ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!
今回約二万字ですの!


暗くて静かな(たった一人残された)、私の居場所(世界)

 

【第三サンクトゥム D.U.シラトリ区】

 

「うーん……?」

 

 ビル群が聳え立つD.U.シラトリ区、第三業務地区からプラドアベニューを抜けた先、商業ビルが立ち並ぶその場所で先頭を歩くモモイがふと足を止め首を傾げた。

 周辺には自律兵器が暴れ回ったと思われる痕跡が散見され、空は相変わらず赤く染まり不気味である。

 しかし、彼女達の周辺は実に静かなものであり、避難の完了した今では遠くから轟く銃声や爆発音が時折耳を掠めるばかり。愛銃をきつく握り締めていた掌も、十分も歩き続ければ直ぐに解れ、サンクトゥム目掛けて歩き続けるゲーム開発部の足取りは慎重に一歩一歩踏み締めていた当初とは異なり、軽やかなものへと変わっていた。

 

「何かさぁ、全然敵とか出て来ないね?」

「う、うん、此処まで何もないと、いっそ不気味というか……」

「そうだね、ちょっと怖いかも、もっと激しい戦いになると思っていたから」

「もしかして、ボスラッシュ型のダンジョンなのでしょうか?」

 

 モモイの抱いた疑問は、皆も大なり小なり同じように抱えていた様で、口々に所感を述べる。ふとアリスが光の剣を背負ったままその様な事を口ずさめば、モモイは分かり易く顔を顰めた。

 

「うえっ、ボスとばっかり戦うタイプの奴? それはちょっと嫌だなぁ、絶対強敵じゃん」

「いや、というかそもそもD.U.はダンジョンじゃないし、私達の方に自律兵器が来ていないって事は、囮役のドローンが頑張ってくれているって事じゃないの?」

「多分、そういう事になるの……かな?」

「成程、タンク役のヘイトコントロールは重要ですね!」

「うーん、正直私達だけじゃちょっと分からないし、聞いてみよっか」

 

 考えても仕方がない、そう割り切ったモモイはいつも身に着けている猫耳型のヘッドセットを指先で叩く。すると外側のリングが淡く発光し、スイッチが入った事を確認するや否や元気よく喉を震わせた。

 

「もしもーし! 攻略チームのゲーム開発部だよ、これって聞こえてるー?」

『――此方コントロール、聞こえているよ』

 

 耳元から聞こえて来るコントロール、エンジニア部の声。担当はウタハ、彼女の言葉に頷きながらモモイは周囲を見渡し、荒れ果てた公道、その破片を爪先で軽く蹴飛ばしながら問いかけた。

 

「あのさ、結構進んだのに全然敵とか出て来ないんだけれど、これって大丈夫なんだよね? もしかして、道とか間違っていたりする?」

『いいや、ルートはその道で正しいから問題ない、自律兵器が現れないのは派遣したドローンやAMASが戦闘状況にあるからだよ、他ではそれなり激しい抵抗が見られる、制御は此方に任せて、ゲーム開発部はそのまま敵に見つからない様サンクトゥムの元まで進んでくれ』

「って事はやっぱり、別動隊が優秀だったって事だね」

「流石、高レベルの傭兵(ドローン)は強いですね!」

「なーんだ、心配して損した」

「うん、安心、だね」

 

 自分達がこれまで自律兵器と遭遇しなかったのは、エンジニア部とセミナーが用意した部隊が派手に暴れ回っているから。ある意味、作戦通りという訳である。その報告を聞いたゲーム開発部はそっと胸を撫で下ろし、モモイは余りにも静かな周辺を改めて見渡した後、締まりのない笑みを浮かべながら宣った。

 

「――この様子だと、案外簡単にミッションクリアしちゃうかもね!」

 

 ■

 

「――そう想っていた時期が、私にもありました」

「……突然どうしたの、お姉ちゃん?」

 

 唐突に死んだ目で呟きを漏らしたモモイに、ミドリは胡乱な目を向け問うた。

 ゲーム開発部は現在ビルの影に潜み、息を殺している。彼女達はサンクトゥムの落下したクレーター前まで足を進めたが、もう少しで辿り着くという所で遂に敵と遭遇(エンカウント)してしまったのである。

 恐る恐るビルの影から顔を出し、佇む敵の様子を伺う四人組。一番下にアリス、その次にモモイ、ミドリ、ユズと、まるで団子の様に重なった彼女達は口々に疑問を投げかける。

 

「え、えっと、アレって、どう見てもボス敵だよね……?」

「ボスというか、何と云うか、すっごく強そうな感じなのは伝わって来るけれど、あんなの出るとか聞いていないし」

「特殊個体ですか? 経験値が沢山貰えるかもしれません!」

「経験値って云っても、そもそも倒せるかどうかも分からないかも……」

 

 彼女達の視線の先――所々捲り上がり、粉砕された公道。倒れた標識を踏み締め、佇む巨大な鉄の塊。ロボット、そうロボットである。

 通常のオートマタ等よりも巨大で、重厚な装甲を身に纏った存在が彼女達の進路を遮り、サンクトゥムへと続く道を防衛しているのである。

 見た目はカイザーPMCなどが用いる強化外骨格、通称『ゴリアテ』に近しいか。しかし本来のゴリアテは複数の武装を搭載しており、そのフォルムも角ばったものである事が殆どである。

 しかし、二足歩行機である事はそのままに、ゲーム開発部の目前に佇む強化外骨格らしき影は、通常のゴリアテよりもずっとスマートで、小柄かつ細身の印象を受けた。エンジニア部が見たのであれば、「装甲増設による防弾、防爆性能よりも、機動と回避性能を主軸にした機体設計だね」と興味深そうに分析したかもしれない。

 兎角、他の自律兵器やオートマタとは一線を画す存在感を放つソレに対し、ゲーム開発部はただならぬ予感を抱いたのである。

 

『ふむ、サンクトゥムは敵側にとっても重要な存在である事に変わりはない、何かしらの防衛措置が取られている可能性が高い事は分かっていた、恐らく君達の前に立ち塞がったその敵こそが、第三サンクトゥムを防衛する【守護者】だろう』

「なるほど、宝を守るガーディアンという訳ですね……!」

「そうなると、無視するって訳にはいかないかぁ」

 

 ウタハから齎された言葉に、アリスは目を輝かせモモイは苦々しい表情で腕を組む。余りにも相手が強大そうであれば、迂回してサンクトゥムのクレーターに侵入するという選択肢も考えたが、そもそもクレーター内部は見通しが良い上に、隠れる場所もない。そうなると発見は避けられず、戦闘は遅いか早いかの違いでしかない。ならば先手を取って此方が発見される前に、強烈なダメージを与えた方が良いとモモイは考えた。

 幸い道中戦闘らしい戦闘は無く、体力、弾薬共に十二分。自身の膝を叩いたモモイは愛銃を抱え直し、皆に向かって宣言した。

 

「――よし、こっちから一発大技をお見舞いしよう!」

 

 声はゲーム開発部皆の耳に届く。「アリス、光の剣で先手必勝!」と叫ぶモモイに対し、アリスは「アンブッシュですね!」と背負っていた光の剣を地面に降ろした。チャージが必要なアリスの光の剣(レールガン)、それを発見前に初手でぶつけるというのであれば、成程効果的である。チャージ時間も踏み倒せるし、文字通り上手く決まれば一発で決着がつくだろう。それだけの威力が、彼女の光の剣には秘められているのだ。

 ビルの影に潜みながら、顔を見合わせたミドリはユズは、何とも云えない表情で呟きを漏らす。

 

「うん、作戦としては良いと思う」

「何か、ちょっと卑怯な気もするけれど……」

「卑怯な事なんて何もないよ!」

 

 ぽつりと漏れた言葉を耳ざとく拾い上げたモモイは、思い切り胸を張って堂々と宣言する。

 

「負けられない戦いに於いては、あらゆる手を尽くして勝利を目指すのは当たり前! ほら、偉い人も云ったでしょ、勝てば官軍! 負ければ……負ければ、えっと、何だっけ、海賊?」

「賊軍だよ、お姉ちゃん……」

「そう、それ!」

 

 呆れた様子で捕捉を入れるミドリに対し、指先を突きつけ、「それを云いたかったの!」と何度も頷いて見せるモモイ。

 

「兎に角、RPGのラスボスで全回復呪文を使う敵も居る訳だし、こっちも使える手は全部使わなきゃ! って事で、準備は良いアリス?」

「――はい!」

 

 モモイの問い掛けに元気よく頷きを返し、アリスは両腕で光の剣(スーパーノヴァ)を確りと構えると、両足を開きチャージを開始する。

 

「ターゲット確認、魔力充填……開始(チャージ)!」

 

 彼女が宣言すると同時、光の剣が低い駆動音を鳴らし始めた。砲口を覆っていた外装が展開され、フライホイール式エネルギーストレージ、及びダイナモ型発電機の役割を持つ回転部が加速し、甲高い音を掻きならす。青白い光が銃身を奔り、アリスの目元に照準補助のホログラムが浮かび上がった。

 暗がりの中、薄ぼんやりと浮かび上がるアリスの姿は敵からも視認し易くなる筈だ。彼女のチャージを固唾を呑んで見守るゲーム開発部の面々。その中でもユズは特に強化外骨格の方をじっと見つめ、何かを訝しんでいる様にも見えた。

 

「ユズちゃん、どうしたの?」

「あ、うん、その……」

 

 ミドリがビルの壁に張り付いたまま動かない彼女の肩を叩き、徐に問いかける。ユズは僅かに視線を揺らした後、ミドリを一瞥し力なく呟いた。

 

「あのロボット、何か、私のロッカーに似ている様な気がして……」

「えっ」

 

 想定してなかった一言に、ミドリ言葉を詰まらせる。

 率直にいえば、そんな馬鹿なと思ったのだ。

 改めてミドリが強化外骨格に目を向ければ、二足歩行型のスマートなフォルム、ゴリアテよりは小柄で、アビ・エシュフよりは大柄。恐らくアバンギャルド君を履帯から二足歩行にして、あの致命的に可愛くない頭部を変えて胴体と頭部を一緒にしてしまえば、目の前の強化外骨格の様な形になるのではないだろうか。

 そしてユズの云うロッカーに似ている発言についてであるが――正直ミドリからすれば、一体どこかどうロッカーになり得るのか、全く理解出来なかった。

 強いて云うのなら色合い、だろうか。確かに機体の色は濃い青と黒の混じったカラーリングだが、それだけでユズのロッカーと似ているとは思えない。

 故に彼女は腕を組んだまま、疑念と共に小首を傾げる。

 

「……そう、かな?」

「た、多分気のせいだとは思うんだけれど、ほら、胴体の所に何か、ステッカーみたいなのが貼ってある気がして――猫と肉球、それに手紙と、剣の」

「うーん、云われてみれば……? でも、此処からだと単なる塗装の剥がれとか、汚れにも見えるような――」

 

 目を凝らして観察するが、ミドリにはハッキリとした事は分からなかった。視認出来る距離ではあるが、彼我の距離はそれなりに開いている。仮に外装甲部分にステッカーか何かが貼ってあるとしても、それをピンポイントで視認するのは難しかった。

 

「あっ、スコープ越しなら見えるかも……」

 

 ふとスコープ越しになら確認出来るだろうかと思い立ち、ミドリが抱えていた愛銃を構え、スコープを覗き込んだ所で――。

 

 その機体が自分達に向き直り、じっと注視している事に気付いた。

 

「っ、気付かれた!?」

 

 思わず仰け反り、ミドリは叫んだ。咄嗟に銃口を下げ振り向くや否や、チャージを行っているアリスとモモイに発見された旨を伝える。

 

「お姉ちゃん、気付かれたよ!」 

「大丈夫ッ! こっちの方が早いんだから――アリスッ!」

「魔力充填率、八十パーセントです!」

「は、八割……!」

 

 アリスの返答に、ユズは言葉を詰まらせる。完全にチャージし切るには、僅かに時間が足りなかった。敵は既に此方に気付いている、チャージ中の発光が暗がりの中で目に付いたのだろう。寧ろ今まで発見されなかった事の方が幸運だった。

 

「――アリス、充填は百パーセントじゃなくても良いから、今すぐ撃とう!」

「分かりましたッ!」

 

 モモイはこれ以上チャージを続けるより、即座に砲撃し敵の出端を挫く事を選択する。アリスもまた、その指示に頷くと勢い良くビルの影より飛び出した。

 青白い光を秘め、スパークする砲口。アスファルトの上を滑り、腰だめに光の剣を構えたアリスは、力強く地面を踏み締めトリガーに指を掛けた。

 正面に、アリスへと向き直る強化外骨格の姿を視認する。

 

「この光に意志を込めて――貫けッ! バランス崩壊ッ!」

 

 咆哮と同時、トリガーを引き絞る。

 瞬間、凄まじい衝撃がアリスの身体を突き抜け、反動で足元のアスファルトを擦ってアリスの身体が後退した。

 フルチャージでなくとも反動は莫大であり、同時に威力も十二分。眩い閃光が周囲を照らし、巨大なエネルギー波が極光となって強化外骨格を呑み込んだ。

 弾速は瞬き、着弾は刹那、強化外骨格が防御姿勢を取る暇さえなく砲撃は確かに対象へと直撃した。

 それを見届けたモモイは爆風と熱波に顔を顰めながら、思わず声を上げる。

 

「――やったか!?」

「お姉ちゃん、それフラグ……!」

 

 立ち昇る噴煙、放たれた極光により赤熱したアスファルト、地面に降り注ぐ破片は圧倒的な破壊力を物語っている。通常ならば耐えられる筈もない、故に確かな期待を以て視界を覆う噴煙を凝視するが――視界にチラつき、微かに滲み出る影、それは対象の健在を示していた。

 

「や、やっぱり駄目だった……!?」

「今の、絶対お姉ちゃんのせいでしょ!」

「いやいや、だって今のは完全に決まったと思って――ッ!」

 

 食って掛かるミドリに対し、モモイは思わず云い訳染みた言葉を吐き出した。何せ、相手は避ける素振りすら見せなかったのだ。殆ど棒立ちで直撃した、アリスの持つ光の剣、その破壊力は皆の知る所である。並のオートマタならば影も残らず、ゴリアテだろうと外装諸共貫通、木っ端微塵に吹き飛ばす。アビ・エシュフの特殊な外部装甲であれば一発耐え切る事も出来るかもしれないが、そもそもアビ・エシュフの装甲自体が特殊であり、加えて耐えられたとしても被害は甚大だろう――如何に原型が残っているとはいえ、完全無傷とはいくまい。

 そんな期待を以て改めて視線を向ければ、立ち昇る煙の向こう側に角ばった影が見えた。

 

「あれ……?」

 

 ふと、疑問が過った。

 それは、皆が殆ど同時に抱いたものだった。

 

「何か、敵のシルエットが――」

「う、うん」

「あれは……?」

 

 噴煙の向こう側、聳え立つ影。しかしそのシルエットは、強化外骨格のモノではない。その目前に何かが、或いは誰かが立ち塞がっている。爆発の衝撃によって舞い上がった粉塵、徐々に晴れていくその中から現れる輪郭。

 全員がその影に注視する。

 

「あの形――」

 

 地面に突き立てられ、今しがたアリスの放った一撃を防いだ、特徴的な武装()。白い外装、近未来的なフォルム、本来であれば『彼女』以外扱えぬ筈の大型兵装。宇宙戦艦に搭載する予定であったという異色の開発経緯を持つソレは、ある意味で唯一無二の代物である。

 故に、この世に二本と存在しない筈の――勇者の証。

 

「アリスの――……」

 

 その姿を見たアリスは、思わず目を大きく見開く。それは隣り合った他のゲーム開発部も同様であり、ただ信じられない様な心地で目前の光景を見つめていた。

 

「――光の剣」

 

 たった今放たれた砲撃を防いだ盾。

 地面に突き立てられたそれは、アリスの持つ光の剣(スーパーノヴァ)

 今彼女が両手に握り締めている筈の、唯一無二の武装であった。

 

『ッ、エネルギー濃度上昇、反応が増えた! 皆、気を付けるんだッ!』

「っ!?」

 

 呆然と、呆気に取られた彼女達の思考を殴りつけるような、そんな焦燥に塗れた声が耳元より響いた。最初に我に返ったのはユズであった、彼女が硬直していた身体を僅かに震わせた瞬間、頭上より弾丸の雨が降り注ぐ。

 続いて響く銃声、アスファルトが穿たれる音、跳ねた破片が周囲に飛び散りゲーム開発部の四名は方々に散る。咄嗟に頭上を見上げれば、逆光の中建物の屋上より此方を打ち下ろす、人型の影があった。

 

「うわぁッ!?」

「っ、頭上から攻撃ッ!?」

「――ユズ、アリスの後ろへ!」

「う、うん……っ!」

 

 アリスは数発の弾丸をその身に受けながらも、一番近くに立っていたユズを自身の背に回し、構えていた光の剣を盾代わりにして地面に打ち立てた。轟音と共に聳え立つ絶対の防御壁、白く強靭な外装は、降り注ぐ弾丸を悉く弾き、逸らし、背後に立つ彼女達の安全を保障する。

 だが、光の剣を支え飛び散る火花に照らされたアリスの表情は困惑に満ちていて、何故自身の持つ光の剣がもう一つ存在するのか、今目にした光景が信じられない、訳が分からないという様子であった。

 

「ミドリ、こっちッ!」

「っ!」

 

 ミドリとモモイもまた、身を低くしながら近くの遮蔽に転がり込み、愛銃を抱きすくめる。倒壊した標識と電光掲示板、積み重なったアスファルトの残骸は彼女達の姿をすっぽりと覆い隠すには十分なスペースがある。積み重なった残骸の隙間から向こう側の様子を伺い、ビルの屋上に立つ影を改めて視認したモモイは、そのフォルムを目に焼き付けながら口を開いた。

 

「今の攻撃って、オートマタだよね!?」

「多分、そうだと思うけれど……! それよりどうして、アリスちゃんの光の剣があんな所に――?」

「わ、分からないけれど、考えるのは後っ! 今は反撃を……!」

「モモイ、ミドリ、危ないッ!」

 

 二人が視線を交わしながらその様な言葉を口にしていれば、ユズの警告と共に、風切り音が届いた。ハッと頭上を仰げば、飛来する人影。先程此方を撃ち下ろしていた影とは別の存在が、頭上より強襲を試みていた。

 自身に伸びる影、落下しながらも向けられる銃口、マズルフラッシュが視界に瞬き、モモイは咄嗟にミドリを引き寄せ、腕の中に抱え込むとその場に蹲った。

 一拍後にはこの身を貫くであろう、痛みと衝撃に身構え、モモイは歯を食い縛る。

 

「――させませんッ!」

 

 しかし、その弾丸が直撃する直前、アリスが光の剣を思い切り突き出し二人の前に飛び出した。

 弾丸は突き出した光の剣、その外装を強かに撃ち、次いで落下して来た人影が光の剣へと衝突した。

 ガゴンッ! という鈍い金属音、堅い物質同士が衝突したような音だと思った。人影は光の剣を両足で踏み締める様に屈み込み、庇われたモモイとミドリを凝視していた。

 同時に、モモイに抱き締められていたミドリは、至近距離でその人影を視界に捉える。

 交差する瞳――その表情が驚愕に彩られる。

 

「お、お姉ちゃん……?」

『―――』

 

 アリスの光の剣、それを踏みつけ、此方を覗き込む機械人形(オートマタ)――それは確かに、モモイの姿に酷似していたのだ。

 背丈に合わないブカブカの上着、中に着込んだミレニアムの制服、見覚えのある銃にトレードマークとも云える猫耳のヘッドフォン、左右で結んだ赤いリボン。その色合いも、背丈も、恰好も、顔立ちさえも、自分の知る姉そのものであった。

 

 ただ、その表情と瞳だけが余りにも異なっていた。

 

 表情は虚無、まるで能面の様にピクリとも動かず――此方を見つめる瞳は、赤く発光している。人間らしい感情など何処にも存在せず、冷然と、一切の躊躇や動揺は無く、無機質な視線が此方を射貫いていた。

 

「ミドリッ!」

「っ!?」

 

 ミドリを抱き締めていたモモイが咄嗟に愛銃を振り回し、引き金を絞って反撃を繰り出す。乾いた銃声が連続し、オートマタは近距離から飛来する弾丸を数発、腕で弾くや否や、そのまま光の剣を蹴り飛ばし後方へと飛び去った。

 

「くッ!」

 

 反動でアリスが僅かに押し込まれ、蹈鞴を踏む程の衝撃。それ程までに、素体重量があるという証明。重々しい着地音、同時に緩慢な動作で立ち上がるモモイに酷似したオートマタ。それを呆然と見つめるミドリ、アリス、ユズの三名。そして何処か気味が悪いと云わんばかりに顔を顰めるモモイ。

 

「な、なにあれ、何で私とそっくりなオートマタ何て居るのさ!? 趣味悪すぎでしょ!?」

「わ、分かんないよ……ッ! で、でも確かに、あの恰好と銃はお姉ちゃんの――」

「まさか、擬態型のモンスターですか!?」

「ぎ、擬態って……」

 

 困惑と衝撃に浮足立ったゲーム開発部の耳に、重々しい足音が届く。見れば先程アリスの放った一撃を受け止めた光の剣、それを持ち上げ歩み寄る影があった。

 同時に先程、頭上より弾丸の雨を降らせていたオートマタもまた、無言で外壁を滑り落ち、他のオートマタと合流を果たす。

 

 目前に立ち塞がる三体のオートマタ――モモイの姿を模していた事から、もしやという予感はあった。そしてそれは現実のものとなり、目を向けた先に佇む三体のオートマタを、ゲーム開発部の面々は信じられない心地で眺める事となる。

 

「あの恰好と、光の剣は――アリス、ですか?」

「じゃあ、アレが……わ、(ミドリ)って事?」

 

 光の剣を担ぎ、今しがた噴煙を裂いて現れたオートマタ。

 そして、屋上より此方を撃ち下ろしていたオートマタ。

 それぞれのオートマタは、予測通りアリスとミドリを模した格好をしており、その武装や顔立ち、髪型に至るまで瓜二つと云える外見をしていた。

 各々の特徴と武装、恰好まで一致させて。不気味さを通り越して、最早悍ましさすら感じられる。無意識の内に数歩退いたゲーム開発部は、それぞれのオートマタを視界に捉えながら引き攣った声を上げた。

 

「い、一応聞くけれどさ、アレって本当にオートマタだよね? 私達のドッペルゲンガーとかじゃあ……」

「大丈夫です、アリスの『しらべる』コマンドの結果、相手に生体反応はありません! 正真正銘、機械仕掛けのオートマタです!」

「あっちはお姉ちゃん、あっちは私、それであの光の剣を持ったオートマタが、アリスちゃんのオートマタで――」

「アリスと、ミドリとモモイ、それなら後ひとりは……」

 

 ゲーム開発部の内、三名が悪趣味なオートマタとして姿を現した。アリス、ミドリ、モモイ、全員が顔を見合わせ、一番後ろで顔を強張らせる彼女を見つめる。未だ出現していない、残されている者は一名のみ。

 

「――ユズのオートマタだけ、何処にも居ない?」

 

 ■

 

「うん――……うん、大丈夫だよ、皆」

 

 忙しなく、コンソールを叩く。

 暗く、狭く、青白いモニタの光に包まれた彼女だけの世界。並べられた複数のコントローラー、彼女専用の操作盤を指先で弾き、視界の中に存在する三人の仲間達を淀みない指捌きで『支援』する。UZQueenと呼ばれ、敬われていた操作精度と指捌きは健在、寧ろ時を経る毎にその素早さには磨きが掛かり、今や自身に気を配りながらも複数体の『キャラクター』を操作する事など造作もない。

 

 だが、当の本人にその自覚は無い。

 自分はあくまで、『彼女達』の補佐を行っているのだと認識している。自分が操作しているのではない、彼女達が自分の意志で動き、戦い、会話し、自分が行っているのはその一助となるような、ほんの小さなサポートに過ぎないのだと。

 彼女は目を見開き、浮かび上がるホログラムモニタを凝視しながら口元を歪めた。

 

「モモイ、ミドリ、アリスちゃん、それに先生も一緒だもん、わ、私一人だけじゃ絶対に無理、私は弱くて、勇気もない、駄目な存在だけれど――それでも」

 

 一際強く、彼女の指先がコンソールを叩く。

 画面に表示される、懐かしい顔ぶれ。自分と共に在る、仲間達と酷似した顔。否、同一の存在。

 そんなゲーム開発部を前にして、彼女は血走った瞳のまま、「強敵だ」と内心で零す。たった一人を除いて、彼女の中に於いて最強の存在。色褪せない記憶、最高の仲間達。そうだ、もし勇者パーティ(主人公)を倒す者が現れるとすれば、それは。

 

 きっと、同じ勇者パーティ(主人公)しかない。

 

「わ、私達は皆で勇者パーティだもん、ならきっと大丈夫、きっと乗り越えられる」

 

 その、嘗てない強敵を前にして彼女は奮起する。

 それでも、負けない。

 負けられないと。

 彼女は勇者で、自分達は勇者パーティなのだ。

 ならばそのエンディングは。

 冒険の結末は、ハッピーエンドでなければならない。

 

「だから行こう、アリスちゃん、ミドリ、モモイ、先生っ……」

 

 指先に力を籠め、暗く狭いその場所で、彼女は声を張り上げる。誰に届く訳でもない、ただ自分を奮い立たせ、永遠に共に在ってくれる仲間達に報いる為に。

 

「――私達なら、きっと」

 

 ■

 

「――こうなったら、先にあの大きなロボットに皆で火力を集中しよう!」

「えっ!?」

 

 皆が自身を模したオートマタに言葉を失う仲、唐突にモモイがその様な事を口走った。

 対峙する三体のオートマタ、アリス、モモイ、ミドリを模したと思われる機体。モモイの視線は、その背後に佇む強化外骨格――ボス級の敵にのみ向けられていた。

 明らかにあの敵だけ、様子が異なる。他のオートマタは自分達を模しているが、あの強化外骨格だけは何のモチーフも見出す事が出来なかった。それに目を付けたモモイは、各オートマタを叩くのではなく後方で待機し続けている彼奴を先に叩く事を皆に提案した。何より、機械仕掛けとは云え自分達のオートマタを相手取るのは非常に気分が滅入る。

 困惑の声を上げるミドリに対し、彼女は努めて真剣な表情で云い放った。

 

「何でこんなデザインなのか、何で私達に似せたのかとか、そういうのは良く分からないけれど、あのロボットが私達に似たオートマタを操っているって線は考えられない? ほら、RPGとかで良く見る司令タイプのボス敵とか居るし!」

「た、確かに、あり得ないって訳じゃないと思うけれど……」

 

 モモイの言葉に、ユズはひとり困った表情を浮かべながらもその可能性を肯定する。目の前のゲーム開発部、その恰好を模したオートマタは、明らかに生き物という感覚が無かった。まるで『敢えてその様に創られた』かの様な、ドローンやAMASと同じ、人の形ではない自律機械に似た静寂さを肌で感じたのだ。

 人の形を模しておきながら、人の形とはかけ離れた気配を放つオートマタ――あの三体は、まるであの強化外骨格を守るかのように立ち回っている。

 オートマタと対峙しながら、光の剣を盾代わりに構えるアリスの背後に集うゲーム開発部は、注意深く相手を観察しながら言葉を交わす。

 

「ボスを狙うって云っても、あのオートマタも多分、私達が近付こうとしたら攻撃してくるよね……?」

「アリスちゃんとお姉ちゃんに似たオートマタ、それと私のオートマタの攻撃、それを全部掻い潜ってロボットに攻撃を当てられるの?」

「出来るッ!」

 

 ユズとミドリの問い掛けに、モモイはハッキリと口にして見せた。そこには何の不安や躊躇もなく、何処から湧き上がっているのかも分からない自信だけが満ちていた。

 

「あんなオートマタ、所詮は私達の【偽物】なんだからッ! オリジナルの私達が負ける訳ないんだよッ!」

「……その気持ちは、分かるけれど」

 

 モモイはフンスと鼻息荒く宣言し、ミドリは彼女の言葉に消極的な賛同を示す。そもそも、何で相手は自分達と同じ姿を象っているのか。自分達が此処に来る事が分かっていたのか、これが此方の戦意や士気を挫く作戦なら悪趣味極まりない。或いは同士討ちを狙った策ならば、人間味のない気配がかえって不気味さを生んでいる。

 何か、云い表す事の出来ない悍ましさをミドリは感じた。形以上の、執念の様なモノを目前のオートマタの中に見出したのだ。ミドリは滲んだ冷汗を指先で拭い、ヘッドフォンに指先を添える。

 

「ウタハ先輩、相手の情報、何か分かりませんか?」

『……すまないが、サンクトゥムに近付くにつれて情報分析の精度は著しく落ちてしまう、此方としては通信状態を保持する事と、ドローンやAMASに遠隔で指示を出すのが精一杯なんだ、今その場にある具体的な情報に関しては、君達の目と耳が全てだと思って欲しい』

 

 今この場に存在するのはゲーム開発部のみ、ドローンやAMASの類は彼女達を進める為の陽動として運用してしまっている。情報を分析するにも、現在彼女達が目にしている光景以上のものは分からず、相手の意図など持って他。ただ、通常とは異なる類の敵である事は明らかであった。何せ、ゲーム開発部を模したオートマタなど、まるで意図が読めない。何か特別な狙いがあるのか、或いは――。

 

「大丈夫、きっと何とかなるよ! だからウタハ先輩、『アレ』を使っても良いよね?」

『むっ、もう出撃させるのかい?』

「出し惜しみはなし! 相手もロボットなら、こっちもロボットを出すべきでしょ!」

『――分かった、直ぐに向かわせよう』

 

 思案するウタハの耳に、モモイの溌剌とした声が響いた。彼女の提案に一瞬驚きを見せたウタハであったが、出し惜しみなしという言葉には個人的にも同意すべき点がある。彼女の言葉に頷きを返し、ウタハは手札を切る事を約束した。

 

「作戦はこう! アリスが光の剣を盾にして、正面から突撃、私がその直ぐ後ろに着く、ユズとミドリは後方からバックアップ! 二人がそれぞれ私とミドリのオートマタを相手にしている間、私達があのボスをやっつけるから!」

「だ、大丈夫、モモイ……?」

「アリスに任せて下さい、モモイも、皆も、この光の剣で守って見せますッ!」

 

 モモイの捲し立てた作戦に不安げな声を漏らすユズであったが、しかしアリスは自信満々に光の剣を掌で叩き、振り返るや否や煌めく瞳と共に告げた。

 

「たとえ自分自身が相手だとしても、皆と一緒なら、絶対に負けません!」

 

 その強い口調に、ユズとミドリは無言で顔を見合わせた。不安はある、思う所も。しかし自信満々に笑って見せるモモイとアリスを見ていると、そんな不安も何処かに吹き飛んだ。ユズとミドリは互いに頷き合い、覚悟を決めた様に顔つきを変え、ゆっくりと息を吸い込む。

 その瞳から、怯えを追い出す為に。

 

「分かった、それでいこう、お姉ちゃん!」

「う、うん……!」

「よぉ~し!」

 

 腹は決まった、道筋も十分。ならば後は全力で事に当たるのみ、不確定な未来や可能性に対する不安は、この際脇に置いて行く。こういった場面に於いて、モモイの持つ愚直とも云える素直さは、ある種彼女達に希望を齎した。

 光の剣、その脇から顔を覗かせ自身の駆ける道筋を確かめたモモイは、一度振り向いてゲーム開発部の全員を一瞥し、それから拳を握り締め思い切り突き上げた。

 

「ゲーム開発部、突撃―ッ!」

「おーッ!」

 

 赤い空に蔓延する空気を払拭するような、裂帛の気合と清々しさ。飛ばした号令と共に、一気に駆け出すゲーム開発部。アリスが先頭に立ち光の剣を盾代わりにして突貫、その背後にピッタリとモモイが張り付く。

 残されたユズとミドリはその場で膝を突いて射撃姿勢を取り、三体のオートマタもまた、呼応するように動きを見せた。

 

 初手に攻撃を仕掛けて来たのはモモイとミドリを模したオートマタ二人組、実に息の合った所作で同時に銃口を突き出し、突貫して来るアリスに向け発砲。閃光が周囲を照らし、乾いた銃声と共に駆けるアリスの勢いを削ぐ為、集中砲火を敢行した。

 

「くぅ――ッ!?」

 

 一拍後、光の剣、その外装に幾つもの弾痕が刻まれ、火花と共に甲高い金属音が鳴り響く。正面から雨の如く飛来する弾丸はアリスの勢いを削り取り、駆けていたアリスは光の剣越しに叩きつけられる衝撃に思わず呻き、その足を鈍らせた。

 だが、それを遮る様に数発の弾丸がオートマタの横を掠める。

 

「どれだけ見た目を似せたとしても、磨き上げたセンスは、真似できないでしょ――ッ!」

「アリスちゃん、モモイ、そのまま行って――ッ!」

 

 ミドリとユズ、両名による支援射撃。アリスとモモイ、二人の突撃を援護する為にミドリとユズはそれぞれ一体のオートマタを狙って射撃を敢行した。ミドリの射撃はオートマタの手元を掠め、ユズのグレネードランチャー(愛銃)による攻撃は爆発と共に周囲の瓦礫を諸共吹き飛ばす。当てられずとも構わない、兎に角注意を此方に向け、相手の射撃精度を落とせればそれで良い。その目的は果たされ、横合いから差し込まれる射撃を嫌ったミドリとモモイのオートマタは、近くの遮蔽に身を隠し、一時アリスに向けられた銃火を途切れさせる事に成功した。

 その隙にアリスとモモイは中央を突破し、そのまま残された一体――アリスを模したオートマタへと肉薄する。

 

「アリス、来るよッ!」

「――ッ!」

 

 我武者羅に突進するアリスの耳に、背後から注意を促すモモイの声が届く。睨みつけた視界の先で、煌めく砲口を此方に向けるアリス(オートマタ)の姿があった。両足を大きく開き、突き出した光の剣は既に砲撃体勢。チャージを行わない状態で、此方を諸共射貫く算段だと理解する。確かに光の剣はノンチャージでもある程度の破壊力を誇る、少なくとも数秒稼働させれば発砲自体は可能だった。

 それを見たアリスは大きく息を吸い込み、頬を膨らませるや否や急ブレーキを敢行、アスファルトの上を勢い良く滑りながら光の剣を思い切り地面に突き立て表面を粉砕、そこに凭れ掛かる様に背を曲げ叫んだ。

 

「モモイっ、アリスを踏み台に――ッ!」

「っ、了解!」

 

 彼女の背中に続いて駆けていたモモイは、アリスの呼びかけに意図を察する。アリスの背中、そして光の剣、続くそれらを視界に入れ、モモイは大股で踏み込み、地面を勢い良く蹴飛ばした。

 

「ジェット、ストリートぉ……ッ!」

 

 一歩、二歩、三歩。

 愛銃を抱えたまま飛び上がったモモイは、曲がったアリスの背中、そして突き立てた光の剣を足場にして、三段跳びの如く大きく跳躍する。

 靡いた風がモモイの上着をはためかせ、咄嗟にモモイを見上げるアリスのオートマタ。しかし、その砲口は突き立てられた光の剣に向いたまま、光の剣は咄嗟に照準を合わせるには余りにも重く、取り回しが悪い。ましてやアリスのスペックを完全再現出来ていないのならば、尚の事。

 アリスは身体は本当の意味で特別製である、そこらのオートマタが再現出来る筈もない。それを見越していたモモイは両足をアリスのオートマタに向け、そのまま勢いに任せ落下した。

 

「アターック!」

 

 突き出した両足がオートマタの胸元を捉え、衝撃が走る。モモイはオートマタに勢い良く飛び蹴りをお見舞いし、そのまま諸共公道の上へと縺れ、倒れ込んだ。派手に砂塵を撒き散らし、転がる両名。アリスのオートマタは勢いに負け光の剣を手放し、モモイもまた同様に愛銃を手放し公道の上を何度も跳ねる。派手に転倒し地面に這い蹲った両者であったが、先に起き上がったのはモモイであった。

 彼女は砂に塗れながらも打ち付けた頭部を摩り、覚束ない足取りで立ち上がると、突き立てた光の剣を持ち上げるアリスに向かって叫んだ。

 

「いててッ……あ、アリス、今だよッ! 今がチャンス!」

「はいッ!」

 

 色々と想定とは異なったが、結果的に遮るものの無くなった道。アリスは光の剣を担ぎ直すと、その道を一直線に強化外骨格へと向かって駆け出した。

 聳え立つ強化外骨格は相変わらず此方の戦闘を眺めるばかりで、戦う素振りさえ見せる事がない。だが、アリスからすれば好都合。彼女は担いだ光の剣を両腕で確りと支え、駆ける勢いそのままに大きく振りかぶって叫んだ。

 

「光の剣には、こういう使い方もあります――ッ!」

 

 砲撃ではなく、純粋な外装強度にモノを云わせた打撃武器としての運用。アリスは勢い良く踏み込み、アスファルトを踏み砕きながら強化外骨格目掛けて光の剣を振り下ろした。

 

「会心の一撃ですッ!」

 

 光の剣の重量、駆けた勢い、純粋な腕力、それらを組み合わせた打撃は凄まじい威力を秘めた一撃と化す。

 アリスは振り下ろした光の剣、その確かな威力に敵の粉砕を確信したが、しかし強化外骨格は振り下ろされる光の剣を認識した瞬間――まるで最初から軌道を読んでいたかのように、ほんの一歩斜めに後退するだけで回避して見せた。

 紙一重の身躱し、振り下ろした光の剣が微かに強化外骨格の胸元を掠め、火花を散らす。同時に地面に叩きつけられた光の剣が破砕音を打ち鳴らし、砕けたアスファルトが四方に飛び散った。

 アリスはその結果を驚愕と共に見届け、焦燥を滲ませた声を上げる。

 

「か、躱されましたッ!?」

「違う、ちゃんと掠ってる!」

 

 完全に躱されたと思った、しかしアリスの攻撃は確かに届いていた。

 見れば確かに、強化外骨格の胸元、その外装が凹み、半ば捲れ上がっていた。ただ掠っただけではあるが、それでも今の一撃には掠っただけで外装が捲れる程度の威力が秘められていたのである。モモイは強化外骨格の胸元を指差したまま、アリスの背中を押すべく声援を送る。

 

「今ので外装が剥がれそうになっているよ! アリス、もう一息!」

「っ、それならもう一発――ッ!」

 

 背後から複数の銃声が響く、ミドリも、ユズも、それぞれのオートマタと戦闘を繰り広げているのだと分かった。一秒でも早く、一瞬でも早く、その想いがアリスの両腕に力を与え、返す刃で強引に光の剣を持ち上げたアリスは、そのまま横薙ぎに光の剣を振るった。

 縦振りでは、身をほんの僅かに逸らすだけで避けられた。しかし、大きく踏み込んだ上での横振りは回避するスペースも限られる。何故かはわからないが、この強化外骨格は動きが鈍い、スマートなフォルムをしている癖に、まるでずっと上の空で居るかのように。

 実際問題、アリスが今正に殴りかかろうとしているこの瞬間さえ、強化外骨格は微動だにしなかった。

 

「これで、アリス達の勝ちですッ!」

 

 勝利を確信し、光の剣を全力で薙ぐ。これだけの重量、例え相手が強化外骨格相手であろうと、胴体部分を拉げさせるだけの威力はある。重々しい風切り音と共に飛来する光の剣、その外装が勢い良く強化外骨格目掛けて振るわれ。

 

 鈍い、破砕音(金属音)

 光の剣が強化外骨格の外装を粉砕した音――ではない。

 それは、光の剣を受け止めた音であった。

 

「ッ!?」

「えっ!?」

 

 アリスとモモイの驚愕に息を呑む声。

 二人の視界には、いつの間に現れたのか、強化外骨格よりも一回り小さい、けれどアリスやモモイと比較すればあまりにも大柄なオートマタが映っていた

 ソレが強化外骨格とアリスの間に割り込み、振るわれた光の剣をその強靭な腕で受け止めていたのである。

 

「あ、アリスの攻撃が、防がれた……!?」

 

 後方より一部始終を見ていたモモイが、愕然とした様子で呟く。アリス自身の怪力は云わずもがな、それに加えて振るわれた光の剣の重量を加味した衝撃は凄まじいものがある。薄い鋼板程度であれば貫通し、建造物の支柱さえ欠損させ、軽量車両であればフレーム諸共粉砕可能な威力を誇る。

 それを正面から受け止める出力など、一体どれほどのものか。少なくともモモイにとっては、生徒で同じ事が出来るような人物に心当たりなどなかった。

 

「あ、あれは……! 先生ガーディアン!?」

 

 ミドリはアリスと対峙した影を凝視し、その姿形が見覚えのあるものである事に気付いた。モモイは告げられた名称に疑問符を浮かべ、思わず問いかける。

 

「な、なにソレ!?」

「た、確かアリスちゃんが描いた、先生がモチーフの無敵のキャラクター……!」

 

 そうだ、ミドリは確かに記憶していた。

 うろ覚えだが、ダンジョンのモンスターを考案していた時、兎に角数を揃えようとアリスにペンを握らせた際、その様なデザインを仕上げていた事を思い出す。筋骨隆々な肉体に、子どもの落書きの様な、先生の似顔絵を貼り付けたキャラクター。確か、そんな見た目のイラストだった筈だ。

 

 それを思い返し、改めてアリスと対峙するオートマタに目を向ける。

 突き出した光の剣を受け止めた機体――オートマタは、人の筋肉を模したようなデザインの外装を纏っていた。オーソドックスな二足型に、頭部はありきたりなオートマタヘッド、他のゲーム開発部の機体とは異なり人工皮膚すら貼り付けていない。しかし顔面の前面に表示されたディスプレイには確かにアリスの描いた、先生の似顔絵が映し出されていた。

 まるで乱雑な落書きを、出来得る限り合理的な外装に合わせ、オートマタとして出力したような姿。

 

 それがアリスの描いた、『先生ガーディアン』だと気付けたのは、本当に偶然であった。

 しかし、気付いてしまったが故に、ミドリは狼狽し、困惑する。

 だって、このデザインを知っているのはゲーム開発部の、自分達だけの筈だった。

 ネットに上げた覚えも、製品版に組み込んだ記憶もない。この落書きは部室の資料箱の中で、数多のイラスト案に埋もれ消えてしまった筈なのに。

 けれど今、現実に形を伴って出現した『先生ガーディアン』は、確かに自分達が頭の中で生み出したものだった。

 ミドリは対峙したオートマタに目を向ける事も出来ず、ただただ困惑と恐怖を湛え、一歩、二歩と後退りながら呟きを漏らす。

 

「な、なんでこんな、私達しか知らない様なデザインのロボットが――」

 

 おかしいと思った。

 何かが、変だと。

 自分達を模したオートマタが出て来た時点で、薄々感じていた違和。或いは、悍ましさ。まるで自分達の知らない、異なる世界に踏み込んでしまったかのような不安と恐怖。理解不能な現象に対して、ミドリの本能が全力で警鐘を鳴らしていた。

 

「――うん、やっぱり強いね」

「えっ」

 

 不意に、声が聞こえた。

 それはアリスの直ぐ傍、光の剣を掴んだ先生ガーディアン、その背後から。

 身に纏った強化外骨格、抉れた外装の内側から、青白く細い指先が伸びた。同時に金属の拉げる音、無理矢理内側から、外装を捻じ曲げるような所作。現れた指先が強化外骨格の外装を押し出し、その隙間を僅かずつ押し広げ、内側を晒す様に動いていた。

 そして薄らと光るホログラムモニタ、その向こう側から現れる顔。

 

アリスちゃん(勇者)は」

 

 広げられた外装甲の損傷、その隙間から覗く瞳を目にした時。

 アリスは目を大きく見開き、一瞬で身を強張らせた。

 だってそれは、たった今目にした顔は。

 余りにもアリスの知る友人に酷似していて。

 

「――……ユズ?」

 

 ぽつりと呟かれた名前。

 それに対し、目の前の彼女はただ、寂しそうに微笑むだけであった。

 彼女は正面に立つをアリスを見つめながら、手元のコンソールを素早く操作する。

 

「でも、でもね……私達だって勇者パーティだから」

 

 だから、そう簡単には負けられないの。

 

 続けて放たれた言葉が、アリスの鼓膜を震わせる。言葉としては理解出来た、しかし彼女の処理能力を超えた現実の光景が、アリスの心を掻き乱し、その行動を縛り付けていた。アリスは強化外骨格に包まれたユズの姿を見つめ、震えた声で問いかける。

 目の前の彼女からは、他のゲーム開発部を模したオートマタから感じられた、無機質さが全く感じられなかった。そう、まるで本当に生きているかのような。

 

「ゆ、ユズ、どうして?」

「………」

「で、でもおかしいです、だってユズはちゃんと、あそこに――」

 

 アリスが呟き、数歩蹈鞴を踏む。光の剣を引き戻せば、先生ガーディアンは何ら力を籠める事無く、即座に光の剣を手放した。重量と精神的な衝撃、それによって後退るアリスの瞳、そのレンズが収縮し、無意識の内に生体認証(バイオメトリクス)による分析を開始した。

 

 目、鼻、口の位置関係、顔の輪郭、皮膚の質感、瞳の光彩、虹彩(アイリス)、耳介の形状、音声による識別、声帯の振動特性、共鳴周波数(フォルマント)、発生の癖とリズム、それら一切が即座に彼女の中に蓄積された花岡ユズのものと照合され、分析される。

 そしてアリスの中に、一つの結論が齎された。

 

 

 ――目の前の存在は間違いなく、『花岡ユズ』であると。

 

 

「わ、私のオートマタ……?」

「しゃ、喋った!? 他のオートマタは全然喋らないのに、しかも声もユズそっくりじゃん!?」

「こ、これって、ユズちゃんを模したオートマタって事で良いんだよね……!?」

「――違いますッ!」

 

 困惑と驚愕、それらを露にする仲間に対し、アリスは即座に否定を叫んだ。

 蒼褪め、彼女らしくもなく取り乱した姿を見せるアリスは、光の剣を抱えたまま首を横に振り、目前の強化外骨格を――ユズを凝視する。

 何度も、何度もスキャンを繰り返した。だがその度に、無情にも齎される結果が変わる事は無く。アリスは震えた唇で言葉を紡ぐ。

 

「このユズは、機械人形(オートマタ)ではありません!」

「……えっ」

 

 オートマタではない。

 その一言が、ゲーム開発部に途轍もない衝撃を齎し、全員が硬直する。今目の前にいるゲーム開発部に酷似した人型は、皆オートマタだ。機械仕掛けの身体で、本物ではない。自分に似せた【偽物】だった。

 けれど、アリスの前で強化外骨格を身に纏う、彼女は――彼女だけは。

 

「ちゃんと此処に居ます、存在しています! このユズは、【本物】なんですッ!」

「―――」

 

 アリスの悲鳴染みた、痛みさえ伴う様な叫びに、皆が絶句した。

 特にユズは何が起きているのかも理解出来ず、ただ強化外骨格を身に纏い微笑む自分自身を見つめ続ける。

 遠目に見える、赤い髪。所々跳ねて、碌に手入れもされていないのだろう、伸び放題の前髪は結ばれる事も、後ろに流される事も無く、まるで幽鬼の如く垂れ落ちている。愛用のパーカーは薄汚れ、胸元に提げていた生徒証は擦れて読めもしない。

 ただ深い隈と、垂れた前髪の向こう側に煌めく瞳だけが薄暗い機体の中で、爛々と煌めいていた。

 

「本物……?」

 

 ゲーム開発部の視線が、強化外骨格へと注がれる。中途半端に開いた外装、そこから覗くユズの表情。彼女は自身の前に立つ先生ガーディアンの背中に強化外骨格の掌でそっと触れ、口元に薄らと笑みを浮かべる。

 

『ま、もる――……』

 

 先生ガーディアンが、両腕を広げ呟いた。アリスの前に立ち塞がり、強化外骨格に包まれたユズを守る様に佇むオートマタは、光の剣を受け止めた事で僅かに歪んだ指先のフレームをそのままに、ノイズ混じりの電子音声を周囲に響かせる。

 よく見れば、ゲーム開発部のオートマタとは異なり、先生ガーディアンの素体には所々に損傷が散見された。修理が追いついていないのか、或いは他の理由があるのか。それは目の前の彼女のみが知る。ただ彼は、軋む体を懸命に動かしながら、生徒の壁にならんと立ち続けた。

 

『生徒は、私が――』

「……はい、先生」

 

 その声に応えるように、彼女は言葉を重ねた。発する声には確かな親愛と、盲目的な信頼が垣間見えた。先生ガーディアンの背に添えられた指先が、ゆっくりと握り締められる。

 

「大丈夫です、先生が居れば、怖くありません」

『―――……』

「わ、私はちっとも強くないですけれど……それでも、頑張ります、み、みんなのことが、本当に好きだから」

 

 深い隈の刻まれた目元を緩ませ、俯きながら呟くユズは、言葉を詰まらせながらもハッキリと告げる。昏く、粘つくような感情と本心、ゲーム開発部という存在に向けられた執念。暗がりの中で煌めく瞳が、再び皆へと向けられる。

 

「――本当に、大好きだから」

 

 だからこそ、絶対に負けられないのだ。

 

「な、何がどうなって……?」

 

 思わず、モモイの口を突いた言葉。それはゲーム開発部全員の総意であり、同時に現状に対する混乱そのものであった。蒼褪め、狼狽したモモイは強化外骨格と、それから自分達の後方で呆然と立ち尽くすユズを交互に見つめ、それから声を荒げ懸命に訴える。

 

「何でユズは、だ、だってユズは此処に居るんだよ!? オートマタじゃないって、それじゃあユズが二人居るって事!? なら、この私達のオートマタは、一体なんなのさ――ッ!?」

「も、モモイ、構えて! 攻撃が来ます!」

「っ、お姉ちゃん、アリスちゃん、こっちに下がって! 早くッ!」

 

 戦慄、恐慌、動揺、混乱、焦燥、あらゆる感情が噴き出し浮足立つゲーム開発部を前にして、オートマタ達は再び活動を再開する。攻撃の意志を読み取ったアリスが即座に注意を促し、ミドリは二人に後退を呼び掛けた。アリスは光の剣を盾代わりに後退し、未だ何事かを叫ぶモモイを引き摺る様にして退却を開始する。

 

「―――」

 

 ただひとり、ユズは愛銃を掴んだまま立ち竦み、後退する仲間を援護する事も出来ず、強化外骨格を身に纏った自分を、そして仲間達を模したオートマタ達を見つめ続ける事しか出来なかった。それは暗がりの中、覗いた自分の瞳を直視した時、その奥底に眠る様々な感情を読み取ったが故の動揺であった。

 

「……行こう、皆」

 

 異なる道を辿ったユズは、垂れ下がる髪を払う事もせず、再びホログラムモニタを注視する。コンソールを叩く指先は淀みなく、その瞳は自分の大切な仲間を、機械人形(オートマタ)を捉えて離さない。

 

「作戦はいつも通りだよ」

 

 強化外骨格の暗がりに潜み、仲間達の視界を共有したユズは大きく息を吸い込む。やる事はいつもと同じ、相手が自分自身であろうと変わりはしない。ユズ(自分)に出来るのは仲間を信じ、微力を尽くす事だけ。

 モモイ、ミドリ、アリスちゃん、先生、それぞれ小さく名を呼んだ彼女は、愛用のコンソールに指先を添えながら、薄らと微笑み呟いた。

 

「――『いのちだいじに(めいれいさせろ)』」

 


 

ゲーム開発部型機械人形(ユズだけのお友達)

 

 ユズを除くゲーム開発部壊滅後、リオはオートマタによる人体、及び人格の複製実験の為のコネクトーム構築を提案。

 オートマタへのマインドアップロードを行い、疑似人格による対話を通じて、殆ど廃人同然となったユズの精神的安定を図ろうと試みた。

 しかし、これに対して猛烈に反発したのがヒマリを始めとしたヴェリタス、及びエンジニア部の生徒達。

 両者の対立は激化し、軈てその溝は決定的なものとなり、セミナーと特異現象捜査部、ヴェリタス、エンジニア部の対立は周囲に伝搬、結果的に複製実験は頓挫する。

 

 ゲーム開発部のオートマタが発声も出来ず、簡易AIすら搭載されていないのは、そもそも搭載される予定であったゲーム開発部のコネクトーム(疑似人格)が完成していないから。文字通り見た目はゲーム開発部の皆を模してはいるが、中身は伽藍洞の鉄塊である。

 なので現在戦っているオートマタは全て、ユズが自ら操作し命令を下している。ユズ本人が身を預けている強化外骨格(ロッカー)が無防備なのはそのせい。

 因みに本人に仲間達を操作している意識はない。ユズの中では皆が自主的に自分を守ろうと戦ってくれるし、ミスは全て自分のサポート不足によるものだと思い込んでいる。仲間が敵を蹴散らせば「やっぱり皆は強いなぁ」で、被弾してしまえば「私のサポートが遅れたから…!」と心底悔やむ。

 ある意味彼女が超絶技巧の操作技術を持っていたが故に生まれてしまった、ひとりぼっちのゲーム開発部。

 

 先生ガーディアンが発声出来る理由は、先生のコネクトーム(疑似人格)が既に完成していたから。

 たとえ偽りであると理解していても、もう一度会いたいと願う生徒は、リオが想定していた以上に存在したのである。

「遠い未来で、脳と神経を完全に分析し、炭素やたんぱく質ベースの交換用生体部品が実現されたとしても、今はそんな思考実験すらしたくないわ」と考えを改める未来さえあった彼女は、しかし失われた現実を前にして気丈に振る舞えるほど、強く在る事は出来なかった。

 

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