ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですわ~!
今日は休日なので朝投稿ですの!
今回は約一万八千五百字ですわ~!


【私だけの、四葉のクローバー】(日常の中にある、ほんの小さな幸福)

 

【第五サンクトゥム ミレニアム自治区・要塞都市エリドゥ近郊】

 

「うわあぁッ!?」

 

 頭上を紫色の光が掠め、口から素っ頓狂な声が漏れた。

 寂れ、人気のない路線、平原に続くそれを辿っていた第五サンクトゥム攻略部隊の三名は、放棄された貨物列車、コンテナの影に隠れながら飛来する攻撃をやり過ごす。コユキは前を駆ける先輩達に置いて行かれまいと必死に走り続け、ずっしりと重い背嚢とマリ・ガン(愛銃)を肩に提げたまま半泣きで叫び続けた。

 そうしないと、どうにかなってしまいそうだったのだ。飛来する光弾がコンテナの外装を吹き飛ばし、錆び付いた破片が周囲に飛び散る、爆発音と熱風、甲高い金属音、それらが頬を撫でつけ、半ば無理矢理同行させられていたコユキの心を圧し折ろうとしていた。

 

「進行方向に敵が集まって来ています、ユウカちゃん!」

「ルートを変更するわッ! こっち!」

「へぶっ!?」

 

 前を駆けていたユウカとノア、両名は続く線路の先で待ち構える複数の敵影に気付き、直前で進行ルートを変更する。兎に角我武者羅に後を追っていたコユキの腕を掴み、そのまま錆び付き、網目の抜け落ちたフェンスを潜って隣り合った線路へと転がり込んだ。

 

 勢いそのままにコユキは地面に投げ出され、ユウカとノアは鉄臭い列車の影へと滑り込む。ノアがコユキの腕を引っ張って影に引き込む間、ユウカは上半身を乗り出し、突き出した両腕のロジック&リーズンで弾幕を展開した。

 

 乾いた銃声が連続し、薄暗い周囲をマズルフラッシュで照らす。放たれた9mmの弾丸は遠目に見える自律兵器の外装を強かに叩き、視界に映る複数体の自律兵器が蹈鞴を踏んだ。しかし、外装を貫通するまでは至らない。凹ませる事は出来ても、この距離では純粋な威力が不足していた。

 

「っ、この距離だと貫通出来ない!」

 

 ユウカが舌打ちを零し、再び頭を引っ込めた瞬間、その近くを光弾が掠める。紫色のそれは不気味な色味でもって恐怖心を煽り、ユウカは額に冷汗を滲ませながら愛銃の弾倉を切り離した。

 

「いったぁ~……ゆ、ユウカ先輩、もうちょっと優しく――」

「悪いけれど、そんな余裕ないのよ! それと渡した爆薬、絶対に落としちゃ駄目よ!?」

「わ、分かっていますって……! ちゃんと背負っていますよ、ホラ!」

 

 ユウカが新しい弾倉を嵌めながら告げれば、コユキは涙目のまま慌てて背負っていた背嚢を叩く。彼女の背中にはサンクトゥムを爆破する為の爆薬が詰め込まれており、コレが無ければ目標地点に辿り着いてもサンクトゥムを破壊する事が出来ない。

 

「進行ルートの防御、想定よりもずっと硬いですね」

「えぇ、敵の数が多いから対処に時間が掛かって、その頃には次の増援が到着する悪循環――弾薬だって、無限じゃないのに」

 

 貨物列車の下部、その隙間からそっと向こう側を覗き込むノアが呟けば、自身に残された弾倉を確認しながらユウカは頷きを返す。未だサンクトゥム到着は果たせず、それなりに距離が残されていると云うのに、部隊の歩みは遅々として進まず。

 その原因は明らかである、敵の数が想定よりもずっと多いのだ。彼女達が出現する自律兵器、その分布を計算し導き出した解の倍以上。火力も人手も足りていない、まさか自分達の予測が根本からして間違っているのか? いや、そんな筈はないと内心でユウカは呟きを漏らす。収集したデータ、演算結果、共にヴェリタス、特異現象捜査部、セミナー、各組織で何度もシミュレーションを繰り返し導き出したものだ。その精度は、ユウカをして信を置けるレベルであった。

 

「ねぇコユキ、あの自律兵器をクラック出来たりしない?」

「うえっ!? む、無茶謂わないで下さいよぉ!」

 

 ユウカが此方を見据え、小刻みに体を揺らしながら緩慢な足取りで迫る自律兵器を指差し問いかければ、コユキは勢い良く首を横に振る。ユウカからしても困難である事は重々承知の上であったが、駄目で元々の問い掛けであった。

 

「ユウカちゃん、流石にそれは難しいかと、ヒマリ部長やチヒロ副部長でさえ、システム面からの阻止は難しいと仰っていましたし、そもそも私達の知るプログラムが通用しない相手です」

「そう……いえ、そうね」

『あー、もしもし! ユウカ聞こえる?』

 

 ノアの言葉に、力なく前言を撤回するユウカ。そうなると、益々突破口が見えなくなってくるのだが――そんな風に口を噤んだ瞬間、耳元のインカムからノイズ混じりの声が響いた。サポートチームであるヴェリタス、この溌剌とした声はマキのものだ。

 

『えーっと、そっちは結構拙い状況?』

「拙いも何も、見れば分かるでしょ……!?」

 

 どこか恐る恐るといった様子の問い掛けに、ユウカは思わず声を荒げた。攻略部隊の現状はモニタ越しに分かる筈だった。現在地からして、進行状況が非常に滞っているのは明らかである。

 

「拙いどころか激ヤバよ! 何でこんなに敵の数が多いの? 別働隊に用意した突入フォロー用のドローン、ちゃんと機能しているんでしょうね!?」

『あーっと、うん……それがさ』

 

 ユウカの気迫に呑まれたのか、それとも別の要因があるのか。マキは言葉を濁らせ、何やら云い辛そうに唸り声を繰り返す。すると横合いから、別の声が響いた。

 

『この状況で悪い報告をしたくはないのですが、突入チームから目を逸らす為に動かした囮用のドローン部隊、それがある一定の地点より進んだ瞬間、悉く信号をロストしているんです』

「――信号をロスト、ですか?」

『はい、まるで見えない壁に当たっているかの様な感じで』

 

 コタマがその様に説明すれば、ノアは驚きと困惑が半々と云った様子で顔を顰める。攻略部隊がサンクトゥムに突入する間、敵の主力を誘引する為に派遣したドローン部隊が悉く消失している。その現象はヴェリタスからしても、非常に不可解な現象であった。

 

「えっとぉもしかして、アンチドローン対策とか、そういう……?」

「確かにその可能性はありますが、この作戦に投入されているミレニアムのドローンは新型ですよね?」

『そうそう! ハレ先輩のアテナにも搭載されている、多重経路通信(マルチリンク)に光学・慣性バックアップ、アンチスプーフィングGPS、EMPやHPMは勿論、ファラデーケージ構造にラジエーションハードニングで電磁対策バッチリ、最悪の場合侵入検知(IDS)で自動的に遮断してくれるし、自己破壊機構もあるからクラックされても敵にはならないスグレモノ!』

 

 マキが投入されたドローンに言及し、調子良く言葉を紡ぐ。しかし、それも途中から『その筈、なんだけれど』と勢いを無くした。彼女からしても、それ程信頼していたドローン部隊が唐突に失われた現実に、思考が追いついていない様だった。

 一転し、意気消沈したマキの代わりにハレが声を発する。

 

『その新型が、ある一定のラインを超えた瞬間軒並み消えちゃったって訳』

「……具体的に、何が原因か特定出来る情報は?」

『無理、一切不明、映像も音声も、こっちに届く前に潰されているから、衛星による偵察もサンクトゥムの影響で妨害されちゃっているし、ドローンは近付けない、それこそ実際に肉眼で確かめる位しか方法がないかも』

「成程、敵の数が多いのはそもそもドローン部隊が機能不全に陥っていたから、という訳ですか」

『まぁ、うん、そういう事』

「……えっとぉ、つまりそれって、ヤバくないですか?」

 

 恐る恐る、コユキが小さく手を挙げながらユウカとノアの顔色を窺い、問いかける。インカムより返って来た声は、余りにもハッキリとしていた。

 

『うん、ヤバいね!』

『激ヤバ』

『凄くヤバいです』

「あぁ、もうッ!」

 

 実に単純で、簡潔な返答。

 それに対しユウカは背を預けた列車の外装を拳で叩き、苛立ちをぶつけた。現状作戦は全く以て上手く行っていない。突如出現した正体不明のデッドゾーン、敵の主力を誘引出来なければそもそもサンクトゥムに近付く事も出来ない。

 囮役のドローン部隊は突入、脱出の間敵を足止めする役割を担っていたのだ。それが無ければ、自分達突入チームは役割を果たせないのは明らかである。

 

「それなら、一体どうするのよ!? 別動隊のバックアップが無ければサンクトゥムの根元まで到着出来ないし、私達の体力も弾薬も無限じゃないのよ!?」

「……ドローン部隊が機能不全を起こしたのなら、既に計画は破綻しています、一度撤退して体勢を立て直すと云うのは――?」

『ドローンは今エンジニア部の力を借りて、別の場所から新しい機体を引っ張ってきているよ、旧式だけれど自律兵器を足止め出来る程度の性能はあるから、戦力はまだ大丈夫』

「でも、結局そのドローンもやられちゃったら、意味がないじゃない!」

『うん、だから元凶を何とかするしかないね』

 

 元凶。

 ハレの口から出た言葉に、一瞬沈黙が流れる。目を瞬かせるユウカとノア、彼女達は一瞬にして彼女が何を云いたいのか、その意図を察した。一人だけ、彼女の意図を察しながらも信じたくなかったコユキが、引き攣った口元を自覚しながらインカムに向かって聞き返す。

 

「げ、元凶って、もしかして……」

『まぁ、想像通りかな』

 

 蒼褪め、今にも泣き出しそうな表情で呟くコユキに対し、ハレは努めて冷静に、何でもない事の様に云って見せた。

 

『――ドローンがロストする地点に直接乗り込んで、その脅威を取り除くしかない』

「や、やっぱりぃ!?」

 

 想っていた通りの結果に、コユキが悲鳴染みた声を上げ頭を抱えた。それはそうだ、ドローンが動かせないのなら、動かせる状況にする他ない。しかしそれは自分達が更に危険な領域に踏み込む事を意味している訳で――。

 

「現状の戦力で、突入を?」

『ドローンは近付けない、他の生徒を増援に向かわせるにしても到着が遅すぎる、逆に云えば、そこさえ何とか出来れば押し切るだけの戦力はあるって演算結果が出ているから、問題は本当に時間だけ、他のサンクトゥムが破壊されるより早く、こっちも準備を整えないといけない』

「……迷っている暇はない、って事ね」

 

 ハレの言葉を聞いたユウカは、静かに呟いて見せた。大きく息を吸って、吐き出す。ロジック&リーズンを再び構えた彼女は、据わった瞳で以てノアとコユキを一瞥し、告げる。

 

「ノア、コユキ、行くわよ」

「――分かりました、ユウカちゃん」

 

 ユウカの声を聞き届けたノアは、静かに頷きを返し愛銃――書記の採決、そのストックを展開し強引に敵中を突破する準備を済ませる。サポートチームがそう判断し、ユウカが決断したのであれば、それに従うのみ。

 ノアの愛銃は.45ACPを使用するが、ハイキャパシティ化による装弾数拡張の優位性を活かす為、9mm弾にも対応している。ユウカのロジック&リーズンと弾薬を共有する為、今回はそちらの弾倉を持ち込んでいた。

 無言でストックを展開したノアを前にして、コユキも慌てて提げていたマリ・ガンを抱え直すも、その表情は余りにも絶望的で、血の気が失せていた。

 

「ちょちょ、本気で行くんですか!?」

「他に選択肢はないでしょう? 私達の行動にミレニアム、延いてはキヴォトスの未来が懸かっているんだから、今動かないでどうするのよ」

「で、でもぉ……」

 

 正体不明のデッドゾーン、ただでさえ強引に作戦参加を決められたコユキの士気は低く、加えて作戦進行も上手く行っていないともなれば逃げ腰にもなろう。

 口元をまごつかせ、忙しなく周囲を伺うコユキを見たユウカは、小さく溜息を零し肩を竦ませると、コユキの背中を軽く叩いた。

 衝撃に、怒られると思ったのか、びくりと背筋を正したコユキが目を丸くしてユウカを見返す。しかし、そんな彼女を前にして、薄らと笑みを浮かべたユウカは穏やかな口調で以て告げた。

 

「本当にどうしようもなくなったら、私が殿で時間を稼ぐわよ、その間に二人は撤退して」

「……! ユウカちゃん、それは」

「ノア、相手の詳細が掴めない以上、どんな状況であっても最悪は想定するべきよ」

 

 ユウカの発言に反論を口にしようとしたノアは、しかし続けて放たれた言葉に閉口する。ヴェリタスでさえ正体の掴めない敵、即ちそれは――連邦生徒会を襲撃した、あの怪物(色彩の嚮導者)と同等の存在なのかもしれない。その可能性が存在する以上、常に自分達が予測以上の危機に晒される覚悟をするべきだった。

 そしてそれを他者に強いる事に、ユウカは強い罪悪感を覚えてしまう。だが、ひとりではどうしようもない状況である事に変わりはない。サンクトゥム攻略作戦に参加した時点で覚悟はしていたが、こうなった以上、最悪の結末を迎える可能性は一段階引き上がったと云って良い。

 コユキの背中に手を添えたまま、ユウカは呟く。

 

「色々云ったけれど、本当に危険になったら二人だけでも逃がすから――今は力を貸して頂戴、コユキ」

「っ、ぅぐ……!」

 

 先輩らしくない、どこか此方を慮る、気弱な発言。

 コユキはそれに何とも云えぬ居心地の悪さ、面映ゆい感情を覚え、咄嗟にそれを覆い隠す為にマリ・ガンを掲げ叫んだ。

 

「わ、分かりました、分かりましたよ! 行けば良いんでしょう、行けばっ!」

 

 ■

 

『大規模なドローン群が信号をロストしたのはエリドゥ正面ゲート近辺だよ、サンクトゥムからは少し離れた位置なんだけれど、山岳地帯を避けて比較的通り易いルートを選ぶと此処を通過するのが一番効率が良いってチヒロ先輩が云ってたんだ!』

『……実際、あまり高度を取り過ぎると風の影響を受けやすいですし、地上を走行させるAMASにしても悪路はなるべく避けたいですから、このルートが最適解です』

『敵の進行ルートを予測して待ち伏せをするのは常道だけれど、ここまで被害が広がった上、一片の情報さえ掴めないのは流石におかしい』

 

 ――気を付けて、其処に一体【何】()が待ち構えているのか、私達(ヴェリタス)にも予測が出来ない。

 

 サポートチーム、特にハレの告げた最後の言葉がずっと脳裏にこびり付いていた。

 ドローンの信号が途絶するというデッドゾーン、その場所目掛けて移動を開始した三名はなるべく交戦を避け、エリドゥへと続く路線を通り目的地近辺へと辿り着く。この時点で作戦開始からそれなりの時間が経過しており、早期解決が望まれた。

 流石にもうサンクトゥム攻略を終えたチームは存在しないようだが、それでもサポートチームの口にした通り作戦進捗が遅れている事に変わりはない。

 未だ戦闘痕の残るエリドゥ外周部、聳え立つ高壁とゲートを前にして、ユウカは眉間に皺を寄せる。

 

「――エリドゥの正面ゲート、此処ね」

 

 片手に持った端末を確認すれば、座標情報はこの場所を示している。

 そしてゲート周辺にはこの攻略作戦に投入されていたのであろう、多くのドローンや自律兵器が沈黙し、散乱していた。

 それはまるで機械の墓場とでも表現すべきか。

 一部には地面を埋め尽くすほどの残骸(ジャンク)が積もり、スクラップヤードもかくやという光景が広がっている。差し向けられた数が数なだけに、破損したドローンが積もった小山が幾つが出来上がっていた。その光景に三名は驚愕と不安を抱き、ドローンの残骸の中に踏み込むと、足元へと視線を向ける。

 

「う、うわぁ」

「……ドローンの残骸が、こんなに沢山」

「これが全部信号をロストしたって云う機体……?」

 

 言葉もなく周囲を見渡し、絶句するコユキ。転がっていたドローンを一台手に取り、鋭い視線で観察するノア。ユウカもまたスクラップと化したドローンを踏み締めながら、この異様な景色に警戒心を新たにする。これだけの規模のドローンが機能を停止するなど、まず只事ではない。

 

「アレって、AMASですよね? リオ会長の……」

「はい、確かにヒマリ先輩とエンジニア部の皆さんが協力して改良したAMASですね、まさか本当に機能を停止しているなんて―――」

 

 コユキがドローンの残骸に混じり近場で項垂れる、見慣れた自律兵器――AMASを指差し問いかければ、ノアは小さく頷いて見せる。

 ノアは手にしたドローンを掴んだまま観察し、次いで項垂れ機能を停止したAMASの外装に目を向けた。光学センサー(カメラユニット)装甲外殻(アーマープレート)、両脇武装マウントアーム、サイドシールド(可動式装甲板)単輪駆動ユニット(モノホイール)――一つ一つ指先を向け、調査を終えたノアは手にしたドローンとAMASを見比べ、それからユウカに視線を向け導き出した結論を告げた。

 

「ドローンが破損しているのは、恐らく高所から落下した際の衝撃によるものでしょう、ブレードの折れ方や外装部分の凹みがそういった破損の仕方と酷似しています、反してAMASの外装甲には一切の破損が見られません、戦闘が起こったと云うよりは、突然機能を停止した――という形が一番近いかと」

「……それなら、やっぱりEMPによる機能停止って事?」

 

 外側に損傷が見られないのであれば、内部機構の破損によるものだ。そうなればやはり、EMP等の電磁パルスによる回路破損、誤作動防止のセーフティが起動したという結論に至る。

 しかし、ユウカの言葉に対しノアは肯定を示さず、眉間に皺を寄せると思案する素振りを見せた。

 

「リオ会長とヒマリ部長、エンジニア部の皆さんが心血を注いだ改良型AMASが、通常のEMPで機能を停止させられるとはとても思えません、勿論絶対に不可能と云い切るつもりはありませんが、何か他に見落としている要因がある可能性も――」

「そ、そうですよ、その機体、滅茶苦茶電子防護が硬いんですから……!」

 

 ノアの呟きに賛同を示したコユキは、AMASを指差しながら叫ぶ。実際問題、リオが設計しヒマリが改良、エンジニア部が手掛けたAMASはミレニアム内部に於いても最高峰のスペックを誇る。電子防護は勿論、戦闘用に改良された個体はクラッキングに関しても手厚く対策を施されていた。

 通信の暗号化は勿論、認証システム及びファームウェア改ざん検知、侵入検知システム(IDS)や遠隔ワイプ機能――リオとヒマリが監修し、エンジニア部が創り上げたそれら一切が無効化され、突破されたと云うのであれば、それは最早ミレニアムの持つ技術そのものが敗北したに等しい。その堅牢さを知っているからこそ、コユキはユウカの疑問に反駁したのだ。

 しかし、彼女のその必死さが裏目に出た。

 

「――何で開発に参加した訳でもないコユキが、そんな事を知っているのよ?」

「うぇっ!? それは、えっとぉ……に、にははっ!」

 

 ジロリと、威圧感を滲ませ此方に問い掛けて来るユウカに、コユキは言葉を濁した。泳ぐ視線を横合いへと飛ばし、口を一文字に噤む。

 此処で素直に、「AMASを味方に付けて先輩達の監視を潜り抜け、脱走しようと思っていました」と吐露する訳にはいかなかった。そんな事を口にすればどんな目に遭うか、分かったものではない。

 

 尤も、実行する前に『そうなる事』を予期していたのか、実行前夜にリオ会長に釘を刺された挙句、負けるものかといざクラックを試みた所、想定の数十倍は時間が掛かった上に、試行錯誤の果てに漸くAMASを制御下に置いたと喜んだのも束の間、リオとヒマリの二大巨頭が脱出した部屋の前で出待ちしていたのである。

 片や冷然とした能面の様な表情を、片や全てを見通す様な悠然とした微笑みを浮かべ、そんな両極端な表情で出迎えられたコユキは自身の行動が全て彼女達の掌だった事を理解し、腰を抜かしてその場にへたり込み、泣きを入れて許しを乞うたのである。

 

 因みにコユキ本人は知らぬ事であったが、彼女がクラックを試みたAMASはリオが特別に調整を施しコユキの目に付く様に誘導した個体であり、同時に黒崎コユキ対策としてリオとヒマリの用意した電子防護が特に盛りに盛られた個体でもあった。

 即ち、黒崎コユキは調月リオ、明星ヒマリを同時に相手取っていた様なものであり、端から勝ち目のない戦いだったのだ。

 よって彼女のAMASに対する苦手意識は相当なものであり、その電子防護が自分をして相当に手古摺る代物であるという認識が根付いていた。

 しかし、それを今悟られる訳にはいかない。

 コユキは冷汗の滲む額を必死に拭いながら、ちらりと視界に映った影を見つけ、話題を逸らそうと勢い良く指差し叫ぶ。

 

「あ、あれっ、先輩! あっちに誰かいますよ、ホラッ!」

「は?」

 

 コユキが指差した方向に顔を向けるユウカとノア、最初は話を逸らすつもりかと疑ったが、よく見れば確かに人影らしきものが見えた。

 彼女達の視界に移り込む影、距離は百メートルは離れているだろう。しかし確かに、ドローンの残骸に埋まったこの場所で、人の輪郭があった。その事に驚きつつ、自然と身構える両者。コユキは掌で影を作り、じっと瞳を細め観察する素振りを見せる。

 

「えーっと、誰だろう、た、確かにホラ、人っぽい影な様な気がしません……?」

「こんな所に人ですって? オートマタじゃなくて?」

「分かりませんが、念の為警戒を――」

 

 ノアがそう呟いて立ち上がった瞬間、乾いた音が響き、同時に足元のドローン、その残骸が跳ねた。

 

「ッ!?」

 

 飛び散る破片、視界の端を横切る鉄片、撃たれたのだと理解すると同時に弾丸の雨が飛来する。網膜に映るマズルフラッシュ、それを認識した瞬間、三名は残骸の影へと転がり込む様にして伏せた。

 

「っ、撃って来た!?」

「二人共、伏せて下さい!」

「わわっ……!?」

 

 三人が鉄屑に紛れ、伏せた瞬間頭上を掠める弾丸。

 それなりに大口径の弾丸を使用しているのか、傍にあったAMASの外装が弾け飛び、内部まで貫通を許していた。

 銃声は暫くの間止むことが無く、数秒に渡って周辺への制圧射撃が続けられる。飛び散るドローンの残骸を被りながら、コユキは自身の頭を抱えて息を殺し続ける。蜂の巣になったAMASが目前に転がり込み、コユキは思わず引き攣った声を漏らした。

 

「――銃撃が止まったわ」

 

 射撃時間は数秒、しかし吐き出された弾丸は百発に迫る。残骸を踏み締める、金属の擦れるような音が遠くから聞こえていた。どうやら銃撃を加えつつ、此方に近付いて来る算段らしい。相手の意図を理解した瞬間、ユウカは唇を噛みながら愛銃を構え、二人を横目に見た。

 

「反撃に出るわよ、準備して」

「うぇっ、戦うんですか!?」

「当たり前でしょ! 先に撃って来たんだから、これは正当防衛!」

 

 遠目で、相手が誰なのか、そもそも本当に人型だったのかさえ不確かだった。どこかの生徒が迷い込んだのか、それとも人型のオートマタなのか、それは分からない。しかし、それでも確かな事はある。弾倉を膝で叩きながら、ユウカは鋭い視線で以て頭上を仰ぎ見た。

 

「それに、こんな場所に居る相手よ――別動隊のドローンを無力化していた元凶かもしれないわ」

「……その可能性は、確かに高いですね」

 

 ユウカの言葉に、ノアは肯定を示す。相手が誰であれ、何であれ、こんな場所に偶然居合わせる事など在り得る可能性など如何程か。サポートチームからも、該当区画に増援部隊が向かったと云う報告はない。仮に元凶ではなかったとしても、何かしらの情報を持っている可能性は高い。そうでないのなら此処に来た目的を聞き出すだけだ。

 

「タイミングを合わせましょう、飛び出すと同時に銃撃を加えるわ」

「分かりました、ユウカちゃんに合わせます」

「と、取り敢えず撃ちまくれば良いんですよね!?」

 

 爆弾の詰まった背嚢を地面に降ろし、マリ・ガンの弾倉を検め、安全装置を弾いたコユキは弾倉側面に表示される残弾カウンターを頻繁に確認しながら射撃準備を整える。彼女の愛銃はユウカやノアの愛銃と比較して大きく、小回りの利かない機関銃(マシンガン)である。使用弾薬は7.62mm、破壊力は三名の中で最も大きいが、肉薄されると長物故にどうしようもない。

 そうなる前に、対象を無力化する必要があった。

 

「えぇ、兎に角コユキは弾幕を張って、ノアはサポートを、私が前線を張るわ」

 

 脳内で敵の位置と距離、此方の戦力とフォーメーションを組み立てながらユウカは告げる。最悪、電磁防壁を展開すれば少しの間なら敵の攻撃も凌げる。それに先程の弾幕、恐らく相手もコユキと同じ機関銃(マシンガン)タイプの銃火器を使用しているのだろう。そうでなければあれ程の時間、フルオートで弾幕を張れる筈がない。弾倉の切り替えにはそれなりの時間を要する筈だった。

 ならば、その間隙こそ好機。

 時間は掛けられない、攻め込むならば今だと、ユウカは判断した。

 

「行くわよッ!」

「援護します!」

「……な、何とかなれぇーッ!」

 

 ユウカが合図を出し、ノアと共に飛び出す。コユキも覚悟を決め、マリ・ガンを振り回すとドローンの残骸を踏み締め、片膝を突き勢い良くその場で射撃姿勢を取った。

 

「っ、見えた――!」

 

 サイト越しに人影を捉え、コユキの指先がトリガーに触れる。

 距離は三十メートル程か、気付けばかなり近い距離まで詰められていた。

 先程まで朧気だった輪郭が今ははっきりと分かる、相手の恰好も、仕草も、顔立ちだって視認出来る距離。これならば外さない、全弾命中は難しくとも、数発当てる程度ならば余裕の距離だった。

 故にコユキも、ノアも、ユウカも、そのトリガーに添えた指先へと力を籠め。

 

「――えっ?」

 

 だが、引き絞る事が出来なかった。

 突き出した各々の銃口は人影を捉えていた。

 飛び出したユウカも、ノアも、膝を突き射撃姿勢を取ったコユキも、全員の銃口が。

 だと云うのに銃声は轟かず、閃光が周囲を染める事も無く、まるで場違いな静寂が辺りを支配し、三名全員がその場で硬直した。

 

 それは、此方に歩み寄る人物が余りにも想定外だったからだ。

 

 所々煤け、焦げ跡の残る薄汚れた外套。元は白色だったのだろうソレは、しかし今や見る影もなく、よく見れば不器用にも繕われた跡さえ散見された。

 中に着込むのは白の制服と青のタイ、細い首からぶら下げた生徒証らしきカードは、端が抉れ土埃に汚されている。

 腰には白いベルトポーチを装着しており、よく見ればそれはユウカの身に着けているものと酷似していた。ポケットからはみ出す手帳、擦り切れたそちらは気のせいだろうか、ノアの私物に。

 長く伸びた髪を結ぶ事も無く、無造作に垂れ流しながら覚束ない足取りで迫る誰か――その姿を、表情を目にした時、ユウカは思わず呟いた。

 

「――……コユキ?」

 

 三名の前に現れた、誰か。

 それは今、隣り合う黒崎コユキによく似ていた。

 

「はっ」

 

 不意に、吐息がもれた。

 口の端から意図せず漏れたような、そんな音だった。

 それは三名の内、誰のものでもない。

 

「ははっ、ふはっ……! そっか、やっぱり、そうだったんだ」

 

 対峙したコユキの口元が――否、黒崎コユキに酷似した何者かの口元が、歪に曲がる。彼女らしからぬ、陰鬱で、退廃的で、鬱屈とした視線。普段の溌剌として、諦めを知らぬ不屈の光が失われた、黒々とした瞳。

 それがユウカを、ノアを、そしてコユキを捉えていた。

 

「ユウカ先輩、ノア先輩、それに――」

 

 一人、一人、彼女は指差し名を告げる。そして三人目、ユウカとノアの背後で射撃姿勢を取ったまま、愕然とした表情で此方を見つめる黒崎コユキ(自分自身)を指差し、彼女は嘲笑う。

 

黒崎コユキ(わたし)

 

 彼女の声が、静寂の中で響いた。

 ユウカが、ノアが、困惑と驚愕を滲ませコユキを振り返る。

 前方にも【コユキ】、後方にも『コユキ』、少なくとも彼女達からすれば同一の人物。思わず銃口を下げ、後退ったユウカは忙しなく二人のコユキを比較し、弱々しく呟く。

 

「ど、どういう事? コユキが、二人?」

「いえ、そんな筈は……それに、前方のコユキちゃんは、どこか様子が――」

「い、いやいや! 黒崎コユキは私、私ですって! 同一人物が出て来るとかおかしいでしょう!? ドッペルゲンガーか何かだって云うんですか!?」

 

 突然の事に思考が停止し、硬直してしまったがあり得ない話だ。

 思わずマリ・ガンを手放し、勢い良く立ち上がったコユキは自身の胸元を叩きながら必死に訴える。確かに目の前の存在は自分によく似ているが、本物は自分だ。もしくは黒崎コユキを模したアンドロイドを敵が設計したのか。いや、それはそれで意味不明だが、コユキ本人からしても理解不能な展開なのだから仕方ない。

 ドローンの残骸を踏み締め、ユウカ達の傍にズンズンと足を進めたコユキは、彼女達の前に立ち必死に自身の存在をアピールし始めた。

 

「本物はこっち、こっちの私ですからねっ!? あっちが偽物で、きっとアンドロイドか何かですよッ! こんなの、きっと他人の空似で、よく見れば全くの別人……ッ!」

 

 最悪、先輩達に偽物を疑われて撃たれるかもしれない。

 そんな恐怖を背負ったまま偽物(推定)と対峙したコユキは、鏡に映った様な自分を凝視し勢い良く言葉を重ねる。

 偽物め、必ず異なる点を見つけてやると目を皿にするコユキは、睨みつけるような眼光と共に云い放った。

 

「そうですよ、こんなの、別人の筈で――ッ!」

 

 髪色、眉の形、瞳、口元、耳の形、首、鎖骨、指先、ほくろの位置――観察する。

 全身をくまなく、それこそ先輩の知らない様な箇所まで。

 しかし見れば見る程、凝視すればするほど、コユキの表情は色褪せ、その勢いは消えていく。自分を本物だと主張し、相手を偽物と糾弾する声は力なく、言葉は腹の中へと呑まれて消えた。

 

「べ、別人、で――……」

 

 意図せず視界が泳ぎ、言葉が震えた。

 実際に、こうして対峙して分かった。

 確かに、ちょっとした違いはある。

 肌の状態だとか、瞳の煌めきだとか、髪型だとか、恰好だとか。

 けれど他ならぬ――黒崎コユキ(自分自身)には分かった。

 理屈だとか、理論だとか、そういう理性的な部分ではない。もっと奥側にある、感情や本能的な部分。そこに何かが繋がるような、奇妙な緊張と、恐怖があった。

 見つめていると吸い込まれそうな、思わず此方から目を逸らしてしまいたくなる様な瞳。

 その中に映る、自分自身の表情がこれ以上ない程に物語る。

 

「……ぅ、あ」

 

 目の前の彼女は、黒崎コユキ(私自身)であると。

 

「――ずるい」

 

 唐突に、目の前のコユキが呟いた。

 ズン、と残骸を踏み抜き大きく一歩を詰める彼女。

 どんどん肉薄する人影を前に、対峙していた何も知らぬコユキは気圧される。

 近付けるべきではない、それはユウカも、ノアも、コユキ自身も理解していた。

 しかし、余りにも姿形が酷似していた。銃口を向ける事が躊躇われる、引き金を絞る事が出来ない。それがこの世界に於いて何気ない行為だと知って尚、躊躇う程の悲壮感が彼女にはあった。

 目元に刻まれた深い隈、泥の様に濁った眼光が、コユキを射貫く。

 

「ずるい、ずるい、ずるい、ずるい……!」

 

 距離を詰めながら、コユキに酷似した誰かは言葉を繰り返す。狡い、狡い、狡いと。それが何を意味するのか理解出来ない一行はただたじろぎ、気圧されるばかり。

 遂に彼女が数メートルという距離に近付いた時、不意に足を止め、その表情をクシャリと歪めた。

 まんまると開かれた瞳がユウカとノアを捉え、そして目尻に涙を浮かべる。

 理解出来ない行為、唐突なそれにコユキは思わず唾を飲む。

 

「なに、これ、そんなのって、アリなんですか……? ははっ、あははは……ッ!」

 

 肩にぶら提げた愛銃――恐らく自身と同じ、マリ・ガン。

 自分の持つソレよりも汚れが目立ち、元の色さえ剝げ落ちた外装は酷く色褪せて見えた。そんな愛銃を抱き寄せながら、彼女は大きく口元を歪め、乾いた笑みを零す。それはまるで見たくないものを見せつけられているような、本来ならば祝福するべき場面で、自分の心を傷付けられてしまったかのような。

 そんな物悲しく、痛ましい姿。

 

「ユウカ先輩も、ノア先輩も、誰も死んでいない、誰も居なくなっていない、今なら分かる、皆が揃って、幸せそうで、先生も生きていて……? 何、その、ハッピーエンド、何でそんな未来があるの?」

「え、ぅ、ぁ……?」

「――じゃあ、私達は?」

 

 不意に、自身の顔を覗き込んで来る黒崎コユキ(自分自身)

 びくりと、肩が震えた。

 黒々とした瞳、まるで泥の中に沈んだような濁りと昏がり。暗澹としたそれは一切の

 光を呑み込み、黒の中へと引き摺り込む。そんな瞳に射貫かれたコユキは、まるで地面に縫い付けられたかのように動く事が出来ない。

 彼女は自分自身だ、黒崎コユキには分かる、理屈ではない――直感として理解出来た。

 だが、自分自身でありながら、彼女と自分では余りにも大きく異なる点が存在する。

 それもまた、コユキにだけは分かった。

 

「私達は何で、こんな事になっているの? 何でこんなに苦しくて、酷い目に遭うの? こんな風に見せつけて、こういう未来もあったんだって、今更こんな……これじゃあまるで、私達が、踏み台みたいじゃないですか」

 

 黒々とした瞳が、視界一杯に広がる黒が問う、問いかける。

 黒崎コユキ(自分ではない誰か)が、黒崎コユキ(自分自身)に向けて。

 理解出来ない言葉の羅列、一体何の事だ、誰も死んでいないとは何を云っている、苦しくて酷い目とは、踏み台とは、一体どういう意味で――。

 思考が脳裏を過る、しかし彼女の言動と恰好が、予測を生んでいた。

 ちらりと、血の気の失せたコユキの顔が彼女の胸元に落ちる。

 彼女のぶら提げた生徒証に描かれた、中途半端なミレニアムの校章。繕い、ボロボロになったセミナーの制服。酷使し続けられ、錆び付き、色褪せたマリ・ガン。開けた衣服から覗く傷の見える肌。手入れもされていない伸び放題の髪。薄汚れた格好、余りにも深く、昏い瞳。

 そこから導き出される演算結果、恐らく、この黒崎コユキ(わたし)は、大切な誰かを、何かを失って――。

 

「わ、わたっ、私は……」

「そんな、そんなの……!」

 

 コユキは何かを口にしようとした、縺れて上手く回らない舌を使って必死に。

 けれど蒼褪め、血の気の失せた彼女の身体は云う事を聞かず、言葉を紡ぐよりも早く自分に酷似した彼女が直ぐ手の届く距離まで肉薄していた。

 伸ばされた掌、ほとんど身長は変わらず、沈み込んだ彼女の眼光が下から抉る様にコユキを穿つ。

 

「――認められる筈がないじゃないですかぁッ!?」

「ッ!?」

 

 ドン、と。

 衝撃が胸元を突き抜けた。

 

 突き出された彼女の掌が、コユキの胸元を強かに叩いたのだ。

 それは拒絶の意志、他者を押し退けるような、そんな何て事のない仕草であった。

 しかし込められた力は凄まじく、肺の空気が一瞬にして抜け落ちた。

 悲鳴を上げ、後方へと吹き飛ぶコユキ。ドローンの残骸に背中から突っ込んだコユキはけたたましい金属音を撒き散らし、周囲に部品や破片が飛び散る。「コユキッ!?」とユウカが彼女の名を呼ぶ、同時に周囲一帯から電子音が鳴り響き、一斉に赤いランプが連鎖する様に点灯した。

 

「――ッ!?」

 

 それは残骸であったドローン、或いはAMASから発せられるもの。

 未だ機能する機体が埋もれていた残骸を押し退け、或いは撥ね飛ばし、一斉に再起動を果たす。その光景にユウカとノアは驚愕を浮かべ、互いに背を預けながら周囲を忙しなく見渡し叫んだ。

 

「な、何、一斉にAMASとドローンが!?」

「まさか、再起動を……!?」

『ユウ――……! 通――障……―てッ!?』

 

 耳元のインカムより、ハレ達の声が聞こえる。しかし、僅かなノイズが走る程度の通信は、今や殆ど聞き取る事が出来ない。ユウカは咄嗟にインカムに指先を当て、声を荒げ通信を試みた。

 

「コントロール、聞こえる!? 応答してッ!」

「駄目です、通信が繋がりません!」

「ぅ、ぐッ……」

 

 残骸に埋もれ、うめき声を上げるコユキはスクラップの山に背を預けたまま、呆然と立ち竦む黒崎コユキ(もう一人の自分)を見つめる。

 歪んだ視界の中で、表現できない、様々な感情が複雑に絡み合った表情で此方を見ろ押す彼女。

 憤怒、怨嗟、悲嘆、羨望、自責――瞳の奥底で渦巻く複雑怪奇で、しかし莫大な熱量を秘めたそれは、彼女の肌を通して此方を責め立てる様だった。

 錯覚だろうか、しかし確かに、コユキは彼女の中に秘めた感情()を理解していたのだ。

 苦しくて、辛くて、痛くて、虚しい――吸い込まれそうな瞳の中、黒崎コユキ(もう一人の自分)が感じていたのであろう、あらゆる感情が自身の中に入り込む。

 

「痛っ……」

 

 突き飛ばされた衝撃で軋んだ胸元を摩りながら、何とか残骸の中から抜け出そうとする足掻くコユキ。そんな彼女の胸元に、破損し、外装の拉げたドローンが不意に転がり落ちて来た。

 ドローンの残骸、その小山。先程叩きつけられた拍子に崩れ、その一角が目の前に放られたに過ぎない。しかしソレを見たコユキは、思わず息を呑んだ。

 

「も、もしかして――」

 

 漸く、気付く。

 この一帯に広がったドローンの残骸。本来は突入チームである自分達を支援する筈だった機体の数々。

 それを無力化し、この場に打ち捨てていた存在の正体。

 それは、きっと。

 

「――これ全部、貴女()がクラックしたんですか……?」

 

 呆然と、此方を睥睨する黒崎コユキ(もう一人の自分)を見つめ、呟く。

 そうだ、確かに可能だろう。

 自覚は無い、そうだと教えられても納得は出来ない。

 けれど事実、彼女(黒崎コユキ)は暗号システム解読に於いて、天賦の才を持ち得ていた。

 出来る、確かに出来る筈だ。

 自分なら――この一帯のドローンを無力化する事も。

 

「認めない、認めない、認めない認めないッ!」

 

 彼女は頭を抱え、大粒の涙を流しながら慟哭する。

 呼応する様に残骸の中から動き出すAMAS、ドローン、それらはもう一人のコユキを守る様に三名を取り囲む。

 

「コユキ、早く立ちなさいッ!」

「ゆ、ユウカ先ぱ――……」

 

 ユウカが残骸に埋もれたコユキの腕を掴み、彼女の身体を引っ張り上げた。埋もれていたコユキの身体から砂塵に塗れた残骸が次々と零れ落ち、地面に放っていたマリ・ガンを押し付けられる。

 

 空かさず、ノアが愛銃の銃口をドローンに向け発砲した。乾いた銃声が連続し、浮き上がったドローン数台のブレード部分に着弾、火花を散らす。

 制御を失い、墜落するドローン。飛び散る破片、残骸、小さな破砕音。だが、余りにも数が多い。失われたドローンの背後から、続々と飛び立つドローン群。サンクトゥムより出現する自律兵器に対抗する為、送り込まれたドローンとAMASの数は膨大であるが故に。

 空になった弾倉を切り離し、険しい表情で周囲を伺うノアは、その背に冷汗を流す。視界に入る無数のAMASとドローン、優に百を超える軍勢。そして未だに再起動は続いており、時が経てば経つほど数は倍々に増えていく。自律兵器に向けたミレニアムの戦力が、そのまま此方に返って来ていた。

 これを全て相手にするには流石に不可能だ。その思考が、ノアの血を冷たく凍らせていく。

 

「こんな世界は認められない! 認めたくないッ! 私達ばっかり苦しんで! 私達ばっかり痛い目にあってッ!」

 

 絶望――破滅の予感。

 

 その只中で、異なる未来を辿った黒崎コユキは精一杯声を張り上げ、自身の内側に詰まった本音を吐露する。

 破滅の無い未来、誰も失われていない世界、皆が幸福である明日。

 そんな場所を、世界を、可能性を見せられた彼女は顔を覆い、皮膚に爪を立て、血と共に叫び続ける。自分は全部を失ったのに、遍く全てを失ったのに、辛くて、冷たくて、痛くて、苦しくて、昏い、そんな未来を辿って来たのに。

 だと云うのに、この世界は。

 

「リオ会長もッ! ノア先輩もッ! ユウカ先輩もッ! 先生もッ! 皆っ、みんなァッ!」

 

 ■

 

 

【コユキ――貴女の責任(せい)じゃないわ】

 

 

 ■

 

「――こんな世界、ぶっ壊れてしまえば良いッ!」

 

 赤く染まった空を仰ぎ、あらん限りの声で絶叫する彼女は涙を流し続ける。見開いた瞳は充血し、黒々と染まった眼光は悍ましい。天に向かって叫ぶその姿は痛ましく、悲壮感に包まれ、破滅的でさえあった。

 頬に添えられた両の指が皮膚に食い込み、その古傷を爪で掻く。爪が肌を裂き、滲み出した赤色が零れ落ちる涙と混じって、まるで血涙の如く頬を伝った。

 

「私なんかに壊される世界なら、その程度だったって事なんですよぉッ! 私の癇癪ひとつで壊れちゃう位なら、きっとこの先に未来何て――無いも同然なんですからぁ……!」

「コユキ、貴女は……ッ!?」

「私は、悪くない――ッ!」

 

 いっそ、狂気的な仕草で宙を仰いでいた彼女は、ぎょろりと瞳を三名に向け叫ぶ。黒く濁った瞳、爪で引き裂かれた皮膚より流れ出る血、それらを前にして言葉を失う彼女達に対し、黒崎コユキ(もう一人のコユキ)は口の端を歪め、引き攣った表情で訴える。

 

「『私』は悪くない! 【私達】は悪くないッ! 精一杯やったんです! 一生懸命頑張ったんです! でも駄目で、それでも助けられなくて……ッ!」

 

 背を曲げ、本心を吐露するコユキは何度も首を振る。

 そうだ、自分は頑張った。

 黒崎コユキは頑張った、努力した。

 本当は逃げたかった、痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ、辛いのは嫌だ、寂しいのは嫌だ。自分が今更頑張った所でどうにもならないと理解していた。そんなのは柄じゃないと、いつものように跳ね退ければ良かったのだ。

 あの時、あの瞬間、ユウカ先輩がそう云ってくれたのように、自分は悪くないんだって云い聞かせながら逃げ出せば良かったのだ。

 それで良かった筈なのだ。

 黒崎コユキはそういう生徒だ、何度もトラブルを起こして、怒られて、それでも反省もせず懲りずにまた迷惑を掛けて。

 いつもユウカ先輩に、「コユキ~ッ!」って怒られて、ノア先輩に「コユキちゃん?」って笑顔で詰められて。それでその場では泣いて謝って、心底反省した様に見せかけて。

 それでも翌日には、けろりと全てを忘れてしまうような。

 そういう生徒だった。

 

 けれど、その責任から逃れるのは(罪悪を忘れるのは)――もっと嫌だった。

 

 自分なりに手を尽くした、駄目だと思っても諦めなかった。

 痛くても我慢した、苦しくても我慢した、辛くても我慢した、寂しくても我慢した。

 自分が犯してしまったどうしようもない過ちを取り返す為に、少しでも贖う為に方々手を尽くした。

 だって、ユウカ先輩ならそうしたから。

 ノア先輩だって、リオ会長だって、先生だってきっと、そうするだろうから。

 諦めちゃ駄目だって、どれだけ悲惨な状況でも学園の為に、世界の為に最後まで抗おうとするだろうから。

 それこそが、唯一残された自分の役目だった。

 けれど、結局辿り着いた結末はどうしようもないもので。

 黒崎コユキではどう頑張っても覆せなくて。

 自分に掛けられた言葉(願い)も、想いも無駄にして。

 何もかも失った自分の掌には、もうなに一つ残ってなくて。

 だから。

 そう、だから――。

 

「ただ、運が良かっただけの世界なんて……ッ!」

 

 黒崎コユキ(異なる世界の自分)は、目前に立つ黒崎コユキ(この世界の自分)を睨み付け、犬歯を剥き出しにして腹の底から声を絞り出す。

 血を吐くような思いで。

 あらん限りの憎悪と憤怒、悲嘆と妬心を込めて。

 この世界のコユキ、そのポケットから飛び出した、四葉のクローバー(思い出の栞)を凝視しながら。

 

「幸運だった世界だなんて――ッ!」

 

 

 偶然、四葉のクローバー(日常の中にある、ほんの些細な幸運)を見つけられた世界なんて。

 

 

「ぶっ壊されたって、仕方ないんですよぉッ!?」

「ッ――!?」

 

 頬を掻きむしっていた指先を払い、飛び散った赤と共に絶叫する。

 その咆哮染みた声に反応し、ドローン達が一斉に三名目掛けて銃口を展開した。周囲を取り囲む鈍い光、レッドランプ、その数と威圧感に圧倒され、ユウカとノアは戦慄と共に身構える。

 

「ぅ、ぁ――」

 

 だがコユキだけは、先輩二人に挟まれた黒崎コユキだけは。

 呆然と、愕然と――ただ目の前で慟哭するもう一人の自分自身を見つめていた。

 そうする事しか出来なかった。

 彼女の叫びが、訴えが、コユキの全身を縛り付け、細胞一つ一つを打ち据えるような衝撃と痛みを与えていたのだ。計り知れない痛みがあった、苦しみがあった、怒りがあった、妬みがあった。それらが一斉に彼女の胸を突き、その内側を掻き乱していた。

 揺れる瞳が、感情が、コユキの全身から力を奪い去る。

 

「そうですよねェッ!? リオ会長っ! ノア先輩ッ! ユウカ先輩ッ!」

 

 錆び付き、色褪せたマリ・ガンを握り締め、その銃口をゆっくりと持ち上げる黒崎コユキ(もう一人の自分)

 絶え間なく血の涙を流し、捻じれ歪んだ笑みを貼り付け、昏く悍ましい瞳を見開きながら。

 その脳裏に焼き付けた、幸福であった頃の大切な人々を思い浮かべ、赤い空を全身で仰ぐ。

 

 あの世界は踏み台なんかじゃない。

 私の世界は、本物だった。

 私の大切な人たちは――。

 私達の、大切なものは。

 

「そうですよねェッ――先生ぇッ!?」

 

 積み上げた無数の鉄屑()、その中心に立つ彼女は誰よりも、何よりも守りたかった人達の名を叫び。

 その銃口を、四葉のクローバーを持つ自分(幸福を見つけられた自分)に突き付けた。

 


 

 反転コユキの話、漸く書けましたわ~ッ!

 めっちゃ楽しかった(小並感)、やっぱ書きたい所を書く瞬間が一番生を実感するんですわよ。こういう場面を書きたいが為に、常日頃頑張っているんだなぁと感じた今日この頃ですの。

 まぁ後はコレを六人分、守護者だけでなく反転ヒナちゃんの話を含めれば七人分、書き綴るだけですわねッ!

 キャラクターの数だけ物語が存在する、素敵な事ですわ。此方も全力を尽くさねば無作法というもの、出来得る限り全力で書き込ませて頂きますわ……!

 

 因みにコユキの持っている愛銃、『マリ・ガン』ですが、ゴルフではミスショットした際にそれを無かった事にしてもう一度打ち直す。カードゲームでは手札を引き直す、という意味があるそうですわ~! 彼女らしいですわねぇ~ッ!

 やり直しても過去は消えないのにね。

 見なよ、過去を引き摺りながら今なお必死に足掻き続ける先生を……めっちゃ素敵(えっち)でしょう? 頑張り続ける人の姿は最高なんですわよぉ~ッ!

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