ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告を見る時はね、誰にも邪魔されず、自由で、何と云うか救われていなきゃ駄目なんだ。
今回は一万六千字ですってよ。


あの日見上げた、星の輝きを

 

『――どうしますか、先輩?』

「どうしますも何も――」

 

 電話口から響くイチカの声に、ハスミは言葉を詰まらせた。行かない、という選択肢は存在しない。しかし、てっきり万魔殿かゲヘナ風紀委員会が攻め込んで来たとばかり考えていたハスミは、その対処に一瞬苦慮する。ゲヘナが明確に敵対してきたのならば問題ない、しかし、相手が公的組織ではない、テロリスト集団の暴走となると――。

 

『――というか、早くご命令を頂かないと、ツルギ先輩が発射……飛び出しちゃいそうっすけれど』

「つ、ツルギは取り敢えず止めて下さい」

『いやー、無理っすよ、ハスミ先輩以外じゃそうそう止められな……あっ、ツルギ先輩! 行かないで下さいッ!? そっちはドアじゃなくて壁――』

 

 そして端末の向こう側から鳴り響く爆音、破砕音。それに巻き込まれたのか、ハスミの持つ端末は電子音を鳴らし通信途絶状態に。ハスミは数秒、規則正しい音を鳴らすそれを凝視し、沈黙を守る。

 

「………」

「むっ、爆発音に……銃声だな、音からして此処から一キロ圏内という所か」

「え、えぇ……」

「はぁ……」

 

 アズサが店の外から聞こえてくる爆発音に、凡その距離を呟く。唐突な戦闘音にヒフミは困惑を隠せず、ハスミは酷く疲れた様に溜息を吐いた。美食研究会はどうやら、直ぐ傍まで迫っているらしい。

 

「皆さん、突然の事ですみませんが……お力添えをお願い致します」

「えっ、わ、私達ですか!?」

 

 ハスミが端末をポケットに仕舞いながらそう告げれば、ヒフミは目を丸くしたまま飛び上がる。アズサはいつも通りの仏頂面、ハナコはその表情に理解の色を浮かばせていた。

 

「今はエデン条約を目前に控えた、色々と過敏な時期です、この問題が傍から見てトリニティとゲヘナ間の衝突と捉えられてしまうと、エデン条約にどのような不具合がおきるか……想像に難くありません」

「そ、それは……」

「うん、確かに」

「そうですねぇ……と、なると」

 

 ハナコの視線がそっと先生に向けられ、当の本人は微笑みながら頷いて見せた。

 

「――私の出番かな?」

「はい、補習授業部とシャーレ、特に後者が主導で解決する構図が望ましいかと……厚かましいお願いである事は重々承知しておりますが、先生、お願い出来ますか?」

「勿論――皆も、力を貸して貰って良いかな?」

 

 先生がそう云って補習授業部を見れば、彼女達は愛銃を抱え、力強い返事をしてくれた。

 

「当然、先生の指示に従う」

「い、いきなりの戦闘ですか……自信はないですけれど、が、頑張ります!」

「ふふっ……まぁ、先生がそう仰るのであれば♡」

「あっ、わ、私も……? 先生と、ハスミ先輩と……一緒に?」

 

 コハルは思わず、困惑と期待に満ちた瞳を向ける。ハスミは小さくコハルの頭を撫でつけると、どこか嬉しそうな笑みを浮べながら呟いた。

 

「いつかこうして肩を並べる時期が来るとは思っていましたが……想像よりも早かったですね、コハル」

「は、はい! 頑張ります……!」

 

 気概は十分、小さく震えながらも口を固く結んで、煌々と燃える闘志を見せるコハル。憧れの先輩との共闘、それで昂らない何てあり得ない。そう云わんばかりの雰囲気に、補習授業部の皆も顔を見合わせ、頷く。

 

「そういえば、しっかり先生の指揮の下で戦うのは初めてか……遠慮は要らない、先生、私の事は存分に使って」

「と、取り合えず先生に従っておけば、間違いないかと……」

「む、ヒフミは先生と一緒に戦った事があるのか?」

「あ、あはは……えっと、ちょっとだけ」

「そうですね、先生の指揮、そしてサポートがあれば――」

 

 告げ、ハスミは先生を見る。先生は腕章に触れ位置を正すと、持っていたシッテムの箱を指先で叩いた。

 

「よし、それじゃあ始めよう――アロナ」

『はい! 久々の出番ですねっ! オペレーティングシステム、戦術指揮モードを起動します!』

 

 備えあれば憂いなし。電子音が鳴り響き、シッテムの箱、その液晶にトリニティ周辺の地形データが表示される。そして一拍置いて、逃走する美食研究会の現在位置、武装、それを追跡する正義実現委員会の詳細までが事細かに映し出された。

 表示されたコンソールに文字列を入力しながら、先生は全員に視線を向ける。

 

『データ解析完了、個別パターン承認、回路形成、先生から生徒へ、相互パス構築――完了! 情報転送開始します!』

 

 補習授業部とハスミのヘイローを、シッテムの箱と接続(リンク)させる。瞬間、先生を中心に青白い光が弾け、彼女達のヘイローが輝き、手足に小さな痺れが奔った。

 

「うぅ……!?」

「っ!?」

「これは――」

 

 先生のサポートを受けた事が無かったコハル、ハナコ、アズサが、自身の視界に走るノイズに目を瞬かせる。しかしそれも一瞬の事で、再び目を開けた時、そこに表示される情報の数に思わず驚愕した。

 

「視界に直接情報を……? それに、この情報量は一体――」

「今、皆のヘイローを介して私の端末からリアルタイムでサポートを行っている、敵の位置情報と詳細な指示を送るから、その都度従って欲しい、最初は慣れないと思うけれど、副作用とかはないから安心してね」

「これは……凄いな、銃の残弾や地形情報まで見えるのか」

「自分に銃口が向けられた時は警告と弾道予測線なんかも見えるから、上手く活用して」

「――正に、至れり尽くせり、ですね」

 

 アズサは単純にその情報量と利便性に目を輝かせ、ハナコはその技術にどこか畏怖の感情を覗かせる。コハルはただ目を白黒させ、表示される立体表示(矢印や数字)に手を伸ばし、触れようとしていた。しかしそれらに触れる事は出来ず、慌てて手を引っ込めたコハルは、いつも通り凛とした立ち姿のハスミに気付き声を掛ける。

 

「は、ハスミ先輩は驚かないんですね……?」

「えぇ、先生が着任してから何度か、指揮を執って頂いた事がありましたから――それと先生、可能であれば正義実現委員会の全体指揮もお願いしたいのですが」

「えっと、それは――良いのかな?」

「問題ありません、実働部隊の端末へのアクセス権を既に送っておりますので……これは方便でもありますが(シャーレが主導した証明)、実利でもあります」

「……分かった、流石に数が多いからリンクは出来ないけれど、正義実現委員会の臨時指揮権、受け取ったよ」

「えぇ、お願いします」

 

 先生は受け取ったアクセス権から正義実現委員会の端末にアクセスし、各班の詳細な動きを把握する。現在進行形で行われる美食研究会の逃走劇、これを収拾させる為の鍵は先生と補習授業部が握っている。

 しかし、其処に気負いは見られなかった。

 補習授業部は先生を信頼し、先生は生徒()を信頼している。

 

「さて、それじゃあ安全第一に行こう、無理をせず、力を抜いて、いつも通りに――ヒフミ?」

「は、はい?」

「――号令、お願い」

 

 一瞬、「私ですか!?」という表情をしたヒフミは、しかし。周囲から向けられる視線を感じ取り、辛うじて言葉を呑み込んだ。補習授業部の皆は、それが当たり前の事であるかのように受け入れ、待っていたのだ。

 まだ実感なんて殆どなくて、殆ど肩書だけのものだと思っていたけれど。

 それでも――阿慈谷ヒフミ(わたし)は。

 補習授業部の部長、その片鱗を覗かせた彼女は拳を握り込み、そしてヤケクソ気味に突き上げ叫んだ。

 

「ほ、補習授業部、出撃ですッ!」

「おーッ!」

「お、おー……?」

 

 そして、夜の大捕り物が始まった。

 

 ■

 

「……?」

 

 ふと、逃走を続けながら背後に射撃を繰り返していたハルナの足が止まった。片腕でフウカを抱え、もう片腕で狙撃を行う。優れた体幹と経験の為せる業である。尤も、その殆どは美食を追い求める間に磨かれたものだったが――その中にある、美食家としての勘が妙な警告を発していた。背後に続いていたジュンコが足を止めたハルナに気付き、愛銃を抱え直し、牽制程度に銃撃を行いながら問いかける。

 

「っと、急に止まって、どうしたのハルナ!?」

「いえ、何か……向こうの動きが変化したような気が――」

 

 美食研究会を追いかけ、走り回る正義実現委員会。その動きを観察していたハルナは、その両目を細めながら呟いた。先程までは愚直に此方を追い回し、発砲していた彼女達だが――先程より数が減っている。

 撃退したから? 否、確かに攻撃自体は加えているがそれは殆ど足止め目的、ハルナ自身、意識を刈り取った部員は二桁にも届くまい。そして先程は兎に角此方を捕まえようと躍起になっていたが、今は寧ろ不気味なほどに距離を詰めて来ない。要所要所で詰める気配は見せるものの、じっとこちらを伺う様に一定の距離を保っているのだ。その動きがどうにも、ハルナには不気味に思えて仕方なかった。

 すん、と鼻を一つ鳴らしたハルナは、じっと正義実現委員会を見つめながら告げる。

 

「先程までも班単位では動けていましたが、ほんの数分前から何か、正義実現委員会全体での動きに切り替わった様な気がして……」

「深読みし過ぎじゃない? っていうか、いつまで追いかけて来るの連中……!?」

「それは勿論、私達がこのゴールドマグロを返すまででしょうね~」

「うぅ、お腹空いたお腹空いたーッ! へぶっ!?」

 

 遅れていたイズミとアカリが追いつき、イズミは抱えていたマグロの尾に再び引っ叩かれる。先程から彼女の腹の虫は何度も鳴り響き、その限界が近い事は明らかであった。それは他の美食研究会の面々も同じで、このゴールドマグロを食すために態々昼食まで抜いて来ている。一刻も早く食事にありつきたいというのは皆、共通の想いだった。

 

「あっ……! 皆さん、此方の裏路地に丁度良い逃走経路がありましたよ☆」

「えっ、ラッキー! こっち通れば近道じゃん!」

 

 そんな事を考えていると、先の通路を見渡していたアカリがふと、店と店の間にある狭い路地裏に気付いた。地図に記載されていない其処を抜ければ、次の交差点まで一直線であり、想定していた逃走ルートよりも遥かにショートカット出来る。ジュンコはそれを察していの一番に駆け出し、ハルナとイズミもその背中に続いた。

 

「ふふっ、これは幸運ですね、追手が詰めてくる前に進むとしましょう」

「ま、待ってよ~!」

 

 先頭にジュンコ、次にアカリ、ハルナが続き、最後にマグロを抱えたイズミが裏路地に入り込む。そして僅かばかりの直線を終え、交差点へと飛び出そうとした瞬間。

 

「むっ――ジュンコさん!」

「えっ、何、アカ――……」

 

 アカリが何事かを叫ぼうとするより早く、ジュンコの頭上に何かが飛来し、炸裂した。通常のグレネードよりも数段上の威力と衝撃波。その煽りを真正面から受けたジュンコは吹き飛び、アカリと衝突。そのまま後続の面々を巻き込み、来た道を逆行する形で吹き飛んだ。

 

「どわぁあッ!?」

「ま、マグロがぁ~~~ッ!?」

「ぐぇっ」

 

 強烈な爆発は爆炎と衝撃を生み出し、イズミの抱えていたゴールドマグロをこんがり焼き上げ、そのまま地面にぐったりと横たえる。ハルナは衝撃で地面に転がったフウカを慌てて抱え直しながら、香ばしい匂いを放つゴールドマグロを見下ろし、酷く残念そうに呟いた。

 

「あら、ぜひお造りの形でと思ったのですが……天ぷらになってしまいましたね」

「うーん、ごめんなさい、どうやらこの道は罠だったみたいです☆」

「あぁぁあああ……せ、折角の御馳走がぁ……!」

「いった~ぁ……って、や、やばっ、これヤバくない!?」

 

 ジュンコが衝撃で目を廻しながらも必死に立ち上がり、周囲を見て叫ぶ。先程まで距離を詰めて来なかった正義実現委員会の部員が、吹き飛ばされた美食研究会を見るや否や、一気に詰めてきていたのだ。路地裏を見れば既に向こう側から幾つもの銃口が向けられており、先回りされていたのだと分かる。

 アカリは香ばしく焼き上がったゴールドマグロに未練がましく縋り付くイズミを宥めながら、油断なく愛銃のボトムレスを構え呟いた。

 

「……気付かない内に誘導されていた様子ですね」

「これは――どうしましょう?」

「あっ、そうだ! バラバラに逃げたら生存率上がるんじゃない!? 誰かに追手が集中しても、恨みっこなしでッ!」

 

 云うや否や、ジュンコは両手のARを振り回し、無理矢理突破口を開くと予定ルートとは異なる方向へと駆け出す。兎にも角にも逃走第一と云った風な余りにも堂に入った逃げっぷりに、他の面々は面食らいながらも納得の色を見せる。

 

「なるほど、良いアイディアですねジュンコさん☆ では、足の速さ次第ですが弱肉強食という事で♪」

「ふふっ、そうですわね、運任せとなりそうですが、それもまたスパイスのようなもの! それではっ!」

 

 アカリはボトムレスのアンダーバレル・グレネードランチャーを使用し、ハルナは正確に前方を塞ぐ数名をヘッドショットする事によって活路を開く。そして各々が別々の方向に逃げ出したのを見て、ひとり残されたイズミは慌てて後を追い出した。

 

「え、えぇっ!? ちょ、ちょっと待って! 私だけ置いて行かないでぇ~ッ!?」

 

 叫び、慌てて駆け出すも、飛来した一発の弾丸が彼女の足元を弾き、大きく転倒する。

 

「へぶっ、ま、待ってよぉ~ッ! うわーんッ! もう、憶えてなさいよッ、いつか絶対仕返ししてやるんだからぁ~ッ!」

 

 最早砂粒程度の大きさになった健脚の仲間達に恨み言を叫びながら、イズミは周囲の正義実現委員会にデイリーカトラリー(愛用の機関銃)を弾切れまで撃ちまくり、比較的包囲の薄い場所へと突撃して行った。その身に何発もの銃撃を受けながら走り続ける様は、正に重戦車の如く――美食研究会で最も頑丈なのは、恐らく彼女であろう。

 

「くっ、小癪な……! 各自散開し、追撃を! ――先生っ!」

「うん」

 

 その様子をやや遠目から確認していた先生は、自身のタブレットを操作し正義実現委員会の端末へと情報を送信する。

 

「全員の予測逃走ルートを割り出して各正義実現委員会の実働部隊端末に表示させたから、それに従って走れば確実に追いつくよ、相手は散開したけれど誰が誰を追うかは既に指定してある――落ち着いて、着実に行こう」

『りょ、了解しました!』

「ここはトリニティ自治区、私達から、ましてや先生から逃げるなんて事は不可能です――!」

 

 ■

 

「はぁ、はぁッ……こ、ここまで来れば流石に大丈夫だよね……?」

 

 ひとり、先頭を駆けていたジュンコは裏路地の中をやたら滅多らと走り回り、とあるオープンテラスカフェらしき店陰へと潜んだ。息を弾ませながら額に滲んだ汗を拭い、ジュンコは一息吐く。周囲に正義実現委員会の影は見えない、恐らく撒いたのだろう――そう判断し、そっと胸を撫で下ろした。

 

「ふぃー……あー、焦った、でもちょっと勿体なかったなぁ、あのゴールドマグ――」

「――あら、ジュンコさん……?」

 

 ふと、声が聞こえた。

 思わず肩を跳ねさせ、両の腕に持った愛銃を声のした方へと突きつける。しかし、月明かりに照らされたその顔立ちと恰好は酷く見覚えのあるもので。

 

「え……あ、アカリ!? どうしたの、そんなフラフラの状態でッ!?」

「まぁ、端的に云いますと……無理でした☆」

 

 そう、満面の笑みで云うや否や、彼女――アカリは前のめりに倒れ込んだ。

 

「えっ、ちょ、アカリ!?」

 

 叫び、駈け寄るジュンコ。良く見ればアカリの恰好は砂利と血に塗れ、まるで何十人もの暴徒に殴られたかのような様相を呈していた。この数分の間に一体何が――そう戦慄するも、答えは向こうからやって来る。

 アカリが潜んでいた陰から、誰かの笑い声が聞こえた。

 

「――くひひっ……きひひッ!」

「……えっ、な、何!? 何なのッ!?」

 

 思わず後退り、暗闇に目を凝らす。そして次の瞬間、紅い二つの眼光が見えたと思ったら、凄まじい形相と血の匂いを撒き散らす黒と赤が、ジュンコに襲い掛かって来たのだ。

 それは正しく――鬼の形相だった。

 

「きゃはははああァアアアッ!」

「いやああぁああッ! ご、ごめんなさいぃい~ッ!?」

 

 ■

 

「――あら、ジュンコさんにアカリさん」

「いでっ……――あ、ハルナ、あんたも捕まったの?」

 

 美食研究会、逃走劇から数十分後――。

 両手、両足を縛られ、宛ら荷物の様に地面へと転がされるジュンコ。その視線の先には、同じように拘束されたハルナの姿があった。彼女は器用に上半身だけを起こし、壁に背を預けている。場所は頑丈な護送車の中で、人間を十人程度は詰め込めるスペースがあった。ハルナはもぞもぞと動き、近寄るジュンコを見つめながら、ふっと笑みを浮べる。

 

「ふふっ、えぇ、一分くらいは頑張ったのですけれど――」

「短っ……」

 

 そう何でもない事の様に宣うハルナに、ジュンコは思わず呆れかえる。ハルナはフウカを抱えたまま逃走を開始し、その一分後には見事に頭上から強襲され、敢え無くお縄となった。ハルナは今しがた車内に放り込まれたアカリとジュンコを見つめ、呟く。

 

「では、無事脱出に成功したのはイズミさんだけという事でしょうか? 良かったですね、私達の犠牲は無駄ではなかったようです」

「いや、犠牲っていうか、最初はほぼ逆の構造だったけれど……」

「それにしても正義実現委員会、流石はトリニティきっての武力集団ですわ、凄まじい戦闘能力でした」

「あ、それに関しては同感、あのアカリが一瞬で、潰れた缶ジュースみたいになってさ……マジでびっくりして変な声出ちゃった、まぁ、出会った相手が相手だったから、仕方ないと思うけれど」

 

 告げ、ジュンコは苦労して上半身を起こし、そのままハルナを真似て壁に凭れ掛かる。ジュンコとアカリが遭遇した鬼の形相をした生徒は、正義実現委員会の委員長――ツルギであった。つまりトリニティ最強のひとりであり、単独でゲヘナ風紀委員長のヒナともやり合える、正真正銘の化物である。

 ジュンコはあの後、ものの数秒で意識を刈り取られ、アカリと同じように地面に転がる事と相成った。最初の数秒で意識が飛んだので、アカリ程痛めつけられなかったのは不幸中の幸いか。いや、それを幸運と云って良いのかはかなり悩む所であるが。

 分厚い装甲で守られた護送車の中は酷く静かで、外の音は何一つ拾う事が出来ず、ジュンコはどこか不機嫌そうに呟いた。

 

「はぁ~、もう、だからトリニティの本拠地まで来るなんて嫌だったのに……いくら幻の魚だからって、どうして、こう……!」

「それはですねジュンコさん、つまるところ、こういう事ですわ、誰もいない流し台で水が流しっぱなしになっていたら――」

「それ前にも聞いたからっ!」

 

 というか、こうなる度に聞いている様な気もする。「そうでしたか?」と首を傾げるハルナに溜息を零し、ジュンコはこれからの事を憂いた。

 

「……私達これからどうなるのかなぁ?」

「――まぁ、順当に考えて風紀委員会に引き渡しじゃないでしょうか?」

「うわぁ!?」

 

 むくりと、突然起き上がり口を開くアカリ。ボロボロの恰好のまま笑みを浮べる彼女に、ジュンコは目を丸くしながら思わず叫ぶ。

 

「びっくりしたぁ、突然起き上がらないでよ!? 無事で良かったわねアカリ!?」

「ふふっ、まぁそうそう簡単にやられませんよ☆」

 

 そう云って体を左右に揺らすアカリは、拘束を抜けられないか試しているようだった。しかし、残念ながら抜け出すのは困難である。ハルナも一通り試した後なのか、自身の両手を拘束したそれを見下ろしながら小さく首を振っていた。それを見たアカリは肩を竦め、大人しく壁に肩を預ける。

 ぱっと見、一番負傷しているのは彼女であるが、美食研究会の面子は皆見た目以上にタフであり、アカリもまたその例に漏れず頑丈であった。

 

「っていうか、そっか、風紀委員会かぁ……やだなぁ、もう考えるだけで……」

「参りましたわね、ヒナさんの手に私達の命運が託されるのは、出来れば避けたかったのですが……」

「まぁ、今回はちょっと無理をし過ぎましたね、仕方ないかもしれません」

 

 そう云って、何となく諦めモードの美食研究会。

 そんな彼女達の傍に、相変わらず簀巻きにされたまま放置されている一人の生徒。

 

 ――どうして、私まで……。

 

 ハルナが捕まった際、ついでとばかりに担ぎ込まれた給食部部長のフウカはそっと、心の中で涙を零した。

 

 ■

 

 一方その頃イズミは――。

 

「こ、此処はどこ……? 私はイズミ……うわーん! もう、何処に行けばいいのぉ!? だ、誰か―っ! 誰でも良いから、ご飯ちょうだーいッ!? お、お腹が空いたよ~~っ!」

 

 彼女は愛銃を肩に担いだまま腹を抱え、薄暗い郊外を彷徨っていた。

 商店街から少し外れた街道は、深夜の為どこも開いておらず、コンビニ一つ見えない。都市中心の商店街ならば二十四時間営業の店も多いが、一つ区画を隔てればベッドタウンに早変わり。兎に角正義実現委員会から逃走するのに必死で、自身が何処に逃げ込んだのかも分からない。イズミは鳴り響く腹の虫にうんざりしながら、力なく歩き続けるしかなかった。しかし、それも限界に近い。

 

「もう歩けない~……やだぁ~、ここで餓死するんだぁ~ッ!」

 

 その場に蹲った彼女は自身の未来を悲観し、思わず叫ぶ。逃走に出遅れた彼女は銃撃の雨を浴びせられボロボロで、更に言えばお腹が空いて力が出ない。尚、後者が彼女の動けない理由の九割である。

 せめてあの、こんがりと焼けたゴールドマグロをひと齧りでもしていれば違ったのだろうか、そんな事を考えて。

 ――ふと、何か良い匂いが漂っている事に気付いた。

 鼻を鳴らしたイズミは思わず顔を上げ、視線を彷徨わせる。

 すると――。

 

「あっ、ご飯、ご飯だっ! こんな所にご飯がッ……!?」

 

 ――視線の先には何と、道端にポンと置かれたハンバーガーがあるではないか。

 這い蹲った姿勢から素早く駆け出し、地面に直置きされていたそれを掴んだイズミは、そのハンバーガーをあらゆる角度から眺め、匂いを嗅ぎ、目を輝かせる。

 それは、紛れもなく食べ物で、彼女の腹を満たす唯一の方法であった。

 

「だ、誰か親切な人が置いておいてくれたのかな……!? それとも私の普段の行いのお陰? まぁ何でも良いや、頂きま~すッ!」

 

 道端に落ちていようが何だろうが、食べれるものならば問題なし。大口を開けてハンバーガーに被り付いたイズミは、その舌を刺激する味に思わず目を見開いた。

 

「お――美味しいっ! 空腹な分凄く美味しく感じるッ!?」

 

 昼を抜き、こんな深夜まで何も食べていなかった為か、その何て事の無いハンバーガーが彼女にとっては大層美味しく感じた。二度、三度、齧りつき涙すら浮かべて頬張る彼女は、これを置いてくれた親切な誰かに心から感謝をし、手の中のソレを胃の中へと収める。

 

「おいしっ! おいしー! おい……お……――」

 

 しかし、その手は徐々に緩まり。やがて、最後の一欠けらを手に握ったまま、彼女はその場で這い蹲る様にして寝入ってしまう。その様子は正に異様の一言で。ハンバーガーの欠片を握り締め、道路上で寝入る一人の生徒、ハッキリ言って近づきたくはない。

 しかし、そんな彼女に接近する影が複数。

 銃口を彼女に向けながら、イズミの頬を軽くバレルで突く生徒達――正義実現委員会は、大口を開けて寝入るイズミに畏怖の視線を向けながら呟いた。

 

「……本当に食べちゃったよ」

「先生から、『食事に強力な睡眠薬でも混ぜ込んで道端に放置しておけば勝手に嵌る』なんて指示された時は、そんな馬鹿なって思ったけれど……」

「そんなにお腹が減っていたのかな……?」

「いや、だとしても道端に落ちている食べ物を口に入れるか、普通?」

「って云うか、こんな即効性のある薬品混ぜ込んだのか、お前……」

「いや、先生から来たメッセージの備考に鉄の胃袋ってあったから、大丈夫かなって」

「えぇ……」

 

 躊躇いもなくそんな事を行う仲間に、思わずそんな声を上げる。ややあって足元のイズミに視線を移した彼女達は、バッグから拘束具を取り出し静かに頷き合った。

 

「……取り敢えず、確保完了報告を」

「……了解」

 

 ■

 

「――ふぅ、どうやら最後の一人も確保出来た様です」

「そ、そうですか!」

 

 端末を凝視し、最後の一人の確保報告を待っていたハスミは、その連絡と同時に大きく息を吐き出した。背後で固唾を飲んでいた補習授業部もその言葉に胸を撫で下ろし、強張っていた体から力を抜く。

 これにて美食研究会――及び人質一名、確保完了である。

 

「お疲れ様でした、先生、それに補習授業部の皆さん、お陰様で事態を無事に収拾する事が出来ました」

「あ、あはは……でも、私達は殆ど何も」

「そうですね、肝心の戦闘はアズサちゃんとコハルちゃんが頑張った位で……」

 

 そう云って、ヒフミとハナコはふんす顔のアズサとコハルを見る。補習授業部も一応戦線に出てはいたが、その殆どは正義実現委員会の実働部隊が役割を担っており、主戦を張ったとは言い難い。因みに美食研究会を散開させたグレネードを投擲したのがコハルで、逃げようとしたイズミの足元を撃って転倒させたのがハスミ。頭上から強襲して見事ハルナを昏倒させたのがアズサである。

 ハナコは先生と共に美食研究会の予測逃走ルートの更新と負傷者の手当担当、部長のヒフミは前線で銃撃を行いつつ、負傷した生徒をハナコの元に運送する役割を担当していた。美食研究会との逃走劇はそれなりの時間行われていた様で、傷だらけのまま道路上で横たわっている正義実現委員会のメンバーも少なくなく、ヒフミはそんな彼女達を見過ごす事が出来ず、このような形となった。

 

「うん、私としては正義実現委員会の戦術を目の前で見ることが出来て良い勉強になった、やはり群として動ける組織は強い」

「や、役に立てたかどうかは、分かりませんが……!」

「皆ちゃんと自分の役割を果たせていたさ」

 

 そう云ってヒフミやコハルの頭を撫でつける先生。コハルは鼻息荒く、ヒフミはどこかくすぐったそうに首を竦めた。

 

「ところでハスミさん、あの方々の処遇はどうなるのでしょうか?」

「そうですね、本来であれば私達の方でこの後の処遇を決めるのですが……今回は時期が時期ですので、ゲヘナ風紀委員会に託そうかと」

「……と、なると」

 

 ハナコの言葉に、神妙な表情で答えたハスミの視線が先生へと向く。先生も彼女達の方へと顔を向け、小さく頷いた。

 

「はい、大変申し訳ありませんが、先生にもう一つお願いが――」

「引き渡しの仲介、かな」

 

 先生の言葉に、ハスミは肯定を返す。今回の件も、云っては何だが補習授業部が参加したのはあくまで『形だけ』だ。正義実現委員会が主体となって動いたのではなく、シャーレと補習授業部が自主的に動いて解決した――という方向に持っていく為の。

 そうなると当然、引き渡しも正義実現委員会が動く訳にもいかず。

 

「あくまでシャーレが生徒を引き渡す、という形であれば、トリニティ側にとってもゲヘナ側にとっても、政治的な憂慮が減りますものね」

「……えぇ、ハナコさんの云う通りです」

「分かった、引き渡しは直ぐに?」

「はい、既に輸送準備は整えてありますので……何から何までありがとうございます、先生」

「気にしないで」

 

 そう云って軽く手を振る先生。元より引き受けた事ならば、最後まで役割を果たす腹積もりだ。

 

「そうなると……私達は一度寮に戻った方が良いですかね?」

「そうだね、そろそろ時間も時間だろうし……」

 

 呟き、先生はタブレットの時刻を確認する。既に合宿所を出てからかなりの時間が経過しており、疲労の蓄積や睡眠時間を考えると、これ以上の夜更かしは少々見過ごせない。ハスミは補習授業部を見渡した後、先生の耳元でそっと囁く。

 

「……外出理由については、今回の騒動に関して助力を請うた、という風に報告しておきます」

「――助かるよ」

 

 彼女の言葉に先生は感謝を告げ、先に補習授業部を合宿へと帰す判断を下した。

 ここからは後処理だ、護衛は正義実現委員会だけで十分だろう。ましてや合宿中の彼女達に余計な負担を掛けたくない。その旨を彼女達に伝え、少しだけ迷った様子を見せた補習授業部を説得し、先生は生徒達を帰路へ就かせた。

 

「で、では、私達はお先に……先生、お気を付けて!」

「先生、何かあったら連絡してくれ、直ぐに駆けつける」

「無理はしないで下さいね♡」

「えっと、それじゃあハスミ先輩、失礼します……!」

「えぇ、お疲れ様でした、皆さん」

 

 頭を下げ、街道を歩いて行く補習授業部を見送り、先生もまた護送車の方へと視線を向ける。美食研究会を乗せた護送車は既に準備が完了しており、運転席には通常のトリニティ制服を着用した正義実現委員会のメンバーが座り、ハンドルを握っていた。

 

「私達は一旦引いた位置に居ますので、これ以上何かあるとは思えませんが……よろしくお願いいたします、先生」

「――うん、任せて」

 


 

 次回、久々のヒナ登場。

 戦闘だけれど戦闘じゃなかった……そもそも相手が美食研究会だし此処で先生が負傷したらエデン条約云々どうのこうの前にゲヘナとトリニティがえらい事になりますわ。政治って嫌なものですわね、ミカ……。

 

 4thPVの闇落ちハナコが余りにも凛々しすぎるので、前々からどうにかこうにか出せないかなぁ~と画策していたのですが、あのハナコってそもそも「補習授業部が存在しなかった」世界線のハナコなのかなぁ。それとも補習授業部はあったけれど、結局崩壊を免れる事が出来ずに離散してしまった世界線のハナコなのかなぁ……。

 

 私は普段凛々しかったり、飄々としている人物が目の前で大切な人が死にかけて取り乱す展開大好き侍なのでハナコの事は是非デロデロに甘やかして補習授業部と先生がとても大切な存在だと刻み込んだ後に先生の手足捥いであげたいと常々思っていたんですけれどぉ。

 依存してくれるかは正直微妙なラインな気がする。ハナコは正しい意味で精神的に強くて、ひとりでも真っ直ぐ背筋を正して生きていけるだけの力があるから。元々ティーパーティー候補に挙がる位の優等生だったのに、そんな肩書を投げ捨てて、自身のやりたい事を臆面も見せずにやり遂げる姿勢がもう凄い。トリニティとか校風的に絶対同調圧力やばいだろうに。

 

「ただ……ちょっと歯がゆくて、息苦しいと云いますか」

「……ふふっ、本当におかしな話ですよね」

「私の事なんて、放っておいてくれれば良いのですが」

「成績も性格も悪くて、補習授業部に属していて、毎日トラブルばかり引き起こすようなこんな私に、どうして……」

 

 一人でいる事が好きな訳じゃないんだよね?

 

「……そうですよ、と云ったら、先生はどう思いますか?」

「決して、一人でいる事が好きという訳ではありません、寧ろ私の会話に付き合ってくれたり、楽しく反応して下さる方が居てくれる方が嬉しいです」

「ただ、息苦しいのは嫌だなというだけで……」

 

 絆ストーリーを見れば分かるのですが、四話目のハナコはいつもと雰囲気がガラッと変わるんですよね。優等生であった頃のハナコが垣間見えるというか、彼女の根源に触れられるというか。ハナコはお嬢様然としていて、ちゃんとしていれば如何にも淑女という出で立ちですが、精神的にはどちらかと云えばゲヘナ寄りだと思うんですよ。自分のやりたい事というか、我慢しないという方向でベクトルの向きが同じというか。彼女はただ、それを抑え込んで振る舞うのが上手いだけで、心の奥底では自由で在りたいと思っていると、そう考える訳です。まぁトリニティの校風が悪いよと云われたらそれはもうその通り、生徒の質の善し悪しが天と地の差というか、陰湿と云うかリアルというか。

 彼女にとっては息苦しいままでいるより、一人でいる事の方がまだマシなのでしょう。自分のやりたい事(変態淑女)の面を見せれば、人が離れていくのはきっと分かり切っていた事でしょうに、ある意味彼女は本当の自分を見せると同時に、その息苦しさから解放される為に、ひとりでいる事を選んだのかもしれません。

 

 という事を考えると、補習授業部や先生といった理解者がどれだけ彼女にとって嬉しい存在かは察して余りありますよね。コハルも何だかんだとハナコに当たりが強いですが、あぁやって馬鹿をしている自分に一々構ってくれる、突っ込みを入れてくれる、注意してくれるというのは、多分それだけでも十分彼女にとっても嬉しい事なのだと思います。それでいて自身の言動や行動に困惑しつつも、何だかんだ受け入れてくれるヒフミ(ペロロ狂いという面白側面アリ)と、無知ゆえに自身の行為を明後日の方向に解釈するアズサ(素直)、自分に近しい感性を持ちながらそれを前に出す事を躊躇い隠すコハル(むっつり)とか、そりゃあもう自分の居場所に感じるでしょうよ。

 これに加えて包容力と理解のある先生君とかもう無敵の布陣では? 普段から理解されず、敢えて孤立し、一人を選んだハナコにこんなメンバーを一度に与えたら、それはもう崩壊後にあんな顔もしますわ。

 

 個人的にハナコには先生と補習授業部を秤にかけて、蒼褪める様な展開があったら嬉しいなぁ。原作でもミサイル撃ち込まれた時、アズサを追い掛けようとしたヒフミを止めて、ひとり冷静に立ち回っていましたが、「あの場に先生が……助けに行かないとッ!」って請われたら絶対動揺すると思うんですよね。補習授業部の安全と先生の安否の間で揺れ動いて、先生のサポートもない状況、何も分からない現状で中心地に飛び込むなんて、きっとハナコは愚行だと分かり切っている事でしょう。

 けれど今にも泣きそうなヒフミに、「ハナコちゃんッ!」って懇願と共に叫ばれて、思わず顔を歪めて欲しい。危険だと分かっているけれど、それ以上に大切なものに背を押され、アズサに続いて調印式会場に向かって欲しい。

 

 それでもって道中に広がる破壊跡、倒れ伏す生徒達に愕然として欲しい。一体何があったのか、誰がどうやってこんな惨状を引き起こしたのか。そういったものをぐるぐると考えながら、先生の名前を叫びながら周囲を捜索して欲しい。

 それで、崩れ落ちた聖堂跡地で先生の制服と、突き出た腕を見つけ出すんだ。

 先生が瓦礫の下敷きになっていると気付いた補習授業部は、焦燥を隠さずに瓦礫の傍に駆け寄る。「先生! 聞こえますかっ、先生!?」って叫ぶんだけれど全然反応が無くて、ハナコが瓦礫を撤去する為に積み重なったそれに手を掛け、「アズサちゃん、コハルちゃんッ!」って叫んで、意図を理解した皆が瓦礫を持ち上げて、ヒフミが先生を引っ張り出そうとするんだ。

 そして、僅かな隙間から伸びた腕をヒフミが掴み、皆が瓦礫を押し上げる。そして力一杯ヒフミが腕を引いて。

 

 腕だけ瓦礫から引き抜けて欲しい。

 

 思い切り引っ張った反動でヒフミは尻餅を突いて、両手で握り締めた掌には、先生の右腕だったものがひとつ。千切れた断面と、滴る赤色にヒフミは目を瞬かせて、多分呆然とした表情で「――……え?」って云うと思う。

 それを見たハナコやアズサは蒼褪め、コハルは多分パニックになる。「あ、あぁ、あ……」って唇を震わせながらコハルは先生の千切れた腕を見て、先生の名前を叫びながら一心不乱に瓦礫を掻き分け始めるんだ。アズサはそんなコハルを見て、「落ち着け、コハルッ! 無暗に崩すと先生がっ……!」って叫んで、ハナコは先生の腕を掴んだまま涙目で震えるヒフミに駆け寄る。

 ガチガチと歯を鳴らしながら震えるヒフミの肩を掴んで、「ヒフミちゃん、ヒフミちゃんッ!」って叫んで、左右に散っていたヒフミの視線がハナコを捉えて、「は、ハナコちゃん……」って普段からは想像も出来ない程に恐怖と焦燥に塗れた声を彼女は漏らすんだ。

「大丈夫です、先生は、きっと、大丈夫です……っ!」って、そう云って、ヒフミの精神を立て直そうとするハナコ。それにヒフミは何度もコクコクと頷いて、先生の腕を震える手で抱きしめ、蹲る。勿論、その言葉は単なる気休めにしかならない、そもそもその言葉自体、ハナコが自分自身に言い聞かせているという側面が強い。

 訳も分からず叫びながら瓦礫に向かおうとするコハルを必死に宥め、落ち着かせ、慎重に瓦礫を撤去しようとするハナコ。多分、全員の表情は殆ど同じだと思う。先生が生きているという一抹の希望に縋りながら、心のどこかでもう駄目なんじゃないか、先生のそんな姿は見たくない、目を覆ってしまいたい。という感情がせめぎ合っている。

 そうこうしている内にも周囲では戦闘音が鳴り響き始めて、全員の手が強張る。けれど撤去した瓦礫の向こう側にシャーレの制服が見えて、「先生っ!」ってハナコは叫ぶんだ。そして漸く引き出せた先生の状態は目を追いたくなる程酷くて、右腕は千切れ、足は瓦礫の下敷きになって殆ど平ら。どこからどう見ても致命的な負傷で、全員が言葉を失くして絶句する。多分、数秒ほど沈黙が流れて、コハルが、「し、しけつ、止血、しないと……っ!」って声を絞り出し、震える指先でポーチから包帯やら何やらを取り出すと思う。アズサも酷い顔色のまま頷いて、全員で先生の処置に当たる。そしてそのままハナコが先生を背負って、命からがら調印式の場を後にするんだ。

 

 因みにこうなると多分、ヒナはアリウススクワッドに殺害されて、正義実現委員会もかなりの打撃を被る。先生は多分取り逃がす事になるだろうけれど、片腕両足の欠損・損傷で重症。エデン条約編、後編の間は意識不明の重体で参戦不可。アコはヒナの死亡を聞き届け慟哭し、万魔殿がアリウスと一枚嚙んでいたという情報を聞き離反。ゲヘナは多分分裂して、トリニティ単独でエデン条約機構、ユスティナ聖徒会を抑える事になる。

 アズサは先生への所業に激怒し、補習授業部に内緒で単独行動、サオリに戦闘を挑み、原作通りの展開に。そこで姫がヘイロー破壊爆弾で死亡し、サオリが全ギレ。アズサを殺害。補習授業部が追いついた頃にはもう事は全て終わっており、補習授業部は大切な仲間を一人喪う。そこでヒフミが漆黒の意思に目覚めるにしろ、目覚めないにしろ、サオリはアリウスの手で地下へと帰還し、ロイヤルブラッドの代わりとして贄にされる。リーダーが結局死亡するのでアリウス・スクワッドは解散、4thPV通り片方は自殺、片方は行方不明。アリウススクワッド全滅。

 辛うじてユスティナ聖徒会をトリニティが押し返したとしても、マエストロの人工天使か超強化完了したベアおばがキヴォトスに襲来する。

 そんで、それをミカ(狂乱)が拳で粉砕すると。

 

 このルートに入ると先生を守れなかったミカ(未来)とミカ(現在)がフュージョンして通常のミカの倍の戦闘力を持ったスーパーミカが誕生する。多分ベアおばも人工天使も粉砕出来る位には強い。あとクロコもブチギレ不可避なので、上手く行くとベアおばが儀式完成する前に抹殺される。

 そんで、重体だった先生はどこかに消える。ミカが攫ったのか、クロコが回収したのか、はたまた別の誰かかはルートによる。

 先生が消え、アズサは死亡し、結局何も出来ず、誰も救えず、補習授業部は失意のまま離散する事になる。ヒフミは初めて出来たモモフレンズ(かけがえのない友人)を喪い、ハナコは唯一自分らしく在れた居場所(ありのままの自分)を失い、コハルは折れず曲がらず朽ちずの正義(立ち向かう勇気)を喪う。

 

 これも全部先生が立ち上がれなかったせいです。手足が捥げようが血反吐撒き散らそうが、必死に足掻いて正義実現委員会に拾われて、そのままヒナと行動を共に出来ればチャンスがある。先生が見つからないとヒナはそのままアリウスと戦闘を続けてしまい、サオリ合流後はスクワッド全員で袋叩きにされる。ミサイル食らった直後なのに可哀そう……。なので先生にはヒナを庇って銃弾を喰らって、そのままセナの装甲救急車の中でご臨終して欲しい。

 嘘、まだ死なないで♡ 何本手足残っているか知らないけれど、死ぬならせめてアリウススクワッドとミカ救ってから死んで欲しい。どうせならエデン条約記念式典とか何とか適当な式典作って、そこでのスピーチ中にキヴォトス中継された状態で死んでくれ。阿鼻叫喚の地獄になると思うから。でも先生死んじゃうとホシノおじさんとワカモが後追いしちゃうよ? 先生には人の心とか良心とか倫理観とか無いんか? 逆に云えば死んでさえいなければ問題ない……? なるほど、そうかっ!(植物状態)

 

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