ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝しますわ!


【それが、アウトローってものでしょう?】

【第一サンクトゥム アビドス自治区・砂漠地帯】

 

「はああァッ!」

 

 砂塵を裂き、振り下ろされる影。自身の愛銃を鈍器の如く振り下ろすハルカは、飛び込む勢いをそのままに人影へと全力でストックを振り下ろす。頭蓋を粉砕せんと迫るソレに対し、人影は即座に反応、やや色あせ、擦れた同じ外観の散弾銃で以て迎え撃った。

 ストックと銃身が衝突し、鈍い音を鳴らす。硬質的な材質が擦れ合う音、砂塵の只中で睨み合う両者――ハルカと、異なる世界のアル。

 吹き荒れる砂塵を挟んで相対した両者は、至近距離で視線を交わらせる。

 

「良い気迫ね、ハルカ」

「っ、アル様……!」

 

 声色は何処までも自信に満ち、ハルカの知るアルと相違ない。寧ろ歴戦の気配を纏っている分、幾ら異なる存在であると云い聞かせても、彼女の中にある尊敬の念ばかりは隠し切る事が出来なかった。

 真っ直ぐ見つめている事さえ恐れ多く感じてしまう威圧感とカリスマ。此方を見下ろす鈍色の瞳が、薄らと細められる。擦れ合う銃火器をより一層押し込み、彼女は一歩踏み込んだ。

 

「でも、この期に及んで貴女は、本当の意味でまだ私に敵愾心を抱けていない」

「ッ――!」

 

 至近距離から放たれた言葉に、ハルカは思わず息を呑んだ。

 図星だった。

 こうも容易く攻撃を受け止められてしまうのは、疲労や負傷による理由だけではない。彼女が云う通り、心理的要因も多分に含まれているのだろう。

 これまでのハルカならば、社長からの、アルからの命令があればどのような相手でも、状況でも、全力で事に当たる事が出来た。必要ならば排除する、一切の呵責や躊躇はなく、我が身を顧みる事もなく。

 しかし、目前の顔立ちを直視すると、途端に全力を尽くす事が出来なくなった。

 これはアルの望みである――しかし、対峙する相手もまた同様に。

 

「異なる道を歩んだとは云え、私が陸八魔アルだから? それとも――」

「わっ、私は……」

 

 束の間、言葉に詰まり視線が揺れた。それは今まで存在する事の無かった、戦いの出中での迷い。それを見た異なる世界のアルは、小さく息を吐き出し、口元を歪める。

 

「……気を抜き過ぎね」

「うぐッ!?」

 

 ズン、と。

 強烈な衝撃が腹部を走り抜けた。腹部を蹴り飛ばされたのだと理解すると同時、地面を滑って後退する。痛みと衝撃によって体がくの字に折れ曲がり、低くなった視界に翳される銃口。

 ハルカが身構えるよりも早く、網膜を強烈な閃光が焼き、顔面に散弾が叩きつけられた。

 首を引っこ抜かれたと錯覚する程に強烈な一撃、ハルカの身体はそのまま仰け反り、吹き飛ばされ、背中から砂漠に叩きつけられる。 

 

「っ、ぅ――ッ!?」

「ハルカッ!」

 

 カヨコが叫び、そのまま二度、三度と地面を転がったハルカは、辛うじて意識を保ち愛銃のブローアウェイを地面に擦り付け減速、歯を食い縛りながら悲鳴を呑み込んだ。だが衝撃は彼女の頭部を強烈に揺すり、手足が云う事を聞かない。這い蹲り、硬直するハルカ目掛けて異なる世界のアルは即座に逆の手に構えたデモンズロアを翳し、発砲。

 拳銃とは思えない、まるで雷鳴の如く轟く銃声。放たれた弾丸はハルカの頭部目掛けて直進し――寸での所で横合いからカヨコの腕が伸び、ハルカの腕を掴んで遮蔽の裏に引き込んだ。

 弾丸は砂を穿ち、爆破された列車の残骸に身を潜めたカヨコは、引き込んだハルカを掴んだまま不安げに問いかける。

 

「ハルカ、傷は?」

「だい、じょうぶ、ですッ!」

「どう見ても大丈夫じゃないでしょう……!?」

 

 咳き込み、口元を抑えながら首を振るハルカ。至近距離で弾丸を受けた、それも相当の神秘が籠った一撃だった様に思う。頑強な彼女でなければ耐えられなかったかもしれない。

 事実、平然と集中砲火を受けて動き続けられるハルカの鼻と口から、とめどなく血が滴っていた。瞳も焦点が合わず、膝も笑っている。恐らく、自分が受けていればその場で昏倒していただろう。

 カヨコの隣で身を潜めていたアルが、蒼褪めた表情でハルカに手を伸ばし、彼女の口元を袖で拭う。それを恐縮した様子で受け入れ身を捩るハルカは、暫し動けそうにない

 

「……肉薄しても、決定打には至らないか」

 

 カヨコは苦々しい表情で顔を上げ、引き裂かれた列車外装、遮蔽越しに異なる世界をアルを見上げる。

 立ち上がったのは良い、アウトローらしく啖呵を切った事も後悔はしていない。

 しかし、未だ気力が尽きずとも、今目の前に存在する彼女と自分達には歴然とした差が存在している。

 

「お生憎様、距離を詰めれば付け入る隙がある――」

 

 今しがた発砲したブローアウェイ、そのフォアエンドを片手で掴み、上下に素早く操作し次弾を装填する。ガシャンと、硬質的な音が鳴った。空薬莢が砂に音も無く落ち、再装填の所作は余りにもスムーズで、手慣れている。

 燃え盛る列車の残骸に囲まれ、影を濃くする異なる世界のアルは、今まで相対したどんな相手よりも強大に見えた。

 

「なんて、安直な考えはしない事ね」

「……これだけの技量を見せられちゃったら、流石にそんな風には思えないよねぇ」

 

 カヨコ達とは反対側の遮蔽に身を隠すムツキは、掴んだ鞄とトリックオアトリックを強く握り締めながら、薄らと汗を滲ませる。

 目の前の彼女は、距離によって扱う銃火器を変える。羽織った外套の影には常にムツキが愛用していた鞄が転がっており、其処から爆発物、地雷、散弾銃、拳銃、狙撃銃、機関銃と、次から次へと手を変え武器を変え、変幻自在な間合いを己が物としているのだ。

 

 そして、彼女が扱う四種の武器は――全て自分達、便利屋68の面々が愛用しているものである。

 

 ムツキのトリックオアトリックも例外ではない、愛銃を改めて見下ろし唇を尖らせたムツキは、砂塵の付着した髪を指先で弾きながら慎重に問いかける。

 

「うちらの武器をそんな簡単に、本当の手足みたいに操れるなんて、どんな魔法を使ったの、アルちゃん?」

 

 遮蔽の裏から投げかけられる、くぐもった問いかけ。純粋な疑問でもあったが、時間稼ぎでもあった。

 ハルカが一拍の呼吸を挟む為の、そしてカヨコが打開策を編み出すまでの。

 全身がジクジクとした痛みを発していた。列車が爆散し、この砂漠に投げ捨てられ、目の前の彼女と交戦してどれだけの時間が経過しただろう。一方的に打ちのめされて、それでも何とか立ち上がり、必死に食い下がって――もう何時間も経過したような気がするし、何十分程度しか経過していない様にも感じられる。

 砂に塗れ、血の滲んだ膝を撫でつけるとざらりとした痛みが走って、ムツキは顔を顰めた。

 

「……魔法だなんて、そんな曖昧な言葉で片付けて欲しくないわね、ムツキ」

 

 返答は鋭く、冷淡であった。彼女はそれぞれ手に持ったブローアウェイとデモンズロアを回転させ、外套を靡かせながら両手を広げる。砂塵が彼女の頬を撫で、影の中で狩人の如く煌めく瞳が便利屋を穿つ。

 

「ただ、文字通り血反吐を吐きながら訓練しただけよ、失敗の許されない実戦の中でね」

「……ふぅん」

 

 実戦に勝る訓練は無いと云うが――彼女の場合、辿って来た道筋は自分達が考える何倍も過酷な代物だっただろう。

 自分達には想像する事しか出来ない。否、想像する事さえ烏滸がましいのかもしれない。ムツキは暫し閉口し、それから残骸に身を預けながら視線を横合いへ飛ばす。

 

「……それでカヨコっち、突破口は見えた?」

 

 ムツキは鞄を腰で奥に押し込み、問いかける。カヨコは普段よりも数倍鋭く、恐ろしいとさえ称される眼光で以て対峙する彼女を睨みつけていたが、ややあって眉間を指先で叩き、俯くや否や緩く首を振った。

 

「――正直、お手上げに近いね」

「ちょ、ちょっと、カヨコ!?」

 

 思わず、と云った風にアルが声を荒げた。ハルカは垂れた鼻血を自身の袖で何度も拭い、苦悶の表情で顔を上げる。便利屋68の頭脳担当が、そんな簡単にお手上げだなんて――とでも云いたそうに身を乗り出すアルは、数歩隣り合ったカヨコへと詰め寄る。

 当の本人は小さく吐息を零し、「そうは云っても、社長」と口ずさんだ。

 

「距離が離れたらワインレッド・アドマイアーで狙撃、トリックオアトリックで弾幕を張って、私達が踏み込もうとすると地雷と爆薬で攪乱、漸く誰かが距離を詰めたら詰めたで、ハルカのブローアウェイと私のデモンズロアの二刀流で対処される」

 

 指先でグリップをなぞり、これまでの戦闘記録を反芻する。戦いの中で得られたスタイル、観察した結果分かった対処方法を一つ一つ挙げていくと、中々どうして突破口が見えない。特に今しがた、漸く近距離戦に特化したハルカを懐に送り込めたと思ったら、僅か一発の被弾すら許されず叩き返された事実は、唯一可能性の高かった近接戦闘に於ける優位性の望みさえ失ったと云って良い。

 異なる世界のアル、彼女の距離ごとの戦い方は比較的シンプルである。

 問題はそのシンプルな対処方法が余りにも洗練されていて、純粋に強固で崩し難いという点にあった。

 

「一つ一つの技術が拙いなら、向こうが云う通り付け入る隙もあっただろうけれど……」

「ぶっちゃけ、私達と同等レベルで使いこなしちゃっているよねぇ、これじゃあ四対四で戦っているようなものだし」

「さ、流石アル様です、ね……」

「ま、まぁ、未来の私って話だし、当然の事――……じゃなくて!」

 

 未来の自分、その圧倒的な技量と経験に少しだけ自尊心を擽られるアル。しかし、状況が状況なだけに素直に喜ぶ事など出来はしないと思い直し、即座に我へと返る。

 現状では崩し切れない、それがカヨコの導き出した結論。

 

「相手が未来の社長っていうのも大きいよ、ハッキリ云って私達の連携の癖、作戦、考えそうな事は全部読まれているって思って良い――実際、こっちの攻勢は読み合いで何回も潰されている」

 

 忙しなく自身の腕を指先で叩きながら、思考を回すカヨコの口調は厳しい。目の前の彼女は身内に等しいのだ。此方のやり方など自分達と同程度か、或いはそれ以上に把握している事はこれまでの戦闘で証明されている。

 その時点で純粋な読み合いなど仕掛けるだけ無駄である。幾ら策を捏ね繰り回しても、弾薬と体力を消耗するばかり。

 

「という事は、つまり……」

 

 ハルカが恐る恐るといった風に視線を投げかけ、カヨコはその視線を受けながら重々しく頷きを返す。

 

「こっちの策が通用しないなら、後はもう純粋な力押し、正面からの撃ち合いで打開するしかない」

 

 声は、便利屋の面々の耳に確かに届いた。この場に居る面々で生み出した作戦で裏を掻くのは難しい。此方の癖や思考が筒抜けならば、後は純粋な力戦で勝ちを拾う他ない。

 その言葉は、真っ当なものに思えた。

 

 ――あの、未来の社長(アル)を相手に可能ならば、であるが。

 

「………」

 

 誰もが言葉にせずとも、それが困難である事を理解していた。口を一文字に結び、黙り込んだカヨコを中心に、全員が同様に陰を帯びる。

 策も無く馬鹿正直に真正面から挑んで勝てるような相手ではない筈だ。それは全員身に沁みている、砂塵と血、汗に塗れ、満身創痍と云った格好の便利屋全員がその証左である。

 ただ拮抗状態を維持するだけでも死力を尽くさねばならなかった。

 未来の陸八魔アル(目の前に立ち塞がる彼女)は、そういう手合いだ。

 それを、ただの力量で以て上回らねばならないなど――どれ程の幸運が味方すれば、成し遂げられるのか。

 

「一手、欲しい」

 

 ぽつりと、カヨコが呟きを漏らした。声には切実な響きが伴った。

 弾薬にも余裕はない、皆の体力も底を突きかけている。負傷も、決して無視できるレベルのものではない。

 恐らく仕掛けられても、後一度か二度か、それ以降は完全に自分達のパフォーマンスが著しく低下するだろう。

 故に、彼女は心底欲した。

 

 ――この絶望的な状況を打開出来る、望外の一手を。

 

「……ッ!」

 

 不意に、便利屋全員の身体へと奇妙な痺れが走った。

 同時に青白い光が一瞬、その身体を包み込み、ヘイローにノイズが走る。疲労と負傷による影響かと一瞬勘繰るも、しかし何かに気付いた様に全員が一斉に顔を上げた。

 四肢に籠る力、視界に瞬く様々な数字と文字の羅列――見慣れた戦闘支援。

 便利屋68全員の思考に、一つの可能性が思い浮かぶ。

 

「こ、これって」

「この、感じ」

「……うん」

 

 口々に囁かれる言葉。カヨコが掌を見下ろし、ゆっくりと握り締める。先程までよりもずっと、力強く握り締められる拳。身体に満ちる、充足感。

 滞留していた淀みが、一気に払拭されたようなソレに、彼女は確信を持って告げる。

 

「――先生の、支援だ」

 

 この様な事が出来る人物を、便利屋は一人しか知らない。「一体、どうやって……」とハルカが驚きと、困惑を滲ませる。確かに先生は今、敵の本拠地へと攻勢を仕掛けている最中である筈だった。彼の用いる戦闘支援はそれなりの範囲に作用するが、かと云って遥か上空から繋げられる程、広大でもなかったと記憶している。

 しかし、事実として便利屋と先生は繋がった(リンクした)

 空と地上、途方もない距離を超えて、たった今。

 

「――……先生」

 

 アルが赤空を仰ぎ、先生の名を紡ぐ。疲労により体が重く、体中の傷は痛み、衣服に付着した砂は不快感を齎す。絶体絶命のピンチ、もしかしたら乗り越えられないかもしれないと感じた困難、けれどそこに差し伸べられた掌。

 

 身体に満ちる力以上に、心に注がれる何かがあった。

 

「そう、そうよね、先生もこの空の上で戦っているんだもの」

 

 アルは拳を強く握り締める。このサンクトゥム攻略作戦に挑む前から、分かっていた事だ。自分達は任せられた、信頼された、託されたのだ。

 遥か空の上、この赤よりもずっとずっと高い場所で戦っている筈の先生に。

 ならば。

 それならば――。

 

「――絶対に、負けられないわ」

 

 便利屋68の誇り(信念)にかけて。

 

「アルちゃん?」

「アル様……?」

 

 静かに、ゆっくりと立ち上がったアル。ワインレッド・アドマイアーを抱え、先程までの狼狽と苦心が嘘のように堂々とした佇まいで皆を見渡す彼女に、カヨコは薄らとした微笑みを湛え、問いかける。

 

「……何か良い作戦でも思いついた、社長?」

「生憎と、そんな素敵なものはないわ――けれど」

 

 カヨコは云った、純粋な正面戦闘で相手を上回るしかないと。

 しかし、思考を読まれているとしても、策を弄する隙間が全く存在しないという訳ではない。

 もう一つ、この戦闘を左右する重要な要素が存在する筈だ。

 それは便利屋68(仲間)に対する――信頼に他ならない。

 

「……皆」

 

 アルは大きく息を吸い込み、改めて便利屋68のメンバーを見渡す。皆が皆、余裕など存在しない。残されたチャンスは僅かであり、これから告げる作戦は危険も大きなものとなるだろう。

 無理だと突っぱねられても、当然の代物と断言出来る。

 しかし、もし一矢報いる方法があるとすれば。

 それは、きっと――。

 

「――私の事、信じてくれる?」

 

 投げかけられた、問い掛け。

 唐突なそれに対し、顔を見合わせたハルカ、カヨコ、ムツキの三名は一瞬呆気に取られた様な表情を浮かべ。

 それから誰からともなく破顔すると、何の憂いも躊躇も無く、力強く答えて見せた。

 

当然(当然です)!』

 

 ■

 

 勝負は一度、既に決着している。

 吹き荒れる砂塵の中、静かに列車の残骸に身を隠した便利屋68を前にして、異なる世界のアルは冷静に機を伺っていた。

 それは、見覚えのある青白い光が宙より降り注いで尚、変わる事は無い。

 

「……先生」

 

 ただ、遣る瀬無い感情と、沸々と湧き上がる寂寥感だけがある。しかし、そんな感情を抱く事すら許されないのだと、異なる世界のアルは自身を戒める様に口を結んだ。

 

 現状は、戦場の機微は全て此方が握っていると云って良い。

 元々戦力差には大きな開きがあった。加えて便利屋68の手管は全て把握している、何せ過去の自分自身と仲間達である――その思考や癖は余す事なく知る所であり、逆に向こうは此方の手札を何も知らない。未来の出来事など例外を除き、本来知る術さえ存在しないのだから。

 情報のアドバンテージという一点に限れば、自身は大きくリードしていた。

 また、純粋な技量に関しても同様である。狙撃の精度から照準の素早さ、純粋な他銃火器の扱いに於いても、現在の仲間達に劣らぬ自信と自負がある。嘗ての担い手に負けぬ様にと一心不乱に磨いた腕は、決して此方を裏切らない。心構えという精神的な部分に於いては、言及するまでもない。

 一度地面を這い蹲り、立ち上がった事は結構。しかし、だからと云って易々と逆転出来る訳もなく。

 

 この状況下で、どの様な手段で足掻いて来るのか、異なる世界のアルは幾つかの予測を立てながら冷静に戦場を俯瞰し続けた。

 

「―――」

 

 だが、予想を悪い意味で裏切られた。

 

「………」

 

 視界に映る、薄らとした輪郭。吹き荒れる砂塵の中、遮蔽の裏より堂々とした足取りで現れるのは――便利屋68のリーダー、陸八魔アル。

 もう逃げも隠れもしないと云わんばかりに、胸を張って進む姿は正に相応の風格を放っている。

 しかし、実力に見合わぬ蛮行であるのは明らかであった。

 故に口元を突いたのは重々しい溜息であり、意図せず眉間に皺が寄る。砂を踏み締める、子気味良い音が耳に届く。

 十数メートルの距離を隔て、両者は対峙する。

 

「……まさか、堂々と正面から姿を見せるなんて」

「最後の最後までコソコソ逃げ惑うなんて、アウトローらしくないでしょう?」

 

 真っ直ぐ放たれた言葉に、余裕綽々と云った様子で答えるアル。しかし、所詮は虚勢である。事実、口元の悠然とした微笑みとは反対に、その身体は所々強張っている。寧ろ、こんな状況でも虚勢を張れるその度胸を称賛するべきか。

 だが、異なる世界の陸八魔アルに――そんな優しさは存在しない。

 

「この期に及んで」

 

 明確な、苛立ちを孕んだ言葉。

 細められた瞳が真正面に立ったアルを睨みつける。地面を舐める炎が、対峙する両者の影を長く引き伸ばした。

 

「私に、真正面から撃ち合いを挑むつもり?」

「……ふん」

 

 問い掛けに、アルは答えなかった。

 それ選んだ結果がどうなるのか、分からない程愚者ではない。両者の戦闘技術には天と地ほどの差があり、それをこの場で瞬時に埋める事は叶わないのだから。

 それは仮に、先生という望外の戦闘支援が存在しても同様である。

 どれだけ下駄を履かせて貰っても、その手が月に届く事は無い。

 

「確かに凄いわ、貴女――本当に」

 

 しかし、アルは考える。

 素直に彼女の技量を称賛しながら、胸中の感情を全て吐露するつもりで口を開いた。

 

「けれど生憎と、便利屋68(私達)は一人じゃないの」

「………」

「私ひとりで勝てなくても……ッ!」

 

 アルが挑発する様にワインレッド・アドマイアーを突きつけ、その乱れ、砂を被った長髪を払いながら宣言する。

 

「――便利屋68の皆となら、勝てるのよッ!」

 

 それが合図であった。

 アルの左右に転がっていた列車の残骸から、便利屋68の面々が一斉に飛び出す。視界にその動きを捉えた時、透かさずアルが虚空を指差し叫んだ。

 

「ムツキッ!」

「くふふっ! りょ~かいッ!」

 

 にんまりと、口元を大きく歪めたムツキは即座に反応し、鞄の中から取り出した爆発物を有りっ丈投擲する。両手に握り締めたそれは空中に撒き散らされ、幾つもの影になって異なる世界のアル目掛けて飛来する。

 

「おっきいの行くよ~ッ! バ・ク・ハ・ツ!」

 

 飛来する爆弾、その数は八つ。それらを視界に収めた異なる世界のアルは即座にトリックオアトリックを小脇に挟んだまま掃射、重低音と共に放たれた弾丸が的確に空中で全ての爆発物を粉砕し、炸裂。空薬莢が風圧で吹き飛び、爆炎と衝撃が周囲に撒き散らされる。

 地面が大きく抉れ、焦げ付くような威力。

 ある程度離れていた此方の肌を焼き、目もくらむ様な爆炎であった。

 同時に走る衝撃は臓物を揺らし、痛い程の風が肌を打つ。

 火の粉を被り、熱風に煽られながら――しかし、その立ち姿は超然と揺らぐ事なし。

 

「高性能爆薬、恐らくHMX……でもこの感じ、目くらましね」

 

 割れるような爆音、そして肌を打つ衝撃に異なる世界のアルは呟きを漏らす。

 迎撃される事を分かった上で、彼女は爆弾を投擲したのだ。つまり直接的な攻撃ではなく、爆炎と衝撃によって砂塵を撒き散らす事こそが目的、そこに紛れて奇襲を仕掛けるつもりだと理解した。

 先生の戦闘支援があれば、掻き乱され、大きく吹き荒れる砂塵の中であっても此方の立ち位置は常に把握出来るだろう。

 つまり、この砂塵に覆われた酷い視界の中で、一方的に優位な状況で攻撃を仕掛ける事が出来る。

 

 ――なんて事を、考えているのか。

 

「くだらない小細工」

 

 吐き捨て、体を思い切り傾けた直後、額目掛けて数発の弾丸が砂塵を裂き飛来した。

 円型に抉れ、即座に流れていく砂粒。その向こう側から怒涛の勢いで撃ち込まれる弾丸、弾丸、弾丸――砂塵を晴らさぬよう、爆発物こそ使用されないが、便利屋68全員で仕掛けられた攻勢は凄まじい破壊の嵐を生む。

 

 彼女の背後にあった燃え盛る列車に弾丸は次々と着弾し、甲高い金属音と炸裂音が鳴り響く。しかし異なる世界のアルは吹き荒れる砂塵の中、正確に自分目掛けて放たれる射撃を悉く回避し、捌いた。

 正に超絶技巧、未来予測染みた回避勘である。舞う様に体を動かし、回避困難と判断した場合は銃火器で弾丸を逸らし。十、十五、二十と、彼女は胸中で自身の呼吸を数える。それはタイミングを計る為。

 

 そして予測通り、ある程度攻撃が収まった瞬間、飛び込む人影が一つ。

 

「うわぁああアアッ!」

「――全部、無駄よ」

 

 一番槍は、ハルカ。

 散弾銃による面攻撃、銃撃で砂塵を払いながら愚直なまでに真っ直ぐ突進する影。閃光が瞬き、放たれた散弾を大きく横合いへと飛ぶ事で回避、背後に転がっていた鉄板に一瞬で複数の穴が穿たれる。

 確実な奇襲だった、それを避けられた事に――しかし、ハルカに驚きはない。

 彼女なら、その程度は対処してくると確信があったのだ。それは歪でもあったが、確かに相手に対する信頼であった。

 

 二発、三発、即座にポンプアクションを挟み連射するハルカ。マズルフラッシュが周囲を照らし、反動がハルカの身体を揺らす。しかし、散弾は彼女の外套、その端を掠めるものの身体には当たらない。気付けば彼我の距離はクロスレンジへと至り、ハルカは咄嗟に愛銃を腰に退くと、大きく身を捩って蹴撃を繰り出した。

 足元の砂が渦を巻き、ハルカのブーツが唸りを上げて迫る。

 

「その動きも、知っているわ」

 

 彼女は最初から分かっていたと云わんばかりに、ハルカの繰り出した蹴撃をトリックオアトリックを掲げ、防御する。銃身に爪先が弾かれ、甲高い音が響いた。鉄板仕込みのブーツ、頭上より驚愕の吐息が聞こえる。

 弾かれ、姿勢を崩すハルカ。

 併せて、背後から忍び寄る影。

 

「カヨコ」

「……ッ!」

 

 彼女がタイミングをずらし、仕掛けて来る事も予期していた。

 自身の背後に向けて放たれた呟き、同時に最早退く事は出来ないと、カヨコが引き金を絞りサプレッサー越しにも聞こえる銃声。異なる世界のアルが首を軽く傾げると同時、その耳元を掠めるようにして弾丸が通過した。

 

「っ、この奇襲さえも――!?」

「云ったでしょう、距離を詰めた所でどうにかなると思わないで、と」

 

 驚愕に漏れる声を他所に、ワインレッド・アドマイアーとトリックオアトリックを片手で構え、それぞれカヨコとハルカに突き付ける。完全に裏を取ったと確信していたカヨコ、攻撃を弾かれ上体が揺らいだ状態のハルカ。どちらも突きつけられた銃口を目視しながら、しかし回避する事は叶わず。

 

「がッ!?」

「ぅ、ぐッ……!?」

 

 引き絞られ、閃光と共に放たれた弾丸。連続するそれは二人の全身を瞬く間に打ちのめし、空薬莢が次々と足元に落ちる。そして弾倉が空になるまで撃ち尽くした瞬間、全身に痣を作ったカヨコとハルカが地面に崩れ落ちた。

 

「ありがとう、ムツキ――借りるわ、ハルカ、カヨコ」

 

 呟き、弾倉が空になったワインレッド・アドマイアーとトリックオアトリックを手放す。砂上に音も無く落ちる二つの愛銃。代わりに足先を跳ね上げた瞬間、砂を被っていたブローアウェイが一瞬で手中に収まった。左手でデモンズロアをホルスターより抜き放ち、彼女は両手をぶら下げたまま周囲を油断なく見据える。

 カヨコとハルカは呻き声を漏らし、互いに体を丸めながら地面に横たわる。両者、暫く動く事は出来ないだろう。

 そう、敵を無力化した一瞬の間隙。

 

「……きっと、貴女なら」

 

 彼女の視線が砂塵に紛れ、音も無く横合いに逸れた。

 

「このタイミングで来ると思ったわ」

「――うっそぉ」

 

 爆弾を握り締めたムツキが、思わず声を上げた。飛び出した瞬間、完全な間隙を突いたタイミングだというのに、視線が合ってしまったのだから然もありなん。自身の飛び出すタイミング、方角、距離を一瞬で看破されていた。

 驚愕に目を見開くムツキが何かを仕掛けるよりも早く、彼女の構えたデモンズロアがムツキの手元を狙い、発砲。

 銃声から間髪入れず、弾丸はムツキの握っていた爆弾に着弾し、炸裂。ムツキの姿は直撃を受け、一瞬で爆炎の中に掻き消えた。至近距離で発生した熱波に涼しい顔のまま焼かれ、爆風に外套を靡かせる。異なる世界のアルは煤け、焼け焦げた衣服を身に纏うムツキが地面に転がる姿を見て、小さく吐息を零す。

 今の爆発で砂塵は殆ど晴れ、薄らと炎が手元を照らしていた。

 

「……そして、最後は」

 

 呟き、首を傾げる。

 瞬間、自身の額があった場所を深紅の閃光が穿った。凄まじい神秘濃度と精度、掠めた髪が数本宙を舞い、直撃を許せば如何に自分であっても致命的な隙を晒す羽目になったであろう一撃。

 しかし、深紅の弾丸は後方に流れ、そのまま砂丘の遥か向こう側に着弾、炸裂する。砂丘が抉れ、盛大に撒き散らされた砂が頭上より降り注ぐ。乱反射する光の中、絞られた眼光が深紅の軌跡を緩慢な動作で辿った。

 

「外れよ、陸八魔アル」

「ッ!?」

 

 遠方で片膝を突き、スコープ越しに此方を見つめていたアルは、全てを見通す様な透き通った瞳を前にして、喉を引き攣らせた。

 最後の――本命の一撃。

 四名全員で行う波状攻撃、どれか一つでも致命的な隙を見せればそこを狙った一発を放つ腹積もりだったのだろう。しかし、それすらも彼女には通用しない。悠然とした足取りで振り返り、ゆっくりと歩き出す異なる世界のアルは、冷たい眼差しをそのままに告げる。

 

「その弾倉には後、何発残っているのかしら?」

「―――……」

「先程は殆ど三人に攻撃を任せていたみたいだけれど、残り四発? それとも三発? 私を仕留めるには、あと幾つ必要になるか」

 

 尤も、何発あった所で足りる事など無い。

 どこまでも超然とした姿勢を崩さず、余裕を滲ませ吐き捨てる彼女に対し、アルは引き攣った口元を自覚しながら、しかし歯を食い縛ると、努めて挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「三発、ですって?」

 

 アルはワインレッド・アドマイアーの弾倉を指先でなぞりながら、呟く。残念ながら残弾は三発も入ってはいない、弾倉の中身は空だった。何度も握った愛銃、残弾は当然体で覚えている。

 

「いいえ、違うわ」

「……?」

 

 しかし、一発。

 一発だけ、薬室(チャンバー)に残っている。

 弾倉を切り替える暇など無い、そんな動作を目の前の彼女が許すとも思えない。また仲間達の作り出したこの瞬間を、間隙を、無駄にする事は許されない。

 故に。

 

「残弾なんていうものはね……ッ」

 

 アルは敢えて、空になった弾倉を切り離し砂の上に放る。軽い音を立てて転がる弾倉、それを一瞥もする事無く、口元を釣り上げ長髪を指先で払った彼女は。

 

「――一発あれば、十分よッ!」

 

 叫び、突貫した。

 彼女が最後に選んだ行動は、ワインレッド・アドマイアーを構えたまま、愚直なまでに正面から突撃する選択。狙撃勝負で勝てるとは思わない、先生の支援があっても回避されるのであれば――最早、当たる距離まで近付く他ない。視界に映る距離計と命中確率が、一歩を踏み込む毎に上昇する。

 それを見た異なる世界のアルは、一瞬驚いた様に目を見開き、それから失望した様子で肩を竦める。

 

「……破れかぶれの突撃?」

 

 落胆の声が、口から漏れた。

 とことん無様を晒す、最後に見せる姿がソレかと。

 結局は、力ない者の足掻きに過ぎない。異なる世界のアルは僅かな苛立ちを舌打ちとして零し、全力で駆けるアルとは対照的に、緩やかな所作でブローアウェイを片腕で構えた。

 

「良いわ、お望み通り終わらせてあげる」

 

 翳された銃口、引き金に掛かった指へと力が籠る。視界に捉えた過去の自分自身(アル)は、悲壮な覚悟と共に歯を食い縛り、満身創痍のまま必死に駆け続ける。回避等させない、撃てば当たると云う絶対的な予感があった。

 真に優れた射手とは、撃つ前に命中する事を確信する。

 そうして異なる世界のアルが、この世界の自分に引導を渡そうとした瞬間――。

 

「――なんちゃって」

 

 足元から、声がした。

 同時に走る、強い衝撃。

 それは自身の腕と構えたブローアウェイ目掛けて幾度となく飛来し、思わず横合いへと蹈鞴を踏み、握り締めていた愛銃を手放す。閃光が影を作り、銃声が耳元に轟いた。痺れた指先が震え、外装に傷を付けられたブローアウェイが砂上に突き刺さる。

 

「っ……!?」

「きゃははッ! サプラーイズッ!」

「ムツキ――ッ!」

 

 咄嗟に銃声の方角へと顔を向ければ、砂を被ったまま地面に這っていたムツキが、トリックオアトリックを構え挑発的な笑みを浮かべていた。煤に塗れ、火傷を負い、痣を作り、愛銃を構える腕は無様に震えている。しかし、そんな状況を感じさせない程に溌剌とした、小悪魔然とした笑みを浮かべた彼女は、頬から顎先へと垂れる血を舌で舐めとり、異なる世界のアルを見上げていた。

 

「流石に、堪えるね、これは……ッ!」

「で、でも、アル様の為なら――絶対にッ!」

「……!」

 

 同時に体へと走る衝撃、焼けるような体温。見れば背後から抱き着くハルカと、いつの間にか足元へと放っていたワインレッド・アドマイアーと、トリックオアトリックを回収するカヨコの姿。武器が無ければ戦えまいと、そう云わんばかりに笑うカヨコに、思わず叫ぶ。

 

「まさか、わざと――ッ!?」

 

 最初から、自分達が無力化される事を前提として立ち回っていたとでも云うのか。

 

「こっちの思考が読まれているならもう、根性出してそっちの予測を上回るしかないでしょ……! 絶対に立ち上がれないって、そう思っちゃたぁ!?」

「流石に、さっきの攻撃で意識を飛ばさなかったのは、殆ど奇跡みたいなものだけれどね――……!」

「せ、先生の支援が、ギリギリで動ける範囲を教えてくれました……!」

 

 爆炎に焼かれた皮膚を、弾丸によってつくられた青痣を、一つとして顧みる事無く彼女達は堂々と告げる。腫れあがった皮膚が痛々しく、滲み出る血と砂塵に塗れ、裂けた衣服は彼女達の限界を表している。けれど全員の瞳には、眩いばかりの輝きがあった。

 もし未来のアルを出し抜けるとすれば――攻撃を真正面から上、倒したと確信した後、それでも立ち上がる瞬間、その間隙を突く他ない。

 仲間に対する信頼、諦めないという精神に対する確信、そして仲間の為に身を擲つ覚悟。

 

 便利屋が一人一人、アルの攻撃手段と自由を奪うという博打染みた作戦。否、作戦とも呼べぬ、ただの根性論だ。精神力で満身創痍の身体を突き動かし、決定的な隙を生み出す。如何にオールレンジで戦えるとしても、その戦力が便利屋四人に匹敵するとしても――使える腕は二本だけ。

 

 ――貴女が純粋な戦闘能力で凌駕するのであれば、便利屋68(私達)チームワーク(仲間への信頼)と、諦めない心(泥臭さ)で勝利する。

 

「アルッ!」

 

 カヨコが叫び、アルは仲間達が齎した最大の好機をものとするため、更に力強く砂を蹴り飛ばす。異なる世界のアルは万力の如く組み着くハルカを撥ね飛ばそうと、大きく身を捩る。凄まじい圧迫感、骨が軋み、絶対に離さないと云う心意気が肌を通して伝わって来る様だった。

 

「ッ、離しなさい、ハルカッ!」

「絶対に、嫌です……っ!」

 

 放たれた叫びに、ハルカは全力で否定を叫んだ。純粋な膂力では、拮抗し得る相手。ミチミチと筋肉が音を立て、ハルカの額に青筋が浮かび、その鼻からは血が幾度となく滴り落ちる。噛み締めた奥歯は今にも砕けそうで、目元からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちた。

 それは痛みによるものか、それとも、別の――。

 

「その命令だけは、聞けません……っ!」

「ハルカ――ッ!」

「この手は、絶対にっ、離しません――ッ!」

「っ、ムツキ……!」

「分かっている、よ……ッ!」

 

 愛銃を手放し、駆け出すムツキとカヨコ。彼女達もまた突進する様に異なる世界のアルへと組み着き、密着、三人は団子となって腕を組み、組まれたそれは鎖の如く身体を締め付ける。どこにそんな力が残っていたのだと、思わずそう叫びたくなる程の圧力だった。残ったデモンズロアを握り締めながら、異なる世界のアルは思わず組み付く仲間達を見下ろした。

 

「絶対に、離しませんからッ!」

「もう、一人にはしない……っ!」

「こういうサプライズも、偶には悪くないでしょッ! ねぇ――アルちゃん!」

「……っ」

 

 至近距離で放たれた叫びが、想いが、今だけは直接胸元に落ちるような気がした。熱い、灼熱と感じてしまう程の体温。流れ出る血が外套に沁み込み、異なる世界のアルは奇妙な哀愁を覚える。

 苦痛に歪み、虚勢を張り、泥臭く勝利を掴もうとする姿。あの頃の自分には怖いものが沢山あった、内心で無理だと叫びながらも、精一杯虚勢を張って、逃げ出したくなる様な怯懦を押し殺して、然も堂々と振る舞って。

 仲間達は、本当の自分を知っていたのだろうか。彼女達が居なくなった途端、何も出来なくなった自分の弱さを。ただ過去に縋って、仲間達の輪郭を追い求めるばかりで、一歩も前に進もうとしなかった――未来を見ようとしなかった、自分の弱さを。

 

「認めるわ……ッ! 貴女の戦闘技術に、今の私達じゃ、到底勝てない!」

 

 ふと気付けば、この目前に自分自身(この世界のアル)が迫っていた。

 ワインレッド・アドマイアーを両腕で握り締め、一心不乱に距離を詰める彼女は遂に直ぐ目と鼻の先に迫る。跳ねた砂が、妙に遅く感じられた。

 

「―――」

 

 咄嗟に異なる世界のアルはデモンズロアの引き金を絞り、手首で銃口を調整しながらハルカの太腿を撃ち抜いた。

 雷鳴の如き銃声と共に、足を撃ち抜かれたハルカは苦悶の声を上げ姿勢を崩す。瞬間、もっとも強烈に締め上げていた彼女の腕が緩み、異なる世界のアルは肘をムツキに、頭突きをカヨコにお見舞いし、怯ませた。

 鈍い打撃音、ムツキが唾液と血を吐き出しながら体を折り、カヨコは盛大に鼻血を噴出し体を仰け反らせる。痛みと衝撃で、僅かに拘束が緩んだ、それだけで十分だった。

 腕を全力で押し上げ、組み付いていた三名を払い除ける。そのまま素早く目前の自分(アル)へデモンズロアを突きつけ、発砲。

 

「……残念だった、ね」

「――ッ」

 

 カチン、と。

 突き出したデモンズロアは弾丸を吐き出す事無く、トリガーは虚空を切った。

 見れば顔を歪め、鼻から血を滴らせるカヨコがぎこちない笑みを浮かべ、何かを翳していた。

 それは、デモンズロアに装填されていた弾倉。

 組み付いた一瞬で、抜き取っていたのか。

 ハルカに撃ち込んだ一発が、自身に残されていた最後の一発だった。

 自身の愛銃だからこそ出来る芸当、早業。

 

「この距離なら」

 

 深紅の閃光が瞬く。凄まじい密度で収斂された神秘が、小さな星となって瞬く。光は異なる二人のアルを照らし、視線がゆっくりと交差する。突き出されたワインレッド・アドマイアーが至近距離で胸元を捉え、強烈な光が二人の表情をハッキリと映し出す。

 片や顔を歪めながらも、懸命に、光り輝く瞳を以て。

 片や呆然と目を見開きながら、目前の光に目を奪われたかのように、微動だにせず。

 

 血を吐く勢いで叫ぶ陸八魔アルは――渾身の力で愛銃を突き出し、異なる世界の自分自身(陸八魔アル)に向けて、引き金を絞った。

 

「絶対に、外さないッ!」

 

 ■

 

「……ッ」

 

 鈍痛が、彼女の意識を無理矢理現実へと引き上げた。

 

 意識を失っていたのはほんの僅か、一分に満たない時間だっただろう。

 覚醒と同時に彼女の身体は強烈な警鐘を鳴らし、即座に視界は明瞭なものとなる。

 そして映る、複数の影――此方を覗き込む、何者か。

 

 身体は自然に、危機的状況を脱しようと動いていた。幾通りもの制圧方法が脳裏をかすめ、無意識の内に迎撃の姿勢を取ろうとする。

 しかし、ぼやけていた輪郭がハッキリと映り、そこに便利屋の懐かしい顔ぶれが並ぶ。

 それを認識した瞬間、直ぐ横に転がっていた自身の愛銃に伸びていた手は、ピクリと大きく震え、止まった。

 そのまま強張った身体は、僅かな間を置いて大きく脱力する。手足が再び砂の上に落ち、目前の便利屋達と動揺に砂に塗れた異なる世界のアルは、腹の奥底から絞り出したような溜息を零した。

 

 

 ――そうか、私は……負けたのか。

 

 

 その事実がゆっくりと、胸に沁みて来る。実感は無かった、しかし胸元に走る鈍痛と、焼け焦げたシャツと肌、砂上に横たわる自身の惨状が、何よりも如実に現実を叫んでいる。

 立ち上がろうと思えば、立ち上がれた――勝負はまだついていないと、目の前の自分と同じように、見っともなく足掻く事も出来ただろう。

 けれど、彼女はそうしようとは思わなかった。

 ただ、目の間の便利屋に――過去の弱い自分自身に敗北したと、精神的に認めてしまった。

 それだけは、変えようのない事実だった。

 

「ねぇ」

 

 此方を見下ろす過去の自分が、陸八魔アルが声を発する。

 改めて見上げれば酷い格好だ、砂に塗れ、汗に塗れ、血に塗れ、なりふり構わず勝利の為に手を尽くしたと云わんばかりの、何と無様な。スマートでもなければ、ハードボイルドさの欠片も無い。

 だが、今の自分からすれば酷く眩しく見えた。痣の残る頬をそのままに、鼻から滲む血を指先で何度も拭ったアルは、ポツリと呟く。

 

「貴女、凄く強かったわ……未来の私だなんて、信じられない位」

「……そう」

 

 本心から、溢れた言葉だった。

 積み上げた技量、不本意とは云え辿って来た道の全ては陸八魔アルという存在を憧れのアウトローという存在に、少なくとも力だけでも押し上げるだけの価値があったらしい。

 素っ気なく放たれた言葉に、アルは重ねて続ける。

 

「そ、それに、クールで、格好良くて――ど、どうしたら貴女みたいに、強くなれるのかしら」

「……ハッ」

 

 アルからすれば、未来の自分との差に打ちひしがれ、藁にも縋る気持ちで投げかけた疑問なのだろう。

 しかし、返って来たのは失笑だった。

 強い自責の念と、嘲るような表情。それは、自身の強さに何の価値も抱いていない、無機質で、投げやりで、自嘲を孕んだ、そんな吐息。

 

 ――大切な人を失えば、誰だってなれるわよ。

 

 けれど、その言葉は。

 きっと、貴女(この世界)には酷なのだろう。

 だから――。

 

「……この力は、この世界で生きる貴女には、必要のないものよ」

「えっ?」

 

 目を瞑り、大きく息を吸った彼女は云った。アルは目を瞬かせ、砂上に大の字で転がったまま、先程よりもずっと穏やかに、優し気に語る彼女へと視線を向ける。

 

「力があれば、全てを守れると思っていたの」

「……守る」

「そう、私の大切なもの全部、権力が、武力が、名声があれば……その為ならどんな汚い手段だろうと使ったわ」

「………」

「勝つために、守る為に――有形無形のあらゆる力を得る為に」

 

 砂上に寝ころんだまま、ゆっくりと持ち上げられる指先。傷に塗れ、多くのものを取りこぼした小さな掌は、彼女にとって忌まわしい記憶の象徴でもある。赤空に翳したそれは、その色も相まって血に塗れている様に思えた。

 随分と手を汚した、良くも悪くも、引き返せない程に。

 

「勝ち続けられるのならば、矜持(プライド)や信念なんて、必要ないと思っていた」

 

 勝つ事が全てだ、守れるのならば何だって良い。その道程は卑劣で、無様で、とても誇れるような代物ではない。

 しかし、積み重ねた勝利と云う名の結果は、彼女をずっと高みに連れて行ってくれたのだ。

 それはいつか、遠い昔の自分が憧れていた様な――無法者(アウトロー)

 

「――本当に守りたかったものは、もう何処にも無かったのにね」

 

 その遥か高みで、彼女は本当の絶望を知った。

 憧れは、孤高だった。

 決して、孤独ではない。

 

 振り返った時、共にそこに立っていると思っていた大切な人たちは、誰一人として残っていなかった。

 だからこそ、必要が無いのだ。

 少なくとも、この世界で生きる自分(彼女)には。

 

「貴女達は十分に強いわ、貴女(陸八魔アル)じゃなくて――貴女達(便利屋68)、全員が」

「………」

「力を求める事は否定しない、けれど本当に大切なものは、決して手放しちゃ駄目」

「ほ、本当に大切なもの……」

「えぇ」

 

 気だるげに傾いた視線が、佇むアルの両隣をなぞる。彼女の視線を追う様にして顔を上げれば、此方を覗き込む便利屋68の仲間達が居た。

 ハルカが、ムツキが、カヨコが、目を瞬かせ、アル(自身)を見つめている。

 

「貴女にはどんな時だって、一緒について来てくれる仲間が居るのでしょう?」

「―――……」

 

 そうだ。

 その通りだ。

 アルは深く、心の中で頷いた。

 力は必要なのかもしれない、何かを、誰かを守れる力は。

 大切なものを、大切なまま抱き締められる力は。

 けれど、そればかりに固執する事に意味など無い。優先順位を間違えてはいけないのだ。

 だって、自分はひとりじゃない。

 それを言葉にする事無く、目の前の自分は優しく微笑む。

 

「――皆を、大切にね」

 

 それは、今まで彼女が口にしてきたどんな言葉よりも重く。

 泣きたくなる程に切実で。

 清廉な祝福の如き暖かさに包まれた。

 どこまでも純粋な、願い(祈り)だった。

 

「もっ、勿論よ……! 云われるまでもないわっ!」

 

 言葉に詰まりながらも、アルは答えた。

 答えなくてはならないと、そう強く思ったのだ。

 声は裏返ることなく、力強く周囲に響いた。それを聞き届けた異なる世界の自分は、深く、深く笑みを浮かべ、それからゆっくりと息を吐く。

 

「……それなら、良いわ」

 

 呟きは小さく、瞼がゆっくりと閉じられる。

 

「――それなら、良いの」

 

 瞬間、異なる世界のアルが薄らと青白い光に包まれ始めるのが分かった。便利屋の面々が息を呑み、四肢の先端から消失していく彼女を視界に捉える。同時に転がっていたワインレッド・アドマイアーやデモンズロアもまた、光の粒子になって消えていく。

 彼女の精神が、この世界を、この世界の自分を認め、退去を選択した。

 直感的に別れを悟った面々は思わず身を乗り出し、異なる世界のアルへと手を伸ばし、膝を突く。

 

「あっ、アルちゃん!」

「アル様ッ!」

「っ、アル……!」

 

 ムツキ、ハルカ、カヨコ。

 銃火を交えたとは云え、彼女もまた自分達の大切な存在、陸八魔アルである事に変わりはない。

 それが異なる世界であろうとも、きっと向こうの世界の自分だって、彼女を大切に想っていた筈なのだ。

 こんな風になってしまった、こんな道を歩ませてしまった――その自責の念と、惜別の想いが、彼女達に割り切る事の出来ない、複雑な悲しみを齎し、その表情を歪めていた。

 

「――ふふっ」

 

 不意に、場違いな笑みが漏れた。

 それは今にも消えていく、異なる世界のアルから漏れた声だった。

 先程までの刺々しい、冷淡で超然とした声ではない。普段の彼女らしい、日常の中で零す様な、何て事の無い微笑み。

 閉じていた瞼をゆっくりと開き、穏やかな視線で嘗ての仲間達を見上げた彼女は――異なる世界で便利屋と共に生きた、もう一人の陸八魔アル(社長)は、告げる。

 

「本当、久々にその名前で呼ばれたわ、元の世界ではいつも便利屋とか、68の悪魔だとか呼ばれていたから」

 

 思い返す様に、彼女は大きく息を吸う。

 アル、なんて――名前で呼ばれたのは何時ぶりだろう。

 異名と肩書が独り歩きし、常に過去と共に在った自分は孤独であった。

 苦痛と、後悔と、悲劇に塗れた世界だった。捻じれ歪み、辿り着いた結末はとても納得出来るモノではなく。理不尽だと、不公平だと誰彼構わず叫びたくなる気持ちも、当然ある。

 けれど、この世界に辿り着いて。

 こんな可能性もあったんだって、そう示されて。

 また、こんな風に力を合わせて困難を乗り越える――便利屋68(大切な居場所)の姿を見れて。

 

「あぁ……」

 

 自然と、胸が詰まり笑みがこぼれた。

 胸中を覆っていた黒く、昏い何かが晴れていく様な感覚がある。今の今まで失っていた、大切なものを取り戻したような。

 

「やっぱり」

 

 彼女が最後に浮かべた表情。

 それは裏社会に君臨した、便利屋の悪魔と呼ばれた彼女のものではなく。

 溌剌としていて、どこまでも純真で、根拠のない自信に満ち溢れていて。

 満ち足りた、自分の大切な仲間に囲まれていた頃の自分が――彼女達が良く知る、陸八魔アルが良く浮かべていた。

 未来に希望を抱き、何処までも真っ直ぐで綺麗な。

 

 

「――便利屋68(私達)は、最高のチームね!」

 

 

 彼女らしい(陸八魔アルらしい)満面の笑み、そのものだった。

 

「……ッ」

 

 その言葉を最後に、サンクトゥムの守護者――異なる世界の陸八魔アルは消滅する。

 青白い粒子は吹き荒れる砂塵の中に消え、最初からそこには誰も居なかったかのように、跡形も無く。ハルカが、カヨコが、ムツキが、咄嗟に搔き消えていく光に手を伸ばす。けれど粒子は指先をするりと抜け落ち、そのまま宙へと昇って行く。途端、くしゃりと表情が歪んだ。

 どれだけ姿が変わっても、どれだけ内面が変質しても、最後に浮かべた笑みは確かに陸八魔アルのものだった。便利屋を愛し、何処までも信じていて、仲間と一緒ならどんな困難だって乗り越えられると豪語する――自分達の大好きな、彼女の。

 

「……受け取ったわ、貴女のエール」

 

 静寂が肌を刺す。沈痛な面持ちで黙り込む仲間達を前に、アルは一人呟いた。空高く消えゆく光の一粒を掴み、その拳を赤空に向けて突き上げる。滴る赤が指先を伝い、遥か向こう側に飛び立つ自分に向けて――宣言する。

 

「約束よ(アル)、便利屋68はいつか必ず、全員揃って――」

 

 そう、誰も欠ける事無く。

 この世界で――他ならぬ、自分達の生きるこの場所で。

 真剣な面持ちで、瞳の奥に秘めた煌めきを決して失う事無く。

 彼女は広大な砂漠の中心で、大切な仲間達を背に、告げた。

 

「あの日見た夢を、叶えて見せるから」

 




 投稿遅れて申し訳ありませんわ!
 数日前に凄まじい眩暈と吐き気に襲われて、三日位絶食して点滴を刺されながらずっと天井を眺める生活を送っていましたわ~!
 立っても座っても寝転がっても駄目、嘔吐に次ぐ嘔吐、まるで常に乗り物酔い状態、目を瞑っても眩暈がするから眠れなくてマジで気が狂うかと思いましたわよ! 
 まさか脳梗塞か何かで先生がくたばる前に私がくたばってしまうのかと嘆きましたが、呂律も回るし、意識も明瞭だし、手足のしびれは無いし、頭痛も無いしで、良性発作性頭位めまい症にしては特定の頭位で悪化もしないので、よもやメニエールかぁ? とか思っていたら前庭神経炎ですってよ! 目を閉じても悪化するという事は、視覚でバランスを補っている典型ですわね!
 今は前庭代償が働いて立って歩けるようになったので執筆には問題ありませんわ~!
 もし誤字脱字が増えていたら申し訳ありませんの! ぶっちゃけ今は推敲する体力がありませんわ……!
 お休みが貰えている内に少しでも執筆してペースを取り戻すんですわよぉ!! 
 先生が血反吐撒き散らしながら頑張るならば、此方も血反吐撒き散らして頑張らねば無作法と云うもの。
 そうですわよね、プレナパテス先生……!
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