ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!


まだ少しだけ(目を瞑れば)夢を見ていたかった(いつだって傍にいた)

 

 ――走る、走る、走る。

 

 只管に地面を蹴飛ばし、一心不乱に駆け続ける。今だけは決して振り返らずに、真っ直ぐ前だけを見据えて。シッテムの箱によって統制された肉体制御は、常の先生であれば困難な全力疾走さえ難なくこなして見せる。虚ろな心臓が早鐘を打ち、視界は凄まじい勢いで後方へ流れていた。

 広大なアトラ・ハシースの内部は回廊のみだけ切り取っても非常に長く、エリアを跨ぐ場合は車両を用いなければ移動が困難な程に離れている。尤も、コレを運用する者からすれば一瞬で転移してしまえば良い訳で、都合よく車両なんてものが転がっている筈も無く、今この場に於いては自身の足だけが頼りであった。

 

「この、いい加減邪魔ッ!」

「また一段と、防御が強固になりましたね――ッ!」

 

 ミカとワカモが先行し、密集する自律兵器の攻撃を捌きながら突貫、道を切り開く。ワカモは銃剣と銃撃を交え、一体一体の敵を確実に、迅速に処理し。

 反対にミカは複数体の自律兵器を纏めて蹴り、殴りつけ、強引に行動不能とする。

 二人の後に続くアコは先生の直ぐ傍で撃ち漏らしを担当し、二人の猛攻を潜り抜け迫る自律兵器の弱点を的確に撃ち抜いていた。

 

 前方を駆ける生徒の背中を懸命に追いながら、先生はどんどん己の神経が研ぎ澄まされていくのを感じた。

 間近で戦闘が繰り広げられている際、アドレナリンが分泌され集中力が増す事はままある。

 しかしこれはあらゆる余分な雑念が消え、極限の集中に至る過程に似る。

 根本的に異なるのは、削られて行く余分な雑念というものが、自身の根底を構成する要素だという事であった。

 

 刻一刻と、身体から零れ落ちていく生命の残滓。

 僅かずつ、僅かずつ、しかし確実に失われて行く時間()――その分だけ先生の心身は重く、だが痛烈な意思が芽生える。

 零れ落ちる生命が増えれば増える程、先生の足取りはより力強く、より鋭く、より大きく、前へと踏み込む。

 

「――っ!」

 

 思考の端に、飛来する影の先端を捉えた。

 それは自律兵器より飛び出した主腕の切っ先、背後からの挟撃の心配は必要なくなったとは云え、未だその数は衰える事は無く。

 撃ち漏らした自律兵器の一体が音も無く、先生目掛けて主腕を振るった。それが大きく弧を描き、風切り音と共に鞭の如く放たれる。

 視界情報ではなく、シッテムの箱経由で放たれた攻撃を認識した先生の肉体は、義手となる左腕で顔面を守る様に身を固め、思考よりも早くその場で腰を落とす。

 一拍後、バチンッ! という紫電と共に先生の身体が大きく揺れ、撓った自律兵器の主腕が先生の左腕を強かに打った。

 衝撃で制服の左袖が弾け飛び、黒々とした義手が硬質化による防御を実行。純白のシャーレ制服の下より、表面装甲が僅かに凹んだ義手が露となる。

 確かに攻撃は受けた、しかし先生の肉体は衝撃を完全に受け流し、吹き飛ぶ事も、地面に転がる事も無く身構える。

 散り散りになった布切れの隙間から、先生の左目が自律兵器を睨みつけた。

 

「あなた様ッ!」

 

 攻撃を受けて尚健在である先生を認識し、自律兵器が改めて二撃目を振り下ろすより早く、ワカモが目にも止まらぬ速度で飛び出し、たった今自身を打ち据えた自律兵器の主腕を銃剣で以て斬り飛ばした。

 正に神速の一撃、一閃。銃剣が煌めき、虚空を千切れたケーブルが舞う。宙を跳ねるワカモの足裏が自律兵器の外装を全力で蹴り潰し、拉げさせ、仮面越しにも分かる怒気を発しながらワカモは目下の自律兵器を睥睨し、叫んだ。

 

「この、鉄屑めが――っ!」

 

 一発、二発、外装部の隙間に弾丸を撃ち込んだワカモは、そのままスパークし外装が散り散りに飛び散った自律兵器を憎々し気に蹴飛ばし、壁に叩きつけるや否や慌てて振り返る。

 

「あなた様、御無事ですか!?」

「……ありがとう、私は、問題ないよ」

 

 足を止め、軽く義手を開閉させる先生は冷静に答える。義手の表面装甲は微かに凹んでいるが、動作に支障は無く、損傷らしい損傷はない。

 流石、マイスター謹製の義手は頑丈である。如何にオーパーツ染みた自律兵器であっても、そう簡単には破壊出来ない強度を誇っている様だった。その事を頼もしく思う。

 

「先生、流石に焦り過ぎですッ! 三名でこの数を捌きながら前進するのはリスクが大きすぎます! 安全の為にせめて、もう少し足を緩めて――!」

「いいや、それは駄目だ」

 

 すぐ背後で別の自律兵器を捌きながら叫ぶアコの言葉に、先生は首を緩く振って否定の意思を示した。確かに、アコの言葉は正しい。この強引で性急な前進は彼女達にとって大きな負担になっている、それは先生自身分かっている事だった。

 しかし今は、今だけは許して欲しい。

 未だ迫り来る自律兵器の群れを直視しながら、先生は更にその奥を見据え指差す。

 

「――このまま、最奥まで強行突破する」

 

 先生の冷然とした言葉が、生徒達の鼓膜を揺する。事、この状況に於いて先生の目は完全に据わっており、最早今しがた攻撃を受けた事実すら気にする素振りが無い。

 先程の一撃、生徒であっても受ければ負傷は免れない代物だった。そんなものを人間が受ければどうなるのか――火を見るよりも明らかだろう。

 だが、先生の態度に恐れらしい恐れは全く存在せず、怯む様子さえ微塵も存在しない。そんなものが存在するのならば、こんな無茶な強行軍など選ばないだろう事は明らかであった。

 

「それに敵の攻勢も、もう少しで終わるから」

「……もう少し?」

 

 その、何処か含みを持たせた言葉にアコの眉がぴくりと震えた。ワカモが近場の自律兵器を地面に叩きつけ、即席の遮蔽とする。飛来する光弾を残骸の影でやり過ごしながら、先生は有象無象の自律兵器、その奥に広がる暗がりを指差しながら云った。

 

「この先、第四エリア中央、『ナラム・シンの玉座』を含む隔離区画はシステムの外側に存在する、そこまで辿り着ければ相手も自律兵器の生成や顕現による妨害は出来ない筈だ」

 

 尤も、異なる手段での【顕現】であればその限りではないが、それでも此処までの大規模な攻勢に転じる事は出来ないだろう。

 先生には、その確信がある。

 

「つまり、一度懐に入ってしまえば、後は本懐を為すばかり……と」

「あぁ、だから其処まで、少しでも早く――どうか、頼むよ」

 

 残骸に身を潜ませながら手早くリロードを済ませるワカモに、先生は確りと頷いて見せる。声色には切実な、それでいて決して冷めない熱の様なものを感じた。

 ウトナピシュティムを後にしてから、既に半刻が過ぎようとしている――アリウス・スクワッドが後続を押し留めている今、一行の進行速度は目を見張るものがあった。

 

 あと少し。

 (先生)の本懐を果たすまで。

 置き去りにした過去(生徒)に報いるまで。

 あの子達の願い(祈り)に、殉じるまで――。

 あと、ほんの少し。

 

「―――……」

 

 最前線で自律兵器を薙ぎ払うミカは、先生の言葉を耳にしながら大きく息を吸い込む。鋭い視線は有象無象の鉄屑(自律兵器)を捉え、AMAS擬きも混じったそれらに突破までに必要な凡その時間を割り出す。

 

「そういう事なら、このまま私とワカモの二人で道を切り開こっか」

 

 口にしながら、ふわりと靡いたスカートの裏より予備の弾倉を取り出すミカ、空になった弾倉を弾き手早く換装を済ませる。

 夜空を想起させる幻想的な裏地のスカート、武骨な弾倉を見える形で携帯する事を良しとしなかった彼女は、こういった部分に予備の弾薬を隠し持っているのである。

 外見だけでも暴力的な香りを極力避けようとするのは、せめてもの乙女心か。こんな状況でもその様な所作を無意識の内に選ぶ自分自身に、ミカは思わず自嘲の笑みを零した。

 

「少しでも早く最奥のエリアに先生を辿り着かせるって話なら、私達が全力で暴れて大穴を空けて、そのシステムの外側ギリギリのところで粘り続けるっていうのが上策じゃない? 突破出来るラインが見えたら、先生だけでも先に逃がしてさ」

 

 可能か不可能化で語るのならば、可能である。

 自分の武力と、ワカモの助力があれば――辛うじて。

 強力な単体の敵であればもっと容易い状況ではあるが、純粋な数で攻められるとどうにも手数が足りない。神秘砲で吹き飛ばすにしても、弾と気力には限界がある。

 ならば速攻による早期決着もまた、選択肢の一つだろうとミカは判断した。

 

「早く突破出来れば、これ以上馬鹿正直にこいつらに付き合わなくて済むし、どう?」

「……確かに、そう悪い話ではないと思いますが」

 

 迫り来る自律兵器の光弾をひらり、ひらりと避け、会話の時間を稼ぐミカにワカモは同意を示す。しかし、その視線は訝し気に、自身の背後へと回った。

 視線の先には、先生に寄り添うアコの姿。

 唐突に向けられた視線に、彼女の目が瞬く。

 

「この風紀委員会の行政官さんに、先生を守り切るだけの実力がおありで?」

「なッ――!」

 

 ワカモの言葉に、後方を警戒していたアコが絶句するのが分かった。

 ワカモの懸念点、それはアコの戦闘能力そのものである。元より戦闘行動が得手という訳でもなく、本来は戦闘をサポートする側の存在。

 その点は確かに、ミカも不安に思っていた。故に即答する事無く、「えぇと……」と言葉に窮する。

 

 自律兵器を片手間に押し返し、粉砕し、地面に叩きつけながら言葉を交わす彼女の姿からは、圧倒的な強者の貫禄があった。

 確かに、その姿を前にすればアコは自身の無力さを認めざるを得ない。敬愛するヒナ委員長程ではないにしろ、彼女達もまたキヴォトスに於いて一騎当千の猛者として扱われる存在。

 そこに自身が肩を並べられると豪語出来るほど、自惚れてはいない。

 しかし――。

 

「舐めないで頂きたいですね、この天雨アコを……!」

「あら?」

 

 彼女は敢えて、強い語気で以て反駁を口にした。

 蠢く自律兵器を銃口でなぞり、一発一発、最も接近する影から丁寧に狙い撃つ彼女は内心の怒気や荒れ狂う感情を懸命に制御しながら言葉を続ける。

 

「確かに、認めがたい事実ではありますが――純粋な戦闘能力で比較すれば私はお二人に劣るでしょう、その事自体に関しては私自身、反論する術を持ちません」

 

 ですが、と。

 アコはワカモとミカを睨みつけながら、自身の胸元を拳で強く叩く。そこには曲がらず、折れず、決して色褪せない決意と信念があった。

 不断の努力によって憧れの人物、その隣に立てる場所へと辿り着いた彼女にとって、己の能力を疑われる事は、この場所に至るまで積み重ねた努力、それ自体に対する侮辱に等しい。

 それは断じて、アコの矜持が許さぬ事だ。

 

「ヒナ委員長を補佐する行政官として、そして先生を補佐する一生徒として――これまでも、これからも、私は決して失望させる様な真似は致しません!」

「――ふぅん」

 

 ミカが小さく、鼻を鳴らした。

 視線には僅かに試すような色が宿り、ほんの少しの間双眸がアコを捉える。ワカモは指先で自身の仮面を押し上げると、その奥側より黄金の瞳を煌めかせた。

 放たれる煌めきは、殆ど値踏みに近い。

 ややあって視線をアコより切った双方は、そのまま愛銃を抱え直し自律兵器へと向き直る。片手間に前線を張り、自律兵器を押し留めていたミカは手始めに近場の一体に肉薄し、そのまま殴打、外装諸共内部の配線を素手で引き摺り出し、スパークする機体を後方へと思い切り投げ飛ばした。

 恐ろしいまでの膂力で以て放たれたそれは、まるでボーリングの球の如く、凄まじい勢いで転がっていき、後方の機体を巻き込み盛大に爆発、金属片を撒き散らす。爆炎が回廊を彩り、ケープを靡かせたミカは頬を舐める熱風に晒されながらも好戦的な笑みを浮かべ云った。

 

「それじゃあ、まぁ、実際に証明して貰おうかな!」

「ならば……その命に代えても、お守りくださいね?」

「――当然です」

 

 各々が言葉を漏らし、空気がより一層引き締まる。誰もが無言のまま来るべき瞬間に備え、一拍後、全員が合図もなく地面を蹴飛ばし飛び出した。

 

「それじゃあ、行くよ――ッ!」

「参ります!」

「先生、私の後ろに確りと、離れないで下さいねっ!」

「あぁ……!」

 

 飛来する銃弾、光弾を掻い潜り、一行は一斉に駆け、進行を再開する。

 先生は地面を踏みしめながら、アコの背後に張り付くようにして頭を下げ、シッテムの箱を両腕で抱き締め両足を懸命に動かした。

 

 所属も戦闘スタイルも、何もかもが異なる三名、当然チームワークなどあったものではない。しかし最後のひと押し、各々の役割が明確になった事により、自然と動きが洗練されたものとなっていた。

 ミカやワカモが撃破した自律兵器の火花、爆発、熱風が全身を撫でつけ、既に感覚など存在しないというのに、肺が焼ける様な痛みと息苦しさがある。

 しかし、此処で足を緩める事は許されない。先生はシッテムの箱を強く抱き締め、ただ先行する生徒達の背中だけを凝視していた。

 

「二十、三十、これで大体――四十ッ!」

「そこでお亡くなりになりなさい!」

 

 殴りつけ、蹴飛ばし、撃ち抜き、踏み潰す。

 文字通り全身で迫り来る自律兵器を蹴散らすミカと、派手ではないものの確実に、堅実に数を減らしていくワカモ。ミカの拳が自律兵器の外装を貫通、そのまま地面に叩きつけ、拉げた全身が虚空へと跳ねる。ワカモは間隙に銃剣を突き入れ、幾つかのケーブルを切断し、同時に銃撃を加え内部より破壊、残骸を蹴飛ばし即席の障害とする。

 齎される破壊音と火花が辺りを飾り、二人は決して止まる事の無い戦いの嵐を撒き散らしながら言葉を交わす。

 

「気になっていたのですが、その数え方、本当に合っているのですか!?」

「知らない! 数分毎に忘れちゃうから、適当に数え直しているんだよねッ!」

 

 煤けた頬を指先で拭い、ミカは軽口を叩く。大体百を超える前に、何体倒したのか数が頭より抜け落ちるのだ。だから、忘れた瞬間からカウントは一に戻る。

 尤も、最早数える事も億劫な数を粉砕した事だけは確かだが。

 

「それはまた、随分と適当な――ッ!」

 

 思わず口をついた呆れの感情。自律兵器の上部に着地し、最早流れ作業の如き手早さで銃剣を突き入れるワカモ。暴れ、抵抗の意思を示す様に伸びた主腕は一瞬の内に切り落とされ、強引に剥ぎ取られた自律兵器の外装が重々しい音と共に地面へと転がり落ちた。

 

「――ワカモ、自律兵器の外装をこっちに!」

「っ……?」

 

 それを見た先生が、駆けるアコの背中から顔を覗かせ叫んだ。

 ワカモは一瞬疑問を秘めた所作を見せるも、しかし即座に反応、素早く機体の内部に銃口を突き入れトリガー、銃声とマズルフラッシュが轟き、内部より火花が飛び散る。

 そしてスパークする機体を横目に、引き剥がした外装を器用に足で蹴り上げ、そのままアコへと放った。

 アコは唐突に弧を描いて飛来したそれを咄嗟にキャッチする。

 剥がされた自律兵器の外装はそれなりの重量感があり、内部には破壊されたケーブルと配線が蠢き、張り付いていた。突然のパスに目を白黒させながら外装を見下ろすアコに、先生は背後より語り掛ける。

 

「アコ、それを盾代わりに進もう――あぁいう攻撃を扱う手合いだ、外装にコーティングの一つや二つ、されているだろうから!」

「ッ、なるほど、そういう事であれば……!」

 

 先生の言葉にアコは頷き、張り付いたコードを自身の腕に巻きつけ、外装を不格好ながらも即席の盾とする。飛来する光弾や銃弾を目視し、敢えて避ける事をせず外装を突き出せば、甲高い音と共に光弾、銃弾共に弾かれ後方の暗がりへと消えた。

 装甲の厚さは自身の攻撃を弾かれた時点で理解していたが、成程、これは中々どうして妙案である。

 

「前進を続けます、先生ッ!」

「大丈夫、絶対に離れはしない……!」

 

 アコはより一層強くケーブルを腕に巻きつけながら、外装を前に突き出し前進する。彼女の背に続く先生は、アコの影に身を潜めながら懸命に声を張り上げた。

 爆発、銃撃、閃光、衝撃――あらゆるものが行く道を阻まんと、先生の全身を打ち据えていく。だが先生の両足は着実に、決して緩む事なく黙々と前へと進み続ける。

 光弾がアコの構えた外装に着弾し、火花を散らす。その茜色が先生の頬を照らし、空色の瞳が微かに絞られるのが分かった。

 

「――視えた」

 

 先生の脳裏に、未だ遠く、遠方に聳え立つ巨大なゲートが描かれる。

 自分達の背高を遥かに超える巨大なソレ、まるで戦艦用のドッグの如く佇む構造物は、回廊の雰囲気も合わせって禍々しい気配を放っていた。

 ロックされているのか、表面に点灯するランプは赤、同時に生徒達も遠方に存在するゲートに気付いたのか口々に声を上げる。

 

「あれが、ナラム・シンの玉座への――?」

「あぁ、入り口だ……!」

 

 ワカモの問い掛けに、先生は喜色と共に返答した。

 先生の瞳が鈍い光を放ち、燃えるような意思を滲ませる。

 漸く、漸くだ――目に見える終着点、辿り着くべき場所。

 涸れ果て、失うばかりであった全身に漲る渾身の力、終わりが見えたからこそ湧き出る力も存在する。

 死に体であろうとも、その根源は尽きる事を知らず。

 

「ですがあの扉、閉まっていますよ!?」

「問題ない、近付けさえすれば、此方で開閉自体は出来る――!」

 

 アコの疑問に、先生は駆ける足に力を籠め、更に力強く地面を蹴ると共に叫ぶ。ゲートまでの距離は百か、それとも百五十か、その前に立ち塞がる悍ましい程の敵、赤と紫がかった不気味な光は列を為し、一行の前に殺到する。

 それらを押し留め、弾き返し、蹴散らすミカとワカモは、より強い戦意を滾らせながら声を上げた。

 

「それなら、あの場所まで先生を送り届ければ――ッ!」

「このアトラ・ハシースも、地上の搭も、全て解決出来るという事ですね……っ!」

 

 放たれた幾つもの光弾が回廊の内壁に着弾し、爆発を引き起こした。爆炎が火花を散らし、自律兵器からの攻撃は刻一刻と苛烈さを増す。

 銃弾が雨のように降り注ぎ、アコの掲げた外装にも絶えず着弾、閃光が瞬く。腕に伝わる振動、衝撃にアコは歯を食い縛り、射撃を続けていたホットショットがカチン、と弾切れを知らせ、思わず舌打ちを零す。

 

「くッ、このタイミングで……ッ!?」

「先生を先に、早くッ、道は私達が用意するからッ!」

「っ、分かりました!」

「ワカモッ!」

「――えぇ!」

 

 ミカとワカモが視線を交わし、殆ど同時に動き出す。迫る自律兵器の群れ、それらを一斉に排除する為の切り札。二人が先生の前で足を止め、並び立ったまま銃口を突き出す。

 

「狙いは中央、直線――ゲートまで一気に通す……! 星の軌跡はただ真っ直ぐ、ただひたすらに真っ直ぐに!」

「乱れ散るは花吹雪、邪魔な存在は全て全て、このワカモが討ち果たしましょう!」

 

 二人の全身から凄まじい熱気が迸り、同時に青白い光が突き出した愛銃に纏わりつく。練り上げたありったけの神秘を、弾丸に乗せて撃ち出す――神秘砲(切り札)

 引き金を絞ると同時、極光が銃口より放たれ、衝撃で周囲の自律兵器が弾け飛んだ。踏ん張り、堪えた二人の両足が地面に半ば埋まり、風が長髪を靡かせる。放たれた弾丸は青と赤の極光となり、まるで流星の如く立ち並ぶ自律兵器を纏めて貫通、粉砕、融解、消し飛んだ残骸が空中を舞い、地面に散らばっていく。

 

「――ッ!」

 

 アコは外装で熱波をやり過ごし、先生を自身の影に退避させる。それでも頬に伝わる熱は凄まじいもので、極光が通過した地面は赤く赤熱し、放たれた弾丸の威力を物語っていた。直撃を免れてた自律兵器でさえも衝撃波によって壁際に押しやられ、六脚の自律兵器も例に漏れず一緒くたに掃討された。

 遥か奥まで放たれた二つの極光は、そのままナラム・シンの玉座へと続くゲートに着弾し、爆発。凄まじい熱風と爆音が回廊を揺らし、炎が暗闇を照らす。

 赤熱し、着弾したゲートはしかし健在。それでも無傷という訳ではなく、表面は溶け落ち変色、何層にも重ねられた内部装甲が露出していた。

 

「流石に、重要区画のゲートは堅いね――でも、道は開けたよ!」

「今の内にお進み下さい、あなた様!」

 

 二人は左右に分かれ、散った自律兵器へと即座に躍りかかる。主腕を蠢かせ、立ち上がろうとする複数の自律兵器を踏み潰し、切りつけ、撥ね飛ばした。

 真っ直ぐゲートへと伸びた赤色、大群の間に生まれた間隙、極光によって描かれた灼熱の一本道を、アコは先生を背に突き進む。

 

「先生、このまま強引に突破します――ッ!」

「あぁ……ッ!」

 

 声には、自然と力が籠った。

 ミカとワカモが作り出した、ほんの一瞬。

 だが確かに目的地へと辿り着く為の、唯一無二の道筋。

 其処を駆ける為に、アコの背中に続き、先生が大きく一歩を踏み出した刹那。

 

「――ごぽッ」

 

 先生の口から、突如として赤黒い血が溢れ出た。

 何の前触れも無く溢れたそれは、制御できない苦痛と共に到来した。先生は一瞬、何が起こったのか分からなかった。駆け出そうとした姿勢のまま、自身の口から零れ落ちたそれに目を見開く。

 ぼたぼたと粘着質な水音を立て自身の胸元、腹部へと垂れ、そのまま地面に飛び散る何か。

 呼吸が止まり、鼻、目、耳と、穴という穴から赤が滴り落ち、身体の節々が出来の悪い人形の如く硬直し、決して折れなかった先生の膝が折れ、身体はその場に崩れ落ちる。

 何だ、何が起こった。

 先生の思考は動揺と困惑に支配され、同時に堪え切れずその場で嘔吐した。

 

「おぇ――ッ」

「ちょっ、ど、どうしたんですか!?」

 

 後方から聞こえる、嗚咽。

 それを耳にしたアコは思わず足が止め、振り返る。

 次の瞬間、彼女の視界に入ったのは血に溺れ、這い蹲ったまま額を擦りつける先生(大人)の姿。震えた指先が硬い地面を掻き、その四肢は力なく血だまりに沈む。

 

「――ッ!?」

 

 アコが息を呑み、喉を引き攣らせた。

 予想だにしない、凄惨な光景だった。

 

「く、ぁ――ッ」

 

 喉の奥からせり上がる、不快感。

 肺一杯に血が詰まっている様な、溺れるが如き苦悶。先生は急激に震え、痙攣する指先を横目に、血の涙を流しながら、しかし思考を止める事をしなかった。

 苦しみは思考を鈍らせる。だが齎されるソレは最早慣れたもので、困惑と動揺を押し殺し、冷静に自身の身体に起きた不調を探っていく。

 

 そして気付く、アロナによる身体の制御が、急激に緩んでいる。

 

 今この身体の主導権は自分自身に戻っていた。

 あの、病床に伏し、立ち上がる事すら出来なかった――自分自身に。

 成程、通りで立ち上がる事さえ難しい訳だと、先生は独りでに納得した。

 

「な、なんで……出血っ!? もしかして、敵の攻撃を受けて!?」

 

 蒼褪め、焦燥し、慌てて先生の傍へと屈み込んだアコは流れ出る血を前にして、先生の背中や肩に必死に手を這わせる。負傷した箇所を探ろうとしたのだ。だが彼女の指先は、負傷らしい負傷を何処にも見られず、制服に被弾痕である穴や焦げ目も見られない。

 当然だ、光弾や銃弾を受けた訳ではないのだから。

 

 ただ、この身体(肉体)の限界が来ただけだ。

 

『先生! 身体の崩壊が、急速に――ッ!』

 

 シッテムの箱から、ノイズ混じりのアロナの声が聞こえた。

 床に額を擦り付け、這い蹲った状態のまま先生は無言で手元を凝視する。視線の先には自身が吐き出した吐しゃ物。先生はその中に、黒褐色の何かが混じっている事に気付いた。

 それは、胃の内壁だった。

 黒い壊死片とでも呼ぶべきか、グロテスクなそれは血を纏い、てらてらと炎に照らされていた。文字通り自身の内臓の欠片が口から吐き出され、床に撒き散らされている。最早自分の内側さえも、手足と同様の状態に陥っているのか。それを想うと、否が応でも意識が自身の腹部に向けられる。

 黒服の肩代わりを受けた上でこの有様。彼の助力がなければきっと、もっと前の段階で絶命していたに違いない。

 

「―――」

 

 恐怖は無かった。

 代わりに、目に見える形で近付く終わりが、先生の中に強烈な衝動を生んだ。

 

「くッ……!?」

 

 アコが外装を構え、頭上より迫り来る光弾を受け止める。ハッとした表情で顔を上げれば、ミカとワカモの神秘砲で一時的に一掃されていた自律兵器に代わり、新たなる防衛戦力が迫りつつある事に気付いた。

 砲撃を掠めた程度の機体、或いは新たに顕現する機体群、それらが奥より再び殺到し、ゲートまで伸びた道を塞ごうと蠢いていた。

 

 ミカとワカモは迫り来る自律兵器を抑える為に奮闘し、此方の状況に気付いていない。

 当然だ、進めば進む程数は倍々に増え、彼女達二人で前線を構築している都合上背後を見る余裕など限られている。

 ましてや此処は、敵にとっての最終防衛ライン。

 抵抗は苛烈で、激烈で、一瞬の気の緩みさえ許されなかった。

 

 ――どうする、どうすれば……!?

 

 アコは内心で叫ぶ。

 盾代わりに構えていた自律兵器の外装は、被弾を重ねるごとに重々しい音を立て、光弾による熱が表面が溶かし、徐々に黒く変色を始めていた。長くは持たない、如何にコーティングされた外装とは云え、元々そう何度も防げる様には出来ていない。

 次々と飛来する光弾を懸命に防ぎながら、アコは震える腕で自身の身体を支えようとする先生を一瞥し、臍を嚙んだ。

 状況は最悪、先生は動けず、自分もまた攻撃を防ぐ事で手一杯。

 思考が巡る、何故こんな状態になったのか。

 先生の身体に被弾した痕跡は無かった、ならば回廊内部にガスか何かが散布されていたのか。だが自分達には効果が見られない。ではビッグシスターが口にしていたウトナピシュティムとの接続云々という話か。それともアトラ・ハシースを抑制する為の――。

 いや、考える事は後でも出来る。アコは一度思考を打ち切り、大きく息を吸う。

 今必要なのは決断だ。

 

 進むか――それとも、退くか。

 

「っ……!」

 

 アコの視線が最奥のゲートを凝視し、未だ戦い続けるミカとワカモを捉え、それから最後にもう一度先生を振り返り、断腸の思いで叫んだ。

 

「――先生、一度ウトナピシュティムに撤退しましょうッ!」

 

 限界だった。

 アコはこれ以上の進行を諦め、撤退を進言する。

 もう一度この自律兵器の攻勢を跳ね退け、奥まで辿り着ける可能性は限りなく低い。しかしこのままでは、進む事も退く事も出来ず、遠からず全滅するだろう。

 それは駄目だ、自分達の敗北は即ち地上部隊の敗北を意味する。

 たとえ可能性が低くとも、もう一度攻勢を仕掛けられる可能性に賭けるしかない。

 

「退路はまだ、アリウス・スクワッドが確保してくれている筈です! 先生の身体も、このまま進めば、どんな悪影響が出るか分かりません、此処は一度体勢を整えて――」

「駄目、だ……!」

 

 アコの悲鳴のような声を、先生は血の混じった声で遮った。

 血だまりに沈む、赤を多分に啜った袖を払いつつ、這い蹲った姿勢から無理やりに足へ力を込め、震えながらも立ち上がろうと足掻く。アコは溶解しつつある外装を手に、信じられないと云わんばかりの様子で此方を見ていた。

 口元を拭う事すら億劫だった。故に赤を垂れ流しながら、先生は急速に力を失いつつある身体を突き動かし、充血し、最早何も捉えない瞳を見開く。

 

「このまま、前進する……!」

 

 硝子玉の如き瞳はただ一つ。

 前方に存在するナラム・シンの玉座へ続く扉。

 ただ、それだけを捉えている。

 赤に塗れ、穢れた指先がアコの脇を通り、ナラム・シンの玉座へと伸びる。

 アコはその腕を取り、動揺に裏返った声で叫んだ。

 

「む、無茶ですよッ! このままじゃ、本当に――ッ!」

「此処まで、来たんだ……! 無茶でも、何でも……ッ!」

 

 アコに掴まれた腕、その指先が彼女の細い手首を掴み返す。赤を吸い、血に塗れた指先がアコの肌に触れた。グローブ越しでも分かる、痛い程に力が込められた指先。死に体の状態に反する、力強さ。

 アコの目が見開かれ、先生は血を吐き出しながら懸命に叫ぶ。

 

 この場は退けない、退く訳にはいかないのだと。

 何故ならば――。

 

私の勝利を信じて(この足の下で)生徒達(子ども達)が必死に戦っているんだよ――ッ!」

 

 ■

 

【第一サンクトゥム アビドス自治区・砂漠地帯】

 

「存外、呆気ないものね」

 

 火の粉が舞う砂漠に、最後の影が崩れ落ちた。

 砂に混じって零れ落ちた呟きは、失望と、しかし当然とばかりの自負に満ちている。

 乾いたアビドス砂漠に倒れ伏す四つの人影――便利屋68の四名。

 それはまるで長き戦いの果てに行き着いた骸の如く、周囲には微かな呼吸音と吹きすさぶ風音、苦悶の声、弾ける炎の音だけが響いていた。

 

「ぅッ……」

 

 砂漠に倒れ伏したアルは、一瞬意識を飛ばしていた。奇妙な肌寒さに目を瞬かせ、呻き声を上げると同時、直ぐ目の前で砂に塗れ、掌から零れ落ちた愛銃――ワインレッド・アドマイアーを目視する。

 何が起きたのか、考えるまでも無い。目前に佇む影、それが誰であるかを認識した瞬間、殆ど反射的に手を伸ばし、震えた指先をグリップに掛ける。

 しかし、それを掴むより早く、ヒールの先端が彼女の手の甲を踏み躙った。

 鈍痛が、掌を伝いアルの表情を顰めさせる。

 

「全てが壊れる、その瞬間というものは」

「く、ぁッ……!」

 

 伸ばされた掌を踏み躙り、此方を見下ろす絶対零度の瞳。

 呻きと共に砂を掻く音が耳に届き、目前に佇む未来の自分は超然とした態度のまま吐き捨てた。

 

「み、皆……」

 

 痛みに顔を顰めながら、アルは倒れ伏した仲間達を目にする。

 ハルカも、カヨコも、ムツキも、自分自身(アル)でさえ――対峙した誰もが的確に急所を射貫かれ、砂に塗れながら地面に這い蹲っている。

 痛めつけられたというより、必要最低限の武力で以て制圧されたと表現するべきか。

 便利屋68の一番槍として突入する事が多い、頑強な身体を持つハルカは頬や額に痣を作り、意識を飛ばしているのかヘイローの存在が感じられない。カヨコは腹部を抑えたまま小刻みに震え、ムツキは射貫かれた腕を投げ出し苦し気に呼吸を繰り返すばかり。

 

 最後の最後まで立ち続けていたアルは、地面に頬を擦りつけたまま苦悶の表情で影を見上げる事しか出来ない。

 ジクジクと、弾丸を受けた胸元と額が酷く痛んだ。

 最後に行われたアル同士の決闘は、遠距離からの狙撃合戦。炎に紛れ、砂塵に紛れ、縦横無尽に駆け回る彼女の影を自身の弾丸は射貫いた。

 反対に彼女が最後に放った弾丸は自身の腹部に命中し、呼吸を止め、動きが止まった瞬間に第二射が放たれ――自身の頭部を弾いたのだ。

 流麗で、無駄のない射撃、その結果には畏怖の念すら抱いた。

 

 意識を失っていたのは一瞬、しかしその一瞬で全ては決まっていた。気付いた時には自分は倒れ伏し、目前に彼女が存在したのだから。

 どちらが上で、どちらが下か。

 どちらが勝者で、どちらが敗者か。

 決着は、明らかであった。

 

 砂漠に倒れ伏す四つの影を何の感慨もない瞳でなぞった異なる世界のアルは、小さく口元から吐息を零し、愛銃を肩に担ぎ直す。

 

「これで終わり……全員が揃った貴女達(便利屋68)は、私ひとり(便利屋68)に勝つ事が出来なかった」

 

 口調は冷たく、突き放す様で。

 砂に塗れ、這い蹲る弱い自分自身を断罪するが如く、彼女は告げる。

 

「これが、背負った名前の重さというものよ、陸八魔アル」

「う、ぐっ」

 

 口元から、砂に混じって鉄の味がする。それを噛み締めながら、アルは胸中で想う。

 遠い――余りにも、遠い。

 実際に銃火を交え理解した、自分と彼女の間に存在する比較するのも烏滸がましい程の差、分厚い壁、経験の違い。

 仰ぐ視線の先に立つ影は、確かに同じ陸八魔アルであるはずなのに、纏う気配も眼差しも、秘めた戦闘能力もまるで違う。薄々分かっていた筈だった、しかし頭で理解するのと体感するのではまるで異なる。

 燃え盛る列車の炎を背に、濃い影を作る彼女は左手に握り締めた拳銃――デモンズロアを不意に回転させ、何かを思い返す様に虚空を見上げる。

 真っ赤な空はまるで燃えている様、この場に相応しい悍ましさを秘めている。

 

「――ひとりぼっちになった私は、自然と白兵戦や近距離での銃撃戦が多くなったわ」

 

 何の脈絡も無く放たれた言葉には、乾き切った砂のような無機質さが宿っていた。

 

「呼吸を整えて、相手の距離を測って、慎重に、精密に――一々そんな風に引き金を絞る事は、出来なくなったの」

「………」

「当然よね、今まで前衛を担当していた仲間(社員)が居なくなったのだから」

 

 狙撃手として在る事を許されなかった未来。

 孤独の果てに身に付けた技量。

 生き延びる為に研ぎ澄まされた刃。

 或いは――その名前(便利屋68)を守る為に得た力か。

 

「だから習得する必要があった、必要な時に、必要な場所に、必要なタイミングで、可能な限り素早く、弾丸を置く観察眼、異なる銃器を手足の如く同時に扱う技術、どれもこれも私が『便利屋68』として生きていくのに必要な事だったから」

「っ――」

「……この世界の貴女と私じゃ、潜って来た修羅場の数が違う」

 

 所在なく、指先に掛け回していたデモンズロア、そのグリップを握り締め、彼女は過去の自分自身を睥睨する。その感情に揺らぎはない。目の前のアル(自分)にとって、全ては予定調和に過ぎない。

 

「これは、分かり切った結末だった」

 

 炎に炙られ、乾いた風が二人の間を吹き抜け、砂を巻き上げる。その音に溶けるように、彼女の唇が別れの言葉を告げた。

 

「さようなら、陸八魔アル(この世界の私)

 

 無造作に突きつけられる、ワインレッド・アドマイアーの銃口。

 見慣れた筈のそれが、今だけは普段以上に恐ろしく映った。

 顔を顰め、赤を滴らせるこの世界の自分自身(陸八魔アル)に対し、彼女は本音を零す。

 

「夢なんて見ずに、ただアウトローに憧れるだけの――平凡な生徒で在れば良かったのに」

「―――」

 

 ぽつりと、呟かれた言葉。

 それは確かに、彼女にとって本心だったのだろう。

 だがその言葉を耳にした瞬間、這い蹲ったアルの瞳に、微かな光が宿るのが分かった。

 

 ――銃声が轟き、閃光が砂漠を照らす。

 

 炎の爆ぜる、残響が木霊する。

 ワインレッド・アドマイアーの引き金は、確かに最後まで絞られていた。

 銃口から立ち昇る白煙、熱気で歪む空気。

 両目を強く瞑り、身を竦ませる陸八魔アル(この世界のアル)

 しかし放たれた弾丸は対象に命中せず、這い蹲るアルの頬を掠めるに留まった。

 砂の中に撃ち込まれた弾丸、異なる世界のアルは至急距離で外れた弾丸を視線で追いながら、同時に自身の右腕に撃ち込まれ、潰れた弾頭を一瞥する。

 死角から放たれた弾丸が右腕に命中し、狙いが逸れた。

 たった今その弾丸を放った相手に、彼女はゆっくりと視線を向ける。

 

「――ムツキ」

「まだ、でしょ」

 

 砂を掻き、立ち上がる小柄な影。声は弱々しいながらも、確かな反抗の意思を示す。突き出された銃口は震え、よくもまぁ当てられたものだとアルは内心で感心する。

 荒い呼吸を繰り返し、自身の胸元を摩りながら引き攣った、挑発的な笑みを口元に湛えるムツキは云った。

 ムツキは砂に塗れた衣服をそのままに、愛銃のトリックオアトリックを突き出したまま一歩を踏み出す。小刻みに震える細腕は、嘗てない程に愛銃を重く感じたが――弱音は意思の力でねじ伏せる。

 パラパラと落ちる砂をそのままに、彼女は目前の陸八魔アル(異なる世界の友人)を睨みつける。

 

「まだ、こんな所で、私達は終わらないよ……!」

「………」

 

 本気だ、彼女は本気でそう思っている。

 それは分かった、だが――彼女ひとりが立ち上がった所で、何になると云うのか。

 喉元までせり上がった言葉を呑み込み、異なる世界のアルは無言でデモンズロアの銃口をムツキへと突き出す。

 一発、たった一発で片は付く。最早、彼女には立ち上がるだけの体力しか残っていないのだから。

 しかし、それを自覚して尚、ムツキの笑みは崩れない。

 それはまるで、アルの考えている事などお見通しとばかりに。

 

「【私達】のしぶとさ、知っているでしょう、アルちゃん?」

「―――」

 

 その言葉に応じるように、背後から砂と衣服の擦れる音が聞こえた。

 驚きと共に振り向けば、意識を飛ばしていた筈の影がゆっくりと立ち上がるのが分かった。

 

「そ、そう……です」

「……ハルカ」

 

 ヘイローを点滅させながら、頬に滲む血を拭い、覚束ない足取りで立ち上がるハルカ。彼女は砂の中に埋もれた愛銃を緩慢な動作で掴み、砂塵と共に立ち上がると、鼻から絶え間なく垂れる血を何度も拭う。背を丸め、下から見上げる様に瞬く瞳、浮かぶのは悲しみと畏怖、恐怖と怒り、あらゆる感情が綯交ぜになった表情で此方を睥睨する。

 引き攣った口元が血を滲ませ、音を鳴らす歯が懸命に言葉を紡ぐ。

 

「あ、アル様の、未来の御姿、凄く、格好良くて、強くて、素敵で……! で、でもっ!」

 

 震える声、それは恐怖か、それとも自責の念か。

 それでも、彼女の芯が揺れる事は無く。

 

「わ、わたっ、私の大好きな、尊敬するアル様は――もっと、もっと素敵なんですッ!」

 

 両目を瞑り、彼女は必死に声を張り上げた。

 それは、目前の陸八魔アル(異なる世界のアル)を否定する言葉だったのだろうか。

 否、彼女にそんな意図は微塵も存在しない。本物も、偽りも関係なく、伊草ハルカという存在にとって唯一無二の存在を声高らかに叫んだに過ぎない。

 それを、目の前の陸八魔アルがどう受け取ったのかはともかくとして。

 感情は、偽らざる本音であった。

 

「……社長」

 

 最後に、直ぐ傍から声が上がった。

 伸ばされた手が、這い蹲ったアル(この世界の自分)に向け突き出したデモンズロアを掴む。

 細い指先、低く響く声、ゆっくりと視線を戻せば、他の面々と同様に立ち上がったカヨコの姿がある。

 手を伸ばせば届く距離、ほんの直ぐ傍で、彼女の声が鼓膜を叩く。

 

「いや、アル」

「……カヨコ」

 

 炎に照らされ、足元の影が揺れていた。

 誰もが満身創痍でありながら、けれど立ち上がるだけの意思を失っていない。

 カヨコの指先がデモンズロアのフレームを掴み、その視線が悲しみと険しさを帯びる。

 

 カヨコは想う。

 異なる世界のアルが握り締めたソレ、恐らく彼女と同じ世界の自分が愛用していた――デモンズロア(愛銃であって、異なるもの)

 陸八魔アルは、それをずっと形見代わりに使い続けていたのだ。

 

 自分が愛用していたサイレンサーは取り外され、白と黒のフレームは大小さまざまな傷が刻まれているものの、丁寧に手入れされている痕跡が散見された。或いは、自分が疎んだ悪魔の如き銃声こそが、便利屋68の到来を知らせる号砲であったのか。

 カヨコには分からない――だが、推測する事は出来る。

 

「何があったのか、どうして『そうなった』のか……私には分からない、きっと、原因の一端は私にもあるんだろうね」

 

 デモンズロアを掴む指先に、力が籠る。フレームが軋み、カタリとアルの指先が震えた。

 カヨコの声は静かに、だが確かに揺れていた。後悔と痛みを抱きながらも、カヨコは目の前の陸八魔アルから視線を逸らさない。

 

「ごめん、ごめんね、私がもっと、確りしていれば」

「―――……ッ」

 

 此方を見つめる瞳、その目尻から堪え切れず一滴の涙が零れた。

 それを見た異なる世界のアルは、動揺する。

 視界に重なる二つの輪郭、この世界と自分の世界は異なる道を辿った。だと云うのに、やはり本質的な部分は変わらないのだと、そう突きつけられた気分だった。

 

 重なる、重なってしまう――感情も、理性も、それを否定する術を持たない。

 咄嗟にアルはカヨコの腕を振り払った。そうしなければ、自分の中の中が崩れてしまいそうだったから。

 カヨコは振り払われた反動で蹈鞴を踏みながら、しかし即座に前を向き、目元の涙を拭う事無く彼女と対峙する。撃ち抜かれた腹部が痛みを発していた、けれどそれを噛み締め、カヨコは両足で地面を確りと捉える。

 彼女は、それ以上の痛みを感じている筈だと。

 

「でも、だからこそ、此処で止めなくちゃいけない」

「……何を」

 

 咄嗟に絞り出した声は、僅かに裏返っていた。

 砂漠を踏みしめる足音が、嫌に大きく響く。

 吹きすさぶ風が砂煙を起こし、カヨコとアル(未来)の間に影を作った。

 

「――その道を選んだら、貴女(アル)は、きっと後悔すると思うから」

 

 それだけは、分かるから。

 

「そうでしょう――アル(社長)

 

 言葉は刃となり、異なる世界のアルへと突き刺さる。同時に、遮る砂塵を切り裂くように、立ち上がる影があった。

 

「当然、よ……ッ!」

 

 陸八魔アル(この世界の自分自身)

 つい先程まで這い蹲り、立ち上がる事さえ出来なかった自分。

 震える膝を拳で叩き、不格好でも立ち上がる便利屋68のリーダーが、其処には佇んでいた。

 

 血の滲む額を指先で拭い、挑発的な笑みを浮かべる彼女。

 その姿に、異なる世界のアルは一瞬の驚きを見せ、それから忌々し気に口を歪ませる。

 確かに、立ち上がれない程の一撃を撃ち込んだ筈だった。しかし現実に、彼女は再びその両足で地面を踏み締めている。

 押せば倒れそうな程の弱々しさ、浮かべた笑みは虚勢に過ぎない――だが、それでも決して彼女の胸中に灯った炎は消えない。

 それが分かる、分かってしまう。

 それがどうにも、苛立たしくて仕方ない。

 

「はっ、勝ったと思ったかしら? 生憎と、この程度の怪我は、慣れたものよ……!」

 

 持ち上げたワインレッド・アドマイアーを担ぎ、鼻を鳴らし詰まった血を噴き出すアル。恰好だけは一人前であるが、余力が無い事は分かり切っている。所詮強がりだ、もう一発撃ち込んでしまえば回る舌も閉じよう。

 視線が険しさを帯び、両手に握り締めるワインレッド・アドマイアー、デモンズロアのグリップが軋む。

 

「夢なんて見ずに、アウトローに憧れるだけの、平凡な生徒で在れば良かった? ふふっ、未来の私は、随分と面白い事を云うじゃないの……!」

「――けれど、そうすればこんな辛い思いをせずに済んだわ」

 

 問答は必要ない。

 そう口にしたのは自分自身だった。

 しかし言葉を重ねるごとに、自身の声は熱を帯びていく。

 応じるな、銃口を向け引き金を絞るだけで良い、アル(異なる世界のアル)は内心でそう呟いた。

 そうだ、それだけで過去の自分との決別は済む。

 それで、良いというのに。

 背に張り付いた何か(誰か)が、それでは駄目だと叫んでいる。

 

「痛みも苦しみも無い、誰も失わない、傷付けられない、世界を滅ぼされる事も無い……ただ何て事の無い日常だけがある未来、それの何がいけないと云うの」

「でもそれじゃあ、便利屋68も存在しないわッ!」

 

 砂塵を蹴散らし、自分自身を指差し彼女は叫ぶ。

 自分がアウトローに憧れなければ。

 その未来を目指さなければ。

 この便利屋68という道を、志さなければ――。

 

「私の大事な仲間、ハルカとも、ムツキとも、カヨコとも、出会えなかったかもしれない……!」

「………」

「そんな世界(未来)、絶対にっ、死んでもお断りよッ!」

 

 腹の底から、心の底から絞り出した叫びは、燃え盛る炎をも震わせ、高く高く空へと突き抜ける。

 突き出したアルの指先が、赤空を裂くように伸びた。掲げられた指先は赤空を示し、雲に覆われて尚煌めく星々を指す。

 

「便利屋68のモットーは――我が道の如く魔境を行くッ!」

 

 それはいつぞや、彼女が受け取ったアウトローの言葉。

 長い時が経ち、様々な経験を積んで尚変わる事の無かった便利屋68の根幹部分。

 どんな高い壁も、恐ろしい困難も、凄まじい恐怖も、まるで日常の如く鼻歌まじりに渡ってこそ。この言葉には、そんな意味が込められているのだとアルは解釈する。

 内心はどうあれ、そう在る事こそが陸八魔アルの考えるアウトロー。

 

 故に、絶望に沈む事なかれ。

 故に、困難に膝を突く事なかれ。

 故に、恐怖に負ける事なかれ。

 

 平然と、平気な顔をして、立ち塞がる試練に挑んでこそ――アウトロー(憧れた私)なのだ。

 

「知っている筈よ、他ならぬ私ならっ!」

「―――」

「便利屋68の社長、陸八魔アル(私自身)ならッ!」

 

 キラキラと煌めく瞳、自分の未来を一寸たりとも悲観しない希望に満ちた顔立ち。

 真正面から見つめ返していると、此方が恥ずかしくなってくるような眩い輝き。

 彼女は信じているのだ。自分達の未来には、望んだ世界が広がっているのだと。

 真剣で、純粋で、だからこそ向けられる瞳を見ていると、自分が失った様々なものを想起させられる。

 

「………ッ」

 

 その輝きを見る度、彼女は胸を掻き毟りたくなる衝動に駆られた。

 抱いた希望が、未来を期待する感情が、どれだけ楽観的で、能天気で、残酷な結末を生むのかを知らないのだと。

 無知は罪だ。

 弱さもまた、罪だ。

 夢なんて見なければ失わずに済んだ大切なものを思い返す度、その感情は強くなる。

 

「ハルカッ!」

「は、はいッ!」

「ムツキッ!」

「くふふっ!」

「カヨコッ!」

「うん……!」

 

 アルの力強い宣言に呼応するように、仲間達もまた自然と身体に力を籠める。立ち上がる事さえやっとだった両足は確りと地面を踏み締め、掲げる愛銃を持つ手は力強く。

 三名の視界には、羽織った外套を靡かせ佇む、アルの大きな背中が見えている。

 アルもまた、背中越しに仲間達の存在を感じ取り、互いの呼吸を確かめ合う。

 

 仲間が居れば立ち上がれる、彼女達が存在する限り、諦める事はしない。

 便利屋68が立ち上がる限り、仲間達が立ち上がる限り、何度だって、幾度だって――困難に立ち向かう勇気と力が、体の奥底から湧いて来るのだ。

 

「私達は、一人も欠けたりしない……!」

「……その願いが、どれだけ脆い幻想なのか」

「私はこの四人で、全員で、一歩ずつであろうとも、いつか必ず夢を叶えて見せるの!」

「陸八魔アル、貴女はまだ知らないだけ……! 知れば、必ず踏み出す事を躊躇する!」

「どんな険しい道だろうと、困難な世界だろうと、絶対に諦めたりしない――ッ!」

 

 アル(現在)アル(未来)の瞳が交差する。

 片や希望と繋がりを湛え。

 片や諦観と孤独を湛え。

 その身体を支える理由は、全くの反対だというのに。

 二人は全く同時に、大きく一歩を踏み出した。

 

「そんな夢物語、未来の何処にも在りはしないのよ――ッ!?」

「それは、貴女(陸八魔アル)が諦めただけでしょうッ!?」

 

 血と砂と汗に塗れながら、アルは赤空を指差したまま叫んだ。

 

「――ッ!」

 

 仮面が罅割れ、感情が零れる。堪え切れず歪み、憤怒の表情と共に突き出されるワインレッド・アドマイアー。

 しかし、それを見据える瞳にはもう、恐怖も、諦観も、浮かんではいない。

 突き出された銃口を睨みつけながら、アル(この世界の自分)は自身の胸元を叩き、外套に付着した砂塵を払う。

 その瞳には変わらず、憎たらしい程の希望が煌めいている。

 

「忘れたって云うのなら、もう一度思い出させてあげるわ……っ!」

 

 無造作に、緩慢な動作で踏み込み、突き出される同型の銃口――ワインレッド・アドマイアー。

 瞬間、反射的に引き金が絞られ、互いの目と鼻の先に突き出された銃口から深紅の閃光が瞬く。

 轟く銃声、網膜をマズルフラッシュが焼き、二人の至近距離を弾丸が掠める。

 互いの長髪が靡き、千切れ飛ぶ数本の髪。立ち昇る白煙、漂う火の粉。虚空を穿った弾丸は片や空の彼方に、片や燃え盛る列車の外壁を穿ち、吹き飛ばす。

 燃え盛る炎が勢いを増し、二人の輪郭を浮かび上がらせる。

 

「失うのが怖いから、手を伸ばさない……! 困難に立ち向かうのが恐ろしいから、挑む事を諦めるッ!」

「陸八魔、アル……ッ!」

「――そんな生き様、全然アウトローじゃない(格好良く無い)ッ!」

 

 絞り出した声が、互いの鼓膜を叩く。

 至近距離で交差する視線、擦れ合い、金属音を鳴らす銃身が熱を持つ。

 同色のカラーリング、同じ型の銃口、奇しくも戦いの火蓋を切った際と同じやり取り。

 それを演じながら、アルは未来の自分を真正面から睥睨し、血に塗れた犬歯を剥き出しに額を突き合わせる。

 鼻先が触れ合いそうな距離、鏡映しの様な顔立ち、だが浮かべる表情は全く異なるもので。

 決して消えない光を秘めた瞳と共に、アルは押し込む両腕に渾身の力を籠め、憤怒と悲愴に満ちた表情を浮かべる未来の自分に対し、有りっ丈の声で叫んだ。

 

私達(便利屋68)底力(諦めの悪さ)――舐めるんじゃないわよッ!」

 

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