ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!
今回約二万三千字ですの!


【エンディングのその先で、ずっと待っているから】

【第三サンクトゥム D.U.シラトリ区】

 

「お姉ちゃんッ!」

「うわっ!?」

 

 爆音と共に上空から降り注ぐ無数の瓦礫片が、舗装の割れたアスファルトに叩きつけられ次々と砕け散る。細かな破片が肌を掠め、鋭い痛みを残した。

 

「モモイ、ミドリ、こっちですッ!」

「はっ、早く……!」

 

 アリスとユズが声を張り上げ、懸命に駆ける二人を手招く。響き渡る金属の悲鳴と地響きの中、モモイとミドリは息を切らせながら裏路地へと飛び込んだ。頭上では、崩れたビルの残骸が次々と倒れ込んでくる。轟音と破砕音、粉塵が舞い上がり地面が揺れた。

 

「二人共、怪我は……!?」

「だっ、大丈夫!」

 

 ユズの問い掛けに、モモイとミドリは肩で息をしながら首を振る。額には汗と煤が張りつき、震える手で瓦礫の欠片を払い落とす所作は何処か力ない。

 二人の無事に安堵しながら、ユズが振り返る。裏路地から覗く視線の先、先程まで自分たちが駆けて来た街並み――それが、轟音と共に崩れ落ちていた。

 

「ま、街が……」

 

 倒壊によって舞い上がった噴煙が空を覆い、連続する振動が肌を伝って街の変化を伝えて来る。その向こう、瓦礫の山の中で黒々とした影が蠢いていた。

 無機質な光を放つセンサーが、まるで獲物を探すように辺りを舐め回し、甲鉄の指先がビル群の外壁を掴み、粉砕する。忙しなく回転するレンズは自分達を探し出そうとしているのだろう、ただ見上げるだけで肌が粟立つ様な威圧感がある。

 

「このままじゃ、街が大変な事になっちゃうよ……!」

「アリス達が、何とかしないと――」

「で、でも、あんなのと、一体どうやって戦えって云うのさ!?」

「それは……」

 

 咄嗟に出たモモイの叫びは、不安と焦燥の入り混じった悲鳴に近しい。

 その正論に、ユズは口を開きかけ――しかし、何も答える事が出来ずに閉じてしまう。胸の奥に冷たい現実が刺さる。今こうして目の前に出現した脅威は、あまりにも強大であったが故に。あんなものと、一体どうやって戦うのか。そんなもの、ユズ自身にだって分かりはしない。

 

『ゲーム開発部の皆、聞こえるかい!?』

 

 突如、ヘッドセットから混線気味の声が響いた。響き渡る破砕音の中でもはっきりと判る、聞き覚えのある声――ゲーム開発部のバックアップに付いていたウタハだ。

 彼女の声に目を見開いたゲーム開発部の面々は一瞬顔を見合わせ、ヘッドセットに手を当てながら口を開く。

 

「う、ウタハ先輩……!」

『ノイズが酷いかもしれないが、何とか聞き取ってくれ!』

 

 砂嵐を挟んだようなノイズの向こうで、必死に声を張り上げる様子が伝わってくる。全員が耳を澄ませ、彼女の次の言葉を待った。

 

『――今、君達の居る座標に【ミレニアムの最終兵器】を手配した!』

「……!」

 

 放たれた一言は、予想もしていなかったもので。全員の時間が一瞬止まり、それから互いの顔を見合わせる。

 今確かに、ミレニアムの最終兵器と云ったか。耳に残る「最終兵器」という響きが、まるで雷鳴のように脳裏を震わせる。

 

「み、ミレニアムの最終兵器?」

「何それ、聞いた事も無いんだけれど……」

『当然だ、これは万が一の事態に備えてエンジニア部、特異現象捜査部、セミナー、ヴェリタスのごく一部のメンバーのみで発足した極秘プロジェクトだ、文字通りミレニアムの莫大な予算がつぎ込まれているからね、存在を知る生徒もほんの一握りさ……!』

 

 こんな状況だと云うのに、聞こえて来る声の奥には隠しきれない高揚と期待が混じる。だが聞かされるゲーム開発部の面々からすれば、一体どんなものなのか、そもそも何なのか、その輪郭さえ捉えられない。

 

『機体はもう直ぐ到着する、衝撃に備えてくれ!』

「えっ、もう来るの!?」

「衝撃って云っても、一体――」

「モモイ、ミドリ、ユズ!」

 

 アリスが鋭く叫び、視線を天へと向ける。その声に従って他の三名が顔を上げた瞬間、蒼を遮る赤空に巨大な影が横切った。

 目を見開き、ユズは呟く。

 

「あれは――」

 

 夜空を焦がすような光条、光の尾を引きながら急速に落下してくる何か。

 その速度は流星の如く、音の壁を破り、煌めきながら自分達の元へと迫る。

 

「ひ、人……?」

 

 その影をジッと見つめていると、尾を引く光に包まれた存在が辛うじて人型である事が分かった。

 しかし、それを視界に捉えた瞬間、巨大な影は凄まじい勢いで街を破壊する巨大ロボットへと狙いを定め、落下の勢いそのままに蹴撃を叩き込んだ。

 

 瞬間、世界が弾ける。

 

 轟音、爆風。地が揺れ、耳鳴りが鼓膜を焼く。衝撃波が周囲のビル群を粉砕し、地面が抉れ飛び、土砂とコンクリート、硝子片が雨の如く降り注ぐ。

 

「うわあぁああッ!?」

「大丈夫です、アリスの後ろにッ!」

 

 アリスが咄嗟に光の剣を地面へ突き立て、叫ぶ。まるで裏路地に蓋をするように、吹き荒れる衝撃波を光の剣は真正面から受け止め、瓦礫と風圧からゲーム開発部のメンバーを守り切った。

 硬質的な音、光の剣外装を叩く礫。それらを横目に、立ち昇る噴煙の中全員が恐る恐る顔を上げる。

 

「い、今のって……」

 

 轟音から一転、痛い程の静寂。

 視界の奥で、立ち昇る砂塵を裂くように、白と黒のシルエットがゆっくりと立ち上がっていた。

 

『――巨大ロボットには、巨大ロボットだ……ッ!』

 

 ヘッドセット越しに、ウタハの声が高らかに響き渡った。

 そして、その言葉通り、噴煙の向こうから現れたのは――ミレニアムが誇る最終兵器。

 超大型二足歩行兵器。

 ドラム缶の様な図体に、ずんぐりとした手足が生えた機体。大きさは相手方が呼び出した巨大ロボットに負けず劣らず、ゲーム開発部の四名はただ呆然とその巨躯を見上げる事しか出来ず、赤く光る双眸と黄金に煌めくブレードアンテナが、赤空の下で鈍く煌めいていた。

 

 ■

 

『さぁ、ぼうっとしている暇はないよ、直ぐに乗り込んでくれ! 補助的な自律行動も可能だが、あの機体は人の手で動かしてこそ真価を発揮するからね!』

「うぇッ、わ、私達がアレに乗り込むの!?」

「アリス達が、パイロットって事ですか!」

『その通り』

 

 通信越しの声が響き渡ると、呆気に取られていたゲーム開発部も我に返る。

 目の前に佇む巨大ロボットは、先制攻撃とばかりに蹴り飛ばした相手の機体を一瞥しする。奇襲であった筈だが、どうやら相手は光の剣で致命的な一撃を防いでいた様だった。

 しかし、距離は大きく開き、衝撃で後方のビルを何棟も突き抜け、未だ瓦礫と共に埋まっている。

 動く様子はない、それを確認した機体は巨大な掌をゆっくりと開き、続いて膝を折り屈み込むように動いた。

 その動作に合わせて巨体の関節が軋み、重低音が地面を伝う。目の前で文字通り、甲鉄の巨人が動いている。それは何とも胸が沸き立つ様な、同時に威圧感を覚えずにはいられない光景で――。

 

『さぁ掌に乗って、コックピットへと案内するから』

「どっ、どうしよう、お姉ちゃん……!」

「どうするも何も、迷っている暇はないでしょ――っ!」

 

 不安げなミドリに対し、モモイは首を勢い良く振ると差し出された冷たい甲鉄の掌へと一気に飛び込む。アリスも勇んでそれに続き、ミドリとユズもまた、一拍の躊躇の後に飛び乗った。

 

『良し、少し手荒くなるが、我慢してくれ!』

「わわっ……!?」

 

 機体は緩慢な動作で立ち上がり、視線は一気に高みへと至る。地面がこうも不安定に動くというのは、実に奇妙な感覚であった。縁に沿って滑り込むようにして動いた掌は、ゲーム開発部の面々を頭部へと導く。

 障壁が連なっているような形の口元が開き、内部の防壁が露出する瞬間、冷たい機械油と暖かい空気が入り混じる匂いが流れ込んだ気がした。コックピットが露になるまでの間、彼女達は間近に迫った――実に特徴的な頭部を胡乱な目で見上げる。

 

「なんか、この頭の形……すっごく見覚えがあるんだけれど」

「うん、多分これのデザインをした人って――」

『お察しの通り、リオ会長だよ』

 

 漏れ出た呟きに、ヘッドセットから肯定の声が聞こえる。周囲の誰もが内心でやはりと思いつつ、努めて率直な感想を噛み殺した。過去に目にした彼女の芸術的センスがここまで大胆に反映されているとは、呆れ半分、敬服半分といった感情が混じる。

 間違いなく、この独特な意匠は『アバンギャルド君』の系譜を否が応でも感じさせた。

 

『機体名は――【グレート・ミレニアム君】だ!』

「……ぐ、グレート、ミレニアム」

『本当は会長の強い希望もあって、インディペンデント君という名称も考えられていたのだが、何でも自律と独立、そして二足歩行的な自立を掛けた名前らしく、あれは絶対特異現象捜査部の――……んんッ! まぁ諸々反対意見も多くて、結局無難な名前に落ち着いてしまったが』

「あぁ、うん、無難、無難ね……」

『因みにグレート・ミレニアム君という名称も、会長発案だよ』

 

 沈黙が一拍置かれる。

 何とも乾いた、モモイのぎこちない相槌だけが響いていた。

 誰も茶化すことが出来ず、ただ目の前の巨大な顔面を眺めるばかりである。

 やがて口元がさらに大きく開き、最後の隔壁が開いた。途端視界に内部の空間が広がる。コックピットと思わしき場所は想像していたよりも広く、人が数人立っても十分に余裕がありそうに見えた。

 

「わっ、思ったより広いじゃん……!」

「う、うん、確かに……!」

『元々複数人での運用を想定していたからね、通常の戦車でも三、四人は必要だろう? 尤も、その辺りは人工知能による補助で多少は上下するけれど――』

 

 内部に足を踏み込み周囲を見渡すと、配置されたコンソールには計器類や配線が規則正しく並び、所々に小さなモニターが淡く瞬いている。金属の冷たさと電子機器の微かな発熱が混ざり、此処が巨大ロボットの『頭部』であることを忘れさせない、絶妙な光加減が瞬いていた。

 複数のハーネスやシート、そして何本ものインターフェース端子が備え付けられており、一通り運用に必要なあらゆる装備が詰め込まれているのが分かる。

 

「えっと、これ、操縦はどうやって……?」

『正面が操縦席、右手側が火器管制、左手側がセンサーと通信、君達の後方にあるのが動力炉であるリアクターに繋がる端末だ』

 

 ウタハの説明が淡々と続く。言葉に合わせて、機体内部の各部位が次々と瞬き、ホログラムモニタが点灯した。今しがた潜って来た正面は即座に隔壁が降り、代わりに大型の視界スクリーンが広がる。

 操縦席はスタンダードな制御用のスティック(操縦桿)と、膝元には複数のフットペダル。後方からは低く唸るような振動が伝わってきて、そこからリアクターに繋がっているのだろう、複数の端子とケーブルを垂らした端末らしきものが鎮座していた。

 纏められた太いケーブルは異様な気配を放っており、金属製の外装を通して微かな熱が伝わって来る様だ。

 

『アリス、光の剣をリアクターに繋げて欲しい』

「――分かりました!」

 

 アリスは背負っていた光の剣を抱え直し、何の疑いも無くリアクターの端末へと歩み寄る。伸びたケーブルを何本か指先でなぞり、光の剣に合致する最も太いケーブルを掴んだアリスは、そのままケーブルを光の剣に迷いなく接続する。

 

「こう、でしょうか?」

 

 差込音が鈍く響いた。瞬間、ケーブルが脈打つように光を帯び、光の剣に内蔵されたジェネレーターが音を立てて稼働を始めた。バチバチと紫電を迸らせケーブルが波打ち、周囲の空気が一瞬張りつめる。それを見ていたモモイ、ミドリ、ユズは思わず数歩後退る。

 

「ちょ、凄い音が鳴り始めたんだけれど!?」

『光の剣が持つ出力は高い、本来は別の補助動力を用意するつもりだったんだ、けれど今はこれで十分、この出力なら【切り札】を使える』

「き、切り札……?」

『――あぁ』

 

 切り札という言葉が、コックピット内部に重々しく響く。彼女の口にそれが一体何であるかは分からないが、重要な代物である事は察せられた。

 しかし、説明を続ける余裕はなかった。

 突如、コックピット内部に赤い警告灯が瞬き、全員の注意を奪う。

 

「あっ、相手が起き上がって来るよッ!?」

「ッ!」

 

 モモイの声が割り込み、全員の視線が前方へと跳ねた。

 正面モニタの向こう側で、敵機が起き上がって来るのが見えたのだ。自身の機体に降りかかり、埋まっていた身体を強引に抜き放って立ち上がる。巨大な瓦礫を片腕で押し退け、這い出る様は正に怪物の如く。

 押し上げられたビルの残骸が容易くひっくり返り、轟音と噴煙を巻き上げる。風が視界を覆い、その迫力に一瞬で場に緊張が走った。

 

『どうやらこれ以上待ってはくれないみたいだね――皆、戦闘準備を!』

「えぇと、じゃあ、私は武器を選ぶよ! 火器管制? って奴!」

「それなら、私がオペレーターをやる……!」

 

 短い指示と同時に、ゲーム開発部はそれぞれ動き出す。モモイが火器管制の椅子に駆け寄り、ミドリはセンサー類のコンソールに手を伸ばす。座席のクッションに体を押し込み、ハーネスを身に着け固定。手に触れた冷たいコンソールが、薄らとした光を放っていた。

 

『アリスは光の剣を手放さない様に注意してくれ! 此方から『光の剣』と【切り札】のトリガーをリンクさせた、光の剣の引き金を絞ればそのまま機体が充填したエネルギー全てを放出する事になる! 文字通り一発限りの技だ、使うタイミングは十分に見極める様に……!』

「――分かりました!」

 

 耳元に響く声に短く、しかし力強く返すアリス。

 その手に確りと握られた光の剣は、まるで呼応するように微かに震え、青白い光を帯びている。

 アリスの役割は単純明快――最後の一撃、そのトリガー担当。

 切り札のトリガーは常にアリスの手中にある。この機体の命運を握る、ある意味では最も重要で、そして決断に最も勇気が必要な役割だった。

 

「もしかして、わ、私が操縦……?」

「こういう場合、ユズが一番適任だよ!」

「ごめん、ユズちゃん、お願いっ!」

 

 モモイとミドリに背中を押され、ユズは戸惑いながらも怯懦を呑み込み、一拍置いて操縦席へ駆け寄る。座席に腰を下ろし操縦桿を握った瞬間、不安と困惑に混じり、奇妙な高揚感もあった。

 ユズが腰掛けた瞬間、前方にコンソールがせり出し、複数のスイッチが順に自動で弾かれる。両腕で掴む操作桿、そして足元のフットペダル。

 目前には巨大なモニタが広がり、細かな数字や周囲の状況を事細かに表示してくれている――多少勝手は異なるが、コックピット型のアーケードゲームを思い出す仕様だ。

 

「あ、アーケードゲームの操縦桿に似ている、かも……こっちが右腕、こっちが左腕、ペダルは右足、左足、スラスターと、武装の使用はこのボタン、視界は――」

 

 ユズは集中力を研ぎ澄ませ、小さく呟きながら両手両足でスティックやペダルを踏み、軽く機体を動かす。その度に駆動部が低く唸り、巨大な掌が開閉、その場で足踏みを繰り返す。

 まるで甲鉄の巨人が、その場で調子を確かめる様に躍動するのが分かった。

 

『良いかい、その機体は特異現象捜査部が観測した預言者達を参考に、敢えて大型化されたものだ、巨大な機械には巨大な機械をぶつける、実に分かり易い――だがその分、機体の稼働時間には大幅な制限が生まれてしまった』

「えっと、つまり……実質的な制限時間があるって事?」

『そうだ、リアクターの発電効率がどれだけ良くても数パーセントは熱になるからね、加えてそれだけの大質量を高速で動かすには、大量のエネルギーを消費する、排熱や蓄電容量の問題、更に高加速度によるリンク、ギアの高応力、負荷の問題から低出力での稼働ならば兎も角――高出力での戦闘時間は実に短い』

 

 淡々と説明される技術的制限の数々、ゲーム開発部はその言葉を聞きながら、思わず喉を鳴らす。

 これほどの巨体を高速で動かす――それ自体が既に莫大な負荷を生んでいる。当然ながら、外部給電も無しにそう長い時間動かせるものでもない。本来であれば、実戦投入はもう少し後になる筈だったのだ。或いは、外部給電パッケージと併せて運用する前提の。

 しかし、今回ばかりはそうも云っていられない。

 ユズは意を決して、恐る恐る問いかける。

 

「……具体的には、どれくらい動かせるんですか?」

『情けない話だが、現状その機体が全力で稼働可能なのは――三分(百八十秒)だ』

 

 告げられた数字が、ガツンと頭部を強く殴りつけるような衝撃と共に飛来した。ミドリが慌てて顔を上げ、声を荒げる。

 

「えっ、たったの三分!?」

「で、でも、巨大ロボとか、巨大ヒーローの変身可能時間は三分って相場は決まっているし……」

「そうですね、アリスが好きな巨大ヒーローも三分間しか変身出来ません!」

「それは、そうかもしれないけれど――ッ!」

 

 ミドリが叫ぶ声に、モモイとアリスがフォローにもなっていない様な声を上げる。

 だが、現実として考える以上三分という時間は余りにも短い。短すぎると云っても良い。

 空想上の話であればロマンで済むかもしれないが、今の彼女たちにはその三分が正に生死の境となる。

 百八十秒で勝利を拾うか、あるいは全てを失うかの二択なのだ。

 

『だからこそ、戦闘モードが起動したら十分に――一応は……AI補助、モニ――……って』

 

 唐突にウタハの声が掠れ、ノイズに塗れていく。通信が急速に不安定になっていた。モモイが慌ててヘッドセットを掴み、声を返す。

 

「な、何、何て云ったの!?」

「つ、通信が不安定になっているみたい……!」

「突然、どうして――」

「ユズ!」

 

 アリスの鋭い叫びに全員が振り向く。

 彼女の視線の先、モニタに映る影。

 

「相手が、本格的に構えて来ました!」

「ッ……!」

 

 敵機の巨体が完全に立ち上がり、地を踏み鳴らし、各所から白い蒸気を噴き上げていた。数百メートルという距離を隔てて対峙する両者、通常ならば手など決して届かない距離――しかし甲鉄の巨人にとっては、駆ければ直ぐにでも指先が届きそうな距離に感じた。身の丈を超えるような光の剣を担ぎ直し、重々しい足音を鳴らす敵機。崩れた瓦礫が跳ね、空気が揺らぐのが分かった。

 

「ユズちゃん、操縦!」

「う、うん……!」

 

 ユズは息を飲み、両手で操縦桿を改めて握り締めた。汗ばんだ手のひらが妙に滑る。だが、恐怖や不安があっても、それに屈する事は無い。

 覚悟を決めて、両足でペダルを踏み込む。

 呼応する様に機体はその場で一歩を踏み込み、ビルの残骸を踏み砕きながら両腕を突き出し、身構えた。駆動音と共に、グレート・ミレニアムの各部が脈動、次の瞬間には膨大なトルクが解放される。

 

『グレート・ミレニアム――戦闘モード(高出力モード)、起動します』

 

 ヘッドセットを通じ、補助AIの声が響く。同時に緑色の照明が点灯し、コックピット内の色彩が変化。空気が震え、機体に内蔵されたリアクターが唸りを上げた。

 

「カウントダウン、始まったよ!」

「本当に、百八十秒……!」

 

 パッと、赤い枠線と共に表示される警告表示。

 視界モニタの右下に、数字が点滅を始める。

 百七十九、百七十八、百七十七――機械的に刻まれる数字が、心拍のように緊張を煽る。

 これが自分達に残された制限時間、それを視界に捉えると同時、ユズは唇を一文字に結ぶ。

 

「今から三分、それまでに決着をつける――ッ!」

 

 呟き、ユズは真剣な面持ちで前方を睨む。モニタの向こう、敵機の眼光が赤く燃えたように見えた。

 瞬間、彼女の背筋を冷たい感触が走った。

 それは本能的に悟った、危険な攻撃の予兆。

 

「く、来るよユズちゃんッ!?」

「っ……!」

 

 ミドリがホログラムモニタに表示されたアラートに気付き声を上げるより早く、敵機はスラスターを全開にして突貫を開始する。視界を覆い尽くす閃光と、アスファルトを抉る推進炎。アスファルト舗装を削り、残骸や車両を悉く弾き、蹴散らしながら肉薄する様は、まるで重戦車の如く。

 その巨躯が、光の剣を振り上げた――純粋な質量、強固な外装にモノを云わせ強制的な慣性を付与し、ただの質量兵器として叩きつける蛮行。

 シンプル故に、強力無比。

 ユズは息を呑み、両手で操縦桿を素早く操作する。反射的にペダルを踏み込み、機体を横滑りさせた。

 グレート・ミレニアムは突貫する敵機の横合いへと逸れ、振り下ろされた光の剣が地面に着撃する。

 瞬間、爆音が鳴り響き、地面の半ばまで埋め込む光の剣、風圧で外装が軋み、衝撃が周囲の硝子を軒並み粉砕した。

 

「よっ、避けました! 流石ユズです!」

「モモイッ!」

 

 すれ違いざま、敵機の装甲が光を反射し、刹那に互いのカメラが交差する。

 巨体同士が擦れ違い、摩擦で生じた火花が虚空を彩った。

 

「何か、使えそうな武器を……!」

 

 ユズはスラスターを全開にし、噴射で姿勢を立て直す。グレート・ミレニアムは公道上を滑る様に移動し、地面の舗装を抉り取っていく。その余波だけで、並んでいた車両が次々と吹き飛び、路肩のガードレールがねじ切れた。伸ばした指先がビルの外壁に食い込み、削りながら減速する。

 

「お姉ちゃん――ッ!」

「えぇっと、武装、武装は……っ!」

 

 モモイがコンソールに指を走らせる。切り替わるモニタには、膨大な兵装コードと数値の羅列が躍った。どれもこれも良く分からない名称と数字で埋め尽くされ、素人目には判別がつかない。モモイはそれら一つ一つを指先でなぞりながら、兎に角強力な武装を探し出そうと目線を忙しなく動かす。

 

「まっ、また来る!」

「大丈夫ッ!」

 

 振り抜いた光の剣を持ち上げ、振り返る巨躯。瓦礫片を撒き散らし再び構える敵機を前に、ミドリが悲鳴交じりに叫ぶが、ユズが動じる事は無かった。

 操縦桿のスイッチとトリガー、兎に角我武者羅に操作する中で朧げに掴んだ感覚。

 敵機が光の剣を振り上げ、再び振り抜く瞬間、ユズは操縦桿を押し込み、ペダルを思い切り踏み込んだ。

 途端、グレート・ミレニアムは地面を思い切り蹴飛ばし加速、ブースターが火を噴きアスファルトを舐める。

 手元のトリガーを引き絞ると、右腕ユニットに点火信号、外装の一部が展開し肘部に備え付けられた推進装置が火を噴く。凄まじい轟音と共に繰り出される右ストレート――否、ロケット・パンチ。

 

 放たれた拳が光を纏い、敵機の胴体を叩き据えた。

 鈍い金属音、腕越しに伝わる凄まじい衝撃。敵機の正面装甲が拉げ、空気が震えた。衝撃で足元の地面が陥没し、敵機の巨体が弾かれた様に後退、地面を滑走しながら数メートル程吹き飛んだ後、後方のビルへと突っ込んだ。

 

「ゆ、ユズちゃん、今のって!?」

「と、咄嗟に格闘ゲームの癖で……! 素手の武装で、ロケット・パンチってあったから!」

 

 操縦桿の傍に表示される小さなホログラムモニタを一瞥しながら、ユズが焦った声で返す。たった今放たれた拳打も決して偶発的なものではなく、最初から組み込まれていた内蔵武装の一つ。

 ブースターによる増加推力と連動した近接打撃モード――尤も威力は固定したマニピュレーターを叩きつける為、決して高いとは云い難い。そもそも威力を高めすぎると、自身の腕部が自壊する。

 

「でも、やっぱり素手だと決定打にはならない……!」

 

 ユズは一先ず難を逃れた事に安堵しながら、しかし声には強張りが残る。モニタに映る敵機は未だ健在。ビルの残骸に再び背を付けた敵機は胸部装甲が大きく凹んだだけで、貫通している訳でもなければ抉れた訳でもない。戦闘不能な損傷には程遠い。

 ぎこちなく細部を揺らしながら、両腕で瓦礫片を押し退け、再び立ち上がる甲鉄の巨人。引き抜く光の剣から、青白い光が僅かに漏れ出る。

 

「あった――ッ!」

 

 唐突にモモイが歓喜の声を上げる。指がコンソールを滑り、複数あるデータの内の一つを呼び出した。

 

「ユズ、これを使って!」

 

 同時にユズの目前、HUD上に兵装データ群が展開される。各部ハードポイントの使用可能武装リストに、新たな武器名が表示された。ユズは躊躇いなく操縦桿のスイッチを押し込み、送信された武装使用を決定する。

 

「大型ロボットと云えば、ガトリングでしょ――ッ!」

 

 モモイが叫び、グレート・ミレニアムの両腕が突き出される。円型の外装に包まれた前腕部の外装が変形し、冷媒ガスを吐き出しながら連射砲がせり上がる。ユズは操縦桿を傾け、両腕を突き出すや否やトリガーを絞った。

 

「撃つよッ!」

 

 直後、モニタを覆う凄まじい閃光と爆音。反動が機体全体を揺らし、空薬莢が次々と排出、地面に散乱していく。連なった銃口より次々と放たれる弾丸が大気を裂き、弾幕となって敵機へ殺到した。

 しかし――敵機は此方が武装を構えたと見るや否や、光の剣を地面に突き立て盾代わりに使用、飛来した弾丸は外装表面に着弾し、盛大に火花を散らす。分厚く、傷に塗れた外装は強固な防壁となり、攻撃の悉くを退けた。

 

「うぇっ、防がれた!?」

「光の剣を盾代わりに……! この武装じゃ多分、貫通出来ない!」

「それなら――ッ!」

 

 モモイが一瞬苦り切った表情を浮かべ、しかし即座に思考を切り替え、改めてコンソールを叩く。複数のサブウィンドウが立ち上がり、兵装のロックシーケンスが走る。それらを全て読み飛ばし、モモイは指先を高く掲げ叫んだ。

 

「これなら、どうだぁッ!」

 

 直後、振り下ろされる指先、タップされる画面、鳴り響く警告音。

 ユズの視界に複数のパラメータが走り、機体が発射姿勢を取る。背部ハッチが次々と開放され、圧縮ガスが噴出、足元へと伸びる。一拍置いてグレート・ミレニアムの背中から、無数のミサイルが白煙を曳いて飛び立った。頭上を飛び越え、弧を描き飛び去って行く弾頭。それを視線で追いながらミドリが目を瞬かせる。

 

「なっ、なに、何を撃ったのお姉ちゃん!?」

「ミサイルだよ!」

「み、ミサイルっ!?」

 

 思わず、素っ頓狂な声が出た。都市上空を切り裂く無数の光跡、高高度へと打ち上がった誘導弾頭が敵機を補足し、包囲するように軌道を描く。

 

「そんな武器まで搭載しているの!?」

「良く分からないけれど、あるものは全部使わないとね! いっけぇーッ!」

 

 モモイの声援に応えるように、ミサイル群が敵機へ上空より殺到する――だが、敵機は迫り来る弾頭を仰ぎ沈黙を守ると、徐に地面に打ち立て盾としていた光の剣を退かし、機体の外装各部を展開する。装甲に覆われていた各所に隙間が生じ、その奥から青白い光が瞬いた。

 

 次の瞬間――空を裂くように青の光線が幾つも敵機の内側より放たれ、飛来する弾頭を次々と貫いた。爆発が連鎖し、夜空が一瞬で白に染まる。爆炎が緋色を撒き散らし、飛び散る火の粉を呆然と見上げながら愕然とした様子で叫ぶモモイ。

 

「げっ、迎撃されたぁッ!?」

「そんな、内蔵式のレーザー兵器……!?」

 

 ユズは両腕のガトリングを収納し、再び身構える。閃光の余韻を引き裂くように腕を突き出した敵機から、再度無数の青いレーザーがこちらへ向けて放たれた。青白い閃光が雨のように降り注ぎ、画面一杯に映る。熱源接近を知らせるアラートが、コックピット内部に木霊していた。

 

「ユズ、攻撃が来ますッ!?」

「っ、流石に、この数は――!」

 

 流星の如く迫り来る無数の青、それらを視界に捉えながら操縦桿を引きペダルを踏む。機体各所に備えられたスラスターを吹かし、必死に飛来するレーザーを回避する。空間を穿つ青は周辺のビル諸共地面を貫通、溶かし尽くす。数発の光弾が掠め、表面装甲を薄らと灼き焦がした。

 ユズの視線が忙しなく動き、体全体を襲う負荷に歯を食い縛る。冷汗が頬を伝って顎先から滴り落ちた。

 

 ――数が多すぎる、回避し切れない。

 

 HUDが赤く点滅する。警告音が鳴り響く中、ユズは最後まで懸命に操縦桿を動かしながら叫んだ。

 

「駄目、全部は避け切れないッ! 皆何かに掴まって!」

 

 ユズの悲鳴混じりの声がコックピットに響く。全員が何か声を返すより早く、空を裂く閃光が機体全体に降り注ぎ、モニタが白く飽和した。ユズは被弾する直前、反射的に両腕を交差させ機体の頭部を庇う様に防御姿勢を整えた。光束が降り注ぎ、金属を焼き裂く甲高い音、警告灯の赤が乱反射する。熱と衝撃波が全身を叩きつけ、内部のフレームが軋み、コックピットの内部も凄まじい揺れに襲われた。

 

「うわああァアアッ!?」

 

 誰かの悲鳴が木霊し、全員の身体がシートベルトごと揺さぶられる。衝撃で視界が跳ね、計器の数値が乱舞した。アリスは光の剣を抱えたまま、床を転がって目を白黒させる。

 ほんの一瞬重力が失われ、次の瞬間――機体が地表に叩きつけられる。

 倒れ込むグレート・ミレニアム。轟音と共に、アスファルトが砕け、巨体が公道を封鎖する。街灯が折れ、周囲の車両が次々と宙を舞い、横転していた。

 

「うっ、ぐ、み、皆、大丈夫……!?」

「へ、平気、凄い揺れだったけれど――」

「あ、アリスも問題ありません……!」

 

 息を荒げながら答える面々。その声をかき消すように、アラートが耳を劈く。

 モモイが額を押さえ、画面を見上げると――その表情がみるみる蒼褪めた。

 

「ま、前っ、ユズ!」

「っ……!」

 

 促されるまま顔を上げれば、視界一杯に広がる敵機の影。

 レーザーを受け、倒れ伏したグレート・ミレニアムに対し、敵機は透かさず肉薄、追撃を仕掛けようとしていた。

 光の剣が大きく振り上げられ、その影が自分達を覆い尽くす。凄まじい質量の塊がコックピットの装甲に反射して青白く煌めいていた。

 このままでは、叩き潰される。その未来を予期したユズは喉を引き攣らせ、素早く操縦桿を押し出した。

 

「ッ、させない!」

 

 仰向けに転がった状態からスラスターを吹かせ、一息に立ち上がる。そこから両腕を突き出し、振り下ろされる光の剣が最高速に達するより早く、掌で受け止めた。

 刹那、二機の巨体が激突。衝撃が機体内部を駆け抜け、フレームが悲鳴を上げた。グレート・ミレニアムの巨体が僅かに押し込まれ、アスファルトを削りながら反動で仰け反る。関節部位が弾け、火花を散らした。

 

「ぐ、ぅうう――ッ!」

 

 思わず、ユズの口から苦悶の声が漏れる。

 操縦桿が、重い。

 恐らく機体出力で圧倒されているのだ。純粋なスペックで云えば、向こうの機体の方が上なのか。

 しかし、押し負ける訳にはいかないと、ユズは歯を食いしばりながら両脚のペダルを何度も踏み込む。

 背部と脚部に備えられたスラスターが唸りを上げ、狂った様に炎を吐き出す。金属と金属が擦れ合い、金切り音を鳴らした。目前に焦げ付き、凹み、代償様々な傷が刻まれた光の剣が迫っている。

 

『私達は、負けない……ッ!』

「っ、声が……!?」

 

 唐突に、通信回線からノイズの混じった音声が響く。

 

「せっ、接触回線って書いてあるけれど……!?」

「そ、それって、ミレニアム製の機体じゃないと繋がらない奴じゃないの――!?」

「わ、分かんないよッ!」

 

 振動と迫る破滅に、ミドリとモモイの両名は浮足立っていた。声の主は、目の前の機体に搭乗しているのであろう異なる世界のユズだ。

 それだけは、はっきりとしていた。

 その声を、聴き間違える筈がない。

 

『もう、負ける訳には、いかないの――ッ!』

 

 腹の底から絞り出した、唸るような声と共に機体が押し込まれて行く。純粋な機体スペック以上に、何か、悍ましい執念の様なモノが目の前の存在を成り立たせている気がした。

 全力で押し込んでいる筈なのに、操縦桿は徐々に後退しユズの表情が大きく歪む。

 

「っ、ぅ――こ、このままじゃ……ッ」

 

 完全に、押し負ける。

 ほんの僅かずつ迫る光の剣、その外装が恐怖感を煽る。自分達にとっても希望の象徴、勇者の証明である光の剣を、これほどまでに恐ろしく感じた事は無い。

 金属が軋み、支えるマニュピレーターの関節から火花が散った。

 

「さっきのレーザーで装甲が大分剥がされて、機体の性能も一部低下――!」

「も、モモイ、何か、次の武器を……ッ!」

「わ、分かっているって! この状態で使えそうな武装は、ええっと……ッ!」

 

 モモイの指が焦りのままにコンソールを叩く。兎に角何でも良い、使えるものを片っ端から試そうと適当な項目をタップする。しかし鳴り響くエラー音、赤く点滅する無効表示。羅列した武装データは軒並み【使用不能】の記載。

 

「なっ、なんで!?」

 

 目を見開き、思わずコンソールを掌で叩く。先程使用したガトリングさえも、まさか先程のレーザーで武装が破損したのか。よく見れば腕部はレーザーを防御した影響で表面が溶け落ち、赤熱した装甲板が砲身を歪ませ変形させていた。

 

「お、押し込まれるッ!?」

 

 ユズが悲鳴を上げ、光の剣が目と鼻の先まで迫る。

 これ以上堪える事は不可能だと悟ったユズは、即座にペダルを蹴飛ばし後退。スラスターを使って瞬間的に機体を半身にさせ、光の剣による一撃を紙一重で躱す。

 拮抗相手を失い光の剣が振り下ろされ、凄まじい勢いで地面に叩きつけられる。その威力は小さなクレーターを生み出す程で、アスファルト諸共周辺を粉砕、直ぐ傍に立っていたグレート・ミレニアムは弾かれるように吹き飛ばされ、高層ビルの一角に背中から突っ込んだ。

 

「い、痛っぅ!」

 

 衝撃で天井のパネルが拉げ、地面を跳ねる。振動はゲーム開発部の意識を揺らし、あちこちでアラートが鳴り響いていた。ズレたヘッドセットを直し、コンソールにへばりついたまま滝の如く流れるログに目を向けるミドリ。

 

「け、肩部装甲破損、慣性ダンパー調整、冷却ライン・リバースフロー、保持力低下……こ、これ、どういう意味なんだろう……」

「わ、分からないけど、かなり拙いっていうのは、確かかも……」

 

 ミドリに続き、モモイもまた額の汗を拭いながらモニタを凝視する。流れ出るログの意味は分からなかった。けれど、状況が悪化している事だけは確かである。

 視線の先――モニタ中央に、敵機が放つ異常な数値が不意に浮かび上がった。

 ハッと目を見開いたミドリが、ユズに向かって叫ぶ。

 

「あ、相手が何かしてくるよ――ッ!」

「っ……!」

 

 ユズが息を呑む。アリスもまた、衝撃によって床の上を転がりながら、抱えていた光の剣を持ち上げ視線を向けた。

 

「まさか」

 

 正面モニタ一杯に瞬く輝き、目も眩むような白に、ユズから呟きが漏れる。

 

「――光の剣」

 

 腰だめに構えられた光の剣、その砲口が眩い光を帯び始めていた。

 煌めきは、まるで空間そのものを裂くかのように強く、熱く――徐々に唸りを上げて周囲に紫電を放つ。充填音が空気を揺らし、ビリビリと装甲板を震わせ、足元の瓦礫片が振動し跳ねているのが見えた。

 

『これが、私の、私達(勇者)の証明――ッ!』

 

 敵機が初めて構えた砲口、巨大な光の剣、そこに収斂する光は刻一刻と煌めきを増す。集う圧倒的な熱量が空気を歪ませ、センサー越しでも肌を刺すような熱を感じる程だった。錯覚だろうか? いいや、違う。モニタに表示される各種警告が視界を埋め尽くし、全力で危険を知らせている。同時に一際甲高い警告音が耳を突き抜け、瞬く赤い秒数が皆の視界に飛び込んで来た。

 

「か、稼働時間残り一分(六十秒)!」

「ッ……!」

 

 叫んだミドリの声が震えていた。

 コックピットの中の全員が硬直し、一瞬意識に空白が生まれる。

 残り一分――そして目の前には、絶対的な破滅を齎す光。

 逡巡の暇は無かった、モモイは数秒程息を詰まらせ、それからシートに備え付けられていたハーネスを外し、席を立つや否やアリスに向かって叫ぶ。

 

「――アリス、【切り札】をッ!」

「お、お姉ちゃん!?」

 

 モモイが叫んだ瞬間、ミドリが困惑の声を上げた。アリスは抱えていた光の剣を見下ろし、それからモモイへと視線を向ける。

 

「この状況を打破するには、撃つしかないよ! 相手が切り札を切ったなら、こっちも切らないと……!」

「で、でもウタハ先輩は一発限りでエネルギーも全部使っちゃうって、もし失敗したら本当に打つ手が無くなって、どうしようもなくなっちゃう――!」

「今やられちゃったら元も来ないでしょ!? 大事なアイテムも最後まで使わずにとっておいたら、結局腐っちゃうじゃん!」

 

 モモイの懸命な訴えに、アリスが繋がれたコードを掌で抑えながら照準装置を起動させる。アリスの目元にホログラムが表示され、現在の充填率が細かな数値で示された。常に変動する数値の羅列を視線でなぞりながら、しかしアリスは口元を歪ませ首を横に振る。

 

「だ、駄目です、魔力充填速度が足りませんッ! 相手の行動ターンの方が、早く回って来ます……!」

「そ、そんな……!」

 

 充填ゲージは、全体の半分程度。アリスの抱える光の剣単体での充填では、まだ暫し時間が必要だった。機体の稼働時間内に発射するには一度動きを止め、リアクターのエネルギーを切り札の充填に回す必要がある。ラインが焼き付いても構わない、過負荷前提で充填するにしても後十数秒――時間が、足りない。

 そうこうしている間にも敵機の充填は終了し、発射の前兆を知らせるアラートが鳴り響いた。視界に瞬く白光、それを直視しながら身を硬直させるゲーム開発部。

 

「く、来る――ッ!?」

「ユズ、回避は!?」

「範囲が広すぎて、間に合わない――……ッ!」

 

 ユズは何とかビルの残骸から抜け出し、操縦桿を全力で引く。ペダルを踏み込みスラスターによる上昇で回避を試みるが、機体が軋み噴射口から炎が噴き出す事は無かった。損傷による一時的な不具合、加えてこの状況で上昇を試みたとしても、恐らく回避には至らない。

 逃げ場は、何処にもなかった。

 高速で巡る思考が、ユズの中で幾つもの選択肢を挙げる。装甲で受ける? 無理だ。光の剣の威力は誰よりもゲーム開発部が良く知っている。等身大であの威力、あれ程巨大化した光の剣を真正面から受けて耐えられるとは到底思えない。

 ならば脱出は――駄目だ、今からじゃ攻撃範囲内から逃れられない。そもそも脱出装置があるのかすら不透明。武装による拮抗を演じる、それも難しい。生半な攻撃で押し留める事など出来はしない。

 万事休す、ユズの表情が蒼褪め、唇が小さく震える。

 

『光よ――ッ!』

 

 敵機が突き出した光の剣が一瞬、その煌めきを失い――一瞬の静寂の後、全てを終わらせる極光が放たれた。

 

 世界が白に染まる。

 砲口を覆う極光が前方へと放たれ、反動で敵機が大きく後退。音すら置き去りにする閃光はアスファルトを抉りながら直進し、直線状に存在したありとあらゆる物質を消滅させながら、グレート・ミレニアム目掛けて飛来した。

 

「ッ!?」

「お、お姉ちゃんッ!」

「ミドリ、ユズ、アリス……ッ!」

「みんな――ッ!」

 

 ユズが咄嗟に腕を交差させ、機体の頭部を庇う。ミドリはハーネスを弾きながらモモイに手を伸ばし、モモイは全員の名を呼びながら駆け出す。アリスは迫る極光を前に、皆を守る為ケーブルを掴み、咄嗟にトリガーを引き絞ろうとしていた。

 しかし、全ての行為は虚しく、極光は全てを呑み込み無に帰す。

 

 その筈――だった。

 

「――……あ、あれ?」

 

 しかし、来ない。

 想定していた衝撃が、痛みが、光が、いつまで経っても訪れない。

 眩しさはある、煌々と輝く白はコックピットを照らし続けている。しかし、予感していた破滅は訪れなかった。

 全員が瞑っていた瞼を開き、恐る恐る前を向く。

 

「な、何……?」

「影が、砲撃を、受け止めて――」

 

 全員の視界、ノイズの走る眩いモニタに映ったのは、見覚えのないシルエット。

 自分達の前に立ちはだかる、影。

 その影はグレート・ミレニアムや敵機と比べれば、あまりに小さい。

 だが生身というには巨大で、その両腕には身の丈を超える甲鉄の盾を構えていた。

 

『ぐぉぉおオオオ――ッ!』

 

 通信越しに聞こえる、ノイズ塗れの咆哮。

 肉声ではない、電子音声。両腕で構えた巨大なシールドで、砲撃を正面から受け止めている機体のものか。しかし無謀が過ぎる、シールド表面は既に焼け爛れ、装甲板が剥がれ落ち始めているのが分かった。

 

「あ、あれは……!」

 

 身を乗り出したユズが、徐々にハッキリとする輪郭を捉え叫ぶ。

 

「か、カイザーPMCのゴリアテ!?」

 

 グレート・ミレニアムの前に飛び出し、盾を構えていたのはカイザーPMCが運用している大型兵器、ゴリアテであった。

 しかし通常の白いカラーリングとは異なり、目の前の機体は黒く塗装され、通常の機体より一回りも二回りも大きく見えた。それでもグレート・ミレニアムと比べれは余りにも小さく、サイズは半分にも届かないだろうが。

 そんなゴリアテが自分達の前に飛び出し、光の剣を押し留めるなど、信じられない光景だった。

 

『ふざけるなよ貴様らァッ!? どんな了見だか知らんが、好き放題暴れ回りよってェ――ッ!』

 

 しばし呆然と佇んでいた皆の耳に声が響く、ゴリアテから通信が繋がり、ヘッドセット越しに鈍い電子音声が届いた。荒々しい声は隠し切れない苛立ちを孕んでおり、ゲーム開発部の皆は困惑を滲ませ告げた。

 

「ど、どうしてカイザーコーポレーションの機体が……?」

『どうしてもクソもあるかッ! このデカブツが! 後ろを見ろ貴様ァ!』

 

 その怒号に、思わずユズが身を怯ませる。ミドリがマップ情報を確認すれば、グレート・ミレニアムは既にサンクトゥムより大分離れた位置まで押し込まれており、シラトリ区の外郭地区まで直ぐそこだった。

 遠くには、中央区の立ち並ぶビル群が見える。

 ゴリアテに搭乗するパイロット――カイザーは憤懣やるかたないとばかりに、グレート・ミレニアムへ向かって怒鳴り続けた。

 

『買収したばかりのカイザー本社ビルが直ぐ後ろにあるだろうがッ!? このままコイツの攻撃が中央区に届いてみろ、買ったばかりのビルが跡形も残らず消滅するわッ!?』

 

 声色は、実に真剣だった。

 それは非常に私的で、しかし彼からすれば余りにも切実な問題。新たに立ち上がった己が、漸く手に入れた栄華の証。失うにはあまりにも大きなもの。それをみすみす手放すなど、彼にとっては到底我慢ならぬ事であった。

 

「っ、周囲にも、別の熱源反応……!?」

「あ、あれって――」

 

 続いて、モニタ上に点々と浮かび上がるマーク。極光に照らされたビルの谷間から、はたまた崩れた瓦礫の向こう側から、制服を着込んだオートマタ達が続々と姿を現した。

 その数、十、二十、三十――どんどん増えていく。彼らはゴリアテや軍用車両で駆け付け、風圧と衝撃に身を屈めながら、極光を真正面から受け止める自分達の首領を見上げ思わず叫ぶ。

 

『ボ、ボス、無茶ですッ! 専用機とは云え、そんな攻撃を受け止めようだなんてッ!?』

『私をボスと呼ぶなぁッ!』

 

 その身を案じる声に、しかしカイザーは怒鳴り返す。そこには不安や恐怖に勝る、矜持と自負があった。

 

『私はカイザーッ! 帝王そのものだ!』

 

 極光を受け止めていた彼の機体、その関節部位が火花を散らし始める。強烈な負荷に耐えられず、フレームが悲鳴を上げていた。彼用にカスタマイズされた専用機でさえも、目の前の規格外の砲撃には耐えられない。例え頑強な盾を構えようとも、同じ事。

 背部や脚部から噴き出していたスラスターの炎が揺らぎ、大きく機体が傾く。しかし意地でも退く気は無い、シールドの装甲板が融解し、関節が焼け焦げ駆動油が蒸発しようとも、関係ないのだ。

 徐々に赤熱し、手元まで熱が伝搬し始めた光景を見つめながら、カイザーは叫ぶ。

 

『負ける事は、恥ではないッ! 何度地べたに這いつくばろうと、また登れば良いッ! だが……っ!』

 

 溶け落ちる盾が徐々に形を崩し、溶解した金属が機体の手元に滴り落ちる。確かに無謀だろう、無茶かもしれない、無駄と罵られる事さえ否定出来ない。

 しかし――決して無価値ではない。

 

『立ち向かうべき時に立ち向かわなければ、いずれ起き上がる気力すら失うぞッ!?』

『か、カイザー……』

 

 極光に立ち向かうちっぽけな、小さくて、大きな背中を誰もが見つめ言葉を呑んだ。その間にも彼は地面を再度踏み締め、グレート・ミレニアムを、自らの城を背に極光へと抗い続ける。

 

『ゴリアテが何機大破しようと、本社ビルを建て直すよりは安く済む! それになッ……負ける事は恥ではないと、そうは云ったが――』

 

 通信越しに響く咆哮と共に、光を押し留めていた機体のスラスターがより一層強く、激しく、灼熱の尾を噴き上げた。

 大気が焼け、地面が抉れ、限界を超えた負荷に各部の冷却が追い付かず内部より溶解を始めた。

 遠からず機体は負荷と極光により、崩壊を始めるだろう。

 コックピット内部に鳴り響く警告にアイラインを瞬かせながら、しかし彼は操縦桿をより一層強く押し出し叫んだ。

 

『私は端から負けるつもりなぞ、毛頭ないわァッ!』

 

 叫びと共に、推力が最大へと跳ね上がる。

 アスファルトを踏み砕き、懸命に衝撃を押し殺す脚部のシリンダーが悲鳴を上げ、全身の関節が弾ける。その場で砲撃を押し留めるだけで精一杯の筈だ、しかしゴリアテの巨体は光の奔流に呑まれながらも、逆にその中へ踏み込む様にして強引に両腕を突き入れた。

 

『そんな、量産機で――ッ!』

 

 光の剣を、ただの一機のゴリアテ(量産機)が押し留める。

 その光景は、当の彼女からすれば決して許される事では無い。

 荒れ狂う感情に呼応する様に、光の奔流はなお激しさを増し、より甲高い砲音と共に極光は更に高熱を纏った。

 

『私達の勇者は、止められないッ!』

『ぐぅうう――ッ!?』

 

 辛うじてその場に留まっていたゴリアテが、背後へと押し込まれて行くのが分かった。右足の膝関節部位が拉げ、堪らず膝を突いた。既に許容熱量は限界を越え、カメラ越しに映る映像はノイズに包まれる。映像は機能しておらず、機体表面の塗装が溶け落ち、全身の装甲が赤熱を始めた。追加装甲の損傷が危険域に達し、自動で次々とパージされていく。威圧的で、無数の装甲に守られていた筈のゴリアテが、徐々にその内部フレームを露にしていた。

 

『か、カイザーッ!?』

「ま、拙い、このままじゃ……ッ!」

 

 目の前で崩れていくゴリアテ、消滅は時間の問題である。このまま、ただ見ている事しか出来ないのか。咄嗟に手を伸ばすグレート・ミレニアム、しかし今の自分に出来る事など何もない。

 その無力感にユズは唇を噛み締め、重い苦悶の声が漏れた。

 

「っ、ぅ――……」

 

 諦めるつもりは、無い。

 だが現実が、目の前に横たわる圧倒的な破滅が、彼女の心に圧し掛かり、なけなしの勇気を掻き消そうとして来る。握り締めた操縦桿、その指先が震え、彷徨う。

 

「わ、私は――っ」

 

 結局、何も出来ないのか。

 無力で、臆病なままで。

 たとえ勇気を出したとしても。

 何一つ、変えられないまま――。

 

 ■

 

 ――大丈夫だよ。

 

 ■

 

 ぽろりと、目尻を伝う一筋の涙。

 それが膝に跳ねた瞬間、全員のヘイローに走る微かなノイズがあった。

 それは電流のように全身を突き抜け、びくりと身体が跳ねる。

 

「――ッ!」

 

 胸に去来する暖かな感触、手足に伝わる確かな力強さ。視界に瞬く数字の羅列と、情報の波。それらを自覚しながら、暮明に引き摺り込まれかけたゲーム開発部の四名は慌てて顔を上げ、互いに視線を交差させる。驚愕に見開かれた瞳、その奥に薄らと光が戻る。

 

「この感覚って、先生が指揮している時の――?」

「う、うん、戦闘支援と同じ……」

「パワーアップ、イベントです……!」

 

 驚愕と共に、全員が口を開く。

 誰もが、同じ確信に至っていた。

 絶体絶命の瞬間、心が折れ掛けた時。

 先生はいつだって、傍に居てくれた――。

 ユズは信じられない心地で自身の胸元を握り締め、呼吸を繰り返す。まるで先生が直ぐ傍に居るような、暖かくて、安らかな気持ち。今なお迫る破滅に身を晒されているというのに、驚く程恐怖が和らぐような。

 

「――先生」

 

 呟き、ユズはノイズの走ったモニタ越しに赤空を見上げる。零れた涙が膝に弾け、ユズは歯を食い縛ると袖で目元を乱雑に拭う。

 そして、再び操縦桿を握り締め前を向いた。

 光の奔流の中で、尚も立ち続けるゴリアテを――そして、その先に立つ、自分自身(対峙すべき困難)を見つめる。

 迷いは、いつの間にか消えていた。

 

「アリスちゃんッ!」

「――!」

 

 呼びかけが、コックピットに鋭く響いた。アリスの瞳が瞬き、視線はユズの背中へと注がれる。彼女は振り返る事無く、ただ真っ直ぐ光の中を見つめながら続けて叫んだ。

 

「切り札――光の剣をッ!」

 

 それだけで、意図は十全に伝わった。

 アリスは一度小さく口を開き、それから息を吸い込むや否や、力強く返答した。

 

「――はいッ!」

 

 瞬間、チャージゲージが一気に跳ね上がる。

 計器が明滅し、光の剣に繋がったケーブルがグンと撓った。抱えた光の剣、そのジェネレーターが凄まじい勢いで稼働、重低音を打ち鳴らし、振動が肌を打った。

 

「光の剣のチャージ速度が、一気に上がった――ッ!?」

「い、行けるよアリスちゃん……!」

 

 機体全体を包み込む、青白い輝き。普段とは異なる、異様な充足感。まるで何処か遠い場所から、無尽蔵のエネルギーが雪崩れ込んでいるような感覚。

 それが何であるかは分からない、ただ先生との繋がりが嘗てない程の熱を発し、彼女達を内側から駆り立てるのだ。

 まだだ、こんな所では終わらないと。

 もっと、もっと先へ、未来へ――灼熱の様な想いが彼女達の全身に満ち、アリスの抱える光の剣、そのパラメータが一気に振り切れた。ホログラムにノイズが走り、アリスの瞳が上昇していく数値を凝視する。

 

「魔力充填率、七十、八十――……九十ッ!」

「ゆ、ユズ! 機体の姿勢を!」

「うんッ!」

 

 震える脚部を何とか制御し、グレート・ミレニアムが再び立ち上がる。燃え上がるような赤空の下で、不格好でも再び巨人が大地に立つ。

 

「光の剣、発射準備……ッ!」

 

 途端、その胸元が異音を発しながらぎこちなく展開され、内部より巨大な砲身を覗かせた。しかし、攻撃の影響で装甲板が拉げ、半ば砲身が隠れていた。ソレに気付いたユズはグレート・ミレニアムの両腕で胸部装甲を無理矢理剥がし、拉げさせる。金切り音を上げ落ちていく装甲板、同時に砲身の奥が光を集め、煌めく。

 徐々に加速する充填音、踏み締めたアスファルトが砕け、極光に照らされた影が伸びた。

 

『シャーレの先生が、私以外に負ける事は許さん……ッ!』

 

 ゴリアテの構えていた盾が、遂に溶解し消し飛んだ。

 盾を失った機体は極光を前にしてその身を晒し、フレームに取り付けられていた装甲は瞬く間に崩れ、内部機構が露出する。辛うじてコックピットを両腕で保護する中、凄まじいノイズに塗れた咆哮が響いた。

 

『そしてェッ!』

 

 閃光と爆音、ゴリアテの関節が弾け、手足が爆炎と共に舞って行く。金属が砕け、構造材が融け落ちても尚――彼は最後の瞬間まで叫び続けた。

 

『この(カイザー)がッ――先生以外に負ける事も許されんのだッ!』

 

 どんな相手であろうと。

 どんな強大な存在であろうと。

 

『……ハッ!』

 

 凄まじい白の奔流に呑まれる中、カイザーは自身の背後で身構えるふざけた外見の巨人、グレート・ミレニアムの姿を視界に捉える。

 胸元から覗く巨大な砲身、ソレがどれだけの威力を誇るかは分からない、しかしあの先生が自ら導いていたという教え子共である。

 融解し、消滅し、掻き消えていくコックピット、灼熱に溶けていく自慢のフレームを見下ろしながら、徐々にブラックアウトしていく視覚情報をそのままに、彼は剛腕を赤空に突き上げ叫んだ。

 

『――勝ったぞォッ!』

 

 その最後の一言と共に、機体は極光に呑まれ、消える。

 周囲のオートマタ達が、カイザーの名を次々に叫んだ。通信はノイズ一色となり、カイザーの声は掻き消える。

 ゴリアテを呑み込んだ白い奔流は、直ぐ目と鼻の先まで迫っていた。

 

「アリス!」

「アリスちゃん!」

「アリスちゃんッ!」

 

 モモイの、ミドリの、ユズの懸命な叫びが重なる。

 アリスは息を吸い込み、光の剣を構えながらトリガーに指を掛ける。視界の中で、充填率を示すゲージが全て満ちるのが分かった。軽快な電子音、アリスの両目が見開かれ、その指先を勢い良く絞る。

 

「――光よーッ!」

 

 咆哮。

 まるでグレート・ミレニアムが叫んだかのような、轟音。

 アリスがトリガーを引き絞った瞬間、胸部から奔った極光が目の前の白い奔流と衝突する。放たれたソレは凄まじい威力と衝撃で以て、迫り来る極光を正面から押し返した。発射したグレート・ミレニアムは地面を滑りながら反動で後退し、轟音と共に再びビルの中へと埋もれていく。

 

『――ッ!?』

 

 閃光がぶつかり合い、世界が震える。

 周辺のビル、その輪郭が溶け、視界が真白に染まった。瓦礫の中へと押し込まれながら、しかしグレート・ミレニアムは発射を止めない。砲身が赤熱し、各部が軋みを上げて尚、巨人は放たれた破滅の未来に抗い続ける。

 徐々に、ほんの少しずつ――極光が、押し返されて行く。

 

『駄目、駄目ッ……! 負けちゃ、いけない――負けられないッ!』

 

 その結果に、目に映る光景に、異なる世界のユズは声を荒げた。前傾姿勢になり、光の剣を抱えたまま、血を吐くような想いで必死に。

 

『私はっ、私達は、勇者は――……ッ!』

「アリスちゃんが、云っていたの……!」

 

 思わず、言葉が漏れた。

 眩いモニタ、ノイズが走り乱れる映像、目を細めたユズは痛い程に操縦桿を握り締めながら、通信越しに聞こえる自分自身の声に応える。

 

『っ……!?』

「光の剣は、確かに勇者の象徴だよ、大切で、力強くて――!」

 

 けれど。

 

 ■

 

【アリスのジョブは『勇者』です、まだ見習いでも! 光属性の、いつか世界を、キヴォトスを救う……!】

 

 ■

 

「でも、それだけが勇者の証明じゃない――ッ!」

 

 光の剣を持つ事だけが勇者である証ではないと、自分達は学んだ。

 軋む機体を、ユズは操縦桿とペダルを踏み込み支える。ビルの残骸に押し込まれて行くグレート・ミレニアム、縁を掴んだ甲鉄の指先が辛うじて上半身を支え、機体の節々が悲鳴を上げ始めた。コックピットの中で衝撃に耐えるゲーム開発部、余りの眩さに目を背けるミドリ、コンソールにしがみ付くモモイ、光の剣を支えながら両足を踏み締め、必死に堪えるアリス。そんな彼女達を背に、ユズは一瞬たりとも操縦桿を手放さず、眩い白を凝視する。

 目も眩む白、その向こう側に立つ自分自身に――異なる未来を辿った花岡ユズに、どうしても伝えなくちゃいけない事がある。

 

「私達は、同じ、同じなんだよ……ッ!」

『っ、ぅ――!』

「臆病で、弱くて、大事な時にだって、足が竦んで、動けなくなっちゃうような――ッ」

 

 そう、痛い程に良く分かる。彼女は自分で、自分は彼女だ。その弱さも、葛藤も、苦しみも、心の奥底から理解出来る。

 ただ少し違う未来を、道を辿っただけの――自分自身。

 

 ならば。

 そう、もしそうならば。

 

 ――彼女の知る(異なる世界の)アリスだって、同じ筈なのだ。

 

 彼女が叫んだ様に。

 彼女が大切に想い、愛した様に。

 

 そして、彼女(アリス)自身が選んだ道を。

 花岡ユズ(自分)は覚えている。

 

 ■

 

【アリスがそう決めましたッ! アリスのなりたい存在、進みたい道は――世界を救う、勇者の道なんですッ!】

 

 ■

 

 記憶は色褪せない。

 想い出は決して消えない。

 忘れなど、しない。

 それを胸に、ユズは全力で声を張り上げる。

 

「――私達は、ゲーム開発部(勇者パーティー)ッ!」

 

 僅かに、仰け反っていたグレート・ミレニアムの上体が強引に押し戻される。

 極光を放ちながら、ビルの残骸にめり込んでいた巨体が足掻き、軋みを上げる。指先を瓦礫に埋め、火花を散らす両足で地面を掻き、アスファルトを踏み締め轟音を鳴らす。凹み、罅割れ、黒ずんだ頭部が震え、その両目に光が宿った。

 

「勇者の力は……っ! アリスちゃんの、勇者の望んだ、その道(未来)はッ!」

 

 ■

 

【光が無いのなら、アリスが照らします! その行く道を切り開きます、皆の力で、アリスに授けられた、この世界を救う勇者の力(世界を滅ぼす筈だった力)で!】

 

 ■

 

 いつか叫んだアリスの声が、鮮明に脳裏へと蘇った。

 そうだ、貴女(異なる世界のユズ)が云った通りなのだ。

 何一つ、間違ってなどいない。

 

 アリスは、魔王なんかじゃない。

 アリスが望んだのは、世界を壊す魔王の道なんかじゃ、決してない。

 彼女が。

 私達の勇者が。

 勇者パーティー(ゲーム開発部)が、望んだ(願った)のは――。

 

「世界を救う、勇者の道(皆が笑顔の未来)なんだからぁッ!」

『―――』

 

 叫びはコックピット内を貫き、異なる世界のユズ、その胸を深く穿った。

 物理的なモノではない、精神的な衝撃。動揺、放心、煌めく白の奔流を貫く、もう一つの極光。

 一際強く唸ったリアクターと光の剣が、限界を超えて稼働し、一回りも二回りも大きな砲撃を放った。

 それはグレート・ミレニアム目掛けて押し寄せていた白の奔流を完全に呑み込み、押し返し、そのまま異なる世界のユズが搭乗する甲鉄の巨人を、簡単に呑み込もうとする。

 

『……あぁ』

 

 薄暗い機内、モニタ越しに見える眩い光。

 迫るそれらを前にして異なる世界のユズは小さく唇を震わせた。コンソールに伸びた指先が震え、そっと離れる。微かな電子音、鳴り響くアラート、それらを顧みる事無くモニタへと指先が伸びる。迫る白へと、翳す様に。

 指先から滴る赤がモニタを汚し、思わず感嘆の吐息が零れた。

 

皆に(目の前の)相応しい私に(あなたのように)、なりたかった』

 

 呟きは誰の耳に届く事も無く。

 ぽろりと頬を一筋の涙が伝った。

 

『勇者を、皆を、先生を、助けられるような、私に――……』

 

 紡ごうとした言葉が、罅割れ、凄まじい轟音と共に飛来した白に掻き消される。

 砲撃は機体に直撃し、衝撃に抗う事も出来ず地面と水平に吹き飛ぶ。後方にあったビル群を幾つも突き破り、粉砕し、そのまま虚妄のサンクトゥムまで伸びる白の奔流。

 全身を焼き尽くす熱波、甲鉄さえ溶解させ、跡形も残さず消滅させるエネルギーはサンクトゥム中心に着弾し、軈て巨大な爆発を生み出した。

 

 爆発――爆炎が虚妄のサンクトゥムを呑み込み、巻き起こった風圧が周辺のビルを揺らし硝子を全損させ、空高く光の柱が突き立つ。

 

 徐々に、徐々に掻き消えていく光の剣、その放出。

 全てのエネルギーを使い果たしたグレート・ミレニアムはその場に膝を突き、砲口は白煙を吐き出しながら自壊、力なく崩れ落ちる。重々しい金属音と飛び散る火花、舞い上がる噴煙。役目を果たした巨人はビルの残骸に凭れ掛かりながら力尽き、天高く聳え立つサンクトゥムは崩壊を始める。

 

 その只中で、光の剣を抱き締めたまま溶け落ちた機体(勇者)は、ただ赤く染まった空に手を伸ばし。

 その時間を――永遠に止めた。

 




 何とか生きておりますわ~! ご心配をおかけして申し訳ありませんの!
 一日数時間PCに向かうのも結構体力を使って、投稿に時間が掛かってしまいましたの! 食事を摂れなくなると一気に体力とか気力が持っていかれますわね……。
 まぁ後数日はリハビリして、真っ直ぐ歩けるようになったら復活ですわ~!
 本当はもう少しユズ・テラー編が続くのですが、文字数と体調の都合でそれは次話に持ち越しますわ! 不定期更新が続いておりますが、体調が戻ったら普段の投稿頻度に戻る筈ですの!
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