

 セリナの問い掛けに、先生は微笑みと共に答えた。嘘には聞こえなかった。目覚めたばかりだと云うのに自身の両足で確りと立ち、毅然とした姿勢を崩さない彼からは今まで感じる事のなかった生命の力強さを感じた。

 錯覚だろうかとセリナは自身に問い掛ける、しかし確かに――今の先生は以前の先生と、何かが違う気がした。

 

「先生、虎丸に乗って下さい、かなり窮屈ですけれど外よりは安全ですから」

 

 その思考を打ち切る様に、頭上より声が掛かる。キューポラから上半身を出したまま、軽く装甲を掌で叩いたイロハが先生に対し乗車を促していた。負傷したセナと先生を虎丸内で保護すれば動きやすくもなるし、何より安全である。自分がキューポラから体を出し、セナは弾薬の上に、先生は砲塔下部に屈ませれば何とか乗れるだろう。かなり窮屈になる上、戦闘に参加するのは困難になるだろうが、外を走らせるよりはずっとマシである。

 

「ありがとうイロハ、ついでにゲヘナの万魔殿か、風紀委員会に通信は出来るかい?」

「……残念ですけれど、現在広域に通信障害が発生しています、どう頑張っても繋がりませんよ」

「そうか、それなら――ユウカ、外郭地区へ向かおう」

 

 シャーレなら、通信障害も何とか出来る。

 イロハの手を借り、虎丸の砲塔に足を掛けながら先生はユウカに向かって告げる。端末を操作しマップを凝視していたユウカは、先生から放たれた言葉に頷きを返した。

 

「シャーレですか、確かに此処からなら連邦生徒会よりも近いですね」

「ならば、その様にするとしよう」

「えぇ、もし通信が復旧すれば態々自治区に戻らなくても済みます」

 

 行き先が決まり、ミネが盾を地面に打ち付けたまま周囲を鋭く睨みつける背後で、セリナはセナの治療を終える。後は彼女の虎丸内部に運び込み、出発するだけだった。

 そんな風に考えている最中、遠くの空が一瞬明るく染まり、一拍の後爆発音と爆風が頬を撫でた。思わず全員がそちらに顔を向け、目を細める。遠目に複数のビルから煙が上がり、倒壊しているモノも見えた。砂塵が舞い上がり、赤い空を覆う様に吹き荒れるのが分かる。

 虎丸の上で屈み込んでいた先生もまた、険しい表情で爆発を凝視した。

 

「今の爆発音、比較的近いですね」

「あんな大規模な戦闘音、一体あそこで何が――?」

 

 皆が疑念と警戒を強める中、先生は乾いた唇で口ずさむ。

 

 ――ミカ

 

 セナが云っていた、ヒナとミカの戦闘。恐らくはあの場所で行われているのだろう、それを先生は本能的に察知した。本来であれば小規模の自治区同士の衝突にすら匹敵する戦闘の筈だ。掴んだ虎丸の外装を握り締め、先生は自身の懐に意識を向ける。

 

「君は、ひとりじゃない」

 

 使用者の意図を汲んだシッテムの箱が、淡く画面を点灯させた。

 薄らと放たれる青白い光が、一つの細い線を虚空に伸ばす。先生の瞳が青白く煌めき、遥か向こう側――今尚戦い続ける彼女を想い、告げた。

 

「どんな時だって、私が居る」

 

 ■

 

「――終幕(イシュ・ボシェテ)

 

 突き出された銃口より、轟音が打ち鳴らされた。

 網膜を焼くマズルフラッシュ、表通りの広い公道を全て覆い尽くしてしまう様な弾丸の嵐が迫り、乗り捨てられた車両、倒壊した街灯、散乱する瓦礫片を呑み込み、射線上の全てを粉砕する。

 圧倒的な神秘濃度と手数を以て放たれるそれは、ゲヘナ風紀委員長として数多の存在を戦闘不能に追い込んだ彼女の代名詞。

 大抵の者であれば放たれる弾丸の雨に呑まれる、そうでなくとも掠めただけで再起不能のダメージを負うであろう大技。黒の奔流は例外を許さず、遍く全ての幕を降ろす。

 しかし――。

 

「あははッ!」

 

 それを真正面から突っ切る影があった。

 雪崩の如く迫る弾丸を前にして、避ける素振りも見せず、ただ片腕で頭部を守り、姿勢を低く、笑顔で突貫する純白の星――聖園ミカ。

 洒落にならない威力の弾丸が肌を叩き、制服を切り裂き穿つも、彼女の肌に穴をあける事は無い。精々がその表面を僅かに赤らめ、多少の痛みを覚える程度であった。

 

「温いなぁ、こんな薄い弾幕で私をどうこう出来ると本気で思っているのなら、見当違いも良い所だよ!」

 

 飛来する弾幕を抜け切り、腕と共に翼を振り払って最後の弾丸を弾いたミカは、立ち昇る砂塵を突きってヒナへと肉薄する。多数の弾丸が着弾した筈だ、しかし突き出された腕に負傷は見えず、彼女の不敵な笑みが消える事は無い。

 ズン、とミカが踏み出した一歩がアスファルトを砕き、周囲を揺らした。

 力強く握られた拳、地面を這う様な恰好から、抉る様に繰り出される渾身のアッパーカット。どっしりと腰を据え、愛銃を構えていたヒナは迫り来る拳を視界に捉えながら、徐に片足を上げた。

 真面に受けて良い類の攻撃ではないと、直感で悟った。

 射撃の反動で両腕は塞がっている、かと云って体捌きで云々出来る間合いではない。直撃は論外、最悪首が引っこ抜かれるような一撃、であれば――。

 

「ふんッ!」

「っぅ!」

 

 ヒナの顎を粉砕せんと迫る拳、それに対し繰り出された靴底。

 まるで踏みつける様に繰り出されたそれは、ミカの拳を真上より捉え、衝撃が大気を震わせた。風圧が外套を靡かせ、両者の長髪が大きく舞い上がる。ミシミシと音が鳴り、互いの身体が全力で稼働し、軋む音が耳に届いた。

 拳を振り抜こうと全力で押し込むミカ、させじと全体重を掛け抑え込むヒナ。

 至近距離で見つめ合う両者は、片方が不敵な笑みを、もう片方は変わらず冷徹な気配を貫く。

 

「はっ、こんな止め方、随分と足癖が悪いんだね?」

「……コレ(愛銃)のリロードにも足を使うから、そうかもね」

 

 自身の拳越しにミカが吐き捨てれば、ヒナは淡々とした口調で以て答える。拮抗、しかし姿勢と部位から自身が不利か。

 そう悟って仕切り直しを図ったミカが強引に腕を振り払えば、それを読んでいたかのようにヒナは逆らわず、ミカの腕を足場に大きく跳躍する。

 まるで重さを感じさせない軽やかな動きで身を翻し、再び地面に着地するヒナ。

 担いだ愛銃が重々しい金属音を発し、ふわりと羽織った外套が広がる。

 ヒナは今しがた拳を受け止めた自身の右足で軽く地面を踏み締めると、興味深そうにミカを一瞥した。

 

「凄まじい力ね、純粋な身体能力、神秘濃度も、通常の生徒とは比べ物にならない――殆ど反則同然の力と云って良い」

「自分も同じような段階でしょ、まるで他人事みたいに云っちゃってさ」

 

 拳に付着した砂を払いながら、大袈裟に肩を竦めるミカ。其処にはどこまでも超然とした余裕があった、目の前の空崎ヒナに対して自身が僅かも劣るとは考えていないのだろう。

 そして事実、態度に裏付けされた実力がある。

 

 ――頑強さに限って云えば、砂狼シロコ(銀狼)以上。

 

 ヒナは冷静な観察眼で以て聖園ミカの戦力を測った。一点、純粋な打たれ強さという観点に絞れば銀狼どころか、このキヴォトスに於いて五本の指に入ると断言しても良いと内心で認める。

 盾すら持たず、自らの神秘と肉体強度にモノを云わせて終幕(イシュ・ボシェテ)を突破するなど、空崎ヒナにとっては初めての経験だった。

 盾で防ぐ、遮蔽で回避する、そう云った方法で攻撃をいなす、回避する者との戦闘はあった。しかし何の策も無く、馬鹿正直に正面突破を敢行し、実際にそれを為したのは目の前の聖園ミカが初めてだろう。

 そもそも現在の空崎ヒナの放つ弾丸の威力は過去の彼女と比較し大きく破壊力を高めている。過去の己ではない、反転し本質を手放した己の弾丸に容易く耐えるという事実が、彼女の本能的な警戒をより強めていた。

 

 一つ前に戦った銀狼と呼ばれた彼女(イレギュラー)の強さは、その技巧によるところが大きい。

 実際に戦って強く感じた。ハッキリ云って純粋なフィジカル、神秘密度、総量で云えば聖園ミカに大きく劣る。

 しかし彼女(銀狼)にあったのは、数多の戦闘経験、修羅場、死線を掻い潜った事よにり得た戦術的な視点と射撃技術、引き際の妙である。引き出しを全て開け切れば勝利出来る相手ではあるが、その引き出しの量が兎に角多かった。

 

 反対に、聖園ミカの戦い方は実にシンプルである。

 戦闘に於ける駆け引き、フェイント、射撃技術、白兵戦技能、そういったものを純粋な強さを前面に押し出して一切拒否する。引き出しや駆け引きなど存在しない、耐えて、耐えて、耐えて、一発決めれば(ミカ)の勝ち――とでも表現すれば良いのか。

 此方の攻撃は全て受け切り、その上で更に強烈な一撃を叩き込もうとするのだから強ち間違ってはいまい。

 正直に云って、厄介極まりない。

 些細な手妻や経験、技量で翻弄して来る手合いよりも余程、純粋な身体能力(スペック)にモノを云わせた戦闘スタイルは対処法が限られる故に。

 

「……成程」

 

 分析を終え、ヒナは小さく頷くと結論を下した。

 この世界の聖園ミカ(彼女)は、危険であると。

 

「――認めるわ、聖園ミカ」

「……!」

 

 薄らと、ほんの僅かだが。

 口にされる言葉に、感情()が乗った様な気がした。

 滲み出る戦意、或いは異質な重圧。何やら不穏な気配を感じ、ミカは思わず半身に身構える。先程まで両腕をぶら提げ、全く構えを見せなかった彼女が行った反射的な防御反応。

 それを証明するかの如く、ヒナは自身の愛銃を脇に挟んだまま紫がかった瞳でミカを凝視した。

 

「貴女はこの世界に於いて、先生に次ぐ不確定要素、或いは特異点にすらなり得る存在」

 

 この自分と真正面から単独で撃ち合える時点で、彼女の脅威度は計り知れない。聖園ミカ一人で顕現したサンクトゥムタワーの幾つかを破壊、或いは何らかの手段で空に上がればアトラ・ハシースの制圧すら叶うかもしれない。

 そう、『かもしれない』だ。

 所詮は可能性の話であり、あくまで仮定に過ぎない。自身が懸念した通りになる確率は論ずるに値しない数字に収まるだろう。

 

 しかし、【ゼロ】ではない。

 

 これがどれ程恐ろしい事か、異常な事であるか、体感した事のない者には分かるまい。

 圧倒的に不利な状況、全てが決まり切った運命、その流れを断ち切れる特異点――ゼロならざる『可能性』、それを持つ存在こそを彼女は強く警戒する。

 

「だからこそ此処で、確実に始末する(ヘイローを破壊する)

 

 今はまだ小さな光(先生に満たない可能性)であっても、その芽は早めに摘まねばならない。

 故にヒナは大きく息を吐き出し、その名を呼んだ。

 

「……先生」

 

 ■

 

 ――【ヒナ】

 

 ■

 

「……ッ!」

 

 明確に、目に見える形で、空崎ヒナの纏う気配が変質した。

 元より捻じれ曲がり、罅割れていたヘイロー、その輪郭にノイズが走り彼女の瞳に薄らとした紫色の光が灯る。周囲に突風が吹き荒れ、空崎ヒナを淡い光が包み込む。その現象の意味する所に気付いたミカは表情を顰め、より一層身を強張らせた。

 ヒナは自身の身体に起きた変化を確かめる様に掌を二度、三度と握り締め、それからミカに向かって向き直る。

 改めて対峙したその矮躯は、今や二倍、三倍にも巨大に見えた。

 

「卑怯、だなんて思わないで」

「……そんなの、思う訳ないじゃん」

 

 苦笑し、ミカは強がるように言葉を紡ぐ。そもそも、この戦いに於いて卑怯もクソもある筈がないのだ。負ければ全てを失う戦い、そこに誰のどんな介入があろうと喚く余地はない。

 互いに死力を尽くして戦っている、使えるものは何でも使うべきだろう。それこそ反則染みた手札でさえも。

 

「貴女は確かに強い、身体能力も、神秘濃度も、通常の生徒とは比較にならない程――けれど」

 

 冷静に、ヒナは対手を見定める。

 真正面からノーガードで撃ち合う相手として考えるのならば、まず当たりたくはない手合いだ。フィジカルの勝負では今の自分でも苦戦を強いられると理解した、それは認める。

 しかし、そんな聖園ミカに対し自身が明確に勝る点があった。

 それは――。

 

「純粋な戦闘技能(戦闘経験)は、私が上」

 

 銀狼にすら勝る戦闘技能、その一点に於いて聖園ミカと空崎ヒナには、天と地ほどの差がある。

 ゲヘナ風紀委員長として自治区を走り回り戦う日々、何度戦闘を行ったのかも憶えていない一日さえ存在した。彼女が積み上げた尽力の経験は、血肉となって空崎ヒナ(ゲヘナ最強)という雷鳴を打ち立てるに至る。

 治安維持を必須とする(純粋な暴力が闊歩する)ゲヘナと、比較的マトモと云える治安を誇る(目に見えない場所を戦場とする)トリニティ。銃火を交えた戦闘経験、場数で云えばティーパーティーの一員として、日々の大半を政略と会談で終える彼女達とは比較にならない。

 

 ヒナは敢えてゆっくりとした動作で両足を広げると、腰に構えた銃口を突き出した。其処に薄らと灯る光、攻撃の前兆、ミカが瞳を細め両足に力を籠める。

 

 確かに真正面から弾幕を突っ切り、雪崩の如く迫る弾丸を「温い」と称する相手に対し、回避不能な無差別広範囲攻撃は効果が薄いだろう。それは自身の攻撃力に絶対の自信を持ち、回避出来ない状況に追い込めば必ず仕留められると云う思想の元出来上がった空崎ヒナのスタイルである。

 故に彼女が取った対策はシンプルであった。

 終幕が手数と広範囲による対多数殲滅スタイルであるとすれば、分散していた神秘を極限にまで収束し、一点に撃ち出すコレは真逆の性質を持つ。

 範囲は極限まで狭め、代わりに高弾速、高貫通、高威力の一撃を。

 

 高まる光量、収束されるそれに身を照らされながら、ヒナは告げた。

 

「――開演(イシュ・ボシェテ)

「ッ!?」

 

 ギラリと、ミカの視界に閃光が瞬いた。

 同時に湧き上がる強烈な危機感と、一瞬にして高まる肌を焼く様な神秘濃度。彼女が咄嗟に両腕を交差し、前へと突き出した瞬間――轟音が打ち鳴らされ、ヒナの身体が反動でグンと押し込まれた。

 凄まじい極光が突き出した銃口より放たれ、ミカの身体を捉える。

 直進する(弾丸)はミカの交差させた両腕へと着撃し、その身体が着弾の衝撃で一瞬浮き上がった。

 

「いッ!?」

 

 ミカが最初に感じたのは強烈な熱、或いは痛みだったのかもしれない。

 両腕でガードしたにも関わらず、抑えきれない強烈な衝撃。走行する列車を真正面から受け止めた事もあるが、それと比較にならない程の威力だった。肌が焼け、骨が軋み、皮膚から血が噴き出す。ミカの両足がアスファルトを削り、そのまま体は後方のビルへと叩きつけられ、粉砕。

 

 轟音、飛び散る瓦礫片、四散する粉塵。

 ミカの身体は突き抜ける衝撃により地面と水平に吹き飛び、何枚もの内壁を突き破り、衝突したビルの反対側から飛び出した。

 それだけに終わらず一棟、二棟、三棟と連鎖する爆発音。放たれた極光はミカを遥か後方まで吹き飛ばし、大通りを跨ぎ隣のブロックまで押し込んだ。

 最後に、一際大きな爆発音を鳴らし爆炎が立ち昇るが見えた。衝突したテナントビルが崩壊し、重々しい瓦礫の崩れ落ちる音が周囲に轟く。壁の様に迫る噴煙、区画の一部がそれらに覆われ、衝撃に揺れた車両が盗難防止用のアラートを鳴らす。

 

「………」

 

 円形にくり抜かれ、熱に歪んだビル群の壁、赤熱し半円に抉れた地面を一瞥しながら、ヒナはゆっくりと白煙の立ち昇る銃口を払った。

 ヒナの放った神秘砲、その威力は絶大であり、数棟の建物を貫通し大穴を空け区画を横断するが如く熱線の爪痕を刻んだ。

 大きな熱を発する銃身を撫でつけ、ヒナは数棟のビルに空いた大穴を見つめる。それからゆっくりとした足取りで貫通したビルのエントランスを潜った。

 

「ただ身体が頑丈なだけの生徒なら、これだけで意識を飛ばす所なのだけれど」

 

 聖園ミカの姿は立ち昇る蒸気と噴煙によって見えない。これだけの威力だ、大抵の生徒であれば意識を飛ばす、そうでなくとも戦闘不能に陥るだけの神秘は込めた筈だった。

 しかし、発した声には確信が籠っていた。

 

 それに応える様に、瓦礫を吹き飛ばして立ち上がる影が一つ。

 自身に圧し掛かった巨大な瓦礫を跳ね退け、重々しい音を鳴らしながら積み重なった残骸より抜け出す姿。両腕に黒々とした焦げ目を残しながら、頬に付着した砂塵を拭う聖園ミカは健在。

 唇を尖らせ、先程よりも数段険しい目つきをした彼女は大穴の向こう側に佇む空崎ヒナを睥睨する。

 

「頑丈ね」

 

 意識を飛ばす所か、まだ立ち上がって来るとは。致命傷と云える致命傷も見られない。その事にヒナは僅かな感心を覗かせながら呟いた。

 

「……私の事、舐めないで貰えるかな?」

 

 ――全力で防御すれば、私に防げない攻撃とか無いから。

 

 口に混じった血を唾と共に吐き出し、ミカは断言する。そこに驕りはなく、純粋な事実として口にしている節がある。実際問題、たった今自身の放った収束した一撃――異なる形のイシュ・ボシェテ(神秘砲)を真正面から受け切ったのだから。

 確かにその事実は驚愕に値する、自身が見積もった聖園ミカの頑強さは間違っていなかったと。

 

「自分の防御(神秘)に随分と自信があるみたいだけれど」

 

 呟き、歩きながらヒナは愛銃をゆっくりと回転させ、足先で弾く。

 加速し円を描く銃身、それを目で追いながら呼吸する様に弾倉を切り離し、再装填を済ませる。長年慣れ親しんだその動作に淀みは無く、瞬きの間に換装を終える。

 身の丈を超える、その長銃から放たれる一撃は確かにミカの身体へとダメージを刻んだ。今まで大した効果が見られていなかった状態から、息が上がり明確に身体への負傷が視認出来る。

 聖園ミカの頑強さを考えれば一発二発は耐えられるかもしれない。

 しかし。

 

「――後何発、耐えられるかしら」

 

 喰らい続けて、無事で済む筈がないのだ。

 空崎ヒナの冷然とした態度が、自身(ミカ)の虚勢を嘲っている様に思えた。

 

「……ふーッ」

 

 ぶら提げていた愛銃を揺らしながら、ミカは大きく息を吐き出し空を仰ぐ。一歩、二歩、叩き込まれたビルの内部から再び公道へと足を進めた彼女は、赤く染まった空を忌々し気に睨みつけた。

 防御した腕が痛い、皮膚が擦り切れ血が滴っている。全力の神秘で固めた両腕が、こうも簡単に貫通される何て思いたくもなかった。

 強くなった筈だった、どんな状況でも打破出来る力を欲し、此処まで来た。

 けれどやはり、運命と云う奴は実に意地が悪くて。

 

「私は負けられない――もう、負ける訳にはいかないの」

 

 拳を、愛銃を握り締め、ミカは呟く。

 そうだ、自分は負けるわけにはいかない。

 この為に、これだけの為に全てを捧げて来た。

 赤の滴る拳をそのままに、二度、三度と額を拳で打つ。そして再び大きく息を吐き出すと、煌めく瞳で以てヒナを捉えた。

 

「先生の未来は、私が、【私達】が切り開く」

 

 そう、誓ったのだから。

 

 ■

 

 ――ミカ

 

 ■

 

「ッ!?」

 

 名前を、呼ばれた気がした。

 それは突然の事だった。

 指先に走る微かな痺れ、頭上に煌めくヘイローにノイズが走る。同時に泣きたくなる程に懐かしい感覚が体中を支配し、体の奥底から湧き上がるような感情があった。まさかと勢い良く振り返ったミカは、戦いの最中であっても常に意識していた方角へと目を向ける。

 砂塵に覆われていても、赤い空の下であっても、分かる。

 この様な感覚を齎せる人物は唯の一人だけ。

 

「――先生?」

 

 巡る数値、刻一刻と変化する視界の情報、自身を包み込む暖かな光、ヘイローを通じて理解する繋がり、その感触、ミカは良く知っている。それら全てが守るべき人の存在を示しており、ミカは自身の肩に触れる暖かな掌を幻視した。

 

「そっか、目を覚ましてくれたんだね」

 

 湧き上がる安堵と歓喜、呟きは喜色を滲ませ、口元は笑みを浮かべる。

 もし、そうならば。

 自身の肩に優しく触れたミカは大きく一歩を踏み出し、身に湧き上がる感情と共に叫んだ。

 

「益々、恰好悪い所は見せられないよねぇッ!」

 

 先程までの虚勢などではない、心の底から絞り出された言葉。

 そう、先生と共に戦うのであれば。

 先生が一緒ならば。

 聖園ミカは、どんな状況でだって笑える。

 

「……あぁ」

 

 頭上を仰ぎ、口から漏れた声は力なく。

 先生の覚醒に気付いたのは何もミカだけではない。対峙するヒナもまた、その事実にいち早く気付き、喉を鳴らした。

 ただし、浮かぶのは歓喜ではなく悲哀の感情。聖園ミカとは対極の、その覚醒を望まなかったが故の。

 彼女は構えていた銃口を僅かに落とし、色褪せた瞳と共に呟いた。

 

「――どうして、まだ苦しもうとするの」

 

 眠り続けていれば、目覚める事が無ければ。

 そうすれば、安寧の泥の中で全てを終わらせられたのに。

 目を開くから、もっと苦しくなってしまう。

 

「お返しをあげる、空崎ヒナ」

 

 力強く、宣告するような声が響いた。

 響く靴音、コツコツと木霊するそれは聖園ミカが空崎ヒナへと歩み寄る音に他ならない。

 砂塵に浮き上がる影、くるりと腕の中で回る銃身。手慣れた様子で愛銃を遊ばせながら、ミカは一歩一歩距離を詰めていく。それをヒナは無機質な瞳で眺めていた。

 弾倉は装填済み、全身を覆う全能感、湧き上がる感情と神秘はその濃度を刻一刻と増し、聖園ミカを構成する威圧感は周囲の空気に物理的な重みを与える。

 

 不意に風が吹き、二人の間にあった砂塵が揺らぎ、晴れていった。

 空崎ヒナの極光により大きく距離を空けた両者であったが、互いに足を進めた結果通りを一つ挟み対峙する距離まで再度近付く。

 お互いがお互いの瞳を認識出来る距離、赤い空に照らされながらミカはケーブを払い、腕を突き出す。

 

「喜びなよ、この世界で目覚めてから、【私達】が初めて見せる全力なんだからさ」

 

 正確に云えば、聖園ミカが単独で放った事はある。

 しかし重なった、異なる世界の聖園ミカが混じって以降、全力の攻撃を見せる機会は一度として訪れる事はなかった。

 それは本来喜ばしい事だ、同時に彼女にとって目の前の存在がそれ程までに脅威であると認めた証でもある。

 聖園ミカの構えは、放たれる戦意に反して余りにも無造作。

 空崎ヒナの様にスタンスを広く取り、どっしりと腰を落として反動に耐えるようなものではない。軽く足を開いて、愛銃――Quis ut Deusを持つ手を突き出すだけ。

 ただそれだけ。

 

 それだけで十分だった。

 

「――Kyrie(主よ) Eleison(憐れみ給え)

 

 口ずさむ賛歌と共に、ズンと、ミカの足元が反動によって唐突に陥没した。

 罅割れた瓦礫片が打ち上げられ、突き出された彼女の腕が跳ね上がる。

 同時に煌めく銃口より高速で放たれる白の極光、空崎ヒナの誇る神秘砲が熱線(レーザー)が如き一撃であるのならば。聖園ミカが誇る全力の神秘砲は、純粋な威力のみを追求した巨砲の如く。

 たった一発の弾丸に聖園ミカが誇る神秘を凝縮させる、圧縮弾である。

 

「……!」

 

 彼女を補佐する戦闘支援システムが危険を知らせた。視界に真っ赤なアラートが表示され、ヒナが視認した瞬間、それは彼女の目前へと既に迫っていた。

 視界全てを覆う白、放たれたのは一発の弾丸、しかし纏わりつく圧倒的な量の神秘が最早巨大なエネルギーの塊となって攻撃を強化している。反射的に片腕を畳み、自身の顔面を防御するヒナ。

 

 そして迫る白が彼女の腕に着弾した瞬間――炸裂。

 凄まじい爆発と共に抗え切れない衝撃がその身を襲った。

 爆風が周囲のビル群、その硝子を次々と粉砕し、爆炎が空気を舐める。

 爆発の規模は凄まじく、ヒナの背後にあったビルは根元から吹き飛び、数十メートルに渡って抉れたアスファルトが瓦礫の一片すら残さず全てを消滅させた。

 隣接したビル群も爆発に呑まれた部分は抉れ、消し飛び、まるで巨大な見えざる手で毟り取ったかのような惨状を見せる。爆発はヒナの全身を打ち付け、炎が衣服を焦がす、臓物が持ち上がり骨が軋む、全身を覆い強化した神秘が強引に剥がされるような感覚があった。

 

「ッ!?」

 

 爆発によって空中に打ち上げられた空崎ヒナは、翼を使って姿勢を立て直す。

 吹き飛ばされた勢いそのままに、ビル外壁を踏み砕き強引に勢いを殺した彼女は、爆炎に呑まれズタズタに裂かれた自身の片腕を見つめると、それから罅割れ陥没した外壁を蹴って屋上へと降り立つ。

 縁に立ち、爆心地を見下ろしたヒナは顔を顰めた。

 地面の断面は赤く赤熱し、凄まじい熱気が周囲に立ち込めている。凄まじい威力と範囲、そして熱量である。目測で凡そ五十メートル前後の円型、ぽっかりと街中に現れたクレーターは赤く染まり、白い蒸気が視界を覆っていた。

 

「あはっ! なになに、凄いじゃん、色彩の力は伊達じゃないってワケ?」

 

 ビルの外壁を蹴り上げ、ヒナと同じように翼を使って駆けあがって来た彼女はヒナの対面へと降り立ち叫ぶ。音もなく着地したミカは、自身の一撃を受けて尚原型を留める、どころか致命傷ですらない状況に不満げな表情を浮かべた。

 

「でも、思ったより悔しいなぁ、文字通り私の全力全開だったのに」

「……正直に云えば、驚いたわ」

 

 私も、全力で防御しなければ危なかった。

 呟き、ヒナは衣服の袖が丸々消し飛んだ左腕を突き出し、眺める。グローブも消滅し、肩口まで肌の露出したヒナの腕は皮膚が裂け、爆創が見られた。羽織っていた外套も所々が焦げ付き、指先から滴る赤が床に点々と跡を残す。

 確かに無視できないダメージである、だが行動不能と云える程ではない。攻撃の規模に反し、その負傷は実に些細なものに見えた。

 聖園ミカがそうであるように、空崎ヒナの頑強さもまた、常軌を逸しているが故に。

 

「……互いの全力が致命傷にならない状況」

「そうなれば、次にやる事は決まっているよね」

 

 血の滴る左腕を軽く動かしたヒナは愛銃を改めて担ぎ直し、瞳を絞る。お互いに向き合い、負傷を隠さず視線を交わす両者。撃ち合ったのは一発ずつ、どちらも全力を以て放った一撃である。

 そして互いの一撃は、どちらも相手の防御を完全に貫くには至らない。

 それならば――。

 

「此処から先は」

「徹底的な削り合い」

 

 発した声は意図せず重なり、素早く突き出した銃口が対峙する相手を捉えた。靴が地面を擦る音、吹き付ける風、突き出した銃口越しに覗く瞳。靡く長髪が視界を彩り、互いの戦意が肌を刺す。

 白と黒が交差し、その血の滲む唇が言葉を紡いだ。

 

「勝つわ、【先生(あの人)】の為に」

「勝つよ、『先生(あの人)』の為に」

 

 私の全てを賭して。

 

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