ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告って、今のナウなヤングにバカウケだそうですわ。


下着と水着

 

「あっ、先生! おかえりなさい!」

 

 教室に戻った時、先生を迎えたのはヒフミの爽やかな笑みだった。先生は胸内に燻る感情を微塵も感じさせず、微笑みと共に片手を上げる。教室には既に生徒が皆揃っており、思い思いの方法で自習に励んでいた。

 

「やぁ、ごめんねヒフミ、皆も、遅くなって申し訳ない」

「いえいえ、先生がお忙しいのは知っていますし――あら?」

 

 ハナコはアズサに勉強を教えていたのか、机を寄せながらも笑顔で先生を見た。そしてふと、その視線が先生の首元に注がれる。襟で隠れてはいるが、確かに見える赤い線――それは、以前までは無かったものだった。

 

「先生、首元に何か、赤い線の様なものが……」

「あれ、ホントだ」

「むっ、先生、まさか背後から紐か何かで首を絞め――」

「そんな訳ないでしょ!?」

「あはは……これかい?」

 

 アズサの突拍子もない発想にコハルが突っ込み、先生はからからと笑いながら首元を緩める。赤い線は先生の首元をぐるりと回る様に刻まれており、傍から見るとタトゥーか何かの様にも見えた。

 

「コハルとお揃いにしようかなって思って、ちょっとしたイメチェンさ、そんなに目立つものでもないし、良いアクセントだろう?」

「わ、私っ!?」

 

 先生がどこか揶揄う様な色を見せながらそう口にすれば、釣られたコハルが椅子を蹴飛ばしながら立ち上がる。その顔は真っ赤に染まっており、衣服がずれて見えるコハルの体には確かに、先生と似たような黒いラインが奔っていた。その発言に邪推したハナコが、どこか歓喜に似た声を上げる。

 

「あら、コハルちゃん、先生といつの間にそんな仲に……♡」

「えっ、は、ちょ!? な、何その云い方、別に先生と何かあった訳じゃ……!」

「コハル、私とは遊びだったのかい……!?」

「遊びって何!? 先生まで何云ってんの!? というか生徒と先生がそ、そういうのは駄目! え、エッチなのは駄目! 死刑ッ!」

「うーん……やっぱり、一日一回はこれ聞かないと、何か始まらないよね」

「ふふっ、コハルちゃんは今日も元気ですね」

「……も、もしかして私、揶揄われてる……?」

「あ、あはは……」

 

 いつも通りと云えばいつも通り、そんな補習授業部の光景である。先生が後方訳知り顔で腕を組み頷いていると、ヒフミはふと、思い出したかのように口を開いた。

 

「あっと、そうでした! 先生、こちらをご覧ください!」

「うん?」

 

 そう云って先生の傍へと駆け寄り、彼女が差し出して来たのは数枚の紙束。

 

「先程受けた模試の結果です!」

「……あぁ! 今日の分を先に済ませていてくれたんだね、ありがとう」

 

 礼を告げ、先生は答案用紙を受け取ると内容をさっと確認する。そこには、先生が期待していた以上の結果が記されていた。

 

 第二次補習授業部模試、結果――

 

 ハナコ――八点 不合格

 アズサ――五十八点 不合格

 コハル――四十九点 不合格

 ヒフミ――六十四点 合格

 

「ほう、これは……!」

「……紙一重の差だった」

「はい! 今回は本当に紙一重でした! あとたったの二点で合格点ですよ!? アズサちゃん、すっごく惜しかったんです……っ!」

 

 そう口にするヒフミは、とても嬉しそうで。然もすればその場で飛び跳ねそうな勢いと口調であった。自分が勉強を教えた分、喜びもひとしおなのだろう。アズサもどこか得意げな表情で、胸を張っていた。

 確かに、後二点で合格ライン、準備期間を考えれば驚異的な伸び率だった。この調子で行けば、次の模試では合格点を超えられるだろう。

 

「ひ、ヒフミ! 私のも見て! 私だって、結構上がったよ!?」

「はい、確りと見ましたよ! コハルちゃん、前回は十五点だったのが一気に四十九点まで……伸び代では一番ですっ、凄いです!」

「ふっ、ふふーん! 云ったじゃない、本当は実力を隠していたんだってっ!」

 

 コハルも鼻高々にそう告げ、満面の笑みを浮べる。彼女の点数は、四十九点と褒められたものではないが、元を考えれば十二分な結果とも云える。前回との差は、「三十四点」――これは確かに、かなりの伸び率だった。この調子で進めれば、彼女も第二次特別学力試験に合格出来るに違いない。

 

「そして、えっと、は……ハナコちゃんは……」

「あら? ヒフミちゃん、どうしてそんなに声量が下がってしまうのですか?」

 

 そして最後に、ハナコ。

 彼女を見るヒフミの表情はとても気まずそうで、しかし当の本人は心底不思議そうに首を傾げていた。先生も紙面の点数を見つめながら、苦笑を零す。

 

「最初の試験が二点、次の模試が四点、そして今回が八点ですよ?」

「えっ、あ、確かに点数は、その、上がっているのですが……」

「ふふっ、数列として考えてみて下さい――二、四、八、なら次は十六、その次は三十二……つまり後三回受ければ、合格圏内に届く筈です♪」

「え、えぇ……? いえ、確かにそう考えたらそうかもしれませんけれど……」

 

 ハナコの能天気な発言に戸惑いを見せるヒフミ。彼女の場合、本気なのか、冗談なのか分からないのだ。先生は一通り皆の成績を確認した後、満足そうに頷き、口を開いた。兎にも角にも、幅はあっても皆成績は向上している。これは良い傾向だった。

 

「皆頑張ったね、目に見える形で成績が上がっているよ、これなら第二次特別学力試験は大丈夫そうだ」

「は、はい! この調子でしたら、思ったよりも早く目標に届くかもしれません!」

「うん、必ずや任務を成功させて、あの可愛い奴を受け取ってみせる、それが私が此処に居る理由で在り、戦う目的だ」

「え、あ、アズサちゃん!? 私達が此処に居る理由は試験と勉強であって、目的は落第を免れる事ですよ!? 目的がすり替わっていませんか……!?」

「ん? ……あぁ、そんな事もあったな、ついでにそれもやっておこう」

「ついで!? あうぅ……も、モモフレンズファンとしては嬉しくもあるのですが……」

 

 嬉しいような、戸惑う様なヒフミの表情。どうやらアズサにとっては、この試験はモモフレンズの縫い包みを手に入れる為のものであるらしく、進級は二の次らしい。どうやら彼女のモチベーション管理が効きすぎた様だった。その様子に、残りのメンバーは苦笑を零す。

 そんな折、ふと電子音が教室に鳴り響いた。

 

「……?」

「あら?」

 

 唐突に聞こえたそれに、皆が目を瞬かせる。それは正面玄関から誰かが入出した場合に鳴る音だった。元々利用者は補習授業部のみと考えていたので、業者やその他の生徒が出入りした際に分かる様、日中は入所通知をオンにしていた。しかし、この時間帯に来客というのは珍しい。

 

「来客でしょうか?」

「みたいですね、食材の配達は頼んでいませんし、一体……」

「あっ」

 

 その音に気を取られていた先生は、不意に声を漏らす。

 そして、直ぐ脇で勉学に勤しんでいたアズサに視線を向けた。脳裏を過るのは一点、彼女の徹底的とも云える戦場思考。

 

「アズサ……」

「うん?」

 

 彼女は先生に名を呼ばれ、一体なんだとばかりに疑問符を浮べていたが、少しして視線の意図を理解したのか、どこか満足気に笑って云った。

 

「あぁ、心配するな先生――侵入者対策に、ちゃんとトラップは仕掛けてあるぞ」

「――えっ?」

 

 アズサの言葉に、ヒフミは思わず声を上げた。

 トラップ? それって、もしかしてロビーに? 隣に立っていた先生は、ヒフミの表情が一気に悪化するのが良く分かった。当たり前ではあるが、来客があった場合、まずはロビーを通るのだから。

 

『し、失礼致します……あの、どなたかいらっしゃいますか?』

「あら、この声は――」

 

 ハナコが聞き覚えのある声に反応した直後。

 

『へっ? きゃあぁああッ!?』

 

 廊下に鳴り響く、甲高い悲鳴。それにコハルは飛び上がり、ハナコは僅かに肩を震わせた。悲鳴を聞いたアズサはトラップがきちんと動作した事を確信し、達成感を滲ませ頷いている。

 

「うん、ちゃんと起動したみたいだ、良かった」

「あ、アズサちゃん、一体何を!?」

「前に云われた通り、殺傷性のないトラップにしてあるぞ? 前に先生が掛かったタイプと同じ、ワイヤーを利用して足を絡め捕るタイプのものだ、さぁ、鎮圧に行こう」

 

 云うや否や、机の傍に立て掛けていた銃を手に取り、ふんすと鼻を鳴らす。そうこうしている間にも扉の向こうからは戸惑う声が響いており、ヒフミは顔を真っ青にしながら右往左往していた。

 

『こ、これは一体……!? と、取れなっ、う、動きが……』

「さぁ、標的が逃げる前に続け!」

「あ、アズサちゃんんんッ!?」

「せ、先生、止めなかったの!?」

「いやぁ、駄目って云うと露骨にしょんぼりするからさ……」

 

 コハルの叫びに、先生は申し訳なさそうに頬を掻く。一応、トラップを仕掛けて良いか? と事前に確認はされていたのだ。最初は駄目だと突っぱねていたのだが、その内、「どうしても駄目だろうか……」と悲しそうに云ってくるものだから。なら、殺傷性がない、余り危険じゃないものなら良いよと口にしてしまい――その時のアズサの喜ぶ顔と云ったらもう、お日様の様だった。

 

「――うん、先生、生徒の笑顔には弱いんだよね」

「いや、今そういう話してないから!?」

 

 コハルは今日も突っ込みが冴えているね。

 先生も鼻が高いよ。

 でも仕方ないのだ。先生とは、そういう生き物なのだから。

 

 ■

 

「う、うぅ……」

「だ、大丈夫ですか!? お、お怪我は……!?」

 

 教室を飛び出し、ロビーへと到着した皆が見たのは、いつぞやの先生の如く宙吊りにされる修道服の少女の姿だった。彼女は両足を吊り上げられ、残った両手で必死に捲り上がりそうになる衣服を抑えながら、笑みを浮べようとしていた。

 

「きょ、今日も平和と、安寧が……う、うぐ……あなたと共に、痛っ、あ、ありますように……」

「まずご自分の安寧を心配して下さいッ!?」

 

 両足に食い込むワイヤーに顔を引きつらせながら、そんな事を口走る彼女にヒフミは思わず叫ぶ。そして遅れてやって来たハナコは、その吊り下げられた生徒――マリーを見て、驚いた様な声を上げた。

 

「あら、マリーちゃんじゃないですか」

「あ、は、ハナコさん……それに――」

 

 マリーの目がハナコを捉える。そして、その背後に立つ見慣れた背丈の――先生を目視し、頬を真っ赤に染めた。

 

「せ、先生っ!?」

 

 叫び、思わず身体を宙で揺らす。ワイヤーがギシリと軋みを上げ、自分の恰好を自覚したマリーは必死に両腕を伸ばし、捲り上がるスカートを戻そうとした。しかし、当然の話ではあるが、逆さ吊りの状態で幾らスカートを戻そうと重力に従ってずり落ちて来る。それを抑えるのが精一杯であり、マリーは赤面しながら必死に先生に向かって訴えかけた。

 

「あっ、ちょ、あの、今はちょっと、こ、此方を見ないで頂けると……!」

「なんで?」

「な、何で、って……!」

 

 頬を紅潮させ、ずり落ちる裾を必死に手で押さえるマリーは、若干涙目になりながら僅かでも先生の目から逃れようと身を捩る。先生はそんな彼女を見上げながら、両手を組み、とても真剣な表情で告げた。

 

「素晴らしい覚悟だマリー、特にその剥き出しの足が素晴らしいねマリー、とっても素敵だよマリー、どうかそのままの君で居て」

「な、何を仰っているのですか……!?」

「あと十時間くらいは見ていられるかな」

「じゅ……っ!?」

「え、えっちなのは駄目ッ! 死刑っ!」

「ごっふァッ!?」

 

 しかし、マリー鑑賞会へと洒落込もうとしていた先生の横腹を、コハルの頭部が強かに抉る。キヴォトスの生徒の攻撃は凄まじい衝撃と共に先生の体を突き抜け、くの字に折れ曲がった先生の肉体はそのまま廊下の上へと打ち捨てられた。

 

「せ、先生!? あーっと、えぇっと、と、取り敢えず早く下ろしましょう! あっ、今度はゆっくり、ゆっくりですよアズサちゃん!?」

「う、うん……?」

 

 吹き飛ばされた先生と吊り上げられたマリーを交互に見て、先に彼女の方をどうにかするべきだと判断したヒフミは、絡まったワイヤーをどうにかするべく動き出す。アズサは銃を持ったまま、「撃っては駄目なのか……?」という表情で目を瞬かせていた。残念でも何でもないが、彼女は襲撃者ではない。れっきとしたトリニティの生徒であった。

 

 ■

 

「はい、お水」

「あ、ありがとうございます……」

 

 マリー逆さ吊り騒動から数分後。

 無事、救助された彼女はコハルから差し出されたカップを両手に、何とか人心地ついていた。補習授業部の教室へと招かれた被害者ことマリーは、その修道服を正しながら穏やかに微笑んでいる。しかし、その奥には僅かな疲労と羞恥心が透けて見えた。

 

「いや、何と云いましょうか、とてもビックリしました……ロビーの方に踏み入った途端、何かが足に絡み付いて、突然天井に引っ張られたと思ったら、あのような事に……」

「うん、センサー式のワイヤー射出機だ、遠隔操作も出来る優れものだぞ? 肝心のセンサーは少し値が張ったが、残りは廃材でも上手く組み合わせると――」

「アズサちゃん?」

「むぐっ」

 

 マリーに対し、仕掛けたトラップの有用性を説いていたアズサだが、ヒフミの何処となく圧力がある言葉に口を噤む。そして何を求められているのかを察し、マリーに向けてそっと頭を下げ謝罪を口にした。

 

「その……ごめん、てっきり襲撃かと」

「え、えぇと? 良く分かりませんが、特に怪我もありませんでしたし、お気になさらず……」

 

 そう云って手を振るマリー。相変わらず優しさが上限突破している。先生はそっとマリーに向けて手を合わせた。コハルが訝し気な表情で此方を見つめていた。思わず背後を見た、しかし誰も居なかった。

 

「ところで、シスターフッドの方が一体何故このような所に……?」

「えっと、それはですね、此方に補習授業部の方々がいらっしゃると聞きまして……ただ、ハナコさんが在籍しているとは存じておりませんでした」

「ふふっ、私も、成績が良くないので」

「そう……でしたか、はい」

 

 ハナコは微笑みと共にそのような言葉を口にするが、対するマリーの返答はどこかぎこちない。二人のやり取りを見ていたコハルは、意外そうな表情でハナコに問い掛けた。

 

「ハナコ、知り合いなの?」

「えぇ、少しだけご縁がありまして……それより、マリーちゃんは私を訪ねて来た、という訳ではないんですよね、補習授業部には、どういったご用事で?」

「えっと……」

 

 ハナコの問いかけに一瞬言葉を詰まらせたマリーは、持っていたカップを机に置くと、背筋を正してアズサへと視線を向けた。

 

「本日は補習授業部の白洲アズサさんを訪ねて此方に参りました、伺った所、此処にいらっしゃると聞きまして」

「うん、私?」

 

 まさか自身が目的だとは思わず、アズサは首を傾げる。当たり前の話ではあるが、アズサにはシスターフッドの知り合いなど居ないし、面識もない。そんな彼女が自分に用事など、思い当たる節が一つもなかった。

 

「はい、実は先日アズサさんが助けて下さった生徒の方から感謝をお伝えしたいとの事でして――諸事情あり本人が出向けない為、私がこうして代理を」

「感謝……? 悪いけれど、身に憶えがない」

「恐らくアズサさんにとっては、何て事の無い出来事だったのかもしれませんね、しかし、当人からすればとても有難い事だったのだと思います――その、クラスメイトの方々から、いじめを受けてしまっていた方がいらっしゃいまして……その日もどうやら突然、校舎裏手に呼び出されてしまったのだと聞きました」

「え、えぇっ……!?」

「いじめ!?」

 

 マリーの言葉に、補習授業部の面々が声を上げる。特にコハルなどは眉を吊り上げ、怒気を隠さない。ヒフミは、怒りよりも戸惑いの方が強い様子だった。

 

「……まぁ、聞かない話ではありませんね、皆さん狡猾に、それに陰湿な形で行うせいで、あまり表には出て来ませんが……」

 

 呟き、ハナコは目を伏せる。

 残念ながら、こういった行為が無くなる事はない。特にトリニティに於いては、表沙汰にならないだけでこういった悪質な嫌がらせは横行していると云っても良い。ちょっとした身の回りのモノを隠したり、棄てたり、或いは集団で無視したり、そこまで露骨でなくとも、それとなく距離を置いたり――派閥間のパワーバランス、そして所属によってそれらの関係も少々変わっては来るが、その派閥内でもまた、カーストや立場が存在する。これは、トリニティの成り立ちと校風が密接に関わっている為、そう簡単に切り離せる事柄でもない。

 ハナコはふと、先生が口を噤んでいる事に気付き、それとなく視線を向けた。

 そこには、能面の様な表情を浮かべて先生が佇んでいた。

 

「……ッ」

 

 思わず、息を呑む。

 その、普段の先生からは想像もつかない冷たい気配に、一瞬身が凍った。瞳は昏く、口元は固く結ばれ、その両手は力強く握り締められている。その瞳が何を見つめているのかは分からない、けれどハナコは、先生のその瞳を向けられる事を、酷く恐れた。

 

「――っと、ごめん、ハナコ……ちょっと、気が緩んでいた」

「いえ――」

 

 先生は、ハナコの視線に気付くや否や、先程までの雰囲気を一変させる。苦笑を浮べ、後頭部を乱雑に掻く先生はいつもの彼だ。その、急激な変化にはさしものハナコでさえ戸惑った。先生の内に秘めた激情、その欠片に触れた彼女が何を思うのか、それはハナコだけが知っている。

 

「――私達も、その方から相談を受けて漸く知ったのですが……呼び出されてしまった日に、そこを偶然通りかかったアズサさんが彼女を助けてくださったとの事です」

「そ、そうなんだ……アズサ、凄いね」

「ん――そういえば、そんな事もあったな、ただ数にモノをいわせて弱い対象を虐げる行為が目障りだっただけだ」

 

 アズサは、腕を組んだまま鼻を鳴らし、そう吐き捨てる。彼女にとって、それは正義感や倫理観から取った行動ではないのだろう。ただ、自身が気に入らないから、正しいと思えないから、そうした。それは彼女の中に、確固たる線引きがある証拠でもあった。

 マリーはそんなアズサの言動に感心しながら言葉を続ける。

 

「しかし、その後アズサさんに怒られた方が、正義実現委員会と連絡を取られて……どこで情報が捻じ曲がったのかは分かりませんが、何やら正義実現委員会とアズサさんの間で大規模な戦闘に発展してしまったとか……」

「そ、そう云えばアズサちゃん、初日に正義実現委員会で……」

「連行されていたね、確か」

 

 先生がそう云うと、皆が初日の光景を思い出す。確か拷問されても口は割らないとか何とか口にしていたな、と。

 

「そうしてアズサさんが催涙弾の倉庫を占拠し、正義実現委員会を相手にトラップを駆使して三時間以上交戦を続けたと――」

「そ、それって、やっぱりあの時の事じゃん!?」

「うん、何がどうあれ売られた喧嘩は買う、あの時も弾薬さえ不足しなければもっと長く戦えていたし、もっと道連れも増やせた」

「み、道連れですか……」

 

 ヒフミが口元を引き攣らせ、呟く。一応、相手は正義実現委員会――トリニティに於いて戦闘のプロと云っても差し支えない。そんな彼女達相手に道連れとは、穏やかではない。その戦闘能力を正しい方向へと使えれば……マリーや先生の件を考えると、そう思わずにはいられなかった。

 

「それで、その方が報告を兼ねて私達の元を訪れて下さり、アズサさんに感謝をしたいと……ただ、学園内では見つけられず、此処に辿り着いたという次第です」

「……そうか、だが別に特別感謝される事でもない、結局私も最終的には捕まった訳だし」

「つ、捕まったのは余り関係ないんじゃ……」

「む、しかし敵に捕まっては元も子もないだろう」

「いや、何でそうなるのよ……」

「――それに気の毒だけれど、いつまでも虐げられているだけじゃ駄目、たとえそれが虚しい事であっても、抵抗し続ける事をやめるべきではない」

「……そうかもしれませんね、その言葉、確りと伝えておきます」

 

 アズサがどこか真剣な、それでいて強い意志を秘めた口調でそう告げれば、マリーは彼女に向けて恭しく一礼する。そこには自分達の代わりに生徒を助けてくれた、アズサへの敬意と感謝が込められていた。

 顔を上げたマリーは、どこか安堵した様に微笑んで見せる。

 

「アズサさんは、暴力を信奉する氷の魔女……そんな噂がありましたが、やはり噂は噂ですね」

「うん……?」

「ふふっ、それはそうですが、アズサちゃんは意外と氷の魔女らしいところもありますよ? ほら、他の方からするとちょっとだけ表情も読みにくいですし♪」

「むっ、そんな事はないぞ、ハナコ」

「あー、でも、確かに、いつも仏頂面だし」

「む、む……? そう、だろうか」

「ペロロ様の真似でもしてみたらどうかな」

「せ、先生、流石にそれは……」

 

 先生の突拍子もない提案に、ヒフミは思わず口を挟んだ。しかしアズサは少し考え込んだ後、ヒフミのバッグを凝視し、軈て口を開く。

 

「……つまり、白目を剥いて舌を出せば良いのか?」

「――過酷だね」

「先生!?」

「あぁ、冗談だからやめてねアズサ、先生、コハルに処されちゃうから」

「しょ、処されるって何!? そんな事しないもん!」

 

 コハルは顔を真っ赤にして否定するが、恐らくアズサが実演すれば即座に死刑にされるだろう。先生は強くそう思った。いや、どうせ処されるのならついでにダブルピースも付けて――駄目だ、止めておこう、殺意が形を伴って飛んで来る、そんな予感、いや確信がある。

 それにそういう事は良くない、大人として、先生として恥ずべき行為だ。生徒にそのような事をさせるなど、教職者の風上にも置けぬ。先生は自制の出来る立派な大人であった。

 

「……マリーちゃん、元気そうで良かったです」

「はい、私は……ですが――」

「ふふっ、続きは後で……玄関まで送りますよ、さぁ、一緒に行きましょう」

「あ……はい」

 

 ハナコはそう云って立ち上がる。「お水、ありがとうございました」、そう口にして一礼したマリーは、椅子を引きハナコの後に続いた。

 

「では、私はマリーちゃんを見送って来ますね」

「みなさん、お邪魔いたしました、先生も、急に訪ねて来てしまってごめんなさい」

「ううん、またいつでも歓迎するから」

「ありがとうございます……――あぁ、それと」

 

 マリーはふと、然も今思いついたとばかりに手を合わせ、先生の傍へと駆け寄った。その手を先生の肩に掛け、耳元に口を近付ける。シスターフッド制服のウィンプル、そのベールが先生の頬を擽った。突然の事に、先生は目を瞬かせる。

 

「マリー?」

「……命の木の番人(ケルーベイム)より、ご連絡を」

 

 そっと、囁く声が先生の鼓膜を刺激する。

 マリーの細い指先が、先生の肩を強く掴んだ。

 

「煌めく炎の剣は――契約の箱の上に」

「………」

 

 その言葉を聞き届け――先生は、そっと目を伏せた。

 それが、今出来る精一杯の返事であった。

 

「……? マリーちゃん?」

「すみません、少し――先生の肩に埃が」

 

 マリーは素早く身を翻すと、そう云って何かを摘まむ動作を見せる。先生が小さく礼を口にすると、彼女はいつも通り微笑み、丁寧に一礼を見せた。

 

「それでは、また――先生」

 

 深く頭を下げた彼女の表情は、影になって良く、見えなかった。

 

 ■

 

「さぁ、では洗濯の時間ですよ~♪」

 

 夜、宿泊部屋にて。

 今日も今日とて入浴を済ませ、就寝の準備を整えている皆の前に、ハナコが籠を持って高らかに告げた。両手で抱える程の籠を持ちながら満面の笑みで皆を見るハナコは、それを地面に置きながら朗々と言葉を続ける。

 

「皆さん制服や下着、靴下など、洗うものは全部この籠に入れて下さいね♡」

「うん、ありがとう、宜しく」

「あ、はい……はいっ!? し、下着もですか……!?」

「な、なんで!? 下着は各自で良いでしょ!?」

 

 合宿期間もそろそろ長引き、洗濯の必要も出て来る頃合い。アズサは何でもない様子で下着やら何やらを籠に放り込んでいるが、ヒフミやコハルは抵抗があるのか、それらを入れる様子はない。アズサはバッグから次々と洗濯が必要な衣類を引っ張り出しながら、そんな二人を不思議そうな目で見ていた。

 

「ん……? 洗濯はまとめてした方が洗剤と水、それに時間の短縮になる、ハナコの云っている事は合理的だ、集団行動に於いて役割分担は重要だろう?」

「あ、うぅ……それは、そう、ですが……わ、わかりました、では、お願いします……」

「え、えぇ……いや、まぁ確かに正論かもしれないけれど……私がおかしいの……?」

 

 アズサのどこまでも真面目腐った表情に押され、二人は渋々洗濯籠に自身のそれを入れる。その様子をハナコはとても満足そうな表情で見ていた。余り衣類の入っていなかった籠も、四人分の洗濯物が投入されると見る見る埋まっていく。せめてもの抵抗なのか、ヒフミもコハルも、自身の下着類はシャツやスカートの中に隠す形で預けていた。

 

「はい、ありがとうございます♡ 洗濯が終わったら外で干して、皆さんにお返ししますからね♪」

「うん、お願い……あ、そう云えば先生のは?」

「へぁッ!? あ、アズサちゃん!?」

 

 アズサはふと、そんな事を口走る。ヒフミが驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げれば、当のアズサは目を瞬かせながら、「一体どうしたんだ、ヒフミ」と何でもないかのように問いかけた。

 

「え、いや、だって今、先生の分も一緒にって……!? あ、いや、別に一緒に洗うのが嫌とか、そういう訳ではないのですけれど、流石に、その、色々と問題があるような……!」

「問題? 四人分洗うのも五人分洗うのも同じだと思うけれど……何か違うのか」

「そ、そういう話じゃなくて……!」

「あ、先生の下着は既に私が確保してありますので♡」

「そうなのか」

「えっ……はぁ!?」

「は、はいっ!?」

 

 トンデモ発言に続く非常識な言葉。ヒフミは余りの事態に硬直し、コハルは目を猫の様に絞りながら真っ赤になっていた。

 どこか楽し気に笑うハナコは、徐に籠の中から一枚の布切れを取り出す。それは、彼女達にとって未知の布だった。

 

「――はい、こちら先生の下着になりま~す♡」

 

 そう云って掲げられるソレは、紛れもない先生のパンツ。

 具体的に云うと先生が洗濯する用に保管していたクローゼット下段、洗濯籠に入っていた代物である。宛ら勇者が専用のアイテムを掲げるが如く、蛍光灯に照らされたソレは物理的にも輝いて見えた。

 

「わぁっ!? は、ハナコちゃん!? さ、流石に不味いのでは……!」

「な、何考えてんの!? へ、変態! 変態ッ!」

「ふむ……女性用のものとは随分違うんだな」

 

 二人が顔を真っ赤にして騒ぐ中、アズサはしげしげと先生のパンツを眺める。色は紺色で、女性用のそれと比較すると布面積が多い様な気がした。ハナコはそれを両手で摘みヒラヒラと揺らしながら、満面の笑みで口を開く。

 

「アズサちゃん、このパンツはボクサーパンツと云ってですね――」

「変な事をアズサに教えるな変態ッ! い、良いから早くそれ仕舞いなさいよぉ!?」

「こ、こんなのなんだ、先生、こんなパンツ履いているんだ……!?」

「二人共顔が真っ赤だ、風邪か? 無理は良くない」

「あらら、ちょっと刺激が強すぎましたか……それなら洗濯機回して来ちゃいますね♪ 何の問題もなければ、きっと明日の朝までには乾かすところまで終わる筈ですから」

 

 ハナコは二人の錯乱を見て取り、これ以上はやめておいた方が良いと判断。先生の下着を籠の中に放り込むと、鼻歌を歌いながら洗濯所へと歩いて行った。その背中を見送ったヒフミとコハルは、深い溜息を吐き出す。

 

「はーっ、ほんと、心臓に悪い……うぅ!」

「うぅ……ど、どうしましょう、明日から先生の顔を直視出来ない気が……」

「………? 良く分からないが、そろそろ寝る準備をした方が良いぞ、二人共?」

 

 ■

 

 それから、少し後の先生。

 

 生徒達と時間をズラしてシャワーを浴び終わり、部屋に戻るや大雑把に髪を拭う。明日に向けた模擬テストの準備、授業資料などは纏め終ったので、後は少しばかり休憩し就寝するばかりとなった頃。

 

「っと、そうだ、そろそろ洗濯分の衣類を纏めないと――」

 

 先生はふと、そろそろ洗濯する必要があったと思い出し、備え付けのクローゼットを開けた。合宿所には洗濯機も完備してあり、二台ほど並んで設置されている。今日の内に回してしまえば、明日の朝には洗濯が終了しているだろうし、少し早起きして干してしまおう――そう考えたのだが。

 

「……ん?」

 

 先生がクローゼットの中を覗くと、洗濯物を入れていた籠ごと全部無くなっている事に気付いた。

 

「あれ、おかしいな――」

 

 思わず首を傾げ、周囲を見渡す。一応、思い当たる場所を全部探そうとクローゼットを隅々まで見渡したが、見つかる事はなく。

 暫く思案に暮れ、天井を見上げた後、先生はぽつりと呟いた。

 

「……………うん、まぁいっか」

 

 心当たりがあり過ぎる為、先生は深く考える事をやめた。

 


 

 涙と嗚咽を零すサクラコ様に「ありがとう」って笑って撃ち殺される先生書いていたら一万字超えそうになって慌てて掻き消しましたわ。パンツの話から突然先生のド頭ぶち抜かれる話になって、自分で読んでいてコイツあたまおかしいんか? ってなりましたわ。感情のジェットコースターですわ~! でも癖になってんだ……先生の死に際書くの……。補習授業部の前で先生に地雷踏んで貰って足吹き飛ばしてぇな~、私もなぁ~。それ位ならメリーゴーランドで済むのでは???

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