エデン条約編・前編 クライマックスに近付いて参りました。
「いったぁ~……」
思わず、声が漏れた。
床に仰向けに倒れたミカは、愛銃を掴んだまま天井を見上げる。
体には彼方此方弾痕が残り、肌にも内出血の痕が幾つも見られた。何発も集中砲火を受けた彼女は、青痣だらけになった腕を掲げながら深い溜息を吐き出す。
横に視線を向ければ、傍には無数のアリウス生徒が倒れ伏していた。
文字通り――全滅だ。
体育館の向こう側には、まだ半数以上の生徒を残した補習授業部、シスターフッド、トリニティ自警団が此方を見ている。ミカを含めたアリウスが打倒出来た人数は、五十を少し上回る程度か。結果としてはまさに、大敗だった。
「あー、もう、なにこれ、洒落にならないなぁ……」
呟き、彼女は起き上がろうとして、けれど痛みに呻き、もう一度床に転がった。音を立てて、体育館の床が軋む。
体は悲鳴を上げていた――けれど、起き上がろうと思えば、起き上がれる程度の負傷だった。まだ足も腕も動く、弾だってある、仮になくなっても、素手で殴り飛ばす位は出来る。
けれど、それを実行しようとは思わなかった。
「……何なの、セイアちゃんが襲撃された時だって動かなかったのに、今このタイミングで動くなんてさ、それにトリニティ自警団まで、冗談にも程があるよ――やっぱり、先生に頼まれたから?」
呟き、ミカは周囲を見渡す。最後まで暴れ倒した自身に銃口を向ける、トリニティの生徒達。正に打倒された悪という構図。それはアリウス全員が倒れた後、たった一人で十分以上に渡り単独で戦闘を続行した為だった。彼女達の瞳に油断は存在しない。自身に撃ち込まれた弾丸の数は、ちょっと覚えていないレベル。少なくとも、自分専用に調整していた防弾制服がズタボロになる位だから、百や二百は被弾したのだろう。防弾繊維に覆われていない腕が青痣だらけになるのも、当然だった。
「浦和ハナコは無害な存在になり果てて、アズサちゃんはただの操り人形……ヒフミちゃんは普通の子で、コハルちゃんはただのおバカさん、変数になり得る存在じゃない――それなのに、どうして負けるかなぁ……」
「……ミカ」
ひとり、そんな事を呟く彼女の元に先生が歩み寄る。先生は倒れ伏したまま天井を見上げるミカを、心配げな表情で覗き込んだ。
「……あぁ、まぁ、そうだよね、多分最初から――先生を連れて来た時点で私の負けだったんだ、きっと」
そう、先生を見上げ、ミカは笑う。
補習授業部という部活動が発足しても、そこに先生が居なければきっと、彼女達は此処まで辿り着く事も出来なかった。試験の途中で空中分解するか、或いは上手くやれば自分達と対峙する事は出来たかもしれない。けれど、決して打倒する事は叶わない。シスターフッドが動くかどうかは不明瞭で、トリニティ自警団はきっと集まりもしなかった、ナギサの安否も不明で――いや、そもそも先生がこのキヴォトスに居なければ、きっと。
補習授業部という存在も、生まれなかったかもしれない。
「いやー、駄目だなぁ、私……あはは……」
「………」
全ての中心に居たのは彼だ、先生が全ての命運を握っていた。
そこに気付かなかった時点で――きっと、こうなる事は決まっていたのだ。
そんな諦観と、悲しみの感情を見せるミカに、先生は目を伏せる。そんな彼の背後から近づく人影があった。体中から硝煙の匂いを漂わせ、所々血を滲ませたハナコだった。
「ミカさん、セイアちゃんは……」
「……本当に、殺すつもりなんてなかったの」
彼女、ハナコの問い掛けにミカは呟く。
自身の罪を認め、告解するように。
彼女は体を投げ出したまま、淡々と言葉を紡いだ。
「今の私が何を云っても言い訳になるけれどさ、ほんの少し、脅かすつもりだったんだよ、だから多分、事故だった……セイアちゃん、元々体が弱かったし」
ハナコに視線を向けず、そう口にするミカの瞳が揺れる。
ティーパーティーの本来のホスト、百合園セイアは体が弱い。それが生来の性質である事を、ミカは良く知っていた。自身の様に活動的に何かを行うタイプではなく、物静かに本を読み、誰かと穏やかに語り合う事を好む生徒だった。体は華奢で、彼女が誰かと争う姿を見た事は殆どない。
だからきっと、抵抗する事も難しかっただろう。キヴォトスの生徒ならば、弾丸の数発を受けた所で何という事は無い。勿論、当たり所が悪かったり、頭部に銃弾を受ければ昏倒する事もある。けれど、一等頑丈な自身と比較すれば月と鼈と思えてしまう程、彼女の肉体強度は低かった。
だから恐らく、事故だったのだ。
白洲アズサも、本当は殺すつもり何てなかった。
ただ、ごく普通に、通常の生徒であれば昏倒するか、動けなくなる程度に留めようとして――失敗した。
ミカはずっと、そんな風に考えていた。
勿論それで許されるなんて思ってはいない。「そんなつもりはなかった」、「殺す気なんて微塵もなかった」、「ただ少し、困らせようと思っただけで」――そんな言葉に、何の意味がある?
故意であろうと、なかろうと、結果として彼女は死んだ。ならば、その責任は自分にある。この騒動を起こした切っ掛けは、自分にあるのだ。
だからミカは、一生その罪悪を背負って生きていく。
永遠に、死ぬまで。
そんな彼女を見下ろすハナコは、どこか痛ましい表情を浮かべていた。彼女の思考を予測したのだろう。そして、それが見当違いな事も知っていた。ナギサも、ミカも知らない真実を――彼女は知っている。
「セイアちゃんは、生きています」
「――……え?」
それは、本当に予想外の一言であった。
少なくとも、ミカにとっては。
天と地がひっくり返る様な言葉で、自身の根底を揺るがすような、そんな発言だった。
「ミカさんの行動の源、そこにセイアさんの死がある事は理解していました、しかし……彼女は生きています、ずっと偽装していたんです、襲撃犯が見つからなかった為、今は安全を確保する為にトリニティ外部で身を隠しています」
「……セイアちゃんが、無事?」
「えぇ、傷はまだ治り切っておらず、目も覚ましてはいませんが……それでも命に別状はなく、救護騎士団のミネ団長が今も直ぐ傍で警護しています、ずっと、付きっ切りで」
「………」
ハナコの言葉に、ミカは目を見開いたまま彼女を凝視する。真剣なそれは、真偽を確かめている様に見えた。そして何処までも真摯なそれに、ミカはふっと首から力を抜く。音を立てて再び転がった彼女は天井を見上げたまま、どこか呆然とした様子で呟いた。
ハナコが、慰めや嘘を吐いている様には見えなかった。
「……そっ、かぁ――」
それは――安堵の声。
「生きて、いたんだ……セイアちゃん――なぁんだ……あはは……は……」
セイアは、生きていた。
ずっと死んだと思っていた。
ずっと自分が殺したのだと思っていた。
取り返しのつかない事をしてしまったと、それなら彼女の死を無駄にしてはいけないと。その死に報いなければ、その犠牲に殉じなければ、そう思って走り続け、彼女の死を意味あるものにしなければと自身に云い聞かせて来た。
けれど、そんなものはなくて。
そもそも、彼女は死んでなどいなくて。
前提条件からして間違っていて。
ならば、自分が今までやって来た事は、全てが全て無駄で、ただトリニティを騒がせ、大切な人を傷つけ――独りよがりに暴走しただけの、間抜けで。
そこまで考えて、ミカは笑った。
けれどそれは、嘲笑でも、嗤みでもなく――唯々、馬鹿な事をしたと、自分で自分に呆れかえった、そんな感情の滲んだ笑みだった。
「あはは、はぁ、はーッ、そっかぁ~……――分かった、降参、私の負けだよ」
「!」
そう云って彼女は愛銃を放り投げ、両手を大きく投げ出した。大の字になった彼女は、どこか清々しそうに笑ったまま目を瞑る。そして自分を覗き込むハナコと先生、そしてその背後に佇む補習授業部に向けて告げた。
「おめでとう、補習授業部、そして先生……あなた達の勝ちって事にしておいてあげる」
「ミカ……」
「私の事も、好きにして、もう今更抵抗するつもりなんて無いよ」
「ミカさん、あなたは――」
「………」
ハナコは何かを云いたげにミカを見る。けれど彼女はそれ以上ハナコに視線を投げる事は無く、口を閉ざした。ハナコも自身と対話する意思がないと感じ取ったのだろう、彼女はそっと身を引き、代わりにアズサが前に出る。
ミカは自身を見下ろすアズサを視界に捉えると、その表情を変えぬまま、そっと口を開いた。
「……アズサちゃん、自分が何をしているのか、この結果を齎した以上、どうなるか分かっているんだよね?」
「……勿論だ」
「トリニティが、あなたを守ってくれると思う?」
「………」
「きっと守ってなんてくれないよ、此処はそういう場所だから、ましてやアリウスなんて場所に所属していた以上、あなたはあらゆる派閥から目の敵にされる」
「……そうだろうな」
ミカの言葉に、アズサは頷く。アズサは補習授業部の為に、トリニティの為に動いた。けれどそれはアズサの意思によるもので、トリニティから要請した訳でも何でもない、彼女を庇う理由をトリニティは持ち合わせていない。何せ彼女は敵性勢力の一員で、元スクワッドのメンバー。
そして万が一、トリニティが彼女を庇護したとしても――その経歴は必ず話題に上る。トリニティの中に於いて、噂という物は怖いものだ。目に見えない刃と云い換えても間違いではない。賭けても良い、彼女は必ず、有形無形の悪意に晒されるだろう。経歴を隠しても、口を閉ざしても、秘密は必ず漏れ出てしまう。そう、他者の秘密と不幸というのは、甘いものだから。排他的なトリニティに於いて、それは致命的な弱点となり得る。
「――これからあなたは、アリウスの影にずっと追われ続けるよ、そしてトリニティに居座っても、必ず悪意に晒される、どこに行っても、朝も昼も夜も、永遠に」
「あぁ」
「あなたが安心して眠れる日は、きっと来ない」
「……あぁ」
「それに、サオリから逃げられると思う? アリウスの出身なら勿論知っているよね、et omnia vanitas……」
「うん、分かっている、それでも私は最後まで足掻いて見せる――最期の、その時まで」
アズサは思う。自分は、アリウスを裏切った。その報いは必ず自身を蝕むだろう。
ある日唐突に終わりが訪れるかも知れない、日常の最中で心が折れるかもしれない、いつかこの選択を後悔する日が来るのかもしれない。
それが明日なのか、一週間後なのか、一ヶ月後か、半年後か、一年後か――或いはもっと先の未来なのか。アズサには分からない。
けれど、それでも――。
「抗う事は、無駄なんかじゃない」
「うん……そっか」
ミカの目を真っ直ぐ見つめ、アズサは告げる。そのどこまでも力強い光に、ミカは薄らと微笑んだ。
――あなたは、強いね。
その言葉を、口にする事は無かった。
「ミカ」
「ん、先生……」
「どうして、指輪を使わなかったんだい?」
屈み込み、ミカを直ぐ傍で見つめる先生。彼の視線は、ミカの首元に注がれていた。そこにあるのは銀色のチェーン、胸元に埋まったそれは、何かをぶら下げる為のものだった。
ミカは苦笑を零し、そっとチェーンに指を掛ける。そして外へと引っ張れば、見覚えのある指輪が顔を覗かせた。それを指先で摘み、月光に照らす。銀の指輪は、二人の関係が変質して尚、変わらぬ光を放っていた。
「あはは……先生ってば、分かっていて聞いているでしょ?」
「……半分は、ね」
「酷いなぁ、私がさぁ、こんなの使える訳ないじゃん」
「………」
「先生、私は人殺しじゃないんだよ、ましてや先生を殺す何て……そんな未来、真っ平ごめん、絶対に嫌」
そう云って、彼女は指輪を握り締める。
先生の云う通り、この指輪を使えば先生を殺害する事は簡単だった。自身がキーマンと信じる先生が居なくなれば、このクーデター紛いの行為もきっと、成功に導く事が出来ただろう。
けれど、そんな選択肢を選ぶ筈がない。
ミカは、そんな未来を望んでいない。
誰かを殺す未来何て、真っ平ごめんだ。
「本当は、この指輪もどうにかして溶かしたり、棄てちゃおうって思ったんだ……でも、何かの拍子で誤作動すると怖いし、何だか手放すのも嫌で、結局こうして未練がましく持って来ちゃった」
掌の中にある指輪を感じながら、ミカはそう呟く。
未練、そう未練だ。自分はこの指輪に未練を抱いている。本当ならば手放すべきだった、今すぐにでも処分すべきだったのだ。けれど、それが出来なかった。結局最後まで、ミカは先生の残した一抹の信頼、その残滓に縋っていたのだ。
「おかしいよね? 私は、先生の信頼を裏切ったのに――その証に、まだ縋っているの」
「……ミカ」
「これ……返すね、先生」
ミカは首元のチェーンを力任せに引き千切ると、するりと指輪を抜き取り先生に差し出した。その指先は、小刻みに震えていた。それは、寒さだとか負傷によるものではない。それを手放すという事実に対する、心細さからくるものだった。
「これは、私が持っていて良いものじゃないから……これは、先生が信じてくれた証だもん、それを裏切った私が持っている訳にはいかないよ」
そう云って、ミカは気丈にも笑って見せた。けれどその口元は引き攣っていて、指輪を握る手は力強い。先生は暫くそんなミカを見つめ、静かに手を差し出した。
差し出されたそれに、ミカは自身の手を乗せる。手を放せば、指輪は先生の元へと戻る。そうするべきなのに、ミカは暫くの間手を開く事が出来なかった。それでも時は待ってくれない。ゆっくりと開かれたミカの手から、銀の指輪が零れ落ちる。先生はそれを確りと受け止めた。
「……アロナ、頼む」
呟きは小さく、響く事は無い。指輪を見つめる先生の表情は、どこか柔らかく。
数秒の後、銀の指輪から音声アナウンスが響いた。
『SDC、自壊処理要請――承認』
音と共に、先生の首元に刻まれた赤い線は消失した。皮膚下にあったナノマシンが自壊し、処理されたのだ。それを確認し、二度、三度、指先で首元を摩った先生は、引っ込めようとしたミカの手に再び指輪を握らせる。
「これは――ミカが持っていて」
「えっ……」
「もう爆破機能はないよ、本当に、只のアクセサリーとしてしか機能しない――でも」
ミカの手は冷たく、先生の手は暖かかった。先生を見上げる彼女の目はどこか驚愕に塗れていて、先生はいつも通り、何て事の無い日常で見せる笑顔を、ミカに送った。
「ミカはまだ、私の生徒だし、私はミカを信じているから」
「あ……」
■
「――それがお前の選択か」
■
「え……?」
不意に、誰かが声を上げた。
それが誰のものだったかは分からなかった。先生が声の漏れた方向へと屈んだまま視線を向ければ、倒れ伏していたアリウス生徒が、立ち上がっていた。
たった一人で、何か強烈な意思と共に。
衣服は破損し、所々血が滲んでいても尚、彼女はマスク越しに荒い呼吸を繰り返し、懐に手を入れた。そして、取り出したのは少しばかり輪郭の膨らんだ手榴弾。
彼女はレバーを押し込み、安全ピンを引き抜こうとする。
「何を――」
近場に居たシスターフッドが叫び、取り押さえようと飛び掛かった。しかし、アリウス生徒が一手早く、その指が完全にピンを引き抜く。
「まさかっ、自爆する気ですかッ……!?」
「なっ!?」
ハナコが叫び、先生を庇う様に前へと立つ。先生は立ち上がると咄嗟にタブレットを構えた。このまま飛び掛かり、彼女を取り押さえた所で手榴弾の爆発は止められない。爆発までの猶予は凡そ三秒から五秒、レバーが押し込まれたままであれば再度安全ピンを刺して止める事は出来る。しかし、手を離れてしまえば不可能。上に覆い被さるか、遠くに投げるか――。
そこまで考え、先生の思考にノイズが走った。それは強烈な違和感から。
――違う、そもそもの話だ。こんな場所で自爆をして、何になる?
確かに、手榴弾やC4などの爆発物で周囲の生徒を巻き添えに出来るかもしれない。だがこんな劣勢で足掻く理由が分からない。トリニティ周辺は既に抑えた、作戦時間も超過しているだろう。アリウスにとってこれ以上の作戦継続に意味は無い。それでも尚、私を殺そうとしているのか? マダムにどうしようもなくなったら自爆しろとでも命じられた? それらの可能性はあり得た、だが――。
何か云いようのない悪寒、背筋に氷柱を突き入れられたかのような感覚。酷く恐ろしい予感が先生を突き動かした。
本来であれば候補にも登らない、一般生徒に対するヘイロー干渉、それを先生は決断する。
「アロナッ!」
『は、はいッ――!』
先生の声に応じたアロナが、その意思に従い今しがた手榴弾を構えたアリウス生徒、そのヘイローに直接干渉する。瞬間、雷鳴に似た閃光が彼女のヘイローに走り、その輪郭が乱れた。
「あぐぅッ!?」
全身が感電したかのような衝撃、そして痺れ。耐え切れず崩れ落ちる生徒、その手元から歪な手榴弾が零れ落ちる。
「その爆弾を外に、早くッ!」
「っ、は、はいッ!」
アリウスに飛び掛かったシスターフッドが唐突なそれに面食らうも、彼女は先生の声に従い手榴弾を拾い上げると、壁の大穴に向けて全力で投擲を敢行した。手榴弾は夜の闇に溶ける様にしてその姿を消し――炸裂する。
「きゃぁッ!?」
「ぐぅッ……!?」
『こ、これは――』
熱波と風圧が先生と生徒達の肌を焼き、思わずその場に屈み込んだ。とても、手榴弾ひとつの威力とは思えない爆発だった。C4の爆発に負けず劣らずな衝撃、臓物が持ち上がる感覚、マトモな代物ではない事は確かだった。その爆発から、その手榴弾の実態を把握したアロナが焦燥を滲ませ叫ぶ。
『先生、この爆弾は……っ! へ、ヘイロー破壊爆弾ですッ!?』
「ッ!?」
――ヘイロー破壊爆弾。
その名前を聞いた瞬間、先生は己の直感が正しかった事を悟る。
それは通常、銃弾を何十発と浴びても死亡する事がないキヴォトス生徒を【殺害】する為に作られた代物。頑強な生徒達であっても尚、その爆発を浴びれば死に至る。文字通り、忌避すべき兵器。
それは、この場に存在してはいけないものだ。
まだ、造られてはいない筈の代物だ。
『ま、まだ試作品の様ですが、こ、これを受けたら――』
アロナの悲鳴染みた声を耳にしながら、先生は血の気の失せた表情と共に振り向く。
爆弾は、今の生徒だけが持ち込んだのか? 否――そんな筈はない。
もし、自身の考えが正しいのならば。
この、爆弾は。
先生が振り向いた先――意識のあるアリウス生徒、その全員が、一斉に
■
「さぁ、どうする……
■
「―――」
マダムの、どこか悦楽を感じさせる声が脳裏に過った。それは幻聴だろうか? それとも何処からか状況を傍観している彼女の肉声だろうか。
暗闇に潜む、朱の残滓。
先生は全力でそれを睥睨し、絶叫した。
「ベアトッ、リーチェェエエッ!」
――決断を迫られていた。
ピンを抜いたアリウスの生徒は二十名前後、爆発の規模は通常の手榴弾とは比較にならず、それが連鎖的に爆発するとなればこの体育館が吹き飛ぶことは無くとも、中に居る生徒達は無事では済まないだろう。負傷で済めばまだ良い方だ、最悪――何十、何百という死者が出てもおかしくはない。
自身の目の前で、手の届く範囲で――生徒が死ぬ。
それは到底受け入れられない結末だった。看過できない現実であった。
思考が巡る、時間の流れが遅く感じる。極限まで集中した意識が、先生にあらゆる未来を垣間見せる。無数に分岐した未来への枝葉、その一つを先生は選び取る。
誰も、死なせなどしない――先生はタブレットを握り締め、叫ぶ。
それが彼女の狙いであったとしても、そうしなければならなかった。
「アロナァッ! 防壁発動ッ!
『は、はいッ! 防壁、発動しますっ!』
先生の声に応え、アロナは防壁を展開する。それは生徒を守る様に展開するのではなく、彼女達の持つ爆弾を包み込むように、宛ら隔離するように展開された。
青白い光が手榴弾を囲い――同時に、炸裂。
衝撃と熱波が周囲を覆い、爆音と悲鳴が体育館に木霊する。先生もまた、その只中で目を瞑り、爆発の衝撃に歯を食い縛る。複数の爆破を同時に封じ込める、それは本来意図した使用用途ではない。故に完璧に爆発を防ぎ切る事は出来なかった。
けれど、それで良い、それで十全。爆発の規模は格段に縮小され、近場に居た生徒に対する被害もごく軽微。通常の手榴弾か、それ以下の威力しか発揮出来ていない。
先生は大量虐殺、その阻止に成功する。
しかし――。
『っ、ごほッ……! せ、先生、シッテムの――バッテ――サポ……――』
「っ、くッ……!」
十全に備えていたシッテムの箱、その電力が底を突く。アリウス、及びミカとの戦闘、多人数へのサポート接続、ヘイローへの直接干渉、そして今しがたの広範囲の障壁展開。その負荷はシッテムの箱を蝕み、液晶に映し出されていたアロナの姿が掻き消える。そしてランプは緑から赤へ――その電源が切れた。
「けほッ、げほっ、な、何、なんなの……!?」
「せ、先生! 御無事ですか……!?」
「くっ、何が――」
「ごほッ、自警団は安全の確保を最優先に……!」
「静粛に! 取り乱してはなりませんっ、迅速に被害報告を!」
「皆さん、落ち着いて下さい! 一先ずアリウスの生徒を拘束して――!」
補習授業部の面々が、シスターフッドが、トリニティ自警団が混乱に呑まれる。唐突な爆発、アリウスの自爆紛いの行為、それらは全員の精神を乱し、ハナコやサクラコと云った面々がそれを収めようと声を掛けるが、喧騒は鳴り止まない。
先生はシッテムの箱を抱えたまま、ポケットに手を入れる。中には万が一の為に用意していた予備バッテリー。本当ならばシッテムの箱そのものを改造し、最大容量を増やしたいところだが――残念ながらオーパーツであるこれに手を加える事は不可能であり、外部給電装置に頼る他ないのが現状だった。先生は端子をシッテムの箱に繋ぎ、次いで皆の混乱を鎮める為に声を上げようとする。
大丈夫だ、被害は出ていない。
このまま混乱を鎮め、アリウスの生徒全員を捕縛すれば――。
「――先生」
「ッ!?」
唐突に――背後から聞こえた
振り向けば、立っているのはアリウスの生徒。一般的な白のコートに、簡素なバリスティックベスト、手に見えるのは粗悪な市販銃。その顔はマスクで覆われ見る事が出来ず、ヘイローも見覚えが無い。
けれど、何故だろう。
先生はその生徒から、目を離す事が出来なかった。
彼女のヘイローにノイズが走る。それは不自然な現象であった。感情の有無によって、通常ヘイローが変化する事は無い。先生にとってその現象を起こせるのは、青の教室に居るアロナのみ。故にそれは、生徒自身がヘイローを欺瞞している証左に他ならない。
欺瞞装置の乱れにより、一瞬本来の姿を取り戻す円環。
その形は。
その色は――。
「……
ピン、と何かを弾く音がした。
それが爆弾の安全ピンを抜いた音だと、正面に立っていた先生は分かった。
彼女が手にした
それが運命であるかのように。
爆弾が放られた――その行き先には。
「けほっ、ちょ、ちょっと……!? 皆!? 一体、何して――」
「―――」
噴煙に咽ながらも、必死に声を上げる――聖園ミカ。
唐突なそれに、未だ彼女は理解が追いついてない。何が起きたのか、これから何が起ころうとしているのかも。
そんな彼女目掛けて、ヘイロー破壊爆弾はゆっくりと肉薄する。
時間が、酷く遅く感じられた。十倍も、二十倍も。同時に、凍り付いた先生の肉体が震える。視界の隅に捉えた彼女――サオリの口元が、マスクに覆われているにも関わらず、見えた気がした。
その唇がはっきりと言葉を紡ぐ。
「――
動けと、先生は自身の肉体に命じた。
筋肉が軋み、精神が極限まで研ぎ澄まされるのが分かった。
シッテムの箱が再起動するまでの猶予はない、そして仮に再起動を果たしたとしても、爆発を防ぎ切るには圧倒的に電力が足りない。幸い、放り投げられた爆弾の先に居るのはミカひとり――周囲に他の生徒の姿はない、まるで彼女を中心にぽっかりと穴が空いてるかのように。
ミカはかなり負傷している。頑丈な彼女ではあるが、きっとこの爆発は耐えられない。そんな直感があった。
大人のカードを切る時間も、アロナに頼る事も出来ず、今唯一自由に動かせるのは、この肉体ひとつのみ。
――迷いは、無かった。
先生は全力でミカに駆け寄り、その頭部を抱える様に抱き着く。唐突に噴煙を裂き、自身を抱き締めた先生に彼女は驚愕し、叫んだ。
「え、わぁッ!? せ、先生ぇっ!? な、なにを――!?」
「……ッ!」
座り込んだミカを抱えたまま、先生は背中を晒す。首は極限まで丸め、被弾面積を狭める。腹部を晒せば裂けて死ぬ、しかし背中ならば、或いは――。
それが単なる気休めである事を先生は良く知っていた。人間の肉体強度など、銃器や爆弾の前では誤差に過ぎない。本来ならば押し倒し、足を向けるべきだった。しかし、今はこれが精一杯だった。
爆発物には、安全離隔距離というものが存在する。それぞれ、『最低安全離隔距離』、『隔壁離隔距離』、『推奨離隔距離』とあるが、全ては読んで字の如く。最低限これだけは離れなければならないという距離、遮蔽を挟んだ場合の安全距離、そしてこれだけ離れていれば安全という距離。
そして残念な事に、手製のパイプ爆弾であって尚、最低安全離隔距離は二十一メートル。推奨離隔距離に至っては、三百六十メートルに至る。
投擲されたヘイロー破壊爆弾と先生の距離は――凡そ二メートル。
生き残れる確率は、どれ程か。
それが呆れるほどに低い確率であると、先生の理性は告げていた。
先生の脳裏に、あらゆる出来事が過る。走馬灯ではない、それは自身がこれから残してしまうあらゆる罪悪に対する懺悔だ。
強く、強くミカを抱き締めた先生は、虚空で閃光を放つ爆弾を前に、悪態を吐く。
「くそ……ッ!」
ごめん、と。
先生は心の中で呟いた。
それが今しがた抱きしめたミカに向けたものなのか。或いはワカモやホシノに向けたものなのか。ナギサか、アロナに向けたものなのか。それとも、これから自身を殺す事になる、サオリに向けたものなのか。
先生自身にも、分からなかった。
ただ迫りくる終わりを、先生は見届ける事しか出来なかった。
「先生ッ――!?」
誰かが叫んだ。
それは、先生の行動にいち早く気付いたヒフミだった。
彼女は叫び、何かを投げつける。それが何であるかを確認する事も出来ず。
次の瞬間――先生の背中を、爆炎が吞み込んだ。
誰でも出来る! 簡単、先生の倒し方講座!
・
・ヘイロー破壊爆弾を持たせます(試作品でも構いません、人に作用するものであれば何でもよろしいです)
・先生の目の前で自爆するよう命令します(洗脳が効果的です)
・先生はそれを阻止しようとします(普通に戦うと無敵バリアがあるので大変ですからね)
・バリアには回数制限があるので、それが尽きるまでこの行程を繰り返します。
・先生の使えるバリアが切れたら、大人のカードを使われる前に倒しましょう! 先生は人間なので、射殺でも爆殺でも何でもオーケーです!
ね? 簡単でしょ?
尚これに失敗すると、生徒に自爆を強要した大人として先生がバチクソにキレるので、用法容量を守ってご使用下さい。
キヴォトス中の生徒達に最後は希望と未来をね! 与えてあげる前提で、まず絶望させられるだけ絶望させてあげようね! 一生残る恐怖と衝撃を代償に、一生残る希望と未来をね!
これですよこれ、この透明感がブルアカには必要なんですよ。五臓六腑に染み渡るような、生徒の愕然とした表情と悲鳴が足りんのです。うぉ~先生~! 私だ~! 爆発で臓物零れさせながら無惨な死体を晒して補習授業部の皆を絶句させてくれぇ~ッ! でも先生殺しちゃったら後編で先生の事ボコボコに出来ない……。まぁ今回は(死亡は)許したる! しょーがないなぁ先生は~! ミカの前でズタボロになるだけで許してあげるよぉ~! 先生にとって背中の傷は生徒を庇った証だもんね! 私、頑張って先生の背中に傷いっぱいつけるよ! 先生が自分の背中を誇れるようにッ! 背中で語る(物理) う~ん、これは戦士。
ところで先生、右と左どっち好き? いや、他意はないよ。右か左か選べないなら、一番から五番で好きな数字でも良いよ。右上、左上、右下、左下、それぞれあるから好きなの選んでね。全部でも良いよ。やっぱり良くないよ。最低一個は残しておいてね先生。じゃないと真上選ぶ事になっちゃうからさ。まぁ真ん中でも良いんだけれど……。
やっぱりさ、一度限りの晴れ舞台だしさ? 多くの人に見て貰いたいじゃん、こういうのは、お分かりになって? なりますわよね? 分かって下さったのね、良かったですわ。最悪指紋認証用の人差し指さえ残っていれば大丈夫でしょ(適当)
大丈夫ですわ、まだ殺しはしませんの、わたくしは正気ですの、先生が取り返しのつかない死に様を晒す時は、誰にも邪魔されず、自由で、静かで、豊かで、何というか救われてなきゃあ、駄目なんですわ。
因みに先生が縫い包み作ったり、裁縫が得意なのは過去に良く自分の体を縫い縫いしていたからです。周りに誰も居なかったら自分で傷口縫うしかないですものね。惨めですわねぇ先生~!? 物陰に隠れながら苦痛に顔を歪めて自分の腹を縫合している先生を考えると凄く幸せになれちゃう……。
では先生、次回も透き通るような世界観を大切に守って参りましょうね!
ああ、ああぁあ~↑ 幸福が訪れる音ぉ~~~↑ 見ていて欲しいセイア、これが先生の掴んだ輝かしい未来だよ……!