深夜――合宿所、先生の部屋にて。
その夜、先生はひとり明日の授業教材をチェックしながら、無言で作業に勤しんでいた。その日の夜は常よりもどこか静かで、昏く感じる。並べられた教材と何度も確認した痕跡が見受けられる過去問題集の山。それらを横目に、淡々とプリントを捲る先生。
補習授業部の学習進捗度は、決して良好とは云い難い。それは生徒が頑張っていないだとか、そういう事ではなく、単純に試験範囲が三倍になった事による影響だった。カバーしなければならない範囲が広い為、圧倒的に学習時間が足りない。彼女達は努力している、それこそ食事の時間や、ちょっとした隙間時間にさえ暗記を詰め込もうと必死になり、文字通り一日中勉学に励んでいる程に。
その努力に報いたいと思う、この困難を乗り越えさせたいと思う。けれど一週間という時間は余りにも短い。先生は最近薄らと浮かんだまま消えなくなった隈を摩り、少しばかり椅子に身を預ける。天井を見上げながら息を吐き出すと、少しだけ楽になった気がした。
昨日は、二時間ほど眠る事が出来た。
夜に一時間、昼に三十分と、夕刻に食堂で三十分。時計を見れば、既に時刻は四時を回っている。先生はテーブルの上に散乱した資料を眺め、苦笑した。もう少し、模擬試験の内容を詰める必要がある。こういう時にアロナは非常に頼りになった、トリニティ側が出題してくる可能性が高い問題を過去問から優先的に割り出してくれている。自分はそれを選別し、数字や内容を少しばかり弄ったり、表現を変えて模試に落とし込むだけだ。一人でやるよりずっと楽だった。もし自分一人だけだったら――多分、過労死していただろうな。
そんなあり得た未来を思い浮かべ、忍び笑いを零す。
「――ん?」
ふと、ノックの音が聞こえた。先生が顔を上げると、同時に扉の向こう側からくぐもった声が聞こえて来る。
「――先生、私です」
「……どうぞ」
先生はその短い言葉に、透かさず入室の許可を出す。ゆっくりと開いた扉、そして空いた隙間から素早く部屋の中に体を滑り込ませる人影。内は白く、外は黒いウィンプルを目深く被った彼女は、後ろ手に扉を閉める。先生は静かに席を立つと、彼女と向かい合う様にして佇んだ。
「目は?」
「問題なく――救護騎士団の方々が助力して下さいました、私自身は今、聖堂に居る事になっておりますので」
「……ミネは不在なのに、動いてくれたのか」
「この所、ティーパーティーに不自然な動きが多すぎましたから」
そう云って、深く被っていたウィンプルをズラす生徒。その中にある銀髪が揺れ、強い理性と信念を感じさせる瞳が先生を捉えた。
「……お久しぶりですね、先生」
「うん、久しぶり――サクラコ」
微笑み、先生は言葉を返す。
先生の前に立つ彼女――サクラコは、久々の再会に歓喜の笑みを浮かべるのだった。
■
「ごめんね、本当は私が足を運べたら良かったのだけれど……」
「構いません、先生は常にマークされていますから――まぁ、私も似たような立場ですが、先生と比べればまだ監視の目も緩い方でしょう、私達シスターフッドは元より、その様に在った組織ですので」
そう云って背筋を正し、椅子に腰掛ける彼女は頷く。先生は電気ケトルで沸かした湯をマグカップに注ぎ、いつも補習授業部に振る舞っていたココアをサクラコへと差し出した。自身の目の前に置かれたソレに、サクラコは目を瞬かせる。
「あら……先生、これは?」
「ココアだよ、甘いもの、好きでしょう?」
「それは、た、確かに甘味は好みますが――」
「いつも肩肘張っているし、偶にはね? あ、御菓子もあるけれど食べる?」
「こ、こんな夜更けにですか? いえ、施しに遠慮をする訳ではありませんが、その、こんな時間に食べては、た、体重が……」
「そう? 勿体ないなぁ、商店街の限定マカロン、『シラユキ777』……折角手に入ったからサクラコに御裾分けしようと思ったんだけれど、要らないなら仕方な――」
「――有難く頂きます」
云うや否や、サクラコは凄まじい重圧を放ち、先生の取り出した箱を力強く掴んだ。普段甘味を口に出来ないサクラコは、限定という言葉に酷く弱い。彼女の体重云々の話は遥か彼方に吹き飛び、先生から強奪――もとい施しを早速とばかりに開け、綺麗に並んだマカロンを恍惚とした表情で眺めると、早い者勝ちと云わんばかりの素早さで一つ摘まみ口に運んだ。
「……ん~っ!」
瞬間、舌に広がる甘味。体全身が喜びを上げていると感じる程に染み渡るソレ。サクラコの表情がトロトロに溶け、普段の彼女からは想像もできない幸福に満ちた笑顔を浮かべていた。
シスターフッドの代表として、常に人に見られているという意識を持ち、厳格に、清廉に振る舞う事を常に意識している彼女は、人前で菓子を口にする事も、ましてや他者に強請る様な事もしない。かと云ってコソコソ甘味を買いに行くことも出来ず、歯痒い思いをしてきたが――やはり、甘味は良い、心が穏やかになる。
サクラコは強くそう思った。
「どう、美味しい?」
「っ、は、はい、大変美味で……」
「それ全部食べて良いからね、元々サクラコの為に用意したものだから」
「えっ……ぜ、全部ですか!?」
「うん、遠慮しないで」
「――………」
サクラコは驚愕の表情で自身の前に置かれたマカロンを見つめる。限定マカロン、シラユキ
この八個が、全部自分のもの……? 全部、食べてしまっても構わない……?
ごくりと、唾を呑み込むサクラコ。ならば、早速もう一つ――。
そう思い、マカロンに指を伸ばす彼女。
しかしふと、彼女の脳裏に――マリーとヒナタの姿が過った。
「……サクラコ?」
「申し訳ありません、先生、その……」
中途半端に伸ばしていた指を引っ込め、サクラコはおずおずと問いかける。
「このマカロンですが、持ち帰っても構わないでしょうか? 私ばかり甘味を頂くのは、やはり……マリーやヒナタも普段は甘いものを控えていますし、二人にも食べて頂きたくて――」
どこか申し訳なさそうにそんな言葉を口にするサクラコに、先生は少しだけ目を見開いて、それから優しく微笑み頷いた。
「……あぁ、勿論構わないよ」
「っ、そ、そうですか、その慈悲に感謝を!」
ぱっと、表情を輝かせてマカロンの入った箱を閉じるサクラコ。こんな事なら、もう二セット買っておくべきだった。先生は心の中で少しだけ悔いる。しかし限定セットはひとり一つまでで、三セット購入するとなると三日連続時間を確保する必要があり――ままならないものだと、軽く頬を掻いた。
「んんッ、で、では、一先ず本題に入りましょう、先生」
「そうだね……今は一分一秒が惜しい」
「えぇ――それで、煌めく炎の剣はご確認頂けましたか?」
「うん、ちゃんと読んだよ……まぁ、そうじゃないと此処で顔を突き合わせることも無かったと思うし」
「ならば、向こうの動きは?」
「詳細は掴めていないけれど、大まかな動きなら予測出来る」
そう云って頷く先生。過去問の中に紛れ込ませていた、一枚の紙を引き抜き、サクラコの前に差し出す。彼女はそれを受け取ると素早く目を通した。
「……決行は、第三次特別学力試験ですか」
「恐らくね、或いは前後にズレ込む可能性はある――どちらにせよ、この数日の間に決着がつくと見ているよ」
「妥当な判断かと」
紙には、最近の各派閥の動きが時系列順にまとめられている。先生直筆である為か、やや角ばった書体が何とも新鮮だった。それらの文字を指先でそっとなぞり、思案の様子を見せるサクラコ。
「仮に事が起こるとして、独自に動ける勢力はシスターフッドと、救護騎士団の一部のみ……あとは私達、補習授業部位か」
「正義実現委員会は完全に手綱を握られてはいないとは云え、一応ティーパーティー管轄ですから、上から指示を出されてしまえば動けなくなる可能性が高いでしょう――外部からの増援という手段も一応、ありますが」
「……この時期にそれは、悪手だろうね」
「えぇ、同意見です、この件に関してはトリニティ自治区内で処理する必要があります、学園に所属しない生徒でもいれば別ですが」
「………」
先生の脳裏にrabbit小隊とアリウススクワッドの姿が過った。しかし、嘗ての彼女達はもう、何処にも居ない。自身はまだ、彼女達の手を取れていない。その事実に少しだけ、胸が軋む。
「そうでなくとも、自身の学園の事ですから――それを治めずして他者に恃む等、以ての外でしょう」
「……ごめんね、シスターフッドにこんな、政治干渉めいた真似を」
「――構いません」
先生の言葉に、サクラコは強い意思を秘めた瞳と共に、そう断じた。
「いつか、こうなる時が来るのだと思っておりました――それが只、私の代であった、それだけの事」
言葉は揺ぎ無く、彼女の態度は泰然としていた。シスターフッドは常に、トリニティの中でも直接的な政治干渉を避けて来た組織である。それは救護騎士団も同じであり――彼女達の場合はその理念上そう在る事が自然なのだが――露骨な政戦や派閥争いなどは彼女の望むところではない。それでもやはり、トリニティに於いて一大派閥である事は変わらず、水面下での小競り合いはずっと昔から続いていた。
故に、いつかこうなる事は必然だったのだ。トリニティという巨大な船が、ティーパーティー一つで支えられなくなくなったのなら、同乗している自分達も動かねばならない。
サクラコはそんな意思を込めて、先生の声に応える。
「それに、他ならぬシャーレからの要請です、このキヴォトスに生きる生徒の一人として、トリニティの一員として、助力致します」
「……ありがとう、助かるよ」
数秒、間があった。先生はあらゆる言葉を呑み込み、頷く。そして先程とは異なる、折り畳まれた一枚の紙を懐から取り出すと、それをサクラコへと差し出した。摘まめるほどに小さく折り畳まれたそれを、彼女は疑問の目で捉える。
「……これは?」
「私が予測する、【彼女】のシナリオだ、口頭で説明するとしても中々に時間が掛かりそうでね……悪いけれど、読み終わったら燃やして処理して欲しい――くれぐれも露呈しないように頼む」
「――分かりました」
余程重要な情報なのだろうと、真剣な表情で折り畳まれたそれを受け取るサクラコ。手の中に収まったそれを見つめる彼女は、ふと揶揄う様な色を浮かべながら口を開いた。
「こうして話していると時折、先生は未来を知っているのかと疑ってしまう事がありますね」
「……まさか」
「ふふっ、えぇ、ほんの冗談です」
「……サクラコが冗談を口にするなんて、珍しいね」
「日々精進ですから」
そう云って誇らしげに胸を張る彼女に、先生は苦笑を漏らす。冗談ですら精進と口にする彼女の、その生真面目さが浮き彫りになった瞬間だった。
「しかし、良く動きが掴めましたね、一応此方でも水面下で探ってはいますが――」
「この騒動の根本に居る人物と……以前、ひと騒動あったんだ、蛇の道は蛇ってね」
「……余り深く聞く事はしないでおきましょう」
「賢明だ」
彼女の言葉に、先生は肩を竦める。こういった事は、大人のやり方なのだから。
尽くせるだけの手は尽くした、元より少ない手数を増やせる為に足掻きもした。自身が出せる表の札は、全て切ったと考えて良い。
「さて――出来得る限りの手は尽くした、後は彼女達がどう出るかどうか」
「……信じましょう、事の成功を」
サクラコはそう云って両手を握り締める。それは祈りにも、自負にも見えた。
――そうだ、己が弱気でどうするというのか。先生は両手を握り締めると、そっと目を閉じ、頷いて見せた。
「……あぁ、そうだね」
■
そうして、時は過ぎていく――。
■
第五次補習授業部模試、結果
ハナコ―百点 合格
アズサ―九十四点 合格
コハル―九十点 合格
ヒフミ―九十三点 合格
特別学力試験まで――あと三日。
■
第六次補習授業部模試、結果
ハナコ―百点 合格
アズサ―九十一点 合格
コハル―八十三点 不合格
ヒフミ―八十九点 不合格
特別学力試験まで――あと一日。
■
「……ついに明日、ですね」
「はい……」
「………」
第二次特別学力試験から六日後の夜。
遂に第三次特別学力試験を明日に控えた補習授業部の面々は、どこか浮足立った雰囲気で過ごしていた。時刻は既に夜、寝るには少しばかり早い時間帯であるが、自習時間は疾うの昔に過ぎている。それでも尚、皆が手を伸ばせる範囲に参考書の類を置いているのは不安の表れか。この三週間の内に何度も捲り、確認したページは半ば捲り上がって、擦り切れ始めている。色褪せた表紙を見つめながら、ヒフミは両手を握り締める。
第二次特別学力試験からの一週間、出来得る限りの事はして来た。お風呂とトイレ、そして睡眠時間以外、殆ど学習に費やして来たと云って良い。食事をしながら暗記帳を捲って、僅かな時間さえも惜しむ程だった。多分、自分ひとりだけでは心折れていただろう。耐えられたのは、補習授業部の皆が同じように努力していからだ。隣で同じように苦心しながらも、それでも諦めない皆の姿勢に救われた。
だから、きっと上手くいく。ヒフミは自分にそう云い聞かせる。
「ま、まさか、また急に色々変わったりしないよね?」
「はい、今のところは――」
コハルがどこか不安げにそう声を上げれば、ヒフミは頷いて見せる。あの試験以降、彼女はこまめに端末で掲示板をチェックしていた。少なくとも今日の昼頃に確認した時は、不審な点はなかった筈だ。
「そうですね、試験範囲は以前の通り、合格ラインも変わらず九十点以上、場所はトリニティ第十九分館、第三十二教室、本館からは離れていますが、そこまで遠くはありません――時間は、午前九時から」
そう云って、ハナコは自身の端末を操作する。記載されている内容に誤りはない、時間も場所も常識の範囲内。少なくとも文面から何か策謀の色は見えなかった。
「……むしろ気になる点と云えば、昨日から本館が不自然な位静かな事です、
「不気味、ですね」
呟き、ヒフミは目を伏せる。本校舎から離れたこの合宿所では、トリニティ全体の動きを掴むことが出来ない。普段教室に通っている状態ならばまだしも、隔離された環境では噂話の一つすら拾う事が出来なかった。
「……念の為、今晩も私の方で掲示板をずっと見ておきます」
「は、ハナコちゃんも寝た方が……」
「ふふっ、私は大丈夫です、それに、私にはこれくらいしか出来ませんし……」
「そ、そんな事ありません! ハナコちゃんが凄く丁寧に勉強を教えてくれたおかげで、私もアズサちゃんもコハルちゃんも、すっごく成績が上がって……!」
「それは、皆さんが頑張ったからですよ」
告げ、ハナコは微笑む。
この一週間、ハナコは自身の勉学を他所に三人の学習の手助けを率先して行っていた。元々一年から三年の学修課程を修了しているハナコである。彼女ひとりだけならば、試験範囲が十倍になろうが百倍になろうが関係ない。故に彼女は今回の試験範囲の内容、その要点を押さえ分かりやすく彼女達に教え続けていた。
三人の顔を見渡しながら、ハナコは内心で様々な感情を巡らせる。
アズサ、ヒフミ、コハル、全員の顔に疲労が滲んでいた。アズサはまだ平気そうにも見えるが、コハルとヒフミの両名は既に目の下に隈が薄らと浮かび、その顔色は決して良好とは云い難い。この一週間、彼女達は殆どの時間を勉強に費やし続けた、そしてそれでも尚時間が足りない事を悟った時、皆が睡眠時間を削る事を決めたのだ。
以前の自習時間は夕刻を僅かに過ぎた時間までとしていたが、この一週間に限り就寝時間ギリギリまで伸ばしたのである。更に、これは暗黙の了解となっているが、就寝後も皆が端末の僅かな光で勉強し続けている事をハナコは知っていた。他の皆に迷惑を掛けないように、布団を頭まで被って、小さな暗記帳を捲るのだ。全員が皆の足を引っ張りたくないと、自分の失敗で退学などにさせまいと、必死になっていた。
だからこそ、ハナコは何とも遣る瀬無い感情を抱く。これ程の頑張りが、報われない事などあってはならない。その努力を、献身を、頑張りを直ぐ横で見ていたからこそ、彼女は万感の想いを込めて呟く。
「……何日も碌に睡眠を取れていなかったのに、必死に机に向かって……本当に、よく頑張ったと思います」
「――うん、その通りだ」
その声に、同調する者がいた。
扉を開け顔を覗かせる人物。皆は彼を視界に捉えた瞬間、ぱっと疲労の滲む表情を喜びに輝かせた。
「先生!」
「やぁ、ごめん、遅くなって」
手を振り、笑顔で部屋に踏み込む先生。就寝前に先生が生徒達の部屋へと顔を出すのは日課となっており、この一週間彼がこれを一日にも欠いた事はない。元々は体調不良の生徒などが出ないか心配していた先生による回診モドキであったが、今では単純な習慣となっていた。
「ハナコも、ちゃんと睡眠はとって、掲示板は私が確認しておくから」
「先生、しかし――」
「万が一でも不合格になる不安要素は取り除いておきたい、これは私の我儘……駄目かい?」
「……いえ、先生がそう仰るなら」
先生の言葉に逡巡を見せたハナコだったが、肩を落とすと静かに頷いて見せた。ハナコは補習授業部の中でも唯一疲労が出ていない生徒ではあるが、ほんの僅かでもパフォーマンスを落としたくないと、先生はそう考えているらしい。或いは別の意図があるのか。何にせよ、先生の厚意を無駄にする事は避けたかった。
「後は明日の試験……ボーダーは九十点、正直、かなり厳しいと言わざるを得ませんが、問題が簡単だったら、きっと……!」
「っ、そ、そんな都合の良い事が起きる訳ない! 私はまだまだ深夜まで勉強するから!」
ヒフミの言葉に、コハルは自身のベッドの上に重ねられていた問題集を手に取って広げる。どれだけ勉強しても、ほんの一握りの不安がこびり付いて離れない。その不安を解消する方法はたった一つ、自身が納得出来るまで勉強する事だ。コハルは目元を拭いながら、ペンを取って叫んだ。
「百点……っ! 百点取れたら、誰も文句なんて云えないでしょ!? そうだよね!?」
「こ、コハルちゃん、気持ちは分かりますが、今日はもう明日に備えてゆっくり休んだ方が……」
「そうですよ、コハルちゃんが頑張ったのは皆知っています、大丈夫です、きっと合格出来ます」
「う、うぅ……っ!」
ヒフミとハナコがそっとコハルに語り掛け、その背中を撫でつける。ベッドの上で蹲り、ペンを握り締めながら参考書を睨むコハルは、軈て嗚咽を零しながら涙を流した。不安で不安で仕方なかった。それは自身の進退もそうではあるが、自分の失敗で他の皆が巻き込まれてしまう事を、コハルは何よりも恐れていた。
「休むのも戦略の内だ、コハル」
「えぇ――そしてそれは、アズサちゃんも同じですよ?」
「……うん、今日くらいはゆっくり休もうと思う」
ハナコの言葉に、アズサは小さく頷いた。深夜の見回りを未だに続けていた彼女は、最後の夜は素直に休む事を約束する。ヒフミはコハルの背中を撫でつけながら、強張った表情で呟いた。
「――いよいよ明日、私達の運命が決まるんですね……」
「もし――いや、縁起の悪い事は云わないでおこう、必ず合格してみせる」
「すびっ……! わ、私も……! 絶対に負けない、負けてなんて、やらないんだからっ!」
「そうですね、その意気です、コハルちゃん――泣いても笑ってもあと一回……全力を尽くしましょう」
第一次特別学力試験、第二次特別学力試験、そして次が最後のチャンスとなる、第三次特別学力試験。これで失敗すれば、補習授業部の全員が退学処分となる。その最悪の未来を回避する為に、皆は此処まで頑張って来たのだ。
先生は全員の顔を見渡し、力強く断言して見せる。
「今まで頑張って来たんだ、皆ならきっと大丈夫――自分と仲間を信じて試験に挑もう」
そうすれば、きっと――。
その言葉の続きはない。
補習授業部の皆が、先生の言葉に頷く。やれる事は全てやった、後は自分と仲間を信じて試験を受けるだけだ。不安を噛み殺し、今まで積み重ねて来た努力を振り返る。
最後の試験は、もう直ぐそこまで迫っていた。
■
特別学力試験まで――あと………。
次回 遂にエデン条約編 前編が終幕へと向かいます。皆さんお待ちかね、「あはは……」シーンも、あと二、三話でしょう。アビドス編と合わせて大体百万字ですか、まぁ一章五十万字と考えれば妥当ですわね。クソなげぇですわ~!
そんな事より最終章から三日経つのにプレ先生の「生徒たちを……よろしく、お願いします」シーンリピートが止まらないですわ。3rd PVが最終編の後の話であると知って、もう一回見直したら黒板にプラナちゃんの絵があって「オボボボ」ってなったんですの。Pixi〇とGoogl〇で延々と『ブルーアーカイブ プレナパテス』で検索して情緒爆発している他の先生を探してしまう。プレナパテス先生の行動に感情爆発して屍になった先生を眺めながらずっと後方腕組み黒服面して一緒に死んでる。
先生を血塗れにして生徒の泣き顔を見たい筈なのに、プレナパテス先生と今世界先生の幸せな日常を見たいと思っている自分が居る。そしてそれをすんなりと、それこそ自然に受け入れてしまっている自分に、私が一番驚いている。
一緒に格ゲーやったら同じキャラ選ぶし、FPSやったら同じ銃選ぶし、ロボゲーやったら同じパーツ使うし、恋愛シミュレーションやったら同じキャラ攻略するし、死にゲーやったら同じステ振りになる。それを見て、「お前ッ! ここまで同じ状況、同じ選択しなくても良いじゃんッ!?」ってお互いに取っ組み合って喧嘩して欲しい。
そんでもって対戦ゲームやりながら、「今のズルじゃん! ズルじゃん!」って叫んで、「ズルじゃありません~! 戦略ですぅ~!?」って、自分が相手だから大人なのに大人げない行為して欲しい。
その後シャーレにやってきたユウカに、「せんせい~!? またお仕事しないで二人でゲームしているんですかッ!?」って怒られて二人で正座して欲しい。怒られた後はお互いのアロナに慰められていて欲しい。でも最終的に、「ちゃんと仕事はして下さい」って云われて、「はい……」ってなる。この後結局徹夜になって二人共セリナに看病される。
昼に柴関行ったら同じメニュー選ぶし、食べ方もそっくりで大将に笑われて欲しい。トッピングまで一緒で、何かそれはそれで癪だと思っていつもと違うの選んだら、相手も同じ考えで、結局全く同じメニューをメンチ切りながら啜るんだ。
後、ユウカの機嫌を取る為にスイーツを帰りに買って帰る事になって、「私こっち買うね……」、「うん……」ってケーキとかパフェ買って恐る恐るシャーレに帰って欲しい。そのへっぴり腰な姿勢もそっくりで、シャーレのロビーを恐る恐る団子になって覗くプレ先と先生が目撃されたとか何とか。
勿論キヴォトスや生徒の危機には颯爽出撃、先生が二人体制なので指揮能力も二倍、アロナパワーも二倍! 私達は二人で二倍じゃない! 十倍だぞ十倍! を地で行って欲しい。普段は何だかんだぶつかるけれど、根本的には「自分なら死んでも生徒は守る」って信頼しているから、生徒を預ける事に何の不安も抱いていない。
その後生徒達とは出来ない大人の打ち上げみたいなので、二人で柴関の屋台でちょっとした酒盛りとかしていたらエモモのエモ。「君ちょっと肩幅デカすぎない?」、「これが今のキヴォトスに於ける最先端のファッションなんです」とかプレ先生と先生が屋台で肩寄せ合って話している光景を見たい。プレ先生は腕章の代わりに胸元にシャーレのシンボルが付いていると思う。
勿論お酒はほんのり嗜む程度、生徒達が頼って来た時に酔っていて何も出来ませんでは面目が立たないから。エロ本もある世界だし、お酒もあるよね?
寝床は同じ部屋で、プレ先生にベッド占領された先生が「お前お前お前~!?」ってなって、プレ先生はそれを凪の様に受け流し熟睡するのだ。生徒から集中砲火を受けても大丈夫なプレ先生の肉体を、先生が押し出したり傷つける事は出来ない……。仕方ないので先生はソファとか、無理矢理プレ先生のマントを広げて中に体を突っ込んで寝る。二日に一回はプレ先生も先生にベッドを譲ってくれるので、実質交代制。多分その内プレ先生用のベッドを買う事になる。
カイテンジャー、合体デラックスキットの発売日に、二人共店頭で予約してばったり遭遇して欲しい。そのまま無言でお互いを見つめた後、レジで支払いを終え同じ紙袋を抱えながらシャーレに戻って欲しい。その後ユウカが領収書を見て、「何で同じものを二つも買うんですかッ!?」って激おこして、お互いを指差しながら、「だって先生が……」って言い訳して欲しい。勿論デスクには全く同じカイテンジャーのキットが雄々しく起立している。間違えないように足裏とかに付箋で「先生」、「プレナパテス」とか書いてあったら素敵。
サヤとかに、「先生のその体はどうなっているのだ!? ぼく様に研究させるのだ!」ってプレ先生が追いかけ回されて、二人で必死に逃げ回って欲しい。「私より頑丈なんだから良いじゃん!」、「イヤだッ、もう全身が七色に光るのは嫌だッ!」って叫びながら山海經を走り回る先生二人組が目撃されたとか。
結局泣きが入ったサヤに折れる形でプレ先生が薬を飲み、ゲーミングプレ先生が爆誕。それを見て爆笑する先生、キレたプレ先生が先生にも同じ薬を飲ませ、ゲーミング先生爆誕。お互いに虹色に光りながらシャーレにとぼとぼ帰って欲しい。
担当のノアに、「〇月〇日、〇時〇分、先生二人が虹色に発光した状態でシャーレに帰還する」って記録されて、デスクで粛々と作業する中、「先生方、事務作業を行う最中に発光されると目に悪いので、やめて頂けますか?」って云われて泣く泣く廊下で作業して欲しい。シャーレに来た生徒が廊下に這いつくばりながら泣いて書類を作成する先生二人を目撃し、「七色に光る先生が泣きながら廊下で書類書いていた」っていう噂が発生する。
そんな面白可笑しく、二人には過ごして貰いたいんだ……そんな小さな奇跡が、日常の中であって欲しいんだ。
でもそうはならなかったんだ、ならなかったんだよ先生……。
プレナパテス先生は、今の先生に自身の文字通り全てを託して、消えたんだ。
もう二度と戻る事はないし、そんな奇跡は起きない。
続きはもう、どこにもない。
だから、この話はこれで終わりなんだ……。
ふ゛れ゛な゛は゛て゛す゛せ゛ん゛せ゛い゛~~~~~~ッ!!!!
あ゛あ゛あ゛あ゛あぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~~~!!!
や゛た゛ぁ゛~~~~~~ッ!!!
と゛ほ゛し゛て゛こ゛ん゛な゛こ゛と゛す゛る゛の゛ぉ゛お゛お゛!!!
ヨースターさん、ネクソンさん、なんで、なんで……こ、こんな……こんな酷い事を……。わたくし今まで「このキャラ好き!」ってなる事はあっても、「あ゛あ゛あ゛あ゛~~~」なんて声出しながら転げまわる事なんてありませんでしたわよ? でもこの、どこまでも高潔な精神と、自身の責務と使命を全うし、一本線の入った在り方。それは自身の為ではなく、どこまでも他者の為に。大人として、先生として、完ッ璧でしてよ、わたくしの性癖にこれ以上ない位ドストライクでしてよォッ!
そんな生まれて初めて誕生した推しキャラが同時に一分くらいで絶命しましたわ~! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~!!! や゛た゛ぁ゛~~~~!!! 読み返す度に心がし゛ぬ゛ぅ゛~~~~!!! でも読んじゃう゛う゛~~~!!! ふ゛れ゛な゛は゛て゛す゛せ゛ん゛せ゛い゛~~~~~~ッ!!!!
つらい。
とてもつらい。
もう皆で手を繋いで仲良くしようよ……なんでこんな事するんですの。そもそもアビドスあんなにして先生にそんな道を歩ませた元凶は誰なんですの? 絶対ぇ許さねぇですわ覚悟しろ。うぅ、プレ先生生き返って……私の本編先生の寿命あげるから……。
でも、光の側面だけ見るのも、闇の側面だけ見るのも、駄目なんですわ……。
光が無ければ闇は生まれず、闇が無ければ光は輝けないんですの。
だから大事なのはその結末……苦しんだのなら苦しんだ分だけ、その人物は報われなければならないと思うのです。
だからわたくしは、頑張って本編先生を苦しめますわ。プレナパテス先生の分も、精一杯先生を苦しめて、苦しめて、苦しめて、生徒の前で血塗れにしますから。そうして生まれた愛の果てに、希望が芽吹くと信じているのです。
何でゲマトリアがこんなに先生を大好きなのか、最終章を読んで言葉ではなく、心で理解致しました。そりゃあ先生大好きクラブも作りますよ、両手に『SENSEI♡』、『こっち見て♡』のうちわ持って歓声飛ばしますよ。自分の全部を投げ捨てて、生徒を助ける様なんて最高ですよね。思わず泣き叫んじゃいますわよね。もう録画で永久保存で恍惚としてしまいますわよね……。はぁー、プレ先すこ、ずっと生きて欲しい、副作用怖いから大人のカードはもう使わないでね? まぁもう死んでいるんですけれど……しんど。
もしかしてコレが普段の先生を見つめる生徒達の感情……? 何であなたはそんなに他者に尽くせるのだという困惑と、しかし眩いばかりの輝きを放つ、どこまでも先生然とした在り方に魅かれつつ、その自己犠牲に胸打たれるような――つまりゲマトリアは実質生徒だった……? そうかな……そうかも……。なに云ってんだコイツ。
ゲマトリア~~~~ッ! お前達先生大好きクラブだろうがよ~~~~ッ! プレ先生救ってよォ~~~~! 助けてよォ~~~~! あの人も先生でしょうが~~~ッ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~!!! 黒服ぅ~~~ッ! マエストロォ~~~ッ! ゴルコンダァとデカルコマニ~~~~ッ! ベアトリーチェは座っていて良いよ。キヴォトスに色彩なんぞ呼びやがってヨ~この痴れ者が~。でもそのお陰でプレ先生と出会えたからいっぱい好き♡ ベアおばありがとね! 先生捥いだ後はアナタの番です準備しておいて下さい。
プレナパテス先生の世界線は念入りに、それはもう丹念に描写して生徒一杯泣かせてあげるからね……だから待っていてね、先生……。