ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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イラストの方に時間を取られて一日遅れですわ~!


それこそが私達の使命だった。

 

【アビドス自治区】

 

「うーん」

 

 アビドス高等学校、本校舎前。

 ほんの十メートル先さえ見えない様な砂嵐が吹き荒れる中、防塵コートを身に纏い遠くを見つめる生徒の姿があった。彼女はゴーグルで保護された目を凝らし、軽く前傾姿勢になりながら校門から身を乗り出し何かを探す。しかし、待てども待てども目的の影を視界に捉える事は叶わず、壁に寄り掛ったまま彼女――アヤネは首を緩く振った。

 

「アヤネちゃん、何か見えた?」

「ううん、全然見えない……一応、そろそろだと思うんだけれど」

 

 端末の画面を見下ろし、彼女は小さく呟きを漏らす。砂嵐の影響で通信が途絶し、それなりの時間が経っている。しかし、『彼女達』の言葉が正しいならば、そろそろ到着してもおかしくはない時間帯であった。

 この様子だと本校舎前の校門ではなく、もう少し街の方に出向いた方が良いのかもしれない――ただでさえ広大なアビドス自治区、加えてこの様な砂嵐状態では地形の把握も困難だろう。

 状況を考えれば考える程、出迎えの必要性は高く感じてしまう。

 

「ぺっ、ペッ! あぁもう、砂が口の中に入って来てジャリジャリする……!」

「こんな砂嵐だと、そうなっちゃうよね……流石に一回戻ろうか、セリカちゃ――」

 

 この砂嵐の中、長時間外で待機するのは現実的ではない。

 防塵コートの隙間に入り込んだ砂の感触に顔を顰めながら、アヤネは背後で同じように周囲を伺うセリカに声を掛ける。一度本校舎に戻って、出直した後にもう一度今度は街の方に出向いてみよう――そんな風に考えた瞬間、不意に砂嵐の風音とは異なる、駆動音を耳が捉えた。

 

「あれは――」

 

 ハッとした様子で顔を上げたアヤネは、吹き荒れる砂嵐の向こう側から現れる影を視認した。それは大型の車両で、砂嵐による視界の悪さをものともせず公道を駆けている。薄らと乱反射したライトの光が、行く先の赤を照らしていた。

 

「来た、来たよ、セリカちゃん!」

「ッ! 皆に知らせて来る……!」

 

 アヤネがそう叫ぶと同時、セリカもフードの下に隠れた耳を震わせ、本校舎の方へと駆け出す。その間もアヤネは現れた車両の前で懐から取り出したサンド・リードを展開し、ホログラムとビーコン音、IRストロボによる誘導を開始した。

 それに気付いた車両はゆっくりと速度を落とし、アヤネの信号を辿る様にしてアビドス本校舎前の広場へとハンドルを切る。

 

「皆、先生が来たわよッ!」

 

 セリカは下駄箱で靴を履き替える事もせず、半ば這う様にして廊下の奥へと声を響かせた。暫くして対策委員会の部室、その扉が思い切り開かれる音が響く。駆けて来る複数の靴音にふっと吐息を漏らした瞬間、砂嵐に煽られていた正面玄関の扉が押し開けられ、そこから見慣れた白い制服を身に纏った先生が顔を覗かせた。

 その隣には誘導を終え共に本校舎へと戻ったアヤネの姿もあり、セリカは勢い良く立ち上がると笑顔を浮かべ駆け寄る。

 

「――先生!」

「久し振りだね、セリカ」

 

 風に煽られ乱れた髪に張り付いた砂を払いながら、先生は微笑んだ。

 本当に、こうして顔を合わせるのはいつぶりだろう? 一ヶ月は確かに経過している筈だ、細々とメッセージアプリなどを通して連絡は取っていたが、ただでさえ遠いアビドス自治区はD.U.に繰り出す事もあまりない。当番の頻度も決して高いとは云えないので、こうして直接会える事は稀であった。

 

「先生、あの車両は――」

「移動式多層通信車両だよ、指揮車としても使えるから便利でね」

 

 羽織っていた外套を脱ぎ、砂を叩き落としながら先生はアヤネの問い掛けに答える。アビドスがこの砂嵐により孤立している事は把握していた。故に砂嵐の中でも機能する移動式の通信車を持ち込んだのだ。砂塵防護は勿論、高温対策などの対候性は十分。加えてAPUによる電源の自給自足も行えるので、長時間の稼働も可能である。その分車両が少々大型化してしまったが、今後の事も考えればお釣りが来る。

 

「衛星とドローンによる二重通信中継が可能な優れ物だ、此処に来るまでの道中にも中継ドローンを地盤の確かな部分に打ち込んで来たから、有線程明瞭ではないかもしれないけれど、十分使える筈だよ」

「助かります、これがあれば外部との連絡も……!」

 

 アヤネが目を輝かせ、深々と礼を告げる。先生はそれを軽く手を揺らして受け入れた。そうこうしている間に廊下から響く靴音は直ぐ傍に迫り、下駄箱の影から複数の生徒が飛び出して来る。

 

「先生!」

「先生、いらっしゃったんですね……!」

「やぁ、皆」

 

 対策委員会の部室から駆けて来た影は、シロコとノノミ、そしてアル、カヨコ、ムツキ、ハルカの便利屋68組である。先生は自身を見て胸を撫で下ろす彼女達を見つめながら、同じように生徒の無事を喜んだ。

 

「便利屋の皆も、アビドスに合流出来たんだね、良かった」

「えぇ、先生からの指示通りに、ね」

「兎に角、無事みたいで安心したよ、先生」

「わ、私みたいな生徒に、し、心配されても、不快かもしれませんが……!」

「あははっ、アルちゃんとか心配し過ぎて、ずっとそわそわしっぱなしだったもんね~?」

「ちょ、ちょっとムツキ!?」

 

 アルは気の抜けた姿は見せられないと、即座にいつも通りの余裕綽々と云った様子を装い答えるが、即座にムツキに暴露され慌てふためいた。いつも好んで身に着けている外套のファー部分に、細々とした砂が付着しているのはご愛嬌。カヨコ、ムツキ、ハルカも同様で、此方に到着してから然程時間が経っていないのか、或いは一度街に繰り出した後なのか、細かい所に砂塵の汚れが見えた。

 

「突然空が赤くなって、大きな地震が起きたと思ったらあんなのが降って来るし、流石のムツキちゃんも吃驚しちゃったよねぇ」

「この状況だと、先生に指示されなくてもこっちから足を運んでいたと思うよ、こういう状況だと、どこか人の集まる場所に行った方が情報も集まり易いと思うし」

「ご、御迷惑をおかけして、すみません……!」

「え、いや、全然迷惑だなんて思っていないけれど……?」

 

 ハルカの恐縮した様子にセリカは面食らいながら疑問符を浮かべる。既に便利屋68も対策委員会と同じアビドスにて生活を送る同輩である。厳密な所属こそ異なるものの、セリカにとっては便利屋68もまたアビドスの仲間として認識している。

 便利屋68からしても母校であるゲヘナに直接赴く事など依頼や買い出しで月に二度、三度あるか程度で、すっかりこの土地に馴染んでいた。

 特に食べるものにさえ困る時がある便利屋にとって、格安どころか無料同然でラーメンを提供してくれる柴関ラーメンは生命線そのもの。加えてそれなりの期間アビドスにて便利屋業を営んでいる彼女達に対して、良く細々とした依頼を頼む商店街の住民達などは売れ残りの物品を譲ってくたり、困った時は力を貸してくれる心強いお隣さん達である。万が一の際は切実な懐事情もそうであるが、恩ある住民達の為に尽力するのは、全く以て苦にならなかった。

 

「皆、怪我とかはしていない?」

「ん、私達は平気」

「そ、そうね、柴大将も無事だったし、今の所何ともないわ!」

「とは云っても、物資は有限ですし、備蓄を考えると不安が全くないと云う訳ではないのですけれど……」

「っていうか先生、この空の色とあの巨大な黒い塔、アレって一体何なの?」

 

 一歩踏み込んだセリカが、窓硝子越しに見える赤い空を指し示す。突然現れた黒い塔と云い、外界との通信を断たれたアビドスでは一切の情報が得られず住民達は不安を募らせている状況であった。シャーレや連邦生徒会、或いは他自治区と強い繋がりを持つ先生であれば何か知っているのではないか。そんな風に考えるのは、何もおかしな事ではない。此方を注視する彼女達を見返しながら、先生は努めて穏やかな口調で続ける。

 

「後で詳しく説明するよ、今は極力塔には近付かないで、光も直視しない方が良い――アヤネ、住民の避難は?」

「えぇっと、既に住民の皆さんの避難は完了しています、傭兵の方などで手伝って下さる方々も居て、今は郊外含め逃げ遅れた方が居ないか見回っていた位です」

「流石」

 

 その速度に、先生は感嘆の声を漏らす。アビドスはその土地柄、砂嵐などによる避難が頻繁に起こる。他の自治区と比較し、市民の行動は余りにもスムーズだった。

 

「ただ、奇妙な自律兵器がアビドス砂漠の方角……あの黒い塔の方からポツポツと現れていて、倒しても倒してもキリがないんです、幸い避難所の防衛は何とかなっていますが、何日も続けば流石に」

「ん、一体一体の強さは大した事はないけれど、このまま増えるようなら少し大変かも」

 

 問題は、街にもちらほらと入り込んで来た自律兵器の方である。砂嵐で視界が悪い上、倒しても倒しても次々と湧いて出る自律兵器に関しては対策委員会も手を焼いていた。現在は各避難所に向かった傭兵の力を借りて何とかなっている状況だが、彼女達が動けなくなった場合、対策委員会が代わりに避難所の防衛を担う事になるとアヤネは話す。

 

「それより、先生の方はどうなの? 確かまだ入院中って話だったよね」

「もしかして、抜け出して来たって訳じゃないわよね?」

「……先生なら、そういう事をしても驚かないけれど」

「――実は、もう完治していたんだ」

 

 シロコとアル、カヨコの言葉に、先生は先んじて答える。軽く自身の胸元を叩いた先生は、普段よりも溌剌とした笑みを浮かべながら胸を張った。こういった振る舞いは心得たものだ、ごく自然に身体はハッキリと開いた目元を指先でなぞった。隈の消えた瞳は、普段よりずっと健康的に見える。

 

「最近ずっと忙しかったからね、折角だから色々な所を検査したり、崩れていた生活習慣を整えたり……大事を取って少し長く入院していただけだよ」

「そ、そうなんですか?」

「そっかぁ、良かった! それじゃあ、前の騒動で受けたっていう傷もすっかり治ったのね!」

「勿論、バッチリさ」

 

 セリカは先生の力強く頷き、出来過ぎな程に満面の笑みを見せた。力こぶを作って見せ、その腕を軽く叩く。そのどこか気楽で、おちゃらけた様子に生徒達は安堵の息を吐いた。今の先生を見ていると、嘘には思えなかった。張り詰めた空気ではない、冗談めかした余裕さが却って説得力を生むのである。

 特に先生に限っては常日頃真剣に物事と向き合うが故に、その軽妙さが「大した事ではないのではないか」という感情を誘った。

 

「ん、でも病み上がりに無理は禁物」

「そうですね、極力負担になる様な事は控えて欲しいですが……」

「流石に今はね、そうもいかなくて――アビドスに足を運んだのも、ここに居る皆に頼みたい事があったからなんだ」

「……頼みたい事?」

 

 先生の声に、カヨコは訝し気な声を上げた。しかし声に反して彼女の脳裏には幾つかの考えが即座に浮かんで来る。こんな状況だ、先生が頼みたいという事柄について凡そ見当がついた。

 

「それって、もしかして」

「あぁ、アビドスに出現したあの塔を破壊する為、皆の力を貸して欲しい」

 

 カヨコが言葉を紡ぐより早く、先生は自身の目的を明かす。あの塔をこのまま放置する訳にはいかない、それは全員の共通認識である。次々と湧いて出る自律兵器をどうにかする為にも、避けては通れない道だ。

 

「先生、察するにあの塔が出現したのはアビドスだけじゃないよね?」

「うん、カヨコの云う通り」

「あ、アビドスだけじゃなかったの……?」

 

 先生がカヨコの言葉を肯定すれば、アルは愕然とした表情で呟きを漏らす。こんな状態が他の自治区でも起こっているのか、正直考えたくもない事態であった。

 

「アビドスを含め、合計七ヶ所――あれと同じ塔が各自治区に出現している、今は連邦生徒会とシャーレを中心に各自治区に呼びかけて、攻略作戦の準備中なんだ」

「まぁ確かに、アビドス自治区境界線付近も空が真っ赤だったもんねぇ、塔一本だけじゃないのは当たり前かも?」

「こ、攻略作戦、ですか」

「……その様子だと、かなり大事になっているんだね」

 

 便利屋68の面々はアビドス自治区境界線で、他の自治区もまた同じように赤く染まった空に覆われる光景を目撃していた。塔が一本だけではないという可能性も当然、カヨコの思考には存在した。

 便利屋の面々が何かを考え込む最中、勇んで踏み出したセリカは自身の両手を強く叩き、気炎を吐きながら叫ぶ。

 

「そんなの願ったり叶ったりよ! 元々あの塔も爆薬で吹っ飛ばそうって話だったし!」

「ん、流石にこのまま放置する訳にはいかない、当然参加する」

「えぇ、そうですよね、アビドスは私達が守ります!」

「はい、参加しないという選択肢はありません!」

 

 策委員会側は全員が気合十分という様子で先生の提案に乗る。攻略作戦とやらの概要はまだ分からないが、塔を破壊すると云うのであれば是非もない。アビドスの安全の為、先生の為にも、彼女達は協力を約束する。

 

「勿論、私達も協力するわよ!」

「事務所もこっちにあるし、街が破壊されたら困るのは一緒だから」

「くふふっ! 当然だよねぇ~!」

「ど、どんな相手でも、す、少しでも先生に恩返し出来るのなら……!」

「――ありがとう、皆」

 

 便利屋68もまた、気持ちは同様であった。攻略作戦の参加を取り付けた先生は、彼女達に礼を述べながら安堵の息を吐く。対策委員会と便利屋68が手を組み立ち向かえるのなら、きっとアビドスに顕現したサンクトゥムの破壊も叶うだろう。

 問題は――自分の側に存在する。

 

「作戦の詳細に関しては後で伝えるから、今は此処に居る皆で協力して戦闘準備と防衛に注力して欲しい、通信車両は遠慮なく使って、何かあったら私に連絡を、弾薬でも医療品でも、食糧だろうと直ぐ届けるから」

「あっ、ちょ、ちょっと、先生はどうするの!?」

 

 踵を返し、扉を押し開けて砂嵐の中立ち去ろうとする先生の背中に向けて、慌ててアルが問いかけた。先生は扉に手を掛けたまま、ゆっくりと口を開く。

 

「私は――」

「アビドス砂漠にある、例の船の所に行くんでしょう?」

 

 薄暗い廊下の向こう側から、声が響いた。

 先生が声の響いた方向へと視線を向けると同時、生徒達もまた振り向き廊下の奥を覗き込む。コツコツと、赤い光が差し込む廊下に硬質的な足音が鳴っていた。

 

「……ホシノ」

 

 暗がりから現れたのは、対策委員会の纏め役とも云えるホシノ。彼女は後ろで一つにまとめた髪を揺らしながら、悠然とした足取りで姿を見せた。

 しかしその足取りとは反対に、彼女の纏う空気は何処か張り詰め、寒々しい様に感じる。いつもの昼行燈とした気配は形を潜め、特に左右で色の異なる瞳は冷徹な色を帯び、折り畳み背負った盾や肩に提げた愛銃の物々しさも相まって、何とも近寄りがたい威圧的な空気を身に纏っていた。

 

「ホシノ先輩、やっと出て来たのね! 遅いわよ!」

「随分準備に時間が掛かっていたみたいですけれど――」

「うへぇ、ごめんね、ちょっと久々過ぎて色々手間取ってさぁ」

 

 セリカとアヤネから投げかけられる声に、いつも通りヘラリと口元を緩めた彼女は肩を竦める。反対にシロコとノノミは、ホシノの姿を一瞥し一瞬言葉を呑んだ。それは彼女の恰好がいつかの姿と重なって見えたからだ。

 

「ホシノ先輩、その恰好は」

「……ん」

 

 捲り上げられた袖口に、胴体から下腹部までを覆い隠すプレートキャリアベスト。モジュラー式にポーチやマガジンを追加し、通信機や医療品を含む追加装備も完備。胸元にはサイドアームとして愛用のハンドガンを装着、腰裏にはスモークグレネードや手榴弾がぶら下がっていた。

 普段盾を構え、皆を守る事に主眼を置いたスタイルを見せていたホシノ。しかし今はその反対に、攻撃的な姿勢を連想させる装備であった。散弾銃と拳銃を組み合わせた独自の戦闘スタイル、絶え間ない攻勢と神出鬼没の攪乱、強襲戦術。

 それを用いて秘密裏に行われたD.U.でのプレジデント排除行動、当然その顛末を対策委員会の面々は把握していない。彼女達、特に一年生組がホシノの古い装備、臨戦態勢を目にするのは初めてであった。

 

「先輩、何かいつもより重装備じゃない?」

「確かに、調印式の際に揃えた装備の余剰品でしょうか? でも、そんな装備は記憶にない様な――」

「まぁまぁ、これは何て云うか、おじさんの戦装束(臨戦装備)って所でさ、昔の部室(生徒会室)から引っ張って来たんだよ」

 

 それだけ私も、今回は本気って事。

 どこか冗談めかした様子で語るホシノは、そのまま対策委員会と便利屋68の合間を縫って先生の前へと足を進める。

 黄金と蒼穹、異なる色が先生を真っ直ぐ見つめ、その内面を暴こうと蠢く。

 先生はそんなホシノの瞳を見返しながら、沈黙を守った。

 

「ねぇ先生、あの砂漠で見つかった船って、すっごく大事なんでしょう? 態々防衛をお願いする位だし」

「……あぁ、そうだね、アレが無いと(ソラ)に挑む事が出来ないから」

「空?」

「うん、上空七万五千メートル、遥か空の向こう側に、あの塔を顕現させた存在が居る」

 

 先生の言葉に、対策委員会と便利屋の皆が驚きに息を呑むのが分かった。

 そんな空高く、遥か上空に黒幕が潜んでいるとはまず思うまい。

 そこまでの高度となると、通常の航空機では侵入すら難しい。成層圏を超え、ほぼ中間圏との境界線に当たる――高高度偵察機すら到達できない、宇宙空間に近しい領域だった。

 そんな場所に赴くのであれば、通常の手段では不可能だ。それを踏まえた上で、アビドス砂漠で発掘された機体を思い返せば、確かに通常とは異なる造形をしていた。先生が態々生徒を雇い、長い時間を掛けて探し出した代物である。

 まるで、『その為だけに存在する(この瞬間の為だけに創られた)』ような。

 アレはそんな、実に不思議な船だった。

 

「先生はあの船に乗って戦うって、そういう認識で良いんだよね」

「そうだね、私は――皆が塔の破壊を行うと同時に、ウトナピシュティムの本船を使って、塔を顕現させた本拠点無力化に動く予定だよ」

 

 先生が頷きを返すとホシノはその両目を細く絞り、一歩を踏み込むと喉を震わせた。

 

「それなら、私も――」

「いいや」

 

 ホシノは皆と、アビドスを頼むよ。

 先生は彼女の機先を制し、その様に言葉を送った。思わず声を呑んだ彼女は怯んだように唇を噛み締め、眉間に皺を寄せる。

 

「でも、先生……」

「アビドス対策委員会は」

 

 それは、いつか彼女が口にした言葉だ。

 その感情を嬉しく思う、しかし大事なものはきっと一つではない。先生はホシノの額に右手を伸ばし、彼女の頬を撫でつける様になぞった。いつもより少しだけ力強い、先生の掌。片目を閉じながら、ホシノはその所作を受け入れる。

 

「『皆でひとつ』――そうだろう、ホシノ」

「………」

 

 視界に映る、先生の微笑み。優し気で、温厚で、慈しむ色。

 ホシノは自身の頬に添えられた先生の掌をそっと掴みながら、目を閉じた。

 狡いと思った。

 その言葉は、対策委員会の皆を優先させる為の方便だ。自分がどれだけ目の前の大人を大事に思っているのか、執着しているのかを理解しておきながら、先生は全てを独り抱え込み、悲しみと優しさの同居した笑みで以て優しく手を振り解く。どれだけ此方が必死に伸ばしても、訴えかけたとしても、本当の意味で先生を捉え留め置く事など出来はしないのだ。

 それがホシノにとって、どうしようもなく辛く、苦しく、泣きたくなる様な現実だと知って尚。

 先生はただ、ホシノに――。

 

「……此処で」

 

 ぽつりと、ホシノの口から声が漏れる。両目を瞑ったまま、先生の掌に頬を擦るホシノはゆるりとした口調で問いかけた。

 

「私がアビドスを守り切れば、それは先生を守る事に繋がるのかな」

「……あぁ、勿論」

 

 ホシノの言葉に、先生は力強く声を返した。

 皆が地上で戦っているからこそ、私は(ソラ)に上がれるのだ。

 それは先生にとって、絶対的な原動力となり得る事実である。

 生徒達(子ども達)が戦い続けている、抗っている、必死に歯を食い縛って困難に立ち向かっている。その事実が、現実がある限り、先生は決してその足を止めない。

 どれだけの痛みにも、苦しみにも屈せず、耐えられるのだ。

 

「……必ず帰って来てね、先生」

「大丈夫」

 

 ホシノは薄らと目を開け、先生を見上げながら云った。潤んだ瞳と共に告げられるそれは、半ば懇願であった。先生は彼女の瞳を見返しながら、もう一度繰り返す。

 

「――きっと大丈夫だよ、ホシノ」

 

 微笑みと共に告げられる言葉。

 それは、必ず帰って来るという意味なのか。

 それとも、別の意味を含んだ(キヴォトスの未来を約束する)言葉だったのか。

 

 先生は決して、それ以上を語らなかった。

 

 ■

 

【トリニティ自治区】

 

「ほら、ぼさっとしていないで動け動けっ!」

「すみません、そこ通ります……!」

「弾薬ってこっちで良いんだよね?」

「医療品は救護騎士団のマークが刻印されていますから、保管箱を良く確認して――」

 

 トリニティ自治区、トリニティ・スクエア。

 主要施設が密集した場所、その中央に位置する広場には多くの生徒が集い、忙しなく走り回っていた。部室会館や本校舎、救護騎士団本部などから続々と物資やら武装やらを担いだ生徒達が現れ、声を掛け合う。正義実現委員会本部前には特徴的な黒い制服を身に纏った一団が直立不動で待機し、その先頭に立つ大柄な生徒――ハスミは喧騒に包まれたトリニティを見渡しながら真剣な面持ちを崩さない。集団からは張り詰めた空気が漂い、トリニティ全体を剣呑な気配が支配していた。

 

「ハスミ先輩」

「……準備は?」

「万全です」

 

 本部より駆け寄って来た委員の一人に問い掛ければ、彼女は端末を片手に深く頷いて見せる。正義実現委員会本部前に陣取った数百名にのぼる人員は全て、ハスミが率いるトリニティ自治区防衛部隊に割り振られた生徒達である。

 現在正義実現委員会は自治区に広く展開し、迫り来る自律兵器を叩く部隊と本校舎のある中央区画を防衛する守備部隊に分かれようとしていた。ハスミは先程まで整備していた愛銃を担ぎ直し並んだ生徒達を一瞥すると、それからヒールの踵を鳴らし告げる。

 

「各班の配置は事前にお伝えした通りに、私達は前線に出向き自律兵器の侵攻を阻止します、校舎敷地内に残る防衛部隊に関してはイチカに一任しますので、本部の生徒達は以降彼女の指示に従って下さい」

「了解です、ツルギ先輩は――」

 

 そこまで口にして、連絡員の生徒は口を噤む。視線の先には一人ぽつりと佇むツルギ委員長の姿がある。普段通り何を考えているのか、或いは考えていないのか、彼女は異様な前傾姿勢で街の方角を凝視し、微動だにしない。彼女の周りには全く人が寄り付かず、心なしか周囲の空間が歪んで見えた。きっと幻覚だろう、しかし彼女の肌から放たれている戦意だとか、闘志だとか、そういう目に見えない濃密な何かが目に見える形で滾っている気がしてならない。

 ハスミはそんな彼女の背中を見つめながら、安堵と共に頷いた。

 

「いつも通り、問題ありません」

「……はい」

 

 ツルギはいつ如何なる状況であっても、戦闘準備を怠りはしない。事実彼女のスカート、裂けた裾から覗く愛銃の整備は十全である。彼女の戦闘スタイルからして消耗品ではある事は否定できないが、それでもその整備に手を抜く事は無い。それはハスミが一番良く知っている。

 

「うわっ、凄い数、なんかすっごく物々しい感じじゃない?」

「そりゃそうでしょ、こんな真っ赤な空になったら――総括本部からも声明が出ていた筈だし」

 

 そんな正義実現委員会の前を偶然通る影があった。

 放課後スイーツ部の面々である、彼女達は四人で駆け回る生徒達の邪魔にならない様トリニティ・スクエアの隅を歩きながら、不気味に染まった赤い空の元整列する正義実現委員会を一瞥し、呟く。

 ナツは「おぉ~……」と何処か興味深そうに周囲を見渡し、ヨシミは仏頂面で駆け巡る影を見守っている。アイリは剣吞な気配を感じて不安を隠しきれず、カズサはそんなアイリを慮っていた。

 

「この前、D.U.で大規模な戦闘があったばっかりだっていうのに、何か最近色々おかしくない? 普通に考えて、事件起き過ぎでしょ」

「確かに、何かと争い事は増えた気もするね、トリニティだけを見ていると実感は湧かないけれど」

「この赤い空、トリニティだけの話じゃないって噂じゃん? 何がどうなっているのかは分からないけれど、周りのゴタゴタを見ている限り、結構大事になっている気がする――って」

 

 カズサはぶら提げた愛銃を担ぎ直し、辟易とした様子で呟く。正直に云って騒動は余り好きじゃない、正確に云えば関わりたくないと云うべきか。それは芋ずる式に戦闘へと縺れ込む事が殆どだからだ、自分自身の過去や気質を含めたソレは、カズサからすれば直視し難いもので――。

 

「アイリ、大丈夫?」

「あ、うん」

 

 俯き、不安そうに周囲を伺っていたアイリの肩に触れ、カズサは心配そうに問いかけた。アイリは慌てて取り繕ったような笑みを浮かべると、ややあって視線を横合いに逸らし、胸中の不安を吐露する。

 

「ただ、その……先生の事が、心配だなって」

 

 その一言に、放課後スイーツ部の面々は互いに顔を見合わせ、足を止めた。

 

「先生って、まだD.U.の病院に入院中だったよね?」

「そういう話だけれど、詳しい情報は何にも出てない筈だよ、お見舞いに行こうにも希望者が殺到して一時的に面会謝絶していたらしいし」

「……まぁ、そりゃそうでしょ、お見舞いの対応で悪化したら本末転倒だもん」

 

 それなら、まだ病院に居るのだろうか。流石に丸腰であるとは思いたくない、多くの生徒に知られる連邦捜査部シャーレの顧問である。相応の警備は付けられていだろうし、自分達が向かった所で大した力になれるとも思わないが――万が一の事を考えて、駆け付けられる準備はしておくべきかと、カズサは内心で零す。

 

「って、あの制服、自警団まで集まっているじゃん」

「あれ、自警団って普段は個別で活動しているって話じゃ――」

「うん、珍しいね、あんな一ヶ所に集まる何て……」

「……ふぅむ」

 

 彼女達が向ける視線の先には、トリニティの白でもなく、正義実現委員会の黒でもない、その間となる灰色(グレー)の制服を着込んだ一団がまばらに待機していた。

 肩に示すエンブレムは略式校章と盾。大きな校門の両脇、整然と並んでいる訳でもなければ確固たる指揮系統がある訳でもない、しかし集った目的と秘めた志は同じであり、この非常事態に於いてたった数行のメッセージのみで自然と集合出来る団結力が彼女達には存在した。

 その中に混じり、端末を確認するスズミは隣り合った小柄な影にそっと問い掛ける。

 

「レイサさん、集合した自警団の方々は……」

「大丈夫です、予想よりずっと多くの方が集まってくれました!」

 

 問われたレイサはニッと溌剌とした笑みを浮かべ、サムズアップを行う。招集された自警団の面々は見覚えのある顔もあれば、全く覚えのない顔もある。元々が個人活動の延長線上にある組織である、そうなるのも必然だろう。だが全く統制が無いかと云われれば、そうではない。正義実現委員会と伝手のあるスズミは、有事の際に情報共有が行われるメッセージアプリを立ち上げ、端末をタップしながらレイサに告げた。

 

「私達は正義実現委員会とは別行動です、自治区の防衛ではなく逃げ遅れた方々の救助、救護騎士団と連携して避難誘導に尽力します、正体不明の自律兵器に対しては破壊ではなく撃退、足止めを主眼に置いて下さい」

「分かりました!」

 

 端末にメッセージを入力し送信した途端、周囲の自警団達が持つ端末が一斉に電信音を鳴らし、その内容を確かめたメンバーは各々動き出す。為すべき事に変わりはない、自然と声を掛け合い、或いは己の行き先をメッセージで綴り、誰かの為に銃を握る。

 その背中を見送り、スズミはゆっくりとトリニティの街並みを、延いては空を仰いだ。

 

「――随分と、不気味な空」

 

 出現した正体不明の捻じれて歪んだ巨大な塔、街に侵攻する自律兵器。一体、何が起きようとしているのか、その全貌はスズミにも分からない。

 しかし状況が把握出来ずとも自分達に出来る事がある限り、全力を尽くすべきだと自身に云い聞かせた。一人一人の力は限られていても、その小さな積み重ねが軈て大きな正義を為すと信じている。

 誰かがやらねばならない事だ。

 その小さな『ひとり(個人)』こそが、自警団であった。

 

「……あれは、シスターフッドの」

 

 ふと、スズミの視界に粛々と進む敬虔な信徒、シスター達の姿が見えた。

 彼女達は荘厳な大聖堂の扉を押し開き、隊列を組みながらトリニティ・スクエアへと歩き出す。彼女達の纏う神聖な気配、神秘的かつ秘密主義な組織色も含め、一般生徒はまるで割れた海の如く道を譲る。

 その先頭に立つのは普段あまり目立つ事を好まないマリー。靡くウィンプルに指を絡めながら、彼女は伏せていた瞳をスッと開いた。

 

「招集状況は如何でしょう」

「はい、トリニティ自治区内、或いは近辺で活動中だったシスターは全て大聖堂に招集済みです、シスターヒナタも数分後には出立出来ると、先程連絡がありました」

「分かりました、ではサクラコ様の指示通り、私達はこれよりカタコンベへと向かいます」

 

 静寂と共に行われる行進、各々が愛銃を手に一言も交わさず、ただ靴音が響くその光景は異様とも云える。しかし、それこそがシスターフッドの団結の強さ、そして厳粛な規律を物語っていた。

 

「トリニティ自治区、及び本校舎の防衛は正義実現委員会に委ね、シスターフッドである私達は出現した塔の一つ、その破壊を目的とした作戦行動を取ります――具体的な指示は現地に到着し、サクラコ様と合流次第為される筈です、宜しいですね?」

「はい」

 

 後続のシスター達に告げながら、マリーもまた愛銃であるパイエティー(信心)を抜き放つ。

 この小さな武器が、平和の為のものであれば良いのに。

 そう願い続ける彼女であったが、どうあっても世界から争いは無くならないらしい。この赤い空もまた、その残酷さを知らしめるかの様にどこまでも広がっていた。

 耳に届く数多の靴音、自身の背後に続くそれらに心を痛めながらマリーは胸元で拳を握り締める。

 心の中で捧げる祈り、胸中に思い描く対象はただひとり。

 マリーの瞳は虚空を捉え、その口ずさむ言葉は空に溶けて来た。

 

「全ての方に救いを、そして――」

 

 この祈りが、どうか先生(あの方)を守ってくれますように。

 

 ■

 

【ミレニアム自治区】

 

「うーん……なんか、凄い事になっている感じ?」

 

 窓硝子に張り付き、カーテンを掴みながら外を眺めるモモイはそっと肩を竦めた。

 相変わらず外は薄暗く、蒼穹は何処にも見えない。不気味な赤い空が目に悪そうな光を放ち、モモイは右手に緩く握り締めた端末をタップした。不安定だった通信はある程度普段通りの形となり、時間を見つけてはミレニアム内の掲示板や情報共有サイト等を巡っている。この状況に関して情報を収集している訳だが、どこもかしこも自分達と同じ状況で、あらゆる情報が直ぐに文字の濁流に吞まれて消えた。

 

「凄い事も何も、外出禁止令が出た時点で普通じゃないよ、お姉ちゃん」

「うぅ……」

 

 モモイの能天気な発言にミドリは溜息を零し、ユズはノートパソコンを凝視しながら難しい表情をしている。画面にはリアルタイムで更新される書き込みが増え続けており、ミレニアム自治区で発生している様々な現象に言及していた。

 巨大な塔が突然降って来て区画が一つ吹き飛んだとか、触手を生やした変な自律兵器が暴れているだとか、塔から放たれる光をジッと見つめていたら体調が悪くなっただとか――洪水の様に溢れる情報を前にして、モモイは目を回しソファへと身を投げる。

 

「あーもう、ネットでも何かある事ない事沢山書き込まれているし、何が本当だか分からないよ~!」

「何だか正体不明の自律兵器が暴れているって話も出ているし、流石にこんな状況で遊んでいる訳にもいかないよね、ゲーム開発するような空気でもないし」

 

 ソファに座って同じように情報収集に勤しむミドリ、彼女も端末を片手に情報収集に勤しんでいるが重要そうな情報を掴んだ手応えは無い。ユズは一度キーを叩いてた指先を止めると、画面から顔を上げ不安そうな表情と共に呟いた。

 

「あ、アリスちゃんもずっと、あの赤い空を見上げたままだし……」

「ん~……」

 

 視界の先には、床に座り込んだまま窓を凝視するアリスの姿がある。ここ数時間、ずっとそうだ。アリスは何かに魅入られたかのように赤い空を凝視し、微動だにしない。それこそ何度か呼びかけたり、体を揺すったりゲームで釣ろうともしたが悉く失敗に終わった。その事に関してはモモイも不安に思っていた様で、ソファに横たわったまま腕を組み唸る。

 

「お姉ちゃん?」

「ねぇ皆、私達本当に此処でこんな風に待っているだけで良いのかな?」

 

 唐突に、モモイはその様な事を口走った。ミドリとユズが一瞬動きを止め、ソファに横たわるモモイへと疑念の籠った瞳を向ける。

 

「え、えっと、それってどういう……?」

「……お姉ちゃん」

 

 ユズは困惑を多分に含んだ声を漏らし、ミドリはややあって何かを悟ったかのような険しい表情を浮かべた。姉妹だからこそ分かる事がある、こういった状況で姉であるモモイが突飛な行動を取る事はままある事であった。

 端末から手を離し、横たわって腕を組んだまま天井を仰ぐモモイを覗き込んだミドリは、重々しい気配を纏いながら問いかける。

 

「――もしかして、外に行くつもりなの?」

「えっ!?」

 

 まさか、という声がユズより漏れた。モモイは頭上より掛けられた問い掛けに応えず、仏頂面で唇を一文字に結ぶ。その頑なな様子に肩を竦めながら、ミドリは端末の画面を指差しながら続けた。

 

「お姉ちゃん、セミナーから正式に外出禁止って告知されていたじゃん、下手に歩き回っても皆に迷惑を掛けちゃうだけだよ? それこそ下手に動いてペナルティ何か受けて、また部費削減なんて事になったら目も当てられないし……」

「それは、分かっているんだけれどさ、でも……」

 

 モモイは何か、納得がいっていない様子だった。それはこんな状況に於いて、自分達にも何か出来る事はないかという善意だったのかもしれない。或いは単に、通常ではあり得ない世界の変貌に対して、純粋な好奇心から関わりたいと思っただけなのか。

 どちらにせよ危険である事には変わりない。何よりセミナー直々に外出禁止令を出されているのだ、どのような理由があるせによ自分達より余程状況を把握している彼女達の言葉だ。ミドリはそれを重く受け止めていた。

 

「――先生は」

「……アリス?」

 

 ふと、声が聞こえた。

 それは世界が一変してよりずっと、床に座り込んだまま空を眺めていたアリスの声であった。彼女は相変わらず赤空を凝視したまま、どこか呆然とした様子で言葉を続ける。

 

「先生は、無事でしょうか?」

 

 その一言に、モモイ達は顔を見合わせる。先生、シャーレの先生――自分達よりもずっと弱く、こういった事態に巻き込まれる大人、ゲーム開発部の顧問。その安否は確かに気になる。

 

「せ、先生って今、D.U.に入院中だった……よね?」

「えっと、一応そういう風に聞いたけれど」

「お見舞いに行こうにも病院に断られちゃったし、メッセージも送信出来なかったし、詳しい事は何も分からないんだよねぇ」

 

 折角、新しいゲーム買って来たのに、渡しそびれちゃった。

 そう云ってモモイが向けた視線の先には、小奇麗な紙袋に包まれたゲームカセットがある。先生のお見舞いの為、ゲーム開発部一丸となって魔王ユウカに波状お願い攻撃を仕掛けた戦果であった。最初は、「どうせお見舞いにかこつけて、自分達が欲しいゲームを買うつもりでしょ」だとか、「先生は今療養中なんだから、あまり騒がしくならないものを」とか、何かと理由をつけて渋っていたユウカであったが、四人の攻勢に数時間と経たず陥落し無事購入資金を得るに至った。

 因みに内容はゲーム開発部として個人的にプレイしたかった代物なので、ユウカの言は何も間違っていない。

 

「でもさ、先生がもしこんな状況を見たら、一も二も無く何とかしようとするんじゃないかな? 例え入院中でも、病院とか抜け出して」

「それは――」

「あり得る……かも」

 

 モモイの言葉にミドリとユズは思わず反駁の声を失う。先生の事だからまた無茶して、病院に逆戻り何て事は簡単に想像出来た。アリスを連れ去られ、リオ会長と対峙した時もそうだった。ボロボロの体を引き摺って要塞都市エリドゥへと踏み込み、自律兵器の大群を相手に一歩も引かず、最終的に皆を救って見せた。

 その大きな背中は彼女達の脳裏に焼き付き、離れない。

 

「アリスは」

 

 僅かに、アリスの瞳が揺らいだ。

 人とは異なる無機質なレンズ、しかしその向こう側に煌めく光は唯一無二で。ゆっくりと動き出した彼女の双眸は、大切な三人の仲間達を背中越しに捉える。

 

「アリスは、少しでも先生の役に立てるのなら――勇者として、先生の傍で戦いたいです」

 

 アリスの口から放たれた言葉に、三名は沈黙した。

 ミドリとユズは思い詰めた表情で俯き、暫くの間言葉を紡がなかった。気持ちは痛い程に理解出来る、先生が困っているのであれば駆け付けたい、力になりたい、そういった感情がとめどなく湧き上がる。自分達を助けてくれた大人だ、ならば今度は自分達がと、そう考える事は何も不自然な事ではあるまい。

 しかし、自分達が駆け付けた所でどれ程の力になれるのか。そもそもキヴォトスがどんな状況すら分かっていないのに。加えてセミナーから直接釘を刺され、外出禁止を云い渡されているのにと、否定する要素が次々と脳裏を過る。

 ややあってユズは膝に乗せていたノートパソコンのキーを手慰みに叩き、それから何かを思い出したかのように顔を上げた。

 

「……そういえば、D.U.で戦闘に協力してくれる生徒を募集していた様な気がする」

「えっ?」

「ユズちゃん、それ本当?」

「う、うん、えっと……」

 

 確か、情報収集を行う傍ら公式ホームページやらアカウントから発信される情報も洗ったのだ。その際、ミレニアムからD.U.に幾つかの戦力を送るという旨の記事を目にした記憶があった。ユズは両脇に座るモモイ、ミドリからの問い掛けに頷きながらモニタにメッセージアプリを立ち上げる。

 

「ほ、ほらコレ、セミナーからの全体通知」

 

 そうしてノートパソコンの画面を指差せば、モモイとミドリはその示す先を覗き込む。そこには確かに、セミナーからの要請として各部活動の代表者にメッセージが届いていた。

 

「連邦生徒会側から支援要請があったみたいで、ミレニアム全体でD.U.防衛に参加出来る生徒、或いはドローンの類を募集しているって……」

「ほ、本当だ、いつの間にこんな――」

「これだっ!」

 

 メッセージを確認したモモイが拳を突き上げ、叫び声を上げた。

 至近距離から響くそれに思わず仰け反り、目を瞬かせるユズとミドリ。モモイは画面を見下ろしたまま、未だ床に座り込むアリスを一瞥すると、何かを企んだ様子で破顔した。

 

「お、お姉ちゃん?」

「これだって、もしかして……」

「うんッ!」

 

 勝手に外出したり、先生の所に駆け付けようとしたらきっと怒られるし、何らかのペナルティを受けるかもしれない。けれど、連邦生徒会からの正式な要請にかこつけて助けに向かうのなら、大義名分は此方にある。

 こんな赤い空、何かが起こっているのは明らかだ。こんな時に部室に籠ってただ時間を浪費するなんて、自分達らしくない。此方を見上げるアリス、その蒼穹を思わせる双眸を見返しながら、モモイは部室の中心で高らかに宣言して見せた。

 

「ゲーム開発部皆で、世界(先生)を救いに行こうッ!」

 

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