ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告がなければ、私の寿命は三日で尽きるでしょう。


ゲヘナ風紀委員長

 

「ゲヘナ風紀委員長――空崎ヒナ……! 外見情報も一致します、間違いなく本人です!」

「――ちょっと、これは……まずいね」

 

 アヤネの報告と、カヨコの呟きが耳に届いた。ゲヘナ風紀委員長、それは自由奔放かつキヴォトス内に於いて圧倒的な犯罪率を叩き出すゲヘナ自治区を取り締まる、名実ともに風紀委員会のトップに君臨する生徒。その貫禄と雰囲気が、目前に立つヒナという存在からは感じられた。

 その実力を良く理解しているカヨコは、厳しい表情のまま呟く。

 

「ゲヘナに於いてトップの戦闘力、この状況で向こうに味方されたら、勝ち目が完全になくなる」

「……でも、何だか向こうの雰囲気悪くな~い?」

「そうですね、少し静観しましょう、もしかしたら――」

 

 ムツキとノノミの言葉通り、ゲヘナ風紀委員会の様子は非常に気まずい――険悪と云っても良い。それは偏に、ヒナ委員長が放つ威圧感から来るものだ。彼女の周りにはぽっかりと穴が空き、件の第八中隊もヒナの左右に綺麗に整列し、背筋を伸ばしている。尤も、その背中には大量の冷汗が流れていたが。

 

『い、委員長、その、これは……えっと、素行の悪い生徒達を捕まえようと……!』

「便利屋68の事? それにしては少々大勢いる様に見えるけれど、シャーレにアビドス――何故、彼女達と戦闘状態になっているの? そもそも、私はこの作戦行動を認知していない、自治区を越えた作戦行動には事前に私の認可が必要な筈」

『え、えっと……委員長、全て説明いたしますので、どうか――』

「――………いや、もう良い、大体把握した」

『えっ』

 

 ヒナは整列するフル装備の第八中隊、そして対峙する便利屋、アビドスを一瞥し、大まかな状況をその優秀な頭脳で理解する。無論説明は貰う、しかしそれはこの場ではない。

 

「察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除、そういう政治的な活動の一環ってところね」

『………』

「でもアコ、私達は風紀委員会であって生徒会じゃない――シャーレ、ティーパーティー、それに失踪した連邦生徒会長……そういうのは【万魔殿】(パンデモニウム・ソサエティ)のタヌキ達にでも任せておけば良い、この行動は私達、風紀委員会の領分を越えている」

『ひ、ヒナ委員長……』

 

 アコは淡々とした口調で告げる委員長に何か弁明を口にしようとして、しかしホログラム越しに向けられる、確かな怒りを孕んだ視線に口を噤み、項垂れた。

 

「……詳しい話は帰ってから、この場で弁明は聞かない、通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」

『――はい、了解しました』

 

 アコ行政官の沈痛な面持ちを一瞥し、一方的な謹慎を申し付けヒナは通信を切る。アコも彼女の雰囲気から、今理由を捲し立てるのは悪手と感じたのか、それ以上何かを口にする事無く、素直に命令を受諾した。

 

「………」

 

 アビドス側は沈黙を守り、風紀委員会側も同上。

 便利屋側は戦々恐々とした様子で、アルに至っては地面に伏せて息を殺していた。そんなアルをムツキは楽しそうに突き、遊んでいたので丸わかりだったが。

 

「――じゃあ、改めてやろうか」

「は、ハァ!? いやいやいやッ!?」

 

 シロコが銃を構え直しながらそう云えば、息を殺して潜伏をしていたアルが思わず声を張り上げ、飛び起きた。その様子を見てムツキは爆笑し、カヨコは頭が痛そうに溜息を吐く。

 この状況で再戦? 正気の沙汰ではない、蹴散らされる未来しか見えない。弾薬もなければ数は依然劣勢、それでいて一人で風紀委員会全員とタメを張れるヒナが参戦した状態で、戦う? その無謀を理解していたのか、アヤネがシロコに食って掛かる。

 

「シロコ先輩っ! ゲヘナ風紀委員長と云えば、キヴォトスでも最強格と名高い、強者中の強者ですよ!?」

「そ、そうよ! ヒナを相手にするなんて自殺行為――」

「やるならもっと万全な状態で、装備を整えてからでないと……此方の弾薬は、既に底をつきかけているのですから! せめて補給を行ってからにして下さい!」

「ん……そっか、ごめん、ちょっと逸った」

「―――」

 

 アルは無言で白目を剥いた。何を云っても無駄だと思ったのだ、このスーパーキヴォトス人達には。彼女達には常識とか、普通の思考だとか、そういうものが一切存在しないのだ。アルは強くそう思った。

 

「――こちらアビドス対策委員会所属、奥空アヤネです、風紀委員長のヒナさん、で宜しいでしょうか」

「えぇ、そう」

「……現状は把握されていますか?」

「事前通達なしでの他校自治区に於ける無断兵力運用、及び他校生徒との衝突、それに――」

 

 ヒナの視線が、そっと先生の体をなぞった。その視界に、血に濡れた制服が映り込む。

 

「シャーレ顧問先生の負傷、かなりの大問題だよ、イオリ」

「あ、ぅ……」

 

 吐き捨てられた言葉に、先生に抱えられたイオリが目に見えて意気消沈した。心なしかツインテールがしなびた様にすら見える。先生はそんなイオリに、「元気出してイオリ、素敵だよイオリ、そんな日もあるさイオリ、スゥーッ!」と元気づけた。

 イオリの後頭部がやや強かに先生の下顎を打った。

 

「……シャーレの先生がイオリを抱きかかえているのは、何か理由が?」

「えーっと、謝罪と賠償の請求中……だそうです」

「……どういう事?」

 

 アヤネの困惑した表情を隠さない説明に、ヒナは疑問符を浮かべ先生を見た。

 先生はイオリの髪に顔を埋めながら、至極真剣な表情で告げる。

 

「イオリのせいで怪我をしたので、賠償責任として匂いを嗅いでいます」

「ちょっと何を云っているのか分からない」

 

 ヒナの顔がちょっと見た事が無い様な色に染まった。

 

「……金銭や何かしらの条約締結などではなく、ただ匂いを嗅がせる事が賠償になると?」

「うん、私にとっては黄金にも勝る対価だ」

「――……そう」

 

 視線を横に逃がしたヒナが、何とも表現し難い顔のまま呟く。世界は広いのだから、理解出来ない趣味嗜好を持つ人だっているだろう。そう強引に考える事で、一先ずその処理を先送りにした。莫大な金銭を吹っ掛けられるよりは、匂いを嗅がれる程度は、まぁ、そう、許容範囲ではないだろうか。ヒナはそう自分に言い聞かせる。

 

「当人同士で決まった事なら、私から特に云う事はない、ただ、この場では控えて欲しい」

「ん、そうだね、なら取り敢えず、イオリ吸いは止めよう」

「……吸い?」

 

 一瞬先生の言葉に疑問符を浮かべるも、先生がイオリから一歩離れた事を確認し、まぁ良いと意識を切り替えた。

 

「……兎も角、此方に不手際があった事は認める――けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実、違う?」

 

 ヒナがそう口にすると、にわかにアビドスが殺気立つ。その隣の便利屋も同様に――とはならず、劣勢の状況で尚一歩も引かぬアビドスに内心で戦々恐々としていた。

 

「へぇ――……この期に及んで、良い度胸しているじゃない」

「私達の意見は変わりませんよ、主義主張を、一寸たりとも曲げる気はありません」

「……やっぱりやる?」

「――何でアビドスの連中、あんなに好戦的なんだ」

「やっぱり先生を怪我させちゃったからじゃない?」

「す、すみませんすみません、わ、私が……」

「いや、ハルカは悪くないでしょう、どう考えたって撃ち込んだ向こうが悪い」

 

 カヨコはハルカを上手く宥めながら、一人目を細める。アビドスが戦うとなると、自然便利屋も巻き込まれる事になるだろう。万が一の事を考え、内心で冷汗を掻きながらもカヨコは愛銃の安全装置を静かに外した。

 もし、本当に戦闘に転がり込むとして――目の前の、このヒナだけは確実に戦闘不能に持っていかなければならない。そうしなければ元々小さな勝ち目すら、確実になくなるのだから。

 

 アビドスと便利屋、風紀委員会の間に険悪な空気が流れる。誰かが引き金を引けば、連鎖して即座に開戦が起きそうな緊張感。そんな中、タブレットを握り締めながらアヤネが呟く。

 

「……実際問題、勝てるかどうかは未知数です、せめて、ホシノ先輩が居てくれたら――」

「――ホシノ」

 

 呟きは、ヒナの耳に届いた。ぴくりと、彼女の眉が跳ねる。

 その名前は彼女にとって――ある意味特別な意味を持つ名前だったから。

 

「――小鳥遊ホシノ、か」

「はいはい、お呼びかな~?」

 

 声が響いた。

 それは今、アビドスの皆が求めていた人物の声だった。

 思わずヒナが目を見開き、声の方向へと顔を向ければ、アビドスの後方から呑気に歩いて来るピンク髪の少女の姿が見えた。愛銃を肩に掛け、ケース型の盾をぶら下げながら歩く彼女はひらひらと手を振って見せる。ホシノは周囲の弾痕が刻まれた公道や建物を眺めながら、辟易とした様子で告げる。

 

「うへ~、こいつはまた何があったんだか、凄い事になっているじゃ~ん」 

「ほ、ホシノ先輩ッ!?」

「先輩!」

 

 振り向いたアビドスの皆が顔を輝かせ、ゆったりとした足取りで進むホシノを見る。

 ホシノは頬を掻きながら、「やっほ」と、へらっとした笑みを零しながら皆を見渡し――。

 

「ごめんごめん、ちょっと昼寝していてねぇ、少し遅れちゃ――」

 

 その目が、先生を捉えた。

 

「―――」

 

 先程まで締まりのない笑みを浮べていたホシノが、動きを止める。

 先生の、血と砂利に塗れた制服、べっとりと赤の張り付いた肩口、擦り傷や切り傷の見える頬、口元にこびり付いた乾いた血の跡、酷い顔色に、薄らと見える目の下の隈。

 何があったのか、一目瞭然だった。詳細は分からずとも、先生が【どういう目に遭ったのか】だけは、分かった。

 その眠たげな瞳が、徐々に見開かれる。

 

「――先生?」

「……やぁ、ホシノ、おかえり」

 

 先生はホシノを見て、一瞬だけ逡巡した様な、或いは気まずそうな顔を浮べて、それから先程までのホシノと同じように――へらりと緩く笑って、そう云った。

 恐らく道化を演じようとしたのだろう。しかし今のホシノから見れば、その力ない笑みは寧ろ痛ましく見えて仕方なかった。

 ホシノは一歩、踏み出しながら問う。

 

「それ――どうしたの」

「あー……えっと」

 

 どこか温度を感じさせないホシノの口調に、先生の視線が泳ぐ。何と云えば角が立たないか、そんな悪あがきを最後まで考え。けれど、どう云った所で取り繕える気がしなくて。結局困ったように口から出たのは。

 

「……転んで怪我したって云ったら、信じる?」

 

 そんな、子供だましとも云えない様な言葉だった。

 

「どうしたもこうしたも、道中見てないの先輩!? 色々大変だったのにッ! このゲヘナ風紀委員会の連中が柴関を迫撃砲で吹き飛ばして、店内にいた先生も死にかけたのッ! 先生の服見れば分かるでしょう!?」

「私達が到着した時、意識を失っていた」

「最悪、本当に死んでいたかもしれません……」

 

 先生の言葉に納得がいかないのか、アビドスの面々は次々と口火を切り風紀委員会の所業を非難する。その言葉で凡その状況を掴んだのか、ホシノの視線が展開する風紀委員会――そしてヒナをなぞった。

 

「ゲヘナの風紀委員会、ね……」

 

 呟き、アビドスの隣で待機する便利屋を一瞥するホシノ。

 

「うっ――」

 

 その視線が自身を貫いた時、アルは妙な圧迫感を覚えた。圧力、と言い換えても良い。何か目に見えない力が自身の肩を圧し潰さんと働いている様な、そんな感覚であった。ホシノの視線が外れると、その圧迫感も霧散し、アルは早鐘を打つ心臓を抑える。

 ホシノは一歩一歩ヒナと距離を詰めながら、口を開く。

 

「彼女達――便利屋を追って此処まで来たの?」

「……答える義務はない」

「いやいや、先生あんなズタボロにして、こっちの自治区に無断で踏み入ってドンパチして、挙句の果てに馴染の御店を吹き飛ばされたらさぁ~、誰だって説明して欲しい気持ちになると思わない?」

「………」

「……まぁ、云いたくないなら良いよ、元々そんなに期待はしていないし、それならそれで、他にやりようがある、一先ずこれで対策委員会は勢揃いした事だし――」

 

 ホシノの足が止まる。ヒナと、ホシノの二人は、手を伸ばせば届く様な距離で対峙した。互いの視線が交差する。

 ――ホシノが愛銃の安全装置を外し、先程より数段底冷えのする声で告げた。

 

「改めて戦争をしようか、ゲヘナ(あなた)アビドス(私達)で」

「―――!」

 

 ヒナの前に立つホシノには、強い意志があった。

 例えどれ程の数が相手だろうと、どんな強敵が相手だろうと、その果てに――ヘイローが破壊されようと、絶対に退いてなどやらないという意思だ。ホシノの瞳を見た時、ヒナはそれを直感的に悟った。憎悪と戦意の混じった覚悟が、物理的な重圧となってヒナを圧し潰さんと迫る。背後に立っていたチナツが蒼褪め、一歩、退く程の圧力だった。

 先程まで能面のような表情を浮かべていたヒナが、その視線を鋭いものに変える。愛銃であるデストロイヤー(機関銃)を握る指先に、力が籠るのを自覚した。

 

「……一年生の時とは随分と変わった――そう思ったけれど、やはり人違いじゃなかった、根底はあの時のまま」

「……ん~? 私の事、知っているの?」

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒はある程度把握していたから」

 

 そう云ってヒナは、その瞳に――痛ましさとも、羨望とも云える光を宿し、言葉を続ける。

 

「特に小鳥遊ホシノ……あなたの事を忘れる筈がない、あの事件の後、アビドスを去ったと思っていたけれど――あなたは未だ、その場所で耐えている」

「………」

「そうか、そういう事か……だからシャーレが――」

「――悪いけれど、余り掘り下げないで欲しいな」

 

 彼女の言葉を遮り、ホシノは声を上げる。

 やや俯き気味だった顔を上げ、下から睨みつける様にヒナを見た彼女の瞳には。

 

「私の記憶は、私だけのものだよ」

「………」

 

 ――殺意すら籠っていた。

 

「……――元より、私は此処に戦いに来た訳じゃない」

 

 数秒、視線を交わしていた両名の拮抗は、不意にヒナが踵を返す事で途切れる。

 コートを靡かせ、背を向けた彼女は、風紀委員会の面々に向かって告げた。

 

「撤収準備、帰るよ」

「えッ!?」

 

 その一言に、周囲の風紀委員が驚愕と困惑の声を上げる。しかしヒナが彼女達を一瞥すると、途端にその声は鳴りを潜めた。周囲を眼力のみで黙らせた彼女は、そのまま先生に視線を移す。

 

「シャーレの先生、イオリの賠償はいつまで掛かる予定?」

「んー……いや、満足したから、今日は解放で良いよ」

「『今日は』、ね――まぁ、先生がそれで良いのなら、別に何も云わないけれど」

 

 小さく笑みを零し、掴んでいたイオリの肩を離す先生。すると小走りかつ、半泣きで委員会の元へと帰還したイオリは、軽くヒナに額を小突かれる。

 

「うぅ、委員長……」

「自分のやった事に対する責任はちゃんと自分でとる事、良い?」

「わ……分かった、いや、分かりました……」

「宜しい」

 

 一つ頷いたヒナはイオリの背を軽く叩き、チナツと合流させる。

 そして彼女と入れ替わる形で先生とアビドスの前に立つと、深く頭を下げた。

 

「事前通達なしでの無断兵力運用、他校の自治区で騒ぎを起こした事、そして――シャーレ担当顧問である先生に怪我を負わせた事……この事については私、空崎ヒナより、ゲヘナ風紀委員長としてアビドス対策委員会、並びに連邦捜査部シャーレに対して、公式に謝罪する」

 

 その文言に、アビドスは一瞬面食らう。

 

「今後、このような事が無いと約束する――どうか許して欲しい」

「――許すとも」

 

 先生はそんな、深く頭を下げる彼女に――それこそ怪我など最初からなかったかのように、朗らかに笑いかけた。

 

「生徒の失敗を許さない先生なんて、居ないよ」

「………」

 

 その答えを聞いたアビドスの皆は、一瞬顔を見合わせ――しかし、先生が決めた事ならばと、やや渋顔ながらも許容の姿勢を見せた。物事には決着が必要である、そしてそれを先生本人が望んだのならば。

 

「色々云いたい事はそりゃあ、山の様にあるけれど……! これだけ怪我をさせておいて、謝って終わりなのとか、もっと色々あるでしょとか……! でも、先生が許すって云うなら、私達はこれ以上何も云わない、でも次はないから! あと、柴関の修繕費とか、周囲の被害の埋め合わせはきちんとしてよッ!? 絶対だからね!」

「ん、正直許し難い感情はある、でも先生の想いを守ると誓ったから……先生が良いと云うのなら、私は何も云わない」

「色々と複雑な想いもありますけれど、幸い致命的な部分は回避出来ましたし、皆と先生が許すなら、私も許します」

「ッ――そう、ですね、線引きは大事です……ただ、今後のアビドスに対して賠償などが生じた場合、容赦はしません!」

「――ハァ……まぁ、おじさんが遅かったのが悪いね、これは」

 

 ホシノに関しては、長い間があった。血塗れの先生を一瞥し、それから頭を下げる目の前のヒナを見つめ――深い、深い息を吐き出す。

 それは鉛を飲み下すように、あらゆる感情を腹に押し戻すように。殺意の籠った真剣な眼差しから、いつも通りの眠たげなそれに切り替わったのを確認したヒナは小さく、「礼を云う」とだけ告げ、背筋を正した。

 

「あと、便利屋68」

「ひぃ!」

 

 アビドスの影に隠れ、息を潜めていた便利屋を横目に見た彼女は、腰の引けたアル達を威圧感のある瞳で射貫き告げる。

 

「ゲヘナ自治区に足を踏み入れる時は、覚悟すると良い」

「―――」

「あ、アルちゃんまた白目剥いちゃった、面白いから写真撮っておこう~っと!」

「そんなの、撮ってどうするのさ……」

「ん~、額縁に入れて飾るとか?」

「あ、それなら、私にも一枚頂けると……」

「ただの嫌がらせだよそれ、ハルカも、そんなの欲しがらないで」

 

 固まったアル社長から視線を切り、撤収準備を行う風紀委員会を横目に見るヒナ。そんな彼女はふと、先生に数歩近付くと、互いが聞こえる程度の声量で囁いた。

 

「――その体で、良く立っていられるね、先生」

「……やっぱり、分かっちゃうか」

 

 唐突に掛けられたその言葉に、先生は苦笑を漏らす。

 

「歩くのも辛いでしょう、座り込んでも良いのに」

「生徒の前では、格好つけておきたいんだ……先生だからね」

「なら、ちゃんと治してね、治療費はこちらで負担するから」

「気持ちだけ有難く、大丈夫だよ、治すアテはあるし、お金も掛からないから」

「……そう、アテがあるのなら、少し安心した」

 

 そう云うと目を伏せ、口元を緩ませるヒナ。彼女も今回の件は寝耳に水だったに違いない、上に立つ者特有の疲労感を見せるヒナに、先生はいつかその疲れを解しに行こうと誓った。

 

「――そうだ先生、アビドス校の問題についてだけれど、少し話しておきたい事がある」

「カイザーコーポレーションの話かな?」

 

 そう先生が口にすれば、ヒナは面食らったような表情を浮かべた。

 彼女にしては珍しい表情に、先生の口元がしてやったりとばかりに歪んだ。

 

「アビドスの棄てられた砂漠、あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでいる……そうでしょう?」

「……その情報、万魔殿も、ティーパーティーも掴んでいない情報の筈なのだけれど」

「連邦捜査部は伊達じゃない、って事」

「――頼もしいのか、そうじゃないのか」

 

 肩を竦めたヒナに、先生は、「これでも大人ですから」と拳を握って見せた。

 

「なら良い、私の心配は杞憂だった……私達はもう行く、またね先生」

「うん、また――あぁ、そうだ、最後に一つ」

「……?」

 

 風紀委員会と共に歩き出すヒナを呼び止め、大事な事を伝える。

 

「アコに、『次会ったらわんわんプレイを所望する』って伝えておいて」

「………………分かった」

 

 今度こそ彼女は、呆れたような表情を浮かべ、向こう側へと去って行った。

 


 

 

 次回、先生が血反吐撒き散らしながら、惨めに地面をのたうち回る姿を生徒に見て貰います。くっそ無様でございますね。素敵だよ♡ 

 本当は先生が血反吐撒き散らす姿も今日投稿しようと思ったのですが、どうやって血反吐撒き散らそうかな~とか、どうやったら生徒がより先生を愛してくれるかな~と考えていたら、予想以上に長くなってしまったので分割します。非力私許。

 もうみんなの前で盛大に血をぶちまけるか、もしくは限定した生徒の前でぶちまけるか非常に悩んだ。本当に悩んだ。悩み過ぎて何回か先生が死んだ。可哀そう。

 

 結局私は、生徒を絞って先生に血反吐を吐かせる事にした。皆の前で盛大にぶちまけて、その愛を一身に受けるのも悪くないのだが、限定された生徒の前でのみ血反吐を吐くと云う、この『特別感』を私は結局重視した。皆の前で気丈に振る舞い、大丈夫、大丈夫と云い募るのだけれど、ふとした瞬間に限界を超えて、惨めに地面に這い蹲る先生を見る生徒の顔を考えるだけで、「愛されているね、先生」って私は胸がぽかぽかして幸せなのであった。

 誰かを退ける力はあっても、その場で先生を救う事は出来ないんだよ、無力だね、でも今のあなたは最高に可愛いよ♡ 

 

 うーむ、先生が苦しめば苦しむ程、生徒の顔が可愛くなる。もういっその事、片肺くらいイッとくか? 生徒の可愛い顔を見られるのだから臓器の一つくらい安いものでしょう。どうせ外から見たら分からないし。いやでもなぁ~、こんな序盤から先生の残弾減らすのもなぁ、片肺をポケットないないしてもインパクトが欠けますよインパクトが。やっぱり最初は手足千切ってなんぼでしょう。汝欠損を描くならば手足から捥ぐべし、って古事記にも書いてあったし、いや書いてなかったかもしれない、書いてなかったと思うわ、やっぱ自由に捥いで良いわ。良かったね先生!

 

 今回は「人質肉壁作戦に出た先生だけれど、もし発砲する風紀委員が居て、運悪くクリーンヒットしちゃったら、どーなるの?」、という世界の話をしていこうと思います。

 イオリを吸いながら発砲指示をするじゃん? アビドスが発砲するじゃん? 「アウトローなら任せろ~」とばかりに釣られて便利屋も発砲するじゃん? 先生はイオリと一緒にダンスダンスするじゃん? でもやはり一方的に撃たれるストレスって云うのはあると思うんですよ、銃撃を受けても死なないっていうのはそうなんだけれど、痛い事は痛いし、怖い事は怖い。だからシロコの爆撃とか、ノノミのミニガン掃射に怯えた風紀委員の一人が、牽制の意味合いで一発だけ発砲するんですよ。遮蔽物から顔も出さず、腕だけ出して。

 銃声は他の面々のソレに掻き消されて、大して目立った訳でもない。ただ弾丸は何の因果か、先生の眼球を撃ち抜く形でヘッドショットを決める訳ですね。

 最初に気付くのは、勿論イオリです。自分を抱えて右へ左へステップを踏んでいた先生が、急に止まる訳ですから。同時に銃弾が傍を掠める音に肩を竦め、「だ、誰か撃ったのか!?」と思わず叫ぶ。そして自身の髪と肩に滴る、生暖かいものに気付く訳です。

 最初はまた先生がトマトジュースを吐き出したのかと思って、「――おい、先生!?」と怒鳴るのだけれど。

 少しして、身体が背後に引っ張られる訳です。そのまま後方に倒れ込み、イオリは思わず身を捩って、横合いに同じように倒れ伏した先生に、「何やって――」と文句を云おうとして。

 眼球が弾丸に潰されて、そのまま後頭部まで貫通した先生の死骸を直視する訳ですね。

 

 多分、血の気が引くとか、顔が蒼褪めるとか、そういうレベルではないと思います。あれだけ普段強気でツンケンしているイオリですが、人の死なんていうのは経験した事がないと思いますし。ましてや体が頑丈なキヴォトスの住人ですから、頭部を射貫かれて死んだ人間の死体を、今にも触れられる距離で直視する事なんて皆無の筈です。だから恐らく、抱くのは恐怖、ただ純粋なまでに『死』という概念に対する恐怖を見せると思います。

「うわぁあァアアッ!?」と、先生の掴んでいた手を跳ね退けて、絶叫して、イオリは呼吸荒く後退ると思います。その声に気付いたアビドスが先生が斃れた事に気付いて、眼球に空いた弾痕に顔を真っ白にし、セリカは銃を投げ捨てて、転びそうになりながら先生の元へと駆け出し、ノノミはアヤネに手当をと叫び、アヤネは顔を真っ青にして立ち尽くし、シロコはただ、信じられない様なものを見た表情で固まると思う。

 便利屋の皆も先生の異常に気付き、頭部を撃ち抜かれたそれに言葉を失う。ハルカが斃れた先生を見て、「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だッ!」と叫びながら駆け寄り、風紀委員の方でも、アコが『誰が発砲しろと云いましたかッ!? チナツ、手当をッ、急いでッ!』と絶叫。チナツが必死の形相で先生の傍へと駆け寄る姿が見られる筈です。

 勿論クリーンヒットな訳ですから、助かる筈がありません、殆ど即死です。ぴくりとも動かない先生を囲む生徒達は、一様に驚愕と悲嘆に呑まれ、言葉を失う訳ですね。誰がどう見ても助からないと分かる訳です。うぅ、生徒からの愛を感じる……。

 

 此処からはもう、殆ど地獄です。アコは先生を殺害してしまったという事実に錯乱し、命令を下す事も出来ない。チナツは多分、もう駄目だと分かっていても、涙と嗚咽を零しながら必死に手当てを続けると思う。アヤネは先生の傍に屈みこんで、先生の衣服を握り締めながら、「せんせ、起きて、起きて下さいよ……」と揺すり続ける。

 シロコとセリカ、ノノミは弔い合戦です。戦う事も、撤退する事も出来ない風紀委員を片っ端から殺す勢いで薙ぎ倒します。

 便利屋も、多分ハルカとムツキは全ギレで弔い合戦に参戦、アルは先生の死に呆然として、頭が真っ白になると思う。カヨコは突っ込んでいったハルカとムツキに苦い表情を浮かべながら、先生を一瞥して、鉛を飲み下したような色を見せた後、アルを引き摺って逃走準備に入る。カヨコは賢いから、勝っても負けても、この合戦の後には碌な結末が待っていないと理解すると思うんだ。

 

 で、そんな所にヒナがやって来るって訳。

 全く、主役は遅れて登場するっていうのは本当だなッ!

 

 何にも悪い事していないのに、アビドスや便利屋から一身に憎悪を受けるヒナ可哀そう……これで記憶持ちだったらもっと可哀そう。生徒が可愛そうな世界は私も望んでいないので、こんな世界はしまっちゃおうね~。

 因みにここから風紀委員会が戦う方針を固めて、アビドスや便利屋を打倒したとしても、残るのはシャーレ顧問の殺害と、アビドス校自治区の侵犯、並びに同生徒会代理に壊滅的被害を与えるゲヘナ風紀委員会という事になるので、巻き返しは無理ぞ。

 

 ついでにアビドスはホシノおじさん一人を残して全員居なくなるわけですね。

 

 遅れてやって来たら、先生の死体が転がっていて、後からアビドス全員のヘイロー破損を聞かされるおじさんの心情を考えると……な、涙が出ますよ。

 大切な人全員居なくなっちゃったね、唯一信頼出来る大人も、大切だった仲間達も、守りたかった大事なモノ全部、空っぽになってしまったホシノおじさん。

 そこまでして、漸くホシノは守りたかったのはアビドスという土地でも名前でもなく、いつも隣に居た、一緒に笑い合った皆だったのだと気付いて、先生の亡骸の横で呆然として欲しい。頑なに会長就任を拒んで、もうあんな想いはしたくないと自分に言い聞かせて、現実から目を逸らし続けて来た終着点がコレなら、果たしてホシノが歩んで来た今までの道のりは何だったのか。

 

 先生の死体を引き摺りながらアビドスに、一人ぼっちで帰還するホシノ。

 部室の扉の前で佇み、光を喪った瞳でドアノブを見つめる。この扉を開けば、いつも通り笑い掛けてくれる皆がいる気がする。この、抱えた先生だったものも、自分が見ていた夢か何かで、この扉を潜ればいつも通り笑って、「やぁ、ホシノ、お帰り」と云ってくれるかもしれない。

 そんな妄言とも、淡い希望とも云えるそれを抱いて、ホシノは扉を開く。

「お帰りなさい、先輩」と云ってくれるノノミはいない。「ちょっと、また遅刻じゃないの、委員長」と苦言を呈するセリカはいない。「あはは……まぁ、良いじゃないですか」と皆を窘めるアヤネはいない。「ん、委員長も食べる?」とマイペースにカロリーメイトを差し出してくるシロコはいない。

 勿論、彼女が引き摺る骸が口を開く事もない。

 そんな世界は、もうどこにもない。

 

 何もかもが足りなくて、毎日が大変で、未来は暗くて、それでも必死に日々を、青春を生きていた彼女達の残り香に、ホシノはどんな表情を浮かべるのだろうね。多分、血塗れの先生を力一杯抱きしめながら、喉の奥から、憎悪とも悲嘆とも絶望とも後悔とも取れる、絞り出した、低い、唸るような慟哭で以て崩れ落ちるのだろう。あの日、牙を捨てて取った筈の盾は、誰を守る事も出来ずに、ただ床の上に転がるばかりなんだ。

 うぅ……皆愛されていて良かったね、私も本当に嬉しいよ……! でもアビドスの皆が居なくなってしまったのは悲しいので駄目です、致命傷でゲヘナ救急医学部に担ぎ込まれたとかにしない? 生きていれば良い事あるよ! という訳でアビドスは蘇生させます。あ、先生は生き返っちゃダメです、そのまま血だまりに沈んで下さい。死人が生き返る筈ないだろう!? 常識的に考えて欲しいよね。

 まぁ、仮にアビドスが生きていたとしても生死不明で行方不明なのは変わらないので、ホシノはメンタルボロボロのボロ。先生の死骸抱えて部室に籠って、数日したらショットガンも盾も捨てて、嘗て使っていた愛銃()を片手にゲヘナにカチコミに行くと思う。

 ヒナとタメ張れる(と思われる)ホシノが生還度外視で死兵となって突っ込んでくるとか恐ろし過ぎますよ。ゲヘナは反省してね♡ 皆が争うので先生は死んでしまいました、先生のせいです、あーあ。

 

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