ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告はね、静かで、豊かで、何というか救われていなきゃダメなんだ。


だから今日を、生きて行く

 

「はぁ……」

「イオリ、大丈夫ですか?」

 

 風紀委員会の隊列、その最後尾付近でヒナの前を歩くイオリは、後方で全体を見渡す委員長の姿に怯えながら、呟く様な声量で云った。

 

「ショットガンで脇腹撃たれた上に、がっつりお腹に連射喰らって、部隊は吹き飛ばされるわ、先生にはセクハラされるわ……いや、アレは私が悪かったのだけれど――その上でアコちゃんに怒られるし、委員長には睨まれるし……今日はついていない」

「それは……まぁ、そうですね」

「……あのさ、その可哀そうな犬でも見る様な目、やめてくれないか?」

「……お互い様ですよ、イオリ」

「……そうか」

 

 チナツのどこか疲労感を滲ませる一言に、イオリは項垂れながら答えた。

 そんな言葉のやり取りを行う二人を尻目に、ふとヒナが足を止める。

 背後から鳴っていた委員長の足音が聞こえなくなった事に、前を歩いていたチナツとイオリが気付き、振り返った。

 

「……委員長?」

「――イオリ、チナツ、部隊の皆と先に行っていて」

「え、何で――」

 

 イオリが思わず疑問の声を上げるが、じろりと鋭い眼光を向けられると、言葉を呑み込みおずおずと頷いた。

 

「わ、分かりました」

「りょ、了解」

 

 委員会の面々は、ヒナを置いて先行する。その背中が公道の向こう側に消えていく事を確認しながら、ヒナは愛銃の安全装置に手を添えながら告げた。

 

「……そろそろ出て来たらどう?」

 

 声は虚空に響く。暫く、何の反応もなく、ただ佇んでいたヒナであったが――暫くして、ヒナの前に一つの影が落ちて来た。

 

「――流石、ゲヘナ風紀委員長という所でしょうか」

 

 まるで影の様に、音もなく着地をした少女はヒナと対峙する。そこには愛銃を肩に絡め、見下すようにして立つ仮面の生徒――ワカモの姿があった。

 仮面越しに見つめるワカモの視線と、ヒナのそれが交差する。

 ヒナとワカモのグリップを握る手に、力が籠った。

 

「……そんな殺気を振り撒かれながら云われても、正直困るのだけれど」

「別段――貴女に対しては抱いていませんよ、『それ程』は」

 

 そう云って肩を竦めるワカモは、どこか気怠そうに問いかける。

 

「本命は貴女ではないので、そこを退いて頂けませんか?」

「退いたら、ヘイローを破壊するのでしょう? 狙いは――イオリとアコ、かな」

「えぇ、その通りです、残念ですが先生を害した生徒と、それを目論んだ生徒……害悪は取り除かなければなりません」

「害悪? あなたのそれは、私怨でしょうに――」

「………」

 

 ヒナの言葉に、ワカモの纏う雰囲気がぞっとするものに変わった。

 しかし、それは一瞬の事、瞬きの間にワカモはその感情を内に秘め、淡々とした口調で答える。

 

「認めましょう、私は個人的な感情で貴女の部下を始末したくて仕方がない……正直なところを申しますと、貴女個人も屠りたい気持ちがあるのですよ、私は、――ですが」

 

 言葉を一度切ったワカモは視線をヒナの後ろへと向け、既に背中が見えなくなった風紀委員会の面々を見据える。

 

「今回は部下の暴走と聞いております、貴女はゲヘナにとって重石の役割も果たしていらっしゃる様ですし、見逃しましょう――私も徒に先生を悲しませる真似はしたくありませんので」

「見逃す、ね」

 

 ヒナは呟きながら、その視線を鋭く絞る。目の前の存在がそれだけの大口を叩くだけの実力を持っている事を、ヒナは薄々感じていた。そうでなくとも黒を基調とした制服に狐面を被る生徒など――有名過ぎて誰かと疑る必要すらない。

 厄災の狐、ワカモ。

 SRT特殊学園、FOX小隊が捕縛した事を除けば、ほぼすべての自治区で自儘に暴れ倒し、誰に捕らえられる事もなかった七囚人がひとり。情報部出身でなくとも、多少SNSを齧っていれば耳にした事はある。正面から戦って負けるとは思わない。しかし、簡単に倒せるとも思わない。

 自然、ヒナの纏う雰囲気は重く、鋭いものとなっていく。

 

「ここであの二人を殺害すれば、アビドスや便利屋は勿論……シャーレに疑いの目が向くと思うけれど」

「あぁ、その辺りは問題ありません」

「……?」

 

 ヒナが訝し気に彼女を見ると、ワカモは仮面の下で薄ら笑いを浮べながら答えた。

 

「総て、事故として処理される筈ですから」

「―――」

 

 誰も、馬鹿正直に殺害する気などない。

 物的証拠も、何一つ残す気もない。

 本来ならば、こうして敵対する組織のトップに姿を晒す行為すら危うい。しかし、それだけでは動けないという確信がワカモにはある。ワカモの持つ銃で、真正面から風紀委員のヘイローを破壊すれば、確かに問題だろう。使用された弾薬、傷口の大きさ、施条痕、それらで誰が何で(どの銃で)、どのように撃ち殺したかなど即座に露呈する。

 

 しかし――なにも銃殺だけが葬る方法ではない。

 

 幸いな事に、このアビドス自治区には老朽化し、崩れ落ちたとしてもおかしくない建物が幾つもある。或いは中途半端に開発された状態で砂嵐によって住民が退避し、そのまま手付かずになっている工事現場。或いは錆びた高架。或いは廃棄されたものの中途半端に燃料が残り、機関部も剥き出しになった車両――。

 ふとした瞬間、或いは何らかの運命のいたずらで、致命傷を負いかねない要因は幾つも転がっている。ワカモはそれを、少し後押しするだけで良い。すべては偶然だ。偶然、横合いの建物が崩れ、或いは橋が落ち、廃棄された車両が爆発し、頭上からクレーンが落ちて来る。此処は、そういう場所なのだ。

 

 万が一それが露見したとしても、ワカモという生徒は書類上百鬼夜行連合学院所属、シャーレという文字は学籍の何処にも存在しない。先生との愛の巣に当分帰れなくなるのは悲しいが、またキヴォトス内部をのらりくらりと転々とするだけの話。勿論、先生に知られてしまえば悲しませてしまうので、露見など絶対にさせないが。

 大丈夫だ、目の前の生徒が幾ら先生に訴えかけたとて、高が知れている。そして先生は片方の生徒の意見のみを聞き判断を下すような事はしない。(ワカモ)は愛されている、(ワカモ)は大切にされている、(ワカモ)は嫌われたりしない。

 先生の愛は――絶対だ。

 

「まぁ、その際一緒にヘイローを喪ってしまう方々には、少々酷な事でしょうが……私にとってはあの方以外すべて些事――どうという事ではありません」

「……先生に露見すれば、怒られるだけじゃ済まない」

「先生に対する脅威をそのままにしておくよりは百倍宜しいでしょう? ――勿論、そんなヘマは致しませんが」

 

 ワカモは何でもない事の様にそう云って、仮面の奥で嗤った。

 やると云ったらやる、ワカモはそういう生徒だった。少なくとも先生に関しての事柄は、欠片も手を抜くつもりはない。

 くつくつと喉を鳴らすワカモは、身長差からヒナを見下し、告げる。

 

「先生の愛、先生の安全、両方守るのが妻の役目ですもの、ねぇ?」

「……気狂いね」

「――ふはッ」

 

 ヒナの吐き捨てる様な言葉に、ワカモは不気味に鼻を鳴らした。

 

「どの口で仰るのでしょうか? 或いは、自覚がないのか」

「……何?」

「――貴女とて、先生に対して特別な感情を見せているではありませんか」

「っ―――」

 

 ワカモの喜色すら滲ませたその声は、ヒナの鼓膜を強かに打った。ぴくりと、彼女の肩が跳ねる。図星だった。

 

「あの方とは初対面の筈でしたよね? だというのにあの方を見る貴女の目には、初対面の人間が抱かない様な、拘泥たる想いが見え隠れしている……他の風紀委員には見られない感情が、貴女には見えていらっしゃるのですよ」

「………」

「それは一体、何故なのでしょうか?」

 

 ワカモの問いかけに、ヒナは暫くの間口を噤んだ。

 自身の胸内に渦巻く感情に、自分自身戸惑っているからだった。それが何なのか、己でも釈然としない。

 

「……正直、私にも分からない、シャーレの先生と会うのは初めて、けれど――妙に、胸がざわつく」

 

 自身の胸元を掴みながら、ヒナは言葉を零す。

 

「あの人を見ていると、悲しくて、辛くて、血が凍るような感覚がある、私が私じゃなくなるみたいに、だから妙に――放っておけない」

「ならば、猶更退いて下さいな、先生を害する存在は生かしておく理由がない、そうでしょう?」

「――それは出来ない」

 

 ワカモのそれに、ヒナは強い否定を返し――一歩踏み出した。

 

「私はゲヘナ学園風紀委員会の委員長、部下を守る義務と責任がある……今回の件に関する叱咤は、私の役目――あなたのソレは、私刑に過ぎない」

「ふぅむ」

 

 ヒナの啖呵にワカモは唸り、酷く痛ましいモノを見る様な目で彼女を見つめた。

 

「……難儀なモノですね、力があっても、器がそれに見合わないというのは――いえ、器はある、しかし得手、不得手が合わぬ、という所でしょうか」

 

 呟き、ワカモは愛銃を構えた。

 

「貴女は事実、人の上に立つ器の様です、ですがそれ自体を貴女は疎んでいる……場所さえ違えば、望むように生きられたものを」

「――随分と、知った風な口を」

「ただの感傷です、それに――邪魔をするのなら、誰であろうと消す、それだけの事ですから」

「…………」

 

 ワカモの銃口と、ヒナの銃口が互いに交差する。

 互いの腹は決まっている、双方譲るつもりも、退くつもりもない。そうなれば自然、帰結は一つ。

 

 ――アビドスの辺鄙な街角で、重々しい銃声が同時に鳴り響いた。

 

 ■

 

 白い部屋、白い廊下、無機質に並んだ淡い緑色の椅子を、白い蛍光灯が照らしている。そんなアビドスの寂れた病院の一角で、対策委員会と便利屋の皆は今か今かとひとりの生徒を待っていた。そんな彼女達の視界に、ピンク色の髪の少女が廊下から歩いて来るのが見える。

 

「っ、ホシノ先輩ッ!」

「先生は――」

 

 一斉に立ち上がった皆が少女――ホシノに声を掛け、当の本人は緩く手を振りながら答えた。

 

「うへ、取り敢えず、命に別状はなさそうだって、先生が用意していた薬品が効いたみたい、でも暫くは面会謝絶、大勢の生徒が押しかけて、話すだけでも体力が必要になるからね~」

「そう、ですか……」

 

 呟き、アヤネは深く椅子に座り込む。皆一様に先生の容態を知り、ほっと胸を撫で下ろした。

 風紀委員会との戦闘後、皆に車両の探索を頼んだ先生は時間を置かず倒れ、失神した。その後、先生の云う車両が全く見つからなかったアビドスと便利屋の面々は困惑し、ホシノからの一報を聞きつけ帰還。倒れた先生に大騒ぎしながら、即興の担架を作り上げ、アビドスで稼働している病院に慌てて搬送――という流れであった。

 先生が血を吐いて意識不明と聞いた時は、全員血の気が引いたものだ。しかし、どうやら先生自身この状態を見越していた様で、先生の近場には医療品の入った小型ケースが転がっており、そこから必要な薬品を投薬し終えると同時、意識を失ったとの事。

 つまり、先生は自分の状態を理解して尚、あのような暴挙に及んだという事になる。何が大丈夫だと、アビドスの皆は内心で吐き捨てた。起きたら説教である、絶対に逃がしなどしない。それだけは皆の共通認識だった。

 

 一先ず先生の無事を聞き、安堵の空気が流れている中、セリカが何かを決意したように立ち上がる。

 

「っ、やっぱり、私……!」

「――セリカ、それは駄目」

 

 立ち上がったセリカに目を向けたシロコが、淡々とした口調で告げた。

 セリカが思わず顔つきを鋭くし、声を荒げる。

 

「ッ、でも、シロコ先輩……っ!」

「先生が許した以上、ここから先は私怨になる、セリカは自分の鬱憤を晴らす為だけに、ゲヘナに喧嘩を売りに行くの?」

「……~っ」

 

 その言葉にセリカの表情が歪む。私怨――そう云われて、否定する事がセリカには出来なかった。損得や論理的な理由ではない、極めて感情的な理由でセリカは動こうとしていた。

 

「それにあの時、先生の状態を知らなかったとはいえ、許すと口にしたのは私達……それは、撤回しちゃいけないし、先生も望まない」

「………そう、ですね――先生が生徒達の私闘を望むとは、とても思えません」

 

 アヤネがセリカを見上げながら、ぐっと拳を握り呟く。

 そんな対策委員会の面々を見ていたカヨコは、椅子に座ったまま平坦な声色で告げた。

 

「巻き込んだ私達が云うのもお門違いかもしれないけれど、向こうが正式に謝罪して、賠償まですると云っているのなら、それを一方的に蹴って開戦した場合、非はアビドスにもあるって云われても仕方ない――損得で考えても、此処は堪えた方が良い」

「っ、分かって、いるわよ……!」

 

 理性的なカヨコの言葉に、セリカは音を立てて椅子に深く座り込む。理屈では分かっている、しかし胸にわだかまる、何ともしがたい苛立ちがこびり付いて仕方なかった。

 

「先生も、何であんなになるまで我慢をしていたのよ……」

「皆に心配されたくなかったんでしょ~? あの先生は――そういう人だよ」

 

 アルの呟きに、ムツキは肩を竦めながら答える。ギリギリまで容態を隠し、元気であるかのように振る舞う。あの先生のやりそうな事だと、ムツキは内心で吐き捨てた。何より一番腹が立つのが、そんな先生の状態に気付かず、どこか楽観視していた自分自身だった。

 

「……あ、あの、た、大将さんも、此方に入院する事になるのでしょうか?」

「――あっ、確かそうですね」

 

 どこか険悪な雰囲気になりつつある待合室に、ハルカはふと思い立った事を口にする。

 先生を病院に運び込む際、倉庫で息を潜めていた大将も合流し、共に診察を受けていたのだ。幸い大きな怪我はなかった様だが、爆発に巻き込まれたという事で念の為検査入院となるらしい。傍から見ると直撃を受けた便利屋がピンピンしていて、爆発範囲から離れていた大将が入院とは、何とも不思議な話ではある。

 無論、それはアロナの展開した防御壁の影響であるが、それを知るのは先生とアロナのみであった。

 

「……先生は面会出来ないそうですし、一度様子を見に行ってみましょうか?」

「そ、そうね、御店の事も謝らなくちゃならないし……うぅ」

「別に、アンタ達のせいじゃないでしょ?」

「いえ、でも、ほら……私達があの場に居なければ、御店だって壊れなかった訳だし……」

「なんかアルちゃん、段々とハルカちゃんみたいになってない~?」

「なッ、ち、違うわよ! ただちょっと色々あって、ネガティブになっちゃっているというか……っ!」

「あ、アル様とお揃いですか? こ、光栄ですッ!」

「病院では静かにね、二人共」

 

 席を立ち、移動を始める便利屋。その後にアビドスも続き、その最後尾でノノミとホシノが並ぶ。ふと、ノノミがホシノを見下ろしながら呟いた。

 

「……ホシノ先輩、大丈夫ですか」

「――うへ、何の事かなぁ?」

「何かあったって顔、していますよ」

 

 横合いから放たれるノノミの視線に、ホシノは一瞬言葉を詰まらせた。

 ノノミはいつも通り、柔らかな表情を浮かべている。しかし、その瞳だけは真剣にホシノを捉えていた。いつも通りに振る舞うホシノの中に、妙な硬さがある事に気付いたのだ。

 ホシノはノノミと視線を交差させた後、恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「――そんなに分かり易かったかな」

「いえ、いつも通り振る舞えていると思います、ただ――」

 

 一度言葉を切り、ノノミは前を見据えながら云う。

 

「目だけが冷たいんです、氷みたいに――酷く」

「………」

「先輩も、ゲヘナに仕返しとか――」

「大丈夫、そんな事、考えてもいないよ」

 

 ホシノはノノミの言葉を遮り、断じた。

 別段、風紀委員会に仕返しをしたいとか、そういう事を考えている訳ではない。それは本当だ。それをやっても先生は喜ばないし、誰も幸せにならない。アビドスの立場を悪くするだけの悪手だとホシノは良く理解している。

 だから、偏にホシノが悪感情を抱いているとすれば、それは――。

 

「――ただ、どこまでも小さい私の手に、嫌気が差していただけ……守るために盾を取ったのに、何も、何一つ守れちゃいない、先生の体も、心も……」

 

 ――そして、アビドスすら。

 

 呟き、両手を見下ろしながら強く握り締めるホシノの姿は、とても小さく見えた。只ですら矮小な彼女の体が、一回りも二回りも。けれど、その分だけ底冷えする空気を感じた。ホシノの内に巣食う、自身への苛立ちだとか、憎悪だとか、失望だとか、そういった感情が一心に己へと向かっているのだ。

 その在り方は奇しくも――いつか、セリカを救う前夜の『先生』に似ていた。

 

「……そう、ですか」

 

 そう答えて、ノノミは目を瞑る。

 自身の手の小ささに絶望し、力なき事を嘆く。

 それは――良く、理解出来る感情だったから。

 

 ■

 

「大将、お見舞いに来ました」

「大将、大丈夫?」

 

 大将の入院する病室へとやって来たアビドス、便利屋の面々。本当なら皆で押しかけては迷惑かとも思ったのだが、四人部屋で他に患者もなく、大将ひとりだけという話を聞き、早々に切り上げる事を条件に皆が病室へと踏み入った。

 

「おぉ、セリカちゃん、アヤネちゃん、アビドスの生徒さん皆で来たのか、それに……

 便利屋の生徒さんも」

「やっほ、大将、傷の具合はどう~?」

「大した事はねぇ、ちょっと擦りむいただけだ、実際検査入院だし、早けりゃ明日にも退院よ」

 

 入院ベッドに入り、上体を起こした大将は肩をぺちぺちと叩きながらそう告げる。見た目、確かにそこまで傷はなく、多少表面を擦ったり切ったりした程度であった。一先ず大将の無事に胸を撫で下ろした皆、そんな中アルが一歩踏み出し、気まずそうに大将へと声を掛ける。

 

「そ、そのぅ、大将、御店の事なのだけれど……」

「ん? あぁ、気にすんな、というか便利屋の生徒さんが謝る様な事じゃないだろう? 寧ろごめんなセリカちゃん、バイト先なくなっちまって」

「そういう問題じゃないわよ、大将……」

 

 セリカが呆れたようにそう云えば、大将はカラカラと笑って驚くべき事を口にした。

 

「――()ってもよ、そもそも、もう直ぐお店も畳む予定だったからなぁ、予定がちぃと早くなっただけだ」

「えっ、はぁ!?」

「お、御店を……?」

「ッ!」

「うそッ!?」

 

 それはアビドスにとっても、便利屋にとっても寝耳に水であった。信じられないと、驚愕の顔で皆が大将を見れば、彼は何でもない事の様に後頭部を掻きながら言葉を続ける。

 

「少し前から退去通知を受け取っていてな、どっちにしろあの場所で店は続けられなかったのよ」

「た、退去通知って、何の話ですか? アビドス自治区の建物の所有者は、アビドス高校で……!」

「――そうか、君達は知らなかったんだな」

 

 アヤネが焦燥感を滲ませて捲し立てれば、どこか気の毒そうな表情を浮かべた大将が告げる。

 

「……何年も前の話だが、アビドスの生徒会が借金を返済出来なくて、建物と土地の所有権が移ったんだ」

「えっ!?」

 

 その声は、アビドス全員のものだった。

 そんな話は聞いた事が無い、そんな話は知らない。全員の思うところは同じだ、セリカが動揺から視線を泳がせ、問いかける。

 

「う、嘘、アビドス自治区なのに!? じゃあ、今は一体誰が……!?」

「悪いね、名前はちぃと、出てこないが……」

「そんな……でも、そういう事なら――」

 

 何か思いつめた表情で唇を噛み、一つ、二つ、独り言を呟いたアヤネは、皆を見渡し口を開く。

 

「皆さん、先に学校へ戻っていて下さい、私は少し、確認する事が出来ました……ッ!」

「あ、アヤネちゃん!?」

 

 誰が止める間もなく、アヤネは病室を飛び出す。その背中を見ていたセリカは、同じように飛び出し、扉の前で止まると皆を振り返って云った。

 

「よ、良く分からないけれど、私も行くわ! 一人より二人だしっ! ノノミ先輩とシロコ先輩、あと委員長は先に戻っていて! それと大将、まだ引退とか考えないでよっ! 分かった!?」

 

 それだけ云うと、アヤネに続いて病室を飛び出すセリカ。遠くから、「院内では走らないで下さい~!」という声と、「ごめんなさいっ!」という彼女の声が響いた。

 

「……また、知らなきゃならない事が増えたね」

「ん……」

「そうみたいですね……――大将、どうかお大事にして下さい」

「あぁ、ありがとうな」

 

 厳しい表情を浮かべるアビドスの皆に、内心で悪い事を云ってしまったかと思う大将。それが分かったからこそ、これ以上空気を悪くする前にと、ノノミ、シロコ、ホシノの三名は病室を後にした。

 

「……それじゃあ、おじさん達は行くよ、またね、便利屋68の皆~」

「またお会いしましょうね☆」

「またね」

 

 手を振って病室を出ていく三名、それに便利屋の面々は手を振り返す。

 

「あっ……え、えぇ!」

「ばいば~い」

「ま、また……」

「………」

 

 病室には便利屋と大将だけが取り残された。アルは暫く口を噤み、やがて何かを決意し、一つ頷いて見せる。

 

「――ムツキ、『アレ』、出してくれる?」

「アレ?」

「そう、私達が最近手にした――アレよ」

「ん~? もしかして、アルちゃん……」

 

 ムツキが少しだけ驚いたような顔でアルを見れば、彼女は大将を真っ直ぐ見据えたまま呟いた。

 

「大将もアビドスも、悪くないって云ってくれるけれど、こういうのはキッチリさせないと後味が悪くて嫌だもの、私の目指すアウトローって、そういうものだから……!」

「……くふふッ、さっすがアルちゃん、恰好良い~!」

 

 そう云って笑みを零したムツキは、持っていた無限容量(なんでも)バッグから、幾つもの紙袋を取り出した。ぱんぱんに膨れたそれを受け取ったアルは、大将のベッドへと近付く。

 

「大将、少し宜しくて?」

「お、おう?」

 

 どこからともなく出て来た大量の紙袋に面食らった大将は、そのまま紙袋を押し付けられ、困惑の表情を浮かべた。

 

「これを御店の再建に使って頂戴」

「再建って、こりゃ一体――」

 

 呟き、中を覗けば――そこには目が眩む様な札束がぎっちりと入っているのが見えた。思わず目を白黒させ、目の前のアルと便利屋を凝視する。

 

「おめぇさん、こりゃあ……」

「ゲヘナからも費用は出るでしょうけれど、何時になるか分からないし、私達も柴関のファンなの、大将のラーメンが食べられなくなるのは嫌よ――だから、引退なんてしないでね」

 

 それだけ云うと、アルはコートを靡かせ出入口へと向かった。

 

「行くわよ、皆!」

「あ、アル様……は、はい! 一生ついて行きますッ! た、大将、それでは!」

「くふふッ、それじゃあ大将、お大事にね~!」

「……また、ラーメンを食べに行くから、身体は大事にして」

 

 一足先に病室を後にしたアルを追って、残りのメンバーも大将に一言告げ、退出していく。嵐の如く去って云った便利屋の背中を見つめ、暫くの間大将は残された紙袋に目を落とし、それからそっと呟いた。

 

「――本当なら、引退してゆっくりしようと思っていたんだが……」

 

 ぎゅっと、手渡されたそれを抱きしめ、笑みを浮べる。

 

「これだけされちまって、待っているなんて云われたら……引退なんて、出来っこねぇわな」

 

 ■

 

「ふぅ~……我ながら、最高にアウトローだったわね」

「は、はい! 輝いていましたよ、アル様!」

「アウトローっていうより、単なる良い人だったと思うけれど……」

 

 アビドスの病院を後にし、沈みかけの太陽を背に歩く便利屋は事務所へと向かって歩く。四人揃って無人の道を行くその姿、アルの表情はどこか清々しく、口元には笑みが浮かんでいた。

 アルはふと振り返ると、背中に続く三人に向かって口を開く。

 

「まぁ、今日は色々な事があったから、少し奮発して美味しいものでも食べて帰りましょうか……先生には悪いけれど、待っている側が元気じゃなくなるなんて、一番悲しそうな顔をしそうだし」

「くふふッ、アルちゃん、先生の事分かっているじゃ~ん」

 

 どこか茶化した様な、或いは元気づける様な声色にアルは肩を竦め、問うた。

 

「それでムツキ、お金は……」

「えっ、無いよ?」

「えっ」

 

 思わず、と云った風にムツキを二度見する。

 そこには、「何を云っているのアルちゃん?」と云わんばかりに小首を傾げる、いつも通りのムツキ(親友)の姿があった。

 

「さっき全部渡しちゃったよ? あるだけ全部」

「――………えっ」

「あ、アル様……?」

「はぁ……まぁ、そんな事だろうと思ったよ」

 

 ハルカがおずおずとアルの名を呼び、カヨコは肩を竦めながら溜息を吐く。

 アルは信じられないとばかりに目を見開き、身体を硬直させていたが、ややあって震え出すと空に向かって白目を剥き、絶叫した。

 

「な、ななな、なん、なんですってッ~!?」

 

 声は日の沈み始めた茜色の空に、良く響いた。

 

「えっ、ちょ、え……全部って、あれだけあったお金、文字通り全部!? 一円も残さずにッ!?」

「うん、文字通り全額、私の持っていた分、全部渡したよ?」

「なっ……ばっ――が、ぁ………!」

 

 ムツキの暴挙にアルは言葉を失くし、ぱくぱくと口を開閉させる。蒼褪めた彼女の表情を見つめながら、ムツキは心底楽しそうに笑って云った。

 

「だってそうした方がアウトローっぽいでしょう? お金を渋って渡す何て、ポンと一億円くれた、『覆面水着団』とは反対の行為じゃーん、そんなの、アルちゃんの目指すアウトローでハードボイルドじゃないよ~?」

「―――」

 

 その、的確にアルの心を穿つ言葉に今度こそアルは完全に機能停止する。

 確かに、自分の中にあるアウトロー像、ハードボイルド像に、金を出し惜しむ様な場面は存在しない。寧ろ、眩い程の大金をポンと手渡し、「私には必要ないものだ」とばかりに去っていくクールな背中こそが理想。あの覆面水着団の様に、そう、あの覆面水着団の様に!

 故に、今回のロールは最高だったと云える。その点を考えればムツキの言葉はハードボイルド点数百点満点、文句の付けようがなかった。

 

 ――それはそれとして、無一文になったのは大問題である。

 明日からどうやって生活すれば良いのか? アルが白目を剥くのも当然の事であった。

 

「……全く、手のかかる社長だ」

「あ、あの、アル様、私はまた公園でテント生活でも全然、大丈夫ですので……」

 

 ハルカがアルを元気づけようとそう口にするものの、アルの白目は治らない。

 大抵後の事を顧みず、心の赴くままに行動するからこうなるのだ。カヨコはいつも通り過ぎるアルに呆れながらも、同時に何とも云えない安心感を覚えていた。

 まぁ、これが私達の社長だからね、と。

 

「――ほら、何してんの、行くよ社長」

「か、カヨコ……?」

 

 固まったアルに声を掛けながら、カヨコはバッグの中から財布を取り出す。

 膨らんだそれは相応の金額が入っており、指先でそれを叩きながらカヨコは苦笑を零して云った。

 

「お金の殆どはムツキに預けていたけれど、万が一に備えて私も幾らか預かっていたし、事務所にもちゃんと当面の資金位はあるから、今日少し高いご飯を食べる位は全然問題ないよ」

 

 そう告げると、蒼褪め、機能停止していたアルがみるみる復活し、涙目になりながら拳を突き上げ、カヨコに向かって叫んだ。

 

「――さ、流石我が社の会計担当ッ! 財務管理は完璧ねッ! ほんとッありがとう! 愛しているわカヨコッ!」

「さっきまで無一文になったと思って白目剥いていたのは誰だっけ」

「し、白目なんて剥いてないからッ! こ、これも想定内よっ! カヨコがちゃんと、こういう時の資金を確保してくれていると思ったからこそのっ……! つまり、信頼の為せる業なのッ!」

「良く云うよ……ムツキも、分かっていて渡したんでしょう?」

「え~っ、何の事ぉ~?ムツキちゃんわかんなーい」

「……はぁ」

 

 肩を竦め、カヨコは歩き出す。場所は――考えて、皆に声を掛けた。

 

「ほら、ご飯食べに行くよ、夕食時になったら混むし、早めに移動しないと」

「そ、そうね! 何を食べようかしら……?」

「この前云っていた、すき焼きとか良いんじゃない~?」

「あっ、大人の食べ物です、よね? 確か」

「この辺ですき焼きなんて食べられる場所、あったかな……」

 

 身を寄せ合い、便利屋はアビドスの街中に消えていく。

 辛い事も、悲しい事もある沢山ある。

 けれどそれでも、生徒達は日々を一歩ずつ――生きて行く。

 


 

 本編の便利屋は此処まで絡んでこないけれど、私が便利屋大好きなので是が非でも絡ませます。ストーリーライン崩れない程度にめちゃ絡ませます。便利屋が嫌いな方がいらっしゃってぇ!? いらっしゃいませんわよねぇ!? いらっしゃったら先生の手足を捥いでストレス発散してもろて。

 

 先生が這い蹲って無様に血反吐撒き散らしたからちょっと私の心に巣食う純愛欲が満たされたけれど、やっぱり人間と云うのは欲しがりなものでね、血反吐撒き散らした程度で此処まで生徒に愛されちゃうなら、本編で四肢を捥いだ時なんかもう、すんごい事になるんじゃない? っていう気持ちが沸々と湧いてくるんだ。喪った手で生徒を慰めようとして、伸ばした腕の先に何もない事に気付いて、「しまった」という顔をした先生のそれを見つめる生徒が悲しそうにする話はやく役目でしょ先生の手足は四本しかないんだぞッ! 大事に大事に一本ずつ捥いでいかないなんて人間として恥ずかしいと思わないのかしらッ!? 大人の風上にも置けないですわよッ! なんて人道的な文章なんだ涙でそう。

 

 個人的に主人公が登場しない、別視点の話を長々とされるのは苦手なので先生もそう遠くない内に復帰します。早く起きてね先生、どれだけ体がボロボロだろうと生徒と未来の為に、這い蹲ってでも病院抜け出して戦うんだよ。格好良いね、素敵だよ♡ 早くしないとアビドス沈むぞ。うぅ、先生のせいでアビドスがなくなっちゃうなんて可哀そう、私耐えられない……。

 今度はアロナの障壁なんて甘え許さないからね、ちゃんと真正面から堂々と攻撃を受けようね。その時の先生は美しい……。

 

 本編では先生が無様に血反吐撒き散らす場面でホシノに同席させたけれど、やっぱりアビドス編の主人公は対策委員会、その中でもホシノって感じあるから、ホシノには限界まで先生に寄り添って生きて貰いたいなぁっていう私なりのサービス♡なのです。これにはホシノも涙を流して喜んでくれるやろなぁ……。良い事をすると気持ちが良いね。 

 

 因みに此処でホシノも存在しない車両探索に駆り出された場合、裏路地で一人寂しく血反吐撒き散らしながら注射を打って、ワカモに介護されながらふらふらの体に鞭打って、何でもない様な顔をして皆の元に帰るぞ! 車両なんてなかったよ先生って戻って来た生徒に、「あれ、もしかして、持ち主が戻って来ていたのかな?」なんて嘯きながら。

 

 その後はシロコにおんぶされながら、飄々とした態度で病院に担ぎ込まれて、「まぁ、そんなに大きな傷じゃないと思うし、先に帰って良いよ?」と云う先生の言葉を押し返し、便利屋とアビドスは揃って待合室で待機して、確かに見た目は酷かったけれど、此処まで確り受け答えも出来ているし、もしかして本当に酷い怪我じゃないのかな? ってちょっとだけ楽観視し始めた皆に、「あと少し遅れていたら、取り返しのつかないところまでいっていた」と医師に伝えられて愕然として欲しい。

 

 うぅ、肺を切除して人工心肺つけて先生……。でも生身の先生からしか得られない栄養素があると思うの、人工物より天然もの、わたくしは安全意識の高い人間ですので。無農薬先生! でも食べられなくなる位なら人工物でも良いから生きてね先生。その四肢絶対捥いでやるからな。やだ死なないで先生! うぅ、達磨(だるま)になって地面に転がる先生可哀そう……可愛いね♡ 持ち帰ってペロロ様の中に入れてヒフミにプレゼントしようよ! ヒフミ泣いちゃうじゃん、失望しましたペロロ様が爆発して先生が死にます。あーあ。

 

 カヨコ! カヨコォ~! 先生の異変に気付いて、一人だけ戻って来て先生が裏路地で惨めに喀血・吐血して蹲る姿を見てくれぇ~! 生徒が誰も居ないと油断して、いつも見せない苦痛に歪み切った表情と、今にも死んでしまいそうな覇気のなさに愕然として、蒼褪めた表情をそのままに、背後から「先生……?」って声を掛けてくれ~!

 

 それを聞いた先生がはっとした表情で振り向いて、口に付着した血を拭うのも忘れてカヨコを見るんだ。そしてカヨコが一人で戻った事に気付いた便利屋の皆が探しに来て、「カヨコ~?」ってアルの声が響き、皆に先生の状態を知らせようと口を開いたカヨコを、先生が必死で止めるんだ。

 

 口を塞いで、裏路地の隅にカヨコを抱きかかえたまま身を寄せる先生。肌に触れる先生の冷たさと震えに、カヨコは思わず先生を見て、苦痛に抗いながら必死に笑顔を作る先生を直視して欲しい。きっと先生は最初から『こうだった』んだ、全然無事なんかじゃなかったと気付いたカヨコは、先生を救う為に思考を回すんだけれど、先生の必死に作った笑みがちらついて、思考が真っ白になるんだ。頭の良いカヨコは先生が皆に心配を掛けまいとしているのが分かるし、けれどこのままだと最悪の展開になりかねない。その板挟みになったカヨコはきっと、唇を噛み締めながら「ねぇ、先生、はやく、病院いこうよ、ねぇ、みんな、呼んでいるよ……っ!」って先生の腕を掴むのだけれど、発作の収まらない先生は苦悶の声を押し殺しながら首を横に振るんだ。

 せめて自分が笑顔を作れるようになってから、せめて普通に接する事が出来るまで回復してから、そんな風に考えて惨めに隠れ潜む先生に抱かれるカヨコの心の中は如何程か。先生を喪う恐怖と生徒を想う感情の板挟みになるカヨコ、きっと少しずつ息が細くなっていく先生の腕に縋りつきながら、がちがちと鳴りそうになる歯を必死に噛み締めて、叫び出しそうになるのを堪えるのだろうね。写真撮って飾っておきたいくらい美しいべ……。

 

 この腕の中の生徒はアルでもハルカでもムツキでも良いけれど、やっぱり先生の異変に気付いてくれるのはカヨコが一番可能性が高い気がするなぁ。でもムツキが余裕のない先生を見て、本気で焦る姿とか見てみた~い。普段小生意気で小悪魔なムツキだからこそ、いざそういう場面になった時の感情の震えが映えると思うんだ、泣いていてもムツキは可愛いね♡ 写真撮るよ? 笑顔笑顔! はいチーズ! うぉ、凄い形相……般若かな? でも(私が)幸せならオッケーです! 

 

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