ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

51 / 340
明けました、おめでとうございます。


誰にも負けない唯一無二の、お姫様に。

 

「こんにちは、先生……こうしてお会いするのは初めて、ですね」

「やぁ、こんにちは」

 

 トリニティ総合学園、ティーパーティー会場、テラス。

 中央に鎮座する巨大なティーテーブル、それを彩る様々な菓子にティーポット。控えめに設置された香りのない華。それらを前に、優雅に佇む二人の生徒。淡い桃色の髪を持つあどけない少女と、どこか凛とした佇まいに確かな知性を感じさせる少女。共通点は白い翼をもつ事であり、彼女達は学び舎を同じくする友人――そして、この茶会の主催者でもあった。

 今回の茶会のホスト――ナギサはそっと頭を下げ、先生に着席を促す。その手にはティーポットが握られ、予め用意されていた先生用のカップに紅茶を注いでいた。

 

「一先ず紅茶をどうぞ、客人をもてなすのはホストの務めですので」

「……それじゃあ、一杯だけ頂こうかな」

「えぇ、是非」

 

 そうして差し出された紅茶に、先生は内心で舌を巻く。相変わらず、鼻腔を擽る芳醇な香りだった。比べるような事ではないと理解はしているが、どうしても普段愛飲しているC&Cの紅茶と比較してしまう。恐らく、自分の淹れ方の問題なのだろう。彼女達に紅茶の淹れ方を教えて貰ってから、随分と時間が経過している。C&C以外の手で淹れられた、飲む前から美味いと分かっている紅茶を口に含むのは、本当に久々だった。

 一口、そっと含む。

 途端口の中に広がる香りと、絶妙な甘さ。単純にして高貴な味。

 あぁ、美味い。世辞なしに、心の底からそう思う。

 

「では――改めまして、ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」

 

 先生の表情で紅茶の出来は確信したのだろう。彼女は薄らと笑みを浮べたまま、自己紹介を口にした。

 

「そしてこちらは、同じくティーパーティーのメンバー、聖園ミカさんです」

「――やっほ、先生」

 

 先生の座る椅子、その横合いから顔を出す生徒。その溌剌とした笑みには酷く見覚えがある――聖園ミカ。彼女は屈託のない笑顔を向けたまま、手を振っていた。

 

「現在は私達二名がトリニティ生徒会――ティーパーティーで……ミカさん?」

「へー、これが噂の先生かぁ、あんまり私達と変わらない感じなんだね? すんすん」

 

 薄い桃色の髪を靡かせながら先生の周囲を歩き回り、傍で鼻を鳴らしたりする生徒、ミカ。その表情はどこか楽し気で、興味深いとばかりに何度も頷く。先生は特に注意する事無く、彼女の好きな様に振る舞わせていた。それは、先生が生徒本来の性格を尊重し、重んじているからだった。余程の事か生徒からの要請がない限り、生徒の思うがままに振る舞わせる、それが先生の方針である。

 

「へー、なるほどー、ふーん……うん、私は結構良いと思う! ナギちゃん的にはどう?」

「……ミカさん、初対面でそういった行動はあまり礼儀がなっていませんよ、愛が溢れるのは結構ですが、時と場所は選びましょうね」

「あー、うん、それはまぁ……確かに?」

 

 流石に自分の行動に問題があると自覚はしているのか、少しだけ気まずそうに頬を掻き、ミカは謝罪を口にした。その顔は、僅かに赤らんでいる。

 

「先生、ごめんね? 何か先生を見ていると落ち着かなくてさ……まぁ取り敢えず、これからよろしくって事で!」

「――うん、こちらこそ、よろしく」

 

 差し出されたミカの手、その絹の様に繊細で、柔らかな手を取る。奔放にして自由、一線がなく親しみやすい。しかし、それは時折無遠慮とも、考えなしとも取られ、このトリニティに於いては少々異質な存在。

 そんな彼女に対し何の含みもなく、本心からの笑みで以て応えた先生に――ミカとナギサの両名は、微かな驚愕と感心を覚えた。

 

「………」

「へぇ、ふふっ……」

 

 ミカが笑みを零し、ナギサはそっと目を伏せる。

 成程、これが先生――元々先生にお願いする立場でありながらシャーレに赴かず、態々このティーパーティーに招いたのは、自身のホームで交渉事に臨みたかったからだ。しかし、先生という存在の片鱗に触れ、ナギサは自身のそれが杞憂であった事を悟った。

 

「……トリニティ外部の方が、このティーパーティーに招待されたのは、私の記憶では先生が初めてです、普段はトリニティに所属する一般生徒達も簡単には招待されない席でして」

「へぇ、それはまた、光栄だな」

「あー、何それナギちゃんちょっといやらしい、恩着せがましい感じ~!」

「……んんっ、失礼しました、先生、そういう意図はなかったのですが――ミカさん?」

「え? あー……うん、大人しくしているね? 出来る限り、たぶん」

「……では改めて」

 

 どこか浮足立ったミカを笑顔で見つめ、それに対して目を逸らす彼女。

 こほん、と咳払いを一つ挟んだナギサは、両手をそっと膝の上で組んだまま真っ直ぐ先生に視線を向けた。先生も背筋を正し、ナギサを見つめる。

 

「――こうして先生をご招待したのは、少々のお願い事がありまして」

「お願い事、かい?」

「はい、とても大切な事です」

「おぉ~……ナギちゃん、いきなりだね!? もうちょっとこう、アイスブレイクとか要らないの? 小粋な雑談とかは? 天気が良いですねとか、昨日は何を食べたのですか、とか、そういうのは挟まないの? ほら、ティーパーティーって基本的には社交界なんだし?」

「――ミカさん……?」

 

 二人が視線を交わらせ、真剣な表情で対峙する中、未だ椅子に座る事もなくそわそわと先生の周りを徘徊するミカはあれやこれやと早口で言葉を捲し立てる。その言葉を受け、ナギサは再び彼女の名を呼んだ。

 

「そんな綺麗な目で睨んでも、これはティーパーティーとしての在り方の問題なんだからダメー! こういうのは、きちんとしないとっ!」

「ミカさん、そういった事はあなたがホストになった際に追求して下さい、今は一応私がホストですので、私の方法に従って下さいな」

「ぶーぶー」

「そのヤジはおやめなさい」

 

 先生の背中から声を上げ、拳を突き出しながら口を尖らせるミカ。トリニティの生徒としては余りにも淑女とかけ離れた態度だが、ある意味これが彼女らしいとも云える。ナギサは溜息をひとつ零しながら肩を落とし、頭が痛いとばかりに呟く。

 

「まぁ、お客様の前でこのような論争を広げるのもまた、望ましい姿ではない事は確かですね……なら、ミカさんの云う通り、少し話の方向を変えましょうか」

「あー、それなら……えっと、このトリニティだとこのティーパーティーが生徒会の役割を担っているから、ナギサが生徒会長なのかな?」

「おぉ、先生の方から空気を読んでくれた! ほら、ナギちゃん見た!? これが大人の話術だよ! 自然な会話への誘導!」

「……はい、仰る通り、私達がトリニティ総合学園の生徒会長『達』です」

 

 ナギサは最早何も云うまいと目を閉じた。目の前で先生の背中に張り付き、ヤジを飛ばす幼馴染など最初から存在しなかったのだ。そういう事にした。

 

「生徒会長達、というのは耳慣れない言葉かもしれませんね、最初からご説明しますと、トリニティ生徒会長は代々複数人で担っているものなのです」

「あれ、ナギちゃん無視? 私の事無視しているの?」

「昔、トリニティ総合学園が生まれる前、各分派の代表たちが紛争を解決する為にティーパーティーを開いた頃から、この歴史は始まりました」

「……ぐすん、ちょっと傷ついた」

「パテル、フィリウス、サンクトゥス……それらの三つの学園の代表を筆頭にティーパーティーを開き、和解への流れが生み出されたのです」

「ナギちゃんが本当に無視した、嫌がらせだぁ、ひどくない? 私達一応十年来の幼馴染だよ? こんな事今までに……結構あったかもだけれど」

「……その後から、トリニティの生徒会はティーパーティーという通称で呼ばれるようになり、各派閥の代表から順番に『ホスト』を――」

「えーん、うわーん、ひえーん、しくしく、べそべそ、めそめそ」

「――あぁ、もう五月蠅いですわねェッ!?」

「ひぇっ」

 

 バン、と。

 茶会には似つかわしくない音が鳴り響き、ティーテーブルの上に置かれていた茶器が微かに跳ねる。ソーサーとぶつかったカップが甲高い音を鳴らし、皿の上に飾られていた甘味が数秒宙を舞った。額に青筋を浮べたナギサがミカを睨みつけ、当のミカは身を縮こまらせながら先生の背中に隠れる。その表情は蒼褪めていた。

 

「今、私が説明をしているんですよ!? それなのにさっきからずっとッ!? 横からぶつぶつぶつとォッ! どうしても黙れないと云うのでしたら、その小さな口にロールケーキをぶち込みますよッ!?」

 

 そう云って皿から零れ落ちそうになっているロールケーキを指差すナギサ。先生はそれを見て、テーブルクロスを汚してしまう位なら食べちゃお、とばかりにフォークを伸ばした。自身の前に用意されていた小皿にロールケーキを取り、小さく分けながら口に頬張る。

 

「………」

「………」

「………」

 

 ナギサは怒り狂っていた。

 ミカは突然の噴火に恐れ(おのの)いていた。

 先生はロールケーキを頬張っていた。

 

 数秒して我に返ったナギサは、自身の行動を顧み、そっと浮かせていた腰を落とす。そして一つ咳払いを零し、一口紅茶を喉に流すと、いつも通りの笑みを浮べながらそっと告げた。

 

「……あら、私ったら何という言葉遣いを、失礼しました先生、ミカさんも」

「怖い怖い」

「うぉ、このロールケーキうまっ」

 

 ■

 

「……さて、そろそろ本題に入りましょうか、私達が先生にお願いしたいのは、簡単な事です」

「簡単だけれど、重要な事だよ」

「えぇ、そうですね」

 

 三人が揃って席に着き、一度ブレイクタイムを設けて空気の入れ替えを行った後。甘味を摘まみながらナギサを見て呟くミカの言葉に、彼女は頷いた。

 

「――補習授業部の、顧問になって頂けませんか?」

「……補習授業部、ね」

「はい、名前から予想は出来ると思いますが、落第の危機に陥っている我が校の生徒達を救って頂きたいのです、部という形ではありますが、今回は顧問というよりも『担任の先生』と云った方が良いかもしれませんね」

 

 部活というより、放課後に行う補講の教師役。

 顧問というよりは担任に近いという事は、そういう事だ。先生は手元のロールケーキを消費しながら、何度か頷いて見せる。

 

「トリニティ総合学園は、昔からキヴォトスに於いて文武両道を掲げる歴史と伝統が息づく学園です、だというのにあろうことか、よりにもよってこの時期に、成績が振るわない方がなんと『四名』もいらっしゃいまして……」

「私達としてはちょっと困ったタイミングで、っていうかー……エデン条約で今はバタバタしていてね? あの子達の件も何とか解決しないといけないんだけれど、人手も時間も足りなくって」

 

 そう恥ずかしそうに口にしていたミカだが、不意に席を立つと虚空に向かって拳を突き上げ、力説する。

 

「――その時にちょうど見つけたの! 新聞に載っていたシャーレの活躍っぷりを! ネコ探し、街の掃除、宅配便の配達まで、八面六臂の大活躍! このシャーレになら、きっと面倒事を任せられそうだなって!」

「それは、また」

 

 何と云う火の玉ストレート。

 先生は輝く瞳で以てそう告げたミカに対し、何とも云えない表情を浮かべた。というか挙げられた功績の殆どが何でも屋の様な扱いなのだが、それで良いのだろうか。

 

「……面倒事なんて云ってはいけませんよ、ミカさん」

「うっ! ま、まぁでも、ある意味では本当だし……それにほら、先生なんでしょ? 困っている生徒は助けなきゃ! ね? ねっ?」

「……まぁ、それに関してはその通りだね」

 

 困っている生徒は見過ごせない、それは先生としての性だ。

 云われるまでもない、先生は云われずとも手を差し伸べるだろう。

 

「今はみんなBDで学習する時代だし、学校の職員とか、教授ならまだしも、『先生』って概念は珍しいんだよねぇ~、先の道を生きると書いて『先生』――つまり、導いてくれる役割って事だよね? 尊敬の対象、或いは生きる指針としてみんなに手を差し伸べ、導く……ほら、補習授業部の顧問としてぴったりじゃない!?」

「噂では、尊敬という言葉が合うかどうかについては、意見が割れている様ですが――」

「え? あー……そうだったね、報告書によって全然違うというか、まぁこれは先生の名誉の為に何も云わないでおくね?」

 

 どこか気まずそうに視線を逸らすミカ。その反応を見た先生は凡その事態を察知し、そっと疑問を呈する。

 

「ふむ……トリニティでは特に問題を起こした記憶がないのだけれど」

「そこは――まぁ、他校の方から流れている噂などもありますので」

「情報元はゲヘナかな?」

「………」

 

 先生はフォークをそっと皿に添え、両手を組んで口元を隠す。その瞳がすっと理知的な光を帯び、ナギサのそれを射貫いた。ぐっと、無意識に彼女の背筋が伸びる。先生から放たれる空気が変わったと、そう感じたのだ。

 

「大方、私が生徒の足を舐めただの、わんわんプレイに興じただの、ある事ない事、噂として聞いたんじゃないかな」

「っ!」

 

 図星だった。

 ゲヘナから流れて来た情報の中に、先生がそのような行為に及んだという記述があったのだ。ゲヘナとシャーレに関しての情報は重要だ、どの様な些細な事でも収集しろと指示していた。最初、情報部がそのような内容を持ってきた時は、何だこのゴミの様な情報はと疑ったものだが、ゲヘナ自治区に潜伏する情報工作員からの確かな内容だと聞かされ、思わず目と耳と頭を疑ったものだ。

 しかし、その様な醜態を知られていると理解して尚、先生の態度は泰然としていた。背筋を正し、ティーテーブルの上で指先を合わせ、微笑みすら浮かべて反駁して見せる。

 

「――敵対する組織とシャーレ、その友好を阻む為、敢えて悪評を流す、倫理的な是非は兎も角、有効な手じゃないか」

「……確かに、条約前とは云えあのゲヘナであれば或いは――そのような手段も講じてきてもおかしくはありません」

「情報工作員個人に充てた噂じゃないだろう、当たれば儲けもの、その程度の噂だよ」

「えっ……えっ? じゃあ何、あの報告書の内容って嘘なの……?」

「少なくとも鵜呑みにするべきではないだろうね――君達から見て、私は生徒の足を(ねぶ)る様な人間に見えるかい?」

 

 先生はそう云って、静かに紅茶を片手に微笑んだ。

 浮かぶ笑顔は優雅に、纏う雰囲気は穏やかで理知的。

 このような人物が白昼堂々、わんわんプレイに生徒の足を舐める? ――あり得ない、馬鹿馬鹿しい嘘話だろう。先生と実際に会い、言葉を交わした今、そう断言する事が出来る。

 ナギサの判断は、酷く常識的だった。

 

「……いいえ、全く」

「なら、自分の目を信じるんだ、人を見る目というのはそうやって養われる」

 

 告げ、紅茶を一口嗜む先生。そのどこまでも大人然とした姿勢に、ナギサはほぅと息を吐いた。ナギサの中で、先生の株が上がった瞬間だ。ミカもまた、似たような視線を先生に向けていた。

 

「――成程、流石先生というべきですか、教育の仕方も見事なもので」

「ふふっ、一応、先生ですから」

「おぉ、これが大人……!」

 

 称賛の声に耳を傾けながら、先生は寛容に頷き、そっと目を閉じる。

 ――別にやっていないと否定した訳でもないし、「そういう風に見える?」と聞いただけなので、嘘は云っていない。大人は嘘つきなどではないのです、ただ少し間違いを犯すだけなのです。先生はそう自分に言い聞かせ、そっと微笑んだ。

 今度は誰も居ない時にやろう、そうしよう。

 

「――まぁ兎に角! そういう事で、今はちょっと忙しい事もあってさ、是非先生にこの子達を引き受けて欲しいの!」

「もう少々説明しますと、この補習授業部は常設されているものではなく、事態に応じて創設し、救済が必要な生徒達を加入させるものです、少々特殊な形ではありますが、急ぎという事もあり、シャーレの超法規的な権限をお借りしつつ……といった形で、ですね――色々とややこしいですが、本質はあくまで『成績の振るわない生徒達を救済する事』にあります、だからこそ、こういった形での創設が許された訳ですが……如何でしょう、先生? 助けが必要な生徒達に、手を差し伸べて頂けませんか?」

 

 二人の瞳が先生を捉える。元から返事など決まっていた。微笑んだまま先生は何の気負いもなく、粛々と頷いて見せる。

 

「私に出来る事なら、喜んで」

「やった! ありがとー先生っ!」

「……ふふっ、きっと断らないでしょうとは思っていましたが」

 

 ナギサは笑みを浮べたままそう口にし、ティーテーブルの隅に置かれていたファイルを手に取る。そしてトリニティ総合学園の校章が描かれたそれを、先生の前へと差し出した。

 

「受けて頂き、ありがとうございます――では、こちらを」

「……これは?」

「補習授業部に入部する事となる、対象の生徒達、その名簿と生徒情報です」

「つまりトリニティの厄介――」

「その表現は愛が足りませんよ、ミカさん、こう云いましょうか、トリニティに於ける『愛が必要な生徒達』と」

「……まぁ、呼び方は何でも良いけれどね~」

 

 呑気にそう宣うミカ。先生は静かにファイルを受け取り、中を覗く。挟まれていた生徒の資料は四名分、一番前に差し込まれていた名簿を手に取り、その名前をそっと目でなぞった。記載されている生徒は――先生の記憶通り、見覚えのあるものばかり。

 二度、三度、その名前を確かめた先生は一つ頷き、そっと名簿をファイルに戻した。

 

「詳細に関しましては追ってご連絡致します、他に気になる点は御座いませんか?」

「そうだな……」

 

 その問いかけに、先生は二人に視線を配り、それから空席となった四つ目の席に目を向ける。数秒、何かを考えるように沈黙を守った先生は、ややあって口を開いた。

 

「ティーパーティーは確か、三人で一つなんだよね、なら――もう一人は何処に?」

「………」

「あー……」

 

 その問いかけが、どのような空気を生み出すか位は理解していた。

 ミカはどこか悲しそうに目を伏せ、ナギサは思い詰めた表情でその色を濁らせる。

 

「セイアちゃんは今、トリニティにいないの、入院中で……」

「本来であれば、今のホストはセイアさんだったのですが……そういった事情で不在の為、私がホストを務めているところです」

「元々ティーパーティーのホストは、順番でやるものだからね」

「ん、そっか……早く良くなると良いね」

 

 呟き、先生は小さく息を吐き出す。

 ――今の反応で、知りたい事は凡そ知れた。

 未来の差異は、重要だ。

 

 少なくともこの時の先生は――そう思ったのだ。

 

「ありがとう、聞きたい事はこれで全部だよ」

「……では、準備が整い次第、先生にはトリニティ総合学園に派遣と云う形で来て頂く事に出来ればと――先生のご協力に感謝します」

「またお茶会しようね、先生! また会えるかどうかは分からないけれどっ」

「そうですね……特に今は忙しい時期ですし、ティーパーティーの生徒会長がこうしてまた直ぐに集まれるとも限りませんから」

「ふふっ、やっぱり忙しいんだ? ま、でも先生のお陰でナギちゃんの顔も見られたし、良かった良かった!」

「えぇ、私もですよ、ミカさん」

 

 互いに言葉を交わし、笑顔を見せる両名。先生はそんな二人を眩しそうに見守りながら、静かに席を立った。

 

「……それじゃあ、私は一度補習授業部の生徒に話を聞いて来るよ」

「えぇ、これからよろしくお願いいたしますね、先生、私もティーパーティーのホストとして、先生をエスコートいたしますので」

「私も暇な時は手伝うから、いつでも呼んでね~!」

「うん――こちらこそ、宜しく」

 

 ■

 

 去り行く先生の背中。テラスに設けられた両開きの白扉の向こうへと消えていく、シャーレの外套。

 その影を眺めながら一息吐いていたナギサの耳に、声が届く。

 

 ――やっと会えたね、先生。

 

 それは、風の様に流れ、澄んだ声だった。

 けれど含まれた感情はどこか、身を切るような切実さを孕んでおり。

 思わず、口を開く。

 

「? ――ミカさん、今、何かおっしゃいましたか?」

「えっ……いや、何も云っていないけれど?」

「あら、そう……ですか?」

 

 ナギサは目を瞬かせ、疑問符を浮かべるミカの姿に困惑を見せる。

 

「今、確かにミカさんの声が……」

「――え~、なに、ナギちゃん、あんな雑に私を扱っておいて、実は幻聴聞こえちゃう位私の事好きなの~?」

「なっ、み、ミカさん!?」

 

 ナギサの言葉を構って欲しい合図だとでも捉えたのか、ミカはナギサの肩に腕を回しながら、その髪に頬を擦りつける。

 

「あはは! 私もナギちゃんの事好きだよ~! だからその内、またお茶会を開こうねっ!」

「えっ、あ――」

「じゃあ、今日は顔を見られて良かった! またねっ! ナギちゃん!」

 

 自身の伝えたい事を一方的に伝え、そのまま扉の向こう側へと消えていくミカ。その背中を見送ったナギサは、中途半端に伸びた手をそのまま、背凭れへと身を預けた。

 

「……全く、ミカさんは」

 

 そう呟き、しかし自身の表情が笑顔である事を自覚する。

 何だかんだと云って、そうそう憎める相手でもないのだ、彼女は。

 

 ■

 

「…………」

 

 扉を閉めた、その裏で。

 ミカは扉に寄り掛りながら、俯き、投げ出された自身の爪先を凝視する。

 

「――ふはっ」

 

 不意に、笑みが零れた。

 

「はは、はははッ……!」

 

 いや、笑みというよりは――哄笑だった。

 際限なく吊り上がる口元、らしくもなく大口を開けて、全力で笑い出したくなる気持ちを抑える。けれど抑えきれなかった分が溢れ出て、ミカは両手で顔を覆いながら声を押し殺す。扉の向こうに居るナギサに聞こえないように、廊下の先に消えた先生に聞こえないように。

 けれど、どうしようもなく早鐘を打つ心臓と、溢れ出る感情が彼女の喉を震わせる。

 

「やっと、やっとだ、やっと、やっと――!」

 

 溢れ出る感情をそのままに、叫ぶ。

 先生の秘密を知って。

 先生の死に際を看取って。

 先生の愛したキヴォトスが崩れる最後の瞬間まで戦って。

 先生の亡骸(からだ)を取り返して。

 泣いて、泣いて、泣いて――沢山涙を流して。

 その果てに結んだ、最後の契約(約束)

 この条約を経て、ミカという少女の積み重ねた時間と約定は、漸く成就するだろう。

 

「先生、漸く始まるんだよ」

 

 呟き、先生の消えた廊下を見つめる。

 窓硝子から差し込み光が白い廊下を彩り、宛ら天国への階段の如く映える。

 ミカはそっと一歩を踏み出し、その光の中へと身を投じた。

 

「――私達の、エデン条約が」

 


 

 明けましておめでとうございますわ~!

 今年もよろしくお願いしますのッ!

 よろしくってよっ!

 

 三日に一本と云いながら一日早いですが、続きを投稿しておきますね。

 年明けは色々と忙しいと思いますから、今の内に……という奴ですわ。

 次からは通常営業です、多分、メイビー、恐らく、ぱちぇむー。

 投稿間隔早かったら「ラッキー」程度に思っておいて下さいまし。

 

 今更ながら二章後編べーっと読んだんですけれどぉ。

 モモイの代わりに先生が負傷して、そのまま先生を欠いた状態でエリドゥに行って、フルアーマー・トキに全滅寸前まで追いつめられて欲しい。そこで先生が登場して、フルアーマーをアロナに剥いで貰って、そのままトキと先生の肉弾戦に発展して欲しい。勿論先生が勝てる筈がないし、そもそも先生が生徒に手を挙げる筈もないので、何度も何度も投げ飛ばされ、打擲され、ボロボロになる姿を生徒達に見せつけてあげたい。関節を外されようが、肌が切れるほどの打撃を受けようが、絶対に斃れない先生の姿を見て常に冷静なトキの表情が段々と焦燥と不安に駆られていたら最高にえもももも。

 うぅリオ……切り捨てようとした存在の為に先生がボロボロのドロドロになって、血に塗れる姿をちゃんと見てて……。機械仕掛け編、先生ボロボロに出来ないからって理由で飛ばしていたけれど、これならワンちゃん書いても良かったな……。どうしてこんな残酷な事をするんだ、どうして、どうして……。私はただ、先生を血塗れにして生徒達の愛を確かめたいだけなのに……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。