ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告は、人類が夢見た明日です。


誰かの想い、誰かの殺意、誰かの夢

 

 対峙した白と黒、手を伸ばせば届く距離で互いに視線を交わす両者。

 二人の間に見えない圧力が加わり、先生の鋭い眼光と赤いアイラインが交錯する。

 先生の姿はいつもと異なる、シャーレの正式な制服ではなく、白いワイシャツにコートを羽織って、その垂らした腕にシャーレの腕章を括り付けた簡素な恰好だった。首元まできちんと締めた普段の恰好とは異なる、ノーネクタイでどこか挑発的な表情を浮かべる先生。

 それは単に病院から直行して来た為に身なりを整える時間が無かっただけではあるが、そのどこか粗野でワイルドな雰囲気が現在の状況に奇しくも合致していた。

 風が吹き、互いに羽織ったコートの袖が靡く。

 いつもと余りにも異なる彼の雰囲気に、生徒達は息を呑んだ。

 

「自己紹介は必要かな? カイザー理事」

「……凡その見当は付く、不要だ、しかしミレニアムの航空機でご登場とはな――シャーレの先生」

 

 一歩、先生が踏み込めば――負けじとカイザー理事も一歩、踏み込む。

 手を伸ばせば触れられる距離から、僅かに腕を動かすだけで触れる距離に。

 

「これは、ミレニアムサイエンススクールが我が社の敵に回った、という認識で宜しいのか?」

「いやいや、それは少し早合点が過ぎる、あなたは相手がカイザーコーポレーション製の車両に乗っていたら、カイザーが敵に回ったと考えるのかい? 便利だから使っている、それ以上の理由が必要かな?」

「……ふん、口は回るか」

 

 頭一つ分は違う身長差、しかし放つ威圧感だけは負けず劣らず。

 見上げ、挑発的な笑みを浮べながら歯を剥き出しにして睨みつける先生。

 見下ろし、アイラインを盛大に点滅させながら顔を逸らすカイザー理事。

 ふとした瞬間に、それこそ次の瞬きの間に殴り合いを始めそうな程、殺伐とした空気感。二人の間に見えない火花が散り、ポケットに手を入れていたカイザー理事がそっと指を抜き取る。そんな二人を見つめながら、ホシノが思わず言葉を漏らした。

 

「せ、先生、何で……!?」

 

 しかし、返答はなかった。

 ただホシノを一瞥した先生は、そっと唇の前に指を立てると、そのままカイザー理事に向き直った。

 

 これは――大人の話し合い(汚い騙し合い)だ。

 だからこそ、申し訳ないが此処は譲れない。

 先生は手を広げ、笑みを張り付けたまま宣う。

 

「――さて、さっきも云ったが大人の話し合いをしようじゃないか、カイザー理事」

「大人の話し合い、か……そもそもこの件にシャーレは関わっていないだろう?」

「分かっていて聞くのかい? カイザーコーポレーションにも情報部はあるだろう、私は既にアビドス対策委員会の担当顧問に就任しているよ」

「ほう? よもやこのような弱小校に、天下の連邦捜査部シャーレが」

「……何かおかしい事でも?」

「いやいや、立派な志だと思ってね、教職者たるものそうでなくては、心の底から敬意を表しよう、先生?」

 

 欠片も、尊敬を感じない云い方であった。或いは、馬鹿にしているのだろう。

 それが分かって尚、先生は激昂する訳でもなく淡々と聞き流す。この程度で感情が揺らぐと思っていないカイザー理事も同じ。

 

「だが――悪いが此処は我がカイザーコーポレーションの私有地でね、無断での侵入は少々困る」

「――あぁ、その点は問題ない、極めてクリーン(合法)だ」

「……何?」

 

 先生が澄まし顔でそう告げれば、目に見えてカイザー理事の雰囲気が変わった。表情など無いと云うのに、それが歪む様が対面する先生には良く分かった。機械だからこそ、纏う感情の機微には疎いのだ。先生は指先で腕章を数度叩き、口を開く。

 

「今の私は『アビドス対策委員会顧問』ではなく、『連邦捜査部シャーレ』として此処に立っている、故に彼女達も現在は『アビドス対策委員会所属』ではなく、『連邦捜査部シャーレ所属』の生徒として動いて貰っている事になる、この意味が分からないあなたではない筈だ」

「ほぅ――そう来るか」

「シャーレが超法規的機関と呼ばれる理由の説明が必要かな」

「……自治区内での、制約なしの戦闘行為、その認可」

「――その通り」

 

 先生の頷きに、カイザー理事は舌打ちを零す。その特異性、超法規的組織と呼ばれる理由、良く理解しているとも。そしてそれを此処で持ち出してくる理由に、カイザー理事は心当たりがあった。

 

「シャーレが持つ『戦争の自由』――裏を返せば私がシャーレ所属の生徒を連れて、何処の自治区にいつ訪れようと、それは全て合法という訳だ、無論本来ならば生徒会なり運営組織なり一報を入れ、それから足を踏み入れる、しかしそれをせずともマナー違反ではあっても違法ではない」

「……この場所が、未だ自治区であると? アビドス生徒会との交渉を経て、この土地を手に入れたのは事実だ、商談を証明出来る記録もある」

「記録を見せられても関係ないね――このアビドス砂漠、この場所に基地を建設する何て話は一度も耳にした事が無い、曲がりなりにも担当顧問の私がだ、加えてあなた達がアビドスから巻き上げた土地についてだが、これに関しても連邦生徒会に登記事項要約書を交付して貰おうと思ったが、登記申請書そのものが提出されていなかった――未登記とは随分杜撰じゃないか、カイザー理事」

「……ふん、貴様こそ、分かって聞いているのだろう」

「後ろ暗い事をやるなら、全て手遅れになってから権利を主張する――狡賢い悪党の考えそうな事じゃないか」

 

 深く、息を吸う。

 先生とカイザー理事の纏う雰囲気が一層重々しく、そして寒々しいものとなる。口を開く度、言葉を重ねる度、双方の表情が歪んでいく。

 

「連邦生徒会の手の伸びない場所、そしてアビドス高等学校が機能していないからこそ、今まで好き放題出来たのだろう? もう十分楽しんだ筈だ、しかし、流石にそろそろ目に余ると思うんだよ、私は」

「ほう、面白い事を云うじゃないか、目に余ると……それは連邦捜査部としての発言か、先生」

 

 更に一歩――踏み込む。

 カイザー理事と先生の、距離が消える。

 互いに僅かにでも身動ぎすれば、身体が触れてしまいそうな至近距離。先生の双眸とカイザー理事のアイラインが目前で交差する。先生が拳を握り締め、カイザー理事も胸元から駆動音を鳴らした。

 

「――認めよう、表記上『まだ』この場所が自治区に該当するとして先生、ならばその生徒達を連れどうする? 本当に戦争をしに来たのかね?」

「――あなた風に云うのなら、このまま去るのは『面白みに欠ける』かい? なら、『宝探し』を邪魔する組織になるのも、一興かもしれないね」

 

 その言葉と同時に――ガツン、と。金属音と肉の打つ音が鳴り響いた。

 瞬きの間、ほんの一秒足らずの交差。

 先生の額とカイザー理事の額が真正面から衝突し、そのまま互いに押し切らんと睨み合う。

 前傾姿勢になったカイザー理事と、額を鋼鉄に打ち付けながら犬歯を剥き出しにして睨みつける先生。憎悪と敵意に塗れた眼光が、互いのそれを射貫いていた。

 

「――脆弱な人間風情が、その肉の体で良く吼える、連邦捜査部だろうが何だろうが、貴様自身が無力な人間である事を忘れているようだな、強大な権力に等身大の己を忘れたかァ……ッ!?」

「――私の大切な生徒から金銭を巻き上げる下衆が良く云った、他者を虐げるしか能のない貴方に地に足の着いた生活を教えてあげよう、何、御代は必要ないよ、私は先生だからねェ……ッ!」

 

 身を震わせ、額を打ち付けたまま相手を睥睨する。

 足元の砂が沈み、額から血が滲んで尚、先生は一歩も引かず、首に青筋を浮べて対抗する。カイザー理事も矮小な人間ひとりが単なる額の押し付け合いとは云え、自身に対抗している事実に物云えぬ苛立ちを感じ、益々その威圧感を増す。

 先生の全身が軋み、悲鳴を上げる、しかし一歩たりとも退いてやるものかという気概のみで、先生は目前の甲鉄の塊に対抗していた。

 

「ちょ、ちょっと、これ拙いんじゃないの!? と、止めた方が――」

「せ、先生……っ!」

「……――ッ」

 

 アビドス生徒対策委員会は、額から頬を伝って落ちる血に、全身が凍る様な感覚を覚える。思い出すのは柴関での負傷、またあの二の舞になるのではという気持ちが先行し、シロコは銃口を向けられているのにも関わらず、先生の元へ駆け出そうと動いた。

 

「この状況で良くもまぁ――その胆力は褒めてやる、だが無謀だったな先生! そんなに欲しいのならば、鉛玉をくれてやろうッ!?」

 

 カイザー理事が片腕で先生を振り払い、数歩、先生がよろめく。その瞬間に周囲のオートマタが先生へと銃口を向け、一切に引き金へと指を掛けた。

 

「先生ッ!」

 

 皆が叫び、一際早く動いていたシロコがせめて盾になろうと、先生へと手を伸ばす。しかし、周囲を満遍なく囲うオートマタの銃口は多く、全ての弾丸から先生を庇う事は困難に思えた。更に言えば、伸ばした手が先生に届くまで――僅かに距離が足りない。

 それでも動かずには居られなくて、シロコは(きた)る衝撃と、先生が穿たれるその瞬間に血を凍らせ――。

 

 同時に、周囲のオートマタが一斉にスパーク、悲鳴を上げ、次々と転倒した。

 

「何っ……!?」

 

 唐突なそれに、カイザー理事が思わず声を上げる。

 周囲を見渡せば、先生に銃口を向けていたオートマタは残らず砂の上に崩れ落ち、外周で待機していた装甲車や戦車、ヘリコプターの類も機能停止、頭上を飛び交っていたドローンも次々と地上へと落下した。

 

『メーデー、メーデー! 操縦不能、繰り返す、操縦不能! 自動操縦機能が作動していますッ! ヴァイパーダウン! ヴァイパーダウン!』

『外部からの侵入を検知! サイクリックがっ……トルクが上がりませ――』

「あなた達の兵士の殆どがドローンとオートマタで助かったよ、これならまだ【反則】の範疇じゃないからね――」

 

 呟き、先生は額の血を拭いながら背筋を正す。空を支配する攻撃ヘリは、流石にそのまま墜落させてしまえば被害が大きいので、比較的損傷のない形で『不時着』して貰う。相手がオートマタとドローンだからこそ出来る荒業だった。

 無論、誰がやったのかなど分かり切った事である。タブレットの中で未だ膨れっ面を浮べているアロナだ。

 彼女の負担が大きく例の如くバッテリーも食うので、指揮との併用は出来ないが、恐らく先生が切れる手札の中では一際強力な類だろう。

 尤も、これを安易に使うつもりは毛頭ない――力は、正しく使われなければならない。乱用は教えに対する冒涜であり、カタカタヘルメット団での戦闘や、普段使用せずにいる事は、先生の信条と矜持から来るものだった。

 生徒の力で解決可能な事は、生徒の力で解決する。

 しかし、それを超えて尚、致命的な危機に陥った時――或いは、明確な『悪意』と『害意』に晒された時――それが今だった。

 

 ゆっくりとした足取りでカイザー理事の前に立った先生は、再び対峙しながら口を開く。

 

「確かに私は肉体的に弱者だろう、あなた達の様なオートマタと身体能力比べをすれば、逆立ちしたって敵わない、けれど私の役割はそうじゃない――確か、『君達程度、いつでも、どうとでも出来る』……だったかな?」

「貴様ァ……ッ!」

「『口の利き方には気を付けた方が良い』……あなたがまだこうして立っていられるのは、私がまだあなたのシステムに手を出していないからだ、あなたがどれだけ優秀なICE(攻勢防壁)を揃えているかは知らないが、それこそ――」

 

 カイザー理事は激昂し、未だ言葉を並べる先生に向けて人の頭程はある拳を振り上げる。しかし、その拳が先生に届く事はなく――その額に当たる直前で、不自然な程綺麗に停止した。

 カイザー理事の肩部から、不気味な駆動音が鳴り引き、火花が散る。

 

「ぐ、ぅッ――……!?」

「……あなたが先程、指先一つで私の生徒達を弄んだように、私も同じ事が出来るんだよ」

 

 告げ、先生は手に持ったタブレットを数度叩き、カイザー理事を睨みつけた。

 

「――今度は、あなたが見下ろされる番だ」

「がッ――!」

 

 カイザー理事の膝が弾け、その巨躯が崩れ落ちる。どれ程の怪力で押さえつけようとも、銃弾を喰らおうとも、ビクともしない様な甲鉄の塊が、いとも容易く。

 這いつくばった理事は砂に塗れた格好で、ゆっくりと先生を見上げた。

 カイザー理事を見下ろす先生は、色の見えない瞳で彼を射貫く。

 

「ば、馬鹿なッ……! 基幹システムに、こうも容易く侵入を許すなど……ッ!?」

「――……すまないね、正直に云えばこれは只の八つ当たりだ、私は己の倫理観と道徳に則り、あなたの行動が気に入らないから、こんな対応をしている」

 

 呟き、目を伏せた先生を見上げるカイザー理事は二度、三度拳を地面に叩きつけ、その顔を憤怒に染める。この自分が、誰かを見上げるなど、誰かの前で膝を突くなど――あり得ない屈辱だった。

 しかし、事実を認められない様な存在が――一時とはいえ、カイザーコーポレーションという大企業の理事にまで上り詰める事はない。

 あらゆる感情を飲み干し、蓋をし、身体を震わせた彼は唸るような声で云った。

 

「――……成程、連邦捜査部を名乗る以上、凡人ではない……という事か」

「いいや、私個人の力など微々たるものさ……私は只人だよ、理事」

「ほざけ、その様な凡人が連邦生徒会長に招致されるものか――面白い、良いだろう、認めてやる……私の敗北だ、この場に限った話だが、確かに私は負けた……ッ!」

 

「連邦捜査部シャーレの先生――貴様は、私の敵だ……!」

「最初から分かり切っている事だろう、カイザー理事」

 

 告げ、カイザー理事はアビドスを見た。

 唐突な展開の連続に呆然としていたアビドスは、視線を向けられた事により再起動を果たす。すわ、自分達に対し何か仕掛けて来るのかと身構えれば、一つ吐息を漏らしたカイザー理事は淡々とした口調で告げた。

 

「……これは大人の話し合いだ、先程の金利つり上げは兎も角、この事でアビドスをどうこうするつもりはない」

「……それは意外だ、あなたにも良心が残っているのか」

「ほざけ、これは矜持(プライド)というものだ――大人のソレに、子どもを巻き込むなど反吐が出る、これは貴様(シャーレ)と、(カイザー)の戦いだ……!」

 

 云うや否や、カイザー理事は先生に指を突きつけ、有りっ丈の憎悪と敵意を込め、宣言した。

 

「貴様は言い訳の余地もなく、正面から必ず――殺してやるぞ、シャーレの先生」

「――出来るものならね」

 

 その宣告を涼しい顔で以て受け入れた先生は、羽織ったコートを靡かせ踵を返す。生徒達の元へと数歩進み、それからふと思い出したように振り返った彼は、倒れ伏したカイザー理事に向かって呟きを漏らす。

 

「あなたは、もっと違う場所で……そうだな、営業職員でもやっている方が、きっと幸せになれると思うよ」

「――……それは挑発か、先生」

「いいや、本心だ」

 

 カイザー理事はそれ以上何も云う事はなく、ただ一つ、舌打ちを零す事だけを返答とした。

 先生は砂に塗れ、疲労感を滲ませるアビドスの皆の元に歩み寄ると、いつも通りの温和で優し気な笑みを零し、云った。

 

「さて……帰ろうか、皆」

 

 ■

 

 エリアルビークル機内。

 ミレニアムサイエンススクールのエンジニア部曰く、「定員はパイロットを除き七人まで」らしい機体は、順調に空を飛びアビドス高等学校へと向かっている。元々この機体は、砂漠だろうが雪山だろうが、あらゆる目的地に高速で移動して快適な空の旅を実現し、序に航空機の免許も持っていないのでAIが自動操縦してくれて、後は滑走路が無くて着陸出来ないのでは使い物にならないので、垂直離着陸(VTOL)機能も付けたという、それはもう文句の付けようがない一品だった。

 特段、燃費が悪いだとか、AIがポンコツだとか、そういう欠点らしい欠点もない。ならば何故、エンジニア部はこのビークルを利用しないのか?

 

 曰く――いや、そもそも私達、何処かに遠征する用事とかないし、何か欲しいならネットで注文するし、普通に速くて燃費も悪くなくてAI搭載の航空機とか、詰まらな過ぎでしょ。

 ――という身も蓋もないものだった。

 

 何かの映画の影響で、「AIで飛ぶ航空機カッコヨ!」となって実際に作ってみたのは良いものの、エンジニア部の誰が使う訳でもなく、そもそも普通に速くて便利な航空機とか何が楽しいの、となり。一度飛ばしただけで満足し、特に誰に見せる訳でもなく片隅に放置されていた悲しき機体――それがこの機体であった。尚、後継機に兎に角速さを追求した、『未来の更に先へ号』なる機体が存在するらしいが、速度があり過ぎて機体が耐えられず空中分解したらしい。

 その時のユウカの顔は、それはもう怖かったとの事。

 

 そんなエンジニア部の内情アレコレを考えていた先生は、アヤネが額の傷を消毒し、カーゼを張り付け終わった事に気付き、思考を一度断ち切った。

 

「ん、ありがとうアヤネ、助かったよ」

「い、いえ、それは此方の台詞です、先生……」

 

 救急バッグを背嚢に戻しながら、アヤネはそう云って目を伏せる。

 先生は機内に備え付けられていた椅子に座ったまま、自身を囲う様にして見下ろす対策委員会の皆を見た。その表情には一様に、同じ感情の色が宿っている。

 

「ごめんね、来るのが遅くなっちゃって、本当はもう少し早く来たかったのだけれど」

「いや、遅くなるも何も……」

「というか、怪我は大丈夫なの先生!?」

 

 セリカが身を乗り出し、そう問いかければ、先生はたった今貼り付けられたばかりのガーゼを指先で撫でながら苦笑を零した。

 

「これかい? 大丈夫だよ、表面をちょっと切っただけだし――」

「そっちじゃなくてッ!」

 

 先生の苦笑を誤魔化しと捉えたのか、セリカは声を荒げながら先生の太腿を強かに叩く。それを甘んじて受けながら、先生はからからと笑った。

 

「先生、入院していたのでは……?」

「――もしかして、抜け出して来たの?」

 

 シロコの鋭い指摘に、先生の体が硬直する。その様子を見た全員が凡その事態を察し、その表情を不安と心配から、徐々に怒りへと変化させていった。先生は両手を前で振りながら、苦しい言い訳を並べ立てる。

 

「いや、そんな事はないよ、ちゃんと正規の手段を踏んで退院してきたのさ、嘘じゃないよ、本当だよ」

「………」

「アヤネ、アヤネさん? 無言で何処かに電話しようとするのは勘弁して頂けませんか? いや本当、傷は全部塞がっているし、全然大丈夫っていうか、ほら、ちょっと怠い位で――」

「怠いなら駄目じゃない!?」

 

 アヤネが病院へと連絡を取ろうとタブレットを連打すれば、先生がそれを止めようと躍起になり、ぽろりと漏れた本音にセリカが食いつく。先生の肩を掴んで無理矢理安静にさせようとするセリカと、先生の取っ組み合い。それを横から眺めていたホシノは、深く――それはもう深く、息を吐き出した。

 

「……はぁ、先生は相変わらず――」

「いや、それは――っと」

「ホシノ先輩……?」

 

 セリカと取っ組み合っていた先生の横に、そっと身を寄せて顔を埋めるホシノ。先生のコートに額を押し付けながら、彼女は小さく、呟く様な声量で云った。

 

「――お願いだから、自分の体は大事にして」

「……ごめんね」

 

 それは、どれ程の想いが籠っていたのだろうか。

 先生には推測する事しか出来なかったが、彼女が対策委員会の前で見せた、紛れもない素顔だった。軽率だった、危険だった、危ない橋だった――全て理解している。それでも尚、止まれないのが先生と云う人間だった。

 ふと、先生は身を寄せるホシノを、どこか羨ましそうに眺めているセリカに気付く。内心で疑問符を浮べていた先生だったが、悪戯心が疼き、先生はそれとなくホシノを抱き寄せ、セリカに手を広げた。

 

「――もしかしてセリカも私とハグしたい?」

「っ、なッ!? 何云ってんの!? 全然そんな事、思ってもいないしッ!?」

「おいでッ! 先生の胸の中にッ! カモォンッ!」

「行かないって云っているでしょっ!?」

 

 先生の言葉に顔を真っ赤にしながら反論するセリカ、それを見ていたシロコは一歩踏み出し、威風堂々と云った様子で宣言した。

 

「――じゃあ、代わりに私が行く」

「し、シロコ先輩!?」

 

 止める間もなく――シロコは先生の隣を占領し、その頸筋に顔を突っ込む。その余りにもスムーズな行動に先生すらも何の反応も出来ず、硬直する。ノノミはシロコの行動を見て、ぺかーと効果音が付きそうな笑顔を浮かべると、隣のアヤネの肩を掴んで云った。

 

「なら私も参加しますね~☆ はい、アヤネちゃんも!」

「わ、私もですか!?」

「うへ~、動いてないのに暑いよぉ~……」

「そりゃあ、これだけ密着していればね」

 

 そして出来上がる、アビドス団子。先生を中心に半円を描きながらくっ付く様は実に暑苦しい。そして結局、皆が楽しそうに引っ付き合っている様を見せられたセリカは疎外感から、「み、皆がやっているから参加するだけで、別に深い意味とかないから! 勘違いしないでよねッ!」と発言し、ノノミとアヤネの間に突っ込んで来た。

 

 先生と、アビドスの仲間達、その体温を感じながらホシノは笑みを零す。

 心の底から想い、強く、強く、誓う。

 

 ――この暖かさを、絶対に喪わせはしない、と。

 

 ■

 

「ほう――件の先生が」

 

 アリウス自治区――その地下深く。

 暗闇に閉ざされた広い部屋の中で、横たわった異形の人型は今しがた齎された報告に、ゆっくりと頷きを返した。長く鋭い指先で虚空をなぞり、淡々と告げる。

 

「ご苦労様でした、下がって構いません」

「……はっ」

 

 ガスマスクで顔を覆い、専用の外套に身を包んだアリウス分校生徒が深く頭を下げ、退出する。横たわり、気怠そうに宙へと視線を泳がせる彼女の傍には、アリウス分校の生徒と同じように、マスクで顔を覆い、フードを被った一人の生徒が立っている。

 この部屋の主人はそんな彼女を一瞥し、独りでに呟いた。

 

「ふむ、暫く様子を見ていようと思いましたが、成程、そうですか、黒服がアビドス自治区に間接的なアクションを起こしていた事は知っていました、しかしその様な事になっていたとは……」

 

 数秒、彼女は言葉を吟味するように思考し、指先で自身の腕を叩いた。

 燃えるような赤い肌に、白い手袋が映える。

 

「あの者達が注視する程の存在、キヴォトスなど所詮神秘の転炉、障害などあってない様なモノ――しかし、あの者だけは別、アレが介入すると、私が持っている全ての意味が変わってしまう」

「………」

「やはり、早急に危険な芽は摘んでおかねば……今より厄介な存在になる前に」

 

 告げ、彼女は横合いに立つ生徒を見た。

 特徴的なマスクに、白いフード、そこから垂れる紫の髪。それを見つめながら、赤い肌の彼女は云う。

 

「――確かスクワッドに狙撃手がひとり……所属していましたね?」

「っ――!」

 

 その言葉に、分かり易く目の前の生徒が肩を揺らした。その反応を楽しむように、或いは鼻で笑う様に、淡々と彼女は続ける。

 

「今アリウスを大々的に動かす事は出来ませんが、まぁ、少数ならば誤魔化しも効くでしょう、以前もそうでしたから……所詮は保険ですが」

 

 決め、小さく頷く。

 所詮は些事、目的が達成されるまで生きていれば構わない消耗品。或いは、此処で失われても一人、二人ならば替えが利く。スクワッドの全滅は看過できないが、似たような部隊は他にもあった。ならば、切れる手札は切るに限る。

 それ程までに彼女は、先生を危険視していた。

 

「先生は――私自ら排除する事にしましょう」

 


 

『――あると云ったら、あなたはどうする?』

 尚、何とかするとは云っていない模様。

 ここでアビドスの借金チャラにしちゃったら、この後のホシノ・イベントが潰れちゃうから多少はね? うぅ、先生、ホシノがあなたとアビドスの為に身を捧げるとこ見てて……。これで本当に見ているだけだったら、そもそも世界何て渡って来なかったと思うよ。

 

 ベアトリーチェが先生の存在を早めに察知していたら、絶対、初狩りしてくると思うんです。生徒レベルが30とか40の先生に、平気で70とかのアリウスをぶつけて来るんです、酷い話だ。まぁ、あの人だけ先生大好きクラブの中で先生排除派ですから、仕方ないですね。

 

 ――という訳でアビドス編も最終章が迫って参りました、投稿開始から丁度二ヶ月くらいですね、早かった様な、遅かった様な……このペースで行くとアビドス編完結は大体あと一週間と少しか、二週間位かなぁ。文字数も丁度五十万字くらいになりそう。想定以上に長くなってしまいましたが、どうぞ最後までお付き合い頂きますよう、お願いいたします。

 

 さて、実を云いますと既にアビドス編のラスト周辺はプロットが書き上がっておりまして――この小説書き始めて一ヶ月くらいの時に、「うぉ~、こんな展開書きてぇ~!」と書き殴ったまま残っていた代物――大分原作ストーリーラインとは乖離しているのですが、それは「ままええやろ」の精神で流すとして、大事なのは先生の負傷具合です。

 現在、私の中には天使と悪魔が存在しています。

 

 悪魔が、「折角のラストバトルだし、柴関程度の負傷じゃ満足できねぇですわ! エデン条約なんて書こうと思ったら何百万字も必要なのですし、ここいらで一つ手足をちょっとだけ捥いだってバレはしません事よ! 最終章は先生の手足をもぎもぎフルーツして、それを見る生徒の素敵で深い愛を直接摂取しながら優勝ですわッ! ゲマトリア、やっておしまいなさい!」

 と仰っておりまして。

 

 天使が、「折角のラストバトル、派手に欠損して生徒の愛を感じたいと云う想い、確かに良く理解出来ますわ――しかし、分かっておりまして? アビドス編は本編の第一章、これから第二章(書くとは云っていない)、第三章・前編・後編(書きたい)、第四章(書くとは云っていない)が残っていますのよ? 先生の限りある手足をそのような序盤で捥いでしまうなど、勿体ないとは思いませんの? 此処は臓物の一つ程度で我慢するべきですわ! デザートは最後に食べるからこそ美味しい(愛が深まる)んですの!」

 と仰っておりまして。

 

 私としましてはこの天使の主張も、悪魔の主張も、大変同意出来る内容で御座いまして、ぶっちゃけ先生の手足を捥いでしまっても嬉しいですし、捥がなくとも今後の楽しみが出来ると思うと嬉しいです。私にとって最終的にはどちらも純愛(泣き顔)に通じている為、極論どちらであろうと私は困らないのです。素敵ですね。

 という訳で人生で初めてアンケートというものを使ってみようと思います。私は菩薩なので手足を捥ぐ、捥がない以外にも幾つか選択肢を用意して参りました。

 皆の性癖、みんな違って皆良い。自分の好きな欠損具合を選んでね! 尚、あくまで参考なので、「アロナバリア~!」が選ばれても私の性癖によって負傷する場合がございます、予めご承知おき下さい。

 

 あと、いつも感想ありがとうございます。返信も出来ていないのに感想をくれる方々、あと毎話感想をくれる皆さん、私が「一話投稿されるごとに感想を述べよッ!」とか云われても、「えっ、めんどくさ……」となるのに毎度毎度感想頂ける方には、心の中でいつも「聖人のゲマトリア」と呼んで感謝しております。ほんとマジありがとうございますわ! 時間できたら返信いたしますので! どうぞよしなに、よろしくってよッ!  

 

生徒を愛する先生に問います。先生はアビドス編の最後で――。

  • ヒャア! 我慢できねぇ!(尚、絶命)
  • 手足じゃ足りないの……。(尚、致命傷)
  • うぅ、手足捥ぐとこみてて…。(尚、欠損)
  • 臓器一つなくてもバレへんか!(尚、負傷)
  • 切傷、打撲程度で許し亭(尚、軽傷)
  • アロナバリア~!(尚、無傷)
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