「此方から開示出来る情報は以上よ」
ウトナピシュティムの本船、その巨大な船体の直ぐ傍。見上げれば黒々とした外装甲が視界一杯を覆う場所で、周囲から注がれる照明の光を浴びながらホログラムモニタを展開する影が二つ。
影の正体、リオと先生の二人は目前に展開されたホログラムモニタ、そこに映し出される生徒二人を注視していた。
モニタの先に映し出された両名は、ミレニアム・サイエンススクールで指揮を執っている最中でもあり多忙を極める。各々所属や役割こそ異なるものの、その仕事量は膨大なものである。
そんな二人に向けて、リオは小さく頭を下げた。
「――ヒマリ、チヒロ、どうか力を貸して頂戴」
投影されたホログラムの向こう側に映し出されたのは、特異現象捜査部のヒマリ、そしてヴェリタスのチヒロであった。
リオはこの場所に踏み込む前、万が一の場合が現実のものとなった際は自分が泥を被ると覚悟を決めていた。しかし、予想以上に事態は切迫しており、先生の肉体、その崩壊事情を知った今、肉体や攻略作戦、その後も含め単独でどうにか出来る状況にないと判断。
故にリオは即座にミレニアムの中で最も信の置ける者に連絡を取り、繰り返しを除く先生の凡その事情を明かし協力を仰いだ。
『……まったく、此方を私達に任せっきりにして一体何をしているかと思えば』
表示されたホログラムモニタ、そこに映し出されたヒマリが車椅子に身を預けたまま口を開く。そこには多分に呆れと不満の色が、僅かに荒いホログラム越しでもありありと感じられた。
『どうせまた、禄でもない事を考えているのでしょうと思っていました、全てが全て予測通りと云う訳ではありませんが――まぁ、今回は目を瞑ってあげますよ、改善すべき点の指摘は後から幾らでも出来ますし』
『ヴェリタスも攻略作戦に向けて解析に本腰入れ始めているし、本当に寝耳に水なんだけれど……それでも、こうして相談しに来るだけマシか』
「………」
二人の忌憚のない言葉、容赦のない本音に対し、リオは気まずそうに視線を逸らす。
沈黙するリオに代わって、モニタの向こう側でも忙しなく指先でキーボードを叩くチヒロは、時折エナジードリンクを口に含みながら視線で表示される文字列をなぞった。
『大体の状況は把握したよ、つまりさっさとキヴォトスに出現した塔――サンクトゥムと、宙に浮かぶ敵の拠点をどうにかすれば良いんでしょう? 出来得る限り迅速に攻略作戦を成功させて、先生の身体をどうにかする方法を見つけて実行する……』
口で云うは簡単だけれど、随分と無茶を云ってくれるね。
苦笑を浮かべ、眼鏡に反射するモニタ越しに見える瞳を歪ませるチヒロ。騒動が起こる前からずっと作業を続けていたのか、その目元には微かな疲労の証が見て取れる。
こうして具体的に言葉にしてみると、何と困難な事か。空になった缶を脇に退かしたチヒロはカメラに向かって指先を突き出し断言した。
『――ハッキリ云って私達だけじゃ無理、絶対に他自治区の協力が要る、ミレニアムがどれだけ高い技術力と分析・解析力を持っていても、それだけじゃどうにもならない事が多すぎるから、まぁコレは連邦生徒会であった緊急会談含め、分かり切っている事だったでしょう?』
『苦渋の選択となりますが、カバーストーリーを立てて協力を募る他ないでしょう、幸い向こうも常識外れの存在ですから、多少無茶な云い分でも通る可能性は十分にあります――混乱を恐れて三大校の一部にのみ情報を開示していましたが、事この状況で出し惜しみするべきではありません』
「それなら予め作戦後の動きを各校の代表と擦り合わせておくわ、ミレニアムの独断で情報を公開したと、そう糾弾される可能性は排除しておくべきだもの、併せて有用な情報が無いか問い合わせましょう」
『情報ね、私達で探れないデータとなるとアナログな手法で残されたもの……トリニティの蔵書、特に古書とか、そういう方面になるかな』
『えぇ、そちらは任せて下さい、個人的な伝手があるので――とは云え、全てはこの作戦が上手く運べばという前提条件付きです、随分と難易度の高い事ですね、まぁこの私に掛かれば不可能という事は全くありませんけれど?』
「………」
ホログラムモニタ越しに挟まれる絶望的でありながら、しかし全く悲観的ではない軽妙なやり取り。確かな関係性を感じさせるそれに、先生は暫くの間沈黙を守る。それは僅かな驚きと、後ろめたさから生じる行動であった。
『あら、どうしたのですか先生? そんな驚いた表情をして』
「あぁ、いや、その、何と云うか――」
画面越しに見えた先生の表情に気付き、ヒマリが水を向けてみれば、先生は咄嗟に頬を掻きながら視線を足元に落とす。どこか不思議そうな目を向ける生徒達に、先生は恐る恐るといった風に口を開いた。
「てっきり体の事、秘密にしていた件を怒られると思って……」
『―――……』
一瞬、沈黙が流れる。
予想とは異なる、何ともズレた大人の返答に対し、彼女達は目を瞬かせた。
ややあって、ふっと口元を緩めたチヒロは何とも云えない微妙な表情を浮かべ呟く。
『前から思っていたけれど、先生って思ったより子どもっぽい所があるよね、普段も結構玩具とか集めたりするし』
『童心というものは、時折誰でも帰りたくなるものなのでしょう』
いや、そうは云うが――と先生は内心で反駁を浮かべた。
仮に秘密が露呈した相手がユウカであった場合、どうなるだろうと考えてみると、まずお説教どころではない事は確定していた。怒声を浴びせられて正座をさせられて、そこから延々と如何に己の行動が配慮に欠け、危険で、合理的ではなく、周囲の不安を煽ったのか――そんな事を理詰めで、恐らくノアと一緒に捲し立てられる。最低でも半日は拘束されるだろう。もしかしたら、自身の軽挙が原因で涙を流させてしまうかもしれない、いや、きっとそうなる。
そこから先はちょっと、考えるまでもない。
先生の意気消沈した、気まずそうな表情に対し、チヒロは分かり易く溜息を零すと椅子に背を預け軋ませながら唇を尖らせた。
『正直に云えばちょっとは怒っているよ――いや、ごめん、改めて考えてみるとちょっとじゃ済まないかも、かなり、結構、云いたい事は沢山あるから』
「それは……当然の事だと思う」
『うん、だから事が終わったら一対一でたっぷり時間を取って貰うよ、先生』
『勿論、この崖の上に咲いた一輪の清楚な花、ミレニアム最高峰の病弱美少女にも時間を頂きますので、そのつもりで、一日では終わりませんよ? 三日でも四日でも、或いは一週間でも、心ゆくまで付き合って貰いますので』
二人の言葉に、先生はそっと頷きを返す。本当は言葉で以て返すべきだと思った。しかしそれは出来なかった、罪悪感に堪えかねたのだ。
彼女達の想いを、献身を、尽力を嬉しく思う。
しかし、事が終わったら――全てが、終わったら。
その時、きっと自分は。
『本当の事を云うと、他人の選択にまで責任を負いたがるのは、私は良くないと思っている――まぁでも、そういう所も含めて、だから先生なんだろうって納得もしているから』
「……こればかりは、性分なんだ」
『だろうね』
チヒロの言に、先生は申し訳なさそうに口元を緩めた。チヒロもまた、仕方なさそうに吐息を零す。先生のそれは最早周知の事実である。
そうして目の前にやるべき事が積み上がる間は、去来する悲しみや不安を少しでも忘れる事が出来る。それはリオも、チヒロも、ヒマリでさえも同様であった。
「兎に角、先生の身体を何とかする手段は平行して探るわ、けれど今は――攻略作戦の成功率を一パーセントでも上昇させる為に手を尽くしましょう」
タブレットを操作し、ホログラムモニタを複数展開しながらリオは告げる。
得られた情報は決して多くない、しかし速度重視である事に変わりはなく。特にこの本船を用いたアトラ・ハシース突入組の生還率は著しく低いまま。
それをどうにか底上げすべく、三名はサンクトゥム攻略、及び解析と指揮の傍ら様々な道を模索し始めた。
『どれ位ぶりだろうね、この三人で一つの事に挑もうとするなんて』
『千年難題を真正面から解決しようとしていた頃ですから、随分と昔の事ではありませんか? 元々特異現象捜査部を受け持つ前は、ヴェリタス内部でチーちゃんと協力する事は日常茶飯事でしたけれど』
「……そうね、私がセミナーに所属してからはそういった機会も減少傾向にあったわ」
コンソールを叩きながら言葉を交わす彼女達の脳裏に、嘗て共に切磋琢磨し合う仲であった頃の記憶が過る。それはまだ、お互いに立場を得る前の話であり、互いの心情や内面に踏み込む前でもあった。
成長、或いは変化と呼ぶべきそれは、時折人を遠ざける事もあれば寄せ付ける事もある。ひとりはミレニアムの中枢へと踏み込む事を決意し、残った二人は身に秘めた才能を活かす異なる道を選んだ。
その道に、正解も不正解もない。
ただ一度分かたれた道は再び交わり、この三人が手を取り困難に立ち向かう機会を得た。
「……改めて、口に出す必要も無いと思っていたけれど」
『――?』
「それでは駄目だと、ヒマリに忠告されたわ」
不意に、指先を止めたリオが口火を切った。
その表情は手元のホログラムコンソールに注がれ、モニタを注視しない。流れる数字の羅列、文字列は無機質に流れゆく。リオの表情は普段通り、能面の如き淡白さであったが――薄らと、その頬に赤が通っていた。
「貴女達はミレニアム・サイエンススクールに於いて、私が知る限り最も優秀な――」
そこまで口にして、リオは言葉を途切れさせる。
優秀な生徒と、そう告げようとしたのだろう。
だが何かが彼女の心に触れ、その言葉に変化が生じた。
確かに彼女達はミレニアム全体を見渡した時、優秀と称して全く問題ない能力を持つ生徒である。
しかし調月リオという存在にとって、彼女達は純粋に優秀な生徒というだけなのだろうか? そんな疑念がふと、リオの胸中に湧き上がった。
「……いいえ、それだけではないわね」
優秀なだけではない。
それだけでは、決して。
以前の自分であればそう在る事を肯定していただろう。能力と素養、性格的な傾向から適した人材をピックアップし、任務に応じて選出する。それは実に合理的な選択だ。だが今の自分自身は、能力が優れているというだけで頼る事が出来なかった。
そうとも、調月リオという存在にとって――彼女達は。
「貴女達はミレニアム・サイエンススクールに於いて、私が知る限り最も優秀で――最も信頼する
『………』
ハッキリと、今度はカメラを直視し放たれた言葉。
それにヒマリは少しばかり顔を顰め、チヒロは呆気に取られた様に動きを止めた。
間を置き、再起動を果たしたチヒロは驚きを貼り付けたまま、ゆっくりと掌をコンソールに置き直す。微かにズレた眼鏡に気付いた彼女は、それをそっと指先で押し上げた。
『……何て云うか、変わったね、リオ』
「そう、かしら」
『うん、ヒマリが最近のリオは嫌いじゃないって云っていた理由が、少しだけ分かった気がする』
『……チーちゃん?』
コホン、と。
咳払いを挟んだヒマリに、チヒロは咄嗟に「ごめん、ごめん」と謝罪の言葉を述べる。
しかし、言葉に偽りはない。チヒロからしても今のリオは何処か人間味があり、どんな状況でも合理的な選択のみを追求していた過去と比較し、接し易く感じられる。リオはその自覚があるのか無いのか、僅かに羞恥の色を滲ませながら目を伏せた。ヒマリもまた、何とも居心地が悪そうに顔を背ける。
その所作に、共に画面を覗き込んでいた頃を思い出し、チヒロは笑った。
「それと……今口にした言葉、その中には当然、貴女も含まれているわ」
不意に、羞恥から目線を足元に落としていたリオは言葉を続けた。それはチヒロとヒマリに放たれたものではない。
もうひとり、存在するのだ。
彼女が信頼し、頼れる存在として認識している者は。
落ちていた視線がそっと、暗がりの中へと向けられる。
「――トキ」
「……リオ様」
その名を呼べば、光の中へと踏み込む人影があった。
足音を出す事も無く、静寂と共に輪郭を露にする生徒。戦闘に備えた装いなのか普段のメイド服とは異なり、袖とロングスカートは切り離しており、特殊武装のアームギアを待機状態で携えた彼女はリオの呼びかけに応え一歩を踏み出す。
二歩、三歩と光の中を進むトキ、背後から照明に照らされる彼女は、先生とリオを一瞥した後、待機状態のアームギア、提げていたアタッシュケースを地面にそっと下ろし、そっと頭を下げた。
「勝手に持ち場を離れてしまい、申し訳ありません」
「構わないわ、AMASを代わりに配備した事も既に把握済みよ、こういった状況も予測していたから」
元々彼女はリオがアビドス砂漠に向かう際同行させ、先生と話し合いの場を設ける間、この空間に誰も入れないように、そして万が一にでも先生が逃走を試みないように、護衛兼見張りとして入り口に待機していたのだ。
しかし、どうやら彼女の表情を見るに何か思う所あって、この場へと足を進めて来たらしい。振り返り、ホログラムコンソールを掻き消したリオは虚空に浮かぶモニタだけをそのままに、改めてトキと対峙する。
赤と青、対照的な瞳が明かりの下で交差する。
「此処に来た意味は、理解しているのね?」
「はい」
「この様な事は余り口にしたくはないのだけれど、これから実行される攻略作戦は、何度演算しても勝率の低い、非合理的な戦闘行動となるわ、特に上空に存在するアトラ・ハシースに突入する場合、その生還率は絶望的とも云える」
「………」
「私から貴女に作戦参加を命令し、強制させるつもりはないわ――それでもトキ、貴女は」
「覚悟の上です」
返答には、僅かな迷いすら無かった。彼女は真っ直ぐ目を見て、リオに返答を叩きつける。
困難な作戦など、いつもの事だ。
寧ろそうでなかった任務など、トキの記憶の中に早々存在しない。自身が武力を行使する時、その対象は常に強大であった様に思う。
どちらにせよ――どんな相手であれ。
想い、彼女は常日頃から碌に仕事をしない自身の表情筋を微かに働かせ、薄らとした笑みを浮かべて見せる。
「立ち塞がる全ての脅威を排除する、そして守る事――それが私の仕事です」
リオに向かって凛然と、確かな品位を保ったまま宣言する。
それこそが調月リオという傑物に見出され、彼女と共に歩んだ己の使命。C&Cでありながら、その一切を彼女に捧げ、単独任務を続けて来たエージェント。
コールサイン、ゼロフォー――飛鳥馬トキである。
「先生、貴方の護衛任務はまだ、終わっておりません」
「……トキ」
「どんな絶望的な状況であろうと、どんな困難が立ち塞がろうとも、私の全ては――お二人の元に」
自身の胸元に手を当て、強い意志を秘めた視線を送るトキ。
彼女の意志は、信念は、固く重い。それを挫く事が困難である事は、誰の眼から見ても明らかであった。
リオは小さく吐息を吐き出し、一歩、二歩とトキの元へと足を進める。誰に似たのか、或いは元からこうであったのか。一度こうと決めたら譲らない我の強さが、彼女にも存在する。
「全力を尽くしても勝てるかどうか分からない、本当に、厳しい戦いになるでしょう」
リオとて、自分なりに備えて来たつもりだ。
だが世界は瞬く間にその姿を変え、どれだけ備えても足りなかったのだと実感させられた。今はほんの僅かな戦力でさえ有難く、彼女の存在は攻略作戦に於いて大きな助けとなるだろう。リオはトキの目前に立ち、そっと背筋を正す。
嘗ての主従――否、その在り方は未だ途切れてなどいない。
その敬意も、信頼も、繋がりも。
「だから、もう一度……私に力を貸して頂戴、トキ」
決して命令などではない。
真っ直ぐ瞳を見て、正面から放たれるそれは、信頼から発せられた願いだ。
それに、トキは踵を鳴らし掌を胸元に当てた。
短く揺れるスカートをそっと摘み、彼女は深々と一礼する。
「――イエス・マム」
その忠節に、一切の
『トキ、本当に宜しいのですね?』
「ヒマリ部長――はい、これは私の望んだ事ですから」
『……そうですか、ならば口出しするのは野暮というものですね』
ホログラムモニタから放たれる、ヒマリの問い掛け。それに頷きを返したトキに対し、小さく溜息を零したヒマリは何処か詰る様な目つきでリオを見た。
『全く、つくづく貴女には勿体ない従者ですよ、リオ』
「……えぇ、そうね、その通りよ」
『あの、少しは反論して頂けませんか? これではまるで、私が嫌味なだけな天才病弱美少女になってしまうではありませんか』
ヒマリの言葉を粛々と受け入れるリオに対し、顔を顰めながら捲し立てるヒマリ。だが実際、リオはトキの事を自身では釣り合わない程に良く出来た従者であると考えていた。どんな状況でも、どれだけ味方が居なくても、理解されずとも、彼女だけは調月リオという存在を信じ、付いて来てくれたのだから。
『んんッ! 兎も角、改修したアビ・エシュフであれば、かなりの規模の敵とも渡り合えるでしょう、エンジニア部に依頼して追加の
『……まぁその分、使い切った後の費用が怖いけれど、その辺りは度外視で動くしかないね、実際相手の拠点内部にどんな戦力が在るかも分からない以上、単独で行動可能である程度自由に動ける戦力は、凄く助かると思う』
一連のやり取りを見守っていたチヒロは、トキの参加に関して好意的に受け止め、彼女という戦力を最大限活かすべく手配を進める。本当ならばその機動力とオールラウンダーな特性も含め、サンクトゥム攻略に於ける威力偵察や情報収集に重宝したかったが、今回に限ってはアトラ・ハシース突入組の切り札としての運用が最適だろう。
アビ・エシュフ自体は既にアビドス砂漠に持ち込み済みである。後はミレニアムに換装パッケージを飛ばし、本船に搭載すれば良い。予備パーツも幾つか準備しておけば、補給と現地修理もある程度可能な筈だった。リオの保有するAMASは本来アビ・エシュフとの共同任務にも用いる設計がされていたので、その手のリペア機能も当然の様に搭載されている。
「予算に関しては問題ないわ、
『それはそれで、後から多分怒られると思うよ』
「必要な事よ、それに――」
言葉を切ったリオは、ふっと恰好を崩して先生を一瞥する。
「万が一の時は、先生も一緒に説得を手伝ってくれるでしょう?」
「……あぁ、喜んで」
リオの言葉に、先生は一も二もなく頷いて見せた。
己の全てを賭して来たのだ、今更頭の一つや二つ下げる事など何て事はない。
決して自慢ではないが、土下座行脚に関して自身の右に出るものなど――そうはいまいと自負している。
美食研究会の食料調達と云う名の強盗、温泉開発部の無許可温泉開発、錬丹術研究会の調合失敗による爆破や混乱、工務部の予測不可能なストライキやデモ、ヴェリタスの落書き、盗聴、エンジニア部の自爆機構暴走による爆破や被害、シャーレの仕事が間に合わない場合の連邦生徒会、主にリンへの謝罪――最早先生にとって、頭を下げる事は人生の一部である。
妙に自信に溢れた先生の顔立ちに疑問符を浮かべたリオであるが、気を取り直しホログラムモニタへと目を向ける。
「アビ・エシュフの搭載に合わせて、私の護衛兼偵察目的で動かしていたAMASを幾つか本船に割きましょう、サポートとして運用出来れば防衛戦力としてもクルーとしても重宝出来る筈、細かな調整はヴェリタスで――」
「リオ様」
ホログラムコンソールを通じて配置していたAMASを呼び戻そうと指を動かした時、不意にトキが提げていた愛銃を掴み、それから地面に置いていたアームギア、アタッシュケースを回収し身構えた。
地面を滑るトキの靴底、遅れてリオもまた何かに気付いた様子で暗がりへと視線を動かした。
先生の視界に、暗がりであっても視認可能な輪郭が浮かび上がる。
『リオ?』
「……念の為設置していたセンサーに反応があったわ、誰かがこの場所に足を踏み入れた証拠よ」
「リオ様、先生、私の後ろに」
ヒマリが彼女の名を呼べば、険しい表情を浮かべたリオが答えた。此処に来る間、設置していたセンサーに反応があった。その事にトキは愛銃のグリップを握り締め、暗がりへと視線を凝らす。纏う気配には警戒の色が強く反映され、リオもまた先生を背に庇いながら、一歩、二歩と後ろへと下がる。
その指先は浮かび上がったコンソールから、自身の足に装着されたホルスターへと伸びていた。
『まさか、自律兵器が侵入した?』
「……もしそうなら、AMASとの交戦記録がある筈だけれど」
「いいや違う、自律兵器じゃない――」
チヒロの疑念に答えたのは先生だった。彼は暗がりの中、接近する存在を既に捉えており、リオの背中に軽く触れながら一歩を踏み出す。
「おやおやおや」
「……!」
誘導灯の明かりがぽつぽつと煌めく黒の向こう側から、声が響く。
薄らと浮かび上がる白色、そこに混じる深い青。アビドス砂漠を渡って来てなお、砂塵の汚れ一つ見せない純白を纏ったまま、彼女は興味深そうに声を上げる。
「先生がいらっしゃるのは予測通りでしたが、まさか、私と同じような事を考える生徒がいるとは驚きでした」
声は想像よりも場所から響いていた。
咄嗟にトキが半身となり、銃口を声の主へと突きつけるが、先生は彼女の肩に手を伸ばし、「敵ではないよ」と呟いた。一瞬此方に視線を向けたトキは、僅かな逡巡を経てゆっくりと腕を降ろした。
「ですが成程、ミレニアムの生徒会長、『ビッグシスター』……であれば、其処らの凡人とは思考が異なるのも納得です、評判通り情報収集能力も兼ね備えている様で、味方となれば心強い事この上ない」
「貴女は――」
本船を照らす多数の照明、その光の中へと踏み込んで来る人影。カツンと靴音が周囲に木霊し、その姿が露になった。
「連邦生徒会の、不知火カヤ防衛室長?」
現れたのは連邦生徒会、防衛室の長である不知火カヤ。
彼女は跳ねた髪をそのままに、閉じた瞳で笑みを描く。人当たりの良さそうな気配を保ちつつも、その奥に秘めたタールの様に粘ついた野心は健在であった。
その登場に驚いたのはリオだけではない、トキも、そして先生でさえ驚きを隠せなかった。
何故なら彼女は、既に矯正局に収容されていた筈だからだ。
未だ正式な発表は行われていないものの、彼女が既に嘗ての立場を追われ、連邦生徒会の一員で無くなった事は多少情報を追える者ならば把握済みである。
その彼女が嘗てと同じ、連邦生徒会の制服を身に纏いこの場に立っている。それは実に、不可解な事実であった。
「カヤ、どうして此処に――」
「どうしても何も」
咄嗟に口をついた疑問、放たれた先生からの問い掛けに対しカヤは両肩を竦めると、呆れたと云わんばかりに両手を広げた。
「こんな分かり易い状況を前に、引っ込んでいろという方が無理でしょう?」
それは彼女からすれば至極当然の事で、不知火カヤの性格や気質を理解しているのならば、そう難しい予測ではない筈だ。飾緒を揺らし、堂々と足を進める彼女は先生一行の前で足を止め、深い笑みを浮かべながら巨大な本船――ウトナピシュティムを見上げる。
「好都合な事に、今の連邦生徒会は私の能力が必要な程追い詰められています、人手が足りない上に決断力の鈍い凡人ばかり……だからこそ、この私の有能さを証明する好機! こんな機会を独房の中でみすみす逃す様な真似、この私がするとでもお思いですか?」
目前に聳え立つ巨大な船、古代兵器を恍惚とした表情で凝視しながら、上機嫌に、歓喜を込めて彼女は云う。
そうだとも、コレは好機だ。
薄らとだがカイザーグループの動きは追っていた、彼等が何を求めて駆けずり回っていたのか結局全貌を掴むことは出来なかったが、これほどの代物を求めていたのであれば納得出来る。
その事に気付けなかった己の不覚に思う所はあるが――今は良い。
重要なのは、今世界は危機に陥っており、それを救える人物は限られているという事だった。
「一つの都市や自治区に限定された危機ではない、文字通り
これこそが先生の云う、『生徒が心からやりたい事』というモノですよ。
自身の前髪を勢い良く払い、嘗てとは異なる、自身の性根を全く隠さない素振りで以てカヤは叫んだ。
作戦の概要は既に聞き及んでいた。一度行われたと云うシャーレでの作戦会議、非常に厳しい戦い、文字通り絶望的な成功率という事も。しかしそれら一切、不知火カヤを怯ませる要因になりはしない。
「何故此処に来たのか、実に分かり切った問い掛けです」
全ては、自身が思い描く夢の為に、
嘗て先生の口にした言葉をなぞり、カヤは細めていた瞳をゆっくりと開く。
その特徴的な、横長の瞳孔を晒しながら、彼女は満面の笑みを浮かべ告げた。
「――
新イベの為に一日ばかり時間を頂きましたわ~! というか新イベのストーリー見ました? ナギちゃんの過去の性格というか、色々新情報が出てきましたけれど「何故、最初のホストに選ばれたのが百合園セイアだったのか?」という問い掛けに対しては、思わず膝を打ちましたわね。
私は勝手にトリニティの校風や気質から、嘗てのティーパーティー分派の慣例、伝統などから持ち回り制、分派間のパワーバランスやら政治的理由から選出されたものだとばかり考えておりました。派閥の力学というものもありますし、派閥領袖や未だ登場こそしていないものの、分校派閥という可能性も考えられますし利害調整やポストの取引等、如何にも策謀渦巻くトリニティらしいとも。
ですが純粋な適正のみを考えるのであれば、確かに百合園セイアという生徒よりも、桐藤ナギサが適しているというのは納得のいく話ではありましたの。特に外交関係に於いてセイアちゃんの難解かつ含蓄に富む云い回しはゲヘナ等と非常に相性が悪いでしょうし、その他の自治区に関しても適切か? と問われると何とも難しい話である様に思えましたし。
ならば何故、ホストに桐藤ナギサではなく、百合園セイアが選出されたのか? という疑問に対し、「そもそも当時の桐藤ナギサの性格が、現在とは異なっていた」というのは正に目からうろこで、同時にプロットクラッシャーでありました。
嘗て天使の右手と称されていた過去を自慢げに語るナギちゃん可愛い。
というかティーパーティーの君達、思ったより全員はっちゃけるタイプなんですのね……。セイアも何だかんだエンジョイしているし、ナギサはそもそも本当はミカに近しいタイプだったみたいだし、後ミカも勝手に不安で一杯一杯になっちゃう所とかナギサと似ているし、やっぱり幼馴染ってコト!? 素敵ですわね。
良かった、とてもブルーアーカイブをしている、素晴らしいお話でしたわ……。個人的にはハルナの美食に関する矜持、美食の定義が聞けて嬉しかったですの。風紀委員会も何だかんだミニゲームではパトロールに合流してくれるし、いつか時間がかかっても、ゲヘナとトリニティの溝が埋まったら良いですわね。
ラブアンドピース!