今回約二万字ですわ!
「先生……!」
シャーレ上層に存在する作戦会議室、長方形のテーブルに複数の椅子、然程大きくもないが小さくもない一室。そんな場所に先生が一歩踏み込んだ途端、中で待機していた生徒達が一斉に立ち上がるのが分かった。
「―――」
皆の瞳が先生を捉え、視線越しに伝わる気迫に肌がひりつく。身を乗り出し駆け寄ろうとする複数の生徒達を手で制しながら、先生はテーブルを迂回し壁に設置されたモニタの前へと向かう。
先生は敢えて必要以上に胸を張り、力強い足取りで進んだ。自身の健在をわざとらしくとも示す必要があったのだ。
「……皆、まずは助けてくれてありがとう、お陰でどうにか此処まで戻って来る事が出来た」
タブレットを抱えたまま生徒達の前に立った先生は、この部屋に集った生徒達を見渡し一言一言、噛み締める様に発音する。自らの所作に、一挙手一投足に視線が集まるのが分かった。
視界に映る生徒達。座席の指定はしておらず、自身が戻って来る僅かな間待機していた彼女達は、大体が学園同士で固まっている。
この場に集うのは十一名の生徒達、先生救出の為に即興で組まれた部隊に加え、連邦生徒会に留まっていた各学園代表がそのまま足を運んだ形となっていた。
トリニティ総合学園からは桐藤ナギサ、百合園セイア、鷲見セリナ。
ゲヘナ学園からは羽沼マコト、棗イロハ。
ミレニアム・サイエンススクールからは調月リオ、早瀬ユウカ、生塩ノア。
連邦生徒会からは七神リン、岩櫃アユム、由良木モモカ。
現在彼女達の護衛として付き従っていた生徒、及びドローン群はシャーレ防衛という形で再配置され、現在も建物内外問わず警備に徹している。
恐らく現D.U.内に於いて、この場所は最も安全であると云えるだろう。
因みにゲヘナ側は親衛隊を通じてアコ、セナの両名を自治区に帰還させ、通信も復旧した今万魔殿の細かな指示はサツキ、チアキに委任している。
ミレニアム側はヒマリ、エイミが自治区に帰還し各部活動の協力を得ながら防衛・作戦準備を進めている最中。
トリニティはシスターフッドのサクラコに加え、各派閥の政治的なバランスを鑑みて救護騎士団のミネが自治区へと帰還した。
トリニティが大々的に動くのであれば、少なくとも組織の長が二名以上協力して事に当たる必要があった。分派の首長が三名集ったティーパーティーではなく、救護騎士団やシスターフッドと云ったワントップの組織が動く際、他分派との軋轢、摩擦を避ける為の措置である。
各々が最低限自治区を運営出来る人物を帰還させながら、シャーレと協力体制を整えられるだけの面子を残す。加えて先生は各自治区の多くの生徒達に助力を仰いだ。そう遠くない内に、此方から攻勢に出れる準備は整うだろう。
「先生、少し宜しいでしょうか」
スッと、音もなく手が挙がった。
先生が視線を向けると、こんな状況でも紅茶を切らさないナギサの姿がそこには在る。他の自治区から見れば彼女の振る舞いは余裕そのものだろう、場合によっては余りにも場違いであると非難の対象となる事もあり得る。
しかし、彼女と親しい者には分かる、ナギサは今努めて冷静に振る舞いながらも、内心は穏やかでいられないのだ。常よりも飲量が多いのかナギサの手元には既にティーポッドが用意されており、彼女は半分以上が無くなったカップをソーサーに戻しながら、返答を聞く前に立ち上がった。
常に優雅で嫋やか、悠然と佇んでいた彼女。しかし立ち上がったナギサからは何か、焦りや強迫観念染みた強張りを感じた。
薄らと顰められた眉間によるものだろうか、或いは此方を射貫く双眸の光から感じ取れる色か。ナギサは一度小さく息を吸い込むと、改めて先生を正面から見据え口を開いた。
「お話の出鼻を挫いて申し訳ありません、しかし私達には、どうしてもお聞きしなければならない事があります」
「………」
ナギサの言葉に、その場に集った全員が押し黙った。それはトリニティを敵視するゲヘナでさえ。内心では彼女の含む所に賛同を示しているのだろう、ナギサが何を問いかけるのか薄々全員が理解し視線が集まる。
先生は此方を捉える幾つもの視線を意識しながら、ゆっくりと瞳を細めた。
「先生、私達は――」
「待って」
ナギサが言葉を紡ごうとした瞬間、先生は声を被せ制止した。
ぐっと咄嗟に言葉を呑んだナギサは行き先を失った吐息を詰まらせ、ゆっくりと口を閉じる。此方を捉える瞳に、隠しきれない疑念が生まれるのが分かった。機先を制すなど、やましいものがあると自ら白状しているものだと。
先生は向けられ、高まる疑念を自覚しながら数秒程沈黙を守る。
言葉を選ぶ必要があった。
慎重に、かつ虚偽なく。
しかし真実を包み隠す様に。
少なくとも――全てを終える、その時までは。
二つ三つ、内心で数を数えながら先生は右手を音もなく開閉させる。精神の強張りが、身体制御にも表れていた。此処で彼女達の理解を得られなければ、或いは拗れた決着を迎えれば、それだけで未来は脆く崩れ去るだろう。
気張れ、目を逸らすな、揺らぐな――もう既に賽は投げられたのだから。
先生は自身にそう云い聞かせ、彼女達と正面から向かい合った。
最早感覚など消えて久しいと云うのに、握り締めた拳から微かな痛みを覚えた。
「私が眠っている間に皆が知った事は、大体分かっているつもりだよ」
「………」
「皆が聞きたい事も、答えるべき事も、分かっている」
――でも、今答える事は出来ない。
自分達には、時間がない。こうしている間にも自律兵器、搭による被害は広がっていく。まずはそれを止めなくてはならない。
それが尤もらしい云い訳であり、合理的であっても彼女達の感情に寄り添っていない事は先生自身理解していた。こんな事で彼女達を煙に巻く事など出来ないと、ましてや退き下がる事もないと、自らの体験として良く知っている。
だからこそ先生は自ら一歩を踏み込み、強張り、尖っていく彼女達の瞳を前にして自身の胸元を軽く叩き告げた。
「――約束する」
約束、その言葉が部屋の中に響いた。
何と空虚な響きであろうかと、先生は口ずさんだ自身の言葉を胸中にて嘲った。
どの口でその様な言葉を吐くか。その約束がどれだけ脆く、儚く、実現の難しいものであるかを知っているというのに。
だが、他に縋る術を知らなかった。たとえどれ程確率の低い話であろうと、夢物語の類であろうとも。
もし、そんな未来が訪れたのなら。
「この
全部終わったら。
全てやり切って、その上で彼女達に打ち明ける機会が与えられたのなら。
皆が知りたい事、私が話すべき事を、一切合切残らず。
全て隠さず、打ち明けよう。
「………」
先生の言葉に、沈黙が降りる。
トリニティも、ゲヘナも、ミレニアムも、連邦生徒会でさえ言葉を紡ぐ事無く。ただ佇む先生を凝視し、時折隣り合う生徒と言葉なき意志を交わしながら、何かを探るように。
一人立ち上がったまま先生と対峙するナギサは、テーブルの縁を指先でそっとなぞりながら問いかけた。
口調は重々しく、真摯であった。
「……お体は、大丈夫なのですか」
「……二週間も眠り込んだ後で云っても、信憑性はないかもしれないけれど」
ナギサの言葉に頷きながら、先生は徐に右手のグローブへと手を掛ける。そうして緩やかにグローブを取り外すと、露出した掌を彼女達に向けた。
「――一応、私なりに対処は終わっているんだ」
「……!」
全員の前に晒される先生の肌、掌――会議室にて目にした資料では、黒々とした何かに覆われている筈だった。
だと云うのに今は指先が僅かに黒ずんでいる程度で、大きな浸食は全く見られない。あれ程全身を覆っていた黒は、指先の半分にさえ到達していなかった。
目に飛び込んで来た事実に全員が驚愕し、同時に困惑を示す。ガタリと、椅子を鳴らし立ち上がる生徒達は口々に叫んだ。
「先生、その手は一体――」
「救護騎士団で診察した際よりもずっと黒い肌が後退して、で、でも、原因も分からなかったのに……?」
「資料で見た内容と、随分と違うようですが」
「せ、先生、もしかして治療できたって事なんですか!?」
リン、セリナ、イロハ、ユウカの順に発せられる言葉。確かに自分達は、先生の現状を突きつけられた筈だった。トリニティの救護騎士団、ミレニアムの特異現象捜査部、ゲヘナの救急医学部、彼女達の見解は確かな証拠と共に存在し、先生の生命が蝕まれているという残酷な現実を証明していた。
しかし今、目の前にある先生の掌からはその証拠が消え去っていた。先生は自身の右手を見下ろしながら、微かな苦笑を浮かべる。
「治療と云う表現が正しいかは分からないけれど、少なくとも一日二日で倒れるような状態じゃないよ、私も二週間ずっと呑気に眠り続けていた訳じゃないさ、皆とこの騒動を乗り切るくらいは何とかなる、いいや――何とかしてみせる」
「―――……」
「それとも、私が信じられないかな」
驚愕に心が追いつかない。失ったと思った、最早どうしようもないのだと絶望を突きつけられた心地だった。しかし今、目の前で困ったように、けれど軽妙で嫌味なところの無い口調で先生は告げる。
ふっと緩んだ彼の微笑みが、まだ何事もなく過ごせていた頃の日常を想起させた。
卑怯な云い方だとナギサは思った。此方を見つめる瞳からは、表裏が一切感じられない。親が長じた我が子に向けるが如く、清廉で真摯な想いが込められている。一方的な信頼と慈愛、それは常先生より自分達に向けられる色そのものだ。
懐かしく、無条件で頷きたくなってしまいそうな心地良さ。その裏にどれだけの苦痛を隠しているのか、薄々でも感じ取れている筈なのに。
数秒、ナギサは深く呼吸を繰り返した。テーブルに伸ばしていた指先に、ふっと何かが触れる感触。伏せていた瞳をそのまま横にズラせば、隣り合う友人――セイアが此方を見上げていた。
彼女は強張った表情で、しかし何か覚悟を秘めた力強い光を瞳に湛え、小さく頷いて見せる。直感による否定は無い、であれば後は自身の心持ち次第。
自身が先生と云う大人を、信じるか否か。
「いいえ」
伏せていた瞳を見開き、彼女は顔を上げ勢いそのままに断言した。
「信じます」
それこそが
「――ありがとう」
ナギサの、生徒の下した決断に、先生は心の底より感謝を告げる。反駁の声は上がらない、先生は集った一人一人と視線を合わせ声なき問い掛けを投げかける。しかし返って来る視線に疑りは無く、それ以上の声は聞こえなかった。
先生は彼女達に重ねて礼を告げ、ゆっくりと再びグローブを嵌め直す。
「それから、リンちゃん」
「……!」
「ごめんね、一番大変な時に一緒に居られなくて」
何をと、その謝罪に一瞬リンは呆気に取られるが、それが非常対策委員会を指しているのだと遅れて理解した。
三大校に協力を仰ぎ、この混沌とした事態を終息させようとして――自分は失敗した。
彼女は一瞬顔を伏せ、「いいえ」と首を横に振る。何故、そこで先生を責めることが出来ようか、全ては自身の至らなさが招いてた結果であるとリンは受け止めていたが故に。
「……キヴォトスの現状は、絶望的とも云えますが」
きっと、
託された席、余りにも薄く軽い
「それでも先生が居れば、解決の道筋も見えて来る筈です」
だが、自身の無力を云い訳に全てを投げ捨てる訳にはいかない。彼女は腕章を掴み、先生を見上げながら断言した。
リンの瞳に覗く深い青、煌めく意志の強さを見た先生は深く頷きを返し、薄らと笑みを浮かべた。彼女の、彼女達の強さを、先生は良く知っている。
「改めて、皆に心配をかけてしまってすまない」
告げ、先生は佇まいを正した。
これから語る計画に生徒達の協力は必須である、自身の力など高々知れており、この苦難を乗り越える為には死力を尽くす必要がある。
ならば此方の情報を出し惜しむ必要はない。脳裏に幾つもの思考を走らせながら、先生はテーブルに手を突き慎重に言葉を紡いだ。
「さっきも伝えたけれど色々疑問に思う事、私に聞きたい事、沢山ある事と思う、だが今はどうか堪えて欲しい、全部終わったら改めて話す場を設けると約束する」
「………」
「時間がない、早速今回起きた異常事態について、私の知り得ている事、そしてこれを乗り越える為の計画について、話していこうと思う」
告げるや否や先生は部屋の光量をゆっくりと落とし、自身の背後にあったモニタの電源を入れた。そうして画面に表示されるのは、キヴォトス各地に顕現した歪な建築物――搭を遠距離から撮影したもの。
僅かにぼやけ、光の加減で歪んでも見えるそれは画面越しであっても不気味に感じられる。
「結論から伝えよう、出現したこの搭は二週間以内にキヴォトスを破壊し尽くす」
「……!」
放たれた言葉は、重々しい響きと共に受け止められた。
赤く染まった空も、恐らく皆が既に観測した超高濃度エネルギー体も、これらが発生させている。
先生はそう言葉を続けながら、しかし一切の虚偽を感じさせない口調で以て断じた。
「誰が、何の為に、これを説明する事は少し難しい、ただ私が云える事は【色彩】と呼ばれる存在が関わっている事、そしてこの事態は遍く自治区が協力しなければ乗り越える事は困難だという事だ」
神妙な顔つきで此方を見つめる生徒達を見返しながら、先生はモニタを指先で示す。それは態々口になど出さずとも既に皆も理解している筈だと。これ程大規模な混乱、自治区単体で立ち向かうには余りにも無謀が過ぎる。
そもそも相手からして、世界全てを滅ぼす為に出向いて来たのだ――ならば此方も、世界全てを味方に付けて立ち向かう他ない。
「先程、私は二週間以内と口にした、けれどそれはあくまでコレはキヴォトス全域が崩壊するまでの時間だ、部分的な浸食で云えばもっと早い、その場所で暮らす人々の為にも可能な限り早急な解決が望ましい」
本来ならばもう少し時間的余裕を以て挑める筈であった、しかし今の先生には早急に動かなければならない理由がある。
そうでなければ、
これを生徒に明かすつもりは無い、その最後の瞬間まで決して真実は内に秘め、全てが崩れる前にナラム・シンの玉座に辿り着く。
そうすれば、未来は開ける筈なのだ。
「――故に、三日だ」
噛み締める様に、先生は決然とした表情で告げた。
「三日以内に、この状況を打開する」
シン、と。
放たれた力強い宣言に、室内が一気に沈黙で満たされた。
三日と云う具体的な時間が、彼女達に冷静な思考を強要する。超然とした姿勢で佇む者、当然とばかりに胸を張る者、険しい表情で考え込む者、不安を隠せず周囲の視線を伺う者。反応は実に様々だった。
「……可能、なのでしょうか」
「出来る、私達なら必ず」
隅の席に座り、じっと沈黙していたアユムがポツリと呟いた。それはほんの囁きの様な声だったが、静寂に包まれた部屋では良く響いた。漏れ出た不安の声に、先生は即座に肯定を返す。
詳細を話そう、口火を切った先生はモニタの画面を切り替え、幾つかの情報を表示させる。そこにはD.U.から観測可能な塔の撮影映像が複数表示され、画面には反射による極彩色がチラついていた。
「まず第一に、落下して来た塔の破壊は急務だ、けれど長時間接近し続ける事は危険を伴う、あれの放つ光はキヴォトスに生きる者にとって劇毒となるからね」
「劇毒?」
「光が、ですか」
塔が放つ光、その危険性。
先生が口にした情報に、最初生徒達は驚きと疑念の入り混じった色を見せた。ただの光が劇毒となる、正直に云って余りピンとこない話である。網膜を焼く様な強烈な光でもあれば別だが、件の塔から発せられる光はおどろおどろしくも薄暗く、眩いという程ではない。
「聊か、信じがたい話ではありますが」
「ですがナギサ様、救護騎士団の方でも似た様な報告が既に挙がっています」
セリナは自身の端末を確認しながら、恐る恐ると云った風に発言した。
トリニティの救護騎士団では現在、自律兵器と交戦した生徒や搭の光に当てられ体調を崩した生徒などの対処に奔走しているとの連絡があった。ミネ団長がトリニティに到着すれば、もう少し詳細な情報が手に入るだろう。
「少し、良いかしら」
搭に関してなら、多少話せる解析結果がある。その様に口にして挙手したリオは、周囲の生徒に目を向けながら言葉を続けた。
「先程通信が繋がったミレニアムの解析チームより報告があったわ、内容は件のタワーが発する光と信号について――ノア、お願い」
「はい」
視線を受け、ノアは自身の端末を操作しテーブルのホログラム投影機能と接続、モデルを展開する。デスク中央に出現した搭を模したモデル、その周辺には不気味な色の光、発色が繰り返されており、ぼんやりと周囲の生徒達は淡い光に照らされた。
「解析チームからの報告によると、どうやらタワーの発する光に長時間接触した場合、人格と意識に変化が発生する可能性が高いとの事です」
「人格と、意識?」
「はい、これは一種の精神攻撃とも云い換えられるでしょう、目に見えない分危機意識も持ち難く、加えて意識しても対処が難しい、効果的な攻撃とも云えます」
「それってつまり、狂暴化したりだとか、意識が無くなったりだとか、そういう事? もしそうなら、どう考えてもヤバいでしょ」
「勿論、まだ仮説の段階ではありますので、しかし放置すればキヴォトスが崩壊するというのも強ち可笑しな話でもないのかもしれません」
「……ミレニアムの解析チームですか、この手の分野ならば相応に信頼は置けそうですが」
人格と意識の変容、そう聞くと眉唾な話ではある。しかしこんな状況でいい加減な情報を持ち込んで来るとも考え難い。何より三大校の中で技術力に長けたミレニアムの解析結果である、ナギサは齎された情報と結果に一定の信頼を置いていた。
イロハはテーブルに肘をつきながら、気怠さと真剣な面持ちが同居した、何とも小難しい表情と共に問いかける。
「その報告内容について、もう少し詳しくお伺いしたいのですが、具体的にどれくらい浴びると危険だとか、遮光すれば平気なのかとかって分かります? 実際に対処する側としてはそちらの方が気になりまして」
「残念だけれど現時点で分かっている事は多くないの、深層までの解析にはまだ時間が必要よ……ただ確かな事は、塔が時間経過と共にその出力を高めているという事ね」
ホログラムの光を指先で払い、ノアに引き続き次のモデルを用意したユウカは告げる。
彼女が展開されたホログラムモニタに触れると、搭のモデルは更に拡大され、その左右に幾つかのパラメータが表示された。それは現在の搭が秘めているエネルギー濃度の値であり、現在進行形で強まっている出力を現している。
反対側には現在の観測結果から、時間経過による凡その出力推移がグラフ化されており、その線は延々と上昇を続けている。時間と共に取り返しのつかない変化を齎すのだと全員が理解した。
「解析チーム、ヴェリタスとエンジニア部が演算によって導き出した結果によれば、凡そ三百時間後に各塔が順次臨界点に達する見通しよ」
「三百時間……」
リンが呟き、その場にいる全員の表情が険しさを帯びる。
決して短くはないが、長くもない。少なくとも実質的なデッドラインがそこ、という事になるだろう。
塔が臨界に達すればどうなるのか――考えたくもない。
「……猶予は二週間もない、先生の云った通りか」
「しかし、ならば何故三日で? 被害を軽減させるという意図は理解出来ますが、未曽有の危機だからこそ慎重な姿勢も必要なのでは――」
セイアが腕で口元を隠したまま唸れば、ナギサは先生の性急とも云える姿勢に疑問を呈す。少なくともデッドラインは分かった、ならばギリギリとは云わずとも、もう僅かばかり時間を掛けても良いのではないかと。七十二時間というラインの三分の一以下で事を進めるのは聊か不安が勝った。これまでにない規模の危機、故にこそ慎重を期すべきだという彼女の主張は一定の説得力がある。
「出力が高まるにつれ、搭から放射される光もまた強くなる」
それに反駁の口を開いたのはリンであった。両手の指を組んだまま、何事かを思案する素振りを見せる彼女は努めて冷静な口調で続ける。
「もしそうなれば、近付く事も出来なくなる可能性も当然発生します、遠距離から物理的に破壊出来る確証があるのならば兎も角、そうでないのなら多少のリスクを呑んでも、早急に対処するという選択はそう悪いものではありません」
「……成程、近付けなくなっては元も子もない、か」
現状でも動けなくなる生徒が出現している程だ、このまま出力を強めた搭の光に自分達がどこまで耐えられるのかも不明だった。少なくとも三百時間という時間で光を完全に遮断し、無効化出来る装備を開発出来る目途でもなければ、出力の低い内に叩いておくという方針は納得出来る。
ナギサはリンの言葉に頷きを返すと、手にしていたカップを揺らしながら思考を巡らせる。
「……分かりました、であれば塔を早急に破壊する事を第一目標に据え、作戦を」
「――いいや」
ナギサが具体的な塔の破壊作戦に言及しようとした瞬間、先生が待ったを掛けた。画面の前に立つ先生が、その青白い光を背にしながら首を横に振る。
「確かに塔を破壊する事は必須だ、それは変わりない」
「……?」
「けれど塔そのものを全て破壊しても、無力化する事は難しい」
その一言に、生徒全員が疑問符を浮かべた。搭の破壊は急務と、そう口にしたのは他ならぬ先生である。だというのに無力化する事は難しい等と。
破壊と無力化が、イコールではないという事か。
キヴォトス中の生徒達に有害な光を発しているのも、そして恐らく自律兵器を出現させているのも、あの塔である。それを破壊する事は避けては通れない。「先生、それは……どういう事でしょう?」と、ナギサは顔を顰めつつ問いかける。
搭は、非常に厄介な性質を有していた。
「キヴォトスに打ち立てられたあの塔は、破壊された場合以前のエネルギー出力を向上させ、新たに出現する、恐らくこのキヴォトス全域の中でランダムに」
「はぁッ!?」
「な、なにそれ……」
先生から齎された新たな情報に、生徒達は椅子から腰を浮かせ悲鳴染みた声を上げた。それは常に冷静沈着を心掛けるリオでさえ、驚きに動揺が見て取れる程度には衝撃的な情報である。
折角搭を破壊したとしても、新たに出現するなどと。
それでは唯のイタチごっこだ。
「キキッ! ふざけた搭だな、そんな代物、真面に相手をすれば馬鹿を見る」
いっそ、清々しい程に理不尽な相手に対し、マコトはカラカラと笑い声を上げて見せた。一見自暴自棄にも見える哄笑であったが、しかしそこに諦観の念は微塵も感じられない。じろりと先生に向けられた鋭い瞳には、確信の光が籠っていた。
「だが先生、何の勝算も無しに計画を語る訳ではないのだろう?」
このマコト様が認めた人物が、その程度な訳がない。
そんな信頼が、向けられる瞳からは感じられた。
「勿論」
問い掛けに、先生は超然とした姿勢で以て答えた。
この日の為に備え続けていたシャーレが、無策である筈もなし。当然、三日で状況を打開すると豪語するだけの計画は存在する。
「搭を破壊しても新たに出現する、それは再び搭を顕現させる中枢が存在するからだ――ならばエネルギーの源となる中枢、その出発点を同時に叩く」
「……出発点」
搭はあくまでも前哨基地に過ぎない。このキヴォトスを破滅的な色に染め上げ、無数の
それを根本から止めるには前哨基地の更に奥、敵の本拠地に攻め入る他ない。
「モモカ、塔の発するエネルギーの流れ、それを辿っていく事は出来ますか?」
「え、エネルギーの流れ?」
話を聞いていたリンは、隣り合うモモカに水を向けた。唐突に水を向けられたモモカは一瞬呆気に取られ、それから慌ててテーブルの上に置いたままだった端末に触れる。彼女用にカスタマイズされたそれは、即座に複数のホログラムモニタを展開し、モモカは渋々画面に指で触れ操作した。
「い、いや、確かに各座標に共通しているエネルギーの流れは連邦生徒会で確認したけれどさぁ、正直あっちこっちグチャグチャだし、どこもかしこも反応が強くて、こんなもの幾ら辿っても――……」
ブツブツと、額に薄らと冷汗を滲ませながらモモカは手を動かす。確かに塔のエネルギー濃度や場所について、連邦生徒会にて確認は済ませたし多少なりとも分析も行った。だが正直云って何処もかしこもエネルギー濃度が高く、エネルギーの流れを追った所で何かが見つかるとは到底思えないのだ。
そんな思いでホログラムモニタを見つめるモモカであったが、複数の搭から発せられる特にエネルギー濃度の高い流れを順に追っていくと、それらが一つに合流し、流れていく先がある事に気付いた。
その分析結果を前にして、彼女は唖然とした表情で呟く。
「……うわ、ほんとにあったよ」
「見つけたのですか?」
「あー、うん、多分だけれど」
左右から覗き込んで来るアユムとリンに、歯切れ悪く答えるモモカ。会議室内に座す全ての生徒が自分に視線を向け、モモカは何となく居心地悪そうに展開したホログラムモニタを移動させ、全員に見える形で拡大する。
「各地に存在するタワーから発生するエネルギーは確かに繋がっているみたい、それも一ヶ所に集中的に、偶然って訳じゃないだろうし、多分コレが先生の云う『出発点』じゃないかなぁ……?」
「それでモモカ、エネルギーは一体どこに」
「えぇと……」
キヴォトス各地に打ち立てれた搭、それらが全て中心に向かってエネルギーラインは伸び、二次元的に表現されていたホログラムは三次元の形を取る。
繋がったラインは更に上へ上へと昇って行き、全員の視線がその上昇するエネルギーラインを追う中、モモカは指先を恐る恐る一本立て、頭上を示しながら告げた。
「宙の上」
「えっ」
「――正確に云えば、キヴォトス上空七万五千メートルって所」
そこに、全ての搭と繋がった【何か】が存在する。
モモカが口ずさんだ結論に、一瞬会議室が静寂に包まれた。
齎された回答が余りにも予想を上回り、呆気に取られたからであった。再起動したユウカが口を緩く開閉させ、それからテーブルより身を乗り出し叫ぶ。
「そ、それって成層圏……いえ、もはや宇宙じゃない!?」
「まぁ、そうなるね」
ユウカの叫びに対し、モモカは肩を竦めながら溜息を零した。言葉にせずとも、同様の感想を抱く生徒達が殆どだ。この場で驚愕の色を見せなかったのはシャーレの先生。
そして無言を貫く調月リオのみであった。
リオはモモカの言葉に耳を傾けながら、眉間に深い皺を作る。脳裏に幾つもの思考が浮かんでは消え、彼女の赤い瞳が何度も瞬いた。
「先生の云う通り、その領域に地上のタワーより高濃度のエネルギーを持った構造体があるっぽいよ、具体的な事は……何も分からないけれど」
「遥か空の彼方に浮かぶ正体不明の構造体、ね」
リオはそっと、誰に聞こえる事も無いように呟きを漏らす。この未曾有の危機、加えてサンクトゥムタワーに類似した搭。遥か空の方に浮かぶ正体不明の構造物――そして其処に流れる膨大なエネルギー。
もし、自身の考えが正しいのであれば。
浮かんでは消えていた複数の思考が定まり、リオはこの場で一つの結論を導き出す。
「ふん、想定していたよりも高高度だな、通常兵器ではまず届かない距離だろうに」
「……トリニティの保有する大気圏外での迎撃を想定した
「そうですね、数は多くありませんが一応ミレニアムにも同様の兵装は存在します」
「なら、此処は各自治区の兵装を集中して運用するのが一番確実で安全なんじゃないですか? 流石に三大校の兵装を搔き集めれば並大抵の要塞は吹き飛ぶでしょうし」
「――いいえ、通常兵器での攻撃に意味はないわ」
ナギサ、ノア、イロハと。
続けて提案された三大校協力の元行われる集中砲火、確かにそれだけの火力を集中させれば並大抵の要塞は消し飛ぶだろう。
だがそんな提案を一蹴した者が居た。
リオだ。
彼女は口元で指先を組んだまま、静かに目を伏せ沈黙していた。
「何故、そう断言出来る?」
「……先生」
マコトが鼻を鳴らしながら問いかければ、リオは自ら返答する事を控え先生の名を呼ぶ。彼女の意図を察した先生は静かに頷きを返した。
「リオの云う通り、アレに物理的な干渉は一切効果が無い」
「……先生とミレニアムの
「詳細を語れる程、把握している訳ではないわ」
――ただ、知識として多少知っているだけ。
声は小さく、囁くように。だが口調はハッキリとしていた。それは名も無き神の遺産を誰よりも調べ上げ、その破滅の未来に備えた彼女の自負そのものであるが故に。
「通常兵器が通用しないというのは、欺瞞装置や装甲の厚さによるものでしょうか?」
「あー……もしくは、凄まじい速度で飛行しているとか?」
「その程度であれば、各自治区の持つ兵装で撃墜出来そうなものですけれど……」
「うん、ノアの云う通り、そういう類の話ではないんだ」
もしそう云った一般的な対策で云々出来る事柄ならば、此処まで頭を悩ませる事も、長々とした準備も必要なかった。生徒達だけではどうしようも出来ない、先生一人だけでも対抗不可能、そんな反則間際の力、権能染みたソレ。
「上空の構造物には【重ね合わせの状態】が起きている、云ってしまえば物理的なアプローチの一切は無効化され意味を為さない」
一切の物理的な介入を拒否し、箱舟を守る鉄壁の盾となる存在。同時にそれは、触れるもの全てを粉砕する最強の矛にもなる。
「私達はそれを――多次元
「……多次元防壁」
先生の口から放たれた言葉には、聞き慣れぬ響きが伴っていた。ややあって互いの顔を見合わせた彼女達は戸惑を多分に含む色を見せる。防壁はまだ理解出来る、しかし多次元とは一体何なのか、まるで見当もつかなかった。
「多次元って、えっともしかしてSFとか良く見る、平行世界的な話だったりする……?」
「……そうね、一応理論自体は科学に基づいたものだけれど、残念ながら実用化された兵装などは存在しないわ」
「この手のものって、科学的・軍事的コンセプト、研究の中には高次元空間構造、量子理論に基づくものはあるけれど、流石にそんな……」
「相手はその、実用化されていない兵装を用いていると?」
「あくまで私達の理解出来る範疇で例えるならば、そういう事になるかな」
先生が肯定を示すと、ユウカとノアは思わず閉口し黙り込む。他の生徒も同様である、俄かには信じがたいという感情がありありと伝わって来た。
特にこういった技術的な云々が身近に存在するミレニアムからすれば、懐疑的な姿勢を取ってしまうのも仕方がない事だろうと先生は内心で零した。
しかし、それは多次元防壁に限った話ではない。この事態に限れば今の今までそう云った、信じがたい事が幾つも発生している。
故に、呑み込んで貰う他ない。
「上空に存在する――【アトラ・ハシースの箱舟】は、有体に云って全ての可能性が分岐せずに混ざり合っている状態を維持している、今この瞬間にもだ」
「―――」
やはり、アトラ・ハシースの箱舟。
その呼称に反応を示したのはリオひとり、彼女は自身の推測が正しかった事を確信し、表情に険が走った。正直に云えば半信半疑でもあった、幾ら情報で知っていたとしても実際に存在を認識するまでは、あまりにも突拍子もない代物で。
「アトラ・ハシースの箱舟、それならすべて納得出来る」
「……会長?」
「無限に広がる多次元の実在、そして非実在が混同する混沌……存在しても、しなくても拒絶される、故に観測は可能であっても、干渉は不可能、古い文献に記載されていた通りの船ならそれも可能」
隣り合うユウカの呼びかけにさえ反応出来ない程に、彼女は思考に没頭する。モモカは彼女の唇より紡がれる言葉の難解さに顔を顰め、乱雑に頭を掻くと申し訳なさそうに云った。
「えぇっと、良く分からないんだけれど」
「そう、そうね、弦理論、M理論、
「……もっと、すっごく噛み砕いて云うと?」
モモカは背を曲げると、眉間に皺を寄せたまま首を振った。リオからすれば幾分か此方に歩み寄った表現だったのかもしれないが、しかし如何せんそう云った分野に明るくない生徒からすれば専門用語の羅列でしかない。リオは数秒程言葉を考える様に黙り込むと、自身の中に存在する専門的な云い回しを敢えて排し、結果齎される事象にのみ言及した。
「……私の考えが正しければ、上空の構造体、先生の云う多次元防壁に触れた瞬間、ありとあらゆる物質は破壊されるわ、人だろうと、砲弾だろうと、何だろうとね」
故に通常兵器による攻撃には意味はなく、大規模な攻勢を仕掛けようと徒労に終わる。原理的な部分をすっ飛ばし、結果だけを話すのであればそうなる。
そんな取り付く島もない様な結論に、モモカを含む生徒会全員、トリニティもまた口元を引き結ぶ。
「何それ、どうしようもないじゃん……?」
「ほう、まさか超無敵鉄甲虎丸以上の堅牢さを誇る拠点とはな、キキッ! 益々興味が湧いて来たぞ!」
「………」
イロハは隣で興味深そうに叫ぶマコトに対し、何とも云えぬ瞳を向けた。まさか本当に虎丸を無敵だと思っていた訳ではあるまいが、時折この人はどこまで本気か分からなくなると。
しかし、もし説明通りの防壁が本当に存在するのならば――。
「確かに、文字通りの無敵ですね」
イロハは辟易とした様子で帽子を掴み、溜息交じりの声を漏らした。どんな攻撃も通用せず、近寄れもしないのならば手の出しようがない。
「けれどアトラハシース自体が全てそうである訳じゃない、この多次元防壁はあくまで防壁、構造体自体には作用せず一度通過してしまえば実在の存在であっても干渉が可能となる筈だ」
「……それはつまり、防壁さえ抜けてしまえばやり様はある、と?」
「あぁ、その通り」
――そして私には、この防壁を潜り抜ける手段がある。
先生の言葉には、妙な自信があった。無敵かと思われた多次元防壁の突破方法、加えてどのような方法で上空に在るアトラ・ハシースに接近するのか、あらゆる問題を解決可能な手札。
座していたリンは眼鏡を指先で押し上げ、神妙な顔で問いかける。
「先生、その手段というのは一体何なのでしょう?」
「――船だよ」
返答は簡素で、そして余りにも短かった。
一瞬、生徒達の脳裏に海原を駆ける船のイメージが浮かび上がる。しかし相手は宙に在る、海上にて運用する船の事ではあるまい。
「……船?」
「船って、つまり飛行船?」
「流石に、飛行船で届く高度では……」
「いや、もっと大きくてハイテクな――宇宙戦艦だ」
アトラ・ハシースの箱舟と戦う為だけに創り出された、唯一無二の兵器。
その名をウトナピシュティムの本船。
先生がタブレットを叩き、背後のモニタに幾つかの画像を表示させる。パッと切り替わった画面に、生徒達の視線が吸い寄せられた。
「――これは」
其処には設置された複数の照明に照らされた奇妙な乗り物があった。
黒々とした船体に白いデッキ、しかしその割合は圧倒的に前者が占めている。船と云われれば船にも見えるが、聊か形が独特に過ぎた。形状からはまるで設計思想が読み取れず、類似する兵器や乗り物がまるで思いつかない。だがその巨大さだけは見る者に驚きを齎し、生徒達は画面に映し出されたソレを凝視する。
「これが、その宇宙戦艦……?」
「この船があれば、宙に浮かぶ敵拠点に攻め入る事が出来ると?」
「そうだ、詳しい事については実際に目で見た方が早いと思うし、長くなってしまうから今は割愛させて欲しい」
兎角、私の計画はこの宇宙戦艦での次元防壁突破を主軸に置いたものとなる。
先生は画面を軽く指先で叩きながら告げる。敵の本拠地、アトラ・ハシースを攻略し搭を無力化する鍵は、この船にあると。コレが動かなければまず相手と同じ土台にすら立てない。
こんな巨大なモノが空に浮かぶのか。生徒達の間に困惑と疑念が生じた、何とも信じがたい心地になるが先生は至って真剣である。
しばし沈黙を守ったリンはジッとモニタのウトナピシュティムの本船を見つめたまま、重ねて問い掛けた。
「具体的には、どういった形で?」
「私が船を起動して上空に存在する敵拠点、アトラ・ハシースの箱舟に乗り込む、そして拠点中枢を叩き機能を停止させる、そうすればキヴォトスに顕現した搭は再生出来ないし、光の発生も停止するだろう」
何も難しい事は無いと、先生は平然とした様子で告げた。
言葉にすれば至ってシンプル、非常に分かり易い作戦ではある。
無論、訪れる身の危険に目を瞑れば――だが。
「ついては、私が敵の母船を機能停止させるまでの間――皆には塔の破壊と各自治区の防衛を頼みたい」
テーブルに手を突いた先生は、目を瞑りながらそう告げた。
僅か三日という短期間でこの事態を終息させる為の策。
敵本拠点の無力化、各地に顕現した搭の破壊、それを同時に行い成功させる。
最も素早く、最短で事を済ませるにはそれしかない。
先生が語り終えると同時、呆然と沈黙を守っていた生徒達が一斉に再起動を果たした。
「待って下さい先生、まさか――」
「せっ、先生が直接敵拠点に乗り込むんですか!?」
「き、危険過ぎます……ッ!」
「ちょ、本気なの!?」
けたたましい音が鳴り、何名かの生徒が椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり先生へと詰め寄った。その表情には焦りと驚愕、そして不安、恐怖が滲んでいた。ゆっくりと目を開いた先生は彼女達の問い掛けに頷きを返し、シッテムの箱に触れながら言葉を続ける。
「私には心強い味方がいるからね、中に入ってしまえば制御を奪う事も不可能じゃない、その為の準備も件の船にある、直接戦う訳じゃないから心配はないよ」
「だ、だからと云って、そんな……ッ!」
「この困難は、私一人の力ではどうする事も出来ない」
生徒の身を危険に晒してしまう事、勝算の低い戦いに身を投じる事、本当に申し訳なく思う。だが今この瞬間を逃す訳にはいかない、他に手段も無い。
故に先生は両手をテーブルに着き、深く頭を下げ、希った。
「だからどうか――皆の力を私に貸してほしい」
補完強度最大による身体崩壊の変遷。
【二十四時間】
補完強度を最大まで高めた影響により一時的にではあるが身体機能が全盛期に戻る。切り捨てた部位、臓器も最後の輝きを見せ、この二十四時間に限っては傷痕を除きアビドス編~エデン条約前半の機能を維持可能。
この間に生徒達を取り纏めて協力を仰ぎ、アトラ・ハシースに突入する為の渡りをつける事が望ましい。精々元気溌剌な姿を見せびらかし、真実に気付きつつある生徒達に対し二週間昏睡していた間に自分で何とか対処しました感を醸し出しつつ、希望を与えねばならない。
出来なかった場合は一部の生徒が先生を無理矢理保護すべきだと立ち上がったり、そもそもこれ以上先生に無茶はさせられないと協力を拒まれたり、自治区間同士の連携が取れず最悪紛争にまで発展しバッドエンドに至る。
【四十八時間】
切り捨てた部位、臓器が本格的に壊れ始める。輝きは力強く、しかし一瞬である。
形を潜めていた目元の隈とか全身の黒い
上手く取り繕えば、生徒達も一日目と変わらぬ風に見える。
先生的にはこの辺りまでにアトラ・ハシース突入に移れるのが望ましいが、準備期間やタイミングを考えると結構ギリギリなライン。しかし三日目に起動となると殆ど削れる生命力が残っていない上、突入後も自力で走れる力が残っているかも不明。
因みにウトナピシュティム起動と同時にぶっ倒れると、先生の保護を最優先にした生徒達が突入作戦を中止するので、弱音を吐くどころか、血反吐を撒き散らす事も意識を失う事も許されない。現状の状態を知られる訳にはいかないので当然である。
最悪起動と同時に生命が尽きたとしても、黙って立ったまま苦悶の声も飲み込んで朽ち果てるしかない。
その時先生は、美しい。
【七十二時間】
肉体としての耐久限界、どう考えても動かせない状態の肉体を三日間ぶっ通しで無理矢理活動させたしわ寄せが本格的に訪れる。シッテムの箱を用いても生命維持すら難しい領域に至り、アロナによる身体制御にも綻びが生じ始める。
文字通り血反吐吐きながら無理矢理動かす様な形で活動する事になる。何なら何もしなくても徐々に崩壊していく肉体が見える。此処まで来ると流石に生徒達も異変に気付く。まぁ最初からそんな状態ではあるので大した違いはない。
当然だが肉体の性能は大幅に落ち込み、黒い歪は四肢を覆い心臓へと到達する。カルバノグの兎編から現在に至るまでの、実質プレナパテスが【そうなる前】の状況。何で動けるの? と聞かれれば、アロナちゃんが先生の代わりに手足を必死に動かしているからに他ならない。
この状態に陥ると生徒に希望を与えるどころか、寧ろ絶望しか与えないので如何に状態を隠し通すか、或いは最早引き返す事は出来ないという状況に持ち込めるか、という話になって来る。
つまりこうなる前に次元防壁を突破し、アトラ・ハシースに侵入している事が最低条件。此処で選択肢を間違えるとウトナピシュティムでお留守番、或いは保護という名の強制後退をさせられるので、単独、或いはごく少数の生徒のみでナラム・シンの玉座を目指す必要がある。
当然だが辿り着けなければバッドエンド。
また地上で虚妄のサンクトゥム破壊を担当する生徒達が守護者に敗北した場合もバッドエンド。なので地上班を全力で支援、鼓舞しつつ、自身も崩壊寸前の身体で突き進まなければならない。
無事ナラム・シンの玉座に辿り着ければ、あらゆる可能性が交差し内包されるその空間にて、先生は肉体負荷を完全に無視した代償による完全消滅までの僅かな間、大人のカードの全力行使が可能となる。
こうして考えるとバッドエンドまでのルート多すぎません事? まぁでもキヴォトスですし、きっとこんなもんですわよね!
そんな事より早く虚妄のサンクトゥム攻略作戦に移りたいですわ~ッ! 現世界線の生徒と失敗世界線の生徒が対峙し、宙の上では先生と【プレナパテス】、ヒナと【ヒナ】が対峙する。こんなに心躍る事はありません事よ……!
それと凄い今更な話ですが、百花繚乱の新しいメインストーリーで先生がまた撃たれておりましたわね! とても素敵だと思いますわァ~ッ! たとえ敵であったとしても生徒の為に身を投げ出す先生を見る度、その気高さに、善良さに、純真さに、私は非常に暖かな気持ちになれるのです。
でも先生撃たれても気絶するだけで済むだなんて、思ったよりも頑丈ですわね。もしかしてアロナバリア張っていた? それともシャーレの制服が防弾? もしくは相手が百物語だから大した威力ではないのでしょうか? そう考えると先生のどてっぱらに風穴開けたサオリは流石ですわねぇ~! ご褒美に反転ヒナと触れ合える権利を差し上げましょう!
加えて色々新情報も出ましたし、「これ使えば先生の幻見る生徒大量発生では~?」とか、「生きながら死んでいる、影の様なモノってコレ先生にも使えそうじゃありませんこと~?」とか、「黄昏に呑まれた先生の影がキヴォトスを闊歩したら素敵~!」とか。新しいお話を考える種が沢山生まれておりますわ~っ! うぉ、急に凄い情報の洪水、死ぬのかな?
これは完全に性癖の話になるのですが、シュロちゃん何かの間違いで時間遡ってアビドス編手前の先生と遭遇したりしませんかねぇ……。気付けば見知らぬ場所、シャーレに飛ばされてしまったシュロちゃん、最初は心細く泣きそうになりながらコクリコ様を探し回るけれど何処にも居なくて、シャーレの先生が保護を申し出るけれど信頼など出来る筈もなく、それでもシャーレを脱走する度に先生が迎えに来てくれて、当然ながら正式な学籍情報も無く一人で生きていける伝手もなく。渋々先生の保護を受け入れると、何かと世話を焼いて来る先生、それを邪険に扱いながら自分と出会った頃の先生よりも何となく元気じゃない? とか思ったりして。
そんなこんなで毎日を過ごしていると先生の業務量にドン引きしたり、ひっきりなしに現れる生徒に休む暇も無いじゃないかと仏頂面になったり、ちまちま文字を書く傍らにでも先生を少し気に留める素振りを見せる様になって欲しい。
ある時書いていた作品を見られて「手前様~ッ!?」って真っ赤になって怒ったり、いつの間にかボロボロになっていた包帯に気付いた先生に、「新しい包帯にしよっか」って世話を焼いて貰ったり。
包帯を解きながら心配そうな先生に自分でも表現し難い、奇妙な居心地の悪さというか、不安な気持ちなんて抱いてしまったり。だからつい意地を張って、「こんなのはファッションですよ、ファッション!」と気丈に振る舞って何でもないように装うのだ。
勿論この包帯の下に本当に傷があっても、無くても良い。どちらにせよエデン条約を経たボロボロの先生に、ベッドの上からガーゼとか包帯塗れの身体を指差し、「お揃いだね」って冗談めかして云って欲しいだけなのである。素敵だぁ……。
そしてアビドス、パヴァーヌ、エデン、カルバノグと共に困難を潜り抜けた二人には確固たる絆が生まれ、あぁこの大人は本気なのだと、本気で生徒を助ける事に躊躇いがないのだと、その根幹に触れて欲しい。
そして最終編で先生は帰らず、銀狼やミカの様に世界線を超えるという選択肢を取って欲しい。ホシノは死んだ目でアビドス砂漠を歩き回り先生を探し続け、ミカは嘗てのセイア状態に。風紀委員会は瓦解し、ゲヘナ自治区の治安は悪化の一途を辿る。
どうにかこうにか先生を救う手立ては無いかと、あの人を取り戻す方法は無いのかと、方々手を尽くし諦めかけたその時、先生と常に一緒であった彼女にゲマトリアから契約を持ちかけられる。苦悩する彼女であったが、嘗てのコクリコ様に対する執着と同質のそれを先生に覚えてしまった今のシュロからすれば、これでを断ると云う選択肢はなく。契約を結び、何とか異なる世界に辿り着いたと思った瞬間、そこは自分が知る世界よりも未来の時間軸で、敵対していた筈の先生に庇われて欲しいのだ。
自分の味方であった筈の百物語に撃たれる瞬間、先生がシュロを庇い、その光景に驚愕すると同時脳内を埋め尽くす先生と過ごした青い春の記憶……。それはもう情緒はぐちゃぐちゃになるでしょう、何が何だか分からなくなる事でしょう、きっと彼女の今までの振る舞いからして子どもの様に泣きじゃくり、訳も分からず縋りつくに違いありません。そんな彼女対し、先生には優しく微笑んで欲しいのです。
誰かを想い溢れ出る感情を堪え切れず、その瞳から零れ落ちるもの、それを人は愛と呼ぶのですから。
きっと立ち直れる筈ですわ~ッ! 物理的に朽ちなければ先生は何度だって立ち上がるって信じていますの! どんな障害があろうと、苦痛が齎されようと、困難であろうと、先生はきっと足を止めずに突き進むってわたくしは知っていますの!
素敵ですわ~ッ! 最高ですわ~ッ! だから私は自分で苦難を書く度に、この程度じゃ先生は折れないですわよね。ごめんなさい、私は先生を過小評価しておりました。今度こそ心が折れるかもしれない、苦痛に膝を折りたくなるかもしれない、けれどきっと、先生なら乗り越えられると信じていますの……! と繰り返し、繰り返し反省してしまいますの。
先生を見ていると、人間というのは何て素敵なのだろうとついつい光属性に傾いてしまいますわね。皆さんも先生の素晴らしさに触れて浄化されましょう。
愛と云うのはかくも偉大ですわ!