ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告は宙に在るのです。
今回本編だけで15,000字近いのでご注意下さい。


月は欠けても、美しい

 

 補習授業部、放課後の自習時間。

 遂に活動を開始した補習授業部は、毎日放課後の時間帯に補習授業と自習を行う事になっている。前半に先生がテスト対策として用意した例題や教科毎の解説、後半が生徒各自の判断による自習時間。

 基本的に自習時間に於いては先生への質問などを除き、先生自身の仕事は置物と大して変わりない為、教卓で明日の授業資料を用意しながら皆の様子を横目に眺めていた。

 

「ハナコ、この問題はどう解けば良い?」

「どれですか? ――あぁ、成程、こういう時はですね、倍数判定法を用いて、このように……」

「――そっか、うん、理解した」

「………」

 

 アズサとハナコの二人は机をくっつけ、真剣な面持ちで問題集を捲りながら学習を進めている。ヒフミはそんな二人を見つめながら、ふと丁度教室の片隅で自習しているコハルに目を向ける。すると丁度、コハルが何とも表現し辛い瞳でハナコ達を見つめているところだった。

 

「えっと、コハルちゃん? 何か分からない問題でもありましたか?」

「い、いやっ、別に?」

「因みに今見ているそのページ、今回のテスト範囲ではありませんよ」

「えっ、うそっ!?」

 

 ハナコの指摘に、コハルは自身の開いていたページを凝視する。しかし、ややあって彼女は問題集を勢いよく閉じると、それに覆い被さりながらハナコを睨みつけ叫んだ。

 

「やっ、ちが……っ! し、知っているし!? 今回の範囲は余裕だから、先のところを予習していただけ!」

「あ、あはは……」

 

 ヒフミは相変わらずな彼女の態度に苦笑を零す。

 一人で黙々と勉強するコハル、二人組で効率的に学習するハナコとアズサ。ヒフミも一人でペンを進めているが、学習進行度的にはそもそも問題ない彼女だ。先生の授業や例題の内容は頭に入っており、特に苦慮する事もなかった。

 

「ハナコ、この文章は何?」

「――これは、古い叙事詩の冒頭部分ですね、『怒りを歌え、神性よ――』という……」

「あぁ、あれか、理解した……むっ、ハナコ、これは?」

「えっと、これは――古代語を重訳したものですね、原文を理解するには辞書がないと……ちょっと待っていて下さいね」

「古代語……あぁ、ならこれは恐らく、『Gaudium et Spes』――喜びと希望、だ」

「えっと……はい、そうみたいですね、これは第二回公会議に於ける――いえ、それよりも、アズサちゃんは古代語が読めるんですね?」

「あぁ、昔習った」

 

 呟き、サラサラと例題を進めるアズサ。そんな彼女達を見ていた先生は一つ頷き、言葉を漏らす。

 

「うん、良い感じだね」

「はい、ハナコちゃんが何だかとっても凄くって……! それにアズサちゃんも、学習意欲たっぷりです! コハルちゃんは実力を隠していたそうですし――これなら、余裕で合格出来てしまうかもしれません……!」

 

 先生の座る教卓と最前列のヒフミの席は近く、彼女は心の底から嬉しそうに先生へとその感情を吐露した。

 

「本当に良かった……! 実は、結構心配していたんです」

「――と、云うと」

「実は、もし一次試験で不合格者が出てしまったら、合宿をして下さいとティーパーティーから云われていまして……」

「合宿かい?」

「はい、そうなんです、それに、もし三次試験まですべて落ちてしまったら……あぅ」

「……何か、不味い事に?」

 

 ヒフミが一気に蒼褪め、力なく俯いてしまう。その様子を険しい表情で見ていた先生は、硬い声色で問いかけた。

 

「い、いえ! なんでもありません……! 心配は杞憂で終わりそうですし、暗い話はこの辺りにしましょう……! 兎に角、試験は問題なさそうです!」

 

 先生の声に、慌てて顔を上げたヒフミは取り繕った笑みを浮べる。云うなと念押しされているのか、或いは別の理由があるのか。必死に象った笑みは、自身を元気づける為のものにも見えた。

 

「……そう云えば、ハナコちゃんは凄く勉強が出来る感じなのですが、どうして落第してしまったのでしょうか? 私みたいに、テストを受けられなくてとか、何か事情が――?」

「うーん、ほら、テストの日に偶然風邪に罹ってしまったとか?」

「――水着を着用していましたし、強ちそれが正解な気も……あ、あはは」

 

 それが間違いとも思えないところが、ハナコの凄い所だろう。

 

 ■

 

 瞬く間に時は過ぎ、第一次特別学力試験――当日。

 会場はいつもの補習授業の教室。しかし、皆が纏う雰囲気だけはいつもと異なる。先生は教卓の前で時間を確認しながら、最後の瞬間まで必死に暗記しようとしているコハルと、いつも通り仏頂面で問題集を眺めるアズサ、満面の笑みのハナコ、どこか落ち着きのないヒフミを見渡した。

 日程の都合上、長い期間を確保する事は出来なかったが、出来る限りの範囲で彼女達に知識を授けた。シャーレとしての活動の傍ら、通常の教師としての業務を兼任するのは中々に骨だったが――何て事はない、彼女達の為ならば。

 先生はコンシーラーで隠した隈を指先で軽く叩きながら、そっと息を吐き出した。

 

「――はい、時間だね、それじゃあ皆、ノートとか教科書の類は鞄に仕舞ってね、机の中は空っぽに」

 

 先生がそう宣言すると、机の上に問題集やら参考書を出していた生徒は鞄にそれらを仕舞いこみ、筆記用具のみを机上に揃える。先生はプリントを配りながら、内心で彼女達にエールを送った。

 

「……っ!」

「うぅ……」

「ふふっ」

「………」

 

 配られたプリントを見つめる表情は十人十色。程度の差はあれ、ある程度緊張しているのがヒフミとコハル、反対に全くそれらしい色が見えないのがアズサとハナコだった。プリントを配り終えた先生は、テスト開始時刻に備えタブレットの電子時計を確認する。

 開始まで、凡そ一分。

 

「皆、落ち着いて、頑張ってね」

「え、エリートの力を見せてやるんだから!」

「あ、あはは……頑張ります」

「ふふっ、はい」

「準備は完璧」

 

 筆記用具を片手に、裏返しにされた問題用紙を睨みつける面々。徐々に張り詰める空気。このテスト前の何とも言えない静寂は、いつも此方まで身が強張る思いだった。

 

「皆、問題用紙と解答用紙に不備は――ないね、それじゃあ……」

 

 先生の言葉に続く形で、トリニティ中に響き渡る鐘が鳴った。

 

「試験開始」

「ッ――!」

 

 宣言と共に、一斉にプリントを捲る補習授業部。

 此処に、第一次特別学力試験が開始された。

 

 ■

 

 ――え、あれ、この問題……。

 

 ヒフミは、まず問題全体の把握に努めた。

 試験難易度が分からない以上、点数を稼ぐ事を目的とするならば難問は捨て、簡単な所から拾っていくのが常道。その為に始まりから終わりまで、全体的に問題を舐め回すように確認したのだが……。

 

 ――やっぱり、これ、補習授業でやったところです……!

 

 目にする問題の前半、その殆どは補習授業の内容をそのまま張り付けたような問題ばかりだった。流石に細かな数字等は異なるものの、どれもこれも記憶に新しい問題だ。解く事はそれほど難しいものじゃない。

 

 ――先生に解説して頂いた内容や、皆で勉強した問題が、殆どそのまま……! それに、難易度としては初級、いえ、基礎のレベル!

 

 後半まで問題を確認したヒフミは、思わず笑みを零した。流石に百点満点となると難しいが、十二分に今の自分達が解けるレベルの問題。ペンを握る手に力が籠り、ヒフミは憶えている限りの解答を次々と空欄に埋め込んでいった。

 

 ――これまで色々と怖い事を云われていましたが、もしかしてこれは、私達への救済措置という事でしょうか……!?

 

 凄まじい勢いで空欄を埋めながら、ヒフミはちらりと横を見る。

 

「こ、これは……え、えぇっと……」

「ふふっ」

「……ふむ」

 

 コハルはどこか苦慮しながらも、自分のペースで問題を解いている。アズサは時折頷きを漏らし、キビキビとした動作でペンを動かす。ハナコに至っては、頬杖を突きながら満面の笑みで皆を見ている。問題用紙と解答用紙は――裏返しのまま。

 まさか、もう解き終わったのだろうか? ヒフミは普段の彼女を思い出しながら、そんな事を考えた。あり得る話だ、アズサに何かと勉強を教えていたのは彼女だったのだから。

 

 ――問題は基礎レベル、先生の授業や問題集で解いた内容です、決して難しくはありません、ですが油断は禁物……! 皆さん、最後まで気を抜かずに、笑顔でこの補習授業部を卒業しましょうね!

 

 最後に皆を一瞥し、そう心の中で呟いたヒフミは、自身も油断なく試験を終える為に、全力で目の前のテストに挑んだ。

 

 ■

 

 第一次特別学力試験――終了後。

 

 解答はその場で回収され、先生がその場で解答をスキャン、トリニティの採点担当官へと送られる。先生本人が担当しても良かったのだが、一応先生の所属はシャーレとなる為、公平性を保つ為にトリニティ側で採点を行うとの事だった。

 テスト終了後、解答用紙を回収しスキャン、そして採点担当に解答を送信してから――凡そ十分程。

 先生の端末に、第一次特別学力試験の結果が送られて来た。

 

「――うん、採点結果が届いたよ」

「み、みなさんお疲れさまでした……!」

 

 どこか息を詰まらせていた皆を振り向き、ヒフミは「やり切った」とばかりの笑みを浮べる。皆の表情も似たようなもので、アズサでさえどこか達成感の様なものを漂わせていた。唯一変わらないのは、笑みを浮べるハナコ位なものだろう。

 

「えっと、百点満点で六十点以上でしたら合格だそうです! 高得点は取れなくても、取り敢えずそのラインだけ超えられたら大丈夫なので……! それに内容も結構簡単でしたし、ケアレスミス何かが無ければ大丈夫だと思います! ――では、結果発表と行きましょう! 先生、お願いします!」

「では、採点結果を発表するね」

 

 先生は端末を操作し、採点担当から送信された合否判定と得点を表示する。その内容に一瞬、表情が崩れかけるも、努めて冷静に結果を読み上げた。

 

「ヒフミ――七十九点、合格」

「あ、ありがとうございます! 何だか無難な点数ですが、一先ず合格出来て良かったです! では、次に……」

 

 ヒフミは自身の合格を一応喜びながら、皆の発表を心待ちにする。あのような内容で、試験時間だって十分にあった。これならば全員合格だって現実的な話――そう期待し、笑みを浮べていたヒフミの表情は、次の先生の一言で罅割れ、砕けた。

 

「アズサ――三十八点、不合格」

「え、は? ――はいぃ!?」

 

 思わず叫び、先生の端末に飛びつくヒフミ。

 見れば、確かに其処には先生の告げた通りの採点結果が表示されていた。

 アズサ本人はその結果を聞きながら、小さく舌打ちを零す。

 

「ちっ、紙一重だったか……!」

「ま、待って下さい! 何でそんな惜しいって感じの雰囲気出しているんですか!? 紙一重って点数じゃないですよ!? 結構足りてないですよ!? 合格ライン、大体この点数の倍ですよ!?」

 

 そう云ってアズサに詰め寄るヒフミ。しかし悲しいかな、不合格者は彼女だけではない。

 

「コハル――十七点、不合格」

「!?」

「コハルちゃんんんッ!? ち、力を隠していたんじゃないんですか!? 今回はちゃんと一年生用の試験を受けたんですよね!? ま、まさかまた二年生の……いえ、この点数、まさか三年生用の試験を受けたんですか!?」

「えっ、や、その……! か、かなり難しかったし……」

「すっごく簡単でしたよ!? 小テストみたいなレベルでしたよアレ!?」

「あらあら……」

 

 狂乱し、普段の彼女らしからぬ声を上げるヒフミ。そんな皆に目を向けながら、穏やかに微笑んでいるハナコ。ヒフミは続く余りの結果に崩れ落ち、不安と焦燥に駆られた顔を彼女に向けた。

 

「う、うぅ……そんな、これは合格したのは私とハナコちゃんだけ、という事でしょうか……? となると、また次の――二次試験を受けないと……!」

「ハナコ――二点、不合格」

 

 先生のその一言で、ヒフミは今度こそ思考を停止させた。

 震える唇が、ゆっくりと音を鳴らす。

 

「に――……」

「あらら」

「二点!?!?」

 

 飛び上がり、ハナコの両肩を掴むヒフミ。そこには最早、理解不能な存在を見る色しか残っていなかった。当の本人は変わらず温厚な笑みを浮べ、ニコニコと余裕の態度を崩さない。到底、二点を取った生徒の態度とは思えなかった。

 

「二点、二点ですか!? 二十点ではなく!? いえ、二十点でも駄目ですが……! 寧ろ何が正解だったんですか!? と云うか待って下さい、ハナコちゃん物凄く勉強が出来る感じでしたよね!?」

「確かに私、そういう雰囲気があるみたいですね、まぁ成績は別なのですが」

「雰囲気!? 雰囲気だけだったんですか!? 成績とは別ってどういう事ですかっ!?」

 

 三十八、十七、二――これが現在の補習授業部、第一次特別学力試験の結果。

 自分以外、軒並み不合格。そしてボーダーラインである六十に掠りもしない結果に、ヒフミは思わず絶句し、絶望する。しかも、通常の期末試験ならばまだしも、これは特別学力試験――あの、基礎レベルの問題でコレなのだ。

 本当に卒業出来るのか? そんな疑念が、ヒフミの精神を酷く揺さぶった。

 

「う、あ、ああぁ……!」

「ヒフミ、ヒフミ確り! 気を確かに持つんだっ!」

 

 青白い表情で倒れ込み、涙を流すヒフミ。

 そんな彼女に駆け寄った先生は、その細い体を抱き起しながら懐から秘密兵器を取り出した。

 

「せ、せんせぇ~……」

「ヒフミ、緊急用のペロロだ、私の手作りで申し訳ないが、これを吸って(キメて)落ち着くと良い……!」

「あ、ありがとう、ございますぅ……」

 

 そう云って先生がヒフミの顔にペロロ様の縫い包みを押し付けると、彼女は両手で縫い包みを抱きしめながら深呼吸を繰り返す。段々と震えていた指先が落ち着きを取り戻し、心なしかペロロ越しに見える彼女の表情が穏やかなモノへと変わっていった。

 

「すぅ~……ふぅ~……すぅ~……」

「よし、よし、そうだ、良い子だね、ヒフミ」

 

 彼女の髪を優しく撫でつけ、今しがた発表された採点結果を見つめる。何度画面を凝視しようと、勿論結果が変わる事はない。

 

「――駄目だったか」

 

 先生はどこか、悔しそうに言葉を漏らした。予想は出来ていた事だった、そもそもの話からして、学習進行度が圧倒的に足りていない。如何に基礎レベルと云っても、現在の学習進行度について行ける生徒にとっての基礎レベルだ。積み重ねのない生徒にとって、基礎であろうと知識がなければ発展問題と違いはない。それに、ハナコの問題もある。

 しかし、それでも惜しいと思ってしまった。

 この試験が――真っ当な、最後の機会(チャンス)だったのだから。

 

 ■

 

 第一次特別学力試験、結果。

 

 ハナコ――不合格

 アズサ――不合格

 コハル――不合格

 ヒフミ―――合格

 

 補習授業部、【合宿】決定。

 

 ■

 

「あら、先生、お疲れ様です」

 

 テスト終了後の夜、ティーパーティーのテラスにて。

 先生は自身にこの依頼をしてきた人物、ナギサの元へ訪れていた。彼女は相変わらず優雅に紅茶を嗜んでおり、夜空を背景に微笑む彼女は大変絵になる。テラスに踏み込んだ先生は、後ろ手に扉を閉めながら申し訳なさそうに口を開いた。

 

「急にごめんね、今大丈夫かな?」

「大丈夫でなければ通しませんよ、御用向は――補習授業部の事ですね」

「うん、一応報告に」

 

 そう云って手に抱えたファイルをティーテーブルに置く。中身は今回のテストの解答用紙と採点結果だった。ナギサはそれを一瞥しながら、新しいカップを手に取ると、目線で着席を促した。

 

「何はともあれ、一先ずは紅茶を一杯……砂糖は多め、でしたか?」

「あぁ、ありがとう」

 

 告げ、先生はナギサの対面にそっと座る。彼女はいつも通りの穏やかな笑みを浮べ、そっと先生のカップに紅茶を注いだ。

 

「……実は、既にお話は聞いております、どうやら最初の試験は上手くいかなかったようですね」

「私の力不足かな……ごめんね」

「いえ、試験はまだ二回残っていますから」

 

 そう云って差し出される紅茶。先生は嗅ぎ慣れたその匂いを楽しみながら、そっと口を付ける。流石にティーパーティーと名乗るだけあって、たった一度の邂逅で紅茶の好みを把握されていた。口の中に広がる絶妙な甘さと風味に、思わず笑みが零れる。

 ふと、そんな先生の瞳にチェス盤が映った。

 先生の視線に気付いたナギサは、手元のそれを弄りながら口を開く。

 

「……あぁ、これですか? チェスです、趣味でして」

「チェスにしては、駒が特殊だね」

「えぇ、黒はキングとクイーン、あとは全てポーンだけ」

 

 呟き、盤上の駒を一つ一つ指先で確かめる。駒は良く磨かれ光沢を発しており、チェス盤も手入れが行き届いていた。しかし所々傷もあり、それなりに使い古している事が察せられる。愛用品なのだろう、先生はナギサの指先を見つめながら思う。

 

「反対に白はキング、ルーク、ビショップ、ナイトがそれぞれ三から四個ずつ……きっと、余り見ない形でしょう」

「これ、一人で?」

「はい、今は私ひとりで、こういう時に五月蠅いミカさんもいらっしゃいませんし」

 

 そう云って苦笑を浮かべるナギサ。確かに、彼女にはこの手の知的遊戯というか、ボードゲームというか――少なくともマインドスポーツを好んでプレイするイメージはない。実際そうなのだろう、彼女の口ぶりから普段チェスを嗜むナギサに纏わりつくミカの姿が容易に想像できた。

 

「今日は私からも先生にお伝えしておきたい事があったのですが……それよりも先に、先生の方から何か云いたげな事があるように見受けられますね」

「うん、少し聞きたい事があってね」

 

 その一言に、先生はそっとカップをソーサーに戻す。

 そして視線を真っ直ぐナギサに向けると、真剣な口調で以て問いかけた。

 

「――補習授業部が三回とも不合格になった場合、その処遇を聞いておきたいんだ」

「………」

 

 その問いかけを耳にしたナギサは、小さく肩を揺らした後、一度紅茶に手を付け、それからゆっくりと間を取る。思考を巡らせているのか、或いは何かしら思う所があるのか。その間、先生はじっと沈黙を守った。

 

「……情報の出所は、ヒフミさん、でしょうか」

「そうでなくとも、万が一の事に備える為に私は聞いていたと思うよ」

「ふふっ、確かに、先生ならば――そうですね」

 

 頷き、彼女は微笑む。確かに、先生ならばあり得そうな行動だった。生徒の事を第一に考える彼ならば、生徒の今後を左右する可能性、その一つを野放しにする筈もない。

 

「ヒフミさんは、彼女はそういう所がありますから、まぁそれが、ヒフミさんの良い所でもあるのですが……――さて、三度、補習授業部が試験に合格出来なかった場合でしたね」

 

 そっと、ナギサの手からカップが離れた。指先を組み、鋭い視線で先生を見つめた彼女は、断固とした口調で告げる。

 

「簡単なお話です、試験で不合格を繰り返す、落第を逃れられそうにない、助け合う事も出来ない――だとすれば、皆さん一緒に退学して頂くしかありません」

「退学……」

 

 その言葉の響きが、冷たい夜空に木霊した。

 退学という処遇が適切なものなのか、先生には判断が付かない。その処罰のラインは、各学園ごとに異なっているからだ。無論、余りにも成績が振るわない場合、その様な結果となる事も理解は出来る。

 しかし、今回の場合は少々特殊が過ぎるだろう。何せ、誰か一人でも合格圏内に届かなければ、その合格出来なかった一人だけではなく、『全員』が退学処分となるのだから。それは、誰から見ても『真っ当』と云える処分ではない。

 

「無論、本来は此処、トリニティにも落第、停学、退学などに関する校則が存在します、ですが、まぁ……手続きが長くて面倒でして、沢山の確認と議論を経なければなりません、ゲヘナとは違って、我々は手続きを重要視しますので」

 

 ナギサは、どこか気怠そうな素振りすら見せ、呟く。生徒一人の今後を決める大事だ、上から一方的に、「あなた、今日で退学ね」と云って終わる筈もなし。ましてやトリニティはキヴォトスの中では比較的規律を重んじる校風を貫いている。生徒一人の退学であっても、順守すべきルールや校則が存在した。

 

「ですが今回急造された補習授業部は、このような校則を無視出来るように調整してあります、シャーレの権限を少し組み込ませて頂いたこともあり、このような特例措置が可能となっているのです、そもそもの話、補習授業部は――」

 

 一度、言葉を切った彼女は。

 そっと目線を逸らし、どこまでも吸い込まれそうな夜空を見上げ――それから腹を決めた様に、先生を真っ直ぐ見据えながら告げた。

 

「――生徒を退学させる為に作ったものですから」

「………」

 

 数秒、二人の間に沈黙が落ちる。

 ナギサは、自身の言葉を聞いても眉一つ動かさない先生を見て、少しだけ意外そうに眼を瞬かせた。

 

「……あら、思ったよりも驚いていませんね、先生」

「まぁ、そうだね」

 

 呟き、先生は目を伏せる。その、どこまでも平静を保つ姿に、ナギサは訝しむ様に眉を顰めた。

 

「まさか、最初から気付いていらしたのですか?」

「それこそまさか……私は純粋に、生徒の力になる為にこの仕事を引き受けたんだ、生徒を退学にさせる為に引き受けた訳じゃないよ」

「……えぇ、そうでしょう、先生はそういう方です、まだ知り合って短い間柄ではありますが、先生の性質は凡そ把握しております」

 

 先生の言葉に、ナギサは何度か頷いて見せる。そもそも、これが生徒を陥れる代物だと知られていれば、先生は依頼を受ける事さえなかっただろう。ナギサは、強くそう思う。先生は実直で、誠実で、生徒想いだ――分かり易い程に。

 

「率直に申し上げますと補習授業部、あの中に、トリニティの裏切者がいるのです」

「裏切者……」

「えぇ、その者の狙いは――エデン条約締結の阻止」

 

 ナギサは、重々しい口調でそう告げた。

 エデン条約――その言葉は彼女にとって、何よりも重い意味を持つ。指先でティーテーブルを小刻みに叩く彼女は、何も知らぬであろう先生に向かって言葉を続ける。

 

「この言葉が持つ重さを理解して頂くには……『エデン条約』とは何か、という説明が必要でしょう」

 

 そう云って彼女が足元に常備していたポーチ、そこから取り出したのは古風な茶封筒だった。それをそっとテーブルの上に置き、先生の前に差し出す。先生は目線で封筒とナギサをなぞった後、無言でその封筒を受け取った。

 中には如何にも機密情報と云った注意文言と、赤く染まった警告文字――TOP SECRET。電子情報ではなく紙媒体でのみこれらの情報を扱う旨が記載されており、先生はその紙面を感情の見えぬ瞳で眺めていた。

 トップに躍る文字は――EDEN TREATY.(エデン条約)

 ティーパーティーと万魔殿(パンデモニウムソサエティ)のエンブレムの書き記されたソレを、先生は静かに捲る。

 

エデン条約(EDEN TREATY)――これは、簡潔に云いますと、トリニティとゲヘナ間に結ばれる『不可侵条約』です、その核心はゲヘナとトリニティの中心メンバーが全員出席する、中立的な機構を設立する事にあります」

「中立的な機構……連邦生徒会に近い組織か」

「えぇ、と云ってもキヴォトス全域を管理する連邦生徒会程の権力や自治区は持ちません、トリニティとゲヘナ限定の連邦生徒会と考えて頂ければ……『エデン条約機構』、通称【Eden Treaty Organization】(ETO)と呼ばれるであろうこの団体が、トリニティとゲヘナの間で紛争が起きた際に介入し、あらゆる問題を解決する事になるのです」

 

 睨み合いの絶えないゲヘナとトリニティ、その両方を取り締まる中立的機構。それはいわば緩衝材であり、仲介役であり、万が一の為の防衛機構である。ゲヘナとトリニティの関係が冷え込む昨今、悪化する事はあっても修復される事のない両校の溝の拡大を防ぐ条約の締結は、必要不可欠な事柄だった。

 

「この条約、機構により、二つの学園での全面戦争は回避される、そういう筋書きです……学園の規模からして、もし戦争など起これば両陣営仲良く共倒れしてしまう事になりますので――忌々しい事に、ゲヘナの戦力だけは侮れません」

 

 ゲヘナ、トリニティ、共にこのキヴォトスに於いて最大規模の学生数、部活数を誇るマンモス校。生徒の数が戦力とイコール、という訳ではないが、基本的に数は力だった。所属生徒数に見合うだけの戦力を、両校は備えている。

 そんな規模の学園が戦争を始めれば? 恐らく、被害はトリニティとゲヘナの自治区に留まらないだろう。必ず周囲の学園に飛び火し、両校が仮に停戦したとしても飛び散った火が永遠と燻る筈だ。

 それは、絶対に回避せねばならない未来だった。

 

「先生」

 

 ナギサが、強く鋭い声色で先生の名を呼ぶ。

 紙面を視線でなぞっていた先生は、ゆっくりとその顔を上げた。

 

「……トリニティとゲヘナの長きにわたる敵対関係は、お互いの大きな重荷になっています、エデン条約はその無意味な消耗を防ぐための、恐らくは唯一の方法であり、キヴォトスにおける力のバランスを保つための方法でもあります、このエデン条約は連邦生徒会長が提示した解決策でもありました……彼女が行方不明になってしまい、一度は空中分解しかけたものを、私の元でどうにか此処まで立て直したのです」

「……成程、ね」

 

 一通り文字を追い終えた先生は、ゆっくりと資料をティーテーブルに戻す。重なり合ったそれらを指先で摩り、思案する様子を見せた。

 

「そしてこの念願の条約が締結される直前まで来た、このタイミングで、これを妨害しようとする者達が居ると云う情報を耳にしてしまいました……残念ながら、それが誰かを特定するには至りませんでしたが――そこで、次善の策として、その可能性がある容疑者を一ヶ所に集めたのです」

 

 それが、『補習授業部』。

 ティーパーティーのナギサが独自の情報網で素性を洗い出し、一定の『容疑』が認められた生徒のみを集めた部活。成績がある程度優秀であるヒフミが、今回落第しかけたのも全て、全て――彼女の仕込みだった。

 テストの日程を勘違いする? 普通に生活していればあり得ない話だろう。彼女が『ペロロ』なるキャラクターに執心である事を知っていた彼女は、ゲリラライブという突発イベントで彼女の意識を逸らし、直前になって彼女のクラスのみテスト期間をズラしたのだ。

 ゲリラライブの日程と、試験日を被せたのである。

 無論、欠席していたヒフミはその事に気付かないし、気付いたとしても後の祭り。彼女が翌日登校した頃には既に試験は終了しており、試験欠席は無得点と同義。

 公平性を期すため『ヒフミ以外』のクラス生徒には事前に電子メールによる試験日の変更を告知してある。更に翌日の『本当の試験』に影響が出ない様、その一日のみクラスを隔離。試験内容の漏洩対策は完了していた。

 そうして阿慈谷ヒフミは補習授業部入りは決定し――現在に至る。

 元から、そういう筋書きだったのだ。

 

「裏切者はそこ(補習授業部)にいます、ですが、誰かは分からない……であれば、ひとつの箱に纏めてしまいましょう、いざという時――纏めて捨ててしまえるように」

「………」

 

 あの部活は、ナギサにとって、トリニティ(彼女)にとって――塵箱(ごみばこ)

 学園に潜む不穏分子、トリニティを乱す可能性がある危険な芽、それは早急に摘み取らねばならない。そこに僅かばかりの生徒が巻き込まれたとしても、学園全体で見れば圧倒的少数。

 大義の前の小義である。

 それは、目の前の先生とて理解している筈だ。ナギサはそう信じ、毅然とした態度で背筋を正した。

 

「……もうお判りでしょうが、それが補習授業部の実態です、先生にはその、【箱】の制作にご協力頂きました」

「……シャーレを組み込むことにより与えられた特例措置、補習授業部は元々私ありきの部活だった」

「えぇ」

 

 ナギサは頷き、そっと紅茶を啜る。温い液体を胃に流し込めば、高ぶった感情が微かに落ち着くのが分かった。目を伏せたまま、彼女はそっと呟く。

 

「……ごめんなさい先生、こんな血生臭い事に巻き込んでしまって、私の事は、罵って頂いても構いません」

「私が、そんな事をする人間に見えるかい?」

「……いえ、失言でしたね」

 

 苦笑し、先生と改めて視線を交わすナギサ。先生のそれからは、何の色も読み取れない。

 いっそ、此処で激昂するような人間であれば良かった。そうすれば幾分か、この罪悪感も掻き消えただろうに。

 先生は両の指を組み、数秒程目を瞑った後、彼女に問い掛けた。

 

「事情は分かった、理由も理解した――それで、私に伝えたい事というのは?」

「……補習授業部に居る裏切者を、探して頂けませんか?」

「――へぇ」

 

 声は、平坦であった。それがどんな感情から発せられたものかは分からない、しかし、ナギサは先生の正義感と、シャーレという立場である大人という点に焦点を当て、言葉を紡いだ。少なくとも、理を以て説けば通じると信じて。

 

「先生を、トリニティを騙そうとしている者がいます、平和を破壊しようとするテロリストです、私達だけではなく、キヴォトス全体の平和を、自分達の利益と天秤に掛けようとしている者です」

 

 このエデン条約が結ばれなければ、そう遠くない未来キヴォトスに争いの未来が待っている。故にこれは、トリニティのみならずキヴォトス全体を救う事にも繋がる。ナギサは自身の正義を熱弁し、僅かでも先生の関心を買おうと舌を回した。僅かに身を乗り出し、先生を真っ直ぐ見つめる彼女の瞳は――真剣だ。

 

「裏切者を探し出す事が、キヴォトスの平和に直結します、無論、この件に関する手助けは惜しみません、先生に、連邦捜査部シャーレとして協力して頂ければ――」

「私に」

 

 ナギサの言葉を遮る様に、先生は声を上げた。

 その、伏せられた瞳が彼女を射貫き――酷く冷たく、鋼鉄の如き強固な意志を孕んだ感情が、ナギサの肌を撫でた。

 

「――私に、生徒を【疑え】と、そう云っているのかい?」

「っ……!」

 

 それは、単なる問いかけだった。

 怒りも、失望も、憐れみも、其処には含まれていない。

 しかし、その声に含まれた強烈な感情を理解した時、ナギサは全身の血が凍るような感覚を覚えた。自身を射貫く、先生の瞳。その中に存在する、とても理解出来ない強大な『何か』――それを認識した時、ナギサは自身の持つ『先生のイメージ』が罅割れた事を自覚したのだ。

 先生は生徒を思い遣る、良い大人だ。それに違いはない。

 しかし、その想いの深さを、程度を――ナギサは見誤った。

 どこまでも、どこまでも深い信頼、愛情、それこそ底なし沼の様に広がる感情の海。それを覗き込んだ時、彼女は先生の秘めるそれが、自身のどんな言葉でも動かすことの出来ない絶対の柱であると理解した。

 

「……ごめんね、私は私のやり方で、この問題に対処させて貰うよ」

 

 先生に見つめられた時間は、ほんの数秒足らず。しかし、たったそれだけの時間、目を向けられただけで、ナギサの背中には酷い汗が滲んでいた。

 目を伏せ、小さく謝罪を口にする先生。その視線が逸れた時、ナギサは漸く息を吹き返す。

 

「……そう、ですか、分かりました」

 

 辛うじて呼気を取り戻し、それだけの言葉を紡いだ。

 しかし、トリニティ代表、ティーパーティーとしてこのまま引き下がる訳にもいかない。此処には、此処の流儀がある。いや、流儀なんて格式張った云い方はよそう。

 これは――政治的な駆け引きを孕む。

 

「……ですが先生、(ゴミ)を細かく分別して捨てるのが難しい時は、箱ごと捨てると云うのも手段の一つ――そうは思いませんか?」

 

 ナギサは震えそうになる指先を握り締め、そう告げた。

 

 ――私の生徒を塵と、そう云うか。

 

 先生は辛うじて、声を呑み込む。

 代わりに、僅かばかり眉を顰めた。

 その表情の変化を観察しながら、ナギサは気丈にも言葉を続けた。

 

「それからもう一点、試験については基本的に、私達の掌の上にあります、例えばの話ではありますが――『急に試験の範囲が変わる』ですとか、『試験会場が変わる』ですとか、『試験の難易度が変わる』ですとか……無論、その様な事が起きない様祈ってはおりますが――いえ、失礼しました、良くないモノの云い方でしたね」

 

 これは、脅しだ。

 先生はそんな言葉を前に、ただ静かに自身の前に置かれたカップを呷り、中身を飲み干す。そして資料を纏め封筒の中に差し込むと、そっとナギサの方へとそれを差し出した。

 

「……これからも、引き続き補習授業部をよろしくお願いします、先生」

「あぁ、勿論――それじゃあ、失礼させて貰うよ」

 

 席を立つ先生。その表情は見えない。

 ただ、去り行く彼の背中に向かってナギサは言葉を投げかけた。

 

「――先生、私達の方から、先生に対して不利益や損害を与える事はありません……と、云いたい所なのですが」

「………」

「場合によっては、お約束する事が出来ません、無論、だからと云って先生が生徒を放置するような方ではないとも知っています……正直、これからの展開は私にも予測が出来ていないのです」

 

 先生を抱き込める事が最善、しかしそうではない可能性も勿論、ティーパーティー――ナギサは考えている。

 その場合、彼の持つ影響力、シャーレという組織の権力、その不安定要素を含んだ上で完璧な予測が立てられるかと云えばそうではない。既に賽は投げられた、であればこそ、後はその後すべてに尽力し――祈る事しか出来ない。

 

「ですからどうか、この結末が――出来るだけ、苦痛を伴わないものである事を願うばかりです」

「――いいや」

「……?」

 

 ナギサの言葉に、先生は振り返る事無く否定を口にした。

 伏せていた視線を先生の背中に向ければ、彼は真っ直ぐ前を向いたまま言葉を紡ぐ。

 

「苦痛があった分、人は前に進める、勿論安寧に越したことはない、けれどその苦痛と苦難の先に自身の望む未来があるのなら……その齎された苦痛は、決して無駄になどならない」

 

 先生の伸びた影が、白い回廊を黒く染める。今だけは夜の静寂が、彼を包み込んでいる様な気がした。

 先生の顔がそっと、テラスの外へと向けられる。その視線の先には、どこまでも深い夜と星々が瞬いていた。

 星に手は届かない――けれど、手を伸ばすその意思にこそ、先生は希望を見出す。

 

「私は苦痛の伴わない結末など望まない、唯一望むのは――苦痛の先にある、幸せな未来(奇跡みたいな明日)だけだ」

「………」

 

 安寧の終わりを望むのならば、先生はきっと疾うの昔に朽ち果てている。

 それを良しとせず、突き進んだからこそ此処に居る。

 それは、先生の根幹を成す信条そのものだ。先生を構成する全てだ。

 苦痛なき安寧ではなく、苦痛を乗り越えた先にある素晴らしき明日(未来)へ。

 先生は――何度だって手を伸ばす。

 

「……紅茶、美味しかったよ、ありがとう」

 

 呟き、再び足を進める先生。

 ナギサは、その、何処までも信念に溢れ、確固たる芯を持つ背中を前に、組んだ両手を強く握り締め、咄嗟に声を上げた。

 

「――先生、最後に一つだけ」

 

 先生の足が、止まる。

 ナギサは、数秒程言葉を選んだ後、ぐっと唇を噛み締め。

 二人は視線を合わせぬまま、言葉だけを交わした。

 

「……一次試験に於いて、私達の方では如何なる操作も行っておりません、この部分については、誓って嘘ではない事をお約束します」

「……信じるよ」

「――先生なりのやり方、それがトリニティに利するものである事を願っております」

 

 返事は、無かった。

 その言葉を最後に、ナギサは只、今度こそ扉の向こう側へと消えゆく先生の背中を見送る。

 誰も知らぬ夜の邂逅――この会話がどのような結末を生み出すのか、それを知る者は誰も居ない。

 

 ただ、一人を除いて。

 


 

 遂にミカが実装されましたねッ!

 日直にすると背景がトリニティに変わる徹底ぶりには恐れ戦きましたわ。ログインした時の、「あっ、先生! 待ってたよ、も~! 今日は来ないかも何て考えて、ちょっと不安になっちゃったじゃん……な、なーんて、あはは……」って台詞には「んほ~、やべぇですわ~」ってなりましたわよ。

 絆が上がった時の、「わーお……」も好きだし、固有解放した時の、「私にはもう、これくらいしか出来ないから、だから、ありがとうね先生――先生の傍に居る時だけは、私は、魔女なんかじゃないって、そう信じられるから」って微笑むスチルには「たまんねぇですわ~」となりましたわ。

 モモトークなんかも、普段トリニティに軟禁されている彼女が暇を持て余して頻繁に先生にメッセージを飛ばしている感じがあって良きですわ! 特に差し入れられるロールケーキをどのようにして消費するか、色々な食べ方を試して写真付きでそれを先生に送るミカの姿など生活感マシマシでヤバいですわよ。

 

 一日外出ならぬ、先生同伴デートのシナリオでは、ロールケーキ以外の食べ物に目移りして、あれもこれもと彼方此方店を回るミカの姿を見れて大変満足ですわ。その後、自分の行きたいところばかりに先生を連れ回してしまった事を自覚して、「ご、ごめんね先生、私、ちょっと燥いじゃって……!」ってしおらしくなるミカなんて良き良きの良きですわ。エデン条約を経て、どこか負い目を抱きながらも、先生の元で一応の平穏を享受している彼女を見ていると胸が穏やかになりますわね……。その後高台の公園で一休みして、自身がこうして先生と共に過ごす一分、一秒の時間が、どれだけ尊くて素晴らしく、奇跡的な事かと想って。

 不意に走り出して、飛び去る鳩と沈んだ茜色をバックに満面の笑みを浮べる彼女の一枚絵は最高ですわよ。特にこの、絶妙に陽が沈み切っていないところが重要で、「これから訪れる刻は、月と星を身に着けた彼女の時間」というニュアンスを醸し出していて大変にグッドですね。全身が白だからこそ、茜色と薄らと滲み出る暗夜が映える事、映える事。

 

 その後、先生の差し出した手とキザなセリフに満面の笑みで応えて。

「夢、叶っちゃったみたい……!」って泣き笑いするシーンなんて胸が張り裂けますわよ。子供っぽくて、夢に溢れて、素敵で、胸がときめく様な、そんな物語の主役になれて良かったね、ミカ……。うぅ、ミカ、幸せになって……。

 

 あれ、ミカどこ……? 私のミカ……ミカ貯金で漸くお迎えできたミカ……。

 ロールケーキを渋い顔でちまちま頬張っていたミカ……先生と一緒にご飯を食べて、頬に着いた汚れを指先で拭われて赤面していたミカ……腰に生えた羽が無意識の内に先生の腰を擽って、「な、何でもないよ先生!」って必死に羽を押さえつけながら叫んでいたミカ……店頭で「あのアクセ可愛いな~」と思いつつ、軟禁状態なので当然持ち合わせなどある筈もなく、渋々諦めた所目敏く先生に気付かれ、デートの終わりに欲しかったそれをプレゼントされて「わーお……」ってなっていたミカ……私にはミカの記憶が、思い出が沢山あるんだ。これが、これが嘘である筈がない。

 きっと、明日の朝になればミカは帰って来てくれる筈だ。多分、きっと、今はアプリの調子が悪いんだ。私は詳しいんだ。

 明日の朝起きてアプリを開けば、其処には実装されたばかりのミカが大々的に広告されていて、待機画面には満面の笑みを浮かべたミカが待っていてくれるんだ。

 

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