ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告ありがとうございます。
投稿が予定より一時間遅れて日付を跨いでしまって申し訳ありません。
お詫びにペロロ様が腹を切ります。


深淵へと続く道へ

 

 風紀委員会襲撃事件、及び先生が入院する事になってから――明けて、翌日のアビドス校。

 朝早くから校門前には箒を片手に積もった砂を払うノノミの姿があった。アビドス自治区は不規則な砂嵐に見舞われており、放っておくと砂が道にも積もってしまう。ある程度風で飛ぶといえばそうだが、せめて皆が通る道くらいは綺麗にしておきたいという、ノノミの心遣いがあった。

 それに――じっとしていると嫌な事ばかりを考えてしまう、何かをしている方が多少気を紛らわせる事が出来て、楽だった。

 

「……先生」

 

 箒で砂を搔き集めながら、呟く。

 幾ら気を紛らわせようとしても頭の片隅に残り続ける不安が、ノノミの口から漏れ出た。

 そんな彼女の呟きを掻き消すように、甲高いブレーキ音が鳴り響く。ノノミがふと顔を上げると、シロコが自転車を校門前で止める所であった。ノノミは不安に暗くなっていた表情を切り替え、努めて明るく挨拶を口にする。

 

「あ、シロコちゃん、今日はいつもより早いですね、おはようございます」

「うん……おはよう、ノノミ」

 

 頷き、自転車から降りたシロコは数秒、何かを考えるようにして問いかけた。

 

「……ホシノ先輩、今何処にいるか分かる?」

「ホシノ先輩ですか?」

 

 自転車を手で押し、校門を潜るシロコはいつも通り、余り感情の読めない表情を浮かべている。ノノミはこの時間帯のホシノの行動を頭に思い浮かべながら、予想を口にした。

 

「多分、また学校のどこかでお昼寝の最中かと……」

「……そっか、ありがとう、じゃあ、先に入っているね」

「――?」

 

 そう云って自転車を押し校舎へと歩いて行くシロコ。その背中を見送りながら、ノノミは首を傾げる。何となく、いつもと様子が違う気がした。何がどう違うかと問われると、きちんと答える事が出来ないのだけれど――。

 

「シロコちゃん……?」

 

 焦っている様な、不安になっている様な、そんな空気を纏っている。

 それと、シロコが発していた最後の感情は――怒りだった。

 

 ■

 

 椅子と机の倒れる音が、教室の中に木霊した。

 場所はアビドス別館、本館の更に奥に建てられた、古い木造建ての平屋。一応教室として用いる事は出来るものの、随分前から誰が使用する事もなくなり、自然と倉庫へとなってしまった場所。町からも離れており、非常に静かである為、ホシノはこの別館で昼寝をしている事が多かった。

 それをシロコは、良く覚えていた。

 

「いたた……痛いじゃ~ん、どうしたのシロコちゃん?」

「……いつまでシラを切るつもり?」

 

 倒れた机や椅子に凭れ掛かる様にして、ホシノは苦笑いを零しシロコを見上げる。尻餅をついたホシノを見下ろすようにして立つシロコは、その表情を険しいものに変え、酷く冷たい声で問う。

 そんな物騒な音と会話は、木造で壁の薄い別館では良く響き、シロコを追ってきたノノミの耳に届いた。

 

「今の音――」

 

 呟き、ノノミは廊下を急ぐ。

 

「うへ~、何のことを云っているのか、おじさんには良く分からないなぁ」

「……嘘、つかないで」

「嘘じゃないって~……ん?」

 

 へらへらとシロコの追及を躱すホシノ、一向に本心を明かさない彼女に苛立ちを隠さないシロコ。そんな二人が険悪な雰囲気を醸し出す中、不意に教室の扉が勢い良く開いた。

 

「ホシノ先輩! シロコちゃんッ! 一体どうしたんですか!?」

 

 飛び込んで来たのはノノミ、シロコとホシノは二人揃ってノノミを見つめ、シロコは気まずそうに目線を逸らした。

 ノノミはまず、倒れた机とそれに凭れ掛かるホシノを見る。シロコがホシノに対し、強い憤りを抱いているのは明らかであった。

 

「ノノミ……」

「シロコちゃん、これは一体――」

 

 どこか厳しい表情でノノミが問い詰めると、シロコはぐっと唇を噛み、それから強い眼差しを返した。そこには何か、感情以上の何かがある様な気がした。

 

「……ホシノ先輩に用事があるの――悪いけれど、二人きりにして」

 

 鋭い視線だった。それは、或いは懇願だったのかもしれない。床に座り込んだままのホシノを見れば、相も変わらず苦笑いを浮かべる始末。ノノミは二人を見比べ、それから真剣なシロコの表情を見つめた後――いつも通りの、満面の笑みを浮べて云った。

 

「――うーん、駄目です☆」

「………えっ」

 

 その、雰囲気にそぐわぬ笑みと声色に、シロコは思わず声を上げる。

 

「対策委員会に、『二人だけの秘密♡』みたいなものは許されません、何といっても、運命共同体ですから!」

「っ……でも」

「ですから、きちんと状況の説明もしてくれない悪い子には――」

 

 そう云ってシロコに詰め寄ったノノミは彼女の胸元に指を突きつけ、云った。

 

「お仕置き☆ しちゃいますよ?」

「う、うーん……」

 

 シロコは、思わず言葉に詰まる。

 それが気遣いである事は確かであった。少なくともシロコとホシノが衝突しない為の方便である事は、人の機微に聡いとは云えないシロコにも分かった。だからこそ、その好意を前に出された時、シロコは僅かに気勢を削がれた。

 

「えっとねぇ……実は、おじさんがこっそりお昼寝していたのがバレちゃったんだよね~」

 

 不意に、ホシノが声を上げた。

 机に手を掛けながら立ち上がり、スカートに付着した埃を払う。口調はいつも通りどこか間延びしていて、特にこれと云った感情を抱いている様にも思えない。

 完璧すぎる程に――いつも通りのホシノだった。

 

「私の怠け癖なんて今に始まった事じゃないとは思うけれど、おじさんもここ最近はさ、ほら……先生の事もあったから、ちょっと寝すぎたかも、それでちょっとだけ、ね?」

「あ……」

 

 そう云ってシロコに目を向けたホシノは、ノノミに見えない側の目でウィンクを飛ばす。それを見たシロコは、一瞬何かに気付く様な顔を浮べ、それから申し訳なさそうに頷いた。

 

「……ん、ごめん、私も少し、気が立っていた」

「ま、人にはそういう時もあるよね、おじさんは気にしないよ~? ほら、そろそろ集まる時間だし、行こっか」

「……うん」

 

 ホシノはそう云って、いの一番に教室を出ていく。シロコも倒した机と椅子を直すとその後に続き、ノノミはそんな二人の背中をじっと見つめていた。

 

「………」

 

 何か隠しているのは明らかだった。

 無論、人である以上、何か云いたくない事の一つや二つ、あるものだけれど。

 だとしても、シロコが手を上げる様な程の秘密とは、一体何なのか。

 ノノミは何か――酷く、嫌な予感がして仕方なかった。

 

 ■

 

「――全員、集まりましたね」

 

 時刻は登校時間をやや過ぎた頃。アビドス対策委員会の部室には、先生を除くいつものメンバーが揃っていた。先生の居ない空席を見て、一瞬悲しそうな目をしたアヤネは、しかし強い意志を秘めた眼差しをそのままに、テーブルの上へ書類を並べる。

 

「昨日、大将の発言を受けて、セリカちゃんと二人でアビドス自治区の関係書類を搔き集め、持って来ました、まずは――」

「――先輩達、これ見て」

 

 そう云って並べられた書類の内から、一部を抜き出して中央へと放る。ホシノ、シロコ、ノノミは放られたそれを覗き込むようにして身を乗り出す。それは、少し古さを感じる紙面だった。白い紙の上に線が引かれ、シンプルに区分けされたブロックにそれぞれ記号が割り振られている。ホシノはそれを見下ろしながら、口を開く。

 

「ん~、これって……地図?」

「直近までの取引が記録されている、アビドス自治区の土地の台帳……『地籍図』と呼ばれるものです」

「土地の所有者を確認できる書類、という事ですか……?」

「はい、そうなります」

 

 ノノミの問いかけにアヤネは頷き、何枚か似たような紙面を捲って見せる。そんな彼女にノノミは困惑した様に眉を下げ、云った。

 

「でも書類なんて見なくても、アビドスの土地はアビドス高校の所有で――」

「私も昨日までそう思っていたっ! でも、そうじゃなかったのッ!」

 

 その声は、セリカの絶叫によって遮られた。

 唐突なそれに、アヤネ以外の全員が驚いた様に彼女を見る。良く見ればセリカの目には隈が薄らと出てきており、その瞳には強い焦燥感と不安、そして怒りが滲み出ていた。

 

「大将から聞いた言葉で、まさかと思ったんですよ……倉庫にあったアビドスの関係書類を読み漁って理解しました、柴関ラーメンの建物は勿論の事、このアビドス自治区の殆どが――」

 

 先程まで見せていた地籍図、その台帳を見下ろし――アヤネは断じた。

 

「……私達、アビドス高校の所有では、なくなっています」

「なに、それ……」

 

 ホシノが思わず呟き、食いつく。

 

「……どういう事? 一部だけならまだしも、アビドス自治区の『殆ど』がアビドス所有じゃないって、そんな訳――」

 

 ホシノは手に取った台帳を何枚も捲る。シロコは脇からその紙面を眺めたまま、呟いた。

 

「現在の、所有者――カイザーコンストラクション」

 

 その呟きに、ノノミは目を大きく見開く。

 

「カイザーって、カイザーコーポレーションの系列ですか!?」

「此処にはそう、書いてある」

 

 紙面を指でなぞりながらシロコは厳しい表情を浮かべたまま頷いた。

 そのまま視線をアヤネへと向けたシロコは、問いかける。

 

「それって、柴関ラーメンも……?」

「……はい、大将はその事を知っていた様です、退去命令も随分前から出ていた可能性があります」

 

 その言葉に、シロコの表情が大きく歪んだ。

 知らなかったのは自分達ばかり――アビドスの住人は、既にその事を知っていたのか。もしそうならば、それを押して尚このアビドスに残っていてくれているという信頼を、自分達は知らずに裏切っていた事になる。ぐるぐると、嫌な感情が腹の底に渦巻いた。

 

「あの時、ゲヘナの行政官は、『他の学園自治区の付近なのだから』……と云っていました、自治区の中ではなく、あくまで『付近』と――つまりあの行政官は、戦闘が起こった場所がアビドスの自治区ではない事を、知っていたんです」

 

 アヤネの脳裏に、ゲヘナ風紀委員会とのやり取りが過る。あの、アコ行政官と呼ばれていた生徒は確かに、柴関周辺を『アビドス自治区』とは口にしていなかったのだ。

 

「既に砂漠になってしまった、本来のアビドス高校本館と、その周辺数千万坪の荒れ地、そしてまた砂漠化が進んでいない、市内の建物や土地まで――所有権がまだ渡っていないのは、現在本館として使っているこの校舎と、周辺の一部地域だけでした……」

「ッ……!」

 

 この校舎がアビドス最後の砦――その事実を知らされた瞬間、対策委員会全員の表情が歪んだ。

 

「ですが、どうしてこんな事に? 学校の自治区の土地を取引なんて、普通出来る筈が――」

「……アビドスの生徒会、でしょ」

 

 ノノミの言葉に、ホシノは重々しい口調で告げる。

 

「学校資産の議決権は、生徒会にある……それが可能なのは普通に考えて、その学校の生徒会だけ」

「――はい、その通りです、取引の主体はアビドス前生徒会でした」

 

 そう云ってアヤネが差し出したのは、件のカイザーコーポレーションとアビドス生徒会との取引記録。そこには確かに、アビドス生徒会の名前があった。

 

「でも、アビドスの生徒会は二年前に無くなった筈」

「その通りです、ですので、生徒会が無くなってからは取引自体行われていません」

「そっか――二年前」

 

 ホシノは呟き、目を細めた。

 

「何をやってんのよ、その生徒会の奴らはッ!?」

 

 セリカが叫び、デスクを強く叩く。

 握り締めた拳が、軋む音を立てていた。

 

「学校の土地を売るッ!? それも、カイザーコーポレーションなんかにッ!? 馬鹿じゃないの!? 学校の主体は生徒でしょうッ、どうしてそんな事……ッ!」

「………」

 

 その、腹の底から絞り出した叫びに、シロコはそっと目を伏せる。

 想いは同じであった。守る、守ると――そう口にしていた場所は、そもそも自分達のものですらなかった。その衝撃は、計り知れない。

 

「こんな大事な事に、ずっと私達は気付かないまま……」

「ノノミ先輩、それぞれの学校の自治区は、学校のもの、余りにも当たり前の常識です、当たり前すぎて、借金に気を取られ気付く事が出来ませんでした」

 

 アヤネがタブレットに額を当て、項垂れる。小さく震える肩には、強い後悔の念が見て取れた。

 

「申し訳ありません、私がもっと早く気付いていれば……」

「ううん、それはアヤネちゃんが気にする事じゃないよ」

 

 そんな彼女に、ホシノは否定を返す。

 誰が悪いとか、誰のせいだとか、これは――そういう話ではない。

 

「これはアヤネちゃんが入学するより前の……いや、対策委員会が出来るより前の事なんだから」

「……ホシノ先輩、何か知っているの?」

「あ、そうです! ホシノ先輩も、アビドスの生徒会でしたよね?」

「っ、うぇ、そ、そうだったの!?」

「確か、最後の生徒会の、副会長だったと聞きました」

 

 皆の目がホシノに集まれば、彼女はどこか恥ずかしそうに――或いは懐かしそうな色を見せ、頬を掻いた。

 

「……うへ~、まぁそんな事もあったね、二年も前の事だし、そもそも私もその辺の生徒会の先輩達と、実際に関わりはなくってさ……私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人たちは殆ど辞めちゃっていたから」

 

 云いながら、思い出す。

 砂漠に埋もれた街で、設備も碌に揃っていない、徐々に減っていく生徒達、何もかもが足りない環境。今思い返しても、碌な記憶などなかった。

 

「その時はもう在校生も二桁になっていたし、教職員もいない、授業なんてものはもう、疾うの昔に途絶えていた、生徒会室も、多分そうと云われなければ只の倉庫にしか見えなかったと思うよ~? 引継ぎ書類なんて立派なものは一枚もなかったし、ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の本館を何度も移していた時期だった事もあってね」

 

 転々する学校に、真っ当な設備や人員など揃う筈もない。数ヶ月単位で変わる本校舎、土地だけは広いアビドスには広域に渡って学校が建てられていたから良かったものを、当初は立派『だった』という本校舎が、今や片田舎の寂れた学校がソレだというのだから笑えない。

 当時の生徒会を思い出し、ホシノは小さく笑った。

 

「――そもそも、最後の生徒会って云ったって、新任の生徒会長と私だけだったし」

「二人だけって……」

 

 その事実に、セリカが言葉を失うのが分かった。

 

「……その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一の馬鹿で、私の方だって、嫌な性格の新入生でさ――いや~、何もかもが滅茶苦茶だったよ」

「校内随一の馬鹿が生徒会長……? 何それ、どんな生徒会よ」

「成績と役回りは別だよ、セリカ」

「そもそも、セリカちゃんも成績はそんなに……」

「わ、分かっているってば! どうして急に私の成績の話になる訳!? 一応、突っ込んでおいただけじゃん!?」

「うへ、いやいや、正にその通りだよ、生徒会なんて肩書だけで、おバカさんが二人集まっただけだったからね」

 

 宥めながら、ホシノは心底そう想っているとばかりに頷く。

 そうだとも、生徒会なんて名ばかりの組織だった。全校生徒二桁の状態で、授業も行われず、砂漠化は進行していく。生徒数を戻す目途もなく、砂漠化を止める術もなし、だというのに借金の催告は消えることなく、常に何かに追われて生きていた。

 部室とも云えない様な校舎の片隅で、会長と一緒に顔を突き合わせ、あぁでもない、こうでもないと云い合う毎日。

 それが、実を結ぶこともなく。

 

「何の間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって……いや~、あの時はあちこちに行ったり来たりだったねぇ」

 

 砂漠化を止めようと、その言葉に連れられてアビドス砂漠に出向いた事があった。

 人をもう一度集めようと、街を練り歩いてアピールポイントを探した事があった。

 他の学園に協力を要請してみようと、キヴォトスを走り回った事があった。

 住人と協力して何かイベントを開こうと、近所で声を掛け歩いた事があった。

 どれもこれも、突発的で、ただの思い付きで、どうにかなる筈だと、考えの足りない子供じみた発想ばかりだった。

 

 先輩も――(ホシノ)も。

 

「――ほんっと馬鹿みたいに、なんにも知らないままさ……」

 

 吐き捨てた言葉には、深い後悔と悲しみが滲んでいた。 

 ホシノらしくない、重い、鉛の様な感情。それは彼女の底に沈んでいた本心、そして今尚心に巣食っている負の側面そのものだった。

 

「ホシノ先輩……」

 

 彼女の普段見せない負の側面を見た対策委員会は、一瞬言葉を失う。

 何事にもどこか楽観的で、脱力していて、軽々しく笑う彼女が見せる、初めての本質。それに触れたシロコは、ぐっと息を呑み、それから強い口調で断じた。

 

「………ホシノ先輩が責任を感じる事じゃない、昔の事情は知らないけれど、実際に生徒会が解散になった後、アビドスに対策委員会が出来たのは、間違いなくホシノ先輩のお陰」

「う、うん……?」

「ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけれど、絶対に皆を見捨てない、大変な時は、誰よりも前に立っている」

「そうです、セリカちゃんが行方不明になった時、真っ先に先生に音頭を取ったのもホシノ先輩でしたし!」

「……うへ、そうだっけ? 良く覚えていな――」

「私、それ初耳なんだけれど!? 何で教えてくれなかったの!?」

「い、いや、そんな態々云う事でも――」

「ホシノ先輩は色々と駄目なところもあるけれど、尊敬はしている」

「……それって誉め言葉なの? 悪口なの……?」

 

 どこかぐいぐいと詰め寄り、言葉を捲し立てるシロコに、ホシノは目を白黒させながら思わず手を翳した。心なしか、その頬には朱が散っている。

 

「ど、どうしたのさシロコちゃん!? 急にそんな青春っぽい台詞を……おじさん、こういう雰囲気はちょっと苦手なんだけれどなぁ!」

「……や、何となく云っておこうかなって思って」

「え、えぇ……」

 

 唐突に押し切り、唐突に退く。

 普段の調子に戻り、ふんすと鼻を鳴らす後輩に、ホシノは何とも言えない表情を浮かべていた。

 

 ■

 

「……それで、どうして前の生徒会は、カイザーコーポレーションにアビドスの土地を売ったりしたのでしょうか?」

「実は裏で手を組んでいたとか」

「いえ、それは違うと思いますよ……」

 

 シロコの言葉にアヤネは苦笑を零しながら否定を返す。

 そもそもアビドス生徒会とカイザーコーポレーションが手を組んでいたのなら、とっくにこの本校舎も手放されている筈だし、何ならホシノもアビドスに残ってはいない。

 

「そうだね~、私もしっかり関わっていないから、昔の活動痕跡から推測するしかないけれど……ちゃんと学校の為を想って、色々と頑張っていた人たちだったんじゃないかな~って思っているよ、だから多分、最初は借金を返そうとして……って感じじゃないかな」

「借金の為に、土地を……?」

「はい、私もそう思います、当時既に学校の借金はかなり膨れ上がった状態でした、手放せるものも多くありません、アビドスはミレニアムサイエンススクールの様に技術力を持っている訳でもありませんし、はっきり云って金銭を用意する手段がなかったと思うんです――」

 

 ホシノの言葉に頷きながら、アヤネは手元の地籍図と取引記録を眺め、言葉を続ける。

 

「ただ、それでもこのアビドスの土地に高値が付く筈もなく、少なくとも借金自体を減らすには至らなかった、恐らく利息の返済に充てたのかと」

「まぁ、いつ来るか分からない天災に、砂まみれの土地、住人も居ない、建物も崩れ放題……そんな土地に大きい値が付く筈もないよね」

「それで、繰り返し土地を売ってしまう負の循環に――という事でしょうか」

 

 ノノミが考え込むようにしてそう呟けば、セリカが露骨に顔を歪めた。

 

「何それ、何かおかしくない? 最初からどうしようもないっていうか……」

 

 言葉にして、改めて思う。

 そうだ、そもそもからして、おかしい話なのだ、これは。

 アビドスは砂漠化をどうにかする為に融資を受けた、それは良い、理解出来る。最初はアビドスも相応に大きな学校だったのだ、正規の場所から借りる事が出来なかったとは云え、多少は返す当てもあったのかもしれない。最悪、本校舎を丸ごと売り払うなりすれば良いと。何なら初期は生徒数も今とは比較にならない程に在籍していた筈だ、協力すれば決して返せなくはない金額だったのだろう。

 しかし、それがどんどん縮小され、砂漠化を止める目途も立たないとなると――少々話が変わって来る。

 だって、どう考えても採算が合わないのだ。生徒と住民の減少する砂まみれの土地に、自治区を管理する事も出来ない学校。そんなところがきちんと返済出来ると、本当にそう思っているのか? と。

 まるで最初から、『返済出来ないと分かった上で』貸し付けている様な――。

 

「――これ、もしかして」

 

 そこまで考えて、シロコは思わず言葉を漏らした。

 

「……シロコ先輩?」

「カイザーコーポレーションは、最初から……アビドスの土地が目当てだったのかもしれない」

「え、え?」

「――あ~、成程、そっか」

 

 シロコの呟きに、最初に納得を示したのはホシノだった。

 

「カイザーローンが学校の手に負えない位のお金を貸して、利子だけでも払ってもらう為に土地を売る様に仕向ける……そういう風に考えれば辻褄が合うね」

「――そういう事ですか……きっと最初は、要らない砂漠や荒廃した土地でも売ったらと、甘言を弄したのでしょう」

 

 アヤネが理解し、その目つきが鋭く紙面を射貫く。

 当時の生徒会にとっては、正に一時凌ぎとは云え現実的な手段の一つに見えたのだろう。少なくとも、利息による増額は防げると。

 

「どうせ砂漠と化した使い道のない土地です、その提案を断る積極的な理由もありません、他所に話を回しても買い取ってくれるかも怪しい……それなら、いっそという形でしょうか」

「けれど、そんな安値で売った所で借金が減る訳がない、土地は減る一方――」

「そうなると、根本的な借金を返済しない限りアビドス自治区そのものが少しずつカイザーコーポレーションのものとなる」

「――元々、そういう計算だったのかもしれないね」

「………」

 

 自身の口から出た言葉に――ぞっとした。

 少しずつ、少しずつ、真綿で首を絞める様に、逃れられない様に。気付いた時には全てが遅い、二進も三進も行かなくなり、全てを奪われるのを待つだけ。

 これは、そういうやり方だった。

 

「アビドスにお金を貸した時点で、こうなる様に全てを……」

「だいぶ前から計画していた罠だったのかもね、それこそ、何十年も前から――それ位、大規模な計画だったのかも」

 

 ホシノは呟き、そっと拳を握った。

 一朝一夕で用意できるものではない。恐らくアビドスがカイザーコーポレーションを頼ったその瞬間から、こうなる事を見越して動いていたのだろう。或いは、最初は本当に金蔓程度に思っていたのかもしれない。しかし、予想以上の苦難に見舞われるアビドスを見て、方針を転換したか――どちらにせよ、碌なものではなかった。

 そして当然、それを受け入れられない者も居る。

 セリカが立ち上がり、テーブルの上に散らばる書類を見下ろし、震えながら云った。 

 

「――何それ、つまり私達は、カイザーコーポレーションの奴らに弄ばれていただけって事……!?」

 

 最初から返済出来ない事が分かって貸し付けていたのなら――つまり、自分達が必死に働いて貯めた金銭も、費やした時間も、そもそも、この『対策委員会』という組織さえも、すべて――連中の(てのひら)だったという事か。

 それは、到底受け入れられるような事ではなかった。

 自身の積み上げて来たすべてが、努力して来た事全部が、否定されるに等しい行いだ。セリカは一瞬言葉を失い、それから手元にある資料を睨みつけ、吐き捨てた。

 

「ッ……ふざけないでよッ! 生徒会の奴ら、どんだけ無能な訳ッ!? こんな好き放題土地を切り取られて……っ! 詐欺みたいなやり方に、騙されてッ……!」

「セリカ、落ち着いて」

 

 やり場のない怒りを声色に乗せ叫ぶセリカを、シロコは窘める。

 正面に座るノノミが、真っ直ぐセリカを見つめながら云った。

 

「セリカちゃん、悪いのは、悪意を持って騙す方です」

「……っ!」

 

 その言葉に、セリカは開いていた口をぐっと閉じる。

 そして力なく座り込むと、拳を握り締めたまま絞り出す様な声で呟いた。

 

「わ、私だって分かっているわよ……! ゲルマニウムのブレスレットとか買っちゃったりするし、下手したらここの誰よりも分かっている! 悪いのは騙した方だって事はッ! でもッ――!」

 

 食いしばった歯に、涙の滲んだ瞳。セリカはテーブルの上で頭を抱え、そのまま蹲った。

 

「悔しいじゃないッ! どうして、こんな……! ただでさえ苦しんでいるアビドスに、どうしてこんな、酷い事を……!」

「……それが、連中のやり方なんだ」

 

 感情の滲んだ声だった。蹲るセリカを、ホシノはどこか悲しそうな目で見ていた。それは嘗ての自分を重ねているからだろうか、そっと自身の手に視線を落とした彼女は、実感の籠った声で呟く。

 

「苦しんでいる人達って、切羽詰まり易くなっちゃうからね、藁にも縋る想いっていうのは結構あると思う、例え一見馬鹿げた話でも、他人に笑われるような事でも――余裕がなくなると、人は何でもやっちゃうものなんだよ……」

 

 ――その結果が【アレ】だった。

 

「ま、良くある話だけれどね? ただそれだけだと思うよ、セリカちゃん」

 

 ホシノの言葉に、セリカはぐっと言葉を呑み込む。

 良くある話、数多ある不幸の一つ――何て事のない、ありふれた悪意。

 それを飲み下せるか否か。或いは、こういうのを『大人になる』というのだろうか。

 もしそうならば、セリカは大人に何てなりたくないと、そう思った。

 ――悪意に鈍感になる事が大人になる条件だなんて、余りにも悲しいではないか。

 

「――状況は、決して良くありません……ですが」

 

 アヤネが、強く、光の籠った瞳で口を開く。

 

「漸く、私達を取り巻くすべてが明らかになって来た気がします」

「えぇ、そうですね」

「カイザーコーポレーションはアビドス生徒会が解散し、土地を購入する方法が無くなった……だからまだ手に入れていない、『最後の土地』であるこの学校を奪う為に、ヘルメット団を雇用していたのだと思います、そして恐らく、便利屋の皆さんも――!」

「……カイザーコーポレーションの狙いは、このアビドス高等学校そのもの」

 

 この場所以外の土地は手に入れた、ならば――このアビドス高等学校さえ手に入れてしまえば、カイザーコーポレーションはアビドス自治区を全て手中に収めた事になる。

 

「そうなると、次の疑問が出てきますが……どうして、土地なのでしょう? アビドス自治区は、もうほとんどが荒れ地と砂漠、砂まみれの廃墟になっているのに……」

「それは、確かに……云っちゃなんだけれど、こんな土地を奪ったところで何か大きな利益になるの……?」

「それは――」

 

 アヤネがそれに答える為に口を開こうとして――不意に、タブレットが音を鳴らした。

 視線を落とすと、テーブルの上に転がったアヤネのタブレット端末に着信通知の表示。

 

「これは……電子メール?」

 

 アヤネがタブレットの画面をのぞき込むと、アヤネのプライベートアカウント宛てに電子メールが届いているのが分かった。通知を開きながら、彼女は首を傾げる。

 

「こんな時に、一体誰から?」

「少し待って下さい、えっと、送信主は――」

 

 一覧から送信者欄に視線を向け、呟く。

 

「『A.R.O.N.A』……アロナ?」

 

 その名前に、アビドス対策委員会の皆は顔を見合わせた。

 

「誰でしょう、アヤネちゃんのお友達ですか?」

「いえ、この様な名前の友人は憶えがありません……」

 

 ノノミの問いかけに対し、アヤネは首を横に振って否定する。

 アロナ何て名前の生徒、アヤネには憶えがない。そもそもプライベートアカウントのアドレスを知っている生徒なんて、それこそアビドスの皆か、トリニティのヒフミ位なものではないだろうか? 立地的に他所の学園と距離のあるアビドスは、必然友人が作り難い。それを不便に思った事はないが、だからこそ目の前のメールが怪しく見えて仕方なかった。

 

「メール、開いてみる?」

「ちょっとシロコ先輩、ウィルスとか仕込んであったらどうするのよ……?」

「一応ウィルスチェックでは特に反応もありませんでしたが、アビドスの公式アドレスは兎も角、私のプライベートアドレスを何処から――」

 

 暫く考え込むも、心当たりのない状態で幾ら思考を回そうとも分かるはずもなく。

 アヤネは一つ頷くと、メールに指先を添えながら告げた。

 

「……開いてみましょう」

「良いの、アヤネ?」

「どちらにせよ、態々私の個人アドレスに送りつけて来たんです、もしかしたら、カイザーコーポレーションからのアクションかもしれません」

「セリカちゃんを誘拐した時みたいに、って事かな」

 

 ホシノの言葉に自然、皆の顔つきが険しくなる。

 全員の視線がアヤネのタブレットに集中し、どこか緊張した面持ちで彼女は画面に触れた。

 

「開きます――」

 

 ディスプレイの中で、メッセージが展開される。

 文字列は少なく、書かれていた文章はたった一つ。

 

『――カイザーコーポレーション、アビドス砂漠にて、動きアリ』

 

「……これだけ?」

「これだけ、ですね」

 

 どこか拍子抜けしたような声でセリカが目を瞬かせ、アヤネは何か他にないか、一番下の欄まで画面をスライドさせ、反転表記がないかなど手を動かす。しかし、どれもそれらしい成果を上げる事はなく、結局そのメールは本当にその文字列一つだけだという事が分かった。

 

「悪戯メール?」

「それにしては、少々、ピンポイントな気が……」

「うーん……」

「私達アビドスを誘き出すための罠、って線は?」

「あり得ますが、そうだとするとタイミングが良すぎませんか? 此方が勘付いたタイミングに被せるなんて、可能でしょうか?」

「……それもそっか」

 

 顔を見合わせ、互いに意見を交わし合う対策委員会。それを見ていたセリカは、じれったいとばかりに立ち上がり叫んだ。

 

「あぁもう、もう難しい事を考えるのも面倒ッ! どうせアビドスの砂漠はうちの自治区なんだから、実際に行ってみれば良いじゃん!」

 

 ずんずんとガンラックまで進み、自身の愛銃を掴んだ彼女はそれを突き出しながら続ける。

 

「どうせこのままじゃどうにもならないんだし、罠なら罠で踏み潰す! 寧ろ分かり易くなって良いし、そうじゃないなら一歩前進! 悪戯なら悪戯で、不安が無くなってスッキリ! 此処で考えて動かないより、この目で確かめた方が早いってッ!」

 

 そう云って鼻を鳴らすセリカを見た皆は、ふっと口元を緩め、頷いた。

 

「……ん、そうだね」

「案ずるより産むが易し、ですか」

「……いや~、セリカちゃん良い事云うねぇ、こんなに逞しく育ってママは嬉しいよ、泣いちゃいそう、ティッシュちょうだい」

「はい、ど~ぞ☆」

「な、何よこの雰囲気!? 私がまともな事を云ったらおかしい訳!?」

「あはは、そんな事は……ですが、セリカちゃんの云う通りです!」

 

 皆が視線を交わらせ、ガンラックの愛銃を手に取る。何があるかは分からない、罠かもしれない、けれど――どちらによ、此処で燻っているよりは何倍も良い。

 

「――行きましょう、アビドス砂漠へッ!」

 

 ■

 

 皆が退出した後の部室――アビドス砂漠へと向かう為に、熱中症対策や防塵対策、そして現在地を見失わない為の用意は必須だった。その準備に対策委員会の皆が奔走する傍ら、シロコは自分のバックから一枚の紙を取り出す。

 そこには、こう書かれていた。

 

『退会・退部届――対策委員会 小鳥遊ホシノ』

 

 その紙切れを強く握りながら、シロコは想う。

 風紀委員会との戦闘時――ホシノ先輩があそこまで長い時間席を外すなんて事、今までなかった。それに、あんなに追い詰められるまで、先輩が来ない何て。誰よりも対策委員会を愛し、率いて来た人だった。そんな彼女が見せた、明らかな『違和感』。少なくない時間を共に過ごした自分だから気付けた。同時に、ノノミも薄々何かに勘付いているのではないかと、シロコはそうも思う。

 良くない事だとは分かっていた、他人のバッグを漁るなんて。

 恐らく、先輩自体も気付いているだろう、この紙を抜き取られた事を。

 

 それでも――先輩がアビドスを去る様な真似は、許容できない。

 

「何か、きっと理由がある……」

 

 呟き、シロコは歩き出す。

 アビドスと皆を守るために。

 自分の居場所を、守るために。

 


 

 生徒の泣き顔を見て愛を感じ隊委員会の開催にあたり、ご挨拶を申し上げます。

 国民の皆様の安全、安心の確保に万全を期すとともに、我が国の純愛社会の発展に寄与するべく、職務に邁進して参ります。

 まずは、昨今の投稿時間遅延化、それに伴う問題の顕在化につきまして、政府としても誠に遺憾に思っており、今回は全国五千兆人のヤンデレスキーの皆さまに対し、ユウカ財務大臣との連携の一例を提示すると共に、今後の方針を交え、良き透き通るような世界観を維持していこうと考えております。

 

 現在、本件に対する見解につきまして、生徒の目の前で先生を血塗れにして泣き顔にした上で愛を感じ隊代表は、「ぶっちゃけ一話七千字くらいで抑えようと思っているのに、気付けば一万二千字とかになっている、その上で後書き三千も書いたら一万五千ゾ? 毎日投稿で三千字でも二日で六千やろうがい! これじゃ毎日投稿で七千五百字書いているようなもんじゃないですか!」と発言しており、政府としては提出された生成物を小分けにする事に関しましては、国際法を著しく侵害するものであると考え、より強い表現で遺憾の意を伝えて参る所存です。これによる執筆時間増加に関しましては、マイナンバーカードと保険証の一体化を加速、代表の健康を増進し、次期代表健康づくり運動プラン策定に向けた議論を進めると共に、来るべき時に備え執筆事業を着実に実施します。

 生徒の泣き顔とそれに伴う情動の変化はまとめて摂取するからこそ効果的であり、そこから生じる泣き顔(愛情)は数少ない人類にのみ発案可能なソリューションの一つでありまして、今後これを世界に広く発信していく所存です。

 

 この、生徒の目の前で先生を血塗れにして泣き顔にした上で愛を感じ隊代表の業務範囲に関しても、専門家の間で意見が分かれるところではありますが、今回に関しましては「本編・後書き」のみの運用に留めております。感想返信に関しましてはまだまだ課題点も多く、今後ともユウカ財務大臣、アコ外務大臣らと議論を重ね、年内の解決を目指しております。

 さらに、革新的な小説の執筆を促進する環境整備や、泣き顔等の品質及び安定供給の確保等に取り組みます。加えて、泣き顔等行政評価・監視委員会の御意見等も尊重し、泣き顔等の安全性の確保や「可哀そうなのは可哀そう」の再発防止に一層取り組む事を目標としております。

 あわせて、全国五千兆人のヤンデレスキー国民の皆様には、今後とも泣き顔等品質及び安定供給確保の為、感想、評価、お気に入り、ここすき、「投稿まだですか?」個人メッセなどによる応援等、委員長、理事をはじめ委員の皆さま、国民の皆様に一層のご理解とご協力を賜りますようお願い致します。

 

 また、日曜日の今日、お布団が私離れ出来ない事で、半日爆睡していた事を此処に告白します。

 うぅ先生、私が血反吐撒き散らしながら小説書くとこみてて……。

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