ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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十二月二十九、三十と連続更新ですので、前話読み飛ばしにご注意下さい。


エデン条約編 前編
陽は沈み、星は堕ちる。


 

 この生き方を、後悔しない覚悟があった。

 これから先、どれだけの苦難と呪いを背負おうと、そう在り続ける意思があった。

 この歩みを、止めるつもりはない。

 生徒の悲鳴と慟哭、救えなかった無数の光で紡がれたこの歩みを、止める事は許されない。

 

 ――だから先生は、今も後悔していない。

 

 ただ、唯一絶対だと信じるこの決意が。

 今、この瞬間、絶対であった筈の意思が。

 いつか時と共に色褪せてしまう事だけが。

 

 少しだけ――怖い。

 

 ■

 

「――つまるところ、エデン条約というのは『憎み合うのはもうやめよう』という約束だ」

 

 夜空に、声が響く。

 星々が世界を彩る、夜を天蓋としてトリニティ総合学園を一望出来るテラス。ティーパーティーの集う、トリニティの秘奥。そのテーブルに、一人の生徒と先生が座っていた。互いの手元には紅茶が一杯、長いテーブルは二人の距離を物理的に離し、だというのに声はこれ以上ない程明瞭に聞こえている。

 対面に座る少女は紅茶の香りを楽しみながら、云う。

 

「トリニティとゲヘナの間で、長きにわたって存在してきた、確執にも近い敵対関係、そこに終止符を打たんとするもの、互いが互いに信じられないが故に、久遠に集積していくしかなかった憎悪を解消する為、それに代わって新たに信頼を築き始めようとするプロセス」

「つまりは……ゲヘナとトリニティの平和条約」

「けれど、連邦生徒会長の失踪をきっかけに、この条約は何の意味も持たなくなってしまった、何せ仲介し、立ち会う張本人が居なくなってしまったのだからね」

 

 一口、紅茶を口に含んだ少女はそっとカップをソーサーに戻す。ゆっくりと指先を組んだ彼女は、その亜麻色の髪を靡かせ静かに呟いた。

 

「――エデン、それは太古の経典に出て来る楽園の名、そこにどんな意味を込めていたのかは分からないけれど、まぁ連邦生徒会長のいつもの悪趣味だろうね」

「キヴォトスの七つの古則は御存知かな? その五つ目は、正に楽園に関する質問だった」

「楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事は出来るのか――他の古則もまたそうであるように、少々理解に困る言葉の羅列だ、ただ、ひとつの解釈としてこれを『楽園の存在証明に対するパラドックス』であると見る事は出来る」

「もし楽園というものが存在するならば、そこに辿り着いたものは至上の満足と喜びを抱くが故に、永遠に楽園の外に出る事はない――もし楽園の外に出たのであれば、つまりそこは真の悦楽を得られるような『本当の楽園』ではなかったという事だ」

「であるならば、楽園に到達した者が、楽園の外で観測される事はない、存在を捕捉されうる筈がない――到達した者を観測できたのなら、楽園は存在するが、真の楽園とは云えない事が証明される、しかしそもそも観測すら出来ないのであれば、楽園はあるのかもしれないし、ないのかもしれない……」

「――存在しない者の真実を証明する事は出来るのか?」

 

 少女の双眸が、対面に座る先生のそれを射貫く。

 酷く真剣で、イノセントで、けれど僅かに揶揄う様な色が含まれたそれ。先生は何も答えず、沈黙を守る。少女はややあって、先生が何も答えずにいる事を確かめると、静かに肩を竦め続けた。

 

「……つまるところ、この五つ目の古則は、初めから証明する事ができない事に関する『不可解な問い』なのだよ……しかし、ここで同時に想う事がある、証明できない真実は無価値だろうか? この冷笑にも近い文章を通じて、何か真に問いたい事があるのではないだろうか?」

「エデン……経典に出て来る楽園、どこにも存在せず、探す事も能わぬ場所――夢想家たちが描く、甘い甘い虚像」

「どうだい? そう聞いて見ると、このエデン条約そのものが、まさしくそんなものの様に思えてこないかい?」

 

 微動だにしない先生に、少女は問い掛ける。

 そして両の指を静かに組んだまま、穏やかに、そして優し気に口を開いた。

 

「――先生」

 

 声は、夜空に良く響いた。

 静かで、囁く様な声量だったというのに、はっきりと、明確に声が先生の鼓膜を打つ。

 

「もしかしたらこれから始まる話は、君のような者には適さない、似つかわしくない話かもしれない」

「不快で、不愉快で、忌まわしく、眉を顰める様な――相手を疑い、前提を疑い、思い込みを疑い、真実を疑う様な」

「悲しくて、苦しくて、憂鬱になるような……それでいて、唯々後味だけが苦い……そんな話だ」

「しかし同時に、紛れもない真実の話でもある」

「だから――どうか背を向けず、目を背けず、最後の『その時』まで、しっかり見ていて欲しい」

 

 少女が、そっと目を伏せる。

 そして再び顔を上げた時、その表情には確かな意思が込められていた。

 

「それが先生……【この先】(この未来)を選んだ、君の義務(罪悪)だ」

 

 その声に、言葉に――先生はそっと頷いて見せる。

 それ以外に、選択肢はない。

 ただ、痛烈な覚悟のみを秘め。

 彼はこう答えるのだ。

 

 ――私は、先生だからね、と。

 

 ■

 

 補習授業部、教室。

 立ち並んだ机に、【補習授業】の文字が書かれた黒板。その左右には生徒達の描いたものであろう、落書きらしき猫とペロロ様が彩られ、教卓に座し静かに書類を進めている先生は、時折生徒達の方を一瞥しながらも仕事を淡々と処理していた。

 トリニティらしい煌びやかな内装と、同時にどこか時代を感じさせる木製の机、そこに座る四人の生徒。彼女達の手元には複数枚のプリントが鎮座しており、思い思いの様子でそのプリントと格闘している。

 しかし、その静かな時間は――不意に、生徒の一人が立ち上がる事で終わりを告げた。

 

「――もう嫌っ!」

 

 叫び、机を叩きながら立ち上がったのはピンク色の髪に、小柄な体格の少女、コハル。ペンを机に放り投げ、何度も首を横に振りながら彼女は訴える。

 

「こんな事やってらんない! わかんない! つまんない! めんどくさいッ! ――それもこれも、全部先生のせい!」

「えぇ……私ぃ?」

 

 急な癇癪に目を見開き、同時に責任転嫁された先生は今しがた操作していたタブレットを手放しながら、怪訝な声を上げる。また私、何かやっちゃいました? とばかりのとぼけ顔を晒す先生に、猫目の様な瞳を向けるコハル。

 しかし、そんな彼女を窘める生徒がひとり。

 

「もう、コハルちゃん、そんな無茶苦茶な事を云ったら先生が困ってしまうでしょう?」

 

 そう云って立ち上がったのは、彼女の後ろの席に座していたハナコ。コハルと同じ髪色を持ちながら、しかしその体格と性格は反対。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだ体型。どこかはんなりとした口調に、温厚な笑みを浮べながらコハルの肩をそっと叩いた。

 

「あくまで先生は私達を助けるために来て下さっているんですし、そもそも勉強が分からないのも試験に落ちたのも、先生ではなくコハルちゃん自身のせいですし――……」

「うぅッ……!」

 

 叩き込まれる正論の力。それに反駁する術を持たないコハルは、瞳孔を縦長にしたまま苦しい言い訳を並べ立てる。

 

「わ、私は正義実現委員会の一員だから! それで、授業に出られない事が多くてっ……そう、そのせいなの!」

「それは他の正義実現委員会のメンバーも同じだ、でもここにいるのはコハルだけ」

「………」

 

 そして、続けて投げかけられた白い小さな翼を持ち、透き通る様な白髪を持つ少女――アズサの言葉に今度こそ黙り込んだ。実際、かなりの人数を誇る正義実現委員会の中で、この補習授業部に入る事になったのはコハルのみである。その事実を突きつけられ、彼女の肩は露骨に落ちた。

 

「なるほど、つまりアズサちゃんが云おうとしているのは、唯々コハルちゃんがおバカさんだからですよ、という事で合っていますか?」

「まぁ、それも強ち間違ってはいない、仕方ないものは仕方ない、人生は往々にして虚しいものだ」

「確かに人生は苦痛の連続ですからね……そういう事もあります」

「っ、あぁもう、うるさいなぁっ!? そんな事云ったらあんた達も皆一緒じゃん!? 私が馬鹿なら此処に居る全員バカでしょバーカッ!」

「あ、あはは……えっと、それはその……」

 

 どこか吹っ切れたような、あるいはヤケクソ気味に叫ぶコハルの声に、一人黙々と勉学に勤しんでいた自称平凡な生徒――ヒフミが困ったように苦笑を浮かべる。そんな対応を見せたヒフミに稚拙な言動を行う自身を客観視したのか、更に顔を赤らめたコハルは地団駄を踏み、教室の皆を指差した。

 

「な、何も間違ってないでしょ!? 馬鹿だから此処に居るんでしょ!? あんたも、あんたもっ、あんたもッ!」

 

 順々に生徒を指差し、最後に先生を見る。そして力強く指先を立て、目の前の大人へと突き出した。

 

「――あんたもッ!」

「えっと、私は一応、先生なんだけれど……?」

「こ、コハルちゃん、ちょっと落ち着いて……」

 

 先生が困惑した様子で頬を掻き、ヒフミがどうどうとコハルを宥めようとする。しかし彼女の感情爆発が収まる事はなく、半ば涙目になりながら悔しそうに口を開いた。

 

「落ち着いてなんていられないわよ! 皆仲良く退学になりそうな、こんな状況で……ッ! もし退学になったら、せ、正義実現委員会のメンバーじゃなくなっちゃう……うぅ!」

「ふむ、私も退学になるつもりは毛頭ない、何をしてでも、例え惨めな想いをしてでも、乗り越えて見せる」

「まぁまぁ、退学になったからといって何もかもが終わりと云う訳ではありませんから、気楽にいきましょう、寧ろ……――」

「あ、あの……ッ!」

 

 各々が各々の主張を口にし、収拾がつかなくなりかけた所で、ふとヒフミが声を上げる。皆の視線が彼女へと集まり、注目される事に慣れていない彼女は一瞬たじろぐも、ぐっと後退りそうになる気持ちを堪え、言葉を絞り出した。

 

「えっと、その……こうして集まっているのは、そもそも退学せずに済むようにする為ですし、取り敢えず、今は皆で知恵を寄せ合って、何か良い方法を探しましょうよ……! でないと、一週間後には本当に仲良く全員退学――なんて事にもなりかねませんし……!」

「ふむ、知恵を寄せ合う……成程、悪くないですが、あまりぐっと来る感じではありませんね、もう少しこう、何か――」

 

 ヒフミの言葉の何かが琴線に触れたのか、どこか思案顔で唸るハナコ。そしてふと、顔を上げた彼女はとても良い笑顔で口を開いた。

 

「ここは例えば、そうですね、弱くて敏感な部分を寄せ合う、という形で如何でしょう?」

「……?」

 

 彼女の言葉に、良く意味を理解出来なかったのか、アズサが疑問符を浮べながら首を傾げる。反し、その含むところを良く理解していたコハルが顔を真っ赤にさせ、肩を怒らせながらハナコに向かって怒鳴りつけた。

 

「い、いきなり何言ってんの!? 下ネタは駄目! 禁止! 死刑! び、敏感な部分って、何をどう寄せ合おうっていう訳!?」

「あぁ、ちょっと分かり辛かったですか? では、実際にやってみましょうか、もう少しこう、足を開いて頂いて……」

「え、えっ……や、やめて! 近付かないで! 知りたくないし分かりたくもないしまだ早いからっ!?」

「えい♡」

 

 コハルは大量の汗を流しながら逃げまどい、しかしハナコは素早い動きで彼女を捕獲してしまう。そして両腕でコハルの両足を押し広げ――必死に抵抗するコハルは首を力強く横に振りながら、唯一の男性であり大人である先生に助けを求めた。

 

「や、やめっ……やめてぇっ! たっ、助けて先生ッ……!」

「――このまま眺めているのも良いか」

「ちょッ!?」

 

 涙目で助けを求めるコハルは良い文明。

 先生は穏やかな笑みを浮べながら頷き、そっと静観の姿勢を見せた。その表情は正に菩薩、悟りの極み。

 唯一の助け舟である先生が動かないと見るや否や、コハルはハナコの予想外の力に対抗しながら必死に弁明を試みる。というか何でこんなに力が強いの!? コハルは内心で叫んだ。

 

「わ、私が悪かったです先輩相手にタメ口ですみませんでした! もう許してやめてっ、それはまだ嫌ぁ~ッ!」

 

 笑顔で徐々に圧し掛かって来るハナコに、遂に泣きを入れるコハル。そんな二人を眺めながら、アズサは酷く真剣な表情で呟いた。

 

「ふむ……成程、こういう制圧術もあるのか、白兵戦で使えそうだ……勉強になった――ただ、無駄な動作が多い気がする、私ならあとツーテンポ前の段階で関節を極めている」

「――いや、アズサ、それは違う、あれは高度なフェイントだよ、態と動作を複雑化して対峙する相手に出方を悟られない様にしているんだ」

 

 先生が机に肘を突きながら、穏やかな表情で二人を見守りながら告げた。

 瞬間、アズサの表情に驚愕の雷が落ちる。そんな事、考えも付かなかったという顔だった。

 

「フェイント……っ! 成程、対峙しなければ分からない所作、というものか、実直なものばかり学んでいたが、確かに――うん、ありがとう、流石先生だな」

「ふふっ、どういたしまして、四十八手に関してはハナコから借りた書物で学んだからね、任せて欲しい」

四十八手(しじゅうはって)……それは、一体どんな近接格闘術だ?」

「そうだね、主に組技、古来より伝わる古武術の一種――かな」

「せ、先生ぇ……」

 

 アズサのどこまでも脳筋思考に、先生も悪ノリで便乗する。それはそれとして、ハナコから借り受けた四十八手目録にはちゃんと目を通した。世の中にはこんな『型』もあるのかと大変関心した程だ。まぁ、ある意味寝技には違いないし、それで相手を制圧出来るのならば古武術と云っても間違いではないのではないのだろうか。そうかな、そうかも。先生は自身に言い聞かせ、納得した。

 そんな新しい部活――補習授業部の醜態を眺めながら、ヒフミはひとり、これ以上ない程深い溜息を吐き出した。前途は多難だった、寧ろそうでない部分の方が見えなかった。

 

「このままだと、本当に……私達はみんな、退学に……」

 

 呟きはコハルの悲鳴と、アズサの四十八手古武術に対する質問の声に掻き消される。

 何故、このメンバーがこの教室に集められたのか。

 何故、『補習授業部』などと呼ばれる部活がトリニティ総合学園に創設されたのか。

 

 話の発端は、数週間前にさかのぼる――。

 


 

 こんなクソ忙しい年越し前に連続更新されるとは思いもしませんでしたの?

 あらあら、こちとら連載初期と同じように毎日更新でもよろしくってよ――?

 

 嘘ですわよ。

 毎日更新とか私の体がマッハでハチの巣で血液がマーライオンですわ。

 取り敢えず更新速度は以前の二日に一回を、もう一つ落として、三日に一回、最低限一週間に二話更新を目指しますわ。週一だと何だか寂しいし、私が先生や生徒の情緒忘れそうで怖いですわ。でも二日に一回だとエデン条約の長さを考えて結構キツそうなのですわ、マラソンは走り続けてこそ意味があるのですから、途中でガス欠になったら意味がないのでしてよ。という訳で給水所の設置は宜しくお願い致しますわねッ!? 

 今日は連続更新ですので、前回は一万五千字でしたが今回は七千行かない位ですの、少なくてごめんあそばせ。

 

 という訳で、これより新しい学園、新しい生徒による物語が始まります。

 ここから先は『エデン条約編』です。

 

 先に宣言しておきますが、このエデン条約編は前編の『アビドス編』とは比較にならない程、先生や生徒達が厳しい環境に身を置かれます。文字通り絆を結び、笑い合い、切磋琢磨し合った生徒達と先生が、その精神を削り、心を削り、身体を削り、それでも尚必死になって苦難に抗おうとするお話です。恐らくこの小説を読む大半の先生は原作をプレイ、及びストーリーを把握していらっしゃるでしょうが、原作のもう一段か、二段くらい生徒は苦しみますし、先生に関しては約束された勝利の捥ぎ捥ぎ大フィーバーが待ち構えています。うっひょ~! たまんねぇですわ~!

 ですので、どうぞ覚悟を決めてご覧ください。

 

 まぁ、本当に辛いのはエデン条約編・後編からなので、エデン条約編・前編と、前編と後編の間に挟まるバカンス編はジャブみたいなものです。そこまでは先生にも生徒にも、のんびり過ごして貰いましょう。

 光が強ければ強い程、伸びる影と闇はより深く、強固になりますものね。

 あっ、エデン条約編に必要なので、前編終わったら夏イベの「ツルギ夏休み計画」in補習授業部はちゃんとやります。整合性取れそうだったらアビドスの夏休みイベも複合してやります。整合性取れそうだったらねッ! まぁ十万字もあれば足りるだろう! ガハハッ! 駄目そうだったら? 薄い本が厚くなるなッ!

 

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