ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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キングクリムゾンッ! 夏休みを過ごしたという、結果だけが残る!
誤字脱字報告、助かりますわ!


一瞬、けれど力強く

 

「ふぅ、漸く纏まりましたか……」

 

 正義実現委員会、本部にて。山積みとなった報告書を纏めるハスミは、呟きながら安堵の息を漏らす。此処一ヶ月、トリニティ復興に先駆け委員の全員にはかなり過酷なスケジュールで動いて貰っていた。そして、それは当然副委員長の自身も同じであり、事務作業や外部交渉、公議への出席などはツルギが苦手としている為、その殆どをハスミが出席、執務している。

 本来ならば二名で行う決裁処理を一人で行う――無論、その分ツルギには現場に多く出て貰い、戦力として方々に駆け回って貰っているが、それでも一日中書類と睨み合うというのは中々骨が折れる。

 

「これで一段落すると良いのですが――?」

 

 当面の仕事は片付いた、これ以上ティーパーティーや部活動統括本部から仕事が回って来なければ、多少は皆に休息も振り分けられるだろう。

 そんな事を考えていると、執務室の扉からノック音が響いた。書類の追加だろうかと、溜息を吐きたくなる気持ちをぐっと抑え込み、背筋を正して声を上げる。

 

「どうぞ」

「――お邪魔するよ、ハスミ」

 

 しかし、扉の間から中を覗き込んだのは、ハスミの予想していた人物ではなかった。ツルギ達を連れて海へと向かっていた先生。彼がひょっこりと顔を出し、ハスミを見つめている。

 

「あら先生、もうお帰りになったのですか?」

「うん、さっき帰って来たばかりだけれどね」

 

 そう云って笑みを浮かべる先生は、いつも通りの見慣れた制服を着込み、両手には何やら荷物を複数ぶら下げていた。恰好はいつも通りだが、顔の肌が焼けている様に見える。ハスミは指先で口元を隠しながら笑みを漏らし、云った。

 

「ふふっ、少し焼けましたね、海は如何でしたか?」

「凄く楽しかったよ、日焼け止めは一杯塗ったんだけれど……まぁ、それはさておき、はいコレ、お土産――っていうより、差し入れかな?」

「あら、態々(わざわざ)ありがとうございます」

 

 執務室の机にそっと置かれる紙袋。量から見て、正義実現委員会の全員に買って来てくれたのだろう。中を覗き込めば、高級菓子の箱がぎっしりと詰まっているのが見える。

 

「こんなに……宜しいので?」

「勿論、あ、次はハスミも一緒に行こうね」

「―――」

 

 そんな言葉を屈託なく告げるので、ハスミは思わず面食らった。

 

「そう、ですね、私は余り此処を離れる事は出来ませんが――えぇ、機会があれば、次は是非」

「うん、楽しみにしているよ……それと、これは約束のものです」

 

 告げ、先生がバッグから封筒を取り出す。はて、約束? と首を傾げれば、先生は中から一枚の紙――写真を抜き取り、ハスミへと差し出した。

 

「これは――」

「マシロとツルギの写真、報告も兼ねて提出しに来たんだ、ヒフミとアズサ……それにマシロとツルギも、部屋で寝入っちゃっているから」

 

 苦笑を浮かべ、頬を掻く先生。ハスミは差し出された封筒を手に取る、持ってみると、存外に厚みがあった。

 

「思ったより量が多いですね……?」

「うん、一杯撮ったから、束になっちゃって」

 

 中にあった写真を撮り出し、机に複数の束にして分けたハスミは、一枚一枚を念入りに確認する。先程先生が云った通り、マシロかツルギ、どちらかが写っている写真を選んで来てくれたのだろう。一枚一枚捲る度に、ハスミの目が様々な色を帯びた。

 

「……本当に仲良くなって貰うのは高望みだとしても、せめてそう見える、楽しそうな写真でも見られたら――そう思ったのですが」

 

 手元の写真から顔を上げたハスミは、とても嬉しそうな笑みを浮かべ、頷いた。

 

「とても――素敵な写真です」

 

 写真の中には、今まで見た事が無い様な笑みを浮かべる、ツルギとマシロの姿がある。海で燥ぐ写真、水を掛け合う写真、スイカを頬張る写真、浮き輪で揺蕩う写真――どれもこれも、普段の活動の中で見せる事はなかった、少女らしい一面だった。

 

「ふふっ、やはり、先生に同行して貰って正解でした、この笑顔を見れば分かります」

「今日の朝も燥いでいたからね、私も良い休息になった」

「えぇ、目に浮かぶ様です」

 

 忍び笑いを漏らし、穏やかな表情で写真を捲るハスミは――ふと、とある一枚の写真に目を引かれた。

 

「これは、砂のお城でしょうか? 随分大きいですね?」

 

 写真には身の丈を超える、大きな砂の城が築かれていた。やけに立派な壁と支柱が聳え立ち、その上からマシロとアズサが顔を覗かせている。根本ではユウカがクリップボード片手に何かを叫んでおり、アスナが両手に大量のバケツを持って駆け回っていた。その背後をネルが何やら怒り顔で追い回し、手前でシロコが何かを振り被っている。

 

「あ、それはアズサとマシロが意気投合しちゃって、迎撃出来る砦を作るとか何とかで、セメントと砂を混ぜてモルタルを作って建てたんだよね、中には鉄筋が入っていて、耐久度実験だとかで、シロコが手榴弾を――」

「は? せ、セメント……?」

 

 予想だにしなかった言葉に、思わず面食らうハスミ。浜辺でセメント? それに鉄筋? いや、確かに想像していた砂の城より遥かに大きいが。それにしたって本格的過ぎないだろうか。写真を凝視するハスミは、余りの情報量の多さに一度思考が停止したが、いや、まぁ、夏は人を開放的にさせると云うし、そういう事もあるだろうと思考を明後日の方向へと投げた。

 写真をそっと下に回すと、新しい一枚が顔を覗かせる。

 

 今度は、砂浜に寝そべって銃を構える生徒達の姿。シートを敷いて、ライフルらしい銃はバイポットに支えられ、銃口は遥か向こうを向いている。そして何故か、彼女達は目をタオルで覆っていた。

 

「……これは何でしょう? 何故、皆で目隠しをして、銃を――?」

「あっ、これはね、スイカ割り」

「えっ」

「スイカ割りは途中から目隠しをした状態でスイカを狙撃する、スイカ狙撃になりました」

「………?」

 

 意味が分からなかった。しかし、先生は弁解する。最初は普通のスイカ割りをしようとしたのだ。しかし丁度良い棒が見当たらず、何を誤解したのかアズサがスイカを銃撃し粉々にしてしまい、「割れたぞ」と宣うものだから、「いやいや、スイカ割りというのは目隠しをして――」とヒフミが説明した所、何故か目隠しをしてスイカに銃撃を行うものだと更に誤解。

 最終的に五百メートルの距離から目隠しをして、スイカに弾丸を命中させるという競技に成り果てたのだと。

 

 因みにアズサは目隠しの状態にも関わらず訓練の賜物か高い命中率を誇り、マシロも狙撃手の端くれとして負けじと応戦。アスナは持ち前の幸運でミラクルショットを連発。セリカは中々命中せず、「だぁああっ! 目隠したまま当たる訳ないじゃないッ!」とキレ散らかし。ユウカは風力や湿度、弾丸の速度と空気抵抗、コリオリが云々と呟きながら確りと命中させていた。無論、命中後には「計算通り、かんぺき~!」である。

 尚、粉砕されたスイカは皆で美味しく頂きました。若干、鉄の風味が沁みついていたが、美味しかった。

 

「よ、良く分かりませんが、本人たちは楽しそうに見えますし、野暮なコメントは控えて――あら?」

 

 想像以上のはっちゃけ振りに、流石のハスミも引き攣った笑みを隠せなかったが――咄嗟に捲ったもう一枚の写真が彼女の目を再び引いた。

 

「この写真は、先生ですか?」

「うん? あぁ、ごめん、私の写真が混じっちゃってたか」

 

 告げ、差し出された一枚の写真。

 その写真は、浜辺でピースサインを見せる先生が写っている。普段の制服よりも少しだけラフで、上着を脱いだ格好。写っているのは先生だけで、他には足元に何か、盛り上がった砂にビーチフラッグが突き立てられている。心なしか周囲の砂は黒ずんでおり、爆発の痕跡らしきものが散見された。

 

「えっと、これは……何か、下に埋まって?」

「うん、カイザー営業職員、以前戦った相手だね」

「カイザー――戦った? まさか、海の方で戦闘があったのですか?」

「戦闘って云えば戦闘だけれど……うーん」

 

 ハスミの鋭い声に、先生は腕を組んで唸る。数秒、何かを考え込む素振りを見せた彼は、指先で自身の腕を叩きながら口を開いた。

 

「話すと長くなるから、掻い摘んで事情を話すとね……――」

 

 ■

 

「ふん、図らずもこうなったか、先生……!」

「あなたも、懲りない人だね……!」

 

 夏空の下、海辺で正面から対峙する先生とカイザー。

 如何にも夏の装いと云った風のカイザーと、普段と変わらぬ姿の先生。周囲に他の人影はなく、波の満ち引きの音と風だけが周囲に響いていた。

 宛ら決闘前の闘士、或いは真剣勝負を行う武士(もののふ)。睨み合う両者は油断なく構え、対峙していた。

 

 ――このような事態に陥ったのには、理由があった。

 

 まず、件のカイザー。彼は以前のアビドス事件の際、その責任を負いトカゲの尻尾切りとしてカイザーPMC、及びカイザーローンのCEOを解任され、そのままカイザーローン傘下のオクトパスバンクへと身を移していた。

 オクトパスバンクの営業職として再就職を果たしたカイザー――しかし彼は、その野望を欠片も諦めてなどいなかったのである。

 

 嘗ての地位も名誉も奪われた為、彼の自尊心と手駒は大いに削られたが、そのノウハウと資産は健在。

 まず手始めに、ブラックマーケット等ではなく地方に散った不良を私財で買い叩き、周囲の治安を悪化させ地元由来の店を経営不振に追い込む。そして困り果てた所にオクトパスバンク経由で融資の提案や買収を行い、そのまま抱き込む。とどのつまり、アビドスに行った手法をそのまま用いて、リゾート地である地区を少しずつカイザーの縄張りへと塗り替えていたのである。

 今は中小企業や個人経営の店ばかり買収しているが、軈ては巨大な組織――お祭り運営委員会の百夜堂や、山海経の玄武商会など、ブランドとして名を確立している彼女達さえ呑み込もうと画策していた。

 今回彼がこの海辺にやって来ていたのは、本当に偶然である。

 偶然であったが、企みを知ってしまったのであれば阻止しなければならない。

 そうして総勢二十名近い生徒を引き連れてカイザーと対峙した先生は、数時間の激闘の果てに彼と一対一で対峙する事と相成ったのだが――。

 

「ククッ、あれほどの大人数の護衛を連れていようとも、所詮は人の身、攫ってしまえばどうとでもなる」

「……さて、それはどうかな」

 

 カイザーのどこか見下すような発言に、挑発的な笑顔を浮かべる先生。生徒には見せない側面、深く息を吸い込み、首元のタイを緩める。確かに、自分単体での戦闘能力など下も下。生徒が居なければ何も出来ない、正に赤子同然。

 しかし、それでも尚先生の余裕が崩れる事はなく、油断なくカイザーを見据えながら軽口を叩いた。

 

「それにしても随分楽しそうな恰好じゃないか、カイザー? 前に云った通りだっただろう、営業職をやっている方が気が楽だとね」

「クハッ、確かに貴様には色々と学ばせて貰ったとも、あの時の()の味は良く覚えている! 故に、それを倍にして返してやろう!」

 

 先生の軽口に、カイザーは目前で両の拳同士を叩きつける事で返答とした。鋼のかち合う硬質的な音が響き、間接部位が軋みを上げる。カイザーのアイラインが光量を増し、赤い軌跡が尾を引いていた。

 

「元々、横槍を入れて来たあの赤い女は気に入らなかった、先生――貴様との決着は、私自身で付けねば気が済まん……!」

 

 気炎を吐くとはこの事。全身を震わせ先生を睨みつけるその姿は、正に恨み骨髄と云った様子。アビドスでの一件では結局、彼と直接雌雄を決す事はなかった。あの、アビドス砂漠での一件以来、顔を合わせる事すらなかったのだから。

 故に、こうして機会を伺っていたのだろう。向けられた言葉と感情に先生は真っ直ぐ向き合い、静かに告げた。

 

「――それなら、あの時の続きと行こうか、カイザー理事?」

「――今は営業職だ、シャーレの先生!」

 

 羽織っていた上着を脱ぎ捨て、放る。

 互いに一歩踏み込み、砂を踏み締める音が耳に届く。あの砂漠での一幕、互いの額を打ち付け合った光景が脳裏に過る。

 ふと、カイザーは先生の手にタブレットがない事に気付いた。あの時の敗因、基幹システムをクラックした電子機器が無い――その事にカイザーは訝し気に声を上げる。

 

「……いつぞやのタブレットは使わんのか」

「こういう云い方は何だが――カイザー営業職、あなたとて男だろう? なら、分かる筈だ」

「……正気か?」

「勿論」

 

 先生の言葉に、カイザーは言葉を呑んだ。何か秘策があるのか、或いは。

 しかし、先生は徐に懐へと手を差し込むと件のタブレットを取り出し、放った上着の上に置いて見せた。彼の唯一の勝ち筋、或いは最も得手と呼べる分野。それを自ら手放す――そんな不可解な行動を取りながらも、先生の瞳は爛々と輝いている。勝機を知る目だ。信念と矜持を秘めた瞳だ。カイザーの握り締めた両拳が知らずに震えた。

 

「――あの時の続きと、私は、そう云った」

「―――」

 

 声は、低く響くようだった。

 妙にひりつく感覚、甲鉄の上に電流が走るが如く。カイザーは先生を真正面から見つめたまま、沈黙を守る。その一言に何か、カイザーは云い表す事の出来ぬ熱を抱いたのだ。

 先生の首元から覗く火傷痕、あの後、幾つの修羅場をくぐったのか。見れば腕や頬にも、小さな傷痕が幾つも。自身と対峙しながら握り締められた拳は、皮膚が変色し、骨ばっていた。

 

「ぼ、ボス! やっと見つけた!」

 

 背後から声が響く。どうやら買収していた不良団の一部が応援に駆け付けたらしい。先生が引率する生徒の数も多いが、周辺に屯している水着不良団の数も中々侮れない。カイザーの前に立った彼女達は、たった一人で佇む先生を見て嘲笑を零した。

 

「へへっ、シャーレの先生一人だけなら私達だけでどうとでも出来る……! お前たち、此処でビシッと決めて――」

「――手を出すな」

 

 リーダー格らしい生徒の高らかな声に、カイザーは断じた。伸ばした手が不良の肩を掴み、後方へと押しやる。蹈鞴を踏んだ水着姿の不良生徒は、目を白黒させながら慌てて口を開いた。

 

「えっ、あ、いや、でもボス? こんな千載一遇のチャンス、全員で掛かれば万が一にも負ける事は――」

「ただの人間が」

 

 不良生徒の進言を遮り、カイザーは唸る。

 

「ただの人間が、この私に素手で挑むと云ったのだ、お得意の電子戦も捨てて、その身一つで、脆弱な肉の体の人間が、この甲鉄の肉体を持つ、私に――ッ!」

 

 ぎちりと、全身が軋む。

 甲鉄を震わせ、先生を見据えるカイザーが滲ませるのは怒気か、或いは敬意か。否、そんな純粋で分かり易いものではない。あらゆる感情が綯交ぜになった、複雑で奇怪な内情の発露。拳を握り締め、自身のアイラインに翳した彼は腹の底から絞り出したような声で叫んだ。

 

「此処で卑劣な手を使えば、私は、私の中にある決定的な何かに敗北する予感が、いや、確信がある……! 勝てば正義、それもまた真理、だが……だがッ!」

 

 ただですら、人と機械というハンデがある。その大きな隔たりが、先生とカイザーという存在を上下に区別している。存在としての格、肉体的な強度の差。それは圧倒的にカイザー(自身)が優位なのである。その上で自身が策を弄すれば、数に恃む真似などすれば――。

 それでは、この男に真の意味で勝つ事は出来ないのではないか、そんな疑念がカイザーの根元にあった。

 

「看過できぬッ、その様な勝ち方だけは……ッ!」

 

 拳を握り、カイザーは叫んだ。

 正々堂々――等と云うつもりはない。その様な感情を持ち合わせる事はない。しかし、彼奴は己の牙を一つ棄てた。敵手の前で自身の得手である電子戦を棄てたのだ。であればこそ、自身ばかりが十全な状態で挑むなど、どうして認められよう?

 これは、大人としての、嘗てカイザーCEOとしてあった己への矜持(プライド)である。

 勝つだけならば容易い、だが――この男を屈服させるには、勝ち方を考えねばならない。そしてそこには、云い訳できる余地など残すべきではないのだ。

 相手が自らの武器を棄てるのであれば、此方も棄てなければ平等ではない。

 先生と対峙したカイザーは胸を張り、頭一つ分は小さい先生を見下ろし告げる。

 

「受けよう先生、そして宣言する――私は事、この場に於いて、如何なる卑怯な手段も用いぬ、文字通り、この肉体、この甲鉄()のみで貴様を下す……!」

「良いね、なら私も宣言しよう――私はこの場、この戦いに於いて、素手であなたを叩きのめすと……!」

 

 更に一歩、互いに前へと足を進めた。

 距離は十メートル未満、五メートル以上。

 数歩駆ければ互いに手が届く距離。見つめ合う両者は腰を落とし、その視線を鋭く変化させる。

 

「良くぞ吼えた……先生ッ!」

 

 告げ、互いに構えた。

 カイザーは両の拳を握り締め、先生は柔らかく手を開き、包む様な仕草。見たことも無い構えだった、しかし先生が行う行為に何の意味もない筈がない。何かの格闘技か、それとも秘策があるか、カイザーは油断なく思考を回し――そして叫んだ。

 

「行くぞォッ!」

「来い、カイザーッ!」

 

 カイザーの絶叫、呼応するような先生の咆哮。

 全身のパーツが一斉に駆動音を鳴らし、その巨体が砂を蹴って加速する。先生はそれを迎え撃つ様に腰を落とし――そしてカイザーの踏み出した二歩目が、綺麗に足元の『落とし穴』を踏み抜いた。

 

「は――!?」

 

 アラート、原始的なトラップ――。

 カイザーのバランサーが足元に踏み締める地面が無い事を警告し、一拍遅れてその巨躯が吸い込まれるように落下を開始する。咄嗟に伸ばした腕は諸共砂に呑まれ、カイザー営業職員の姿は瞬く間に穴の中へと落ちて行った。

 

「な、何ィぃい――ッ!?」

 

 それは、本当に考えもしなかった罠だった。地面を踏み締めた感触はなく、カイザーの巨躯がすっぽりと嵌ってしまうような落とし穴。肩口まで呑み込まれたカイザーは凄まじい落下音と砂塵を巻き起こし、砂に塗れながら叫ぶ。

 

「ば、バカな!? こんな所に落とし穴など……ッ、一体誰が……! ぐ、な、何だ、う、動けんッ!? た、ただの砂如きに何故ッ……!?」

 

 必死に藻掻き、脱出を試みるカイザー。しかし、纏わりつく砂は妙に堅く、全身が巻き取られるような感覚があった。

 

「あ、それ砂にセメント混ぜ込んであるから」

 

 目前で屈んだ先生が、何でもない事の様に云った。

 まるで意味が分からなかった。

 

「は、ハァ!? セメントだと!? き、貴様ッ、コレを仕込んだのは貴様か!? というか砂にセメントを混ぜ込むとか、馬鹿じゃないのか!? 何でそんな事をするんだッ!?」

「いやだって、簡単に抜け出されたら嫌じゃん……」

「子どもか貴様ァ!?」

 

 思わずそんな風に絶叫すれば、顔面に砂が被せられる。見れば先生が両手で足元の砂を掬い、カイザーの顔へと埋め立てる様に振り撒いていた。

 

「ほーら、追加の砂だよ、どんどん埋めちゃおうね~」

「や、やめっ、ぐぉッ、やめろ先生! き、貴様ッ! 正々堂々と拳で戦うのではなかったのか……!?」

「いや、でもちゃんと私は素手しか使っていないし……」

 

 そう云って砂に塗れた両手を見せる先生。その表情からは微塵も悪気など感じさせない。

 

「それにしても、こんな所に偶然落とし穴があるなんて吃驚(びっくり)だよねホント、今日は運が良いなぁ」

「嘘を吐け嘘をッ! 貴様が用意したのだろうがァ!? こんな所に偶然落とし穴があって堪るかぁッ!」

 

 いや、正確に云えば先生は用意していない、これは本当だ。この落とし穴はマシロが掘って、アズサが偽装したものなのだ。砦が在っても守る為の工夫は必要だという事で、各所に巧妙に設置されたブービートラップがある。これはその一つだった。ただ、先生はその位置を記憶していただけだ。

 

「というか、やめっ、いい加減砂を掛けるのを、やめ、きさ、おいッ、おま、ちょ、待っ――」

 

 延々と砂を被せて来る先生に対し、カイザーは顔を必死に逸らしながら脱出しようと腕を振り回す。そして先程まで自身の背後に控えていた不良の存在を思い出し、振り向きながら声を張り上げた。

 事、此処に至って公平性など望むべくもなく。其方がそういう手で来るのであれば、此方も手段は選ばぬと。

 

「お、おい! 貴様ら、見てないで助け――」

 

 しかし、カイザーの視界に映ったのは――先程までの威勢が嘘のように消えた、砂浜の上で倒れ伏す不良達の姿だった。

 

「――あなた様、遅くなり申し訳ございません」

「あぁ、ワカモ、お疲れ様」

 

 代わりに立っていたのは、水着姿に狐面という非常に独特の出で立ちの生徒。和洋折衷、薄いベールの様な絹を肩に纏った彼女は、その豊満な肉体を惜しげもなく晒している。カイザーは彼女を見上げ、思わず震えた声を漏らした。その、余りにも特徴的なトレードマークは忘れもしない。

 

「や、厄災のけ――」

「あら、足が滑りました」

 

 そしてその名を呼ぶより早く、ワカモは足元の砂を盛大に蹴飛ばした。キヴォトスの生徒、その脚力で以て引っ繰り返された砂は宛ら波の如くカイザーを襲い、その顔面を完全に覆い隠す。装甲表面の一片さえ見えなくなったカイザーは沈黙し、先生はどこか憐れむ様な視線を足元に向け、立ち上がった。

 

「……うん、まぁこれで埋め立て完了だね」

「ふふっ、あなた様――処理は私が?」

「うーん、そうだね……それじゃあ、任せても良いかな?」

「えぇ、えぇ! 勿論です♡ では――」

 

 先生のお墨付きを貰ったワカモは嬉しそうに耳を揺らすと、徐に両手を砂の中に突き入れる。そして次の瞬間、果たして今までどうやって隠していたのか、両手で抱える程の細長い弾頭を砂の中から無造作に引っ張り出した。えっ、そんなの今まで埋まっていたの? と云わんばかりに硬直する先生を他所に、彼女は砂に塗れた小型弾頭を両手で振り上げ、告げる。

 

「――本来の運用方法とは異なりますが……地中貫通爆弾(バンカーバスター)の御味、たんとご賞味下さいな」

 

 そう口にし、弾頭を肩に担いだまま跳躍――そして全力の投擲。

 弾頭は轟音を打ち鳴らしながら地中の中程まで突き刺さり、ワカモは素早く身を翻すと先生を抱え跳躍。そして間を置かず、二人の背後で盛大な爆発が巻き起こった。

 まるで砂浜全てを掘り返すような土柱に、くぐもった爆音。それを背にしながらワカモは優雅に日傘を開き、降り注ぐ砂塵と水滴を防ぐ。ワカモの腕の中に抱えられた先生は、ぱらぱらと日傘を叩く砂を見上げながら呟いた。

 

「……これ、大丈夫かな」

 

 ちょっと心配になる規模の爆発、いや、本来のそれと比較すれば十二分に威力は抑えられているのだろうが、それにしても此処までやるか? と思ってしまう所業。どうやらワカモの辞書に、容赦の二文字は存在しないらしい。

 そして恐る恐るワカモの肩越しに背後を見れば、黒焦げた砂浜の中で倒れ伏すカイザー営業職員の姿があった。

 

「おぉ……凄い外装強度だね、流石だよ、カイザー営業職員!」

「――チッ」

 

 感嘆と安堵の息を吐く先生。反し、露骨に苛立ちを孕んだ舌打ちを零すワカモ。カイザーは黒焦げ、破損し、ボロ雑巾の様になった衣服をそのままに、二人に向かってアイラインを点灯させた。先程まで力強く光っていたそれは、弱々しく点滅を繰り返すばかり。

 

「し、シャーレの……先生……」

 

 火花が散り、軋んだ音を立てながら伸ばされる指先。這い蹲ったまま二人を見上げるカイザーは、ノイズ混じりの声で恨み辛みを告げた。

 

「き、きさま……次、会ったら……お、憶え……」

「えいっ」

「ぶふッ!?」

 

 しかし、またもや台詞を云い終わる前にワカモの砂掛けを喰らい、半ば埋もれてしまう。先生は少し考えて、微妙に露出していた肩や足に砂を掛けてやり、完全にカイザーを埋め立てた。

 

「……ふぅ、強敵だったよ、カイザー営業職員」

 

 一仕事を終えた先生は、最後に傍にあったビーチフラッグを盛り上がった砂の天辺に突き刺す。額から流れる汗を指先で拭うと、神妙な顔つきで踵を返し――宣言した。

 

「でも――勝負は私の勝ちだ」

「あなた様、素敵です♡」

 

 こうして、カイザーとの二度目の邂逅は終わりを告げたのだった。

 

 ■

 

「という事があってね? 戦闘と云えば戦闘なんだけれど、あんまり危ない事は無かったというか……」

「……――」

 

 話を一通り聞き終えたハスミは、先生が見たことも無い様な表情で硬直し、沈黙を守っていた。自身の手元にある写真を暫く凝視し続けた彼女は、震える声で言葉を漏らす。

 

「なん、と云いますか……とても、そう、混乱する内容ですね……?」

「ナギサにも帰還がてら報告しに行ったけれど、似たような反応をされたなぁ」

「……えぇ、そうなると思います」

 

 焼けた肌で能天気に宣う先生に、ハスミは額を軽く揉み解す。ティーパーティーとしての権限を未だ保有しているナギサならば、先生の行動もある程度把握しているのだろう。恐らく、現地の生徒から報告を受けた時は紅茶を噴き出したのではないだろうか? そんな事を思った。

 

「はぁ……ですが、まぁ」

 

 溜息を吐き、ハスミは写真を捲る。

 

「――皆さんが楽しんで過ごせたのなら、構いません」

 

 写真の最後の一枚は、夜空に咲いた、綺麗な花――今回参加した生徒達を背後から撮影した一枚。彼女達は星々の輝く空を仰ぎ、その向こう側には満開の花火が打ち上がっている。

 とても美しい光景だった。周囲に飛び散る火の粉が夜を彩り、まるで流れ星の様に尾を引く。暗闇の中に、一瞬だけ夜の陽が浮かんだような情景。空を見上げる彼女達の表情は――火に照らされ、輝いて見えた。

 

「ふふっ、綺麗な花火ですね」

「あっ、因みにそれ、花火じゃなくてナパーム弾なんだ」

「………」

 

 ハスミは、静かに写真を机に伏せた。

 最早、何も云う事は無かった。

 

 ■

 

 ――キェエエエエエエアアアアア!

 

 暗闇の中で叫ぶ。それは自身の不甲斐なさと失望から。矢鱈滅多らと腕を振り回し、何もない空間で声を響かせる。幻影の如く立ち塞がる不良の影を蹴散らし、彼女は突き進んでいた。

 

 ――夏なのに! 最後の夏なのにィぃいいい! 夏! 友情! 青春! 海ぃ! 水着ィイイイ!

 

 ふとした瞬間に耳にする、クラスメイト同士の雑談。学校の後輩達が会話する内容。雑誌やドラマ、漫画、小説で何度も見た内容。照りつける太陽、輝く海、親しい友人、そして海辺で水を掛け合い、笑い合う。そんなありふれた光景、しかし自身には縁もゆかりもない光景。それが羨ましくて、妬ましくて仕方なかった。

 

 ――どこにッ!? 一体何処にぃいいッ!?

 

 その苛立ちをぶつける様に影を殴りつけ、掻き消す。煙の様に消失するそれらは、消しても消しても一向に減らない。

 一昨年は仕事に追われて夏季休暇など無かった。弾丸と爆発と暴力に塗れた夏だった。友情は戦友で、青春は硝煙で、海はコンクリートで、水着は血化粧だった。去年も似たような過ごし方だった。そして今年も、同じ一年を繰り返そうとしている。

 

 ――私の青春がッ、何処にもないぃいい!?

 

 叫び、思わず涙した。今年が最後のチャンスだというのに、自分にはその機会すら与えられないのかと絶望した。ただ喚き、不甲斐ない自分に失望するだけの毎日。

 我武者羅になって探した。探せば探すほど、自分には余りにも遠い出来事だと実感して嫌になった。

 でも、それでも諦めきれなくて――。

 

 ■

 

「んぐッ!?」

 

 思わず飛び起きた。額に滲んでいた汗が頬を伝い、蹴飛ばしたタオルケットが足に絡まっている事に気付く。

 場所はトリニティの自室、消灯された部屋の中は薄暗く、カーテンを閉め忘れた窓から月明かりが差し込んでいる。

 先程までの悪夢を思い返した彼女、ツルギは早鐘を打つ心臓を抑えながら周囲を探る。そしてテーブルの上に置かれた封筒を見つけると、慌ててそれを手に取った。

 先生から手渡されたそれは、相応に厚く、中を覗き込めば何枚もの写真が束になって詰め込んである。

 

「……ぁ」

 

 優しい手つきでその中の一枚を取り出し、月明かりに翳すツルギ。写真には、満面の笑みを浮かべる自分が写っていた。

 そして、その周りを取り囲む――友人達。

 学園の枠を超え、友情を育んだそれは決して夢などではない。あの夏の思い出は、ツルギの胸に確りと刻まれ鮮明に記憶されている。

 

 暫くそうやって写真を眺めていたツルギは、指先で自身の頬を何度も擦り、それからベッドを抜け出し、デスクの前に立った。引き出しに手を掛け、取り出すのはピン。写真の縁を何度も確かめ、念入りに狙いを定めた後――。

 

「……へへ」

 

 壁のコルクボードにそっと、彼女は思い出の写真を貼り付けた。

 


 

 ・傷跡を必死に隠そうと厚着する先生、訝しむユウカとの攻防。

 ・生徒達の撮影、素晴らしき水着。そしてハナコは拙い、エ駄死の雨。

 ・スイカ割り(狙撃)

 ・海の家でのアレコレ、生徒達とかき氷、アーンと集中する視線。

 ・先生と水泳教室、ずぶ濡れ先生による逃亡劇。

 ・大きすぎる砂の城建築。

 ・溺れたフリで先生を独占作戦、本気で心配して助けに来た先生に罪悪感の巻。

 ・不良達との遭遇、ヒフミの作った砂の城が破壊されガチギレする友人達。

 ・「そう云えばこのペロロ? の浮き輪が懸賞で当たってさ~」

 ・「御幾らですかッ!?」

 ・不良達による襲撃(二度目)、先生誘拐。

 ・カイザー爆散、生き埋め、消えた先生を血眼になって探す生徒による一帯制圧。

 ・不良リーダー「前が見えねぇ……」

 ・不良壊滅、先生のとりなしにより皆で花火とバーベキュー。

 ・何かデカイ花火打ち上げた奴が優勝みたいな流れになる。

 ・ナパーム弾撃ちあがる。

 ・ホテルで一泊、爆睡、先生に夜這い掛けようとした生徒間で戦闘。

 ・尚、ちゃっかりアスナが先生のベッドに潜り込む事に成功。

 ・翌朝、起床と共に先生は菩薩顔。あと何か一部ボロボロの生徒が居るけれど、どうしたの……?

 ・帰り支度、軽く海岸を散歩して、朝ご飯食べて解散。

 

 本当は細かく描写しようと思ったのですが、プロット書き出した時点で十万超える事が確定したので、勇気のキングクリムゾンを敢行しました。夏イベの詳細な描写は後編のあと、余力があったらやりましょう。

 この時点で幕間五話目、大体六万字程度ですね。

 少し早いですが、次か、その次位にはエデン条約後編に入ります。ただ、入ると云ってもエデン条約、調印式に先駆け準備パートです。ベアトリーチェの先制攻撃に対抗する為、先生があらゆる手を尽くします。

 序にクロコ組も動き、先生はミカと面会したりハナコが暗躍したり、色々します。先生の手足を捥ぐための仕上げですね。はー、早く捥ぎてぇですわ……。

 

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