ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ~!


迫る不穏の影

 

 トリニティ本校舎周辺。

 合宿宿舎から大分離れた場所にある本校舎までは、それなりに時間が掛かる道のりだった。一応モノレールや学内バスなどの移動手段はあるものの、それらを駆使しても相応には遠い。

 生徒のまばらな時間帯、すでに夕刻も過ぎ、殆どの生徒は部活を切り上げ帰路についているか、今頃家でのんびりしている頃だろう。先生とコハルはそんな生徒たちを横目に、正義実現委員会への道を歩く。一応、コハルは正義実現委員会に入室するための鍵を持ってはいるが、正規の活動時間外に入室するのはなるべく避けたかった。

 

「そ、その、先生……」

「うん?」

 

 先生の横を歩いていたコハルが、不意に声を上げる。先生が返事をすると、二度、三度、コハルは先生を見上げながら何事かを口にしようとして、口をつぐみ。それから顔をそらした後、僅かに頬を赤くしながら呟いた。

 

「い、云っておくけれど、こればっかりは、その、本当に間違いだから!」

「ん? 本の事?」

「そ、そう! いつものはちゃんと隠……じゃなくて、あんまり持ち歩いたりしないし……」

 

 そう云ってバッグに手を添えるコハル。咄嗟に云い直したが、意味合いとして禁書を個人的に所持している事を白状してしまっている。先生はそんな彼女の顔を見下ろしながら、どこか悪戯めいた表情を浮かべ云った。

 

「――バレない様に、上手く隠すんだよ?」

「っ~!?」

 

 その、先生の台詞に妙な背徳感と見抜かれている事を感じ取ったコハルは、その場で飛び上がりながらバッグを抱え、大きく身を逸らした。その耳は、先程とは比較にならない程赤らんでいる。

 

「な、何言ってるの!? それ、バレなきゃ持っていても良いって云っているのと同じじゃん!? 先生なんでしょ!? エッチなのは駄目! 死刑!」

「お? じゃあコハルも先生と同罪になっちゃうね」

「え、や、ちがっ……! わ、私の、は、その……ッ!」

 

 どういう形であれ禁書を持ち込んでいるコハルも、その理論であるのならば有罪である。自身の言葉で首を絞める形となった彼女は、指先を先生に突き付けながら叫んだ。

 

「こ、これについては本当に間違いだから! つまり、ノーカン!」

「――うん、良いよ、ならそういう事にしておこう」

「っ!? な、何それ! 大人の余裕ってわけ!?」

「大人の余裕っていうか……うーん」

 

 コハルのどこか唸るような言葉に、先生は空を見上げる。日の落ち込んだ空は既に夕暮れから夜に切り替わりかけ、ぽつぽつと本校舎にも明かりが見えていた。

 コハルのそれは、身も蓋もない云い方をしてしまえば、思春期特有の性に興味を持つ事を他人に知られる事を恐れたり、恥ずかしがってしまうソレだ。良くも悪くも、大人になるという事はそういった物事に寛容になるという側面もある訳で――何せ、どうあっても避けては通れない代物。全く触れないというのもまた、それはそれで健全とは言い難い。勿論、個人の好き嫌い、趣味趣向は別として。

 

「まぁ私も立場上そういうものを見つけたら注意しないといけないからさ、大っぴらに所持されるのは困るよ? でも、別にそういったものに興味を持つ事自体は悪い事じゃないと思うんだ、私は」

「え……?」

 

 てっきり先生はその手のものに否定的だとばかり考えていたコハルは、寧ろ肯定するような口ぶりに戸惑いを見せた。勿論それは、大人になる為に――とか、そういう類の話では決してない。

 単純に先生は、生徒に好きなものは好きと、そう云える環境に在って欲しい、ただそれだけなのだ。

 

「無理に縛られる必要なんてないのさ、好きなものを好きだ! って云えない世界なんて、窮屈だと思わないかい? 勿論、ある程度のマナーとか、道徳とか、倫理観は必要だけれど……所謂TPOって奴だね、それを守っている限り、誰に何を言われる筋合いはない」

「で、でも……」

 

 先生の言葉に、コハルは何事かを返そうとする。

 コハルは、性格にやや癖のある生徒ではあるが、その根っこは生真面目で愚直だ。駄目なものは駄目、悪いものは悪い。そこに何故、どうして、という疑問を挟む事がなかった。良く言えば社会的であり、悪く言えば流されやすい。ましてやトリニティという校風にそう云った俗的な代物を避ける風潮があったのだろう。彼女の不安や疑念は、もっともなものだった。

 

「私はね、コハル――生徒には、自分らしく居て欲しいんだ」

「自分、らしく……?」

「そう、好きな事を好きと云えて、必要以上に我慢したりしない、そんな自然体の生徒の姿こそ、私の求める理想だよ、だからコハルは、コハルらしく在れば良いんだ」

 

 そう口にして、先生はコハルの前で屈みこむ。

 視線の合わさった二人、先生の酷く優し気な顔が、コハルの視界一杯に広がった。

 

「少なくとも、私の前で取り繕う必要はないよ」

「ど、どんな趣味でも……?」

「どんな趣味でも」

 

 コハルの腕が、自身のバッグを力一杯抱きしめた。コハルは詭弁だと、最初はそう思った。けれど自分を見つめる先生の瞳はどこまでも優しくて、普段の先生を見る限り、それが口先からの出まかせだとはとても思えなかった。

 

「……分かったような、分からない様な」

 

 呟き、視線を足元に落とす。

 

「で、でも……先生が私の事をちゃんと考えてくれているって事は、少しだけ……分かった――その……ありがと、せんせ」

「うん、どういたしまして」

 

 呟き、コハルは照れ隠しに顔を上げ、声高に叫ぶ。

 

「じゃ、じゃあ、お返しに、その……ひとつ、私の秘密を教えてあげる!」

「うん? コハルの秘密?」

「………」

 

 云うや否や、彼女は周囲を見渡して、何事かを警戒する素振りを見せる。それから念入りに周囲にこちらを気にしている生徒が居ない事を確かめ、先生の袖を強く引っ張った。

 

「……?」

「さ、さっきみたいに屈んでッ!」

「あぁ、ごめん、ごめん」

 

 先生がそっと再び膝を折ると、先生の耳元に顔を近付け耳打ちを行う。

 

「実は、私……」

「うん」

「――補習授業部が上手く回っているかを監視する為の、スパイなの……!」

「……うん?」

 

 それは予想の斜め上の秘密であり。先生の反応を驚愕と受け取ったのか、彼女はとても誇らしそうに、あるいは自慢げに笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

「――つまり秘密のミッションを遂行中の身って事、だから今は私が馬鹿みたいに見えているかもしれないけれど、これも全部フェイクって訳!」

「へぇ~……因みに、それはどこからの指示で動いているんだい?」

「え? あ、えっと……だ、誰って、その……んと、は、ハスミ先輩!」

 

 コハルは先生からの質問に思わず言葉を詰まらせたが、思いついた名前に望外の説得力を見出し、力説した。

 

「そう! ハスミ先輩はトリニティの中でもすっごい強くて、正義実現委員会の副委員長だし! あ、あと、そう! つ、ツルギ委員長だっているんだから!」

「――成程、ツルギが、ね」

「つ、ツルギ委員長はその、えっと、委員長だし……そう、何でも出来るの! ぶ、文武両道……? だから、多分! な、何回かしか会った事はないけれど……と、兎に角凄いの!」

「うんまぁ、ツルギは凄いよね、うん」

 

 先生はコハルのしどろもどろな説明に深く頷いて見せる。彼女と偶に一仕事を共にする事があるが、先生が身動ぎする度に何かしらの奇声を上げたり、挙動不審になったりする。嫌われているとは微塵も思っていないが、それはそれとして少々気になる事ではあった。

 会って間もない頃、髪に顔を突っ込んで深呼吸したのが駄目だったのだろうか? もしくはあの黒い翼を抱きしめながら頬擦りした事かな……? 先生は頭を悩ませる。思い当たる節はなかった。乙女心とは複雑である。

 

「だから、そういう事! 私は別に、本当に勉強が出来なくて補習授業部に入った訳じゃないの! その事、憶えていて! ――私はスパイとして大事な任務を任されている、エリートなんだから!」

「ほほう、それは凄い」

「ふふん!」

「――でもこれ、私に教えちゃって良かったの?」

「……えっ」

 

 先生の一言に、今度こそコハルは動きを止めた。スパイとは他者にバレない様に動いてこそ、自分から素性をバラすスパイなど存在しない。

 コハルはどこか懇願するような目で先生を見つめ、捲し立てた。

 

「せ、先生は生徒の秘密をやたらに云い触らしたりしないでしょ!? しないよね!?」

「……そうだね、うん」

「じゃ、じゃあ大丈夫! 先生の事は、一応、いちおう! 信じているからっ!」

 

 だから問題なしと、そう言いたげにコハルは駆け出す。そして先生の数歩先を行くとスカートを翻し、真っ赤な顔のまま叫ぶのだ。

 

「ほ、ほら、もうちょっとで部室だし、早く行こ、先生!」

 

 ■

 

 正義実現委員会、押収品管理室。

 部室の出入り口、そのすぐ横合いにある押収品管理室は、同時に落とし物などを管理する部屋としても機能している。並んだ金属製の棚に、それぞれプラスチック容器が収納されており、その前側には番号が振られていた。特に危険性の高いものや重要な品物は壁沿いの特別押収品管理保管庫と呼ばれる貸金庫のような頑強な保管庫に保管されており、それらの鍵は正義実現委員会でも一部のメンバーのみが所持している。

 幸い、彼女の持ち出した押収品はそちらのものではなく、通常の押収品として取り扱われているものだった為、押収品の返却自体はそれほど時間を掛けずに完了しそうだった。

 

「えっと、押収品管理棚の、書物分類だから、Dの二十四、Dの二十四――……」

 

 コハルは押収品目録を片手に、本来この押収品が収められていた棚を探す。室内はそれなりに広く、ずらりと並んだ棚には一目でどこに何があるかが分からない。棚にはそれぞれアルファベットの文字が振られており、その棚の番号から容器を割り出す必要があった。

 

「……コハル、終わった?」

「い、今目録で収納場所を探しているから、もうちょっと待って……!」

 

 先生が扉の間から顔を覗かせ、そう口にすれば、Dの棚の前で番号を探していたコハルが声を上げる。そうして指先で順に棚を上から下になぞってくと、目当ての番号が漸く見つかった。

 

「あった!」

 

 コハルは容器を手前に引き出すと、中身が空である事を確認し、そのまま押収品の禁書を中に収める。あとはそのまま棚を押し戻せば、任務は完了。早鐘を打つ胸をそっと撫でおろす。

 

「取り敢えず、これでひと安心――」

 

 そう漏らすと同時、正義実現委員会の部室、その出入り口の扉が開いた。

 向こう側から顔を覗かせたのは――正義実現委員会、副委員長のハスミ。

 彼女が視線を向けた先には、壁に凭れ掛かって所在なさげに佇む先生の姿。

 

「――あら?」

「おぉう……」

 

 ハスミが目を瞬かせ、先生は思わぬ邂逅に声を漏らす。ハスミは部室内に他の生徒の姿が見えない事を確認すると、再度先生に視線を向けながら嬉しそうに頬を緩ませた。

 

「先生? こんな時間に、こちら(正義実現委員会)に何か御用時ですか? 特に連絡などは受けていませんが……もしかして、また私の顔を見に来て下さったので?」

「あー、うん、まぁ、それも無きにしも非ずと云うか、何と云うか」

「先生、終わったよ――!」

 

 そして間が悪い事に、先生とハスミの間、押収品管理室からコハルが飛び出してくる。そして、そんな彼女の姿をハスミはばっちり目視していた。

 

「……コハル?」

「えっ……は、ハスミ先輩!?」

 

 完全に先生しか視界に入っていなかったコハルは、予想外の人物がいたことに目を見開き、思い切り浮足立つ。その様子にハスミは訝し気な視線を寄越し、首を傾げた。

 

「たしか合宿で別館に居ると……成績が良くなるまで、ここへは出入り禁止になっている筈ですが?」

「あ、えっと、そ、その、違うんです……!」

「……私がちょっと、落とし物をしちゃってね、此処へはそれの受け取りに来たんだ」

 

 流石に彼女だけでは分が悪いと思った先生は、空かさず最もらしい理由を並べ立てた。

 

「落とし物、ですか?」

「うん、正義実現委員会は落とし物の保管とかもやっていてくれたでしょう? それでまぁ、コハルには付き添いで、序に授業資料なんかも向こうの別館に運びたくてね、情けない話だけれど私一人だと手が足りなくて……」

「まぁ、そうでしたか」

 

 そう云って先生が鞄を掲げて見せれば、ハスミは納得の表情を浮かべた。授業資料、教材を取りに来たというのは嘘でも何でもないので、特に違和感が出る事もない。そういった手伝いに補習授業部の中でもコハルが選ばれたのは喜ばしい事なのか、ハスミは笑みを浮かべながらコハルを労った。

 

「そういう事なら、寧ろ喜ばしい事です、コハル、きちんと先生のお役に立てているのですね、大変結構です」

「は、はい……っ!」

 

 ハスミの言葉に、コハルは何度も頷いて見せる。彼女にとって正義実現委員会の先輩方というのは尊敬の対象であり、憧れの対象であり、そして同時に絶対的な正義の象徴であった。自然、背筋も伸びれば緊張もする。

 

「そうですね、コハルが此処に来てくれたのはある意味、丁度良かったです、コハルに改めて伝えておきたい事がありましたし……」

「え? わ、私に……ですか」

「えぇ」

 

 ハスミはどこか真剣な様子でそう口にすると、先生を一瞥し、それから小さく頭を下げ云った。

 

「先生、申し訳ないのですが少し席を外して頂けますか? 正義実現委員会としてお話したい事、と云いますか――」

「……分かった、終わったら呼んでくれるかな?」

「えぇ、勿論です、態々すみません、ありがとうございます」

 

 そう云って先生が壁から背を離し出入り口に向かえば、どこか不安そうな表情でコハルが先生を呼ぶ。

 

「せ、先生……」

「大丈夫、きっと悪い話じゃないさ」

 

 元気付けるように、そっと彼女の背中を軽く叩くと、先生は部屋の外へと踏み出した。

 

 ■

 

 正義実現委員会、部室前廊下。時間に厳格な彼女たちの部室前には大きな古時計が設置されており、廊下には時計の針が動く音が良く響く。本来であれば生徒たちの声や足音で賑やかな筈の場所は、夜に差し掛かった今、酷く静かで冷たく感じた。人の喧騒に、温度などない筈なのに。

 先生は自身の二の腕を小さく摩り、そっと息を吐き出す。

 

「――コハル――でください」

「―も―」

「本来の――を――ないで―――」

 

 扉の向こう側に見える二人のシルエット。どうやら、出入り口の扉からそう遠くない場所で話し込んでいるらしい。隙間から、微妙に声が漏れていた。先生は壁に寄り掛かったまま腕を組み、じっと時が過ぎるのを待つ。

 

「でも――には、無理――……! ――なんて、私―――あまりにも――事で―……!」

「――それでは駄目なんですッ!」

 

 不意に、ハスミらしからぬ怒鳴り声が響いた。

 それは、まさに雷鳴の如き一喝であり、思わず先生の肩も震える程。何事かと目を瞬かせながら扉を見れば、再び細々とした声が耳に届いた。項垂れたコハルのシルエットが、扉越しに見える。

 

「――なさい――ずっと―為に―――先生――を―です――」

「………はい――――ます」

 

 それから少しして、そっと扉を押し開けコハルが顔を覗かせる。彼女は中に居るハスミに向けて小さく頭を下げると、そのまま先生の元へと駆け寄って来た。

 

「お、お待たせ……先生」

「………」

「先生?」

 

 その表情に、怯えや焦燥といった感情は見えない。先生は暫くの間、神妙な顔でコハルの表情をじっと眺めていた。反対にコハルは、強い視線を向ける先生にたじろぐ。

 

「……帰らないの?」

「――いや、帰ろうか」

 

 コハルからの言葉に、先生はふっと視線から力を抜く。先生が歩き出すとコハルもまた、その背中に続いた。

 

「コハル、大丈夫?」

「え? う、うん、別に、大丈夫だけれど……? ど、どうしたの、先生」

「……いや、何でもないよ」

 

 先生の声は廊下に響き、やがて消えていった。

 

 ■

 

 合宿宿舎。

 先生とコハルが帰宅した暫く後、一先ず不安の種が無くなったという事で夜食を皆で共にし、自由時間となった。

 ヒフミは肩にタオルを掛けながら、とてもスッキリした顔で部屋の中へと戻って来る。その髪は僅かに濡れ、制服だった姿は体操着へと変わっていた。

 

「ふぅ、スッキリしました!」

「ん、もうお風呂に入ったんだ? 早いねヒフミ」

「うふふ、そうですよね、なにせヒフミちゃんは朝にシャワーを浴びれず、今日一日あるがままの香りで――」

「わわっ! そ、その云い方は恥ずかしいです……っ! うぅ、寝坊さえしなければ……」

 

 ハナコが何とも彼女らしい言葉を口にすれば、ヒフミは顔を真っ赤にしながら今朝の事を思い出す。未だに先生に変な風に思われていないか、ヒフミは気にしていた。明日からは絶対に寝坊しないようにと、心の中で誓う。

 

「でも、それは私達の為に試験を準備していたからだろう? ヒフミ、もし明日の朝も起きるのが辛かったら云って、今度はヒフミの体を洗ってあげる」

「い、いえ、それは遠慮させて頂こうかと……!?」

「じ、自分で洗えば良いでしょ! 子どもじゃないんだから!」

「効率の問題だコハル、皆で洗う事による利点は少なくない、勿論水の節約にもなる」

「大浴場は無いので、みんなで一心不乱に洗いっこというイベントは少々難しい様ですが……あ、良い事を思いつきました、今度お風呂の代わりに、みんなで裸でプールに飛び込むのはどうでしょう?」

「さらっと何云ってんの!? ダメ! そんな凄いの絶対禁止っ!」

 

 皆で効率よく水浴びをする、という点にかこつけて自身の趣味を全開にした提案をしたハナコは、コハルの全力拒否を受け、少し残念そうな表情を浮かべる。しかしアズサは存外悪くないと思ったようで、ハナコの提案、その掘り下げを要求した。

 

「悪くない案だと思うけれど、それをプールでやるメリットがあるのか?」

「そうですね、解放感があると思いませんか? 青空の下、全てを曝け出して掛け合う様子を想像するだけで……うふふふ♡」

「なるほど、そういうのは確かに考えてなかった、解放感……か」

「バカバカバカ! 考えちゃ駄目、想像しちゃだめ、そういうのはだめっ!」

 

 アズサが真剣に考え始めたと思ったコハルは、全力でその想像を阻止に掛かる。アズサとしては解放感という要素を加えることによって、補習授業部のストレスが軽減される事に繋がるのであれば悪くない提案だと思ったのだ。

 

「アズサを変な風に染めるな! トリニティの変態はあんただけで十分だから!」

「あぁ、そういえばコハルちゃんも全裸で泳ぎたい派ですよね?」

「脈絡全無視!? 無敵なの!? そっ、そもそもそんな事云ってないから! プールでは普通に水着っ、それが正義なの! あんただって昨日は水着だったでしょ!?」

「あら……?」

 

 ハナコはコハルの言葉に首を傾げると、徐にコハルへと近付いた。妙な威圧感と共に近づいてくるハナコに、コハルは及び腰で対応する。

 

「ふふっ、良く思い出して下さい、コハルちゃん、私が昨日プールで着ていたものを……」

「え、あ、あの水着が、何だって云うの……?」

 

 更に一歩踏み出したハナコは、その口元に満面の笑みを浮かべながら、そっとコハルの耳元で囁いた。

 

「あれは、本当に『水着』だったと思いますか……?」

「っ!? は、はぁ!? み、水着じゃなかったら何なのよ……!?」

「――最近の下着はデザインがかなり充実していますよね、中には防水性のものもありますし、一目で水着かどうかの判断は難しいと思いませんか? 或いは、ボディペイントという線も……――」

 

 ニヤニヤと、どこか楽し気にそんな事を口にするハナコ。生来妄想の激しいコハルにそのような事を口にすればどうなるかなど、火を見るより明らか。コハルは大いに呼吸を乱し、その顔を真っ赤にさせながら昨日のハナコが制服の中に着用していた水着(仮定)を思い出していた。

 あの時見た水着は、確かにちらりと見えただけだ、上に制服を着ていたし――。

 

「え、嘘?! って、いう事は……!? あ、あの水着……!?」

「あら、どうしたんですか? あれがもし水着じゃなかったとして、何かが変わってしまうのでしょうか? ねぇ、コハルちゃん」

「え、だ、だって……」

「例えば、水着と下着の違い……それはなんでしょう? 防水機能でしょうか、それともお肌の保護の有無? 或いはデザイン、露出の範囲? コハルちゃんは見た目で分からなかったんですよね? あの場所、あの時は――あれは水着だと、そう信じていましたよね?」

 

 ハナコの言葉に、コハルは思わず呻き、頷いて見せる。

 少なくともあのプールで水着を見せられた時、コハルはそれが水着だと認識していたし、そう信じていた。下着だなんて思っていなかったし、ボディペイントなど論外。何故かと云われたら――それが普通で、常識だから。

 

「……そ、そう、だけれど」

「実はあれが下着だったとして……その「真実」かもしれない何かは、どうすれば証明出来るのでしょう? 証明できない真実程、無力なものはない――そう思いませんか?」

「え……っと、な、何を云っているのか分からないけれど……結局、どういう事!?」

 

 コハルが憤慨し、そう叫べば、ハナコは笑みを浮かべたまま楽し気に云った。

 

「ふふっ――あの水着は可愛かったですよね、というお話です♡」

「……はぁ!? 全部冗談ってわけ!?」

 

 ニコニコと笑みを浮かべて佇むハナコ、そして揶揄われたのだと思い怒りを露にするコハル。戯れる二人を前に、「いつも通りだなぁ」と苦笑を浮かべるヒフミ。

 そんな皆に反し、一人だけ真剣な表情を浮かべるアズサ。ハナコの言葉を一通り聞き終えた彼女は、ぽつりと呟きを漏らした。

 

「――なるほど、五つ目のあれか」

「……!」

 

 それは小さな呟きだったが、皆の耳に確かに届いた。その一言を聞いたハナコは、目に見えて驚愕の表情を浮かべる。アズサの言葉の意味を理解出来なかったヒフミとコハルの二人は、顔を見合わせ問いかけた。

 

「な、なに、五つ目?」

「えっと、アズサちゃん、何のお話ですか……?」

「………」

 

 ヒフミが疑問符を浮かべたままそう問いかけると、アズサは何かを思い出すかのように視線を空に漂わせ、それからぽつぽつと答える。

 

「聞いた話だけれど、キヴォトスに昔から伝わる七つの古則、確か、今の話はその内の五つ目だった筈、『楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事はできるのか』……多分そんな感じだった気がする、残りは知らないけれど」

「つまり哲学……みたいなものでしょうか?」

「多分、そんな感じ……誰も証明できない楽園は存在し得るのか、そういう禅問答みたいなものだったと記憶している」

「アズサちゃん、どうしてそれを……」

 

 アズサの言葉に、ハナコは僅かな震えと共に口を動かした。その表情は、「まさか」という感情が滲み出ている。

 

「その話を、知っているのは――」

 

 言葉を一度止め、ハナコは彼女に唇を軽く噛み締める。その瞳と表情は、どこまでも真剣だった。

 

「もしかしてアズサちゃん、セイアちゃんに会ったことがあるんですか……!?」

「………」

 

 その問いかけに、アズサはそっと視線を逸らした。その表情には、どこか悲しみと後悔が含まれているような気がした。

 

「……セイア?」

「それって、ティーパーティーのセイア様の事ですか?」

 

 二人はそのあまり聞き覚えのない言葉に、二人を見る。ティーパーティーのセイア、その名前を耳にするのも随分と久しい。彼女がティーパーティーのホストであった時期は相応に耳にする機会があったが……。今一年生のコハルなどは、余り聞きなれない名前だった。

 

「……この話はただ、何処かで聞いた記憶があるだけだ、それ以上でも、以下でもない」

「――そう、でしたか……そういえばアズサちゃんは転校生、でしたね」

 

 アズサはどこか、歯切れの悪い口調でそう告げる。それ以上は、何もない、そう云わんばかりに。セイアに会った事があるか否かという問いかけに対しては、「はい」とも「いいえ」とも取れる返答だった。

 

「『Vanitas Vanitatum』……その言葉の意味、一派――という事は」

「………?」

「――いえ、何でもありません、もう遅い時間ですし、そろそろ眠った方が良さそうですね」

 

 ハナコはそう云って、いつものように微笑んで見せた。けれどヒフミには、なんとなくその表情が陰っているように見えて仕方なかった。

 見かけはいつも通り、穏やかで楽し気な補習授業部。

 

 そうして今日も、補習授業部の夜は――更けていく。

 

 ■

 

 その日の夜、先生の部屋にて。

 昨日と同じように、ヒフミと先生はこれからの補習授業部の方針兼対策会議という形で顔を突き合わせていた。そして、大まかな今日の報告を終えたヒフミは、不意にバッグを机の上に置くと深刻な様子で切り出す。

 

「先生、その、ハナコちゃんの事なのですが……」

「うん?」

 

 湯気を立てるココアを片手に先生が眉を上げれば、ヒフミは無言でそっとバッグの中から一つのファイルを取り出し、先生へと差し出した。先生は差し出されたそれを一瞥し受け取ると、中身を検める。ファイルの中身は、それなりに分厚い紙の束がひとつ。

 

「……これは?」

「模範解答と、とある生徒の解答用紙です――その解答用紙は、模範解答を探している途中で見つけたのですが、昨年の試験、一年生から三年生までの全試験に於ける解答用紙がその生徒の分だけ纏まっていました、どういう訳か、その全てを回答した様でして……」

「へぇ」

 

 呟き、先生は件の答案用紙を覗き込む。一年生から三年生まで、通常クラスから秀才クラスのテスト、学内のありとあらゆるテストの解答用紙。その欄の全ては〇で囲まれ、右上の点数欄には滅多に見ない点数が連なっている。

 

「全て満点、か」

「……はい」

 

 呟き、本命の名前欄に目を移す。

 そして、そこに書かれていた名前に目を細めた。

 

「――浦和ハナコ」

「………」

 

 その名前を聞くと同時、ヒフミは目線を自身の膝元に落とした。その両手がぎゅっと、強い力で握りしめられている事が分かる。ヒフミは何かを堪える様な素振りを見せ、それからぽつぽつと呟いた。

 

「昨日見つけた一年生時の成績に引き続き、盗み見る形になってしまったのですが……ハナコちゃんは去年、一年生の段階で三年生の秀才クラスでも難しいとされる学修課程を含めて、【すべての試験】で満点を叩き出しています……完膚なきまでに秀才、と云えるレベルです」

「……飛び級、どころの話ではないね、一年時で三年特進のテストを満点でパス出来るのなら、学内のテストに限って言えば問題にすらならないだろう」

「はい……一年生時の試験結果を見て、ハナコちゃんはきっと今年になって急激に成績が落ちてしまったのだと思っていました、でも、この結果を見る限りは、そうではなく――」

「わざと点数を取らず、試験に落ちている――としか考えられない」

「……はい」

 

 先生の言葉にヒフミは俯き、項垂れた。

 彼女は補習授業部の設立された理由を知らない、だから落第する事によってどのような不都合が起こるのかを認識していない。彼女にとってはまだ、試験の落第さえも取り返しのつく範囲だと思っているのかもしれない。

 けれど、皆が全力で事に当たっている時、彼女だけは違かったのだと知って――ヒフミは自分でも驚いてしまう程に、酷く傷ついていた。

 

「――ハナコちゃん、どうして……」

 

 ■

 

 深夜――合宿所、ロビー。

 

「………」

 

 アズサは今日も一人、制服を着込み合宿所を音もなく抜け出す。その肩に銃を担ぎ、いつも通り、何て事のない表情で。

 そして、そんな彼女を陰から見守る人物が一人。

 

「……アズサちゃん、また見張りを――?」

 

 そっと、柱の陰に身を隠しながらそう口にするハナコは、深く思い悩む表情を浮かべていた。

 

「………」

 

 彼女が口ずさんだ古則、その五つ目。そして転校生と云う特性。セイアの名前を出した時の反応、最後に――彼女の口にする、『Vanitas』の意味。

 このトリニティに於いて、その教義を持つ一派はただの一つ。

 

 ――運命の分岐点は、すぐそこまで迫っていた。

 


 

 次回 ドキッ♡ミカ、先生と二人きりのプールサイド編

 ミカと存分に語り合うことが出来るぞ! 嬉しいね、先生。

 

 今ちょっと所用で他県に居りますの。Pc使えていないのでいつもと文章の雰囲気が変わっていたらごめんあそばせ。スマホで一万時超書くとかマジ地獄でしたわ、モニタの大画面が恋しくて恋しくて仕方なくってよ! 

 

 そして聞きましたか皆さん? ついにミカさんが実装されましてよ!? マジで来るとは思っていなくてビビり散らかしましたわ! ミカミカ鳴いていた甲斐がありましたわッ! アニバ! アニバ! はよ! はよ! 石の貯蔵は十分でしてよ~ッ!? 私の貯めに貯めた石の貯蔵、全放出ですわ~ッ! レベル30そこらだった私も今や79レベの中堅先生ッ! 四ヶ月毎日コツコツやっていた甲斐がありましたわッ! シャアッ! アロナァ! 虹演出頼みましたわよマジでッ!

 

 そしてブルアカのアニメ化決定めでたいですわ~ッ! ぬるぬる動くみんなが見れると思うと心臓が飛び出して爆発四散で先生が死にましたわ~! 先生の返り血浴びる生徒可哀そう……。反省してよね先生。でもこれでエデン条約で脇腹撃ち抜かれて生死の境を彷徨う先生と自責の念からよわよわになっちゃったヒナが実際の映像として見れる……ってコト!? うぉ~! 先生~! 私だ~ッ! そのままヒナちゃん庇ってぼろぼろになって死んでくれ~ッ! そんな事したらヒナちゃん泣いちゃうでしょう!? ここは大人の作法として腕一本で済ますのがマナーでしてよ。うぅ、お茶の間の子たち性癖歪まされて可哀そう……。

 

 更に更に、メインストーリ―最終章が発表されましたね。最終章、第一章、第二章が実装との事ですが……。

 真っ赤なキヴォトスの中で佇むホシノの一枚絵――それにあの、切り替わる生徒の泣き顔集、やっぱり先生これ、何回も失敗しておりますわよね? 多分、アビドス、機械仕掛け、エデン、rabbit小隊でそれぞれ失敗して、死んでますわよね? 先生と、多分生徒も。

 というか最終章とかマジですの? 早くありません? あと十年くらい引っ張ってくれても私としては一向に構いません事よ??? どういうか十年はなくとも五、六年くらいは平気でストーリー続くだろうなぁ~って感じでキヴォトス動乱まで組んだんですのに、これ下手すると私のプロット全滅したりしません? 大丈夫ですの? 

 うるせ~~~! しらね~~~! そん時はそん時じゃい! 高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変に対応すればどんなストーリーが来ても先生の四肢は捥げるし生徒は泣くし私は胸がぽかぽかなのですわ~! 

 私は、私の責務を全うするのですわ~っ!

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