「シャーレの部室は目前よ!」
ユウカが告げ、駆け足のまま全員が前を見据える。公道の向こう側、大通りを一つ挟んだ先に聳え立つ白い棟――連邦捜査部シャーレ。続く道中はあちこちに破壊痕が刻まれ、暴徒達が暴れた痕跡がそこかしこに見受けられたものの、幸いにして進路が寸断されていたり、封鎖される事もなくシャーレ付近へと到達出来た。極めて順調だ、そう思考する先生の手元、握った端末が不意に震えた。送信者の名前を確認し横合いの応答ボタンを押し込めば、リンのホログラムが目前に表示される。
『先生』
「リンか」
『はい――先程、今回の騒動を起こした生徒、その主犯が分かりました』
重々しい口調だった。走りながらホログラムを視認する先生は、「主犯」と口の中で言葉を転がす。眼鏡を指先で押し上げながら、彼女はその主犯となる人物の名を告げる。
『名はワカモ――百鬼夜行連合学院で停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です、似たような前科が幾つもあります、気を付けて下さい先生』
「ワカモ……か」
走りながら呟かれた名前は虚空に溶ける。その名前を知っている、当然だ、先生はこのキヴォトスに所属する主要な生徒、その殆どを記憶しており、一般生徒であっても顔は兎も角、名前だけは頭に叩き込んでいた。そして彼女は俗に云う、一般的な生徒ではない。先生にとっては良い意味でも、悪い意味でも記憶に新しい生徒であった。
先生は彼女の顔を、今でも鮮明に思い浮かべる事が出来た。
最期に彼女を見た記憶は――燃え盛るシャーレの中だ。
――血塗れの四肢、垂れ下がった重火器を片手に、朱に染まった髪を払う。罅割れた面頬は既に砂利に塗れ、それでも立つ彼女は美しかった。
這い蹲り、動けない己を背に庇う彼女の雄姿を――憶えている。
『――生涯御守りすると、誓いましたから』
燃え落ちるシャーレ、炎に沈むキヴォトスで微笑む彼女。
そうだ、終ぞ彼女は――己を。
「……っ、先生! 前方に敵影!」
進路上、まるで立ち塞がるかのように展開した不良達、その姿を認めたチナツが叫ぶ。弾かれた様に前を見据えた先生は、その視界に白の狐面を捉えた。今しがた、想起したばかりの姿である。見慣れた面だ、見間違う事など在り得ない。
それを証明するかのように、狙撃手として優れた視力を有するハスミが告げた。
「あれは――騒動の中心人物、ワカモです」
愛銃を肩に乗せ、両手を絡ませるようにして持つ狐面を被った和装の少女。このキヴォトスに於いて最悪に近しい騒動を引き起こす指名手配犯の一人。そんな彼女が不良を引き連れシャーレ前に陣取り、迎撃の姿勢を見せている。
堂々と直立するその姿をじっと見つめ、先生は彼女の名を呟く。自身の知る彼女はもう、何処にもいないと理解しているのに。
「――ワカモ」
「フフ、連邦生徒会の子犬たちが現れましたか、お可愛らしい事」
ワカモは一人、大破炎上した車両の上に陣取って迫り来る四人を見据えている。先生の事は眼中にもない――恐らく、銃すら手にしていないからであろう。或いはもっと別の思惑があるのか、単に連邦生徒会の行政官程度に見ているのか。それは分からない。
ワカモは接近する先生達を一瞥すると、軽く手を振り払った。
「仔細は任せます、攻撃を開始しなさい」
「ひゃっはーッ!」
たった一言指示を出す。それだけで彼女に群がる不良達は各々散会し、思い思いの先制攻撃を開始した。視界の先で幾つものマズルフラッシュが瞬き、甲高い金属音が木霊する。
「先生ッ!」
「ぐっ……!」
傍に居たハスミが先生の腕を掴み、慌てて抱き寄せる。幸い弾丸は全てあらぬ方向に逸れたものの、彼我の距離は百メートル前後。十分に殺傷可能距離。先生とそれ程身長の変わらないハスミの柔らかな肉体、そして香りを実感しながら、先生は小さく礼を云った。
「……すまない、助かった」
「いえ――それよりも先生、指揮を」
「無論だ、状況開始、やり方は先程と同じで構わない、順次攻撃を開始してくれ!」
「了解」
答え、ハスミが銃のコッキングレバーを弾く。
先生が残りの三人に目配せすれば、身を隠した各々が頷きを返し、障害物越しに射撃を開始する。弾丸が交差し、金属の跳ねる音があちこちに響く。
此方は所属する部活が部活なだけに、全員が全員射撃の名手――数は向こうが上、しかし質では此方が勝る。三倍までの数ならば、策を用いない真正面からの撃ち合いで負けない事を、先生は先の一戦で確信していた。
「――ハスミ、三時の方向、上方看板の付け根、射撃」
「っ、はい」
不意に、ハスミの横で状況を観察していた先生が指先で景色をなぞり告げる。ハスミが目を向ければ、先生の指先の向こう側に電子看板が一つ。少し古いのか、やや傾いたそれは固定された金具を撃ち抜けば落下するのが分かる。真下には此方を射撃する不良生徒が二名――意図を理解したハスミはコッキングバーを引き次弾を装填、そして一瞬息を止め、射撃。
凄まじい精度の狙撃は狙い通り看板の付け根を吹き飛ばし、ビルに掲げられていたそれは音もなく落下を開始。看板下で迎撃を行っていた不良生徒二名が看板の落下に巻き込まれ、周囲に派手な破砕音が鳴り響いた。プラグや電灯が砕け散り、破片が虚空を舞う。死にはしないだろうが、戦闘不能は確実。ハスミが満足げにコッキングを行えば、隣で先生が微笑み、「よくやった」と肩を叩いた。
ハスミの頬に、朱が散りばめられる。
この人に褒められるのは――悪くない。
「すごっ……」
障害物を利用したキルストリークに、前線を張っていたユウカが声を漏らす。直近でその妙技を目撃したワカモも、小さく驚きの気配を漂わせながら狙撃を為したハスミの方向へ視線を向ける。否――その隣の、顔の良く見えない大人か。
「これは、随分とまぁ……」
呟き、狐面の奥で目を細める。知らぬ人物だった、連邦生徒会の制服を着込んでいるものの戦う気配はない。距離がある為顔までは視認できないが恐らくは――男性。そして遠目からでもヘイローが確認出来ない。
となると……外部の人間の可能性が高い。
ワカモは冷静にそれらの情報をまとめ上げ、時折その大人の男性が身振り手振りで何やら口を開き、その度に生徒達の動きが変化する事に気付く。
指揮官――或いは隊の司令塔。
ワカモはものの十秒足らずで、先生の役割を悟った。彼女達の動き、『妙に落ち着いた戦闘気配』にワカモは自身の推測が強ち間違いではないと予感する。キヴォトスのあらゆる組織から逃げ回った嗅覚は伊達ではない。そしてその戦闘指揮が、彼女達の『戦闘性能』を数段上に引き上げている事に気付き、顔を顰める。
――これはちょっと、やっていられませんね。
敵わない戦闘、敗色濃厚な戦線は早々に放棄するに限る。その辺り、ワカモは非常にドライであった。数は不良達が上、しかし技量、質の一点では正に月と鼈。自身が加勢した所で膠着状態に持ち込むのが精々――そして時間を掛ければ掛ける程、状況は相手方に有利となる。加えてあの戦術指揮、何なら自身が加勢した所で喰われかねない。
思索は済んだ、結論も出た。立っていた自動車のルーフから飛び降りると、ワカモは近場の不良に向け云った。
「――少々やる事ができましたので、あとは任せます」
「え、あっ、ちょ! 大将!?」
それだけ告げ、一方的に戦線を離脱するワカモ。その行動は余りにも素早く、止める暇もない。そして彼女の行き先は――シャーレ。その背中を見つめていた先生は、やはりかと口の中で呟いた。
「嘘、逃げられる!? 追撃を――」
「待って下さい、このまま突撃しては危険です、まずはシャーレの前を制圧する事が先決です」
主犯を取り逃してしまうという事に浮足立つユウカ、しかし先生は既にこうなる事を予期していた。彼女の性格を考えれば、戦力不利に陥った時点で撤退準備に入る、或いは何かしら打開する策を講じるだろうと。先生は何処か焦れているユウカの腕を掴み、強い口調で断言する。
「ユウカ、彼女は別働隊に任せる、追撃は不要だ」
「っ! わ、分かりました……すみません、先生に従います」
「――あのワカモが何の策もなしに逃走を図るとは思えません、罠の可能性もあります」
「……まるでゲリラですね」
チナツが呟いた罠の可能性に、スズミは顔を顰める。自警団としてその手の輩が嫌いなのだろう、先生にとっては気持ちが良く分かった。何せ、その手の戦術に散々手を焼かされた側なのだから。逃げると見せかけてトラップ、伏兵、極めつけに自爆。本当に碌な記憶が存在しない。
軽く頬を張り、気を取り直す。何にせよ、敵の主格が消えた今が好機であるのには違いない。攻め入るのであれば今だ。
先生は浮足立つ不良達の姿を認め、生徒達に号令を掛ける。
「主犯が消えた以上、敵は統率が取れていない――このまま真正面から圧し潰す、スズミ、ユウカ、突撃準備、ハスミ、チナツはバックアップを」
「はいッ!」
「了解!」
■
抵抗は散発的であった。少なくとも真正面からの力圧しでも崩せてしまう程度には脆く、数分後にはアスファルトの上に転がる不良達と、傷一つなく立つ生徒達に分かれている。先生は皆に負傷が無い事を確認した後、隠れていた建物の影から身を乗り出す。
「――残敵は」
「人影はありません、狙撃の警戒は必要ですが連邦生徒会からの情報を参照する限り、この周辺で展開していた兵力は今ので最後の様です」
ハスミはライフルを抱えたまま周辺を警戒し、スズミとチナツは目を廻している不良達を担いで路肩に積んでいる。後々拘束し連行する事になるのだが、道路に放置するのも忍びない――というのが彼女達の弁である。確かに、車両が通行した際に轢かれてしまいました、何て事態は避けたい。
山の様に積まれた不良達の姿を見ながら、先生は吐息を零す。
「漸くですね、何にせよシャーレ入り口に到着――」
ユウカが愛銃を担いだまま肩を落とし、目前に高々と聳え立つシャーレを見上げる。しかしその言葉を掻き消すように、傍から妙な金属音が鳴り響いた。まるで鎖を鳴らすような、あるいは重々しい金属が地面を擦る様な――。
音に気付いた生徒達が顔を顰め、全員が先生を囲う様に集合し、音の出所を探る。音は、段々と近付いて来ていた。
「……何、この地鳴りみたいな」
「この音は、まさか――ッ、気を付けて下さい、これはッ!」
ハスミが叫ぶと同時、横合いの建物、その壁をぶち抜いて巨大な鉄の塊――戦車が恐ろしい勢いで突貫して来た。
装甲に物を言わせた登場はインパクトもそうだが、威圧感も凄まじい。先生は咄嗟の事に反応出来ず、一瞬足が竦む。しかし両隣に居たハスミとスズミが先生の腕を引っ張り、辛うじて難を逃れる。直ぐ目と鼻の先を重々しい重低音を響かせながら戦車が通過し、そのまま火花を散らしてドリフトを決める。
降り注ぐ破片と粉塵を払い、先生の両腕を掴んだハスミとスズミが驚愕の表情で叫んだ。
「巡航戦車クルセイダー一型!? まさか、トリニティの正式採用戦車と同じ――」
「本当に不良が戦車を……!?」
「――ユウカ、戦車後方に迂回! 他は後退しろ、早く!」
「っ、わ、分かりました!」
砲塔が此方を向くより早く、ユウカを除く四名は近場の建物に駆け込む。一人囮を任せられたユウカは脚力に物を言わせて戦車の背後に回り込み、比較的装甲の薄い背面装甲目掛けて射撃を敢行した。感じ慣れた反動と閃光、しかし放たれた弾丸の悉くが甲高い音を立て、無情にも弾かれ地面に転がる。弾頭の潰れた9mm弾が、装甲の厚さを物語っている。
「くッ、流石に小銃だと装甲が……!」
呟くと同時、砲塔が回っている事に気付き慌てて距離を取る。そのまま爆音が打ち鳴らされ、砲撃がユウカの立っていた場所を抉った。砕けたアスファルト片が飛び散り、ユウカは道路の上を転がりながら演算を開始、シールドを展開する。爆炎を裂き、砂塵と共に飛び出したユウカは砲塔に捕捉されない様、戦車の周辺を駆け巡った。
頑丈なキヴォトスの生徒だ、仮に至近弾を受けてもヘイロー損壊には至らないだろうが――長くは持たない、先生は避難した建物の物陰から戦闘を観察し、そう結論付ける。
「――ハスミ、徹甲弾か手榴弾は?」
「……徹甲弾に関しては常備していますが、貫通は20mmのスチールプレートが限界です、40mmのクルセイダー一型の装甲を抜けるとは――」
「構わない、正面を狙わなければどうにかなる筈だ、装填後、タイミングを合わせて射撃を」
「……はい」
先生は忙しなく唇を親指で擦りながら、脳内の情報と手持ちの兵装を照らし合わせる。クルセイダー一型、確か乗員は三名。砂漠での運用に難があり、エンジンの寿命が短い。後退速度も遅く、被弾による搭載弾薬の装薬が誘爆・炎上しやすい。狙うとすれば其処――仮に爆発炎上しても、キヴォトスの生徒なら死にはしないという確信がある。しかし、隙を作るにしてもユウカ一人では不安が残る。時間を稼ぐ意味合いでも、前線は二枚欲しい。防御手段を持たない生徒を前衛に出すのは避けたいが――。
数秒、沈黙を守った先生は覚悟を決め、自身の傍で待機する生徒を見た。
「ハスミ、弾薬庫を狙う、場所は――」
「存じております」
「……誘爆を狙う、貫通するまで何度でも射撃を行え」
「了解」
「チナツ、万が一の為に備え回復剤用意、スズミ、悪いが前衛に立って貰う」
先生が冷徹な光を瞳に込め、そう告げる。スズミはその瞳を真正面から見返し、不敵にも笑って見せた。小銃の安全装置を弾き、先生の双眸を見つめ返す。
「了解、これもキヴォトスの平和の為、恐れはしません」
「……すまない」
「必要な事です、寧ろ頼って頂いて嬉しい位です」
微笑みすら浮かべ、スズミは立ち上がり戦車を睨みつけた。
「やばっ」
先生が声に釣られ目を向ければ、ユウカが戦車の突進を躱し地面を転がっていた。同時にシールドの効果が消える――彼女達の展開するシールドには被弾受容量の他に時間制限が存在する。シールド越しならばまだしも、素の状態で砲撃など受ければ――。先生の脳裏に最悪の想像が浮かび、思わず叫んだ。
「スズミ、左方二十メートルの距離で射撃、戦車を引き付けろ!」
「はい!」
飛び出したスズミは敢えて戦車から距離を取り、その側面に向かって射撃を敢行した。弾丸が強かに装甲を叩き、火花を撒き散らす。戦車のアイカメラが素早くスズミを捕捉し、砲塔が回った。
彼女にはユウカの持つシールドの様な、防御手段が存在しない。咄嗟に近場にあった車両の影に隠れるスズミ。遮蔽物というよりは、殆ど目晦ましとしての運用だった。直後、砲口が火を噴き、空気が抉れる。
「ぐッ――!」
風切り音を鳴らし飛来した砲弾は車両を紙の様に貫通し、爆炎がスズミの肌を焼いた。車影から飛び出したスズミは二度、アスファルトの上を転がり、煤に塗れながらも戦意を衰えさせない。しかし、戦車砲を見てから避けるには限界がある、何とか他の遮蔽物を探そうとして――。
『スズミ、傍のドラム缶を倒せ!』
「!」
通信機越しに聞こえる声、爆炎と噴煙に覆われる中、スズミは直ぐ傍にあったドラム缶を蹴り倒しすかさず射撃を加えた。弾丸が缶に穴を空け、吹き出した燃料に引火し、スズミと戦車を遮るようにして爆発、炎の壁が広がる。
どうやら中身は予想通り燃料か何かだったらしい。何の為にこんな場所に放置されているのか、或いは運び込まれたのかは知らないが、今はこの目晦まし一枚が何よりも有難かった。
『ユウカ、シールド再展開!』
「もう張り直しました!」
『なら陽動を頼むッ!』
地面に膝を突く形でシールドを再展開し、ユウカが背中を晒す戦車目掛けて射撃を加える。それに気付き、緩慢な動作で砲塔を回すクルセイダー一型。完全に遊んでいる、小銃で装甲を抜けない事を理解した上で、恐怖を煽る様な動きを見せつけているのだ。
嫌な相手だと思った。しかし同時にそれは明確な隙でもある――搭乗者は自身が絶対的な優位に立っていると疑っていない。
「……貫通させるには、ピンポイントに同じ場所を狙う必要があるか」
呟き、戦車を注視し続けた。
考える――戦車の装甲を撃ち抜く術を。
必要なのはワンホールショット、如何に堅牢な装甲であろうと撃ち抜けない道理はない。一度で駄目ならば二度、二度で駄目なら三度、面で加える圧力ではない、一点突破の凄まじい貫通力こそ今最も求めるもの。全く同じ個所に連続で衝撃を加えれば――戦車の装甲であっても、理論上は突破可能。
クルセイダー一型の正面装甲は40mm――大抵、戦車の装甲というものは車体正面、砲塔正面、側面を厚く、高価な複合装甲で守ると相場は決まっている。反してキューポラ、視認装置、スプロケット、ターレットリング辺りはどう頑張っても装甲が張れない。場所を選べば、貫通自体は可能。
弾薬庫に引火させるならば狙うべき箇所は側面か背面、そしてそれらの装甲は正面装甲と比較すれば幾分か薄い筈。30mmか、25mmか――どちらにせよ針の穴を通す様な狙撃が必須なのは変わらない。そして、それを行えるのは現状ハスミを置いて他にいなかった。
しかし――。
鈍いとは言え動く的――まずは足を止めるべきだ。
先生はそう考え周囲を見渡す。すると丁度シャーレの対面に位置する四階建ての建物が目に入った。周辺に散らばったドラム缶に、やたらと動き回る戦車――先生の脳裏に一つの打開策が浮かぶ。後で連邦生徒会に怒られるやもしれないが――。
「チナツ、ハスミ、手を貸してくれ」
「えっ? ……あ、はい、先生」
「……一体、何をするおつもりで?」
「このドラム缶を向こうの建物に運ぶ、置く場所は此処と、それと……」
「――えぇ、分かりました」
先生は生徒の手を借りて、乱雑に並んでいたドラム缶を建物の中に運び込み、壁際へと押し込む。一階から二階まで駆けまわって、凡その構造を掴んだ後は脳内で爆発の威力と構造をシミュレートする。失敗は許されない、チャンスは一度きりだろう。
重要なのは配置だった。二度、三度、検算を行い事を進める。
「っ、ぐぅ!」
そうこうしている間にもユウカとスズミは戦車の周囲を駆け回り、砲撃を掻い潜りながら挑発射撃を繰り返す。流石に弾切れを嫌ってか、砲撃の頻度そのものは高くないものの、砲撃の威力は抑止力としてこれ以上ない程に機能している。砲塔を向けられただけで、全力の回避を強いられるのだから。既にユウカとスズミの制服には、大小の汚れが目立っていた。
「ユウカ! 現状そのまま、スズミ、ユウカと挟むように対角線上で立ち回れッ!」
「先生? ――っ、了解!」
準備を終えた先生が物陰から叫び、先生が何か策を講じたのだと理解したのだろう、スズミとユウカは互いに戦車に射撃し、双方が戦車を挟む形で立ち回る。
「ユウカ、スズミ、シャーレ前方の建物へ――ユウカ、壁を背負え!」
「――分かりました!」
最初は意図を理解していなかった二人、しかし互いに先生の指示を聞き、その齎される結果を予測、その意図を理解した。スズミは敢えて大回りで戦車の後方へと周り、反しユウカは戦車正面へと動く。そして互いの立ち位置――スズミとユウカが、戦車を前後で挟み、それぞれがこれ見よがしに足を止めた。今まで走り回っていた相手が足を止める、訝しむ筈だ。戦車前方にはユウカ、後方にはスズミ、砲塔はどちらか一方にしか向けられない。そして正面には壁を背負い、十二分に接近した敵。
――罠を疑るか? 疑るかもしれない、けれど、絶対的な優位に酔いしれている相手なら。
先生の思考をなぞる様に、戦車の履帯が唸り声を上げて、ユウカに向かって突進を開始した。そのまま轢き潰してやるとばかりの加速。宛ら登場時の焼き増し、戦車の突進などキヴォトスの生徒であっても致命傷になりかねない。
そして、それこそが先生の望んだ展開。
「スズミ!」
「はいッ、前方へ閃光弾!」
合図と共に戦車の視認装置目掛けてスズミが閃光弾を投擲した。
人間を相手にする時よりは効果を期待できないものの、一瞬のホワイトアウトは引き起こせる。閃光弾は戦車の正面装甲に弾かれ、目前で炸裂。ユウカは閃光弾が投擲されると同時に進路上を飛び出し、退避。視界が白く染まり、目測を見誤った戦車が勢いそのままに壁に突撃するのを、ユウカは横合いから目撃した。
轟音、そして崩壊。壁を突き破り、戦車は建物の中程まで侵入する。壁に衝突した程度でどうこうなる装甲ではない、ものの数秒で持ち直し、再び駆動を開始するだろう。
しかし、これで良い――これが良い。
「発破!」
「はいッ!」
先生が腕を振り下ろし、待機していたチナツが建物内に配置したドラム缶に向かって射撃を加える。漏れ出た燃料に、用意していた火種を放り込めば瞬く間に燃え上がり――引火、爆裂。
不良達から抜き取り、等間隔で配置していた弾薬が炸裂し、連鎖的にドラム缶が爆発した。即席の爆薬としては十二分な破壊音を打ち鳴らし、建物が揺れる。内壁が吹き飛び、重量を支えていた支柱がへし折れる。支えを失った建物は自重に耐え切れず、前側に向かって一気に雪崩の如く崩れ落ちた。
無論、建物中程に乗り込んだ戦車は――瓦礫の下敷きである。
凄まじい破砕音、瓦礫の崩れる音、爆発による耳鳴り。
爆炎が掻き消え、粉塵が周囲を覆い隠す頃――無情にも履帯が空廻る音が周囲に響く。見れば瓦礫に圧し潰され、大小の凹みをこさえた戦車が必死に脱出しようと藻掻いている姿があった。ドラム缶の爆発程度では装甲を抜く事は出来ない、しかし粉砕した瓦礫で圧し潰す事は出来る。
舞い散る粉塵を手で払い、藻掻く戦車の傍に近寄った先生と生徒は瓦礫の上に立ち、鉄の塊と化したそれを見下ろす。
「これなら外さないだろう?」
「えぇ――当然です」
先生の言葉に、ハスミは引き金を絞る事で答えた。
■
「まさか本当に、対戦車装備もなしに撃破出来るとは思っていませんでした」
爆発炎上した戦車の前で、そんな事を呟くスズミ。中に居た不良達は既に拘束済みである。あの後、戦車を走行不能にした時点で白旗が上がっていたのだが、散々追い回されたユウカが鬱憤を晴らす為に無人となった戦車の爆破を行ったのだった。あれだけ砲撃されればさもありなん、元より撃破するつもりだったので先生は止める事なく彼女の破壊行為を見過ごした。尚、搭乗員であった三名はスズミの公的制裁と、ユウカの私的制裁によって顔面変形を終えている。
「何はともあれ、シャーレ到着ね!」
心なしかすっきりした表情でそう告げるユウカ。そんな彼女をどこか菩薩顔で見つめる先生の元に、一本の通信が入る。端末を取り出せば、発信者は「リン」、応答ボタンを押し込むと彼女のホログラムが投影される。
「リン? シャーレに到着したよ、見た所他に敵性勢力は見当たらない」
『はい、此方でも確認しています、周辺に展開した敵部隊は見当たりません、シャーレの奪還は一先ず成功でしょう――私も直ぐに到着します、先生はシャーレの地下に向かって下さい……お話はそこで』
それだけ告げ、通信は切れる。先生は少しばかり思考する仕草を見せ、端末をポケットに入れると、大なり小なり汚れの見える生徒達に労いの言葉を紡いだ。
「皆、お疲れ様、本当に助かったよ」
「いえ、これもキヴォトス、ひいてはトリニティの為――それよりも先生、今の通信、地下にはおひとりで?」
「――うん、私ひとりで向かうつもりだよ、皆には一応シャーレ内部に敵勢力が侵入しない様に見張っていて欲しい」
「それは――」
愛銃を担いだ四人は互いに顔を見合わせ、難色を示した。その表情は不安と疑念。何せ主犯であるワカモがシャーレに逃げ入る場面を目撃しているのだから。危険を疑るのは当然である。
ハスミは何処か不安そうな表情を隠さず、先生に向けて提案した。
「……シャーレ内部にまだワカモが潜んでいる可能性も否定出来ません、既に離脱した後かもしれませんが、護衛にせめて私達の誰かを――」
「大丈夫」
ハスミの身を案じる提案を、先生は首を横に振って断った。
彼女達の不安そうな表情に反し、先生は微笑みすら浮かべている。
何せ――。
「
■
「うーん、これが一体なんなのか全く分かりませんね、これでは破壊するにしても……」
シャーレ地下、執務用のデスクと書庫が並んだ場所にワカモは一人で立っていた。目前には聳え立つオブジェクトとしか表現できない代物が一つ、一体これが何かワカモには見当もつかない。只の芸術作品にしては歪であり、そもそも連邦生徒会が芸術作品なんてものを後生大事に、こんな場所に保管するのだろうかという疑問が残る。ならばある程度重要な何かなのだろうが、その何かが分からない以上、ワカモにとっては千日手な訳で――あぁでもない、こうでもないと思い悩んでいる内に、制限時間がやって来た。
「……あら?」
彼女の耳に、誰かの足音が届く。階段を下って来る音だ、急く訳でもなく淡々としたリズムを刻んでいるそれは、恐らく連邦生徒会の者だろうとあたりをつける。
もう追いついて来たのかとワカモが担いでいた銃を構え、薄暗い階段を注視する。しかし、そんな彼女の視界に飛び込んできたのは――銃の一つも持たない、丸腰の男性ひとりぽっち。
白い連邦生徒会の制服に、青い腕章、そして同じく蒼いネクタイ。それらをきっちりと着こなした大人の男性が薄暗い部屋に踏み入る。彼は鋭い眼光で以てワカモを見つめ、その光に似合わない、穏やかな笑みを彼女に向けた。
思わず、ワカモの喉が鳴る。
そんな風に笑い掛けてくれた人を――ワカモは一人も知らなかった。
「――やぁ、ワカモ」
「っ、あら、あららら……」
ワカモは名を呼ばれ、自身の心臓が弾んだのを自覚した。構えていた銃口は既に床を捉え、彼女の瞳は彼――先生を捉えて離さない。体が熱を発する、自身の体を巡る血液が分かる。まるで血が煮沸しているかの様。
一歩、二歩、無造作に近付いて来る彼は全く警戒の色を見せない。
手を伸ばせば届く距離で足を止めた先生は、微笑んだままワカモに問い掛ける。声は低く、落ち着いていた。
「此処は連邦捜査部シャーレ、今日から私の家になる場所だ……それで、私の家に何か御用かな?」
「あ、あぁ……」
じっと返答を待つ先生、反しワカモは舌が上手く回らなかった。何かを云わなくてはならないのに、伝えたい言葉がある筈なのに、肉体は精神に反して全くいう事を聞かなかった。深く、吸い込まれそうになる瞳、綺麗だと思った。
真剣で、イノセントで、見ているとこっちが恥ずかしくなる様な。若々しく、けれどある部分は酷く老成していて。強く輝くそれは、ある種覚悟を宿した人間の瞳であった。
こんな風に、微笑まれたことはなかった。
こんな真剣に、誰かに見つめられた事はなかった。
こんな綺麗な異性に、出会った事がなかった。
初めての事ばかりで、ワカモは混乱の極みに陥った。
故に、ワカモは。
「し、し……」
「し?」
「失礼致しました~っ!」
脱兎の如く逃げ出した。
先生も捉えきれぬ程の俊敏さで、その脇を抜け――ついでにそれとなく先生の香りを深く嗅いで記憶し――階段を凄まじい速度で駆けて行く。
目の前に居た筈のワカモが消え、背後の足音で逃げ去ったのだと気付いた先生は、咄嗟に振り返り口を開いた。
「ワカモ!」
「ッ!」
叫ぶような声掛けに一瞬ワカモの足が止まる。
「次は、ちゃんと遊びに来てくれ――待っているから、ずっと」
「~っ!」
その言葉を聞き届け、ワカモは更に速度を上げる。最早床を蹴り砕くのではないかという力強さで暗闇に消えていく、その背中を先生は見送る。完全に姿が見えなくなり、足音さえ聞こえなくなって――先生はそっと、力なく笑みを零した。
「……変わらないな、君は」
言葉は誰に届く事もなく、溶けて消える。
対峙して分かった、その純情さも、その献身も、何一つ変わってなどいない。当然と云えば当然だろう、何せ彼女は、彼女なのだから。仮面越しに透けて見える彼女の想いが、いつまでも背中に巻き付いて離れない。
炎越しに見えた彼女の笑みが――忘れられない。
――『あなた様――どうか、生きて』
最期まで自分に付き従い、全てを敵に回して尚、自分に微笑み続けた少女。炎の中、自分に投げかけた言葉は、彼女にとっての祈りだったのだろうか。
今はもう、分からない。答えを知る世界も人も、何処にもない。すべては炎の中に消え、灰となった。
けれど今の先生にとって、投げかけられたそれは祈りでも、祝福でもなかった。
きっと、己にとって。
それは――。
二つに分けようかとも思ったのですが、小分けにするのは私がやられて嫌な事なので丸ごと提出しました。
ゲーム内だとハンドガンで戦車の装甲ぶち抜いていますけれど、アレどうやっているのでしょうね。何かこう、説明できない力が働いているのか……ままええわ。
今、ものっそいシリアスムーブかましていますが、プロローグ終わったらユウカの太腿に挟まりに行く先生になるのでお待ちください。
書いていて思ったけれど、まだプロローグってこれマジ? 先生が血袋になるエデン条約編まで何十万字必要になるの? 再構成二次創作書き切る人って愛が重いんですね、素敵だと思います。私はメンヘラなので愛された分だけしか愛せそうにありません、だからブルアカの星3が出た分だけ愛し(書き)ます。
おら! 星3出せ!(げしげし) こちとらヒフミが5人来とるんじゃい! いい加減別なキャラ欲しいのですよ本当にお願いします対抗戦全然勝てないし神秘攻撃キャラアスナとチセしか居なくて本当マジヤベェんですのよ!
今日は一万二千字書き切ったので明日は多分お休みします。