ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告は良い文明。


誰も知らない、私だけの。

 

 翌朝、補習授業部――教室。

 補習授業部、三日目の朝。皆は時間通りに起床し、顔を洗い、食事を摂る。

 ヒフミは昨日の寝坊を反省、何とか早起きする事に成功し、アズサとの朝シャワーを回避。コハルも一度目で懲りた為、今朝は四人揃って特に遅刻もなく教室へと辿り着いた。扉の前に立ったヒフミは、軽く前髪を払って整え、寝ぐせが無い事を確認し、背筋を正し中へと踏み入る。

 

「先生、おはようござ――あれ?」

 

 教室へと入ったヒフミは、扉を開けた先に先生の姿が無い事に気付いた。いつも生徒達が来るよりも早く、書類を片手に教卓で待機している先生。そんな彼の姿が、今朝は見えない。ヒフミの背後から続く他の皆も、先生の姿が見えない事に疑問符を浮べ、教室全体を見渡す。しかし、やはり彼の姿はない。

 

「あれ、先生居ないけれど……もしかして、遅刻?」

「いえ、朝食の時はきちんと起床していらっしゃいましたし……」

「授業の資料でも取りに行っているんじゃないか?」

「そうですね、アズサちゃんの云う通り、多分授業資料の準備か何かだと思いますが……」

「ん……あ、黒板」

「黒板?」

 

 ふと、コハルが黒板に文字が綴られている事に気付く。皆がそちらの方に視線を向ければ、黒板には白いチョークで中央に自習の文字。どうやら一度教室自体には来ていたのか、先生の私物が教卓の隅に纏まっていた。それを見つめながらヒフミが呟く。

 

「もしかして、何か急なご用事でしょうか?」

「先生はシャーレという立場もありますし、朝食の後、急ぎの仕事が入ってもおかしくはないですね」

「うん……先生も貴重な時間を割いて、私達の勉強見てくれている」

「うぐっ……そ、そう、だよね」

 

 コハルは、そんなアズサの言葉に顔を顰める。先生が多忙な事は理解していた、しかし、やはり補習授業部に掛かりきりになる事も出来ない現状を見ると、色々と感じ入るものがある。先生は忙しい時間の合間を縫って、この合宿に参加しているのだと。

 その期待を、裏切る事は出来ない。

 それは、補習授業部全員の共通した想いであった。

 

「一先ず、指示された通り自習時間にしましょうか」

「了解」

「う、うん」

「ふふっ」

 

 ■

 

「わぁ、水が入ってる~!」

 

 合宿所、プールサイドにて。

 靴を脱ぎ捨て、裸足となった少女――ミカが笑いながらプールサイドを歩き回る。彼女の目の前には、トリニティの湖から引いた冷たくも綺麗な水面が広がっており、汚れ、寂れたプールの面影を知っていた彼女は楽し気に周囲を見渡した。その水面に反射する日光に目を細め、そっと指先を水面に浸ける。その冷たさと美しさに、ミカは小さく歓声上げた。純白の制服を靡かせながら、彼女は背後の人影に笑い掛ける。

 

「あはっ、ここに水が入っているのなんて久し振りに見たなぁー、もしかしてこれから泳ぐの? 皆でプールパーティーとか?」

「合宿が終わったら、そういう事をしても良いかもね」

 

 彼女を見守っていた人影――先生も同じように、いつもの制服姿に素足で彼女の後を追う。微かな風と朝に照らされながら、先生は静かに口を開いた。

 

「それでミカ、態々此処まで出向いた用件は何かな?」

「……えへへっ」

 

 先生の問いかけに、彼女はどこか悪戯っ子の様な笑みを浮べる。その表情に含まれる感情は、照れ、だろうか。プールサイドに腰掛け、足元を水面に浸けたまま、彼女は楽し気な口調で応えた。

 

「先生は上手くやっているかな~、って、ちょっと気になって」

「まぁ、今のところは何とか、必要な設備は揃っているから」

「そっか、なら良かった! それにしてもナギちゃん、随分と入れ込んでいるみたいだねー、こんな施設まで貸し出しちゃって、多分中堅クラスの部活が使用申請だしても、使用許可下りないよ、ここの合宿所」

「でも、此処に着いたばかりの時は結構放置されていて、掃除が大変だったよ?」

「あはは、まぁ、そこは……ほら? トリニティは大きいし、手の廻らないところの方が多いから、管理自体は兎も角、景観云々とか二の次、三の次ってね」

「ちょっと、勿体ない気もするね」

「派閥とか、政治的配慮とか、色々あるらしいんだよね~」

 

 そう云って苦笑を浮かべるミカ。大規模な学園だからこそ、隅々まで意識が届かない事もあるのだろう。そして部活間にも派閥があり、おいそれと合宿所の使用許可も出せない。何とも、堅苦しい話であった。

 

「ところで、肝心の合宿の中身はどう? 本校舎から遠いのを良い事に、何か楽しそうな事したりしてない? 皆でパジャマパーティーとか、ここでプールパーティーとか!」

「一応、名目は勉強合宿だから、そういうのは難しいね……」

「えー、でもさ、折角の合宿何て楽しいイベントなんだし、そういう事の一つや二つくらいないと……」

「――ミカ」

 

 唇を尖らせ、足をばたつかせる彼女の声を遮る。

 プールサイドに腰掛け、先生を見上げるミカを見る先生の瞳は――真剣だった。

 

「――そんな事を聞きたくて呼んだ訳じゃないんだろう?」

「……あはっ」

 

 その真剣な声色に、ミカは破顔する。

 どこか、嬉しそうに。

 或いは、期待するように。

 

「そこまで警戒されちゃうのは心外だなー、私こう見えても繊細で、傷つきやすいんだよ?」

「――良く知っているよ」

 

 呟きは、ミカの耳には届かない。

 彼女は徐に立ち上がると、足元の水を軽く払い、下から先生の顔を覗き込むようにして口を開いた。

 

「……というか先生、顔色良くないよ? ちゃんとご飯とか食べられているの? 何か美味しいものでも送ろうか? ケーキとか、紅茶とか」

「気持ちだけ有難く――そういうミカも、目元の方」

 

 先生はそっと、ミカの目元を指先でなぞる。少し驚いた様に目を見開いたミカは、しかしされるがまま先生の指先を受け入れていた。彼女の目元には薄らと、隈が見えている。

 

「隈、出来ているよ?」

「……あーはは……あー、一応隠したつもりだったんだけれど」

 

 そう云ってミカは恥ずかしそうに頬を掻いて、目を逸らす。

 

「睡眠不足?」

「あー、いや、うん、まぁ、睡眠不足なの……かな?」

 

 何とも自信のない解答だった。彼女は先生の手を取ったまま、そっと自身の頬に添える。「んー」、と猫の様に唸るミカは、そのまま先生の手の暖かさを感じつつ口を開く。

 

「最近何か、眠っている気がしないというか、気が付いたら全然知らない場所に居る――って事が偶にあるんだよ、夢遊病? って奴かなぁ」

「夢遊病……」

 

 ミカの言葉に、先生の瞳がすっと絞られた。

 

「突然意識が無くなったりとかは?」

「あー、それはない、何ていうか、眠くなる感じって云うの? そういう眠気が先に来て、うたた寝とか、御昼寝したら、次起きた時に寝る前の状況と違う……的な?」

「………」

 

 先生はその言葉に、あらゆる可能性を想定する。心理的なもの、或いは本当に肉体的な病気の類か。先生は医者ではない、病状だけを聞いて的確にアドバイス出来るだけの知識がなかった。

 以前には見られなかった現象だが――全てが全て、同じである筈もなく。

 そうでなくとも先生は多くの点で未来線を変えた。何がどう作用するかなど、最早想像もつかなかった。

 先生が黙り込み、真剣な表情で自身を見下ろす。その様子を見ていたミカは、嬉しそうに口元を緩めて云った。

 

「……ふふっ、心配してくれるんだ、私の事、嬉しいなぁ」

「そりゃあ、勿論、心配するさ……」

「先生は優しいね」

 

 そう云ってミカは微笑み、そっと先生の手を放すと一歩、後ろへと下がった。

 

「まぁ、先生に私の事を知って貰うのも悪くないけれど、そろそろ本題に入ろうか! あっ、因みに私が此処に居る事について、ナギちゃんは知らないから、見ての通り、付き添いもなしの単独行動!」

「うん、信じるよ」

「あ……えへへ」

 

 欠片も疑いを抱かない先生に、ミカは頬を掻く。疑心暗鬼になられるのも嫌だが、こうして全面的に信頼されるのも――それはそれで、面映ゆい。

 

「それで、改めて本題だけれど――」

 

 こほんと、自分の感情をリセットする為にミカは咳払いを一つ零し。

 それから、改めて先生と対峙した。

 

「先生、ナギちゃんから取引とか提案されなかった?」

「取引、というと?」

「例えば、そうだなぁ……【トリニティの裏切者】を探して欲しい、とか」

「……されたね」

 

 そう答えると、ミカは明らかに不満げな顔で溜息を零した。 

 

「……ふぅ、やっぱり、もうナギちゃんったら、予想通りなんだから――それで、何か詳しい情報とかは? そういうのは何もなしで、ただ探してって云われた感じ? 理由とか目的は? どうして補習授業部がこういうメンバーで構成されているかとか、ナギちゃんは教えてくれなかった?」

「うーん、多少は説明されたけれど……詳しい所までは、余り」

「そっかー……もう、ちゃんと説明しないで先生にこんな重荷を背負わせる何て……」

「――でも、ナギサには悪いけれど、提案は断ったよ」

 

 先生は、何でもない事の様にそう云った。

 ミカはその答えが予想外だったのだろう。目を瞬かせ、驚きの表情を浮かべる。

 

「えっ、そうなの? どうして? 自分達の生徒を疑いたくないから? それとも――」

「疑いたくないというのは勿論あるよ、でも、疑いたくない以上に――」

 

 生徒を疑いたくない、それは確かにそうだろう。

 強くそう思う。けれど、それ以上に。

 

「――信じたいんだ、私の生徒を」

 

 それが、先生の根源なのだから。

 

「……へぇ」

 

 予想だにしない答えを前に、ミカの目が興味に輝く。両腕を組んだ彼女は、何かに納得するような素振りを見せ、何度も頷いた。

 

「そっか、そっかぁ……まぁ確かに先生は『シャーレ』の所属だもんね、トリニティとは本来無関係な第三者、私達にとってはずっと『トリニティ』そのものが世界の中心みたいな感じだからアレだけれど、先生にとってはそうじゃない」

 

 ティーパーティーという権威、その提案を突っぱねる事は、この学園の生徒にとって難しい。

 少なくともトリニティの生徒であれば、一も二もなく頷いてしまうだろう。それはトリニティという限られた世界の中で生きる為の処世術と云っても良い。膨大な生徒数を抱える学園の中で後ろ盾を持たず生きると云うのは――想像以上に大変なのだ。

 

「……面白い答えだね、成程、新鮮かも――先生の答えは、それはそれで正しいよね」

「ものの見方は立場によって変わるよ……でも、私は、私が正しいと思った道を選んだつもりだ」

「ふーん……それじゃあ、先生は誰の味方?」

 

 好奇心に光るミカの目は、先生を捉えて離さない。その問いが先生にとってどういう類のものなのか。ミカは良く理解しながらも、問いかけた。

 

「もしトリニティの味方じゃないんだとしたら、ゲヘナの味方? それとも所属的に連邦生徒会とか? 前に騒動に巻き込まれたって云う、アビドスかな? 或いは――誰の味方でもない、とか?」

「ミカ、もしかして分かっていて聞いている?」

 

 彼女の質問に、先生は狼狽えることなく――笑って、けれど瞳だけは確りとミカを見据えたまま告げた。

 

「私は、生徒全員の味方だよ」

 

 それは玉虫色の解答だった。

 正直、ミカにとってはその場凌ぎの狡い答えに思えた。だって、誰かの味方をするという事は、誰かの味方をしないという事で。全員の味方をするという事は、全員を選ぶというと同時に、全員を選ばないという事だ。

 それは酷く傲慢で、無謀な在り方に思えて仕方なかった。

 

 けれど――先生にとっては、違う。

 

 先生は文字通り、生徒全員の味方だった。

 生徒同士が争うのならば、先生はその身を張って止めるだろう。どれだけの傷を負おうと、苦難に見舞われようと、裏切られようと、信頼されていなくても、所属が違っても、人でなくとも、文字通り――己を撃ち殺した相手であっても。

 先生は自身の全てを使って、あまねく生徒の味方で在り続ける。

 その覚悟は、瞳を見れば分かった。その結末に自身がどのような末路を辿っても、後悔しない色がある。どれだけの苦難が待ち受けようと、その信念を貫き通す気概がある。

 それは、疑いようのない――生徒への『献身』であった。

 

「そっ、かぁ……生徒達の味方、かぁ……それは予想外だったなー……」

 

 ミカは呟き、視線を泳がせる。

 予想していた以上に、自身が期待していた以上に、先生の在り方は『生徒の為に』あった。それは、巻き込むことを躊躇う程に。ミカは、何故か自身の心臓が早鐘を打っている事に気付いた。

 

「うーん、なら、あ、あのさ、先生?」

「うん」

「生徒の味方って事は、その……」

 

 指先を擦り合わせ、ミカは顔を俯かせながら恐る恐る問いかける。

 

「先生は一応、私の味方でもあるって考えても良いのかな? 私もほら、ティーパーティーの一員だけれど、トリニティの生徒って立場だし……困っていたら、助けてくれるのかな……なーんて」

「勿論」

 

 その言葉に、先生は一も二もなく頷いた。

 それは先生にとって、ごく当たり前の事だったから。手を差し伸べ、先生は宣う。

 

「――ミカが困っているのなら助けよう、迷っているのなら手を取り導こう、辛い事があれば胸を貸そう、ミカがミカらしく在れるように、私は私の全てを擲って寄り添うとも」

「……わーお」

 

 先生の強烈な殺し文句に、ミカの頬にさっと朱が差す。

 それはミカが欲した言葉以上――考え得る限り、最高の返答だった。

 頬に差した桜を隠すように、ミカはそっぽを向きながら呟く。

 

「さ、さらっと凄い事を云ってのけるね、先生……」

「こういう事で、生徒に嘘は吐かないようにしているんだ」

「そ、そうなんだ……へー……ふーん……」

 

 唇を尖らせ、目を伏せる。

 何となく、顔を見られるのが恥ずかしかった。両の手を頬に添え、僅かでも熱を冷まそうとする。けれど、心の熱は熱したまま。暫く消えそうにない。

 

「大人だねぇ、そういう話術? って思う気持ちもあるけれど……多分、何となく、うん、先生が本気だって分かるし……ちょっと純粋に嬉しいかも、えへへ――」

 

 口先だけなら何だって云える。けれど、それを腹の底から実現しようと云う覚悟が見え隠れするからこそ、ミカにとっては信頼に足る。

 先生は本当に、自身が危険に陥ればその身を挺して守ってくれるだろう、その確信があった。

 けれど、だからこそ――惜しい。

 

「でも、先生はさ、私だけの味方には――なってくれないんだよね?」

「………」

 

 その言葉に、先生は少しだけ困ったように目を伏せた。

 そう、先生の言葉に嘘は無い。

 きっと彼は全力で生徒の味方になってくれるだろう。

 その身を賭して、全力で。

 

 ――生徒、【皆】の味方に。

 

 それは決して、【私だけの味方】じゃない。

 

「あはは、ごめん、ちょっと我儘云っちゃった……うん、さっきの言葉、先生以外の人が云ったのなら、ただの傍観者じゃんって云いたくなっちゃうけれど――先生は文字通り、本当に心の底からそう思っているんだね」

 

 告げ、ミカは屈託なく笑う。

 その在り方を眩しく思う。素晴らしい事だと思う。

 けれど、何故だろう。

 そんな先生を見ていると、少しだけ――胸が苦しくなる。

 

「どれだけ傷つけられても、どれだけ辛くても――先生は、生徒の傍に寄り添い続けるんだ?」

「……あぁ、そうだよ」

 

 頷き、先生は云う。

 

「それが私に出来る、唯一だから」

「……そっか」

 

 ミカは、その澄んだ笑顔を見て、真似をするように口元を緩めた。

 何故だか、本当に何故だか分からないけれど。先生のその笑顔を見ていると、無性に泣きたくなった。(ミカ)ではない(誰か)が、感情を押し付けて来るかのように、胸がぎゅっと切なくなった。

 これから私は、こんな優しい人を――巻き込むと云うのに。

 

「なら……私から先生に、取引を提案させて貰おうかな?」

「取引?」

「うん、そう」

 

 けれどミカは、感情を呑み込む。

 あらゆる色を腹に沈めて、目を伏せ、顔を覆い――見ない振りをする。

 これから行うのは、運命へと辿り着く為の第一歩。

 その為にミカは――あらゆるものを捨て去ると、そう決めたのだ。

 ミカは先生との距離を詰め、告げる。

 

「補習授業部の中に居る裏切者が誰なのか、教えてあげる」

 

 その一言は、二人だけのプールサイドに良く響いた。

 

「ナギちゃんの云うトリニティの裏切者、今必死に探して退学にさせようとしている、その相手――と云っても、先生は既に気付いているみたいかな?」

「……さぁ、どうだろうね」

「誤魔化さなくても良いよ、私としてはどっちでも良いんだし……元々先生がナギちゃんに振り回されているのを見ているのは申し訳なかったから、これは取引云々を抜いても先生に伝えようと思ったんだ……実際の所、少し複雑で大きい問題もあってね」

 

 そう口ずさみ、目を閉じる。何かを思案する素振りを見せた彼女は、ふっと目を開くと、先生を覗き込んだまま言葉を続けた。

 

「――そもそも、先生の事を補習授業部の担任として招待したのは私だから、この事は知っていた?」

「……いや、初耳だ」

「そう? ナギちゃんにはずっと反対されていたんだ、せっかくの借りをこんな風に使うのはどうだのこうだの、って……先生とナギちゃんの間に、色々あったみたいだね? ――まぁ、私の方も色々あったけれど……あぁ、ごめん、それより裏切り者のお話だったね」

 

 佇まいを正し、先生の顔を真っ直ぐ見据えたミカは、真剣な表情で――けれど、どこか悲しそうな瞳で、裏切り者の名を告げた。

 

「補習授業部の裏切者、その正体は――」

 

 ――白洲アズサ。

 

 ■

 

 昨日。

 合宿二日目の夜――廃校舎。

 

 トリニティ郊外には、連合を組む前に使用されていた分派の校舎が存在している。

 トリニティ総合学園となってからは使用される事もなく、存在を忘れられ、取り壊される事も、再利用される事もなくなった、忘却の園。

 蔦が生え揃い、コードが剥き出しになった蛍光灯が天井から吊り下がったまま、月明かりだけが回廊に差し込んでいる。

 そんな中、壁に背を預け佇む影が一つ。彼女は目深く帽子を被り、ライフルを担いだまま沈黙を守っている。その口元は防弾性のマスクに覆われ、その姿は影に溶ける様に輪郭をあやふやにしていた。

 そして、ゆっくりと暗闇から姿を現す、トリニティ制服を着用した生徒が一人。彼女はその人物を視界に認めると、音もなく壁から背を離し、口を開いた。

 

「――遅かったな、アズサ」

「………」

 

 錠前サオリ、そして白洲アズサ。

 片やアリウススクワッドのリーダー、片や補習授業部の生徒。傍から見れば接点は何もない。しかし、彼女達は此処で顔を合わせる事をごく自然である事の様に受け入れ、サオリは淡々と口を開いた。

 

「首尾は」

「……今の所、計画通り」

「そうか」

 

 頷き、サオリはそっとアズサの背後に目を向ける。

 ――暗闇に、人の気配はない。上手く単独で抜け出してきているようだと確かめ、そっと視線を戻す。いつも通りの仏頂面を晒すアズサを前に、サオリは本題を切り出した。

 

「先生に関してはどうだ」

「………どう、とは」

「先生はアリウスに関しての情報を既に掴んでいる、私達スクワッドの面子も――恐らくアズサ、お前の事情も」

 

 そう告げ、サオリはいつか出会った先生の顔を思い出す。一飯の恩、そしてアビドスでの邂逅。決して浅くはない因縁がある。そして、それでも尚、先生が手を伸ばそうとしていた事も。

 サオリはコートのポケットに手を入れたまま、くしゃくしゃになったメモ用紙を、そっと握り締めた。

 

「……今の所、先生からそれらしいアクションはない」

「――備えている故か、或いは」

 

 言葉を切り、サオリは目を伏せる。

 

「なら良い、今は手を出すな」

「……分かった」

「ただし」

 

 声が、回廊に響く。

 見開かれたサオリの瞳が、アズサのそれを正面から射貫いた。

 

「アズサ、計画が露呈する様な事になる場合は口封じとして……」

「――云われなくても、分かっている」

 

 言葉を被せ、アズサは淡々と頷いた。その声には、感情が欠片も籠っていなかった。

 見開いたアズサの瞳が、サオリのそれを正面から見返す。

 

「私が先生を……殺害する」

「――あぁ、それで良い」

 

 サオリはその返答を聞き届け、深く、頷いた。

 そして徐にホルスターに手を掛けると、留め具を弾き、収められていた拳銃をアズサに差し出す。アズサは差し出されたそれを見て、目を瞬かせた。

 

「……これは?」

万魔殿(パンデモニウムソサエティ)の構成員に正式採用されている装備だ、もしもの時はこれを使え、取り扱いは訓練で学んだ筈だ」

「……この型のものなら、問題ない」

 

 頷き、アズサは拳銃を受け取る。安全装置(セイフティ)を目視し、遊底(スライド)を僅かに引いて、薬室に弾丸が装填されていない事を確認。そのまま弾倉(マガジン)を抜き出すと、マガジンクリップに弾丸が保持されている事を確かめる。

 グリップパネルには万魔殿のシンボルが彫り込まれており、何とも実用性に欠けた、アンティーク染みた銃だと内心で思考した。尤も、それはゲヘナに限った話でもないが。

 

「これで馬鹿正直にゲヘナの仕業だと考えるとも思わないが、疑心暗鬼を生むには十分だ、連中のゲヘナ嫌いは良く理解しているからな……火種の一つでも放り込んでやれば、勝手に爆発するだろう」

「弾倉は、これだけ?」

「ゲヘナ経由で入手する手段が限られている、それも万魔殿の正式採用装備となると調達班でも困難らしい、悪いが弾薬はそれきりだ、慎重に撃て……要らぬ心配だとは思うが」

「……了解」

 

 呟き、アズサは制服の内側に拳銃をそっと忍ばせる。普段から銃火器の類を忍ばせているアズサだ、今更銃の一つや二つ増えた所で、怪しまれる心配もない。このグリップを見られない限りは。

 

「……彼女からは先生との決着は『下』で付けたいとの要望を出されているが、殺せるのなら殺しても構わないと、そう伝えられている」

「なら――」

「あぁ、先生が動きを見せた場合は躊躇するな、彼女曰く――ティーパーティーよりも、先生の方が優先度は高い」

 

 それだけを告げ、サオリは踵を返す。コートの裾を翻し、そっと口元のマスクを外したサオリは僅かな笑みを浮べ――口を開いた。

 

「期待しているぞ、アズサ」

「…………」

 

 そうして、彼女の姿は闇夜に溶けていく。その背中を見送りながら、アズサは制服の中に仕舞いこんだ拳銃を撫でつけ、呟いた。

 

「――先生」

 

 その声に、応える者はいない。

 


 

 

 PVを見て想像した、本編先生一周目BADエンド集

 

 ・ホシノの身売りを阻止出来ず、黒服に頭を弄られた結果、『ホシノ』という自我が限りなく希薄になるルート。彼女を助けに来たものの一足遅く戦闘に、そのままアビドス全滅、皆の学生証を握りしめた先生を最後に射殺し、薄汚れたアビドス学生証の中で笑う自分を見下ろし、涙すら流せなくなったホシノが虚ろな目で銃を取り落とすエンド。

 

 ・アリス闇落ちルート。モモイの代わりに先生が致命傷レベルの負傷を抱え、結果アリスの「自分さえいなければ」の思いが強くなりすぎた為、説得に失敗してアリス魔王就任エンド。色彩との決戦にて致命的なミスなので、最終的にキヴォトスは沈む。

 

 ・補習授業部アリウス落ちルート。先生がサオリに撃たれ重傷、その後アズサがサオリを爆殺した場合のルート。結局アズサは自分が人殺しである事を認め、もう二度と補習授業部には戻ってこれない事を自覚する。しかし、そんな終わりを認められないヒフミはアズサと共にアリウススクワッドとの敵対を決意し、サオリを除いた残りのメンバーに向かって引き金を引く。図らずしも、ヒフミはナギサの妄想染みた本質に染まってしまう。補習授業部決別エンド。ハナコは自分の唯一の心の在りどころを喪い、コハルはただ何も出来ず、何者にもなれないまま立ち止まる。

 

 ・サオリ身代わりルート。先生を射殺し、その後、アズサがサオリに勝つことが出来なかった(正規ルート)場合、しかしヘイロー破壊爆弾は作動し、サオリを庇って代わりにアツコが死亡する。ロイヤルブラッドは消失し、ベアおばの儀式は不完全なものに。サオリはアツコの代わりに生贄として使用される。結局救いなどなく、すべては虚しいだけ――その本質をずっと口にしていたのに、自分は何も分かっていなかったと、最後に皆に詫びながらヘイローを消失させる。残されたスクワッド、ミサキは風呂場で手首を切って自殺、ヒヨリたった一人となり行方不明。スクワッド壊滅エンド。

 

 ・ヒナ死亡ルート。先生を庇った際、ヒナが致命傷を受けヘイローが破損した場合。エデン条約のみを見れば戦力的に厳しいものの、大きく変更はない。しかし先生及びゲヘナ風紀委員会のダメージが極大。アリウススクワッドとの関係も大きく悪化し、またこの件に関与したパンデモニウムとゲヘナ風紀委員会との亀裂が決定的となる。トリニティもトリニティで内部分裂が凄まじいが、おそらくエデン条約後のゲヘナも地獄を見る。先生はアリウスを許すかもしれない、けれど多分アコは絶対に許さない。色彩との決戦にてゲヘナが不参加となるので、結局キヴォトスは沈む。

 

 ・ミカ、魔女ルート。ミカを慰めて、元気付けて、一緒に居るからと約束した先生がアリウスに射殺された場合。多分、他のルートでも複合的にこうなる。唯一の支えも失い、誰からの許しも得る事が出来ず、結局自分が救われる事は幻想に過ぎないと思い込んでしまったミカが、せめて先生に報いるためにアリウスの全てをぶち壊して回るエンド。このエンドに限り、多分エデン条約でのキヴォトス崩壊は免れる。ベアおばもきっとミカが殴り殺す。でも残ったのは元凶の消えたキヴォトスに、先生の骸と、滅茶苦茶になったエデン条約そのもの。そしてミカの末路を悟ったセイアが涙する。実はこれ、限りなく本編のミカ(一周目)に近い状態。

 

 こんなスチルを公式が発表するとかマジ? 大切な人を生徒に射殺させたり、目の前で血塗れになる様をこれ見よがし見せつけたり、自殺させたり、仲たがいさせたり、絶望の淵に叩き込んで慟哭させるなんて、これが透き通るような世界観で送る学園×青春×RPGのブルーアーカイブなんですの? 運営には人の心とかありませんの? 生徒が可哀そうだとは思いませんの? 人としての優しさとか、倫理観とか、道徳とかご存じない? うぅ、生徒さん可哀そう……。口直しに先生の手足捥いであげるから、みんなで見て心を落ち着かせて、みんな、先生ダルマになるとこみてて……。

 

【プロットに関するお知らせ】

(この時点で私はまだ最終章、第二章を見ておりません)

 

 以前の投稿が4thPVが発表されてから一、二時間後の投稿でしたので、後書きに色々書き加える余裕がありませんでした。というわけでブルアカのアニメ化、更に最終章の発表に先駆けて、本小説のプロット破壊についてお話し致します。ンギィ!

 まず最初に、致命的であったのが最終章の絵面が完璧に「キヴォトス総力戦」である事です。イベント含め、全キャラ、全学園が参加し、文字通り全力で空に浮かぶナニカに突撃しております。これが意味するところは何か? 

 私の旧プロットでは。

 

 ・エデン条約編 前編(ミカ編終わりまで)

 ・夏イベ ツルギの夏休みinアビドスを添えて(トリニティ、アビドスの夏イベ複合)

 ・エデン条約編 後編(ミサイル着弾、アツコ救出まで)

 ・虹の契約編(過去の先生が、自身を対価にどうやって世界を救おうとしたのか、という話)

 ・キヴォトス動乱編(先生がボコボコのボコにされる)

 ・青の教室編(すべてを終えた先生の話)

 

 という感じでプロットを立てておりました。

 

 はいコレ全部どーんッ! 

 

 プロットは消し飛びました、おぉ、哀れ哀れ。

 Rabbit小隊の続編とか、ちょっとした新章ならばまだしも、最終章なんて銘うって出されたら書かねぇ訳にはいきませんわよねぇ!? そしてその最終章が、まさかの、全学園総出撃する代物……!

 これちゃんとやるなら全部書くしかないじゃありませんこと!? どう考えてもそうなりますわよ!? 機械仕掛けは先生の四肢捥げないからやだーとか云っている場合じゃなかったんですわ! 

 というわけでここ三日、あーでもないこーでもないと頭を悩ませて私が新しく建てたプロットがこれですわッ!

 

【書き終わったプロット】

 ・エピローグ 終った

 ・幕間(アリウススクワッド出したかった) 終った

 ・アビドス編 前編(銀行強盗前くらいまで) 終った

 ・アビドス編 後編(ベアおばと決戦) 終った

 ・エデン条約編 前編(ミカ編終わりまで) ←今ココ 

 

※ここまで現Word文字数760,000字、ページ数1,482頁。

 

 ・機械仕掛けのパヴァーヌ編 前編(ぶっちゃけコレ飛ばしたい、駄目?)

 ・夏イベ ツルギの夏休みinアビドスinゲーム部を添えて(うるせぇッ! いこうッ!)

 ・エデン条約編 後編(先生の腕を絶対に捥ぐ、何が何でも捥ぐ)

 ・機械仕掛けのパヴァーヌ編 後編(先生がトキにボコボコにされる)

 ・カルバノグのウサギ編 前編(先生が色々苦労するだけ)

 ・イベントストーリー、百鬼夜行(忍者)かレッドウィンター全編(でも私、どっちもプレイしていません事よ??? 多分過去回想的な感じになる)

 ・最終章 あまねく奇跡の始発点 前編(実質、カルバノグの兎 後編 二章まだ見てない)

 ・F.SCT攻略 総力戦(先生をボコボコにする機会を伺う)

 ・最終章 あまねく奇跡の始発点 後編(これ実装されるのいつになります??? オリジナルで良いなら先生の残った手足全部捥ぐ)

 ・青の教室編(全部終わった後のエピローグ)

 

 以上ですわ! 

 何このプロット数、ふざけてんの???

 キヴォトス動乱編は「最終章 後編」に全部吸い込まれましたわ! というか、私が仮に最終章後編に差し掛かるまでに公式の方が後編のストーリーを書き終えていなかったら、無理やりキヴォトス動乱編っぽい感じで私が改変して好き放題しますわよ! まぁ、そんな事はあり得ないと思いますけれど。

 そして悲しいことにこれを全部書こうとなると、マジのガチで数百万字後半、下手をするとそれ以上とかいう、それはもう途方もないどころか、ちょっと私も考えたくないレベルの文字数になりそうなんですわ! 頭おかしいですわ~~~!

 自給自足の為にこれだけ書くとか、もう愛とそういうレベルじゃねぇですわよホント。エデン条約編が可愛く見えてきましたわ。えぇ、今ならエデン条約程度(多分2,000,000字くらい)なら喜んで書いてやりますわよ。これと比べればクソみてぇなもんですわ~!

 

 取り敢えず結末とか、色彩に関する云々とか、最後に先生がどうなるとかは全部決まっておりますの。幸い、最終章で明かされた諸々の設定が私の当初のプロットに組み込めるレベルの差異でしたので、結末に関しましては大きく変更する必要はなさそうで安心しましたわ。

 後は取り敢えずで組み立てたプロット(理想)を何処まで書くかなのですけれど、正直あのプロット全部書くのはマジで私の命削りますわ。出来るか出来ないかで云えば、「出来る」のですが、ぶっちゃけやりたくねぇですわ。

 

 Wordってどのくらいの時間、そのファイルで編集していたのか時間を記録しているのですが、わたくし、この小説を執筆して既に102,417分程編集しておりますの。

 大体1,706時間ですわね。ウケる。

 それで、全体プロットの三分の一程度しか終わってない訳ですわね? 単純計算で、あと3,412時間程、私はこのWordを書き続けなければならない訳です。というか多分、それでも終わりません。プロット後半の密度がダンチなので、普通にこの二倍、三倍は掛かると思いますわ。

 地獄ですわよ。

 

 取り敢えずエデン条約は……エデン条約だけは書き切りますわ。

 後は私の、気力と、体力と、覚悟の勝負……愛、愛とは、これ程に、辛いものなのですか……? 何で私はこんなに必死こいて自分の性癖の為に小説を書いておりますの……? だってこの小説を書こうと思った当時、ハーメルンにはブルアカの二次小説が六十件くらいしかなくて、最初はマジで「数百件はあるやろ」って思っていたんですもの……。でも今は、百件を超えたんです。やっと、漸く! ブルーアーカイブ原作カテゴリで、投稿小説が! 百件も! ヨースターさんが頑張ったお陰ですわ! 原作の素晴らしいストーリーのお陰ですわ! 五千兆件目指してこのまま頑張りましょうね皆さん! 

 

 取り合えず先生の四肢を捥ぐため、わたくしは邁進致しますわ。途中で投げ出す事は、恐らく、メイビー、多分、無い筈ですわ。私の腕が物理的に千切れたとか、腹に穴が空いたとかなら別ですが。まぁその時は「腕が千切れましたわ~!」と報告するのでご安心下さいまし。

 それに今から先の事なんて考えても仕方ねぇんですわ! わたくしは過去を顧みない主義! ついでに未来の事も考えない主義! だってどっちを見たって碌な考えが浮かばねぇんですもの! なんとかな~れ☆主義サイコーですわ~ッ! プロットは取り敢えず先のものを原型に、進捗と私の精神力に合わせて削ったり、増やしたり(多分むり)しますわ~! んほ~、私の手足捥げちゃ~う。

 

 でも人にされて嫌な事をしちゃいけないんですわ。先生の手足を捥ぐのなら、私の手足が捥げるくらいの覚悟がなければ、やっちゃあいけないんですわよ……! 先生の手足が捥げるのが先か、私の魂の手足が捥げるのが先か、いざ尋常に勝負ですわ……ッ!

 皆さんも是非応援して、先生の手足を捥いであげて下さいましね……! 割とマジで愛だけで書くにはちょっと荷が大きくなりすぎましてよ……ッ! 

 それでも私はっ、先生が血塗れになって大泣きする生徒の顔を見たいんだッ……!

 

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