ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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今回は朝方投稿ですの~!


紡いで来た絆の全てを

 

【トリニティ自治区 補習授業部 教室】

 

「―――」

 

 赤い空に覆われたトリニティ自治区、多くの生徒達が発する困惑を含んだ喧騒を他所に、本校舎より少しばかり離れた別棟空き教室にて屯する影があった。

 その中の一人、ハナコは先程まで何ら反応を見せなかった端末を見下ろしながら眉を顰める。それは目の前に齎されたメッセージによって生まれたものではない、その背景を汲み取り未来を予測したが故の反応だった。

 

「ハナコ?」

 

 不安げに外の景色を眺める他の面々、ヒフミ、コハル、アズサの三名。特にアズサはこの状況に於いて自分達の安全を確保する為、何処から持ち出したのか複数の弾薬や爆発物等を空き教室に持ち込み整理していた。

 警戒心を常に持っているからだろう、ハナコの変化にいち早く気付いたのも彼女である。アズサがハナコの名前を呼べば、ヒフミとコハルもまた窓に寄っていた身体を離し、ゆっくりと振り向いた。

 

「……先生から、たった今メッセージが届きました」

 

 端末を静かにタップし、目を瞑ったハナコが呟く。その一言に、教室に集った全員が驚愕の声を上げ、自身の端末に手を伸ばした。

 

「えっ!?」

「D.U.への通信が繋がったのか?」

「はい、どうやらその様です」

「あっ、本当だ……!」

 

 コハルが自身の端末を確認すれば、確かにD.U.側への通信が繋がっている事が分かった。加えてメッセージアプリより、先生からの着信が一件ある。皆がその事を喜ぶ中、ハナコはひとり思案する素振りを見せる。

 D.U.への通信が回復したという事はサンクトゥムタワーが機能を取り戻したのか、或いは先生が――ハナコは自身の唇を指先で擦り、幾つかの予想を脳内に羅列する。

 

「先生は――無事みたいですね、良かった!」

「で、でも先生って、まだ病院に入院中って話だったわよね? なんでこんなメッセージ……」

「えっと、心配する声が多かったから、心配を掛けないようにする為とか……?」

「――いいや、こんな状況だ、恐らく無理をして病院から出て来たのだろう」

 

 皆が安堵に胸を撫でおろす中、メッセージの内容にコハルが疑問を抱けばアズサが即座に答える。

 先生がこの混乱の中、大人しく病床で待機しているとも思えないというのは補習授業部全員の共通認識であった。ましてや総合病院には見舞いに来ていた生徒達も存在するだろう。彼女達の避難や保護を優先し、奔走している姿が目に浮かぶ様だった。

 本音を云えば、その様な無茶はもう控えて欲しかったが――。

 

「先生、またそんな無茶をして……!」

「皆さん、アズサちゃんに倣い、念の為戦闘の準備を」

 

 憤慨するコハルに対して、ハナコは冷静な面持ちで告げた。

 戦闘準備と云う冷たい響きを伴う文言に、皆の意識が否が応でも引っ張られる。ただひとり、アズサだけは変わらぬ表情でハナコを捉えていた。

 

「現在のトリニティはティーパーティー、救護騎士団、シスターフッドの代表がそれぞれ不在の状況です、通信が回復した事は喜ばしいですが各分派代表の現在状況は依然不透明、正義実現委員会の殆どが残っているとは云え暫くの間混乱は免れないでしょう」

「……加えてこの、先生からのメッセージ、避けられない戦闘があるんだな?」

「恐らくは」

 

 重々しく頷くハナコ。彼女の脳裏には既に一つの解答が浮かび上がっている。そしてもし、その予想が正しいのであれば。

 これからキヴォトスに降りかかる困難は、嘗てない程の苦痛を伴うだろう。

 或いは、犠牲を伴う覚悟さえも。

 その可能性を想いハナコは唇を噛み締め、それでも尚努めて超然とした姿勢を保った。

 

「今は情報を集めましょう、コハルちゃん、正義実現委員会本部の方に連絡をお願いします」

「あ、わ、分かった……!」

「ヒフミちゃんは救護騎士団の本部へ、アズサちゃんは自警団と接触を」

「は、はい!」

「トリニティ自警団だな、了解した、何人かの生徒とは面識がある――それでハナコはどうする?」

「私は……」

 

 場慣れしたアズサに問いかけられ、ハナコは一瞬口を噤む。各分派の代表が不在だった状況、通信が回復した今向こう側からコンタクトがあれば各組織は一斉に動きを見せるだろう。見極めるべきは各分派、組織の動向と協力の有無。それを把握し、『先生が望む形で動ける戦力』の確保は急務である。

 

「シスターフッドと、図書委員会の方々と話して来ます」

 

 今は兎に角、僅かな時間と人手が惜しい。顔を上げたハナコは、真っ直ぐ補習授業部の友人達を見渡しながら告げた。

 加えてこの赤い空、必要なのは戦力のみならず情報も同様。

 それには、トリニティに貯蔵される数多の古書が重要な手掛かりとなり得る。行先の選定には、その様な思惑もあった。

 

「何かあれば直ぐに連絡を、お互いの身の安全を第一に動いて下さい」

「は、はいっ!」

「わ、分かったわ……!」

「うん、了解した」

 

 全員が頷き合い、連絡手段となる端末を握り締めながら空き教室を出る。

 それぞれが指示された場所へと駆け出す中、その背中を見送ったハナコは踵を返し、人気のない廊下を歩きながら確信と共に呟きを漏らす。

 

「――このメッセージ、他の方々にも届いている筈です」

 

 端末を握り締める指先には、無意識の内に力が籠った。

 シャーレが純粋な戦力だけを欲しているのであれば、そもそも補習授業部に連絡を回す事もない筈だ。自分達には後ろ盾となる組織はなく、単純に助力を仰ぐのであれば各分派、組織のトップに話を通した方が早い。補習授業部という小さなグループに協力を仰いだ所で、得られるものなど高々知れている。

 つまり、このメッセージが自分達にも届いた時点で確かな事は一つ。

 この異変は先生が、これまで築いて来た全ての人脈を全て費やす程の規模であり、このトリニティに収まるレベルにないという事。

 加えてこの空が意味する所に、ハナコが覚えがある。

 

 嘗て銀狼が語って聞かせた複数の可能性、破滅的な未来。彼女の表情、纏う気配を思い返し、ハナコの指先が、そっと自身の白いリボンに触れた。

 

「……これもまた、彼女の語った嘆きの一つ、という事ですか」

 

 ■

 

【アビドス自治区 アビドス対策委員会 対策委員会部室】

 

「凄い嵐、全然収まる気配無いし……」

 

 窓硝子がガタガタと音を鳴らし、吹き荒れる砂塵が彼方此方を叩いていた。本校舎の至る所から聞こえて来る風音と軋む音は、校舎の老朽化を彼女達にこれ以上ない形で伝えようとしている。窓越しの光景に対し不機嫌そうに唇を尖らせるセリカは、同じ部屋の中で端末を叩くアヤネに目を向けると、近場の椅子に腰掛けながら進捗を訪ねた。

 

「アヤネちゃん、通信の方は?」

「……ううん、駄目みたい、全然繋がらなくて」

 

 セリカの問い掛けに対し、一度手を止めたアヤネは眼鏡を取り外しゆっくりと首を横に振る。

 アビドスはつい数時間前、大きな揺れが発生して以降、大規模な砂嵐に見舞われていた。天候が荒れやすいアビドスに於いてこの様な砂嵐は珍しくもない事であったが、それによりアビドス広域に於いて通信障害が発生してしまっている。

 先程からアヤネは複数の端末、通信機を用いてアビドス自治区以外との交信を試みているが、この状況下では有線通信でもなければ難しいというのが彼女の結論であった。虎の子の衛星通信(SATCOM)でさえ、砂嵐の激しさに信号の減衰(フェージング)が酷く使い物にならない。

 つまり此方から状況を外部に発信する事が不可能な事態にある。この規模の砂嵐となると、暫くの間収まる事はないだろう。齎された結論に対し、セリカもまたテーブルに突っ伏し溜息を吐く。

 

「ん、ただいま」

「あっ、シロコ先輩!」

 

 二人が揃って意気消沈していると、全身に砂を被ったシロコが部室へと足を踏み入れた。デザート・スモックで上半身をすっぽりと覆ったシロコは、目を保護する為のゴーグルを外し、それからフードを後ろへと下げる。

 襟元に指を引っ掛けると、隙間に詰まった砂がパラパラと足元に落ちた。

 

「シロコ先輩、街の方はどうでしたか?」

「大丈夫、この手の嵐は皆慣れているから、大体の人は避難場所に退避していた」

「そっか、良かった……!」

 

 もう少し後で、もう一度別の区画を見て来る。そう云って愛銃をガンラックに立て掛けたシロコは、微かな疲労感を滲ませながら肩を竦める。自転車で街の見回りに出ていたシロコは、避難誘導を兼ねて彼方此方を走り回っていたが流石は未だアビドスに残る住民たちである。この手の砂嵐対策はお手の物で、規模が大きいと見るや否や指定された避難所へとスムーズに移動を開始していた。

 

「それより問題は……」

 

 シロコの報告に胸を撫で下ろす両名。しかし、シロコの表情が晴れる事は無い。その視線はアビドス本校舎からも視認出来る影にあり、シロコの瞳が窓硝子越しに外を見た。

 

「――あの赤い空と、奇妙な塔」

 

 マフラーに付着した砂を丁寧に払いながら、シロコは窓際に立つ。彼女の見つめる先には遥か遠く、アビドス砂漠から発せられる赤い光があった。一度屋上で砂嵐の規模を確かめる際、目視した巨大な塔――初めて目にしたソレは双眼鏡のレンズ越しにも不気味さが伝わり、思わず言葉を失う程であった。

 

 明らかに、何かが起きている。自分達の知らない何かが。

 あの塔に関する情報を収集する為にも、外界に救援を仰ぎたかったが肝心の通信が繋がらない。暫くの間は、自分達で何とかするしかなかった。

 

「アレは一体なんなのよ? 何か、ずっと変な光を出し続けているし、じっと見つめていると気持ち悪くなる感じがするし……」

「分からない、突然現れてずっとそのまま、この赤い空もあの塔みたいなヤツの仕業かもしれない」

「なら、さっさと破壊しちゃおうよ! 備蓄の爆薬を使えば何とかなるでしょ!?」

 

 正体不明の搭に対し、セリカは吹っ切れた様に爆破を提案する。不気味な光を発する搭の出現、赤い空も相まってその歪さには拍車が掛かる。ならば可能な限り迅速に破壊して、何かが起こる前に対処してしまえば良い。そうすればこの空の色も、全て元通りになるかもしれない。

 外を指差し、そう主張するセリカに対し腰を浮かせたアヤネは宥める様に云った。

 

「あ、危ないよセリカちゃん、まだ何かも分かっていない状況だし、こんな砂嵐の酷い中砂漠に向かうなんて――」

「物資の確認、完了です~!」

 

 アヤネがセリカを窘めている最中、幾つかの段ボールを抱えたノノミが部室の中へと踏み込んだ。両腕の中に抱えたそれをテーブルに置くと、ノノミは額に滲んだ汗を袖口で拭う。

 

「ん、お疲れ様、ノノミ」

「あっ、シロコちゃん、街の方は大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫、ノノミの方は?」

「取り敢えず確認出来た分はリストにしました、今アヤネちゃんの端末に送信しておきますね」

「あっ、ありがとうございます、ノノミ先輩! 助かります!」

 

 そう云ってノノミはカーディガンのポケットに入れていた端末を操作し、アヤネの端末に今しがた確認を終えた本校舎内の備蓄に関するリストを送信する。アビドス本校舎にはこういった砂嵐の際に備え様々な物資が蓄えられている。一応定期的に入れ替えと確認を行っているが、ノノミは対策委員会の備蓄とは別の個人的な備えも行っていた。今送信したリストには、その分も含まれている。

 

「避難所に届ける分を考えても、この嵐が過ぎ去る程度なら全然問題ないと思いますけれど、問題はそれ以外の部分ですよね」

「ん、それについて今話し合っていた」

 

 ノノミの懸念に対し、窓際に立つシロコが頷きを返す。壁に寄り掛った彼女は、アビドス砂漠の方角を指差しながら云った。

 

「セリカはさっさとあの変な塔を爆破するべきだって」

「いや、だって不気味だし、あんなの放っておいて良い事なんてないでしょ?」

「それは、そうなんだけれど……」

「うーん」

 

 セリカの主張には一定の理解を示すものの、全員が賛同を口にする事は無い。そもそも爆破するというが、実際問題持ち運び可能な爆薬の量には限りがあり、加えてその爆薬で確実に塔を破壊出来るという保証はない。更に搭付近にどんな危険があるかも分からず、無暗に接近する事は悪戯にリスクを増やすだけに思えた。

 かと云ってこのまま放置して良いのか? と問われれば何とも苦しい訳で――全員が沈黙する中、ふとセリカが部室の中を見渡し首を傾げた。

 

「あれ、そう云えばホシノ先輩は?」

 

 ■

 

【アビドス自治区 アビドス対策委員会 生徒会室】

 

 幾つもの段ボールが詰まれ、無機質な静けさに包まれる部屋。

 嘗ては多くのものが散乱し、山の様に積まれた書類や学校を立て直す為の金策が張り出されたホワイトボード、修理途中の道具やら何やらと散見されたその部屋は、最早機能しなくなって久しい。

 それでも定期的に清掃は行われており、それは彼女の過去に対する執着の現れでもある。

 

 誰も居ない、カーテンの閉め切られた部屋で一人佇む小柄な影、ホシノは部屋の片隅に収納されていたコンテナより幾つかの装備を取り出すと、中央に鎮座するテーブルの上に一つ一つ並べていく。

 分厚い防弾プレート、ベルトポーチに手榴弾、スモークグレネード、小分けにされた弾倉――。

 

「――……ユメ先輩」

 

 手を動かしながら呟かれたのは、嘗てこの生徒会室で共に過ごした唯一無二の先輩、その名前。

 今でも目を瞑ると、あの無駄に元気で溌剌として、けれど同時に危うくて放っておけない、聞き慣れた声が聞こえて来るような気がする。

 しかし、それは残影に過ぎない。彼女は既に存在せず、いまこうして生徒会室に屯する影は一つだけ。

 

 自分は決して一人ではない。

 けれどそれは――過去を無かった事にしてくれる訳ではない。

 

 乗り越える必要があった。

 嘗ての自分を、或いは自身の弱さを。

 犯してしまったと刻んだ、己の罪悪と。

 

「先生」

 

 思い返す、様々な記憶、想い出。

 交差する過去と未来。

 ゴトリと、テーブルに置いた拳銃が重々しい音を鳴らした。嘗て愛用していた拳銃、滅多に触れる事のないそれは、しかし手入れは怠っておらず、磨き上げられたフレームは鈍い光沢を放っている。

 

 今のホシノに理解出来る事はそれほど多くない。

 しかし、同時に分かっている事もある。

 

 アビドスに広がる赤い空、屋上から目視した砂漠に打ち立てられた捻じれて歪んだ搭、波紋の如く空に伝わる光、破滅的な光景。

 銀狼(あの子)が語った未来が追いついたのだと、そう直感するのに然程時間は要さなかった。

 

 アレこそが、キヴォトスを、アビドスを、対策委員会を、先生を終焉の入口へと誘う元凶。

 多くの慟哭と悲劇を生み、数多の罪悪を有無に至ったはじまりの絶望(最後の苦難)

 もし、そうならば――。

 

「今度こそ、絶対に」

 

 カチャリ、と。

 拳銃に込めた弾倉が音を鳴らした。

 握り締めたその感触を確かめながら、ゆっくりとホシノは黄金の瞳を覗かせる。

 煌めく瞳が、最早誰も居なくなった生徒会室、嘗て彼女の座っていた(椅子)を見つめていた。

 

 ユメ先輩の残してくれた居場所(アビドス)も、対策委員会の皆(大切な後輩達)も、先生(大事な人)も。

 全部、全部。

 

「私が守る」

 

 ■

 

【アビドス自治区 便利屋68 事務所】

 

「……あ、アル様」

 

 アビドス自治区に構えられた便利屋の事務所、その片隅で端末を見下ろすハルカが恐る恐る口を開いた。

 薄暗い部屋の中で、社長用に備え付けられたデスクに腰掛けるアルは、卓上に置かれた端末を見下ろしながら眉間に皺を寄せる。落ち着かない様子で周囲を見渡し、自身の端末とアルを交互に見つめるハルカは、何かを云いたげに唇を震わせていた。

 

「――えぇ、分かっているわ、ハルカ」

 

 ややあって、アルは静かに席を立つ。薄らと光る端末を指先でなぞると、その視線を前方の長椅子に腰掛ける両名へと向けた。

 対面に設置された長椅子に腰掛け、足を組み冷然と端末を見つめる影と、置かれたテーブルに足を放りながら同じように端末を翳す影。

 

「カヨコ」

「うん、こっちの端末にも届いていたよ」

「ムツキ」

「カヨコちゃんと同じ~!」

 

 長椅子に腰掛ける二人の名を呼べば、何方も端末を片手にして反応を示す。どうやら便利屋全員の端末にメッセージが届いている様だった。

 差出人は、D.U.にて入院中であった筈の先生から。

 

「今はアビドス全体で大規模な通信障害が起きているみたいだけれど、メッセージの着信時間からして自治区の境界線で仕事をしていた頃だね」

 

 カヨコは画面に表示された時間を確認しながら、凡そ自分達が何をしていた時間かを思い返す。便利屋はつい先程、この事務所に戻って来たばかりであった。それまでは別の自治区付近にて依頼を遂行中であり、依頼が終わったと一息つくや否や大きな揺れが周囲を襲い、一体何だと慌てて事務所に帰ろうとすれば遠目には大規模な砂嵐。

 暫く別の自治区に退避する事も考えたが、アルの事務所愛には勝てず皆で揃って何とか辿り着いたという流れである。

 

 綴られた文面を見つめるムツキは、普段よりやや真剣な面持ちで視線を逸らし、アルの後方に広がる窓へと目を向ける。

 そこに広がる赤い空、吹き付ける砂嵐に辟易とした溜息を零すと、胸中の感情を隠す事なく吐露した。

 

「まぁこの感じ、只事じゃないよねぇ」

 

 ――世界の終わり、って感じ?

 

 窓から差し込む赤い陽光、真っ赤に染まった空は異常気象の一言で済ませられる状況ではない。砂嵐程度であれば慣れたものだが、それに加えてこの状況は真っ当なものではあるまい。

 

「出立準備を、直ぐに出るわよ」

「あっ、は、はい……!」

 

 アルはガンラックに立て掛けていた愛銃に手を掛けると、デスクに重ねていた弾倉を手に取り号令を掛ける。ハルカが慌てて頷きを返し、カヨコも異論はなく、ムツキも足元に放っていたバッグの取っ手に足を引っ掛け持ち上げた。

 

「す、直ぐに用意します……っ!」

「ひと仕事を終えたばかりだけれど、仕方ないか――具体的な内容は後から聞くとして、それで社長、武装は?」

「そんなの、聞くまでも無いでしょう」

 

 便利屋68は万年金欠である、それはある程度懇意にしている相手には周知の事実である。時には装備や武装を絞って依頼を遂行しなければならない時もあり、それは懐事情や備蓄の弾薬、装備の予備パーツ等と相談だ。

 しかし、今回は別である。

 カヨコの問い掛けに対し、アルは椅子に掛けていた外套を羽織り、靡かせながら告げた。

 他ならぬ、先生からの依頼だ。

 

「――万全によ(費用度外視よ)

「くふふっ、りょ~かい!」

 

 ■

 

【ミレニアム自治区 エンジニア部】

 

「ウタハ先輩、部活の端末にヴェリタスから通知が来ているよ」

「ん?」

 

 見慣れた工房にて、リオと共同して開発した改良型AMASの整備を行っていたウタハは、床に寝そべりながら駆動部の調整を行っていた所、自身の足先を軽く揺すられヒビキの接近に気付いた。

 反対側で武装への装填を行っていたコトリもまた、手にしていた弾帯を纏めながらAMAS側面から顔を覗かせると小首を傾げる。

 

「何でしょう、こんな時に……?」

「いや、こんな時だからだろう、無意味な連絡を寄越す様な子達じゃないさ」

 

 頬に付着したオイルを軽く拭い、握っていた工具を箱に戻す。そのまま緩慢な動作で起き上がると、ヒビキから差し出された端末を手に取り、画面に表示される文字を目で追った。

 

「……成程、どうやら本当に緊急事態みたいだ」

 

 綴られた文言に、自然とウタハの表情は険しく変化していった。その様子にヒビキとコトリは顔を見合わせ、何とも緊張した面持ちを露にする。

 ウタハはそれから自身の着込んでいた制服のポケットに手を伸ばし、自身の端末が何処にもない事に気付いた。工房の作業台へと視線を移せば、緑色のランプを点滅させる端末が放置されている。

 成程、道理で気付かない訳だとウタハは内心で溜息を吐く。

 エンジニア部のメンバーは自身を含め何かと作業に熱中する事があり、そうなると頻繁に周囲が見えなくなる。外で何が起こっても大抵は工房の熱気と騒音に当てられ、来訪者が現れるまでは気付かないのだ。

 今回はヒビキが気付き僥倖だったと、ウタハ内心で言葉を零す。

 

「えっと、ウタハ先輩、内容は――」

「後で説明する、今は手を動かそう、二人共動かせる子達には熱を入れておいて、万が一の時は全機出せるように、メンテナンス途中の子も出来る限り仕上げるんだ」

「えっ、メンテナンス途中の機体もですか?」

「うん、そうだ、それが終わったらヴェリタスの方と合流する、どうやらC&C全員が既に動いているみたいだし……」

「C&Cが全員――」

 

 ヒビキが驚愕を伴った声を漏らす。彼女達が揃って動いたとなれば、かなり大きな案件だろう。そう云えば、つい先程セミナーにも動きがあったと小耳に挟んだ様な気もする。

 工房に並ぶ多くのAMAS機体群を見つめながら、ウタハは大きく息を吸い込んだ。

 

「これは、かなり大規模な事件になりそうだ」

 

 ■

 

【ミレニアム自治区 ゲーム開発部】

 

「見て見てミドリ、空がすっごく赤いよ!?」

「お、お姉ちゃん、危ないよ……!」

 

 ゲーム開発部、部室。

 見慣れたその場所で過ごす彼女達は、しかし窓から見える景色だけが赤く染まっている事に驚いていた。

 窓枠から身を乗り出し、不気味な赤い空を見上げるモモイはしかし、その表情に笑みを浮かべ心なしかテンションが上がっている様にも見える。その背中を引っ張るミドリは、反対に何とも云えぬ不安を抱いている様子だった。

 

「す、凄く不吉な色、ネットも不安定だし、一体何が起きて……?」

「でもさ、何かラストダンジョン前の雰囲気じゃない? 世界が真っ赤になって、もしかしたら空から恐怖の大魔王とかが降って来るのかも!」

 

 ユズが端末を握り締めながら呟けば、モモイは外を指差しながら鼻息荒く叫ぶ。RPGやアクションゲーム、ファンタジーを題材にした作品でラストに空が赤く染まり、恐怖の大魔王やら裏ボスが降臨し世界が危機に瀕する展開は良くある事だ。

 それが現実にも起きているのではないかと興奮するモモイに、ミドリは辟易とした様子で呟いた。

 

「いや、そんな展開、現実である訳……」

「こんな真っ赤な空になっている時点で分からないじゃん!」

 

 全く以て夢が無い、そう云ってミドリに食って掛かるモモイは何が何でもファンタジー世界を降臨させたいらしい。彼女らしいと云えば彼女らしいが、ひと目でただ事ではないと分かる状況で余りにも楽観的な発言であるとも思える。

 そんな思いを呑み込み、小さく溜息を零すミドリは、ふとこんな状況に於いて一番何かしらアクションを見せそうな人物が沈黙している事に気付いた。

 遅れてモモイ、ユズもまた普段よりもずっと言葉数の少ないアリスに気付き、彼女へと視線を向ける。

 

「……って、アリス?」

「アリスちゃん、どうしたの?」

 

 アリスはただ、皆の呼びかけにも答えず、食い入るように赤い空を見上げていた。普段の彼女であれば、「緊急クエスト発生ですね! 恐怖の大魔王が現れるのなら、そんな時こそ勇者の出番ですっ!」といの一番にモモイへと同調しそうなものである。

 しかし今のアリスは窓枠に張り付き、呆然とした様子で空を見上げるばかり。

 微動だにしない彼女からは何か声を掛ける事さえ躊躇われるような、ただならぬ気配を感じられた。

 

「……あ、アリスちゃん?」

「――アリスは」

 

 ユズがアリスに手を伸ばし肩に触れようとすれば、唐突に彼女が口を開いた。

 瞳は決して空を離れず、赤色を、その向こう側にある何かを見出そうとしている。軋む指先が、アリス自身の胸元を掴み、ぎゅっと握り締めた。

 

「アリスは、あの赤い、宙の向こう側に……」

 

 何故か、呼ばれている気がした。

 

 ■

 

【D.U.子ウサギ公園 RABBIT小隊】

 

「流石に、食料調達って感じではないな」

 

 僅かにズレた鉄帽を指先で押し上げながら、サキは弾んだ息と共に頭上を仰ぐ。

 どこまでも広がる不気味な空、吹き荒れる突風が彼女の視界を妨げる。揺れる枝葉が音を鳴らし、彼女の肌を何度か叩いた。

 今のキヴォトスはどう見ても真面な状況ではない、愛銃を肩に担いだまま採取した幾つかの食料をビニール袋に抱え、彼女はキャンプへの道を急ぐ。

 

「さ、サキちゃん……!」

「ミユ、モエ、今戻った」

 

 袋を抱えたままキャンプへと帰還すると、テント内で端末を操作するモエと愛銃を抱きかかえたまま周囲を警戒するミユの姿が見えた。ガザガサと鳴り響くビニールの音に、モエは帰還したサキへと瞳を向け意外そうに告げる。

 

「なんだ、遠出した割には結構早かったじゃん?」

「これでも急いだんだよ、それより何が起こっている、何なんだこの空は?」

 

 ビニール袋をテントの中へと置き、頭上を指差し問いかけるサキに対して、モエは飴を舌の上で転がしながら端末を叩く。

 

「不明、ただ少し前までD.U.全域の通信が不安定になっていたみたい、ジャミングって訳でもないし、多分サンクトゥムタワーの通信網がシャットダウンされたんじゃないかなぁ」

「は? おい、サンクトゥムタワーって、一大事じゃないか!」

「前みたいに何処かの武装グループに占拠されたか、或いは別の要因か、この空模様からして普通じゃないし? 異常気象の影響って線も考えられるけれど――ただ今は復旧したみたいだよ、その代わり彼方此方で正体不明の機械が暴れているって話」

 

 収集した情報によると、あの塔周辺から、ね。

 そう云って横目にテントの外を指差したモエ、その視線の先には街の外れに突き立てられた巨大な塔が此処からも視認出来た。

 外見はサンクトゥムタワーに似ている様にも思える、しかしその外壁は捻じれ歪み、常に不気味な光を周囲に放っていた。

 空が赤く染まっているのはそのせいか、どういった影響があるかも不明、しかし決して自分達に好都合なものでない事は確かであった。

 

「あぁ、戻って来る時に何度か遭遇した、あの球体型の自律兵器だろう? あんな機体どこの自治区でも見たことが無い、奇妙なデザインだった」

「う、うん……あの露出しているケーブルが足代わりになる機体だよね? キャンプの外れにも何体か寄って来たから、一応全部撃破したけれど」

「ブラックマーケットとか、個人で手掛けた機体なら分かるけれどね、この規模となると三大校レベルが共謀しないと無理でしょ」

「そうだな……それで、先輩方は?」

「――現在、FOX小隊は商店街の避難誘導中です」

 

 三人が真剣な面持ちで言葉を交わす中、背後から声が響く。振り向けば常と同じように泰然とした気配を纏うミヤコが此方に歩み寄っている所であった。愛銃を提げ、今しがた着込んだ防弾ベストの具合を確かめながら足を進める彼女は、集まった三名に視線を向ける。

 

「ミヤコ」

「サキも戦闘準備を、RABBIT小隊は隣接するブロックの避難誘導を行います、まだ避難所に辿り着いていない市民が散見されるとFOX小隊より連絡がありました」

「あぁ、了解した」

 

 RABBIT小隊、FOX小隊共にやるべき事は決まっている。第一に優先すべきは近隣住民の安全、次いで周辺で目撃される自律兵器の撃退、可能ならばこの事態を引き起こした元凶の無力化。

 しかし、先輩方の助力があるとは云え二部隊でどうにかなる規模の事件なのか。全員が言葉にせずとも、胸中に湧き上がる不安は共通のものである。

 

 こんな時こそ、彼女達が望んでいるのは――。

 

「……!」

 

 不意に、ミヤコのポケットに仕舞い込んでいた端末が振動し着信を知らせた。そしてそれは彼女だけではなくモエ、ミユ、サキと全員が同時に。ミヤコが画面をタップしメッセージを確認すると、その表情が僅かに変化した。

 同じように、自身の端末を確認する隊員達はゆっくりと口を開く。

 

「ねぇ、ミヤコ」

「モエにも、届きましたか」

「こっちにもだ」

「わ、私にも……」

 

 薄らと光を放つ端末を片手に顔を上げる四名。察するに、受信したメッセージは全員同じもの。

 互いが互いに顔を見つめ、その奥に秘める意思を確かめようとする。しかし、その必要はない。何故なら視線を交わすRABBIT小隊全員、同じ瞳をしていたからだ。

 ミヤコは端末を握り締めたまま、仲間達一人一人と顔を見合わせ。

 それからゆっくりと頷き、告げた。

 

「――先生からの応援要請です」

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