今回約20,000字ですの!
それと祝、三百話突破ですわ~!
第一サンクトゥム 【アビドス自治区 砂漠地帯】
「第一サンクトゥム攻略部隊、指定位置に到着……!」
吹きすさぶ強風、砂を踏み締めながら耳元のインカムに声を発したアヤネは、広大なアビドス砂漠、過去に埋まった廃墟群の中で叫ぶ。
その場所は辛うじて砂嵐を防げる程度の、老朽化し中程まで砂漠に埋まった建物が点在する地点であった。アビドス自治区全体に発生した砂嵐は時間を経ても収まる様子を見せず、寧ろサンクトゥムへと接近すればするほど、その勢いを増している様に思えた。
アビドス本校舎から引っ張りだした装甲車両、その周囲にはアヤネと同様に戦闘準備を終えた対策委員会の面々が立ち並んでいた。
「対策委員会、準備は完了しています!」
「ん、少し風が強いけれど、短時間ならドローンも問題なく動けそう」
「こっちも、準備万端よ!」
各々の装備を車両内部から引っ張り出し、砂嵐対策も万全に整えた対策委員会の面々は頷き合う。
「ホシノ先輩、そっちは?」
「大丈夫」
背後を振り返ったセリカが問いかければ、一際重く昏い気配を纏ったホシノが装甲車両より下車する所であった。軽い音を立てて砂地に着地したホシノは緩慢な動作で顔を上げ、ゴーグル越しに見える光景に顔を顰める。
ノイズの様に吹き荒れる砂嵐、その向こう側には黒々とした巨大な塔、不気味な光を放ち続けるそれが存在していた。本校舎屋上から見つめた時よりも、その輪郭はハッキリと映る。
風に靡く長髪をそのままに、彼女は唸る様に呟いた。
「……あれが、サンクトゥム」
――先生を苦しめる、その元凶。
あの塔を破壊する事こそが、自分達に課せられた使命。色のない瞳でサンクトゥムを睨みつけるホシノに気付いたノノミは、不安げに彼女の視線を追い、問いかけた。
「えっと、最終的にアレを壊せば良いんですよね?」
「はい、先生からの情報ではそうなります」
手元のタブレットを操作するアヤネは頷きを返し、今回の作戦について記されたデータをスクロールする。
「各地に分散した全ての塔が破壊された場合、再生が開始されるとの事ですが、それが実行される前に上空の敵拠点を同時に叩くと、大まかに伝えればそういう作戦です」
「ん、やる事自体は分かり易い、後はタイミングを上手い事合わせられると良いけれど……」
ドローンを小脇に抱えたまま、マフラーに口元を埋め呟くシロコ。自分達に課された任務はシンプルである、しかし問題はサンクトゥムが再生すると云う点。折角破壊したというのに、再び出現しては意味がない。
そこは先生が何とかするというが、果たして――。
『対策委員会、聞こえるかしら?』
「――!」
■
「――便利屋68、配置に付いたわ」
端末を耳に当てながら風に外套を靡かせるアルは、自信に満ちた声を発する。
対策委員会の配置された場所から更に奥、サンクトゥムの付近に存在する鉄道、廃線となったレール、列車の上で佇む彼女は降り注ぐ不気味な光を真っ向から睨み返し、微笑を浮かべていた。
「敵の戦力を惹きつける囮役は私達、便利屋68がやる、その作戦に変更は無いわね?」
『……はい、今のところ変更はありません』
列車の運転席にはカヨコが、その背後にはハルカが身を縮こまらせながら待機しており、ムツキは車両の上によじ登り恰好をつけているアルの背中を楽し気な表情で見守っていた。
第一サンクトゥム、アビドスに落下した塔に関しては対策委員会がサンクトゥム本体を破壊し、その道中に立ち塞がる敵性反応は全て便利屋68が受け持つという形で纏まった。
当初は全員でサンクトゥムに突撃するつもりであったが、サンクトゥムに接近すればするほど自律兵器の数が多くなり、カヨコとアヤネの立案によりこの様な形に落ち着いたのだ。
当然、囮役を務める便利屋68の危険度は高くなる。鉄道を用いて可能な限り時間を稼ぐつもりではあるが、厳しい戦いである事に変わりはない。
『すみません、便利屋68の皆さん、こんな危険な役目をお願いしてしまって――』
「ふん、見くびって貰っては困るわね、この程度、私達にとっては朝飯前よ」
アヤネの申し訳なさそうな声に対し、アルは不敵な笑みと共に断じる。そこには委縮や不安、緊張の影など微塵も存在しない。一種のカリスマさえ感じられるような、超然とした態度だけがあった。
車両の窓から顔を覗かせたハルカが、汗を額に滲ませながら叫ぶ。
「は、はい! 鉄道を利用して命を散らせば良いんですよね!? だ、大丈夫です、一生懸命死にます!」
「あはは、ハルカちゃん相変わらずだね!」
「いや、死んだら駄目でしょ……」
額を指先で抑えながら首を振るカヨコ。彼女は手に持っていたマニュアルを確認しながら主電源、マスターコントローラー、方向転換器などを指先で確認していく。
この鉄道自体廃線になってからそれなりに時間が経過している上、車両も殆ど廃棄同然のモノを無理矢理運用する為修理を施した、稼働には不安が残る。加えて旧式の車両にはAIによる補助はあっても完全自動運転の機能が備わっていなかった。故にこそ、マニュアル片手にぶっつけ本番で運転を試みている訳だが――。
「それでカヨコちゃん、この古い車両動きそう~?」
「多分ね、レールに沿って真っ直ぐ走らせるだけなら何とかなると思う、一応電源は入った訳だし、旧式とは云え半自動操縦みたいなものだから」
「さ、流石です、カヨコ課長」
車両の天井からぶら下がり、窓から此方を覗き込んで来るムツキを一瞥し、カヨコは小さく溜息を零す。マニュアルを閉じた彼女はそれを乱雑に座席へ放ると、横合いに見えるサンクトゥムを真剣な面持ちで臨みながら告げる。
「今回の戦闘、敵の詳細な数は不明、アビドス組は戦闘をなるべく避けてサンクトゥムに接近するから、サンクトゥム周辺の敵は全部私達の方に雪崩れ込んで来るだろうね――鉄道を利用して高速移動しながら射撃戦を展開、敵の注意を釘付けにする……当たり前だけれど、かなり危険な役割だよ」
「構わないわ」
云われるまでもない、そのリスクは重々承知の上であった。
集中砲火を受ければ、この車両も数秒足らずで鉄屑となるだろう。そうなったら乗り捨てて、後は自力で駆け回りながら自律兵器と対峙するしかない。
だがそんな厳しい作戦を前にして、アルは変わらず笑みを崩さなかった。
「最も危険なポジションを涼しい顔でこなす、それがハードボイルドというものでしょう? 何よりこれは先生からの依頼に等しい――信頼は決して裏切らない、便利屋68に所属する者にとっては、当然の認識よ」
「はぁ……まぁ、社長が良いって云うなら良いけれど」
「くふふっ、流石アルちゃん! どんな時でも格好良い~!」
「あ、アル様、素敵です……!」
「ふふん、当然っ!」
皆の声援に対し、まんざらでもないと云わんばかりに胸を張るアル。恐らく彼女の脳内では、既に自身の立ち姿が恐ろしくクールでアウトローな絵面となっている事だろう。カヨコにはそれが手に取る様に分かった。
便利屋の面々は意気揚々と戦闘に挑もうとしているが、それはそれとして万が一に備える必要はある。カヨコはひとり気を取り直し、自身の頬を軽く叩く。
「万が一敵に列車を止められたり、追いつかれて、どうしようもなくなったら列車ごとハルカの爆弾で爆破する予定だけれど――」
「は、はいっ! 爆薬の搭載は完了していますから、いつでも、今からでも……!」
「流石に早すぎだから……列車の爆破は、アビドスとしても問題はない? 多分規模からして、レールごと吹き飛んじゃうと思うよ」
『それについては大丈夫です、どうせ今は使われていない鉄道ですから』
カヨコが耳元のインカムに向けて問いかければ、いの一番にノノミが答えた。耳に届いた彼女の言葉には僅かな陰が含まれていた様に思う。
『それに、元を辿ればその鉄道、列車こそがアビドスの衰退に拍車をかけた切っ掛けです――それが世界を救うお役に立てるのなら、きっと』
「……そう」
様々な感情を孕んだ返答に対し、カヨコは詳しい事情を追求する事もせず静かに声を返すのみに留める。今は、必要な事だけを頭に入れておけば良い。腹に力を籠め、耳元のインカムに指を添える。握り締めた拳に微かに汗が滲んだが、彼女はそれを敢えて無視した。
「なら、そろそろ始めようか」
『えぇ、そうですね……!』
カヨコの言葉に、アビドス、便利屋68、全員が意識を切り替える。皆の瞳がサンクトゥムを見据え、アヤネはゴーグルを押し上げながら宣言した。
『コントロール、此方第一サンクトゥム、スタンバイ完了です!』
■
【シャーレ本棟 攻略作戦本部】
「此方コントロール、第一サンクトゥムスタンバイ完了、了解しました!」
コンソールを操作しながら耳元のインカムより聞こえる報告に対し、アユムは強く頷いて見せる。
場所はシャーレ本棟、作戦指揮所として使用されるその部屋には現在、連邦生徒会より派遣された行政官が大勢詰めていた。
大型スクリーンには戦術表示モードが搭載されており、各サンクトゥムの生徒達の位置情報が表示されている。高精度の通信装置に情報処理システム、地形データや気象情報、各地に設置された監視センサーの情報等を統合しリアルタイムで敵味方の動向を把握出来るその部屋の中心には、常と同じ純白の制服を身に纏いながら強張った表情でモニタを見つめるリンの姿がある。
佇む彼女に向けて、アユムは振り返ると今しがた得た報告を伝える。
「リン先輩、第一サンクトゥムは準備完了との事です!」
「……そうですか、分かりました」
アユムから齎される報告に眼鏡を指先で押し上げ、彼女は直ぐ横でコンソールを叩くモモカへと視線を向けた。
「モモカ、各サンクトゥムの反応は?」
「えっと、エネルギー濃度は想定範囲内、今の所自律兵器にも大きな動きは見られないかなぁ」
「アビドスは砂嵐の影響で観測が途切れる可能性があります、チェックは怠らずに」
「了解~」
「それでは第二サンクトゥム、作戦担当、応答を」
■
第二サンクトゥム 【ミレニアム郊外 閉鎖地域】
「此方第二サンクトゥム、作戦担当のアカネです」
薄暗く、廃棄された建物やビルが立ち並ぶ閉鎖地域。崩れ落ちた瓦礫が山の様に積まれ、電線の千切れた電柱が傾いたまま突き刺さっている。罅割れた地面を時折飛び越え辿り着いた場所で、C&Cの一行は待機していた。苔むした外壁に目をやりながら周囲を伺うアカネは、片手に愛銃をぶら提げたままインカムに指先を添え報告を行う。
「既にC&Cのエージェントは作戦区域内で待機中、いつでも作戦開始出来ます」
『了解しました、閉鎖地域に存在する建築物は基本的に破壊しても問題ないとセミナー側より通達が来ています、最優先目標はサンクトゥムの破壊、手段は問いません、確実な任務遂行をお願いします』
「あら、それは――」
つまり、大規模な爆弾の使用すら認められるという事か。アカネは齎された方針に僅かな驚きと歓喜を滲ませ、直ぐ横合いに置いていた彼女専用の大型ケースに視線を向ける。今回の任務に備えて大量の爆発物を持ち込んでいたが――どうやら、無駄な準備ではなかったようだ。
「ハッ、何だよ、普段と比べて縛りが緩い上に分かり易くて良いじゃねぇか」
「……リーダー、一応作戦は」
「作戦もクソもあるかよ」
同じくコントロールからの言葉を聞いていたネルもまた、愉快そうに破顔する。
カリンは愛銃のバレルを撫でつけながら苦言を呈するが、ネルは取り合うつもりもない様だった。
彼女からすれば、為す事はシンプルに考えた方が良い。ましてやコレは潜入作戦でもないのだ、真正面からぶち当たって立ち塞がるもの全てを粉砕する、考える事はそれだけで良かった。
ジャラリとぶら提げた愛銃から伸びる鎖が金属音を鳴らし、ネルの双眸がビル群の向こう側に聳え立つサンクトゥムを睥睨する。
「あのくだらねぇ機械共を綺麗さっぱり片付けて、忌々しいサンクトゥムをへし折れば良いんだろう? 何て事はねぇ、楽勝だ」
「……そう簡単に行くと良いんだけれど」
C&Cの力量は確かであり、その作戦遂行能力に疑いはない。しかし、それはそれとして相手の戦力は未知数、摩訶不思議な技術、能力を行使するという情報も耳にしていた。狙撃手として様々な状況を考慮するカリンは若干不安の色を覗かせていた。
「そう云えば、今日はアスナ先輩が随分と大人しい気がしますね……?」
「あん? 確かに、云われてみれば――」
ふと、アカネが目を瞬かせ呟きを漏らした。こんな状況ではあるが、普段のアスナであればなんだかんだと騒がしく、何なら作戦など知った事ではないと勝手に突撃を開始しても可笑しくはない。
耳に残る楽し気な笑い声も、或いは動きのない現状に対する不満もまるで聞こえてこない。静寂、それこそが彼女らしくないと断言できる。
ネルもまたアカネの発言に同意すると、近くの瓦礫に腰掛けたままぼうっと赤い空を眺めるアスナを視界に収め、訝し気な表情と共に声を掛ける。
「おいアスナ、一体どうした、らしくねぇぞ?」
「……ん~」
ネルの問い掛けに対し、彼女は微動だにせず、呆然と虚空を見つめ気のない返答を漏らす。その様子にアカネやカリンも困惑と驚きを滲ませながら顔を見合わせ、恐る恐る言葉を投げかけた。
もしや、何か拾い食いでもしたのか。如何にフリーダムな先輩とはいえ、その様な行為をするとは到底思えないが、それ程までに異常な光景であったのだ。
「えっと、アスナ先輩、もしかして体調でも悪いのか?」
「変ですね、出撃前は普段通りに見えたのですが……」
「――上手く言葉にする事は出来ないんだけれど」
二人の声を遮り、アスナは赤い空を見上げたまま呟く。瞳に空の赤が反射し、彼女の瞳の色と相まって、何処か黒々として見えた。
「何となく、こう、変な感じがするというか……」
「……変な感じ?」
「うん、ザワザワ~って感じ」
微動だにせず、抑揚のない淡々とした口調で紡がれる言葉。随分と抽象的で、要領を得ない回答だと思った。それを耳にしたC&Cの面々は言葉を呑み、それから微かな警戒心を覗かせる。
「これは……」
「アスナ先輩の、直感か」
一ノ瀬アスナの持つ動物的な感覚と直感。
過程は意味不明で理解出来ない事も多いが、彼女の第六感は最終的に最も合理的な結末を引き当てる事が殆どである。そのアスナが、異様な気配を感じ取った。
それは単なる勘違いや、杞憂と切って捨てるには余りにも実績のある発言であった。険しい気配を身に纏うカリンとアカネを一瞥し、ネルはそっと愛銃のグリップを握り直した。
「――一応、用心しておいた方が良いか」
誰よりも共に任務をこなして来たネルは、アスナの直感、その鋭さを理解している。舌打ちを零し、サンクトゥムを睨みつけるネルは、愛用のスカジャンを揺らしながら吐き捨てた。
「チッ、面倒な事ばかり増えやがる」
■
第三サンクトゥム 『D.U.シラトリ区』
「えっと、此方第三サンクトゥム、担当はゲーム開発部だよ!」
D.U.へと落下したサンクトゥム、その一つ。並んだ街並みに広く整備された公道、遠目には港が見え、中心から大きく逸れて顕現したサンクトゥムがぽつんと聳え立つのが確認出来る。
聳え立つビルの影に隠れながらサンクトゥムの存在を確かめたゲーム開発部の面々は、指定されたポイントに到着した瞬間意気揚々と報告を行った。
先陣を切るモモイの背後には、いつも通り自信満々といった様子のアリス、警戒を怠らず周囲を伺うミドリ、不安と恐怖を覗かせるユズが続いている。
「あれ、これ聞こえているのかな……?」
「さ、流石に聞こえてないって事はないと思うけれど……」
『――此方コントロール、感度良好です、報告は届いています』
モモイが耳元のインカムを指先でコツコツと叩いていると、僅かなノイズの後にオペレーターの声が届いた。
『D.U.第三サンクトゥム、ミレニアム第五サンクトゥムに関しては、セミナー側より戦闘指揮車両と追加のドローン部隊が送られています、現地のサポートチームに繋ぎますので、詳細はそちらから――』
『あっ、もしもーし! これって聞こえてるー?』
「あっ、マキ!?」
連邦生徒会のオペレーターが発言している途中、唐突に聞き覚えのある声へと切り替わる。モモイが彼女の名を呼べば、向こう側から僅かな物音と共に笑い声が聞こえて来た。
『おっ、聞こえたみたいだね! 良かった! 第三と第五サンクトゥム攻略はヴェリタスとエンジニア部がバックアップするから、ばっちり任せて! ヴェリタスからはハレ先輩と私、エンジニア部からはコトリとヒビキ、ウタハ先輩が来ているよ!』
『エンジニア部のウタハだ、ゲーム開発部の待機した地点から後方にエンジニア部謹製の戦闘指揮車両が待機している、私達はそこでサポートを行うから、何かあったら直ぐ逃げ込んでくれ』
『いよいよとなったら私達も戦闘に参加します! その分、ドローンの制御が少し疎かになってしまいますが……!』
『それでも最低限の戦力は確保しているから、もし失敗しても撤退する時間位は確保出来る……と思う』
『問題ありません、どんな些細な音も聞き逃さないので、安心して作戦に望んで下さい』
マキ、ウタハ、コトリ、ヒビキ、コタマと、インカムから続々と掛けられる言葉にゲーム開発部は自分達が強力なバックアップを得ている事を自覚する。殆ど飛び入りで参加した作戦であり、それなりに不安も強かったが、これほどまでの協力者を得ていると心強い。
「なるほど、宿屋が直ぐ傍に在るんですね! これなら回復し放題です!」
「そういう事になる……のかな?」
「でも、ピンチの時に駆け付けてくれる仲間が直ぐ傍にいるのは、確かに心強いね」
彼女達がそう微笑みと共に頷き合った瞬間、頭上を黒々とした影が通過する。咄嗟に空を仰げば、群体型ドローンが音を立てて飛行し、区画上空を飛び回っているのが分かった。
『あぁそれと、君達の戦闘支援にはエンジニア部の製作したドローン群が付く、私の雷ちゃんも一緒だ、背中は安心して任せると良い』
『加えてリオ会長とヒマリ先輩の改良した量産型アバンギャルド君が作戦開始と同時に別ルートから突入します! ちょっとやそっとじゃ壊れませんよ!』
『皆はその間に、サンクトゥムの破壊をお願い』
アバンギャルド君、その名称を耳にした瞬間、ゲーム開発部の脳裏にとても奇妙なデザインの四本腕ロボットの姿が思い浮かぶ。直近の記憶として存在しているのは、要塞都市エリドゥでの交戦記録である。インカムから指を離したモモイは背後のミドリやユズ、アリスと顔を見合わせ目を瞬かせる。
「アバンギャルド君って、あの変なデザインの?」
「で、でも前に戦った時は凄く強かったし、一緒に戦ってくれるのなら頼もしいかも……」
「嘗ての強敵が仲間になるイベントは重要です! 弱体化せずにそのままのステータスなら尚更!」
「あー確かに、ゲームでボスが仲間になったりすると急に弱くなったりするもんね、その分ヒマリ先輩とリオ会長が改良したっていうのなら、絶対に前より凄い奴になっていそうだし!」
量産型と云う事は、同じアバンギャルド君が何体も並んでいたりするのだろうか? 絵面としては中々どうして異様な光景になりそうだが、それでも戦闘能力は折り紙付き。その強さはゲーム開発部が身を以て体験している。
その軍勢を想像し、少しばかり不安になったモモイであったが戦力としては申し分なし。自身の頬を軽く両手で叩き、壁に立て掛けていた愛銃を手に取ったモモイは目を大きく見開き叫ぶ。
「よぉし、これだけサポートされちゃったら、全然負ける気がしないね! この勢いに乗って出発しよう!」
握り締めた拳を突き上げ、背後の仲間達に声を掛けるモモイ。
モモイ、ミドリ、ユズ、アリス。
皆が皆、仄暗い赤空の下であっても希望を見失う事無く、躊躇いなく突き進む意志を秘めている。アリスもまたモモイの声に応えるように、背負った光の剣に手を添え、その青の瞳を煌めかせた。
「ゲーム開発部、出撃っ!」
「おーッ!」
■
第四サンクトゥム 【トリニティ自治区 カタコンベ】
「第四サンクトゥム作戦担当、浦和ハナコです」
トリニティ自治区、地下に存在する巨大なカタコンベ。高い天井に光の届かない空間、圧迫感と墓所特有の寒気に襲われながらも、一行は暗闇に支配された地下を迷いのない足取りで進んでいく。
トリニティのカタコンベは通常のそれとは異なり、幅は広く天井も高い、その内装は最早墓所というよりも廃棄された聖堂か何かを想起させる程に厳かで、じっとしていると痛い程の静寂が肌を突き刺して来る気がした。
「皆さん、準備は如何ですか?」
先頭を行くハナコはふと足を止めて振り返り、背後に続く黒々とした一団に声を掛けた。
「こ、此方補習授業部、大丈夫です!」
「シスターフッド、第二部隊、総員恙なく」
「お、同じく第三部隊、問題ありません……!」
シスターフッド、マリーを中心に据えた第二部隊、ヒナタを中心に据えた第三部隊。そのどちらも整然と行進を続けており、シスター服を身に纏った集団は異様な気配を纏っていた。その脇からどこか恐縮した様子でヒフミが手を上げ、声を張っている。
「しかし、まさか補習授業部の皆さんが飛び入りで参加してくるなんて」
「あ、あぅ、す、すみません……! ハナコちゃんの事が、どうしても心配で」
「いいえ、気持ちは良く分かりますから」
何処か申し訳なさそうに視線を足元に落とすヒフミに、マリーは緩く首を振って見せる。彼女とて、友人を想う心は良く理解出来た。その感情から発せられた行動を否定する事は出来ない、元来それは、とても貴く素晴らしいモノである筈なのだから。
想い、マリーは端末の画面を点灯させ時刻を確認する。指定された作戦開始時間まで後僅か――だと云うのに、肝心の本隊が未だ到着していなかった。
合流地点は、もう目と鼻の先だと云うのに。
「しかし、サクラコ様の率いる本隊がまだ合流出来ておりません、もしかして何かあったのでしょうか」
「そろそろ、集合時刻の筈ですよね? 一体何どちらに……」
「――遅参、申し訳ありません」
マリーとヒナタが疑問の声を上げれば、彼女達の背後、暗がりの中より声が響いた。長い廊下、その奥から響き渡るそれは聞き間違いでなければ彼女達の長であるサクラコのもの。
二人が咄嗟に振り向き、同様に背後に続いていたシスターフッドの生徒達が一斉に左右に分かれた瞬間、その中央から進み出る人物が居た。
「――シスターフッド
悠然と、緩慢な足取りで、硬質的な靴音を鳴らしながら現れた一団。
割れる人波、その先頭に立つサクラコを目視した瞬間、その場にいる誰もが息を呑み戦慄した。
マリーは息を呑みながら口元を掌で覆い隠し、ヒナタもまた目を丸くし身体を硬直させる。
「さ、サクラコ様……?」
「その恰好は、一体――!?」
「っ……!」
視界に映るのは黒々としたレオタードの様な、それでいて光沢を放つ艶やかな一枚の布地で形作られたハイレッグカット。
頭部を覆うウィンプルこそ普遍的な代物であるものの、身に纏うそれは余りにも場違いにも見える程に過度な露出を着用者に強いていた。
特に注目するべきは、あのハナコですら衝撃に言葉を失う程の鋭角。
もはや下着など着用出来ないのは? いや、出来ない筈と確信出来る程のきわどい角度を誇る下腹部。ハナコはその一部分を凝視したまま、信じられないと云わんばかりの視線でサクラコを見ていた。
「驚かせて申し訳ありません、ですがこれは最後の聖徒会長が残した、ユスティナ聖徒会の正式な礼装なのです……これまで続いて来た憎悪の連鎖を断ち切り、新しく私達が出発する、そして私がこのキヴォトスの命運を賭けた決戦に挑む為の」
さらりと、靡かせたウィンプルを指先で払い足を進める彼女は、一切の羞恥を見せる事無く、余りにも堂々とした態度でハナコたちの前に進み出る。
その背後には粛々とシスターフッドの首領に従う、大勢のシスター達の姿があった。その恰好こそ普段の制服と変わりないが、サクラコの恰好に対して彼女達は何ら疑問を抱いている様子を見せない。
故に彼女は絶対の自信と自負を以て、カタコンベに毅然とした声を響かせる。
「――これは、その【覚悟】の顕れ」
「か、覚悟……?」
マリーは困惑と羞恥、同時に混乱した様子で言葉を繰り返す。確かに彼女の身に纏う礼装は、由緒正しいユスティナ聖徒会が用いた礼装である。それは間違いない。エデン条約の折、アリウス分校の用いた契約により複製された亡霊は、皆同様の恰好をしていた。
しかし数十年、数百年という年月の間に変化した価値観や美意識、文化というものは確実に存在し、少なくとも敬虔なシスターの身纏う衣装として適切か? という問いかけには疑問が残った。
それとなくマリーが隣り合うヒナタを横目に見れば、彼女もまた顔を赤くし言葉を失っている様だった。然もありなん、これを明日からシスターフッドの正式な制服に指定しますと伝えられたら、流石に自身も葛藤するだろう。
「え、えっ、エッ、エッチ……! か、覚悟、エッチ……! エッチなのは死けっ――むぐッ!?」
「こっ、コハルちゃん、駄目です、相手はあのサクラコ様なんですよ!?」
「ふむ、この場に着用して来ると云う事は余程防弾性能に優れた衣装なのだろうか? だとしても、少々下腹部の防御が気になるが、もしや電磁防壁か何か目に見えない仕組みが――?」
猫目状態になり、興奮した様子でサクラコを指差すコハルは常の様に死刑判決を下そうとするが、咄嗟にヒフミが彼女の口元を背後から押さえつける。
云いたい事は分かる、感情も理解出来る、だが余りにも相手が悪すぎた。シスターフッドの首領に死刑判決など、冗談であっても口にするべきではないのだ。
そんな二人を横目にアズサは腕を組んだまま、真剣な様子でサクラコの恰好に対し
無論、サクラコにとっては精神的な意思表明、或いは旗印的な意味合い以外に物理的な防御力云々の理由など存在しない訳だが、そもそも彼女は自身の肌を辛うじて覆い隠すその恰好がどれ程に際どい代物なのか、その自覚が無かった。
「……サクラコさん」
「――何でしょう、ハナコさん?」
故に、ゆらりと一歩を踏み出したハナコに対し、サクラコは普段と同じ調子で応じてしまう。
ハナコは数秒、サクラコと対峙するや否や爪先から頭のてっぺんまで、じっくりと視界に焼け付けるようにして瞳を動かす。その表情は強張り、まるで凄まじい難敵と対峙したような緊張が見て取れた。
「そのお姿、確かに――凄まじい、【覚悟】を秘めているとお見受けします」
「えぇ、そうでしょう、これは代々受け継がれて来た聖徒会の意志、シスターフッドがそう在る前より存在した、善と悪、私はそれら一切を断ち切り、再び新たな道を進む為、この礼装に袖を通したのです」
「えぇ、どれ程の意志を、決意を、覚悟を持って着用に至ったのか、私には――えぇ、他ならぬ私には分かります、その覚悟の角度、面積、光沢、並々ならぬ意志が無ければ至れぬ領域です」
「ご理解頂けて……えっ?」
何やら真剣な面持ちで、厳かな気配すら身に纏って紡がれる言葉に頷きを返すサクラコ。しかし幾つか噛み砕く事の出来ない発言があり、思わず問い返す。角度? 面積? 一体何の話だろうか、サクラコは疑問符を浮かべる。だが当のハナコは険しい表情を浮かべたまま俯き、此方の困惑に気付いた様子を見せない。
「ですが私とて、内に秘めた決意では負けてはおりません」
「――え、えっと、ハナコさん?」
彼女の名前を呼ぶが、ハナコは既に自分の世界に入っているのか一切反応を見せなかった。拳をきつく握り締め、何やら気持ちを新たにしたハナコは勢い良く顔を上げ、まるで絶対に負けられない決戦に挑む様な面持ちで――いや、実際に間違ってなどいないのだが――再びサクラコを見据え宣言した。
「見えない
「……そう、なのですか?」
「はい、云わばこれこそ私の――
ふわりと、ハナコはその場でスカートを靡かせる。
その圧倒的鋭角、覚悟の角度、加えて艶やかな光沢に余りにもマニアックな造形、もしこれが日常の中で唐突に鉢合わせた結果生まれたものであったのなら、流石のハナコであっても心の間隙を突かれ敗北していただろう。
しかし、ハナコとてこの一戦には並々ならぬ【覚悟】を以て挑んでいるのだ。
その心意気だけは、決して負けていないと自負していた。
「サクラコさん」
「……!」
強く一歩を踏み出したハナコは、静かな、それでいて強い意志を秘めた瞳と共にサクラコの名を呼ぶ。その呼びかけに込められた強烈な意思を感じ取ったサクラコは、一瞬で表情を切り替えた。澄んだ、今にも吸い込まれそうな瞳が目の前にはあった。その中に真摯で、それでいて切実な色をサクラコは見出した。
「共に世界へ、私達の【覚悟】を示しましょう」
「――勿論です」
徐に差し出された掌を、サクラコは何の迷いもなく握り返した。
その対応にハナコは薄らと微笑を浮かべ、釣られてサクラコも笑みを浮かべる。
ハナコは想い描く『覚悟』、サクラコの秘めた【覚悟】。
たとえそれが思い違いから生まれたものであっても、互いの胸中であっては真実であった。
「恐らくこの戦いは、これまでにない過酷なものとなるでしょう」
「ですが私達ならば、きっと」
「えぇ」
指先を解き、振り返ったハナコはインカムに指先を添え、大きく息を吸い込む。今までにないような、終生の友を得たような気持ちであった。まさかこんなにも近くに、これだけの
徐に伸びた指先、それが衣服のリボンに掛かる。
スルリと緩むリボン、それを解きながら彼女はどこまでも真剣な面持ちを浮かべ告げた。
「第四サンクトゥム――心身ともに、ヤル気マンマンです」
■
第五サンクトゥム 【ミレニアム 要塞都市エリドゥ近郊】
「此方第五サンクトゥム、作戦担当のユウカよ」
視界に聳え立つ巨大な壁。周囲を高壁に囲まれた要塞都市エリドゥが遠目に見える近郊、なだらかな平原と山岳に囲まれたその場所にて、黒々としたサンクトゥムが打ち立てられている。
ユウカは乗車していた装甲車両の横合いに立ちながら、視界に映る山稜と要塞都市エリドゥの高壁を瞳でなぞり、それからサンクトゥム周辺に自律兵器が散開している事を確認する。此処から先に進めば此方の存在を察知される可能性が高い、前進ラインとしてはこの辺りが限界だろう。
「サンクトゥムは捕捉済み、計画通りミレニアムから引っ張って来たドローンとAMAS、自律兵器を正面から突入させて、私とノア、コユキの三名でサンクトゥム本体を叩くわ」
『はいはーい、こちら戦闘指揮車両、ドローンの状況はこっちからも確認出来るから、戦況はリアルタイムで共有出来るよ! こっちからすると、離れた二つの地点を同時観測、指揮するシミュレーションゲームでもやっている気分かも……!』
「ちょっと、現場に立つ方からするとゲーム感覚でやって欲しくはないんだけれど?」
『大丈夫、大丈夫、分かっているって!』
「……本当に大丈夫かしら」
マキの楽観的な態度に思わず胸中の本音を吐露するユウカ。彼女達の腕は認めているのだが、普段の素行が素行な為、どうしても一抹の不安が拭えない。勿論、やる時はやる生徒だと分かっている、しかし理性と感情は別であった。
そんなユウカの耳に、僅かなノイズと共に切り替わった声が届く。
『問題ありません、第五サンクトゥムのドローンコントロールは特異現象捜査部、及びチーちゃんが監督していますので、万が一の場合は此方で操作権限を引き継ぎます』
「っと、ヒマリ先輩……!」
どうやらミレニアムタワーから直接繋いでいるらしい。自信と自負に満ちた発言に、ユウカはそっと撫でおろす。こういった状況に於いて、彼女なら安心して任せられると思える実績があった。
「作戦ルートは先程送信した通りです、解析した敵の分布と行動パターンが正しければ、此方のドローン群に誘因されて横合いのルートが空く筈ですので、そこを上手く突ければ突破は可能という予測結果が出ています」
『えぇ、此方の解析結果とも合致しています、現状ではそれが最も適切な判断でしょう、自衛用のドローンは其方で制御を、突破が難しいと判断した場合は無理をせず一度撤退して下さい』
「分かりました」
ユウカの直ぐ隣に立ち、端末でマップを確認しながら彼女の言葉を継いで通信を行ったノアは、返答を聞き届けるや否やインカムから指を離し、直ぐ横合いに座り込む人影を見下ろすと声を掛ける。
「という訳でコユキちゃん、準備は良いですね?」
「うぇえ~……!」
ノアが視線を向けた先には、膝に顔を埋めながらベソベソと涙ぐみ、鼻を啜るコユキの姿があった。
彼女の纏う気配は沈痛なものであり、それは最早戦いに向かう者の表情等ではなく、寧ろ何でこんな所に連れてこられたのだと現状に絶望し、全身から強い悲壮感を漂わせていた。
地面に蹲り、指先で地面に「の」の字を描いていたコユキは、顔を上げる事無く悲嘆の声を絞り出す。
「な、何で私がこんな事ぉ……」
「仕方ないじゃない、貴女もセミナーの一員でしょう?」
泣き言を漏らすコユキに対し、腰に手を当てたまま彼女の顔を覗き込んだユウカは呆れを隠す事無く告げる。そこにはこんな状況に陥って尚、どうにかこの場から逃走出来ないかと機会を伺っているコユキに対する僅かな苛立ちも見て取れた。
セミナーもそうであるが、今はミレニアム全体がどこもフル稼働状態である。戦える者は直接防衛に赴いているし、そうでなくともドローンやAMAS、弾薬から武装まで、戦闘に必要な諸々は常に絶えない。
故にこそ普段耳にしないような部活動さえ総出で、倉庫で埃を被っている様な旧式ドローンさえ引っ張り出し、需要を賄っているのが現状であった。
「今は何処も手が足りていないの、これもミレニアム、延いてはキヴォトスを守る為よ、いい加減しゃんとなさい!」
「そんなの、別に私じゃなくても良いじゃないですかぁ!?」
わぁっと、大粒の涙を流しながら声を荒げるコユキ。
彼女からすれば、突然空が赤く染まったと思ったら目が回るような忙しさ、膨大な量の業務を押し付けられ、それから漸く解放されたと思った次の瞬間彼女達に掴まり、挙句の果てにはこんな場所に連れて来られ、命懸けの戦いに臨めと強要されているのである。
ノアやユウカが怖くて此処まで嫌々引き摺られて来たが、そもそも自分は武闘派でもなければバトルジャンキーでもない。こんなのはC&Cとか保安部とか、そっち方面の、自分ではない誰かに丸投げすれば良いのだ。
「コユキぃ~ッ!?」
しかし、そんな内面を言葉にせずとも見透かしたユウカはコユキの襟元を徐に掴み、勢い良く引っ張り無理矢理立たせた。まるで摘ままれた猫の如く脱力するコユキの前に、般若の如く顔を歪めたユウカの顔が視界一杯に映る。
「此処まで来ておいて、我儘云わないッ! 良いから戦闘準備! 今直ぐにッ!」
「うわぁああ~っ! 鬼ぃ、悪魔ぁ、ユウカ先輩ぃ~ッ!」
『……まぁ、大丈夫そうですね』
■
第六サンクトゥム 【D.U. 雲掛け通り】
「第六サンクトゥム、作戦担当、ヴァルキューレ公安局のカンナだ」
D.U.内部に落下した二つ目のサンクトゥム――第六サンクトゥム。
その作戦領域に踏み込んだカンナは愛銃を片手にぶら下げたまま、鋭い目つきで以て前方を見据える。市街地に比較的近い区画に落下したサンクトゥムは、今なお自律兵器を出現させ周辺に無差別な攻撃を繰り返している。住民の避難を第一に、加えてサンクトゥム周辺まで自律兵器群を押し込むには多大な労力と戦力を要した。
彼女の背後には完全武装の公安局、警備局の生徒達がズラリと並び、威圧的な気配を撒き散らしている。防衛戦からそのまま突入作戦に参加した形だ、誰もが戦闘の興奮と余韻に引き摺られ、殺気立っている。カンナはそんな部下達の様子を一瞥しながら、連邦生徒会のオペレーターへと現状の報告を行う。
「公安局、警備局、生活安全局、作戦に参加した各部隊の配置は完了している、サンクトゥムの落下地点が住宅街に近い為、生活安全局の一部を自律兵器の迎撃に宛がっているが戦力は許容範囲内、サンクトゥム攻略は予定通り警備局と公安局が中心となって進める」
『分かりました、想定外の事態に陥った場合、連邦生徒会に貸与されたドローン群が救援に向かいます、遠慮せずに仰って下さい』
「了解、とは云え其方は市民の防衛に割いている戦力、なるべく使わずに済ませたい所だな」
「えぇっとぉ、カンナ局長……?」
インカムに向かって言葉を紡ぐ最中、不意に横合いから弱々しい声が響いた。マイクを切り視線を横に投げれば、背を丸め引き攣った笑みを浮かべた生活安全局所属、合歓垣フブキの姿があった。その隣には同様の生活安全局より派遣されたキリノの姿もある。キリノはフブキとは反対に、どこか緊張した面持ちで微動だにせず、ただ石像の如く直立不動を保っていた。
フブキはまるでこれから説教をされる子どもの様な、挙動不審で嫌に粘ついた態度で以てカンナに問い掛ける。
「何だ、フブキ」
「そのぅ、何で私達が此処に居るのかなぁって……」
へへっ、と。
場違いな愛想笑いを浮かべながら問いかけるフブキに対し、カンナは眉間に皺を寄せると、一体何を云っているんだとばかりに口元を歪めた。
「何故も何も、人手が足りないからに決まっているだろう」
そうでなければ、生活安全局の生徒を態々呼び寄せる必要もない。
今は生徒一人の戦力が貴重であった、特にこういった状況でも臆せず動ける者ならば尚の事。想定外の相手に立ち竦み、意志を砕かれるものも少なくない。生還さえ難しいと明言された戦闘計画ならば、尚更。
その返答にフブキの顔は蒼褪め、勢い良く首を横に振り始めた。
「い、いやいや、私達が来たところで別に役立てる事なんて――!」
「私達はサンクトゥムの麓まで侵攻し対象を完膚なきまでに破壊しなければならない、敵の防衛戦力も分からない以上突入部隊は精鋭で揃えておくべきだろう、だからこそ態々生活安全局からお前達二人を招集したんだ」
「せ、精鋭――本官達が、でありますか!?」
「あぁ」
カンナの何気なく口にした一言に、キリノは身を乗り出すと驚愕と共に声を上げた。それをカンナは淡々と肯定して見せる。精鋭、自身の口にした言葉に嘘や偽りは一切存在しない。カンナは腹の底からそう信じていた。
「むっ、無理無理、無理だって! 考え直してよ、絶対に碌な事にならないし……! 精鋭とか、そんなの柄じゃないじゃんッ! っていうか副局長は? 私達を連れて来るくらいなら、公安局の副局長を連れて来るべきでしょ!?」
「
「あ、あれはっ……! だ、だって、先生の助けがあったからで――」
カンナから放たれた言葉に、フブキは思わずたじろぎ、言葉を濁らせる。決して自分達の力ではない、そもそもからしてあんなのはラッキーパンチの様なものだ。真面に戦えば先に突入していた公安局同様、鎧袖一触と蹴散らされていたに違いない。そんな確信があった。
「それならば、尚更今回は私達が先生を助ける番だろう、違うか?」
「うぐッ……!」
真っ直ぐ放たれた反駁に、フブキは思わず呻き声を漏らす。
それを云われると、弱い。
先生には普段から助けられている、それは正しいし否定する気は毛頭ない。だからこそ先生が困った時には助けるべきである、全く以て正論であった。
「それ、は……」
反駁しようとして、俯き、言葉が詰まった。
実際フブキにも、出来得ることなら力になりたいと云う感情が少なからず存在する。
しかし、それはそれとして、自分に出来る事には限りがあるという思いがあった。
自分は別に凄い能力を持っている訳でも、大量の敵を倒せるような武力がある訳でも、天才的な知能を持っている訳でもない。本当に、生活安全局の片隅で惰眠を貪るような怠惰で、面倒くさがりで、大した力もない凡人だ。
そんな事は自分自身が一番良く分かっていた。フブキは自分を過小評価も、過大評価もしない。彼女の信じる等身大の自分が足元に絡みつき、一歩を踏み出す邪魔をする。
助けられるのなら、助けたい。
けれど、こんな自分に出来る筈がないのだ。
「ほ、本官はいつでも戦う準備は出来ています!」
「うえっ!? き、キリノぉッ!?」
しかし、そんなフブキの内心を知ってか知らずか、キリノは普段通りの溌剌とした声で作戦参加を了承した。
その表情は緊張と不安で染まり、とても見れたものではなかった。それでも彼女は精一杯の勇気と矜持で以て返答してみせたのだ。
思わず悲鳴染みた声を上げるフブキに、キリノは視線を寄越すと両手を握り締めながら力強く頷いて見せる。
「一緒に頑張りましょう、フブキ! これもキヴォトス、延いては市民の皆さん、先生の為……!」
「い、いや、でもさ、私達にこんな大役には無理だって……!」
「無理かどうかはやってみなければ分かりません! 先生ならきっと、そう仰ると思いますから!」
「そっ、それは、そう……かも、しれないけれど」
「街の平和と安全を、キヴォトスの明日を、他ならぬ私達が守るんです! フブキッ!」
「っ、ぅ、ぐ――」
相変わらず熱血な、それでいて一度こうと決めたら真っ直ぐな心意気。
不安と恐怖の中に存在する、きらりと光る輝きは消える事を知らない。自分には存在しない、困難に挑む気概を持った者の目だと思った。
フブキはその輝きと意志、気迫に圧倒され、思わず言葉を呑んだ。気圧されたフブキと気合十分と云った様子のキリノを一瞥したカンナは、小さく肩を竦めフブキの背中を軽く叩く。びくりと肩を跳ねさせたフブキは、自身を見上げるカンナの瞳を見上げた。
「だ、そうだが、お前もいけるなフブキ?」
「――……っ、ぅ」
葛藤があった。
この場で自分に出来る事など数える程しかない筈だ。
しかし、自分の同僚を――友人をひとりで向かわせるなど、論外である。
自分に向けられる、信頼の籠った瞳。輝かしい光。
故に俯いたまま、歯を噛み締めながら震えるフブキは、非常に、非常に強い葛藤を辛うじて乗り越え、何とか声を絞り出した。
「りょ……了解」
「良し」
その返答を聞き届けたカンナは深く頷き、フブキはその場に崩れ落ち即座に自身の返答を深く後悔し始めた。それを一瞥もせず、カンナは薄らと笑みを浮かべたまま改めてインカムに向け口を開く。
「――第六サンクトゥム、作戦準備完了だ」
■
第七サンクトゥム 【乙種閉鎖区域中心部】
「此方第七サンクトゥム、作戦担当はSRT特殊学園RABBIT小隊、
D.U.郊外から更に奥まった場所にある空白地帯、乙種閉鎖区域の中心部。
廃棄された工場や寂れた市街地、工事現場が並ぶその場所で打ち捨てられた民家に潜むRABBIT小隊は、罅割れ埃の積もった窓越しにサンクトゥムを観察しながら連邦生徒会のオペレーターへと報告を続ける。
碌に整備されていない道や建築物は苔が生え揃い、インフラが通っていない為周囲は暗く、空の色も相まって世界は表情を一変させている。
膝と腕で抱え込んだ愛銃を揺らす事無く、真剣な面持ちで周囲を観察するサキは足元の木片を爪先でズラし、ふわりと舞った埃っぽい室内に顔を顰めた。
「RABBIT小隊は既にポイントデルタにて待機中、同様にFOX小隊は敵性勢力の誘因の為、ポイントアルファにて待機中、作戦開始と同時にFOX小隊が敵主力を足止めし、私達RABBIT小隊が対象サンクトゥムの破壊工作を行います、命令があれば直ぐにでも作戦開始可能です」
『了解しました、攻撃は他サンクトゥム攻略部隊と同時に行われるので、作戦開始時刻までその場で待機を』
「RABBIT1、了解」
通信を終え、インカムから指先を離したミヤコはそっと吐息を零す。その背後、周囲の窓硝子や亀裂から外を観察するRABBIT小隊の面々は、互いに顔を見合わせ湧き上がった感情を吐露する。
「こ、この区画、凄く暗くて、ジメジメして、な、何か、不気味――」
「あぁ、遮蔽が多い上に視界が悪くて、嫌に静かだ、常に誰かに見られている様な、そんな感じがする」
「こういうスポットって、結構待ち伏せが多いんだよねぇ、トラップとかあっても全然不思議じゃないし、警戒しながら進むと時間が取られるしで、正直突っ込みたくはないかなぁ……」
今回は総力戦と云う事で、基本的にサポートに回る事が殆どであるモエも現場に出ていた。彼女の愛銃であるRABBIT-224式拳銃を始め、背負った背嚢には専用の爆発物と弾倉をこれでもかと云う程に詰め込んである。彼女は眼鏡を指で摘まんだまま慎重に道行く自律兵器の姿を観察し、時折影に覆われた遮蔽や角に視線をやった。
部屋の四隅にて待機する面々、サキはモエの発言に首を傾げ、外の自律兵器を一瞥しながら問いかける。
「あの自律兵器がトラップを仕掛ける事なんてあるのか?」
「あり得ない訳じゃないでしょ? 落ちてる銃に仕掛けるとか、ワイヤートラップの類じゃなくてさ、地雷とかレーザートラップとか、そういう如何にもって奴、これだけ死角が多いと注意するにも限界があるし」
「……考えられる可能性としては、広く地雷を散布し、サンクトゥムに接近する部隊に早い段階で一つだけでもトラップを踏ませる事ですね、一度攻撃を受けトラップを認識すれば、『この後も何かあるかもしれない』と精神的に揺さぶりを掛ける事が出来ます」
「そうそう、実際にその後ろには何も無くても、足は遅くなるし集中力も使う、少ない労力で大きな効果ってね、初歩も初歩、だからまぁ警戒するに越したことはないよ、面倒になったら辺りを纏めて全部吹っ飛ばしても良いし? くひひッ!」
「……
まるで爽快と云わんばかりに両手を広げ、爆発する光景に想いを馳せるモエを相手に、ミヤコは呆れた様子で苦言を呈する。勿論、最悪の最悪となれば一帯を爆破させるという手段も考慮しなければならない、任務の失敗は即ちキヴォトスの危機に直結するのだから。
しかし、出来得る限り周囲への被害は最小限に留めたい。要らぬ悪評が立っては、SRT復活の道が遠のいてしまう懸念があった。
「幸いサンクトゥム付近の地面は捲れがあってクレーターになっているし、見晴らしも良い、そこまで近付ければ警戒も楽だ――相手にスナイパーが居なければ、な」
「その辺りは
それに、と。
言葉を切ったミヤコは、愛銃を抱き締め息を潜めるミユへと視線を向ける。開けた場所に於いてスナイパーの脅威は無視出来ない。しかし、それは相手も同様である。
「万が一の時は、
「えっ、わっ、私……?」
唐突に水を向けられたミユは驚きと困惑を露にし、思わず身を竦めた。そこには隠しきれない動揺が見てとれる。
「えぇ、狙撃手には狙撃手でしょう、探知能力も私達の中では最も
「う、うぅ……」
「RABBIT4、そんなに気負う必要は無いぞ、今の所相手に砲撃型は確認されているが、狙撃タイプの自律兵器なんて情報は何処にも出ていない」
「とは云え、絶対に無いと云い切れないのは変わらないけれどね? こんな事を仕出かす相手だから、奥の手を一つや二つ、隠していても可笑しくはないし」
「……そうですね、当然ながらRABBIT4に限らず、私達も警戒は怠らずに」
「あぁ」
そんな事は、態々口に出すような事でもない。
しかし、前例のない規模の作戦は彼女達の心に強い影を落とした。どれだけ注意を重ねても足りない程である。それは時に重圧として、彼女達の身体や心に影響を及ぼす。ミヤコが自身の指先を見下ろすと、微かに震えている事が分かった。緊張によるものだ。
先輩達も待機地点で、同じような緊張を感じているのだろうか――そして同じような緊張を抱えながら、今日まで数々の任務を成功させて来たのだろうか。
やはり、遠い。
まるで呼吸をするように、何て事は無いと。
そんな風に超然と振る舞える先輩達の姿を思い返し、ミヤコは強く拳を握り締め、それを額に添えた。
「……そろそろ時間です、全員、装備の最終確認を」
「了解」
「う、うん」
「分かった」
ミヤコが端末を見下ろせば、開始時刻が迫っている事に気付く。彼女の号令に皆が一斉に突入前の最終装備確認を行い始め、アーマーから通信機、弾倉、サイドアームと実際に手で触れて検める。時には他者の助けも借りてチェックを終わらせたRABBIT小隊は、作戦開始時刻と同時に立ち上がり、聳え立つサンクトゥムを見据え告げた。
「――RABBIT小隊、出撃します」