ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!


星を追う者(手の届かない輝き)

「――ノア、こっちの資料も確認して貰える?」

「はい、ユウカちゃん」

 

 ミレニアムタワー上層、セミナー管理区画。

 貸し切った会議室の中、テーブルの上に積み上がる幾つもの資料。それらを横目にホログラムモニタを凝視するユウカは、隣で同様に端末を操作するノアへと今しがた完成した資料を転送した。

 画面に表示される受信通知、手慣れた様子で添付された資料を開いたノアは、表示される文字列を素早く読み取りながら内容を把握する。

 

「これは、塔攻略作戦の?」

「えぇ、各部活動の代表と掛け合って今動かせる戦力を整理したの、そこから考えた配置よ、問題が無ければヒマリ先輩に送信するわ、本当は保安部だけで自治区をカバーして、C&Cを先生に同行させたかったのだけれど……」

 

 ユウカはキーボードを叩く手を止める事無く、たった今送信した資料の内容について言及する。添付した資料は各部活動を含めたミレニアム全体の総戦力データである、セミナーが保有するドローンは勿論、各部活が開発、或いは運用していた戦闘可能な自律兵器も多分に含まれていた。

 ノアはモニタをスクロールしながら表記された戦力を大まかに把握し、それぞれどの様な配置となっているかを確認する。

 

「ミレニアムに落下した搭は二つ、湧き出て来る自律兵器を撃退しながら中央に攻め込める人員となると、やはり数が限られますね、こうして表に出すと良く分かります」

「えぇ、流石に塔の破壊をドローン任せにする訳にもいかないし……リオ会長のAMASも外部に貸与する分を考えると、今でも十分とは云えないわ」

「それでも、こういった事態を見越して増産を行っていたのはリオ会長らしいですが――」

 

 ミレニアムはその校風から、各部活動の保有するドローン数は多い。それでもリオ会長がセミナー名目で増産していたAMASの稼働率は全体の割合でも圧倒的であり、セミナーや保安部、C&C、エンジニア部、特異現象捜査部など様々な組織で運用されている。

 無論、プレーンそのまま運用している場所は少なく、それぞれ独自に手が加えられており厳密に云えばハード、ソフト共に異なるのだが、それでも元の優秀さから原型を留めない程に魔改造されているという事は無い。

 だが、それだけの数を用意しても尚、ミレニアム自治区全体をカバー出来るとは云えないのが現状である。

 ノアは表示されたマップデータと戦力情報を比較しながら、難しい表情と共に告げた。

 

「そうなると、この資料通り片方の搭をC&Cで、もう片方をセミナーが直接叩く、という形になりますね」

「えぇ、現状の戦力を元に考えると、その選択が合理的よ」

 

 ユウカは手前のホログラムモニタを一つ消し去り、ノアへと視線を向けながら頷く。

 各部活動の戦力を把握した上で、ユウカが下した決断は少数精鋭の生徒と大多数のドローンによる搭の攻略。

 そして彼女が知り得る限り、こういった任務を絶対的な信頼を持って任せられるのはC&Cのみである。

 そして問題となるもう一つの搭は、自分達でどうにかするしかない。それはミレニアム全体を預かるセミナーとしての責任でもあった。

 

「エンジニア部とヴェリタスには塔の解析と監視、加えてドローン群のコントロールを任せているし、ヒマリ先輩にはリオ会長が不在の間ミレニアム全体の指揮と設備制御をお願いしているから、セミナーから戦闘要員として動けるのは私とノア、それとコユキね……そう云えば、コユキは?」

「コユキちゃんは現在、ヴェリタスの方で解析の手伝いをしている筈ですよ」

 

 普段は能天気で厄介者で、事あるごとに問題を起こす人物であるが、その能力だけは本物である。事暗号やパスコードの解析など、数学的な暗号解読の分野に於いて彼女の右に出る者はいない。ヴェリタスとしてもコユキの分析・解析能力は高く評価している。

 尤も、その分扱いが非常に難しい人材ではあるが、その点はノアが手綱を握る限り問題はない。彼女の中に存在する、『逆らったら怖い人達』が近くに居れば多少の制御は可能だった。

 

「あぁそうだ、ユウカちゃん、もしコユキちゃんの所に今の話を伝えに行く様でしたら、コレを渡しておいて下さい」

 

 ふと思い出したように、そう云ってノアは胸ポケットから何かを取り出し、ユウカの前へと差し出した。それは薄く、長方形で、疑問符を浮かべながらユウカは受け取る。

 

「……えっと、これって押し花の、栞?」

「えぇ、四葉のクローバーの栞です」

 

 差し出されたのは、ノアが云う通り四葉のクローバーをラミネート加工し、栞へと仕立て上げた押し花であった。とても丁寧に加工されており、ユウカが興味深そうに天井へと翳してみれば、フィルム表面が鈍く光を反射した。上部には可愛い赤いリボンまで通されており、中にあるクローバーの保存状態も非常に良い。

 

「長く保存したいと云っていたので、私が加工して栞にしたんです、日光や湿気を避ければ数年は綺麗な状態を維持出来ますから」

「コユキが、コレを? 何で四葉のクローバーなのかしら……?」

「何でも、先生と一緒に探して見つけ出した思い出の品なんだとか」

「――ふぅん」

 

 鼻を鳴らし、ユウカは一つ頷きを返した。

 何となく、「らしくない」とは思った。しかしユウカはそれ以上踏み込む事をせず、栞をポケットの中にそっと仕舞い込む。コユキにとって大事なものであるのなら、粗雑に扱う事は決して許されない。これは後で、確かに彼女へと手渡そう。

 

「しかしセミナーによる直接攻略ですか、保安部も動かすとは云え、攻略戦力としては少し、いえ、かなり不安が残りますね」

「一応、ドローンによるバックアップもあるわ、セミナー、保安部、ドローン部隊による攻略だから実際にはそれなりの規模よ」

「……この際、トレーニング部の皆さんにも搭攻略の協力を仰ぐのはどうでしょうか?」

「申し訳ないけれど、スミレには本校舎近辺と部室棟の防衛をお願いしたの、後輩のレイって子も一緒にね」

「部室棟ですか?」

 

 ノアの不思議そうな表情にユウカは一瞬、気まずそうに視線を逸らすと、それからポツリと観念した様に呟いた。

 

「その、ゲーム開発部の子達が心配だったから」

 

 それは公的な立場である彼女からすれば、珍しく私心から生じた指示であった。だが彼女にとっては、どうしても譲れない一線でもあったのだ。

 

「あの塔が放つ光、キヴォトスの生徒にとっては危険なものって話じゃない?」

「……えぇ、そうですね」

「なら尚更、そんな危険な所にあの子達を近付ける訳にはいかないわ」

 

 端末に伸ばす指先を握り締めながら、ユウカは決意する。自分達が守らないといけない。

 ミレニアムも、ゲーム開発部の子達も。

 そして、先生だって。

 

「ユウカ~ッ!」

「……?」

 

 そんな彼女の耳に、聞き覚えのある声が響いた。

 毎日のように耳にしている、たった今話題にしていた子達の声だ。ユウカが顔を上げると、会議室の扉を勢い良く開け放ち雪崩れ込んで来る複数の影があった。

 隣り合ったノアもまた、ホログラムモニタ越しに見える彼女達の姿に思わず目を見開き、驚きを露にする。

 

「あら」

「モモイにミドリ、ユズに、アリスちゃんまで……?」

 

 会議室に飛び込んで来たのは、ゲーム開発部の四名。彼女達は普段通りの恰好に、愛銃を肩に提げたままユウカの対面へと駆け寄った。

 

「あ、ノア先輩も一緒だったんだ」

「こ、こんにちは……!」

「予定通り、二人とエンカウントできました!」

「あ、貴女達、部室で大人しくしていてって云ったのに――っていうか、此処一応セミナーの区画よね? 一体どうやって……」

 

 モモイ、ミドリ、ユズ、アリス。

 全員が揃ってこの場所へとやって来た事実に、ユウカは困惑半分、焦燥半分と云った様子で声を漏らす。しかし、そんな彼女を他所にモモイは手に握り締めていた端末を突き出すと、真剣な面持ちと共に問うた。

 

「それよりこれ、まだ募集って終わってないよね!?」

「えっ?」

 

 突き出された端末の画面。其処に表示されるメッセージらしき何か。突き出されたそれを凝視するユウカ、横合いに座るノアもまた端末を覗き込み、目を瞬かせる。

 

「ユウカちゃん、これって――」

「D.U.防衛の、協力要請……?」

 

 そうだ、セミナーが各部活動の代表者に送った連邦生徒会からの応援要請である。何故これをゲーム開発部が、そんな思考を遮る様にしてモモイは高らかに叫んだ。

 

「連邦生徒会からのお願いなんでしょう? ミレニアムの生徒なら誰でも参加出来るんだよね?」

「い、一応、詳細な参加資格とかの記載が無かったから……」

「うん、まだどこも受けたって話も聞いていないし……」

「という事は、アリス達だってクエスト受注のレベルは足りている筈です!」

「そ、それは、確かにまだ受け付けてはいるけれど、流石に誰でも良いって訳じゃ――」

「なら、私達が立候補する!」

 

 ユウカが返答するより早く、モモイは意気揚々と宣言してみせた。一瞬、呆気に取られたユウカは言葉を無くし、呆然とゲーム開発部の面々を見つめる。ややあって再起動を果たした彼女は腰を浮かせ、腹の底から絞り出したような困惑の声を上げた。

 

「は、はぁッ!?」

「何せ私達はゲーム開発部! アリスは勇者だし、実戦経験も豊富だよ! 何ならC&Cのネル先輩とだって戦った事もあるし! リオ会長の作った要塞都市、エリ……エリ、えっと、エリなんとかだって攻略出来たんだから!」

「お姉ちゃん、エリドゥだよ」

「あ、あはは……」

「だ、駄目に決まっているでしょう!?」

 

 思わず、否定の言葉が口を飛び出した。考えるまでもない、その様な事を許容出来る筈がない。そもそも、この要請自体ドローンや自律兵器の供与で済ませようと考えていたのである。向こうからの要請上、生徒自身の協力も記載されてはいるが、元々ミレニアムは生徒自身が戦闘能力を備えているのは稀で大体は戦闘用に開発されたロボットやドローンの類を代替戦力として用いている。

 このメッセージを見て声を上げた生徒も、ほぼ全てがドローンの供与に留まっていた。

 故に、彼女達を行かせる訳にはいかない。ユウカは自身の髪を掻き上げながら苦々しい表情で告げる。

 

「何を云っているのよ、全く、こんな時にそんな冗談――!」

「冗談じゃないよッ!」

「っ……!」

 

 口を突いた苦言は、モモイの強い否定によって跳ね退けられた。声は部屋の中に響き渡り、伏せていた瞳を上げれば此方を真っ直ぐ見つめ返すゲーム開発部の四名。煌めく瞳、強い希望が秘められたそれ、彼女達は各々の愛銃を抱えたまま前のめりに叫んだ。

 

「私達だって戦える! 皆の役に立ちたいんだよ、ユウカ!」

「……で、でも、今回は――」

 

 今回は、本当に危険なのよ。

 絞り出そうとした声は、腹の底に沈んだ。

 リオ会長がアリスを誘拐し、戦闘に発展した前回の騒動も確かに本気だったのだろう。要塞都市エリドゥ、分厚い防衛設備にドローン群、圧倒的な性能を誇ったアビ・エシュフ、アバンギャルド君。それらを打ち破った実績、重ねた戦闘経験は確かに血肉となって彼女達を補強している。

 だが同時に、相手がリオ会長である以上、『最悪の状況』に陥る確率は限りなく低いという前提条件も存在した。当時のリオの目的はあくまでアリス――AL-1Sという存在を排除し、世界の終焉を回避する事。目的はそれ一つであり、彼女を取り戻す為に奮戦したゲーム開発部を始め、エンジニア部やセミナー、ヴェリタス、特異現象捜査部は排除対象ではなかった。仮にリオ会長が勝利したとしても、アリス以外のヘイローを破壊するつもりなど欠片も存在しなかっただろう。

 

 だが今回の戦いは、違う。

 本当の意味で、全員が【ヘイローの破壊】を覚悟する瞬間がやって来るかもしれない。

 相手の目的も、戦力も分からない。ただこのキヴォトスを破壊せんと、数多の攻勢を仕掛けてきている。その相手に慈悲を期待する事自体がナンセンスだ、どう考えても以前の状況と違い過ぎる、比較するべきではない。

 セーフネット(命の保証)が無い場所に、彼女達を送り出す真似など――。

 

「……皆、同じ気持ちなの?」

 

 ユウカは自身の顔を歪め、暫しの間沈黙を守った。それからそっと、努めて冷静な口調で問いかける。ゲーム開発部の四人は互いに視線を交わし、ゆっくりと頷いて見せた。背を丸めながら視線を彷徨わせるユズは、自信なさげに指先をそっと突き合わせ呟く。

 

「い、今までも危険な出来事は沢山あったし、私達だけじゃ絶対解決できない事だって、何度もあったよ、その都度色々な人に助けて貰って、何とか此処まで来れた……アリスちゃんがこうして、私達と一緒に居られるのも、ゲーム開発部が残っている事も、だ、だから」

 

 ユズの舌がたどたどしく言葉を紡ぎ、ユウカとノアを伺う様に見つめながら、けれど必死に訴える。

 

「今回の事も、分からない事だらけだけれど、皆と一緒なら怖くない、助けられた分、皆を、先生を、助けたい――少なくとも」

 

 そう、ユズは想う。

 これが正しい選択だと、胸を張って云える訳じゃない。自分達は今起こっている騒動の一割すら理解していないだろうから。

 けれど。

 

「――ロッカーの中に隠れて震えているよりは、正しい事だって思えるから」

 

 目を瞑り、逃げる事よりは、絶対に正しい。

 だから私は、皆で一緒に行きたい。

 

 俯き、影に覆われた瞳。

 それがゆっくりと正面に向けられた時、その煌めきは暗がりを貫き、ユウカは垣間見える輝きに息を呑んだ。此方を見据える瞳が、普段のユズからは考えられない程力強く感じられたからだ。

 絶対的な意志、皆への信頼、ユウカは口を噤み咄嗟に視線を一つ横にズラす。

 

「……それは、アリスちゃんも?」

「はい」

 

 問い掛けに、アリスは即座に頷いた。光の剣――スーパーノヴァを背負ったまま、彼女は相変わらず超然とした様子で佇んでいる。徐に両手を広げたアリスは、その掌を見下ろしながらポツリと呟いた。

 

「アリスは、アリス自身の事が、良く分かりません」

 

 それは嘘偽りのない、事実である。

 

「ケイはアリスの事を、『名も無き神が残した王女』と云っていました、『世界を滅亡させる兵器』とも……『王女』も、『ケイ(key)』も、『箱舟』も、『名も無き神』も、アリスは、アリスと関係している何もかも、何一つ分かりません」

 

 自分が何故生まれて、誰が生み出し、何の為に生き、何をするべきなのか。

 アリスは何も分からないまま生み出され、何も分からないまま仲間達と邂逅した。

 アリスは自分を知らない、文字通り何一つ。

 

「それでも、先生はアリスに云ってくれたんです」

 

 ――君がなりたい存在は、君自身が決めて良いんだ、と。

 

「だから、アリスは勇者です」

 

 見下ろした掌を握り締め、アリスは告げた。

 他ならぬ、アリス自身がそう決めたのだ。

 握り締めた拳を突き上げ、アリスは正々堂々と、その瞳を輝かせ宣言する。

 

「勇者は、どんな時だって逃げずに、皆の為に戦います!」

 

 アリスの言葉に対し、ゲーム開発部の面々は力強く頷いた。「その通りっ!」と叫ぶモモイは、アリスの肩を掴みながら満面の笑みを浮かべている。不安などない、恐怖などない、どこまでも前向きで、周囲を明るく照らす光がそこには存在していた。

 

「……意志は堅そうですね」

「~ッ」

 

 ノアがそっと肩を竦め、ユウカは険しい表情でテーブルに突っ伏す。それは葛藤であり、同時に苦悩であった。どれ程言葉を捏ね繰り回しても、彼女達を説得できるような言葉を思考は生み出してくれなかった。文字通り頭を抱えるユウカに、ノアはそっと囁きかける。

 

「ユウカちゃん、こういう時に却って否定するのは――」

「……分かっている、分かっているわよ、ノア」

 

 耳元から聞こえて来る言葉に、ユウカは小さく首を振った。そんな事は云われずとも分かっていた、もし此処で拒否しても彼女達の事だ、一度こうと決めたら自分が何と云おうと止まらないに決まっている。ゲーム開発部は、そういう子達だ。

 ユウカはその事を良く理解していた。

 

「……ヴェリタスと、特異現象捜査部に連絡するわ」

「それなら、この資料は――」

「キャンセルよ、キャンセル」

 

 唸るような、それでいて苦々しい声と共に端末を握り締めたユウカは、隣に積み重なっていた資料の上から数枚を抜き取り、答えた。配置計画は見直しだ、D.U.側に送るドローンの数を上乗せする必要がある。止められないのであれば、せめて少しでも彼女達を守る戦力を用意する他ない。

 

「……ゲーム開発部だけで、戦わせる訳にはいかないもの」

 

 ■

 

「という訳で、そういう流れとなりました」

 

 補習授業部、教室。

 人気のないその場所で、各人が集めた情報を擦り合わせる為に再び集合した補習授業部。机を囲んで顔を突き合わせる四名は、ハナコの語る内容に耳を傾けていた。中央に座したハナコは端末の画面に表示していたメッセージアプリを落とし、皆の顔を確認しながら言葉を続ける。

 

「今回の作戦、シスターフッドとしても決して失敗が許されないものです、サクラコさんからの強い要望もあり、私も微力ながら作戦に参加する事になりました」

「そ、それって、あの変な塔を破壊するって作戦よね? 正義実現委員会の方でも、小耳に挟んだけれど、詳しい事は何も分からなくて」

「シスターフッドの皆さんと一緒とは云え、かなり危険な戦いになるんじゃ……」

「そうですね、現在自治区に出現している自律兵器の出現位置に攻め込む訳ですから、激戦になる事は確実でしょう」

 

 ティーパーティー、正義実現委員会、救護騎士団、シスターフッド、自警団――一定の戦力を保有する組織が一斉に動き出し、トリニティ全体が戦闘に備え始めている。それぞれ現状を把握し情報を持ち帰った四名であったが、接触の際ハナコはシスターフッドより正式に協力を求められ、彼女自身もまたこの様な状況に於いて私心を優先するべきではないと、その要請を了承した。

 故にハナコは本隊であるサクラコが動きを見せ次第、それに随伴しなければならない。

 

「そういう事であれば、私も同行しよう」

「あ、アズサちゃん!?」

 

 アズサは身を乗り出し、常に肌身離さず携帯している愛銃を担ぎ直しながら云った。即断即決、横合いに立っていたヒフミが思わず驚く程にすんなりと口をついた言葉。アズサは机の下に常備していたスカルマンバッグ――ヒフミの背負っているペロロバッグとはお揃いのキャラバッグより弾倉を幾つか取り出し、机の上に並べ始めた。

 どんな状況でも戦闘が可能である様、備えは万全である。しかし、敵が湧き出る場所に飛び込むとなると弾薬が足りるがどうか不安があった。故に体に隠し持っていた弾倉も含め、一つ一つ数を確認する。

 確認の手を止める事無く、アズサは告げる。

 

「ハナコ一人でそんな危険な場所に行かせられない、大丈夫、戦闘準備はいつだって出来ている」

「いえ、私だけが危険だと云う訳では――」

「だとしてもだ、この中で一番戦闘に長けているのは私だろう? 戦闘行動を含む作戦なら私こそが適任だ」

 

 フンス、と。

 鼻息荒く豪語するアズサは自身の胸元を軽く叩いて見せる。彼女の言葉に嘘はない、実際補習授業部の中で純粋な戦闘能力や射撃技能を比較すれば、四人の中でアズサがトップに立つ事は間違いない。だがそもそもの話、シスターフッドが求めているのは戦略的、戦術的な観点を持ち合わせ部隊指揮の可能な参謀役である。

 本人の云う通り純粋に腕が立つアズサは強力な戦力となるだろう、しかし友人としても、今回の状況としても、適切な行動とは云い難い。

 どうしたものかとハナコが言葉を選んでいる最中、不意にヒフミが挙手し叫んだ。

 

「そっ、それなら私も一緒に行きますッ!」

「むっ、ヒフミ」

「一人よりも二人、二人よりも三人、です!」

 

 ハナコとアズサに向かって強い視線を飛ばし、精一杯アピールを行うヒフミ。彼女は本気だった、友人達が危険な場所に飛び込むと云うのならば自分もと、何ら躊躇いなく決断して見せた。ガタリと、直ぐ隣から音が鳴った。

 

「ちょ、ちょっと、私だけ仲間外れになんてしないわよねッ!?」

 

 慌てて、ひとり残されたコハルが声を荒げた。椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、三人に向かって身を乗り出した彼女は愛銃のストックを机にぶつけながらも皆に訴えかける。

 

「でも、コハルは正義実現委員会が――」

「たっ、確かに私が抜ける穴は大きいかもしれないけれど!? でも、ハスミ先輩は完璧超人だし、ツルギ委員長はすっごく強いし、っていうか元々、私の担当は本部の防衛だし……!」

 

 胸を張って鼻高々に、自身の先輩達の素晴らしさを語るコハル。自分の力はきっと正義実現委員会にとって無視できない程に大きなもの――いや、本当の事云えば多少影響がある程度、もしくは少し困る程度かも。

 いや、正直に吐露すれば、全く何の影響もない事は分かっていた。本部には大勢の生徒が万が一の事態に備えて詰めている。自分一人が抜けた所で、どうなる訳でもない。

 先輩達の優秀さを語れば語る程、自身の取るに足らない存在が惨めに思えた。

 確かに自分は弱虫で、口のわりに大した実力もないし、正義実現委員会の中でも落ちこぼれも落ちこぼれ。普段エリートと自称するのは、そのコンプレックスの裏返しに他ならない。

 

 だが、友達の為(困っている人がいる)なら別だ。

 下江コハルは想う。

 自分は未熟者で、小心者で、愚か者であるかもしれないと。

 けれど――。

 

 それでも決して、臆病者ではない(自分の正義から目は背けない)

 

「正義実現委員会の先輩方は皆強いんだから、私が居なくってもへっちゃらよ! だから、一緒に行ってあげる!」

「――コハルちゃん」

 

 鼻息荒く、自身の愛銃を抱き締めるコハルから叩きつけられる言葉。ハナコが考えていた断り文句など、既に頭から抜け落ちていた。皆を危険な場所に連れて行きたくない、自身が予想さえ出来ない様な何かが起こる可能性だってあるのだ。そう理性が否定を叫ぶ、しかし感情は異なる解を導き出そうとしていた。

 

「大丈夫です、ハナコちゃん!」

 

 赤い空から放たれる、嘗ての陽光とは比較にもならない不気味な光。それが窓から差し込み、皆を照らしていた。

 しかし、ヒフミが立ち上がり、突き上げる姿はいつかの晴天を想起させる。

 どれだけ世界が変わっても、状況が変化しても、彼女達の本質()変わらない(失われない)

 

「今までも大変な事、辛い事、沢山ありました! けれど全部、私達は皆で力を合わせて乗り越えて来た筈です……!」

 

 そうだ、補習授業部には数々の苦難があった。自分達ではどうにも出来ない事、どれだけ頑張っても挫けそうになった事、もう駄目だと膝を折りそうになった事も。けれど数々の困難は補習授業部の足を鈍らせても、その歩みを止めるには至らなかった。

 どれだけ高い壁に見えても、辛く苦しく巨大な困難が立ち塞がっても。

 私達(補習授業部)が一緒なら、乗り越えられる。

 

「だから今回もきっと、大丈夫です!」

 

 満面の笑みと共に掛けられる言葉、それは自分達の過去の経験から齎される自負と自信である。云ってしまえば経験則であり、嘗ての世界と現在の世界が大きく異なる今、合理的な根拠とは云い難い。

 しかし、ハナコはその言葉にふっと相好を崩した。その中に、自分達に対する掛け値なしの信頼が含まれている事を理解していたからだ。自分ひとりではない、自分達ならば、補習授業部ならば出来ると、ヒフミはそう心の底から信じているのだと。

 

 ――たまに、こんな事を考える。

 

 何て事の無い仮定。

 もしもの話。

 こんな素晴らしい友人達を得たハナコは、時折考えてしまう。

 

 あの時、先生が補習授業部の担任としていらっしゃらなかったら、私達は一体どうなっていたのだろう――と。

 

 先生がいたからこそ、私達がやり遂げられた事が沢山ある。

 先生がいたからこそ、超えられた数々の困難が存在する。

 先生がいたからこそ、踏み止まった境界線(日向と日陰)がある。

 けれどもし、その起点となる存在が居なかったのならば――自分達は一体、どんな道を、どんな運命を辿っていたのだろう?

 それは分からない、考えたくもない。自分自身を知悉しているからこそ、ハナコはその未来が碌でもない末路を辿る事を確信している。

 だから、大切にしたかった。

 この場所を、この未来を――この何物にも代えがたい友人達(素晴らしい今)を。

 

「……また直ぐ、皆で戻って来ましょう」

 

 机に掌を置いたハナコは、ゆっくりと口を開いた。

 補習授業部、一人一人を見渡しながらハナコは告げる。彼女達の意志を、感情を、想いを、もう無駄にする事はしない。全員で戦い、勝つのだ。

 先生も、補習授業部も、絶対に失わせはしない。

 

 必ず、此処に戻って来る。

 

「――私達の補習授業部(居場所)に」

 

 再び開いたハナコの瞳に、もう迷いは存在しなかった。

 

 ■

 

 暗がりの中に、靴音だけが響いていた。

 剥き出しの岩肌、舗装さえされていない様な地面を踏み締め進む影、靴音は周囲に反響し木霊する。広大な砂漠の下に存在するその空間は寒々しく、明かりも殆ど存在しない。先に此処へ来ていた生徒の設置したと思われる誘導灯と微かなランプだけが壁に沿って配置されており、吹きすさぶ冷風は壁に滲んだ水滴と合わさって肌を刺す。

 だが、黙々と足を動かす人影に堪えた様子は全く見られない。一定間隔で、いっそ機械的に進み続ける影は軈て目的地へと到着し――幾つかの照明に照らされた巨大な船を見上げ、白く濁った吐息を漏らした。

 

「……ウトナピシュティムの本船」

 

 アビドス砂漠、その地下空間にあるウトナピシュティムの元へと足を運んだ先生は、その巨大な本船を前に瞳を細める。

 こうして肉眼で本船を捉えたのは、初めての事である。少なくとも、この世界ではそうだ。

 尤も、最早機能していない眼球を肉眼と表現して良い所かどうかは迷う所ではあるが、兎角対面したウトナピシュティムに対し、先生は何とも複雑な感情を抱いた。

 この本船を巡って、様々な事件が起きた。その力は絶大であるが故に、悪用しようと企む者の手に渡す訳にはいかなかった。

 先生の掌が自身の右足を摩り、指先に微かな力が籠る。肉体的な痛みは遮断している筈なのに、妙に傷口が疼いた。

 

『船体をスキャンした所、損傷部位等は特に見当たりません、細かな部分は実際に確かめないと分かりませんが……状態は良好です』

「あぁ、何はともあれ無事で良かった、この船が使えなくなっていたら、どうしようもなかったから」

 

 懐のタブレットから発せられるアロナの声に、先生は頷きを返す。アビドスの皆に防衛をお願いした際、問題なく撃退した旨を報告されていたので疑ってはいなかったが、それでも万が一を考えると不安にも思ってしまう。

 アトラ・ハシースに対抗する為の切り札、箱舟に迫る為の宙船(ソラフネ)

 

 ――これが、私の墓標となるか、それとも。

 

「……取り敢えず中に入ろう、今日中にも動かせる状態に持って行かないと」

 

 足元に転がる石ころを避けながら、先生はウトナピシュティムの本船に向かって歩き出す。船体は見上げる程大きく、初見ではどこから乗れば良いかも戸惑う程だが、当然先生は内部構造を含めある程度把握している。

 

 暗がりの中でも、先生は迷いなく進むことが出来た。今の先生にとって、暗闇はあってない様なものだ。直接周囲の情報が齎される以上、何処に何があるのか、どのように歩けば良いのかを即座に判断出来る。

 先生の両目は視ているようで、視ていない。

 

「―――!」

 

 だからこそ、その存在に気付く事が出来た。

 普段なら決して気付けない様な、暗がりに潜む影に。

 

『……先生』

「あぁ、分かっている」

 

 こういう形で、新しい身体を実感する事になるなんてね。

 懐から囁かれる声に答え、先生は足を止めた。この地下空間は薄暗く、目を凝らさなければ数メートル先さえ定かではない。ウトナピシュティムに向けられた照明回りまで進むことが出来ればその限りではないが、先生の立つ位置からは百メートル近く離れていた。

 この巨大な地下空間に於いて、人ひとりの大きさなど豆粒に等しいだろう。

 それでも先生は、自身の背後に潜む影に気付いた。周囲の情報が、アロナの探知が、彼女の存在を浮き彫りにしているのである。

 その人物が何処に居るのか、どんな状態なのか、誰なのか――先生には手に取る様に分かった。

 

「……そこに居るのかい?」

 

 最初にこの空間へと踏み入れた時、それらしい反応は一つとして存在しなかった。

 それでも此処に佇んでいるという事は、最初からこの場所の存在を知っていて待ち伏せたのか、それとも後を追って来たのか。後者は十分に注意していた筈だが、彼女ならば反応を誤魔化す術を持っていてもおかしくはないと思った。

 先生はゆっくりと踵を返し、暗がりに身を潜める彼女の名を呼んだ。

 

「――リオ」

 

 返答は、暫くの間存在しなかった。

 代わりに息を呑む様な、少しだけ驚いたような色だけが漏れ出ていた様に思う。

 

「―――……」

 

 ややあって一歩、踏み出す様な靴音が周囲に鳴り響き、淡く薄らと光る誘導灯に照らされた黒い輪郭が視界に映る。

 暗がりに溶け込む様な黒い制服、覗く赤い瞳、胸元に抱えた特製のタブレット。耳元に掛かった髪を指先で払う彼女は、どこかばつの悪さを誤魔化す様に目を伏せていた。

 

 何故彼女が此処に居るのか、何を目的としているのか。疑問は沸々と湧いて出る、しかし先生は敢えてその様な問いかけをする事無く、恰好を崩し、まるで日常の延長線上であるかのような穏やかな口調で以て語りかけた。

 

「てっきり、ミレニアムの方に戻ったと思ったのだけれど――」

「先生」

 

 ゆるりとした口火の切り方をした先生に対し、彼女の声は強張り、冷ややかな色を伴っていた。先生の投げかけた色とは、真反対の色。

 先生の視界が、アロナの齎す情報が、リオの僅かな動きを捉える。

 

 彼女のタブレットを抱える腕とは逆の手、その指先が右足に備え付けられたホルスターへと伸びるのが分かった。

 暗がりの中、半身になって、まるでその所作を隠す様に。

 

 ぐっと、リオの表情が大きく歪んだ。瞳を絞り、唇を一文字に結んだ彼女は隠しきれない葛藤と苦悶を浮かべながら、ウトナピシュティムを背に佇む先生を視界に捉え続ける。

 

「私は、貴方を」

 

 彼女の愛銃――立案者。

 射撃は不得手だと、滅多に抜き放つ事のない護身用拳銃。それでもメンテナンスを怠った事は、一度として存在しない。

 そのグリップに震える指を伸ばしながら、らしくもなく冷汗さえ滲ませ。

 リオはその深紅の双眸に先生を映しながら、告げた。

 

「――止めに来たわ」

 


 

 最初に真実へと辿り着くのは、やっぱり『調月リオ(星を追う者)』かなって。

 ベツレヘムの煌めきは眩く、遍く全てを照らすんですわ~ッ!

 

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