ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝します。
今回は17,000字近いです、申し訳ねぇですわ!


合宿開始、初日

 

「ようやく着きましたね、ここが私達の……」

「はい、合宿場です、随分遠かったですね――」

 

 補習授業部がトリニティ校舎より歩き通し、一時間と少し。漸くトリニティの辺境にある合宿場へと到着。ロビーを通り抜け、自分達が世話になる宿泊部屋へと足を進めた補習授業部の面々は、その室内を見渡しながら安堵の息を漏らした。

 部屋はそれなりに広く、ベッドが六つ、左右に分かれて並んでいる。奥にはクローゼットと談話用のソファが二つ、冷暖房は完備、部活などの合宿などで使われる一般的な合宿場の一室、といった印象。

 

「暫く使われていない別館の建物と聞いていたので、冷たい床に裸になって寝ないといけないのかと思っていましたが……」

「は、裸っ!?」

「ふふっ、結構広いですし、きちんとしていますし、可愛いベッドもあって何よりです! これなら皆で寝られそうですね、裸で♡」

「さっきから何でちょいちょい裸を強調するの!? それにベッドの数もちゃんとあるんだから、皆で寝る必要ないでしょ!?」

 

 ハナコが鼻歌を歌いながらベッドを一つ一つ確認し、そんな事を口にすれば空かさずコハルが突っ込みを入れる。この二人の関係性は相変わらずで、ハナコはどこか楽し気に言葉を綴った。

 

「折角の合宿ですし、そういうお勉強も必要ではないでしょうか?」

「駄目! エッチなのは禁止! 死刑!」

「まぁ、今はまだ明るいですし、そういう事にしておきましょう――夜は長いですからね……♡」

「えっ、は、ど、どういう意味!?」

「あの、これから一週間寝食と勉強を共にするので、皆さん仲良く……」

 

 顔を真っ赤にしながら警戒するコハルと、それを満面の笑みで眺めるハナコ。二人の仲を取り持つ様に声を掛けるヒフミは、残りのひとりがいつの間にか消えている事に気付いた。

 

「って、あれ? アズサちゃんは……」

「あら? 先程までは一緒に居たのですが……」

 

 ハナコが振り向くと、先程まで同道していたアズサの姿がない。部屋の中を見渡したり、窓を開けて外を覗いて見るも彼女の影すらなく――そんな事をしている内に、部屋の扉が開いて、向こう側からアズサが顔を覗かせた。

 

「あ、アズサちゃん、今まで何処に――」

「偵察完了だ」

 

 ヒフミの言葉に被せる形でそう宣言するアズサ。その手には彼女の愛銃が握られており、その表情は真剣そのもの。余りにも合宿に見合わぬ物騒な雰囲気に、思わずヒフミは問い掛ける。

 

「て、偵察……?」

「うん、トリニティ本校舎からはかなり離れているし、流石に狙撃の危険は無さそう、外からの入り口が二つだけというところも気に入った、いざという時は片方の入り口を塞いで、襲撃者たちを一階の体育館に誘導した上での殲滅戦が有効になるかな」

 

 そう云ってアズサは自分で都合したのだろう、合宿場の見取り図を取り出す。やや古びたそれの出入り口には赤い丸が記されており、彼女が警戒すべき箇所にはバツ印が並んでいた。

 

「うん――まぁ、他にも幾つかセキュリティ上の脆弱性も確認出来たけれど、改修すれば問題ない範囲だ」

「え、えっと……」

 

 一体何故、そんな事を……? ヒフミはそんな言葉を辛うじて飲み込む。そんな彼女の心の内など知らぬアズサは、自身の寝床となる部屋を見渡し、感嘆の息を吐いた。

 

「此処が兵舎……いや、居住区か、随分綺麗だな――こんな施設を使わずに放置していたなんて、無駄遣いも良いところだ」

「えっと、あの、アズサちゃん? 私達は此処へ戦いに来たのではなく、勉強しに来たので……」

「うん、分かっている、一週間の集中訓練だろう? 外出禁止、自由時間なし、二十四時間一挙手一投足まで油断する事は許されない、ハードなトレーニングだ」

「え、いや、流石にそこまでは……」

「きちんと準備もしてきたんだ」

 

 そう云って背負っていた背嚢を降ろすアズサ。使い込まれた痕跡の見えるそれに手を突っ込み、彼女は次々とベッドの上に持ち込んだ物品を広げる。

 

「体操着や細かい着替え、衛生面の歯ブラシや歯磨き粉、石鹸、非常食、毛布、水筒……」

「流石はアズサちゃん、用意周到ですね」

「当然だ、徹底した準備こそ成功への糸口だから」

 

 そう云って、「ふふん」と鼻を鳴らすアズサ。確かに準備は必要だが――それは、戦闘の準備では? そう思ったが、確かに合宿上必要な代物もきちんと揃えている様で、筆記用具や問題集もちゃんと持ち込まれていた。

 

「うふふっ、みんなで一緒に食欲を満たし、睡眠欲を満たし、そしてみんなが欲する目標へ向かって脇目も振らず手を動かす……良いですね、合宿」

「……うん、そうだね」

 

 ハナコのどこか意味深な言葉に、アズサはふっと柔らかな笑みを零す。その笑顔には彼女の、生来の本質が現れているような気がして、ヒフミは一瞬面食らった。アズサがそんな風に笑った顔を初めて見たからだった。

 しかし、その笑顔はものの一瞬で引っ込んでしまう。

 

「あ、でも任務は確実に遂行する、きちんと勉強をして、第二次特別学力試験にはどうにか合格するつもり、その目標の為に此処に来たんだから、その……迷惑は、掛けたくない」

「アズサちゃん……」

 

 そう云って肩を竦めるアズサは、顔を俯かせた。

 彼女自身、己の成績が良くない事は自覚している。ましてやこの特別学力試験は一人の不合格で、全員の卒業が取り消されてしまう。自分の失敗で皆の進退を決めてしまう、それだけは、嫌だった。

 故にこそ、彼女の思考は過激な方向へと舵を取る。

 

「大丈夫、試験を妨害してくるような敵襲に備えて対人地雷とクレイモアも用意してきた、後は即席爆発装置(IED)の材料になりそうなもの一式と、対戦車地雷も多少――」

「あ、アズサちゃん! ですから、そういうのは……!」

 

 一体どこに入っていたのだと云いたくなる様な爆薬やら材料やら、それを背嚢から取り出すアズサに、ヒフミは思わず声を荒げた。

 そんな彼女達の耳に――カラン、カランという音が届く。

 開けた窓の向こう側、施設の入り口付近からだった。その音に反応したアズサは、背嚢に突っ込んでいた手を止め、鋭い視線で音の方向を睨む。他の皆は、一体何の音だと疑問符を浮べていた。

 

「むっ……!?」

「えっ、な、何の音でしょう……?」

「これは、何というか、空き缶をぶつけたような――?」

「侵入者だ!」

 

 告げるや否や、アズサはベッドに立て掛けていた愛銃を掴み、部屋を飛び出した。その余りの素早さに、思わず目を丸くする面々。

 

「あっ、ちょ、アズサちゃん!?」

「先程仕掛けたブービートラップに何者かが引っ掛かった、先手必勝、遅れるなっ!」

「ちょ、ちょっと!? ぶ、ブービートラップって……!?」

「と、取り敢えず追い掛けましょう!」

「何なのよ、もう!?」

「あらあら……ふふっ」

 

 廊下を駆け抜け、ロビーを通過し、脇目も振らず外へと飛び出すアズサ。そして未だカラカラと軽い音を鳴らす缶の元へ駆け寄る。

 仕掛けたトラップは、古典的な対象無力化トラップで、きつく、大きく輪を作ったロープの中にホールドトラップの様な、圧力が加わると閉じるタイプの金属板を設置する。円形の板に、ロープを被せ、更に葉や枝などで偽装。それを踏んだ瞬間、金属板が閉じ、同時にロープが対象の足に巻き付き、樹上に張り巡らされたワイヤーが巻き取られ、連動してワイヤーに吊り下げた空き缶が鳴り、対象を宙吊りにするという代物だった。

 手間暇の割に対象にダメージを与える訳でもなく、ナイフ一本で脱出出来てしまう罠だが、この施設を襲撃しようとする相手ならば拷問の類で背後関係の確認は必須。対象を傷付けずに時間を稼ぎ、可能ならば無力化する罠としては上々の出来だった。

 アズサは素早くトラップを仕掛けた樹の影に寄ると、今しがた吊り上げられた人物に向かって銃口を突きつけた。

 

「動くなっ! ――うん?」

 

 そしてアズサの見上げた視線の先には、片足をロープに絡め捕られ、無様にも逆さ吊りとなった先生の姿があった。先生は何とも言えない表情のまま両腕を投げ出す恰好でぶら下がっており、アズサは先生だと見るや否やその銃口をそっと降ろす。

 

「……何だ、先生だったか」

「……やぁ、おはよう、アズサ」

「うん、おはよう、先生」

 

 呑気にそんな挨拶を交わしていると、遅れて補習授業部の皆がやって来る。ヒフミ、コハルの両名は釣り上げられた魚の如き様相を晒す先生を前に叫び、ハナコは「あらあら」と云わんばかりに小首を傾げた。

 

「アズサちゃん、一体何を――って、せ、先生ぇえっ!?」

「は!? ちょ、お、下ろさないと、早く!?」

「あら、後から合流するという話でしたから、まさかとは思いましたが……」

「いや、ハナコちゃん呑気にそんな事云っている場合ですか!? あ、アズサちゃん、これどうやって下ろせば……!?」

「うん? 別にこのロープを切れば……」

 

 ヒフミが早く先生を降ろそうとアズサに問いかければ、徐に懐からナイフを取り出し、先生を吊り下げたロープに近付くアズサ。ピンと張ったロープは地面の固定杭と繋がっており、そこを切断すれば先生も助かるという寸法だった。

 しかし、この状態でロープを切断するという事は、現在の高さから落下するという事でもあり――。

 

「ま、待って下さいッ、あんな逆さ吊りの状態で切ったら……!」

「ふんっ」

 

 ヒフミが制止の言葉を掛けるも、即断即決のアズサはナイフでロープを素早く切断。アズサにとって身体能力の基準はキヴォトスなので、この程度の高さから落ちた所でどうなる事もないと考えての事だった。しかし、残念ながら先生は人間である。

 カラカラと巻き取り器が音を立て、吊り下げられていた先生はそのまま急速落下。

 

「――んごはァッ!?」

 

 そして、見事にジャーマン・スープレックスを喰らった様な姿勢で地面と衝突した。

 

「せっ、せんせええぇええ!?」

「わ、わわっ、どど、どうしよう!? えっと、えっと……! ば、絆創膏、じゃなくて! 風邪薬……でもなくてっ……!」

「……凄い落ち方をしましたが、先生、御無事ですか? この指、何本に見えますか?」

「だ、大体……四本、かな」

 

 ヒフミとコハルが慌てて先生に駆け寄る傍ら、ハナコが指を二本ずつ――エヘ顔、ダブルピースで先生に問い掛ける。君、やけに楽しそうじゃないか。先生は後頭部の強烈な痛みに耐えながら、そんな事を想った。

 

「む、むぅ……これは、もしかして私のせいだろうか」

 

 ■

 

「……という訳で、改めて」

「やぁ、遅れてごめんね、皆」

 

 合宿施設、宿泊部屋。

 大きなたんこぶを作った先生が、朗らかに挨拶を口にする。先に出発した補習授業部に遅れて、先生も合宿の引率としてこの場に訪れていた。

 

「……先生、頭の傷は大丈夫なの?」

「うん、コハルの持っていた薬品のお陰でバッチリ、冷やせば腫れも引くだろうし、気にしないで」

 

 コハルが心配そうに先生を見れば、本人はカラカラと笑って手を振る。実際、腫れは酷いものだがダメージ自体はそれ程でもない。弾道ミサイルやライフル弾に比べれば、高所からの落下(プロレス技)など怪我とも呼べないものだった。それに、これでも先生である。落下の寸前に首を抱えて衝撃は逃がし、致命的な部分は回避しているとも。

 

「先生、ごめんなさい」

「良いよ、ただ、合宿の間は許可を得ずにトラップの類の設置は禁止ね、今回は逆さ吊り程度で済んだけれど、爆薬とか使われたら先生マジで洒落にならない事になりそうだから」

 

 アズサの謝罪に、先生はやや引き攣った表情でそう口にする。

 実際、逆さ吊りになっただけでも、ホント吃驚したのだ、マジで。これが爆薬とかだとちょっとシャレにならない、先生の中身が物理的にコンニチハする羽目になるだろう。

 

「先生は私達と違って、少しの爆発でも致命傷に成り得ますから、確かにトラップ一つでも大事ですね」

「む、むぅ……分かった、トラップを仕掛ける場合は事前に許可を取る」

「仕掛けないという発想はないんですか……?」

 

 ヒフミの疑問は尤もだが、恐らく無理な話だろう。何せ、アズサなのだから。

 

「ま、まぁ良いです、いえ、良くはありませんが――先生も大事なかったという事で、取り敢えず話を合宿に戻しましょう!」

 

 一つ咳払いをし、そう告げたヒフミは皆を見渡しながら今後の予定を思い返した。

 

「ナギサ様から云われた通り、第一次特別学力試験には残念ながら落ちてしまったので、この別館で合宿を行う事になりました、私達は第二次試験までの一週間、此処に滞在する事になります」

 

 勉強合宿という事で貸し出されたこの施設――元々はどのような部活でも使用出来る様に、一通り必要な設備は揃っているとの事。外から見た合宿場はそれなりに大きく、アビドス校舎と同程度――とは云わないが、ちょっとした小さな学校レベルの大きさを誇っていた。

 

「長い間放置されていたそうですが、少し掃除すれば全然使えそうですし、体育館やシャワー室なども充実しています、トリニティの本校舎からも頑張れば歩ける距離ですし、地下に食堂設備もありますので、特に生活の心配はありません」

「うん、そう云えば外にプールもあった、此処と同じく暫く使われていない様だったけれど」

「プールですか、良いですね、皆で入ったら楽しそうです、勿論――」

「ぜ、全裸は駄目! 変態ッ!」

「……いえ、普通に水着で、ですよ?」

「うぐぅ――!?」

「あ、あはは……それと、私達が此処に滞在する間、先生もずっと一緒に居てくれる予定ですので、何かあっても大丈夫だと思います!」

「うん、何かあったら遠慮なく頼ってね」

「ありがとうございます! えっと、通路を挟んで向かい側にもお部屋があるのですが、先生は――」

「あら、先生、どうせなら……――」

「駄目っ、絶対ダメ! 同衾とかエッチじゃん! 死刑ッ!」

 

 ハナコが先生に一歩詰め寄りながら何かを口にしようとすれば、空かさずコハルが体を差し込みガード体勢に入る。

 

「えっと、コハルちゃん、私、まだ何も云っていませんが……?」

「何を云い出すか位大体分かるわよ! 駄目ったら駄目! そういう事はさせないんだから!」

「コハルちゃんは厳しいですねぇ……」

「私は先生も一緒で構わないけれど? ベッドも余っているし、無駄に部屋を幾つも使う事もない」

「むむっ」

 

 アズサの言葉に、先生の顔が非常に険しくなる。四人中二人が同室賛成派、つまりこれは民意――。先生の表情を見たハナコが、にんまりとした笑顔を浮かべた。

 

「あら、先生も結構ノリ気ですか?」

「っ!?」

「――いや、確かに皆の寝顔とか眺められるのは良いなぁと思って」

「だ、駄目っ! エッチなのは駄目ッ!」

「寝顔ってエッチなの……?」

 

 先生、流石にそこまでは考えてなかったなぁ。

 そんな事を想いながら、小さく首を横に振る。まぁ、彼女達の言葉は嬉しいが流石に生徒と同室というのは問題がある。生徒の生足を舐めますならば兎も角、何か間違いがあってはいけない。先生はクリーンな存在でなければならないのだ。

 

「まぁ、確かに惜しいけれど、私は向かい側の部屋で寝泊まりするよ、何かあったらいつでも対応するから」

「で、では、一旦そういう事で……」

 

 ■

 

「それでは、荷物を片付けて早速勉強を――」

「あら、でもその前にやる事があると思いませんか? ヒフミちゃん」

「えっ、やる事、ですか……?」

 

 話も纏まり、早速合宿開始――という所で、ふとハナコから声が上がった。

 ハナコの言葉に、ヒフミが目を瞬かせる。反し、アズサは何処か理解を示すような表情で頷いた。

 

「成程、やはり敵襲を想定したトラップの設置を――」

「アズサ? マジでやめてね? 最悪先生の中身がコンニチハしちゃうからね?」

「む、むぅ……」

「いえ、そうではなく――」

 

 ハナコが、「こほん」と一つ咳払いをし、指を立て満面の笑みを浮べ云った。

 

「お掃除、ですよ♡」

「お、お掃除……ですか?」

 

 その一言に、ヒフミは目を瞬かせ、呟く。

 

「はい、管理されていた建物とはいえ、長い間使われていなかった事もあって、埃なども多いように見えませんか?」

「……ん、確かに、そうかな」

 

 答え、先生はベッドの縁などを指先でなぞる。すると、指先に薄らと積もった埃が付着した。C&Cのメンバーが見たら顔を顰めるだろう。生活出来ない訳ではないが、掃除の必要性はある――そんな具合の汚れだった。

 

「このまま此処で過ごすと云うのも健康に良くなさそうですし、今日はまずお掃除から始めて、気持ち良い環境で残り一週間を過ごす――と云うのは如何でしょう?」

「なるほど、確かにそうですね……身の回りの整理整頓から始めるのは定石ですし、そうでなくとも途中で気になってしまいそうですし……」

「もしかしてヒフミって、テスト前とか何となく部屋の汚さが目について掃除始めちゃうタイプ?」

「せ、先生、何故それを……?」

「――うん、衛生面は大切、実際の戦場でも凄く士気に関わりやすい部分だ」

「お、お掃除……? えっと、まぁ、普通のお掃除なら……」

 

 ハナコの言葉に、補習授業部の面々は凡そ賛成な様子。誰も、埃の積もった部屋で寝泊まりするのは嫌だろう。掃除が出来るのならば、それに越した事はない。

 

「た、確かにハナコちゃんの云う通りです、私達がするのは一夜漬けではなく、きちんと用意された期間の中での試験勉強……つまりは長距離走の様に順番やペース、作戦も考えないといけません」

「えぇ、どうせなら良い環境で、そうでしょう?」

「うん、賛成する」

「わ、私も……」

 

 皆の意見を聞き終えたヒフミは、強く頷き、そして宣言する。

 

「――分かりました、それではまず、大掃除から始めるとしましょう!」

「それなら私も参加しよう」

 

 告げ、先生は軽く腕捲りをする。手分けした方が早い、こういうのは人数がモノを云うのだ。そうでなくとも施設自体そこそこの広さを誇る上、自分達の生活空間を掃除するだけでも大変だろう。午前中一杯を使うのは確実だった。

 

「それでは、汚れても良い服に着替えてから十分後に建物の前に集合で良いですか?」

「分かった」

「はい♪」

 

 ヒフミの言葉にアズサとハナコは頷き、コハルは一瞬先生を横目にした後、恐る恐る問いかけた。

 

「よ、汚れても良い服……た、体操着で良い……?」

 

 大変よろしいと思います。

 

 ■

 

 そうして解散した――十分後。

 手早く着替えた先生が合宿場の出入り口、その日陰で待機していると、ヒフミがいの一番に駆けて来るのが見えた。

 

「先生、お待たせしました!」

 

 そう云って手を振るヒフミは見慣れぬジャージ(体操服)姿。いつも制服の恰好しか見ていなかったので、かなり新鮮に感じる格好だ。

 

「おぉ、体操着のヒフミだ」

「はい! 服装から入るのも大事ですからね、体操着の方が動きやすいですし、汚れた時に洗濯もしやすいですし!」

 

 そう云って快活に微笑むヒフミ。彼女の視線は、先生の恰好に向けられていた。

 

「先生も……いつもシャーレの制服姿なので、何だか新鮮ですね」

「ん、そうかな?」

「はい、いつも長袖ですし」

 

 掃除に先駆けて、先生も運動服に着替えている。残念ながらシャーレに運動用の制服はないので、普通に市販品で代用していた。一般的なスポーツ用の長ズボンに半袖、何の変哲もない恰好だろう。しかし、確かに生徒の前で半袖姿を晒す事は中々ない。二の腕をそっと摩りながら、先生は苦笑を零す。

 

「流石に夏だからね、いつもあの格好だと暑くて仕方ないのさ」

「あ、あはは……シャーレの制服には夏服とか、ないんですか?」

「ん~、あると云えば、あるけれど」

 

 そう云って先生は連邦生徒会の面々、その恰好を思い出す。リンやアユムは通常の制服を着用しているが、モモカなどは冬場でも暖房をガンガン稼働させ夏用の制服を着用している。あの、肩が大きく露出したタイプの制服だ。一応、連邦生徒会と同型の制服がシャーレにも支給はされているが――長袖の方が、傷を隠すのに都合が良い。

 

「というか先生、意外とアスリート体型というか――失礼ですけれど、デスクワークが中心なので、もっと、こう……」

「あはは、まぁデスクワークが中心だけれど、生徒には色々なタイプが居るからねぇ……」

 

 やや驚いたような表情で先生の腕を突くヒフミに、先生は苦笑を零す。アビドスの対策委員会と休日を過ごす場合、一緒にお昼寝か、耳かき(ASMR)か、バイト手伝いか、長距離マラソン(サイクリング)の四択だったので、現在の先生の肉体はかなりアスリート寄りである。特にシロコは、先生を頻繁にマラソンへと誘う為、足腰に関しては大分鍛えられた。大体数十キロのマラソンになるので、後半は彼女の背中で過ごす事になるのだが、そういう時のシロコは酷くご機嫌である。

 そうでなくとも、いつ何があるか分からないのがキヴォトス。日中の移動中に銃撃戦が繰り広げられていた場合、何より自身の足と体力が生死を分けると云っても過言ではない。

 まぁ尤も、幾ら鍛えた所で人間である先生とキヴォトスの生徒の間には、隔絶した差が存在するのだが。

 だからと云って、やらない理由にはならないのだ。

 

「……で、私は何をすれば良いの?」

「あっ、コハルちゃん、早かったですね」

「お待たせ」

「アズサちゃんも――って、どうして銃を……?」

 

 ヒフミと話している内に、補習授業部の面々が続々と集合してくる。二人共、トリニティ指定の体操服に身を包んでいた。

 しかし、アズサは両手に愛銃を抱えており、それをヒフミが指摘すれば彼女は酷く真面目な表情で口を開く。

 

「肌身離さず持っていないと銃の意味がない、襲撃はいつ来るか分からないものだ」

「いえ、それはその、何といいますか、その通りかもしれませんが……」

「お待たせしました、皆さん早かったですね?」

「あっ、ハナコちゃ――」

「アウトォーーーッ!」

 

 ハナコが最後に合流し、皆が振り向く。

 そして、浮かべた表情はそれぞれ、能面、困惑、歓喜、羞恥の四つ――ハナコは、水着姿であった。

 

「おぉ~」

「あら?」

「何で掃除するのに水着なの!? 馬鹿なの!? バカなんでしょ!? バーカ!」

「ですが動きやすいですし、何かで汚されても大丈夫ですし、洗い流すのも簡単で――」

「そういう問題じゃないでしょ!? 水着はプールで着る物なの! っていうか、だっ、誰かに見られたらどうするの!?」

「誰かも何も、此処は私達以外いませんよ……?」

「先生が居るでしょう!?」

「あ、お構いなく」

「構うに決まっているでしょうがぁ!?」

 

 先生が菩薩の様な表情でひらひらと手を振れば、真っ赤になったコハルは叫びながら地団太を踏む。

 おぉ、怒り狂っておる、コハルは可愛いなぁ。先生はそんな事を内心で思った。

 

「と、兎に角駄目! アウトったらアウト! あんたはもう水着の着用禁止!」

「あら、それはそれで、まぁ……仕方ありませんね、よいしょ――」

「わあああぁああああ!?」

 

 コハルにそう宣言された彼女は、そっと水着をその場で脱ぎ始めた。コハルは未だ嘗てない程のシャウトを響かせ、先生を睨みつけると必死にハナコの前に立って遮蔽物に徹した。

 見え……見え――ない。

 

「何で水着脱ごうとするの!? 馬鹿なの!? 変態っ、この変態ッ!」

「いえ、コハルちゃんに水着の着用を禁止されてしまったので――」

「だからって全裸になるって発想がもう既におかしいのッ! 普通に体操着を着れば良いでしょう!? エッチなのは駄目! 死刑ッ!」

「あらあら」

「ほら、部屋に体操着あるんでしょッ!? それに着替えてッ! 早くッ!」

 

 コハルがハナコの背中を押し、合宿場の中へと押し込んでいく。ハナコは背中を押されるがまま、笑顔で扉の向こう側へと消えて行った。

 

 ■

 

「そ、それではまず、周辺の雑草抜きから始めて行きましょう!」

 

 改めて集合した補習授業部。無論、ハナコは着替えを終え体操服姿だ。

 気を取り直し、掃除の開始を宣言したヒフミは、周囲の生い茂った雑草を見渡し、頷く。

 

「今日は日差しも強いですし、熱中症には気を付けて下さいね」

「は~い♪」

「草を、抜く……まぁ、別に……」

「うん、確かに本陣の周辺で敵が隠れる事が出来るポイントを取り除くのは理に適っている」

「えっと、取り敢えず建物の周りを整えたら、その後はそれぞれ一ヶ所ずつお掃除をしていく、という順番でお願いします!」

 

 告げ、皆に雑草を入れるビニール袋を手渡し、序に軍手と根を掘り返すためのスコップも用意する。出入り口に限ればそれ程広くもなく、全員で取り掛かれば一時間程度で済むだろう。

 

「それじゃあ、頑張りましょう!」

「おー!」

 

 そうして、補習授業部による大掃除が始まった。

 

 ■

 

 合宿施設、廊下。

 

「ここはまず箒で埃を掃いて、その後にモップが良さそうですね……隅などに結構溜まっているので、一度では終わらないかもしれませんが――」

「うん、大丈夫、問題ない」

「アズサちゃん、この廊下が終わったらシャワー室とお手洗い周りをお願いしても良いですか?」

「了解、任せて」

 

 ■

 

 合宿施設、ロビー。

 

「けほっ、けほっ……! ここ、隅とか、凄い埃……!」

「そうですね、家具が多いからでしょうか……えっと、ではここも埃を掃いて――」

「や、やり方くらいは知ってる! 正義実現委員会でずっとやってるし! マスクを着用して埃を払ってから、水拭きすれば良いんでしょ! 馬鹿にしないで!」

「ば、馬鹿にしたつもりはないですよ……? では、ここはコハルちゃんにお任せしますね!」

「と、当然よ!」

 

 ■

 

 合宿施設、宿泊部屋。

 

「えっと、此処は……」

「ヒフミちゃん、此処は私に任せて下さい、これから色々とお世話になる場所ですし、きちんとお掃除しておかないとですよね」

「えっ、あ――」

「寝具類は今洗っておけば、午後には乾くでしょうし、他の部屋にマットレスはあったので、古そうなものは交換して……後は換気を――」

「わわっ、流石に手際が良いですね……では、お願いしますね、ハナコちゃん」

「うふふ、はい♡」

 

 ■

 

 教室、体育館、簡易キッチン兼食堂――次々と掃除を終え、一度合宿場出入口へと集合する補習授業部。モップやらバケツやらを手にした彼女達は綺麗になった合宿場を見渡し、達成感に目を輝かせた。

 

「ふぅ~……!」

 

 額に流れた汗を拭い、先生は大きく息を吐き出す。何となく、久々に運動した気分だった。アビドスでの騒動が一段落した後、確かに積もった業務を捌くばかりで運動する機会が無かったと思い返す。いや、一応定期的に最低限の筋力負荷は掛けていたが、どうしても疎かになりがちだった。

 これからの事を考えると、体力の低下は致命的だろう。これは鍛え直しかと、先生は内心で呟く。

 

「どうかな、大体は終わったけれど」

「……良いんじゃない? 随分綺麗になった気がする、うん、気持ち良い」

「悪くない」

「そうですね、皆さん、お疲れ様でした!」

 

 皆も薄らと額に汗を滲ませながら、汚れた手を払う。時間を掛けて清掃した甲斐あって、施設の内部と周辺は清潔感に満ちていた。少なくとも、目につく場所に埃や汚れ、雑草の類は見当たらない。

 

「……あ、そういえばまだ、一ヶ所残っていましたね」

「あれ、そうでしたっけ?」

 

 ふと、ハナコがそんな事を口にする。一応、大方の場所は清掃を終えた筈だとヒフミが疑問符を浮べれば、指を立てたハナコが嬉しそうに告げた。

 

「えぇ、屋外プールが♡」

「ぷ、プール……? あ、そう云えばさっき、あるって――」

 

 ■

 

 何やかんやと、ハナコに連れられ合宿施設の裏手へと回った補習授業部の面々。そして、そこで見た光景に思わずヒフミは言葉を失った。

 

「こ、これは……」

 

 プールの浴槽、プールサイド、それに周辺の植物まで――かなり汚れ、伸び放題となっている。プール内部には落ち葉やら木の枝やらが散乱し、黴か泥かも分からない黒がこびり付いていた。周辺のプールサイドも同じく、これを清掃するとなるとかなりの労力と時間が必要だろう。

 

「だいぶ大きいな、それに汚れが酷い、どこから取り掛かれば良い物か……いやそもそも、補習授業に水泳の科目は無かった筈だけれど」

「試験に関係ないなら、別にこのままでも良いじゃん、掃除する必要ある?」

「――いえいえ、良く考えてみてください、コハルちゃん」

 

 清掃に難色を示す皆に、ハナコは何か強い意志を秘めた瞳を向ける。

 何か、特別な理由でもあるのかと訝し気な目を向けるコハルは、両手を組んで何かに思いを馳せるハナコを見た。

 

「キラキラと輝く水で満たされたプール、楽しい合宿、はしゃぎ回る生徒たち……ほら、楽しくなってきませんか?」

「……? え、何? 分かんない、何か私に分からない高度な話してる?」

 

 コハルは思わずそんな事を口走る。それと、補習授業部に水泳の科目が無いにも関わらず、プールを掃除する事に関連性があるのか? 疑問しか生まれない。コハルは思わず先生の方に視線を向ける。

 

「うん、分かるよハナコ、とても良く分かる」

「先生! やはり理解して下さいますか♡」

「えっ、えっ?」

 

 しかし、先生はハナコの言葉に深く頷いて見せた。その事に、ハナコは酷く嬉しそうに声を上げる。まさか、理解出来ないのは私だけ? ――思わずコハルは隣に居たアズサを見るが、彼女も不思議そうに首を傾げるばかりだった。

 良かった、私だけじゃなかった。コハルはそっと胸を撫で下ろす。

 

「で、ですが確かに、こうして放置されてしまったプールを見ていると、何だか……こう、もの悲しい気持ちになりますね」

「このサイズだし、昔はきっと使われていた時期もあったんだろう、元々は、賑やかな声が響き渡っていた場所なのかもしれない」

 

 呟き、アズサはそっと目を伏せる。

 プールサイドに放置されているパラソルやサマーベッドが、その名残であろう。けれど、人に忘れられるという事は――こういう事だった。

 

「それでも、こんな風に変わってしまう――『vanitas vanitatum』……それが世界の真実」

「……?」

「えっと……」

「古代の言葉ですね、『すべては虚しいものである』(vanitas vanitatum)……確かに、そうなのかもしれません」

 

 すべては虚しいものである――どれだけ人に溢れた場所であっても、時の流れは残酷で、今はこんな変わり果てた姿になってしまっている。見ているだけで、どこか寂しさを憶える様な景色。ハナコは意気消沈するアズサをじっと見つめた後、ふっと顔を上げ、声を張った。

 

「……アズサちゃん、ヒフミちゃん、コハルちゃん!」

 

 ハナコの声に反応し、皆が顔を上げる。

 その視線に笑みを返しながら、彼女は胸を張って云った。

 

「――今から、遊びましょう!」

「え、えぇっ!?」

 

 唐突な宣言。

 一応勉強合宿という体でこの場に居る面々に向かって、とても正気とは思えない提案。しかし、彼女は相変わらず満面の笑みを浮べたまま強弁を張る。

 

「今から掃除をして、プールに水を入れて、みんなで飛び込んだりしましょう!」

「で、でもハナコちゃん、私達は此処に勉強をしに――」

「逆に考えるんです、明日からは頑張ってお勉強をし続けなければなりません、となると今日が最後のチャンスかもしれないじゃないですか!」

 

 腕を組み、頷きながら自身の考えを述べるハナコはどこまでも自信に満ちている。自身の考えに間違いなどないと云う態度だった。これから始まる勉強合宿、その合間に遊べるような時間があるとは思えない。そうなると、ストレスや不満は最初に発散している事が望ましい。

 

「何事もメリハリが大事なんです、今の内に此処で楽しく遊んでおかないと、途中からまた別の事で色々と疲れてしまうかもしれませんよ……!?」

「う、うぅ……?」

 

 ヒフミは、ハナコの強い口調に思わずたじろぐ。そう云われると、そうかも……? と思ってしまいそうな勢いがあった。確かに、明日からは辛い勉強の日々が始まる、そう考えると初日くらい――何て思ってしまうのも真実。しかし、自分ひとりだけでは判断が付かず、思わず縋る様な目で先生を見た。

 

「で、でも……先生?」

「――元々初日は準備に時間が割かれると思っていたし、自習時間が多めだから、明日少し頑張れば問題ない程度の余裕はあるよ」

「ほら、先生もこう仰っています! さあさあ、早く濡れても良い格好に着替えて来て下さい! プール掃除を始めましょう!」

「……うん、例えすべてが虚しい事だとしても、それは今日、最善を尽くさない理由にはならない」

 

 先生がそう口にすれば、我が意を得たりとばかりにハナコが告げ、アズサも賛同の意思を見せる。肩に掛けていた愛銃を抱きしめると、強い意志の籠った瞳でプールを一瞥し、彼女は踵を返した。

 

「問題ない、ちゃんと水着も持って来ている、待っていて」

「あ、アズサちゃん!? って、早……っ!?」

「さぁ、ヒフミちゃんも! コハルちゃんも早く水着……いえ、何でも良いので濡れても良い格好に!」

「ハナコ、目がキマっているけれど大丈夫?」

「私は真剣なだけですよ先生!」

 

 ハナコの主張に圧され気味だったヒフミは、しかしもう一度廃れ、汚れ果てたプールを見つめた後、ぐっと唇を噛み締め頷いて見せる。

 

「で、でも確かに……此処だけ掃除しないのも何だか気持ち悪いですし――分かりました、私も着替えてきます!」

「え、えぇっ!? 補習授業とは全然関係ないじゃん……うぅ、何で……」

「――ふふっ、コハルちゃん♡」

 

 コハルが最後までプールの清掃参加を渋れば、妙な圧力を伴った笑顔と共に足を進めるハナコ。それを見たコハルは、「ひっ」と小さく肩を跳ねさせ、両手で自身を搔き抱きながら叫んだ。

 

「わっ、分かった! 分かったから! 無言で近寄らないでよッ!?」

 


 

 ミーカミカミーカミカ!!

 ミーカミカミーカミカ!!

 ミ゛ーーーーー………!

 ミカミカミカミカミカミカミカミ゜ッ!!

 

 はい、先生が一生を終えるのに十秒掛かりました。

 

 それは兎も角、本編が余りにも透明感があり過ぎて、透き通るような世界観で送る学園×青春×RPGっぽくなってしまったので、此処いらで先生の『もぎたて♡にーちゅ』を発散しておこうと思いますわ~!

 今回は、アビドス編の最後に於いて、『もしヒヨリが先生の狙撃を敢行していたら』、の展開について考えて行こうと思いますの。

 

 まぁ、まず助かる見込みは限りなく低いですわよね。彼女の愛銃が対物の時点で、四肢の何処かしらにでも命中すれば間違いなく千切れ飛ぶでしょうし、掠っただけでも伝わる衝撃はとんでもないですわよ。でも私、隣で先生が一瞬で肉塊になって呆然となる生徒より、まだ生きている先生に縋りつく生徒の泣き顔の方が胸ぽかぽかするので、今回はそちらを採用したいと思います。おぉ、何と人道的で倫理観に溢れた文章か、涙でそう……。

 

 ベアトリーチェが撤退し、ハルナを見送った先生が、「夜明けだ――」と呟いた瞬間に、銃声が一発。それで、狙撃されたと第六感で察知した先生は直ぐ傍にいたホシノを突き飛ばす訳ですね。神速の超反応、先生じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 突き飛ばされたホシノは何が起こったのか分からなくて、「え――」と呟いて、目の前に突き出された先生の腕が、大口径の弾丸で千切れ飛ぶ様を目撃する訳です。

 勿論対物ライフルが腕に直撃なんてすれば先生自身も無事では済みません。人体に直撃すれば硝子細工の様に粉々になる様な代物です。腕は根元から千切れ飛び、衝撃が先生の肉体を突き抜け、そのまま地面に何度も叩きつけられます。

 そして血塗れの砂利だらけになった先生を見つめるホシノは、数秒硬直した後、唇を震わせながら先生に手を伸ばす訳です。最初は、「ぁ、……あ、ぁ――」と漏れ出るだけの声が、「ああァアアアアアッ!?」と絶叫に変わって、愛銃を投げ捨てながら先生の元に駆け出すんですね。何と素敵な事か。

 多分、セリカとシロコは蒼褪めながら同じように駆け出して、意識の無くなった先生の体を必死に揺すろうとするでしょう。アヤネは目の前の衝撃的な出来事に立ち竦みながらも、医療用のドローンを震える指先で呼び出すと、「揺すらないで下さいッ!」とシロコやセリカに叫ぶのではないでしょうか。ノノミは血塗れの先生を見て息を詰まらせて、けれど座り込みそうになる足に必死に力を込め、先生に縋りついて叫ぶホシノに駆け寄り、必死に声を掛けると思う。ここで自分まで取り乱したら、本当に収拾がつかなくなると予期して。狙撃位置からホシノと先生を庇う様に、涙を流しながら弾丸の飛来した方向を睨みつけるんだ。

 ワカモは一瞬両手がだらんと垂れて、愛銃を落としかけるんだけれど、次の瞬間には愛銃のストックを自身の額に思い切り打ち付けて、割れた仮面をそのままに凄まじい形相で狙撃手の元に急行します。ワカモは只ですらベアトリーチェ戦で先生に負傷させてしまったという負い目と後悔があるので、バチクソにキレています。全ギレです。多分、先生が止めなければ本気でヘイローを破壊する位の気概です。

 勿論、一発撃った後は位置を変えるのが狙撃手のセオリーなので、既にヒヨリはビルから退去済み。先生に呼ばれた生徒達が狙撃に気付き、犯人を特定しようと動いても蛻の殻――という事ですね。

 

 また、犯人がアリウススクワッドだと露呈した場合、エデン条約編で彼女達はマジで地獄を見ます。先生がこの件で死亡した場合は、そもそも救われる事もないですが、腕を喪った状態で生き残っても、周囲の生徒から向けられるヘイトがとんでもないです。

 罪状が先生の腕を狙撃で吹き飛ばす、ミサイルで爆殺しかける、その後腹に銃弾叩き込む、の三連先生殺害未遂を行っているので、まぁこれで「許してあげよう」という気持ちになる方が難しいですね。という訳で、先生本人が幾ら友好的に振る舞っても、周囲の生徒からの好感度はマイナスの底値となります。サオリなんかどんな扱いを受けても粛々と呑み込み、気丈に振る舞いそうですが、先生の腕を吹き飛ばしたヒヨリは恐らくかなりキツい立場に置かれます。

 

 本人も後ろ向きな気質ですし、逢う生徒、逢う生徒に、「こいつが先生の腕を吹き飛ばした生徒か」みたいな目で見られたら、かなり堪えるんじゃないですかね。直接的に言葉で罵って来る生徒も居そうですし。

 その内、そういう目で見られる事が怖くなり、先生の傍に居ないと常に震えてしまう様な精神状態になってくれても私は一向に構わん! というかこの状態のアリウススクワッドを放逐したら、マジで残党狩りみたいな形でヘイロー破壊されそうなので、シャーレで保護するしかないと思う。腕吹き飛ばした先生本人に救われている気持ちはどんな感じなんやろ? というかこの状態で万が一先生が死亡でもしたら、マジでアリウススクワッドに全部の罪被せられるんやない? うぅ、アリウススクワッドかわいそう……。生徒達が争う姿なんて見たくないッ! でもそれが先生に対する好意の結果だと思うと嫌いになれないジレンマがある。愛って色んな形があるのね……。

 これも全部、対物ライフルに撃たれた程度で死にかける先生って奴が悪いんだ。

 

 因みにこれは記憶を持っていないミカの場合の話なので。まぁ記憶持っていなくても多分終盤で彼女はアリウススクワッドを許すか? と云われると、先生腕ナイナイだしかなり微妙なラインな気がしますが。果たして、腕一本と彼女の良心は釣り合うのか。

 記憶持ちのミカの場合は、多分計画とか諸々全部無視してヒヨリだけはヘイロー破壊に及びますね。というか、ヒヨリが狙撃を終えて帰還中に、強襲して殺害するんじゃないかなぁ。それで、しれっと素知らぬ顔でアリウスの協力者のまま戻る。ヒヨリは先生を狙撃後、行方不明という扱い。アリウススクワッドの憎悪がまた増えるよ! 勿論、本来のエデン条約通りの筋書きを終えた後、アリウスは全て殴殺ENDです。聖徒会を素手でボコした後、ミカを救いに来た先生が見るのは誰も居ない聖堂で、アリウス自治区を後にしようとしていたアリウススクワッドを背後から強襲する訳ですね。

 

 勿論、先生も居ない、ヒヨリを欠いたアリウススクワッドに勝ち目はありません。良かったねサオリ、贖罪が出来るよ。良いわけねぇだろ何考えてんだアリウススクワッドは暖かいご飯と寝床と沢山のお給料と愛を貰って幸せに暮らさないといけないのこれはキヴォトスの法律で決まっているのお分かりになって!? これだから甲斐性のない先生は駄目なんですわよ! 

 

 というかコレ、先生にバレたらミカは結構ヤバヤバですわよ! でも本編でも先生がアリウススクワッドの味方になった後であっても、戦闘を継続するような覚悟ガンギマリちゃんですし、そこに自分だけではなく「先生」という重荷も加わった場合、ガチのマジで先生に嫌われようと一念貫くだけの意思がミカにはありそうで恐ろしい。 つまりクロコと同レベルの「先生の為に」な訳ですね。おぉ、(先生が)哀れ哀れ。でもそんな一途なミカは素敵だよ、全部先生の為だもんね、仕方ないよね。先生もちゃんと彼女の愛に応えてあげなきゃ可哀そうだよ! 先生には人情ってものがないのか!? うぅ、ミカ可哀そう……。

 自分の為に大切な生徒が、同じ大切な生徒を殺害したと知った時の先生どんな顔するんやろなぁ……。絶対生徒の事は責めないし、その罪悪も背負おうとするんでしょう。先生は誰に対しても手を挙げようとはしないし、ましてや【殺生】なんて事に関わる事柄に関しては、ゲマトリアも見逃すくらい絶対的な倫理観を持っていますから。

 けれど唯一、手を挙げる可能性があり、見かければ撃ち殺してやると云わんばかりに憎悪を抱いている相手が居るんですよ。

 

 そう、皆さんご存知、先生自身ですね!

 

 

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