ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!
最近少々多忙な為、投稿が遅れ気味で申し訳ありませんの!
それでも、何としても執筆時間は捻出しますわ~!


砂塵の救援

 

【ウトナピシュティムの本船――作戦開始一時間前】

 

『先生』

 

 ウトナピシュティムの船内、その廊下を歩く先生の耳に声が届く。内部の最終チェックという事で、後はミレニアムから射出されたアビ・エシュフの換装パッケージの受け取り船内に搬入、そして稼働前の最終調整を終えれば出発準備は完了という段階であった。

 リオの書き出したリストに従って各部を見回る先生に対し、アロナはシッテムの箱より声を掛ける。

 

『少し休憩を入れるべきです、二十四時間前から先生は不眠不休で動き続けています、これ以上は流石に――』

「……! そうか、もう二日目に入ったのか」

 

 抱えたシッテムの箱に視線を落とせば、画面に張り付いたアロナが不安げに此方を見上げている。実際に言葉にされ、先生は漸く自身が目覚めてより二十四時間が経過した事実に気付いた。目元を指先で拭い、軽く瞬きを繰り返す。

 通りで、体が怠い訳だ。

 自身の変調に、今の今まで気付かないとは。それだけ集中していたという事なのか、それとも感覚器官の遮断による影響か。恐らく両方だろうと、先生は自身で結論付ける。

 

「空腹も、眠気も感じない状態だと、流石に時間の経過にも鈍くなるね」

『……ほんの五分程度でも構いません、少しは身体を休ませないと』

 

 アロナの言葉に対し苦笑を浮かべた先生は、「あぁ、分かった」と返答する。実際、彼女の云う通りずっと動きっぱなしであった。如何に感覚が無いからとは云え、肉体的なパフォーマンスを少しでも改善させる為――或いは、僅かでも壊れかけの身体を長く使う為に、休息は重要だ。

 先生は廊下の壁に背を預けると、そのままズルズルとその場に座り込む。考えるだけで身体が動くと云うのは奇妙な感覚だ、しかし同時に気が楽でもあった。座り込み、薄暗い天井を見上げた先生は無意識の内に口元を緩める。

 

「――ふーっ」

 

 大きく、息を吐いた。

 自身の中に疲労感を押し出する様に、四肢を弛緩させ、リラックスする様に。ややあって、先生は壁に背を預けたまま何かに気付き、思わず忍び笑いを漏らした。

 

「……は、ふふっ」

『先生?』

「あぁ、いや、ちょっとね、もう自分で肺を使う必要もないって云うのに――」

 

 疑問符を浮かべるアロナに対し、先生は誤魔化す様に首を振る。

 シッテムの箱による制御が続いている限り、自分で呼吸をする必要は無い。だと云うのに、身に付いた癖というのは中々抜けきらないらしい。まるでまだ、自身が日常の延長線上に居るかのように、溜息など吐いてしまった。

 それがどうにも可笑しく思えて、先生は笑った。

 

「……シッテムの箱の充電は、まだ大丈夫かい?」

『はい、ウトナピシュティムから給電も出来ますし、此処に居る間は何とかなると思います』

「そっか」

 

 胸元に抱き寄せたシッテムの箱を指先で軽く撫でつけ、先生は瞳を絞る。

 この一年足らずの間に、新品同然だったシッテムの箱も随分と傷が多くなった。

 なるべく丁寧に扱っているつもりではあるが、日常のふとした瞬間に出来た小さな傷から、エデン条約での一件で入った画面の亀裂、外装の罅、黒ずみまで。

 傍から見れば随分と古び、草臥れたタブレットに見える事だろう。

 エンジニア部からも修理の提案があった事は、記憶に新しい。内部については兎も角、外装くらいならば整える余地もあっただろう。

 けれど先生は、結局最後までシッテムの箱に手を加える事をしなかった。罅割れ、黒ずみ、亀裂の入ったタブレットを最後まで大事に抱え込んで、先生はアロナに語り掛ける。

 

ウトナピシュティム(コレ)を動かせば、私に残された時間は【三時間】に圧縮される、そこからは本当に、一秒一秒の戦いになるだろう」

『………』

「段取りは、なるべく細かに決めておかないとね」

 

 呟き、シッテムの箱から視線を上げた先生は、自身の手元を覆う手袋をゆっくりと捲った。

 肉体の制御をシッテムの箱に明け渡した瞬間から抑えられていた崩壊の証、黒い浸食。皆に自身の健在を示す為に晒した指先を、改めて確認する。

 指先程度に留まっていたそれは既に手首を覆い隠し、前腕部中程まで進んでいた。

 

「………」

 

 視界でこれを確認する事に意味はない、既に情報として先生は浸食度を事細かに把握していた。故にそれは、感傷に過ぎない。或いはこれが自身を覆い隠す前に、事を済ませなければならないという再認識か。

 明かりの限られたウトナピシュティムの内部、その片隅にて、先生はそっと呟く。

 

「アロナ」

『はい、先生』

 

 手狭な廊下の中、剥き出しのパイプや配線に紛れ、先生は目を閉じ云った。

 

「此処まで私を助けてくれて、ありがとう」

『っ……!』

 

 言葉は小さく、細やかで。

 まるで、別れの言葉の様だと思った。

 びくりと跳ねたアロナの矮躯が、画面の中で揺れる。動揺を押し殺し、左右に振れる瞳が辛うじて先生を捉えた。所在ないように絡まった細い指先は、まるで彼女の不安を表すかのように忙しなく蠢く。

 

「きっと私ひとりじゃ無理だった、アロナが居たから、此処まで辿り着けたんだ」

『……先生』

「あと少し、あと――ほんの少しだから」

 

 目を瞑ったまま、先生はシッテムの箱を抱え呟く。下から仰ぐ様に、アロナは先生を見ていた。その表情は影になって伺えない。彼がどんな思いで言葉を紡いだのか、その心にどんな決意と覚悟を秘めているのか。

 今のアロナには、何も。

 

 終わりが見えない時、その道の果てが見えない時、その瞬間こそ本当の自分を試される――そう云ったのは、果たして誰だったか。

 けれど同時に、終わりが見えたからこそ試される事もある。

 先生は天井を仰いだまま、暗がりの中で希う。

 

「それまでどうか、頼むよ」

『――……』

 

 この先に自身の幸福も、未来も、何もかもが存在しないとしても。

 どうか終わらないで欲しいと願っても、必ずその瞬間は訪れる。

 故にアロナは暫しの間沈黙を守り、それから暗がりの教室の中で二度、三度、呼吸を整え。震える両の指を握り締め、自身の中にある恐怖と罪悪感、そして涙さえ押し殺し、ただ静かに頷くのだ。

 

『――勿論です、先生』

 

 ■

 

【ウトナピシュティムの本船――作戦開始三十分前】

 

「……さて、出発前に箱舟の内部構造についておさらいしよう」

 

 ウトナピシュティムの稼働、その最終段階にまで至った面々はオペレーションルームにて、突入前最後のブリーフィングを行っていた。

 先生は己の不調を悟られぬよう、努めて軽快な口調で口火を切った。近場のコンソールを操作し、ホログラムモニタにアトラ・ハシースの仮想モデルを投影する。投影されたソレは巨大な円形のリングに囲われた、巨大な構造物。宙に佇む要塞、正に数多の生命を乗せ彼方に飛び立つ事の出来る箱舟か。

 その大きさはウトナピシュティムとは比較にならぬ程であり、色合いも相まって非常に威圧的な気配を醸し出している様に思えた。

 

「既に話した事ではあるけれど、私達は次元防壁を通過後、箱舟に物理的な衝撃を与え内部に侵入する事になる」

「物理的な衝撃って、この船に武装の類は存在しないとの事ですが……つまり、ラムアタックの様な形で?」

「一応形状や装甲強度から、ある程度の衝撃には耐え得ると思うけれど、それでも不安が残るわね」

「大丈夫、アトラ・ハシースの次元防壁は確かに脅威だけれど、箱舟そのものの外装強度は決して出鱈目な代物じゃない」

 

 リオ達の懸念に対し、先生は確かな自信と共に告げる。アトラ・ハシースもまたウトナピシュティムと同様に、直接的な火砲を持たぬ古代兵器である。同時に船体を構成する装甲もまた、直接的な戦闘を想定したものではない。

 それらは一切、次元防壁と云う名の絶対の盾が担う役割であるが故に。

 逆に云えば、アトラ・ハシースの防御能力は殆ど次元防壁に依存していると云っても良い。そこさえ突破出来れば、外壁を突き破り内部に侵入する事自体はそれほど難しくはない。

 そう、次元防壁さえ突破可能ならば――であるが。

 

「箱舟、アトラハシースは大きく分けて四つのエリアから構成されている、外郭リング状の部分、此処にそれぞれ第一、第二、第三エリア――そして中央に円形の第四エリア」

 

 先生は投影したモデルを回転させながら、各ブロックを指差し言葉を続ける。船体は巨大ではあるが、構造自体は複雑と云う程でもない。先生の指差すモデルを見つめながら、カヤとリオは真剣な面持ちで説明に耳を傾ける。

 

「アトラハシースにはそれぞれ各エリアから第四エリアへと伸びる接続点に『次元エンジン』と呼ばれるものが設置されている、これは箱舟の核と云える部分、多次元解釈演算装置のコアだ」

「……なら、此処が弱点という事ですか」

「そうだね、これを全て破壊するのも一つの手段だ、この四つの次元エンジンを停止させるか、制御権を奪取するか、兎に角どんな手段を使っても構わない、無力化すれば、箱舟そのものの中枢システムを手中に収める事が出来るだろう」

「それはつまり、箱舟を自爆させたり、海に着水させる事も?」

「――理論上は、可能な筈だ」

 

 カヤの問い掛けに対し、先生は肯定を示した。制御権さえ奪ってしまえば、どのような形であれ始末をつけるのは容易い。

 問題はそこに至るまでの困難、道のりである。

 

「なら、この次元エンジンを破壊する方向で計画を――」

「いいや」

 

 リオが投影されたホログラムの周囲をぐるりと一周し、指差し口を開いた瞬間、先生は首を横に振った。確かに次元エンジンを占領する、破壊するのも一つの手段ではある。しかし、先生の当初考えていた計画は異なっていた。

 

「内部の次元エンジン四点を全て抑える事は確かに有効だ、けれど占領戦となれば時間と戦力を味方につけた向こうが有利だろう、だからこそ短期決戦、相手の最も重要な部分を一点集中攻撃する」

「重要な部分?」

「あぁ、次元エンジンも重要な部分ではあるけれど、私達が狙うのはそれを束ねる、ただ一点……」

 

 そう云って先生は手を伸ばし、投影されたアトラ・ハシースの中央を指差す。その瞳が鈍い光を帯び、ホログラムの中で煌めいた。

 

「第四エリア中央部――多次元解釈エンジン管制室」

 

 別名――【ナラム・シンの玉座】

 

 先生が狙いを定めるのはその一エリア、一点のみである。

 

「次元エンジンを破壊せずとも、この中央さえ制圧出来ればアトラ・ハシースの制御権を奪う事が出来る、墜落させる事も、自爆させる事も、虚妄のサンクトゥムを消失させる事も、思うが儘だ」

「……初手から中央を強襲、ですか」

「あぁ、地上で戦っている皆の為にも、この作戦は速度が命となる、突入時点でこの第四エリア中央部に狙いを付けて、直接乗り込む事が望ましい」

 

 険しい顔でホログラムを見せる両名に、先生は懇々と自身の計画を明かす。元々は、己ひとりで突入するつもりだった。故に、次元エンジンの占領など単独で困難な要素は極力排し、初手で敵の中央に乗り込む計画を立てていた。

 この作戦は最悪、単独となった状態でも強引に色彩の嚮導者(プレナパテス)と対峙する為のもの。危険は承知の上、博打染みた行為である事も理解している、しかしそれ程の不利を覆さねば――彼の前に立つ事さえ、許されない。

 先生は指差した掌を握り締め、リオ達に強く語りかける。

 

「リオ達にはアトラ・ハシースの制御を奪う為の手助けを頼みたい、多次元防壁の突破状況によっては突入エリアがズレるかもしれないし、その場合は船を降りて直接エリアに踏み込む事も必要になるだろう――いや、正直に云ってしまうと、そうなる可能性が高い」

「……そうね」

 

 先生の言葉にリオは同意を示す。船で直接中央に乗り込み、そのまま制圧、乃至制御権を奪取出来ればそれが一番望ましい。

 しかし、そう上手く行くかどうかという疑念は常に付きまとった。

 ウトナピシュティムの本船を上手く制御出来るのか、出来たとして第四エリアに直接突入できるのか、外装強度が負けはしないか、そもそもの話、次元防壁を本当に突破出来るのか。

 軽く考えるだけでも、懸念事項は幾つも湧き上がって来る。

 

「その、このような事を質問するのは少々憚られるのですが、もし突入に失敗した場合は――」

「諸共海に落下して爆散、或いは地上七万五千メートルの高さから自由落下を体験する事になるでしょうね」

 

 ふと、徐に腕を組み、思案顔で問いかけたカヤに対し、リオは淡々とした口調で以て答えて見せた。

 次元防壁の突入に失敗すれば跡形もなく消し飛ぶか、そうでなくともウトナピシュティムの本船は大破するだろう。運よく生き残ったとしても、高高度からの自由落下は避けられない。そしてそれは、ラムアタックによる突入に失敗しても同様である。

 

「……それはそれは、流石にヘイローも破壊されますか」

「いえ、ヘイローが破壊されるより早く、肉体の方が先に限界を迎えるでしょう」

 

 口元を引き攣らせ、苦笑いを零すカヤであったが、リオの説明は更に具体性を帯びていた。

 

「高度七万五千メートル、これはカーマン・ライン(百キロ)より低い地点だけれど、地上から見れば殆ど宇宙空間と変わらない、標準大気モデルだと成層圏の上端でマイナス二度から三度まで回復する、でもそこから更に上は再び気温が低下してマイナス六十度は優に超える筈――太陽光直射下では外部温度は変動するとしても、大気が薄すぎて空気の温度としては極低温よ」

「……となると、私の場合は一瞬でも生きていたら良い方か」

「――先生の場合は、更に悲惨な事になるわ」

 

 どこか他人事のように呟く先生に対しリオは眉間に皺を寄せ、堪らず途中で言葉を切った。

 高度七万五千メートルとなれば外圧はほぼ真空、呼吸可能な酸素分圧はゼロ、血液こそ沸騰しないものの唾液や涙、肺胞液などは一瞬で気化(エピュリズム)するだろう。

 外に出た瞬間に肺から空気が急速に排出、息を止めた場合は肺胞破裂、空気塞栓、鼻と口から水分が沸騰し霧状に噴出、視界が暗転し意識喪失までは凡そ十秒から十五秒の計算だった。

 だが、それを事細かに口にするつもりはない。

 額に指先を添え、頭を軽く振ったリオは導き出した予測結果を振り払い改めて口火を切る。

 

「――どちらにせよ、遅いか早いかの違いに過ぎない、私達もその環境下では二分足らずでヘイローが破壊されるもの」

「成程、良く分かりました、まぁ聞いておいてなんですが、失敗した末路を気にした所で不毛ですね、元々私は社会的に死んでいる様なものでしたし」

 

 精々、最善を尽くすとしましょう。

 カヤはそう云っていつも通り、薄ら笑いを以て現状を受け入れる。

 この突入計画の成功確率は低く、失敗する未来の方が圧倒的に身近で在ると云うのに、カヤも、そしてリオでさえ、作戦に対し何ら怯えも躊躇いも見えなかった。

 その凛然とした姿を、先生は僅かに細めた瞳で捉える。視界に映らずとも、間接的に彼女達の在り方は伝わって来た。

 それを踏まえ、先生は自身の中に湧き上がる決意を再び新たにする。

 それはどんな時でも、状況であろうとも、これまで先生が第一に抱え続ける信念そのもの。

 

 即ち、たとえどんな結末に至ったとしても――彼女(生徒)達だけは、絶対に生きて帰すという決意であった。

 

『リオ様』

「……トキ?」

 

 不意に、全員の耳に電子音声が届いた。それはウトナピシュティムの通信システムより、表示されたサウンドオンリーのホログラム表記が波形を打つ。此処に通信を飛ばしてくる相手は、ごく限られている。リオが咄嗟にホログラムを指先でスライドさせれば、ざらつき、ノイズの走るトキの姿がホログラムモニタに表示された。

 アビ・エシュフを装着し、目元を専用のバイザーで覆い隠すトキは、アビドス砂漠に発生する砂嵐の只中で慎重に言葉を紡ぐ。その表情は窺い知る事は出来なかったが、それでも纏う気配は何処か強張っている様に思えた。

 

『報告します、ミレニアム自治区より到着したパッケージを運搬中、北東より接近する自律兵器の大群を発見しました』

「……!」

『距離は比較的離れていますが、進行方向がウトナピシュティムの本船が存在するポイントと一致しています、速度からして出立前に接触する可能性が高く、至急対処が必要かと』

 

 ノイズ混じりの音声であったが、報告はハッキリと聞き取る事が出来た。齎されたソレにリオは顔を顰め、カヤは困ったように口元を指先でなぞる。自律兵器の大群、進行方向が合致しているとの事だが――十中八九、狙いはこの場所だろう。

 それは予測であったが、同時に確信でもあった。

 

「困りましたね、あと少しで出立となるこのタイミングで、何とも間の悪い」

「……これは、私達の動きが察知されたと見るべきかしら」

 

 察知されたと見るべき、自身でそう口にしながらリオは首を振る。

 いいや、希望的観測は極力排すべきだろう。

 少なくとも、自分達の動きが察知された前提で動くべきだ。

 リオはホログラムを睨みつける様に見つめながら、胸中でそう呟きを漏らした。此方の地上部隊、サンクトゥム攻略部隊が揃ったタイミングでの攻勢、何かしらの意図が無ければ余りにもタイミングが良すぎる。

 此方の出鼻を挫くつもりか、或いは――。

 

「―――」

 

 先生はシッテムの箱を抱えたままトキの報告を噛み砕き、静かに思考を巡らせる。

 まさか、守護者が動いたのだろうか。

 この場所はアビドス砂漠に落下したサンクトゥムより大分距離が存在する。そこから自律兵器を送り込んだとすれば、その大群も可笑しな話ではない。この場所をどうやって暴いたのか、他の攻略部隊も既に襲撃に遭っているのか、疑問は多くあったが今は自律兵器への対処が先決であった。

 

『リオ様、必要があれば、パッケージを放棄し即座に交戦に入る事も――』

「その必要は無いわ、一度此方に帰還して頂戴、アビ・エシュフに損傷は無いわね?」

『はい、指示は運搬作業だけでしたので、万全です』

「……パッケージを換装する時間はない、一度帰還しパッケージを回収後、そのまま迎撃に出て貰う事になるわ」

『――イエス・マム』

 

 リオは一度トキをこの場所まで撤退させ、パッケージを搬入した後、地上での迎撃を選択した様だった。万が一にも地下に侵入され、ウトナピシュティムの本船を破損させるような事はあってはならない。

 改良されたアビ・エシュフであれば、武装換装用のパッケージを運搬した状態であっても自律兵器との速力勝負に勝てると踏んだのだろう。先生は彼女の意図を汲み、シッテムの箱を二度、三度タップしながら現在時刻を確認する。

 

「先生」

「うん」

 

 リオが先生を一瞥し、その名前を呼んだ。

 それだけで彼女の意志は十全に伝わった。

 先生は踵を返し、オペレーションルームを後にしながら二人に向かって口を開く。

 

「私もトキのサポートに回ろう、リオとカヤはウトナピシュティムの発進準備を急いで欲しい、それまで何とか持ち堪えて見せるから」

「分かったわ」

「えぇ、出来得る限りは急ぐとしましょう」

 

 カヤは端末の時刻を確認しながら、残った作業の工程を思い浮かべ凡そ必要な時間を割り出す。

 発進準備完了まで、どれだけ急いでも三十分は必要になる。

 去り行く先生の背中に向けて、リオはタブレットを抱き締めながら告げた。

 

「――どうか気を付けて、先生」

 

 ■

 

「……また少し、嵐の勢いが強まった気がするな」

 

 アビドス砂漠、ウトナピシュティムの在る地下へと続く地下出入口付近にて。

 吹きすさぶ砂嵐の中、防塵用のコートとゴーグルを身に着けた先生は地面に膝を突き、集積された貨物と揺れ動くカモフラージュネットの影より、トキの到着をただ静かに待っていた。

 ウトナピシュティムの本船へと続くこの出入り口は一つのみで、万が一に備え辺りは巧妙にカモフラージュされている。元々、採掘されていた周辺を上空、或いは遠目から発見されないよう徹底的に対処していた。近付けば流石に違和も感じるだろうが、そもそも広大なアビドス砂漠でピンポイントにこの場所を探し当てる事は困難である。もしこの場に現れる者が居るとすれば、そもそもこの場所を発掘した者か、その者から情報を得たか、尾行して探し当てたか、或いは――最初から知っていたか。

 

 アビドス砂漠に吹き荒れる砂嵐は、時間と共にその勢いを増している様に思える。まるで来る者全てを拒む様な、吹き荒れる砂は容赦なく全身を叩き、ほんの数十メートル先でさえ定かではなかった。

 

「――先生」

「トキ……!」

 

 砂塵の中点灯させたシッテムの箱を注視し続けていた先生は、自身の感覚範囲に踏み入ったアビ・エシュフ、トキの接近に気付き顔を上げる。

 背部に収納されていた二つの砲身を攻撃モードで両肩に移し、代わりに換装パッケージを背負っていたトキは先生の存在に気付くと、そのまま換装パッケージを地面に落下させ、重々しい音と共に駆け出した。

 突き出ていた二つの砲身が素早く背後に収納され、トキはアビ・エシュフで膝を突き先生の頭上に影を作りながら問い掛ける。

 吹きすさぶ砂嵐がアビ・エシュフの外装を叩き、先生はトキの伸ばした巨大な両腕の中で彼女と言葉を交わした。

 

「何故、外で待機を……」

「トキと一緒に、自律兵器の迎撃を請け負ってね――それより、こっちに向かっているという自律兵器の数は?」

「センサーフュージョンによるものではなく、あくまで運搬中の視覚情報によるものなので、正確な数は不明です――しかし、十やニ十という規模ではありませんでした」

 

 先生の問い掛けに、バイザーを上部にズラしたトキは神妙な表情と共に答える。この砂嵐だ、正確にセンサーが稼働しない事は予想出来ていた。彼女が自律兵器を目視出来たというのも、正に幸運そのものだろう。

 具体的な数は不明。数百規模か、それとも数千規模なのか。それによって対応策も変わって来る、流石に数が多すぎれば撃退は難しく、少しでも足を遅らせる方向にシフトする必要があった。

 現在運用可能な戦力はアビ・エシュフとリオの用意したAMASのみ。同時に罠を用意する時間は無く、アトラ・ハシースへの突入を考えれば此処で使える戦術的な物資も限られている。シッテムの箱を指先で操作しながら、先生は苦々しく呟いた。

 

「流石にこの砂嵐だと、正確な位置情報すら難しいか……」

「はい、ミレニアム自治区から射出されたアビ・エシュフの換装パッケージでさえ、目標地点からある程度誤差が生じる程ですから」

「――とはいえ、それでもやり様はある」

 

 そう云って先生がシッテムの箱、その画面をタップすると、周囲に青白い光が生まれた。唐突に生まれた光にトキが瞳を細めると、青白い光は波打つようにして周囲に飛び散り、地面に沿って四方に広がっていく。放たれた光によって二人の顔が砂嵐の中でも輪郭を持ち、周囲を明るく照らす画面――その中に表示された周辺マップ、そこに複数の赤い点がポツポツと表示され始めた。

 どれだけ激しい砂嵐の中であっても、シッテムの箱、その力は衰える事を知らず。加速度的に数を増やす赤い点(敵性反応)に、トキは感嘆の吐息と共に呟く。

 

「……相変わらず、凄まじい情報収集能力ですね」

「私の大切で、心強い仲間のお陰さ」

 

 胸中でアロナに礼を告げながら、先生は表示される赤い点を指先で叩いた。現在進行形で迫り来る自律兵器の群れ、此処から探知した限り規模は凡そ五百程。四桁に届かなかった事を安堵するべきか、それでも少数で相手取るには骨の折れる数に違いはない。何より、この群れで終わりという確証も無かった。後から追加で数百、数千と云う自律兵器が迫って来ても驚きはしない。

 到着は時間の問題であった。本命であるアトラ・ハシース突入に備え、可能な限り損耗を抑えた上でこの場を切り抜けたい、その上で取るべき戦術は――。

 

「っ、先生!」

 

 ふと、トキが声を上げた。一体何事だと視線を上げれば、彼女の双眸はシッテムの箱に固定されている。改めて画面に目を向けると、彼女の視線が何を訴えているのか遅れて理解した。

 

「……自律兵器の反応が、減少している?」

 

 シッテムの箱に表示された敵性反応、それが一つ、また一つと消滅し、同時に此方へと向かっていた足が止まっていた。

 先生は表示される反応を僅かな間凝視し、沈黙を守る。探知した反応の消滅、同時に停止した群れの動き。その事から推測可能な状況は、決して多くは無い。

 アビドス砂漠に落下した第一サンクトゥム、そこの攻略部隊として配置されたアビドス対策委員会、及び便利屋68、彼女達が持ち場を離れたと云う報告は受けていない。他にアビドス砂漠に派遣された増援戦力は存在しない筈で、となれば運悪く砂漠に迷い込んだのか、或いはこの場所を目指して運悪く遭遇したのか。

 先生と同じ結論に辿り着いたトキは、ハッとした様子で顔を上げ、吹き荒れる砂塵の向こう側を鋭い視線で以て睨みつけた。

 

「まさか、誰かが戦闘を――?」

「トキ」

 

 彼女の名を呼び、先生は勢い良く立ち上がる。アビ・エシュフの腕部に手を掛けながらシッテムの箱を懐に差し込んだ先生は、彼女の瞳を真っ直ぐ見据えながら告げた。

 

「――今直ぐ、現場に急行しよう」

 

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