ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

73 / 340
誤字脱字報告~☆(テッテテッテーテーテテー


命の証明

 

 数秒、意識を失っていた。

 いや、それが本当に数秒だったのかも怪しい程だった。

 凄まじい衝撃と爆音、そして飛来する瓦礫の影――それが先生の最後に見た記憶の全てだった。

 朦々と立ち上る砂煙と、舐めるように地面を覆う炎。背後から、瓦礫が崩れ落ちる音が響いている。そんな中で先生は朦朧とする意識を辛うじて保つ。痛みは全身に伝搬していた、飛来した小さな破片が体を殴打したのだろう。しかし、その程度で済んでいる事が奇跡だった。

 

 ――或いは、最後の最後にアロナが力を振り絞ってくれたのか。

 

 ぽたぽたと、額から流れる赤が地面を汚す。しかし、それを拭う気力も体力も、先生には無い。今の先生に分かるのは、自身の四肢が辛うじて繋がっていて、まだ死んではいない事だけだ。

 すぐ手元に、砂を被ったシッテムの箱が転がっているのが見えた。先生は震える手を伸ばし、シッテムの箱を手繰り寄せ、庇う様に抱え込む。画面は真っ黒に染まり、点灯するランプは――赤。

 バッテリーを全て吐き出したのだ。

 

 カーチェイスや便利屋のバックアップ、それらで総量も随分減っていたのだろう。出発前に充電を行っていたが、一時間以上のリンクは残量バッテリーを大きく削った。それに加え先程の爆発、あれは昔自身が体験したものより、随分と規模も威力も上だったように思う。運命の悪戯か、或いはただの偶然か――どちらにせよ、先生は歯を食い縛る。

 あぁ全く――自分はつくづく詰めが甘い、と。

 でも、それでも先生は、信じたいと思ったのだ。彼女を――ナギサを。

 例え、向けられるものが悪意だとしても――。

 

 先生は無理矢理腕を動かし、立ち上がろうとする。生徒を――補習授業部を、助けなければ。皆が無事かどうか、安否を知りたい。瓦礫に埋まっているかもしれない、怪我をして動けなくなっているかもしれない。

 だから、早く、立ち上がって――助けないと。

 それが、彼女を信じた自身の責務だ。果たすべき責任だ。

 

 そう、何度も心の中で呟き、歯を食い縛って立ち上がろうと足掻く。

 しかし、地面に突いた腕は簡単に力を喪い、先生は再び崩れ落ちた。シャーレの白い外套が砂利に塗れ、血を吸って所々変色する。先生の指先は震え、平衡感覚もなかった。爆発が、盛大に脳を揺らしていた。或いは、頭部を掠めた瓦礫のせいか。どちらにせよ、この場に於いて先生は酷く無力で――。

 

「……み――ん、な……」

 

 辛うじて保っていた意識が、徐々に遠のいていく。

 誰かの、声が聞こえる。燃え盛る炎の音と、建物の崩れる音、そして叫び声。

 けれど、それが誰のものかも分からない。

 先生は最後に小さく、彼女達の名前を呟き。

 

 ――そして、再び意識を失った。

 

 ■

 

「ごほ、ゴホッ! けほっ……うぅ、一体、何が――?」

 

 爆発は、補習授業部を文字通り部屋ごと吹き飛ばしていた。吹き飛んできた机の下敷きになっていたヒフミが、自身に覆い被さっていたそれを押し退け、立ち上がる。埃と砂利に塗れ、咳き込みながら近場に転がっていた自身のペロロバッグを抱えた彼女は、そっと目を開ける。

 

「皆さん、御無事で――」

 

 一先ず、皆の安否を確認しようと声を上げて――そして、周囲に広がる惨状に思わず絶句した。

 先程まで周囲を覆っていた壁は軒並み吹き飛び、瓦礫の山と化している。更に地面を這う炎と、立ち上る噴煙、それらを前にして意識が一瞬飛びかけ――しかし、何よりも大事な事を思い出し、蒼褪める。

 

「――せ、先生!? そうだっ……先生! どこですかッ!? 先生ッ!?」

 

 叫び、瓦礫を蹴飛ばし駆ける。声は周囲に響いていた。しかし炎の燃え盛る音と、瓦礫の崩れる雑音に紛れ、中途半端に掻き消える。周囲に忙しなく視線を向けるヒフミの傍で、小さく瓦礫が蠢く。

 

「っ、せん――!?」

「けっほ、こほッ……!」

 

 すわ先生かと目を向けた先、一拍して下から顔を覗かせたのは――コハル。煤と砂利に塗れ、黒い制服を汚した彼女は咳き込みながら瓦礫を押し退け、頬に付着した汚れを乱雑に拭った。

 

「こ、コハルちゃん……!」

「えほっ、痛っ……な、何……? ヒフミ? 一体、何が起きたの……!?」

 

 這い蹲り、瓦礫から抜け出したコハルをヒフミは引っ張り上げる。腕を引かれ、立ち上がったコハルは目を白黒させながら、自身と同じように煤と砂利に塗れたヒフミを見ていた。

 

「コハルちゃん、先生をっ! 先生を一緒に探してくださいッ!」

「え? な、なに、先生って、どうし――」

 

 そして、答えながら周囲を見渡したコハルは、その余りの惨状に声を喪う。目前に立つヒフミも、トリニティの制服が所々破れ、煤けている。しかし周囲はそれ以上の惨状を晒していた。割れ、圧し折れた机の残骸、吹き飛んで吹き抜けになった壁、崩れ落ちた上階、先程まで曲がりなりにも『建物』と認識出来ていた場所は、もう、どこにもない。

 

「な、なにこれ……!? 何で、こんな――」

「わ、分かりません……! 突然爆発が起きて、皆バラバラに飛ばされて……! それで、まだ先生がどこにも見当たらなくて……っ!」

「せ、先生が――!?」

 

 ヒフミの言葉に、コハルの表情が強張り、不安が表情に浮き出る。その脳裏に、最悪の想像が過った。こんな爆発、キヴォトスの生徒でも怪我を負いかねないものだ――それを、人間の先生が受けたら。

 

「ぐッ……何だ一体――爆発……?」

「っ……皆さん、ご無事ですか……!?」

 

 そうこうしている内に、噴煙を裂きながら現れるアズサとハナコ。爆発で吹き飛ばされ瓦礫に埋もれていた彼女達だったが、自力で脱出し他二名との合流に成功する。二人共あちこちに擦り傷や打撲痕が散見され、如何に爆発が大きかったかを実感させた。ヒフミとコハルは、無事であった仲間の姿に僅かな希望を抱き、笑顔を浮かべる。

 

「あ、アズサちゃん……! ハナコちゃんも……!」

「ヒフミちゃんと、コハルちゃんも無事ですね? 良かった……なら――」

 

 ハナコが微笑み、その視線が二人の傍をなぞる。そこに居る筈の、誰かを探して。

 ヒフミとコハル、そしてハナコとアズサ――考えている事は同じであった。ヒフミとコハルも、アズサとハナコの傍に視線を走らせる。自分達の傍に、先生は居なかった。だから、他の生徒の傍にいるのだと思った。

 けれどその姿は――どこにもない。

 徐々に全員の表情が強張る。

 

「――先生は、何処だ?」

 

 アズサが、どこか硬い口調で問いかけた。しかし、その問いかけに答えられる者はいない。炎の熱気を孕んだ、生温い風が吹いていた。空気が鉛の様に、重く感じる。

 

「わ、分かんない……! 私も、今、気が付いたばっかりで……! そ、そっちには居なかったの!?」

「っ……!」

 

 ハナコとアズサは息を呑む。ヒフミも、その表情は焦燥に塗れていた。どちらも先生を発見出来ていない、となれば先生は、今もこの瓦礫の山の何処かで――。

 

「と、兎に角! 瓦礫の下とか……! 先生を早く、早く見つけないと……っ!」

「ッ、待て、コハルッ!」

 

 コハルが兎に角我武者羅にでも動かなければと、目についた瓦礫に手を掛けた瞬間、アズサが制止を叫ぶ。びくりと体を震わせたコハルは、中途半端に瓦礫を掴んだまま固まった。

 

「……不用意に瓦礫を崩しちゃ駄目だ、下手に崩して、先生が下に居たら――」

「ぁ……ぅ――」

 

 その言葉の続きを意識したのだろう。コハルは蒼褪めた表情のまま、身体を強張らせ瓦礫から手を放す。焦る気持ちは皆同じであった、しかし自分達の行動が先生の生死に直結すると意識した瞬間、抱えきれない、巨大な恐怖と焦りが胸の内側を支配した。体が強張る、血が凍る様だ、心臓が早鐘を打ち始め嫌な汗が背中に滲む。

 それは彼女達が初めて感じる――絶望の予感。

 ハナコは不安に駆られる補習授業部を見渡した後、跳ねまわる感情を一時でも収めるために、深く息を吸い込んだ。炎に炙られ、熱気を孕んだ空気は酷く不味い。むせ返りそうになるそれをしかし、無理矢理に肺に留め――彼女は告げる。

 

「……得策ではありませんが、二人ずつに分かれて捜索しましょう」

「で、でも、全員で別れて探した方が……!」

「二次災害の恐れがあります、先生を見つける前に私達が斃れてしまえば意味がありません……!」

 

 ハナコはそう云ってアズサの肩を叩き、未だ辛うじて形を保っている屋内を指差す。今は問答をしている時間すら惜しい、その意図を汲んだアズサはヒフミとコハルに一つ頷きを見せ、ハナコと共に駆け出した。残された二人も、蒼褪めた表情をそのままに、しかし足を動かす。兎に角、先生を探す――今、考える事はそれだけで良い。

 

「けほっ……っ、流石に屋内となると――嫌な煙だ……! 急ごう、長居するのは拙い……!」

「そうですね……っ!」

 

 アズサは口元を腕で覆いながら叫ぶ。ハナコもなるべく姿勢を低くしたまま、ハンカチで口元を覆った。アズサは腰にぶら下げたマスクを被らない。今は、その僅かな視界の狭まりすら嫌った。

 

「先生!? 何処ですか、先生っ!?」

「せ、先生ぇ……っ!」

 

 ヒフミとコハルは声を張り上げ、周囲の噴煙を掻き分けながら進む。時折、瓦礫の崩れる音が響き、その度に先生が居るのではと音の方向へと足を進めた。それらしい影が見えれば慎重に瓦礫を引っ繰り返し、先生ではない事に落胆する。時間が経過すれば経過する程、彼女達の焦りは加速した。

 ハナコは周囲に視線を配りながら、半分崩れかけの建物を見上げる。そう長い間、此処で捜索をする事は出来ないだろう。建物は今にも崩れ落ち、潰れてしまいそうだった。そんな事を考え、ふと視線を落とす。

 

 ――足元に、青い(シャーレ)腕章が転がっていた。

 

「――ッ!」

 

 咄嗟に屈み、ハナコは腕章を握り締めると、周囲を血走った目で観察した。どのような、僅かな痕跡すら見逃すまいと瞳を動かすハナコは――出入口を塞ぐように積み上がった瓦礫、その向こう側に微かな白を見つける。

 

「――居たッ! アズサちゃんッ!」

「っ……! ヒフミ、コハルッ、こっちだ!」

 

 ハナコが叫ぶのと、アズサが後方に声を張るのは殆ど同時だった。その叫びを聞いたヒフミとコハルは、急ぎ踵を返す。先生は試験を行った部屋から更に奥まった小部屋、その隅っこに蹲っていた。出入り口は瓦礫で封鎖され、中途半端に崩れ落ちた壁は体を差し込めるほどの隙間が無い。積み上がった瓦礫の隙間から中を確認したヒフミとコハルは、倒れ伏した先生を見て叫ぶ。

 

「せ、先生っ!?」

「た、倒れてる……!? は、早く! 早く行かないと……ッ!」

 

 叫び、自身の前を塞ぐ瓦礫に手を掛けるコハル。しかし、コハルの体格の数倍もあるそれは単独で押し退ける事は難しく、アズサはコハルに続き瓦礫を掴みながら皆に助力を請うた。

 

「っ、瓦礫を退かす……っ! 皆、手伝ってくれッ!」

「えぇ!」

「は、はい……ッ!」

 

 全員が瓦礫に手を掛け、思い切り押し退ける。コンクリートの壁であったそれは全員の力によって持ちあがり、そのまま横合いへと転がされた。地面が揺れる様な振動と、大きな風圧が皆の頬を撫でつけ、砂塵が周囲に巻き上がる。それらを掻き分け、補習授業部は部屋の中へと踏み入った。

 

「っ、やった……!」

「――先生ッ!」

 

 瓦礫を撤去し、先生の元へと駆け出すヒフミとコハル。アズサも愛銃を抱えながら踏み込み、ハナコは先生の周辺に危険が無いか注意深く視線を配りながら駆け出した。

 

「ぐッ――……」

「せ、先生……!」

 

 ヒフミは、目の前で倒れ伏す先生を見る。月明かりと周囲の炎は、先生の状態をこれ以上ない程鮮明に映し出した。砂利と血で薄汚れたシャーレの外套。頭部をぶつけたのか、或いは切ったのか――流れ出る血は先生の頬を伝い、僅かな血だまりを作っている。

 先生の髪を払い傷口を確かめたヒフミは、表情を強張らせたまま呟いた。

 

「ど、どうしよう、どうしよう……!? 頭から血が……ッ!?」

「わ、私、包帯持っているから! しょ、消毒も……!」

「兎に角見える部分の止血を、血を止めなければ……アズサちゃん!」

「うん、周囲の警戒は任せて……!」

 

 ハナコは俯せに倒れ伏した先生の口元に手を当て、呼吸を行っている事、脈拍がある事を確かめ、体を横たわる様に動かす。時折崩れ落ちる建物の音に肩を震わせながら、コハルは涙目で先生の傷口に包帯を巻きつけた。震える指先は上手く動かず、巻き方も滅茶苦茶だった。それでも、血を止める事は出来る。包帯の表面に滲み出す赤色に不安を煽られながらも、ヒフミは努めて冷静に在ろうと自身に言い聞かせた。

 

「は、ハナコちゃん、先生は……?」

「……幸い、目や口、耳から出血は見られません、他にも大きな傷はありません……ですが――」

 

 体の中身がどうかは分からない。そもそも、この頭部からの出血が瓦礫が飛来してぶつかったものか、或いは掠めて表面だけを派手に切ったのか、それすらも分からないのだ。

 ――下手をしなくても、死ぬ可能性があった。

 アズサは周囲に目を配りながら、時折先生を緊張した面持ちで見つめ、呟く。

 

「出来れば、安静にしておきたいけれど……」

「此処に留まるのは危険です」

「……うん、私もそう思う」

 

 ハナコの返答に、アズサは頷く。この爆発は何なのか、誰が行ったのか、どこから攻撃されたのか、一切不明。その事を考えると、このままこの場に留まるという選択肢はまず取れない。他に大きく出血している部位がない事を確かめ、ハナコは先生の頬に流れた血を指先で拭う。

 

「――ここまでやるというのですね……ナギサさん」

 

 誰からの攻撃なのか、何処から行われたのか、それらは分からない、しかし――意図的なのは明らかである。悪意を持った攻撃だ、補習授業部を害そうという意思を持った攻撃だ。実行犯が誰かは不明でも、その背後に居る――黒幕は明白だった。

 

「――面白くなってきたではありませんか」

「………」

 

 先生を見下ろすハナコの表情は影になって見えない。しかし、声に煮えたぎる様な感情が含まれている事を、アズサは感じ取った。それは、彼女にとって酷く馴染のある感情であったから。アズサの古巣では、その感情こそが全てであった。

 しかし、その言葉を真っ直ぐ受け取ったヒフミは表情を一変させ、叫ぶ。

 

「お、面白くって……こんなっ、先生が死んでいてもおかしくなかったんですよッ!?」

「えぇ、その通りです、正直全く以て笑える状況ではありません、言葉が悪かったですね――憤って来た、と云うべきでしょうか」

「こんなの……試験どころじゃないじゃん……!」

 

 コハルは呟き、涙を零しながら先生の腕を掴む。試験用紙は紛失し、それどころか筆記用具も消失した。バッグと愛銃が無事だったのは奇跡だった。そうこうしている内に、先生の手を握っていたヒフミは、その指先が小さく震えた事に気付いた。はっとした表情で、ヒフミは先生の顔を覗き込む。

 

「ぅ……ヒフ、ミ……?」

「っ、先生! 意識が――!?」

 

 先生が薄らと瞼を開け、口を開く。皆が先生の顔を覗き込み、涙目のまま安堵の笑みを浮かべた。

 

「せ、先生! よ、良かった……っ!」

「先生、私達が分かりますか? 痛みや吐き気などは……?」

「だ、いじょ……ぶ――みん、なも……――け、が、は……?」

 

 どこかもどかしそうに口をまごつかせ、苦笑を浮かべる先生。アズサはその様子から凡その事態を把握し、顔を顰め呟く。

 

「――舌が回らないのか」

「……頭部に強い衝撃を受けた影響、ですね――大丈夫です、安心して下さい先生、皆、無事ですから……!」

「と、取り敢えずこんな所、もう離れようよ!? もう試験とか云っていられないでしょ!? こんな危険な場所に先生を置いておきたくないしっ……!」

 

 コハルはそう叫び、先生の腕を抱えたまま周囲を忙しなく見渡す。地面を舐める炎、崩れ落ちる建物、どう考えても安全な場所などではない。その言葉にアズサは頷き、廃墟街の外を指差した。

 

「賛成する、攻撃してきた相手がいつ突撃してくるかも分からない、移動するべきだ」

「そう、ですね……急ぎトリニティに戻りましょう――!」

 

 ヒフミは告げ、ペロロバッグを背負い直す。地面に転がっていた愛銃を掴むと、表面に付着していた砂塵を払い退け――常よりどこか真剣な、挑む様な視線で周囲を睥睨し、叫んだ。

 

「――ハナコちゃん、先生をお願いします! アズサちゃん、先導を! コハルちゃんは私と一緒に先生とハナコちゃんの護衛をお願いします!」

「了解!」

「ま、任せてっ!」

 

 ヒフミの指示に、皆は一瞬の迷いもなく頷く。ハナコは先生の傍に屈み込み、その上体をそっと起こしながら問いかける。

 

「先生、今から背負います……腕を回せますか?」

「……も、ちろん」

 

 その表情は不安に塗れていたが、ハナコは努めてそれを裏に隠した。伸ばされた腕を肩に掛け、ハナコは静かに、しかし素早く先生を背負う。ハナコに背負われた先生は、懐に仕舞われたタブレットに視線を落としながら、そっと口を開いた。

 

「ひ、フミ……」

「は、はい、先生……!」

 

 声は小さく、震えていた。しかしヒフミはその声を捉え、振り返る。炎に照らされた彼女の表情は、いつもよりずっと大人びて見えた。大きな不安と焦燥を抱えながらも、しかしそれ以上の『何か』で上塗りしているような、そんな表情。

 先生の瞳が、少しだけ悲し気に絞られる。

 

「可能な、限り……ゲヘナ、との……交戦、は……避けて――」

「――分かりました」

 

 先生の言葉に、ヒフミは一も二もなく頷く。その言葉の意図が理解出来なくとも、先生の指示が間違う筈がないという信頼があった。考える事は後でも出来る、今は兎に角、動いて此処を脱しなければならない。

 アズサが噴煙を裂き、先導する為に駆け出す。先生を背負ったハナコが頷いた。ヒフミは愛銃の安全装置を弾き、コハルと視線を交わらせた後、告げる。

 

「出発しましょう……!」

 

 前を見据える彼女の瞳は何処か寒々しく、鋭かった。

 

 ■

 

「うっひょ~ッ! 凄い炎だっ!」

「芸術は爆発だ~ッ!」

「でも温泉は出て来なかったぞ?」

「うーん……もう少し下だったとか?」

「まぁ周辺は綺麗になったし、後は掘削で何とかするぞ!」

「りょうか~い!」

 

 盛大な爆発と、空まで立ち上る噴煙、その残滓に燥ぐ温泉開発部。爆発によって廃墟街は見るも無残な姿を晒し、朦々と立ち上る砂塵と地を這う炎は彼女達のロマンを大いに満足させた。黒焦げ、崩れ落ちた瓦礫の山と、中途半端に残った建物のフレーム。明かり一つ見えなかった廃墟街は、立ち上る炎によって今や昼の明るさを取り戻している。

 そんな結末を見届けた温泉開発部のひとりは――そっと、その場を離れた。

 開発に乗り出し、嬉々として瓦礫の撤去、地面の採掘を開始した温泉開発部は、彼女に気付く事がない。

 

「………」

 

 闇夜に紛れ、崩れ落ちた建物の中に、口元を覆っていた布と温泉開発部のヘルメット、腕章を剥ぎ取るや否や放り捨てる。途端、彼女の頭上にあったヘイローが捻じ曲がり――全く別の色、形へと変化した。

 今回の作戦にあたり支給された、『ヘイロー偽装装置』。それがどうやって作られたのか、誰が作ったのか、そしてどんな副作用があるのか。彼女達はそれを知らない。知る必要がない。

 腰に巻き付けていた衣服の中に潜ませたガスマスクを手に取った彼女は、そっとそれを被る。

 すると暗がりから、同じマスクを着用した生徒が顔を覗かせた。

 彼女は温泉開発部の装いをした生徒を一瞥し、そっと手に持ったコートを差し出す。白い、丈の長いそれを無言で受け取り、着込む生徒。その腕に付けられた腕章のマークは――アリウス。

 

「――首尾は?」

「……一帯を消し飛ばした、馬鹿と鋏は使い様だな」

「……そうか、なら任務は完了だ」

 

 報告を聞き届けた生徒が手を挙げ、頭上で二度、三度、円を描くように動かす。すると周囲の暗がりから、全く同じ格好をしたアリウス分校の生徒達が現れた。彼女達の一人が燃え盛る廃墟街に視線を向け、それから罅割れた端末を操作する。

 

「――此方チームⅠ、大規模な爆破誘導に成功、回収を請う」

『……此方CP、了解、チームⅡを回収に向かわせる、陽動作戦中のチームⅢ、チームⅣとデルタ地点で合流後、スクワッド待機ポイントまで撤退しろ、以上』

「了解、合流後ポイントまで撤退する、通信終了」

 

 指示を聞き届けた生徒は周囲に目を配り、一つ頷く。他の面々も頷きを返し、彼女達は廃墟街の外へと無言で駆け出した。しかし、温泉開発部に潜入していた最後のひとりがふと、足を止めて振り向く。

 彼女の視線の先には、炎の中で無邪気に温泉を求め活動する部員達の姿があった。笑顔で、何の躊躇いも憂いもなく、思うがままに振る舞う様。それを見て、彼女がマスクの奥でどの様な表情を浮かべたのか――それは定かではない。

 

「……ゼロフォー(四番)、どうした?」

「……いや」

「――潜入している間に、愛着でも沸いたか」

 

 どこか、吐き捨てる様な云い方だった。

 ゼロフォーと呼ばれた生徒が顔を向ければ、月明かりと炎に照らされた生徒――部隊長が此方を見ていた。その視線には、心なしか憐れみの色が混じっている様にも思えた。

 ごう、と。

 風に煽られた炎が唸りを上げる。

 向こう側から、温泉開発部の笑い声と、掘削音が響いていた。自分達の周囲は、こんなにも静かであると云うのに。その無邪気さが今は、何よりも羨ましくて、そして憎たらしかった。

 一時――ただの一時、あの中に混じっていたから、尚更。

 彼女は拳を握り締めると、顔を俯かせ、呟く。

 

 ――vanitas vanitatum, et omnia vanitas

 

 幼い頃からずっと繰り返され、教えられてきたこの世の真理。すべてに意味はなく、すべては虚しいもの。どのような喜びも、どのような悲しみも、どのような怒りも、どのような楽しみも、全ては無に帰す、無意味な代物なのだと。

 だから、考える事は無駄で。

 だから、感じる事も無駄で。

 ただ諾々と従い、動き、無意味に戦い、無意味に死ぬ――それで良い。

 そうやって生きて来た。

 それ以外の生き方を――自分達(アリウス)は知らない。

 

「……何でもない、行こう」

「……あぁ――それで良い」

 

 部隊長は強く、強く握り締めていた銃のグリップを、そっと離す。その指先が、引き金に掛かっていた事をゼロフォーは知っていた。横を通り抜け、駆け出すゼロフォー。その背中を見送り、部隊長は最後に温泉開発部を一瞥する。

 

「……無様なものだ、ゲヘナも、トリニティも――」

 

 そしてきっと、私達も。

 

 それが言葉として発せられる事はなかった。ただ、部隊長は手に持った銃を握り締め、炎に照らされた明かりの中で駆けまわる温泉開発部を一瞥し。

 仲間の背中を追って――暗闇の中へと足を進めた。

 


 

 ここからどんどん、苦しくなっていきますわよ。

 先生も、補習授業部も、ナギサも、ミカも、アリウススクワッドも、アリウスそのものも。

 自分の大切なものと、大切な居場所と、自身の信念の為に戦って、騙して、傷ついて、泣き叫ぶんですの。誰が間違っているとか、誰が善で、誰が悪だとか、そういう領域は疾うの昔に通り過ぎてしまっているんですわ。だからこそ先生は、そんな生徒達に寄り添うべく、必死に足掻いて抗って、傷だらけになりながらも皆を守ろうと立ち上がり続けて欲しいですわね……。うぅ、先生恰好良いよ……だからもっと血を流して……血を流すと先生は格好良くなって生徒が可愛くなるから……。

 

 エデン条約にて、セイアは第五の古則について語っていましたわね。

『楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事は出来るのか』――彼女はこの問いかけに対し、帰還する者が居なければその存在を証明出来ず、帰還する者が居たらそこは楽園ではなかったと解釈していますわ。

 

『楽園に辿り着きし者の真実を、証明する事は出来るのか』

『出来ない――そして証明出来ないものを、人は信じる事が出来ない』

 

 これがナギサのスタンスですわ。ヒフミの心を、感情を、その善悪を証明出来ないのなら、信頼する事は出来ない。分からない事を人は恐れる。だからこそ証明が欲しい、目に見える形で示して欲しい、それを差し出される事によって安心したい、納得したい、信じたい。そして出来ないのなら、信じる事は出来ない。

 

 そして実はこれ、ハナコに関しても含まれているんですの。

 自分を信じているのなら、先生の秘密を教えて欲しい。目に見える形で証明して欲しい。そして先生の力になりたい――根本的にナギサと異なる点は、ハナコは証明できないという解を差し出された時点でも、先生を信頼しており、その根底は揺らがなかった。ナギサはそもそも、その問いかけ自体を拒んだ――という点ですわね。ナギサは、ヒフミにその問いを投げかける事すらしなかったんですの。

 因みにバッドエンドルートだと、ハナコもナギサ側に堕ちますわ。楽園なんて存在しねぇんですの、証明もクソもありませんわ、全員地獄を見ろエンドですの。まぁ先生がトリニティの為に、補習授業部の為に、生徒の為に奔走している傍らでその善意を利用した挙句ぶち殺したら、そりゃあもうハナコの真っピンクな心が真っ黒クロスケでダークサイドで、「下らないお遊びでしたね、ナギサさん」になりますわ。はー可哀そう、可愛いね♡ また先生が死んでおられるぞ。

 

 まぁでもまだまだジャブ程度ですから、セイアちゃんの夢見た未来を実現すべく、頑張って先生を苦しめますわ~! 正義実現委員会と補習授業部の夏休み……書くかどうかマジで悩みますわね……。ぶっちゃけ直ぐにでもミサイルぶち込みたい気持ちがありますが、海できゃっきゃうふふ♡ 夏の思い出、沢山、青春! からのミサイル着弾、先生手足もぎたて♡にーちゅ! 透き通る様な世界観で送る学園×青春×RPGが王道かなって……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。