ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですわ~!


捧げた誓い、秘めたる矜持

 

「――此処がオペレーションルーム、操舵室に該当するブロックね」

 

 ウトナピシュティム、ブリッジ。

 慎重に内部へと踏み込んだリオは、室内を見渡しながら興味深そうに辺りを観察し呟きを漏らした。外部からも分かる事ではあったが、艦内は相応に広く近未来的な計測器、コンソール、モニタの類が散見された。

 外部の状況を確認する視界一杯に映るビュー・スクリーンは起動していない為、画面は暗く自分達の姿が反射する。リオの後に続いていたトキとカヤもまた、彼女と同様にブリッジへと踏み込むと、ほぅと感嘆の意気を吐いた。

 その脇から、数台のAMASが走行音を立てて入り込む。

 

「古代兵器と云うからにはもっと仰々しいものを想像していましたが、存外既存のものと大きく変わらないように見えます」

「まぁ、サンクトゥムタワーも同様のオーパーツである事を考えれば、別段不思議ではありませんけれどね……流石に内部は既存の戦艦などとは異なるでしょうし、それより埃まみれになっている事も覚悟していましたが、思ったより綺麗で安心しましたよ」

 

 トキが率直な感想を漏らせば、カヤもまた頬に指を添えたまま返答を口にする。

 近未来的な外観に引っ張られ、内部もまた自分達に扱えるかどうかわからないレベルのものを想定していたが、視界に入る光景は想像よりもずっと自分達の感性に近い。

 リオは一通りコンソールを確かめ電源が入る事を確かめると、頷きながらトキの方を振り返り云った。

 

「それでも外観通り規模は大きいわ、ざっと見積もってもオペレーターだけでも十人以上の人員が必要となるでしょう、操艦だけで十人、機関や通信などを考えると、本来なら相当な人数で動かす必要がある代物よ」

『戦車一台でも四、五人の人員が必要となる訳だから、このクラスの船となれば当然、必要な人数も増えるだろうね』

『指揮人員、武装、整備、医療と補給……長期運用であれば、それこそ百人規模でもおかしくはありません』

 

 AMASのカメラを通じて内部を観察するチヒロとヒマリは、興味深そうにモニタ越しに告げる。彼女達の手元は常に忙しなくコンソールを叩いており、艦内の様子を伺いながらミレニアム側の仕事も同時進行している事が分かった。

 

「………」 

 

 先生は生徒達を横目に、そっとブリッジ内部に並んだコンソールの一端に触れる。懐に差し込んだシッテムの箱が薄らと画面を点灯させ、ウトナピシュティムと接続されたのが分かった。大きな損傷が無い事は分かっていたが、こうして機能する瞬間を目にすると安堵出来る。

 

『リオ、未知の領域が多いオーパーツです、私達も遠隔で出来得る限り手助けは行いますが、短時間で航行可能まで持って行くのはそれなりに手間だと思いますよ』

「その確認作業も含めて、既にAMASを各ブロックに投入しているわ、少し時間を頂戴」

 

 ホログラムの向こう側から掛けられる声に、リオは端末を指先で叩きながら各ブロックに散開させたAMASの報告をスクロールする。次いでトキに指先を向けると、彼女のアビ・エシュフを持ち込む為に指示を口にした。

 

「トキ、外部のAMASに指示を出してアビ・エシュフを本船近くに運搬しておいたわ、船内に積み込むから確認を、それが終わったらミレニアムから射出される換装用パッケージを受け取りに行って頂戴、砂嵐の影響で座標のズレが発生しないとも断言出来ないわ、念の為ビーコンの設置を」

「了解しました」

「そういう事であれば、私がお手伝いして差し上げましょう、整備、補給、医療は重要ですから――確か格納庫はこの下でしたね」

 

 カヤは自身の足元を見つめ、道順を思い浮かべながらトキと二人で格納庫ブロックへと足を進める。

 

『それなら、ハード面はそっちに任せて、私達はAMASを通してソフト面を何とかするとしようか』

「――本船の稼働に関しては私の方でも多少手を打ってある」

 

 チヒロの声に、先生はウトナピシュティムのコンソールを操作しながら答えた。モニタに表示される文字列を目で追いながら、その指先は淀みなく、それからシッテムの箱に視線を落とすと二度画面をタップした。

 

「元々ひとりでも起動するつもりだったからね、今から情報を送るよ」

「この規模の船をひとりで動かす何て、それこそAMAS(ドローン)による補助か、強力なバックアップが無いと困難だと思うのだけれど……」

「その強力なバックアップが、私にはついているんだ」

 

 リオの言葉に、先生はふっと口元を緩める。確かに、自分一人では到底無理な話だろう。しかしシッテムの箱とアロナが居れば、決して不可能ではない。勿論、それで十全の性能を発揮出来るかどうかはまた、別の話ではあるが――それでもただ船を宙に飛ばし、アトラ・ハシースに真っ直ぐ突入する程度の事は可能であった。

 電子音が鳴り、リオの持つタブレットに通知が表示される。

 

「ヒマリ、チヒロ、先生から送られた情報を共有するわ」

『分かった』

『えぇ』

 

 先生から送られた情報、それをリオは即座にヒマリ、チヒロへと共有する。データ中には艦内の詳細なマップなども記されており、タブレットに表示されるそれをリオは真剣な面持ちで眺めた。

 

「配線や配管は思ったよりも単純な構造みたいね、重力下における運用と物理法則を考えれば大きく変わる事は無いのかもしれないけれど――ヒマリ、チヒロ、OSの方はどうかしら?」

『今丁度、コードアルゴリズムの分析が完了した所、これが済めば――』

『中央処理装置にもアクセス可能という訳です、見慣れない言語ですが解析自体は出来そうですね……リオ、そちらに接続コードを送りますから、確認を』

「分かったわ」

 

 先生から送信された情報を基に、ウトナピシュティムという船を洗いざらい解析する。全長、全幅、構造材、機関、出力、推進方式、最大速力、航続距離、燃料、武装、装甲、電子装備――次々と露になるそれらを前にして、リオは眉間に皺を寄せる。

 

「――先生が会議の場で説明した情報に、間違いは無いようね」

 

 声には未知に対する大いなる興味と、設計思想の理解出来ない本船に対する強い疑念があった。それはリオだけに留まらず、ヒマリやチヒロもまた同様の感情を抱いている様に見えた。

 

『見た限り、この船に武装の類は一つとして存在しないみたい、誘導弾どころか機銃の一つもね……正直コレは戦艦、戦う船とは呼べない』

『出力と装甲から見ても、飛行可能な高度は十万が限度、アブレーション型の耐熱材どころか、大した断熱層さえ見られません、これでは宇宙どころか大気圏を超えた瞬間に大破するでしょう』

「そして肝心の内部構造は――全体の七十五パーセント以上が論理演算装置、先生の空飛ぶ量子コンピュータという表現は正しかった」

「嘘は吐かないさ、コレは空を飛びながら砲撃を撃ち合う様な機体じゃない」

 

 コレを使って、アトラ・ハシースに電子戦を挑むという言葉に偽りはない。これから自分達が挑むのは、海の代わりに宙で行う派手な艦隊戦などではないのだ。

 

『しかし、このレベルの演算装置となると、この世全てを掌握する事も可能となるでしょうね、ミレニアム自治区のHPCと比較しても正に別格、ミレニアム自治区そのものに電子戦を仕掛けたとしても、容易く勝ちを拾えると思いますよ?』

『ちょっと信じたくないレベルだね……多次元防壁、なんて反則染みた力を持ち出した相手も大概だけれど、こっちも大概かも』

『えぇ、全く以て』

 

 チヒロの漏らした呟きに、薄らと笑みを見せたヒマリも同意する。キヴォトスに於いて技術に特化し、他の自治区より優れた電子防護を持つミレニアムでさえ簡単に突破出来るのだ。恐らく他の自治区などひとたまりもないだろう。

 

『ハッキリ云って、現在の私達の技術でこの本船を解明するのは非常に困難でしょう、燃料、推進体、動作原理、エンジン構造、設計――何から何まで、まるで前例がありません』

「それで問題ないよ、そもそもこの船をリバースエンジニアリングするつもりもなければ、研究するつもりも、新しく製造するつもりもない、ただ最低限動かせれば良い」

 

 技術者としての側面を持つ彼女達には悪いが、先生はこのウトナピシュティムを云々するつもりなど元から無い。何よりアトラ・ハシースもウトナピシュティムも、後に残れば必ず禍根を残す。その力を求め、手を伸ばそうとする者は必ず現れるだろう。

 それは経験を伴った、確信である。

 故にこそ、その技術や本体は誰の目にも触れぬ場所にひっそりと保管されるか――或いは跡形もなく破壊される事が望ましい。ましてや片方だけが残る事など、あってはならない。

 本来これらの(古代兵器)は、互いに互いを阻止する為に生まれたのだから。

 

「それでリオ、この船の操縦は可能だろうか?」

「……そうね、操作マニュアルの作成は可能よ、凡その構造が理解出来れば後はAMASに作成したマニュアルを基にした操縦プログラムをインストールすれば良い、それ自体は難しい事じゃないわ」

 

 気を取り直しリオへと水を向ければ、彼女はコンソールと向き合ったまま頷きを返す。左右にはAMASが忙しなく動き回る光景が見え、何やらサブアームを伸ばしコンソールのソケットに接続を試みていた。

 リオはそんなAMASの外装に触れながら、点滅するモニタを一瞥し告げる。

 

「船の制御、及び運用は任せて頂戴、AMASを含めれば私単独でも運用自体は可能な筈よ、多少手があれば助かるけれど――」

「そこは勿論、私も全力で協力する」

『ふぅ、ミレニアムの諸々を処理しながら、突入チームのバックアップも平行して行うとは、チーちゃん、これからと~っても忙しくなりますよ?』

『……分かっているよ』

 

 徹夜での作業は慣れているし、これくらいで弱音なんて吐いていられない。

 チヒロはヒマリの言葉に飄々とした態度で返し、大きく息を吸い込む。口ぶりに反し、彼女からは強い責任感が漂っていた。普段から問題児の多いヴェリタスを纏めている生徒である、確かな技術があるからこそ、その取り扱いには人一倍敏感でもあった。

 

「――この船の演算処理機能を借りる事が出来れば、アビ・エシュフの戦力強化も可能ね」

 

 ふと、コンソールと向き合っていたリオは、ウトナピシュティムに備え付けられた演算装置の詳細を指先でなぞりながら呟いた。

 ヒマリやチヒロから見ても、規格外と称される演算処理機能は彼女が嘗て用意した要塞都市エリドゥさえも凌駕する。脳裏に過るのは、そのエリドゥの持つ演算処理機能を全て費やし創り上げた――C&Cでさえ一蹴し得る全盛期のアビ・エシュフ。

 莫大なリソースを消費する切り札であるが、同時にそれに見合うだけの性能は確かに存在する。そして今、この場にあるウトナピシュティムの演算処理機能を使えば嘗ての性能どころか、それ以上さえ望め得た。

 

「元よりヒマリ達の助けも借りて、エリドゥの頃よりアビ・エシュフ本体の性能は向上している筈だけれど、それを加味してもこの船一隻で、下手をすればエリドゥよりも余程……」

『ですがエリドゥのバックアップを受けていた時の様に、全ての演算機能をアビ・エシュフに集中させる事は出来ませんよ? それでは航行すら危うくなってしまいますし、この船がフルユーティライゼーション設計(最大効率動作設計)である保証は何処にもありません、想定外の事態に備えて処理限界(フルロード)は避けるべきです』

「当然ね、それでもほんの一パーセント――船全体の演算装置の内一パーセントをアビ・エシュフに割り当てる、それだけでも驚異的なスペックを発揮出来ると思うわ」

 

 ヒマリの忠告に肯定を示しながら、リオはウトナピシュティムを解析する傍ら演算装置のスペックと、それを用いてアビ・エシュフを強化した場合のシミュレーションを行う。この船の持つ演算装置を全て用いれば、本当の意味で未来予測さえ可能になるかもしれないが、残念ながらアビ・エシュフ本体の性能がまず追いつかない。

 故に最低限のリソースで、最大効率の強化を得られる妥協点を探った。その結果が船の持つ演算処理機能の一パーセント、たったそれだけで十分すぎる程の強化が得られるという結論に至った。

 

「流石にエリドゥのバックアップを受けた状態と同等の性能は難しいけれど、当時の四割――いえ五割程度の性能を再現出来る見込みはあるわ」

『一パーセントで得られる強化幅としては、破格じゃない? 船の防衛戦力としては十分すぎる性能だよ、武装が存在しない分、身を守る術は大切だから、個人的にはその選択もアリかな』

『場合によっては、アビ・エシュフの主砲が主力となりますか……分かりました、船の起動に目途が立ち次第、そちらに取り掛かるとしましょう』

 

 やるべき事がどんどん増えますが、手は尽くすべきでしょう。それこそ今、出来る事は全て。

 ヒマリは呟き、再び自身の周囲に複数のホログラムモニタを展開する。ブリッジにはコンソールを叩く音とAMASの低い駆動音が響き、彼女達の前に瞬くモニタには洪水の如く文字列と数字が流れていった。

 

「リオ、今から船の起動に取り掛かるとして、十全に動かせるようになるまでどれくらい掛かる?」

「……そうね」

 

 先生の問い掛けに、リオはぴたりと指先を一瞬止めると、暫し思考を巡らせる。今目の前に展開されたホログラムモニタ、そこから本船の解析状況と操縦プログラムの構築状況、AMASから送られてくる報告を目にし、脳内で凡その工程を組み立てる。

 

「此処に持ち込んだAMASの協力を加味した上で、本船の構造をある程度把握し、出立可能な戦力と物資を搭載、そこから起動までに要する時間は……」

 

 暫し沈黙を守ったリオは徐に顔を上げ、確かな自信と共に告げた。

 

「――凡そ十二時間、という所かしら」

「分かった」

 

 彼女の返答に、先生は力強く頷いた。

 リオがそう云うのであれば、その時間に間違いはないのだろう。

 先生はシッテムの箱をタップしメッセージアプリを立ち上げる。急な連絡となる事は申し訳なく思うが、既に計画自体は各自治区代表、組織に通達している。小まめな連絡もあり、ある程度準備が進んでいる事は把握していた。まだ十全に整っていない自治区も、十二時間という猶予があればある程度形になるだろう。

 故に、必要なのは――。

 

「今から各自治区の代表に連絡を入れるよ、サンクトゥム攻略、及びアトラ・ハシース突入計画、その作戦開始時刻を設定する」

『先生、それでは……』

「あぁ」

 

 ヒマリの電子音声が、先生の鼓膜を揺らす。

 ウトナピシュティムを起動次第、攻略作戦を開始する。

 即ち。

 

「攻略作戦の開始時刻は――十二時間後だ」

 

 ■

 

【同時刻 ゲヘナ自治区】

 

「ん――……」

 

 微かに開いた瞼の隙間から、光が差し込んだ。

 眩しさに歪む視界、靄の掛かった思考、起き抜けの身体は重く頭からは鈍痛が響いた。

 苦悶の声を噛み殺し、額を掌で覆った彼女――アコは自身の上に被さっていたタオルケットを払い、顔を顰めながら周囲を伺う。

 

「此処は……?」

「あっ――!」

 

 ふと、横合いから聞き覚えのある声が響いた。ガタンと、椅子を蹴飛ばす様な音、次いで連続した足音が響き、遠くから廊下の向こう側へと呼びかけるような声が耳に届く。

 

「チナツ、アコちゃんが目を覚ました!」

 

 視界の隅に映る束ねられた二本の銀色、それがイオリの髪である事に気付くと、アコは顔を顰めたままゆっくりと上体を起こした。

 場所は幾つかのベッドが並べられた簡素な部屋、間仕切りカーテンに覆われていた視界は、イオリが飛び出した為か中途半端に開いており、横合いには包帯やら薬やらが所狭しと並べられた薬品棚があった。一瞬救急医学部の病室かと疑ったが、どうやらそうではないらしい。見覚えのある光景は、此処が風紀委員会の保健室であると訴えていた。

 

 重たい頭を指先で擦りながら暫し起き抜けの気怠さと格闘していると、イオリとチナツが慌てて部屋の中へと戻って来る。チナツは上体を起こしたアコを確認すると駆け寄り、膝を折りながら問いかける。その表情は真剣で、どこか思い詰めている様にも見えた。

 

「アコ行政官、私が分かりますか?」

「……何を馬鹿な事を、分からない筈がないでしょう」

 

 どこか訝しむ様な、普段と変わらぬ口調にチナツとイオリの二人は胸を撫で下ろし、表情を緩ませる。その態度に対し、逆にアコこそが疑念を抱いた。

 彼女の内心が伝わったのだろう、チナツは一度落ち着く為に胸元に軽く手を触れると、この場に至るまでの状況を懇々と説明する。

 

「アコ行政官は頭部を強く打って一時的に意識を失っていたんです、かなり大きな揺れでしたし、予測も出来ないものでしたから――派手に表面を切ってもいましたので、今はどうか安静に」

「頭を打った? 私が……?」

 

 そう云われると、確かに頭部の鈍痛には説明がつく。徐に側頭部へと指を這わせると、頭部にガーゼとネット包帯が装着されているのだと分かった。だが肝心の記憶がまるで存在しない、此処に至るまでの記憶がまるでぽっかりと抜け落ちている。

 頭部の負傷によるものか、それとも別の理由があるのか。眉間に皺を寄せ、二人を見上げるアコは重ねて問う。

 

「一体何が――」

「連邦生徒会での会議中に、大きな揺れが発生したんです、私達は同行出来なかった為、会議の内容も、アコ行政官が負傷した際の詳細も不明なままなのですが、現場には万魔殿と救急医学部、風紀委員会からはアコ行政官とヒナ委員長が出席していました」

「連邦生徒会で会議……私と、ヒナ委員長が?」

「はい」

 

 チナツの、どこか歯切れの悪い返答。

 アコは彼女の言葉を耳にして、どこか呆然とした表情で目を瞬かせた。

 連邦生徒会にて会議、そうだ確か非公式で行われたものがあった筈だ。少しずつ、記憶が形を伴って復活する。

 その会議に自分達は出席した、それは確かに憶えている。内容は先生に関する情報共有という形であったが――ならば何故、自分はこんな場所に居るのか。会議の場で何かが起きたのか、チナツが云うには大きな揺れが発生したというが、果たして。

 ぐるぐると巡る思考に、無意識の内に視線が動き誰かを探す。

 チナツ、イオリ、アコ(自分自身)――だが、ひとり足りない。

 一番、彼女にとって大切な存在が。

 

「――ヒナ、委員長」

 

 呟きが漏れ、視界が直ぐ横の窓を捉えた。

 何やら薄暗く、視界が薄らと赤く滲んでいると思った。それを寝起きによる影響に過ぎないと考えていたが、そうではなかった。

 赤く染まった空。

 視界に入ったその空模様を認識した瞬間、アコの脳内に雪崩の如く記憶が蘇る。

 瞬間、彼女の瞳孔が開き、毛が逆立った。

 

「そうだ、ヒナ委員長――ッ!?」

 

 叫び、ベッドから跳ね起きたアコは横合いに置かれていた愛銃とホルスター、タブレットを勢い良く掴み、次いで荒々しい手付きで弾倉を検める。その所作は余りにも鬼気迫っており、制止する暇さえ無かった。

 ポーチをまさぐった彼女は、予備の弾薬が不足している事に気付き、舌打ちを零しながらタブレットで補給と部隊編成の号令を掛けようと手を伸ばす。

 

「あ、アコちゃん……!」

「ヒナ委員長が、奇怪な怪物(バケモノ)に誘拐されたんですッ! こうしてはいられません、風紀委員会の総力を以て委員長の救出を、今直ぐに……っ!」

「落ち着いて下さい、アコ行政官!」

 

 弾倉を改めて愛銃に装填し、ホルスターを腰に巻き付けるアコの腕を掴み制止させる存在が居た。

 チナツだ、彼女は焦燥に駆られたアコの瞳を真っ直ぐ見つめながら、努めて落ち着きを払った様子で告げた。

 

「ヒナ委員長が攫われた旨は万魔殿より既に聞き及んでいます、流石に全体の士気に関わる為、情報共有を行ったのは一部の生徒のみですが――」

「ならば何故、こんな所で油を売っているのですか……ッ!? 救出部隊の編成は!? それとも既に出立しているのですか!?」

「あ、アコちゃん、落ち着いて、今キヴォトスの彼方此方で戦闘が発生していて、ゲヘナも他自治区の救援とか、色々あって手が足りないんだよ」

 

 般若の如き様相で迫るアコに対し、イオリが戦々恐々とした様子で告げれば、アコは一瞬動きを止め言葉を呑む。その態度に、少なくとも話を聞く理性は残っていると胸を撫で下ろしたイオリとチナツは、彼女を刺激しないよう言葉を吟味しながら会話を続けた。

 

「……戦闘?」

「うん、キヴォトスの彼方此方に変な、巨大な塔が落下して、そこから無尽蔵に自律兵器が湧いて来ているみたいなんだ、その対処と根本を断つ為の攻略作戦が近々行われるって話、今は臨時で私が風紀委員会の指揮を執っているけれど、正直私は全体指揮とか得意じゃないし――」

「幸い、件の塔はゲヘナ自治区に落下こそしていませんが、近隣の自治区から流入する自律兵器、及びこんな非常時にこそ暴れようとする不良生徒の対処に手を焼いていまして、加えて戦力の不足している他自治区に救援部隊を派遣すると、敵の詳細や居場所の掴めないヒナ委員長の救出、及び捜索に割く余力が……」

 

 チナツは強張った表情をそのままに、現在風紀委員会の置かれている状況を虚偽なく、詳らかに話す。

 そもそもの話ではあるが、ヒナ委員長が押し負けたという件の怪物(バケモノ)に自分達が挑んで勝てるのか? という疑念もあった。

 彼女を誘拐出来るような手合いである、詳細は不明ではあるが一筋縄ではいかないと分かり切っていた。風紀委員会の戦力、その半分を彼女が担っているというのは誇張でも何でもなく、ならば風紀委員長を奪還するには、残った風紀委員会の全戦力を投入する必要がある訳で。

 そして残念ながら、現状そんな余力は風紀委員会に存在しない。

 

「あっ、でも先生から連絡があったんだ……!」

 

 続く凶報にどんどん険しさを増していくアコの表情であったが、しかし吉報もあるのだとイオリは意図して声を張り上げる。それは他ならぬシャーレの先生から送られたもの。端末を握り締めながら破顔するイオリに対し、ハッとした表情でアコは顔を上げた。

 

「……先生が、目を覚ましたんですか?」

「えぇ、この状況タイミング良く、本当にギリギリの所だったという話ですが……」

「ヒナ委員長の居る場所も見当がついているから、後は自分に任せて欲しいって、絶対助けるから心配するなって……ホラ、これ」

 

 イオリが差し出して来た端末を手に取り、アコは表示されるメッセージアプリの文面を凝視する。その表情は真顔で、一体何を考えているかも分からない。だが底知れぬ執着と、滾るような感情だけは薄らと伝わって来るような気がした。

 

「―――」

 

 ややあって、端末を握る手に力を込めたアコは、それを乱雑にイオリへと押し付けると、二人の身体を押し退け自身のタブレットを抱き寄せた。蹈鞴を踏み、目を瞬かせるイオリは押し付けられた端末を握り締めたまま問いかける。

 

「あ、アコちゃん……?」

「イオリとチナツの二人は、このまま風紀委員会の全体指揮をお願いします、長期間は難しいでしょうか、一日二日程度であれば何とかなる筈です」

「それは、そうかもしれませんが……」

 

 タブレットを抱いたまま、緩慢な足取りで進むアコの表情は伺えない。俯き、影になった彼女の背中を見つめるチナツとイオリは、不安に思う気持ちを隠す事無く問いかける。

 

「――アコ行政官は、どちらに?」

「決まっています」

 

 保健室の扉に手を掛け、影に覆われたまま振り返る事無く声を絞り出したアコは力強く答えた。脳裏に、連邦生徒会にて行われた会議の内容が反芻される。

 

あの人(先生)なら何だかんだと、自身の云った通り委員長を助け出せるかもしれません、どんな状況であれ、どんな【状態】であれ(どんな秘密を抱えていようと)、それは私とて良く理解しています――ですが」

 

 ミシリと、扉に掛けた指先が軋みを上げる。

 差し込む赤色に照らされた彼女は犬歯を剥き出しにして、赤空を睥睨し、腹の底から唸るような声と共に叫んだ。

 

「委員長を目の前で攫われて、この私(天羽アコ)が黙っていられるかって話ですよ……ッ!」

 


 

 夏風邪をひきましたわ~ッ! 一日寝込んでいたので文字数少なくて申し訳ありませんの! まぁでも大体治ったので問題ありません事よ! 

 そして漸く、漸く次話からサンクトゥム攻略作戦の話に突入ですの……! 長かった、唯々長かった……! 

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