ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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待たせたな!(半ば由紀恵)


幕間
最後の晩餐


 

「――百合園、セイア」

「あぁ、君を待っていたよ……白洲アズサ」

 

 トリニティ自治区――セーフハウス。

 限られた者しか知らないその部屋に、彼女は銃器を手に踏み込んでいた。

 窓一つない、薄暗い空間にアリウスの制服である白いコートが靡く。顔を覆う武骨なガスマスク、両手に握られた銃は既に彼女、セイアを射程圏内に捉えている。引き金を絞れば、弾丸は真っ直ぐ彼女を穿つだろう。

 外からは、何の音も聞こえていなかった。この部屋が防音仕様と云う事もあるだろうが、だとしてもセーフハウス周辺の防護は厚い。何十名からなる警備を破ってこの場に立っているのであれば、目の前の彼女は凄まじい練度の兵士であると云えた。

 セイアはいつも通り、殺風景な部屋の中で椅子に凭れ掛かり、淡々とした口調で彼女の名を告げる。

 部屋に踏み込んだ生徒――アズサは銃口を向けたまま、ぴくりとその指先を震えさせた。

 

「待っていた……私を?」

「そうだ、夢で何度もこのシーンを見ていたからね……まぁ、何と説明すれば良いのかな、予知夢の様なものだと思ってくれると良い」

「予知夢……?」

「そう、時々そういう夢を見るんだ、後で現実になってしまう夢、それ以外にも様々な夢を」

 

 告げ、セイアはそっと手を天井に翳す。彼女の纏う空気は――独特だ。どこか朧気で、神秘的で、掴みどころがない。アリウスには存在しないタイプの生徒であった。どこまでも実直で、直接的なものを好むアズサからすれば、やや苦手な部類と云える。

 アズサは両手で銃を握り締めながら、静かに指をトリガーに掛けたまま続けた。

 

「なら――私が何の為に此処に来たのかも、分かっている筈だ」

「勿論だ」

 

 アズサの声は強張っていた。それが緊張によるものである事を、セイアは理解している。緊張――その根源は、恐怖だ。圧倒的な優位に立ちながら、何を恐れる? それは、彼女がこれから行う行為に対しての恐怖だった。

 セイアの動作は余りにも軽々しかった、銃口を向けられ、脅しに近い文言を受けて尚、彼女の気配は揺るがない。ゆっくりと顔を動かし、その双眸でアズサを捉える。

 小柄で、硝子玉の様なセイアの瞳に、アズサの姿が映る。

 

壊し(殺し)に来たのだろう? 私の、ヘイローを」

「………」

「他の仲間は辿り着けなかったというのに、君は此処に到達出来た、素晴らしい力だ、白洲アズサ」

「分かっているのなら、何故逃げなかった」

「――無意味だからさ」

 

 声には、嘲る様な色が含まれていた。

 肩を竦め、視線を手元に落としたセイアは朗々と言葉を紡ぐ。

 

「全ては虚しいものである、君達アリウスが大好きな言葉の様に、同じ事だ、未来が見える私にとって足掻く事は無駄なんだ、確定された運命を捻じ曲げる事は出来ない、それこそ――奇跡でも起きない限りは」

「………」

「ましてや私は元来体が丈夫ではない、君と戦って勝てるとも思わない、数多の警備を潜り抜け此処までやって来た優秀な生徒ならば尚更……君からしても、私と戦って負ける未来は想像出来るかい?」

「……いや、百回戦っても、百回私が勝つ」

「そうだろうね」

 

 だからこそ、セイアは銃の一つも持ち込んでいない。撃ち合いでも、格闘戦でも、目の前の白洲アズサに勝つ未来が見えなかったから。どこまでも諦観し、足掻く事を諦めている――そんな抜け殻の様な生徒が、彼女だった。

 暫しの間、二人の間に沈黙が降りる。ふと、向けられた銃口に視線を向けたセイアは、指先でそれを指しながら問いかけた。

 

「ところで、君は以前にもヘイローを破壊した事があるのかい?」

「……いや、ない、でもやり方は習った」

「ふむ、そうか――習った、ね」

「普通の銃器でも、執拗に撃ち続ければヘイローを破壊する事は出来る、でも、今回はこれを使う」

 

 アズサはそう云って、銃口を向けたまま左腕を背中に回した。腰に装着したポーチから、そっと抜き出した一つの爆弾。プラスチック爆弾に酷似したそれは、しかしセイアから見ても異様な雰囲気を放っており、思わず目を細めた。外装は、彼女が一度も見た事がない。手製と云われても信じるだろう。市販品や、量産品でない事は確かだ。

 

「それは――」

「ヘイローを破壊する為の爆弾、私はそう教えられた」

「……聞いた事もない技術だね、成程、アリウス独自の研究成果という事か」

 

 さしずめ、ヘイロー破壊爆弾とでも呼ぶべきか。

 その様な技術は、セイアも初めて目にしたものだった。トリニティはおろか、恐らくミレニアムでも開発されていない技術。そもそも、人を殺すための技術を熱心に研究する学園は少ない――アリウスは、その数少ない学園の一つであった。

 

「君達は、ヘイローを破壊する方法――人を殺す方法を、ずっと探っていたのだね」

「……あぁ、必要な事は一通り習った、『学校』とはそういう事を習う場所なのだろう?」

「――……」

 

 どこまでも無垢に、アズサはそう問いかけた。

 学びとは――自身の知らない事を、知る事。であればこそ、その分野は問われない。

 言語であれ、数字であれ――人の殺し方であれ。

 セイアは思わず息を呑み、眉間に皺を寄せた。

 

「あぁ、そうか、アリウスは――そこまで……」

 

 それは、憐憫だったのだろうか。それとも、義憤か。何も知らぬ無垢な子どもを、人殺しの尖兵に仕立て上げる。憎悪の為に、復讐の為に――虐げられた、先代の無念を晴らす為に。

 それが正しい事だとも、間違っている事だともセイアは口にしなかった。彼女達と異なる境遇であれど、同じように諦観を選んだ己に何が云えるのだとセイアは口を結んだのだ。所詮自身は第三者、アリウスでない己にその憎悪の深さは理解出来ない。いや、きっと彼女達自身も理解していないのだろう。ただ、そう在れかしと育てられただけ。形骸化したそれは、彼女達の原動力ではなく、ルーツ(起源)として定着してしまった。

 それ(憎悪)を忘れるなと。

 それ(憎悪)だけを憶えて生きよと。

 彼女達の世界は――それだけしか存在しないのだ。

 

「――白洲アズサ、一つだけ聞かせて欲しい」

「何だ」

 

 それは、どれ程の悲劇だろう。

 どれ程の苦痛だろう。

 

 ――だから彼女はその時、らしくない事を口にした。

 

 そのまま黙っていれば――彼女(アズサ)は、少なくとも【あんな未来】を歩む事はなかったのに。

 諦観の内に、沈む事さえ出来たというのに。

 セイア(自分)はその時、選択肢を与えてしまった。

 地獄か――一時の安寧の後に訪れる、『更なる地獄』か。

 その、選択肢を。

 

「君は、人殺しになってしまっても、大丈夫なのかい?」

「………」

 

 そのセイアの言葉に、アズサは沈黙を返した。

 ただ、戸惑う様な肩の震えを、セイアは見逃さなかった。僅かに逸れた銃口が、それを証明している。

 

「私は見たんだ、人殺しになる事を恐れる君の姿を」

「……それも予知か」

「そうだ、君が望んだかどうか、他に選択肢があったかどうか……その辺りは実のところ、さしたる問題じゃない――実際に、人を殺したかどうか」

 

 セイアの目が、アズサを射貫く。ガスマスク越しに見える瞳が揺れ動くのが分かった。セイアの見た未来、その中にアズサの苦悩も混じっていた。古いスクリーン越しに眺める様に、アズサの辿るであろう未来をセイアは幾つも垣間見ている。

 彼女は人殺しを恐れていた。

 手段を、道具を与えられた上で――彼女は自身の意思で、その在り方を拒絶していたのだ。

 その、苦境(アリウス)に身を置きながら。

 

「重要なのはそこだ、人を殺したという、その明確で絶対的で、何よりも絶望的なまでに分かり易い線引きに於いて、君はその線の向こう側へと踏み出そうとしている――そうなってしまった後に君が感じる絶望、苦しみ、怒り、後悔と挫折、そして無力感……君達アリウスは云う、全ては虚しいと」

「………」

「ならばその感情すらも、君達は消化し切ってしまうのかもしれない……だが私は知っている、君がその言葉(vanitas)に同意しながらも、どこかで否定しているという事も――そうだろう?」

 

 セイアの訴えが、アズサの感情を揺り動かす。

 そうだ、彼女は――アズサは、ずっと想っていた。

 アリウス自治区、何もかもが壊れかけで、何の希望も夢も抱けず、抱く事も許されず、ただ人を殺す技術を磨くその場所で。

 片隅に咲いた、小さな野花を見つめながら。

 

「あの日見た、小さな花を見つめながら――君はそう考えていた筈だ」

「………」

 

 ――全ては虚しいものだ……全ては無意味で、無駄で、無価値なもの。

 

 弾痕が刻まれ、古びたコンクリートに囲まれた射撃訓練場。

 教官の罵倒と暴力に晒され、何度血を吐いたかも分からない場所。薬莢の落ちる音、銃声、硝煙の匂い、鉄の味。そんな記憶しか残らない場所。

 

 ――そんな見慣れた場所(地獄)の片隅に咲いた、小さな小さな花。

 

 小さく、微かに青く、それでも生命の息吹を感じさせる一輪の花。

 こんな場所で咲いて、何になるというのか? 直ぐに踏み潰され、銃弾に裂かれ、終わってしまう一生だろう。硝煙と血の匂いのこびり付いた花、そんなものに果たして価値があるのか。アズサはその、片隅に咲いた花を見つめながら、そんな事を毎日思っていた。

 

 この花は、何の為に咲いたのだ?

 何の為に、此処に在るのだ?

 この花に、意味は、価値は、あるのだろうか?

 

 何の意味も在りはしない。すべては無駄で、無意味で、虚しくて――無価値だ。

 

「……けれど」

 

 ガスマスクの中で、彼女は歯を食い縛る。握り締めた銃のグリップが、軋みを上げた。

 そう、あの花が咲いた事に意味など無い。あんな場所で育った所で、結末は見えている。いつか枯れ、踏み躙られ、裂かれ、粉々になる運命だ。

 それを知っている、理解している。

 でも――それでもと、アズサはその時、思ってしまったのだ。

 

 どんな場所でも、咲かなければ(足掻かなければ)――花は、何の為に生まれたのかも分からぬまま。

 

 意味はないのかもしれない。

 全ては無駄なのかもしれない。

 その行為は無価値なのかもしれない。

 

 それを知って尚、彼女(アズサ)は告げる。

 セイアの瞳を、真っ直ぐ見返しながら。

 

『それでも――足掻かなければならない』

 

 セイアとアズサの声が、重なった。

 アズサのずっと考えていた言葉。それをセイアは知っていた。

 全ては意味が無いのかもしれない、無駄で、無意味で、虚しい行為なのかもしれない。

 それでも、足掻き続ける事にこそ――己の生まれた意味があると。

 絶対的な、存在理由がある筈だと。

 

 彼女(アズサ)はそう、信じていた。

 

「……百合園、セイア」

「君は、私を殺しに来たのではない――私に、いや、アリウスではない誰かに、助言を貰いたかったのではないか?」

「もし、そうだと云ったら……どうする?」

「――その先に、今よりも辛い未来が横たわっているとしても、君は……」

「無論、進む」

 

 力強いその言葉を最後に、アズサの構えた銃口が、ゆっくりと床に向けられた。

 グリップを握っていた指先が、そっと顔を覆っていたガスマスクに伸びる。その物々しい被り物を脱ぎ去った時、幼い顔立ちの少女が静かに――しかし強い意志を瞳に湛え、セイアを見ていた。

 

 セイアは椅子に凭れ掛かったまま口を開く。

 彼女は知っている、この先の未来を。

 その末路を。

 けれど――彼女が足掻く事を求めると云うのであれば、「それでも」と口にするのであれば。

 

「ならば、語ろう」

 

 セイアはアズサを真っ直ぐ見つめたまま、言葉を紡ぐ。

 彼女を――更なる苦境へと貶める言葉を。

 

「君がこの先――どう足掻くべきなのかについて」

 

 ――その先に、彼女の望む未来(希望)が無かったとしても。

 

 ■

 

 

「ん……」

 

 目が覚めた。

 歪む視界に広がる天井、広く、清潔で掃除の行き届いたそれは、少なくともシャーレの自室ではないと直ぐに分かる。少し視線を横に向ければ、豪華なシャンデリアがぶら下がり、僅かに開いたカーテンからは日光が伸びていた。

 先生は小さく呻くと、上体を起こして伸びをする。骨が鳴り、筋肉が解れる。自身の頬を照らす日光を眩し気に見つめながら、先生は静かに呟いた。

 

「……うん、今日も良い天気だね」

 

 ――トリニティ自治区、客室棟。

 トリニティ本校舎に近しい場所に建設されたそれは、来客用に設計されたものであり、内部には宿泊可能な部屋が幾つも連なっている。食堂に浴場、談話室にランドリールームと生活する上で必要な場所は一通り用意されており、更には頼めば面倒を見てくれるルームサービスまで付いているという。

 

 件の騒動の後、浅くはない傷を負った先生は救護騎士団で暫くの間過ごし、傷が塞がってある程度自由に動けるようになってから、この客室棟に移送、保護――もとい軟禁されていた。

 本来であればある程度動けるようになったら、一度シャーレに戻ろうと考えていたのだが――万が一の事を考えると、救護騎士団が駆け付けられる場所に留まった方が良いと様々な生徒に説得され、何だかんだと救護騎士団に入院していた時期を合わせれば一ヶ月近くトリニティに滞在している。補習授業部の合宿期間を考えれば合計二ヶ月。最早窓の外に見える格調高い建物にも慣れ始めた頃だった。

 キヴォトスの生徒と違って、傷の治りも遅い先生の治療は難航したが、それでも一月足らずで殆ど回復したというのだから凄まじい技術だろう。正直一ヶ月ずっと寝たきりコースを覚悟していただけに、先生にとっては嬉しい誤算である。

 ただ、その後この場所に軟禁される事になったのは悲しい誤算だが――それでも自身を想っての行動。それを突っぱねるだけの心意気が、当時の先生にはなかった。

 

「っと、着替えは――」

「はい先生、此方に準備しておきましたよ」

「………」

 

 カーテンを開き、寝間着から着替えようとベッドを抜け出した先生は――いつからそこに立っていたのだろう、シャーレの制服一式を綺麗に畳んだ状態で差し出すセリナの姿に、一瞬沈黙した。

 壁際に立ち、満面の笑みで此方を見つめるセリナ、先生は二度、三度、目を擦って視界を確かめる。まだ寝惚けているのかなとか、もしかして幻覚と幻聴かなと自身の意識を疑った後、目の前の彼女が夢でも幻でもない事を理解し、どこか諦めたような遠い眼をして、粛々と衣服を受け取った。

 

「……うん、ありがとうねセリナ」

「ふふっ、この位お安い御用です」

「そっか、うん、そっか……」

 

 いつからそこに居たのだろうか。それともつい数秒前に来たばかりなのだろうか。彼女には謎が多い。そして先生は藪をつついて蛇を出す趣味を持ち合わせていない。謎を謎のままにしておいた方が良い――そういう事も、世の中にはあるのだ。

 そんな事を考えながら上着のボタンを一つ一つ外していると、扉がノックされ、ゆっくりとドアノブが回された。そして隙間からひょっこりと、特徴的な耳が顔を覗かせる。

 

「――あなた様、朝餉の用意が出来ました、今日も精のつくものを用意致しましたので……」

「……ありがとう、ワカモ」

「あぁ、その様なお言葉! このワカモには過分な――」

 

 扉の隙間から半分顔を覗かせ、いやんいやんと体を捻る彼女――ワカモ。ちらりと見える肩口にはエプロンの装飾が見え隠れし、片手にはおたまを握っている。顔は相変わらず見慣れた狐面に覆われているが、纏う雰囲気は普段より幾分か優し気に思えた。

 

「……よし、それじゃあ広間の方に移動しようか」

「はい、そうしましょう! っと――先生、寝癖が此処に……」

「あぁ、ごめんね」

「いえ」

 

 先生は着替えを終え、部屋を後にしようとする。しかし、直前でじっと此方を見つめたまま微動だにしなかったセリナが、ふと先生の頭髪に手を伸ばした。どうやら寝癖が残っていたらしい、セリナは丁寧な手つきでそれを撫でつけ、笑顔のまま何度も頷いて見せる。

 着替え中、後ろを向いていてね、とか。ちょっと席を外して貰える、とか。先生はそんな事を一言も口にしなかった。

 何故なら、そのやり取りはこの一ヶ月の間に何度も行われたものだからだ。そして残念ながら、彼女直々に衣服を剥ぎ取られ、「はい先生、ばんざ~い、して下さい?」と宛ら幼児をあやすが如く支度を手伝われるよりは何倍もマシなのである。目前で寝癖を満面の笑みで整えるセリナを見つめながら、先生はそんな事を想った。

 数ヶ月も此処に居たら、自分は生活が出来なくなるのではないだろうか。

 

 広間は客室を出て突き当りに在り、各階に用意されたオープンスペースの事を指している。その役割は談話室に似ているが、あちらが防音性や秘匿性に重きを置いている分、此方はもっとカジュアルに、軽食などを口にしながら気軽に寛げる空間という思想の元に作られた場所だった。

 先生が客室の扉を開くと、途端に飛び出す生徒がひとり。

 

「ニンニン、主殿! 夜襲はありませんでした! イズナがきちんと目を光らせていましたのでッ!」

「うん、ありがとうイズナ、お疲れ様、ご飯は一緒に食べようね」

「わぁ~い!」

 

 宛ら犬の如く、先生の腹部に顔を擦り付け歓声を上げる生徒――イズナ。どうやら彼女は客室の前に立ち、番人の役割を果たしていたらしい。いつから立っていたのかは分からないが、先生はその行為を労いつつ頭を撫でつける。自身の腹でイズナが深呼吸をしているのが分かった。イズナの吐息が少し熱い。

 

「先生どにょ~……んがっ……」

「すー……すー……」

「うー……」

 

 広間に並んだソファ、その一つに生徒が三人固まって寝入っているのが見える。左右に忍術研究部の二人、そして中央にはクジラのクッションを抱えたホシノ。左右の二人、ミチルとツクヨはホシノに凭れ掛かる様にして寝息を立てており、ホシノは二人に挟まれながらどこか苦悶の表情を浮かべている。それを対面に座ったアビドスの皆が、どこか呆れたような、慈しむ様な表情で眺めていた。

 

「ん……ホシノ先輩、二人に挟まれて寝苦しそう」

「ソファで固まって寝るからでしょ……」

「でも良いですね、仲良しみたいで~♪」

「あ、あはは……」

 

 百鬼夜行にアビドス、両校の生徒がトリニティの自治区内で過ごしている。それは非常に珍しい光景であった。

 最初は客室棟に通っていた生徒達だが、段々と浸食され、今では殆ど此処(客室棟)で寝泊まりしている。幸い、現在この客室棟に宿泊している来賓は居らず、殆ど先生専用の様な形になっているので、正式に他の客室を借り受け生徒達に割り振っているが――遠目にはエプロン姿で配膳を行うワカモ、目下には自身に抱き着き鼻を鳴らすイズナ、背後には笑みを浮かべたまま佇むセリナ、熟睡するミチルとツクヨ、挟まれるホシノ、談笑するシロコとセリカ、皆を見守るノノミに、タブレットを忙しなく操作するアヤネ。

 此処はトリニティ自治区――の筈。

 

「うーん、中々のカオスっぷり」

「トリニティの中だとは思えませんね♡」

「――っと、ハナコか、おはよう」

「ふふっ……はい、おはようございます、先生♡」

 

 ふと、先生の横合いから声が響いた。先生が慌てて視線を動かせば、いつも通りの恰好で此方を覗き込むハナコの姿があった。片手に幾つかのファイルを抱えた彼女は、広間で各々活動する生徒達を見つめながら笑みを零す。

 

「現在この客室棟はトリニティに在って、トリニティに非ず、治外法権区域の様なものですから……ふふっ、何だか色んな学校の生徒が集まる合宿みたいで楽しいですね♡」

「そう云われてみれば、確かに……そうだ、補習授業部の皆は?」

「コハルちゃんは正義実現委員会の方に用事があるようでして、ヒフミちゃんはナギサさんの所に、アズサちゃんは監査官預かりですので――」

「ん、そっか……」

 

 現在、トリニティは復興作業の真っ最中。

 破壊された建築物の再建に、被害の補填に生徒達に対する説明、更には派閥間の調整等やるべき事は多岐に渡る。アリウスが今後、また襲撃してくるかも分からない現状、防衛力の強化は急務であり、ミカの処罰やアズサの処遇に関する事柄は後回しにされているのが実情であった。特に、ミカの今後については派閥間の対立や軋轢を生みかねない為、慎重にならざるを得ないというのがナギサの弁。聴聞会を開くにも時間が掛かり、正式な処遇が決定するまでは拘束し監視下に置かれる事となる。

 そしてそれは、アズサにも同じ事が云えた。

 

「でも、アズサちゃんもそう遠くない内に解放されると思います、救護騎士団とシスターフッド、両派閥の後押しがありますし、当のフィリウス分派からも反対意見は聞こえてきません――それに連邦捜査部シャーレからの支持もありましたから、殆ど表向きの拘束です」

「……ごめんね、私の代わりに、こんなゴタゴタに巻き込んじゃって」

「まさか」

 

 先生の言葉に、ハナコは緩く首を振った。現在彼女には、負傷し行動出来なかった自身に代わってトリニティ内で申請やら意見提出を行って貰っていた。トリニティという学園は何かと『手続き』を重視する。そしてそれは、大部分が電子的な手続きではなく、古めかしい紙とペンで行われるものだった。

 病床で必死に頁を捲りながら署名を繰り返し、その用紙をハナコに提出して貰う。近頃の先生は、そんな事ばかり繰り返している。

 

「先生が居なかったら出来なかった事、変えられなかった事、それが沢山ありますから――確かに派閥間での政戦にうんざりしていたのは事実ですが、それが本当に大切なものであるのなら、私だって頑張れますよ」

 

 そう云って微笑むハナコは、どこか活気に溢れていた。補習授業部は未だ解散しておらず、現在監視下に置かれているアズサを除く三名はこの客室棟へと頻繁に足を運んでいる。

 ――彼女達にとって、まだ合宿は終わっていないのだ。

 

「さ、重苦しいお話は此処までにして、まずは朝食を頂きましょう、朝の活力は大事ですから」

「――そうだね」

 

 ハナコの言葉に頷き、先生はハナコに手を引かれ歩き出す。朝食は大事、それは間違いない。先生が歩き出すと、腹に引っ付いていたイズナが顔を上げ、口を開いた。

 

「あっ、主殿、イズナは隣の席が良いです!」

「ふふっ、じゃあ私は対面座位で――♡」

「ハナコ? 何か違くない?」

「それなら、私は先生の後ろで介助しますね!」

「……セリナもご飯、食べようね」

 


 

 次回 クロコと遭遇。

 

 戻って参りましたわ~!

 一ヶ月の休養で大分休まりましたの。心と体をリフレッシュ。Twitterでわっぴーってリプ下さった方々、ギフトカードを贈ってくれた方々、ありがとうございましたわ~!

 という訳で最初は恒例の幕間パートからですの。

 今後の予定ですが、取り敢えず票数の多かった【エデン条約編・後編】をメインに据えますわよ。ただ、そのまま突っ込むと流石に間髪入れず先生がコロコロされるとこを見せられる生徒が可哀そうなので、幕間でちょっと一息入れます。幕間という名の夏イベですわよ、ただイベント丸々やると大分長くなるのでダイジェスト形式というか、間をちょこちょこ摘まむ感じですわ。これなら十万字程度(二週間)で済むでしょう(慢心)。

 

 それでもって肝心のエデン条約編・後編ですが、二つに分割致しますわ~! 本編でもエデン条約編は三つに分かれていて、本当なら後編の間にrabbit小隊の話が入るんですが、今回は通しでやります。分割は『アリウス・スクワッドと対峙する前半』と、『アリウス自治区に侵攻し、ベアトリーチェと対峙する後半』に分かれます。それぞれ『エデン条約後編 〇〇〇〇』みたいなサブタイトルで区分けするので、一応どちらも後編という括りです。

 

 先に云っておくのですが、今回は先生側だけではなく、生徒側もかなり苦しみます。正直この展開は私も迷ったのですが、そもそも本編時点で生徒達が負傷し、苦悩し、対立し、疑心暗鬼になる章なのでプロット書いている内にエラい事になりました。特にアリウス・スクワッドに対するヘイトがヤバい。まぁでも先生が寄り添ってくれるからオッケーか! 尚先生は考え得る限り捥いで剥いでボコボコにします。しました。腕一本は最低保証なので安心して下さい。今アビドス編読み返すと光と闇の対比がとんでもねぇですわ~ってなります。まぁ先生は苦しむどころの話ではありませんが、血塗れで足掻く先生の姿、美しい……。

 

 そして新しく実装されるウサギさんのストーリーによってはプロットがまた捻じ曲がりますわ!! ンギィ! 正直実装されてから投稿しようかなと思いましたが、間が空きすぎると書けなくなりそうだし早め、早めを心掛けますの。過去おじのスチルが不穏過ぎる……お願い! これ以上わたくしのプロット破壊しないでッ!! どうせプロットを殺すなら優しく!! 優しく殺してェ!!!

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