ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがてぇですわ~~!!


立ち込める暗雲、切り裂く光はその手の中に

 

「ふぅー……大分暗くなってきましたね」

「うん、そろそろ切り上げた方が良いだろうか?」

「そうですね、根を詰め過ぎて明日に響いても嫌ですし……今日は、此処までにしましょう!」

 

 七日目、最後の勉強を終えた補習授業部。教室の中に、安堵の声が漏れる。窓の外は既に暗く、本来の自習時間は既にオーバーしている。しかし、明日が試験本番という事で居ても立ってもいられず、こうして夕食を済ませた後も勉学に励んでいた次第だった。

 ペンを置き、大きく伸びをしたコハルは、書き進められたノートを見下ろしながら、どこか緊張した面持ちで呟く。

 

「これで後は第二次特別学力試験……本番だけ、だよね?」

「はいっ、ですが私達はここまでの合宿で、十分に合格できる程の学力を身に着けた筈です!」

「うん」

「えぇ♡」

「っ、そ……そうねっ!」

 

 一瞬弱気になったコハルは、しかし皆の自信に満ち溢れた表情に鼓舞され、気持ちを持ち直す。

 

「あとはしっかり試験に合格して、堂々と補習授業部を卒業するだけです、今までの勉強が無駄ではなかった事を、きっちりと証明しに行きましょう! そして最後は、皆で笑ってお別れ出来る様に……!」

 

 そう云って、鼻息荒く拳を突き上げるヒフミ。皆の気持ちを盛り上げる為の言葉だったが、一人だけ彼女の言葉に眉を下げたメンバーが居た。

 

「――そうか、合格したら……お別れ、なのか」

 

 彼女、アズサはヒフミから貰った人形を抱きしめ、思わず呟く。補習授業部はあくまで成績不振の生徒を救済する為の部活。特別学力試験をパスすれば、自然と部活は消滅し、解散する事になるだろう。その事実を認識した時、アズサは驚く程意気消沈し、力なく項垂れた。

 

「ちょ、ちょっとアズサ!? どうして急にしんみりする訳!?」

「ふふっ、合宿含め、何だかんだで凄く楽しかったですもんね?」

「……うん、でも、それでもやっぱり、出会いがあれば別れもある、全ては、虚しいものだ」

 

 もう二度と会えない、今生の別れだとも言いたげな彼女に、ハナコは諭すような口調で続けた。

 

「――そこまで思い詰める必要はありませんよ、アズサちゃん含めて皆、試験が終わったらどこかに行ってしまう訳ではありません、補習授業部が解散しても同じ学園に居るんですから、逢おうと思えばいつでも会えますよ」

「そ、そうよ! ほら! 私はいつも正義実現委員会の教室にいるし! ひ、暇な時があったら来れば……!?」

「き、気持ちとしては私も同じなんですけれどね……でも、ハナコちゃんの云う通り、私達は同じ学園に通う仲間です、今生の別れではありませんので……!」

「えぇ、教室でもどこでも、いつでも遊びに来て下さい」

「……うん、ありがとう、ヒフミ、コハル、ハナコ」

 

 そう云って微笑むアズサ。

 その表情に滲む、僅かな寂しさと罪悪感を、ヒフミとコハルは見逃した。彼女の奥底に潜む、どろりとした恐怖。それはアズサの心にへばり付き、決して離れる事がない。

 だって――裏切り者が、許される筈などない。

 それは、彼女が抱き続けた罪悪の形そのものだった。

 

「……そう云えば、明日の試験会場は前と同じところなのか?」

「あっ、そうですね、確認は大事ですし……えっと、告知は――」

 

 アズサの意識を逸らす為の問いかけに、ヒフミは端末を取り出すとトリニティ掲示板にアクセスする。特別学力試験の日程や会場も此処に掲載され、試験前には必ず目を通しておかないといけない。そして特別学力試験に関しての掲示をスクロールして探し出し。

 

「――えっ?」

 

 ヒフミは、思わず身体を硬直させた。

 

「……ヒフミちゃん、どうしましたか?」

「ヒフミ?」

「え、嘘っ!? 嘘ですよね……ッ!?」

 

 両手で端末を持って、尋常ではない様子で何度もそう口ずさむヒフミ。その様子に異変を察知した皆が、ヒフミの傍に駆け寄る。

 

「ど、どうしたのヒフミ、そんな大声出して……」

「こ、これ――……」

 

 そう云って、震える手で差し出された端末。補習授業部の面々は恐る恐るその画面を覗き込んだ。

 

「えっと、『補習授業部、第二次特別学力試験に関する変更事項のお知らせ』……?」

「何よ、別に、普通のお知らせじゃ……」

 

 コハルが訝し気にそう口にし。

 ハナコはその内容を強張った声色で読み上げた。

 

「――試験範囲を、事前に掲示した内容より約三倍に拡大」

「は、はぁっ!?」

 

 思わず、叫ぶ。

 しかし、それはまだ序の口に過ぎない。スクロールされた内容は更に続き、想定外の内容が記されていた。

 

「また、合格ラインを六十点から九十点に引き上げとする――……」

「きゅ、九十点なんて……わ、私も、超えた事なんてないのに……」

「ど、どういう事よ、これ……!?」

「日付を見るに、先程アップされたばかりみたいですね……試験直前になって、こんな――」

 

 呟き、考え込む素振りを見せたハナコ。掲載日は数日前と記されているが、その横に修正済みの記述と、今日の日付が記載されている。具体的な時間は分からないが、少なくとも試験前日に掲載する代物ではない。

 

「――成程、私達の模擬試験の結果を、ナギサさんが何かしらの手段で把握しましたか」

「も、模擬試験って、あの全員合格した奴!?」

「でも、あれは私達が作った授業資料で、別にちゃんとした試験じゃ……!」

「……この学園に居る以上、ティーパーティーの目となり耳となる存在からは逃れられません」

 

 呟き、ハナコは唇を噛む。ティーパーティーはあらゆる場所に網を張っている。その情報網は、このトリニティ内部に限れば届かぬ場所が無いと云える程。シスターフッドや正義実現委員会、救護騎士団内部となれば話は別だろうが――たった四人の補習授業部の活動内容を秘密裏に入手する事など、造作もない。

 思わず、眉間に皺が寄る。

 

「露骨なやり方ですねぇ……どうあっても、私達を退学にしたい――と」

「――退学?」

 

 その一言に、ピクリとアズサが眉を顰めた。

 

「えっ、た、退学……? ちょ、ちょっと待って、どういう事!?」

「……そのお話も、そろそろお伝えしようと思っていましたが――その前に、他にも変更された部分がありますね」

 

 コハルの動揺を尻目に、ハナコは掲載内容をつぶさに確認する。これで把握漏れが出た場合、どんな難癖をつけて不合格にされるか分からない。そんな警戒心があった。

 

「試験会場と時間……会場はゲヘナ自治区第十五エリア七十七番街、廃墟一階」

「ゲヘナ……?」

「げ、ゲヘナで試験を受けるんですか!?」

「な、何でよ!? どうしてトリニティの試験をゲヘナで受ける訳!? い、意味わかんないッ!?」

「しかし、行かなければ未受験扱いで不合格、ですね……」

「そ、それもそうだけれど……~ッ!」

 

 コハルはその言葉に頭を掻き乱し、涙目で叫ぶ。

 

「一体何が起きているの!? 退学って何!? 私達、どうなっちゃうの!?」

「………」

 

 ヒフミとハナコは互いに目を合わせ、これ以上隠し通す事は出来ない事を悟り――ヒフミはそっと口を開いた。

 

 ■

 

「試験に三回落ちたら……退学!?」

「……成程」

 

 大まかな事情を説明し終わった後、教室にはコハルの動揺した叫びと、アズサの淡々とした声が響いた。ヒフミは不安げな表情を隠す事も出来ず、呟く。

 

「か、隠していてごめんなさい……まさか、こんな事になるなんて……」

「ど、どうしよう、どうすれば良いの……!? 退学になんてなったら、正義実現委員会に復帰できない……!」

「それは――」

 

 ハナコが何かを口にしようとした時、アズサは机の上に背嚢を置いた。その音に皆の視線が集まり、彼女は机の中の筆記用具などを中に詰め込みながら口を開く。

 

「……状況は理解した、兎に角今は準備をして、直ぐにでも出発しよう」

「えっ、今からですか!? でも――」

「――試験時間が、深夜の三時と記載されている、今から出発しないと間に合わない」

「えっ? あ……ほ、本当だ……!」

 

 ヒフミがもう一度掲示を確認すれば、試験時間は翌日の午前三時とされている。

 時計を見れば、もう直ぐ十一時を回ろうとしていた。トリニティもゲヘナも、自治区の規模としては大きいので移動に時間が掛かる。確かに、今から出発しなければ間に合わないかもしれない。

 

「驚くにせよ、怒るにせよ、絶望するにせよ……それは、試験を受けてからでも遅くない、障害物の多さに文句を言っても現状は変わらない、大切なのは最後まで足掻く事――今は動こう」

「う、うぅ……」

「……そうですね、アズサちゃんの云う通り、今は兎に角動くしかありません」

 

 皆がアズサの言葉におずおずと頷き、各自バッグに筆記用具などを詰め始める。まさか、こんな深夜に出発する事になるなんて。ヒフミとコハルの表情には、はっきりと不安と焦燥が見て取れた。

 

「直ぐに出発する、各自装備点検も忘れずに」

「そ、装備って……もしかして、銃火器ですか?」

「うん」

 

 ヒフミの言葉に、アズサは淡々と頷いて見せた。一応、銃器は持ち込んでいるが、果たして試験に必要なのか? そんな意味合いで困惑の表情を浮べれば、ハナコが補足する形で言葉を続ける。

 

「ゲヘナ自治区はただでさえ無法地帯ですし、今は風紀委員会が条約締結前という事もあって多忙です、移動中何があるかも分かりません、自衛の手段は必須かと」

「あ、あうぅ……ど、どうしてこんな事に……」

 

 ヒフミは呟きながら愛銃を手に取る。以前の騒動で使う機会があった為、一応手入れは済ませてあるが、やはり心理的な抵抗感がある。バッグの中にある弾倉を確かめながら出立の準備を整えていると、ふと教室の扉が開くのが分かった。

 

「――ごめん、遅れた」

「あっ、せ、先生!」

 

 扉を開き、顔を覗かせたのは先生。彼女達は先生の姿を見て、その表情を僅かに明るくする。兎にも角にも、分かり易い頼れる存在の出現に、ヒフミは一も二もなく飛びついた。

 

「先生、その、えっと、明日の試験が――!」

「うん、こっちでも確認した、ごめん、私が気付けなかったばっかりに……」

「いえ、これは向こうが意図して行った行為でしょうし……先生は、今まで何処に?」

「掲示板の内容を見て、車を手配しようとしたのだけれど――」

 

 ハナコの言葉に答え、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる先生。

 

「……悉く却下された、それも難癖に近い理由だったり、使用中だとかでね」

「それは、何とも用意周到な――」

 

 ハナコは、先生の言葉に顔を顰める。

 トリニティの車両は軒並み貸出不可。それなら周辺でレンタカーなりタクシーを用意しようとすれば、既に『営業時間終了』であったり、車両が予約済みで貸出出来ないとの事。レンタカーの貸し出しリストが軒並み、『予約済み』であった時は、思わず乾いた笑いが漏れた程であった。

 その事を話せば、ハナコの表情がどんどん険しくなっていく。

 

「――根回しは完璧、という事でしょうか?」

「多分……他学園のビークルを使う訳にもいかないし、こうなると公共交通機関か、徒歩で向かうしかない」

「で、でもこんな時間に公共交通機関なんて、もう……」

「ちゅ、中央線は通っているかもしれませんが、ゲヘナ自治区に向かうものは、流石に――」

「まぁ、そうなるね……最終的には、マラソンかな」

 

 そう云って苦笑を零す先生。まさか、本当に自身の足を使う時が来るとは。軽く掌で足を撫でつけながら両足の調子を確かめる。数時間のマラソンとなると――流石に自信がない。アビドスでシロコと何十キロという距離を走ってきたが、果たして。

 

「兎に角時間が惜しい、今すぐにでも出よう――準備は?」

「私は直ぐにでも」

「だ、大丈夫です」

「え、えっと、た、多分!」

「問題ありません」

「良し……」

 

 生徒達の返事を聞き、先生は卓上に乗せられていたシャーレの外套を羽織る。腕章の位置を確かめ、シッテムの箱を抱えた先生は告げる。

 

「行こう、試験会場に」

 

 ■

 

 ――ゲヘナ・スラム街。

 

「はぁ、ふぅ……! ここからはもう、ゲヘナの自治区ですね……!」

 

 先頭を走るヒフミは足を止め、周囲を見渡す。

 場所はゲヘナ自治区、その郊外であるスラム街。雑多な街並みだ。トリニティとは異なる空気が漂っている。目に悪いネオンの光が其処ら中で点滅しており、路肩にはポイ捨てされた塵や罅割れたアスファルト、落書きなどが散見される。周囲を歩く生徒達も、心なしか柄が悪く――ヒフミは居心地の悪さを覚えていた。

 

「ぜーっ、はぁッ、ぜっ……!」

「先生、大丈夫ですか……?」

 

 最後尾を駆け、膝に手を突いて荒い息を繰り返す先生。ハナコは心配げに先生の背中を摩り、問いかける。先生は軽く手を振りながら、額の汗を拭って答えた。

 

「だい、じょうぶ、これ……くらい……っ!」

「だ、大丈夫じゃないよね、それ……? せ、先生、待っていて、そこの自販機でお水買って来るから――!」

「――コハル、待って」

 

 コハルが疲労困憊といった様子の先生を見かねて財布を握り、近場の自販機に駆け出そうとすれば――それを遮る様に近付いて来る影が二つ。アズサは咄嗟に愛銃を抱え、その安全装置を弾いた。

 

「おんやぁ? こんな時間に、トリニティのお嬢様方が、こんなスラムに何の御用でぇ?」

「そんなに急いで、何処に行くのさ?」

「……わぁ、無法地帯といえばコレ――みたいな古典的な感じですねぇ」

 

 暗がりから現れたのは、フルフェイスのヘルメットを被った生徒と、黒いマスクにバツマークを描いたスケバン。袖に縫い付けられた夜露死苦の文字を見せつけ、彼女達は補習授業部の前に立ちはだかる。

 ハナコは余りにもそれらしい外見をしている二人を前に、思わず感嘆の声を漏らした。

 

「くくくっ、こんな時間に出歩いていたらよ~、こわーいお姉さんに襲われても文句は云えねぇぜ? 深夜にお友達と冒険ごっこかい?」

「え、えぇっと、冒険ではなく、私達は試験を受けに行く途中でして……」

「――はぁ? 試験?」

 

 ヒフミは、どうにか穏便に済ませようと自分達の事情を説明する。しかし、彼女達はその言葉を聞くや否や顔を見合わせ、「何云っているんだコイツ」と云った目で補習授業部を見た。その瞳には心なしか、憐憫の感情すら込められている様な気がする。

 

「お前、頭大丈夫かよ、トリニティの生徒が何でゲヘナに試験を受けに来るんだ? しかも、こんな真夜中に……」

「ま、まぁそうなりますよね……」

 

 至極真っ当な言葉である。しかし残念な事にヒフミの言葉に嘘はないし、何ならその台詞を口にしたいのは補習授業部の方だったりする。

 

「まっ、理由はどうあれ、やる事は変わらねぇ!」

「ひゅーっ、お金持ちのお嬢様を拉致って、身代金がたっぷりって訳だなぁ!」

「ナイスアイディア、天才だっ!」

「恨むんなら、こんな時間にスラムを出歩くテメェを恨みなぁッ!」

「や、やっぱりまた、こういう展開に……」

 

 不良達は抱えていた銃を構え、補習授業部に向ける。残念ながら話の通じる相手ではなかったらしい。ヒフミが項垂れ、悲し気に呟けば、隣に立っていたアズサがヒフミを庇う様に前へと踏み出す。

 

「――時間の無駄だ」

「あ? 何だ、抵抗しようって――」

「ふんッ!」

「おごぁッ!?」

 

 徐に近付き、アズサは銃床(ストック)で下から抉る様に不良の顎をかち上げた。

 顔面を跳ね上げ、流れる様な動作で腕を取り、背中の上に畳み込む。不良の体勢がお辞儀をする様な形となり、アズサはその背中の上に愛銃を置き、もう一人へと照準を合わせた。

 

「て、てめ――へぼぁッ!?」

 

 銃口を向けられるより早く、射撃を敢行。弾丸は三発、全て吸い込むように頭部へと撃ち込まれ、不良は仰け反りながら意識を飛ばした。硬質な音を立てて転がる銃器、それを見守りながらアズサは盾兼土台とした不良の腕を離す。顎に強烈な一撃を受けた不良は静かにそのまま倒れ込み、アズサは鼻を鳴らし呟いた。

 

「強行突破あるのみ……!」

「あ、アズサちゃん……!?」

 

 素早い動きと華麗な一連の流れに止める暇さえなかった。彼女ひとりでも、不良ならば複数人相手でも問題ない。

 しかし――此処はスラムである。

 

「っ、周囲から足音が――」

「銃声に釣られて、多分、仲間が集まって来ているんだ……!」

 

 先生がタブレットを抱え込み、叫ぶ。画面を見れば、周囲のマップに凄まじい勢いで赤点が増えていた。向かっている地点は勿論――此処だ。

 

「――皆、走るよッ! アズサ、先導頼む!」

「うん、任せろ!」

「ハナコ、本当に申し訳ないのだけれど、万が一の時は背負って下さい!」

「あら……ふふっ♡ えぇ、任せて下さい、先生♡」

「ま、待って! 置いて行かないでっ!?」

「や、やっぱりこうなるんですねっ!?」

 

 先生の声に従い、補習授業部は一斉に走り出す。そして一拍後に、路地裏や大通りの影から次々と不良達が現れ、駆け出した補習授業部を指差した。

 

「いたっ、あいつらだッ!」

「待てぇッ!? てめっ、仲間を良くも!」

「あん? ありゃあトリニティの制服じゃねぇか! こりゃあ、良い獲物が見つかったぜ!」

「攫って身代金をたっぷり頂くぞ! ぜってぇ逃がすなッ!」

 

 不良というものは皆同じ思考回路を持っているのだろうか。背後から響く声に、ヒフミは背筋を凍らせる。駆けながら背後を振り返れば、今まで何処に居たのだと云いたくなる様な人数の不良生徒が自分達を追いかけていた。

 更にその奥には、ガレージを突き破り、エンジン音を鳴り響かせる一台の車両の姿が。所々装甲が剥げ、薄汚れてはいるものの――銃座付きの四輪駆動車。コストダウンの為かルーフを取っ払い、フレームだけの姿であったが、前を照らすヘッドライトの光は心理的圧迫感と恐怖を補習授業部に与えた。

 甲高いスリップ音を搔き鳴らし、此方へ急加速する車両。ヒフミは思わず叫ぶ。

 

「な、何でこんなに不良生徒がっ!? って、あれ、もしかしなくても、装甲車ではッ!?」

「むっ、違う、あれは恐らくハンヴィーが原型だ、装甲車というよりジープの類だな、場合によっては軽装甲機動車両にもなるが、あの様子ではとても――」

「いや、そんなのどうでも良いしッ!? 似たようなものでしょ!? というか、何でそんなモノ不良が持っているのよッ!?」

「そう云えばっ、ブラックマーケットでは、あの手の物が安く手に入るんだったっけ……っ!?」

 

 先生が叫び、思わず顔を引き攣らせれば、銃座に搭載されているM240汎用機関銃の銃口が補習授業部を捉える。最後尾を走っていたコハルが悲鳴を上げながら頭を抱え、ハナコが咄嗟に先生を庇おうとして。

 

『――先生、そのまま真っ直ぐ走りなさい!』

「ッ!」

 

 鋭い、空気を裂く弾丸が運転手を撃ち抜いた。

 狙撃だ、それも針の穴を通すような精密な狙撃であった。彼女の用いる7.62mm徹甲弾はフロントガラスの防弾を貫通し、運転手の額を強かに揺らす。

 音が、遅れて先生の耳に届いた。

 

「――うごッ!?」

「はっ!? え、おまッ、ちょ――」

 

 運転手が意識を失い、銃座に付いていた不良生徒が困惑の声を上げる。そして車両は制御を喪い大きく右へと進路を外し、そのまま建物の一つに正面から突っ込んでいった。大きな破砕音、そして悲鳴。補習授業部はそんな音を背に走り続ける。

 

「ひぇッ!? こ、今度は何っ!?」

「――兎に角前を向いて走るんだ! 振り返るなっ!」

「わ、分かりました……っ!」

「せ、先生がそう云うなら……っ!」

 

 突如鳴り響いた銃声、そして唐突な車両事故。その事に困惑しながらも、補習授業部は足を止めない。

 先生はシッテムの箱を見下ろし、その画面に映る緑色の点を確認しながら――小さく、笑みを零した。

 

 ■

 

『ふっふーん、ひー、ふー、みー、よー……アルちゃーん! こっち爆弾仕掛け終わったよ~!』

『あ、アル様、此方も設置、完了しました……!』

「ふふっ、完璧な布陣ね……! あと、私の事は社長と呼びなさい!」

 

 告げ、彼女――アルは耳元のインカムに向かって叫ぶ。構えた愛銃、ワインレッド・アドマイアーの銃口からは硝煙が立ち上っており、そのスコープ越しに駆ける先生たちの姿が見えた。

 場所は先生たちの居る大通りから少し離れた場所にある廃ビル屋上、彼女達は数時間前より先生から連絡を受け、この場に待機していた。

 依頼は単純、此処を通る先生たちの援護と敵の足止め。アビドス自治区に事務所を構えた彼女達の為に、ミレニアムのエリアルビーグルを手配してまで掛かった声に、アルは一も二もなく快諾し、今に至る。

 

「ふーっ……今のは追いかけられる先生を援護する、完璧な一発だったわね」

「……アレ、下手すると運転手が気絶したままアクセルベタ踏みして、先生撥ね飛ばす可能性もあったけれど」

「………」

 

 先程の一撃を脳内で反芻し、愉悦に浸っていたアルは、隣でスポッターを担っていたカヨコの一言に思わず硬直する。カヨコは双眼鏡で先生と背後の不良達の姿を確認しながら、今しがた事故を起こし走行不能となった車両の様子を見ていた。もし、まだ動き出すようならばもう一発か二発、タイヤ辺りに撃ち込んで走行不能にする必要があるだろう。そんな事を考えながら、双眼鏡から目を離す。

 

「――そ、想定の範囲内よ! 先生のサポートを受けた状態で、そんなミスはあり得ないわッ! えぇ!」

「………はぁ」

 

 アルのいつも通りの反応に、カヨコは溜息を漏らした。残念ながら我らの愛すべき社長の想定内が、本当に想定内だった事は――本当に、数える程しかないのだ。その溜息をどういう風に捉えたのか、アルは若干涙目になりながら叫ぶ。

 

「……だ、だって一回くらいやってみたかったんだもん! ほら、良く映画とかでもある、窮地に陥った仲間を華麗な狙撃で助けるみたいなっ――!」

「はいはい、分かったから……それで、どれ位此処で粘れば良いの?」

 

 隣で喚くアルを宥め、カヨコはホルスターに仕舞っていた愛銃、デモンズロアを取り出す。弾倉に弾薬が詰められている事を確かめ、安全装置を弾いた彼女は視界に映る敵位置、装備を確認しながら問いかけた。

 彼女達――便利屋68はこの大通りを確保するような形で展開しており、カヨコとアルの二人は大通りの中央を封鎖する形で立ち回る予定だった。しかし、敵方があんな車両を持ちだして来たので、少々計画が前倒しとなる。元々、先生のサポートがあればスポッターなんて役割は必要ない。そうでなくとも、カヨコはアルの狙撃の腕を欠片も疑っていなかった。

 となれば、自身の役割は前線で敵の足を止め、アルが火力を発揮できるよう壁になる事。本来はハルカの役割であったが、今回はハルカとムツキがペアなので、今はカヨコの役割だ。

 

「んんッ……取り敢えず先生がスラム街を抜け出すまで、かしら」

「……進行ルートにはムツキとハルカを配置したから、背後から追って来る大群には私と社長の二人で対処、二十分もあれば、まぁ、先生も抜け出せるかな」

 

 先生の走る姿を横目に、カヨコは呟きを漏らす。そうは云っても先生の体力はキヴォトスの生徒と比較して圧倒的に低い為、もう十分か二十分、多めに見た方が良いかもしれない。どちらにせよ、それなりの時間を耐える必要がある。更にここは敵のホーム、どれだけの人数が来るかも不明。正直、中々にハードな依頼だった。

 目を細め、彼女は呟く。

 

「……先生のサポートがあっても、これ全員相手にするのは骨だね」

「ふふっ、だとしても、先生に背中を任されたんだもの――」

 

 カヨコの言葉に、アルは不敵な笑みを漏らし、屋上の縁に足を乗せた。ワインレッド・アドマイアーを脇に挟み、有象無象の不良達を見下ろしながら彼女は叫ぶ。

 

「これに応えなきゃ、便利屋68の名が(すた)るわ!」

「……まぁ、前払いで料金も貰っているし、料金分は働かないと、ね」

 

 ――最初から、やらないなんて選択肢はない。

 いつか戦った風紀委員会の時と比較すれば、正に月と鼈。

 元より便利屋はたった四人で何十、何百という数の敵と戦ってきたのだ。

 それに指揮がないとは云え、先生のサポートが加われば鬼に金棒。

 カヨコは骨が折れると、そう口にしたが――出来ないとは一言も云っていなかった。

 自分達(この四人)ならば為せると、心の底から信じている。

 

「始めるわよ、ムツキ、ハルカ、カヨコ!」

『おっけー!』

『は、はいっ!』

「了解――」

 

 アルが銃口を向け、不敵に笑う。

 耳元から聞こえて来る仲間達の声に、彼女は開戦の号砲を撃ち鳴らした。

 

「我が道の如く魔境を往く――便利屋68、出撃よッ!」

「……その言葉、気に入ったんだ」

『くふふっ!』

 


 

 感想欄の先生、ナギサの事好き過ぎでは……? どんだけ先生をナギサの前でボコボコにして泣かせたいんですの? 何も知らない無垢なナギサに先生の血を一杯浴びせて怯え、戦慄き、呆然とするナギサに微笑み掛ける先生が見たいとか、かなり人としてどうかと思いますわよ? 全く、人間性を疑いますわね……。

 まぁ、わたくしはケツの穴がデカイので許しましょう。よろしくってよ!

 

 それに皆さん楽しみにしているでしょうが、お友達ごっこも控えている訳ですから。ナギサ様が脳を破壊されるのは約束された勝利のムーブな訳ですわ。ついでに心も壊してねぇな~、私もな~って思うんですけれど、先生が積極的に生徒のメンタルブレイクに加担するか~? という疑問もあって、正直どこまでやるか迷っているんですわよねぇ~。でも例えば先生がナギサの指示で死にかけたり、相応の負傷を抱えたら、流石に補習授業部の面々もヘイトが溜まって「これくらいなら」みたいな感じで承諾しそうだし、迷いますわぁ~!

 

 あぁ~、敵対したナギサの為に満身創痍になりながらも銃口の前に立ち塞がる先生の格好良い姿が見てぇですわ~! 自身が排除しようとした先生に抱きしめられながら、全ての憎悪と罪悪を一身に背負う先生の姿に何も云えず、動揺と焦燥と悲鳴を呑み込んだナギサ様の絶望顔が見てぇですわ~! でもそれは本編に取っておくんですの……丁寧に丁寧に積み上げたものを、雑に崩す何て事はしません事よ! 

 

 先生には原作ルートの何倍も、何十倍も苦しんで欲しいですし、それを見た生徒達の無力感や悲壮、慟哭、懇願なんかを見てもっと苦悩して欲しいんですの。先生は決して命に頓着していない訳ではないんですわ、今周の先生は前周よりも自身の命を大切に感じていますし、生きることが出来るのならば生きたい、そう思っておりますの。ただまぁ、命を大切にする理由の大半が「生徒を悲しませない為」な訳ですが。

 

 けれど勿論、必要なら命を差し出す事に躊躇いはありません。極論、先生の前に立ち塞がる困難というのは前提として『命を懸けなければ突破困難な事象』ばかりな訳ですから。その掛け金に「生徒」か「自分」か……という二択を迫られた時、先生は絶対に後者を選ぶというだけの事なんですの。素敵ですわね♡ その生き方、誉高い。けれどそれを見た生徒がどう思うか考えた事ありますの? その末路がクロコですわよ。

 

 先生が膝を突いた時に、「ここで諦めたら、あなたに殉じた生徒みんな、無駄死にですわねぇ~?」って云う仕事したいなぁ……。あ、お給料は先生のお顔を拝見するだけで結構ですの。絶対歯を食い縛りながら立ち上がるって信じていますので。

 止まるんじゃねぇですわ先生! 手足が捥がれようと首だけになろうと、その意識が途切れる最期の瞬間まで進み続けるんですの! その先に、先生の信じる遍く生徒が笑い合える世界が待っていますわ! 希望の華ですわ~! はい歩いて! 歩いて先生! いや走れ! もっと走れ先生! んほ~、血反吐撒き散らしながら進み続ける先生は素敵でしてよ~!? 大丈夫! また転んだときは耳元で囁いてあげますからねっ!

 

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