「先生、お待たせしました」
「そんなに待っていないよ、リンちゃん」
「リンちゃ……いいえ、今は構いません」
ワカモが走り去って一分もしない内に、連邦生徒会のリンはシャーレへと到着した。階段を速足で下り、地下室へと踏み込む彼女。もしワカモと鉢合わせしていたら、色々と面倒な事になっていたのだろうなと先生は苦笑を零す。少し揶揄う意味も込めて「ちゃん」付けで呼べば、面食らった彼女は何かを言いたげな表情を浮かべるも、咳払い一つで済ませた。
「此処に、連邦生徒会長の残したものが保管されています――幸い、傷一つなく無事ですね」
そう云うと彼女は、デスクの傍に配置されていたケースから何かを取り出し、先生に差し出す。
「――受け取って下さい、先生」
リンから差し出されたそれは――一見、何の変哲もないタブレットであった。
傷一つない新品は少しだけ寂寥感を抱かせる。先生は感情を飲み込み、それを受け取った後、静かに表面を撫でつけた。薄いフィルム越しの画面、この感触だけは変わらない。
「これが、連邦生徒会長が先生に残したもの――【シッテムの箱】です」
「………あぁ」
頷き、そっと指を這わせる。暗い画面は、己の表情を反射させていた。何かを噛み殺した、酷い顔だと思った。薄暗い地下室でなければ、目の前のリンに不安を抱かせたに違いない。
「市販のタブレットと外装は同じですが、中身は別物、正直私達も実態を把握しておりません、製造会社も、OSも、システム構造も、動く仕組みそのものも、全てが不明」
タブレット――シッテムの箱を見つめながら、そう告げるリン。つまり、このタブレットはブラックボックスの塊であると。何一つ分かっていない正体不明の機器、連邦生徒会長はそれを先生の為に用意していた。分からなくて当然だ、先生は胸中にて呟く。
何せこれは、オーパーツの一つなのだから。
「連邦生徒会長は、このシッテムの箱は先生のもので、先生がこれでタワーの制御権を回復させられる筈だと云っていました」
「そうか、彼女が」
「はい、私達では起動すら出来なかった代物ですが――」
リンが一つ頷き、先生はそれを横目に起動ボタンを押し込む。ややあって、軽い起動音と共に青白い背景が表示された、そして空かさず差し込まれる、パスワード要求。
「………」
黙した口とは反対に、指先は滑らかに文字を打つ。
もう何度も耳に、口に、指で描いた代物だった。
【我々は望む、七つの嘆きを。】
【我々は覚えている、ジェリコの古則を。】
――「シッテムの箱」へようこそ、先生。
生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステム、「A.R.O.N.A」に変換します。
■
青い、蒼い教室。
床一面に広まった水面に、乱雑に配置された机。遥か向こうには水平線が広がり、頭上を仰げば蒼穹が世界を覆っている。サンドバンク宛らの、孤立した青の教室。反射する水面が眩く、微かに目を細める。
唐突に広がった世界、或いは瞬間移動とも見紛う唐突な切り替え。混乱はなかった、見慣れた場所、通い慣れた教室だ。
暫く周囲を見渡し、そしてすぐ傍に――机に伏して、眠りこける少女がひとり居る事に気付いた。
「っ……!」
その顔を見た途端、あらゆる感情の波が先生を襲った。それは後悔だったのかもしれない、或いは自身に対する怒りか。複雑すぎる感情の波は、しばし先生の思考と動きを止める。
唇を痛い程に噛み締め――しかし先生は全ての感情と言葉を飲み込み、口を開いた。
「――アロナ」
「むにゃ……んも、ん……ふあ」
先生の声に反応し、上体を軽く起こして眠たげな眼を見せる少女。澄んだ水色の髪に、白いリボンのアクセサリ。彼女の目覚めと共にヘイローが現れ、左右に揺れていたアロナの瞳が先生を捉えた。
「――え? あれ、ん……えッ!?」
二度、三度、目を摩るアロナ。そして目前に居る人物が、自身の待ち焦がれていた人物だと理解した途端、飛び起きた。
「せ、先生っ!? うえっ、私、あれッ……!?」
口元を拭い、自分の体を見下ろして皺になった部分を必死に伸ばす。そして椅子を蹴とばす勢いで駆け出し、先生の目の前に立つ。爪先から頭の天辺まで、じっと見つめ何度も何度も瞬きを繰り返す彼女は、震えた唇で問いかけた。
「この空間に入って来たという事は、ま、まさか先生ですか!?」
「うん、そうだよ」
分かり切っていた問だろう、しかし聞かずにはいられなかった。これがもし夢だとしたら、もしかしたら、そんなあり得もしない幻想を疑った。
答えを聞いた彼女は感激したように目を見開いて。
「うわ、あわあ、おち、落ち着いて、落ち着いて――!」
自身の頬を抓ったり、わたわたと忙しなく足踏みしたり。そして指折り数えて、自身の役目を全うしようと口を開いた。
「えっと、その! あっ、そうだ……まずは自己紹介から! 私はシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書の――」
「アロナ、だよね」
「……えっ!?」
遮る様な先生の言葉に驚きの表情を浮かべるアロナ。まさか、名前を知られているとは思わなかったのだろう。『彼女』の想定では、自身は全ての記憶を失っている筈なのだから。先生は驚きに固まるアロナを、穏やかな表情で見守った。
「せ、先生……もしかして憶え――い、いえ、知っているのですか、私の事?」
「うん、勿論、知っているよ……随分、感情豊かになったね」
応えると、アロナは分かり易く顔を輝かせた。それはどれ程の歓喜だろう、目を潤ませ唇を戦慄かせ、ぐっと握り締めた両の拳は小さく震えていた。ばっと顔を上げた彼女は、様々な感情でごちゃ混ぜになった胸内をそのままに口を開く。
「やっと――やっと! わ、私は此処で先生をずっと、ずっと待っていて、それで……」
「あぁ、それも知っている――ごめん、長い間待たせてしまって」
「い、いいえ! いいえ!」
体全体で否定するアロナ。その目尻に、涙が滲んでいるのに先生は気付いた。本当に――どれだけの時間、彼女は此処で待ち続けていたのだろうか。
「そ、そうだ先生、先に生体認証を――」
「あぁ、そうだった」
束の間の再会――けれどそれよりも先にやるべき事がある。アロナは目元を拭いながら指先を立てる。そう云えば、そんな事もしていた。人差し指を差し出すと、彼女はぱっと笑顔を浮かべた。
「はい、アロナ」
「わ、わ……お、お願いします!」
先生の差し出した指に、自身のそれを重ね合わせる。アロナの指先は――僅かな暖かさを感じる。所詮電子情報であると理解していても、それでも彼女の残滓を感じずにはいられない。
先生の指先を押し返す彼女の指、アロナはどこか照れたようにはにかんだ。
「ふふ、まるで指切りして約束するみたいですね!」
「……そうだね」
あぁ、そうだとも――その約束を、今度こそ果たす為に此処に来たのだ。
「えっと、それでは指紋を目視で確認するので、少しお待ちを!」
「頼むよ」
「どれどれ……」
そう云い、じっと指紋を見つめるアロナ。その双眸は真剣みを帯び、僅かな偽装も許容しないとばかりに光っている。しかし、それが長くは続かない事を良く知っていた。最初は真剣だったものが、数秒もすると、「まぁ、これで良いかな?」みたいな顔に変わる。相変わらず、性格が変わっても根本的な部分は一緒らしい。
「……はい、確認終わりました!」
「流石アロナ、最先端だね」
「エッ!? へ……へへっ、そうでしょうか? そうですよね! 何て言ったってアロナですから! 先生の秘書ですから! ビシッ!」
指を離し、何度も頷くアロナ。彼女の仕事ぶりを褒めれば、その小さな胸を精一杯張って背を反らす。その仕草すら、今は愛おしい。
「さてアロナ、此方の事情を聞いて貰っても良いかい?」
「はい! このアロナに万事任せて下さい!」
■
「――成程、先生の事情は大体把握しました」
先生が粗方の事情を説明し終えた時、アロナは既に神妙な顔つきに変わっていた。「むむむ」と唸りながら首を捻り、似合わない皺を眉間に寄せている。
「連邦生徒会長は行方不明、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなったと」
「あぁ、因みに連邦生徒会長の行方について知っていたりする?」
「いいえ、私はキヴォトスの情報の多くを保有していますが……連邦生徒会長については殆ど情報がありません、彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも」
申し訳なさそうにそう告げるアロナ。「そっか」、と告げながらも先生は半ばその事を確信していた。彼女がそのような分かり易い足跡を残す筈がないと、無形の信頼を何処かで抱いていたのだ。
「ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が解決出来そうです」
「お願いしても良いかい?」
「はい、アロナにお任せください! 直ぐにサンクトゥムタワーのアクセス権を修復して見せます!」
■
青い教室へと転移した先生――しかし、傍から見れば先生はその場から動いていない。背景の表示されたタブレットを手に、目を瞑る先生。リンは暫くの間、そんな先生の様子を訝し気に観察していたが――。
「! これは……」
不意に、ジジ、という音が周囲に響いた。そして一拍後、シャーレの電力が復旧し、頭上の電灯が点灯する。息を吹き返すように電力系統が回り始め、あちこちから設備の駆動音が響いていた。
「シャーレの機能が――復活した?」
■
「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了――先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事回収出来ました、今サンクトゥムタワーは私、アロナの統制下にあります」
むん、と腕を組み鼻を鳴らすアロナ。「どうでしょう、凄いでしょう?」、と言いたげな雰囲気に先生も笑みを零す。
「つまり、今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然です!」
「そうか、ありがとう」
「へへっ……!」
その苦労をねぎらう様に頭を撫でつければ、口元を緩ませ肩を揺らすアロナ。
「先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できますが――どうしますか?」
「………」
その一言に、先生の手が止まる。彼の脳裏に過ったのはSRT、rabbit小隊。彼女達から端を発した騒動の一部、そこから雪だるま式に膨れ上がった悪意と恐怖――神秘を巡ったゲマトリアの暗躍。
此処で制御権を手元に置き続ければ――或いは、惨劇を回避出来るのかも知れない。一瞬でも、そう思考してしまった。しかし、それを成してしまえばシャーレは不信感を抱かれる事になるだろう。制御権を手放さぬ超法規的組織……どう考えても好意的に見られる筈がない。今後の活動には必ず支障が出る。
それに、キヴォトスをどうこう出来る権利を手に入れたとして、それを自身はどう使うというのか。管理を行うのであれば連邦生徒会が適切であるし、破壊するならばまだしも先生が願うのはキヴォトスの安寧。
手に余る力だ――それならば。
「ん、大丈夫だよ、連邦生徒会に制御権を渡して――でも、その前に一つ、アロナにやって貰いたい事がある」
「はい?」
アロナの瞳を覗き込むように、膝を突いた先生は彼女に願う。
力の中に、毒を仕込む。
気付いた時にはもう、その毒が回る様な――巧妙な代物を。
■
「――完了しました、ではサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
「うん、お願い」
アロナによる制御権の移行、それを頼み先生は意識を現実に戻す。閉じていた瞼を開く、青から灰色へ、蒼穹の下から薄暗い地下室へ。しかし、再び目を開いた時、既に電気系統は回復し室内は明るく照らされ、薄暗い暗闇は何処にもなかった。
見れば端末で何処かと連絡をしているリンの姿、彼女は先生が戻ったと気付くや否や会話を切り上げる。
「……はい、分かりました」
通話を切り、此方を向くリン。目を開いた先生を上から下まで見つめると、彼女は眼鏡を押し上げ礼を告げた。
「サンクトゥムタワーの制御権、その確保が確認出来ました、これで連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められます……お疲れ様でした先生、キヴォトスの混乱を防いでくれた事、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」
「いや、これも私の仕事だからね」
そう云って微笑み、首を振る。リンも肩の荷が下りたのか、ふっと柔らかく笑みを返した。少なくともこれで、連邦生徒会が全く動けないという状況はなくなる。キヴォトス内の混乱も、そう遠くない内に収束する筈だ。
「ここを攻撃した不良達と、停学中の生徒についてはこれから追跡、討伐を行いますのでご心配なく」
「あぁ、うん、その辺りは心配していないよ――まぁ、程々にね?」
「約束は致しかねます」
その回答に苦笑を零す。まぁ、暴れたのは本人たちの意思だ、強くは云うまい。
「それでは、シッテムの箱は渡しましたし、私の役目はここまでの様――あぁ、いえ、もう一つだけありました」
「?」
背を向け、視線を此方に投げかけるリン。
「折角です、連邦捜査部――シャーレを案内しましょう」
■
「ここがシャーレのメインロビーです、長い間空室でしたが漸く主人を迎える事が出来ました」
リン直々に案内されるシャーレ、内部は大きく分けて『オフィス』と『居住区』の二つ。改めて説明されると、部活と呼ぶには聊か過剰な設備としか思えない。オフィスには視聴覚室、体育館、図書館、実験室、射撃場、教室、格納庫が揃っている。
射撃場にはあらゆる兵装と弾薬が、格納庫には戦車、装甲車、ヘリコプターすらも収納可能。屋上へと直通するリフトには、修理や整備の為のツール一式が揃っている。
居住区には自習室、トレーニングルーム、休憩室、ゲームセンター、食堂、菜園、更にはコンビニまで完備されていた。
最早、学園の一つでは? と問われても否定は出来ない。大きさもそうであるが、シャーレと呼ばれる組織が連邦生徒会のの中でもどれだけ特殊なのか思い知らされる。
「此方です、先生」
オフィスのロビーから横合いを抜け、視聴覚室の奥にある部屋の一室。
そこの扉を開けると――。
「ここが、シャーレの部室です」
「………」
懐かしい。
懐かしい――部屋だった。
スチールの棚に、ぽつんと置かれたPCとモニタ、横合いに付ける形で配置された日直用のデスク。そして奥に見えるホワイトボード。以前は此処に、生徒達の落書きがこれでもかと書き綴られていたものだが――。
今は真っ白に、その地肌を晒している。プリントの一枚も張り付けられていないそれを見つめながら、先生は暫くの間感傷に浸った。
漸く帰って来たのだと――その実感が沸々と湧き上がる。
「先生のお仕事は、基本的に此処で行うと良いでしょう」
「そうだね、そうしよう――それで、私はこれから此処で何をすれば良いのかな」
「………」
先生の問いかけに、リンは一瞬言葉を詰まらせた。
「……現在、シャーレは権限だけはありますが目標のない組織ですので、特に何かをしなくてはならないという強制力は存在しません、キヴォトスのあらゆる学園の自治区に出入り可能で、所属に関係なく先生が希望する生徒を部員として加入させる事も可能です――非常に、ユニークな組織、部活です」
やや言葉を選んだ発言だった。彼女自身、シャーレをどう扱って良いのか決めかねているのだろう。それは、様々な思惑が絡んだ結果とも言える。連邦生徒会長直下の組織を、連邦生徒会が勝手に動かす訳にもいかない。出来るのは精々命令ではなく、要請だけだ。無論、命令系統に変更があればその限りでもないのだろうけれど。
「つまり、何でも先生がやりたい事をやって良い……という事ですね」
「そう聞くと、まるで意味が分からない組織だ」
「全く以て」
ふっと笑みを零すリンと先生。其処に至る感情は全く以て、一致していた。
「何故、この様な組織を立ち上げたのか本人に聞きたくとも、連邦生徒会長は行方不明のまま……現在連邦生徒会は連邦生徒会長の捜索に全力を尽くしている為、キヴォトスの問題に対応出来る程の余力がありません、支援物資要請、環境改善要望、落第生への特別授業手配……管理、維持するだけならば兎も角、こういった要望や苦情に応えるだけの時間も人員も足りていないのが現状です」
真剣な表情でそう告げる彼女は、事実あらゆる問題に頭を悩ませているのだろう。組織のトップが消えるという事は、そういう事だ。舵を取る人間がいなくなれば自然、組織の統率は弱まり右手と左手が別々の事をしがちになる。組織内の引き締めだけでも手一杯だろうに、それに加えキヴォトス全てに目を配るなど。
「ですが、或いはシャーレなら――」
故に、この場所の、少なくとも《今》の役割は明確であった。先生を見つめる瞳、それを真っ直ぐ見返しながら思考を巡らせる。
「こういった、キヴォトスの問題を解決出来るかもしれません」
それはリンの希望的観測なのか、それとも。
それだけ口にし、目を伏せた彼女はそっと視線をデスクの方へと向けた。見れば既に幾つかの書類が束になって置いてある。丁寧に分別されてはいるが、全て重ねれば相応の量になる。
「――現在キヴォトスに発生している問題に関しては、先生の机の上に置いておきましたので、気が向いたらご一読下さい」
「……最初からそのつもりだった?」
「いえ、先生の方針も伺っていませんでしたから、受けて頂ければ儲けもの程度です――しかしまぁ、連邦生徒会長直下とは云え仮にも連邦生徒会に連なる組織なのですから、手を空いたままにしておくなんて勿体ないでしょう?」
「はは、相変わらずだ」
「?」
先生の反応に、リンはどこか不思議そうな顔をした。
以前から知っていたかのような言動に、疑問を抱いたのだろう。しかし、先生はそれ以上語らない。
「兎角――すべては先生の自由です、何をなさるのも、何をなさらないのも」
「………」
その言葉は、今の先生に相応の重さがあった。
何を選んで、何を選ばないのか。
その選択によって――キヴォトスの明日は変わるのだから。
「それではごゆっくり――必要な時はまたご連絡いたします」
■
「セミナーの方でもサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認しました」
シャーレ前、警戒に当たっていたユウカが告げ、連絡していた端末を片手に頷く。一通りの案内と受け渡しを終え、連邦生徒会の面々が既に周辺の安全を確保した旨を伝える為、先生は一度地上に戻っていた。ロビー前で愛銃を片手に周辺を警戒していた生徒達は、正式に依頼を達成した事を知りほっと安堵の息を漏らす。
「ワカモは自治区に逃走してしまった様子ですが……そう遠くない内に逮捕されるかと、一先ずはここまで、ですね――後は担当者に任せます」
「お疲れ様でした先生、先生の活躍、SNSで話題になってキヴォトス全域に広まってしまうかもしれませんね?」
「はは、そんな大袈裟な」
「存外、大袈裟でもありませんよ」
先生が肩を竦めて謙遜を口にすれば、端末を片手にハスミが微笑む。少なくとも今回の件が既に各学園に報告されている事を彼女は知っていた。遅かれ早かれ、シャーレは話題の中心に据えられるだろう。あらゆる学園、生徒が所属可能な超法規的組織の発足――話題にならない筈がない。
ましてやその主人が、無能とは程遠い人物なのだから。
「これでお別れですが近い内に是非、トリニティ総合学園にお立ち寄りを先生、歓迎いたします」
「私達のトリニティ自警団にも、是非」
トリニティに所属するハスミとスズミが自校を強く勧め、先生も、「都合が付いたらお邪魔するよ、何れ各学園の生徒会長の面々と協議する事もあるから」と頷く。
「私も風紀委員長に今日の報告を――先生、ゲヘナ学園にいらっしゃった時は是非風紀委員会を訪れて下さい」
「ミレニアムサイエンススクールに来て下されば、またお会い出来ますから、待っていますからね、先生!」
ゲヘナとミレニアム、チナツとユウカの二人にもお誘いを頂き、各々が学園の方向に去っていく。今日の出来事が出来事なだけに、その背中からは疲労感が滲み出ているものの、その足取りは確りしていた。いずれ礼を用意しなくては、そんな事を考えながら皆の背を見送り、先生はひとりシャーレへと戻った。
■
学園に戻る皆を見送った後、先生は静かにシッテムの箱を立ち上げる。
シャーレの部室から青い教室へと景色は切り替わり、先生は机の上に座って足を揺らすアロナに声を掛けた。先生の入室に気付いたアロナも、机の上から飛び降り彼の元へと駆け寄る。
「あ、お疲れ様です、先生!」
「アロナも、お疲れ様」
どこか所在なさげにしていたアロナも、先生の前で天真爛漫な笑顔を見せる。そんな今にもとび跳ねそうな彼女の髪を撫でながら、先生は懐古の念に目を細めた。
「皆さんは……」
「一先ず報告に帰ったよ、それぞれ学園の立場もあるから」
「そうでしたか、ふむふむ、それでしたら先生、まず何をするにしても先立つものが必要ですから、先生の目にかなった生徒をヘッドハンティングに――!」
「アロナ、その前に一つ伝えたい事があるんだ」
熱い口調で語るアロナに、割り込む。
その、どこか強い想念の籠った言葉にアロナは目を瞬かせた。
「伝えたい事、ですか?」
「あぁ――私は、以前失敗した」
暗雲とした感情が籠る。しかし、これは語らねばならないと先生は自身に言い聞かせた。それは自身の恥であり、過去であり、後悔の記憶である。酷く抽象的で要領を得ない言葉だろう。しかし、それでも彼女は理解すると確信していた。
「良かれと思った事、或いはどこか一線を引いていたのだと思う、私は先生だ、生徒を教え導くものだ――だから私は常に、先生足れと己に言い聞かせ律して来た……良き大人である為に」
それが大人の責務であり、生徒を導く上での資格だと思っていたのだ。理想論だとは分かっている、けれどその理想を追い求めずに何が教職者か。たとえそれが脆く儚い空想だとしても、諦める事は出来なかった。理想を体現するのが先生の仕事であると、最後まで生徒に寄り添い、支え、その手を決して離さない理解者であれと。
少なくともあの時、全てが炎の中に消える最期の瞬間まで。その信念こそが尊ぶべきものだと信じていたのだ。
今でもその根底は変わらない、けれど。
けれど――理想を描き続けるという事はつまり、仮面を被り続ける事と同じだ。
自身の中にある自分らしさ、或いは人に曝け出す事を憚る様なほの暗い感情、教職者らしからぬ、大人らしからぬ側面を隠し続ける事。そういった弱い面を隠し、然も聖人で在るかのように振る舞い続ける。
きっと、本当の意味で理解し合うには、それでは駄目なのだ。
自分の前では気を張らなくて良い、本当の自分を見せて良い、弱い面を見せても良い――生徒にそう云い続けていた自分が、自分自身にそれを許さないという矛盾。
相手を理解するだけでは本当の絆など生まれない、自分を理解して貰わなければ――それは独りよがりな絆に過ぎない。
偽物だ――その偽物を自覚していたからこそ、己は最後まで生徒達を信じ切れなかった。彼女達が涙を流し、懇願し、それでも尚最期の大人として偽悪を演じ、キヴォトスを裏切る形となったのだ。
愛する生徒の為に、彼女の願いの為に、理想を守るために――その愛する者達を裏切る。
何て、矛盾。
彼女達の嘆きを憶えている。
彼女達の慟哭を憶えている。
彼女達の悲壮を憶えている。
涙にぐしゃぐしゃになった顔で、私の額に銃口を向ける――その瞳の色を、憶えている。
もう二度と、あんな結末は起こさない。あの時選ぶ事の出来なかった第三の選択。キヴォトスの崩壊でもない、【先生の死】でもない、例えどれだけの艱難辛苦が降り注ごうと、己は己の生存と生徒達の救済、キヴォトスの安寧を諦めない。
今度こそ、今度こそ。
先生と呼ばれるに足る、本当の意味で教え導き――そして手を引くのではなく、ほんの一歩でも良い、先を往き、そして。
この世界を共に歩む者として。
「私は、彼女達と本当の絆を育みたい」
「……先生」
強く、強く断言する。
嫌われても構わない、否、虚飾の好感よりも嫌悪の方が余程良い。ぶつかり、話し合い、言葉を交わした上で関係が築けるのであればそれもまた、本当の絆に違いはない。
この世界を救う為に、来る災厄を退ける為に、何より――生徒達とその未来の為に。
だからこそ、先生と呼ばれた己は。
「故に私は――己の性癖を隠さず生きると決めた!」
「はい! アロナは先生を応援………えっ?」
【未来にあるかもしれない
「先生、アリスは今日新しい知識を得ました! 今日、ハナコから教えて貰ったのです、実は先生は体に黙示録の獣を封印していて、股の間に穢れたバベルの塔というレア・アイテムを有していると! その事をモモイに聞いたら、『えっ、何、どうしたの、何でそんな事聞くの!?』と顔を赤くしていました、ミドリは、『いや、ちょっと分からないかなぁ、塔っていう表現は中らずと雖も遠からずカモ……』と恥ずかしそうで、ユズは『し、知らない、あの日の夜は、別に、何も無かったし……!』とロッカーの中に閉じ籠っていました! 先生、穢れたバベルの塔って何ですか!? 伝説の装備か何かですか、どうしたら譲って頂けますか!?」
「うん、アリス、今日も元気で大変宜しいね、それはそうとしてその質問、答えるの今じゃなきゃ駄目? どうしても駄目? 先生、アリスが突然お風呂に突撃してきて吃驚しているのだけれど、見えるかな? 先生ね、今入浴中なんだ、だからね、ちょっとオフィスで待っていて欲しいというか……」
「………」
「アリス? 何で満面の笑みでじっと私を見ているんだい? ……そのポケットから出したものを仕舞いなさい、アリス? 写真、写真だよね、撮っているよねそれ? もしかして動画? ねぇ、ちょっと、アリス? アリス!?」
■
「パンパカパーン! アリスは『先生の入浴写真』を手に入れた!」
「ちょ、アリス! 待ちなさい、人のパソコンで勝手に、私の裸体を印刷するんじゃない! ちょ、まって、本当待って! 今体拭いているから、マジで待って! ヴァルキューレが来ちゃう! 明日の紙面一面に先生が載っちゃう! てかプリントでかっ! そんなポスターみたいなサイズで先生を印刷したの!? 何で!?」
「アリスは逃げ出した!」
「アリスッ! アリスぅ!?」
■
「アリスは回り込まれる事無く、逃げ出す事に成功した!」
「……もし、そこの方」
「? アリスの事ですか」
「えぇ、そうです、その手に持っている写真、ポスター? ……どうかお譲り頂く事は出来ませんか?」
「先生のレア・アイテムを? うーん……あっ! トレードイベントですね! でも知らない人とイベントを起こしちゃいけませんって、ミドリが云っていました!」
「それは――失礼を、私は黒服と申します、此方は……」
「マエストロ、と」
「私の事はゴルコンダとお呼びください」
「それで、如何でしょう? 金銭でしたらお支払い致します、金額は――この位で」
「わぁ! こんなにゴールドが沢山……これだけあれば暫く新作のゲームが買い漁れますね! データは保存済みですし、分かりました! アリスはこの現物をお譲りします!」
「クックックッ……これはこれは、素晴らしい、契約成立ですね」
「アリスは大量のゴールドを手に入れた! では、アリスはこのゴールドでゲームと大型プリンターを買って来ます! アリスは移動呪文を唱えた! どぅるんどぅるん!」
■
「……これは、何でしょうか」
「あぁ、ベアトリーチェ、来ていたのか」
「えぇ、領地の管理と計画がひと段落ついたので……それでマエストロ、壁に貼り付けられたこれは何ですか?」
「あの者の裸体だ、美しい――黄金律とは、彼に宿ったものであったか……これもまた芸術」
「………黒服?」
「クックック、ベアトリーチェ、素晴らしい思いませんか? 先生の肉の器、何と神秘的な代物か」
「………ゴルコンダ?」
「このテクスチャもまた、あぁ先生、やはりあなたこそがメタファー……」
「そういうこった!」
「…………」
その後、アリスがゲーム部で、「先生の穢れたバベルの塔は目測で〇〇センチでした!」と発言し結果的に先生が死ぬ。
ベアトリーチェは他のゲマトリアが居ない時にポスターを剥がしてアリウス領地にあるゴミ集積場に投げ捨てる。そして、そこで物資を探していたアリウスのヒヨリに拾われ、ポスターはアリウススクワッドの懐へと消えるのだった。
■
やっとプロローグが終わりました、此処から先生の青春(ブルーアーカイブ)が始まる訳ですね。
一万字超えたので次は明後日だと思います。基本的に一万超えで二日に一回、五千で毎日投稿という感じです。まぁこの定期投稿がいつまで続くか、低見の見物をさせて貰いましょう。
私は下で、待っているぞ。
【ヤンデレスの形而上精神学について】
さて、後書きでおまけ時空書いたし、ちょっと位性癖語っても……バレへんか!
生徒を庇った後に四肢の捥げた先生と、嘗て在りし日の写真を見比べて辛そうな顔をする生徒が見たいなぁ、私もなぁ。
良く私は後書きで先生を抹殺しますが、実際に殺すつもりは毛頭ないんですよ。
違うんですよ、皆さん私を誤解しています、別に私は生徒に悲しい思いをさせたい訳ではないのです。
ただ、自身の為に身を顧みず、それこそ命を擲ってくれた先生に対し、その傷の証をまざまざと見せつけられる苦しみと、それ程までに大事にされていたのだという肯定感と、この人は私が守らなくてはいけないという使命感と、先生を独占できる理由を手に入れたというほの昏い背徳感の中で揺れ動く、生徒の精神の葛藤が見たいだけなのです。
大体ヤンデレが好きな人は皆メンヘラなんです(偏見100%)、自身を低く見積もっているから肉体など惜しくないし、寧ろそれで相手が自分を気に掛けてくれるのなら寧ろプラスじゃんと考えてしまう人間なのです、目に見える形で愛を欲しているからこそ、その絶対的な愛を求める為に身を投げうち、失った部位を撫でつけながら、「この傷がある限り、相手は自分を愛してくれる」と倒錯的な愛の証明に熱心なのです。別段、相手に傷を見せつけ悦楽に浸っている訳ではないのです。ただ、それを見せつける事で相手が感情を揺らし、それを以て相手の抱く自身への愛を実感しているだけなのです。
あれ、こう書くと何かヤンデレっぽいな……ままええわ。
つまりこの作品の先生はメンヘラなのです。(偏見100%)
この文章真夜中に書いているのですが、次の日もう一度読んだら、「何いってんだコイツ」と思いました。いやでも、昨日の私が云っているしそうなのかな? そうなのかも……。そこんとこどうなん、昨日の私? これが愉悦? まぁそれはそう……。
大体ですねぇ! ヤンデレとメンヘラの違いなんてですねェ! 自分本意か相手本意かの違いでしかないのですよォ! メンヘラは相手が浮気したら、恋人をブス☆。ヤンデレは恋敵をブス☆するんですよォ! 「お兄ちゃんどいて、そいつ殺せない!」はヤンデレなんですよ! ヤンデレはッ、純愛はッ! 意図して相手を傷つけないッ! そもそもヤンデレ=包丁みたいな風潮めちゃ好きじゃないけれど!
スクールデイズの言葉と世界を見て下さいよ! あれこそヤンデレとメンヘラの対比でしょう!? 言葉が主人公に暴力を振るった事がありましたか!? 全部見たことないから知らんけれど! 振るっていたぁ!? ならごめん! 私が間違っていたわ! ヤンデレとメンヘラの違いとか全然分からんわ! ホラ吹いたわ!
はーアホらし、帰って頭コハルになろ。皆もパンティ五人衆(パンデモニウムソサエティの意)で過酷なイロニーすると良いよ。じゃ。