「私が――私自身が生徒の盾になるんだッ! 撃ってみろ風紀委員会ッ! イオリは痛いだけで済むかもしれんが、私は弾丸一発で死ぬぞーッ! うぉおオオオッ!」
「や、やめろッー!? 私を巻き込むなーッ!?」
「ちょ、先生ッ!?」
最前列へとイオリを抱えたまま躍り出た先生に対し、風紀委員会どころかアビドス陣営と便利屋もぎょっとした目を向ける。しかし先生は彼女達に視線を向けることなく、続けて叫んだ。
「私を信じろ皆ッ! これが最善策だ! 風紀委員会は絶対に撃てないっ、万が一撃って来てもイオリがきっと防いでくれる! 何せこれ以上傷が増えたら、冗談抜きで死ぬからね私ッ! ねっ、信じているよイオリ! 素敵だよイオリっ! そのままずっと私を守ってねッ!?」
「ちょ、ふざけ……!? これ
「非殺傷弾でも、今の私なら死ぬ可能性があるッ! 貴様らに撃つ覚悟はあるか、風紀委員会!? おら来いよ! 銃なんか棄てて掛かって来いッ! ――怖いのか? スゥーッ!」
「ホント、マジやめて! 私を巻き込まないでッ! というかいつまで嗅いでいるんだ先生ッ!?」
「イオリってえっちだよねッ! なんか体臭がほんのり甘くて、ちょっと爽やかな感じがとてもグッドだと思うよ!」
「う、うわァアアッ! も、もういっその事撃てぇ! 私ごと
「………」
イオリと先生の絶叫を前に、風紀委員会の面々は困惑を隠せない。浮かび上がるアコのホログラムに目を向けながら、周囲の風紀委員はおずおずと問いかける。
「あ、アコ行政官、どうすれば……?」
『え、えぇ……――』
問い掛けられたアコは、しかし明確な回答を持ち合わせていなかった。イオリが向こうの手中にある以上、何かしらの交渉やアクションがあるとは思っていたが、まさか先生諸共盾にするとは思っていなかったのだ。
先生がキヴォトス外から来た大人という情報は掴んでいる、つまり彼の云う通り弾丸一発で致命傷に成り得る状況。そんな中で、いくら相手が自身の身柄を狙っていると分かっているとは云え、躊躇わずに身を盾にするその精神性は理解し難い――或いは何か、撃てないと確信するような【何か】があるのか。
平時であれば、アコとて非殺傷弾による鎮圧、場合によっては手足を狙った小口径の銃による無力化を図ったかもしれない。しかし、今の先生の負傷状態でそのような選択肢は悪手に思えた。万が一、億が一、先生が死亡するような事があれば――流石に云い訳が効かない。
そんなアコの逡巡を感じ取った先生は、ここぞとばかりに叫んだ。
「今だーッ! 皆、射撃を開始しろッ!」
「えッ、先生!? で、でも――」
唐突な攻撃指示にアルは戸惑いの声を上げ、先生に視線を向ける。幾ら相手が先生の身柄を抑えようとしているとは云え、撃って来ない保証など無い。ましてや此方から攻撃を仕掛け、一方的に弾丸を撃ち込むようなら、激昂して反撃してくる委員もいるやもしれない――そんな風に先生の身を案じ、銃口を向けられずにいたアルはしかし、左右から鳴り響いた幾つもの銃声に意識を持っていかれた。
「先生、信じるわよ!? ヤバくなったらちゃんと私達の後ろに隠れてよねッ!」
「此処に居る全員倒してしまえば、関係ないですよね! えーい☆」
「ん、攻撃は最大の防御、先生が立っている間に出来る限り削る」
「そういう作戦は先に言っておいて下さい先生……!」
思い思いの体勢で、自身の持つ最大火力を叩き込むアビドス。ドローンが誘導弾頭を発射し、爆撃し、愛銃の銃口が火を噴く。先生の背後から体を覗かせ、風紀委員に対し慈悲の欠片も感じさせぬ猛攻を仕掛けた彼女達を、便利屋の面々は引き攣った表情で見ていた。
「あ、アビドス連中、容赦ないね……」
「でもちょっと、向こうの方がアウトローっぽくない?」
「なッ!?」
ムツキのどこか挑発するような言葉に、アルの心に火が点いた。アウトローらしいと云われてしまえば、黙ってはいられない。それを志すアルにとって、他所に、それも同じ生徒にそのお株を奪われるのは我慢ならなかった。
「や、やってやるわよ! こっちだってアウトローなんだからッ! 皆、射撃を開始しなさいッ!」
「そうこなくっちゃ!」
「ったく、戦略もあったものじゃないね……!」
「こ、今度こそ私が守らなきゃ……守らなきゃ、絶対に、命に代えてもッ!」
アルの号令が響き渡り、便利屋の皆もまたアビドスに並んで射撃を開始する。一斉に瞬くマズルフラッシュ、銃声が重なり虚空に響く。次々と放たれる弾丸は身を隠していた風紀委員を瓦礫ごと撃ち抜き、反撃もままならぬ中、戦闘不能者を量産した。
「いだッ、あだっ!?」
「よ、容赦なく撃ってきたぞ!?」
「は、反撃を――」
「馬鹿、先生に当たったらどうする!? 死亡したら連邦生徒会と戦争だぞッ!?」
「正気かあいつ等!?」
「というかシャーレの先生、何であの怪我でイオリ隊長を抱えたまま動き回れるんだッ!? 実は怪我はフェイクなのか……!?」
弾丸の雨に晒されながら、混乱の極みに陥る風紀委員。そんな彼女達の視線の先では、イオリを抱えた先生がアビドスや便利屋の皆を守る様に、リロードの声が上がる度、右へ左へステップを踏んで牽制兼威嚇を行っている。
宛ら舞踊……! 戦場で踊る圧倒的胆力……!
「生徒達に弾丸はッ、一発たりとも通さないッ……! どうだ、動き続ければ何処に撃っても当たりそうで迂闊に攻撃出来まいッ!? 私の体力を犠牲に行われる神速の横ステップ……英語で云うとゴッド・サイドステップ……! やべっ、足攣りそう……」
「そんな体で無茶するからだろう!? というかコレ、絶対私要らないよな!?」
「スウゥゥウッ、いや、イオリは必要です、主に私の精神安定剤兼呼吸機器として、それにね、生徒が頑張っているのだから先生である私も、出来得る限りの事をしな――ゴパァッ!?」
「う、うわぁァアアアアアッ!?」
イオリを抱きながら反復横跳びを繰り返していた先生は、唐突に彼女の頭に向けて赤い何かを吐き出す。先生に抱きかかえられていた彼女はモロにそれを浴び、顔を真っ青にして叫んだ。
「せ、先生ッ!? あ、アコ行政官、これ以上は先生の体がッ……! 先生を手に入れる為に、先生自身を喪っては本末転倒でしょう!? 今すぐ戦闘行為を中止して下さいッ!」
『ッ……!』
「先生っ!? ちょっと大丈夫なのッ!?」
「ごほッ……あ、これトマトジュースだから」
「私の髪にトマトジュースを吐き出すなよぉッ!?」
「でも、向こうは混乱している――このまま押し切れば……」
先生の会心のトマトジュースにより、風紀委員会側は更に攻撃がし辛くなった。一方的に攻勢を仕掛けられる状態で時間だけが経過すれば、自然損害ばかりが増えていく。アコの元にはひっきりなしに通信が入っていた。
「第一中隊、三個小隊行動不能! 退却し、再整備に入ります……!」
「第三中隊、負傷者多数……! これ以上の戦闘続行は不可能です!」
『………成程、大体把握出来ました、先生の持つ能力というものを』
呟き、アコは細めた目で先生と生徒達をじっと観察する。
幾ら撃たれ放題とは云え、損耗が激し過ぎる。銃撃に対する防御訓練を風紀委員会は積んでいるというのに。遮蔽物を用いた回避方法、万が一身を晒す場合の姿勢、心構え、煙幕や装備を用いた防御方法――その悉くが通用しない。
『先生本人はふざけた戦い方をしていますが、あの生徒の光るヘイロー――そして自身も動きながら、戦場全体を見通す鷹の目、生徒達が無言で連携を取れているのは先生に秘密があるようですね……とても興味深い』
確かに、見た目は酷いものだ。此方を馬鹿にしていると云って良い。
しかし自身を盾にする機転、それを実行する胆力、それでいて彼の指揮下にある生徒は『異様なまでに』動きが良くなる。命中率しかり、遮蔽物の利用の仕方然り、果ては跳弾など曲芸染みた行為すら行い、その目は何処に誰が隠れているのか見通すような動きまで見せる。
ゲヘナ自治区で便利屋と交戦した記録を参照しながら、アコは思考する。明らかに地力以上の能力を発揮していると。少なくとも過去、便利屋はこれ程の戦闘力を有していなかった。つまり、その原因は『先生』にある――直接口頭で指示している様には見えないが、時折彼の視線がタブレットに向かっているのには気付いていた。
電子機器を用いて指示を送っているのか、或いはもっと別の方法か。
どちらにせよ、驚異的な能力である事は違いない。
『予想を遥かに上回っています、素晴らしい、決して甘く見ていたつもりはありませんが、もっと慎重に事を進めるべきだったかもしれません……ですが、決して無敵ではない――折れるのも時間の問題です』
呟き、アコは手元のタブレットを数度タップした。
『第八中隊、後方待機を解きます、シールド展開の上――前進』
そう云って腕を振りかざせば、先生達の前方より、列を成して前進を開始する風紀委員の姿。彼女達の持つ兵装は通常の隊員のそれと異なり、前列には重厚なバリスティックシールドを構え、対爆スーツに身を包んだ隊員がずらりと並んでいる。ずんぐりとしたシルエットに、その体を覆う程の大型の防弾盾。キヴォトス外の人間ならばパワーアシストなしではとても持ち運べない様なそれを、彼女達は片手で運用している。
その威圧感と見た目のインパクトは抜群であり、第八中隊に気付いたアヤネが思わず声を上げた。
「風紀委員会、第三陣を展開しました! あれは、一体……!?」
「っ、アレ……もしかしてシールド!?」
「この状況で更に投入するって事は――」
カヨコが呟き、二度、三度、前列のシールド持ちに銃撃を加える。銃口が跳ね、マズルフラッシュが網膜を焼く。しかし口径の小さいカヨコの弾丸は硬質的な音を立てて弾かれ、その前進を留める事は出来ない。その結果を予想していたとは云え、思わず舌打ちが漏れる。あの大きさと分厚さから、ライフル弾も防弾可能なクラス――レベルⅢ以上は確実だった。
「っち、やっぱり硬い……!」
「任せて下さいッ!」
そう云ってノノミが立ち上がり、愛銃の
ばら撒かれた弾丸は確かに彼女達の足を一瞬留めたものの、シールドを貫通する事は出来ず、負傷者もない。その結果に思わずのノノミの表情が曇った。
「これでも駄目ですか……!?」
「ん、ならこれはどう」
シロコが呟き、指先でドローンに合図を飛ばす。ドローンは一度上空へと舞い上がり、弾頭を第八中隊の頭上から撃ち込んだ。小さくない爆発が次々と起こり、第八中隊の姿は爆炎と砂塵の中に消えた。弾け飛んだ瓦礫の破片が、その威力の高さを物語っている。
「や、やったの!?」
「くふふッ、アルちゃんそれは駄目なセリフだよ~!」
「え、えっ!? 駄目なの!?」
アルは瓦礫の影に隠れながらシロコの爆撃を見ていたが、その威力と光景に倒れる第八中隊を幻視していた。しかし、思わず口をついたセリフにムツキは笑みを零し――それを証明するかの如く、爆炎と砂塵を裂きながら中隊は前進を続けている。微動だにせず、黙々と前進を続ける第八中隊の姿に、アルは白目を剥きかけた。
「な、何でアレで斃れないのよーッ!?」
「なんて防御力……!」
「これは、かなり手強いね」
「……成程、一方的に撃たれるなら撃たれるで、耐えてやるって事かな」
先生は第八中隊の前進を眺めながら、タブレットを数度叩く。
アコがこの状況を予想していたとは思わない、恐らくアレは最後の最後――アビドスが崩れ、自身の身柄を拘束する時に投入する為に用意した部隊だ。
見れば彼女達の兵装は殆ど防御に振られており、サポートによって表示される第八中隊の兵装は『
更に云えば、シッテムの箱による分析、その結果から分かる彼女達の身に纏う対爆スーツ――あれは最早、対爆スーツとは名ばかりの要塞服だった。
対爆防弾スーツの上にスペクトラを被せて、内部には
先生は試しにイオリの二の腕を摘まんでみた。柔らかかった。反撃とばかりに後頭部が先生の顎を打った、地味に痛かった。
宛らあの装甲集団は損耗した敵に差し向ける最期の一手、という所か。しかし、ゲヘナがこんな兵装を持つ部隊を保有していたという事を、先生は今の今まで知らなかった。彼女の用心深さが功を為したというべきか、或いは――彼女に入れ知恵した【誰か】がいるのか。
「先生、そろそろ弾薬が……!」
不意に、直ぐ後ろでノノミが顔を顰めながら告げた。見れば彼女の足元に転がっている空薬莢はかなりの数で、視界に表示される残弾数も心許なくなっている。元々消費の激しい銃ではあるが、このペースで行けば他の皆の弾薬も尽きるだろう。
数に差があり過ぎた――更に、あの盾持ちも相手取るとなると。
「……だろうね、盾持ちは元々最後の一押しで用意した部隊だと思う、こっちの攻め手が無くなるまで勝負って云いたいんだろう」
「数はこっちが圧倒的に不利、持久戦に持ち込まれたら勝ち目がないよ、先生」
「分かっている」
カヨコの言葉に、先生は頷く。第八中隊の進軍速度は決して早くはない、普通の人間が徒歩で進むような速度でゆっくりと前進している。彼女達がこの場所まで辿り着いた時、それは敗北を意味していた。そうでなくとも第八中隊に目を集めさせ、他の部隊で懐に潜り込むという戦術もあり得る。索敵を怠る事は出来ない。
更に言えば――バッテリーが残り少ない。
先生はタブレットに目線を落としながらも、内心で悪態を吐く。元々、柴関へと向かった時に予備のバッテリーは持ち込んでいたのだ。しかし残念ながら迫撃砲の余波で破損し、残量のみで戦う事を強いられている。このまま索敵とサポートを続ければ電源が切れるまで十分――良くて二十分という所か。
それまでにどうにか、状況を打開する必要があった。
「それにしてもこの数……これはアコの権限で動かせる兵力を超えている、この襲撃、或いはアコの独断じゃないのかもしれない」
「風紀委員長が噛んでいるって事?」
カヨコが展開する第八中隊を眺めながら呟けば、ムツキが目を瞬かせながら問いかける。その言葉にぎょっとしたのはアルだ、彼女は風紀委員長に対し人一倍恐怖心を抱いていた。
「エッ!? ヒナが来るの!? ちょ、無理無理無理!? 先生を担いで逃げるわよ、早くッ!」
「いや、まだそうと決まった訳じゃないし、落ち着いてよ、社長……」
アルが慌ててそう叫べば、単なる想像だとカヨコが遮る。アコが持つ行政官という肩書は相応に重い、しかしだからと云って全風紀委員を動員できるかと云えば、そうではない。トリニティに負けず劣らずの学園規模を持つゲヘナ、その風紀委員会となれば所属する生徒もかなりの数に昇る。それこそ小、中規模の学校の全校生徒に匹敵してもおかしくはない。
しかし、だからと云って大隊規模以上、六百名を超える風紀委員を動かせるかと云えば疑問が残る。これがゲヘナ自治区であれば、まだ理由付けして可能ではあるだろう、しかし他所の自治区に遠征してまで動かせるかと問われると――難しい。
そうなると自然、風紀委員長の関与を疑う事になるが。
しかし、そんな思考に耽る余裕はなかった。カヨコが視線を前に向ければ、既に半分の道のりを走破した第八中隊が迫っている。前線に出ていた風紀委員も次々と第八中隊の裏に隠れる形で撤退し、現在では彼女達が攻撃を一手に引き受けていた。
アルによる跳弾爆破やドローンによる死角からの攻撃も、持ち前の防御力でビクともしない。集中砲火して装甲を剥ぎ、漸く一人倒れたと思えば、後方から交代の人員が補充される始末。シロコの誘導弾頭も無限ではない、撃ち尽くし取れる手が無くなれば、本当に勝ち目が無くなる。
敗北の足音が、直ぐ傍まで迫っていた。
「先生……!」
「さて――どう打開したものかな」
「くぅ……誰でも良いから早く私を解放してくれ……ッ!」
先生がイオリの髪に顔を埋めながら呟けば、半泣き状態のイオリは涙声で叫んだ。
『ふふっ、そろそろ切れる手もなくなってきたのでは? これ以上は流石に、先生とて打開は不可能でしょう――さぁ、では
アコが笑みを貼り付け、その腕を振り下ろそうとした瞬間――不意に、通信音が鳴り響いた。音はアコの持っていたタブレットから。
アコが驚きに目を見開くと同時、タブレットからホログラムが自動的に投影される。
『――アコ』
「!?」
それは白い髪に捻じれた角、矮躯に見合わぬ大きな機関銃を担いだ少女だった。どこか鋭い目つきをした彼女は欠片も表情を動かすことなく、淡々とした口調でアコの名を呼ぶ。
『えっ……ひ、ヒナ委員長!?』
アコが叫び、思わず身を正した。
その様子をアビドスの面々は、興味深そうに見つめる。
「委員長……?」
「委員長って――風紀委員会のトップ!?」
セリカが驚愕の声を上げ、身を乗り出す。纏っている制服は確かに、ゲヘナの風紀委員のものに酷似していて、羽織ったロングコートの袖には『風紀』の文字が躍っているのが見えた。
あれが――ゲヘナ風紀委員会の委員長。
アビドスの顔つきが、一層険しさを帯びる。
『い、委員長がどうしてこんな時間に――』
『アコ、今どこ?』
『エッ、私ですか? 私は、えぇっと、その……げ、ゲヘナ郊外の市内を、風紀委員メンバーとパトロール中でして――!』
目線を左右に泳がせながら、そんな事を口にするアコ。セリカはそんなアコを見て思わず足を踏み鳴らし怒鳴る。
「はぁッ!? 思い切り嘘じゃん!?」
「やっぱり、行政官の独断行動だったみたいですね……」
「私の思い過ごしだったか」
ノノミの言葉に、カヨコはどこか安堵したように呟く。
『それより委員長、なぜこの時間に……出張中だったのでは? 帰還予定にはまだ早かったかと記憶しているのですが――』
『思ったより早く片付いたから、さっき帰って来た所』
『そ、そうでしたか……! そのぅ、私、今すぐ迅速に処理しなくてはならない案件がありまして、後ほどまたご連絡いたします! 今は、ちょっと、立て込んでいて……ッ!』
アコがそう早口で捲し立てると、ホログラムのヒナが分かり易く眉を顰めるのが分かった。
『立て込んでいる――? パトロールなのに珍しい、何かあったの?』
『エッ!? あー、そ、そのぅ、それは……』
指先で円を描きながら、アコは思考する。パトロールで何か大事があった場合、更にそれで行政官であるアコが陣頭指揮を執る事など稀である。それこそ美食研究会が他所の学園に乗り込んで校舎を爆破したとか、温泉開発部が連邦生徒会の建物の直ぐ脇で採掘作業を始めただとか、そういうレベルで漸くといった所。
勿論、そんな報告は上がっていないし、アコはアビドス襲撃の件を委員長であるヒナに話していない。つまり、何かそれらしい事を云って煙に巻く必要があったのだが――パトロールでかつ自身の手を焼く様な大事、ぱっと思いつく限り最近の報告でそんな代物はなかった。
こうなったら美食研究会がどこぞかを爆破して逃亡したという事にでもしてやろうか、そう考え口を開こうとして。
「他の学園の自治区で、風紀委員を独断で運用しなければならない様な事が?」
『――えっ』
――その声は、チナツの直ぐ傍から聞こえた。
ホログラムではない、肉声。その声を認識した瞬間、チナツは驚愕の表情を浮かべ、慌てて振り向いた。
「……っ!?」
「ッ――!」
「はッ、あれっ!?」
「!?」
気が付けば、風紀委員の中に紛れるようにして彼女は立っていた。
肩に羽織った風紀委員のロングコートを靡かせ、その身長に迫る
「い、い、委員長ぉ!? い、一体いつから!?」
イオリが先生の腕の中で、悲鳴とも取れる声色で叫ぶ。
彼女は顔面蒼白で震えるイオリと――彼女を抱きしめる先生を一瞥する。先生の視線と、風紀委員長――ヒナの視線が深く交わった。
「……ヒナ」
「――先生」
呟きは、互いの耳に入らない。
邂逅は一瞬だった。互いの立ち位置は遠く、顔だって辛うじて判別できる程度の距離だったというのに。まるで、至近距離で視線を交わしている様な心地だった。ヒナは先生の瞳の中に強い悲哀と、後悔――けれどそれに勝る、強い希望を。
先生はヒナの瞳の中に焦燥と苛立ち――そして強い覚悟を見た。
互いに視線を交差させたのは一瞬、けれどそれで十分だった。ヒナは先生から視線を切り、氷の様に冷たく、刺々しい口調で告げる。
「――アコ、この状況、説明して……一から十まで、全部」
貫通と爆発PTに神秘タンクを持ち込むアコ、ほんとひで。
次回、やっとホシノおじさんが来てくれるぞ! ちょっと目を離した隙に先生がボロボロの襤褸。うぅ、ホシノ、先生がトマトジュース吐くとこみてて……。
ヒナと「目と目が合う~」していた間も先生はイオリを嗅いでいたし、だいしゅきホールドを継続中である。先生は生徒を肉壁にする人間の屑、でも生徒の為に体を張る人間の鏡。まぁでも仕方ないよね、もう足が云う事聞かなくてイオリに寄り掛らないと斃れちゃうもんね。イオリ抱えて反復横跳びしていたからだと思うんですけれど(名推理)、君みたいな勘の良い生徒は大好きだよ♡ 何だテメェ、黒服キレた……!
やっとヒナちゃんが出て来たね、もう待ちわびて指折り数えていたよヒナちゃん、責任感が強くてワーカーホリックで依存心が強くてよわよわメンタルなヒナちゃん、可愛いね♡ はー、エデン条約終わったら「ねぇヒナ、見てこれ、あの時ヒナが庇い損ねて貰っちゃった銃創、結構くっきり残っているでしょ? ねぇねぇ見てよこれ」ってやりてぇ~! 多分ヒナちゃんは蒼褪めながら自分の服を皺になる位掴んで、俯いて、「ご、ごめんなさい、先生、ご、ごめん、ごめんなさい」って涙声で云ってくれるんだろうなぁ、するわけないだろうが! 私の先生がッ!? 全く人の心を持たない先生はこれだから。罰としてヒナちゃんの前でダルマ確定ね! やだ。だめ、きまり。はいしか云っちゃダメ。痛いもん。罰だから。
ちょっとこの状況でアコちゃんが記憶持っていたらどう動くか考えてみたんですよ。まず、先生を捕獲するところまでは同じだと思うんですよ。ただ、「チナツの報告書を見て、シャーレに気付いた」という点が異なって、最初から先生とシャーレの事を認知している訳だから、当然情報周りは本編アコよりも用意周到です。
それでもって、先生捕獲プランが本気中の本気、ガチです。
此処で先生をゲヘナに誘致(という名の拉致)をすれば、そもそもエデン条約で先生が負傷する事はないし、解決自体は風紀委員会を総動員出来れば可能だと思考。何ならパンデモニウムソサエティの動きも最初から抑えている訳で、アリウスが動く前に潰すくらいはやると思います。或いは先の事を考え、逆にアリウスと手を組んでマコトを処分、その後アリウスも裏切るとかやりそうなのがアコである。
キヴォトス動乱に於いても多少立ち回り易くなりますし、更に言えば彼女は先生の為にゲヘナを『使い潰す』事も視野に入れると思いますね。キヴォトス動乱が発生した瞬間に、シャーレの先生はゲヘナの管理下にあると、あたかも漏洩したかのような形で情報を流し、キヴォトス対シャーレから、キヴォトス対ゲヘナにすり替える訳です。後は自分達だけ逃げ出し、自分は先生と、可能ならヒナも連れてめくるめく夢の世界へ――何て計画ですね。
アコのヒナに対する執着とか好意とか、つぶさに観察しているところを見ると『好意を持った対象には一挙手一投足注視する』純愛っぷりですし、そんな相手の為なら自分の学園ひとつ使い潰す事くらいは考えそう、考えて♡ 潰せ~潰せ~♡ じゃないと先生が潰れるんで。
とかまぁ色々未来の事を考えて、アコは例の如くヒナ委員長には内緒でアビドスへ進軍、名目上は「便利屋の捕獲」という事で、以前の記憶を頼りに――恐らく、便利屋とアビドスが戦闘をしているから、その隙を突いて一気に、という感じで考えると思います。
そこでイオリが先生に迫撃砲をプレゼントする訳ですね!
チナツの悲鳴交じりの報告を聞いたら、多分優雅に珈琲を飲んでいたアコが、「――は?」って今までにない位、冷たい声を出すんだ。何で先生に迫撃砲を叩き込む事になるんだとか、便利屋とアビドスが戦っているんじゃないかとか、色々云いたい事はあるけれど、兎に角現状の報告が次々と入って来て、それを脇に退かしながら、「先生は無事なんですか!? 他良いから、それだけは確実に確認しなさいッ!」って叫んで欲しい。
多分デスクの上にあった書類とか珈琲のカップとかを腕で薙ぎ払いながら、ブチ切れそうになる本能を辛うじて抑えるんだ。血走った目で端末に怒鳴る姿、先生の安否が気になって荒れる生徒の姿は可愛いね♡
迫撃砲を喰らって柴関が倒壊するじゃん? 便利屋の皆が例の如く先生の状態に気付くじゃん? 吃驚しててんやわんやするじゃん? 風紀委員会が恐る恐る中に入るじゃん?
そこに両足を瓦礫に圧し潰された先生を助けようと必死になっている便利屋がいるんだ。
まず最初にチナツが蒼褪めて、多分遅れてやって来たイオリも、自分のやった事に血の気が失せると思う。先生の救出に関しては共同作業するけれど、例の如く便利屋とはやり合う羽目になる。先生をガチのマジで殺しかけた風紀委員に便利屋渾身のマジ切れ。捕まる寸前で泣く泣く先生の身柄を諦め、「いつか絶対に殺してやる」という捨て台詞と共に遁走。
血塗れの、両足の無くなった先生を担いで帰還する風紀委員会は多分葬式みたいな雰囲気だと思う。アコはアコで、イオリが迫撃砲を撃ち込んだ店舗内に先生が居て、爆発に巻き込まれ負傷、両足欠損の重症と聞き呆然。その足でゲヘナの救急医学部に駆け込み、出動を要請。そのままセナの運転する装甲救急車に乗り込み、先生の回収に向かう。
到着した現地で、真っ白な衣服が血に浸って赤黒く変色し、膝から下が千切れた先生の足を見て、アコは言葉を失う。こんな事になるなんて思わなくて、とか。何で、前はこんな風にはならなかった筈なのに、とか。色々な言い訳と自分への嫌悪、後悔と悲しみと、これから先生に向けられるであろう感情を考え、凄まじい形相になると思う。そこに実行犯のイオリが、「あ、アコちゃん、その……」って蒼褪めた顔で声を掛けてきて。
うぅ、アコがイオリを罵倒するところ見てて……先生が被弾管理を怠るからこんな事になるんだぞ! 「もしかしたら此処に迫撃砲が落ちて来るかもしれない」、そう考えながらラーメンを啜っていたら助かっていたかもしれないのに。かも知れない生活! かも知れない生活を心掛けるんだ先生ッ!
この後目が覚めても先生はアコを責めないぞ、ただ無くなった足を寂しそうに撫でつけながら、「命は助かったんだから、儲けものだよ」って微笑むよ。その微笑みが逆にアコとイオリの精神力をガリガリ削っていくぞ! 罵倒されたり、責められた方が寧ろ楽なのに、アコやイオリが先生の無くなった足を見て申し訳なさそうにする度に、先生の方が悲しそうな顔をして、その顔を見て更に二人の精神が削れて――というサイクルに入る、ほんまあざとい大人やで! 流石先生、素敵だよ。
イオリは何だかんだ言って責任感が強いから、多分積極的に先生の介護を行うと思う。車いす生活になった先生に、「今日は何処に行くんだ?」、「大丈夫、パトロールの一環だから」と云いながら付き添って、記憶持ちでもないのに自分から先生漬けになる先生想いな良い生徒だゾ! アコも業務の合間を縫っては先生の様子を見に来るし、激務でも一日一回は先生に会いに来てくれる。「お加減は如何ですか」とか、「不便はありませんか」と何かと便宜を図るアコに、先生は時折彼女を抱きしめて、「アコこそ、無理しないでね」って頭を撫でてくれるんだ。
両足を喪う原因を作った自分に、まだその優しさを向けてくれる先生。どうしてそんなにも想ってくれるんだとか、そんなんだから先生はとか、色々云いたい事がある筈なのに言葉は全然出てくれなくて、先生の胸に顔を埋めながら無言でアコは先生に抱き着くんだ。
アコは精神的に強くて、嫌われても全てをやり抜く覚悟、そして冷徹さを持っている。けれど優しさと云うのは、抗い難いんだ。優しくしてくれる人を振りほどく事は、嫌いな人と抱擁を交わす、その何千倍も難しいんだ。
だから本当は駄目なのに、こんな資格ないのに、私のせいで先生はこうなってしまったのにと、そう思いながらもアコは先生から離れられなくて。そんな自分を嫌悪しながら、先生への恋慕と信頼を募らせていくんだ。
まぁエデン条約でサオリに射殺されるけれどね。
車いすの先生とか、どうぞ殺してくださいと云っている様なものだよね。そもそもこの世界線だとクロコいるから、クロコの存在を察知できなかった時点で終わりゾ。クロコは先生を確保して、自分の保護下に置く気満々だけれど、情報がベアおばに漏れた時点で先生抹殺部隊が向かうので駄目です。アリウススクワッドに関して最初から知っていたとしても、エデン条約までずっと先生を警護して、更に鼠一匹通さないってのは無理がある。何十年と潜伏して機会を伺っていたアリウス一派は忍耐強い、必ず警護の隙を突いて先生を殺害する。このサオリは先生と一緒にカツを食べたサオリちゃんなので、「――せめて、苦しまない様に殺してやる、先生」って囁いて、頭部と心臓に一発ずつ撃ち込んでくれるよ、優しいね♡
先生は多分、銃口を向けられた時、少しだけ悔しそうな顔をした後、今にも泣き出しそうな、けれど必死に取り繕った笑みを浮べて、「ごめんね」って云うよ。
本当はサオリ達を救いたかったもんね、先生。
翌日、何も知らないアコが、「先生、起きていらっしゃいますか?」って先生の私室をノックして、返事が返ってこないから、まだ寝ているのかなと思って、そっと扉を開けて、射殺された先生の遺体を見つけるぞ。
そして今度こそ、足が捥げた程度では味わえない、本当に大切なモノが手の中から零れ落ち、二度と手の届かない所までいってしまった喪失感を味わうんだ。今度こそは、もう二度と、そう誓った筈なのにまた先生を喪う心地はどんな感じなのかな? 多分言葉も無く、いつも使っているタブレットを足元に落として、ふらふらと覚束ない足取りで先生の傍に近寄るんだろうなぁ。
脳裏に過るのはキヴォトス動乱で死んだ先生の姿か。恐らくその時も、今も、同じ薄らとした笑みを浮べて死んでいるのでしょう。それがどうしようもなくアコの記憶を刺激して、先生が死んでいくあの体温が、匂いが、感触が蘇って、絶叫しながら先生に縋りつき、夢ならば覚めろとばかりに自身の髪を掻き毟り、先生の名前を呼び続けるんだ。可愛いね♡
もう二度と、次こそは、そう誓い邁進し努力する生徒の前で斃れる。その時に流す涙にこそ、光あれ!
――旧約純愛記 第一章 三節