前回ペロロ様が切腹しましたが、安心して下さい、ちゃんと切腹したペロロ様には先生が入っていますから。
――まるで、泥の中に居る気分だった。
意識の覚醒というものは、蘇生の瞬間に酷く似ている。
微睡は安寧だ、痛みと云うのはいつも現実を認識してからやってくる。だから
薄らと、目を覚ます。
最初に見えたのは白の天井。見覚えのないそれに、しかし先生は慌てることなく視線を動かす。頭の靄は数秒もあれば晴れる、慣れたものだった。最初に確かめるのは四肢の確認、動かすだけではなく、自身の肉眼で確かめる。感覚だけでは『ある』と錯覚する事も珍しくないと知っているのだ。
天井に翳した両腕に不足が無い事を確かめ、自身の体をゆっくりと起こし、両足を動かす。
きちんと繋がっている――欠損はない。
そこまでして、先生は自身の開けた患者衣、その中に見える胸から背中まで半円形に刻まれた新しい痕に気付いた。
――どうやら、命を拾ったらしい。
先生は口に装着されたオキシマスクに手を当てた所で、横合いの床頭台にタブレットを見つける。誰が用意してくれていたのか、充電ケーブルも繋がれており、グリーンランプが点灯していた。先生はマスクから手を放し、タブレットに手を伸ばす。
充電はフル、電源ボタンを押し込めば認証画面が開き、先生は自身の指先を翳した。
「……アロナ」
『――先生……!』
指紋認証を終えると同時、視界一杯にアロナの顔が広がった。どうやらかなり心配を掛けたらしい、その瞳には涙が滲み、表情には不安と怒りが滲み出ている。
「ごめん、今、目が覚めたよ」
『ほ、本当に心配したんですからね!? 先生は、いっつも、いっつも無茶ばっかりして……!』
「申し訳ない……あの後は、皆が私を
『はい、アビドスの皆さんと便利屋の皆さんが、先生を抱えて此処まで……!』
「そっか、悪い事をしちゃったかな」
そう云って頬を掻く先生は、新しく生まれた傷跡をそっと掌で撫でつける。痛みはないが、何となく皮膚が張ったような違和感があった。
「それで、一応聞くけれど、私の
『……はい、TVS-151のナノマシンが
「そっか」
それだけ聞き終えると、先生は被せられていたオキシマスクを取り外し、二度、三度、軽く息を吸う。問題ない事を確かめ、枕の横へとマスクを放った。
『せ、先生!?』
「アロナ、この部屋の電子機器の掌握を頼むよ」
そう云って、ベッドに腰掛ける先生。アロナは先生の指示に一瞬逡巡する様子を見せるものの、云われた通り室内の電子機器を一通り掌握し、計器の数値やアラートの類を正常値へと操作する。その間に先生は病室に備えられていたクローゼットを物色し、中を覗き込んでいた。
一人部屋の病室は思いの他広く、必要なモノは一通り揃っている様に見える。シャーレの顧問という待遇故か、或いはそもそも患者数が少ないのか、アビドスが無理を云ったのか。
クローゼットの中に入っていた患者衣を手に取りながら、先生は呟く。
「制服は――流石に穴も開いていたし、血塗れすぎて処分されたかな? シャツの類は別に良いのだけれど、シャーレの制服はなぁ、申請しないと……おっ、腕章発見、これは無事だったか」
『あの、先生! まだ本調子とは程遠いのですから、安静に……!』
「そうも云っていられないんだよね――」
口にし、先生は手元のタブレットに視線を向ける。
「私に何かあった時のプロトコルは、ちゃんと踏んでくれた?」
『指示された日付に先生の意識が無かった場合、送信される手筈のメッセージなら、ちゃんと送りましたよ……!』
「それは重畳、助かるよ、なら後はクラフトチェンバーの空いたスロットに、パターン四番の製造をお願い、大分使っているけれど、予め投入していた材料で足りるかい?」
『え、あ、はい……四番、えっと、それなら可能です、ですが予め投入していた材料分だと、恐らくこれで最後になるかと』
「シャーレに戻っている暇はないし、実質これが最後のクラフトか……」
『せ、先生、もしかして――』
「うん?」
アロナの何処か切羽詰まった様な声色に、先生は疑問符を浮べながらタブレットを見た。
『病院を、抜け出すつもりですか……!?』
「つもりもなにも……」
どこか呆れたように、或いはお道化る様に、先生は肩を竦めて笑う。
「私が生徒達が頑張っている傍ら、呑気に寝ていられると思うかい?」
『う、うぅ~! うぐぅッ~……!』
確かに――この先生がそんな状態で呑気に眠りこける筈がない。云われなくても身を投げ捨て、苦難を背負い込む先生だ。生徒達が動いていると知れば、自然その後を追おうとするだろう。
分かっていた事だった、予想出来た事だった。しかし、だからと云って無感動にそれを見送れというのも酷な話。
アロナは青い教室の中心で地団駄を踏み、涙目になりながら叫んだ。
『先生は休むべきです! いっつも、いっつも無茶ばかりしてっ! 偶にはアロナの云う事も聞いて下さいよぉ!』
「ははは、私としてもアロナを蔑ろにするつもりはないのだけれどね、今はどうしても時期が悪い、所謂無茶のし時って奴さ――大丈夫だよアロナ、これが終わったらエデン条約まではゆっくり休ませて貰うから」
『私はッ、今、先生にッ、休んでっ、貰いたいんですぅ! というか前もそんな事云っていましたよね!? 何だかんだ云って休まない心積もりですか!?』
「ははは、そんな事ないよぉ」
アロナの言葉を右に左に聞き流しながら、先生は目ぼしい所持品を回収する。アロナがプロトコルをきちんと行ってくれたのならば、今アビドスは砂漠地帯に向かった頃だろう。そうでなくとも、彼女達の現在位置なら端末で調べる事も出来る。
そして、彼女達が砂漠に向かったとなれば――移動手段が必要だった。
「さてアロナ、ミレニアムサイエンススクールの……そうだな、エンジニア部に連絡をお願い」
ぷんすかと頬を膨らませて怒りを見せるアロナに苦笑を零しながら、先生は云う。
「――こういう時に頼りになるのは、マイスターだからね」
■
「さて、此処までは順調でしたが……」
「ん、此処から先は砂漠地帯、徒歩で行くしかない」
目の前に広がる広大な砂漠。途中までは車両を使用しての移動も可能だったが、此処から先は砂漠地用の防塵オフロード車か、航空機でもなければ難しいだろう。
タイヤの空気圧を下げ、タイヤが砂に沈まない様にしたり、各部に砂が入り込まない様にメンテナンスを行ったり、長距離の砂漠を車で走るのには色々と準備が必要なのだ。それもアビドスのような広大な砂漠なら尚更。
「アビドス砂漠、砂漠化が進む前から、元々砂漠だった場所かぁ……」
「普段から壊れたドローンや警備ロボット、オートマタなどが徘徊している危険な場所ですから、十分に注意をして進みましょう」
「了解~」
アヤネの言葉に、全員が頷きながら砂漠を見据える。何故かは知らないが、この砂漠地帯にはオートマタやドローン、ロボットの類が良く徘徊しているのだった。砂に沈んだ街に配備されていたものが誤作動を起こしたのか、或いは磁気の狂いだとか、もっと別の理由があるのか。最早調べる理由も、力もなくなってしまったアビドスにとっては謎のまま。
「念の為、今一度火器の動作チェックをお願いします」
「砂塵には気を付けないとですね~☆」
「帰ったらまた、分解清掃かぁ……」
「暴発は怖いからね、手入れは大事」
呟き、愛銃の動作を確認したアヤネが前を見据え、告げる。
「さて、このアビドス砂漠でカイザーコーポレーションが何を企んでいるのか、実際にこの目で確かめてみる事にしましょう……!」
■
そして、砂漠を行進し続け――かなりの時間が経過した。
朝方に出発し、既に時刻は昼を回って久しい、最初は機嫌が良さそうだった砂漠も、奥へ奥へと進むたびに徐々に風が吹き始めた。既に全員が防塵用のコートと、マスクを首に下げている。砂嵐と呼べない様な規模であっても、その只中に放り込まれてしまえば呼吸すら危うくなる。何であれ備えは必要であった。
銃を懐に抱えながら前進するアビドスは、砂塵に覆われた景色を見つめながら呟く。
「うぅ、風が吹く度に小石が足に当たって……痛い」
「でも、大分進んできましたね」
セリカが素足を撫でながらそう呟くと、ノノミは周囲を見渡しながら頷く。
「これが、棄てられた砂漠……」
「砂だらけの市街地に行ったことはありましたが、ここから先は私も初めてです」
「いや~久しぶりだねぇ、この景色も」
「先輩は此処に来たことがあるの?」
ホシノが呑気な様子でそう口にすれば、セリカは疑問符を浮べ尋ねた。
「うん、前に生徒会の仕事で何度かね~……もう少し進めば、そこにはなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」
「えっ、オアシス? こんな所に?」
「うん、まぁ、今はもう全部干上がっちゃったんだけれどね~、元々はそんじょそこらの湖よりも広くて、船を浮べられるくらいだったとか」
そう云って周囲を指差すホシノ。残念ながら彼女の云うオアシスらしきものは影も形も見えないが、それ程大規模な湖が埋まると聞くと、興味を惹かれる。
「ま、私も実際に見た事はないのだけれど」
「砂祭り……私も聞いた事がある、アビドスでは有名なお祭りで、凄い数の人が集まるって」
「そうそう、別の自治区からもそのお祭り見たさに人が来る位だったからね、まぁ、砂漠化が進みはじめるより何十年も前の事だけれどさ」
「へぇ、今はこんな砂まみれの景色だけれど、ここでそんな凄いお祭りがねぇ……」
呟き、相も変わらず広がっている砂の光景を目に焼き付けるセリカ。改めて砂漠化の影響を思い知った。それ程大きな祭りが、嘗てはこの場所で行われていたのだと。ならばきっと、此処もかつては大きな街があったに違いない。けれど今は、その影すら見つける事が出来ない。
――或いは何十年後か、私達の住む町も砂に呑まれるのだろうか。
その未来を想うと、酷く胸が痛んだ。
「前まではこの辺りも、結構住みやすい場所だったらしいからね、当時はこんな砂埃もなかっただろうし……ところでアヤネちゃん、まだ目的地は遠そう?」
「えっと、一応設定したセクターまでは、もう少しですね、間もなく到着するかと」
「もう少しですか、見た所、この辺りは何もなさそうですけれど……」
ノノミが目を擦りながらそう口にすれば、ふと視界の端に影が映った。
「ん、あれ……」
シロコも気付き、全員の足が止まる。見れば前方に砂塵に紛れてドローンとオートマタの姿があった。全員が近場の岩陰に身を隠し、アヤネがドローンで偵察を行う。数はそれほど多くないものの、一つの集団として動いている様子だった。
「ふむ、ドローンにオートマタか……この辺り、何でかこういうのが良く集まるんだよね」
「あれは、一体何をしているのでしょうか?」
「目的もなく、歩いている様にも見えるけれど」
「……取り敢えず、態々手を出す必要もないし、通り過ぎるのを待とうか」
呟き、全員が大きな岩陰の傍で座り込む。一団はゆっくりとした足取りで行進しており、ドローンはオートマタの周辺を意味もなく回り続けていた。傍から見ると、本当に何をしているのか分からない。或いは、警邏の真似事でもしているのか。
不意に、一際強い風が吹いた。全員のコートが靡き砂塵が大きく舞い上がる。見れば遠くで大量の砂が巻き上がり、ほんの先すら見えなくなる様な風が近づいていた。嵐と呼ぶほどではないが、楽観視出来るものではない。それを見たシロコが思わず叫ぶ。
「ッ、風が出て来た……!」
「これは、ちょっと大きいのが来そうだね」
「防塵シートを出しましょう!」
アヤネの言葉に頷き、全員が小分けにして持ち込んでいた背嚢を下ろす。中には段々になって伸びるタイプのパイプが入っており、シロコはそのパイプに持ち込んだ防塵シートを通し、ロープに繋いで岩場にアンカーを打ち込んだ後、ボルトで固定。全員が着込んでいたコートを繋ぎ、簡易テントを作り出した。
大きさはそれ程でもないが全員が屈めば入り込める程度の大きさで、即席の避難所としては十分に機能する。背嚢を抱えたまま全員がテントの中に避難すると、一拍遅れて強い風が吹いた。
中には砂利がシートを叩く音が響いている。手足に付着したそれを軽く払いながら、セリカが岩場に背を預け呟いた。
「ふぅ……砂とか小石とか、バシバシ当たって痛いのよね、シート一枚あるだけでこんなに快適だなんて――ホント、文明の利器って便利」
「倉庫で埃を被っていたものを引っ張って来ただけですが、まだまだ現役みたいですね」
「……元々は、砂祭りで使う為のテントだったのかも」
シートの内側に、掠れた文字で書き記されていた『砂祭り運営委員会』の文字。シロコはそれを指先で擦りながら呟く。
「……アヤネちゃん、ドローンは大丈夫?」
「流石にこの砂塵の中を飛行させると危険なので、現在は岩陰に着陸してフライト待機状態ですが――」
そう云ってアヤネはタブレットを操作し、通信状態が保たれている事を確かめた。一応、アヤネの使用するドローンには防塵・耐水機能が備え付けられており、自らカスタムした分頑丈ではあるものの、流石に砂嵐の中を飛ばせる程の性能はない。
「……良かった、この位の距離なら操作も問題なさそうです」
「さっきのドローンやオートマタはまだ近い?」
「いえ、反応は大分遠いです、ただレーダーの精度も現在は正確とは云えないので……取り敢えず、風が収まるまでは待機ですね」
呟き、時が過ぎるのを待つアビドス。そんな中、不意にセリカのお腹がきゅうと鳴った。全員がセリカに視線を向ければ、顔を真っ赤にしたセリカが腹を抑え、思わず捲し立てる。
「な、何よ!? 仕方ないじゃない、朝からずっと歩き通しだったし、御昼ごはんも食べてないし……っ!」
「あはは、そう云えばそうだったね……私も少し、お腹が減ったかもしれません」
「うへー、それじゃあちょっと遅いけれど、御昼ごはんにしよっか」
「ん、そうしよう、個人用の携帯食料はあるけれど、確か皆で食べる分は……」
「私のバッグに入っていますよ☆」
そう云ってノノミが背嚢の中に手を入れ、五人分の食糧パックを取り出した。遠征や、戦闘時に持ち運べるレーションである。
それからノノミは背嚢からアルマイトの容器を取り出し、それに半分ほど水を入れ、皆の食糧パックを中に浸す。あわせてシロコが背嚢から取り出したのは、平べったく、白色の付箋のような代物。セリカが不思議そうにそれを眺めていると、シロコは徐にそれを中程から折り曲げ、容器の中に放り込んだ。
すると、程なくして容器の中から気泡が浮き始め、湯気が立ち上り始める。ノノミは手際よく中のパックを取り出すと、断熱材でパックを包み全員に配った。アヤネは手渡されたそれをまじまじと見つめ、問いかける。
「ノノミ先輩、これ、中身は何でしょう?」
「もち米で出来たお赤飯ですよ~、お赤飯は腹持ちが良いそうなので、こういう時にぴったりかと思いまして」
「へぇ~、こんな食料、
「ん……確か、先生から貰った補給品に入っていた気がする」
「ほんと、先生様々ね……」
パッケージの封を切ると、平べったく固まった赤飯が顔を覗かせた。粘性があるので米が零れる事もなく、中には肉や豆と云った具材も含まれている。暖かい熱を発するそれに唾を呑み込んだセリカは、「頂きます」と呟き、その端を齧った。
「っ……お、美味しい……!」
「これは、凄いですね――!」
隣で同じように赤飯を口に含んだアヤネが、どこか驚きを湛えた瞳で手元のパックを見る。携帯食料というものは、大抵どこか栄養補給を優先している節があり、味は二の次、三の次とされるものが殆どだった。だからこそ、多少凝った食料品でも食べられるのならばまぁ、という程度で味に期待などしていなかったが――口にしたそれは、予想していた味の数段以上美味かった。
「こ、これ、結構高い奴だったりするのかな……?」
「ん~、どうだろうなぁ、普通のレーションだとそんなに値段は高くないけれど、でも確かに、これなら普段食べたい位の味だね~」
「まぁ、頂いた分はまだ校舎にありますし、食べたくなったらまた皆で食べましょう☆」
「う、うーん、一応戦闘糧食だし、普段食べる用じゃないと思うのだけれど……」
そんな言葉を口にしながら、ぺろりとパック一つを完食するアビドスの面々。空になったパックはノノミが回収し、ゴミ用の袋に詰めて圧縮。パックを熱する為に使用した湯は捨てずに、粉末状の紅茶スティックを入れて茶になった。
水筒の上部カップに入った茶を啜りながら、セリカはふと呟く。
「はぁ、まさか砂漠のど真ん中でお茶を飲めるなんて……でもお腹は満たされたけれど、髪も服も砂塗れで、帰ったらシャワー浴びたい」
「あはは……まぁあれだけ風が吹いたからね、仕方ないよセリカちゃん」
「帰ったらみんなでお風呂に入りましょうか~」
「うへ、裸の付き合いって奴?」
「楽しそうだね」
「いや、別にお風呂なんて皆で入らなくても……」
云いながら、外で未だ吹き続ける風の音に耳を傾ける。
セリカと同じように茶を啜っていたシロコは、不意に呟いた。
「……先生、大丈夫かな」
風の音に紛れて掻き消えると思った呟きは、存外に耳に残った。皆がシロコに視線を向ければ、どこか「しまった」という表情を浮かべた彼女が、申し訳なさそうに俯く。
「ん、ごめん、ちょっと……心配になって」
「それは、心配になりますよ、誰だって」
「……大丈夫よ、だって直前まであんなに動き回っていたんだし、今頃院内の廊下でシャトルランでもやっているに決まってるわ!」
「そ、それはちょっと元気すぎる気が……」
「……まぁでも、おじさんもセリカちゃんの意見に同意だよ、先生がそう簡単にヘバっちゃうような姿、あんまり想像できないし」
「それは、確かにそうですね」
ノノミが苦笑を浮かべながら同意すれば、シロコがやや眉を下げ口を開く。
「でも、だからと云って自分の体を大事にしないのは駄目だと思う」
「うへ、それはそうだ」
「入院は良くない事ですけれど、これを機に少しでも休んでくれたら良いですね……普段も激務みたいですし」
アヤネが呟くと、ホシノがどこか困ったように肩を竦めながら云った。
「まぁ、キヴォトスに幾つ学園があるのかって話だよね、それだけ目を配る場所が多くなる訳だから」
「……そんな中から、アビドスに来てくれたのは、本当に僥倖でした」
「ん、先生には感謝してもし足りない」
そんな話をしていると、徐にセリカが持っていたカップを握り締め、険しい表情で吐き捨てた。
「……あぁ、何か先生の話を聞いていたら、ゲヘナ風紀委員会の連中にまた腹が立ってきた……!」
「せ、セリカちゃん、落ち着きなよ」
「それは次に会った時、賠償金を吹っ掛ける事で晴らすと良いよ、借金返済にも繋がるだろうしね」
どこかおどけた様にそう口にするホシノ。
そして気付けば、あれだけ五月蠅かった風の音が段々と収まり、アヤネがふと顔を上げ告げる。
「――風、止んできましたね」
「ん、外を見てみる」
そう云って首をテントの外へと突き出したシロコは、大丈夫だと判断しテント出入り口の封鎖を解く。再び外へと踏み出したアビドスは、僅かに頬撫でる程度の風に胸を撫で下ろし、大きく伸びをした。
「……これくらいの風なら、移動も出来そうですね」
「良し、それじゃあシートを片付けて、出発しようか」
「分かった」
頷き、テントの解体を始めるアビドス。ふと、岩に打ち込んだアンカーを抜き取るシロコの目に、大きな影が映った。最初は見間違いかと思ったが、目を擦って再度注視すれば――確かに、岩場ではない何かのシルエットが見える。
「――あれは」
「ん? どうしたの、シロコ先輩?」
「セリカ、あれ……」
「あれ?」
そう云ってシロコが指差した方向へと顔を向けるセリカ。まだ遠いが、確かに何か影が見える。岩場か何かだろうかと首を傾げたセリカは、前傾姿勢になりながら目を細めるが――やはりシルエットはハッキリしない。
「さっきまで風が吹いていたから、砂埃で見えなかったけれど……巨大な街、工場? 良く分からないけれど、何か、大きい施設が、向こうに……」
「街って、こんな所に? 何かの見間違いじゃなくて?」
シロコの言葉に、どこか疑る様な視線を向けながら隣のノノミへと水を向ける。
「ノノミ先輩は見える?」
「いえ、私にはちょっと……ただ、形から岩ではないような……?」
「……アヤネちゃん、ドローンで見れる?」
「あ、はい!」
ホシノが解体したパイプを片手にそう問いかければ、アヤネは着陸させていたドローンを飛ばし、空からカメラを使用し影を拡大した。皆がアヤネのタブレットを覗き込み、画面を注視する。
「ドローンカメラですと、これが最大ですが……」
「――確かに、これは建築物だね」
ホシノがタブレットの中に見える、輪郭のあやふやなシルエットを指差し告げる。確かに遠目ではっきりとはしないが、それは人工物の様に見えた。
「……こんな、誰も居ない様な砂漠に? 埋もれた街とかじゃなくて?」
「流石にそこまでは分からないけれど、もし埋もれた街ならこんな風に綺麗に露出していないと思う、もっと地中から生えた感じになるから」
答えながら、ホシノは訝しむ。ホシノ自身、砂漠の下に埋まっていた町が砂嵐で露出したとか、そういう可能性を疑っていた。しかし、それにしては随分と高低差が『綺麗』なのだ。周辺には建物を覆う様にして広がる外壁も見える。嘗ての街に、こんなものは無かった筈だった。
「兎に角、肉眼で確認出来る位置まで近づいてみましょう」
「えぇ、そうですね」
アヤネの言葉にノノミが頷き、アビドスは正体不明の建築物に向かって前進を開始する。その間、妙な胸騒ぎが消えず、ホシノはそっと愛銃を握り締めた。
■
建築物は、皆がテントを張った場所から近すぎず、遠すぎずの距離にあった。近付くにつれ、全貌が明らかになる建物群。周囲をぐるりと外壁で囲み、所々に電波塔らしきものが聳え立ち、内部にはトラックや倉庫らしき小さな建物が規則正しく並んでいる。それらを前に、アビドスの皆は呆然と立ち尽くす。
「……これは」
「何、これ」
砂漠のど真ん中に突如現れた人工物、少なくともこんなものがあるなんて事を、アビドスは今の今まで知らなかった。
シロコは周囲を囲む外壁を視線でなぞり、呟く。
「この張り巡らされている外壁と有刺鉄線、数キロメートル先まであるよ」
「かなり大規模ですね、これは工場でしょうか? 石油ボーリング施設、ではなさそうな……一体何でしょう?」
ノノミが中を覗き込みながら首を傾げる中、隣に立つホシノは厚く、砂塵に塗れた外壁に手を当てながら口を開く。
「――こんなの、昔はなかった」
少なくとも二年前、まだホシノがアビドス生徒会として活動していた時――この砂漠へと足を運んだ当時、こんな大規模な施設は存在しなかった。つまり、この施設は比較的最近建設されていたという事になる。
いつの間にこんな大規模な工事を――いや、誰も通らない様な砂漠地帯、目を盗んで活動する事自体は難しくない。問題なのは、こんな施設を建てる事が出来る組織があるという事で――。
そこまで思考を回していたホシノの耳に、不意に銃声が鳴り響いた。
銃弾は外壁に凹みを刻み、足元の砂が跳ねる。
「うわっ、何なに!?」
「っ、銃撃!」
セリカが叫び、シロコは素早く近場の遮蔽物に身を隠す。見れば、比較的外装の整ったオートマタ兵士が銃を手に此方を狙っていた。
「侵入者発見!」
「逃がすな、拘束しろッ!」
此方に銃口を向けながら叫び、周囲に集まり出す兵士達。対策委員会は近場の影に身を隠し、愛銃の安全装置を弾いた。
「た、確かに無断で入ったけれど、別に悪い事していた訳じゃ……!?」
「警告もなしに、いきなり発砲ですか!」
「しょ、所属不明の兵力が展開しています! 数は十以上……全てオートマタですっ!」
「――良く分からないけれど、歓迎の挨拶なら返してあげた方が良さそうだね?」
ホシノが呟き、その目が険しさを帯びる。
撃ってきた以上、平和的に会話で解決……という訳にもいかないだろう。声を掛ける間もなく攻撃してきたのだ、この施設の存在を知った者を排除する心積もりなのかも知れない。
視線で互いに意思疎通を行い、皆が抗戦の意思を見せる。
どちらにせよ、こんなものを見せられて手ぶらで帰る訳にもいかない。ホシノが身を乗り出して銃を構えれば、皆が続く様にオートマタへと銃口を向けた。
「よし……戦闘開始っ!」
ま゛た゛一゛万゛二゛千゛字゛!!!
でも個人的に一万字超えないと「あ~、読んだわぁ~」って気せぇへんし、ままええやろ。
こんな健気で良い子達を泣かせようとしている先生が居るってマジ? こんな子達に悲しい思いをさせる人なんて許せない……倫理観とか道徳をかなぐり捨てた酷い奴に違いない。オラっ、あなたの事だぞ先生! こんな子達に心配されながらも無茶ばかりしやがって! 罰として生徒の目の前で手足捥いでやるからなっ! 反省しろッ! 吐血! 入院! 吐血! うぉっ、すげぇ無限ループ……不死身かな? 多分人間なら死ぬと思うんですけれどぉ(名推理)
結局先生が出ない回は一話で終了しましたね、仕方ないですよ、だって先生を出したくて震えるくらいですから。生徒達の愛を感じる為には先生を動かさないといけないって、それ一番云われているから。だから臓器が欠けていようが、血が足りなかろうが、何があろうとも生徒の為に駆けつけ苦痛に歪んだ顔を見せてあげて先生、そうすれば生徒はもっと可愛くなるよ♡ おいおいおい、これ以上生徒が可愛くなってしまったら先生の心臓が止まっちまうぜ? うぅ、先生の心臓止まるとこみてて……。そんな死因で恥ずかしくないの先生? 生徒が可愛すぎて死ぬとか理解出来ないわ。理解して♡
ミカーァッ! ミカ、ミカ、ミカ、ミカァァア! ミカミカゼミ。
エデン条約まだ先だけれど書きたくて仕方ないぞミカァ! 先生に、「私の大切な御姫様に、何をしているのッ!」と啖呵吐かれて、「……わーお」って赤面していたミカァ! デロデロに甘やかされて、どんな時でも自分の味方をしてくれて、辛いときは寄り添ってくれて、決して折れず曲がらず、自分とは違って一本の強い芯の通った先生に惹かれて、好きで好きで仕方がないミカァ!
一応幽閉されていた身だというのに、実は内緒で抜け出して――セイアもナギサも気付いているけれど、まぁ偶にはストレス発散しないといけないし黙殺していた――シャーレで、「先生、きちゃった♡」していたミカァ!
偶に他の生徒とカチ合うと、「ふぅーん、なに、わ・た・し! の先生に何かご用事~?」と威嚇してメンチを切っていたミカァ!
成績はそんなに悪くないのに勉強が分からないふりをして、「先生、ここわかんなーい」と二人きりになる口実を作ろうとしていたミカァ!
先生のお嫁さん枠を取り合っている生徒の前に、「この中で~、『私の大切な御姫様♡』って呼ばれた事のある生徒っている~? ――居ないよねぇ!?」ってマウント取って戦争起こしかけたミカァ!
子どもっぽくて、夢に溢れていて、素敵で、胸がときめく様な、そんな物語の主役に憧れていたミカァ!
けれどそんなのは夢物語で、自分には縁のない話で、罪を犯した自分が救われる事はなく、ただ闇の中で、一人ぼっちで死んでいくのだと――そんな諦観の中に沈んでいた自分の前に立ち、全力で守ってくれた先生の背中を知っているミカァ!
そんなミカの前で先生に血を撒き散らして死んで欲しい。
倒れたサオリにとどめを刺そうとしたミカの前に飛び出して、心臓をぶち抜かれるのも良い。聖徒会の前で啖呵を切り、相討ちに近い形で斃れるのも良い。どんな形であれ、ミカは驚愕し、絶望し、泣き喚き、先生に縋ってくれると信じているから。
でもやっぱり最高なのはキヴォトス動乱で最後まで先生の為に戦うミカが、これ以上はヘイローが壊れてしまうって程、限界まで体を酷使して、そんなミカに飛来した致命的な一発を先生が庇うっていうのが芸術点高くてスコのすこここ。
夢を見せてくれた先生に、自分を救ってくれた王子様に、今度は私が救いを、祈りをと、そう一心不乱に戦うミカはきっと強いよ。強いからこそ、畏怖と敬意を持って撃たれるだろう。特に正実とかシスターフッドじゃないトリニティのモブの民度は凄いからね、弱者を多勢で以て嬲る事は得意だろうから。まぁそれが一部なのか、或いは大多数なのか、それは分からないけれど。
ミカは絶対死ぬ寸前まで戦ってくれる、先生に教えられた事だもの、諦めないという事は。どんな絶望でも、どんな苦境でも、先生は希望を持って決して諦めない。だからこそ、先生が生徒の立ち続ける限り、決して斃れない様に。ミカもまた、先生が諦めない限り、迫り来る生徒の前に立ち続けるんだ。
私は先生に救われた、だから今度は私が救う番。
先生は私に夢を見せてくれた、だから今度は私が夢を見せる番。
「私みたいな問題児はさ、先生に何度も心配をかける生徒は……先生の傍にはいられない事も、良く分かっている……」
「もう、帰る場所がないの、トリニティにも……どこにも……」
「生徒じゃなくなったら、私みたいな問題児、先生だって、もう会ってくれないよ……」
「私に、これ以上幸せな未来なんか訪れないって事も、良く分かっている……」
「私は、悪党だから……人殺し、だから……」
「だから……私に残っているのは、『こんなもの』しか、ないの――」
そんな言葉を宣って、涙を流した自分に寄り添い、欲しいものを『全部』くれた先生の為に――!
そんな幸せと希望と居場所をくれた先生をミカの前で射殺してぇ~!
もう立ち上がれない程ぼろぼろになったミカの前で、愛しの生徒を抱きしめながら背中で弾丸を受ける格好良い先生の姿みてぇ~!
ミカは何が起きたか分からないぞ、もう本当に駄目かもしれないという所で颯爽と現れる先生。いつぞや聖徒会と対峙した時の様に、自分のピンチに駆けつけてくれる王子様。そんな先生の姿に、「先生……?」ってミカは驚きと、そしてほんの少しの嬉しさを滲ませながら、名前を呼んでくれる。
そして、今にも触れ合いそうな距離で見つめ合いながら、きっと先生は微笑んでくれる。そのままミカを抱きしめて、静かにミカへと寄り掛るんだ。
「――先生?」
そこでミカは、漸く先生の背中に滲む血に気付く。先生の背中へと回した自身の手に、こびり付く生暖かい赤色。それに気付き、ゆっくりと手を開いたミカは、徐々に瞳を見開き、自身の肩に首を乗せ項垂れる先生を小さく揺する。
「先生? ねぇ、せんせい」って、何度も揺するのに、先生は全然起きてくれなくて。先生の背中越しに、驚愕と後悔と絶望を滲ませた、生徒達の姿が見えて。それでもミカは認めたくなくて。
震える手足を必死に押さえつけながら、まだ暖かい先生だったものに呼びかけ、揺すり続けるんだ。いつもみたいに名前を呼んでって、こんな夢の終わり方は嫌だよ、って。先生の血に塗れた制服を、皺になる程つよく握り締めながら。
ミカは可愛いなぁ、絶対先生ガチ勢にして幸せにしてあげるから待っていてね。今まで大変だった分、報われなくちゃ駄目だよ。先生の手足全部千切ってでも幸せにしてあげるから、全く先生も幸せ者だよね、こんなに想ってくれる生徒がいるんだからさ。だから絶対幸せにするんだよ? 何を喪っても、どんな代償を支払ってでも、彼女達の夢と希望と平穏を守ってあげなくちゃ! だって先生なんだから!
救えなかった結末から目を背けちゃ嫌だよ先生。生徒の為にあなたが死んだように、あなたの為に生徒は全部を投げ捨てたのだから。