ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告が無ければ、明日の命も危ういでしょう。


HP『1』のタンク

 

『こんにちはアビドスの皆さま、そして先生、序に便利屋の方々も――私はゲヘナ学園所属の行政官、アコと申します』

 

 ゲヘナ学園、行政官――その肩書は決して軽くない。

 彼女の出現と共に、場の空気が引き締まった気がした。少なくとも風紀委員会側の面々は背筋を正し、どこか張りつめた雰囲気を発している。先生はそんな彼女達を横目に、アコを真っ直ぐ見つめながら告げた。

 

「それでアコ? スゥーッ、今回の件に関するスゥーッ! 説明は勿論すぅ~……あるんだろうね?」

『……取り敢えず、会話の時くらいは彼女を離して頂けませんか?』

「嫌だ、イオリは今私に対して賠償責任を果たしている最中だから、あっ、勿論後でアコにも請求するから、そのつもりで」

『……私の事も嗅ぐおつもりで?』

「いや、アコはワンワンプレイをします」

『………』

 

 何言っているんだこいつ、という視線を先生は感じたが敢えて無視した。彼女は知らないだけなのだ、ワンワンプレイは彼女のストレス発散にもなり、決して先生の自尊心を満たす為だけの行為ではないという事を。それは先生の持つ、アコに対しての愛情の発露であった。決して性癖の発露ではない、先生はそう自身に言い聞かせた。

 

「アコちゃん、その……」

『イオリ、反省文のテンプレートは私の机、左引き出しにあります、ご存知ですよね?』

「うぐぅ……」

 

 先生に拘束されたまま、イオリは何とも云い辛そうに口を開くが、その前にアコは反省文の提出を言い渡す。それから彼女は深く腰を折り、先生に向けて謝罪を口にした。

 

『一先ず謝罪を、先生――その様な怪我を負わせてしまい、申し訳ございません、私も先生に対してこの様な手段に出るつもりは無かったのですが……少々命令の伝達に齟齬が発生しておりました、こちらの不備です、心より謝罪いたします』

「良く云うよ――まぁ、私の事は構わない、後で存分に取り立てるから……それで、アビドス自治区での戦闘行為に関しての弁明はあるんだよね?」

 

 先生がそう問いかけ、背後に目に向ければ――この自治区を管理するアビドス校の皆が、強い足取りで先生の隣に並んだ。一歩、前に出たアヤネがホログラムのアコを睨みつける。

 

「あなたが――行政官という事は、風紀委員会のナンバー2ですか」

『……確かアヤネさんと仰いましたか――実際はそんな大したものではありません、あくまで風紀委員長を補佐する秘書のようなものでして』

「本当にそうなら、そこの風紀委員たちが、そんな風に緊張するとは思えない」

「だ、誰が緊張しているって!?」

「こら、イオリ、暴れない」

「っ~……!」

 

 シロコの言葉にイオリが食って掛かろうとするものの、先生が問答無用で抱きしめれば、暴れる事もなく沈黙する。そんな彼女の頭を撫でながらアコとチナツのやり取りを眺める先生は、胸の内でこれからの算段を立てる。

 

『あなたは、砂狼シロコさん、でしたか? アビドスには生徒会の面々だけが残っていると聞き及んでいましたが、みなさんの事の様ですね――しかし、どうやら一名足りない様ですが、今はどちらに?』

「今は不在です、そして私達は生徒会ではなく対策委員会です、行政官」

『対策委員会――それでは、生徒会の方はいらっしゃらないという事でしょうか? 私は、生徒会の方と話がしたいのですが』

 

 アコが困ったようにそう宣えば、我慢の限界が来たのかセリカが足を踏み鳴らし、ホログラムに向かって怒鳴り声を上げた。

 

「アビドスの生徒会はずっと前に解散したの! 事実上私達が生徒会の代理みたいなものだから、云いたい事があるなら私らに云いなさいッ!」

「こんな風に戦力を引き連れて、お話をしましょうか、なんていうのは、お話をする態度としてはどうかと思いますけれどね?」

『ふふ、それもそうですね――』

 

 ノノミがらしくもなく嫌味を口にすれば、しかしほんのりと笑みを浮かべたアコが片腕を上げる。

 

『失礼しました、風紀委員会各員、武器を下ろしてください、正式に戦闘を中断します』

「………」

 

 彼女の言葉に、周囲の風紀委員は顔を見合わせながらも銃口を下げ、安全装置を弾いた。その事にアビドスの面々は不審げな目を向け、便利屋――特にアル――はホッと胸を撫で下ろす。兎も角、戦闘が避けられるのならば、それに越した事はない。

 

『先程までの愚行、私から再度謝罪させて頂きます』

「わ、私は命令通りにやったんだけれど!? アコちゃん!?」

 

 アコの心無い言葉にイオリは先生に抱きしめられたまま声を上げる。しかし、返って来たのは呆れとも、失望とも見て取れる視線。肩を竦めた彼女は淡々とした口調で告げた。

 

『命令に、まずは無差別に発砲せよ――なんて言葉が含まれていましたか? ましてや、先生の居る場所に迫撃砲を撃ち込むなんて、一歩間違えたら連邦生徒会そのものと戦争が始まりますよ』

「ぐぅ、い、いや、先生の件は確かにそうかもしれないけれど、状況を鑑みて必要な範囲で火力支援、その後に歩兵の投入、戦術の基本通りにって……」

『他の学園自治区付近なのだから、その辺りはきちんと注意するのが当然でしょうに』

「―――?」

 

 アコの言葉に、アヤネは微かに眉を顰めた。しかし、その違和感の正体を探るより早く、思考が先行する。

 

『罰の一環です、大人しく先生に嗅がれていて下さい』

「あ、アコちゃん~……」

 

 結局イオリが救われる事はなく、先生の腕の中での待機が命じられる。先生と云えば、「お、行政官からの許しが出た、これぞ合法イオリ吸い~」とばかりにイオリを堪能する。それをイオリは身を捩る事で抵抗するしか術はなく、既に半分泣きが入っていた。

 

『失礼しました、対策委員会の皆さん、私達ゲヘナ風紀委員会はあくまで、私達の学園の校則違反をした方々を逮捕する為に来ました――そちらの、便利屋の方々をね』

「うぐ……ッ!」

 

 先生の餌食になっているイオリから目を逸らし、アコは便利屋の面々へと水を向ける。急に標的にされた便利屋の皆はアビドスの影に隠れ、社長のアルは額に冷汗を流した。

 

「あはは~、どうするアルちゃん?」

「……先生が無事だったのは良いけれど、状況は依然最悪だね」

「は、ハルカ! 起きて! 起きてってば!」

「ぅ……許さ……殺――……」

「わぁ、スイッチ切れちゃった?」

「完全に脱力しちゃっているね、社長、首でも絞めた?」

「そ、そんな事する訳ないでしょう!?」

 

 叫びながらもアルは思考を回す。戦うにしても、逃げるにしても、流石に状況が悪い。暴れ散らかした反動かハルカは気を失い、もし万が一アビドスが此処で便利屋なぞ知るかと見放せば、戦力は半減、更に先生次第ではサポートも打ち切られる。素の状態でこの数の風紀委員会とやり合う? ――酷い冗談だった。五分耐えられたら良い方である。アコのそれは死刑宣告にも等しい言葉だった。

 しかし、便利屋による孤軍奮闘――それは現実にはならない。

 

『――あまり望ましくない出来事もありましたが、やむを得なかったという事でご理解頂けますと幸いです』

「やむを得ない……?」

 

 ピクリと、アコの言葉にアビドス全員が肩を揺らした。

 不用意な発言だった、少なくともアビドスの逆鱗に触れる程度には。

 アコのホログラムを見る視線に、殺意が籠る。どこからともなく、安全装置を弾く音が響いた。

 

「先生を殺しかけて、やむを得ない? ふざけてんの? あったまくる……ッ!」

「そうですねー、私も同感です☆」

「………」

 

 セリカ、ノノミ、シロコの順に銃を抱え、先生の前に出る。

 アヤネはタブレットを力一杯握り締めると、ホログラムを睨みつけながら叫んだ。

 

「先生の件もそうですが……他の学校が我が校の敷地内で、堂々と勝手に戦闘行為をする――それを認める訳にはいきません、自治権の観点からして、明確な違反です!」

『あら……』

「まさか、ゲヘナ程大きな学園がこのような暴挙に出るとは思ってもみませんでしたが、ここは譲れません、あなた達はやってはいけない事に手を伸ばしたんですよッ!」

『成程……それがアビドスとしての決定ですか』

 

 アヤネの啖呵を聞いたアコは、数秒目を閉じ、それから仕方ないとばかりに肩を竦める。

 

『……まさか、この兵力を前にしても怯まないだなんて、これだけ自信に満ちているのはやはり、信頼出来る大人の方がいるからでしょうか? ――ねぇ、先生』

「腹芸に付き合うつもりはないよ、アコ」

『シャーレとしても、アビドスと同じご意見ですか?』

「まぁ、便利屋の皆を素直に渡すかと云われたら、ノーと云うしかないでしょう」

 

 先生が笑ってそう答えると、戦々恐々としていた便利屋の面々から歓声が上がる。アルなどは跳ねるように腕を突き上げ、感涙すら浮かべていた。

 

「せ、先生……! 信じていたわ、流石私達の共同経営者!」

「まぁ、先生ならそう云うよねぇ~、あ、援護は私が担当するから」

「ありがと……っく、ちょっとハルカ、全然銃手放さないのだけれど……?」

「夢の中でまだ戦っているんじゃない? そのまま担いじゃったら?」

「……背負っている最中に、ハルカから撃たれたりしないよね」

「あはは、その時はその時って事で~」

「……はぁ」

 

 気を失ったハルカを背負い、一先ず安全圏へと退避させるカヨコ。

 アコは予想の範疇とは云え自身の想定していたルートから外れ始めた流れに、口元を擦りながら考えを巡らせる。元々先生の負傷から想定ルートを外れていたと云うのはそうだが、何なら治療を理由にゲヘナへ連れ込む口実にする事だって出来た。

 しかし、見た目に反し先生はイオリを吸うのに全力で、何なら走るわ飛び跳ねるわ叫ぶわで、とても負傷しているとは思えない。迫撃砲の着弾地点に居たという話だが、あの姿を見ると少々疑いたくもなる。

 負傷はフェイク――否、そんな筈はない。となると何らかの手段で致命傷を回避し、負傷を回復させる方法も持っていると見るのが自然だった。あんな短時間で、少なくともあれ程の血を流しながら、走り回れる程度には。

 何処までも不気味な大人――その事を踏まえ、アコは方針を固める。

 

『シャーレとアビドスの意見は一致、便利屋も素直に捕まる気配はなし……少々、困りましたね――こうなっては仕方ありません、本当は穏便に済ませたかったのですが』

 

 そう云ってアコはふっと微笑むと、先程と同じように片腕を緩く上げた。

 瞬間、空気がひりつく様な熱を帯びた。

 

『総員――戦闘準備』

「ッ!?」

「アコ行政官!?」

 

 その言葉に、風紀委員の皆が再び銃を構える。

 先生の負傷は真実、しかし見た目の派手さに反し現在の負傷具合はそれほど深くないと予想。シャーレの先生を負傷させた件については失態だが、死亡でもなければ欠損でもない、十二分に取り返しが付く範囲。速やかに先生を『保護』し、治療させる事で挽回しよう。連邦生徒会に対する根回しも――業腹だが、あの糸目女に話を持ち掛ければ問題ない。

 チナツの非難の籠った声に耳を貸さず、アコは淡々と戦闘指示を下す。

 

「やっぱりこうなった」

「か、カヨコ!? どどど、どうしましょう!?」

「いや~、こっちはハルカちゃんダウンしちゃっているし、結構ヤバいよ~?」

 

 カヨコが呟けば、アルは愛銃を抱えたまま銃口を向ける風紀委員の数に顔を引きつらせる。ムツキは相変わらず飄々としているが、流石にこうも数が多いと気が滅入るのか、声に余り力がなかった。

 先生はアコのホログラムと風紀委員の面々を眺めながら、静かに告げる。

 

「――取り敢えず便利屋の皆、アビドスも、皆私の近くに集合」

「えっ? わ、分かりました」

「ん、了解」

「……何を考えているの、先生?」

「まぁまぁ、面白そうだしおっけ~! ほら、アルちゃん!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 アビドス、便利屋を近くに集合させた先生は、静かに周囲を見渡し顔を顰める。分かっていた事だが、場所が悪い。背の高い建物も多く、広い公道、少数で多数を相手取るには条件の悪い場所だった。本当ならば走って戦場を変えるべきなのだろうが――先生はタブレット(シッテムの箱)を横目に舌打ちを零す。

 姿は見えないが――既に自分達は包囲されていた。画面には自身を中心としたエリアを囲むように展開する赤い点(風紀委員会)、突破するには手数が足りない。いや、この場合は相手が多すぎると云うべきか。

 打開策が必要だった、それもアコが予想だにしないような。そんな事を考えていると、イオリが身を捩り声を上げる。

 

「せ、先生っ! 私をいつまで抱えているつもりなんだ!?」

「――成程、そう云えばイオリが居たね」

「は、ハァ!? 散々ひとの匂いを嗅いでおいて、何だその言い草っ!」

 

 瞬間、先生の脳裏に馬鹿げた作戦が過った。セリカは盾にでも何にでもしてと云っていたが、今回ばかりは少々強引な手を使わざるを得ない。

 少なくとも、奇抜ではあるが合理的ではある。生徒の心情は抜きとして。

 

「こうなったらイオリには私の人質になってもらいます」

「……!?」

 

 先生の言葉に、イオリは絶句する。本来ならば存在しなかったイオリというカード、敵に回れば手強いが、既に此方の手の中にあると考えれば幾分か気が楽になる。更に、人質と云う形で扱えるのなら戦略の幅が広がる。勿論、イオリを解放するから見逃して――なんて使い方では断じてない。

 先生はイオリを抱えたままアコのホログラムを見据え、呟いた。

 

「どうせアコの目的は私なんだから、最初からこうするつもりだったんだろう?」

『―――!』

 

 一歩踏み出し、笑みを浮かべる先生にアコは僅かに目を見開く。

 便利屋の捕縛という――方便。無論、最初から信じてなどいない。

 そもそもからして、これほどの人数を動員してまで達成すべき目的が便利屋の束縛? あり得ないと、そう断じる事が出来た。

 

「便利屋四人に対して中隊規模の動員? それも、態々他所の自治区まで派兵するなんて普通じゃない、彼女達には悪いけれど自治区侵犯を行ってまで捕まえる様な子達じゃないでしょう、便利屋の皆は」

『……ほぅ』

「なら、此処まで人数を搔き集めて狙う獲物は一人――」

 

 先生の視線が、確かな冷たさを帯びた。

 

「連邦捜査部シャーレ、その顧問である私の身柄だ」

『―――』

 

 今度こそ、アコはその視線を鋭く、どこか末恐ろしいものへと変えた。

 相手が自身に迫り得る――否、同等か、それ以上の人物だと認識した瞬間だった。

 無論、種も仕掛けもある。何せその行動を先生は既に体験しているのだから。アコの思惑を見抜く事など、カンニングペーパーを横目に解答するようなものだった。

 

「ッ!?」

「な、なん、何ですってーッ!?」

「狙いが、先生!?」

『……成程、やはり連邦生徒会長が直々に指名されるだけの能力はある、という事ですか、それにしても、私もまだまだですね――既に気付いていた方もいらっしゃるみたいですし……ねぇ、カヨコさん?』

「………どうせ、そんな事だろうと思ったよ」

 

 アコに水を向けられたカヨコは、ハルカを瓦礫の裏に寝かせながら吐き捨てる。

 便利屋の頭脳担当は愛銃の弾倉を検めながら、静かに言葉を続けた。

 

「私達便利屋は確かに校則違反を犯しているけれど、ゲヘナ全体で見れば大した事はしていない、美食研究会とか、あの辺りと比べれば小悪党も良いところ……他所の自治区に出張ってまで、ましてやこんな大人数で追いかけ回す筈がない」

『流石の情報判断ですね』

「何度、風紀委員会に追い廻されたと思っているの? それにそっちこそ、イオリが柴関に迫撃砲を撃ち込んだと聞いて、大分焦ったんじゃない? 先生が同席していたのなら木端微塵だろうし」

『えぇ、それはもう、正直に申しますと私の机の上が大変な事に――というより今更ですが、良く無事でしたね、先生?』

「――幸運の女神が守ってくれたんだよ」

 

 先生がそう云ってタブレットを指先で擦れば、応えるように微かな振動が伝わった。その言葉をどういう風に捉えたのか、アコは『へぇ』、と気のない返事を口にし、それから一つ頷く。

 

『……まぁ、予定と少々変更はありましたが大筋は変わりません――待機組に集結指示を出しましょう』

 

 そう云ってホログラムのアコが手元のタブレットを弄れば、傍にいたアヤネが思わずといった風に声を上げる。

 

「――っ!? 先生、十二時、六時、三時、九時……四方から風紀委員会の兵力、増援を確認しました!」

「ま、まだいるの!?」

「これは――」

 

 途端、皆の視界に表示される、『敵性反応』の風紀委員、その数が膨れ上がる。赤い輪郭を放つそれらが建物越しに表示され始めたのだ。一つ隣の通り、ビルの屋上、裏路地――続々と姿を現す風紀委員に先生は眉を顰める。

 

「これはまた……随分と集めたね」

『少々やり過ぎかとも思いましたが、シャーレを相手にするのですからこの程度はあっても困らないでしょう、まぁ、大は小を兼ねると云いますからね』

 

 そう澄まし顔で告げるアコに、先生は内心で舌打ちを零したくなった。これで向こうは全力ではないというのだから堪らない。手に持ったタブレットの画面には更に後詰めの部隊――今接近している部隊とは別の、予備隊が更に布陣している事が分かっている。数は凡そ六百人という所、規模としては大隊規模、間違っても十人に満たない勢力にぶつける兵力ではない。

 現在包囲している形とは別に、更に大きな円を描く赤点(風紀委員)――これは正に。

 

「二重包囲網――」

『あら、随分と感度の良いレーダーをお持ちで』

 

 先生の呟きを拾ったアコは、薄らと張り付けた笑みをそのままに頷いて見せた。

 

『そう云えば先程のお話、半分は正解です、確かに私はシャーレと衝突するという最悪のシチュエーションも想定していました、ですが事の発端は――』

「ティーパーティーかい?」

『――そこまでご存知ですか』

 

 遮る様に放たれた先生の言葉に、アコは笑みを深める。情報収集能力は成程、ゲヘナの情報部を凌ぐらしい、と。シャーレと云う組織が、アコの中で益々重要度を上げていた。

 

『えぇ、その通りです、我がゲヘナ校の宿敵であるトリニティ総合学園の生徒会、ティーパーティーがシャーレに関する報告書を手にしていると、うちの情報部から上がって来まして』

「っ! そっか、あの日、ヒフミが――」

 

 アコの言葉に、セリカがはっとした様子で呟く。

 ブラックマーケットで共に走り抜けた記憶、別れ際、彼女は確かにカイザーコーポレーションについてティーパーティーに報告すると口にしていた。その内容に、シャーレに関しての事柄も含まれていたのだろう。それは何もおかしな事ではない。

 

『当初は私もシャーレの事を詳しく知りませんでしたが、ティーパーティーが掴んでいる情報となれば話は別です、私達も同じように知る必要があります――そこで、チナツさんの報告書を確認したのです』

「……行政官、確認するの遅くないですか?」

 

 チナツのどこか呆れたような口調に、アコは取り合わず言葉を続けた。ゲヘナ風紀委員会は激務なのである、特に行政官ともなれば尚更。

 

『連邦生徒会長が残した正体不明の組織、大人の先生が率いる超法規的部活……その権限、規模、独自活動裁量、どう考えても怪しい匂いがしませんか?』

「……まぁ、そこには同意しよう、傍から見れば目的も不明瞭な上、権限だけを持った実態の分からない部活、不審に思うのは当然だ」

『そうでしょう? シャーレと云う組織は私からすると危険な不確定要素に見えます、これからトリニティと結ぶ予定である条約にも、どのような影響が出るのか分かったものではありません――何なら、トリニティに取り込まれ、その権限を盾にゲヘナで好き勝手に暴れられる可能性すらあるのですから』

「………」

 

 先生からすれば、それは「ない」と云い切れる事柄であった。

 しかし、今先程顔を合わせたばかりの相手にそんな口だけの約束をした所で、一体どれ程信頼されるだろうか。先生はアコを良く知っているが、アコは先生を知らない――それは悲しい事ではあるが、仕方のない事でもある。

 アコからすれば、シャーレという強大な権限だけを持った部活は脅威なのだ。いつ、その矛が自分達に向けられるのか分かったものではない――それならば。

 

『ですからせめて条約が無事締結されるまでは、私達風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせて頂こうかと』

「……条約が締結しても、手放す気は毛頭ないんでしょう?」

『ふふ、カヨコさん、それこそ便利な言葉があるではありませんか――大人の事情と』

 

 カヨコの確かな怒りの籠った言葉に、アコは飄々とした笑みで返した。

 自身の勝利を疑っていない笑みだった、余裕の笑みだ。彼女の中で先生を連れ帰り、『保護』する事は決定事項なのだと感じられた。

 その表情を睨みつけるようにして対峙する生徒が四名――アビドスがアコの前に立ち塞がる。その額に青筋を立てて。

 

「――ん、寧ろ状況が分かり易くなって良い、つまり、ゲヘナ風紀委員会は敵」

「……先生を連れて行くって、私達がそれで『はい、そうですか』って云うとでも思った? しかも、先生を怪我させるような連中の所に? ふざけてんの?」

「残念ですが……交渉は決裂ですね」

 

 シロコ、セリカ、ノノミが武器を手に啖呵を切り、アヤネが無言で眼鏡を押し上げる。そんな彼女達を見ていたアコは一層愉快だとばかりに皆を眺め、告げた。

 

『ふふ、やっぱりこういう展開になりますか、では仕方ありませんね、奥空アヤネさん?』

「……何ですか」

『ゲヘナ風紀委員会は、必要ならば戦力を行使する事に一切の遠慮をしません』

「――上等です!」

 

 普段、大人しいアヤネが目を見開き、足元にあった瓦礫を蹴飛ばす。

 そしてタブレットを抱えたまま愛銃であるコモンセンス(拳銃)を振り上げ、全力で吐き捨てた。

 

「先生にこんな、怪我をさせた挙句に自治区侵犯、その上で先生を奪おうだなんて――厚顔無恥にも程があります、やってやりますよ!? ボッコボコのギッタンギッタンですッ!」

「良く云ったわッ! 全員返り討ちにしてやるわよッ!」

「蹴散らしてあげます!」

「強い方が勝つ、シンプルなルールだ」

 

 気炎を吐いて銃を振りかざすアビドス、その隣で彼女達の啖呵を眺めていた便利屋達は、そっと小声で意思疎通を行う。

 

「……社長、どうする? 今なら多分、アビドスと先生が注意を引いているし、私達だけなら逃げようと思えば逃げられるけれど――」

「えー、アルちゃん、もしかしてあんなボロボロの先生見捨てて逃げるの~?」

「っぐ……ッ!」

 

 風紀委員会とアビドスのやり取りにオドオドしていたアルは、カヨコの言動に撤退の二文字を脳裏に浮かべるものの、ムツキのどこか詰まらなさそうな声に体を硬直させる。数秒、一人百面相をしたアルであったが、今尚矢面に立つ先生の背中を一瞥し、やけくそ気味に叫んだ。

 

「に、逃げないわよッ! 先生にはお世話になったしッ! こ、此処で逃げたらハルカが何か病んじゃいそうだしッ! 方便とはいえ、元はと云えば私達を狙った攻撃に巻き込まれた訳だから、恩には恩で報いるのよッ!」

「あは~! それでこそアルちゃんッ!」

「……まぁ、そうだね、先生云々の意見には賛成かな」

 

 頷き、カヨコとムツキは愛銃を構える。元々、この社長が先生を見捨てるとは思っていない。情けなくて、考え足らずで、重要な所でいつも白目を剥いている社長ではあるが――恩知らずではない。

 恩には恩で報いる――右へ左へ、良く言を左右にする便利屋のモットーだが、この言葉だけは変わらず胸にある。本当の意味で便利屋のモットーだった。

 

「……うぅ――ふぁ!?」

「あ、起きた」

「っと、ハルカ、大丈夫?」

 

 そんな形で戦闘準備を進める便利屋は、ふとハルカが目を覚ましたことに気付く。

 瓦礫の影に寝かされていたハルカは目元を擦りながら左右を見渡し、仲間達が自分を覗き込んでいる事に気付き、目を瞬かせた。

 

「良かった、目が覚めたのね!」

「わ、私、えっと、あれ、アル様? た、確か私、風紀委員会の――そ、そうだッ、先生! 先生は!?」

「落ち着いてハルカちゃん、先生ならあそこで元気に風紀委員の匂い嗅いでいるよ~」

 

 ハルカは体を起こすと最初事態を飲み込めていない様子だったが、最後に自分が何をしていたのかを思い出し、先生の安否を必死な表情で尋ねる。すると笑いを嚙み殺した表情でムツキがある方向を指差し、そこにはイオリを抱きしめたままアコと対峙する先生の姿があった。

 

「よ……よかった――ッ! 御無事で……!」

 

 その衣服は血に汚れているものの、二本の足で確りと立っている先生の姿を認めたハルカは、心底安心したと胸を撫で下ろす。彼女が最後に見たのは、大将に担がれて倉庫に姿を消す血塗れの先生の姿だ。それを想えば、あぁやって立っているだけでも、ハルカにとっては救いであった。

 そんな彼女にカヨコは、やっとの思いで引き離した彼女の愛銃を差し出し、云った。

 

「よ~し、起きた所、早速で悪いんだけれど仕事だよハルカちゃん」

「風紀委員会の連中に、一発喰らわせる――行ける?」

 

 その問いかけにハルカは目を伏せ、口元を歪に吊り上げ、銃を手に取った。

 

「――当然です、ふふ、ふふふッ、ぜ、全員、ぶち殺して見せます! あ、アル様、見ていて下さい!」

「そ、その意気よハルカ! アウトローらしく、派手に戦ってやろうじゃないッ!」

 

 ハルカが意識を取り戻し、便利屋は四人全員が参戦の意思を固める。その様子を見ていたアビドスは、これで先生を入れ九人だと意気込んだ。

 

「どうやら、便利屋の皆さんも協力してくれるみたいですね☆」

「丁度良いわ、一緒にやってやろうじゃないッ、風紀委員会の連中コテンパンにしてやるわ! 覚悟しなさいッ!」

「先生の盾になって貰う」

「先生を一緒に守りましょう!」

「――いいや、違うよ皆」

 

 矢面に立ち戦うつもり満々の皆を見渡し、先生は緩く首を振った。先生には秘策があった、風紀委員会の攻め手を防ぐ、渾身の策が。

 イオリを抱きしめたまま、数歩、前に進んだ先生は、アコと銃を構える風紀委員に向かって、全力で叫んだ。

 

「私が――私自身が生徒の盾になるんだッ! 撃ってみろ風紀委員会ッ! イオリは痛いだけで済むかもしれんが、私は弾丸一発で死ぬぞーッ! うぉおオオオッ!」

「や、やめろッー!? 私を巻き込むなーッ!?」

 


 

『生徒に心底信頼され、愛された先生が生徒の前で血を流し、それを見て泣く生徒』フェチ――SSを探しても出てこない、pixivでも何て検索すれば良いのか分からない、曇らせで調べてもヒットするのは一件……。それは宛ら砂漠に咲いた一輪の花を探すが如く旅路。Pixivでブルーアーカイブと検索すれば、健全、非健全問わず様々なイラストが出て来ると云うのに、何故こんなにも私の求めるソレは存在しないのか。

 こうなったらもう、Skebで依頼を出そうか? いや、しかし、幾ら一般性癖とは云え赤の他人に、赤裸々に性癖を見せつけるのは気が引けると云うか――恥ずかしい。羞恥心が勝る。

 一々そんな事を気にしないかもしれないが、『えー、この人、透き通るような世界観で送る学園×青春×RPGのブルーアーカイブでそんな事想像しているの? きもーい』なんて思われたらもう外を出歩けなくなってしまう。それは私にとって死を意味する行為であった、他人に性癖を晒す何てそんな恐ろしい行為、想像するだけでも身震いする想いだった。幾ら一般性癖とはいえ、「先生が血だまりに沈み、生徒が泣く様な話ください!」なんて云えない、幾ら一般性癖とは云え、字面的に良く想われないのは明らかであった。幾ら一般性癖とは云え。

 

 ――なら、自分で書くか?

 

 ふと、そんな天啓が舞い降りた。生徒達と信頼を築くところから、少しずつ生徒に愛され、交流を重ね、笑顔を見せ、それをぐちゃぐちゃのドロドロにするような、可愛い生徒の泣き顔が見られるような小説を……自分で書く。

 地産地消、自給自足、性癖自給率の低下が叫ばれる昨今、それはまさしく逆転の発想の様に思えた。しかし、思わず思考する。馬鹿な! 一体、誰が得をするというんだ!? と。

 

 ――私だ。

 

 私が得をする。というか私しか得をしない。

 人に見せる為ではない、自分の為……! 徹頭徹尾、完全な私得の小説を!

 想定文字数五十万字超え! エデン条約を含めれば三百万字を超えてもおかしくない……ッ! 完結もしていない、後出し設定が来れば崩壊するような状態での執筆……ッ! 正気の沙汰ではない、更にストーリーラインを崩さず、改変を加えながらも原作の透明感を失わないようになど、不可能に思えて仕方なかった。

 私以外誰が見るんだ、こんな小説!? 私しか見ないだろッ!?

 

 飢えていた、私は間違いなく。当時同じヨースターのアークナイツが投稿数四百五十件超えに対し、ブルーアーカイブが六十件しか投稿がない事に。

 第一話投稿時の九月十三日、ハーメルンの『ブルーアーカイブ・カテゴリ』の小説は六十と少しだけだったのだ……しかし、その飢えが確かなブルーアーカイブに対する愛を自覚させた。誰にも、ユウカにも内緒で、私は自由だった。

 

 そして今も自由である。だからどんどん先生には苦しんでもろて、是非とも生徒達の愛を実感して欲しいね。心理的にも肉体的にもぼろ雑巾にされて、それでも生徒の為に這いずる先生は素敵だよ、もっと血を流して♡ おっ、血を噴いた、死ぬのかな? 時間的で移ろいゆく見かけだけの善に縋らずに生きて行くその姿は理解し難いよ先生。

 

 今回はストーリーライン的にアコとの舌戦だったから何かフラストレーション溜まっちゃうな~、そう毎回先生に血を流させる事も出来ないし、誰か先生の心臓ぶち抜いてくれないかな~。でも此処の描写削ると原作の透き通るような世界観が薄れちゃうからなぁ~、仕方ないよなぁ。取り敢えずホシノが合流して、「――先生、どうしたの、それ」って能面のような表情で聞いて来るシーンまではこっちで先生の四肢捥いであげよう。先生嬉しさで手足から涙出ているよ、可愛いね♡ 

 

 本編では登場していなかったけれど、もし先生がトリニティの救護騎士団と絆を育んでいたら、迫撃砲が命中して負傷した時点でセリナがどこからともなくやって来ます。セリナ注射の際にそれとなく先生の皮膚に位置情報を発信するナノマシンか何かを仕込んでいるぞ! 尚、アロナはそのことに気付いているけれど、どこに居ても、どんな状況でも治療をしてくれるので見逃している模様。キヴォトス動乱の時は流石に除外したけれどね! セリナと絆を育んだ先生は時折、「うっ、心臓が……!」とか、「うぐッ、お、お腹が……ッ!」と仮病を口にしてセリナを呼び出し、「どうしましたッ!?」と毎回律儀に飛んでくるセリナと一緒にお茶を楽しんでいたりしていた。悪い大人!

 

 セリナってどんな状況でも先生が負傷するとやって来るから凄いよね。ただ本編ではサオリに腹を撃たれてもやって来なかったし、何か理由があるのか、それともただ知り合っていなかっただけなのか……まぁ、どちらにせよ当小説でも先生がボロボロ♡ になる時は足止めを喰らって貰いますのでご安心下さい。

 

「先生を苦しませるような事は、例えそれが疲れでも怪我でも停電でも、全て私の対処するべき仕事です!」

 

 これ絆ストーリーの台詞ですけれど、凄くありません? 重さで云ったら一トンくらいありそう。このセリナの前でわが身を顧みず、ボロボロになりながら戦う先生を見せつけたい。何で君トリニティなの? アビドスだったら今頃めちゃ笑顔で君のシナリオをプッシュしていたのに……。いや、今からでも遅くはない、何かを始めるという事に、遅すぎるという事はないんだ……! 今からでもセリナ前で血を流しまくろう、先生ッ!

 

 個人的にセリナと結ばれた先生のエンドは、セリナの覚悟が見られるルートだと思う。何度言っても無茶を止めず、矢面に立ち、ボロボロになって生徒に尽くす先生に、セリナは体を大切にして欲しいという想いと、折角結ばれたと云うのに先生にとっては未だ自分も守るべき生徒の一人に過ぎなくて、心の深い部分で、『私は貴方の隣に立っているのに』という、独占欲とも嫉妬心とも取れる感情から、先生を実力行使で『守る』事を決めるんだ。

 この先生は覚悟ガンギマリなので、どれだけ情に訴えても、どれだけ合理的な判断を投げかけても、どれだけ怠惰を誘っても、どれだけ対価を差し出しても、絶対に歩みを止めないし止まらない。時折振り返っては、泣きそうな顔をして、けれど一層その背負う荷を増やしながら進むから、見ている生徒はとても辛い。

 先生を止めるなら、物理的に止めるしかない。セリナはキヴォトス動乱を起こす際も、それを明かされた際、泣く訳でもなく、苦悩する訳でもなく、ただ淡々と――「分かりました」とだけ呟くんだ。最初は本気にされていないのかと疑るのだけれど、セリナの瞳には確かな覚悟と信念が宿っていて、彼女は来るべきその日に備えて着々と準備を進めるんだ。

 

 それで、先生の計画としては最後に自分が撃ち殺されて、晴れてキヴォトス動乱は収束、どんな形であれキヴォトスの崩壊は免れる――という筋書きだったけれど、そこにセリナが細工を仕掛ける。先生は最後に自分を看取る生徒を、最も親しい生徒にする訳だけれど、今回の場合、それはセリナになる。すべての事情を話し、協力を取り付けたと『思っている』先生は、セリナに介錯を任せるんだ。

 セリナは傷だらけの先生の傍に座り込んで、「今まで、お疲れ様でした、先生」と云って注射器を取り出すんだ。いつもと変わらぬ微笑みを浮かべながら針を刺す彼女に、安楽死をさせてくれるのかと考えた先生は、徐々に寄って来る眠気の波に逆らわず、そっと瞼を閉じる。

 安らかな寝息を立てる先生を見つめながら、セリナは彼を担ぎ、静かにシャーレから姿を消すんだ。

 

 セリナに監禁されてぇ~! 朝から晩までお世話される生活に浸りてぇ~!

 先生と自身の愛の巣♡ に引っ越したセリナはきっと、甲斐甲斐しくお世話してくれるに違いないぞ! 「はい、先生、ご飯ですよ、あーん……」とかしてくれるに違いない。先生が拒否すると、少しだけ困ったような顔で、「もう、そんなに恥ずかしがらなくても良いじゃないですか」とか云って笑って、ご飯は勿論、トイレもお風呂も、寝る場所もいっしょ。文字通りおはようからお休みまで、セリナは先生を抱きしめながら、そんな新生活を心の底から満喫するんだ。

 先生は今まで失ってばかりだった、自分の事は二の次で、生徒の事ばかりを想ってきた。だから今度は、自分が精一杯奉仕して、想ってあげるのだと。もう先生が傷つく事はないし、悲しむ事もない、そんな環境に身を置く事が出来たセリナは心の底から嬉しそうな笑みを零してくれるに違いない。可愛いね♡ 

 今まで散々生徒の声に背を向けて、自分のしたいように突き進んできたのだから、それが返って来ただけだよ先生。生徒の事振り回したのだから、自分が振り回されても仕方ないよね。ほら、暴れないで先生、そんな手足じゃ何も出来ないんだから。

 

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