【第七サンクトゥム 乙種閉鎖区域中心部】
「くッ――!」
目前を、眩い極光が通過した。
恐ろしく収斂され、視界を焼くそれはサキの直ぐ傍に着弾し、コンクリートブロックを粉砕、無数の破片を撒き散らしながら後方へと消えていく。穿たれた穴は赤熱し、白い蒸気を撒き散らしていた。
地面を転がり、辛うじて狙撃を回避したサキは、宛ら光線の如く鋭い一撃を加えて来る相手に対し焦燥と怒りを滲ませながら叫んだ。
「クソっ! おいミユ、少しはこっちの話を聞けッ!」
素早く体勢を立て直し、駆けながら声を響かせる。
自分を探さないで等と口にして突然姿を消したと思ったら、超遠方からの精密狙撃を繰り返す彼女。しかも放たれる火力は頭抜けており、数棟のビルを貫通して尚有り余る威力を有している。
市街地戦闘に於いて、障害物を一切無視した超高威力の精密狙撃など脅威以外の何者でもない。
懸命に叫んだ声は廃墟の中で木霊し、相手の耳にも届いている筈だが、反応らしい反応は一つとして存在しない。
舌打ちを零し、狙撃された地点から隣り合うオフィスビルへと転がり込んだサキは、同じように身を屈めながら今しがた弾丸が放たれた方角を凝視するRABBIT小隊の面々に胸中を吐露した。
「駄目だ、アイツ、こっちの声に全然応える気配がないぞ……!」
「この様子だと、敢えて無視しているのでしょうね」
「いやぁ、その辺りは徹底しているねぇ、ホント」
「いざ戦闘になったら、相手の言葉に耳を貸すなって云うのは教範通りだが――」
ミヤコとモエは愛銃を抱えたまま、割れて薄らと埃を被った硝子越しに敵の狙撃地点を割り出そうと瞳を細める。しかし、倒壊したビル群や施設が散見される封鎖区画は死角が多く、短時間での発見は困難を極めた。
かと云って偵察用ドローンを飛ばした所で、容易く撃墜されるのは目に見えている。ミユの狙撃の腕ならば、視認した瞬間に爆散する事は間違いない。偵察に特化した小型ドローンを複数飛ばせばまだ可能性も存在するが、生憎とそんな便利なモノは手元に無かった。
ミヤコは視線を逸らす事無く索敵を続けながら、隣り合うミユへと水を向ける。
「RABBIT4、敵狙撃手の位置は割り出せましたか?」
「……そ、それが」
窓枠に身を隠しながら首に掛けた双眼鏡を覗き込み、周辺を丁寧に探るミユ。しかし、その口元はまごつき、言葉を濁す。
死角の多い場所で、何処に居るかも分からない狙撃手。加えて一発一発が凄まじい神秘濃度を誇る一撃。時間を掛ければ掛ける程、此方が不利になっていくのが分かる。一刻も早い発見は、同じ狙撃手としてミユに期待されていた役割でもあった。
しかし、ミユは申し訳なさそうに俯きながら、双眼鏡から目を離すと緩く首を横に振る。
「こっちが位置を特定しようとした瞬間には、もう居なくなっているみたいで……」
「確かに一発撃った後は即座に移動するのが基本だけれど、流石に移動が早すぎるね、火力で潜伏予測地点一帯を纏めて爆破するにしても――この死角の多さじゃ、ちょっとねぇ」
こんな事なら、もっと爆薬を持ち込んでおけば良かったと零すモエに、それだけあれば十分だろうがと吐き捨てるサキ。確かに持ち込んだモエの背嚢にはこれでもかと云う程に爆弾やら弾薬が詰められており、それ以上持ち込みを増やせば機動力が落ちる。何より、何でもかんでも火力で片付けようとするモエの悪癖こそを、サキは咎めていた。大火力というのは兎にも角にも、手間と金が掛かる故に。
「ッ!? RABBIT3!」
「うぇ……!?」
ミヤコが一瞬、ぴくりと肩を震わせ、何かに気付いた様にモエの胸元を強く押した。
瞬間、バランスを崩したモエの身体、揺らいだ上半身の中心を穿つようにして飛来する極光。ほんの一拍前、モエの身体が存在した空間を抉り取る弾丸。ビルの外壁諸共貫通したそれに冷汗を流しながら、ミヤコは即座に立ち上がり、外を指差し叫ぶ。
モエは数秒程目を瞬かせ、一体何が起きたのかと自身の胸元を何度も擦る。
「あ、あっぶな……!?」
「移動します、RABBIT2!」
「分かっている!」
全員が言葉を交わす事無く、整然とサキを先頭にしてオフィスビルより退避する。周囲を銃口でなぞり、壁に沿って慎重に、しかし素早く遮蔽から遮蔽へと移動するRABBIT小隊は、余りにも正確無比な敵の狙撃と移動速度に畏怖の念すら抱き始めていた。
先頭を駆け、愛銃を構えながら額にじっとりと冷汗を滲ませるサキは後方に向かって叫ぶ。
「今の狙撃、さっきとは全く違う方角からだぞ! どうなっている、なんでこうも速く移動出来るんだ!? 複数人のチームか何かじゃないと、説明がつかないだろう!?」
「確かに、ねッ! これはもしかすると、瞬間移動でもしているのかも……!」
「そ、それに、私達の場所がまるで最初から見えているみたい……!」
一つの前の狙撃は、確かに北側から放たれた一撃だった。正確な位置を把握する事は難しくとも、方角と大まかな場所を掴む程度は出来る。
幸い敵の火力は圧倒的であるが故に、その破壊痕から凡その方角などが分かるのだ。
そう、確かに北側から行われた狙撃だったのだ――しかし今しがた放たれた一撃は、東側から北側を警戒する自分達の側面を穿った一発だった。
距離は最低でも数百メートルは離れている筈だ、それをものの一分程度で、一体どんなトリックだと叫びたくなる。モエの云う通り、複数人のチームが交互に狙撃でもしていなければ説明がつかない。しかし、その場合、この狙撃がバラバラの方角から順次放たれるとするのならば、自分達は恐ろしいまでの火力を誇る狙撃手四名に包囲されている可能性がある、という結論に至る。
あまりにも恐ろしい結論だった。
「どうするRABBIT1!?」
「―――……」
「幾ら遮蔽があった所で、どうやってだかは分からないが、相手は此方の位置を把握している! 外壁諸共貫通してくる狙撃相手に、逃げ回った所でどうにもならない!」
「せめて相手の位置だけでも分かれば、対処の仕様もあるんだけれどね!」
サキやモエの呼びかけに、ミヤコは応える事が出来ない。ただ思考を回し、この状況を打開出来る策を引っ張り出そうと足掻く。荒廃した車道を素早く横断し、半ば倒壊した建物に転がり込むRABBIT小隊。老朽化し、埃っぽい内部に顔を顰めながら、しかし周辺では最も安全度が高いと判断し、その部屋の一角に全員が雪崩れ込む。
「クリア!」
「全員身を低くして、壁際に」
「……まぁ、そんな事しても意味があるかどうかは分からないけれどね」
どうせまた、千里眼の如く此方の位置を特定し一撃を入れて来る筈だ。故にその瞬間に備え、警戒の糸を張り巡らせなければならない。モエもサキも、既に敵の射線は切ったというのに緊張の糸は途切れない。強張った全身の筋肉を自覚しながら、常に壁越しの狙撃に意識を割いていた。
ミヤコは全員が部屋の中に居る事を確認し、ポケットから端末を取り出すと部屋の隅へと陣取り、自身の体と腕で影を作り画面を点灯させる。光量を大きく落とし、目を細めなければ見えない程の薄暗い画面の中で、彼女は瞳を動かした。
「RABBIT1、それは――」
「この一帯のマップ情報です、塔周辺は壊滅的な被害ですのでアテにはなりませんが、この周辺に限っては正確なものかと」
彼女が眺めているのは、作戦開始前に共有された周辺の地図情報である。封鎖区画とは云え定期的にマップデータは更新されていた様で、詳細までは分からないが大まかな地形や起伏に関しては把握出来る。彼女はそれを一瞥し、不意にミユに向かって声を掛けた。
「RABBIT4」
「っ……な、何?」
呼びかけられ、びくりと肩を震わせた後、壁に沿って慎重に移動するミユ。ミヤコの傍へと足を進めれば、彼女は手元の端末をミユへと差し出しながら、何気なく問いかけた。
「――次の狙撃ポイントは、何処になると思いますか?」
「えっ」
表示された地図情報を指差しながら、問われたそれ。
唐突な問いかけに、ミユは思わず呆気に取られた。モエとサキの視線がミヤコに集中し、静寂が崩れかけた部屋の中を支配する。
「RABBIT1?」
「相手の機動力や隠密能力、そして複数の建築物を貫通可能な火力を鑑みるに、此方からのカウンタースナイプは現実的ではありません、失敗した場合のリスクが大きすぎる上に、察知した所で反撃の隙は限られています」
「……もしかして」
その口ぶりから。
モエは薄らと、ミヤコの思考の輪郭に触れ、呟いた。
「……相手が次に狙撃する地点を予測して、待ち伏せするつもり?」
「はい」
返答は短く、端的であった。
RABBIT小隊全員が息を呑み、僅かな疑念を抱く。確かにこれ程素早く狙撃場所を変える相手だ、撃った直後ならばいざ知らず、この廃墟内部で正確に位置を特定し、カウンタースナイプで無力化する事は難しいかもしれない。
だが、ミヤコの口にした待ち伏せもまた現実的とは云い難い。
相手の狙撃地点を予測し、待ち伏せする。事前情報と正確な地形データ、十全な時間があれば可能かもしれない。だが今は、そのどれもを欠いている状態にある。本当に出来るのか? そんな疑問と疑念が、小隊の周囲に渦巻いていた。
「本気か、RABBIT1?」
「相手が本当にRABBIT4――私達の知るミユならば、そういった手も取れる筈です、ましてや優れた狙撃手となれば、選定する狙撃地点も共通してくるものでしょう」
「それは、そうかもしれないが……」
ミヤコの言葉は、確かに一理ある。合理的な判断を積み重ねれば、解が一致するというのは自然な事だろう。優れた狙撃手ともなれば、綿密な計算や経験から理想的な狙撃地点というものは限られてくる。
しかし――。
「わ、私は……」
肝心のミユは重大な選択を委ねられ、完全に委縮してしまっていた。差し出された端末から目を逸らし、愛銃を強く抱き締めたまま蒼褪めた表情で俯いてしまう彼女。ややあって渇き、擦れた唇をまごつかせた彼女は、何かを思いついた様に顔を上げ声を絞り出した。
「で、でも、狙撃ポイントに関してなら、
「いいえ、私では駄目です」
「どっ、どうして……?」
縋りつく様に放たれた言葉に、ミヤコは冷静な面持ちを崩さずに首を横に振る。
「あちらの
「……!」
自分達はRABBIT小隊である。
任務には四人で当たり、連携は必須。
だが何故か、あの瞬間現れたのはRABBIT4――ミユひとりであった。
何故他の隊員が存在しないのか、
それは、分からない。
だが狙撃地点を考える上で、単独の彼女と、あくまでチームとして動いている自分達では思考や戦略に齟齬が生じる。
何より、ミヤコには懸念があった。彼女と対峙した時、その瞳を覗き込んで、ミヤコは直ぐ隣に存在するミユと、あのミユに大きな違いを感じ取ったのだ。深い、深い悲しみと絶望、羨望、自責の念、後悔、罪悪感。
それを、自分を見つめる瞳の中からミヤコは感じ取った。
「――私では、駄目なのです」
もう一度、ミヤコは繰り返した。恐らく、自分では彼女の思考を読み取ることが出来ない。その行動原理を、感情を、完全に理解する事は出来ないのだと。
それが出来るとすれば、RABBIT4――
「………」
真っ直ぐな瞳、強い口調で断じられたそれにミユは視線を手元に落とす。自信が無かった、自分には無理だという思いがあった。ましてやあの狙撃精度に威力、自分とは何もかも違う。放たれる弾丸からは、確かな力量差と自負がある様に思う。纏う気配も含めて、如何に外見や所作が酷似していたとしても、アレが自分自身だという実感が湧かなかったのだ。
しかし、彼女の思考は差し出されたマップデータから最適な狙撃地点を無意識の内に割り出していく。射線が良く通る場所、他からは視認し辛く目立たない場所、逃走ルートが確保されている場所――訓練された彼女の思考は、心情とは異なり冷静にポイントを分別していく。
「――この、配置」
そして、ふと気付いた。
今まで放たれた幾度かの狙撃、その凡その方角とポイントを指先でなぞる内に、浮かび上がる一つの解答。
こくりと、ミユの喉が鳴る。
「た、多分、これは、私じゃ、駄目だと思う」
「……RABBIT4?」
言葉には微かな淀みがあった、しかし確かな考察と推測を元に紡がれたものである。ミユの指先が端末の上を滑り、なぞる。齎された狙撃の数だけ、ポイントの上を滑り行指先。微かな光が彼女の爪先を照らし、その輪郭を淡く煌めかせた。
「もし、私が自分で判断して、狙撃位置を取るとすれば」
持ち上がったミユの表情。その顔は、相変わらず自信が無さげで、恐怖に強張っている。だがそれでも、何よりもこのポイントの形が物語っている。
それだけは、確かだった。
「――絶対に、皆を助けられる場所だと思うから」
■
【第三サンクトゥム D.U.シラトリ区】
『ドローン損耗率、三十六パーセントを突破しました! このままでは……!』
『弾薬を撃ち尽くした機体は、後方の補給地点に一度撤収を指示、代わりに隣接区画に飛ばしていたドローンをこっちに呼び戻して……ッ』
『ゲーム開発部、聞こえているかい!? 後続のドローン到着までアバンギャルド君が自律兵器を押し留めているが長くは持たない! これ以上は君達が危険だ、撤退の準備を――!』
装着したヘッドセット、インカムの奥からノイズ混じりの声が聞こえた。自分達のバックアップを行っているエンジニア部が、懸命に呼びかけているのが分かる。
だが、それに応えるだけの余裕が此方には存在しない。
「くぅ――ッ!」
百キロを優に超える質量同士がぶつかる、鈍い音。
嘗て経験した事が無いレベルの衝撃、アリスは地面を踏み砕き、衝撃を辛うじて逃がす事に成功するが、全身の骨格が軋みを上げる。盾代わりに構えた光の剣、その表面に火花を散らし叩きつけられた代物もまた――光の剣。
アリスと真正面から衝突し、微塵も揺らがぬ相手。
自分と瓜二つの容姿、同じ装備、同じ格好。
異なるのは能面の如く、微動だにしない表情のみ。
「貴女は、本当にアリスなんですか……!?」
そんな自分自身を模したオートマタを真正面から睨みつけながら、アリスは叫ぶ。深い青の瞳、眼球を模したカメラが収縮し、自身の歪んだ表情が反射する。
『………』
「アリスなら、答えて下さいッ!」
もし、自分と同じ存在ならば。
天童アリスの名を冠した存在ならば。
絶対に、問わねばならない事がある。
「どうして、ユズはあんな風に……! モモイは、ミドリは、何処に行ったんですか!?」
『――
だが、アリスの必死の問い掛けに対して返って来るのは、冷徹なアナウンスのみ。彼女の口から放たれたものではない、実際目の前に映る唇は微塵も動く事は無かった。喉奥から直接発せられたかのようなノイズ混じりのそれが、無機質に攻撃の予兆を知らせる。
『
「ッ!?」
瞬間放たれる、凄まじい熱波と閃光。互いの光の剣をぶつけ合い、鍔迫り合っていた最中、唐突に伸びる光の柱。上を向いていた砲口から放たれる攻撃、それは頭上空高くに一本の光柱を突き立て、風圧と熱波がアリスの頬とレンズを焼く。
一体何を、そう考えたのも束の間、アリスの身体に衝撃が走る。見れば相手は此方の構えた光の剣を蹴り飛ばし、大きく距離を取るや否や、そのまま光の剣を振り下ろそうとしていた。
「―――」
相手の意図に気付き、アリスは思わず愕然とする。これは狙いもつけず、出鱈目に放った砲撃ではない。放たれた砲撃は未だ煌めきを失わず、極大の熱量を吐き出し続けている。
――これは
「ッ、この光に、意志を込めて……!」
アリスの判断は速かった。
充填の暇はない、アリスは頭上より振り下ろされる極光を見上げながら光の剣を腰だめに構える。真正面から相殺する必要は無い、ただ自分達を捉える一瞬、ただ一瞬打ち消せればそれで良い。
凄まじい勢いで思考が研ぎ澄まされ、演算領域が加速する。急速に充填されるエネルギー、目前の極光を打ち消せるだけの充填率を瞬時に導き出し、アリスの指先はトリガーに触れる。
「光よーッ!」
光の剣が唸りを上げ、充填された必要最低限のエネルギーが砲口より放たれる。頭上より飛来した極光の刃と青白いエネルギー弾が衝突し、炸裂、巨大な爆発を巻き起こした。
爆炎が頬を焼き、アリスの長髪が爆風に靡く。
「うわぁッ!?」
「お、お姉ちゃん!」
アリスが放たれた一撃を打ち消すと同時、後方に存在したビル群が余波でバターの如く容易く溶断される。自分達の機械人形と戦闘を繰り広げていたモモイ、ミドリ、ユズの三名は全身を打ち据えるような爆発と轟音に悲鳴を上げ、溶断されたビルの上部が道路に落下、粉砕、まるで地震が起きたかのような揺れが身体を襲う。
地面に転がった三名は必死に頭部を守りながら、倒壊したビルの傍から退避しようと足掻いた。
「モモイ、ミドリ……っ!」
「だ、大丈夫!」
「けほっ、コホッ!」
「は、早くこっちに……!」
轟音、振動、周囲に撒き散らされる噴煙と瓦礫片に肌を打たれながら、何とか飛び散った噴煙の中から脱出するミドリとモモイ。ユズはそんな仲間の姿、そしてアリスの背中を凝視しながら、汗に塗れた拳を握り締めた。遠くの遮蔽に煌めく赤い光、それがモモイとミドリの機械人形、その眼光の煌めきである事は分かっていた。
先生を模した機体だけは、ぴったりとユズの強化外骨格の傍に寄り添い微動だにしない。
咳き込み、砂埃に塗れた二人を積み上がった瓦礫その傍に引き込み、呟く。
「これ以上は、もう――」
ユズが呟いた声は、噴煙の微かな揺らめきにかき消されそうなほど小さかった。しかし、このまま黙っている事も出来ず、ユズは二人の腕を掴みながら声を絞り出す。
「み、皆、此処は撤退しよう……!」
「ユズ……?」
放たれた言葉に、一瞬モモイが目を瞬かせる。
焦げついた空気が周囲を漂い、崩れた街並みは瓦礫と煙で見る影もない。かつて賑わっていたであろう通りは、今やただの灰色の戦場である。
そう、戦場だ、此処は戦場なのだ。実感が漸く、遅れて追い付いて来た。此処で負ければ次は無い、文字通り命懸けの場所。ひやりとした冷たさがユズの背中を伝い、彼女は必死に言葉を探し紡いだ。
「エンジニア部からもドローンが撃墜されているって連絡があったし、これ以上此処に留まるのは危険だよ……!」
「……私も、そう思う」
ユズの言葉に、ややあってミドリは同意を示した。ミドリは溶断され、倒壊したビル群の赤熱した断面を見上げ、砂埃に汚れたその口元を大きく歪ませる。それから愛銃を瓦礫に立て掛け、モモイの肩を掴み、真剣な眼差しと共に云った。
「お姉ちゃん、ユズちゃんの云う通りだよ、アリスちゃんも連れて一度後退しよう」
「で、でも……」
「良く考えて! 私達皆、真面に戦える状態じゃない……!」
ミドリの真剣な訴えに、モモイの表情が分かり易く揺れる。視線の先では、立ち昇る噴煙の向こうに冷徹な瞳で此方を観察する『モモイ』と『ミドリ』の姿がある。機械人形の所作は無機質で、微動だにせず積み上がった瓦礫の向こう側から銃口を覗かせていた。
無表情で、冷徹で、けれど何かを訴えるような目をして――。
そんな風に考えるモモイの肩に、ぎゅっとミドリの指先が食い込んだ。
「気になる事は沢山あるよ、知りたいって思う気持ちも、でも此処で倒れたら何も分からない……!」
あのユズの事、自分達に酷似したオートマタの事――知りたい事は沢山ある。けれどそれも全ては、自分達が生き残ってこその話である。ゲーム開発部の皆を、こんな場所で失う訳にはいかない。その想いは、全員が共通している筈だ。
空の向こう側から断続的な爆発音が聞こえていた、アリスが自分自身と光の剣を打ち据え、鈍い金属音が周囲に轟いている。何処かでドローンが戦っているのだろうか、それとも他の学園の生徒だろうか。
無言を貫くモモイに対し、ミドリは焦燥を滲ませ再び名を呼ぶ。
「お姉ちゃん!」
「分かっているよ、分かっている……でも」
モモイは肩にかかったミドリの指先に掌を添えながら、小さく息を吸い込み、それからそっと目を伏せた。
「……今此処で、逃げちゃいけない気がする」
呟かれた言葉は小さく、確信はない。
だが同時に、迷いも無かった。
モモイの視線が立ち塞がる自分達の機械人形を、そのずっと背後に佇むユズの強化外骨格へと向けられる。甲鉄の肌に守られた彼女の姿は、噴煙に紛れ此処からは良く見えない。
だが確かに、網膜に焼き付いて離れない表情があった。
「あの、オートマタの私達もだけれど、その後ろにいる、向こうのユズの顔……」
それが、どうにも忘れられなくて。
モモイはミドリの掌を握り締めながら、俯いていた顔を上げ云った。
「――凄く、悲しそうだった」
「………」
真正面から放たれたそれに、ミドリは一瞬言葉を詰まらせる。
その顔は、確かに自分も目視していた。
湧き上がった感情を、ミドリは否定できなかった。
引き裂かれた甲鉄の隙間から覗いていた瞳、その瞳に宿っていた孤独と痛み、曖昧でありながらも確かに感じ取れたそれを、モモイもまた見過ごすことが出来なかったのだ。
これが赤の他人であれば、思い違いと割り切る事も出来ただろう。しかし同じゲーム開発部だからこそ、異なる道を辿ったとはいえ相手がユズだからこそ、感じ取れるものがあった。
砂埃に塗れた愛銃を軽く指先で払い、頬を拭ったモモイは改めて告げる。
「此処で撤退したら、またこの場所まで来れるか分からない、だから……」
「それは……ッ! でも、それで全滅なんて事になったら――」
「分かっているよ!」
モモイの叫びが、ミドリの声を掻き消し、赤空に反響した。互いの瞳が至近距離で交差し、強張った表情がハッキリと分かる。不安も、恐怖も、抱いている感情は同じだ。
ミドリの言葉はきっと正しい、エンジニア部だって撤退しろと進言しているのだ、自分達より頭も良い、全体状況も正確に把握している相手に従うのは当然の事。ユウカからも、彼女達の指示に従う様にと何度も何度も云い聞かされていた。
そんな事は、モモイ自身も理解している。
けれど――モモイにはどうしても、譲れない一線がある。
「でも、あんな顔をしたユズ――放っておけないッ!」
「ッ……!」
それは、大切な
モモイの声は、泣き出しそうなほど真っ直ぐだった。
見開かれた瞳が、ミドリを、ユズを捉える。彼女は恐れる事無く、ただ真摯に、必死になって言葉を重ねた。
「何でユズが二人いるのかとか、どうして私達を模したオートマタを引き連れているのかとか、何であの塔を守っているのとか、私には全然分からないよッ! 分からないけれど……ッ!」
モモイは自身の胸元を握り締めたまま、ぎゅっと両目を強く瞑る。蹈鞴を踏み、足元の瓦礫を砕く音が、嫌に大きく響いて聞こえた。
疑問と疑念に覆われた中で、それでも確かな事が一つだけある。
「でもっ!」
それは、
「――偽物だろうと、本物だろうと、
響き渡った言葉が、ただやり取りを眺めるばかりであったユズの胸中を強く打った。胸の奥が、痛みに似た熱で満たされていく様な感覚だった。
そうだ――自分達は大切な友人で、仲間で。
胸中を覆い隠していた怯懦が、恐れが、少しずつ色褪せていく。ユズの指先に意図せず力が籠った、それは想像したからだ。
――もし、あの場に立っていたのが自分ではなくモモイだったら?
或いはミドリだったら? アリスちゃんだったら? どうだろうか。
自分は、一体どうしたのだろうか。どういう風に考えただろうか。すんなりと危険を理由に、その場を離れる事が出来ただろうか。
その顔に浮かんだ悲しみを前に、目を瞑る事が出来るだろうか。
自問自答する。
返答は短く、即座に返って来た。
――そんなの、
「――ッ!」
乾いた音が周囲に木霊した。
それはユズが自分の頬を両手で叩いた音だった。
直ぐ傍で鳴り響いたそれにミドリとモモイが肩を跳ねさせ、驚いた表情でユズを見る。彼女の両頬は薄らと赤く腫れ、余程強い力で叩いたのだと分かった。
「ゆ、ユズちゃん……?」
「――ふーッ!」
大きく息を吸いこんで、吐き出す。両頬にジクジクと走る痛みが、意識を現実へと引き戻してくれる。
迷いが、少しだけ薄れていくのが分かった。
その少しが、ほんの少しだけの勇気が――今のユズには黄金に勝る価値があった。
「……そうだよね」
呟き、決意を新たにする。最初から迷う必要なんて無かったのだと、ユズは心底そう思う。
瞳に、怯懦に勝る光が宿る。現在進行形で荒廃していく街を背景に、ユズの影が静かに立ち上がった。
怖い、恐ろしい、逃げたい、隠れたい、目を閉じたい。そんなネガティブな感情が沸々と湧いて全身に行き渡ろうとする。気を抜けば歯が鳴り出しそうだ、恐怖に屈してしまいそうだ。以前までの自分ならば、きっとそうなっていただろう。
でも、不完全でも、不格好でも。
「――ロッカーに隠れて震えているよりは、ずっと良い」
「アリスちゃんッ!」
「っ……!?」
荒廃した街道に、ユズの声が木霊した。
光の剣を振り抜き、自分自身の機械人形と打ち合っていたアリスは瞬時に声へと反応を示す。ややあってユズの表情を一瞥した彼女は、言葉も無く即座に距離を取り、散乱した瓦礫を蹴って後方へ飛び退く。
後退するアリスに向けてモモイ、ミドリを模した機械人形より射撃が加えられ、噴煙を裂き飛来する弾丸。しかし光の剣を盾代わりにしたアリスは頑強であり、弾丸は悉く表面に火花を散らすだけに留まった。
着地と同時に砂塵が舞い上がり、アスファルトが罅割れる。勢い良く振り返ったアリスは、微かな喜色を滲ませてユズの名を呼ぶ。
「ユズ……!」
「バラバラに戦っても、多分勝てない――私だったら、絶対、そういう風に戦うと思うから」
遮蔽より身を晒し、自身の愛銃を握り締め、立ち昇る粉塵の奥を睨みつけるユズは告げる。
視線の先には――もう一人のユズと、その前方に並ぶ自分たちを模した機械人形。宛らユズを庇う守護者の如く佇むゲーム開発部を、ただ彼女は静かに見つめた。
この戦いの間、機械人形たちの動きを観察していたユズは、一つの仮説に辿り着いていた。あの機械人形たちがゲーム開発部を模倣した存在であるのならば、その動きは此方のモモイやミドリ、そしてアリスの動きに酷似したものか、同一のものになるだろう。
事実、機械人形たちは各々のメンバー、その特徴と傾向を深く理解している。しかし、ユズだけはその所作の中に、自分にしか分からない『癖』が存在している事に気付いた。
それはモモイやミドリ、アリス自身が自覚していない癖などではない。
ユズがゲームのキャラクターを操作する際、無意識の内に行う様な
自分だから分かった、同じだからこそ分かった――人工知能などではない、完全な手動操作である証明。
――もし、あの
唇を噛み、ユズは確かな覚悟を以てアリスの隣へと足を進める。
「――あぁ」
薄らと、呟きが聞こえた。それは立ち昇る噴煙を裂いて現れる、影から漏れたものだった。アリスやモモイ、ミドリ、先生の機械人形を引き連れ、重々しい足音と共に現れる強化外骨格。抉れ、剥がされた外装の隙間から覗く昏い瞳が、なけなしの勇気を振り絞って対峙するユズの姿を捉えた。
小さな体だ、小刻みに震える四肢は力なく、とても困難に立ち向かえる様な姿ではない。
勇者パーティーの一員としては、余りにも不適格。
しかし、隠しきれない恐怖と不安の只中に在りながら、此方を見据えるその瞳には、終ぞ自分が抱けなかったものが宿っている。
それが分かるからこそ、彼女は薄暗い機体の中で歪な笑みを浮かべ、青白い光に照らされながら羨望の言葉を吐き出した。
「――その
「……どうして私が、そんな風になったのかは分からない」
対峙する二つの影、二人のユズ。
頬を焦げついた、熱風がそっと撫でていった。崩れ行く街並みの向こうでは、ドローンが撃墜されているのか緋色の閃光が断続的に明滅している。
けれど今この瞬間、この時だけあらゆる音が、光が、気にならなかった。
まる世界が二分され、自分達だけが別次元に飛ばされている様な――研ぎ澄まされた意思が、秘めた決意が、ただ目の前の困難だけを直視する。
「振り絞る勇気が無かったのかもしれない、どうしようもない事情があって、なけなしの勇気が挫かれたのかもしれない」
「………」
「でも、そういう過程が、あったとしても」
ユズの握り締めた両手が、愛銃の『にゃん'sダッシュ』のグリップを握り締める。キッと瞳を鋭く尖らせた彼女は、胸中の決意を形にするように一歩を踏み出し、冷たい甲鉄に閉じ籠ったままの自分に向けて叫んだ。
「――
叫びは、崩壊した通りに木霊した。
仲間だから、友達だから、大切だからこそ、止めなくちゃならない事がある。
僅かな、ほんの僅かな間到来する静寂。
伸びていた電線が爆ぜ、赤い火花が虚空に散る。その微かな音が、嫌に耳に残った。
「――ッ」
ギチリと、金切り声に似た、金属の軋む音。
甲鉄に包まれた異なる世界のユズが、穿たれた穴に指を掛け、身を乗り出す様に此方を凝視していた。
「そう、だね、その通り、だと思う……」
血走った瞳で、血の気の失せた青白い表情で、ユズは力なく頷く、何度も、何度も。暗がりに瞬く瞳、宿った光の奥に鈍色が覗く。頷きは酷くぎこちない動きだった、外装を掴んだ指先が爪を立て、金切り声を上げた。響く不協和音、暗がりの中で瞬く瞳は悍ましく、どうしようもない悲壮感に満ちている。
「私が、私が皆を、アリスちゃんを、勇者を、魔王にしてしまったのかもしれない」
「………」
「きっと、こんな事は正しくない、良くない事だよ、本当に、私は、願うべきじゃなかった、呼びかけに応えるべきじゃなかった、それは自分でも分かっている、分かっていたの……」
――でも、でもね。
「私は、それでも、皆と一緒に……!」
言葉に詰まりながら、自身の腹に沈殿していた感情を吐露する。零れる嗚咽、呼吸が詰まり、息苦しさが彼女から思考を奪った。
操縦主からの指示が無くなった途端、ゲーム開発部を模した機械人形たちは微動だにせず、その場に無言で佇むばかり。強化外骨格の中でユズは頭を抱え、震えながら身を捩った。
「う、うぅ、ううッ、あぁ――……!」
「ゆ、ユズ……ッ!」
ユズの叫びは、悲鳴のように木霊する。
両腕で頭を抱え、目を見開きながら涙を零すその姿は、ゲーム開発部全員に重苦しく、痛みを伴う感情を伝えて来る。
咄嗟にモモイは彼女の名を呼び、手を伸ばそうとした。何を話す事も無く、何をする訳でもなく、視線一つ投げかけない――
「違う、違う……違う違う違うッ! アリスちゃんは、アリスちゃんは魔王なんかじゃないッ! アリスちゃんは勇者だよ、絶対に、勇者なんだ……! アリスちゃんは悪くないっ! ミドリも、モモイも、悪いのは全部、全部私……私の責任ッ!」
乱雑に髪を掻き乱し、狂乱した様に吐き出されるのそれは呪詛の如く。積み重なった自責の念、後悔、罪悪感、そういったものが絶え間なく彼女の頭上が降り注ぎ、その小さく細い身体を押し潰そうとしているのが分かった。
「ユズ――ッ!」
「ユズちゃん……!」
ゲーム開発部の小さな手が、彼女の視界に映る。
仲間達の手だ、暖かな友人の。
狂乱し、震えるままユズの方へ伸ばされる、小さな掌。
決して伸ばされる筈のない、仲間達からの救いの手。
それを見た瞬間、彼女の表情は更に歪み、大きく見開かれた瞳からはポロポロと堪え切れない大粒の涙が絶え間なく零れ落ちた。
■
わたしは、ちっとも強くないけれど……。
それでも、頑張ります。
みんなのことが、好きだから。
ゲーム開発部みんなが、本当に、大好きだから。
でも、一番頑張らなくちゃいけない時に、わたしは頑張れなかった。
大好きだと、そう口にしていたのに。
わたしは最後の最後に、勇気を振り絞れなかった。
――その
■
「――ッ!?」
ビシリと、脳裏に知らない映像が流れた。ユズの心臓が大きく跳ね、強烈な頭痛が走る。思わず額に手を当て、ふらりと蹈鞴を踏んだ。
詳細は分からない、ただ何か凄まじい感情の濁流が全身を巡って、断片が思考に突き刺さる。呼吸が乱れ、血の気が引いた――血が凍る様だった。
顔を上げ、改めて目の前の
「……
震えた声で、ユズは呟いた。
流れ出た冷汗が顎先を伝い、零れ落ちる。
そうだ、
本当に大切なものを全部、失ったのだ。
本当は、気付いていた筈なのに。
見ない振りをしていた、気付かない振りをして。
まだ彼女は、
「わっ、私が弱くて、臆病で……! 肝心な時に、立ち向かう勇気を持てなかったから……ッ!」
呼吸に嗚咽が混じり、まるで罪を告白する様に喉を絞り、ユズは掠れた声で叫ぶ。震える拳が自身の頭部を、強化外骨格の内装を殴りつけ、モニタに罅が入った。
何度も、何度も、何度も叩きつけた拳は表面に血が滲み、金属音に混じって嫌な水音が響き始めた。それでもユズは自傷染みた叫びを止める事無く、延々と腹の奥底から慟哭を繰り返す。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ……! もう弱いの嫌だ、大切な時に立ち上がれないのは嫌だ……ッ! 痛いのは嫌だ、苦しいのは嫌だ、辛いのは嫌だッ!」
「ユズ、私は、私達は――ッ!」
「でも、でもぉ……っ!」
叩きつけ、罅割れたモニターの破片が飛び散り、血に塗れた両掌を見下ろす。
赤の滴る指先で顔を覆い、そのまま爪を立てる彼女は、赤子の様に体を丸めながら震え、開いた指の隙間から
「皆が居なくなるのは、もっと嫌だからぁ――……ッ!」
その瞬間、空気が震えた気がした。
耳を裂くような高周波が響き、全員の身体が否が応でも硬直する。足元に飛び散った瓦礫片が震え始め、異なる世界のユズ、その拳が一際強くモニタを叩いた。
「ユズッ!」
「皆を苦しめるもの、痛めつけるもの、辛い思いをさせるもの、そういうもの全部、全部全部……!」
「ユズちゃんっ!」
彼女の瞳が、危険な光を放つ。濁り切った、鈍色の光。強化外骨格の内装に飾り付けられた液晶の割れた愛銃、その画面にはもう、何も映る事は無い。モモイの、ミドリの、アリスの声が、掻き消されて行く。
「私達を苦しめるモノ全部、無くなっちゃえば良いッ!」
『――
電子音が重なり、先生を模した機械人形が声を上げた。歪なデザイン、先生ガーディアンと称された鋼の肉体が駆動音を鳴らす。落書きめいた頭部は静かに背後のユズを捉え、突き出された両腕が自身の胸部を強かに叩いた。瞬間、外装の隙間より漏れ出る青白い光。
『
「なっ、何!?」
「せ、先生のオートマタが、光って……っ!」
ゲーム開発部の皆が疑問を呈するより早く、視界が白光に包まれる。耳鳴り、震動、重力の感覚が曖昧になっていく様な感覚。凄まじい突風が吹き荒れ、全員が思わずその場に這い蹲った。ユズの籠った強化外骨格が、先生の、モモイの、ミドリの、アリスの機械人形が光の渦に飲み込まれて行く。
「アリスの後ろへ、早くッ!」
「あ、アリスちゃん……!」
「ユズ、手をッ!」
「う、うん……っ!」
アリスが光の剣を地面に打ち立て、即席の防壁とする。衝撃と突風は彼女達の全身を襲ったが、光の剣の影に入った瞬間、幾分かそれは落ち着いた。モモイがユズの掌を握り締め、自分の後ろへと引き寄せる。発光と突風は、数十秒の間収まる事が無かった。
漸く光が掻き消え、風が止んだ頃には傍に歪な瓦礫片が転がり、痛い程の静寂が周囲を支配する。
「と、止まった――……?」
アリスの背中にしがみ付き、両目をきつく閉じて耐えていたミドリがぽつりと呟く。それを皮切りにモモイ、ユズもまた周囲を見渡し、一体何が起こったのかを探ろうとした。
不意に、視界が妙に暗い事に気付いた。
それは光の剣の影に覆われているからだろうか? いいや、違う。視線を落としたユズは、自分達の立つ場所が軒並み巨大な影に覆われている事に気付いた。遅れて、ゲーム開発部の面々も同様の事実に気付く。
ゆっくりと、全員の視線が前方――空を仰ぐ様に動く。
「これは――ッ!」
「な、な、な……!」
「う、嘘……」
「あ、ぅ……」
アリスは純粋な驚愕と関心を込めて。モモイ、ミドリ、ユズは余りにも予想外の出来事に驚愕と恐怖、困惑を混じった声を漏らす。強烈な光が形を潜めた時、巨大な影が街の中心に佇んでいた。崩壊したビル群に並び、道全てを覆い隠してしまいそうな全長。
その輪郭は、人の形をしていた。
「きょ、巨大ロボぉッ!?」
モモイの叫びは、巨大な二足歩行型ロボの足元に虚しく響いた。大きさはどれ程だろうか? 先程の強化外骨格や自律兵器とは比較にもならない。十メートル、二十メートル、いやもっとだろうか。まるで高層ビルがそのまま歩いている様な恰好だった。デザインは先程ユズが身に纏っていた強化外骨格と酷似している。
異なるのは一点、その身の丈を超えるような凄まじい大きさの光の剣――スーパーノヴァを抱えている事。
それはアリスに対する執着、或いは勇者への情景、その顕れだろうか。
――
風によって舞い上がった砂塵の中、その巨影がゆっくりと顔を上げる。足先一つとっても、自分達の何倍もの大きさ。見上げる表情は強張り、無意識の内に一歩、また一歩とゲーム開発部の面々は退いてしまう。
その気になれば、自分達など一息に踏み潰す事だって出来る筈だ。戦う事自体が馬鹿らしくなる程の戦力差が、其処にはあった。
「こ、こんなの、どうやって戦えって――」
モモイの声が掠れ、震える。
誰も、答える事は出来なかった。
アリスの光の剣、その最大出力でさえ受け止めてしまいそうな体格差。目前に聳え立つ巨躯は、異なる世界の花岡ユズにとっては希望であり。
それを見上げるゲーム開発部にとっては、絶望に他ならなかった。
■
「D.U.シラトリ区に、巨大な熱源反応……! ウタハ先輩ッ!」
「あぁ、遠方のカメラ映像でもハッキリと分かる程のサイズだ……まさか、あんなモノが出て来るとはね」
区画外郭、戦闘指揮車両で状況の把握に努めていたウタハは、ノイズ混じりに出力される映像を凝視しながら呟く。ドローンによる偵察が困難なシラトリ区ではあるが、流石に高層ビルに並ぶ巨躯ともなれば遠方からも視認出来る。シルエットはシンプルな二足歩行型の機体、しかし頭部と胴体が連結されているタイプで、両腕には巨大な銃火器らしき物体を抱えている。
荒い映像なので断定は出来ないが、アレは――自分達が開発したスーパーノヴァに酷似している様にも思えた。純粋に巨大化したレールガンと仮定すると、その破壊力は恐らく区画一つを丸ごと吹き飛ばしてもお釣りが来る。
「――ゲーム開発部の皆は?」
「生命反応は確認済み、生存は確か」
「……不幸中の幸いか」
「でも、あんな巨大な機体が出て来たのでは、サンクトゥムの破壊どろか、撤退も……!」
コトリとヒビキが不安に塗れた声を上げ、ウタハは眉間に皺を寄せる。確かに、こんな巨大兵器が出て来る事など予想外であった。周辺のドローンを幾ら搔き集めた所で、あの巨躯には敵うまい。アバンギャルド君を複数投入しても同様である。戦車や誘導弾頭で集中砲火を浴びせれば――だが、今からそれを準備して、実際に投入するまでどれ程掛かる? ましてや、その足元に居るであろうゲーム開発部の生存は絶望的だ。
ウタハ数秒程重い沈黙を守り、決断した。
「……仕方がない」
声は重々しく、しかし彼女の口元には薄らとした笑みが浮かんでいた。
それは困難に挑戦する者の特権。
羽織った白衣が翻り、彼女は二人に向けて告げる。
「
「……!」
その一言に、二人の表情が分かり易く変化した。常に変動する数値、数多のコンソールとホログラムモニタに包まれた狭い車内で、三名は顔を突きつけ合う。
「まさか、先輩」
「ウタハ先輩、あの機体を使うつもりですか……!?」
「あぁ」
驚愕と不安、同時に漂う微かな興奮。エンジニア部どころか、ミレニアム全体の莫大な予算を注ぎ込んだ、文字通り二度と製造不可能な最終兵器。ビッグシスターと呼ばれるリオをして、『コスト・エフェクティブネスは壊滅的』と称された機体。尤もそれは、あれもこれもと後から仕様やら機能を追加したエンジニア部に依る所が大きいが、戦力に関してはヒマリのお墨付きである。
コンソールに手を伸ばしたウタハは、コトリとヒビキに視線で連絡を促す。
「セミナーと特異現象捜査部、ヴェリタスにそれぞれ承認を得るよ、アレを動かすとなると私達の一存だけでは駄目だからね――だが要望が通れば、投入は一瞬だろう」
「着陸地点は何処に?」
「あの巨大な機体の前で良い、ついでに一発、情熱的な一撃をお見舞いしてやろう」
「それでは、パイロットは――」
「勿論」
問い掛けに、ウタハは破顔しながら告げる。
これはいつか、アリスに部費の大半を費やした
「――ゲーム開発部の皆だ!」
希望の