ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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漫画を描く時間を確保する為、一日猶予を頂きましたわ~!


私の望んだ、最期の依頼(悪は一日にして成らず)

 

【第一サンクトゥム アビドス自治区・砂漠地帯】

 

「あはははッ! 追って来る影が沢山、選り取り見取りだね~!」

 

 視界一杯に広がる敵、敵、敵――波の如く寄せては返すその群れを、ムツキは哄笑と共に愛銃、トリックオアトリックにて掃射する。絶え間ない銃声と振動はムツキをして満足出来るほどの火力を常に提供し、放たれる閃光と7.62mmは迫り来る自律兵器の群れを纏めて貫通、その外装を粉砕し、砂漠の中に外装を飛び散らせた。爆ぜ、主腕が捥げ、勢い良く地面を転がっていく自律兵器の数々。

 揺れ動き、不規則に上下する列車の上で膝を突き射撃を続けるムツキは、赤熱しつつあるバレルを一瞥しながら唇を舐める。

 

「――っと、もう弾倉が空になっちゃった」

 

 カチン、という音と共に肩を打っていた衝撃が途切れる。当たり前ではあるが弾薬とは撃ち続ければ軈て消えるもの。手元を覗き込み、空になった大型の弾倉を目にしたムツキは、手早くフィードカバーラッチを押し込み薬室を検める。空っぽの中を改めて確認したムツキは、僅かに口元を歪めつまらなさそうに肩を落とした。

 しかし、それも束の間の事。

 

「でも今回はぁ~……くふふっ! 費用度外視の暴れ放題だもんね!」

 

 にんまりと、まるで三日月の如く弧を描く口元。彼女が背後に置いていた横長の鞄に手を突っ込むと、ジャラリと中から新たな弾倉を取り出す。

 掴んだそれを愛銃にフィードトレイにセットし、先頭弾をリンクごと装填、トップカバーを閉じチャージングハンドルを後方まで引き込む。ガチン、という硬質的な音と共に装填が完了するや否や、彼女の機嫌は瞬く間に元の位置へと急上昇した。

 

「予備弾倉、た~くさん持って来たから、まだまだ楽しめるよぉッ!」

 

 満面の笑みと共に叫び、再び銃口を迫り来る自律兵器に向けたムツキは、改めて引き金を絞る。瞬間再び鳴り響く銃声、網膜を焼くマズルフラッシュ、心地良い振動が全身を打ち、目前の自律兵器がバラバラに粉砕されていく。その光景を見つめながら、ムツキは上機嫌に笑った。

 普段は何かと財政難な便利屋68である、弾薬費用節約の為これほどまでに贅沢な射撃など許されない。それこそ弾薬費用に見合うだけの報酬が約束されているか、アルが難敵と判断した相手にのみ限定的に使用される総力戦――尤も、周囲の被害総額が大きすぎて最終的にギリギリ赤字か僅かな黒字、という事もままあるが。

 それでも、今回ばかりは自分達の未来、キヴォトスの命運が掛かった一線である。事務所に保管していた弾薬や爆薬の類をありったけ持ち込んでいた。

 弾倉を一つや二つ使い切った所で、痛くも痒くもない。

 

「死んでください、死んでください、死んで、死んで、死んで――ッ!」

「良いよハルカちゃん、ガンガン撃っちゃって~ッ!」

 

 ムツキの直ぐ傍、列車に飛び掛かろうとする自律兵器を優先的に撃ち落とすハルカは、蒼褪めた表情のまま絶え間ない迎撃を続けている。

 彼女の愛銃、ブローアウェイは散弾銃である為、今回は弾薬にフルボア・ソリッドスラッグを用いていた。散弾銃の口径一杯のサイズで作られた弾頭は凄まじい衝撃力を持ち、硬質金属の単塊(モノリシック)で作られたそれは自律兵器の外装甲(ハードスキン)を容易に貫通する。

 

「わぁああッ!」

 

 その証明に、列車へと飛び掛かって来た自律兵器にハルカが発砲した瞬間、その外装甲が一瞬で拉げ、折れ曲がり、内部の配線をズタズタにして遠方へと吹き飛んでいく。砕けた自律兵器はそのまま砂漠の只中に落下し、砂に埋もれて見えなくなった。

 絶大な破壊力を誇る弾薬だが、その分反動は強く、弾頭の重さゆえに初速が遅い。有効射程は精々五十から百程度。しかしハルカは何の問題も無いように扱い切っていた。

 

「あははっ、流石! はいコレ、新しい弾薬ポーチね!」

「あっ、ありがとうございます! ムツキ室長!」

 

 自身の撃ち漏らした敵を完璧なサポートで迎撃するハルカを称賛しながら、ムツキは弾薬の詰まった小型のポーチを投げ渡す。慌てて受け取ったハルカはそれを腰に巻き付け、シェルを指先で摘まんで取り出し、愛銃に手早く装填していった。

 

「この数、撃っても撃っても、全然減らないわね……っ!」

 

 うって変わって先頭車両、ムツキ達とは真反対の方向から戦況全体を見渡すアルは、数体の自律兵器を狙撃で撃ち抜いた後、遠方に聳え立つサンクトゥムを睥睨する。

 向こうから湧き出る自律兵器は留まる事を知らず、延々と列車の後を追い続けていた。まるで津波か雪崩の如く、一体二体撃ち抜いた所で、その残骸を乗り越え数十という自律兵器が残骸を乗り越え迫り来る。車体に取りつかれる事を許せば、その数に圧倒され為す術もなく減速、袋叩きに遭うだろう。

 舌打ちを零したアルは列車の天井を踵で打ち、耳元のインカムに向かって叫ぶ。

 

「カヨコっ、もう少し速度上げられない!?」

『悪いけれど、これが最高速度……!』

 

 銃声に混じって返って来たのは、カヨコの苦し気な声。彼女もまた、側面から迫り来る自律兵器の相手をしながら、平行で列車の操縦に苦心していた。

 

『これ以上は車体の強度限界を超えて破損するかもしれない! 古い車両だから仕方ないけれど、走行時の振動も想像より凄いし、ただですら線路だって碌に整備もされていないのに、脱線したらこの数に囲まれて一巻の終わりだよ……!』

「くっ、分かったわ――ッ!」

 

 確かに、自律兵器から逃げ切る為に速度を上げて脱線したのでは本末転倒である。カヨコの言葉に頷きを返したアルは、ワインレッド・アドマイアーに新たな弾倉を嵌め込み、大きく息を吐き出す。只管数で攻めて来る相手に対してアルの持つ狙撃銃は少々分が悪い、しかし贅沢は云っていられない。

 一体でも多く、相手を行動不能にし、目を惹きつける。それこそが自分達の役割であるが故に。

 

「ムツキ、ハルカ、弾薬の残りはッ!?」

「あははっ、まだまだあるよ~っ!」

「わ、私もまだ戦えます、アル様ッ!」

 

 後部車両で暴れ倒す二人に問い掛ければ、片や楽し気に、片や戦々恐々とした様子で返答する。見ている分にはまだ余裕がある、この列車速度でも処理限界に達していないのは不幸中の幸いだろう。

 

「大見得を切ったのは良いけれど、時間を稼ぐのがこんなに大変だなんてね……ッ!」

 

 アルが呟くと同時、走行する列車の直ぐ傍で爆発が巻き起こった。

 紫の光弾が炸裂し、地面の砂を盛大に巻き上げる。飛び散る砂塵の中、素早く愛銃を構えスコープを覗き込んだアルは、そのまま視界に砲撃型の自律兵器を捉えた。

 高速で走行する列車の上より、数百メートル離れた遠方の敵を精密射撃――困難な事ではあるが、アルにとっては朝飯前。

 唇を突き出し、小さく息を吸い込む。そして糸を弾くような指使いで以て柔らかく引き金を絞る。

 途端銃声が轟き、深紅のラインが視界に奔った。

 放たれた弾丸は目標とした砲撃型の中心を穿ち、中核を捉える。紫色の光が内側から漏れ、透かさず爆散。破壊を確認したアルは薄らとした笑みを浮かべ、羽織った外套を靡かせながら銃口を逸らした。

 

「ふん――この様子なら、対策委員会の方に向かう自律兵器なんてほんの一握りでしょう、囮役としては十二分に機能している筈よ」

 

 此方に対する攻勢が激しいという事は、その分だけアビドス対策委員会のルートは手薄になるという事。盛大に暴れ倒して、相手の注意を惹くという作戦は現状上手く機能している。

 後はこのまま、対策委員会がサンクトゥムを破壊する瞬間まで粘り切れば、自分達の勝利は疑いない。

 その様に考えて、アルはふと視線を横合いに逸らし。

 

 

 ――一発で十分。

 

 

「――ッ!?」

 

 ぞくりと、まるで背中に氷柱を突き入れられたかのような悪寒を覚えた。

 思わず目を見開き、身構える。冷ややかな感覚に導かれるようにしてアルは遠方、サンクトゥムの方角を凝視した。

 遠方に聳え立つサンクトゥム、その影が伸びるアビドス砂漠の砂丘、その頂上に立つ――誰かの輪郭。

 

 赤空の下、辛うじて視認出来る影よりキラリと光るソレ何かがあった。それが狙撃銃のスコープ、その反射光である事に気付き、アルは全身を強張らせ咄嗟に叫んだ。

 

「全員、今直ぐ列車から飛び降りなさいッ!」

「えっ?」

 

 銃声に負けず劣らず、周囲に響き渡るアルの絶叫。唐突に告げられた避難勧告、調子よく後続の自律兵器を蹴散らしていたムツキは引き金から指を離し、振り向くや否や呆気に取られた表情を浮かべ、隣り合うハルカもまた突然の命令に目を白黒させる。

 

「アルちゃん? 何、突然どうしたの?」

『社長、何を――』

 

 ムツキとカヨコは疑問の言葉を口にし、指示の意図を理解出来ず、暫しその場で硬直した。

 しかし、ハルカだけはアルを一瞥するや否や、愛銃を抱き締めたまま全力で駆け出し、そのまま高速で走行する列車の上から飛び出した。

 

「わっ、分かりました、アル様ッ!」

「あっ、ちょ、ハルカちゃん!?」

 

 何の躊躇いも無く、ある種盲目的な信頼をアルに抱いているが故に、彼女はそのまま砂漠のど真ん中に着地、転がり落ち、盛大に砂塵を撒き散らした。

 その様子を唖然とした様子で眺めていたムツキであったが、背後から駆け寄って来たアルに肩を掴まれ、そのまま鞄諸共強引に列車の外へと身を押し出される。

 

「良いから、二人も早く――ッ!」

「わわっ!? ちょ、待っ……ッ!?」

『っ、く……!』

 

 アルとムツキが二人そろって車外へと身を投げ出した事を確認し、カヨコも一瞬の逡巡を経て窓を突き破り、そのまま列車の外へと飛び出す。

 カヨコにアルの意図は分からない、しかしこんな状況で唐突に意味もない選択をする筈がないと云う信頼もまた存在する。

 虚空に身を投げ出したカヨコは両腕で頭を庇う様にして姿勢を整え、衝撃に備える。それなりの速度で走行していたが故に、地面に接地した身体は強く砂に擦り付けられ――しかし柔らかな砂は衝撃を幾分か吸収し、何度か地面をバウントしたカヨコは、砂に塗れながらも僅かな痛みに顔を顰めるだけで済んだ。

 

「全員、爆発に備えなさいッ!」

 

 ムツキに覆い被さったアルは、全員が車外に飛び出した事を確認し叫んだ。それはこれから何が起こるのか、本能的に察知していたが故の行動。ハルカとカヨコは彼女の言葉に従い、立ち上がる事なくその場で身を伏せ、頭部を腕で防御する。

 

 瞬間――遠方より放たれる、紅の弾丸。

 

 まるで流星の如く放たれた閃光が暗がりを裂き、砂漠を横断、高速で走行する列車の先頭車両を見事射貫いた。その光景に目を奪われるアル、しかし余韻に浸る間もなく、紅に射貫かれた列車は盛大に爆発四散、便利屋の肌を熱波が焼き、周囲の自律兵器を諸共吹き飛ばす。

 大小の破片が周囲に飛び散り、砂漠に突き刺さる。火の粉が風に舞って漂い、アルの羽織っていた外套が勢い良くはためいた。

 爆発によって生まれた炎が砂上を舐め、赤熱した砂漠が視界に映る、燃え盛る火の子を払いながら被った砂を振り落とすアルは、二度、三度、咳き込み顔を顰めたまま立ち上がる。

 

「皆、無事っ!?」

「へ、平気です!」

「ぺっ、ペッ! 砂が口に入っちゃった……!」

「今のは、一体……?」

 

 燃え盛る炎に照らされた周囲、慌てて仲間達の安否を確かめれば、ムツキはアルに抱き締められたまま舌を出し、口に入り込んだ砂を吐き出す。ハルカは砂に半ば埋もれながらも勢い良く挙手し、カヨコは肩に付着した砂を払いながら冷静に事態を見極めていた。

 カヨコは煌々と燃え盛る炎、爆散し横転した列車の残骸に目を向け、表情を険しく変化させる。

 

「列車が、粉々に――?」

 

 今の一瞬で一体何が起きたのか、カヨコ視点では何も分からなかった。ただアルに促されるまま列車を飛び降り、防御姿勢を取った次の瞬間、背後で列車が爆散した。

 直前で危険を察知し退避を叫んだアルに答えを求めるような視線を向ければ、彼女は爆散した列車ではなく、サンクトゥムの方角を睨みつける様にして見ていた。

 炎に照らされ、輪郭のハッキリしたアルの視線は、強い警戒心と緊張を孕んでいる。

 

「すっごい爆発だったけれど、もしかしてハルカちゃん、スイッチ押しちゃったの?」

「い、いえっ! わ、わたっ、私は何も……!」

「違うわムツキ、今の爆発はハルカの爆弾によるものじゃない」

 

 ムツキが小首を傾げ問いかければ、ハルカは砂に塗れた愛銃を回収しながら慌てて何度も首を横に振って見せる。これ程の爆発、確かに彼女からすればハルカが事前に設置していた爆弾が誤作動か何かを起こしたと考えるのが自然だろう。

 しかし、アルはムツキの言葉を否定した。

 どこか確信を持った口ぶりだと思った。

 真剣な面持ち、それでいて強張った表情を目にしたムツキは、どこか驚いたような表情でアルの名を呼ぶ。

 

「……アルちゃん?」

「今の爆発は――」

 

 そう、暗がりの中で奔った見慣れた深紅の軌跡(ライン)

 直後起きた巨大な爆発、規模こそ自身のソレとは異なるが、間違いない。

 あの攻撃(狙撃)は、自身(陸八魔アル)の扱う――ワインレッド・アドマイアーの特殊弾。

 

「っ、皆、警戒を!」

 

 咄嗟に、カヨコがデモンズロアを突き出し、素早く引き金を絞った。

 瞬間、炎によって生まれた影に潜み、飛び掛かろうとしていた自律兵器が二機、続けて撃ち落とされる。外装を穿った9mm、数発は弾かれたものの衝撃波自律兵器を押し返し、二機は力なく砂の上に落下し主腕と副腕を蠢かせた。

 落下した二機に容赦なく追撃を加え、装甲の存在しない隙間に銃撃を撃ち込むカヨコ。アルが慌てて周囲を見渡せば、炎上する列車の奥から続々と現れる自律兵器の数々。

 

「うわ、もしかして囲まれちゃった?」

「あ、ぅ……」

「これは、そうみたいだね」

 

 一歩、二歩、後退り自然と背を預け合い四方を警戒する便利屋68。当然の話ではあるが、重要な足である列車を失った今、機動力で自律兵器を翻弄するという策は使えなくなった。純粋な速力で振り切るのは足場の悪い砂漠では難しい、残された選択は足を止めての迎撃戦、しかしそれを行うには敵の数が多く、そして砂漠と云う遮蔽の存在しない開けた地形は少数にとって不利を強いる。

 

「今の爆発で、結構自律兵器も吹き飛んだと思ったんだけれど、まだまだ数は残っているみたい、本当に無尽蔵なのかもね、この自律兵器」

「わ、私が前に出て、ぜ、全部消します……ッ! その隙に――っ!」

「大丈夫よハルカ、この程度、ピンチですらないもの」

 

 蒼褪め、皆を逃がす為の時間稼ぎを行おうとするハルカを他所に、自律兵器に囲まれて尚、悠然と佇むアルは首を横に振る。

 砂を被った外套を軽く叩き、ワインレッド・アドマイアーを肩に担いだ彼女は、挑発的な笑みを浮かべながら鼻を鳴らす。その視線が鞄を持ち上げ、満面の笑みを浮かべるムツキを捉えた。

 

「――そうでしょう、ムツキ?」

「くふふっ! 勿論、そう云うと思って……!」

 

 意味深にムツキの名を呼んだ途端、待っていましたとばかりに鞄に両手を突っ込むムツキ。そうして取り出した彼女の両腕には、大量のプラスチック爆弾、手榴弾、地雷と云った爆発物がこれでもかと云う程に抱えられていた。

 

「きゃははッ! 弾薬だけじゃなくて爆弾も当然、沢山持ち込んで来たよ! これ、一気に爆発させちゃおっか!?」

 

 目を輝かせ、大量の爆発物を抱え込むムツキは喜色と共に叫ぶ。一体その量を、どうやって詰め込んだのかと疑問になる程。しかし、彼女の愛用する鞄には謎が多い。ムツキは抱えた爆発物を機嫌よく、周囲にばら撒こうと身を屈め――。

 

「――その必要は無いわ」

「ッ!?」

 

 突如、制止の声が響いた。

 最初それを、ムツキは隣り合ったアルが発言したのだと思った。

 しかし声は隣から聞こえて来たものではなく、燃え盛る列車、その向こう側から響いていた。

 

 途端、彼女達を取り囲んでいた自律兵器が一斉に動きを停止し、不気味な静寂が周囲を支配する。

 便利屋68の全員が突然動きを止めた自律兵器に困惑し、狼狽する中、炎が燃え盛り、爆ぜる音だけが耳に届く。

 全員の視線が自然と、声のした列車の方角へと引き寄せられた。

 

「相手方の動きは既に把握した、こっちの戦力は陽動よ、遠方で動いているもう片方の部隊――【アビドス対策委員会】が異なるルートでサンクトゥムに接近している」

 

 ゆったりとした、口火の切り方。同時に砂を踏み締める音。爆発した列車の残骸を踏み越え、炎の隙間を悠然とした足取りで抜ける。炎に照らされた影は足元まで伸びるロングコートを靡かせ、淡々と言葉を続けた。

 

「此処は私一人で十分、アナタ達はアビドス対策委員会の対処に向かいなさい」

 

 手にした狙撃銃をサンクトゥムの方角へと突きつけ、放たれる号令。自律兵器はその声を聞き届けるや否や、一斉に活動を再開し、統率の取れた動きで以て砂漠の向こう側へと消えていく。その様子を一行は信じられない心地で見守るしか無かった。

 

「自律兵器が一斉に――」

「ひ、退いて行く……?」

「……正体不明の機体に指示を出せる存在、か」

 

 カヨコはデモンズロアのグリップを握る指先に力を籠め、人影を睨みつける。想定外の存在、敵戦力の発覚。アルもまた、便利屋の皆を守る様に位置取り、炎を背にした人影と対峙する。

 

「これは、黒幕登場って所かしら?」

 

 冷汗の伝う頬をそのままに、アルは挑む様な姿勢で告げた。自律兵器を指揮する存在、明らかに他とは違う存在感を放つ人影に、自然と便利屋の面々は決戦の意識を高める。

 ムツキが乾いた唇を舌で湿らせ、愛銃の残弾を横目で確認する。ハルカもまた、慌ててポーチよりシェルを摘まみ出し、次々と装填し戦闘に備えた。警戒と戦意、真正面からぶつけられるソレに対し、影は薄らと口元を緩める。

 

「――黒幕、ね」

 

 彼女はアルの言葉に対し、嘲る様に肩を竦めた。そして徐に指先を立てると、それを対峙する便利屋68へと向ける。燃え盛る炎は強い影を生み出し、対峙する人影の顔立ちは伺えない。

 

「ムツキ」

「っ?」

 

 ふと、影がムツキの名を呼んだ。

 何故自分の名前を知っているのか? 

 そんな疑念が首を擡げるが、それよりも驚きと、奇妙な感覚に彼女は戸惑いを覚えた。それは、見知らぬ存在に名を呼ばれた瞬間、ムツキ自身が無意識の内に安堵を覚えた事であった。

 見知らぬ他者に、何故そんな感情を抱くのか。ムツキには分からない。

 

「カヨコ」

「………」

 

 カヨコもまた、その呼びかけに眉を顰める。

 だが、不思議と不快感は無かった。その事自体が、実に奇妙な話であった。

 理解不能、正体不明、故にカヨコは誰よりも理性的であろうと努め、警戒心を新たにする。

 

「ハルカ」

「……えっ」

 

 ハルカは名を呼ばれた一瞬、弾んだ胸元に手を当て、目を瞬かせる。対峙するのは敵である、キヴォトスの敵であり、便利屋68の敵であり、先生の敵であり、アルの敵。それは即ちハルカにとって抹殺対象、どんな手段を講じてでも消さなければならない相手。

 だと云うのに、目の前の影に名を呼ばれたハルカは深い感謝と、多幸感をその一瞬で得た。その事実が信じられないとばかりに、ハルカは自身の胸元を何度も擦り、目を白黒させる。

 自分にこんな感情を齎す存在は、限られている筈なのに。

 

 三者三様、それぞれの反応を観察しながら影は微笑む。

 

「貴女達はずっと、私の記憶の中に在る姿のまま――本当に、あの頃と変わらない」

 

 酷く、懐かしむ様な声。一人一人に視線を向け、今目の前に存在する彼女達を通し、まるで遠い誰かを見ている様な。

 それは感傷だった、誰に理解される事もない、彼女だけに許された。

 

「そして、貴女も」

 

 最後に、皆の前に立つ陸八魔アルを見つめる。暗がりの中、鈍く光る瞳が真正面から。

 良くも、悪くも――過去は過去のまま。

 薄らと弧を描いた艶やかな唇が、彼女の名を紡ぐ。

 

「――陸八魔アル」

 

 アルの顎先を、汗が伝い落ちた。

 緊張、圧迫感、周囲に漂う張り詰めた空気。アルでさえ飲み込まれそうなそれに、カヨコは自身の中で疼く、奇妙な感覚を押し殺しながら敢えて強気に振る舞った。

 

「……誰か知らないけれど、随分と馴れ馴れしく私達の名前を呼んで来るんだね?」

「えぇ、当然よ、何せ私にとっては――家族同然の存在だったんだもの」

 

 カヨコの吐き捨てるような言葉に対し、人影は喜びの念と共に答える。

 返答は、カヨコが想っているよりもずっと斜め上のものだった。

 

「は?」

「か、家族……?」

「そう」

 

 平然と、当たり前の事の様に、彼女は肯定する。

 それに面食らったのはカヨコ達の方である。まさか、こんな突拍子もない事を云い出すとは思ってもおらず、目を丸くしながら影を凝視する。しかし、彼女はそんな便利屋の様子に注意を払う事無く、朗々と謳う様に舌を躍らせた。

 

「どれだけこの手を汚しても、天を貫く程の名声を得ても、大企業を踏み潰せるだけの力を付けても、過去だけは変わらない――変えられない」

 

 ――貴女達(便利屋68)の代わりは、終ぞ現れなかった。

 

 砂塵の混じる熱風、炎によって暖まった空気が頬を撫でる。はためく外套が音を鳴らし、人影の正面に濃い暗がりを作り続けている。威風堂々とした立ち姿、何故妙に耳に馴染む声、まるで自分達と親しい関係であったかのように振る舞う所作。

 人影を睨みつけるカヨコ、対峙した彼女の心臓が早鐘を打ち、冷汗とも、脂汗とも取れるそれが背中に滲み出した。

 カヨコの思考が回る、嘗てない程に唸りを上げて。

 

「一体、何の話……?」

「あら、まだ分からないのかしら?」

 

 辛うじて、舌は動いた。

 問いかけながらも、彼女の思考は一つの仮説に辿り着ている。だが、その解答を彼女は即座に否定していた。

 しかし、まるでそうする事を予期していたかのように炎を背に立つ人影はカヨコを見つめ、揶揄う様に自身の唇をなぞる。

 

「聡い貴女の事だもの、既に片鱗には触れている筈よ、本当は分かっているのでしょう?」

「―――……」

「あぁ、それとも分からないフリをしているだけなのかしら? そうね、確かに貴女は皆が想っているよりもずっと優しくて、色々な事を考えて、背負い込んで――だからこそ人一倍、寂しがり屋だったもの」

「な、にを……」

 

 じっとりとした汗が、デモンズロアのグリップに付着していた。「まさか」と云う思考、同時に存在する「あり得ない」という理性。デモンズロアを両手で握り締め、下から伺う様に人影を睨みつけるカヨコは、精神に強い圧迫感を覚える。まるで優し気に語り掛けて来る声、しかしその中に含まれた感情の強大さは全く以て未知。

 双方のやり取りを見守っていたムツキとハルカは視線を交互に動かし、それから要領を得ないとばかりに声を上げた。

 

「何、カヨコちゃん、どういう事? もしかして、私達の知り合いだったりするの?」

「え、えっと、すみません、私には何の事だか分かりらなくて……」

「カヨコ」

 

 二人にも違和感はあった、先程感じた奇妙な感覚と戸惑いの色。しかし、それが何であるかには気付いていない。この場で事の真相に気付きつつあったのは、二名。

 アル本人と、カヨコだ。

 アルはカヨコの肩に触れ、しかし視線は影に向けたまま、呟いた。

 

「……アル(社長)

「多分だけれど、私達が感じたコレが『正解』よ」

「……そんな事、普通に考えてあり得ない」

「そうね」

 

 極めて常識的に、理性的に物事を語るカヨコに、アルは賛同を示した。その通りだろう、普通に考えればあり得ない事が起ころうとしている。しかし、アルには確信があったのだ。彼女は影が抱える長物――恐らく銃火器であろうソレを指差しながら断言する。

 

「さっき列車を襲った一発――あの一発は確かに、私のとっておき(ハードボイルドショット)だった」

「……!」

 

 列車を消し飛ばした爆発、それを起こしたのが目前の影である。それは間違いない、この眼で確りとその瞬間を捉えたのだ。アルの持つワインレッド・アドマイアーに特殊弾を装填し、敵の内側へと撃ち込み爆破させる。一発の弾薬費用が途轍もなく高くつく為、滅多に放つ事の無いアルの『とっておき』。

 アルはそう断じ、何とも苦々しい表情と共に告げた。

 

「私も、目の前の【彼女】と対峙した瞬間、言葉では表現する事の出来ない何かを感じたの、確かに現実的じゃないわ、あり得ない、そんな筈ないって――心の中で何度もそんな事を思った」

「………」

「でも、今目の前に立っている存在は、きっと――」

「その通りよ」

 

 アルの言葉を肯定するかのように、影は云った。

 そこには不承不承ながら、彼女自身を認めるような色があった。ゆらりと動き出した足先が砂を踏み締め、徐々に便利屋の方へと歩み寄る黒色。

 咄嗟に身構え、銃口を突きつける便利屋68の四名。しかし、それに怯む事も、躊躇う事も無く、人影は黙々と足を進める。

 片腕にぶら下げた銃火器が一つ、その銃口が砂上を掠め、揺らめき爆ぜた炎の一部が、迫る影の横顔を照らした。

 

「現実を直視するだけの度量はあるのね、この頃の(あなた)にも」

「ッ――!」

 

 その顔を直視した時、その場に集った全員に衝撃が走った。

 ムツキはらしくもなく息を呑み、ハルカは目を丸くしながら体を硬直させる。カヨコは大きく顔を歪め、自身の予感が正しかった事を悟り――アルはただ、強大で高すぎる壁を見上げるような、焦燥感の漂う瞳で彼女を見つめていた。

 

「は? なっ……!」

「えっ、あ――な、なんで」

「……やっぱり」

 

 皆の口から、各々抱いていた感情が零れ落ちる。それらを耳にしながら目前の人物――陸八魔アル(異なる世界の彼女)は微動だにしない。

 生き写しの様に同じ顔、似た格好、同じ銃器。異なる点と云えば、肌に走った僅かな古傷と、折れ欠けた角の片側。そして薄らと汚れ、修繕跡が散見される外套(ロングコート)か。

 彼女はただ、炎に照らされた自身を見上げ、挑む様な目つきで以て注視し続ける陸八魔アル(己自身)を観察する。

 

「――あぁ」

 

 不意に、吐息が漏れた。

 それは彼女の中に湧き上がった、どうしようもない感情から零れた感嘆だった。

 視界に煌めく瞳、丁寧に手入れされた両角、毎日を生き延びるの精一杯なのに、それでもずっと傍に居てくれる仲間達。それらを背にして、良きリーダー足らんと必死に背伸びをして突き進む在りし日の姿。

 そんな自分自身の嘗ての姿を視界に収め、陸八魔アルは自身でも制御出来ない、複雑で強い感情に支配される。力なく垂らした両腕、その片方に握り締めた愛銃に、力が籠った。

 

「……過去の自分を、直接目にするというのは、想像していたよりもずっと」

 

 そう、頭で考えていたよりも――ずっと、ずっと。

 

「最悪の気分ね」

 

 口元を歪め、確かな嫌悪感と憎悪、それを込めて吐き捨てる。その、陸八魔アルらしからぬ悪態と敵意に、ムツキは驚愕を込めて彼女の名を呼んだ。

 

「……あ、アルちゃん?」

「えぇ、そうよムツキ、久しぶりね」

 

 尤も、この世界では毎日のように顔を合わせているだろうけれど。

 何て事のない様子でそう口にする彼女は、ふっと苦笑を零しながら肩をすくめて見せる。何処か昏くて、陰鬱として、影のある気配。だが同時にそれは、どこまでも悠然とした態度の裏返しでもあり、孤独ではない、孤高と呼べる気高さを保っている。

 ハルカは愛銃の銃口を咄嗟に逸らした、仮想敵とは云えアルと同じ格好をする彼女に対し、銃口を向ける事が出来なかったのだ。直ぐ傍に立つ陸八魔アル(この世界の彼女)と、対峙する陸八魔アル(異なる世界の彼女)を見比べ、蒼褪めた表情のままハルカは問う。

 

「あ、アル様が二人? お、オートマタか何か、ですか……?」

「残念だけれどハルカ、私は生身よ、機械化した過去も、記憶も無いわ」

「う、ぇ……なっ、なら、あ、貴女は、一体――」

「私の名前は【陸八魔アル】、ゲヘナ学園、便利屋68所属」

 

 抱えた愛銃の表面をなぞり、彼女は目を閉じる。銃口が火の粉を掠め、靡く裾が音を立てていた。炎に照らされ、光沢を放つ古めかしいデザイン――陸八魔アルが愛用する狙撃銃、『ワインレッド・アドマイアー』。

 胸元に装着されたショルダーホルスターには、丁寧に手入れされた『デモンズロア』を。

 肩に提げた見覚えのある大型の鞄は、ムツキが愛用するものと酷似している。

 彼女は片側の折れた角を指先で弾き、閉じていた瞳を開くと、薄らと笑みを浮かべ云った。

 

「そこに立っている私とは、異なる未来を歩んだ――ね」

 

 妖艶であり、不気味でもある、だがその所作には閑雅な色さえ感じられた。持つ者が放つ、特有のオーラとでも表現するべきか。対峙していると自然に頭を垂れたくなる様な、実力に裏付けられた自負と自尊心。

 肩に羽織った外套こそ、対峙する陸八魔アル(この世界のアル)と同様のものではあるが、内に着込んだドレスはひと目で高級品だと分かった。

 異なる道を辿った、成程それも頷けるほどの説得力が、正しくオーラとして彼女を包んでいるのである。

 

「っ――」

 

 アル(この世界の彼女)は思わず、唾を飲み込み目前の影を凝視した。そこには、驚きと困惑、恐怖と委縮、そして僅かな羨望の念が灯っていた。

 ある意味、目の前の存在は陸八魔アルにとって理想の姿でもあったのだ。

 

 実力に裏打ちされた、泰然自若とした姿。常に余裕を持ち、対峙するだけで伝わって来るような凄まじいオーラと威圧感。もし何も知らない自分が彼女と出会って、全く異なる姿、恰好をしていたのならば、『裏社会の支配者』と真正面から紹介されても何ら疑問を抱かなかっただろう。もしくは、素直に感化されてしまったかもしれない。

 

 彼女の憧れたアウトロー(格好の良い存在)、それを目の前の自分(陸八魔アル)は体現していたのである。

 

「本当に懐かしいわ、その顔」

「………」

「未来に起こる事も知らない、明日を知ろうともしない、影を理解せず、ただ光だけを見つめている――楽観的で能天気な顔」

 

 だが、どうにも異なる道を進んだ自分自身は、今の陸八魔アル(自分)を快く思っていない様子だった。

 何も失わない、そんな自分(過去)を見せられるなんて。

 そんな風に吐き捨て、彼女は薄らと浮かべていた微笑みを掻き消してしまう。その態度に、アルは思わず気圧されてしまう。

 

「――ふん」

 

 つまらないものを見るかのような、尊大で、傲慢で、絶対的な視線。肌がひりつくような敵愾心、それを一心に浴びながら、しかしアルは気丈にも退く事をせず、寧ろ胸を張って一歩を踏み出した。

 背後に立つ仲間達、その存在を想えば、彼女の矜持が膝を折る事を許さなかったのである。

 確かに、目の前の自分からは凄まじい何かを感じる。

 今の自分では逆立ちしても叶わない様な実力差、それが銃火を交えずとも分かったのだ。

 先の列車を爆発四散させた一撃からも、それは明らかだろう。

 

 しかし、だからこそ解せない。

 今、この瞬間――陸八魔アル(自分自身)世界を滅ぼす側に(便利屋68の敵対者として)立っている理由が分からない。

 自分ならば、そんな選択はしない、出来ない。

 その一念が、目前の強大な存在に立ち向かう勇気を生んでいた。

 

「貴女が別世界の私――別の世界から来たというのは理解したわ、確かにその立ち振る舞い、気配、只者じゃないわね」

 

 アルは目前の自分自身、異なる世界の陸八魔アルを肯定する。その実力は疑るべくもなく、自身とは比較にならない程の高みにあるのだと。ピクリと、対峙する彼女の眉が僅かに跳ねるのが分かった。その程度の事は分かるかと、僅かばかりの感心を示す様な素振りだと思った。

 

「――何て云うか、そう、裏社会で生き抜いた、生粋のアウトローって感じよッ!」

「……あぁ、そう」

 

 指を突きつけ、アルは煌めく瞳をそのままに叫ぶ。あまりにもマイペースで自分本位な発言だった。場違いにも程があると、嘗ての自分を見つめる陸八魔アル(異なる世界の自分)は思わず視線を逸らし、投げやりな声が漏れ出た。

 だが、それが全てではない。アルは愛銃を脇に挟んだまま、怯懦を全て飲み込んで尚も言葉を重ねる。

 

「けれど一つ、解せないわね」

「……?」

「そんな私が大勢の自律兵器を嗾けて、自分は高みの見物を決めた後に奇襲だなんて、随分と卑怯な手を使うじゃない」

 

 まるで挑発する様に、腰に手を当て指先を立てる彼女は薄ら笑いと共に問うた。

 それが単なる虚勢である事は見抜いていた。自分自身の事は誰よりも知っている。威圧感に呑まれそうになっている仲間を鼓舞する為に、敢えてその様に振る舞っているのだろう。

 故に、陸八魔アル(異なる世界の)は少し思案する素振りを見せた後、敢えてその挑発に乗った。

 

「あら、一体何をそんなに憤る必要があるのかしら」

「……!」

 

 有りっ丈の侮蔑と、悪辣な笑みを添えて、彼女は告げる。

 陸八魔アル(異なる世界の自分)は嘯き、悪魔と称されるに足る表情のまま淡々と唇を湿らせた。

 

「外道、卑怯、そんなものは私の辞書には存在しない、重要なのは目的(依頼)を達成出来るのかどうか、それこそが全てであり絶対の指針――信条、矜持、理念、主義、そんなものは必要ないわ」

 

 それで勝てる(守れる)と云うのであれば。

 

 陸八魔アル(異なる世界の彼女)は云う。

 待ち伏せ、騙し討ち、寝込みの襲撃、偽装降伏、陽動、火計、毒計――勝てるのであればどのような形であれ、手を尽くすと。目的に必要とあらばどんな悪辣な行為にさえ手を染めよう。

 

 唯一絶対に譲れない条件、それは勝つ事(守り抜く事)

 その為に矜持、信条、理念、それら一切は必要ない。

 万手万策を以て勝利を証明する。

 ただ、それだけで良い。

 それこそが。

 

「――それこそが、アウトロー(無法者)ってものでしょう?」

 

 冷酷に、悪意さえ滲ませ、彼女は嗤う。

 そうまでして守りたかったものが、疾うの昔に掌から零れ落ちたとしても。

 弱さを見せる事は、決して許されない。

 自身が選んだ道は、そういう道だ。

 

「――見解の相違ね、陸八魔アル(わたし)

 

 だが放たれたソレを、アルは真っ向から否定して見せた。

 対峙する異なる世界のアルは、否定の言葉を耳にするや否や眉を顰め口を噤む。

 吹きすさぶ風、爆ぜる炎の中でキラキラと輝く瞳が見えた。怯えのない目だ、自分を信じて疑わない、真っ直ぐな色。

 この世界の陸八魔アル(自分自身)が放つ色、それが色褪せた自身の奥底を擽って、苛立たせる。

 

「確かに貴女は強いのでしょう、けれどそのやり方には、美学が足りない」

「……美学ですって?」

「えぇ――確かに私は唯一絶対のアウトローを目指してはいるけれど」

 

 ぐっと腹に込め、この世界のアルは背後を振り向く。羽織った外套が靡き、音を鳴らした。

 振り向けば其処には自分を信じて共に在ってくれる、便利屋68の仲間達が居た。彼女達はただ口を閉じ、この状況が呑み込めずとも、それでも静かに二人の問答を見守っている。

 ハルカが、ムツキが、カヨコが――陸八魔アル(自分達のリーダー)を見つめていた。

 ずっとその背中を見ていた。

 共に同じ道を駆け抜けた。

 だから分かる。

 確信がある。

 

「この先に、どんな未来が待っていたとしても……!」

 

 本当に大事な時に。

 絶対に、正しいと思った事なら。

 陸八魔アル(私達のリーダー)は。

 決して、間違った道には進まない。

 

「どんなに大きな困難が、高い壁が、聳え立ったとしても……!」

 

 その無形の信頼が、言葉にせずとも伝わる想いが。

 自身が道を誤った時、必ず仲間達が手を引き戻してくれるという信頼が。

 この世界の陸八魔アルに、異なる世界の陸八魔アル(自分自身)と同等の、或いはそれ以上の自信と自負を与えてくれた。

 

「世界を滅ぼすなんて選択、絶対に間違っているって事よッ!」

 

 だから彼女は目を輝かせ、希望に満ちた表情で以て、その声を周囲に轟かせた。

 

「――そう」

 

 

 本当の地獄も(一人残される苦痛さえ)知らない癖に(貴女は知らない)

 

 

 その一言が、誰の目にも見えぬ火ぶたを切って落とした。

 フッと、目前に立つ彼女の表情から一切の色が落ちる。歓喜も、悲壮も、侮蔑も、憎悪も、一切存在しない。機械染みた無表情、鉄仮面の如く張り付いた拒絶の色が、陸八魔アル(異なる世界の彼女)の胸中から湧き上がる強大な感情の波を遮断する。

 不意に腕を振り抜き、何かを投げ放つ動作が見えた。便利屋の面々目掛けて投擲される影、それに全員が視線を向けた瞬間、凄まじい爆発と閃光が網膜を焼き、熱波が全身を襲った。

 

「――ッ!?」

 

 放たれたのは爆弾か何か、しかし投擲物は一つの様に見えたのに、そこから連鎖的に幾つもの爆発が空中で巻き起こる。

 灼熱のセレナーデ、ムツキ謹製の特殊爆弾。クラスター染みたそれは全員の聴覚と視覚を一時的に狂わせ、撒き散らされた爆炎と砂塵が周囲を覆い隠す。衝撃が肌を打ち据え、便利屋68全員が怯み、一瞬の間隙が生まれる。

 

「これ以上の問答は必要ない」

「ッ、ぅ!」

「やり方は、裏社会(ブラックマーケット)と同じよ」

 

 空かさず爆炎を裂き、現れる影。アルが咄嗟に反応し愛銃を突き出せば、同じように突き出された同型の銃口が擦れ合い、同じタイミングで引き金が絞られる。

 至近距離で瞬く紅の閃光、轟く銃声、放たれた深紅の弾丸は双方の頬を掠め、鮮血が噴き出す。

 反応出来たのは奇跡に近しい幸運だった。もし一拍でも動作が遅れていれば、一方的に額を撃ち抜かれて意識を飛ばしていた事だろう。

 浮かびあがる赤い血痕、顔を顰めるアルの視界に、冷徹な瞳で以て此方を睥睨する陸八魔アル(異なる世界の自分)が映る。

 

「互いの目的は明白、和解は不可能、交渉の余地すら存在しない、ならば此処から先は口で語る必要が無いわ――互いの利益が衝突した時、どちらも譲れないというのであれば、最後に辿り着くのは暴力(コレ)のみ」

 

 ――私なら、理解出来る筈よ。

 

 一方的に放たれる言葉、至近距離で交差する視線。鍔迫り合いの如く擦れ合い、カタカタと金属音を鳴らす銃身。同じ色の瞳、同じ型の銃口、同じく抱いた夢、異なるのは――辿った道だけ。

 

「このッ!」

 

 見つめていると吸い込まれそうな昏い瞳に、アルは両腕で愛銃を掴み力任せに振り払う。放たれたそれを華麗に捌き、素早く後退する彼女。「アル様ッ!」、「アルちゃん!」、「アル!」と背後から響く声、ムツキ、ハルカ、カヨコが慌てて駆け付け、アルの身を案じる。

 後退し、砂上を滑りながら身を翻した彼女は、炎に照らされたまま濃い影を伸ばし告げる。

 

「さぁ、来なさい――『便利屋68』」

 

 やり方はシンプルにして究極(アウトロー)

 勝った方が正しい(全てを得る)

 ただ、それだけ。

 

 弾倉を切り離し、新たに装填した彼女は小さく息を吸い込み、地面を蹴飛ばす。

 一息に跳躍した彼女は残影と共に燃え盛る列車の上に飛び乗り、残骸を舐める炎を踏み締め、集結する便利屋68を何の感慨も無く見下ろす。

 過去の己、其処に集う仲間達を前にして、心の奥底では何を想うか。

 何処までも広がる赤空と、巨大なサンクトゥムを背にした陸八魔アル(異なる世界の自分)は、手にしたワインレッド・アドマイアーの銃口を宙に向け、云った。

 

その名前(便利屋68)の重さを、教えてあげる」

 

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